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2021-05-11

夢日記

2011/1/16

こんな夢をみた.友人と車でお祭りへ向かう途中,交通事故あい幽体離脱.「あー死んじゃったかー」とか思ってグチャグチャになった車を俯瞰していると,僕の体は車から這いでて警察を呼び,友人と一緒に立ち去ってしまった.僕は取り残された.

2011/12/6

こんな夢をみた。僕は中学校にいて、何人ものクラスメートと顔をあわせた。それも男女問わず卒業から会わなくなった人達ばかり。最後に、初恋の人と食堂てんぷら定食を食べた。そこで僕は、彼女玉子が嫌いだったことを思い出した。あの中学校食堂なんてなかったことも。目は覚めた。

2012/1/21

こんな夢を見た.携帯が鳴り,研究室ソファから起き上がる.時刻は3時過ぎ.伸び上がって靴を履き,立ち上がる.と同時にソファで「目が覚める夢」から 目が覚めた.時刻は4時過ぎ.立ち上がる.と同時にまたソファで目覚める.時刻は5時過ぎ.6時,7時,8時.昼には諦めた.目は覚めていた.

2013/1/6

こんな夢を見た。温泉から上がり部屋で一息つくと、脱衣所での忘れ物に気がついた。取りにかえるも、その温泉に戻れない。あるのはロビーと地下への階段。 迷わず下る。1/3ほど照明の点いたバーで、3人が飲んでいた。女性は言う。「私が代わりに探してあげる」。忘れ物はついに思い出せなかった。

2014/9/15

こんな夢を見た。私は知らない農家の宴席で、その男の話を聞いていた。男は次第に興奮し、暴れ、自らの腹をナイフで抉った。私は取り押さえられた男の腹から一筋の血が流れる様子を眺めていた。「俺はあの牛なんだ」そう言い残した男は車で連れていかれた。

私は外へ出た。庭には一匹の黒毛牛がいて、気が違っていた。腰のベルトを外して叩きつけると、牛は逃げていった。それを横目で追いながら、川を越え、古いバス停腰掛けたところで、読んでいた小説を閉じた。タイトルは「牛の首」だった。私は街へ下りることにした。

大きな駅の向こう側へ行きたくなって、地下連絡通路を目指した。下って歩いて上った先で、一人のセールスマンが待っていた。私は家を探していたことを思い出した。マンションの一室へ向かう。「紹介するのはここと同じ造りのお部屋です

お客さんは運が良い。ここのご主人は昨日自殺したので、誰もいません。見るなら今日です」フローリングは酷く黒ずんでいた。部屋を検分していると、喪服の女が階段の上に現れた。木製で高さのある螺旋階段は、このマンションには不釣り合いに思えた。

女は言う。「見よ、あの牛を。涎を垂らし、目を泳がせる、あの醜い黒毛の牛を」それは「牛の首」の一節だった。「ご主人はどちらですか。あの男ですか。あの牛ですか」「牛よ」そう答えた喪服の女は声を上げて笑った。私は部屋を出た。目は覚めた。

2015/4/10

こんな夢を見た。高速道路トンネルに入ると何十もの真赤なランプが光っていて、渋滞のようだった。車が完全に停止するまでブレーキ踏み込み、サイドを引くと同時に、警官に声をかけられた。「車を降りてください。指示に従ってください。」私は他の運転手と同様に非常口へ向かった。

先には窓のない畳部屋があって、黒い長机と弁当が並んでいた。奥から二番目の空席に腰を下ろす。右隣の男性貧乏揺すりが続く。弁当はやけコントラストが低い。向かい女性は口を開けて呆けている。どこかでパキという音。戻ろう、戻ろう、私はつぶやきながら独り部屋を出た。

トンネル警官の姿は無く、ナトリウム灯がまばゆいばかり。私は車を捨てて歩いた。出口に辿り着いたが、無機質な車列は途切ず、青空の下とても静かだった。脇にはトンネル名が刻まれた石碑があって、それをなぞる。五文字目で指先に鋭い痛みが走った。目は覚めた。

2015/4/21

こんな夢を見た。夜祭の喧騒を抜けると、人のまばらな屋外ステージ中央で、男が何やら呟いていた。それらは全て、この地の死者が今際の際に発した言葉だという。石段に腰を下ろし聴き入る。殆どが呻き声でよく聞き取れないが、どれもこれも懐かしい。それらは確か、私の最期だった。

2016/11/10

こんな夢を見た。私は窓の無い病院に何年も入院していて、その日は定期検診だった。入院患者の列に混ざって待っていると、前の一人が脇の通路を指差した。「そこから外に出られるかもしれない」

患者達は一斉に走り出した。初めは様子を伺っていた私も、後に続くことにした。無機質な通路を抜け、いくつもの自動扉をくぐると、急に冷たい空気が鼻に触れた。外は夜だった。私は、電灯に照らされた公園と人工の川に患者達が散る様子を眺めていた。

胸許の携帯が鳴った。「早く戻りなさい。外は身体に悪い」それは心の底から私を案じる声だった。「しかし、みんな喜んでいます。こんなにも空気が美味しいのです。こんなにも自由なのです。」話し終えると同時に、別の電話が入った。「ボートを見つけた」

それは汚いスワンボートだったが、迷わず乗り込んだ。ボートは勢いを増す。川底の石を蹴り、橋を越え、カモメを追い抜いた。ついには岩に乗り上げてしまったが、川岸からボートを押していると、その人数は少しずつ増え、豪快な波しぶきとともにボートは川に戻った。歓声が上がった。

ボートに再び乗り込んだそのとき、朝の光が目に飛び込んできた。「もう戻らなければならない」そう思った瞬間、電話で使った『自由』という言葉に重さを感じた。その言葉意味に初めて気が付いた。目は覚めた。

2020/1/2

こんな夢を見た。私は講座「反境学」のガイダンスを受けるため、大教室の扉を開けた。百名以上が座っていたが、私だけ後ろ向きの席に案内された。私の背中女性講師が言う。「反境学について質問はありますか。」前を向いた学生の一人が手を挙げた。

環境学とは違うのですか」「環境学も反境学に含まれます」「社会科学ですか」「あらゆる概念が当然含まれます境界を無くす学問なのか、そう考えた途端、周囲の学生は消え、私は前を向いていた。講師と目が合った。「違います。」目は覚めた。

2021/5/11

こんな夢を見た。私は想い出の場所に向かうため、登山をしていた。久々の単独行。ペースは上がり、森林限界を抜け、雪渓差し掛かった。酷く咳が出る。雪渓は雪と砂が細かく混ざっていて、古い雪崩跡だと思った。視界の端に何かが映る。黒ずんで、痩せた人間の手が転がっていた。

足を止めた。酷く咳が出る。後ろから声がかかる。「ありがとう。○○さんは手伝ってくれるんだね。」初老女性だった。「なぜ、私の名前を知っているのですか」「あなたに会ったことがあるからです」やはり酷く咳が出る。足元の誰かを、背後の誰かと掘り起こすことにした。

女性は言う。「ごめんなさい。もう、そのシャツ臭いはとれないねしか腐臭は感じない。いよいよ咳は酷い。掘り起こした誰かは、結局腕しかなかった。それもぐずぐずに崩れてしまった。私は手を合わせ、先に進むことにした。咳は血を吐かんばかり。痰が喉でゴロゴロと騒がしい。

すれ違った何人かの怪訝な目に、染み付いた腐臭を初めて認識した。視界が狭まり、白黒する。歩く。歩く。そうして日が沈む直前に、山小屋に辿り着いた。咳をすることでしか呼吸ができない。硬い床に雑魚寝する。眠れない。だからきっと白昼夢だったのだろう。こんな夢を見た。

私はベッドに横たわっていた。寝返りうつと、そのきしむ音と合わせて時計が目に入った。時刻は午前二時五十分。外に錆びた自転車が見える。跳ね起きて質素な窓枠に足をかけると、不意に声がかかった。「子供はどうする」ようやっと、家族3人で寝ていたことを想い出した。目は覚めた。

2021-04-27

auひかり

auひかり勧誘電話を母が取り、そういう方面は分からない(子が管理してる)、と言ったら、ご主人様はご在宅ですか、いつ頃ご帰宅ですか、と重ねて問う。都度都度、亡くなった、と母は答えた。理解すると、えっあっ、となって、テレアポ若者電話を切った。

auひかり他人の家に電話踏み込み、「お父さんがインターネット管理しているおうち」が顧客と言って来る、とても効果的な宣伝方法。うん、絶対選ばないね

2021-04-08

anond:20210407191608

人権同士が衝突することも多いってのを勘案してくれ。

世の中はままならないので、増田のような、人権侵害は迷うことな拒否してよいしそれでうまくいく、って整理では片付けられないのだ。

たとえば要介護者の世話は、家族など周囲の人間が担わねばならんのだが、それは周囲の人間人権侵害している。

公的にも私的にも扶助はあるが、それでもきょうだい障害者を持って生まれた辛さ、みたいな記事がたまにバズるよな。

これは要介護者と健常者の人権がぶつかる中で、妥協点を探って暫定的に今の仕組みになってるわけだ。

万人の人権を万全に守ることは残念ながら不可能なので、国民の税や周囲の健常者を要介護者にあてがいましょうという仕組み、これが現時点での対処である

だが、増田のような考え方では、介護公共のためであっても、人権制限に繋がるあてがえ論はノータイム拒否してよい、となってしまう。

介護者の意見で聞く価値があるのは「私は障害があり要介護者だけど仕事や外出や人間関係を楽しみたいのが本音だ、でもそれには他人介護強要する人権侵害をせねばらなんので、おとなしく家にこもることを選ぶよ」という内容だけだ! なんてことを誰かが言ったら、現代社会では賛同されづらいだろう。

そして増田の、弱者男性意見で聞く価値があるのは「ぼくは女性とのコミュニケーションが欲しくて苦しいが、その苦しみの解消には女性人権侵害せざるをえないとわかってるから、おとなしく苦しみつづけることにします」ってタイプ弱者男性だけだ……という態度はこれに近いのだ。

何よりまずいのが、この危うさに気づいていいはずのブコメ聴衆さえも、増田道徳的で素晴らしい考え方をしていると褒めまくってしまうことであり、弱者男性の生きづらさが認めてもらえないというのはこういう部分も含むのだろう。



話を簡単にするため、シスヘテロ弱者男性を想定して論じる。

弱者男性論の、異性恋愛部分で揉めやすいのは、人権同士が衝突するからだ。

周囲の人間自由意志尊重することと、キモいとされる男性が異性とのコミュニケーションを得られず孤独に苦しむのをを救うこと、その両立が困難だと判明してきたからこじれているのだ。

(多くの人間または男性の心には、性的対象とのコミュニケーションによってしかまらない大きな飢えがあり、非恋愛の友人関係では満たせない、という仮定はとりあえず正しいとする。その真偽は心理学者などが長い時間をかけて研究せねばならないだろう)

箇条書きにすると、以下のようになる。

不快相手との交流を強いられることは人権侵害である

・だが、悪意がなくても他者不快感を抱かせがちな上に改善困難な人間存在し、その代表キモくてカネのないおっさんのような弱者男性である。(女にもそういう存在はいる)

・彼らと交流させられることは、人権侵害である

・よって、他者不快感を抱かせる弱者男性は、諦めて孤独に暮らすべきだ。

・いや、それで本当に倫理的にいいのだろうか?




繰り返すが、弱者男性人間関係についての話は、介護障害者支援と近いんだよ。特に支援が進まない精神障害問題

接触すると周囲の負担になりやす人間をどう扱うか、という問題だ。

介護者を厄介者みたいに言うのはかなり危ういんだが、実際のとこ、厄介者(とされちゃう人)をどう包括するかを真面目に考えることで社会福祉は成り立っている。

現在日本では、家族扶養義務とか、介護ビジネスへの補助金とか、福祉とか、障害者雇用義務とかで要介護者に対処している。

たまたま家族に要介護者がいるからってその世話をさせられるのは人権侵害ではないか、という論点は当然あるが、今のところ、その人権侵害一定程度許容してでも、要介護者を社会から切り捨てるのを防ぐべき、という風になっているわけだ。

その果てに介護疲れによる自殺などもあるんだけどな。

ここで増田の整理を抜粋する。

耳を傾ける意見:「正直異性(他人)とのコミュニケーションは欲しいが、現実女性意思人権制限するなんて酷いことは考えていない」

無視すべき意見弱者男性問題解決のために女性意思人権制限すべきという意見全般(女をあてがえ派を含む)

すなわち、周囲に不快感を抱かせてしま気持ち悪い弱者男性にもコミュニケーション欲求があるのは納得するが、その援助が周囲の人権制限しなければならないなら無視してよい、ということになるだろう。

自由意志制限するべきではないので、周囲が世話をしたがらないなら要介護者は介護される必要なし、弱者男性につきあってやる必要なし。

それで本当にいいのだろうか。



弱者男性を要介護者と並べるのは突飛に見えるかもしれない。

だが、弱者男性と言うカテゴリの中には、精神障害者やパーソナリティ障害発達障害さら障害と健常のボーダー位置する人間がおそらく結構割合で含まれる。

また、そのボーダー時代と共に変化し、歴史の傾向としては要支援障害者認定される範囲が広がっているのだからワガママで苦しいアピールする人間と正当な要介護者を現在基準で完全に分割して別物と扱うのは適切ではない。

これは弱者女性についてもそうだ。

そして、弱者男性問題を、介護障害と地続きの問題として見れば、精神障害者への支援の遅れと近いことに気づける。

対人能力人格情緒の安定にハンデを抱えている人間に対する扱いは、いまだに相当に厳しい。

障害者支援代表例は雇用義務だが、精神障害は本当に厳しくて、障害者雇用でも採用されるのはおもに身体障害者だ。

精神障害者の雇用義務ができたのは、驚くべきことに2018年というつ最近だ。(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192051.html

精神病院についてのゴタゴタも頻繁に取りざたされる。

今も世の中には、「精神障害のある人たちも苦しいだろうけど、関わるの負担が大きいし、その負担を強いるのは人権侵害から、仕方ないだろ」なんて感覚があるのだ。

そして精神障害者と弱者男性の避けられ方は近い。



弱者男性支援する具体策については、深く踏み込みたくない。

政策知識のない俺が具体的なことを考えたってツッコミどころが多いだろうし、そこにツッコミが入りまくると、まるで総論としても弱者男性論が間違ってるような印象を持たれるからだ。

具体策として考えた内容に穴があるからって、総論としての方向が間違ってるとは限らないのにな。

……と思ってたが、「要は公的カウンセリング風俗か? それとも奴隷化か?」なんて人が多いので、それ以外の方法として、AC広告みたいなイメージ戦略なども考えられるよね、とトラバで書いた話を追記として挟んでおく。(このパラグラフだけ4/9の朝に追記

弱者男性を「コミュニケーション介護者」と捉えた場合、その支援訪問しておしゃべり、みたいな直接的な支援に限らない。

たとえば、コミュニケーション介護者ともできるだけ親しく関係を持つのがよいことです、というプロモーションを明に暗に打ち続ける。

年寄り地域交流しましょうもたつきは温かく見守りましょう、白杖を持っている人が立ちすくんでいたら声を掛けましょう、みたいな感じでな。

仕事としておしゃべり介護してもらうより、プライベート友達恋人が作れたらもっと嬉しいんだし、プロモーションの影響で世間からキモくてカネのないおっさんおばさんに対するイメージがよくなり「自由意志」でイチャコラしてもらえる可能性が増すならよろこばしい。

これは弱者男性に限らず弱者女性コミュニケーション介護者に含むことができ、彼女たちの孤独を和らげることができるだろう。

男女問わずボダメンヘラや鬱や統合失調症アダルトチルドレン無職の人も友達恋人セフレができやすくなるってわけだ。(弱者女性はむしろセックス相手として求められすぎて困ってるみたいな話もあるが)

なにより、社会がお前たちを排除矯正していくつもりではないというメッセージを出すことで、彼ら彼女らに希望を持たせられるのがいいことだ。

弱者男性の中に反フェミニズムに熱心になる層がいるのは、フェミニズムの声が主に重視されて自分たち男性相対的にどんどん追い詰められる未来が予想されて不安鬱憤があるからだろう。

そこを変えて、フェミニズムで女の欲望肯定していくけど、同時に男の欲望は男の欲望社会として肯定していく意図があるよ、という雰囲気があればだいぶ状況が変わるのではないか

もちろんこれは「コミュニケーション介護者」の不快な振る舞いを、ある程度までは大目に見る風潮を醸成することも目的に含むわけで、不快な振る舞いをされたらハラスメントと指摘すべきという昨今の道徳とは衝突するので常にバランス綱引きが行われるだろう。

あとはアンドロイドセクサロイド代替とかってのもアリかもと思うが、それならそれで、真面目にその方向の技術振興をしましょうという政策議論に繋げるべきだ。

「50年後か100年後にできたらいいよね~科学の発展に期待だね~」じゃなくて、それを少しでも早められるよう本気で向き合ってほしいんだよ。

追記ここまで)



まあダラダラ書いたけどさ、とにかくこういうことよ。

健康で文化的な最低限度の生活のためには周囲に負担を強いることが必要になる、広い意味での「要介護者」は世の中にけっこういる。税金を利用する全員がそうだとさえいえる。

人権侵害絶対拒絶すべきという考え方をすると、周囲の強制負担も認められないということになり、その「要介護者」たちは見捨てられることになってしま

現代では、人権同士が衝突する場面も多いとわかってきたのだから、その中でどう折衷していくかが大事だ。

そのためには、人権侵害議論余地なく即却下、という素朴で潔癖な姿勢は話が進まなくなるので良くない。




このさい、弱者男性論はさておいてもいいや。

現代では人権同士がぶつかりあってるので、「人権絶対守るべし。そしてみんなの人権を同時に守れる方法はある」とシンプルいかないことはわかってくれや。

2021-04-01

anond:20210401133734

まあ「取り締まってもメリットいから黙認する」が男にとっての「大人」の態度なら、「メリットなんて関係なくルール違反は厳しく許さない」というのが女にとっての「大人」の態度なんだよな。

から男は限界を見計らって行動するし(間違えて踏み込みすぎる奴もいるわけだが)、女はひたすら隠れて行動するしかない。

2021-03-15

anond:20210314191337

男性相手であるときにはしないような内面への踏み込みの試みを、女性相手したことが何度もある。それはたとえば、偶然を装ったメールを送って会話を続けてみることだったり、一緒に街を歩いたり美術館に行ってみませんかと誘ってみることだったり。

同性相手でも、仲良くしたいなあと思う人にメールしたり外出の誘いをすることはあると思うんだけどそれとどう違うのか知りたい。

同性相手にはメールや外出の誘いなぞしないのか?

同性相手だと美術館に絵を見に行きたいと思って誘うが、異性相手美術館に誘うときには絵なんかただの口実でどうでもええわいと思っているのか?

個人的には友情愛情に大きな隔たりはなく自分パートナー配偶者であると同時に人生で最大の親友だと思っているから、この増田みたいに「異性相手だと同性相手とは全く違うムーブをキメる」と言う感覚がよく分からない

2021-03-14

恋愛ゲームから降りられて本当に良かった

自分は数年前に結婚できた(元?)非モテ男性なんだけど、結婚したこと恋愛ゲームから降りられて本当に良かった、というのが、noteの某記事を読んでの感想

女性ダッチワイフであるかのように眼差すホモソーシャル的な男の子ノリには小学生の頃からまったくついていけず、そうかといって、いわゆる女心の機敏みたいなものにも疎くて当然モテるわけもなく、周囲からちょっと爪弾きにされたような感じで人生の大半を過ごしてきた。

でも、そういう立ち位置にあったって、自身の内側からは多少の性欲や孤独感が湧き出してくるわけで、そうした衝動かられて異性と良い仲になりたいと思ったりもしていた。イケイケの男女の交際恋愛理想的祭り上げる世の中の雰囲気価値観もそうした衝動に一役買っていて、自分モテないという事実必要以上に焦っていたと思う。

性別考慮するより前に相手人格尊重したいと思うのだけれど、そうした内外の圧力によって形作られた衝動ときどき理性を裏切り、あわよくばもっと仲良くなれないだろうかという感じで、男性相手であるときにはしないような内面への踏み込みの試みを、女性相手したことが何度もある。それはたとえば、偶然を装ったメールを送って会話を続けてみることだったり、一緒に街を歩いたり美術館に行ってみませんかと誘ってみることだったり。

当時の自分としては、嫌なら断ってもらえれば良いし、という気持ちでそうした誘いを投げかけていた。けれど女性からすると、下心の透けて見えたかもしれないそうした誘いを投げかけられること自体不快だったかもしれないし、男性から女性に対して絶え間なく押し付けられる性的ハラスメントに連なるものとして、忌避感を抱かれていたかもしれない。冷静になると、そうした男性としての自分の業に嫌悪感を抱き、異性にそうした迷惑をかけるくらいなら自分は一生ひとりで生きていくのだとも思う。けれど、内側から湧き出してくる性欲や孤独感が理性をたぶらかし、いつしかまた女性に「あわよくば」という誘いかけをしている自分を認め、自己嫌悪に陥るのだった。

今考えて唯一救いに思えることは、社会的立場自分より下にある女性に対しては、そうした誘いかけをしなかった(と思っていたけれどひとつだけあった。業が深い…)ことだ。

恋人配偶者などのパートナー自身にいない状態では、内側から湧き出す衝動に突き動かされ、しか獰猛男性性を理性は拒否し、ダブルバインド状態女性に接することになる。自身の下心と格闘し、相手の心を読もうとし、自分がどう思われているか好意を持たれ得るのか、メタメタ視点を重ねて自身相手のことを考えに考えるが、答えはどこにもみつからない。

こうした葛藤と心の読み合いの恋愛ゲームは本当に自分を消耗させる。もし自分がこうした煩悶なく、目の前の相手性別関係なく対等な人間として向き合うことができればどんなに良いだろうかと、何度も何度も思うのだった。

そんな時代を経て、私は運良く結婚することができた。そして、この恋愛ゲームから降りられて本当に良かったと思う。当時、パートナーも異性との駆け引きみたいなものに憔悴しており、お互いに早くこのゲームから降りたいということで、付き合いはじめてからすぐに結婚しようということになった。

誰かの配偶者という立場になることで、もう相手を探さなくていいのだという安心を得ることができ、他者からは「この人は下心を持って私に接してきているのだろうか」と思わせてしま負担を減らすことができる。独身時代は、性別関係なく人間として惹かれた異性に対し、もっと相手のことを知りたいと何らかのアプローチを試みていく際、下心を持って接してきていると思われていないだろうか、という恐怖が常にあった。たとえ結婚していても不倫などはあるからゼロにはならないものの、夫というステータスを手に入れ薬指に結婚指輪がはまっている現状、異性との人間関係を構築していく際、過剰な自意識に悩まされる場面はだいぶ少なくなった。

女性からすると、気持ちの悪い下心を振りまいておいて、贖罪もなしに自分だけ「あがり」になってまたこんな気持ちの悪い文章を書いているのかよ、ということになってしまうかもしれない。そんな人間がこんなことを言うのはまったくおこがましいかもしれないけれど、誰しも目の前の相手性別関係なく対等な人間として向き合うことができればどんなに良いだろうか、ということを心の底から思う。

2021-03-02

海保武器使用

新たに武器使用許可したわけじゃなくて、従来から危険場合武器使用できると定められていて、質問されたから改めてその方針を語っただけみたいだな。

俺も最初報道見出しだけ見て「日本踏み込みすぎじゃね?」と思ってたわ。

相変わらず日本マスコミ日本外国との対立を深めるのに余念がないな。

2021-02-20

お前が「花束みたい」と思い出した恋、昔の相手はとっくに枯らしてるぞ。

 最初に言っておく。俺は「花束みたいな恋をした」が大好きだし、元カノのことも嫌いとは思ってない。大筋は実話だが、バレ対策で所々の事実は曲げてる。この文に厳密に該当する個人は多分いないが、20代童貞ノンフィクションだと思ってくれて問題ない。

 タイトル通り。「はな恋」を見て俺が思い出した元カノは、「はな恋」を見ても元カレ(=俺)とのことなんか全然思い出さなかったらしい、という話だ。

 当たり前やろと思った人、盛大な独り相撲が好きなら読んでくれ。

 どこかにショックを受けた人、その幻想をぶち殺しにきたから読んでくれ。

 はな恋の中身の話もするから未見勢は早く観に行け。行って情緒に九頭龍閃されてこい。

 まずは思い出話。

 高3のとき、親密ってほどでもないけど話すと楽しいクラスメイト女子がいた。傾向は違うにせよお互い二次元オタクだったし、かといって自分世界に閉じこもり続ける訳でもない、それなりに真面目でそれなりに社会性があってそれなりにリア充を僻んでいるタイプだった。派手に迫害される訳でもなく、かといって異性にチヤホヤされる容姿でもないし浮いた話もない、そういうバランスの男女。たまに話が弾むうちに、お互いにちょっとくらい好感情が出るのは、ヘテロ若者だったら自然だろう。

 とはいえ高3だ。少なくとも都会ではない立地の(自称進学校で、大学が近くなる奴はまあまあレアだ。少なくとも俺は「最後だし気になる人には告白しよう」って思えるほど自己肯定感が高い高校生じゃなかった、遠距離の面倒くささを押しつけるのは気が引けるんだよ。だから例の彼女とも、別の大学行ってそれっきりなんだろうと思ってた。

 幸運なことに、あるいは不運なことに。俺も彼女も、違う専攻ながら志望校が一緒なのが分かってきた。一般試験を前提に難関(扱いの大学)に挑む勉強ガチ勢どうし、「一緒に受かろうね」という共闘意識はすぐに共有できた。

 共闘意識に加えて。「珍しく気の合う馴染みの女子男子)が」「同じ大学にいるなら」「お付き合いもできるのでは」という妄想だって始まってた。多分、彼女もそうだった。

 娯楽も限られ、空気の閉塞してくる受験期。これだけ利害の一致する人間がいたら頼りたくなる。教室やら予備校やらで顔を合わせる中で、少しずつ距離は近くなっていった。並んで歩いた、肩が触れた、バーガー店に寄り道した、ハイタッチした。ギリギリ友達範疇の、しかし交わす異性なんていなかった、そんなスキンシップがひたすらに幸福だった。リア充高校のうちにベッドインまで済ませている傍ら、ちょっと手が触れ合ったくらいで舞い上がるような高校生だった(今さらだ男子校勢には謝っておく)

 そうやって、言葉にはしないまま意識けが積み重なって臨んだ試験で、めでたく二人とも合格した。地方自称進学校で、ちょっとした快挙になるような大学だった。引っ越し手続きが落ち着いて、二人で祝勝会カラオケをして(君じゃなきゃダメ健全ロボがレスキュー!したのはうさぎですか?)、そのとき彼女から交際を申し込まれた。告白が叶った女の子が泣くんだって知った。

 親も応援してくれた難関大カップルで進む、進研ゼミもかくやという出来すぎた滑り出しで。お互いの好きなことは邪魔しないようにという(主に彼女の)方針だったから、サークルバイト優先で、一緒に過ごすことはそんなに多くなかった。それでも連絡は頻繁に取り合っていたし、相手が歩く新しい世界の話は純粋に好きだった。たまにファミレスで喋って、帰り道にキスするくらいで十分だった……俺がセッしたかったのは確かだったが、彼女からその手の話をされることがなかったぶん、踏み込みづらかった。まだ未成年だし、付き合いが長くなればそのうち、くらいの気分だった。自分を好きでいてくれる女の子が近くにいる、それで十分だった。

 そんな距離のまま後期になって、学業サークルも忙しくなってきた。お互いに真面目に取り組みたいのは分かっていたから、彼女からの連絡が少しずつ減るのも気にならなかった。

 試験期間が終わって、久しぶりに遊びにいって。そこで「別れたい」と言われた。納得もできないまま地獄に落とされて、それでも受け容れるしかなかった。水泳ときプールの中で海パンを脱がされるような日常だった小学校の頃以来、久しぶりに自死を考えかけたりもしたが、そんな気持ちまで彼女にぶつけるのはどう考えても間違いだったし(H誌のI田の件は絶許)、何とか立ち直った。カルチャーでつながった相手に振られてもカルチャーで立ち直ったオタクだ。気分転換の得意なフレンズなんだね

 あんまりな別れ方をした直後は絶縁状態だったが、数ヶ月もすれば傷も癒え、少しずつ彼女との交流も戻ってきた。そのときは明言していなかったが、サークルの先輩に心変わりしたのが大きな理由だったらしいし、今ではその彼と良好な関係が続いているという。俺自身、無害な友人としてはともかく、性愛対象としては魅力に乏しいと自覚してるし、そのくせ意識的にビジュアルを磨こうとも思っていなかったから、他の男に負けるのも無理はないと考えられるくらいになった。以前ほど親密ではないし直に会うことはなくなったが、たまには最近推しコンテンツ布教しあうような関係になったし、それが結構打率だった(というか言われる前から気になってる率が高い)ものからシンプルにオタ友として付き合えるようになった。何より、秘密を共有する相手というのは大きい。

俺は俺で、学年が上がるにつれて人間関係リソースを割けなくなってきたし(だから新しい相手もいないまま)、あそこで別れなくてもいずれ、という予感を抱くことも多かった。何より、その先が破局であったとしても、彼女との思い出には励まされてきたのだ。ひとときでも誰かに愛された記憶尊い、続かなくても間違いじゃなかった、違う道に幸あれ。本気でそう思えていた。別れたときに言えなかった「楽しかったね」だって、もう皮肉なしに言えたのだ。

 という風な経験を踏まえると。

「はな恋」がビシャビシャに刺さる人だな、というのは察してもらえると思う。

絹と麦が惹かれあっていく様子は高3の淡さを思い出した。初対面で作家の話ができるの最高だし、「電車に揺られる」と言っていたら気になる。

同棲中の過ごし方は進学当初に描いていた理想のものだった。同じ本で泣いたのは知っていたから、今度は一緒に読みたかった。

環境が変わると内面が変わるのを誠実に描いてくれたのも良かった。別れてからだって心は通じ合う、そんな関係性に自分たちもなれたと思っていた。

「はな恋」のキャッチコピーにまんまと乗せられた、これは俺たちの映画だ――という直感を抱いた頃、彼女も観る予定だとリア垢TLで見かけた。ただでさえコロナで人と会えない今、久しぶりに喋りたくなって、通話での感想戦を取り付けた。

 期待通り、映画の話は大いに盛り上がった、それはそれでちゃんと楽しかった。それは良いんだ。

 ただ、何を感じたか――というより「自分経験のどこに響いたか」は正反対だった。

 あらゆるシーンが彼女との思い出に接続されたと、缶ビールを片手に俺が語るのを聞きながら、彼女は段々と歯切れが悪くなっていた。顔は見えなかったが、多分げんなりしていたんだろう。

 やはり今が優先されるのが当然か、彼女が主に考えていたのは今カレとの馴れ初めや前途だったらしい。それは分かる。社会人なりたてとして当然。

 そこからが致命打だった。「君のことも思い出したけど、それは趣味が合う人がいる楽しさであって」「君と付き合っていた頃のことなんて全然思い出さなかった」「4年も経つのに君に思い出されて、ちょっとビックリしてる」

 つまりは、4年以上も前の恋人期を鮮明に思い出している俺に戸惑っていた。そんな言い方はしなかったが、完全に引いていた。

 俺から復縁を申し出たことは一回もないし、知らないなりに彼女と今カレの関係は(少なくとも言葉上では)祝福している。よりを戻せるだなんて全く期待していない。君の運命の人は僕じゃない、否めないというか今さら否定する元気もない。

 それでも。どうやら俺は、終わった恋に甘えすぎていた。彼女が「思い出」のフォルダに整理した体験を、ずっと大事に抱えたまま、昨日のように覚えたままでいる。

 新しい恋人が出来たからだとか、そもそも男女で思い出し方が違いやすいとか、そういう話も分かる。それでも俺は、かつての恋人の中で自分がどれだけ小さくなっているかを示されたのが相当にショックだったのだ。それだけ小さくできる存在が俺だ、そのことに今さら傷ついているのだ。

 また好きになれとか、振ったことを後悔しろとかじゃない。こんな映画を観たときに思い出してくれる、そんな存在はいたかった。絹と麦に憧れたのは、あれだけ幸せ現在を過ごしていたから以上に、幸せ過去を大切にできているからだ。パンフレット一枚目フレーズ号泣したの、俺だけじゃないだろ。

 薄桜鬼ヘタリアも黒バスも、見かけるたびに彼女が話していたことを思い出す。SAOゆるゆり麻枝准も、彼女は多分もう気にしていない。

 ラジオ映画評で宇多丸さんが言っていた、「別れた後でも、その思い出がある人生は素晴らしい」ことを描く映画じゃないかと。俺自身がそうだった、それを確かめさせてくれる映画だった。柔肌の熱き血潮は夢のまた夢、それでも、そんなに寂しい訳じゃなかった。あの頃に積み重なった初めての温もりは、どれだけ経っても心を温めてくれていた。そんな粘着質な感情なんて誰にも言えない、言えないけれど。彼女だってそうだったと信じていたのだ。別れたとはいえあんなに分かり合えていた。別れた後も上手く折り合いがついた、それはあの頃への愛着があるからだと思い込んでいた。

 あん未来が待っていた、それは一方通行の夢だ。ずっと知っている。

 あんな日々もまだ温かい、それも一方通行の夢だ。知りたくなかった。

 それでも好きになってくれた自分が誇らしい、そんな幻想だって、確かに明日への糧になっていたのだ。いつかそう思ってくれる人が現れる、それまでちゃんと生きようと自分に言い聞かせていた、それだって幻想だといよいよ痛感した。

 とはいえ精神に多大なダメージを食らったとはいえモラトリアムから目を覚ますには良い機会でもあったのだ。「自然な」出会いなんか一生来ない、やるならちゃんと金をかけてシステム使ってやるしかないし、ひとりで生きてく覚悟を決めたっていい。いずれにせよ、あの頃みたいな出会いなんて一生ない。少なくとも「俺には」ない。

 色褪せてきたことに気づかず、花瓶に飾ったままにしていた花束を。そろそろ片付ける頃合だろう。

「今回の件からお前が得るべき教訓は」別れた後の恋人に思い出話なんて、大抵の場合はするもんじゃない。胸の奥の花束は、陽に晒しときには枯れていく。

別れた後も思い出話に花が咲く人がいたら、それはそれで尊敬応援もする。けど、俺は違った。

かつて恋仲だった俺たちへ別れを告げる、いい機会だった。嫌いにならないまま、後悔まではしないまま、背を向けて手を振ろう。数年の時差はあったが、麦と絹の再演だ。

……ということを書きながら、段々と思いはじめたんだが。

秒速5センチメートル」を作ったときの新海さん、こんな気分だったんじゃないだろうか。ポスト宮崎駿というか終身名誉レぺセン童貞の誠くん、さっき「はな恋」も観たらしい誠くん、大丈夫? 話聞くよ?

2021-01-26

第4の障害

知的障害を伴わない発達障害存在世間に広く認知されるようになって10年以上になるだろうか。

アスペルガー症候群自閉症スペクトラム)やADHDなどの、コミュニケーション不全の障害は、現在の高度情報化社会に適合することが困難な人々を障害者として認定したもので、そのような意味で「新しい障害」「時代によって創られた障害」とも言われている。

歴史的経緯から俯瞰すれば、社会構成員の多くが第一次産業従事していた時代には、軽度な発達障害障害としては認識されていなかった。社会にとっては身体的な機能障害の有無が、何より重要視された。

機械を使わない農作業では人間身体が頑強であるか否かが生きていく上で重要である。逆にこのような時代において、体格さえ頑丈でよく働くことが出来ればよく、発達障害の有無が社会構成員にふさわしいか否かの判断基準とされることはほとんどなく、それどころか知的レベルで多少劣っていても問題とはされなかった。

ところが産業革命が起こり、人々が工業生産すなわち第二次産業従事する者が多くなってくると、知的レベルが低い者は労働生産性において不利となり、工場などで働くことがままならず、障害者としてみなされるようになる。どれだけ体格が頑丈であっても、軽度知的障害者は障害者として扱われる。

そして現在の高度情報化社会では、第三次産業従事する者が多くなっている。情報通信業を含むサービス産業においては、他人との間の情報の伝達に問題を生じる者、すなわちコミュニケーション能力が低い者が障害者と認定されてしまう。認定を受けた者やその予備軍は、生きづらさを抱えて生きていかなければならなくなったのである

こうして、今日社会では他者とのコミュニケーションが困難な者は軽度であっても、総称して「発達障害者」と呼ばれ、障害者として取り扱われ、治療対象となり、障害者枠で働くことが可能になってしまった。

生きづらさを抱える人々が社会から援助されるようになったのだから、それは社会進歩である、ととらえる人もいるが、高度情報化社会発達障害であることが生きづらくしてしまったのだから発達障害者にとっては社会悪化であろう。

ところが社会進歩(あるいは対象者にとっての悪化)はとどまることを知らない。高度情報化社会から次の社会へとステップアップする中で、今後クローズアップされるであろう障害が、掲題の第四の障害である「嫌感障害(けんかんしょうがい)」(英訳するとharassmental disability)ではないか、というのが私の予想である

「嫌感(けんかん)」とは私の造語で、嫌感障害者は、他人嫌悪感を感じ取れずに、あるいは知りながらも敢えて、ハラスメントを行う人々のことを指している。

(同様に"harassmental disability"も、発達障害=disappointmental abilityに寄せて作った造語

「それは一般発達障害とどこが違うのか?」と問われるかもしれないが、知的障害身体の脳の障害という意味で広義の身体障害者であり、発達障害が広義の知的障害であるのと同様に、嫌感障害もまた、広義の発達障害ととらえて差し支えない。

しかしこれまでの発達障害という概念の中には、共感性が低いために他人感情が分からずに意図せず他人嫌悪感を与えることをその中に含みつつも、「他人が嫌がることがわかっていながら他人の嫌がることをすること」、いわゆるセクハラパワハラをすることまでを障害一種だと認定することはなかった。

今回私が提唱する「嫌感障害」は、一歩踏み込み発達障害者の中で他人嫌悪感を与え続けてやまない行動発言をする人々と、攻撃的であったり、あるいは人が嫌がることをすることをやめられない人々を、まとめて新たな障害者として認定するものだ。

第1の障害身体障害、第2の障害知的障害、第3の障害発達障害ととらえたことが、嫌感障害を第4の障害ととらえる所以である

昨今の脳科学では、人間自由意志存在否定され、すべてが所与の条件、すなわち、遺伝子環境構造などによって思考自動的に決定されているという。

自分意思によって他人の嫌がることを行う人もまた、ある意味自分ではどうしようもない衝動によって突き動かされ、社会に不適合な行動を取らざるを得ない障害者と言えるのではないか

彼らが適合できない社会とはなんであるか。それは女性障害者が多く進出した社会であり、多様な社会であり、弱者が認められ、生きやすく、守られる社会である

この社会では、強者多数派が、その力でもって弱者や少数派の人権を踏みにじることは、もはや許容されない。

強者が所有していた権力多数派が所有していた圧力でもって、他人自由を拘束し、口をふさぎ、多様性を蹂躪することは社会がもはや許さないのである

他人への嫌がらせを許さな社会は、高度情報化社会が発達し、様々なサービスが生まれる中で、人々が夢中になるサービスに人々の興味が集約していく中で育まれていった。人々が夢中になるサービスとは、SNSである

高度情報化社会が理性の支配する知識の共有を成し遂げたものであるならば、その中で育てられてきたSNS内では、感情の共有が重要ものとして形作られてきた。

それは「高度感情社会」と言えるものである。私達は高度感情社会という新しいセクターに生きており、産業革命情報革命の次に生じた、感情革命の只中にいるのである

GAFA情報化社会の雄ならば、そこに入っていないTwitter感情社会の雄であり、今後は感情産業と言われるような感情の共有化をビジネスの柱とする産業第四次産業?)に、多くの人々が従事するようになるだろう。

その産業の中で障害となるのが、他人感情を傷つけて平然とする人々である。その問題が今、ジワジワと、次々にクローズアップされているのを私達は知っている。

昨今のニュース報道に触れて、

「こんなことまでハラスメントなのか?」

という疑問を抱いた人は、多いのではないだろうか。なぜ新しいハラスメントが次々に問題視されているのか、わからない人も多いはずだ。戸惑っている人々も多いだろう。新しいハラスメント提唱する人々に「お気持ちギャング」というレッテルを貼る人々も少なくない。

しかし、これが時代の趨勢である、ととらえると、納得できるのではないだろうか。他人嫌悪感を抱かせるのは障害である、という新しい常識が広まりつつある過程なのだ

嫌感障害という概念確立されるメリットとしてまず考えつくのが、嫌感障害障害であるのだから治療対象となり、医療解決する分野となることだ。

発達障害コンサータなどの投薬で治療されてきたように、いずれ嫌感障害解決する薬が見つかることになるだろう。

次に挙げられるメリットとしては、パワハラセクハラをしてきた人々が、ひとくくりの集団として可視化され、社会活動における「障害」の持ち主と認識されることだ。

発達障害という概念が、コミュニケーション重要性を浮き彫りにしたように、嫌感障害という概念は、他人への攻撃性を抑止できる能力重要性を明らかにする。

パワハラセクハラモラハラを、無意識であれ意図的であれ、行ってはいけないし、それは教育によって徹底されていき、矯正できないものは「障害」がある者として取り扱われることになるだろう。

このような潮流が社会に表出しようとしていることを、私達はこれから目の当たりにすることになるだろう。


なお、以上のようなことがふと頭に浮かび、自分オリジナルアイデアかもしれないと思い、一気呵成に書き上げたが、研究者でも専門家でもない私の思いつくようなことは、すでにどこかで誰かが考えついているかもしれない。

「高度感情社会」「嫌感障害」といった概念に似たことが書かれている本などがもしあれば、ぜひブックマーク増田返信で教えていただきたい。

逆にアイデアが私のオリジナルだった場合用語アイデアに関して、皆さんのご自由にお使いいただきたい。この記事から引用である、などと断る必要もありません。

by tnkm

2021-01-13

人が怖い、自分が怖い

人並みに友達はできる。仕事上の付き合いも人並みにはするし、SNSで知り合い、今では学生時代以上の友達になったといえる人も増えた。特段コミュ障というわけでもなく、陰キャだけど陽キャの人たちとも付き合えていたので、これまでは何も感じずに過ごせていた。

だけど、一人二人…と深い付き合い、親友のような関係相手が増えるにつれて、『これ以上踏み込みたくない、踏み込んでほしくない。』という心のガードが極端に働くようになってしまった。

あるタイミングまでは普通に会話もしているし冗談も言い合えるんだけど、ひとたび相手から好意友達…というより親友恋人に向けるそれ)を向けられたり、友達→別の友達に向けられている好意を見ると自分にもそれが向き、深い仲になった頃に裏切られてしまうのではないか、あるいは喧嘩別れをしてつらい思いをすることになるのではないかと怯んで、竦んで、相手のことが怖くなってしまう。信じられなくなってしまう。

だけど、決して好意を向けられたくないと心の底から思っているわけではない。むしろ好意を向けてもらえることは嬉しいことだと思っている自分もいる。全くもって矛盾した考えだ、頭がおかしいと自分でも思う。

そんな失礼千万傲慢自分が嫌いで嫌いで、何度も治そうと努力した。いままで約束受け身だったが、自分から遊びに誘うようにした。SNSでも予防線を張らずに積極的に話すようになった。自分から相手親友だと思っている、これからも仲良くしたいという想いを積極的に伝えるようにしてみた。

だけど、やっぱりある時ふと電池が切れたように駄目になってしまった。親友たちのことを再び怖いと思ってしまった。毎日のようにしていたチャットをすっぽかした。そんな傲慢な私を「どうしたの?」「何かあったの?」と心配してくれていて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。心配してくれることに有り難くも感じる。だけれどどうしてもその気持ちを信じられない。

森山直太朗氏の『生きてることが辛いなら』の中にこんな歌詞がある。「生きてることが辛いなら いっそ小さく●ねばいい 恋人と親は悲しむが 三日と経てば元通り」。なるほど、どんなに親しい人でも三日あれば忘れ去られてしまうのならば、いっそこの想いを抱えたまま、忘れてもらえるように友人たちの前からいなくなった方が良いのだろう、そんな風に考えてしまう。どうせ薄い繋がりだ。【アカウント削除】をワンクリックするだけで消えてしまう、そんな儚い友情だ。こんなことを思っているのに、その自分処刑するボタンを押せない弱い自分がいる。

こんなことは増田しか書けない。家族にも、医者にも、友人にも、永遠に理解されることはないとすら思っている。そんな風に他人を信じられない、傲慢自分が嫌いだ。同情が欲しいのではない。こんな想いをこの世界の誰かが抱いている、そんなことが少しでも誰かの記憶に残れば、あるいはこの世界に私と同じ気持ちを抱いている人がいるんだと思って安心してくれる人がいれば嬉しいと思う。

2020-12-21

anond:20201221230305

女「抑圧しないで」

男「抑圧のない世界はこういうことだぞ!!!」ってボコボコに殴る。

男が抑圧されてるなんて誰も言ってない。

男も女と同じように抑圧されていると思うなら、それを主張しなくちゃ説得力は生まれない。

女は男に…

「女はエロい存在であれ」と期待される

「お前は男にモテたがっているはずだ」と決めつけられる

「男の環境勝手に君達が踏み込み始めてるだけ」などと属性まるごと新参者扱いされる

バージョン存在するか?

anond:20201221180609

女にはじゃなくて

男がそうやって殴り合い殺し合う環境勝手に君達が踏み込み始めてるだけやで

2020-12-16

[] #90-5「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「何なのよ、いったい……」

辺りに重苦しい雰囲気が漂う。

タオナケはその居心地に耐えられず、蚊帳の外だった俺たちに助けを求めた。

やっと頭が冷えてくれたらしい。

俺たちも、途中で止めるべきだったという負い目があるので一緒に考えることにした。

「私、間違ったこと言ってないと思うけど、何か悪いことした?」

「間違ったかどうかと、悪いことしたかどうかは似て非なるものだよ」

「些かデリカットがなかったな!」

「……もしかしてデリカシーって言いたいの?」

「シロクロは黙っててくれ。いまボケられると話がこんがらがる」

まあシロクロの言ってることも的外れってほどじゃない。

ドッペルが怒ったのは、タオナケの無神経な発言理由だろう。

だけど具体的に何がどうダメだったのか、本当のところは俺たちにも分からない。

からいからこそ、慎重に距離を詰めるべきだったんだろう。

下手に踏み込みすぎると、今回みたいに深い溝ができてしまう。

そして踏み込んだ側が開き直ると、その溝はずっと埋まらない。

それはタオナケも分かっていて、望むところではなかった。

から俺たちの意見に納得いかない素振りはしつつも、いつもの調子反論はしてこない。

「何にしろ、悪いと思ってるなら、それを伝えるべきじゃないか

「そう、ね……とりあえず謝った方がよさそうね」

「じゃあ、ドッペルを探しに行こう」

こうして、ひとまず話がまとまったように思えた。

「そうだ! とりあえず謝れば、とりあえず許してくれる!」

だけどシロクロの何気ない言葉に俺たちはギクリとした。

かに、謝ればドッペルは許してくれるだろう。

でも“とりあえず謝った”ところで、それは“とりあえず許された”だけ。

たぶん根っこの部分で、俺たちの関係はギクシャクしたままだ。

「あやま~るなら、たいどでしめそ~よ」

シロクロは手を叩きながら、即興の歌を披露している。

なんだか遠まわしに馬鹿にされている気分だけど、歌っている内容は尤もだ。

本当の意味で謝るなら何に対してなのか理解し、そこに誠意を込めないといけない。

「『自分が何者かって考えたことはある?』……か」

あの時ドッペルが投げかけた言葉意味を、俺たちは知らないままだった。

たぶん、そこに重要ファクターがある。

とても単純にも思えるし、捉えどころがないようにも思える問い。

もちろん今の状況で、ドッペル本人に聞いても答えてはくれないだろう。

そりゃあ、仲間だからって全てを分かち合う必要はないかもしれない。

でも「言ったところで、どうせ理解されない」と思われたたままなのは、仲間として致命的だ。

次 ≫

2020-12-15

[] #90-4「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

「見た目が全てじゃないけど、第一印象になりやすいのは確かなんだからもっとオシャレに気を使うべきよ」

「い、いつも色んな服に着替えてるよ」

あんたのそれは変装用でしょ!」

タオナケの明け透けな態度に、ドッペルはしどろもどろな応答しかできない。

そんな、ほぼ一方通行なやり取りが、しばらく続いた。

二人の価値観は、なんだか根本的な部分で噛み合っていない。

いわば水と油といえた。

この場合、どちらが水で、どちらが油かは知らないけど。

いずれにしろ我慢限界が来るのは時間問題だ。

そして大方の予想通り、それが先にやってきたのはタオナケの方だった。

「あのねえ、こういうのって色々と理由をつけて複雑な問題にしたがるけど、実際のところ答えはシンプルよ。自分がどう思い、それに対し自分がどう行動するか」

「は……はあ」

「そこには数学で習う方程式なんていらないし、電卓必要なほど膨大な数も要求されない。私たちガキでも解ける、算数レベルの単純な問題なの。ドッペルは分かりきった答えを先送りにしているだけよ」

タオナケの言葉はどんどん熱を帯びていく。

それはアドバイスのようでいて、煮え切らないドッペルを半ば責めているようにも聞こえた。

あんた人見知りだから、誰かを演じることで緊張しないよーにしてるんでしょ。“ありのまま自分”を見せることが怖いから!」

「“ありのまま自分”……?」

だけどドッペルがいくら消極的とはいえいくらなんでも踏み込みすぎたようだ。

タオナケの言葉の何が、どのように作用たかは分からないが、それは確実にドッペルの神経を逆なでしていた。

「あー!」

ドッペルはおもむろにマスクを外すと、か細い声を精一杯にはりあげた。

そして狂ったように両手で髪をかき乱し始める。

突然のことにタオナケ含めた俺たちは戸惑うしかなく、ただその様子を見ているだけだった。

「はあ……はあ」

肺の酸素がひとしきり出て、ドッペルは息を切らす。

呼吸を整えながらグシャグシャになった髪型を直している。

すると、そこには俺そっくりの人相が現れ始めた。

それはドッペルお得意の変装であり、その中でも十八番モノマネだった。

普段なら仲間でも見分けるのが大変なほどだけど、さすがにこの状況では変装効果は発揮されない。

それでもあえてやった意味を、俺たちは何となく分かっていた。

タオナケが“ありのまま自分を”と言って間もなく変装して、“自分以外の誰か”の姿をしてみせる。

それは明らかな拒否反応を示していた。

タオナケはさ……自分が何者かって考えたことはある?」

ドッペルは俺の喋り方を真似ながら言った。

タオナケは質問意図を図りかねているようで、漫然と答えるしかない。

「言ってる意味が分からないんだけど、考えるまでもないわ。私は私、それ以上でも以下でもないわ」

清々しい回答だ。

しかし、ドッペルの表情は曇っていく。

多分そういうことじゃないんだろう。

「もういいよ、これ以上タオナケとは話したくない」

あいつにしては珍しい、仲間への敵意と嫌悪言葉

それを残して、ドッペルはその場を去っていった。

次 ≫

2020-12-14

anond:20201214083807

一気に踏み込みすぎて不気味がられてるんだよそれ…

よく何かの作品で男同士の友情を描いてるだけなのに恋愛関係性で妄想する女がいるって言うけど

いちいち置き換えてるんじゃなくて、女同士の友情よりも近くてウェットだから恋愛に感じられてるんだと思う。

女性はすべての人間関係を、恋愛におきかえがちである

ヴィーガンなのでわかりあえる仲間が異常に少なく、

たまにヴィーガン女性をみつけると、いろいろ話題をしたり、交友を深めようとするのだが、

すみません、親しい男性がいるので」といった返しをされることがある。

そのたびに、

(そんなこと)きいてないよ!(ダチョウ倶楽部

というツッコミを心でしている。

はっきりいっておブ○な方だったり、あるいは40代だったり、

煮ても焼いても食えないのだが(それは本人もわかっているはずだが・・・)、

しかヴィーガンという共通項だけに興味があるため、その話題しかしてないのである

「なんで↓そーなる↑のっ(コント55号)」

という感じである

友人として交友を深めたいと思っているだけに、残念である

女性は、すべての人間関係を、恋愛という枠組みでとらえがちなのではないか

という想定をしている。

恋愛依拠するということは、思考自己身体から解放されていないということである

そしてそれが女性科学者が少ないことにつながっているのではないだろうか。

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みなさんの議論ありがたいです。

一気に踏み込みすぎて不気味がられてるんだよそれ…

増田距離感おかしいんだよ

しかに。

言い訳になるけど、とにかくヴィーガン接触する場面がすくないのよ。

たまにであったりすると「ええ!?ヴィーガンなの!」「いつごろからですか?(鼻息)」

みたいに興奮して聞いてしまうので(笑)

「やっぱ動物愛護ですか?」ときいたら

「いえ、地球保護です」と言われたときは「ファッ!?」となって、こっちから話題ふるのをやめた。

ヴィーガンってこんな感じで距離おかれるんだろなーって。自分ヴィーガンなのにw

女性は、別に美人だったり若かったりしない人でも、普通に楽しく話してたり親切にしていたらなぜか異性として好意をもたれることがあるので、そのことに対して配慮がない男性女性となかよくなりづらいように思う。

なるほど。紳士マナーとして覚えておきたいところです。

「煮ても焼いても食えないのだが」という表現と、「女性恋愛脳~」みたいな話題女性蔑視を感じてむかついて語気が強くなってしまった

これは申し訳ない。

肉は煮ても焼いても食えない、ヴィーガンだけに!っていう激うまギャグでした(ウソ

女性恋愛脳っていう論は取り下げるつもりはないかな。蔑視ではなく分析ととらえていただきたい。

男性理屈こねがち、みたいなはなしと一緒よ。

そもそもヴィーガン同士でしかできない話題とか交友ってなんなの?

ヴィーガン料理が出る店とか、パーティ情報とか?

それであってますよ。

スーパーに行ったら9割のモノが買えなくて、

外食は米とポテトフライサラダドレッシング無し)しか食べれない状況、

想像してみてください。

さっきも大豆肉を仕込んできましたけど、とにかく料理レシピ情報というのは

ヴィーガンにとって一大事なのです。だから横のつながりが貴重なんです。

肉や魚は、素材がよければそのまま食ってもうまいじゃん?

でも肉や魚を喰いたくないから、めんどくさい大豆ミートに下味つけて食ってるわけです。

下味をつけるコツなんかは、仲間がいるとどんどん情報が広がっていく、というわけです。

あ、こんな話だれもご興味ない?

恋人男性と二人きりを嫌うからかも。

先方から見たら「一緒にあのレストランに行きませんか?」が割と早い段階で予想されるから普通話題と少し違うのでは、とも思う。

ものすごく納得!

かに食の話題だし、その発展する先には

「今度ヴィーガンカレー店にいきませんか!?豆とココナッツしか使ってないのに美味しいんですよ!(鼻息)」

であることは明白・・・

こっちがその気ゼロでも、相手は知りようがないし、最初から予防線をはるというのは女性としてフツーですよね。

ヴィーガンなんて、趣味というか嗜好がたまたまバイクじゃなくて食事話題というだけだ」

と甘くみていましたが、

やっぱり食は思想対立の原因にもなるし、

食事をともにする、ということは男女関係にも誤解されうるし、

カンタンものじゃないと知りました、ええ。ありがたい。

これから孤独な旅は続きます

2020-11-29

anond:20201129093335

また、現体制へのプロパガンダとなる危険が大いにある。過去総理キャラ化を皮切りに、今の総理キャラ化したくなるのは想像に固くない。私も年季の入ったオタクなので、その状況になったら絶対創作する。そして、創作したら愛着が湧く。創作する前よりも、現総理と現政権好意的気持ちに変わってしまう。

税金で桜を見られようと、ヘイトスピーチ容認されようと、ひとたび萌えれば必ず現体制好意的になってしまう。私は見境のないオタクなので分かる。あなたはならないかもしれないが、一定数のオタク絶対なる。



別にそれは駄目なことではないでしょ。

誰を好きになるか、何を理由に支持をするかなんて当人勝手なわけで、究極的には政治的正しさより萌えを優先して投票するのだって投票権利自由行使しかない。

それを駄目というのは”あなた政治的価値観”の押し付けしかないわけよ。

萌え投票する人がいたとして、増田にはそれを「浅薄な考えだ」と嘲る自由も「安易イメージに流されないで」と警句を発する権利もあるけど、駄目と断じるのは他人選択権に対して踏み込み過ぎだと思う。

まあ、政治家社会系のメディアイメージ戦略のために意図して萌えを生み出そうとしているのならばそれは卑劣印象操作だと思うけど、政治的意図なく娯楽に徹して作成されたならものなら、この点に関しては罪はないと思うな。

2020-11-28

数年間交流が続いているフォロワーが大好きな話

タイトル通りです。

自分Twitterを初めてもう10年は経つけど、

古参フォロワー特に仲良くしてくれるAくん(仮)が大好きだ。

お互い廃人という訳ではないので

毎日リプを送りあっているわけではないけど・・・。

それでも定期的に連絡をとっている。

ちなみに、Aくんには会ったことはあるもの

名前は下の名前の読みくらいしか知らない。

趣味ジャストマッチしてるって感じじゃない。

同じゲームが好きだけどそれも数タイトルだし。

でも、なんだか交流が続いている。

ぬるぽって言えばガッって返ってくるし、

ほかるって呟きには●RECって送る(ネタが古い)。

それがすごく心地良い。

いいね1つですら笑顔になってしまう。

暫く連絡がないと寂しくて

ついだる絡みしてみたり(ごめんね!)。

やってることは普通友達と変わらないけど、

これがもし突然、連絡がとれなくなったりしたらと考えると怖い。

ブロックとかならいいんだけど、

もし突然ぱったり呟かなくなったら・・・。

まり事故だとか、そういう悪いことが起きた場合

Twitterしか繋がっていない自分たちはそれを知ることができない。

きっともしそう(音沙汰がなく)なったら

ずっと心に残り続けるはずだ。

読んでくれてる人には、なんでLINEとか交換しないの?って思われるかもしれない。

でも、あんまり個人情報踏み込みすぎて引かれたくないんだ。

あくま自分ネット上で知り合った人間から

なので、これから平穏無事にまったり交流が続けられたら嬉しい。

最後に会ったのは数年前だけど、

また一緒に遊びたいなあ。

2020-11-13

珈琲の違い

中学生の頃に、仲良くなったクラスメイトがいた。Aちゃんと呼ばせてもらう。

Aちゃんと私は趣味が近くて、お互い小説を読むのが好きだった。買った本の貸し借りなんかもしていて、借りた本の感想手紙なんかもやりとりするくらいだった。

ある日、Aちゃんの家に誘われた。ある小説ゲーム化したのを買ったから、一緒にプレイしようって話だった。

Aちゃんの家は適度にさっぱりしていて、暮らしやすそうなお部屋だった。そこで私がキョロキョロしていると、Aちゃん飲み物コーヒーでいいかと尋ねてきた。私はコーヒーが好きだったので、ありがたく了承した。

じゃあちょっと待ってて、とAちゃんキッチンに入っていくと、ガリガリという大きな音と、コーヒーのいい香りがしてきた。その音は何かを削っているかのような音で、何が起きたかからなかった私は無作法にもキッチン踏み込み大丈夫?とAちゃんに声をかけていた。

一方のAちゃんはキョトンとした顔で、大丈夫って何が?と訊き返してきた。彼女の手元には、鉄で出来た砂時計みたいな道具があった。

私はその日初めてコーヒーミルというもの存在を知ったのだ。

彼女が豆を挽くところから煎れてくれたコーヒーは、とても美味しかった。

と同時に、私は彼女との間に壁を感じた。

私はコーヒーというと、マグカップに細かいチップ状の素を放り込んで、直接お湯で溶かして作るものしか知らなかった。

一方で彼女はそういうコーヒーの事を知らなさそうだった。

私がコーヒーを飲んでいる間に、「豆から出すコーヒーは初めて飲んだよ、美味しいね」と言うと、Aちゃんは「今まで缶コーヒーしか飲んだことなかったの?」と訊いてきたので、「いや、ウチのコーヒーは直接お湯を注ぐヤツだからさぁ」と答えたら、なんかよくわからない様な顔をされてしまたからだ。

から、ああ、壁がある、って思った。

たぶん、この暮らしやすそうな家の調度品とか、彼女は塾に通わせてもらえるとか、そういうのを支える根底が何か違うんだな、って思ってしまった。

その日から私は、Aちゃんから少しずつフェードアウトしていった。彼女は何も悪くない。悪いのは、醜い嫉妬心を持つ私だ。

でも、あのコーヒーの味が感じさせた壁を目にして、それでも笑ってられる強さはなかった。

そして、その嫉妬心中学校卒業してだいぶ経つのにまだ燻っている。

こんな感情あの日ゲームみたいにリセットできたらいいのにな。本当に。

2020-11-10

[] #89-13「わたし超能力者

≪ 前

まずリーダーのマスダ

彼は特別これといって

秀でた一芸があるわけじゃないわ

ところどころ知性は感じるけど

基本的にはガキっていうか

良くも悪くも年齢相応

でも決断力があるのよね

うちのチーム個性は強いけど

主体性っていうのかしら

まとまりがないの

でもマスダはビシッと

次に何をしたいか

そのためにどうするべきか

方向性を定めて

真っ先に行動してくれる

リーダー必要資質

次に紹介するのは参謀

みんなミミセンって呼んでる

聴覚が敏感でね

普段は耳当てをしてるの

ひとたび外せば

あらゆる音を拾うソナーと化す

その聴覚もすごいけど

仲間の中で一番アカデミック

マスダの決断フォロー

作戦を確かなものへとしてくれる

不可欠なブレイン

お次は戦闘要員

いつも白黒の服を着てるから

みんなシロクロって呼んでる

こいつだけタメじゃないのよね

というか年齢不詳

仲間の中で一番ノッポで

たぶん大人だとは思うけど

性格ちょっと“アレ”ね

控えめに言って破天荒

背は高いけど背伸びしてない

まーそれなりに楽しい奴よ

彼の仕事荒事解決

それしか能がないけど

それだけなら誰にも負けない

……あー実は

仲間もう一人いるんだけど

の子は隠密役だから

トップシークレットなのよね

アンタ如きにゃ言えないわ

それにね

の子って繊細なの

複雑な子なのよ

損しやすタイプ

世の中って基本シンプルから

そーいう子は置いてかれがち

単純な奴らは構わず進んじゃう

わたし達は違うけど

仲間としては気にかけるわよ

たまに立ち止まって周りを

皆のことを見ているか

の子の歩調も知っている

でも仲間だからといって

踏み込みすぎはよくないわ

良い関係性を保つには

丁度いい距離感大事なの

から皆の説明はここまで

次 ≫

2020-10-26

エンジンだのアクセルだのの踏み込みの深いトヨタ車が教習車のせいでどれだけの命が失われたことだろう

ペダル踏み込みが深い自動車でどれだけエンジンとの共闘が出来なくなっているかトヨタ車は猛省すべき時が来るだろう

2020-10-21

anond:20201019201932

マスクを付けるべき場所と付けなくてもよい場所を選別するというのは悪くない態度だと思うんだが。映画館個人営業の店ではマスクするっつうなら、立派なもんじゃないですか。

野外は基本不要。誰かと連れ立って出かけたり、人が密集してきたら必要

店内なんかはマスクの有無より、会話の有無な方が大きい。会話するならマスクしろ、飯食ってる間は喋るな、複数客の場合、店の都合関係なく「お前ら同士でも伝染し合うな」。

ちなみにユニバーサルマスキング踏み込みきれないのが家庭。

本当は家の中はベタな三密なのだが、さすがにユニバーサルマスキングを徹底してる家庭は少ないだろうから、飛沫/空気感染などについては諦めざるを得ない(もちろん確率を下げる努力意味のないことではない)。

2020-10-07

anond:20201006212913

男性は異性に性的に求められることを「良いこと」だとしか考えていないのだ。

それ自体は間違ってはいないけど、まだ踏み込みが足りない。

ただし美人に限る、という但し書きを付けなければ不十分なんだよ。

男性女性から性的に求められると言っても、女性であれば誰でもいいわけではない。

一定レベル以上の容姿の女でなければ、意味が無いと考えている。

ここで、議論を進めていく上で一つの罠が張られている。

男性が想定している異性とは、一定レベル以上の容姿を持っている女だけが「女」なのであって、それ以下のブスは「女」のカテゴリーから無意識のうちに排除している。

これはKKOだけではなくフェミすらもそれに囚われている場合があるから質(タチ)が悪い。

2020-10-05

anond:20201004102342

増田は年齢を重ねれば普通に覚えていく年齢なりの距離感を綺麗さっぱりつかめないまま萌えに突き進んできたんだろうな

増田がこうなったのにはいろいろ理由がある

 

増田はおそらく別に上手い描き手ではない  

激うま絵師なんてけっこうな確率で年を取っている。上手くなるまでには月日が必要からだ。

増田激うま絵師、もしくはジャンル伝説の字書きレベルの腕を持つのであれば、誘えば大喜びで若い子はのってくると思う。多少会話が痛くてもだ。

憧れのXXさんとお食事!となる。しかし避けられているところを見ると、特に憧れの対象にもならない描き手なのだろう。その場合別に年齢が若くても対応は余り変わらないと思われる

 

SNS上で誰にでも見える形で人を誘うのはリスク

「あ、じゃあ今度いっしょにいこうよ~」とか返す

誰しも見てるSNS上で、そんなこと言われたら、反応に困る。いいか食事に誘うのはそれなりに親しくなってからではないと難しいのだ。SNS上で喋ってるレベルの人と二人で食事に行くかっていうと違う

これは年齢関係ない。もう一度言うが、年齢が高いから断られるのではない、飯の食事に、「おいしそー」と言われたら普通なら「おいしかったですよ!おすすめです!」と返すのがそつない返しだ

おいしそう、って行ったくらいで、いきなり食事に誘われるのはちょっとしんどい

 

ジャンルをころころ渡り歩く確率は年を取れば取るほど下がる

その点で増田は珍しいタイプでもある。人は年を重ねると、あまりジャンルを移動しない。それはいつも新しい情報を手に入れるほどの余裕もなければ暇もなければ気力もないからだ

よって、十年くらい同じジャンルにいる人も多かったりする。そういう流れの仲で、五十過ぎてもぽんぽんジャンルを移っている増田は珍しい。年を取っているのが珍しいのではなく、年を取っても最先端少年漫画ジャンル渡り歩く人が珍しい

最先端ジャンルには当然若い人が増える。なので増田が浮くのは当然である。逆に増田が今まで通り過ぎてきたジャンルを振り返ってみたら、そこには同年代の人たちがいるだろう

 

普通年代の友人とつるむ

年を取ったおばさんは、ジャンルを何度も移動しているが、だいたい前前ジャンルあたりで出来た友人と今もまったり交流していたりする

萌え話をする人も現ジャンル内ではできるが、プライベートまで喋るような仲良し友人は同年代で、別ジャンルにいたりする。増田はそういう友はいないのか?そういう友がいないか若い子ととキャッキャしているように見えるが

増田にそういう友がいれば、「あんちょっと気をつけなよ」と言ってくれたかもしれないし、同年代の友の立ち居振る舞いで察することもできたかもしれない

 

増田精神年齢が幼いので年上と話が合わなくて当たり前である

「年下ならいくら下でも話しやすいのになーなんてこと思ってた」

当たり前だ。

増田は、普通の50代オタクより遙かに感性が若く、情熱若い。年齢がどうあれ、精神年齢若いので、同年代と話していて楽しいけがない。同年代オタク達とは感性が違う。それは別に悪いことではない。だが高齢オタクレアなのに、その上

感性若いオタクなんてはぐれメタルレベル

珍しすぎてどう扱っていいか周囲もいまいちわかってない

 

増田がどのような生活をしているのか知らないが、54まで年齢差なりの距離感を学ばずに来たのはある意味凄い。普通社会に出てどこかで学ぶ

増田はひょっとして、専業主婦金持ちおばさんか、独身お局会社員なのかな?と思った

そんな自分高齢オタクだが、誘われない限りは若い子とは遊ばない。チケットが余ってしまった、などの時にチケット無駄にするくらいなら、と若い子を誘うことはあるが、この場合断られることはない

世代オタク友達とはリアルで遊ぶ。若いジャンルの子とはTwitterイベントで喋る程度だ

相手が気を遣っているのが分かるし、こちらもそれ以上踏み込みたくない。一緒に飯食ってたら、まるで親子じゃん。

年を取るとオタク仲間は減る

結婚出産子育て介護自分病気

この5つくらいあるハードルを乗り越えた、もしくはハードルがなかった人間しか残らない

残ったとしても若い頃の情熱は既に失われており、描き手になるともっともっと減る

なので増田は本当に貴重な存在だ。

末永く続けて欲しい

 

で、ぶっちゃけていうと、若い子は陰でこそこそ言ってたりするよ。「年取ってまでオタクやってるの痛いし」とか「三十代まででしょ」とか「思ったよりあったらおばさんでびびったw」なんて言っているのは小耳に挟んだことがある

なので、できるだけ上っ面以外は関わらないのがお互いの幸せなんだろうなと思っている

2020-09-30

anond:20200930104053

むやみに、他人私生活踏み込みませんよ、というのがマナーなのに

知ろうとするって、除き屋だろ?お風呂とか覗きたいとおなじ

から、何もしないことが失礼になり

場合によっては目を背けるとかがマナーという事もあるのに

しろ

うほっ ってのぞくから、いわれちゃうんだよ 今の時代 ほんと難しい

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