「サブカルチャー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: サブカルチャーとは

2018-10-14

anond:20181014192655

オタクはいつもサブカルチャーに浸ってるけど

全く心が豊かそうには見えない

2018-10-08

オタクフェミニストとの対話は無理なので大学サブカルチャーを教えるのを止めろ!

キズナアイ騒動オタクフェミニズムは両立しないことが明らかになりました。

ですので、アカデミズムカルチュラル・スタディーズオタク文化を研究対象にするのを

止めればいいのです。

2018-10-07

大体「恥ずかしいこと」と「大人気ないこと」に分ければ解決するんだ

世の中の問題ってのは大体「恥ずかしいこと」と「大人気ないこと」に分ければ解決するんだよ

(1)恥ずかしいこと

一人で消費する分にはなんら問題ないこと。家族上司の前で主張するには心理的に憚られること。

(2)大人気ないこと

倫理的には問題ないが文化の発展には寄与しないこと。

これをキズナアイの司会問題に当てはめると…

a.司会をする

男の欲望を具現化した外観と声で媚びながら司会をする。ネット世代以外には理解できず,また製作者に公共放送番組内容に関する知識絶対的に不足している

→恥ずかしいこと

b.ポルノであり女性蔑視である

キズナアイ日本ITビジネスサブカルチャーの融合過程で生まれた一ムーブメントであり,ネットと実生活を結ぶ可能性の一つである

その造形はファッションと同じく,時代を生きる人々の理想を写す鏡であり,そもそもポルノ否定することは連綿と続く芸術歴史否定することになる。

大人気ないこと

結論,現状では公共放送の司会としては不向きだが,存在否定される謂れはない。

この「恥ずかしいこと」と「大人気ないこと」は何位でも応用が効く。旭日旗問題コンビニエロ本問題,多分騒がれるだろうゴブリンスレイヤー問題でも。

悩む必要なんかない。知らない他人が見てどう思うか,否定して文化の発展と多様性担保できるかだけ考えればいい

2018-10-05

anond:20180730022213

>うんだから地下アイドルのおっかけみたいなしょーもないサブカルとして定着しますよねっていう俺が言ってることそのものが起きてます

自分妄想を、現実で起きてるものと思い込むな異常者が。

しょうもないのはお前のサブカルチャーに対する偏見であって、eスポーツ健全ファンと観戦文化根付き始めている。

オタクとしてのスタンスの違い

 十人十色天上天下唯我独尊、誰一人として自分と同じ人間はいない。

から言われ続けているにも関わらず、やっぱり人間はどこか人間属性や種類に分けたがる。それは愚かなことである一方、経験から答えを導き出してより良くしたいという意識でもあるのだろう。

 オタク、という言葉も分類の一つだ。最近サブカルチャーへの風当たりも和らいで、オタクであることに罪悪感を感じたり、オタクであることを必死に隠したり(私個人としてはさほどオープンにはしていないが)、必死になって人権の為にオタク隠しをしなくてもよい世間雰囲気がある。そのこと自体文句も何もない、オープンオタククローズオタクに関しては、不利益をこうむらない限りは私は他人にあまり興味がないのでやりたいようにやってほしい。

 脱線が過ぎた、私が増田に書き散らしたかったオタクの種類は

短期スパンで次から次とジャンルを変えていく熱し易く冷め易い尻軽オタク

「一度ハマれば何年たとうが動きがなかろうがしつこく居座り続ける老害オタク」 のことについてである

 別に優劣を決めようという訳じゃない。だからこそどっちもマイナス印象の言葉で綴った。それにざっくり二つに分けたが、それぞれでもそれこそ長さなどで違いがある。じゃあ中間ってなんだよと言われればそれもよく分からない。全部を分ける必要もなく、でもそれでもやっぱりスタンスの違いは確実に”ある”と思う出来事が重なったので、増田に記している。

 

 私の友人には短期オタクが多く、一方私は長期オタクだ。長期オタク自分から見れば短期オタクは「落ち着きがない」「尻軽」に見える一方で「多くのジャンル雰囲気を知っている=知識豊富になることに繋がる」「好奇心の豊かさとフットワークの軽さは多くの場面でプラスに働く」という憧れも抱く。一長一短、単純な良悪でははかれないのがスタンスというものだと思っている。だから短期オタクであっても友人でありたいと思っている。思っているのだ。

 それでもやっぱり、次から次と、これがいい面白い、あれを見ろ、といわゆる「布教」をされるのは、勘弁して欲しいのだ。長期オタク気質もつ私にとっては、ジャンルにはまるということは、一生追いかけるものになることで、なんならサービス終了したソシャゲについても、あの世界観とキャラクターを愛してしまったが故に、終わった世界であってすらも追って(思い出して)いる。当然私もその時々で熱が高いジャンル、落ち着いているジャンルはある。だが、一度愛したら最後、ふとした瞬間に好きだという気持ちが止まらなくなるのだ。好きになれば手元におきたいものも増え金もかかるし、脳は一つしかない、自分が同時に考えられることなぞ少ないのだ、ジャンルが増えすぎると、困ってしまうのだ。

 短期オタクの友人は善意で進めてくる、同じジャンルにいると確かに話題を共有して楽しく話ができる相手だ。なにより友人の発想は面白く、友人でいたいと思っている。そもそも布教と言っても、不特定多数に向けて面白いよ~と主張するなら受け入れられる。でも友人である以上食事を共にしたりする、そのタイミングで直接進められてしまうのだ。時には布教をするために話しかけられたりする。一人だったら諦めもつく、複数人いるのだそういうタイプの友人が。

 進められている内容は聞くし、なにより自分の好きな内容について語る人間は得てして輝いており発言面白い。友人もこんな自分の友人をやってくれているのだ、進めようがやらないときはやらないし、見ないときは見ないと分かってくれてはいる。その時点で恵まれているとも思えるが、それでもやっぱり負担であるのだ。

 知り合いの短期オタクの中には、布教の際にかなり強い言葉を使う人間もいれば、前ジャンルに砂をかけるタイプ人間もいる、その行為はどうかとは内心思っているが、まぁ目をつぶろう。長所短所ものは言いようだし、しょうがない。

 もっと煮詰まった長期オタク人間からすれば、私であっても複数ジャンルを抱えている尻軽オタクだろう。そういう意識もある。

 でもたまに、勘弁してくれよ、と友人関係を放り投げたくなる気分になるのだ。結局投げないのだが。

 もっと上手に短期オタクと長期オタクとしてのスタンスを乗りこなしたいなぁと思う。

 はぁー、なんかいい案ない?

2018-10-04

この度は、著者 寺沢武一が、Twitter(@buichi_terasawa)上で、

正式許諾以外の浮世絵他所より販売されている」

という誤解に基づいた発言をしたために、

関係各所に多大なご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます

本人が間違いに気づき、該当発言の削除をいたしましたが、

ミッドランドクリエイション様の商品が未許諾であるという

間違った情報拡散してしまっている為、

ここに、お詫びと訂正をさせていただきます

株式会社ミッドランドクリエイション

https://mid-store.jp の、COBRA浮世絵×九谷焼は、

正式企画のご提案、及びご契約をいただいている正規許諾品です。

世界でも多くのファンを獲得し、様々な分野で影響力を発揮する

マンガアニメなどのサブカルチャー

伝統工芸を結びつけた商品企画制作販売をされており、

この度の商品も連載開始40周年を記念し、目の肥えた大人ファンに、

相応しい職人技が活きた「ホンモノ」を作っていただきました。

こちらは、企画段階より、寺沢も楽しみにしていた商品です。

迷惑をおかけした関係各位、ご心配いただいたファンの皆様に、

重ねて心よりお詫び申し上げます

              株式会社エイガアルライツ

              代表取締役社長 伊藤 倫子

2018-09-26

anond:20180926003752

今回の件は間違いなく、「左翼言論弾圧」ではなく「新潮社卑怯な逃げ」

しろ「そうまでして被害者になりたいのか?」と言いたい

とはいえ新潮45』という媒体がもったいなかったのは事実

各種月刊総合誌のなかでも、新潮社文藝春秋社は、文学出版社だけあり

政治的議論にとどまらサブカルチャー視点も大きいのが特徴

今はなき文藝春秋社の『諸君!』での坪内祐三の「1972」みたいな連載は

産経新聞社の『正論』みたいな政治偏重のマジメ右派論壇誌ではありえない

新潮45』は小田嶋隆だの古市憲寿だの単純なウヨではない論客も多く起用していた

こういう媒体がなくなるのはマジでもったいない

少なくとも『新潮45』には、杉田論文について賛否両論併記で再論する

ワンチャンがあったのに、みずからそれを棒に振った

これが週刊文春だったら、以前に朝日新聞とモメた池上彰がみずから

朝日新聞一方的非難する文藝春秋社に疑義を唱える記事も書いてた

こういうのが政治論ばっかりに偏重しない文学出版社ゆえの

柔軟性とか自浄作用だったんじゃねえかと思うんだがなあ

(無論、週刊文春文藝春秋社はまた別の問題が多々あるけど)

2018-09-08

anond:20180908065140

歌は収入目的で、そのために手段を選んでいられない

一般枠は秋元康ジャニーズ支配して、当たるのは宝クジレベルの低確率

だったら歌のニーズがあるサブカルチャーに媚び売った方が当たる確率高いだろ?

みんな矢口真里といっしょ、金をもらうためならいくらでも迎合できる

2018-09-03

anond:20180903220008

メインカルチャー(英: main culture)とは、サブカルチャーと対比して用いられる語で、ある社会支配的な文化のこと。

文学美術演劇音楽など社会の(主流をなす構成員健全文化として受容するものである伝統的には大学学問対象として研究されたり、新聞雑誌などで論評の対象になるものであった。20世紀になって大衆文化が発達し、次第に映画テレビ番組ポピュラー音楽ビデオゲームなども文化として認められるようになった(メインカルチャー化)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/メインカルチャー

サブカルチャー領地はだいぶ狭まっているようだ。

大学学問対象として研究されたり、雑誌で論評の対象になるもの」であれば、マンガアニメゲームあたりは余裕でメインカルチャーだな。

サブカルクソ野郎

サブカルってのサブカルチャーの略。これを理解しろ

カルチャーじゃねえんだよ。サブでしかねえんだよ。何年経ったって恥の文化だってのを考えろ

サブカルチャーのミックスカルチャー?笑われてるだけなの気づけよ。保育園マクロス見るか?エヴァ見るか?見ねえし見させれねえだろ

一部のバカが楽しむ、それを楽しむのを継続する為に狂って楽しむ、それがサブカルチャーでしょ

大衆に媚びたり、大体的に言うもんじゃないの。受け入れられない文化、それを楽しむ高二病でないとサブカルがどんどんクソになる

一般人が知ってる知ってるなんてのはサブカルじゃねえし。ただの商売成功させただけなのよ

ドン引きされて、何がいいの?で口ごもってこそサブ。クラスの端っこが端っこのままで楽しむもの

ほんとにサブってんならもがいてろ。最上を見ろ、アレがサブだ

2018-09-01

サブカルが、サブカルの一環として政治意見してる

 ネット政治運動って、サブカルの一環として政治意見してるようなもんだよね。

 アレはラッパー相手MCバトルでdisってるようなもん。サブカル同士の罵りあいマウンティングの一環だよね。

 デモとか本当にサブカルがきつい。

 参加者を見ると、もう完全にサブカルご意見番だったりサブカルライターがわんさかいる。参加者の顔ぶれもそうだし、服装音楽シュプレヒコールに至るまで、すべてサブカル

 サブカルチャーの一環として政治ちょっかい出して、俺はわかってるやつなんだぞ、とポージングするのは90年代からずっとそうだったし、外国でもサブカルが妙なことを言い出すケースは多い。

 でも、結局、サブカル以上の立ち位置じゃない気がする。

 銭や仕事を引っ張ってくる政治とは一線を画す、自己表現としての政治発言パフォーマンスで、それ以上のものでは今のところない気がする。

2018-08-15

anond:20180815075003

うん、「サブカルチャー批評は、戻ってこないと思う。

 

東氏は、最近カメラタッチパネルのことを論じているが、物語ファンタジーではなく、半現実アーキテクチャみたいな世界観の論評は、「サブカルチャー批評現代版なのではないかと思われる。

深夜アニメの衰退とサブカルチャー語りの減少について

なんか、アニメ漫画ゲームサブカルチャーではもうなくなったせいなのか

それらのコンテンツを語る人間オタクという図式が消滅したのかもしれない。

オタクがいるコミュニティといえばニコニコ動画ではなくてTwitterだが、Twitter

話題の中心はソシャゲという状況が何年も続いている。

00年代にはサブカルチャー批評存在したが、その批評の中心人物であった東浩紀

宇野常寛アニメにもソシャゲにも興味が無い模様。

10年代を振り返ると00年代にあったアニメの大ヒットが減り、新しい批評家が生まれず、

現在サブカルチャーを語れる人間が現れなかったことになるのかもしれない。

10年代平成サブカルチャー正史は00年代の中心人物である東浩紀宇野常寛によって

書かれることになるのだろう。

2018-08-14

自己紹介ホームページ開設ブームなどを見ればわかるとおり、人間には、自己アピールしたい、「私」を語りたい、という欲求があるわけです。

しかし、それには他者とは違った才能が必要であり、そして才能を得るためには努力要求される。

飲み会で注目を集めるために「明日原爆を作って国会破壊する!」とブチあげても、それには、発言真実味を帯びるだけのリアリティ要求されますよね。

発言した人が理系人間であるとか、裏ルートに通じているとか。

ライセンスがいるわけです。

だったらライセンス要求されない……たとえば「明日パチンコに行く!」なんてことをアピールしてみる。

しかしこれはアピール度が低い。で、「自殺する」「手首を切ったことがある」というわけです。

自殺にはライセンスはいらないし、生き死にの話題なのでアピール度も高い。

このところ殺人死体写真などのサブカルチャーが幅を利かせているのも、競争相手の多いメインカルチャーのなかで浮上するのがしんどい、という側面があると思うんですよ。

スノーボードうまい私という個性自分特有のものとして確立するのは難しいけれど、死体写真を集めている変わった私という個性簡単に完成するわけです。

同じように、自殺したい・手首を切ったことがあるというのは、ゼロから生むことができる、安易かつ強力な武器であるわけです。

まあ、精神的とか経済的にネ、追い詰められて、真剣自殺を考えている人はいるわけなんで、あまり軽々しくは言えないんだけどネ。若いのがネ、死ぬとかナントカ言うのはネ、要するにネ、ボクラが若い頃、哲学政治にハマったのと同じですよ!

デカルト読んだり、共産主義を唱えたりね。

そういうのはね、多くにとっては、哲学する私・共産主義を信奉する私というインテリスタイルだったわけです。

ファッションですよ、ファッション

2018-08-09

Togetterの『アニメカテゴリがなくなったんだが・・・

おさがしのものは見つかりませんでしたって出た。

で調べたら『サブカルチャー』ってカテゴリに全部入れられてた。

以前よりも見辛く使い勝手が悪くなった。

新着と関連性の高いものアニメ以外のものが多くて何でアニメカテゴリを消したのか理解に苦しむ。

社員雪合戦なんかやってる場合じゃねえぞ!!!

2018-06-30

anond:20180630064134

は?階級社会的な縛りのない日本ハイカルチャーサブカルチャーを区切って分析する事に何の意味があるんだ?つか村上ハイカルチャーか?教養あるアッパークラスがこぞって賞賛してんのか?あれを?

2018-06-21

私は無言の文化の住人

ネットである記事を見てたら「無言の文化の住人は不誠実であり、駆逐されるべき存在」みたいに書かれていた。

かく言う私は無言の文化の住人である。でも、批判する人の言い分はわかる。1を知って10を知ることを他人要求するな。自分がやっていることは当然他人もやるべき、という仕事のやり方は間違っている。本当にその通りだと思うし、身につまされる。そうならないように努力はしたいと常々思っている。でも、心根までは変えられない。

無言の文化の住人というのは、才能ある人であれば芸術だったりサブカルチャーの分野で花開く可能性は大いにあると思う。ただ、現代的な経済活動の場に身を置くのであれば致命的に向いていない人材であろう。

なぜ私は無言の文化の住人になってしまったのだろう。もとを辿れば、やはり私が臆病で、卑怯性格からだろう。こちから口を出して、反発されたり、批判されるのが怖い。だから口をつぐむ。トラブルがあって責められたとしても、「だって私は◯◯してくれとか言ってないし」と、言い訳ができる。

日本人には特に無言の文化蔓延していると言われる。その背景には、日本人に、自己肯定感が低い人の割合が多いことがあるのではないかと思う。無言の文化駆逐するというのはすなわち日本人全体の自己肯定感を高めるということなのかもしれない。だとすれば大いに結構なことだし、応援したいという気にもなる。

それでも、今いる無言の住人が消えてなくなることは決してない。察してとは言わない。理解してくれとも。ただ、こういう人間も世の中にはいるってことは、たまに思い出してほしいとは思う。

読み直してて思ったけど、言語化文化の住人から見たら、こういうところが気持ち悪いんだろな〜、きっと。

2018-06-19

anond:20180619165036

サブカルチャーハイカルチャーが築いてきた基礎と教養がないと、結局コピペ付け焼き刃で終わる。

若いとき調子良かったのに、年取って行き詰まってるサブカル中年がそのあたりに

いくらでもいるでしょう。

2018-06-16

サブカルチャーにおける「愛国」的なもの立ち位置は「酔っぱらい」に似ている。

似ていた、と言うべきか。

右翼パロ」「愛国者を風刺」したと呼ばれるような昭和作品ネトサヨの言うように本当の意味で「愛国心を軽蔑していた」のかと言えばそれは違う。

多くの下戸でない漫画家自身体験を交えつつも「迷惑存在」として酔っぱらいキャラクター化してきたのと同様なゆるい共感がそこにはある。

 

男塾ガチネタか」と言われれば、それはガチでもありネタでもあったとしか言いようがない。

軍服着た教官戦車に乗って生徒を追い回す」のはネタであっても「日米対抗!太平洋戦争リベンジじゃあ」に一定ガチが含まれているのは疑いようがない。

昨今のウヨサヨ論は両陣営にこの程度の認識の柔軟さが欠如しているのが始末に負えない感じに繋がっている。

御霊」とかありがたがっても良いよ中二だもの。でもそれが集団ヒステリーに繋がってるカルト思想であることは認めようよ。

御霊」が危険なのはわかる。でも「自然愛国心とかあり得ないんじゃあ」は極論でしょ。

 

結局ウヨクサヨク共に、現代日本人を一番縛っているのは「酔っぱらってる本人は気持ちいいのわかるんだ。だからなんか憎めないんだ。でも迷惑なのは確かなんだよね」と自分の業を肯定することへの恐怖なのだよな、どうみても。

それが悪いものであると認めながら愛着告白することができない。

その恐怖の原因がネット社会情報洪水にあるのか、日本特有社会的窮屈さにあるのかは知らないけれど。

そこを克服しない限りは正気議論なんかできやしないよ。

俺はアニメゲーム漫画が好きだけど、それが街中にある必要はないと思う

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1237330

なんか、日本サブカルチャー批判されたから、みんなでフルボッコ状態だけど

アニメゲーム漫画キャラクターが街中にある必要はないし、景観にも悪いと

思う。文化理解できないのが悪いみたいなコメントがあるけど、アニメゲーム

漫画が嫌いな人もいるわけで、その人の意見尊重しないといけないでしょ

自分の家とか部屋で何やろうと勝手だけど、公共の場所ではそうはいかない。

2018-06-08

13年超推してきた推し一部報道が出た話

彼は私が初めて好きになったアイドルです。

中学生1年生のとき、初めて友達に見せてもらった、男性アイドルばかりを特集する雑誌に彼はいました。デビューしたばかりのそのグループで、1列に並んで、その端っこで、どこか所在なげに微笑む彼は、決して一番好みのタイプではありませんでした。

彼は歌もダンスも本当に下手くそで、どうしてアイドルになったの?と聞かずにはいられないほどの有様で、シングル曲でのポジションや、写真撮影はいつもグループの端っこです。歌番組ではトークを振られないことも、カメラに抜かれないことだってありました。

彼が、後輩たちがメインのライブ番組ゲストで出演し、番組のトリにソロ曲を歌ったときのあまりにまばらな拍手は今でも覚えてるし、なんならトラウマです。

その人はお芝居もヘタクソでした。たぶん、声が良くないのです。独特のしゃがれ声と、滑舌の悪さと、どこかしらの『振り切れてなさ』は、彼の演技を余計にヘタクソに見せました。

ところで、彼の所属していたグループは、元々9人組だったのですが、脱退や度重なるスキャンダルによって1人減り、また1人減り、さらに1人減って、ほんの2、3年のうちに6人組になってしまいました。

7人から6人になったとき人生で初めて、フライデー立ち読みしたのを覚えています。彼と一番仲のよかったメンバースキャンダルが、数ページに渡って特集されていました。

それからグループは約1年ほど活動を休止。復活できるのか、そのまま解散してしまうのか、全く定かではない状態でした。

その頃、彼が4番手ぐらいの役柄で出演していたドラマ番宣で出たバラエティにて、司会者に『どのグループ所属しているのか』を問われて、彼はキチンと、今は活動していないのに、そのグループ名を発言しました。これは私にとって感動的な出来事ひとつです。

彼のことが好きでよかったと思いました。

それから無事にそのグループは6人組として復活、リスタートにあたって発売されたシングル曲はとても素敵な、力強い曲で、初めて聞いたときには泣いてしまいました。

それから、彼はグループの中で、『いじられキャラ』というポジションを手に入れました。少し照れが消えたのか、お芝居もちょっとだけ上手になりました。

相変わらず歌とダンスはヘタクソでしたが、彼がコンサートで唄うソロ曲は、その大体を彼が作詞していていて、とてもいい曲が多かったです。どちらかといえばサブカルチャーじみていましたが、その頃、そういうものを受け入れやすい世の中になっていたことも、彼にとってはよかったのかもしれません。

それから、すごくカッコよくなりました。

ここまで言及しませんでしたが、彼はもう、とてもとてもカッコいいのです。くっきりはっきりした濃い顔立ちなのに、品があって、知的で涼やかで、男性的なのにどこか柔らかくて、そんなアンバランスなのにバランスのとれているその顔立ちはもう、奇跡的なのです。

あと言葉の使い方も好きでした。

彼がやっていたモバイルブログや、雑誌で始まった連載など、彼の書く文書キラキラしていて、瑞々しくて、アイドルらしくない彼だけど、こんなところはアイドルみたいなのかと思って、もっと好きになりました。

のちに、彼は小説家になります

そして、それはある日、突然のことでした。

上手くいっていると思っていた6人組が、あっさりと、4人組になってしまったのです。

いなくなった2人はどちらもグループ看板で、4人組となったそのグループは『イチゴのないショートケーキ』と言われていました。

で。

ここまで書くと、もうそグループがなんなのか。私の好きなアイドルが誰なのか。わかる方もいらっしゃると思います

どうか、よろしければ、そのグループがまだ好きな方は、これ以上読まないでください。


私がずっと好きだった彼は、4人組になったことで端っこだった立ち位置もどんどんセンターに近づいて、そうしていつしかアイドル作家という立ち位置確立しました。

アイドルも長く続けていれば、向いていないと思われていた人でも何者かになれるのだなあと、ぼんやり思った記憶があります

私は彼の、たぶん、賢いところが好きでした。

物事を見る角度だとか、言葉遣いだとか、その手ずから生み出される文章だとか。私は好きだった人に対して『頭が悪いな』と思った瞬間に一番幻滅してしまうので、ある意味では彼は、好きになるべくしてなったアイドルなのかなと思います

ちなみにいえば、そのグループも好きでした。イチゴのなくなったショートケーキに、またイチゴが乗ることはなかったけれど、フルーツタルトみたいな楽しさのあるグループでした。

でもね、今はもう、解散してほしい。

つい先日、彼のスキャンダルがすっぱ抜かれました。未成年女の子お酒を飲んだ、飲ませた、相手は成人済と言っていた、という、あまりにもありきたりな不祥事でした。

別に、もう、13年間も好きでいたら、女性と付き合ってるから嫌だとか、女性と遊んでいるから嫌だとか、そんな感情はありません。

そもそも彼はベッド写真流失という、スキャンダル威力としては今回の比じゃないものフライデーされたこだってあります

それはいい。それはいいのよ。女の子セックスしてるの大歓迎。好きにしてほしい。

でも、その、頭の悪さに、あまりにも辟易してしまいました。また、その現場には、メンバー4人中3人がいたといいます

「バレなきゃいい」。その通りだと思います

でも、普通の人より当たり前にバレやす立場であることを理解せず、社会人として、自分の関わるあらゆる機関に対して、あまりに無残なコンプライアンス意識のなさに、正直酷く落胆しました。

私は彼のことが、まだ好きです。

多分どれだけ落胆しようとも、きっとずっと、恐らく死ぬまで好きだし、そうじゃなくても、彼の誕生日は、きっと死ぬまで覚えてる。7/11が来るたびに、その日を特別な日だと思うことでしょう。

から、これはもう私の好き嫌い領分ですが、私の嫌いになってしまったグループと、嫌いになってしまった事務所を、もうやめてほしい。

彼のグループ特にリーダーには、度重なるスキャンダルがありました。公式ブログでの彼女との匂わせ、音声の流失、私の好きだったグループリーダーには、人望が枯渇しているようです。

そして今回のスキャンダル。今回、一番矢面に立っているのは、私の好きな彼ではなくてそのリーダーです。

まり学習能力がなくないですか。昨年彼女バレして、今回は違う女の子とのスキャンダル。一人の女の子相手にすら誠実になれないのかと思いました。もう、スーパー取材に行って、ジャガイモを見ながら「これはジャガイモですか?」と聞いたエピソードも笑えません。こわい。

リーダーよりスキャンダルが出ている、背の低い金髪の彼については、そのたびにきちんと釈明しているのでそれでいいです。推しでもないし、たぶん彼はそういうキャラクターなんでしょう。

ただ今回のスキャンダルで言われている『未成年女の子』の名前が、彼が以前騒がれたスキャンダルで出てきた名前と同じだというのは、そうして彼が今回無罪であるように扱われていることは、甚だ疑問ではあります


私が13年間好きだった、いやまだ好きな、大好きなアイドル

できることならば、もうグループも辞めて、事務所も辞めて、イケメン小説家として、小さなファンダム形成して、たまに小さな講演ホールファンミーティングしてくれたらそれが一番いいかなと思います

今朝、毎週金曜日に彼が出演している情報番組で、深々と頭を下げて、情けない言葉を並べながら謝っている彼を見て、うっかり泣いてしまいました。

嫌いになれたらいいのにね。

2018-06-05

https://anond.hatelabo.jp/20180603002757

×消費者が求めているアニメが作れていない。需要がある。

○景気がよくなるなどしてアニメから離れる人が増えた。そもそも需要がない。

だいたいサブカルチャーが認められ続けたのは1990年代2012年までず~っと不況所謂メイン界隈に力がなかったから。

メイン界隈が力をつけられている景気のよい今はサブカルチャーがあるいみ邪魔になっていて需要のものが減った。

カネの問題1960年代からずっと引きずっている話。

2018-06-02

サブカルクソ野朗/クソ女について考えた

当たり前だけど、音楽は音を聴くものだし、作曲者演奏者は、音に全身全霊を込めているだろう。

でも私たちは、たとえばB’zライブコンサート映像とか観て、「稲葉さんカッコいい〜!」とか思ったりする。視覚情報につられて、音まで数割増しで良く聴こえたりする。

もちろんこれは聴き手として悪いことではない。というか、自由だ。たとえば、稲葉さんをアイドルのように愛でようがその人の中で完結しているなら問題はない。

だが、他人に「楽しみ方」を強要するとなると話は変わる。

私は音楽聴くなら音をまず第一に楽しみたいと思う方だが、それを他人提案することはあっても、押しつけることはしたくない。(その二つが紙一重で、過去私も周りに嫌な思いをさせてしまっている…)

そもそも良いコンテンツほど、楽しみ方の幅は広く、そこに優劣は存在しない。

だが、優劣がないもの同士集まるとマウンティングしたくなるのも人間というもので、「自分(たち)の楽しみ方こそが至高」という考えを持つ層はいものだ。

そういう人たちのことを「サブカルクソ野朗/クソ女」と定義したいが、別にサブカルチャーに限った話でもないしちょっとズレてるか。

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