「にゆ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: にゆとは

2024-04-15

村上春樹騎士団長殺し

徐々にゆっくりと不幸になるって予言されていた

2024-04-13

anond:20240413210418

金子みすずとか親権取られて自殺したし、そもそも昔は親権といえば男親のものだった

トランス女性問題では女子トイレ更衣室についてよく危惧されるが、昔はそもそも女子トイレなんて存在しなかった

トイレは男女共同だから性犯罪嫌がらせが当たり前なので女は遠出はしなかった

古き良き時代にゆっくり戻っていってる

2024-04-12

二枚舌流録イッペイって、ギャン依存じゃなくてマネロンでは?

マネロン過程で払う手数料ギャンブル堂本取り分として払ってたというだけでは?

なんか本人は「俺は病気だ。金を失う快感にイキすぎてしまった」みたいにゆーとるが、お前が失ったのはモラルと信頼だけで金は失ってないだろ。

それとも大谷の金はお前の金なのか?

共同親権について

ネット上では議論が白熱しているが、感情的ものが多く見受けられる

反対している方の意見や、挙げられている海外での被害例はかなり極端なものが多いと感じており、

これを根拠議論をするべきではないのでは、というのが個人的意見

そもそも、この制度は「共同親権強制する」というものではなく、「共同親権という選択肢を作る」ものではないのか

しかに、「片方の親が拒否した場合裁判所親権を決める」という点は疑問が残る

しかし、よく考えてみればこれは現行の単独親権でも同様で、両親がそれぞれ親権を主張した場合、最終的な決定は裁判所にゆだねられる

このとき選択肢が、2択から3択に増えるだけである

養育費の面も問題として挙げられることが多いが、これはそもそも共同親権とは分けられて議論されるべきである

共同親権であろうと単独親権であろうと、別居親は養育費を支払う義務があり、それが支払われなければ司法行政が介入する必要がある

共同親権になったら別居親の収入も合算されて社会保障計算されるので子ども権利を阻害する、という反対意見には賛同できるが、

一方で同時に導入が議論されているはずの「法定養育費制度」にはほぼ触れていないのはアンフェアだと感じる

この「法定養育費制度」が適切に機能し、子どもが別居親の収入恩恵を十分に得られるのであれば、

社会保障計算に別居親の収入が合算されるのは大きな問題ではないと感じる

また、別居親による連れ去りや、それに伴う虐待被害などは、単独親権でも十分起こり得ることであり、

逆に共同親権が有無で急激に件数が増減する、という根拠はないと考えている

したがって、これを理由共同親権に反対する、という意見には賛同しかねる

私自身、両親が離婚しているのだが、そのときに母から言われたことがある

「お父さんとお母さんは夫婦ではなくなるけど、お父さんは一生あなたのお父さんだからね」

親権があろうとなかろうと、物心のついた子どもにとっては親は親なのだ

共同親権の考え方は、11歳で両親の離婚経験した私にとっては、自身感覚に沿った制度であり、頭ごなしに否定する必要性を感じないものである

最後に、この共同親権に反対する人々が、「夫からひどい扱いを受けて離婚して親権をとった(とりたい)母親視点しか立てていないことに関する問題提起をしておく

とくに幼い子ども場合離婚事由不倫など)が母親にあっても、親権母親になる可能性が非常に高い

母親再婚相手や、ひどい場合母親自身から虐待を受ける子どもにとって、共同親権制度が導入されることで、子どもを守る可能性が生まれ

離婚悪者父親とは限らない、ということは、もっと多くの人が認識するべきではないだろうか

タブレットプロキシ設定を適切に行うことで、Wi-Fi信号の受信が改善され、多くの利便性が向上しました。

今日オンラインでの業務のため、タブレットはお役御免。オフィス椅子にゆったりと座りながら、

コミュニケーション時間を楽しめるわけではないが、苦痛の度合い的にマシって感じでおられるでしょ。

2024-04-10

亀川千代さんへ

ゆらゆら帝国ライブを全国に見に行っていた。

「おっかけ」というとアイドルのようで違和感があるが,まあやっていたことはおっかけというのが一番早い。

当たり前だがアイドル的に好きだったわけではないので入り待ち出待ち差し入れなどは一切したことがない。

何故わざわざほぼ全公演行っていたかというと,亀川千代ベースが聴きたかたからだ。

ゆらゆら帝国については「昆虫ロック」のイメージしかなかったのだが,ある日たまたまタワレコで「ゆらゆら帝国のしびれ」の「ハラペコのガキの歌」を試聴して衝撃を受けた。

ライブに行ってみよう,と思った。

ライブで「恋がしたい」を聴いて,もっと正確に言うと「恋がしたい」の亀川千代ベースを聴いて,世界が変わった。

今までベースにそれほど心惹かれることはなかったが,亀川千代ベースはまるで歌っているみたいなベースだった。

こんなに豊かな音色ベースがあるのか,と思った。

最初関東の公演を全部行くくらいで済んでいたが,何回も行くうちに毎回ベースラインアレンジが違うので,もっと聴きたいという欲が収まらなくなった。

CDとほぼ変わらないときもあるのだが,亀川千代テンションによって時々驚くような神アレンジを聴かせてくれることがある。

もともとただ彼のベースを聴いているだけで幸せなのに,時に神のような音を聴かせてくれるので,それを聞き逃してはならないといつしか全国の公演に行くようになっていた。

とはいえ飛行機が苦手だったりお金に限りもあるので全て行けたわけではない。

でも,ある時期の彼らのライブはほぼ全て行っていたと思う。

基本的最前列亀川千代の前が定位置だった。

顔ファンだったわけではないが,ベースを弾くたたずまいがとても絵になる人だった。

直に鳴る音を聴いたり指遣いを見たりもしたかった。

モッシュとかダイヴとかしたいわけではないので最前でひたすら柵にしがみついて亀川千代凝視していた女は私だ。


それから何年も経った。

私は就職したり結婚したりそれに伴って転居したり出産したりしてそんな生活はできなくなってしまった。

そのうちにゆゆら帝国が解散した。

亀川千代ベースが好きだったので,石原さんとやっていたSTARSもよく見に行ってはいたが,ゆらゆら帝国解散したことで私の中で一区切りがついた。

正直言うとここ数年ゆらゆら帝国CDを家で聴いたりすることもなかったし,

坂本慎太郎ソロ別にいかけていなかった。

ゆらゆら帝国を思い出したりもしなくなった。

音楽自体そもそもロックを聴かなくなり新しい音楽も探さなくなり今はクラシック音楽ばかり聴く生活をしている。

しかし,昨日の深夜訃報を目にして自分でも驚くほど泣いてしまった。

私の中に亀川千代への思いは大切にしまわれていて,私の一部としてちゃんと残っていた,そのことに驚いた。

発光体のソロラメパンよりも,亀川千代ベースを堪能するなら私は「星になれた」を挙げたい。

本当に久しぶりに聴いたのだが今でも全部歌えることに驚いた。

どうかこのライブ版「星になれた」のベースラインを追って聴いてほしい。

https://youtu.be/GpIMc_7-BgM?si=z_AktwCgF7EhIiWQ

本当に豊かな音色ベースである

ラストベースソロ,本当に素晴らしい。まるで歌っているみたいなベースだ。

今も聴きながら泣いている。

ライブで「星になれた」をやってくれた日は本当にうれしかったな。

千代さん,星になったのかな。

「もう触れはしないような,だけど今も側で羽を磨いているような」星に。

安らかにお眠りください。

ありがとう

2024-04-07

春休みなので妹に会ってきた

妹は今大学生で、都内一人暮らしをしている。

俺は社会人二年目で未だに実家暮らし

もう既に子供部屋おじさんと呼べるのかもしれない。

数日前。久しぶりに妹から電話があった。

妹と話をしているとなんだか懐かしくなって、会いたくなったんだ。

それで今度の土日、遊びに行っていい?と聞くと妹は二つ返事で了承した。

当日。俺は寝坊してしまって家を出るのが遅れた。

から妹のマンションに着くと既に夕方で、妹は苦笑するように笑って俺を出迎えた。

リビングは清潔で掃除が行き届いており、実家の部屋とは大違いだった。

妹は料理テーブルに広げ、すべて手作りだというので俺は驚いた。

実家にいるときには全然料理なんてしなかったのに。

独り暮らしをするようになって、自然とできるようになったのだと妹は言う。

身バレを防ぐために料理の詳細は伏せるけれど、どれも美味しかったのは確かだ。

そして一緒に晩酌した。妹は21になったばかりだった。

妹は正月にも帰っては来なかった。

こうやって一緒にお酒を飲むのは初めてだった。

それからはお互いの近況なんかを話したり。

毎日楽しいよ」と妹は笑って言い、それを聞いて俺は安心した。

次第に夜も更けてくるとそろそろ寝ようかという話になり、その前にお風呂に入ってくると妹。

先にいい?と聞くので俺は首肯し、周りに目をやりぼぉーっと待っていると妹が風呂から出てきた。

ラフな白シャツに丈がごく短いショートパンツという格好で、「あーいいお湯だった」と言いながら俺の隣に座る。

いい匂いがした。

前より、胸が大きくなっているように見えた。

妹のこういった姿はこれまで何百回と目にしてきた格好だった。

しかしここは実家ではない。

その事実が、見慣れないこの周りの光景と酔いが俺を惑わせたのだと思う。

かに勃起し、それを隠すように立ち上がるとトイレへ向かった。

それから風呂に入ると妙に緊張した。

風呂から出るとお茶を飲みながら軽く談笑し、それから寝ることにした。

妹は寝室で、俺はリビングで。

予備の布団と毛布で床に着き、それでもなかなか寝付けなかった。

眠れないまま刻々と時間が過ぎていき、すると足音が聞こえた。ひたひたと、ゆっくりリビングの方へと向かってくる足音が。

足音リビングに入るとそこで止まり、俺は目を開けなかった。

次第に、すすり泣く声が聞こえてきた。

その声を聞いて、俺は昔を思い出した。

中学の頃、妹は俺の部屋に入ってくると戸口でいきなり泣き出すことがあった。

妹を宥め、理由を尋ねると、たいていは大したことではなく、友達喧嘩したとか、テストの点が凄く悪かったとか、そういう類のことが原因だった。

そういう行為は妹が高校生になってからもたまにあり、妹は俺の部屋に入ると突然泣き出すことがあった。

俺は妹の悩みを親身になって聞き、アドバイスをして、協力することもあった。

悩みが解決すると「ありがとう、お兄ちゃん」と妹は小さな子供みたいな笑顔で俺に言う。

その顔が、俺は大好きだった。

頼ってくれることも正直嬉しかった。

寝たふりを続け、すすり泣く声を聞きながら俺は当時のことを思い出していた。

泣いているのはきっと妹だ。それでも俺は目を開けない。

妹はもう21だ。子供じゃない。

俺は寝返りを打つ振りをして背を向けた。

すすり泣く声はしばらく続き、それから諦めたようにゆっくり遠のいていく足音を聞いた。

翌日。もう朝だよと妹にたたき起こされるとパンを焼くいい匂い

既に朝食は出来ていて、手作りの朝食もまた美味しく、妹はご機嫌だ。

昨夜は何もなかったかのように。

食べながら「今日はどうするの?」と聞かれ、どうしようかなと言うと「せっかくなんだし観光していけば?」と妹。

でも一人で回るのもなぁ、そうつぶやくと「私も一緒に行くよ?」と言ってくれた。

俺はインドア派で出不精なこともあって、なにかイベントないと遠出することはあまりない。

そう言う意味では今回はいい機会だし、じゃあ頼むよと俺は妹にお願いした。

妹は満面の笑みを見せた。

テレビSNSで見るような場所を二人で回り、妹は楽しそうだった。

大学には友達がたくさんいて、毎日とても忙しくて、とっても楽しいのだと、妹は口癖のように言っていた。

観光地巡りは最終的に妹に振り回されるような形となって時間が遅くなり、結局その日も泊まっていくことになった。

その夜、俺は妹と結ばれた。

2024-04-06

歴史が後々定着したとき参照できるよう今のうちにここに記録させて

バブル期消費者物価が高騰し~←いえ、消費者物価全然高騰しませんでした


例えば上記のような嘘歴史の定着なんてバブル崩壊後たった10年そこらでも勘違いして言う人うじゃうじゃいたからもはや抗えない事象なのかもしれない。

俺にできることと言えばここに真実を書いて、後々やっぱり嘘歴史真実として定着したときこのエントリーを眺めて「ほら言ったろ、みんな過去を忘れる。バカ野郎どもめ」と溜飲を下げることくらいか

というわけで、後に嘘の歴史でっち上げられそうな気配がプンプン漂うことについて書き留めておく。


○少なくとも、夏の甲子園2回戦で大阪桐蔭を倒すまでは「斎藤佑樹」は全国の野球興味ない老若男女にまで当たり前に知られるような存在ではなかった

たかだか14年前の出来事なのに「お前何言ったんだ?斎藤佑樹春の甲子園の時点でもう日本で知らないやつはいいくらい有名だっただろ」なんて自信満々に言い返してくる人がいたので恐ろしくなってピックアップした

バブル崩壊にゆとり世代は何も関係がない。それどころかバブルの狂乱の記憶すらない。

※信じがたいことだがバブル世代団塊の世代勘違いして、「平成初期に入社したうちの会社団塊の世代ゴミ揃い」みたいに攻撃する人が結構いる。

団塊の世代バブル世代に負けないくらヘイトを集めてしまっている「ゆとり世代」も後々こんな調子で「ゆとり世代無能さがバブル崩壊とその後の失われた30年を招いた!」みたいに濡衣を着せられるのではないかと真面目に懸念している。

メジャーリーグプロ野球より低レベルだと本気で信じている人たちが2010年くらいまで当たり前に存在していた。

○「お客様神様論」、「激務薄給サビ残有給無消化などの強要違法でも悪いことじゃない」、「働かせていただいてるんだから〜」的な思想おかしいと言う人は電通事件が起こるまでは反社分子くらいに見なされてた。渡邉美樹的な社会人論を胸を張って述べる人がマジョリティだった。少なくとも「週5日出勤はそもそも多すぎる!」なんて言おうものならよっぽどへそ曲がりキチガイかくらいに思われてた。

○『行列のできる法律相談所』がスタートするくらいまでの島田紳助は「実力あるのに中堅便利屋扱いされている。評価が追いついてない」と嘆かれるような不遇の扱いをされていた。『行列のできる〜』以後のような"天才"、"豪腕"、"権力者"みたいな評価など一切されていなかった。千原ジュニア的なポジションだった。

松重豊は『孤独のグルメ』がきっかけで売れたわけではない。それより随分前から全国放送連続ドラマ出まくっていたし、知名度自体ブラッディ・マンデイ出た時点でもう巨人レギュラー選手くらいにはあった。

ちなみに遠藤憲一90年代半時点でドラマ映画まくりでめちゃくちゃ顔が売れてた

年収1000万に遠く及ばない庶民じゃ都心マンション城南エリア一戸建て新築でなんて到底買えない、という状況になったのはここ15年くらいでのこと。

信じられない人もいるだろうが、1986年には新宿御苑徒歩5分の単身者向け新築マンションは1600万円で買えた。

2000年には銀座駅徒歩圏内ファミリー向け新築タワマン8000万で買えた。

坂上忍1995年飲酒運転電柱に衝突し破壊パトカーから逃亡→カーチェイスの末逮捕というスキャンダルを起こしている。

2024-04-03

オートセーブを信じてみる増田須丸観て人士をブー世トー緒(回文

おはようございます

あのさ

銭湯の夢見たのよ。

銭湯に行く夢。

もう最近1年ぐらい行って足繁く通っていない感じかな?

そうインターネットサービスマップ最後訪問時期の季節を感じさせる記述があったの。

それが昨年の3月

それ以来行っていないから雄にゆうゆうと1年以上は銭湯行ってないと言うことで、

うそんなに空く?って思っちゃったわ。

一番近所のみかん花咲く丘公園前駅の商店街の便利で都合の良いところにあった銭湯廃業になってしまって。

あとは歩いて行ける距離のところはちょっと遠いけど足がしばらく向けてないわね。

やっぱり普通の日に行く際はどうしても行って帰ってきて2時間はかかんじゃない?

いやこれ1回タイムトライアル銭湯

行って帰ってくる時間を1時間半!

1時間ってなるとほんと銭湯飛び込み前転で入店してすぐに出て入ってって感じになっちゃうからね。

烏の行水も甚だしいわ。

それぐらいの時短を求める理由最近睡眠時間大切論があって、

やっぱり常日頃つねならむ6時間睡眠時間を確保しまくりまくりまくりすてぃーとなると、

23前後にはもう寝ちゃわないといけないのよ。

難しいわね時間的に。

それをトレードオフしてなにかを失えば何かを得ると考えたら。

それじゃーゲーム辞めて控えたら良いじゃん!って言う意見多数決でとったらそうやって議会は決まる少数派の意見無視みたいなことになっちゃうから

多数決って嫌いなのよね。

でその多数決で決めたとしても

私は夜どーせゲームやってんでしょ!って言われるもがな、

とくに平日は15分!と決めているのよ。

それで終わっちうからやってないのにも等しい値を叩き出しているのよ。

となると、

もうちょっと事務所からりだつして帰宅時間が早くなればなぁーなんて。

夢のまた夢努々しき夢見事なのよ。

あーもう足のむくみ全然解消しないのもあるし、

1回かーんと熱いお風呂でも使って一汗流したいところと思っているモヤモヤしている潜在意識があったのかも知れないわ。

からきっとそんな銭湯に行く夢なんて見るのよ。

とか何とか言っているうちにピンチ到来!

私早速もう朝ドラの『虎に翼』を1回分の録り溜めたものを随時背負うか鑑賞していくことを誓ったのにせっかく誓ったのに昨日すっかり見るのを忘れて

もうばたんきゅーと寝ちゃったのよ。

朝気付いたわ。

録ってることすら忘れている事態

餃子に羽』なら絶対に見逃さないけれど!

細腕女将盛町中華舞台にしたそんなドラマが観たいなぁ。

でもまだ1回だから取り返せるわよ!

こっから挽回

まだ4月の始まりだしこれからどんどん気合い入れて消化していけるようにするわ!

もうさー

ちょっと空き容量が空いたら、

いつも録らない番組とか録って結局忘れてまた見ないうちに消しちゃってって。

いい加減新しいハードディスクレコーダーを買いたいと思うけれどね。

でもこれ今までの録った録画の番組が見れなくなっちゃうので、

それも古い型のレコーダーだとそう言った番組の取り回しが絶望的なので悲しくなるわ。

結局人は時間債務に追われるって話しなのよ。

違う違うそうじゃなくって、

私は意を決して朝ドラは今回はリアルタイムで追い続けて録り溜めないというテーマの元に『虎に翼』はしっかりととりあえず義務的世間のなにかの話題に引っかかりそうなので観ることにしている山脈に向かってヤッホー!って叫ぶけど、

他の面白いバラエティもたまには観たいものよね。

でもこれ幸い。

ドラマはもっぱらもう4月になって朝ドラ以外の朝ドラは観ていないから、

そこでドラマに対して費やす時間朝ドラしかいか負担は少ない分まだマシよね。

私も1回次郎系ラーメンモヤシ増し増しラーメンってのを目にして食べてみて、

うわー!これが次郎系ラーメンインスパイヤ系なのね!って

もう私以外誰も今後言わなさそうなインスパイヤネクスト体験ハイタッチしたいの!

こつこつとこれは見続けていくしかないわ。

あとはもうレコーダーが壊れちゃったらそれまで

一切合切れいさっぱり録った番組もやむなく忘れてしまうことが出来るから

そんなことを言ったら言霊になるから言いたくないよなんて言わないよ絶対解かないし!

なんかさー

4月に入ってもパッと変化がないサイデリア!

サイゼリヤなんていつ行っても空席あんじゃん!って過信していたら

もうどこも満席しかたなく、

お腹が空いたまま帰路につくことにしたのよ。

街に出ると人が多くて慣れない土地のお店に行く混み具合も分からないし、

休憩ポイントは必ずチェックしてしっかりセーブできるようにしておきたいと思うけど

そんなことを言っていたら

オートセーブじゃん!って言われそうだけど

オートセーブされてるの分かっていてもメニューから開いて自らしっかりと手動セーブしないと気が済まない人っていない?

はいはいはいはいはい

それ私かも。

いやオートセーブを信じていないわけではないのよ。

自分でもセーブしたいだけ。

きっとセーブ癖やつなのよ。

ごめん涙拭くね。

もっとオートセーブのこと信じることにする!

からスプラトゥーン3も

オートセーブしてるの分かっていても、

わざわざブキを変える画面を開いて意味もなくブキやギアを変更してオートセーブの発動するきっかけをあたえることをするの辞めるね!

もっとオートセーブのこと信じることにする!

うん!

そうするね!

からもうセーブしてってなんて言わないわ。

うふふ。


今日朝ご飯

最近お気に入りコーンポタージュスープ豆乳を入れるやつ。

私って猫舌じゃないですかーって知らないわよ!って言われそうだけど、

そうするとマイルド温度になってマイルドな味わいで飲み干すことが出来るわよ!

豆乳って偉大だわ!

もっと豆乳を信じてみることにする!

同時にシジミの力も!

飲み応えあるからそれだけでも朝ダッシュできるような元気が出るから

手軽で出来ちゃうからいいわよ。

コーンポタージュスープの偉大さも知る4月ね。

なんか新生活!って気がしない?

コーンポタージュスープって。

新しく買ったマグカップに新しく買ったティースプーン

コーンポタージュスープをお湯入れてそのティースプーンくるくる掻き混ぜてふーふーしながら飲むの!

川口春奈さんみたいじゃない?

新生活感みを感じるだわー!

感心しちゃうわ!

デトックスウォーター

ホッツルイボスティーウォーラー

夜飲んでも良いし朝飲んでも良いし、

これも便利なデトックスウォーラーに困ったらとりあえずホッツルイボスティーウォーラーってところが憎めないわ。

温めのお湯で作って仕上げれば、

今日もいい一日がスタートよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

anond:20240402234808

「それはいけないことだよ」「そんなことゆわれたら傷つくよ」と教えられなければわからない人はい

教えられなくても察して配慮できる人は賢いが、多分稀少存在

「Aを差別するのはいけないってゆってるくせに、B差別ダメってわからず平気でやるの?」

というのは揶揄混じりにゆわれがちではあるが、A差別に敏感でもB差別ガチマジで認知すらしてなかったってのはよくあると思う

そこから「すまんかった、次は気をつけるね」となるか「差別じゃないです」と反論するか「例え差別でもBを許容しない」と堂々宣言するか

ホモってゆわれたら傷つくんだね、じゃあゆわないよ」とゆう人を、ゆわなくなってから批判し続けるのはよろしくない

でも「今更改心しても当時お前に散々傷つけられたの許せない」とゆう権利もあるよね

難しい

2024-04-02

AIって錦の御旗、都合がいいよね

特に絵が下手なやつに

そういうやつは「お前の絵はAIで描いたろ!」って難癖つけられないし、「良い教師データ」として残されたりもしないか学習の影響もほぼないじゃん

AIに対してわりと防御力がある状態で、反AIって槍だけブンブン振ってられるの、楽しいよなそりゃ

しかもこの槍、企業お抱えのイラストレーターにも通用する攻撃力があるんだぜ?

安全圏でつええ槍ブンブン振って人を引きずり下ろすのが楽しいのは中世から歴史証明してんだよな

AI反対!AIイラスト使ってるやつは魔女狩りだ!燃やす楽しい

まともなやつは先鋭化してくの見て離れてくんだけど、本人は楽しいから知ったこっちゃないんだよな

まるっきり普段馬鹿にしてるフェミのそれで、見てるだけで悲しくなってくるからまた一人ブロックした

AI、反対するだけ無駄から今すぐやめてもっと建設的な使い方考えてくれ。頼む

お前がわめいても止まらないし、逆にお前が享受してるサービスにゆっくりと浸透していくんだ

お前が思ってもいない形で使われてて、しかもお前はそれをワー便利!って喜んで使うことになる

その傍らでAIにバチギレしてんの見てる方の身にもなってくれ。冷笑で済ますにも限度があるんだわ

絵を描いてる時点で実はAIイラストって技術を使いこなすアドバンテージ持ってるのに、それをドブに捨ててファンネルしてんじゃねえよ

今日久しぶりにゆっくりできる時間とれたか絶対何かしようと思ってたけど何にもしなかった

tverとABEMAで井口永野の出てる番組見ただけで終わった……

2024-03-31

生き物ってカワイイ方向に進化してるよな


最近思ったことがある。多くの生き物って、人間にとって見た目がいいように進化している気がする。

哺乳類とかだったら、人間にとって気持ち悪いやつはあまりいないだろう。爬虫類とか両生類とか、特に昆虫類だったら気持ち悪いやつがけっこういる。

今回思うところがあったから、4つほどエピソードを語らせてほしい。

1.アナグマ

 去年の秋頃だったか、近所の裏山に登って、入会地の傍にある栗林で農作業をしていたのだが、そこにひょこっとアナグマが現れたのだ。アナグマというのは……約10年前にやってた「のんのんびより」のEDだったかな。「あれってハクビシンとか、タヌキとか、アライグマとか、イタチですよ」とか、そういう歌詞があったのだが、だいたいそんな生き物だ。

 アナグマイタチ科の動物で、体長1m未満のずんぐりしたイタチみたいなやつだ。顔はハクビシンに似ている。※ようつべ検索するとすぐに出てくる。

 で、そのアナグマだが、栗林で農作業をしていた私の方に寄ってきたのだ。まだ若そうな個体だった。当方だが、農業林業はこれでも10年以上やっている。これまで、数多くのイタチキツネアライグマその他の小動物が箱わなに引っかかり、漁師地元住民殺処分されるところを見てきた。

 正直、あまりいい印象はなかったが、半径数メートル以内まで寄ってきたところで、「けっこうかわいいな」という印象が支配するようになっていた。このあたりにはアナグマが少ないのもある。あと、私が育ててるのは栗だから、こいつらには盗まれんだろうという感覚もあった。

 そういえば、小学校高学年だった姪っ子が、同じようなシチュエーション農地の中)で、狸っぽい生き物にポテトチップスコンビニホットスナック(ファミチキ)をあげていたのを思いだした。あれは遠目からだったが、やはりずんぐりした見た目だった。

 結局、栗林に来たアナグマは、その辺りをちょっと掘り返しただけで山の中に帰っていった。もう二度と出会うことはないだろう。例えばもし、私が育てているのがイチゴだったとしたら、確実にその場でクワなんかを握りしめて、ヤツを叩き殺そうとしていただろう。

 実際、うちの畑でサルを見かけた時は、全力で追い払うようにしているし、タヌキやアライグマだったら石を放り投げてぶつけた後、スコップで殴り殺したこともある。蛇とかだったら、毎年20匹以上は駆除してる。長靴で踏んづけて、もう片方の足裏で頭を叩き潰すのだ。ジャンボタニシだったら、毎年夏になると百匹以上は生き埋めにしてる。イノシシは……あれはプロの量子さんの領域である農家は手を出さない。

 私はこれでも専業農家である。大切に育てた農作物を捕る生き物は憎くてしょうがない(人間まで含めて)。蛇足になるが、農業従事者は漁師率がけっこう高い。昔の農家は、田植え稲刈りの時期を除いては、鶏を育てたり、山に入って鳥獣を捕っていた。今でも、狩猟免許がある人もない人も、山でイノシシとか鹿とかを捕って食料にしている例はある。

 私の祖父もそんなだった。私がまだ小学生の頃に、鶏小屋キツネかタヌキかアライグマかはわからないが、そういうのに襲われてしまった。非金属ネット小屋だったから、鶏が何匹かやられてしまっていた。祖父は悔しそうな顔をしていた。

 或る夜に、実家で夕食を食べていると、鶏が騒いでいる声が聞こえた。祖父と親父はすぐに実家を飛び出して、鶏小屋に行くと、キツネのようなものが鶏小屋ネットを破ろうとしていた。なぜか、祖父よりも自分と父の方が早く鶏小屋に着いていたっけ。

 後ろでカチャッ、という音が聞こえた。祖父が目の前に出てきたと思ったら、パアンッ!! という音が聞こえた。※祖父散弾銃を撃ってた。

 キツネのようなものは、その場で転がって痙攣しながら逃げようとしていた。親父が、祖父に鍬を手渡していた。それで、祖父が走り出して、ほうほうの体で逃げるキツネに追いついて……後は、何度何度も鍬が振り下ろされた。ぐちゃ、べちゃという音が聞こえて、狐は何度か鳴き声をあげると……多分絶命したのだろう。※近づいてわかったが、縞々のしっぽだった。アライグマである

 祖父は「このバカタレが、バカタレがぁ、アアッ!!」って叫んでたっけ。愛鶏(?)を殺されたのがショックだったのだろう。とにかく狐に凄まじい恨みを持ってた。あの時の自分は、「すげー。銃かっこいい!! 撃たせて」って祖父にねだってたよ。それくらい衝撃的な体験だった。私にとってのエポックメイキングだった。

「なに、お前も撃ちたい? 大人になったら警察行って免許がとれるど!」

「じいちゃんは、警察に行って銃の免許もっとるん?」

「わしはもっとらん。ひいじいちゃんもっとった。でも、わしは撃てるけえええんよ」

「俺も撃ちたい」

「○○くんが撃ったらいけん。捕まるよ」

「じいちゃんは捕まらのん

「捕まらんよ。ハタチの頃からずっと漁をやっとる」

 平成初期の話である。当時はおおらかな時代だったのだ……。今だったら普通に逮捕される。絶対マネしないように。

 さしもの私も、祖父の遺品である銃剣類は所持しているが、自らの敷地内であっても使おうとは思わない。なにしろ狩猟免許もってないからな。ほかの地元民と同じく、鳥獣駆除行為はひっそりとやりたい。

 話があっちの方にいってしまったが、私は基本的に、うちの農地に入ってくる鳥獣類は殺そうとする。苦労して育てた農作物を食われるのは絶対に嫌であるしかし、たまに殺さない例もある。それが上の例でのアナグマだった。

 その状況で見逃したのは、なんとなくという理由が強い。農場内でメシを食ったばかりで、ゆっくりたかったのもある。しかし、珍しくこっちに寄ってくるアナグマが「かわいい」という感情もあったのだと思う。うちの地域では、アナグマが珍しかったのもあるかもしれない。しかし、不思議体験だった。

2.コガネムシ

 今度は市街地での話だ。

 まだ若いころ、農業者じゃなくてサラリーマンだった時代に、とある国道沿いの飲み屋街にいた。最初の一軒目を探していたのだ。ふわふわ路地をさまよいながら、国道に出たところで、そいつ出会った。

 歩道の上に、もぞもぞと動く物体があった。よく覗いてみると、コガネムシだった。背中の色が特殊で、なんとベージュだった。限りなく白に近い真珠色といってもいい。レア甲虫である。いとおかし!! いとおかし!!

 その真珠コガネムシは、あまり元気がなかった。しか車道に向かってもぞもぞと進んでいた。このままでは自動車に轢かれて死ぬだろう。ぐしゃ、という音がするのだろうな。昆虫類が車に轢かれると、意外と大きい音がする。

 私は、そいつの目の前に人差し指を延ばした。するとそいつは、六本の足でガシッと私の指を掴んで、勢いよく私の手を昇り始めた。

 土の中から出てきたばかりのカブトムシとまではいかないが、元気な様子で私の手指を昇っていた。そのまま徒歩で飲み屋街に移動して、レストラン沿いの並木を見つけた。おそらく欅だったろうか。樹の表面にコガネムシをくっつけると、また元気そうにどんどん昇って行った。

 どうしてあの時、コガネムシを助けてやったのだろう。そういえば、小学生の頃は甲虫が好きだったような気がする。懐かしい気持ちになった。

 今でも、夏場で路上に転がってるセミとか見つけると、拾って助けてやる。すぐ近くにあるクヌギコナラにくっつけてやる。

3.トカゲ

 これは私じゃなくて、息子の話だ。当時は小5だったかな。夏休みだった。

 ある日、家の庭の中にある小道(※田舎から家が大きい)で、息子が「トカゲ見つけた」と報告してきた。「捕まえたの?」と聞くと、「捕まえてない」と言う。

 現場に行ってみると、小道の上でトカゲが2匹、それぞれ離れたところに倒れていた。お腹を上に向けて。瀕死だった。おそらくだが、野猫にやられたのだろう。お腹に爪で引っかかれた跡があった。

 息子がそいつらを触ったところ、1匹だけはまだ息があった。残り1匹について、「よい旅を」と私がその場に埋めてやっていると、息子が生き残った方に落ち葉や土を被せてやっていた。どうやら、回復を待つつもりらしい。「これ、おうち」と言っていた。

 好きにさせるべきだと思った。息子に対して、「日光に当てないように木陰を作る」「できるだけ触らないように」「1日に1回は霧吹きで水をかけてやるように」「餌はやらなくていい」など最低限の指示をした。

 私はトカゲが1日以内に死ぬと思っていた。木の棒で突いても、片方の足が全く動いてなかったし、どう見ても虫の息だったからだ。早い話、移動能力を失っている。

 その日から、息子は毎日トカゲのところに足を運んでいたっけ。水やりは欠かさなかったし、日光を浴びて体がのけぞっていたりすると、木陰の位置を調整してやったりする。

 3日が経って、私が現場を見に行くと、どうやらまだ生きていた。土くれと落ち葉を払いのけると、少しだけ体が動いた。体にはまだヌメリが残っていた。片足だけを動かして、体をのけ反らせて私から逃れようとしていた。「シャー」みたいな感じで、口を開けてこちらを威嚇している。少し気の毒になって、植物用の霧吹きをしてやったのと、一応、ミルワームを顔の近くに寄せてやったが、無反応だった。やはり餌は不用のようだ。

 次の日だったか、息子が飛んできて、「トカゲが動かない」という。現場に行ってみると、そこには……「おうち」から出てきたところで静止しているトカゲの姿があった。口には小さいミミズのようなものが入っていた。目は閉じていた。

「餌をあげてしまったの?」

「うん。お腹すいてると思って」

「そうか。たぶん、びっくりして死んでしまったんだね」

「うん」

「……どう思った?」

「わかんない」

人間常識トカゲ常識は違ったのかもしれないね

「うん」

 そんなやり取りをしたかな。

 そのトカゲは、結局何時間たっても動かなかった。生命活動を停止したのだ……。推測だが、ミミズが喉に詰まって息ができなくなったのかもしれない。放っておいても、数日中には死んだだろうが。

 息子にとっては、トカゲがかわいかったのだろうと思う。私は、あまりそうは思わないが。大人になると、高速で動くトカゲちょっと苦手だ。だがまあ、カナヘビはまだかわいいと思える。トカゲと似ているが、比較するとあまり動かないのもある。

4.セミ

 先日、県道を車で運転していたところ、路側帯を走っていた自転車が急に停まった。その彼女アスファルトにゆっくりと降りて、自転車を端に寄せると、足先でなにかを小突いていた。

 ちょうど信号待ちになったので、その様子を眺めていると、どうやらそれはひっくり返ったセミのようだった。彼女が小突く度に、「ジジッ」という音でセミは鳴いていた。死んではいないようだ。

 その子は、セミに向かって指先を伸ばした。セミは指を樹木だと思ったのか、ホールドした。その子の指に乗ったセミは、一緒に自転車でまっすぐの方向に進んでいった。

 次の信号で、彼女に追いついた。自転車を降りて、民家の入り口に生えている樹にセミをくっつけようとしていた。指で押してやると、セミは樹にくっついて、もぞもぞと枝を張っていた。彼女セミちょっと撫でたかと思うと、また自転車に乗って県道を走り抜けていった……。

 一応、セミかわいい部類には入るのだろうか。丸っこい見た目だから好きな人いるかもしれない。当方はどちらともいえないが、今度セミがひっくり返っていたら、死んでいるか小突いて確認してみようか……と思った。新しい世界が開けるかもしれない。



話は長くなったが、結びにしよう。

大昔から、それこそ多くの生き物がいたのだろうが、人間にとってかわいくない種の生き物がどんどん淘汰されていった。それで、今みたいに哺乳類鳥類可愛いのばかりが残った。

それは、全然定かではない。でも、かわいい生き物はというと、殺される場面でも殺されないことがあったのではないか。大昔から。よって、醜い種に比べて生き残れる可能性が高かったのではないか。と、先日『利己的な遺伝子』を読み終えたばかりの私は感じた。

あなたはどうだろうか。生き物は、やっぱりカワイイ方が生き残れると思うだろうか。しかるに人間場合は、かわいげがあって、みんなに好かれる個体ほど早死にする傾向があるように思えるのだが。

2024-03-30

きっかけは名前も忘れた洋画ロードムービーからだった。

運転手の男はとろんと口を開け恍惚とした表情で運転し、助手席の女が男のソレをフェラしていた。

その光景が忘れられず、俺は心のどこかでずっとそのシーンを体験したいと思って生きてきた。

そして先日。俺は実際に体験した。

深夜の幹線道路走行車の数はまばらで、彼女には事前に話を通していた。

当初は断られるのではと思っていたが、実際に話してみると彼女は乗り気であった。

何だかおもしろそうじゃん、それに昔からやってみたかったんでしょ?と彼女は微笑み、俺は彼女感謝した。

月極の駐車場から車を出し、慣らし運転に少し走るときから既にドキドキしていた。

それから俺は助手席彼女一瞥し、互いに頷いた。

彼女は胸の膨らみが著しいニットを脱ぐと下には何も着けておらず、露になったたわわな乳房を目に俺はすぐさま勃起した。

彼女は笑って屈み込み、俺の下腹部身体を倒す。

俺は運転に集中した。

いよいよ幹線道路に合流すると彼女は二つに折った身体のまま俺のファスナーをゆっくり下ろす。

下は何も履いていない。屹立したそれが彼女の顔の前でおっ立ち、彼女はそれを右手で包み込むようにゆっくり握る。

かに上下しごきそれから口の中に入れる。

彼女フェラが上手かった。

快楽の渦がすぐに訪れ、俺の意識は僅かに飛びそうになる。

目の先には前方車両があり、信号機があった。

彼女は口の中で俺のソレを激しく愛撫した。

「あぁ……」と思わず声を上げてしまい、アクセルを踏みそうになる。

そのとき脳裡には幼少期の記憶、小中高の学生時代記憶が蘇り走馬灯のようなものを瞬くように垣間見た。

同時に、悦楽に溺れる自分と至極冷静に運転を行う自分存在を感じ、まるで二人の人間が同時にこの世界走行しているように感じられた。

それは未知の体験で、初体験だった。

俺は射精した。

信号ブレーキで止まり、ピントが合わず二重に重なっていた自己ひとつに収斂するような感覚

はっ…とした。

わず顔を下げると彼女は俺のソレから頭を離し、ごくんと喉元を揺らした。

彼女は素早く服を着て、姿勢よく助手席に座った。

俺たちは無言でそのまま走り続けた。そしてコンビニに寄った。

鮭とシーチキンおにぎりお茶を二本買って帰宅した。

2024-03-29

時間無駄遣いに無駄遣いを重ね

寝坊して13時とかに起床して、もう全てを諦めてメイクにゆっくりパックする時間

その場では開き直れるけど、後々になってメンタルにクるな~~~

2024-03-28

いかわ、ディズニー入国禁止!w

https://twitter.com/ikitete__ERA1__/status/1771805762794266941

ディズニーファンによってディズニー入国禁止されるちいかわ、かわいそうすぎて笑った

てかこの人のツイートみたらじょせさべ反対〜の人なのに、この無関係女性を殴りつけにゆく行動とどう整合性とってるんだろか

これに18000いいね!?と思ってどんなのがいいねしてるのか見たら似たようなじょせさべ問題の人けっこういてビビる

よるは7じにごはんをたべて

8じにおふろにはいって

9じにゆーちゅーぶをみて

10じになったらおふとんでおやすみなさいをして

あさの6時にめがさめる

これがにんげんのけんこうなせいかつのはずなのに

じょうしはどうしてかえらせてくれない

ふけんこうはいやだ!

やめてやるこんなしごと

2024-03-20

anond:20240320093951

海外旅行好きの女性って何か特徴ってあるのかな。

そういえば旅行好きにしばしばみられる行動として、訪問場所の事前チェックがある、とふと思った。

国内海外わずだし、男女問わずだけど。

旅行に行く前の準備行為として、絶対に逃すべきではない場所食べ物を入念にチェックする。

現地でセルフィを撮って、インスタなどSNSで送る、という行動がみられる。

最近では、インバウンド来日する外国人にとてもよくみられる光景だ。

映え写真をとっては、憧れのいかにもNIPPON!な光景に興奮して即座にSNSで送る。

旅行好きの人たちにみられるこれらの行動は、スタンプラリーとほぼ同じ意味を持つ。

日常との差異体験やよその世界ちょっとだけ繋がったりできたことの証明自己顕示が欲しいのだ。

その意味で、他の人のインスタと同じ構図で撮影することが現地に到達したこと証明するうえでとても重要

このような形で消費される、「日常では手に入らない新しい体験」は、要するに、「ごっこ」であり、エコツアーにしてもアグリツーリズムにしても何しても、

現地との関係性を一瞬だけ体感できる、という意味で、旅行者が憧れていた「日常との差異」や「関係性」を消費する行動なんだろうな。

さて、それが近年の傾向なのか?というと恐らくそうではなく、これは、かつての絵葉書を送るというスタイルから変化した形で、

東海道五十三次時代からそうであっただろうし、男女にも差がなく、古今東西それほど大きな違いはなさそうだ。

日常との差異を消費し、疑似的な関係性に癒されるというのは、昔からあったのだろう。

ところで、僕は男性で、わりと旅行好きというか、仕事柄、年がら年中、スーツケースをころがしている。

そんな男性立場からみて、女性のほうが傾向として強く、逆に男性に弱いことでひとつだけ思い当たることがある。

それは、旅先で一時的体験する関係性を、その後も持続させようとする傾向だ。

旅先で知り合った人とその後も連絡を取り合ったりとする傾向は女性のほうが強い気がする。


「おもいでぽろぽろ」というジブリ高畑勲監督映画(1991)がある。

都会育ちのOL女性田舎暮らしに憧れる、というところからスタートするこの物語は、農家体験をしてゆくうちに気持ちが変化し、

最終的に田舎暮らし決断するところで終わる。

この映画場合、旅先の地に女性を迎え入れる男性やその家族という存在があるが、

いろいろふりかえってみると、必ずしも現地にそのような迎え入れるひとや団体がなくとも、旅先で憧れた現地に、そのまま飛び込んでいく女性というのをしばしばきてきた。

アジアアフリカ中南米で。かつて、「なんでこんなところに日本人」という世界の片隅で暮らす日本人を紹介するテレビ番組があったが、その番組で紹介しているのも、若い女性の活動が目立っていたように思う。

「男女差」という視点で、いろいろ参考情報をみていくと、例えば

海外留学の男女比も女性のほうが10ポイントくらい高いのだそうだ。

また、男女管理職別で見ると、男性は自社内のキャリアアップ意向が高いのに対し、女性男性よりも転職でのキャリアアップ意向が高いのだという。

男性女性よりも保守的で、外に関心がない、という傾向はそこから見て取れるのだが、

だが!しかし、、、、

果たして、そんなふうに男女差を単純に断じていいのか?とも思う。

それでも確証はないけれども、これらの数字が出ている以上は、それにむすびつく何かしら男女差のような背景はありそうだ。

まずは、男女共同が叫ばれつつも今をもって日本男性社会であるという事実から出発してちょっと考えてみる。

突飛な発想かもしれないけど、1970年代初めごろの歌謡曲で「瀬戸の花嫁」という歌を思い出した。

瀬戸内海小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。

あなたの島へ お嫁にゆくの 若いと誰もが 心配するけれど 愛があるから 大丈夫なの」

当時、女性が他の家に嫁ぐということは、程度の差こそあれ、この歌が表現しているように、

ホームからアウェイに飛び出してゆくことであり、その後一生アウェイで暮らす覚悟必要だった。

ドラマおしん」(1983年)も思い出す。朝の連ドラとしては異例の一年間の長編ドラマとなった「おしん」。

そこでは、さらもっと幼少のころから嫁ぎ先へとひたすらアウェイ過酷人生が描かれ、しまいには終戦時に夫が自殺し、どん底な半生が半年くらい描かれている。物語の後半では、敗戦後、残された子供を抱えて女手ひとつ小売店を立ちあげ、自立してゆき、やがて息子へ引き継いでゆく姿が描かれ、多くの女性共感を呼んだ作品だった。

孫までいるおばあちゃんとなったおしんだったが、おしんドラマは、事業を引き継いだ息子が無謀な事業拡大を始めたことで経営リスクに直面し、育て方を間違えたと自信を喪失したおしん過去を振り返るために旅に出るというシーンから始まっている。一年近いドラマの終盤300話くらいから、その伏線を回収し始めるという、息の長いドラマで、橋田壽賀子、すげえという感じしかない。

アウェイ世界でたくましく生き抜くおしんとは対照的に、登場する男性はどいつもこいつもダメな男ばかり、というのも印象に残った。

「嫁ぎ」に象徴されるように、簡単に引き返せないような事柄に身を投じるエネルギー、勇敢さ、芯の強さは、男性社会のなかで女性文化的に育まれものなのかもしれない。

昨今では、結婚就職になぞらえる向きもあるけれど、かつての日本社会はいったん他の家、姑の支配下に入ったら最後、そんなに生易しい現実ではなかったはずだ。

男性は芯がないくせに保守的で臆病だからこそ外の世界渡り歩いていて、仮に失敗してもギリギリホームにもどってこれる、みたいに何か安全弁のようなもの男性社会のものがもっていた。ふるさと家業を継ぐなんて選択肢が30代くらいの人生の岐路に用意されているとかね。

一方、女性は嫁ぐにしても出戻るにしても自分の居場所を確保するには厳しい世界

「嫁ぐ」という習慣、因習宿命からまれた、抑圧される女性の生きるエネルギーが、むしろ社会を変える力になってゆく。

これはなかなかパラドックスだと思った。

翻って、旅行好きの女性について思うことは、ホームグラウンドからアウェイ世界に飛び込むという意味

かつての日本によくみられた嫁ぐという宿命と旅は似たところがある。嫁ぐ行為が違うのは、それが片道切符であり、二度と戻れない覚悟必要だということだ。

若い女性にとって、日常空間から飛び出す、という旅行体験は、やがては「嫁ぐ」という運命現実世界で待ち構えていた時代には、疑似的に自分覚悟能力を試す場としてより大きな意味があったかもしれない。

嫁ぎ先である日本社会日本人男性漠然失望している場合

希望がもてなければ、いずれにしてもアウェイ世界で生きる宿命ならば、

いっそのこと、旅先の現地でとどまって残りの人生を過ごすことも選択肢としてはあり、くらいの感覚深層心理にあるのではないか妄想する。

一方で、男性のほうは、ホームグラウンドである故郷というもの概念として存在していた時代都市に何世代も定着した人口が急増したここ四半世紀より前の20世紀)は、旅というのは、違った意味を持っていたと思う。

かまやつひろしの歌で「どうにかなるさ」というフォークソングがある。

「見慣れた街の明り 行くなと呼ぶ」

この世界観は、瀬戸の花嫁のようなアウェイ世界で生きる覚悟は感じられない。アウェイでもどうにかなると思っているのだ。

なおかつ、ホームグラウンドを出て行ってもなお、温かい視線旅人である自分に向けてくれていると信じているのであり、「男はつらいよ」のフーテン寅さんとほぼ同じ世界観だ。

そういえば、寅さん映画も、旅先での関係性を持続できないということがひとつの大きなテーマになっていることに気がついた。


民俗学者宮本常一は、故郷を捨てて放浪する旅人考察した文章のなかで、そうした旅人

地元を去って放浪した末に、やがてひょっこりと故郷に戻ってきて、旅先で得た経験や新しい知識を広め、地域活性化寄与する機能果たしていたことを、

世間師という言葉表現した。そんなことも思い出した。

世間師というのは、故郷側の人間が出戻りの人間に対して名付けた呼び名で、一種の敬意が込められている。

嫁ぐということが待ち構えておらず、ゆくゆくは地域社会リーダーシップをとっていかなければならない男性潜在的意識として、旅は武者修行であったり、広く見聞を広め、世の中の解像度を上げるための行為だったのかもしれない。会社組織が全国各地の赴任経験を重視しているのも同じ価値観といえる。

かつて東南アジアへのセックスツアーなどがあったように、赴任先、旅先で恥をかき捨てるのも主に男性だ。

男の旅というのは、ちまちましたもの火遊びのようなもの。家から離れて外の空気を吸いたいというものだ。近所のスナックだったり、家庭が壊れないようにという不安があるからまり大きなことはできないが、脇が甘いから夫が捨てたラブホテルマッチを妻がゴミ箱から発見してしまう。やまだ紫の「しんきらり」という漫画では、そんな情景が描かれていたのを思い出した。

しかし、この四半世紀、女性社会進出や、結婚観は大きく様変わりし、嫁ぐということを前提としない将来像を女性模索する時代になった。

テレビドラマも、90年代以降、女性社会進出を反映して、トレンディドラマ代表されるように、キャリアウーマンがオシャレなレストラン食事する、みたいなシーンが増えた。

東京ラブストリーとか。憧れのロールモデルが描かれるようになったということだ。ドラマ世界にあこがれる、ということが90年代まではあり得た。

しかし、現実女性社会的地位はどうだったかというと、総合職課長以上に登れるのは一握りで、相変わらず賃金格差があり、お茶くみやらと男性社会における旧態依然とした女性役割押し付けられていたのが現実だ。その現実90年代ドラマショムニ」でよく表現されていたように思う。

しかし、時代は変わって、憧れの東京に向かって、急速に人が流入しつづける時代は終わりつつあり、受け入れるキャパもなくなってきた。

中長期的には東京一極集中トレンドは変わらないものの、それは不動産価格トレンドに連動したもので近隣県から流入が中心。一方で、田舎というベースをもち帰省必要な人というのは減っているのではないか首都圏の人は首都圏世代を重ねるし、地方の人は地方価値見出し仕事をみつけ、結婚し、次世代を育てる、という人口流動の安定期になってきたようにも思う。帰省という形でつながっていた地方ふるさとホーム)との関係が途切れてきているといってもいい。

そうなると、都会の人間地方に見出す価値というのものというのは、失われた関係性そのものに重きがおかれるようになるのは自然なことだ。

その結果、その後に続くドラマの傾向としてみても、女性理想像ではなく、もっと実態に即した現実を映し出す、自分探しのようなドラマが増えていったように思う。

一昨年のドラマファーストペンギン」とか「ユニコーンに乗って」なども、スタートアップ企業テーマ女性自画像模索した作品で、近年の傾向を象徴しているように思えた。

ファーストペンギン」のように地方移住テーマにした作品は、アウェイ環境女性ポテンシャルを試そうとするという意味では、「嫁ぎモデル」の延長線上にあるような気もするが、都会との関係性が交錯しながら物語が進むところに、考えるヒントを与えてくれるドラマではあった。


そんなことをおもった。そもそも旅行の話からはかなりズレてしまったけれど、女性が旅に何を見出しているのか、というのは女性人生観ということと絡めて考えてみると、興味深いテーマだとは思う。

とりとめもないメモです。

2024-03-19

ドンキの自社ブランドはやっぱりヤバい

生卵。。。賞味期限全然残ってるはずなのに、軒並み黄身がベッチャって潰れとるやんけ

ナッツの詰め合わせ。。。ほとんどくるみやないか

あとは増田連にゆずる

いいなと思うもの


水族館動物園で、説明文を読んで得たばかりの知識を、同行者になぜか少し得意げに披露している人の声を聞きながら、動物や魚を見ている瞬間

・いいパン屋でいい惣菜パンを買って、包み紙に油が染みているのを見たとき

・新しいゲーム機の初期設定をしているときの、焦れるようなワクワクするような感じ

ロイヤルホストなどのファミレス看板が、雲ひとつない青空をバックにゆっくり回転している

・22時22分

・式典のために用意された、デカい花瓶に入ったデカ生花の近くを通ったときに感じる、強い花匂い

12月の雨の日、降っているものあられが混じっていることに気がつく瞬間

・春先に飛んでるオレンジ色のチョウチョ(ツマグロヒョウモン!)

・夏場に美術館博物館に行ったときの、圧倒的な涼しさ(案外人は多くて、静かさはない)

自転車ネコの横を通り抜けるときネコが見せる、いつでも動けるように緊張した姿(実際には動かない)

波止場腰掛けときコンクリートの冷たさ、フナムシがそのへんをカサカサやっている感じ

トライアルで売ってる75円のイカフライ(チリ味)

・でかい交差点で、ピヨピヨいう音と一緒にみんなで歩き出す瞬間

・春〜夏の夜に窓を開けたときの、生ぬるい空気

・ひとりで無言で野良猫を構っている若いちゃん

バルセロナのムンジュイック城の中にあったアーチェリー場で、おっさんが矢を射ていたこ

・明らかに風が強い日の朝、起きた瞬間にそれがわかる

オクトパストラベラー2 面白い

バター醤油というもの(うまい)

・橋桁の下の、万年日陰という雰囲気

スーパーで買い物してる親子連れのガキンチョが、お気に入りらしい冷凍食品をねだっている声

地元ゆるキャラの2パターンくらいしかない画像酷使して作られた、コロナ対策ポスター

・明らかに古い形式で作られている個人サイトの「最近更新」欄を見たら、2023年とかの投稿があったとき

歩道橋で立ち止まって虹の写真を撮ってるおっさん

2024-03-18

anond:20240318104208

食べ放題の店にゆく。

心行くまで、上タンを堪能する。

こんなの許されるべきにきまってるやんか。

食べきれずに残したり、食べきれない分をテイクアウトしたら、流石にどうなのって思うけど。

2024-03-17

車いすを押してきた人間として、いま複雑な気持ちでいる

俺は、爺さんと親父と2人の車いすを押してきた人間として、映画館対応炎上している今の騒動を複雑な気持ちで見ている。

少し愚痴書き込みたい。

単純な話として、もし自分の働いているところにああい車いすユーザーが来たら、表面的な対応は別としても内心では腹が立つ。これはもうしょうがない。

クソみたいなクレーマーは多いし、ちょっとこっちが仏心を出すとそこにつけこむクソ客も多い。

とりあえず言ってみて通ればめっけもん、一度通ればそっからはソコを最低ラインとしてさらに言う、対応できなきゃ文句を言う。対応する側としてはクソ客以外の何物でもない。

ただ、そういう対応する側からすると速やかにおかえり願えないかなと思うようなゴリゴリ押してくる車いすユーザーが先陣を切ってくれなければ、変わらなかっただろうな、とも思う自分が居る。

爺さんの時は、俺も車いすを押したが、主に調べたのは親父やおふくろだった。

何を調べたか?外出する際のすべてだ。

移動手段から、途中の休憩所、行く店や行きたがりそうな店、レストラン喫茶店、経路上にある公園トイレに至るまで全部だ。

そんなん普通にしてれば良いじゃんって思うかもしれないけどそうじゃない。

車いすを押す側としては、車いすユーザーって言うのは、おおむね3つのパターンがある。

  • 支えられながらなら自分で立って数歩なら歩ける
  • 支えながらなら乗り換えできる
  • プロがいないと降りられない

爺さんは、2番目の支えられながらなら乗り換えできる、だった。いわゆる介助が入ればベットから車いすへ、車いすから椅子へ行けるってやつだ。

それでも、爺さんのころは相当面倒だった。

今回の件で多少は周知されたようで何よりだが、車いすにとって段差は割と致命的だ。

出張で使うようなキャリーケース、無理したら行けるような段差があると思う。アレが致命的なレベル

想像してほしいのは、女性だと両手で押して限界って感じの巨大なスーツケースだ。アレに近い。段差即詰んだって感じ。

それでも、先人のおかげで都内ならかなり自由がきいた。事前に連絡しておけばバスJR問題ないし、問題がある場合エレベーターが無いとか乗り換えが面倒とか)でも教えてもらえた。

店もまあまああったし、爺さんが好きな美術品なんかも、まあ結構柔軟に対応してもらえるところは多かった。やはり大手に限られるけど、飛行機もなんとかなった。

とはいえ、気苦労は多かった。昔の人に比べたら事前準備さえすればできることは格段に多いとはいえ家族としてはやはり一大イベントにならざるを得なかった。

これが、まあ平成後期や令和になってからの親父の時は、相当に楽になった。

例えば行きたい美術館が車いすOKって書いてあったら、特に調べず一発行ってみっかで行って詰むことはほぼ無くなった。

流石にバスタクシーの時は事前に確認の連絡を入れたが、親父の時は車のトランクに入る折り畳みの車いすを使っていたこともあり、何だったら普通タクシーでも捕まえれば乗れたりした。

JRなんか事前連絡なしで行っても対応してくれることが多かったように思う。爺さんの時には考えられないスムーズさで対応してもらえた。

チェーン店レストランなんかだと、よっぽどのことが無い限り車いすでも特に問題無く食事できるようになった。ホテルレストランだと親父の時に断られた記憶は一度もない。

からすりゃ面倒が増えたんだろうけど、こっちが事前連絡なしでいきなりいっても対応してくれる場所や店は相当多かった。

親父は最終的には3番の、車いすからプロに頼まないと(家族であっても)乗り換えできないようになった。

なんかゲーミングチェアーに自転車の小径車タイヤが付いた装甲車みたいなゴツイ車いすに、酸素ボンベと薬を積んで、きつかったらボタン押して薬が自動で入る、みたいな状態でも出かけた。

これは、相当に制限がかかる。移動はほぼ専門の介護タクシーを呼んでなんか自動エレベーターで後ろに積み込まれるみたいな状態でないと難しかった。

それでも、だ。

そんな折り畳み車いすの何倍もでかい状態であっても、結構場所には行けたし、なんだったらレストラン食事もできた。

まあ流石に予約するとき車いす結構デカめなんすけど、みたいな話はするが、サイズを伝えて問題になることはほぼなかった。

驚くなかれ、博物館美術館だと、事前に確認さえとっとき普通に行けることもあった(さすがに特別展かにはいかなかったが、常設展だと普通に行けることが多い。ただ流石にこれは個別調べてくれ)

で、こっからが本題だが。

くだんの映画館の件は、まああり得ないだろう。善意にフル乗っかりした上で、責任取れないんでムリっすって言われて逆ギレしてるようにしか見えない。

ただ、だ。

あいう、もークソ客きたよめんどくせぇなーと俺が思うようなユーザーがいないと、商業施設なんか一ミリたりともお金出して改善する気が無いのも確かだ。

いま、都内大手映画館で、車いす席がないシアターは無いと思う。これは俺からすれば画期的だ。正直な話親父とも何度か映画は観に行った。普通に行けたし苦労もなかった。

(まあ、さすがに初回は調べて問い合わせは入れるし、パンフを買う時に親父にはちょっと待っててもらって俺が並んで買ってくる、みたいなのはあったけど)

そしてたぶんだけど、ああいう(もし俺が対応するとしたら内心思う)しちめんどくさい客がいないと、車いすの客が使えるようなプレミアムシートとかアップグレードシートっては、未来永劫設置されない。

ギリギリまで車いすで移動して、あとは家族が介助してなんとか歩けて椅子に座れるって状態なら、飛行機ビジネスだって乗れるこのご時世に、映画館プレミアムシートはやたら階段を昇った先にしかない、とかは普通にある。

(ちなみに、探すと車いすギリギリまで移動して家族が介助すると座れるプレミアムなシートがある映画館存在はする。主にゆったりできるって理由階段で移動しなくて良い場所たまたま設置されているからだが)

この辺は、車いすユーザーを通常より優遇すると悪さする奴も出てくるんで、多少難しいところはあると思う。

海外なんかだと、車いすユーザー+介助者1名だけは別ルートで入れてくれるけど、それ以外の家族別に並べ、みたいなところは結構あった。まあこの経験は爺さんの時なんで今は違うかもしれんが。

そういう意味で、爺さんは海外では車いす特権じゃないがプレミアム体験を親父としてたりした(なんなら家族の俺もその恩恵にあずかることもあった)が、国内では優遇されてやっと普通と同じ、という感じではある。

複雑な気持ちなんでまとめようもないんだが、まあそういうことだ。

労働者としての俺は、ああいう客が来たらほんっと勘弁してほしいと思うし、心底はよ帰ってくれんかなーと思う。

また、将来的に車いすユーザーになる可能性が高いだろう俺は、車いすに余計なヘイトをかってくれるなよ、とも思う。

ただ、わがまま放題で主張しまくりで、いわゆる健常者が出来てるプレミアム体験を俺にも寄越せ!と叫ぶ先駆者がいてくれないと、変わんねえだろうな、とも思ってる。

まあそういう意味ではね、プレミアム車いす置き場と介助者シートを作って、倍の値段で予約してくれれば良い体験映画見れまっせってのは、都内ならたぶん予約途切れないと思うんスよ、どうスか?

くらいが関の山ではあるんだよね。実際、マジでめんどい客がいてくんないと世の中変わんないからなー

俺が今回の件で、自分の目の前に来たら正直クソ客帰れよと思ってしまうのと同じ心が、あんまり叩いてくれるなと強く思うのは、これって尊厳死消極的安楽死から一歩踏み出す時にすごく怖いからなんだよな。

いるじゃん。医療の補助なしで命が繋がらないならそりゃもう寿命なんだって言うヤツ。アレ嫌いなんだよね。爺さんも親父も医療の補助無しならもっと早くに何もできずに死んでた。

間違いなく爺さんも親父も、五体満足で生きてる人に比べれば、社会リソースに余分な負荷をかけていってみりゃ娯楽だの余生の楽しみだの、別に本人が望みさえしなきゃかけなくて良い負担社会に強いてたわけだよ。

でもよ、いやじゃん車いすになったとたんに、趣味だった美術館巡りがさ、常設展のこの区画ならお楽しみいただけますが、車いすの方はこちらの別館はちょっと……みたいな状態はさ。

そういう時にさ、なんだよ健常者様ならプレミアムなシートで映画見られんのに我々車いすユーザーは端っこで見ろってのか!って激昂する人が一定数いてくれるとさ、声上げてくれる人がいるとさ、助かるわけよ。

繰り返しになるけど、俺ですら目の前に来られたら嫌だよそんな客。でもさ、そういう人がいてくれるからこその、今、とも思うんだよね。複雑な気持ちよ。

----

(ココから追記

ただの愚痴を思ったより読んでもらってありがとう

少し話題が落ち着いてきたみたいなので、追記しておきます

X(旧Twitter)上で、車いすユーザー問題じゃない、いや障害者問題ですらない、彼女自身問題だ、みたいなポストを見ちゃって流石にちょっとそれはと思ったんで記録がてら追記しに来た。

まず想像してほしいんだけど、彼女が五体満足で「プレミアムなシートで映画見まーす。イエーイ」みたいな投稿するクソ陽キャだった場合なんだけど、炎上はしないと思うんだよね。

毎回プレミアム映画鑑賞かよクソが、と、俺は思うかもしれないけど、それぐらいなんだよね。

からこれはまごうことな車いすユーザー問題なわけよ。車いすのクソビッチプレミアムなシートで映画を見ることが出来ないという問題車いす専用スペースはあるけどプレミアムじゃない。

ほんで、あんま主張するのが得意じゃない車いすユーザーだった俺の親父とかは、映画スムーズに見られるだけで感動して、席次(?)に文句を言うようなことは無かったわけよ。実際ありがたかったし。

でもさあ、もしプレミアムなシートでも映画観られますよっていわれたら、そっち選んでたと思うわけよ。やっぱいい席で見て欲しいじゃん。

まあわかるのよ、まったく同じにはならんだろうってことは。俺だって普段労働者側じゃん。身内にいて苦労した経験があったとしても俺が対応するとしたらゲェって思うわけよ。

でもこれもさ、過去映画観るのは遊興なんだから車いすユーザーはそこまで求めるの贅沢じゃね?」みたいなのを乗り越えてきてくれた人がいたからこそ、スムーズに親父は映画を観られたわけよ。

だってさ、不要不急かつ生存必要なわけじゃないじゃん。代替手段として例えばいまならストリーミングサービスとかもあるわけだし。

でも、車いすユーザー映画館映画が見られる。どっかで引かれてたラインが、良い方に移動したわけよ。

で、こっから重要なんだけどさ、わかるよ、正しいルートで正しい手順を踏んで、ちゃんと段階を踏んで法律とか条令とか、企業努力に訴えかけたりメリットを訴えるって方法があるのは。

でもさ、ほんとは高校デビューしてアタシもビッチとして青春謳歌してみたかったなみたいな、世間一般で言うところの常識的車いすユーザーとかさ、その後ろにけっこうな数いるわけよ。いやすんごい良くなってるのよ世の中。

でも、車いすだっていうだけで、できないことがあるのは事実なのよ。正規の手順で正規ルートで訴えていくことが出来る中学生がいたとして、彼ら彼女らの青春が終わる前にプレミアムなシートで映画体験できるようになりますか?という。

から、俺個人としては止めて欲しい、もし自分が同じ立場だったら申し訳ないんですが車いす専用スペースで見てくださいプレミアムなシートは席のご用意が無いんですスミマセンスミマセン上に要望は上げるんで、という感じになると思うのよ。

それをぶっ飛ばして、いやプレミアムシートの下の段に自力スロープで上がるんで、介助者連れてくるんでええやん、みたいな人が居てくれるとさ、いやーそれはどうなんだろちょっとのもの相談しますね、みたいになると思うのよ。

それがさ、もしかすると、今回の件で、介助者がいて避難誘導時に介助者が誘導補助をするなら、通路に面したシートに普通に座っても良いですよ、となる可能だってあるわけじゃん。

その結果、車いすユーザーを含む高校生活を楽しむグループが、横一列で映画館映画を観ることが出来るかもしれない。そういうのがあると良いな、と思うわけよ。

あと見かけたのでは、リソースが有限だからっていう理屈。俺は嫌いだ。

健常者が普通に出来ることが、障碍者なんだから制限受けてん当然、みたいなの、俺は嫌なのよ。

災害時にリソースが足りないのはわかる。避難所では人工透析が出来ないです、インスリン注射補給できないです、車いすユーザー車いすを館内に入れないでください。ある程度制限がかかるのはしょうがない。

でもよう、労働者としての俺がさ、いやだってキミ英語中国語も喋れないじゃん、リソース有限なのよわかる?英語も喋れないようじゃ家は買えないよ常識的に考えてとか不動産から急に言われるのとか嫌だよ。

外部環境に左右されるリソースって単語で、日常生活制限かけられるのは、やっぱ嫌だよ。

車いすユーザーあんありがとうとか言わないよな、ありがとうっていうだけでそんな大変?ってのはなー

まれ育ちや頻度にもよるから何とも言えないんだけど、五体満足である俺ら側が許容してあげる度量は持ちたい。

俺は一回爺さんに言われてやってみたことがあるんだけど、右足と左足を動かすたびに、心の中でいいから右足と左足にありがとう、助かったよみたいに声をかけてあげるの一週間やってみてくれよ。

あ、いま右足で体重支えてくれてありがとう階段上ってくれてありがとう。止まれて助かったよ。ドア閉めてくれてありがとう、踏ん張ってくれて助かった、立ち上がってくれてありがとう靴下はくとき位置移動してくれてありがとう寝返り打てたよありがとう

俺は3日でギブアップ。確かにこの頻度や感覚ありがとうを言わないといけないんだぜって言われると、それはしんどい。だからしてもらって当然と無感覚なっちゃう人がいてもしょうがないと思う。

あ、見てて気の毒なくらいありがとう、ごめんなさいねっていう人もいるよ。それはいるって。

あと、俺の書き方に配慮が無かったって話(大意)。それは申し訳ないことをしたと思う。

例えば、そもそも配給会社に言うしかないタイプ障害を持ってる人がいるのも知ってはいたけど書かなかった。

その結果、心無い言葉に触れてしまった人がいたのはほんと申し訳なかった。

例えば、 映画みにいこ! ってサイトがある。

https://www.bfeiga.net/

視覚障害がある人が映画を観るときに使う音声ガイドがある映画とか、

聴覚障害がある人が映画を観るときに使う字幕メガネ貸し出しの映画館とか、

そういうのがある。

映画は何も晴眼者で健聴者であるものけが楽しむ娯楽じゃない。でもそこが十分にフォローされてるかっていうと、たぶんされてない。

そういう意味で、車いすユーザーはある程度わがままを言っても身の危険を感じることが少ないっていうのは、確かにそうかもしれない

最後になんだけど、俺はそういうクソ客はクソがと思うし、めんどいと思うし、俺の目の前に来たらやっぱ嫌だと思う。

あと、法律はそうなってないとか、車いすの作りがそうなってないとか、そういう対応コストがかかるとかも、わかる。

ハイ今はそういう意味じゃないしそうなってないでーす、バーカバーカじゃなくてさ、

じゃあそれは良い方に変わったら良いね、という風に思ってはくれないだろうか。

車いすユーザープレミアムシートで楽しめると良いね、ただクソビッチはむかつく、という風に分けて考えてくれないだろうか。

でもたぶん分けて考えるの難しいよなあとも思って、複雑な気持ちは今も変わらない。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん