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2021-05-08

anond:20210508144519

俺もオリンピックはさっさと中止になるべきだとは思っているけど、それでも競技人生かけているような選手人達社会正義がどうとか関係なく開催を望んでも良いとも思うよ。

スポーツ選手だけ聖域じゃない。店が廃業しそうな飲食店の店主だったら、夜8時過ぎても営業させろと言って良い。

これまでの人生の積み重ねやこれから人生がかかっている人達コロナがどうこうとか気にせず自分人生を守るために戦って良いんだよ。

それは当たり前の自衛権だ。

それに対して人々には、オリンピックを開催するべきでない、お店を開けるべきではないと、反対意見を主張する権利は当然ある。

でも、自分人生を守ろうとする人々からその抵抗を取り上げる権利も、その抵抗を悪と断罪する権利も人々にはない。


増田の主張は社会正義側の意見かもしれないけど、同時に社会のためという言葉他人人生を踏み潰す全体主義者の言説だろう。

2021-05-03

中野信子の言っていることはおかしい、具体的に何がおかしいか挙げる

きっかけは母親が「空気を読む脳」を買ってきたことだった。以前からこの人の主張はおかしいと思っていて耐えられなくなりこの人の他の本も読み、言動についても調べた

酷い。矛盾だらけ、エビデンスにならない動物実験ソース、人を見た目で判断することは科学的に正しいという主張、本人の言っていることとも矛盾した倫理観

彼女がいつも言う「日本人セロトニントランスポーターが少ないか不安に駆られやすい」という理論、まずこれが怪しい。SSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)について知っている人なら奇妙に感じるだろう。この薬は、セロトニントランスポーター機能をあえて弱めることでシナプス中のセロトニン濃度を増やし不安を和らげる薬だとされている。つまり彼女理論SSRI作用機序についての理論正反対なのだ。モノアミン仮説にもやや怪しい部分はあるが、正反対解釈というのは流石におかしい。神経科学専門家はどう思っているのだろうか。

些細なことから飛躍して「日本人の脳」を論じる。

空気を読む脳」で日本人サイコパシーの傾向が強い人が「どちらかといえば」少ないから内側前頭前皮質が発達していて倫理や美醜の観念に厳しくそれが変わりやすいのだと書いていた。当たり前だがサイコパスの人の数を正確に見積もるのは難しいのであってそういった数字は単なる誤差か診断基準の違いによるものである可能性の方がずっと高い。仮にサイコパスの人が少なかったとしても内側前頭前皮質が発達している人が多いことを意味するわけではない。サイコパスとは行動や心理をもってそう判断されるものであって実際に内側前頭前皮質機能が弱いとは限らない。内側前頭前皮質機能が強い人も弱い人も共に少ないということもあり得る。

ついでに「不倫」では日本人保守的で変化を好まない民族だとも言っていた。それなのに倫理観が変わりやすいらしい。数年前には問題でなかったことが問題になるのは日本に限ったことではないし「日本人の脳」に原因を求めるのは無理がある。

戦国武将精神分析」では汚い手も使って勝った徳川家康が今でも日本人理想モデルとして存在しているとも宣っていた。日本人は美しい敗者を好むのではなかったのだろうか。美醜の観念が変わりやすいのではなかったか

美醜の観念が変わりやすいのに何百年にも渡って義経のような「美しい敗者」が理想化されているらしい。

不倫」でもこういった飛躍がある。たかだか寝かしつけの習慣があるからといって日本人オキシトシン受容体が多いのだということにしていた。もちろん実際に日本人の脳を調べたわけではなし。スキンシップの総量が他の国と比べて多いか少ないかからないのであるオキシトシンの多い人は不倫傾向が弱いとも書いていたが、日本人不倫が多いという同著での主張とも矛盾する。(よくよく見ると厳密には比較不能な国際調査国内調査比較していたが)

更に、セロトニン神経細胞にはオキシトシン受容体存在し、オキシトシンが増えるとセロトニンが増えるという事実は「日本人セロトニンが少なく、オキシトシンが多い」というモデルとも上手くかみ合わない。彼女もこの矛盾に気付いているのか、週刊新潮 2020年12月17日号での佐藤優との対談でまだ発見されていない要因があるのかもしれないと言っていた。

彼女日本人論は矛盾だらけだ。

更に中国韓国の「反日」まで「セロトニンが少なく、オキシトシンに頼りがちな遺伝特質」のせいにしているのには呆れを通り越して笑ってしまった。歴史上何度も革命を起こしている中国人もまた、保守的リスクを好まない形質の持ち主らしい。

サイコパス」でフロイトトンデモだという声もあるほどだなどと書いていたが、リビドー無意識という概念の代わりにセロトニンオキシトシンや脳部位が万能の説明法として君臨するようになっただけで間違い方に大して違いはない。

この記事でも指摘されているように、彼女不要場合でもひたすら専門用語を使って話す。https://anond.hatelabo.jp/20150908145246そういう言葉を用いれば多くの人間科学っぽく感じてしまうことをわかっているのだろう。

人間でもそうだという根拠にならない動物実験をたびたび引用して人間の話に繋げる。キツネマウスプレーリータネズミサバクトビバッタと…

「脳・戦争ナショナリズム 近代人間観の超克」(嫌な部分が剥き出しで、是非お勧めしたい本だ!)で人間に何世代も飼いならされたキツネ容姿が変わってくることを挙げて人を見た目で判断するのは科学的に正しいのだという主張に持っていっていた。少し脱線するが「空気を読む脳」でもたかだか0.126の相関で「容姿と知能に関係がないとは言い切れない」などと書いていた。それだけの数値なら関係いかあったとしてもごくわずかな関係しかないというべきだろう。

戦国武将精神分析」でマウスを取り上げて人間テレゴニーが起こらないと証明されきったわけではないなどと立証責任押し付けた。確かに人間にもマイクロキメリズムはあるがそれはテレゴニーとは違うものだ。それにしても不倫バッシング批判する中野がヒト・テレゴニー説に対して好意的なのは面白い

不倫」でプレーリータネズミのAVPR1a遺伝子を操作すると生殖行動が変わり、AVPR1a遺伝子が人間ボノボで「ほぼ」同じだからといって人間本来ボノボのように乱婚的だと示唆した。

そのわずかな違いが重要な違いであ可能性はあるしAVPR1a遺伝子も実際は空間記憶能力に関わる遺伝子で空気記憶能力の高いプレーリータネズミは行動範囲が狭く単婚的になるというのが実際のようであるhttps://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2015-12/aaft-_4120715.php中野はかなり単純化・歪曲して解釈している。

空気を読む脳」で書いていたサバクトビバッタに至ってはなんとセロトニンが多いバッタ集団志向になるのだそうだ。同著での主張とは真逆だ。

文藝春秋4月特別号の「脳科学者が小室圭を「分析」する 世間常識はなぜあの母子には通じないのか」でゴールドウォータールールに触れておきながら小池百合子ドナルド・トランプサイコパスだなどと言っている。精神科医ですらない人間が直接の診察もなしであの人はサイコパスだなんだと言っているのである

ペルソナ」でセクハラ告発していたが、「脳・戦争ナショナリズム」では以前なら当たり前だったことも「セクハラ」「パワハラ」にされてしまうなどと言い、今日かわいいねと言ったら今まではかわいくなかったってことだと思って泣いた子供批判的に取り上げて世の中が過敏だというニュアンスを込めて論じていた。以前とは考えが変わったという見方もできようが最近でも「昔は乱婚だった、現在倫理を相対化すべきだ」という主張を繰り返している。当たり前だがある倫理が新しいことはそれを否定する根拠にはならない。私は乱婚社会を悪だとは思わないが。

ペルソナ」の話に戻ると、親と子の関係他人が口を挟むなとも書いていた。虐待の温床となる態度である。旧式の価値観に従っていい子でいるくらいなら~などと宣っているが、旧式の価値観にしがみついているのは彼女自身である

そして最後に「不倫」で書いていた、不倫遺伝子によって決定されているのだからそれを断罪することは差別優生学に繋がるという主張について批判しておこう。

別に不倫遺伝子とはあれば絶対不倫するという因果律支配する魔法のようなものではない。ある人はない人に比べてその確率が高くなるといった程度のものなのだ。もし殺人レイプのような重犯罪についてもそのような遺伝子があれば殺人レイプ断罪してはいけないことになってしまうだろう。不倫バッシング遺伝子のせいだとすれば不倫バッシング差別優生学だと断罪することもまた差別ということになり自己論駁に陥る。「あなたの脳のしつけ方」では後天的に脳を変えることもできるのだと書いていた。この頃はまだまともな内容を書いていた。

思うに、彼女の本がベストセラーになるのはこういった免罪的側面のせいなのだろう。そういった遺伝決定論に従えば不道徳な行動も遺伝のせいになり免罪される。世の理不尽なことも「脳や遺伝子のせい」とわかった気になれる。

橘玲の本のレビューにも「遺伝によって決まっているのだから学生時代あんなに頑張ることはなかった」とか「子育てするお母さんに読ませたい」というものを見た。遺伝率とは集団規模での決定係数のことであって個人レベルでは親のIQから予想された数値より高かったり低かったりして当たり前でどのくらい予想された数値と違うかも個人によるのだが。


この記事おかしなところがあったら、具体的な反論をしてほしい。私も流石に脳や遺伝子についてそこまで詳しいわけではない。中野の本を読み、関連する内容を調べた程度なのだ。それでもこれだけ矛盾が見つかる。

追記:2021/5/8

https://next49.hatenadiary.jp/entry/20161220/1482228666

2000年論文で「この損害回避セロトニントランスポータープロモーター領域遺伝子多型との関連を支持する研究と支持しない研究存在し,今後さらなる検討必要である」とあり、2009年メタ分析論文で少なくともフィンランド人サンプルにて不安遺伝子を持っているかどうかと損害回避性(harm avoidance)と神経症的傾向を持っているかどうか調べたところ関係があるという証拠はないという結果がでているのだからセロトニントランスポーター遺伝子が少ないから損害回避的にふるまう傾向があり、そのため、「上位の人間に対して勇気を持って行動できる性質」が日本人にないというのは適切でない主張。”

https://www.ncnp.go.jp/nimh/pdf/kenkyu59.pdf

さらに、この S/L 多型は、PET により測定される脳内 5-HTT 結合に影響しないこと、前述したように、5-HTTLPR の多型は S 型と L 型の 2 つではなく、14 種類のアリルからなり、それぞれの機能の異なる複雑な多型であることからS 型、L型の2分法での研究自体に疑問が生じているのが現状である

https://neurophys11.hatenablog.com/entry/2016/03/01/223747

ざっとこんな趣旨記事だが、先に書いたようにそんな気質のものがたった1つの遺伝子で決まるものでは無いんである。このセロトニントランスポーター気質を決めるというのは実は結構な前から沢山の論文が発表され、ある程度そう言える部分はありそうなのだが、それでもその決まる程度は極僅かで、決して「日本人気質」を作ってなどいない。

こういった「1つの遺伝子が性格を決めている」系の話は、すべて科学漫談として楽しんでおけばいい。特にセロトニントランスポーター気質を決めるという話は良く出てくるが、そんなにすごい力コレだけにはないですよ。”

https://www.amed.go.jp/news/release_20160128.html

SNP品質管理などから、最終的に1088名について解析を行いました。その結果、BMP2遺伝近傍SNPストレスフルライフイベント相互作用が、統計学的有意うつ状態と関連することを見出しました(図2、図3)。そして、抗うつ薬作用点であるセロトニントランスポーターなど、古くから知られる候補遺伝子には、有意な関連は認められませんでした。”

どうやらセロトニントランスポーターが「日本人らしさ」を決めているというのがトンデモだというのはまともな研究者ならすぐわかる話のようだ。中野信子はあまりにも本を流行らせ過ぎた。研究者はもっと積極的反論するべきだろう。

2021-05-02

コロナ対応改憲必要」57%、一理あるかもしれない

コロナ対応改憲必要」57% 共同通信世論調査

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ec1d495b848a971128aff7c5fc0dedf1a2c92ee

共同通信社は30日、憲法記念日5月3日を前に憲法に関する郵送方式世論調査結果をまとめた。新型コロナウイルスなどの感染症や大規模災害対応するため、緊急事態条項を新設する憲法改正が「必要だ」とした人が57%、「必要ない」は42%だった。内閣権限強化や私権制限が想定される緊急事態条項新設を容認する声が反対意見を上回った。長引くコロナ禍が影響したとみられる。

ちょっと長めになってしまったので、はじめに要約すると、

改憲なくとも法を生かせば緊急時行政権限をフル活用できるはず、と思ってきたが、過去公害の教訓を思い起こしてみると立法行政不作為が目立つ。

憲法の制約で権限がないのではなく、あっても使わないのが問題だった。そこにメスを入れるには、行政立法指導する上位の規律必要で、「今まさに緊急時シフトチェンジしろ

行政立法に促す仕組みが必要なのでは。それはひょっとすると憲法役割なのかもしれない。

という趣旨


+++++++

改憲の是非でいえば、基本的スタンスはノーだ。

内閣権限強化」、これは橋本行革の結果、小泉政権内閣官房の強化の恩恵を受け、その後、安倍がめちゃくちゃにした経緯から

これ以上の内閣官房の強化などナンセンスだと思うし、

現行の制度運用できないのか?と言われれば、

公害立法歴史を振り返っても、現行の規制権限は決して弱くはない。立法余地もある。

実際60年代から70年代にかけて、深刻化した公害に山ほど立法を制定、70年はとりわけ公害国会などと呼ばれた時代もあった。

そうやって公害を克服しようとしてきた歴史の教訓をみても、現在感染症コントロール問題が、憲法改正でしか解決しえないとは思えない。

から問題はできることをしない、立法不作為行政権限の不行使のほうで、それを改憲論議にすり替えるのはおかしい、という意見も納得できる。

しかし。

それこそ公害の教訓を振り返れば、という話なのだが、

改憲世論が盛り上がるのは、だからこそ逆に、一理あるのかもしれない、とも思う。

もちろん、行政立法性善説に立てば。。という留保はつくが。

というのも、水俣病を例にとって、公害被害を振り返ってみると。

なぜ今日に至るまで長年、放置されてきたか。長年の放置もさることながら、振り返ると、初期の対応のまずさが際立つ。

チッソ工場への排水をやめさせる権限のある水質二法の適用

漁業法による禁止措置漁民への補償食品安全法による有機水銀汚染された可能性のある魚類販売禁止

すべて見送られた。つまりすでに対応可能な法的ツールがあったにも関わらず、被害が拡大した。

こうした行政権限の不行使が最終的に裁判で争われ、最終的に結審したのは2004年

国は高度経済成長をとめたくないがゆえに、規制権限行使しなかった、というのが結論

これは初期の対応が間違っていたことを指摘したものだ。

1970年代公害社会問題の深刻化を受けて山のように公害立法が制定されたが、それ以前の問題として

そもそも1950年代、すでにある水質二法等で権限行使できただろが、という。

法の不備ではなく、繰り返すが、すでにある法を使いこなせなかった行政責任が厳しく断罪されたわけだ。

ここから導き出される本当の教訓というのは、規制権限があったにもかかわらず

なぜ初期の対応がこれほどまでに、被害者をないがしろにしたものになったか、という問題

それは経済を優先した政治意思決定メカニズムだ。

そこには、何か異常な事態が発生したときに、立ち止まって物事を考え直す、

シフトチェンジの仕組みが欠落していたともいえるのではないか

かつて辺見庸は、地下鉄サリン事件の際に、丸ノ内線駅構内で、人々がバタバタと倒れているなか、

通勤している乗客枕木でもまたぐかのように出口へ向かった光景について

日常的なことを目の前にしても、脳が適切に処理できず、

惰性で日常論理で動こうとする「慣性イナーシャ)」が働いているといったが、

ここ一年を振り返ってみると、そういう政治的な意思決定がかなりよくみられた気がする。

この問題解決されない限り、改憲による緊急事態条項検討など、全く意味をなさない。

日本は、意思決定の仕方、会議の仕方を根本から見直したほうがいい。


いや、だけど一方で、

緊急事態条項のようなシフトチェンジトリガーがないからこそ、漫然と経済優先で動いてしまうのか?という疑問も頭をもたげる。

どっちなのだろう。

そんなことを思い出したのは、さっき、尾身会長インタビュー記事を目にしたからだ。

尾身茂氏が語った「マスクを外せる日」「3回目の緊急事態宣言なんて聞く気になれねぇ」への意見 | 文春オンライン

――東京都墨田区長野県松本医療圏など、基幹病院支援に回る地域病院医師連携が回っている地域の取り組みも報じられているが、厚労省は、こうした体制づくりのため各地の医師民間病院に強い指示が出せないものか。

尾身 医師病院に対して国が強い指導力を発揮する英国のような仕組みとは違い、日本厚労省というのは公立民間などさまざまなステークホルダー意向尊重する必要があって、上から目線はいわない。平時はそれも大切ですが、危機局面ではどうなのか。この機会に考えてみる必要はあります

――医療提供体制の拡充やワクチン接種準備で、国民が納得するだけの結果を示せないことに国民は苛立ちを感じている。強権的なイメージが強い菅義偉首相だが、結果を示せない理由は?

尾身 それは政治のことだから、私にはわかりません。ただ、総理大臣は、いろいろなことを今、四方のことを考えなければいけない立場にあるんでしょう。そう思います



平時から非常時へのシフトチェンジ

これが明確な意思決定メカニズムとして組み込まれていないことが、水俣病の初期対応問題もつながっているように思えた。

それを可能にするのは、規制権限の強化と行使、という既存立法行政機構のあり方の、もうひとつ上段の制度として構築する必要があるのかもしれないといえなくもない。

改憲への渇望というのは、案外、そういった視点で考えることも可能ではないかとふと思った。

しかし、憲法踏み込むのではなく、

危機対応専門の省庁を創設する、というのもひとつ方法。非常時のガバナンス体制を整備する。

米国FEMAアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)、CDCアメリカ疾病予防管理センター)のように。

現在のように、菅、西村田村河野小池、、、、、みたいに

船頭多くして船、山に登る、という問題への処方箋となろう。

そうすれば、現在河野太郎のような感染症素人新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣として奮闘する、といった話もなくなるはず。

彼はおそらく、急に任命されて困っただろうが、実質やれることを模索した結果、

ロジ担当となり下がってしまっているように見受けられる。住民心配に答えるのは基礎自治体役割だ。

大臣仕事じゃない。本当の危機管理はそういうことではない。

危機管理のプラットフォームができれば、アメリカのファウチ博士のように、

集団免疫獲得に向けた仮説を立て、何%の接種があればOKで、ワクチン効果が切れる前の接種完了を逆算してスケジューリングする。

目的ロードマップ国民に示したうえで協力を仰ぐという、専門家による意思決定ベースとなったリーダーシップ重要だ。

今は「高齢者の接種」そればっか。もっと全体の話をすべき。

ガバナンスの基本は、法、規則基準科学的な予測を明示した意思決定を行うことだ。

これは世界銀行の借用だが、世銀では途上国行政改革支援の際に、ガバナンスを以下の4要素で因数分解して

能力評価している。

説明責任財政リソース)、予測可能性(法的枠組み)、透明性(情報公開)、参加(連携)の4つ。

テーマ出しした瞬間、近年の日本がどの分野でもガタガタになっていることがわかる。

いずれにしても、緊急時ガバナンスの訓練を積んでゆくことが大切で、こうした組織を立ち上げることには意義があるだろう。

現在菅政権は、こうしたガバナンスの観点から落第点であり、

首相が何を考えているかからず、結局、リーダーの一挙手一投足に注目が集まる意思決定となっている。

急に決心して、緊急事態宣言を発出したりやめたりする。このように国民から予測可能性を奪うやり方は国民から自由を奪うのも同然だ。


国民からすれば、知らず知らずに国のリーダーシップ注視せざるを得なくなり、いつの間にかリーダーシップ問題錯覚してしまうが

本当は危機管理はリーダーシップの欠如の問題ではなくて、ガバナンス問題だ。リーダーが誰であれ、ある程度、やるべきこと、基準が決まっていて

どのように対応するかが決まっていること、この予測可能性が確保されることが大切。

国民にとって予測可能でなければ、国民自身計画を立てられず、急に決断されても、ついていけいけない。

水木しげる漫画で、上官が急に玉砕を決心したので部下の大半が付いていけず、結果として敗残兵として生き残った兵士に、すでに全員立派に玉砕したことになっているのだ、として、ラバウル本部が改めて玉砕を命じる、という話がある。日本人のリーダーシップ象徴する話だと思う。)

しかし、一方、リーダーシップ問題は残る。

緊急時へのシフトというのは、なにかしらリーダーとして発動するトリガー必要なのではないか

憲法、というのも、民主的意思決定の根源として、

そこに非常時へのシフトチェンジ記載されることにも意義があるのかもしれない、という考えに傾いてゆく、そういう世論の動きもわかる。

もちろん、そんな非常時に平和ボケして判断の鈍いおっさん首相だったらなんの意味もなさないが、誰かがシフトチェンジを発動しなければならない、

それが立法危機管理のプラットフォームづくりだけでうまく機能しないのであれば、ある意味大統領的な権限を期待する傾向が出てくるのは自然なことのように思う。大統領権限というと、合衆国建国当時まで振り返ると、当時の議論のなかで、リーダー聡明さ(アリストクラシー)というのは、欠かせない条件だったように思う。

日本政治社会にそんなことを期待できるのか、と考え始めた瞬間、改憲には激しく首を横に振らざるを得ないのだが。

そんなことをインタビューの印象として持った。

2021-04-30

https://twitter.com/ogi_fuji_npo/status/1387758116045918208

「実害を差し引いても、対人性愛というセクシュアリティもまた守られなければならない領域がある」という議題を掲げるのであれば議論余地はもちろんあるんだけど、対人性愛特権性を自明視して、「我々は守られて当然」とばかりに他のセクシュアリティ断罪する議論ばかりが先行する限り、こういう結論しかならんわな。

しかし我々非対人性愛者も鬼ではないので、以下のような提案も度々してきているのだが、

https://twitter.com/ogi_fuji_npo/status/1387780921621811202

こっちについての反応すらないのだから、まあ「そういうこと」なんじゃないですかね。

2021-04-19

学校責任って言うけど

具体的にどうすれば責任がとれるんだろう。

自分の身に置き換えて考えてみると、部下同士が不倫したのは上司責任って言われても知らんがなとしか言いようがない。当該社員の降格や配置換えなどの対応はできるだろうけど、「不倫事実会社調査して謝罪しろ」って言っても会社として出来るのは「不倫はやめとけ」と口頭注意するくらいか

学校だって生徒同士で校外トラブルが起こっても基本的には「知らんがな」としか言いようがない。体育の授業中の事故教室の中の殴り合いならともかく、校外の出来事までいちいち真摯対応していたら確実にキャパオーバーすると思う。ただでさえ万引きしたとか夜の街をうろついていたとかLINEで仲間はずれにされるとかそういうのも学校指導してくれと投げられても、担任としては「もうやるな」と言うくらいしかできないのではないか加害者生徒に頑張って指導しても「うぜえ」とLINE愚痴られて加害者生徒たちが結束して担任の車に傷をつけたり親ぐるみで「ちょっとやりすぎよねぇ」と噂を流されたり子供がいた場合はそっちに加害がいくなどして担任自身自殺レベルで病む恐れもある。保身と言われても先生たちだって人間だ。明らかな過失ならともかく、それなりに対応していたトラブルがうまく収束できなかったら「私が悪いって言うんですか」くらい言いたくなるだろう。先生がしゃしゃってきて解決するいじめならとっくに解決している。

問題なのは学校無責任ということではなく、こういう子供同士のトラブル解決できる機関がないことだろう。大人なら調停なり裁判なりで片付けることが、子供同士だと出来ない。学校にその権限はないし、警察にもトラブルの内容では限界がある。児童相談所地域の家庭支援系が近いけれど、既にパンク寸前だろうしそもそもトラブルを抱えている加害者側が積極的支援を求めるか疑問だ。

例の事件、実際学校はどう動けばよかったんだろう。弁護士も入れて「後は当事者同士好きに訴訟でも何でもやってください」にしておけば被害者の傷も少なかったんだろうけど、加害者家族から被害者学校が恨まれて今後の指導が出来ないデメリットもある。「加害者を庇う」と散々あるけど、どんなにクソでも学校は全ての生徒の味方をしなくてはいけない。そこが学校限界だ。いじめ断罪するのは学校ではない。

私刑以外にどういう再発防止策があるか考えたけど、「子供トラブルに特化した警察下部組織を立ち上げてそこに全面的に任せる」のがいちばん良さそう。スクールポリスかい胡散臭い奴じゃなくて、いじめ問題の他に盗癖や性犯罪みたいな疾病レベル問題児の相談とか、児相連携して虐待発見とか登下校の指導とか出来そうなことはたくさんある。児相学校寄りの機関という位置づけだけど、仕事過酷そうだから成手がなさそう。ごめん今の話なかったことで。

2021-04-18

増田ブクマカは「コロナ専門家意見を~」って言うけどさ

一番の素人である彼らが勝手に盛り上がって勝手結論出して断罪しているので、そういう分野にいる人からすれば一番の害悪って彼らだよなと思ってる

2021-04-12

弱者男性弱者女性の違い

弱者男性は、身だしなみを整えようとしない、風呂に入らない、勉強など上に上がるための努力をしない、女性攻撃的、と偏見で決めつけられること。

弱者女性がいるなら弱者男性も同程度いて、その原因もおなじようなもの、本人も同等に抜け出すための努力をしている(あるいは同等に学習性無力感はまっている)、という想像力がはたらかずに偏見批判する人が多い。

なぜか弱者男性にだけ公正世界仮説適用されて、その境遇にいるのは本人に落ち度があったため、と断罪される。

から弱者男性弱者性を認めろ」の反論は、「なぜ弱者女性存在しないと思うのか」ではなくて「弱者女性だってこれこれこういう偏見被害を受けている」であるべき。

あと、弱者男性弱者女性も異性から嫌われないように努力すれば「無害なモブ」になることはできる。

そこから異性のパートナーを得るためには、男性から女性積極的に声を掛けなければならない。

それが無害なモブときのくせにワンチャンあると夢見て私を口説こうとしてきやがった、と加害行為にとらえられるのが、弱者女性に比べて弱者男性は加害をおこなうと見られる原因。

2021-04-11

anond:20210411170800

他人正義審判気取りで「この人は価値観アップデート出来ていない」なんて言って断罪する奴らのどこが感心できるんだよとしか思えない。

本当に思い上がりも甚だしい鼻持ちならない人間が、一丁前に意識高いような顔しているんだから笑わせる。

2021-04-06

anond:20210406123417

であったことがない人を断罪する意味があるんならアメリカ西海岸強盗犯罪者とかイスラエル差別発言してるだれかについても問題視してんの?

だって何々するんでしょっていわれてもするかどうかそのイマジナリーフレンドの仕草はしらんし実際にそんな人間がいたら見つけ次第警察に訴えて裁判にしたらいいじゃん

私がとか私から言わせればってその私の話を聞いてくれる人にしたほうがいいよ

しらん人間個人の話されてもそんなもん妄想なのか空想なのかもわからん

数量があって割合があるって話は自分がどっちに加担して勢力の拡大か縮小か方向性について自分はどんな行動をしたいかって選択の自由なだけだよ

自由生活をしてる個人問題とかしらんし権利侵害されてたらそりゃ黙ってみてるやつも共犯だってのなら本人が訴えない事が一番の共犯だろ

だれが何をしてくるかしらんけどその話の登場人物の数は何人でどこからでてきてんの

そいつらまとめて呼び出して説教すれば終わる話だろ

社会的弱者って5人とか10人とかしか世界におらんのか?

anond:20210406124235

そりゃそれでひとつ意見としては許容されるべきだけど、それならそれでそのルールのフェアさは貫かれるべきなのよな。男性男性としてのロールを強要する(コスト負担)かわりに男性としての反対給付をするのであれば、女性にも女性としての反対給付をしつつ女性としてのロールを強要する(コスト負担)すべきであって。

そしてそういう社会ではロールを負担できない人間フリーライダーもしくは社会参加資格喪失者として社会から断罪されるべきなんでそ。生殖能力のない男女は村の中で石投げつけられて殺されるとか。

俺はそういう蛮族社会は嫌だけど、男女フェアにそういう蛮族化しましょうっていうのなら筋は通ってると思うよ。

anond:20210406093519

協力しない男を、「フェミニストにあらずんばセクシスト」と断罪してんだから、「だったら女も協力して男をジェンダーロールから解放しろよ」という話してるだけだろ。

2021-04-04

anond:20210404115346

女をあてがえ論が批判されているのがよくわからんのだけども、

実際問題、女があてがわれた結果生まれてきたのが現代人の現役世代なわけじゃないですか、高度経済成長期の皆婚時代事実

から自分の親やその親の人生否定することになるわけだけど、その否定されてる側ってなんか原罪意識を持ったりするんだろうか、そういうの見たことないけど。

最新の社会規範で、過去の行いを断罪する。

でもその結果、自分が生まれたこ自体否定されることになるんだけど・・・親殺しのパラドックスみたいに。

そもそも弱者男性論というのがよくわからん

元の現代記事引用すると

インターネット世界には「弱者男性論」と呼ばれる議論存在する。弱者男性論とは、その名の通り、自分が「弱者である自称する男性たちが、自分が感じているつらさや苦しみを訴えて、自分たちの境遇改善を求める議論だ。

まず、これ自体には問題が無いように思える。つらさの理由は様々だろうが、つらさを訴えること自体を悪いとは言えない。

ただ次の行

典型的弱者男性論者とその読者(以下、あわせて弱者男性論者と呼ぶ)は、自分たちのことを「非モテ」や「キモくて金のないおっさん」と自嘲的に表現する。そして、彼らが言う「つらさ」の内実とは、経済的な困窮に関するものである場合もあるが、大半においては「女性」が関わるものだ。

これを読んで「え?」って思った。女性が関わるのものが中心なの?本当に?

記事の一行目からかなり飛躍して無いかい? これ、藁人形議論なんじゃ無いの? って思うんだけど。

記事はそのまま「女性」に関する話題に終始するんだけど、「経済的な困窮に関するものである場合」を置いて「女性が関わるもの」に関しての話だけを進める理由がわからない。

弱者男性の「経済的なつらさ」には一切触れられず、「女性攻撃してる加害集団」としてやり玉に挙げられてしまい、

ニュースなどを騒がせている「強者男性による女性加害」はスルーされて一方的弱者男性断罪されてる記事に読めてしまうんだよな。

女性加害行為をしてる男性」を批判するなら「弱者男性」とあえて言わなくても良くないか

弱者男性」のすべてが女性加害行為をしてるわけじゃ無いんだし。ネット上に「つらさ」を吐露する行為すべてが「加害」なわけでもないでしょ。そもそもネット上の発言主が本当に「弱者」なのかすらわからんのでは?

そこら辺色々と雑に無視して「弱者男性批判」を展開されてもなー。

そもそも弱者男性論というのがよくわからん

元の現代記事引用すると

インターネット世界には「弱者男性論」と呼ばれる議論存在する。弱者男性論とは、その名の通り、自分が「弱者である自称する男性たちが、自分が感じているつらさや苦しみを訴えて、自分たちの境遇改善を求める議論だ。

まず、これ自体には問題が無いように思えるつらさの理由は様々だろうが、つらさを訴えること自体を悪いとは言えない。

ただ次の行

典型的弱者男性論者とその読者(以下、あわせて弱者男性論者と呼ぶ)は、自分たちのことを「非モテ」や「キモくて金のないおっさん」と自嘲的に表現する。そして、彼らが言う「つらさ」の内実とは、経済的な困窮に関するものである場合もあるが、大半においては「女性」が関わるものだ。

これを読んで「え?」って思った。女性が関わるのものが中心なの?本当に?

記事の一行目からかなり飛躍して無いかい? これ、藁人形議論なんじゃ無いの? って思うんだけど。

記事はそのまま「女性」に関する話題に終始するんだけど、「経済的な困窮に関するものである場合」を置いて「女性が関わるもの」に関しての話だけを進める理由がわからない。

弱者男性の「経済的なつらさ」には一切触れられず、「女性攻撃してる加害集団」としてやり玉に挙げられてしまい、

ニュースなどを騒がせている「強者男性による女性加害」はスルーされて一方的弱者男性断罪されてる記事に読めてしまうんだよな。

2021-04-03

呉座と「男性皆殺し協会」を通じて盛り上がるネットモラル上ゲーム

特定規準を以て他者非難した人間は同様の規準を以て非難されるのを甘受しなければならない。とまあ、そういうルールですよね?それはある種の「覚悟」であって尊ぶべきものに相違あるまい。

呉座氏の件では論点が多岐に渡るため必ずしも採用される道徳倫理とか他の言葉に置き換えてもよい)規準一定ではない。私が思うに根本規準は呉座氏が北村氏を中傷していたのはよくないという程度だったろう[※1]。しかしま関係者含め他のことも非難していたりするわけで、その根本規準を外れたのであれば新たな規準を示したと考えざるをえず、その新規準はその新規準を用いた人間にも適用される。

そしてなんと今回(結構前)めちゃくちゃ大きなアップデートがあったのである

北村紗衣・北守・牟田和恵・古谷有希子各氏の過去発言|喜多野土竜|note

簡単に言えば、約10年前に北村氏が男性皆殺し協会マニフェスト北村訳:男性根絶協会マニフェスト)を翻訳して、「『セックス』で検索してくる人がたくさんいるのだが、だいたいひっかかってくるのはヴァレリーソラナスの『男性根絶協会マニフェスト』の翻訳だろうから、見た人はびびるだろうね!楽しいな!」と書いたのが問題視されるべきだという内容の話である

あ、いや、喜多野氏は「保留」と言って逃げているので、もへもへ氏やMGTOW NEWSが、もしくはこの件で批判されるべきだと言っている一部はてなユーザー達が規準アップデートしたと言うべきか。

もちろん、訳しただけで問題だと言っているわけではあるまい。実際、MGTOW NEWS過去部分的に訳して説明を付している(https://archive.ph/2QksL何故かMGTOW NEWS消滅してしまった)。その中で、当マニフェストに対する否定的見解は「フィクションに登場する悪役、はたまたブラックすぎるジョークのように思える」という部分以外にオウム引用して暗に否定している部分だけである。加えて次のようなツイートをしている。

ミグタウニュース MGTOW NEWS @MGTOW_JP

本当は「みんなが幸せ社会」を実現したいだけなのに、なぜか誤解されて叩かれがちなフェミニズム

本当は、男性も”解放”するのがフェミニズムだということを知ってほしいので、

今回はヴァレリーソラナスさんが創設した

#男性皆殺し協会 

とっても素敵なマニフェストについて紹介します!!

https://archive.ph/A6lfs

もちろん、これは皮肉であるしかしこのような調子ツイートであっても問題はないということをMGTOW NEWSは示している(ダブスタなんてするはずないからね)。換言すれば「このような悪質な憎悪文書を茶化し結果的矮小化することは不謹慎だ」という非難はそれ単体では適用できないということだろう。ということは多角的分析せねばなるまい。

なお、MGTOW NEWSは何故かこのツイートを削除してしまったので魚拓での引用とさせてもらう。

北村氏の翻訳記事はいったいどんな内容だったのか

記事自体は削除されたのだが、なぜかわけのわからん怪しいサイトで拾えたのでそれを真実勝手にみなして話を進めていく。セキュリティソフトが発動したのでちょっと不味い気がするが、気になった人は文章検索すればヒットするよ。さて、北村氏はマニフェストについてどう言及していたのだろうか?

…(前略)…基本的にはレズビアンパレティストの立場から男性抹殺を主張するものである(?!)。ソラナスによるとこの文章辛辣風刺目的としたもので、別に本人は男性を本気で皆殺しにする気はなかったようだ(ハムレットも芝居の中で結婚している奴を皆殺しにすると宣言していたが、別にしなかったし、そのノリとたいして変わらん)。ただしソラナス本人は子供の頃から性的虐待を受けており、…(中略)…"cut up"を「抹殺」だと原文にある去勢イメージがなくなるから「根絶協会」のほうがいいと思う。

なお、私は別にこのマニフェスト賛同しているわけではない(いや、男の人大好きですよ!とくに女装している時はね)。単に風刺文として面白いと思っているのと、日本語訳がないのと、クリスマス休暇中は図書館しまっちゃって時間があくから訳してみるだけである。一方でこのマニフェストに書かれているミサンドリー(男嫌い)的な内容は、現代大学で読まれているような哲学芸術史上重要とされているいろいろな論文に現れているミソジニー(女嫌い)に比べればそうたいしたことないんじゃないかと思っていることも確かであるこの論文はたしかイカレているが、初期キリスト教関係の文献とか、私が研究しているイギリスルネサンスアンチ女性パンフレットとか、現代の「未来派マニフェスト」なんかのイカレっぷりに比べてそう突出しているとは思えない

太字が批判的、下線部が肯定的(?)な部分である

とりあえず、「内容に賛同しているわけではなく、イカれたミサンドリーを含む文章だが、一方で風刺文として面白くまた過去現在ミソジニーを含む文章と比べてそう突出しているわけではない」という感じだろう。

すなわち、今回作られた新規準によれば(1)イカれていて(2)ミサンドリーから(3)不賛同先に断っていても特に免罪にはならず断罪されるべきだと言うのである

ではMGTOW NEWSの紹介記事とは何が違うのだろうか?「風刺文として面白い」のように少しでも価値を認めた時点でダメなのだろうか(なお風刺文として面白いというのは的を射た風刺だというのを意味ないらしいのに注意。後述)?もしくはミソジニーテキストと比べてそう突出していないという論評がどっちもどっち的な矮小化を思わせてよくないのだろうか?それはさておきもう2箇所程引用して少し検討してみよう。

しかし、二パラグラフからヴァレリーソラナス自身男性嫌悪が匂い立ってくるようでまったくすごい…のだが、これは人生において一度はブスだったことがある女性しか書けないとこである気もする。実は私はこのあたりはかなり読んでいて厳しい。

北村氏は一気に全文翻訳したのではなくかなりの回数に分けて翻訳している。これは2回目の翻訳の時の説明。この少し前に「あまりホラーっぷりにちょっと笑いがとまらなくなってしまった」とあり言葉は軽いが男性嫌悪の勢いに着いていけない感じがうかがえる。引用後半部分はそれとは別の感慨だが。

この反ヒッピー論は私はなかなか頷けるところもあると思うのだが…ヒッピーコミューンとかが基本的男性中心的、異性愛中心主義だっていうのはよく言われていることじゃない?ここ二回ぶんくらい、表現が非常に下品なだけでソラナスの言うことが結構まともな気がするので、興味深いがちょっと諷刺の切れ味は鈍っている気がするな。

ちょっと前に「なお風刺文として面白いというのは的を射た風刺だというのを意味しないらしい」と書いたのはここにかかる。まともだと風刺の切れ味が落ちるということは風刺として面白いというのはもしかしたら褒めてないかもしれない。

ここは一部同調している箇所で他にも同様の反応が何箇所かある。逆に「相変わらずヒドい」と書いてある場所もある。…とまあおおよそこんな感じである

さて、最後北村氏の態度についてまとめておこう。

引用文書について(1)イカれた差別文書と認め(2)不賛同を表明しているが、(3)一部で論の価値を認め(4)他の差別文書相対評価している。

新規準を整理しよう

とはいえ喜多野氏やもへもへ氏らはどこに言及すべき価値見出したのか具体的に説明していないので何とも言い難い節はある。実際具体的にどのような態度で引用翻訳していたのかについての論評はない。つまり直接的に言及引用されている内容を中心に彼らの取る規準を見出せばとりあえずこんな感じではないか

中核の評価基準

(1)悪質な文書引用文書性質項を満たせば自動的認定される)について引用し(2)その攻撃性を軽視しているように見られかねない発言をしていた場合(3)その発言10年前程度の範囲内であっても問題である

引用における態度

(A)差別または憎悪文書と論じ(B)否定的評価イカれたなど)を下し(C)不賛同を表明する一方で、(D)部分的価値を認め(E)類例と並べて相対化している場合は免罪されない。

引用文書性質

(a)(引用から)40年前の文書であり(b)差別または憎悪文書であり(c)内容も過激で(d)本人が殺人未遂を起こしている。

とりあえずキタ規準とでも呼んでおくとする(北村氏にも喜多野氏にも適用されないので不適切名称かもしれない)。「中核の評価基準」「引用文書性質」はこれより悪質性が高い場合問題視され、「引用における態度」はこれより良心的であれば責任は軽くなるという感じで、総合考慮されるべきだということになるだろう。ただし、何度も繰り返すようだが「引用における態度」については喜多野氏らは特段触れていないことに留意必要ではある。ここを入れないと逆にキタ規準適用されるもへもへ氏らに酷く高度な道徳規準適用されるのが不憫なため考慮に入れるのが妥当だと考える。

ところで規準で時期を考慮することに不満を持つ人もいるかもしれない。「中核の評価基準」において時期を考慮するのは、1つはやはり価値観の変遷が大きな理由だ。例えば女性事務職という考えはすこぶる差別的だが過去に遡ってそういう発言をした人間断罪されるべきとなれば過去人物はわりと断罪される(もちろんそういう考え方が過去にあったことを差別的な思想蔓延っていたと批判するのは否定しない)。するとやはり過去発言の方が悪質性は減ると考えるべきではないだろうか。とはいえ過去においても問題であった言行は当然問題であり免罪されない。もうひとつ時効という考え方だが、こちらは不同意の方も多いかもしれない。なお例えば森元会長女性蔑視的発言をした際に15年前の「女の人だなあ。やっぱり(視野が)狭い」という発言が掘り起こされたのは単にその人の一貫した思想態度に対する批判であって15年前だから擁護することはできないだろう。何にせよ、一見した感じ呉座氏批判については3年前に遡った程度らしく、北村氏が現在ミサンドリー発言をして10年前の言行が掘り起こされたというわけでもないので、単発で10年前の言動非難されるという新たな規準が定立されたと評価するほかないだろう。

引用文書性質」で一応時期を考慮に入れるのは少し違って切迫性の観点による。例えばどこぞの戦国武将の妻が「子供の1人でも戦死すればお家の名誉になる」と言ったのを称揚するのとどこぞの現役政治家が「お国の為に子供差し出すのが名誉あることだ」と言ったのを称揚するのではやはり深刻度は大きく変わる。

キタ規準の演習例題問題

というわけで架空の例題問題[※2]でどのように応用できるか考えてみよう。

アメリカ議会を襲撃して逮捕された人物発言引用しよう(訳は引用者)。

リベラルは超特大の馬鹿class-A moron)だ。いつでも自分達が正しいと考え意図に沿わない他者糾弾排斥する。自らを民主主義者の守り手と称するが、その実彼らは選民思想エリート主義者に過ぎない。弱者多様性を言い寛容を謳うが本性は非寛容で本当の弱者に対して無関心。アメリカを偉大さから引きずり下ろした犯人なのだ。今回もDSを支持し選挙を盗み民主主義だと嘯いている。彼らは引きずり出され、八つ裂きにされるべきだ。夜明けに連れ出され銃殺されるべきだ。」

彼はこの発言非難された際に冗談だと返しておりリベラルは本気で殺されるべきだと思っていたわけではないようだ。それにしてもこの発言からリベラルに対する憎悪が伝わってくる。彼は陰謀論者であったが、リベラルについての評には見るべきところがある。選民思想の持ち主だと喝破するところなんて的を射ていないか

今は例の議会襲撃者の発言ブログトップから別の用事で見に来た人はびっくりしそう。

いい薬だね

まず、引用文書は(a)最近発言で(b)差別かはさておき憎悪文書なのは間違いなく(c)射殺を言い出さすなど内容も過激で(d)本人も議会を襲撃しているという事情に鑑みれば悪質で切迫性も満たす発言問題だろう。

引用における態度では、(A)憎悪が伝わってくるなど憎悪発言であることが読み手に伝わり(B)発言否定的評価は薄いが陰謀論者という評があり(C)不賛同だと表明していないが同調してはいなさそうである一方、(D)部分的好意的評価をしている。ただし、(E)相対評価はしていない。ただ総合的に見るとキタ規準抵触する態度と言わざるをえない。

中核的の評価基準だと(1)悪質な発言を訳し(2)その攻撃性や悪質性を軽んじているように見られかねない態度を(3)最近取っていたので問題だと言える。

まりこのような発言キタ規準抵触するということになろう。もちろんキタ規準絶対のものではないが、甘受する「覚悟」を示した人間には当然適用される。まあ北村氏にも喜多野氏にも適用されないのだが。何にせよ尊い覚悟は敬服し記録するものである

MGTOW NEWSパラドクス

ところで繰り返しになるが今回北村氏を批判した人々はマニフェスト翻訳したという事実とそれに言及したツイートをもって批判している。であるから、ここで適切だと考えた規準はいささか正確性に欠ける嫌いがある。ここで言うところの「中核の評価基準」で論じるべきかもしれない。しかしMGTOW NEWSも同じく男性皆殺し協会マニフェスト引用し「とっても素敵」と茶化し皮肉を言っている。これは「その攻撃性を軽視しているように見られかねない発言をしていた場合」と言えなくもない。

所与の条件である今回の批判者は過去発言と直接的なダブスタをしていないは動くわかげないので困った話である。これをMGTOW NEWSパラドクスと言う。これを解消するためにこの論考では別の項目、特に引用における態度」の項を作り表面上逃れることとした。だが後続者の皆さんには正面から向き合ってこの点をブレイクスルーしていただきたい。

終わりに

小学生並みの感想を言うと何にせよモラルが向上するのは良いことだと思います覚悟がある人がモラル寄与するんですね。いいと思う。それは呉座のいいね欄を遡ってる人でも北村氏の件を非難する人でも同様である。その覚悟は敬意をもって記録されるべきだ。

けど、自分は直接の誹謗中傷でなければ遡っても数年くらいかなって思うので私に対してはそのくらいの基準批判してもらえると助かるかなあ。その範囲でならリツイートだろうとスターだろうといいねだろうと謝罪するので…。ダメですかね。




[※1] ここはみんな合意してくれると思うんだけど中傷ではないという意見の人もいると思うので次の増田で詳しく説明しておきたい。

結論を言うと、容姿揶揄したと見るか全く言わないようなことを言っているかのような風聞を流したと見るかどちらかにせよ中傷であるという結論だ。

[※2] 一応元ネタは何個かあるが、1つはトランプ政権で大規模な選挙不正は無いと言って事実上の更迭をされたKrebsに対してトランプ大統領の弁護士diGenovaが冗談?として言った”that guy is a class A moron. He should be drawn and quartered. Taken out at dawn and shot.”

anond:20210403185333

わざわざ半世紀前まで旅行しなくても東日本大震災を振り返ればわかることじゃん

当時の教員がどう行動すれば最善だったか未来の神の視点断罪する不毛裁判だってある

多額の徴税寄付を集めても公務員残業代として着服するだけで被災者被災地は救われない

KKOけが理不尽断罪されているわけではない

2021-03-28

まあぶつかってくる奴はいるよ

俺は男だけど、電車に限らず「イライラしてるから」とか「相手を懲らしめてやろう」とかい意図でぶつかってくる奴っている。

歩きスマホすげーするんだけど、前見てるのよ。手に持ってないと不安になるけど、見なくてもいいの。だからスマホ目の前に持ってるけど前向いて歩いてる

そうするとさ、たまに向かって歩いてくるジジイがわざわざ俺の導線上にくるのよ。歩道の対極にいたのによ?俺はスマホ持ってるけど目線ガンガン前向いてる。だから余裕を持って避けようとする。そうするとついてくんの。んでもう少しってとこで俺が前見てるのに気づいて追跡をやめるの。なんだろうな、たいていジジイ。男。いやほんと男ってクソだよね〜(1万イイね)

まあそういうクズはいる。女性差別というか弱者にあたる(体格か下、とか自分のが正義だ!みたいなのとか)クズね。そういうのって啓発でどうこうできるレベルじゃないじゃん?そういうの引き合いに出して、SNSで吊し上げて断罪して仲間内で悦にいっても、等の差別解決せんで?

差別問題にまで発展させるんなら、相応の覚悟せえよ。全員幸せしろ

2021-03-25

はてな自称リベラル勢、理念捨てすぎでは?

選択夫婦別姓や「呉座先生事件」関連のエントリブックマークコメントをみつつ連想したこと

呉座先生個別失言は、まあ擁護は難しいしするつもりもないが、リベラル自称する界隈の先鋭化が気になってしょうがない昨今。

最も気になるのは、保守派の主張を全面的に不合理なものとしてバッサリいく態度。

多様性尊重社会的公正の基礎はどこいったんやと。

一見不合理かもしれんけど、保守思想というのはそもそも現状維持が基本姿勢で、その背景は「経験歴史尊重」「人間理性に対する懐疑」にあると思ってる。

これ自体リベラル根底にある理性の信奉と根っこでは矛盾しないはずで、「歴史に耐えた制度にはなんらかの合理性があるはず」と考える態度は、科学的に見ても「合理的」でしょうに。

まあ政治思想理念的な背景は明るくないのでこれくらいにしとく。

リベラル勢に聞いてみたいのは、

例えば選択夫婦別姓が成った後に、一族天皇制といった概念希薄化し、日本民族性文化愛する人々が少数派になったとき、彼らをどう扱うつもりなのか、ということ。

そこまで来てからマイノリティとして手厚く遇するの?

他者自由を阻害しない範囲思想信条自由尊重されるべしというのが、リベラルの基本理念だと思うんだけど、マイノリティになってから初めて尊重します、っておかしくね?

現状において支配的な思想信条が、女性性的少数者自由侵害しているという主張はわかるし、それを解消すべく制度設計を行いましょうというのもわかる。

でも、「現状の戸籍や姓・婚姻制度にも機能利益があるはずで、性急な改革伝統文化を損なう可能性がある」という反論をバッサリシャットアウトするのはダメだ。

現状の被害者と同レベルとまではいかずとも、理解を示して妥協点を探るべきでしょう。

少なくともその伝統を拠り所にしている人々がいて、あなたがたは、かれらを「少数派」にしうる政策を支持しようとしているんだから

想定問答をあげておくと、

選択的なんだから問題ないだろう」というのがまず返ってくる反応だろうけど、保守派は「文化伝統」を問題にしているのであって、選択肢が発生すること自体に対するデメリット危惧している訳だから

その反論相手文意を読むつもりがないと言わざるを得ない。

「姓が別になった程度で文化は損なわれない」という反論もありえる。ここは保守側の仮定なので一定妥当である。「文化」の定義カバーする範囲が広すぎるので合理的説明が難しい。

でも、自分祖父祖母世代とのコミュニケーションから保守派の心情を勝手に代弁するなら、もう彼らは相当に妥協しているし戦線を後退している。

日本文化米国文化に塗りつぶされ、最後の一点で耐えている」という世界観現代高齢者世代は持っている。

(親父がネトウヨにいつのまにか傾倒していたなんて話がよくあるが、それもこの流れの一旦だと思うし、呉座先生高齢者ではないが歴史学者としてこういう流れに影響を受けていそうな気がしている)

彼らの世界観からすれば、今も米国文化によるマイルド同化政策は続いているし、それは一面では事実でもあるだろう。

かれらの青春時代にはリベラルなんて影も形も無かっただろうし、「家を継ぐことが至高命題」として育てられた彼らが、生きているうちにここまで世界が変わるなんて思いもしなかっただろう。

それは同情すべきこと・尊重すべきことではないのか?

日本文化もできるだけ維持し継承します、そのうえでみんなが活躍できる社会にしていこうとしてるんです」と、言い方だけでも寄り添ってあげようよ、という主張は、トーンポリシングとして糾弾されるべきことなのか?

自分自身は、ムラ社会の嫌な面を経験してきているので、家を継ぐべしというような思想は消えていいと思っている。

一方で、ムラ社会最後世代になるであろうジジババが寂し気に「私は親にそう教育され家を守ってきたしそれを誇りに思ってきた、子に受け継ぎ家を守りたかったがもうあきらめている」と語るのを聞くにつけ、かれらに「わきまえたマイノリティ」の像を重ねることもある。

(まあかれら自身保守政党に投票するだろうが、世代が変わればいずれムラ社会解体されるだろう)

ムラ社会総論として害が大きいと思っているが、それでも私の原風景は「田舎のばーちゃんちでジジババに載せてもらったトラクターからみた風景」であり、自分はそれを享受しながら、自分の子世代にそれを残せないことの寂しさや後ろめたさも感じている。

なんというか、そういう対抗派閥に対する共感配慮なしに、一方的断罪する論調は、先鋭化が行き過ぎているし、リベラル根底に置く理念矛盾していると思う次第。

2021-03-20

容姿イジリの根絶は見世物小屋の根絶と同じ

歴史を繰り返してるんだよな。

すでにどこかでインターネット言論人がいうてるとは思うけど。

容姿イジリを根絶するというのは、かつて見世物小屋を根絶したのと同じものを感じてしまうのだよな。


もちろん他者から望まないイジリを受けるのは反対だ。それは正しくハラスメントとしてやめてもらう必要がある。

しか自分から自分障害容姿、置かれた状況などを皮肉ったりイジったりすることを禁止するのも疑問だ。それは表現の自由侵害でもあり、芸を制約することで障害者の経済自立の糧・幅を狭めてしまいかねない。

他虐と自虐、すべての容姿イジリをこの世から消し去る。そのために後者犠牲になってもらう。そういう主張も一理あるだろうが、はいそうですかと後者はその主張を呑むだろうか。黙っちゃいないと思います

障害のある表現者たちによる「平成見世物小屋」が伝えたかたこと - エキサイトニュース

https://www.excite.co.jp/news/article/E1513323021722/

見世物小屋 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8B%E4%B8%96%E7%89%A9%E5%B0%8F%E5%B1%8B



また別の視点では、以前にホームレス取材したブログ炎上した件がありましたが、ああいったようにホームレスのことを興味を持って知ろうとするが、リスペクト知識が足りないなどとまるで不敬罪断罪してしまうようだと、その様子をみた不特定多数第三者は「こわ。近づかんとこ」と腫れ物を触るかのようになってしまい、ホームレスについて興味を持って知ったり手を差し伸べたりすることから遠ざけてしまう。より断絶が深まってしまうという指摘もあった。

自虐表現規制することで、そういった興味や関心を持って障害を知る機会も減ってしまうことでしょう。「安易に触れてはいけないもの化」されてしまうわけですから


それに、外見イジリ表現規制が進むと「美男美女」といった形容すらポリコレ棒で殴られるようになり、役者アイドルという職業禁止され、最終的に行き着くのは全人類の外見の均質化でしょう。

anond:20210320152901

氷河期世代は、決定的に語学ができない。

数学私大文系は課さなかったから、高卒と大差ない。

結局中学校の頃に机に向かっていた1割だけが助かったが、あとは死んだ。

鬼滅の刃世代だって、机に向かうのは2割だから8割死ぬよね。

親や教師バカでも断罪されない社会はこのように衰退する。

2021-03-16

anond:20210316221640

ダメ教師には辞めていただく

学校先生断罪!!

かつてないほどクズ教師を追い込むムーブメントが盛り上がってきているんだよ

たとえば↓

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5fe99209c5b6e1ce833adb51

https://www.bengo4.com/c_23/n_11781/

https://www.bengo4.com/c_1009/n_11706/

しかない

ここで進まないとクズ教師を一掃できない

のさばらせてはならない

社会全員でゴミクズの居場所を潰す

しかないんだよ

2021-03-14

anond:20210313205614

かわいい人にかわいいと言うのは僕としてはあり得ないの人のnote共感を集めたのはミソジニー社会女性がどういう目に遭ってるかわかってるからだと思う。それがモテテクだろうが下心から来るものだろうが、ウケるんだよ。なぜあれがあんな読みにくい長文なのにウケたのか、気持ち悪いと断罪してたやつらは誰も見てない。名誉男性には擦り寄るくせに。

2021-03-07

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

リベラル中庸気取った意識高い系ポリコレ馬鹿目線だと

バイデン勝利民主主義勝利って言ってるアホに、「トランプ支持は民主主義じゃないのか?どんだけ選民主義だよ」と煽ると陰謀論者ってことになって

しつこく付きまとってきて

「お前の言ってることは正しいが、お前が言うな」とか言い出すから

同じ口が「ナイキの件でおまいう批判を展開してたのに」だ

いい加減、リベ連中は「自分たちが正しいんだ」みたいな態度でモノ言うのやめろや

オマエラのどこに多様性あんだよ

トランプ支持すら許せない肝の小ささでよ

何が分断だよ

当り前だろ

てめぇらが、ウエメセで「導いてやろう」なんて態度でいる限り

溝は埋まんねぇんだよ

自分が一切変わろうとせず、他人が変わらないのが「悪」断罪する連中に誰がついていくんだよ

体感一割だ?

一割もいるのかよ?

ネットから声が大きいように感じるだけだぞ

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