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はてなキーワード: キャッチーとは

2018-01-21

谷山紀章結婚してほしくない

GRANRODEOを知ったのは友人が勧めてくれたInfinite Loveだった。この曲と同じアルバムに収録されているOnce & Foreverという楽曲に射止められてから私はロデオガール自称している。それまで声優に興味はなかったし今もそれほど詳しくないが、谷山紀章という存在は私の感性を大きく開発した。

初めはただただ歌が上手いと思った。GRANRODEO歌詞言葉遊びが印象的であるが、Go For It!以外の楽曲の詞を谷山自身が手掛けていると知ってからは一層彼への興味が湧いた。下ネタ混じりのトークを繰り広げると思いきや、厭世的で刹那的世界観の詞を上梓する。ちやほやされたいと言いつつ向上心を忘れない姿勢は非常に興味深く魅力的だった。ビジュアル等への言及をしているときりがないので省略するが、山口県出身ということもなぜか好感度が高い。

そのように谷山に魅了された私は、GRANRODEOにのめり込む以前はポルノグラフィティファンだった。様々なことが積み重なってポルノから心が離れてしまっていた時期にロデオに出会った。不倫浮気の始まり方に理解を示せるようになってしまうくらいに、私の心移りは激しかった。そのまま10年以上ロデオは最推しの座に収まっている。年月は私の感性成熟させ、またロデオも様々な挑戦や成長を経て、今や非常にメジャーユニットに成り上がった。

先日、久し振りにポルノグラフィティ楽曲に触れる機会があった。かつて夢中だった頃の楽曲は今も色褪せない名曲揃いで、現在感性を新たに揺さぶった。気持ちが離れた頃の楽曲は今も向き合えずにいるが、それ以降の楽曲を耳にして「変わったな」と思った。

この胸を、愛を射よ以降が特に顕著だ。男らしく(これは旧時代的な価値観かもしれないが敢えてこう記そう、本人たちがそう評した楽曲存在することだし)想い人に対して献身的な曲が増えたと思う。新藤晴一文学性は洗練され続けているし、岡野昭仁ボーカルはいくつになっても衰えない。そんな二人の音楽は、20代の頃とは大きく方向性が変わっていた。

例えばミュージック・アワーは非常に衝撃的な楽曲だった。メロディー伴奏キャッチーさはもとより、終始ラジオDJセリフ歌詞となっており、前例のなさと意外性で多くの人の心を鷲掴みにした。アゲハ蝶についての解説蛇足だろう。特にオタク諸姉にとっては定番イメソン楽曲である。私は25歳まで愛が呼ぶほうへ歌詞意味理解できずにいた。身近にあふれる様々な愛をテーマしっとりと歌い上げるナンバーを、ただただイントロ音色からクリスマスソング認定するのは惜しすぎる。

20代の頃から数々の神曲を生み出してきたポルノグラフィティは間違いなく才能のあるミュージシャンで、いまも衰えることなく輝き続けている。けれどもう20代の頃のエネルギーは別の音色に変わっている。

それは彼ら自身にそれをする必要がなくなったからだろう。岡野も新藤も夫となり父となった。守るものができ、ライフステージを上った二人は、独身だった20代の頃とは見ている景色が違うのだと推察する。そこから新たに生まれ楽曲は新たなファンを生むし、あるいは彼らと同じライフステージに近づいたかつてのファンを呼び戻すだろう。

私といえば、親の庇護下にいた学生から少し世の中を知っただけで、未だに見えている世界アポロの頃に彼らが見ていたものなのだろう。相手の代わりに雷に打たれるような愛を抱いたことも覚悟を決めたこともないしそもそも守るものがない。アゲハ蝶歌詞独善的であると感じつつも賛美せずにはいられない。荒野に咲くこともなければ水を求めることも愛を欲しがることもない20代だ。

話を谷山に戻す。私は今まで一度たりともロデオの楽曲違和感を覚えたことがない。新しいことに挑戦はしていても、私が好きなロデオから離れていると感じはしないのだ。それは私がロデオとともに成長しているからなのかもしれないし、本当にロデオの音楽が私の好みドンピシャであり続けているだけかもしれない。

しかし先述のポルノの例を鑑みると、谷山ライフステージ10年前と同じことが楽曲作りに影響しているのではないかと思わずはいられない。

声優としての知名度は格段に上がっていると思う。他のアーティストと親交を深めコラボすることも増えてきたし、アーティストとしてのステージは鰻登りだ。

けれど谷山は未だに独身である相方飯塚は既婚者となったが、谷山は今も独身である

以前ツイッター独身であることを嘆いているのを目にしたときは少し驚いた。好んで独身でいると思っていたからだ。谷山歌詞にはしばし、恋は終わるものであるという考え方が見え隠れする。遊びの関係だと言い切っている曲もいくつかある。欲しいのは安心感で嫌いなのは安定感――この一節は、身を落ち着けることを拒んでいるかのようにも聞こえていた。けれど強がりなのかもしれない。愛を聴かせるための言葉を知っているのに愛を語る言葉ない――これもただ不器用なだけなのかもしれない。あのツイート以来、谷山紀章に対する解釈が少し変わった。

けれど谷山結婚してしまったら、私はその後もロデオを追いかけ続けられる自信がない。守るものを得た谷山が紡ぐ言葉に興味はある。どのようなモチベーションで歌い続けるのかも気になる。だが変わらず応援し続けられる自信がない。

私がこの先もロデオガールで居続けるには谷山独身でいることが必要かもしれない。

素晴らしいアーティストには幸せになってほしい。だが幸せの形は人それぞれだから型に嵌ってほしくもない。大好きなアーティストはい他人に対してこんな身勝手な願いを抱く女オタクに虫唾が全力疾走する。

2018-01-17

「広く国民に受け入れられ、日本人生活の中に深く根ざすものとしていきたい」

これって「既に根ざしているもの元号にする」じゃなくて「みんなに使ってもらえるようなキャッチーなのにしたい」って言ってるだけでしょ

勘違いしてる奴多すぎじゃない

あとアベのことだから我慢」みたいなものにして、国民はこれを生活根付かせるようにと命令する展開は普通にある

2018-01-04

昔の外国の歌でキャッチーカラオケで歌いたくなるのが知りたい

最近見つけたのは明日に向って撃て!の歌

2017-12-31

大晦日自分を戒める。

どうも私は自分で思っている以上に騙されやすいらしい。

ダマされた番組を観ていて、ある芸能人が町ぐるみでダマされていたのだけど、単純に良い子だなあ…って感動してしまった。

自分にはもうない、心の綺麗さや人を信じると言う行為大人になってもわず、人のことで涙を流せるって、素敵な子だなあ。可愛いなあ。こういう子はこのまま生きていけたら良いのになあ…って思ってしまうのだ。

とても演技でやってるようには見えない。

それと同じでいつだったか芸能人の乗っているタクシー幽霊が現れたら…みたいな番組があって、幽霊について行ってもいいか聞かれた芸能人が、了承するシーンがあった。

どうして了承できるのか私は神経を疑った。幽霊について来られても除霊する力もないのに困るだろうって思った。

同時にやはり良い子だなあ。きっと心がピュアなんだろうなあ…と思っていた。

ところがその話をすると、ヤラセでしょ?と言われるのだ。

失礼な話、どちらも演技力があるようには見えないので、つい本当なんだと思っていたのだけど、テレビ番組なんだからヤラセ可能性はゼロではないのかもしれない。

もしヤラセだとしたら、それに気がつかずに信じている私こそがとんだ騙され易い人だと言うことになる。

こう言っては何だけれど、私は周囲の誰よりも疑い深い性格をしていて、なんとか商法とか押し売りの類だとか、勧誘だとかに引っ掛からないタイプだと自負していたのだ。

からと言うわけでもないけど、いまだにあれらがヤラセだとは思いきれずにいた。

けれどここに来て、やはり実は自分は騙され易い人なのかもしれないと思い始めている。

ある広告に惹かれて仕方ないのだ。

商品は売るためなら手段は選ばれないし、もっとキャッチーコピー宣伝されるものだ。

たまに失敗してるのもあるけど。

少なくとも努力なしで痩せる薬は麻薬だし、福袋素人アルバイトが詰めている。

もしくは在庫処理も兼ねていて、少しも福じゃないことが殆どだ。

宝くじ自分じゃない誰かが当たるものだし、占いは当たるも八卦当たらぬも八卦

値段と機能が見合うかどうかを吟味してあるかどうかもわからない物には手を出さないことだ。

自分に騙され易い要素があるかもしれないと気がついたのだから来年も堅実に行こう。

[]

今回は少年ジャンプ+読み切り作品感想をいくつか

『彼方のアストラ』が最終話から感想書こうと思ったけれども、細かいこと言い出すなら色々とあっても結論としては『良い作品だった』ってことになるから、まあいいや。

FLEAGHT-フリート-

ド派手なアクションシーンで楽しませながら、終盤にちょっとしたオチ

まあ終盤のオチは、あれがないと単なる「巨大生物に立ち向かう戦士たちのヒューマンドラマ」になって月並みからちょっと捻ってみましたっていう印象のほうが強いかな。

もちろん設定とかもちゃんとこじつけはいるけれども、大筋の描写がしっかりしすぎているが故の弊害かもしれない。

マッチョグルメ』の人が原作だってこと踏まえると、ある意味で納得。

ややもすると真面目に描きにくい話を、大真面目に描いてストーリーを成立させるっていうスタイルからね。

鬼の影

話の流れ自体は、良くも悪くも言うことなし。

いや、「良くも悪くも言うことない」ってのは、つまり評価していないってことになるか。

前半の話に読者を引き込んでくれるようなものがないし、後半はタイトルにもなってる『鬼の影』についての解説ほとんどだし。

坦々としているというか、陳腐というか、「設定垂れ流しマンガ」みたいになってしまっている。

「実は主人公は……」みたいなパターン定番だし、その展開も読んでいる途中ですぐに気づく。

展開が読めること自体が悪いとは一概に言えないけれども、それが作品面白さとは何ら関係ないってのは欠点だと思う。

絵も基本的に拙いけれども、鬼の影が登場する場面は割とサマになっている気がする。

カラーの力が大きいだけかもしれないが。

佐本家のニケ

ストーリーものってサクッと読めないか感想書きにくいけれども、テーマ最初からハッキリしていると、それだけで読みやすくて助かる。

粗探しをするなら、ニケはキャラクターとしては出来ているけれども、ストーリー上の役割としては舞台装置的でしかないって点かな。

超常的な存在なのに大したことをやらせいから、展開としてはあまり盛り上がらない、役割としての必然性が薄い。

もちろん主人公の心境が少しだけ変化するキッカケにはなっているけれども、その程度だったら別に似たような人格登場人物でも良いって思ってしまう。

ハートフルコメディ”らしいが、コメディ要素に関してはそこまで楽しいと思える要素が少ない(ハートフル要素に関しては異論はないけれども)。

はいえ描きたいことは理解できるし、作風演出のものケチをつけるようなところはないので、総じて手堅く纏まっているって印象。

ロストサマーメモリー

回想の代わりに動画の記録という演出を取り入れて、その演出がちゃんとストーリー上でも意味があったと分かる構成が良い。

この手の話ってオチが読めたり、判明した後だと途端に白けるんだけれども、本作はそれが分かった上でなお読ませる構成になっているのが上手いと思う。

オチ理解したうえで改めて読み返すと、カメラに映っている登場人物たちの言動とか、視点が見下ろしになったところとか、色んな箇所に恐怖を覚えるっていうね。

もう一度読み返したくなるっていう意味では、今回感想を書いた読み切りの中では一番印象的かな。

難点は、ちゃんと読み込まないと話を理解しにくい構成なのが一長一短といったところ。

色々と工夫しているのに、それが分かりにくいのは勿体無いと思う。

余談。常々思っていることなんだけれども、はてブホッテントリになる漫画って、いまいち基準が分からないことが多いんだよね(面白いかどうかって話じゃなくて、面白いマンガの中からホッテントリになるのはどういう類のものなんだろうって話)。ただ、今回のに関してはまあ分かる。やっぱりプロットキャッチーさがあると強い。

欲(仮)

特定のシーンとかしっかりキマっていて、絵の迫力も中々なのに、話の流れとか展開が不自然なところが多くて悪目立ちしてる。

セリフ選びのセンスというかセリフ運びもぎこちなくて、そっちが気になって目が滑る深読みするなら、一応この不自然さにはちゃんと理由があるといえなくもないんだけれども、ほとんどの登場人物セリフがぎこちいから、ちゃんと機能しているといいにくい)。

テーマ犯人セリフからして明瞭ではあるけれども、ただ喋らせているだけって感じ。

ときおり出てくる独特な表現プロットに馴染んでなくて、単なる賑やかし的な飾りにしかなってないのも気になるし。

演出意図希薄なのに目立つ表現って、悪目立ちに近いから読んでると戸惑う。

作風は色濃く出ていて、一つ一つの要素を抜き出して評価する分には面白いんだけれども、それらが一つの作品としては噛み合ってないなあって印象。

雨音く君の綴る音

こういうシチュエーションは、『言の葉の庭』を思い出すね(別にパクりって言いたいわけじゃない)。

君の名は』でメジャー級になるまで、新海誠監督いまいち大衆認知されない理由象徴するような作品だと思う。『言の葉の庭』って。

アニメーション表現力は圧倒的なんだけれども、プロットが退屈すぎるからね。

要人物のやり取りとかの繊細さ、空気感など、作り手の表現したいことを汲み取った上でなお退屈だった。

なんか『言の葉の庭』の感想なっちゃたけれども、なんでこういう話をするかというと、この漫画長所短所も大体同じだからだと思う。

身も蓋もないことをいえば、動きの少ない、劇的じゃない物語面白がるのは難しい。

ましてや本作は漫画から劇半やアニメーションがない分、漫画という媒体を存分に活かした表現や、よりプロット重厚で繊細でないと厳しい。

キャラ漫画とかだと、キャラクター性に振り切ることで緩和されるけれども、地に足の着いた登場人物たちが現実的世界観物語を紡ぐなら何らかのフック、エンターテイメント性のある劇的な要素がないと、どうしても盛り上がりに欠ける。

ど忘れゴッデス

漫画記号キャラであるゴッデスと、漫画記号取り巻きたちに、主人公イライラするっていう要はメタフィクション要素の強い作品

“こんなヤツ現実にいるわけがないし、いたとすれば絶対キャラでやってるだろ”っていう読者の共通認識コメディ主体にしているのは、取っ掛かりとして良いと思う。

キャラとかではなく、本当に忘れっぽいだけ」みたいなオチに逃げず、ゴッデスが最後最後やらかしたポカが、ネタを忘れるっていう展開なのも利いてる。

深読みするなら、結局ゴッデスがネタでやっているのか、素でやっているのか有耶無耶にしているとも解釈できるけれども、それだと話としてフワフワしすぎているか個人的にその線はナシかなあ。

それと、展開にもう一捻り欲しい。

漫画記号に対するツッコミ主体にするなら、それこそゴッデスというキャラや、彼女を持てはやす取り巻きの不気味さとか掘り下げられる要素はたくさんあるのに、ただ表面をなぞっているだけのストーリーになっているのが物足りないかなあ。

2017-12-30

ゲームを観ることのなにが悪いかに一つだけ反論する

いつからゲームは「遊ぶ」のでなく「観る」ものになったかid:arcadia11

http://arcadia11.hatenablog.com/entry/2017/12/29/210000

色々言いたいことがあるけど一つだけ反論する

プレイヤーよりも動画視聴者に向けて、もっとキャッチーで、奇抜で、女性子供も喜ぶデザイン修正しよう、という流れになっても不思議ではない。

女性子供も喜ぶデザイン修正されることが問題のように書かれているが、なにが問題なのだろうか。

ゲーム業界を見る限り、人気のあるソフトポケモン妖怪ウォッチを筆頭に

マリオロックマンソニッククラッシュ子供受けする(かつ人外の)キャラばかりだ。

洋ゲーに出てくるような海外規準セクシーなオッサンが誰か一人でも彼らと並ぶほどの人気を得ただろうか?

プレイ動画が無い時代から、老若男女問わずキャッチーデザインが好まれるのだ。

動画関係なく、ポケモンが売れて妖怪ウォッチが売れた時点で、

売上のためならデフォルメされた動物っぽいものがたくさんでるゲームを作ればいい。と誰もが思うはず。

でもゲーム史上は二匹目のドジョウを狙ったもので溢れかえったりはしなかった。

クリエイター安易な目先の売上だけに流されず、様々な年代性別に向けて、それぞれ面白いと思うもの提供してくれているおかげだ。

売上にそこまで影響しないであろうプレイ動画程度で揺らぐとは思えない。

そもそもプレイ動画を見てるのは女子供だけじゃないからね。

2017-12-27

なぜスターウォーズ 最後ジェダイダメなのか

※ この記事にはネタバレが含まれています

公開初日最後ジェダイを見て来たのだが、何とも言えないモヤモヤが残り続け

自分の中ではずっと評価保留になっていた。

色々と他人感想を聞くにつれ、モヤモヤの正体が見えてきたので聞いてほしい。

前作であるep7「フォース覚醒」はパーフェクトではなくとも、それなりに楽めた。

ep6「ジェダイの帰還」から作中でも実世界でも30年越しの新作、ファンとして興奮しないわけがない。

ep7を鑑賞した後、次回作の展開について頭の中で空想を巡らせた。初めてスターウォーズを見た子供のように。

レイスノークの正体は?ルークはどんな活躍をするのか?カイロ・レンはアナキンの後継足り得るのか?

今になって思えば、公開前までが一番ep8「最後ジェダイ」を楽しむことができた、幸福時間だった。

実際にep8を鑑賞すると、想像していたような展開は何一つとして実現せず、常に観客の裏をかく脚本に仕上がっていた。

もちろんこれは意図的路線変更であり、明らかに過去作との差別化を目指している。

過去キャラクターとの決別や「お約束」の排除、「神話」と揶揄される古いヒーロー像の否定・・・

これらは確かに旧作ファンからすると寂しいものがあるが、私は実のところこういった「テコ入れ」は嫌いではない。

少し話が逸れるが、私はスクリプトをこねくり回すような職についていたことがあるのだが、

国内外わずシリーズものが強いコンテンツ業界においては「テコ入れ」や「リブート」は必須スキルだ。

これは持論だが、テコ入れはいくつか定型パターンがある。

構造の変更」とは例えばギャグ漫画がバトル漫画になったり、

冒険譚が日常系になったり、物語フレームを取り替えてしまう。

舞台の変更」とは例えば現代の話が江戸時代タイムスリップしたり、

SFになったりファンタジーになったり、「海外編」が始まったりする。

キャラクターの変更」とは例えば敵キャラ主人公に抜擢されたり

性別を変えてみたりキャラクター解釈を変えてみたりキャッチーな新キャラを登場させたりする。

演出の変更」とは絵柄や作画担当を変えたり、アニメ化実写化もこれに当たるかな?

そして最後に「抽象度の変更」、これは物語リアリティレベルを変え、

リアルハードストーリーになったり、逆にマイルド子供向けになったりする。

ep8の「テコ入れ」で大きいのは「キャラクターの変更」と「抽象度の変更」だろう。

ep8ではジェダイ血筋神話性を否定し、これまで凡俗とされていた人々にフォーカスを当てた。

正直、このタイプテコ入れは大好きだ。大好物だ。

X-MENの新作「ローガン」では今まで考えられなかったウルヴァリンキャラクター性と生き様を描き、

シン・ゴジラ」では原点回帰意識させつつ妙なリアリティ説得力を持って庵野ワールド表現している。

しかし、ep8はどうだろうか。

本来この方針で行くならば徹底的にリアリティを追求して凡俗な者たちの力で泥臭く物語を進めたり、

新世代のジェダイ」は「滅びゆくジェダイ」と全く違う描き方をすべきだった。

凡俗な者たちの人間ドラマについても群像劇なりに感情移入できるだけの脚本力が欲しい。

しか実査には御都合主義的で破綻した脚本感情移入できないキャラクターたち、

とりあえず性別は変えたが扱いに困る「新世代のジェダイ」。

これが自分の中のモヤモヤの正体だった。

ついでに書くと、この方針転換はep7からやるべきだった。

ep7では旧作を意識した作りをして、旧3部作を踏襲するかのように思わせておいてep8でどんでん返しを決めた。

かに驚きはあったが、仮にep8の物語が上出来だったとしても幸福裏切りにはならなかっただろう。

最後に望むのは、ep9がep8の「テコ入れ」を上手く回収し、ep7からの3部作を「名作」たらしめて幕を下ろすことだ。

2017-12-25

anond:20171225034726

書いてることは概ね間違ってないけど、結論は間違ってる。

 大衆シンプルキャッチー音楽を求めるという見方は全く間違っていないし、実際にその理屈のもとで大成功を収めたベリー・ゴーディJrという人物がいる。彼はもともとジャズが好きで、ジャズ中心のレコードショップを開いていたのだけれど、売れるのはより音楽的に簡素演奏技術も高度でないドゥー・ワップやダンス向きのジャンプブルースロックンロールで、自分が売りたいものが全く売れなかったという苦い経験があり、そこからリズムが豊かでわかりやす楽しい音楽を作る会社であるモータウン・レコードを創設し、ミラクルズ、スプリームスジャクソン・ファイヴといったミュージシャンを輩出していったという経歴がある。

 音楽理論的に高度であるということが音楽的に優れている、という見方は極めて安直で、音楽理論的に高度な音楽音楽理論的に高度な音楽なのであって、優れた音楽であることとは直結しない。

 アメリカ、及び現代の音楽史を語る上で、アメリカ黒人奴隷(強制労働者)が生み出したブルースは欠かせないけれど、ブルース自体はごく僅かなコード進行からなる、元増田言葉を借りて言うなら“音楽理論的に低レベルな”音楽だ。けれども、ブルースが持つ音楽価値というのは極めて大きなもので、黒人がより高度な音楽教育習得するようになった1950年代以降においてもシンプルギター演奏だけで音楽を作り続けるレッドベリーライトニン・ホプキンスといった黒人ブルースシンガー評価は続いていたし、更には彼らの直系の影響下にはウディ・ガスリー、ボブ・ディランといったビッグネームがいて、彼らについてはもはや言うまでもない。

 それに、理論的高度さを追求する人間シンプル音楽を“低レベルであると見做している、というのも違う。

 例えば増田の言う現代音楽の分野で成果を残しているフランク・ザッパキャリアはドゥー・ワップやリズムブルースといったシンプル黒人音楽内面化から始まっているし、生涯に渡ってこうした音楽に興味を持ち続けていた。ロック文脈ではアヴァンギャルドノイズシューゲイザー先駆者であるルー・リードボビールイスアイズレー・ブラザーズファッツ・ドミノ、フレディ・キングといった50年代黒人ポップスの愛聴者だったし、日本でも山下達郎ジェームズ・ブラウンはじめ60年代ソウルミュージックの愛好ぶりはよく知られているところ。

 というように、わざわざ結論を書き直すまでもないけど「音楽理論的に高度な音楽けが優れた音楽であるというわけではない」ってこと。

 あと最後蛇足だけど

アーティストでも、若いころは電子音バリバリの歌を歌っていたのが、歳を取るにつれアコースティックな静かめの曲ばかり歌うようになったとか

 これのわかりやすい例にロッド・ステュアートがいて、彼も年齢を重ねるに連れてビバップ以前、あるいはポップス寄りのジャズスタンダード(わかりやす音楽)を積極的に採り上げてカヴァーしてます

 

2017-12-22

はあちゅうヨッピーナチスドイツ経験主義』というトンデモ記事への反論

こんにちはエルサレムアイヒマン警察です。上司インフルエンザで休んで暇なので、大好評炎上中のはあちゅうセクハラ告発について調べてたら id:plagmaticjam 氏の「はあちゅうとヨッピーとナチスドイツと経験主義~ハンナ・アーレントは何を語ったのか~ - メロンダウト」という記事発見

タイトルからし地雷臭がヤバイと思ってたら案の定トンデモだったので、おうちにあった『エルサレムアイヒマン 新板』を読み返しつつ反論したいと思います

炎上の経緯はハゲ大先生 id:hagex のまとめが鬼詳しいのでこっちを読んでください。→はあちゅうのセクハラ告発大炎上まとめ(追記あり) - Hagex-day info

 

件の記事ブログ筆者は、アイヒマンはあちゅう類似性を下記のように定義しています

はあちゅう氏=「自分被害者になったら告発する。いっぽうネットで実際に被害者が見えないなら加害者になれる凡人」

「凡人は無自覚悪人であること。」

アイヒマン命令によって思考行為を切り離し悪人になれたように、はあちゅうネットをかませ被害者特定しないことによって思考を切り離しているように見える。」

ヨッピー童貞いじりが誰を傷つけているのか、と擁護していたが「誰がわからない」から傷つけてもいい、なんてアイヒマンが「名前を知らない」から業務的に虐殺したのと構造的に同じだ。」

「何もはあちゅうだけに限った話ではない。ネット思考行為を切り離す。凡人が容易に悪人になりうる構造を持っている。」

ブログ筆者は「思考行為を切り離すがゆえに、無自覚悪人になる」構造があるとし、類似性を下記のように指摘しています

ブログ筆者が考える構造類似性

アイヒマン:「命令」によって思考行為を切り離す

はあちゅうヨッピー:「ネット」によって思考行為を切り離す

ですが、前提にしているアーレントの読みがそもそも間違っています

アーレントが指摘したのは「アイヒマンが何も考えていない=無思想性」ということでした。

「俗な表現をするなら、彼は自分のしていることがどういうことなのか全然わかっていなかった。」

「彼は愚かではなかった。完全な無思想性−−これは愚かさとは決して同じではない−−、それが彼があの時代の最大の犯罪者の1人になる素因だったのだ」(p.221)

アイヒマン相手匿名から虐殺したわけではありません。知っているユダヤ人も知らないユダヤ人も等しく虐殺しました。

彼は「善悪弁別する能力をまったく欠いている」(p.20)のであり、「彼は自分義務を行った。命令に従っただけではなく、法律にも従った」(p.107)のです。

アイヒマンの特徴は「自分思想がなく、善悪区別がつかず、ただ義務命令法律に忠実な男」であり「自分よりも権威のある立場の人が『正しい』と言ったなら盲目的に従う男」であるということです。

アイヒマンには、反ユダヤ主義思想教育もなかった、とアーレントは指摘しています

好き嫌いがあるゆえに行動するのではなく、一切の好き嫌いがないからこそ、自分より高い立場権威から命令されたことをマシーンのごとく忠実に実行しました。

実際、アイヒマンは「良心問題については、命ぜられたこと(筆者注:虐殺)をしなかった場合にのみ疚しさを感じた」(p.20)と述べています

 

アイヒマンのような「無思想で、法律義務命令に忠実である」人は、平和時代であれば、上司の言うことを忠実にこなす「優秀なサラリーマン」、法律など絶対に破らない「良き市民」として一生涯をまっとうしたでしょう。

アイヒマンはあまりにも「普通おっさんであるという事実について、アーレントは<悪の凡庸さ>と指摘しました。

アイヒマンはきわめて凡庸一般人であるというアーレント見解は、「ナチスは、ユダヤ人絶滅したくてたまらない極悪人狂人」という世間見解とはまったく違うものだったので、多くの反発を招きました。

 

一言でまとめると、アーレントが語る「悪の凡庸さ」とは、「平和時代ならあまりにも普通おっさん、ただし無思想善悪判断がつかないから、彼が従う権威や法が狂えばなにも考えずに極悪人になれる」ということです。

以上の経緯から見ると、ブログが「悪の凡庸さ」を誤用していることがわかると思います。もう一度、ブログ言及されていた構造をおさらいしてみましょう。

ブログ筆者が考える構造類似性

アイヒマン:「命令」によって思考行為を切り離す

はあちゅうヨッピー:「ネット」によって思考行為を切り離す

思考」と「行為」が個別にあり、それらの連結を切り離す「X」があるという前提です。

しかし、アイヒマンそもそも思想」がありません。だから自分に注入される命令義務を己のものとして実行します。

ブログ筆者が考える構造: A(思想)=X(切り離すもの命令ネット)=B(行為

アーレントが指摘したアイヒマン構造: X(命令義務法律)→B(行為

構造がなにひとつかすっていないことがわかると思います

 

そもそもはあちゅう氏はアイヒマンのような「無思想」ではありません。むしろ自己主張が強く、自分を良く見せたいタイプだと思います

善悪判断力はわかりかねますが、盲目的に命令権威に従うタイプではありません。

はあちゅうは凡人」と言うとなんとなく納得感ありそうなんですが、アーレントが言った「凡庸な悪」とは意味が違います

ネット」とか「不特定多数他人」とかも、アイヒマンにはまったく関係ありません。

 

凡庸な悪」というパワーフレーズはすさまじいものがありますし、引用したくなる気持ちもよくわかります

しかし、なんとなくキャッチー単語フレーズだけを使って独自理論を展開するのは、引用源にも読者にもどちらに対しても失礼ですし、誤解を与えます

名著や歴史的パワーワード換骨奪胎して持論を展開するのはやめてほしいです

ぜんぜん引用源を正しく参照してない記事内で、ナチスドイツという激烈ヤバイもの名前を同列に並べられたはあちゅう氏とヨッピー氏、さすがに流れ弾すぎるだろ…と思います。あとブログ言及されてる「経験主義」も「違うだろ…」て感じなんですが、続きは経験主義警察の方々にお譲りします。

 

参考文献:ハンナ・アーレント大久保和郎・山田正行訳『エルサレムアイヒマン 悪の陳腐さについての報告 新版』(みすず書房2017年

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】:Amazon.co.jp:本

(所要時間:45分)

 

※もちろん「書籍を読む」行為に、明確な正解はありません。私の読解もまたひとつ意見にすぎませんから、別のハンナ・アーレント警察の方から「違う!」とおしかりの言葉を受けるかもしれません。とはいえ、いくらなんでも適当すぎる読みだと思うんで反論を書きました。

2017-12-08

31歳のオッサンだがカラオケで使える歌を知りたい

条件は2つある。

1つ目は、気持ちよく歌える曲。

歌って楽しいのもいい。とりあえず発散できる曲が知りたい。

2つ目は、周りがしらけない曲。

基本ヒトカラメインなので1つ目の条件が満たされる曲が見つかれば万々歳なんだが、近々会社の人と忘年会カラオケに行くことになってしまった。カラオケも酒も好きなので嬉しいんだが、せっかくなのであまりみんな知らないけど初聴の人も楽しませられるような曲が知りたい。盛り上がる曲もいいが、「初めて聴いたけどこの曲いいな」って思わせるようなやつがいい。誰かがカラオケで歌っていて思ったことないか?俺はあるんだ。

30歳前後のやつで、最近の曲を聴いているやつが周りにほとんどいないので分からないんだが、たまに地元の奴とカラオケに行ったりすると結局昔流行ってた曲だけみんな歌って終わるんだよな。それも楽しいんだが、もう一歩踏み出したい。大体ラルクポルノグラフティグレイガクトあたりが定番だけど、俺も歌ってて楽しいんだけど、正直聴き飽きてる。途中で結局、「あー、あったなこれ懐かしい!」みたいな曲を入れる勝負になったりして、サビ以外グダグダだし、セックスマシンガンズとかX入れても三十路の親父だから最後悲惨な感じになったりするんだよな。

俺の好みは大人しくない(=ノリノリな感じ?)のが好きなのでそういう系統が望ましい。ミスチルスピッツゆず、19なども同世代は好きだろうが、たまに聴くはいいが正直あまり好きになれなかった。心にこもった訴える感じのも好きで、椎名林檎なんかはすごく好きだったが、女性ボーカルなのでやはり歌える曲は限られてくる。頑張れば歌えるが、練習量少なくても歌えるようになれる曲が嬉しい。条件が増えてすまない。

ここ数年だと、フレデリックのオドループなんかは歌ってて楽しいし盛り上がる。同世代もあまり知らなかった。個人的には惑星アブノーマルとかポルカドットスティングレイとか大好きなんだが、いずれもヒトカラで何度か挑戦したものの癖のある女性ボーカルなので無理ゲーだった。やっぱり男性ボーカルがいい。

思えば中学生ぐらいか洋楽一辺倒になってしまったので、1999-2010年ぐらいの有名な曲も知らないことが多い。最近の若者はどこで音楽を見つけてるんだ?YouTubeなんだろうなぁ。

ということで、キャッチーで歌ってる本人も気持ちいい、ストレス発散になるような素敵な曲があったら教えてください。アニソンも好きなんだが、基本的アニメを観ていないのに主題歌だけ歌うのは主義に反するので、今回は除外させていただきたい。

2017-11-21

シン・ゴジラやったら面白そう

シン・ゴジラが苦手な人のために、「表」が意図的排除した要素、例えば誰かがツイートしてた受け売りだけど、

だけ使った裏話として、一本映画を作るの。

もちろんCMで「せーの、ゴジラさいこーう!」は忘れんなよ。

その上で「表」の本編を見てもらえば、今度こそ納得すると思う。

まあ国民全員がシン・ゴジラファンになる必要はないけどな!

2017-11-19

国内でもてはやされる「イノベーション」の中身は何も実は無いって話

起業にわかにもてはやされ、ピッチがどうのこうのと話題になり

ARがVRがと盛り上がりメディアは物を人を持ち上げ

AIスピーカーがどうのこうのと新しい言葉が飛び交う

その実態はどうかと問われれば、そこに世界中の人々の生活を変えうる片鱗を露ほども感じることができないと答える

どれをとっても浅いのだ

小手先未来論ばかり語り、いかに「面白いことをやってるんだ俺は」の風を吹かせるか

ホンモノの改変の実績がなくとも、ただただ面白おかしく遊び始めたことだけがもてはやされ、自ら技術革新していくわけでもどうやらない

何が凄いのか、本当に凄いのか、ただ雰囲気で持ち上げてるだけではないのか

欠落した倫理観イノベーションの御旗を立てて、まさに確信犯としての行動をとり、それを集団肯定する

ちょっとマトモな未来感を語れる人を、これが日本を引っ張っていくヤバイ若い人材だ、と皆で持ち上げ利用する

そこにあるのは技術をもってして世界構造を変える本気の行動ではなく、単なる自己満足自己顕示欲を満たすクソみたいな空間しか無いのではないか

本気でヤバイ人間は、きっとすでに、サクッと世界を変えているし、そんなコミュニティーに属していなくても世界を変えた人は何人もいる

本当に素晴らしい、世界を変える人は、そのコミュニティーになど存在しない

話題になる言葉を、真の意味を捉えずにキャッチーさだけで取り上げる浅はかさを、いつまで続けるのか

言葉は期待を生み出し、そして言葉消耗品である

その明らかに過剰な「言葉」は今一瞬の利益には繋がるが、果たして長期的に信頼を、期待を得ることが本当に出来るだろうか

今さえ良ければ、後のことなどどうでもいいなどと思っている行動としか思えない

本当のAI時代が来たときに、もうそ企業AIという言葉を使うことはできなくなる

最もそんな企業は残ってはいないだろうが

今一時の嘘が果たしてどれほどの大きなしっぺ返しとして返ってくるか容易に想像が付くだろうが、その振り上げた拳を下ろすにはもうおそすぎだろうし、下ろすこともできないだろう

日本にはイノベーションなど無い

あるのはイノベーション「風」だろう

自己顕示欲を満たし、ほんの小さな実績を、さも世界を変えうる成果に見せる

ありがちな希望や願望のみを語り、確固たる意思については多くを語らない「先駆者」や「イノベーター」を持ち上げ、作り上げ、民衆を躍らせる

本当にイノベーションがあったのならば、すでに世界の一部は日本のイノベータによって変えられているはずだ

良く持ち上げられる「ヤバイ人たち」が世界を、生活を変えた例が無いのが答えだろう

いい加減に眼を覚まそうよ

その人達は何をした? 何をする? 何をしたい? 何をしている?

本当に世界を変えることが出来る人を、本当に改変しようとしている人を見てあげるべきではないか

騙されていることに気がつくべきだ

本当のイノベーションに気がつくべきだ

一日も早く

2017-11-16

保守速報案件って

マスメディアちょっとたことで訴えられやすくなる案件じゃね?

判決は、表題作成情報量圧縮で内容を効果的に把握できるようになったと指摘

とか、新聞雑誌テレビキャッチータイトル付けとインタビュー圧縮とかもろに該当するし。

2017-11-10

ギガが減る、チンするみたいな俗語

他にない?

その時代においてはキャッチーでその特徴を捉えられて定着するけど、

そのうち使われなくなる言葉

あるいは定着しすぎて、未来辞書に、

「初期の電子レンジは加熱終了時にチンと鐘の音がなる仕様が多かった。そのため電子レンジで加熱することをチンすると呼称したのが始まり

みたいに中国ことわざ風になっちゃもの

パケ死カロリーを取るとか

anond:20171110120931

ライト層は「カッコイイ曲! キャッチー!」ってだけで良いだろうし(秋元支配がどうだとか考える義理も彼らにはない)、結局はアイドル商売に対して斜に構えてる奴だけが引っかかりを覚えるんじゃね。

anond:20171110103508

背景とか気にせず、とりあえず歌詞キャッチーからそれに惹かれるような人たちが買うってこと?

2017-11-03

https://anond.hatelabo.jp/20171103100244

昨今のデモって知らしめるところで思考ストップしてて、実現まで頭が回ってない気がする

キャッチーだけど不必要な反感を買うような表現を使いがち

2017-11-02

anond:20171101230304

「なんj」でファイル共有ソフト経由の流出のていで燃やすのが一番ええで

キャッチーあだ名付いたら一生勝ち

https://anond.hatelabo.jp/20171101220832

「俺だ俺だ!俺だった!!」は無理やりすぎるし流行ってもいないしそもそもaukusoeちゃんは全然おもしろくない!何度も言うけどあんなの助六喰らってるだけのゴミじゃん!

せめて「むきゅー!むきゅー!」ならキャッチー大衆受けしたかもだけど。

2017-10-30

鬼灯の冷徹OPが頭から離れない

1期の時もそうだった

すごいな

キャッチーすぎる

 

オープニングテーマ地獄の沙汰も君次第」

作詞 - サイトウ "JxJx" ジュン、獄卒音楽連盟 / 作曲編曲 - サイトウ "JxJx" ジュン

 

誰だこれ、知らん

でもすごい

離れん

2017-10-17

anond:20171017113610

何かWikipediaにはキャッチー名前にするためにHi-Fiの語感から取っただけで、意味は後付けだからFiに本来意味は無いみたいなこと書いてあるな

https://anond.hatelabo.jp/20171016204029

ハリーポッター名曲揃いなんだけどなあ

テーマソングはおどろおどろしさとキャッチー兼ね備えてるし

作曲家ジョン・ウィリアムズ作品の中でも駄作という立ち位置ではないんだけどな

しろ音楽が悪かったらあれ(一期)は映画として成功しなかったんじゃないか

2017-10-15

タイトルキャッチーなのどうにかなりませんかね文化資本だかブロガー資本だかどうでもいいけど

2017-10-14

進次郎って真紀子化しないよね?

父親の抜群の知名度父親譲りの演説パフォーマンスの巧みさ、それでいて父親とはまた一味ちがった「何か」をやってくれそうな雰囲気

世襲した地盤ゆえに選挙で圧倒的な強さを誇り、自民党多数派におもねることな独自の道を歩めそうな立ち位置

かつて人気があったころの田中真紀子は、そんな感じだったと思う。

それが、結局どうなったかはみんな知ってる通り。

受け継いだのは父親の表面的な部分だけで、政治家としての力量なんてなかったのだ。

ついこの間、抜群のパフォーマンス力とキャッチーフレーズを創出しブーム演出する能力に秀でた一人の政治家が、都民の期待をあつめて都知事になったばかり。

だが、都民を引き付けた公約なぞ、なにも実現する気配もなく、政局ゲームうつつを抜かしている。

都民として「政治家を表面的な部分だけで評価してはいけない」と反省しているだけに、進次郎の巧みすぎるパフォーマンスが気にかかる。

この人が何か素晴らしい政策立案したり、なにかを決断・実行した姿を、自分はまだ見た記憶がない。

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