「サブカルチャー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: サブカルチャーとは

2021-04-13

雑誌映画秘宝』の記憶(48)

ロックの魂とは?】

 コメディ映画スクール・オブ・ロック』(03年)が公開された当時、この映画肯定的評価するか否か、「有りか無しか」を巡って賛否両論となったこから映画秘宝』誌面では、少しばかりの論争が起きました。

 ご存知ない方のために粗筋を説明すると「ロックバンドをクビにされた主人公が、ひょんなことから坊ちゃんお嬢ちゃんたちばかりの通う小学校にニセ教師として潜り込み、生徒たちに『ロック音楽スピリッツ』の教育を施した末に、筋が良い生徒たちをバンドメンバーに従えた主人公が再びステージに立つ」という、ファミリー層向けコメディ映画です。

= = =

 当時の否定派の論調は「『反逆精神』が拠り所であるロックが(たとえニセ教師によるものとはいえ)、学校教育で身につくわけがねえだろ」とか「コメディとはいえ大人が『ロックは素晴らしい』と、特定価値観子供押し付けるのは正直いかがなものか」とか「ガキごときロックができてたまるか」とか、まあ大体そんな感じだったと記憶しています

 しかし「ひょんなことから『未知のカルチャー』に触れた子供若者が、その魅力に思いがけず目覚めて『カルチャー担い手』として育っていく物語」あるいは「大人側の視点で、色々な思いを抱えたり紆余曲折がありつつも『カルチャーの教え手』として年下の人間たちを育成していく物語」は、良くも悪くもありふれたものに過ぎず、そこまで腹を立てることだったのかと今でも疑問です。例えば、労働者階級の家庭に生まれ子供バレエの魅力とか宇宙ロケット打ち上げの夢に目覚めるといった物語が「有り」なのに、この映画がそんなに否定される必要はあったのでしょうか。それとも学校以外の場所舞台だったら許されたのでしょうか。こうして考えると、論争と呼ぶにも非常に掘り下げ不足であったように思えます

= = =

 そもそも否定派の気持ちの根っこには、特定カルチャーの愛好家が陥り易い「選民思想」が有ったのではないでしょうか?何しろ「女『子供から映画を取り戻せ!」が旧体制の『映画秘宝』の合言葉だった訳ですから否定派には「『ガキ風情』しかも『裕福な部類のお坊ちゃんお嬢ちゃん』が『オレたちの』ロックに手を出すこと自体我慢ならない!」「ファミリー向け映画ロックをイジるな!」という気持ちも有ったことと思います

 もう既にお分かりのように、ここに見られるのは要するに、いい歳したオッサンたちが、いつまでも上の方に居座って「このカルチャーはオレたちだけのモノだ!」「コレは『本物』ではない!」「それが理解できん若い者たちは、まだまだオレたち(=オッサンたち)に及ばんな!」という態度をとることによって、若い世代から敬遠されてジャンル全体の衰退を招くという、非常にありふれた「『本物の✕✕』とは何か論争問題」「サブカルチャーにおける老害問題」の1バリエーションです。

 しかし、この映画が公開されて長い年月が経過しました。今や音楽活動を始める若者たちの中で「バンド形式から/ロックから始める人」が占めるパーセンテージは、昔のように多くはないだろうと思われます外国でも事情は似たようなものです。今ではおじいちゃんになってしまった外国の大物ミュージシャンたちと、日本アイドルBABYMETALが共演した際には、馬鹿にされたり嫌がられたりするのかと思いきや「孫みたいに若い子供たちが、ワシらの音楽に興味を持ってくれた!」と、むしろ喜ばれたと聞き及んでいます若者子供にとって、この映画に出てくるようなロックが既に「何だか知らないけど、お年寄りたちが聴いている懐メロ」となってしまった今日では「映画スクール・オブ・ロック』は有りか無しか論争」をしていた『映画秘宝』編集者ライターたちは、実に贅沢な悩みに基づいて議論していたと言えます

= = =

 無論、あの頃に「ロックカルチャー担い手ファンの『高齢化』が問題になる」などと未来予測ができた人間は少なかったでしょうから現代人の立場で彼らの論争を「贅沢な悩みだった」と批判するのは酷と言われるかもしれません。

 しかし、未来予測とは違い、当時の人間でも『映画秘宝』の関係者や読者であれば、容易に気づくのが可能だったはずのことが有ります

 それは「当時の旧体制映画秘宝』と映画スクール・オブ・ロック』の主人公は、していることが『悪い意味で』五十歩百歩だった」ということです。

 旧体制の『映画秘宝』が「切り株映画は、世界真実を描いている!ヌル作品なんか観るのを止めて、切り株映画を観ろ!」とアジテーションする姿と、この映画主人公が「ロックが最高の音楽だ!ヌル音楽なんか聴くのを止めて、ロック名盤を聴け!」と生徒たちを『洗脳』する姿との間に、果たして本質的な違いが有ると言えるでしょうか?

 そうです。この映画主人公がしていることは「洗脳」です。もちろん「何らかのカルチャーの愛好家が、非・愛好家に対して自分の好きなものを紹介する」という行為は、大なり小なり「洗脳」の側面を持つものです。だから、単に「ロックは良いぞ」と他人に薦めるだけならば、何も批判される謂れは有りません。しかし、もしも「ロックを知らないのは不幸だ」とか「ロック以外のツマラナイ音楽聴くやつは馬鹿だ」とか説教をかまされたらどうでしょうか?そんなことをされたら「うるせえ」「布教するために他人価値観を踏み躙るな」と言いたくなりませんか?そもそも「『反逆精神』を拠り所にしてるくせに、上からモノを押し付けるんじゃねえよ」という話です。

 実際、この映画には、生徒たちが普段どんな音楽を聴いているのかを質問した主人公が、その回答を聞いて嘆息するという場面も出てきます。これを単に作品を彩るギャグとして軽く受け流すのか、見過ごせすに腹立たしく感じるのか、それは観る人によって受け取り方が異なるでしょう。しかし、仮に主人公批判する感性の持ち主ならば、同じことをしている旧体制の『映画秘宝』にも批判的な感情を抱くのが当然と言うか、それが「知的な誠実さ」というものではないでしょうか。仮にも批評活動生業にしている人間たちが雁首を揃えて「この描写は、自分たちみたいな(=若者世代に『本物のカルチャー』とは何かを教えたがる)オッサンのことを風刺しているのではないか?」という可能性に思い至る「内省視点」を少しも持たなかったのでしょうか。そうだとすれば『映画秘宝』関係者は「知的怠惰」と言わざるを得ません。

 まあ、可能性としては「映画主人公の行動と『映画秘宝』の行動は五十歩百歩」という事実に気づいていたけれども、センパイの機嫌を損ねるのを畏れて忖度して言わなかったというのも考えられますね。

 馬鹿なのか、忖度体質なのか、どっちにしても「批評活動を行う人間」としては「致命的な欠陥」だと思うのですが、そういう人たちでも業界デカイ顔をしていられる現状は、いかに本邦の映画ライター業界人材不足なのかを如実に物語ると言えるでしょう。

= = =

 ちなみに映画スクール・オブ・ロック』には、主人公が「ロックの反逆精神とは何か」を生徒たちに実地に教えるために「『権威』に逆らえ!教室では教師、つまりオレが『権威』だ!オレを罵ってみろ!」と命令する場面が出てきます。すると、生徒たちは素直で良い子ばかりだから、色々と頑張った末に「デブ野郎!」という火の玉ストレートを投げてしまい、自分で反逆を命じたのに「オイお前、後でちょっと職員室に来い!」と主人公がマジ切れするというギャグ場面が出てきます。(なお、主人公を演じるのは、ぽっちゃりコメディアンのジャック・ブラックです。)これは「『反逆精神』を『教育』する」という根本的な矛盾表現した、秀逸な場面と言えます

 町山智浩高橋ヨシキてらさわホークも、一度「権威に逆らえ!オレたちを罵ってみろ!」と若手ライターたちに呼びかけて「反・権力/反・権威精神とは何か」を教えて上げたら良いのではないでしょうか。パワハラ説教マンスプレイニングかますよりも、よほど後進の育成に寄与できると思いますよ。

 まあ、センパイの機嫌を取るためにパートナーの肉体を献上する人間、それを享受して面白おかしく語る人間嘘八百解説を書いて間違いを指摘されたらそそくさと逃げる人間には、到底「権力に逆らうとは何か」を若手ライターに教えることなんて無理な話でしょうけど。

 この投稿は以上です。ヘイル・サタン

2021-04-06

すっっげーどうでもいい話なんだが聞いてくれよ

今日ちゃんねるのエロゲ板(正確にはBBSPINKだけど)のとあるマイナージャンルスレ見てたんだが、

「XXXみたいに描いてる作品信者も作り手も両方レベル低すぎだろw」みたいにちょっと荒れそうな話題をぶっこむ荒らし?が湧いちゃって、

んで案の定それに反論する人が結構出てきてその荒らし vs その他大勢名無しで100レスを超えるレスバで盛り上がったんだよね。


レス自体は超不毛な内容だから詳細は省くけど、荒らしに反応する名無しさんの反応の多くが

「春だなぁ」「まあ春休みだし仕方ないかー」「春休み終わればこの流れも終わるかな…」

っていう感じで、なんか冷笑気味に頭おかしい奴=春休み中学生みたいに認定してる奴がやたらいて、自分はその荒らしよりもそっちの方になんか引っかかってしまった。

いや俺からしたらその荒らしって十中八九割と古参の古き良き(悪しき?)こじらせエロゲーおじさんにしか見えんかったからその指摘がすげー的外れに感じたのよ。

春厨とか夏厨って、それ自体がもはや時代遅れ死語だよね。

スマホの普及率が一定率に達した辺りが転換期なのかな?学校掲示板SNSに書き込むくらい当たり前の世の中になったしね。

学生もみんなスマホ持つようになったくらいかあんまり見なくなったような気がする。

ニコニコ動画オワコンでなかった時代くらいまではよく見た記憶があるけど、最近は5chの主要板ですら『春厨』なんて言葉ほぼ見ない気がする。

逆に思考停止定型しか書けない脳死っぷりと荒らし放置できない害悪さがやり玉にあげられて「夏だなぁ厨うぜぇ」みたいな批判も昔はあった気がする。

もう両方とも一周した上で死語化したけど。


2ちゃんねるは5ちゃんねるに名前を変えて、時代が進むごとに住民の平均年齢は年々上がってると言われている。

エロゲーというサブカルチャー自体も、高齢化新規ユーザー獲得失敗による市場縮小がずっと業界全体で問題視されている。

BBSPINKエロゲ板の更にマイナージャンルスレなんてネット僻地、間違いなく相互作用高齢化は相当に酷い状態だろう。

この春厨認定には「この高齢化したコミュニティ若者が居着いていて、そして自分達と本気でレスバトルでぶつかってくるほどのエネルギーを注いでくれている」という思い上がりが含まれていて、

自分にはなんだかそれが凄く滑稽に感じてしまった。

この人達の頭の中の5ちゃんねるは未だに十数年前の「VIPからますたwwww」とかやってた頃の2ちゃんねるなんだろうなぁとか、

この人達SNSどころかなんJ嫌儲すら見てないんだろうなぁとか、

昔ながらの2ちゃんねる”に取り残されたおじさんたちになんだか共感性羞恥みたいなものを覚えてしまいましたという話でした。

2021-03-29

VTuber悪魔の発明

またVtuber炎上した。今度は他人同人誌を無断で動画に出すというネタだ。


コレがなぜ炎上したのか?などの話はSNSごまんと流れているので私は語らない。

2次創作作家だって盗用してるだろ!外野文句言うな!などと、論点視野思考もズレた連中については相手にも話にもならないので知らない。


Vtuberのものが悪などとは言うつもりは当然無いし、いい事も沢山ある。あらたビジネス不安定は付き物である


ただバーチャルユーチューバー、いわゆる「V」という業界、そこに携わった1人の人間について、私の経験したことを少々語らせて欲しい。


所詮ここは増田ネットに投げた時点でこの記事の真偽がどうのこうのと言われるだろう。信じるも信じないも勝手にすればいい。



Vtuberは金の成る悪魔の発明

から3年ほど前、大学の同期だった学友はそう言った。


大学広しと言えど、絵描き人口は少ない。講義の合間などに絵を描いていた彼は、オタク趣味のある学生達の間の目に止まった。というか彼は積極的に見せに行っていた。


自分たまたまそいつとは学生番号が近く、オタク趣味話題入学から親交があった。


 だがそいつ所謂同人ゴロ」と呼ばれるような絵描きだった。

基本的に描く絵はボーカロイド東方艦これFGOなど…数年おきに勃興する一大ジャンルの絵を描きつつ、3〜6ヶ月のサイクルで回る覇権アニメ同人誌を描いては同人イベントで売るのを生業としていた。

流行りのソシャゲが出ればそれもやり、ジャンルの人気が下火になればアカウントごとメルカリで売り払い身銭としていた。

 それを得意げに話すそいつのやり口はひどく気に入らなかったが、「何がなんでも有名になりたい!」「絵が上手くなりたい!」という欲求は本物で、実際上手い絵を描く努力はしていたし、やり方はさておき「金になるモノ」についての嗅覚は鋭く、向上心に関しては私も一目置いていた。


 そんな彼が突如として生業2次創作を描かなくなったのが今から3年前。

自分は既に空間デザイン関係会社に勤める事となっていたが、そいつ卒業しても職に就かなかった。

そして久しぶりに会って話をした際だ。


「ゴロより稼げるもの見つけちゃってさ」


久々に見た彼はずいぶん羽振りが良さそうだった。


 大学卒業した1年目、彼は当時盛り上がりつつあったVtuber同人イベント公式イベントに足繁く通い営業活動スタートアップしたてのとあるVの会社イラストレーターとして採用されたらしかった。

曰く「同業者コネのおかげで無職にならずに助かった」「知り合いが沢山いた」との事だった。


そして

Vtuberは金の成る悪魔の発明だよ」

そう言った。


顕示欲の高い彼は時間の許す限り、Vの会社やVの現状について、当時の内情を語りに語ってくれた。(今思えばこの時点で迂闊に内情を語ってしまう事についても考えされられるものがある)


V界隈は業界の成長の割にとにかく技術者が不足しており、3Dモデラーイラストレーターなど、さまざまな技術者を欲しがっていた。

そして"同業者"に導かれ、イラストレーターとしての枠を取りに行った1人が彼だったそうだ。

業界の平均年齢も20~30代が殆どで占められ社長も年が近く、会社のみんなが上司と部下といった関係というよりは、共に事業を立ち上げたビジネスフレンドといった感じだ。

彼がV業界絵描き地位を固めた頃にはもうVの絵描きは溢れておりキャラデザの枠は厳しいが、世界観設定や家具内装などをデザインできる人はとても少ないらしく、空間デザインをやっていた私に業界の話ついでにその仕事の話を持ちかけてきたのだった。


VR空間デザインという新領域に興味が湧いたが、一見美味しい話だからといって二つ返事はもちろん危ない。返事は一旦保留。

Vの業界を取り巻くヒト、モノ…色んなことについて探りを入れてみて、やめた。


Vに関わる人間コンプライアンス意識があまり杜撰だったからだ。


Vはそもそもゲームアニメなどの既存コンテンツプレイしたり、何かに「乗っかる」事によって成立しているコンテンツであり、謂わば「常に何かとコラボしている」と言っても差し支えのないコンテンツであるコラボ先への配慮は言うまでもなく当然の礼儀、というか社会活動における常識である

だが、Vに携わる者達の話を見聞きしても、その重要性を本当の意味理解している者は少ないように思えてならなかった。

 そもそも話を持ちかけてきた彼自身、自他ともに認める同人ゴロ権利モラルに関してはたびたび学生時代から賛否を呼ぶ問題を起こしていた。


そんな彼が"同業者"の導きによって"知り合いの多い"場所に身を置き仕事をしている。


自分が彼の誘いを受けてVに対して何かしらの制作物を用意したとして、その先自分プロダクトを守れるか自信がなかった。

なのでそれ以降、彼からの誘いは受け流すようにした。



 Vは良い言い方をすれば新領域開拓に意欲的なハングリー精神に満ちたベンチャー企業。本気で新しい何かを作りたいという明るい未来を描いて携わる者達もいる。

だが、とにかく人気になりたい、何がなんでもお金を稼ぎたい、SNS話題を掻っ攫いたい…生々しい欲求を叶える為にホット現場へ飛び込む者も多くいる。

勢いこそあれど、その様相はあまりに勇足で、危うさを感じた。


今もなお尽きぬゲーム会社の許諾問題著作権問題などでVの炎上騒動が起きるたび「やっぱりなぁ」と思う。


Vtuberに求められること

改めて言うが、Vそのものが悪であるわけではないし、Vに関わる人間全てが悪い!などと言う暴論を展開するつもりはない。

だが、界隈のコンプラ意識モラルに欠ける者が多いという傾向自体は紛れもない事実である

Vという未知のジャンルはこれから先のサブカルチャーの新領域開拓する可能性を秘めたものであるが故に、Vtuber本人はもちろんのこと、そこに携わる組織メンバー応援するファン共々襟を正し、一般的良識を崩さぬよう常に意識すべきではないだろうか。

またVtuber本人と運営は、何か問題を起こしてしまった場合真摯問題と向き合い、二次加害を行うような過激ファンをある程度諫めるようなアフターケアもやっていくべきであろう。


 あなた達は未知を切り拓く者達であるからこそ、通った道を見るだけで嫌がられるようなイバラだらけにしてはならないのだ。


 その界隈に携わる者でありながら「悪魔の発明」などと言った彼の言葉真実になってはならないと強く思う。


 少なくとも、極まったエコーチェンバー化現象の末にV全体が偏見の目で見られ、先鋭化した信者他者を過剰に攻撃するような状況は「明るい未来」とはとても言えないだろう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「Vはオタク承認欲求を叶える。アニメと違ってスパチャで投げ銭すればありがとうって答えるし」

地下アイドル交流もっとダイレクトにしたみたいな?」

「そう、なんならキャバみたいに会話できるし」


「金積めば積むほど上客になれるって感じ?」

「そうそう。実際なれるかどうかは知らないけどねw」

ソシャゲガチャっぽい?」

「そうかもw」


信者とかっている?」

「そりゃもう、今売り出し中でまだ無名の子にさえいるし」


ゲームとかの許可って大変じゃない?」

「俺の知り合いでなんかやってた人がプロデューサーやってるけど…なんとかなる的なの言ってたなぁ」


「Vの炎上とかってどうなの?」

始末書書かされるし面倒増やすなって感じ」


ぶっちゃけ、Vってどういうところが面白い?」

「ごめん、実は俺もよくわからないw金稼げるからこの会社行ったw

所属Vの子動画も流し見してるだけだし、何してるかよく知らないんだよねwコネ使ってそれっぽく業界のこと話して、キャラ描くの上手いか採用してくれたし」


「まあ仮にVがダメになっても、俺はVで得た実績があるし立場上もそんなに痛くないしね。なんならまた同人ゴロやるし」



ネットキャバクラ、オンラインサロンなどと揶揄され、問題を起こした推しへのバッシングに対し異常に敵対反応を示す"信者"の攻撃や過ちの正当化簡素謝罪黙殺を貫き、問題本質真摯に向き合わない演者運営など、現状のVの混沌とした様相は後を絶たない。



そのたび、今でも彼とのやり取りを鮮明に思い出す。

2021-03-09

シン・エヴァストーリー忖度なしに言えばゴミ。高尚様を信じるな

シン・エヴァは最高にクールでパワーを貰える映画だった。

劇エヴァ(EoE)に感動しQからの流れがめっちゃ好きなので、皮肉ではなく本気で称賛として書いてる。

前回の増田(anond:20210308160516)にも書いたが、

何百億というお金が動くプロジェクトで、誰の顔色を伺うことなく、シン・エヴァをやり切った60歳という事実が最高にクールである

 

庵野監督老害と呼ぶ人もいるだろうが、

 

 ・あなたは、60歳になった時に自分の一存でプロジェクトのすべてを仕切れるような影響力を持っていそうか?

 ・ あなたは、60歳になった時に己の感性のみを信じて突き進む事はできそうか?
   しかも何百億というお金が動くプロジェクトの矢面に立つ総監督(脚本兼任)という立場

 

どう考えても最高にクールである

 

「さすが庵野!」

「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!」しか言う他ない。

 

庵野監督のようなビックプロジェクトに関わる事はないにせよ、一応若者区分自分も頑張りたい尖りたいと純粋に思った。

 

ただ感動した事実事実として、ストーリーについて忖度なしに言えばタイトルの通りゴミだったので以下に感想(お気持ち長文)を書き連ねていく。

  

(注意:シン・エヴァの造形や絵作りや音楽については専門のお兄様たちの批評感想をあたってください。この増田では映画構成する様々な要素のひとつ "ストーリー" についてしか触れません。)

 

  

 シン・エヴァストーリーが観客に要求したもの
 事前知識(学術映画特撮アニメなどのサブカルチャーエヴァの設定の知識)ではなく
 エヴァへの想い入れだった時点でゴミ

 

ファンのためにファン向けた作品を作ることのいったい何が悪いか?と思うかもしれない。

なので先にシン・エヴァの結末を書く。 

 

野監督のアバター "シンジくん" は 優:緒方恵 (14歳) か優:之介(スーツ) に変身、
安野モヨコ氏 (庵督の妻) のアバター "マリ" と お手て繋いで駆け出し、
督の地元 "宇川" で 前前前生 して終劇。

 

 

ーーー・・・普通にバッカじゃねぇの?😒である。 シン・エヴァじゃなくて庵野監督エッセイでやれ。

 

  

 

  真希波・マリ・イラストリアス安野モヨコ氏 (庵野監督の妻) ってマ?

 

マジである。

エヴァンゲリオンイマジナリーゴルゴダオブジェクト など急に設定を生やしたり、

無かったことにされていた 渚カヲル司令 をサルベージしたり (なお、予告にいたキカイダーエヴァみたいなヤツのことは忘れろ)

カヲルと加持と冬月とゲンドウ で "ジェバンニが一晩でやってくれました" をしたり、

ソードマスターヤマト 並みの怒涛の畳み掛けを 新劇 を終わらせるためにかましたのに、

 

リ が何者なのかについて "だけ" 、後まで触れなかった。
その影響で、マリが(当然シンジも) なぜ エヴァに乗れる・操れるのか、劇中で言及されること無く終わった。

 

もちろん、劇中の情報からなぜマリエヴァに乗れる・操縦出来るかについて、推測・想像妄想は出来る。

劇中でネブカドネザルの鍵を自らに付与したゲンドウがエヴァを操縦していたように、おそらく後天的に仕組まれたのだろう。

けれど、カットはもちろんセリフで匂わせすらなく、まったく劇中で語られていない以上、推測・想像妄想しかないので、

忖度なしに言えば "どうかしている" としか言いようがない。

 

なんでも説明してしまうのはつまらない? 想像妄想余地がある方が面白い? よろしい、では、

 

シン・エヴァ:|| (本作) になるまでシンジ名前すら知らなかった "マリ"、しかも、シンジにとっては、"パラシュートの人" でしかない "マリ"と、
庵野監督地元 "宇部新川" で 前前前生 したのは 何故なのか?

 

意外で驚いたぁ〜?(笑) だけがしたいのであれば、前前前生するのは、北上ミドリ や トジの妹(鈴原サクラ) でも よかったはずだ。
なんなら、シンジはマリよりも彼女たちのことについての方が名前も人となりも知っているまである。

 

"シンジは急速にマリが好きになったのだ!人を好きになるのに、恋に落ちるのに、理由時間も要らない!" で押し通すにしても、

"マリ最初からシンジに対して一定以上の執着を持っていた" についてはどう説明するのか?

それも "どこにいても必ず迎えに行くから。待ってなよワンコくん" と口にしたり、"命をかけて裏宇宙に行く" ほどの執着だ。

ヒロイン(マリ)が抱いている、まどマギほむらレベルマリ執着を 言及しないで オッケー👌とかあり得る??? あり得るとしたら何故?

そもそも"執着以前にマリが何者であるかも明らかではない"が、そんなことって通常のストーリーで許容されるもの???

しかも、外そうとしたらカヲルくんみたいに頭ボーンして死ぬ "DSSチョーカー" をラストシーンでひょいと外せる謎能力を持った超超超超超超超超重要人物だぞ???

 

" DSSチョーカーは心の枷のメタファーエヴァ呪縛

  リは庵野監督の妻である安野モヨコ氏の投影キャラ。だからシンジ(庵野監督)の心の枷を外せた。

 そしてメアリー・スーでもあるマリついてのすべてを劇中で言及不要とした。"

 

・・・そう捉えるのがひねていない素直な感想では?

 

い、いや、エヴァ漫画版ではマリについての描写があったから(震え) にしたって、

漫画版の設定を引き継いでいるなら 同性愛者設定 はどこへいった?だし、

実年だって、『破』の時点で33歳、『Q』の時点で47歳くらいだということになる。

まどマギほむらレベルの執着をみせているのに、この実年齢でマリシンジ親族の家に預けたままにしていたのは何故?

忙しい云々ならマリより年若いミサトがシンジを預かっているので別に不可能ということもないだろう。

そして "DSSチョーカー" を外せる理由そもそも何者なのかについて触れない理由???

 

なんにせよ、とても褒められた出来のシナリオでは無い。

 

 

 マリのことは忘れろ!!ほかにストーリーの見どころはあっただろ!!

 

せやね、誰よりも劇中でセリフが長そうなゲンドウの自分語りとか。

Beautiful World」はゲンドウの歌だったんだな、ユイ出会って世界が変わった云々は絶対庵野監督自身のことを重ねてるな、つかこれ旧劇で見たけど?と思ったけど。

旧劇でそれ見たよ?の展開だけなら褒められないが初見向けとして許容出来た。

 

かし、突如悟りを開いた シンジ様 が登場人物達のカウンセングを始めるのである。

嫌味か冗談かと思うだろうが現実だ。

709 名無しが氏んでも代わりはいもの 2021/03/08(月) 21:33:24.38ID:???

シンジ「どんなに探してもユイはいねえよ現実を受け入れて責任果たしていけ」

ゲンドウ「はい

シンジ「お前は俺のことを幸せにしたいんじゃなくてそうやって自分幸せになりたいだけだろ」

カヲルはい

シンジ「昔はお前のこと好きだったけどいい加減自分人生を生きたら?」

アスカはい

シンジ綾波、今までありがとね」

綾波はい

 

グループセラピーか何か?

 

(引用スレhttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/eva/1615174496/)

 

オーケー悟りを開き覚醒したシンジ様がグループセラピーを始めるのはヨシとしよう。

大切なのはシンジ悟りを開き覚醒した過程だ。

 

・・・でもな?

 

ンジが覚醒した理由について劇中で言及されないのである!
当に、本当にありがとうございました。

 

精一杯、善意的な解釈をすれば シンジは "生命の書" にカヲル同様に名前を連ねているかループを繰り返している。

村とポカ波の一連の出来事シンジは違う世界線の経験の活かせる状態覚醒した・・・みたいな???

(これも劇中で言及されない以上、推測・想像妄想しかない)

 

他は、なんちゃってジブリナディアの島編のような冗長さがある村での描写とか、

エヴァ無し・ほぼ丸腰でハイカイ(首無しエヴァもどき)がいる世界シンジレイアスカ無事(危機に陥る描写無し)だったとか、

まだまだ見どころ()はあるが記述がいる???

 

シン・エヴァストーリー忖度なしに言えばゴミ

 

 

 

 エヴァストーリーは元から矛盾が多い。
 アクションや絵作りや演者テンポ音楽自己開示や様々な要素で魅せてきた作品

Exactly(そのとおりでございます

 

映画アニメ総合芸術だ。ストーリー総合芸術構成する要素のひとつしか過ぎない。

 

絵作りが素晴らしければただそれだけで名作になることもある。

シン・エヴァでもパリのシーンの描写はとっても好きだ。

造形・絵作り・音楽について長文を書き連ねたい情熱専門性も持ち合わせていないので省略するが、

パリ以外でも大好きな絵作りのシーンがいくつかある。

 

この増田あくまで"ストーリー"だけを切り取ったとき、出来は酷かったという個人的感想(お気持ち)で、

シン・エヴァ駄作だと評しているわけではないので誤解なきよう。

 

みなさまも良き シン・エヴァ タイム をお過ごし下さい。

2021-03-05

anond:20210305093837

> 「アニメキャラになりきってみたい!」「ああいう服を着てみたい!」といった女性欲求も「オタクにあらず!」否定されるものなのか?

 

論外では?

それこそアニメゲームマンガサブカルチャーにさして興味がない商売レイヤーだって

売るためにもっと"こだわり"を持っているぞ

 

欧米こそ至高 の はてなーに習い、オックスフォード辞典より、

otaku
(in Japan) a young person who is obsessed with computers or particular aspects of popular culture to the detriment of their social skills.
‘every other otaku can run on about their hobby endlessly’

 

"こだわり"をみせないのはオタクにあらず

もちろん言葉は生き物で アニメゲームマンガ を楽しむだけで『オタク』と表現される名乗れる時代にはなっている。それこそハルヒくらい昔から

 

けれどアニメゲームマンガ以外で"こだわり"を見せないでオタクと名乗れる趣味や分野って他にある???ってずっと思っている

 

全然知識もこだわりもないけどアイドルグループ○○の△△オタです ← あり得なくね?

全然知識もこだわりもないけど健康オタクです ← あり得なくね?

全然知識もこだわりもないけどクラッシク・jazzオタです ← あり得なくね?

全然知識もこだわりもないけど車オタです ← あり得なくね?

全然知識もこだわりもないけどジーンズオタです ← あり得なくね?

全然知識もこだわりもないけどスケーターです ← あり得なくね?

 

アニメゲームマンガぶっちゃけ帰属意識の持てない弱者の駆け込み寺になってる

ありとあらゆる趣味や分野と違ってアニメゲームマンガだけは『視界に入れるだけでオタクを名乗れる』のだ

実際、創作界隈やアニメゲームマンガクラスタ弱者むちゃくちゃしていて地獄

 

ただ、現実逃避をしたり仮初でも帰属意識を持てることは比喩無しに誰かの命を救っている

実際、海外でも『辛い現実を乗り越える力を与えくれた』とギャング差別に囲まれて育ったラッパーが言ってるし

圧倒的格差社会で親からの重圧に苦しんでいるアジアの子どもたちが『救われた』とか言ってる

何事にも良き面はあるわな

2021-03-04

日本ポップカルチャー

2000年代まではポップカルチャーとして

ドラマ」 「お笑い」 「音楽

があったんだけど2010年代流行したドラマお笑い音楽をそれぞれ10個答えろって言われて答えられる人はそんなにいないだろう

この3つが3つとも2010年代サブカルチャー化してしまった今の日本にあれを知ってないのは遅れてるみたいなのは無くなったと思う

2021-02-27

anond:20210227114806

まあ、「古来サブカルと呼ばれてきたもの」だな

20世紀的なサブカルチャーと呼ばれた界隈は終わっている

サブカル定義がしたい訳じゃなくて、ただ単にあの界隈のレッテルとして使っただけ

もはや今の世の中サブカルとか区分けもないだろう

anond:20210227114140

メインカルチャーがある限り、サブカルチャー存在する。全員がメインを納得、享受する状態というのは考えられない。

サブカルチャーは逃げ場でもある。メインストリートの賑やかさに耐えられない人、パーティ会場の華やかさが肌に合わない人。逃げ場はいつも存在しなければ息苦しい。

どのようなかたちで存在するべきか?は時代メインカルチャーの在り方によって変わるだろう。決して特定個人特定グループが仕切っているものけがサブカルチャー」ではない。

サブカル界隈ヤバすぎワロタ

今回の映画秘宝の続報で完全にトドメ刺したでしょ

サブカルチャーは終わりだよ 外野内野揉め事ばかり

元々倫理観の無い奴らが倫理観を持ち出してる事がちゃんちゃらおかし

残念ながら時代に取り残されて死ぬんだよ

生きる場所はない

2021-01-25

二次創作における、原作否定お気持ち表明

面白くも何ともない話だが、原作否定の多さに辟易する気持ちを吐き出したかった。

なるべく冷静に、客観的に、何なら評論のように書いたつもりだ。

 

 

 

 

 

サブカルチャーが発達してどれくらいの年数が経っただろう。

一番に脚光を浴びたのはやはり秋葉原かもしれない。オタクメイド喫茶コスプレ、これまで日陰にひっそり存在した物がメディアで大きく取り上げられ、日本アニメ漫画文化世界にまで広く知れ渡った。もはやサブカルの枠に留まらない娯楽とも言える。

 

今日私が主題にしたい同人、引いては二次創作に関しても同じだ。コミックマーケットなどは今やメジャーな催し物。夏コミ冬コミ、詳しくない人でも単語は聞いたことがあるだろうし朧げながら様子も浮かぶはず。テレビ報道されるからだ。SNSで見る人もいるかもしれないし、ゆりかもめの混雑具合で知るかもしれない。

 

今、かつてサブカルと呼ばれた物たちはメジャーになりつつある。

胸に手を当てて考えてみてほしい。芸能人アニメキャラ漫画キャラコスプレ写真を上げるようになってはいいか。やたらとボーイズラブを題材にした作品が増えてはいいか腐女子主人公ドラマ普通に放映されていないか。どこでも手に入るコスプレ衣装書店に我が物顔で並んだボーイズラブ本、有名俳優や人気アイドルが演じる男同士の絡み、一つくらいは心当たりがあるだろう。

 

したがって、これまで息を潜めていたカテゴリーが脚光を浴びる時代で、大手を振って楽しめる環境が整ったというわけだ。

私は何もそれらを否定したいわけではない。ボーイズラブ、いいじゃないか腐女子、いいじゃないか。母数が増えれば増えるほど、良作に出会確率も跳ね上がるのだし。

かく言う私も腐女子歴は長く、同人活動歴もそこそこの、いわゆるオタである。ちなみに独身だ。

 

前置きが長くなったが、私が言いたいのは腐女子同人作品の数が増えるにつれて蔑ろにされる物が見えてきた、ということであるタイトルに戻った。

ここで言う同人作品というのは、漫画アニメなど原作ありきの作品に対する二次創作のみに限らせていただく。コミックマーケットなどで毎年スペースを獲得できるような大手同人サークル様やオリジナルで精力的に活動されている方々には何ら物申したいことはないのであしからず

 

 

2007年、と聞いて同人関係で何があったか思い出せる人はいるだろうか。

今でこそ当たり前に存在し、二次創作と切っても切り離せないpixivサービスを開始したのだ。初めこそ作品数は少なく、今のように漫画を上げる人は稀で一枚絵ばかりの謂わば地味なSNSだったが、2010年くらいからだろうか、個人サイトから移行する人が増えてpixiv隆盛期に入った。今なお衰えない勢いで、新しいサービスも続々と導入されており、私もずっとお世話になっているツールだ。投稿も閲覧も簡単で、二次創作には不可欠だろう。

 

私はpixivが作られる前から腐女子だった。個人ホームページを持ち、自分の絵や文章をひっそりと投稿していく時代だ。今でも古の腐女子として度々話題に上っているのを目にするかと思う。

若い子は知らないだろうが、一つお気に入りホームページを見つけるだけでも苦労し、そこから△△受け同好会、愛され□□ランキングといった名前リンクを辿って、自分の好みを探すといった困難さだ。当然、こうこうこういった地雷が含まれます、などといった注意書きはなく、リンクカップリングじゃない場合も多かったので左右完全固定の方への配慮などもない。読み始めて無理だったらブラウザバック。これが個人サイトの鉄則であるタグ一つで好きな物が見られる今とは雲泥の差。

 

話が少し逸れたが、要は今これだけ楽に取捨選択できる環境に置かれているくせに、二次創作に携わる者の文句が多いということだ。慣れとはげに恐ろしきかなと感じるばかり。

時代が違うことは理解している。懐古厨、オバサンは黙っておけと言われたなら黙るしかないだろう。否、私はまだ世間的にオバサンと呼ばれる年齢ではないのだが、念のため具体的な数字は伏せておく。

地雷だなんだ、苦手だなんだ。それはまだ良い。二次創作界隈のクレームとしてはひよっこみたいなものだ。苦手はあって然るべき。必要以上に貶めなければ誰も何も言わないだろう。

 

私が最も言いたいのは、原作に対する二次創作視点からクレームの多さ。

ようやく本題に入ったと思った人もいただろう。私も思いました。申し訳ない。

 

近頃サブカルサブカルでなくなり、腐女子同人などの秘めるべきものが大きく取り上げられ、比例して携わる人口も増えている。

からだろうか、まるで二次創作が本筋だと言わんばかりの勢いで物を言うではないか。そこ退けそこ退け我が推しカプのお通りじゃい!と目を血走らせて叫びそうである

カップリングの片方が結婚した。ギャー!

カップリングの片方が実は女好きだった。ギャー!

隠し子がいた。ギャー! 女キャラと付き合った。ギャー!

ここは動物園かと見まごうほどの凄まじさだ。騒がしいことこの上ない。

 

二次創作幻覚だ。妄想だ。だから何をやっても良い。当然だ。私もそうして活動してきた。原作にない部分だからこそ二次創作で補完したり、原作ではくっつかないと分かっているからこそカップリングにしてチュッチュさせたりして皆で楽しむわけである同人誌の発行も萌えの共有。これいいよね、最高だよね、そんなふうに言い合えるときの尊さといったらない。

しかし、近頃はどうも原作ありきということを忘れているように思う。己の見たいもの原作で見られなかったからと言って、平気でアンチのような発言をするのはいかがなものか。

幻覚妄想を形にするのは自由にやって良いのだ。それこそを楽しむための活動なのだから

そうして逃げ道が与えられているというのに、何故いちいち文句を言う? 有り得ない、そんなことしない、解釈違い! 全員黙っとれ、である

原作様にあやかって作品作りをしておいて、よくもまあ言えたものだ。解釈違いと言うのなら、二次創作を目にした原作者こそが言いたいものだろう。

 

そして、さら問題なのはSNSでそういった否定意見が広く拡散される傾向にあることだ。

二次創作グレーゾーンだ。完全にアウトではないが皆目を瞑っているだけ。盛り上がるのは良いが、検索除けもせずに投稿すれば人目に触れる数は格段に上がる。

原作者様に駄目だと言われたなら、鶴の一声ですべて葬らねばならない危うい趣味なのだと忘れてはいいか? 己らが覇権を握っているのだと勘違いしていないか

原作はこうだけどこっちのほうが良いと思うのなら、黙って作品昇華すれば良いだけの話。皆それを待っている。共有したがっている。二次創作本質とは本来そういうものだろう。

 

こういったことが頻繁に起きるので、公式様が何かを出す度にこちらはひやひやものだ。また荒れるのではないか。また否定意見に溢れるのではないか。また見たくないものを見なければいけないのではないか

私はそこそこフォロワーの多い二次創作者だが、フォローほとんどしていない。見たくないものを避けるためだ。それでも否定意見が氾濫し、流れてくるためにしょっちゅう目につく。推しカプは好きだが、界隈が嫌いでどうにかなりそうだ。

サブカル市民権を得たこと、人口が増えたこと、容易に投稿閲覧できる便利ツールがあること、SNSの普及や情報社会、様々な要因があるのだろうな。

 

初めからネット存在し、SNSの波に乗って生きてきた若者にとってはそれが普通のことだから仕方がないのかもしれない。

それにしても、心が弱すぎだと感じてしまう。同調しないとやっていけないのか。否定で盛り上がってからでないと作品作りができないのか。個人サイト叩き上げられた歴戦の猛者を見てみろ。面構えが違う。

 

否定意見に対してさらなる反論をすると界隈が荒れてしまうのは言うまでもないことだ。推しカプのイメージは地の底に落ちる。

歴戦の猛者たちはその心得でぐっと口を噤んでいるだけで、何も思っていないわけではない。

けっして君たちが主流じゃない。原作否定が許されているわけでもない。もう少しだけで良いか視野を広く持ってくれ。

 

 

ここまで読んでくれてありがとう

こんなふうに軽く書いているが、結構つらい。好きな界隈で活動が狭められることの苦しさ。原作が好きだと言ってはならない雰囲気。どう考えてもおかしいだろう。原作が好きだからこそ二次創作世界に足を踏み入れたのではないのか。

必死に唇を噛んで黙っている人がいるのなら、貴方は一人ではないよと勇気付けたい。

 

すべてのオタクが楽しく二次創作に携われますように。

これを結びの言葉とする。

2021-01-23

オンラインサロン的なものに取り込まれないためにできること

増田でも話題沸騰のオンラインサロン的なものに取り込まれないようにするにはどうしたらいいのだろうか。

こんなところで答え探す時点で危ないというのは百も承知なのだ

増田諸兄が心掛けていること、気をつけていることがあったら教えて欲しい。

この手の話でよく引用される村上春樹氏のフレーズだけど

自分はまだ「まっとうな力を持つ物語」というものを見つけられていない気がする。

実際の話、私たちの多くは麻原の差し出す荒唐無稽ジャンク物語をあざ笑ったものだ。そのような物語を作り出した麻原をあざ笑い、そのような物語に惹かれていく信者たちをあざ笑った。後味の悪い笑いではあるが、少なくとも笑い飛ばすことはできた。それはまあそれでいい。

 しかしそれに対して、「こちら側」の私たちはいったいどんな有効物語を持ち出すことができるだろう? 麻原の荒唐無稽物語を放逐できるだけのまっとうな力を持つ物語を、サブカルチャー領域であれ、メインカルチャー領域であれ、私たち果たして手にしているだろうか?

村上春樹アンダーグラウンド」より)


現実的には金の話ばかりする界隈、やたら囲い込もうとする(流動性低い)界隈に近づかないくらしか思い浮かばない。

2021-01-20

anond:20210120074652

オタクの再定義が求められるようになって久しいが

ポップカルチャーサブカルチャーが好きならオタク、というような定義一般的であり

具体的に作品に対してコンテクストだとか高度なものを求めるようなオタクもいれば

そうでないオタクもいるだろう

オタク自体が増えすぎたことでウケるオタク作品ハードルの低いものになっていることが多い

そして実写化されるのも主にそういったものたち

要は主語がでかすぎる、そのように思っているのはオタクではなく自分ではないか

2021-01-17

anond:20210117101211

古典芸術を含むかつての支配的な文化への対抗としてまずカウンターカルチャーがあって、テレビ映画歌謡曲といった大衆文化がもろもろ生まれて、そこからマイナーなやつがサブカルチャーとひとくくりにされて、中でも漫画アニメゲームオタクと呼ばれて日陰の存在であったが、誰でもコンピュータインターネットを利用する時代になると、もともとその世界で幅を利かせてきたオタク支配的な存在になっていって、かつてオタク白眼視していたような人種コスプレしたりアニソン歌ったり演奏したりでオタク文化に媚びるようになったという流れ。

古典芸術オタク文化は直接的にはほとんど関わりがない。

古典なんかなんも知らない矢沢永吉とか浜田省吾とかBOØWYとか浜崎あゆみとか好きそうなヤンキーオタク趣味馬鹿にされて嫌な思いをしてきたオタクのほうがはるかに多いだろう。

2021-01-16

anond:20210116142003

ワイも近日ツイステお気持ち文書く予定

 

萌えさえあればあとはどうでもいい』

この姿勢日本コンテンツ全般技術含めて劣化した原因であると同時に

特定の層には文化人種も超えて刺さってネット音楽サブカルチャー一定の支持を得ているパワーになってると思う

 

ツイステはクソろくでもねぇなって思いながらも

風俗嬢説教しながら風俗使うおっさんがごとく

は〜○○○くん萌えぇぇってやってます

2020-12-31

200年後の教科書では間違いなくアニメオタクって国賊扱いされてそうだよな

偏屈価値観で凝り固まり保守的な党、イデオロギーを支持して国の発展を阻害した

・極度にカルト的、閉鎖的で経済は彼らの娯楽内でしか回らなかった

・長期的視野が欠けた即物性の成れの果てなので、未来に害ばかり残した(環境保護等々)

差別的表現移民国家日本(自民が受け入れた外国人日本で子を産んだため、将来はかなりの数のミクスドがいる)の分断を生んだ

・統制国家中国ほとんど変わらない権威主義価値観を育ててしまったため、将来の日本はかなり中国と近い関係になっている

 中国AIノウハウを利用して、サブカルチャー保護名目金盾に近い検閲が行われている

 

 

まあそもそも教科書

学校自体無くなってるかもしれないけどね

2020-12-26

私が男の娘が嫌いな7の理由

 男の娘おとこのこ、おとこのむすめ)とは、肉体的な性別男性でありながら女性しか見えない容姿を持つ人物を指す言葉である

 漫画アニメゲームといったサブカルチャーに触れている人であれば、一人か二人は該当するキャラクターが思いつくであろう程度にはよく知られている存在である。言い換えれば、一定需要のあるジャンルなのだ

 だが私は、この男の娘というジャンルが嫌いだ。

 地雷と言っても差し支えない程に苦手である

 不満が溜まりに溜まってしまったので、今回は「私が男の娘を苦手な10の理由」をここに吐き捨てていく。

 先に言っておくと、私の肉体的な性別は男で、性自認は男、恋愛性的関心の対象女性である

 いわゆるシスヘテロである

 それを前提とした上で読んでいただきたい。

 

 

(1)一見して判別が難しい

 

 冒頭で挙げた通り、男の娘女性しか見えない容姿をしている。

 

 これがもうとにもかくにも厄介である

 

女の子だと思って作品を観賞し始めたら、実は男だった」

 というのは男の娘が登場する作品では日常茶飯である。私も何回かやられた。

 

 女の子恋愛性的関心の対象にしている人間からしてみれば、男の娘詐欺や罠としか思えない。この悪質さがよく分からない人は性別を逆にした「男の娘に見せかけた女の子」をイメージして欲しい。本質的にはそれと同じだ。

 

 一番悲惨なのは男の娘キャラクター女性だと思い込み女性キャラクターとして性愛対象にした後に判明するパターン。強烈なトラウマになるほか、一部の猛者はそれが原因で“目覚める”らしい。

 

 風の噂では、同人作家とあるキャラクター同人女の子であること前提で作っていたら、後に男の娘であることが判明し、ちんちんを描き足す作業必要になったとか。

 

 今日も「男じゃねえか!」という悲鳴インターネットの海に反響する。

   

 

(2)幅広いジャンル作品にいるので回避が困難

 

 これは男の娘メジャーになったが故の(私にとっての)悲劇と言える。

 女児向けアニメにすらいる。ポケモンにすらいる。深夜アニメにも当然のようにいる。

 というか草分け的存在の一人、「男の桜ちゃんが好きなんや」でおなじみの有栖川桜はコロコロコミック連載『バーコードファイター出身だったりする。

 もはや「この作品なら男の娘は出ないやろwwww」みたいなのは通用しない。震えて眠れ。

 

 

(3)本物の女の子よりも女の子らしいという風潮

 男の娘女性しか見えない容姿を持っていることは再三述べた通りだが、彼らは性格や振る舞い、言葉遣いも女性であることが多い。理由は様々であり、「女性的な外見がコンプレックスであり、それを指摘されないよう最初から女性のように振る舞う」「女性として育てられた」「性自認女性」といったものがある。

 

 その結果、同じ作品に登場する他の女性キャラクターボーイッシュだったりお転婆だったりすると、女性的な振る舞いをする男の娘がより女性的ではという風潮が出来上がってしまう。

 

 そこまではまあネタとして許せる範疇なのだが、それが発展して「ヒロインよりも可愛い!」「こいつが真のヒロイン」とか言われてるのを見ると他のヒロイン推している人からしてみれば腹が立つ。

 

 こんな記事を書いている私にこれを言う資格はないかもしれないが、何かを褒めるときに何かを貶める手法は多大なヘイトを買うのでやめた方がよいだろう。

   

 

(4)本物の女の子よりも理想的女の子であるという風潮

 上と近いことを言っているが、微妙ニュアンスが違うので分けた。

 

 性別の違いがある以上、男性目線で言えば、女性には怖いものであるとも言える。 

 それを考えると、女性の見た目をした男性である男の娘は、「女の面倒くさい部分が嫌な人向け女の子」と言えなくもない。ヴィーガン大豆で作った肉を食べるように。

 

 だが、それを理由に本物の女の子否定して欲しくはない。何かを褒めるときに何かを貶める手法は(以下略)。

 

 

(5)男の娘が受け入れられないことによる劣等感

 男の娘が登場する作品において、以下のようなシチュエーションを見たことはないだろうか。

 

 男性主人公男の娘ヒロインが仲良くなり、ついに恋愛にまで発展する。

 だが、男の娘自分が男であることに負い目を感じており、このように尋ねる。

「私(僕)は男なのに、それでもいいの?」

 男性主人公は広い心でこれを受け止め、男の娘と結ばれるだった。

 

 私はこのようなシチュエーションを見ると、「いや、女の子じゃないと無理でーす! なぜなら私は女の子が好きだからでーす!」とか考えてしまう。

 男の娘を受け入れることのできる主人公と、受け入れられない私。

 完全に被害妄想なのだが、「お前は俺と違って、男の娘を受け入れられない差別主義者だ」とマウントを取られているような感覚一方的に陥ってしまう。

 

 最近ではポリコレ圧力があるので、それと男の娘悪魔合体して本物の女の子が好きな我々が攻撃されるのではと、内心ビクビクしている。

 

 

(6)男を辞めたい人間の苦しみが分かるから

 一口男の娘と言っても様々なタイプ男の娘存在する。

 ただ顔が女っぽいだけのタイプ趣味女装しているタイプ女の子として育てられたタイプ。 

 その中でも私が特に苦手なのは、男である自分が嫌で本気で女の子になりたいと思っているタイプ男の娘である

 

 男はつらい。

 

 いや、女の人にもつらい部分があるのも分かっている。生理があれば体調はしっちゃかめっちゃかになるし、性犯罪に遭遇する危険性もある。

 

 だが私は男なので、どちらかと言えば男のつらさに共感してしまうのだ。どうしても。

 強くあれという圧力。女の人と比べて性的価値が低いことによる、支援や同情を得ることの難しさ及びそれによる孤独・将来への不安。異性から性的承認を得られないことによる悔しさ。自分の肉体や性欲を汚らわしいと感じてしま自己嫌悪。それら全てに心当たりがある。

 最近オタクが「美少女になりたい」と語っているのをしばしば見かけるが、これは男であることのつらさが関係していると思える。

 

 私は男でありながら女性らしくあるタイプ男の娘が持つ「男である苦しさ」がなんとなく分かってしまうので、見ていてつらいのだ。「生物学的メスに成り損なった落伍者」「性別ガチャの敗者」といった悪口を吐き捨てては、それがブーメランになって返ってくる。創作物世界ぐらい、正真正銘女の子を見て癒されたい。

 

 

(7)荒れやす

 男の娘というジャンル殺伐としている。

 その理由の一つは男の娘という属性が、他の属性混同されやすいからだろう。

 具体例としては女装男子というものがある。これは単に女装している男を指すので、一目で男と分かる場合でも含まれる。つまり男の娘女装男子は異なる定義を持つのだ。混同すれば、愛好家からバッシングを受けることだろう。

 他にも、美少年ショタ・TS娘・ふたなりといったもの男の娘をごっちゃにした言動を取れば、炎上すること間違いなし。

  

 このように定義付けで荒れる男の娘界隈には「怖い」という印象があるのだ。

 

 長々と男の娘が苦手な理由を語ってきたが、これをもって男の娘を滅ぼそうとは思わない。

 こんなにも広まってしまった以上、男の娘蛇蝎のごとく憎んでいる私の方が時代に取り残された淘汰されるべき存在なのだろう……そう考えているからだ。

 私は世界から隔絶された洞窟に潜み、生物学的に女性であることが保証された女の子だけを愛好し続けることにする。

 

 余談だが、私は「男である可能性が低い」という理由巨乳女性キャラが好きだ。

2020-12-21

anond:20201221174401

元増田です

ぱっと見でエロいエロくないかと言われたらエロいとは思う。

錯覚とかではなくて、脈々と受け継がれてきたサブカルチャー内でのエロい絵を形づくる記号が大いに盛り込まれているのは事実だ。

 

それをあえてアナログ美術展に出品するのには、何らかの意図があるんだろうし、評価した側も「女の子エロい絵を出してウハウハ」とかだけで選ぶとは思えない。少なくとも建前の理由くらいあるだろ。

 

で、色々な情報を知らないで画像だけみて「エロいからやめろ」も、「エロいからやめろは抑圧」も、おかしいと思う。

2020-12-17

理想的大人になれた

俺が小学生だったときに最も好きだったタイプ大人になれたと思う

・髪がボサボサで全体的にダサい

メガネ

・優しい(キレない)

別に子供好きではないが、押しに弱いので構ってはくれる

運動が苦手

 ・ガキと互角

不謹慎冗談を言っても怒らない

礼儀作法をほぼ気にしない

 ・ナメていい

サブカルチャーにある程度詳しい

 ・メチャクチャ詳しいわけではない

下ネタは好きだがリアルな性欲は薄い

学生時代イケてなかったのでイケてない人間に寛容

・口汚いというか、ただ優しい感じでもない

 

親戚のおじさんとかになりてえな でも俺も弟も兄も全員非モテカスなので今後一生子供と関わる機会はないのだった なくてもいいけど!

2020-12-05

anond:20201205123949

はぁ~。だめだこりゃ。同じ人?

大人向け=幅があると思いこんでるのが悲しい。

トムジェリとか別に大人向けじゃないけど表情くるくる変わりますよ。

そして元増田もおそらく評価するカートゥーンなんて、自分の表情を鏡で見まくって描いてます

これは描くものとして当然の行為だし、Gigazineソースかなんかで明示されてた記憶があります

自明なのでソース提示はいらないレベルだけど。

元増田を言えばAKIRA、俺も大好きですよ。フリクリも好き。

でもトップをねらえ!と言うと急にオタクカルチャーだと言って否定するわけでしょ。SFですらないと。

オタクの一部にオタク向けしか理解せずにサブカル否定する狭量な人が居るのもたしか事実だ。

しかしそれがオタクカルチャー否定要素になるという言説自体片腹痛い

そしてオタクカルチャーが他のカルチャー言及したとき、それが本格的ではなく稚拙だ、とするのはより滑稽。

まして増田のように感情表現依拠させて否定するなど愚の骨頂。

俺はそれぞれの文化が花開けば良いと考えてるだけです。

余談、萌え絵表現の幅が狭い

俺もハンコ絵が一時期嫌いだったので実は深く意図を汲み取ると言いたいことはわかる。

でも萌え絵というものはそのバリエーションにこそ骨頂があるんだよ。

分部分のディテールを損ねてでも「属性」という付加物で勝負する。

そしてその多様化で生き残ってきた。決してリアル系作画映画など他のサブカルチャーに引けをとっているという比較対象で使うものでもない。

藤本タツキマンガ表現の中でなんとなくタランティーノっぽい空気を漂わせてるとどっかで書いたけど、藤本のそれにしたって心の片隅では「漫画でそれやらなくてもなあ」という部分と、こいつすげえなという部分の二種が混在する思いだ。

萌え絵はそれの中で優れた歴史表現を含めていて、それ自体文化だ。

本来なら比較対象にするほうがおかしい。

俺は萌え絵の中心を走ってないけど、君はそんな俺の半分も理解してないよ。

から君もにわかだと思う。

anond:20201205120520

いやー、君こそずれまくってて笑えるんだけど。

まずさ、

まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵アニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるもの萌え絵から距離を取っている。萌え絵選択すると自動的紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニー萌え絵選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。

ここの部分を見て感情表現なんて一言も書かれてないですよ。元増田の主張は基本的オタクがその他のサブカルチャー容認してこなかった、と延々と繰り返してるだけ。元増田趣旨を読み取れず、ズレまくってんのはあんただ。


答える意味すらないけど、余談

ほかも極めて馬鹿なので突っ込んおいてやるか

若い絵師を見ると、こうした萌えキャラの性能上の欠点に見切りをつけて、そうでない表現模索しているようではある。

どこがやねん。アクタージュですら涙袋という表現上エグい部分をあえて描いて表情を作ろうとしている。

変顔と言われても萌キャラの顔をゲス顔にして過剰演出することだってある。

一例として、萌えキャラには唇がない。おかしいよね?

言われないと気づかないのかもしれないが、改めて考えてみるとおかしいよね?

唇は萌えキャラ萌えキャラじゃないキャラを見分けるポイントの一つだ。

萌えキャラじゃないキャラは完全な唇ではないにしろ「下唇の位置特定させる影」のようなものがある。

西洋では口が重視され、東洋では目が重視されるとはよく言われることだ。

そのことを踏まえた上で萌えキャラを見れば唇がないことの異質感にはすぐ気づくはずだ。

もっと萌えキャラは眼球が無闇矢鱈と拡大されているので「目の表現」をもオミットされているわけだが。

何が言いたいの?

お前の主張はキャラ感情がないだのあるだのうんたらでしょ(そして指摘自体的外れ)。

なんで口だけが感情なの? なぜそんなに深堀りしてない状態萌えキャラを論じられるの?

お粗末だよあんまりにも。個人的意見だけど表情筋で最も豊かな部分は眉間と目尻です。

口で判断するところから出羽守のものというか。まあこれは印象だけど。

この程度も看破できないのなら口挟むのはやめといたほうがいいよ。

2020-11-24

anond:20201124011019

というか、1世代前の人が言う「サブカル」と現代人の言う「サブカル」はちょっとズレてんだろうなとは思う。

私も現代人なんで、映画が「サブカル」とか言われてもしっくり来ない。いやまあサブカルチャーではあるだろうけど。

サブカルって言ったらコミティアとかFRENZとかボカロとか思い浮かべるな。

2020-10-28

今はマジで日本人にとっては最後のマシな時代だと思う

経済は残念ながらもう復活の見込みないだろうから今後は貧しくなる一方で今はギリギリ経済大国の皮をかぶっていられてる状態

希望はないけど今はまだ苦しい苦しい言いながら多くの人が飢えずに暮らせてる

一方文化面、とりわけサブカルチャーは30年蒔き続けた種が世界中の各方面花咲いてる気がする

それくらい影響力が大きく、クリエイターにとっては日本サブカルを知ってるだけでアドバンテージがあるともいえる

でもこれがあと10年続くとは思えない

10年後日本に何が残ってんのかな?

イギリスとかもそうだけど「衰退国」ってジャンルを作って考えないといけない時代かもしれないね

2020-10-21

https://note.com/teren_mikami/n/n8a5f3e4c53b7

ストーリーはともかく(主さんの主張はあながち間違いとも思わない)。

以下は個人的感想

百合姫って雑誌カラーを知らないので正しいかはわからない。

2017年度表紙担当、べにしゃけ先生

落ち着きすぎているけど、春号なのでいいんでしょうか。少々地味すぎる気も。

2018年度表紙担当フライ先生

個人的にはこれが一番安定してる気がします。しっとりした水のイメージと二人の距離感もいいし、配色と白地の清潔感も手に取りたくなる要素。

2019年度表紙担当白身魚先生

こう言うとあれなんですけど、面々の中で一番描けてないかなって。

背景の密度バランス、立体感。どれも他のイラストレータに比べるといまいちです。

その空間の出せない感じを派手なパースで補って上手に見せようとしてるのはわかるんですけど、それだけですね。

ちなみに自分のことは棚に上げてます

2020年度版1月号の表紙、うるあ先生

圧倒的にこってり。ただ正直厚塗り系でこの感じはイラストとしての押しが強すぎて表紙を飲んでしまってる感が否めず。デザイナーさんがこのくどさに合わせてトリッキーで尖ったデザインを施していますが、それでも浮いてる感じがします。主張が強すぎです。

4月号(同氏?)

そして、うるあ先生の表紙デザインとしての問題は個々にも出てる気がします。押しが強くくどいのに、テーマや造形が至って普通という安牌をきってる点ですね。尖り方が足りないか大人しさが足りないかのどっちでもない。中庸というよりどっちつかずです。なにかビビってんでしょうか。2013年辺りまではもっと尖った人がいたもんですが。

5月号(同氏?)

これ、僕も好きです。80年代サブカルチャー的な文字とポップな女の子の髪の色、化粧崩れと、どれも正面から挑まず斜めにずらしている感じがかっこいいしかわいい。

9月

そこまで心に止まらないというか、趣味ではないのでノーコメント

11月

押しの強さの割に普通、という印象が全く変わってません。なんでこの人はこんなに変わった雰囲気であるように見せかけながら極めて普通なんでしょうか。教科書からくどさを学んだような印象と言ったらいいのか。

10月

うまいですね。空イラストごまかしがききやすいので手を抜きがちですが、キャラクター左上部に目線が集中するように渦を誘導し、キャラクター二名の頭上から線を引くと台形、右側のオブジェクトと併せてみるとVの字が形成されるように描かれています。構図がかなりしっかりしてる。こうすることによってVの字の終端であるキャラが向いている方向へも意識誘導することができています。また、魚眼により空間が広がっています

まあ、noteの主さんとはまるで関係のない感想ですが。

2020-10-06

anond:20201006182152

働かないで貰った方が(AI工業用ロボで自動化する)長期的に見てコスパ良いという話だぞ

労働者が要らない時代はとっくにきてる

テック大国・超学歴社会合理主義米国ですら、未だに事務員を完全撲滅できていないが、

事務職を撲滅するのにAIなんぞいらない

 

あとは既得権益側が不利益を被るからできるだけ仕事効率化させたくない

たとえば、弁護士なんかもそうだ、弁護士どころかパラリーガルも消えてない

法律過去判例解釈ボタンひとつで引っ張ってこれるんだから専門家

ましてやその補助なんて、真面目にやれば殆ど要らなくなるはずだが、

特定案件に絞って問題解決するbotサービス程度しかないよ

 

そんなこんなで働く気が本質的にない人は働かないでいて貰った方が社会にとって有益だよ

本質的に働く気がある人は、働く必要がなくても、ジョブを得られるよう新たな分野の勉強や訓練の取り組みを始めると思うし、

各種研究メインカルチャーサブカルチャー創作をしたり、NPO活動すると思うよ

まだ無くせないけど社会必要フィジカルワークは適切な賃金になるか

誰も辛い仕事をしないで済むよう技術システム効率化が進むと思うよ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん