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2017-12-17

人生をやり直す方法は35歳までに考えなければならないのでしょうか?

inoue311です。

世の中には人生をやり直す方法という話や本がたくさんあります

この手の内容はどちらかと言えば好きなのですが、人生をやり直すのに年齢は関係ありません。けれども、よく言われるのが人生をやり直すのは35歳までに考えなければならないということ。

なぜ35歳までなのかはよくわかりませんが、節目的に丁度いいのかもしれません。

私が考える人生をやり直す方法は以下の通り。


私が考える人生をやり直す方法




人生をやり直す方法といっても考え方は人それぞれ。

私が考える人生をやり直す方法といえば、やはり他人会社で働かないということ。他人会社で働くのがダメということではありません。

人生をやり直すためには人と同じようなことをしても変わらないということ。

その方法の1つに他人会社で働かないというのがありますあくまでもこれは私の考え方の1つに過ぎません。

人生をやり直すために私はこの方法手段に選びました。その結果、人生は良い方向へとやり直せることに。


なぜ人生をやり直すことができたのか?




他人会社で働かないと決めたからには、自分自身の力でお金を稼がなくてはなりません。

そのためにはどうすればいいのか。日々悩む日が続きましたが、考えた末に選択したのはネットお金を稼ぐ方法でした。

当時はネットお金を稼ぐとなると何やら胡散臭い感じがしたものネットお金を稼ぐといっても様々な方法があります

オークションサイトで売買をして稼ぐのもネットお金を稼ぐ方法ですし、このようにブログサイト作成して広告収入を得ることもネットお金を稼ぐ方法です。

私が選んだのは後者。だからといって誰もが稼げるという訳ではありません。私はたまたまこ方法が合っていただけ。

今では運が良かったとしか思えませんが、やはり人生を変えるためには行動が1番ですね。


人生を変えたいのならすぐに行動するべき




とにかく人生をやり直したい、変えたいと思うのなら今すぐに行動しましょう。

結果を恐れる必要はありません。失敗すればまた挑戦すればいいだけのこと。人生死ぬまで挑戦の繰り返しです。

私もネットで稼ぐことに少し躊躇している時期がありましたが、心の底から人生をやり直したかったので、ひたすら勉強しては行動に移しました。

もちろん、今でも勉強中の身ですが何かを変えるのなら、ちまちませずに大胆に行動することも時にはアリですね。


人生をやり直す方法は35歳までに考えなければならないのでしょうか?のまとめ




とにかく人生をやり直す方法年齢制限はないということ。

35歳という節目に限らず、生きている限り何度でもやり直せるチャンスは転がっています。後はやるかやらないかだけ。

行動しだいでドンドンと変わってきますし、行動しなければ現状維持どころか衰退していくのがオチ

そのようなつまらない人生を送らないためにも、今できることは一体何なのかを常に考えたいところ。

私も日々試行錯誤してはこれから人生について考えます性格的に考えることやこのように文章を書くことが好きなのですが、当たり前と思われていることから脱していきましょう。


人生をやり直すためにもこのような考え方は大切です。


人生をやり直したい人はブログを始めてみませんか?

2017-12-16

anond:20171216181808

少なくとも自分に関しては、シューティングは全面クリアしてもそれこそ飽きるまで何度でも何周でもやるけどな。スコアアタックとかそういうクリア後のやりこみ要素が無くても

「飽きた時が、貴方にとってそのゲームの本当のクリア意味します」と言われたら、はあ、って言うしか無いけど

2017-12-14

anond:20171213180022

何度でも書くぞ。刑事ドラマ男性犯人だったら男性差別か?女性だったら女性差別か?

そう思ってないなら、ただの演出過剰反応して被害妄想してるヒステリーしかいからな。

中2の娘よ、証明問題は捨てろ・・・

やる気になっている本人には言えない。

数学に関してはサボってきた娘なので、証明問題がそう簡単にできるようになるはずがない。

そもそも、中1の図形問題でひどい点数を取った後、数学をあきらめ、

中2の文字式、連立方程式で、数学嫌い人間が出来上がった。

それでも、何となく大学に行きたいと言うので、

何となくなら偏差値50以上の大学でないと学費は出さないぞと。

偏差値50以上の大学にいくには、この地域高校なら偏差値57、58ぐらいの高校に行かないとつらくなる。

が、今のままでは、高校入試数学20、30点しか取れないかもしれない。

ということで、入試時に50点は取れるように、

まずは中2の2学期末テストに向け、毎日10分程度の数学課題を出すことに。

10月中はひたすら計算問題やらせ連立方程式まではスラスラできるように。

11月からは1次関数を始め、毎日方眼紙グラフを書かせ、グラフを見ても抵抗感が無いところまでは持っていけた。

結果、2学期末テストは、平均点以上の点数をとることが出来たわけです。

そして、12月。今でも10分程度の課題はやってもらっているのですが、

どうしても学校の授業に沿った問題がやりたいらしく、証明問題にしてくれと言うのです。

聞くと、中学数学ちょっとした少人数制をとっているらしく、期末テストの結果から少し上のクラスになって、

本人は嬉しいのだけれど、ついていくのが大変だと。


しかし、1年生の時の図形を捨てた娘が、そう簡単証明問題が解けるはずが無いのです。

三角形内角の和が、180°だということも、スっぽ抜けてしまレベルなのだから

さらに、文章問題が苦手。国語はできるので読解力が無いわけではないのですが、とにかく問題文をテキトーに読む。

キトーなので、見当違いな計算を始めることもしばしば。

なので、1年生の文章問題、図形問題をさきにやり、3学期末テスト証明問題に向けてじっくり進めたいのですが、

数学の授業中の小テストが出来るようになりたいが先行しまっている状態



ここ数日、証明問題を出しては見ましたが、全く解答が進まない。見かねて、解答を穴埋め形式しましたが、それでも無理。

「わからなくなったら、何度でも問題文を読み返す」

これが、抵抗感なく出来るようにならないと、証明問題は無理なんじゃないかな。


そもそも高校入試数学で50点を目標にしているのだから

証明問題は捨てても良いのではと思うところもあったり・・・






「追記」

皆さん、いろいろなコメントありがとうございました。

ちょっと、思ったことを書いてみます

子供能力特に国語はできる」に引っかかっている人が多いのですが、その通りです。

文法的ものは、全然だめ。社会理科の暗記は得意なのだが、文法のように構造理解するのが苦手なようで。(地図の読めない典型的女性なので・・・。)

それと、出来なさ加減の脚色が強すぎましたね。明らかにやる気出ねーってときのを、さもベースであるかのように書いてしまいました。すみません

なので、本心で「捨てろ」なんて思っていませんよ。

それと、大学進学の話にもにょる人も多いようですが、私の考えは、なりたいものが無なら大学なんてどこでもいいと思うし、得意な科目で入れるところに入ればいいと。なりたいものがあるのなら行かなくてもいいとも思っている。まだ何になりたいとか決めてはいないようなので、(中2の思春期娘がクソ親父に話はずもないが)とりあえず、偏差値50以上の大学という目標を設定しているだけです。(親としては国立慶応早稲田に行ってたら嬉しいですよ。)

なので、勉強なんてやりたいと思ってからやればいいと思うし、子供も良い点数は取りたいのだから基本は言わないでも頑張っていますよ。

ただ、中学のうちに超不得意な科目は作らないほうがいいと思うのです。偏差値30〜40みたいな状態になってからでは、ちょっとのやる気じゃ復活は難しい。それこそ、なりたいものがあるとか、行きたい学校があるとかではないと難しいでしょう。

なので、偏差値50を下回りだした数学を少し引き上げておくという考えで、家庭学習ちょっと課題プラスしているだけです。

というか、ガッツリ勉強教える時間はないし、思春期娘が従うはずもない。それこそ、塾や家庭教師のほうが楽なのですが、まだ行きたくないそうです。

という状況で、まだしばらくは数学を見ようと思っていたので、塾の方のアドバイスは大変ありがたいです。自分のなかで、中2と中3の証明問題の違いをちゃんと把握していないく、ちょっと挫けていたことに反省しました。

ここで、つまずかなければ、中3はまた自分で頑張れるでしょう。たぶん。因数分解とか二次関数とか・・・。たぶんね。

2017-12-13

心の母校

先日、近所の大きな公園配偶者散歩しに行った。

その公園には、片隅に様々なバラを育てている一角があって、そこに品種を書いた小さい札が差してある。

ギガンティア」

その文字列を見た瞬間、頭の中は一気にあの学校薔薇の館に飛んだ。

山百合会だ。

クッキーか何かをいただきながら、紅茶を楽しんでいる。

そんな光景面子は初代。

多分、死ぬまで。何度でも

ギガンティア」って単語を見たらあの学校のこと、あの薔薇様がたのことを思い出すだろう。

自分が送ったわけじゃない学生生活だけど、まるで母校のように。

時間をかけて、ゆっくりと、あの薔薇の館の思い出は胸の中で結晶になっていたようだ。

心の中にしかないロザリオは、今でも「ごきげんよう」の挨拶を聞く。

2017-12-11

この大発見したけど論文が書けないってやつ前も来たけどフェードアウトしたやつだよな

ここって過去ログ漁るのが面倒臭いから同じネタ何度でも盛り上がれるのがエコっぽい

入れ替え制導入前、「流し込み」時代映画館

(流し込みとは、“一度入場すれば、途中退出しない限り、最終回の上映終了まで、何度でも鑑賞可能”という今じゃ考えられない制度のこと)

30数年前母に連れられて映画館に行った。俺にとってそれが初めての映画だった。時間など調べる人ではないものから、到着は上映から30分は過ぎていただろうか。上映途中にも臆せずずんずん入る母。親の言うことは絶対だったから続いて席につく俺。見たいと言ったわけでもない映画を、ストーリーもわからぬままぼーっと見る俺。映画はよくわからないまま終わる。当然のように母はその席についたまま次の回の上映を待つ。そういうものかと思うほかない。俺は映画をはじめから見ることになる。なんとなく話に入れてきたかなというころ、入場時に流れていた場面まで進んだあたりで、「もうここからは見たんだから帰るよ」と母。そして本当に連れ出された。大人とはなんということをするのかと思った。

初めて見たこ映画の内容はまるで覚えていない。ただ、どのような状況で見たのかははっきりと覚えている。

(19:07追記)これを書いて少し吹っ切れたこともあって母に電話した。30数年前のこの出来事を母も覚えていて、「昔は途中で抜ける人も多かったのよ、あのときはごめんね」と。積年のもやもやした気持ち昇華できたように思う。母が生きている間に話せて本当に良かった。

anond:20171211044618

2017-12-10

心の無い謝罪程罪深い物はない

あいつらは何が問題理解してないか何度でも繰り返す。

お世話になった施設施設長さんが亡くなられたらしいと聞いた。施設、というのは、私にとっては児童養護施設である

私は養子で、生まれてすぐ施設に預けられ幼稚園児のとき養親のもとに引き取られた。施設では主に児童指導員のお世話になっており施設長と特別何かした思い出があるわけではない。けれどとても穏やかそうで優しそうな施設長が施設長としていてくれただけで安心感があって、養子縁組後に施設を訪れて施設長の顔を見たときに、私には言葉表現し得ないような嬉しさを感じた。私はたくさんの子どもたちの中で施設長の話を聞いたりするだけだったが、少しだけ、父親に抱くような尊敬を持っていたのかもしれない。

私は現在18歳で、学校に通っていれば高校3年生だ。中学校不登校になったり受かった公立高校をすぐにやめたり、挙句高認を受けて合格したうえ大学に進学したいと考えている甘っちょろい受験生である

今回施設長の訃報を聞いて、当時幼稚園児の私の朧げな記憶から同級生のことを思い出した。

生活を共にしていた同い年の子どもたちの中で、里子にも養子にも行けなかった子どもは、当然ながら存在する。彼らも私と同じように18歳になっており、そしてこういった児童養護施設では原則として18歳までしかいられない。

大学に進学するにも、就職するにも、携帯契約するにも、何をするにも不便だ。お金も、学歴も、保証人も、何もない。遠い大学に受かれば下宿するのだろうという程度で不安になっていた自分がこれ以上ないほど情けなく思えてきた。なにせ私には、養親の稼いだお金と、学費の高い私立でも大学に進めと言ってくれる環境と、養親保護保証がある。たった1人で、10代で本当に自立して生活しなければならない彼らと比べられるわけがない。

私は自分のことが嫌いだから、もしあのとき養親が選んだのが私でなくて彼らのうちの誰かだったらよかったのに、と未だに何度でも思う。

仲の良かった彼や彼女はいま、どんな選択をしようとしているのだろう。私よりもひどく現実的であまりにも地に足がつきすぎた選択をせざるを得ないのだろうか。実際に彼らに何かを聞いたりしたわけではないから、あくまで私がそんな状況だったらという想像に過ぎないが……、当時は皆同じような境遇だったはずなのに、養親というたった一つの違いだけでこんなにも進路というものへの意欲、というか、進路を死活的に捉えるようになる、のだなと思った。

2017-12-07

anond:20171206092117

政府主体ビッグサイエンスをやるのは良いけど、その予算の巨額さに見合った客観的かつ精密な事後評価をやってこなかった。

失敗が失敗として許されずそれを隠すためならウソも許容される政府の体質と、未踏真実に挑む科学本来とても相性が悪く、

それをカバーするために官僚思考完璧忖度できる科学者プロジェクトリーダーになる。文字通り政治家というやつだ。

それゆえ、あらゆるプロジェクトは内外からどんなにボロカスに叩かれても成功裏に終わったものとして報告される。

からプロジェクト間でノウハウ移転もなく何度でも似たような運営上の失敗が繰り返され、

ビッグサイエンス=ただの金食い虫となって業界全体を巻き込んで萎縮させる。

大学院重点化など、皮算用に頼った他の科学政策も同様。

やってやりっぱなし。誰も責任を取らない。というか無責任な人じゃないと務まらないシステムになってるのがダメ

俺は何度でも死ねって言うよ

嫌なら見に来るな

2017-12-04

車輪何度でも発明されるべきだろう

この記事が人気になっている。

京大ナンバーワン教官が教える「勉強することのホント意味」 これがミライの授業だ

http://news.livedoor.com/article/detail/13971240/

いろいろ異論があるのだけど、その中でも些細かもしれないがけっこう「ちがうだろ!」と強く思ったところ、ここ。

「昔、中国田舎に、数学がすごくできる中学生がいました。ある数学研究者がその子の才能を見抜いて、『君は都会の学校に行って、数学勉強をするべきだ』とアドバイスしました。しかし、その子の親は『うちで農業を手伝わせます』と進学を止めたのです。

何年かして研究者がその子に再会すると、彼はこう言いました。『先生、僕はすごい発見しました。この公式を使うと、あらゆる2次方程式が解けるんです』。彼が見せたのは、皆さんが中3で必ず習う『解の公式』でした」

生徒たちがどっと笑う。「ゼロから車輪を再発明する」ようなことは、時間無駄しかない。すでに解明されている真理や、かつての人々が見出した知見、発明された技術は、できるだけ効率的に学ぶことが、新しいものを生み出すためには必要なのだ



実はこの「解の方式の再発見」、自分中学生の時にやっている。学校の授業がさっぱりわからず、「けど、xに当てはまる数を出せばいいんだろ。絶対もっと楽な方法あるはずだから」と授業も聞かずに真剣に考えてたら、何か手応えのあるのが出てきた。何回使ってみても正解が出る。「オレって天才」と思って数日の間は得意の絶頂にいたんだけど、気がついたらそれって解の公式だったってオチ

でも、おかげで二次方程式が何なのかが理解できたんだから自分にとっては無意味とか時間のムダだとか、そんな訳は絶対にない。教師説明じゃわからなかったところを自分で導き出したのは、とことん貴重な経験だったと思ってる。

解の公式なんてのはしょせんは道具だ。道具としてみたときには、再発明するよりは既にそこにあるものを使ったほうが賢いだろう。再発明バカのやることだ。

けれど、重要なのは道具が必要なことに気づき、その道具を作り出すことができる能力だ。そういう立場からは、道具そのもの意味を見出すのはバカげている。

ここで笑った高校生たちは、そういうことを教えられずに育ってきたんだろうと思う。車輪何度でも発明していい。電話だって発明できたんだから

2017-11-27

anond:20171127180136

はだしのゲンでも踏まれても起き上がる麦であれと父親が言ってたし

何度でも愚直に凸撃を繰り返すのがあるべき日本男子じゃないの

2017-11-24

anond:20171124194629

叩くか叩かないかは単なる好悪だから全くダブスタでも何でもない。

別に嫌いじゃないから叩かない。ただそれだけだ。

変に政治的発言をしたり炎上案件で叩いている人達揶揄するなどの地雷を踏まなければ、これからも叩かれることはないだろう。

何度でも言うが叩くかは叩かないかは好悪なので、論理矛盾を攻めても誰の心にも響かないぞ。

anond:20171123082808

剣心の偉大さを何度でも語って遠回しに大した罪ではないと

そう世間アピールしないといけない

書類送検それがどうしたと目立つ場所漫画を読むのが表現自由を守ることにつながる

2017-11-22

ゲームにはまり損ねた私がゲーマーについて思うこと

むかし我が家ゲームに厳しくて、1日30分しかやってはいけなかった。1日30分というが、1セット10分を3回まで。

そんなんじゃゲームなんか進まないし、面白くない。

周りの友人がゲームボーイや64にはまっていた時期に、我が家にあったのはスーパーファミコンだけだった。

一番ゲームに興味があった小学生中学生のころをずっとその環境で過ごしたため、ゲームにハマり損ねたまま大きくなった気がする。

大きくなって、好きなだけゲームができるようになった時にはもう、ゲームを楽しめなくなっていた。

なんていうか、ゲームをしたいと思って、も楽しめるレベルにも達せないほど下手だから「もうゲームは見る専門でいいや」って感じ。

そんな私は元ゲーマーの夫と結婚した。

で、ゲームする夫を見たり、いろんな話を聞いて思うのは「ゲーマーすごい」ってこと。

その面をクリアするまで何度でも何度でもやり直す根気とか、何時間でもゲームをしている集中力とか、クリアに対する執着心とか、小さい頃から1つもゲーム最後までやりきったことのない私からすると、ものすごい尊敬する。

私だったら2回くらいうまくいかなければ「もういいや」って諦めちゃうし、そんなに集中力続かないし、忍耐力もない。

つのゲーム最後までやり切るだけでもすごいのに、2回も3回も同じゲーム最後までやる人もいるんでしょ?本当すごい。そのモチベーションはどこからくるんだろう。

最近ゲームはもう見ているだけでも、何がどう動いてるのか分からない。なのに、めまぐるしく動く画面で何が起きてるのか一瞬で把握して視点切り替えとかしながら、同時に超ボタンの多いコントローラーを使いこなして操作するとか本当職人みたいだと思う。心身ともにこんなにレベルの高いことをしているのだからゲーマーの潜在能力ってすごいと思う。

もし私が子供の頃にやりたいだけゲームができる環境にあったら、私もそういう能力を手に入れていたのだろうか。

それとも、もともと私の性格ゲームきじゃなかっただけなんだろうか。

香害被害者安易に無香料柔軟剤に飛びつかないように!

悲劇が起きないように何度でも言うよ。

すでに香害の被害に遭っていて、頭痛めまい鼻血などの症状がある人は、

安易に「無香料柔軟剤」に飛びついたらダメ

気がつかないうちに化学物質過敏症発症していたら、

かえって症状を悪化させてしまます

 

Twitterファブラッシュ」「さらさ」「ベビーファーファ

いきなり人気沸騰中だけれど、化学物質過敏症にとっては

これですら悪化の原因になります

さらさ」は、香料入っているから、すでに対象外

ベビーファーファは、カチオンの毒性が高い。(本当に赤ちゃん用なの?)

ファブラッシュは、エステル型ジアルキルアンモニウム塩がまだマシだけれど、

過敏症の人にはやっぱり危険です。

クエン酸グリセリン柔軟剤作れるのに…。

市販されている製品で選ぶなら「石けん屋さんが考えた衣類のリンス」を選ぶのをおすすめします。

もちろん小さいお子さんお持ちの方にもオススメ

でも、手作りの方が安上がりに済むと思うよ!(ミヨシ石鹸さんゴメン)

ちなみに手作り柔軟剤の作り方は

 

水: 200ml

クエン酸: 大さじ3

グリセリン: 大さじ2~3

 

これを混ぜるだけ。(よく精油入りレシピがあるけど、過敏症の人は精油も入れないで!)

 

うちのご近所は一時は香りつき柔軟剤流行ったけど、今はみんなこういうの使ってます

あるいは「柔軟剤なんて今まで使ったことない」って人もちらほらいます

うちも冬の静電気が酷い時期以外は使ってません。

ネット検索して、子供健康に悪いからと香りつき柔軟剤をやめた人もいます

それまで、そこの子供は落ち着きがなくて、近所でも話題問題児だったんだけど、

今はすっかり落ち着いて問題行動もなくなりました。

やっぱりイソシアネートが脳に作用するって本当だなと思います

  

こういう生活をしていると、世間ではせっせと有毒物質たっぷり柔軟剤

洗濯物を染みこませて使っているのが不思議だし、

あいうことをしていればアレルギー悪化するだろうなと思います

もちろん美容健康にも良くないしね。

私も、今は以前あった肌トラブルは全部なくなりました♪

anond:20171121102423

人生のすごいところは何度でもチャレンジできるところ。ゲームオーバーなんてない。

人生についてこういうとらえ方をしたことがなかったな~

とても感銘をうけた。ありがとう

2017-11-21

anond:20171121095552

社会復帰なんてする必要ない。散歩小説ブログ。それだけで充分。

俺も人と関わるのがしんどくて、うつ転職を繰り返してきたけれど、今、自宅で一人でウェブ関係仕事をしている。

大した知識もないけれど運良く軌道に乗っている。

誰に会うこともないけれど毎日が穏やかでそれなりに楽しい。人との繋がりなんてオンラインゲームで満たせる。

苦手を克服するより得意を伸ばしたほうがいいと思う。人生のすごいところは何度でもチャレンジできるところ。ゲームオーバーなんてない。

2017-11-13

anond:20171112215726

既にどこかの国が、一夫多妻制ではない。しかし、子供支援が手厚い。

そこバグをついて(?)、イケメンは、離婚結婚を繰り返すことが出来るので、何度でも結婚できるという状況になっているとかって話があったよーな。

https://togetter.com/li/1133988

2017-11-11

anond:20171111195043

諸説あるけど基本夫→妻だよね。絶縁状とかいわゆる三行半

離婚するときには結婚の時に嫁家から持ってきた財産を返さないといけないから、嫁から見捨てられるだらしない男ほど財産を返せなく書くのをしぶる。嫁が無理やり線を書かせることから三行半って言うようになったとかなんとか。だから三行半は突きつけるものじゃなくて無理やり書かせるものって話もあるけど。

というか多少気になってWikipedia見たら、なんやかんやで夫の好き勝手に出来る権利では無かったって書いてあるし。。。

嫁は財産があるから生活心配もいらないし、気に入らなかったらいつでも何度でも離婚するとかなんとか。

まぁ平等ではないか。同等の権利を持ってたって書いた方が近いか

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