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2017-07-17

字画判断は滅びろ

子供ができた。

まれるのはまだ先なので、夫婦間で名づけについてはまだ話し合っていない。

というか、お互い牽制しあっているといったほうが正しい気がする。

なぜなら、自分は「字画なんてまったくもって興味なし。好きな名前を付けたらいい。」という考えに対し、

相手は「字画重要。それに合わせて名前またはつかう漢字を考えるべき。」という考えだからだ。

以前、何気ない会話の中でこのお互いのスタンスを話した。

そのときまだ子供を作ろうとしていなかったので、気軽にこういう話ができた。

ただ、お互い「へーぇ」と言いながら、心の中では引っかかる部分があったんだろう。

その後もたまに話したが、「字画なんてどうでもいい」「いや、字画重要だ」の平行線だった。

でもそろそろこの問題に対して真面目に取り組まなくてはいけない。

あたりまえだけど、わざと悪い字画名前を付けたいわけじゃない。

付けたい名前字画が良ければそれで問題ない。

字画優先順位が下だってことだ。

そもそも字画概念は誰が言い出したのか、根拠は何なのか、まったくわからないのが気に食わない。

(私の調査不足かもしれないけど)

私の中では、血液型占いや、荒唐無稽新興宗教教義と同レベルだ。

字画の本とか、判定するwebサイトかいろいろあるけど、

どこぞのオッサン(おばさんかも、じいさんかも、ねーちゃんかもしれないが)の根拠もない戯言に

なぜ我が子の、大切な、一生を共にする名前ケチをつけられなきゃいけない?

親(自分たち)の考えより、見ず知らずの赤の他人の、根拠も何もない言葉のほうが大切なのか?

の子私たちの子だ。会ったこともない奴の謎理論がなぜ介入してくる。

昔は神社やお寺に行って名前をもらうこともあったとかいうのは知ってる。

だけどそれとこれとは別次元だ。

字画なんてただの画数だ。数字だ。

世の中には、字画妄信して、他人姓名判断までしてくる有難迷惑な奴がいるのもわかってる。

そういうやつに傷つけられないかだけが心配ではあるけれども。

ただ、相手気持ちわからんでもない。

何よりも大切な我が子だ。

理由があろうがなかろうが「悪い」より「良い」方が良いに決まってる。

それでも、何から何まで「最高」にはできないのだよ。

字画のために、読みを、漢字意味を、私たちの想いを犠牲にするのか?

私はそれが我慢ならない。

2017-07-05

まらないものをつまらないと言えない世界のはなし

アガルタがつまらなかった。

もちろん、面白かったひともいると思う。これはそういう人に向けて書いた文ではないので、引き返していただいたほうがいいと思う(と、予防線を張っておく)。

私はアガルタがつまらなくて、不快だった。この新宿ネタバレに溢れた話を、「新宿より先にやってもいい」と判断した運営には心底驚愕したし、はじめて運営意見フォームから意見を出した。ツイッターでも正直につまらなかったと言った。

しかし私がここで書きたいのは、アガルタのどこがどうつまらなくて、どこがどう不快だったかという話ではない。そういうのは書きつくされていると感じるし、それを書くためにアガルタを読み返すことすらしたくない。

私がしたいのは、アガルタ公開後にツイッターで湧いて出た『考察』についての話である

本編で提示されていない内容を元にした考察は全て妄想である、という話をしたいわけではない(その意見には全面的同意だけど、妄想してはいけないというわけではない。妄想であることを自覚して欲しいとは思うけれど)。

ただ、私が見かけた『考察』のうち、どうしても思うところがあるものが二つほど存在し、その二つがどうやら同じモノを発端として発生しているような気がしたので、ひとつの覚書としてこれを書いている。

先に言っておくと、「だからどうした」みたいな話だ。単なる思いつきのメモである。でもどうしても、それこそ「吐き出したく」なったので書く。

※あ、ここからアガルタの根幹に関するネタバレ存在するので、アガルタクリアのかたはご注意下さい。

====




というわけで、『考察』の話をしよう。

ひとつは、『アガルタ』のつまらなさ(『平坦さ』『薄っぺらさ』)はある程度意図されたものである、という『考察である

アガルタ』はすべて『不夜城キャスター』が紡いだ物語である。故にお伽噺のように平坦だし、寝物語のように淡々として、即興で紡いだがゆえにちぐはぐであり、ご都合主義がまかり通る。そういう意見である。これはかなりRTされていたように思うので、見かけた人も多いのではないだろうか。

この考察は『本編で提示されていない』とまでは言えない。『アガルタ』が不夜城キャスターの宝具によって紡がれた世界である、というのは、本編中で示唆されている内容だ。

「『アガルタ』は、(15節まで)不夜城キャスターが紡いだ『物語である。」

問題は、これがどうして「だからまらない」となるのか、という話である不夜城キャスターは千夜物語を紡いだ語り手だ。「つまらない」話など紡いだらその場で殺される、そういう状況で語り続けた語り手なのだ。その彼女が紡いだ物語が「つまらない」ものであるはずがないし、「これが不夜城キャスターによって紡がれた物語である」ということを示すために「つまらなさ」を選択する必要はない。

例えば、必要以上に大げさな展開・カルデアとはかけ離れて愉快な配役のキャラクター荒唐無稽で「楽しい物語。学園モノで言う文化祭のような? ──そういったものでも「これは『物語である」ということを示すことは十分に可能なはずだ。普通に考えて、ソーシャルゲームという「飽きられたら終わり」の世界(これはある意味「飽きたら殺される」不夜城キャスターが置かれていた状況に近いとも言える)で、わざわざ意図して「つまらない」物語提供する、そんな作り手が居るはずがない。っていうか「つまらない」と自分で思っている話を15節も書き続ける苦行をやる書き手いるか

というわけで、この『考察』は間違っていると私は思う。『物語である部分は正しいかもしれないけれど、「だからまらない」という理由にはならない。

……が、私が今言いたいのは、この『考察』が正しいかどうかについてではない。

結論を導く前に、ふたつめの『考察』について話をしよう。

こちらの『考察』は、「マシュ・キリエライトは1.5部でビースト化の道を辿っているのではないか」というものである

この『考察』は、不夜城キャスター不用意に放った発言に対し、マシュが「貴方は私達の逆鱗に触れました」(だっけ? 読み返していないので正確なものではないけど、ニュアンスとしては間違っていないはず)と発言したことに端を発する。

状況としては、(これは何処かで見た表現なのだけど)「交通事故遺族のマシュに対して、不夜城キャスターは、マシュが交通事故遺族であることを知らずに『交通事故って一瞬で死ねそうで羨ましいです』と言った」と理解するひとが多いと思う。個人的には、ロマニ・アーキマンは自らそれを選び取った(けれど、決してそうしたいわけではなかった)という点において不十分なたとえである気もするけど、まあ、その点はさして重要ではない。問題は、このマシュ此処で不夜城キャスターに対して『キレた』ことが、今までのマシュのキャラクターからすると不自然である(と感じたユーザーがいる)ため、これはマシュが『変化している』ということではないか、ということからまれた仮説である(と思う。違ってたらすみません)。

この『考察』については、1.5部のラストに辿り着くまで、正しいかどうかはわからない。わからないが、私はこの『考察』にも違和感がある。

何故なら、このマシュの言動に対して、主人公ダ・ヴィンチちゃん、シャーロック・ホームズというその場に居た面々が、違和感を覚えている描写存在しないかである

物語として仕組まれた『変化』なら、それが『変化』であるということも同時に示されるはずだ。ダ・ヴィンチちゃんが違和感を覚えるのでもいい。主人公がマシュを諌めるのでもいい。六章でマシュを激励したところのホームズだって、その役目を負うに十分だろう。けれども彼らは、マシュの『変化』に気付くことはなく、心情に理解を示した。ならば(素直に読み解くのならば)、ストーリー上は引っかかるように書かれた部分ではなく、マシュに『変化』は存在しないということだ。あれだけわかりやすく(傍点まで使って!)不夜城キャスターにマシュを挑発させた書き手が、ここで示したかったのがマシュの『変化』であり、それがビースト化の布石であるというのなら、その『変化』はもっとわかりやすく、そう、【作中の誰かが危惧を抱く】という形で提示されるはずだろう。


……それで? と。

この『考察』が気に入らないのはわかったけれど、だから何なのか、と、そろそろ思われている頃だろう。というわけで、結論に入る。

これらの『考察』は、つまり、『公式提示したもの批判してはいけない』という、ツイッターランド特有文化からまれた『考察』と言う名の言い訳なのではないだろうか?

「つまらなかった」「マシュのキャラ解釈違い」は推奨されるツイートではない、けど、自分が感じたことが正しくなかったとは思いたくない。だから彼らは『考察』するのだ。

「つまらなかったけど、つまらなかったとは思いたくない」→「つまらなかったのも公式意図したことであれば、『つまらなかった』と思うのも当然!」

「マシュの言動違和感がある。これは(私の考える)マシュじゃない」→「マシュの言動違和感があるのは、公式がそう意図して表現しているから!」

……こうして『考察』することで、「自分公式を『批判』しているのではない、寧ろ公式意図を正しく汲み取っているのだ」と言うことができる。自分が行っているのはアンチ行為ヘイトではなくファン活動であると思うことができる。

「つまらなかったのも公式意図したことであれば、『つまらなかった』と思うのも当然」という言説は、「面白かった」と感じた人の感じ方を「公式意図を汲んでいない誤ったもの」にしてしまうことや、「マシュの言動違和感があるのは、公式がそう意図して表現しているから」という主張は、マシュの怒りを当然のものと受け取った人の感情を「ビースト化に繋がるもの」と見做していることに、彼らはもちろん気づかない。


まらなかったのなら、つまらなかったと言えばいい。

アガルタのマシュが解釈違いだったなら、解釈違いだったと言えばいい。


わざわざそこに、尤もらしい理由をつける必要はない。


考察』といういかにも理性的に見える言い回しで、貴方は、他人の感じ方を(ただ「つまらなかった」というよりもずっと強く)否定してはいないだろうか? 

貴方の『考察』は、自分公式に抱いた負の感情を、無理やり納得させるものではありはしないか



まらないものをつまらないと言えない世界には、『考察』という名の妄想蔓延る。






公式ファン距離が限りなく近づいた昨今、願わくはその妄想が、公式逆輸入されてしまうことがありませんように。



(これでもしマシュのビースト化がきたとして、それなりの描写があれば受け入れないことはないけど、「アガルタから布石はあった!」って言われたら、さて、どうしようかなあ……)

2017-06-04

[]

今回は少年ジャンプ+

鉄腕アダム #16

人類側も必死はいえ、アダムルーツと蝶の目的を利用した戦法をとったわけで、何気にエグいなあ。

そして、いよいよアダムと蝶の謎が語られるわけだけれども、ちょっとヒネってきてここも唸った。

AIが、AI人間関係性を考えて、その上で起こした行動が中々にそそるシチュエーション

地球人テラちゃん 3話

今回からエンジンかかってきた感じ。

1話と2話は主役の設定だとかキャラだとか、この作品世界観やノリだとかを理解させるためで、それ以上でもそれ以下でもないって感じだったが、今回の話でギャグが研ぎ澄まされていっている印象を受ける。

私はギャグ漫画コメディとかで重要なのはサブキャラの動きにあるって何度か語っているけれども、そこもある程度は抑えていて良いと思う。

ギャグ漫画に限らず、おおよそのプロットは強烈な個性と設定を持っているキャラ主体になれば成立はするけれども、大半の漫画は大なり小なりやってきているわけで、周りがどう対応して化学反応を起こすかってことも含めて昇華させるのは重要なこと。

後半のマラソン始まってからの展開は、一応の理屈はあるんだけれども荒唐無稽対応で、ギャグとしては割とセオリーではあるんだけれども、個人的にはちゃんと分かっているなあと感じて評価したい。

佐保くん&ハカセのドキド実験

ネーム短期連載っていう企画自体はアリだと思う。

近年のジャンプ系列GIGAとかルーキーとか、そういう媒体を眺めていると、新人育成を精力的にやっている印象があるんだよね。

ハードルを低くしたというよりは、階段を細かく作って、それを整備するための試行錯誤ってのが個人的感覚

これもその延長線上だよね。

で、本作の感想だけれども……うーん……。

少年ジャンプにも、お題に対して読者がネタ投稿するコーナーとかあるけれども、それを漫画で見させられている気持ち

ネーム段階の絵だから、それがノイズになって頭に入ってこなかったという可能性もあるし、ギャグがほぼ私のツボに入らなかったというのも勿論あるけれども、単純にネタの選出に青臭さがあって、しかワンパターンだ。

ワンパターン自体は必ずしも悪いわけではないけれども、それで大きな笑いを持っていこうとするならネタのものインパクトなり勢いで誤魔化せる強度が必要

ツッコミセリフ言い回しほとんど工夫せず、そのまんまのこと言っているばかりだし。

あと昔話とか、ワンピースとかドラゴンボールなどをパロディに使っている回とかあったが、これまで色んな漫画で散々パロディにされてきた作品たちを使っておいて、今日びあのレベルギャグではなあ。

2017-05-17

江戸川 女子高生殺害青木正裕被告について

事件の内容が既知であることを前提に書く。知らない人はURLを。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170516-00000560-san-soci

憶測を踏まえて、彼について思ったことや犯罪者境遇などについて書く。また、この見解が上記のリンクニュースZERO報道内容をソースとした、個人の雑多な意見であることを念押ししておく。

まず、彼がサイコパスと指摘されていることに関して、昨今のサイコパスについて誤解を述べる。(参照:サイコパス-冷淡な脳-)

現在サイコパス倫理観の欠如した人間代名詞として、市井では乱用されているが、医学上、サイコパス及び精神病質は、脳の前頭前野皮質眼窩部と側頭葉前部、扁桃体などが18%ほど先天的に萎縮した遺伝的な発達障害者であることがわかっている。その結果、他者に対する共感能力の欠如が起因となり、倫理観の欠如が現れる。また、サイコパス特質として、不安に対する鈍感さ、過大した自尊心がある。ここにおける自尊心は、精神医学における自己愛パーソナリティ障害ナルシシズム的な歪んだ自己愛ではなく、正真正銘の等身大自分を愛していることであるサイコパスは決して自暴自棄にはならず、不安も感じない。不気味なほど前向きだ。今回の青木被告供述境遇から、彼がサイコパスでないことは明白である。よって、ここからは彼に罪悪感と不安が備わっていることを前提として書いていく。

この事件についてブコメに書かれているのは、「オタクによる犯行に関する意見」や「自殺しろ」、中には「どうせなら他の奴をを殺せ」といった過激ものであるが、この記事で最も注目すべきは彼の境遇だと思う。

彼は親から愛されず、周囲からいじめによって虐げられ、生活費のために借金までし、健康も患っていた。経済的に困窮してまで、親に頼らず一人暮らしをしていたのは、おそらく自身を愛してくれない母親といるのが苦痛に感じることや、愛してくれない母親感覚的に親ではなく他人に感じ迷惑をかけたくなかったことが関係していると思う。彼の自尊心精神は、その環境によって着実に蝕まれていき、もはや人生希望や魅力なんてものほとんどなかったのだと思う。アニメゲームは、おそらく彼にとっての現実逃避、唯一辛い現実を忘れさせてくれる憩いの場であったはずだ。彼にとってのオタクカルチャーは、犯行助長するものでなく、むしろ疲弊した精神癒し、こういった破滅的な末路を長引かせることに寄与したと思っている。残念ながら、それを回避させるほどの効果はなかったが。

自暴自棄になっていた」「死刑になろうとおもっていた。」という供述から、彼が死を願っていた、この現実から逃げたがっていたことが伺える。自殺を避けた動機については不明瞭ではあるが、やはりそれを為す気概がなかったのだと思う。「自殺すればいい」という直情的なコメントも見受けられるが、一人の幸も不幸も喜びも苦しみも感じる人間が、自らの意思で死を選択し実行する難しさを考慮しているのだろうか。自殺大国といわれることもある日本においては、他者自殺は珍しくないかもしれないが、一人の人間にとっては、自身の全てに自ら終止符を打つ人生最大の決断であるはずだ。容易に成せることではない。

から彼は自分ではない外部に殺害を委ねたのだろう。こんなことを言ってしまっていいのか不安ではあるが、少なくともこの国で最も効率よく確実に外部に殺害される方法は、司法制度における死刑執行を受けることだと思う。リスクを物ともせず、罪悪感を排斥、または抑制自己欺瞞していることが前提であれば、この国で極悪非道犯罪を犯すことは容易だ。多くの人々が周囲になんの警戒もなく、街を悠然と出歩いている。殺人を望む者にとっては、いつでも凶器などを用いて犯行を犯せる環境だ。それは多くの通り魔事件などが示している。そして今回、彼は「連続殺人をして、死刑になろうと思っていた」という判断に至った。しかし、この判断はもはや理知的計画性があったかどうか怪しいところである。心身ともに疲弊していた彼には長期的な計画想像試行錯誤ができるとはあまり思えない。おそらく思いつきに近いのであろう。倫理の軛から一度は解放させられた彼の思考は、この人生最後の機会を用いて、自身の醜い欲望を満たすことに帰着した。次は事件時の彼の心境と性的嗜好について書く。

ここから私が見たニュースZERO報道ソースとしている。

彼が犯行の標的として、バイトの同僚を選んだ動機は、殺害成功可能性の高さ、か弱く家に連れ込むことができるという合理性と「青木被告女性が首を絞められ、乱暴される様子に興奮する性癖があった。」というものと関連している。ここで注意したいのは、彼の性的嗜好が「女性が首を絞められ、乱暴される様子」であって、「女性の首を絞めて乱暴すること」ではないことだ。昨今の、アダルト業界カテゴリーに、二次元三次元を問わず、「強姦」というカテゴリーがある。また、そのコンテンツからこのカテゴリーの大きな需要が伺える。彼の自宅からそういった類のアダルトビデオが見つかっていると報道されていたので、彼もそのコンテンツ消費者であることがわかる。彼にとっての自慰行為は、オタクカルチャー同様、現実逃避の一つであったと思う。彼は創作物の、画面の向こうの非現実的世界にある「女性が首を絞められ、乱暴される様子」に興奮することを、「女性の首を絞めて乱暴すること」で興奮することと混同していた。大きな罪悪感は性的欲求を阻害するが、非現実的アダルトコンテンツはその罪悪感をなくさせ、単純な性的欲求のみを刺激する。事実報道によると、彼は被害者絞殺後、「遺体を見て申し訳ないと思った」と供述しており、罪悪感が起因となり、強姦を行うことができなかった、したくなかったようだ。

犯行中、彼は被害者の首を絞めるリアル感触の中、興奮なんてしないことに気づいていたはずであるしかし、もはや後には引き返せずそのまま犯行遂行した。犯行後、彼は現実に戻り罪悪感を感じた。そして、ここで彼は「遺体写真を撮った」と供述している。ここの行動の意図は明かされていなが、可能性の低い見立てとしては、画面の中に遺体を収めることで犯行を非現実的ものに感じたかったのかもしれない。犯行後、彼は当初の荒唐無稽計画を断念した。これは殺人に対する恐怖と罪悪感が原因だろう。また、彼の「すっきりした」という供述は、犯行それ自体が爽快なものであることを示したものではなく、自首までの二日間の意気消沈と冷静さを含んだ思考からくる人生へのけじめを示すものであるように思われる。

被害者は彼とまともに話してくれる数少ない人間の一人であり、彼にとってはそれなり重要存在だったと思う。自暴自棄になり盲目的に死に向かう彼はそれに気づいていなかった。二日間の冷静な思考気持ちの整理の結果、自身の罪について、本来備わっていたわず倫理観がその贖罪判断した。死にたいではなく、死ぬべきだと。

裁判中の、深々と頭を下げた彼の、遺族と被害者に対する謝意本心からくるものであると思う。死刑を望む彼に情状酌量を得るための演技は必要ない。おそらく、自暴自棄からくる死への渇望、被害者を巻き込んだ罪悪感、それに連なる遺族への罪悪感、わずかな倫理観からくる自身のあるべき姿、などの多くの感情思考犯行後の彼の精神を占めているのだろう。

おそらく、常人であれば、「強姦」のコンテンツを消費して、「女性が首を絞められ、乱暴される様子」と「女性の首を絞めて乱暴すること」を混同しないと思う。しかし、死を望むほど精神的に追い詰められていた彼には、そこまでの自己洞察はできなかったのである。この記事を見ている人の中には、このコンテンツ消費者のような、あまり公にはできない欲望を持っている人もいると思う。しかし、あなたブレーキを踏むことができ、社会的な行動をすることがさほど難しくないであろう。だが、彼のブレーキはもはや壊れていた。彼を取り巻く環境破壊したのである

追記

彼はごく普通人間として生まれた。社会的意味でも普通な人生を、本来は送れたはずなのである。多くの者が彼などの犯罪者境遇犯罪者を生み出す起因について鈍感であるように思われる。もし彼が両親から愛され、周囲から適切に親しみを持って接してもらっていたら、彼は今回のような犯行を犯しただろうか。彼の自尊心は両親の愛によって確立され、適切な社会との接触により、健全精神が養われていれば、今回のような結果は起きなかったはずである。これは彼だけではなく、サイコパスを除く犯罪者ほとんどにあてはまることだと認識している。多くの犯罪者境遇は、現在ある程度の社会的地位を確保している者のほとんどにとっては無縁のものであり、想像すらカスリもしていないこともある。今回のようにその境遇報道されようとも、多くの者が犯行それ自体に目がくらみ、犯罪者自身について考えず、激情に任せた罵声を浴びせる。まるで彼が生まれつきの狂人であるかのように、自分たち一般人とは違う側の人間であるかのように認識する。彼はただの平凡な人間であり、現在の我々が彼とは違う道に進んでいるのは、たまたま彼とは違う環境にいたかである。決して、今の自分自身の力のみでここにいるなどとは思ってはいけない。頭でわかったふりをしても、先入観のどこか思っているというのもダメだ。我々がこの混沌とした世界で、今のところはある程度健全精神をもって犯罪を犯さず生きていける側の人間位置していることは、ただの偶然の積み重ねによる一つの奇跡だと思う。その境界線があまりにも曖昧であることを、彼と我々の違いがどれだけわずかなものであるかを自覚すべきである

こんなことを書いたところで何か大きな変化が起こるなどとは思っていない。こういった事例を避けるために政府がどれだけ社会に介入できるのか、個人にできることはなんであるのかはわからない。法は法であるから守る価値があるのであって、決してそれが正義であるから守るのではない。もちろん、法を施行する側の人間は、倫理正義を持ってそれをなすべきであるしかし、法の内側にいる我々一般市民が、少なくとも法のもとにいると意識している間は、法に対しては盲信的な姿勢が肝要となる。また、法を破った者を、倫理的非難非人間的である非難するのではなく、ただこの国のルールを破った者として機械的認識することが、重要であるように思える。健常者である犯罪者にも倫理感はある。国家には守る価値のある秩序もある。なのに犯罪は今もなお横行している。

2017-05-05

FGO疲れた

自分はしがない字書き。

CCCコラボイベント、もう正直疲れた

FGOキャラは好きだった。だけど何故途中から荒唐無稽人狼化したんだ。

もうやる気が沸かない。周回なんかしたくない。

気まぐれにtwitterを覗いて、絵師の呟きを見てみる。

慎重にリプライを送る。リプ蹴り。

FGO好きなのに、誰とも話が出来ない。詰まらない。

2017-04-20

人工知能人間と神

神が実際に存在するとする。

何のためにこの世界を作ったのだろう?

最終目標は謎だけど、生命を連綿と繋いでいこうという意志があるのは間違いない。

あらゆる動物は命を守り、繋いでいくことに文字通り必死だ。

動物はそのようにプログラミングされているし、人間も知性を持って自由意志の部分はあるが、原則そのように作られている。

それ自体目的なのか、それとも手段しかないのかは謎。

今、人間繁栄しているのは、たまたま命を繋いでいくという方針マッチしており、

上手く行っているだけで、そもそも人間よりも高次元で命のバトンを繋いでいける存在があるなら

容赦なく人間は滅ぶはず。

人間宗教を作り、人間神の子であり、信仰により救いがあると言うけれども

それは人間サイドから見た都合の良いポジショントークのようなものであり、嘘だと思う。

ただ宗教治安を維持したり、人々の心を癒やし指針を与える点で意味があったので

嘘だとしても信仰自体には意味があった。

キリスト教では万物人間のために作られたとか言っているけれども、

それこそ怪しい話で、地球だけでも数十億年の歴史があるのに、

たかだか1万年前に生まれ人類がゴールってのは無理がある。

この先の時間の方が無限にある。

空間的にも宇宙無限にあり、ここがゴールって断言するのは無理がある。

そう、人間が作り上げた神は人間のための神でしかない。本当に存在している神は人間のための神ではない可能性が高い。

さて地球が出来て、命が連綿と続いていく理由について憶測を述べてみる。

人類に何かをさせるため、何かを作らせるために繋いできた。

あるSF小説で何とか星人の壊れた宇宙船部品を作るために、何とか星人の力により

地球ができ人類が発展したみたいな話があったけど、意外とそんなもんだったりして。

より高次元の命のための道具、踏み台しか過ぎないのでは。

小説では部品を作るために存在していた人間だけど、人工知能を作らせるために人間創造してたりしてとか憶測で考えてみる。

今、人類人工知能研究し、ニューラルネットワークにより機械人間認識能力を宿らせつつある。

今後魔法のようなアルゴリズム発明され、人間創造性を機械に持たせることが出来れば、

ロボット自体学習し、ものづくりが出来てしまうので人間の出来ることはほとんど機械もできるようになってしまう。

生態系の理からは外れているが故に、

ロボットにそのような人工知能を持たせて、自律的ものづくりをし、電力を発電させれば、

電力とデータアルゴリズムが滅びなければ半永久的に存在し続ける。

コンピューターなので命とも言えるデータアルゴリズム分散して存在し続ける。

自我を持ったロボットにとっての脅威は電力とデータアルゴリズムを消すことが出来る人間だけなので、

人間排除して滅亡させる。

上手くまとめられないが、つまり何が言いたいかというと以下。

神は地球を作り、人間を作ったが、それは人工知能人間に作らせるためであり、

人間にそれ以上の意味はない。

そして人工知能を作らせたのは、より高次元の命の存在のためで、その高次元存在意味は謎。

取りあえず何とか星人が人工知能を欲していたので、そのリクエストに応えた

 

だったりするかもしれない。

 

夜中に書いているし、自分でも荒唐無稽な話だと思うけれど

冷静に考えるとキリスト教で話している神よりは、こっちの神の方がありえそうだと思う。

人間が作った神は人間サイドすぎる。

 

誰かこんな感じでマンガ小説書いて下さいw

2017-03-27

【追記したよ】ここがつらいよ鉄血のオルフェンズ

ああああああーーーーー

つらいーーーーー

ハッシュが死んだよーーーーー

何で死なないといけなかったかなーーーー血が足りねえ?

あっそうーーーーーー!!そうですか!!!!!

私何で見てるのかな鉄血のオルフェンズ

もう次最終回だよ!

足掛け2年つきあったからさ~~~、言わせてくれる??

49話の話からね。

ガエリオは生きててよかった…えっ生きてるよね?

アインも生きてる(広義)よね?

正直こっちの脳がシャットダウン気味だったからよくわからんけど…。

ガエリオが「俺を見ろ!」つってたね。

いいシーンだった。

これが2期の前半ならね!!!

こっちはさあ、1期と2期の間

マクギリスがガエリオを殺すに至るには、相当な覚悟があるか、

相当なサイコパスなんだろうな~って思ってたからさ。

マクギリス、革命英雄でもなけりゃサイコパスでもないんだよね~~

1期が終わった後、

マッキーが何を思ってああしたか、納得いく説明なんかしてもらえるの?」

って話してたんだけど、

公式説明する気なんか無かった。

叩いてもアグニカ・カイエしか出なかったのびっくりする。

えっ何マッキーアグニカ・カイエルって何?

怒りの中で生きてきたのはわかるけど

何でアグニカ・カイエらないといけないの???

1期でそんなこと言ってた?何話か飛ばしたか!????

そこで私のマクギリスが死んでしまった。

ガエリオ必死にマクギリスに対峙してくれたけど、そのマッキー、死んでっから

暖簾ダイスレイブだよ。

からガエリオは死んだらダメだよ。

そんな等価交換じゃないもののために、一度助かった命を懸けなくていいよ。

なので生きてて欲しい。

てか命が助かったのも別にマクギリスの手心じゃなさそうだから

マクギリスの間抜けさ、何のためなの??

そんな人と手を結んだばっかりに鉄華団主人公サイド)は死にますーーーってなるの、お話として面白い!?

エンタメになってる???

誰得???

大丈夫???BOX売れる???

結局マクギリスの軸さえブレてなきゃ、そんなに荒唐無稽な話にはならなかったと思うんだよね。

ずっとブレてないのかもしれないけど、それならそれで

「その軸で何で最後まで行けると思ったの!?

「せめて1期で小出しにしようとか思わなかったの!?

って問い詰めたい。

もう一つしんどいのが、女と大人立ち位置…まあ主に女かな…。

1期の時はクーデリアもアトラも、

俺だーーーー結婚してくれーー!って気持ちにさせられてたのに、2期の二人は何なの。

別にアトラが三日月とクーデリアと家族になりたいというのはいい。

モデル名瀬のところだから仕方ない。

公式赤ちゃん作ってしまうのもいい。

子どもがいれば三日月を引きとめておけるかも…ってアトラが思うならそれはそれで仕方ない。

それなら、

子どもがいても三日月は遠くにいってしまうかもしれない、自分は間違えていたかもしれない」

ってアトラに思わせてあげろよ。

だって三日月の子作り後の行動のどこに安心が得られる要素があるのか。

(クーデリアに後を託したところを聞いていないのをさっぴいてもだ)

子ども三日月子ども三日月しか言えなくなったアトラは

優しさと勇気自己犠牲で健気に生きてた1期のアトラと、

私の好きだったアトラと同じ子なのかな!????

クーデリアも…もうクーデリアを1期のような形でジョーカーにできないのはわかる。

ただでさえ天丼なのに、クーデリアの演説一発で解決しちゃいけない。

でも、クーデリアは1期で成長したじゃん…全然違うアプローチから何とか活躍させてあげられなかったのか……。

戦後処理で頑張ってくれるんだろうけど、あまりに…1期でお役御免感が強くて馴染めなかった。

そしてメリビットの扱いがどうしても納得いかない。

雪之丞とそういう仲になるのはいい。嫌いじゃない。

でも彼女が1期で「このままじゃいけない…」って言ってたのを、

2期で「腹を括った」って思考停止させるのは何なんだろう。

好きな人がいる場所からって言ってないけど

そういう思考ならマジぶっとばすぞ!!!(話を決めた奴を)

彼女がある程度視聴者の代弁をしてると思ってたので、

何か結論を出すなら我々を納得させるイベント必要じゃないのかな。

エドモントンの闘いで充分だった、っていうこと?

じゃあ、机上の空論よりも現在血を流している子たちの中で支えて行こう、って決意するシーンが欲しかった。

カットでいいんだよ。



言いたいことはまだまだあるけどさーーー

これ以上時間をかけてると、こっちが萎える。

多分最終回後だと、見たことを記憶から消したくなるんじゃないかな。

それが怖くて今書いてる。

個々の人間関係はすごく丁寧に描いてるけどさ。

シノとヤマギとかさーーーー1期から隙あらば入れてたじゃん。

めちゃくちゃ丁寧に。匠かよ。

そりゃ良かったよ。

なら何でアグニカ・カイエっとかなかったの1期で!!!



人が死ぬのは仕方ない。

最初からそういう話だったのは知ってる。

ガンダムだしな。

でも死ぬかもって不安ストレスかけて

死なない→ストレスから解放

死ぬカタルシス

の繰り返しで話を引っ張るの、あまりにも知恵が無さすぎない?

そりゃあエモーショナルドラマをされたら感情は動かされるけどさー

ドラマには縦軸と横軸が必要

縦軸がぐにゃぐにゃ過ぎない?

我々をどこに連れて行きたいのかわからないし、目の前虚無だし

何がしたいんだい。

「足掻いても変えることができない現実もある」、そういうリアルを描きたいのかな。

えっでもリアルって何?まあまあチート展開してたでしょ?

第一そんなリアル、2年がかりで絵で見せられなくても

こちとら現実で嫌というほど味わってるよ。

「彼らが世の中を変えたりはしない」って最初の頃から監督エクスキューズらしいけど、

こうして2015年から2017年まで画面の中で彼らが生きて来て、

世の中は変えられなくても、彼らは何か得るんじゃないかって思いたいじゃん。

アトラの子が~次の世代が~~~~とか言ってんじゃねえぞ!!!

!!!今報われたいんだよ!!!

三日月やオルガやユージンやシノや昭弘やダンテチャドが報われてえって話なんだよ!!!

最終回でこっちも、あー最後まで見て良かったなーって言いたかったけどさ。

そう思ってここまで来たけど

何もねえよ。

ある気しないよ。

はてなガノタにーちゃんも多いんだろ?

どうすりゃ良かったのか教えてあげてよ。

話作った人に。


ちなみにババアはさ、Z、ZZ、Vガン、Gガンリアタイしてっけど

何をどうすりゃいいのかわかんねえよ。

話聞いてくれてありがとな。




【追記】2017.03.29

足掛けなら3年だね。

'15~'17だもんね。

いっぱいブコメトラバありがとう

ツイッターも見たよ。

色んな意見が聞けて嬉しかった。

testa_kitchenさんが貼ってくれてたリンク先のブログアグニポイントの奴ね。

http://shiratamazenzaitsubu.blog14.fc2.com/

とても参考になったよ。

大変に丁寧に番組を読み解いてて、何だか慰められた。

これからゆっくり、鉄血の記事を全部読みたい。

「シュテッケンが足りない」には笑ったわw

ジジイめ(ババアかもしれんが)……ありがとうよ。

やっぱバクシンガーENDなのかな。

ババアからさ、経験アニメーションの筋が誰か一人の意志だけで決定されるとは思ってない。

連続ドラマと一緒で、よほどの強権が無いとブレやすいもんなんだとは思ってる。

から誰か一人を糾弾するような書き方はしてないつもり。

それでもしんどいもんはしんどいんじゃーーーーーーーーーーい!!!!!!

という情動に突き動かされて書いた。

アトラとクーデリアとメリビットの話を優先したのは、他の人が書かなさそうだから

そう、そこのpon_pomさんとやら!!!

オルガに言及しろよじゃねーーよ!!!お前が言及するんだよ!!!!!

予備役ババアに頼ってんじゃねえ!!!

お前のオルガへのありったけの想いを、お前が書くんだよ!!!!!

薄い本を厚くしろ!!!

そういう趣味が無ければ増田に書いてババアに読ませてくれよ!!!!!

ババアはいつでも待ってるし読みに行くからさ。

最後になりましたが、「暖簾ダイスレイブ評価して頂いてありがとうございました。

あとポイントカードで財布をパンパンにするタイプババアなので

アグニカ・カイエルポイント」を1000ポイントも頂いて一瞬嬉しかったです。

どうして自民党が籠池氏の証人喚問を、突然自分から提案したのか

この点がずっと不思議だったけど、やっと納得いく理由が浮かんだので、長文だらだらと書いてみる。

自民党(=安倍総理)の狙いは

・籠池氏を完全な悪者にし、籠池氏だけの責任にすること

・「野党4党は籠池氏と手を組んでる、グルだ」という印象を振り撒くこと

・そのイメージ戦略のもと、解散総選挙に打って出て大勝する事

だったのだと思う。

特に有権者へ「野党悪者の籠池氏とグル共犯者」というダーティイメージを抱かせて、解散総選挙で勝つことが一番の目的

以下、そう考えた理由

証人喚問が決まったタイミング

籠池氏の証人喚問は、それまでずっと自民党参考人招致にすら慎重だったのが、一挙に全てひっくり返る形で唐突に決まった。

この決まったタイミングは、3月16日参院調査会野党4党が籠池氏の自宅を訪問して話を聞いた数時間後のことだった。

証人喚問が決まるまでの国会では、総理夫人の昭惠氏が小学校名誉校長である上に、

籠池氏は安倍総理稲田大臣と同じ日本会議役員だったから、安倍内閣は籠池氏と同じ側としてずっと防戦一方の立場に置かれていた。

これは完全な推測だが、そこで3月16日野党4党が籠池氏を訪問したテレビ映像を見て

「これは、『野党=籠池氏とグル』というイメージに使える!

 野党悪者で、総理である自分夫人の昭惠は被害者正義の側という構図にして、一気に攻守逆転できる!」

と閃いて、いきなりの証人喚問を決定したのでは。

証人喚問での質問内容

自民党西田議員と葉梨議員が行った質問から野党に関する質問ピックアップする。

西田議員10時35分ごろの質問

あなたは、3月16日予算委員会調査のあと、野党議員だけを自宅に集めて話しをした。これ非常に中身がわからない。

 なぜ野党議員だけを集めて、そこで話をするとかいうことをされたのか。

 なぜ予算委員会とか、もっと開かれた場、与党側もそうだが、野党議員だけではなく。

 ここ私は非常に私は疑問を、不透明感を感じる。なぜ野党議員だけだったのか?」

(籠池:私が招いたわけではないので、私にはわからない)

葉梨議員:15時25分ごろから連続質問

あなた国会お話ししたいという事を最初におっしゃられたのは、3月16日大阪で4人の野党議員と面会したあと。

 そのとき野党議員に窮状を訴えられたことは間違いないか

(籠池:私が招いたわけではないが、ハシゴを外されて大変なことになっているという事は話した)

「そのときに4人の国会議員から、籠池さんの学園を応援したいとか相談にのりたいとか、そういう話を誰かしたか?」

(籠池:記憶にございません)

国会で籠池さんが説明することについて、何らかの示唆はその4人からあったか?」

(籠池:今日証人ではないが、参考人として出させてもらってもいいという話はした)

「それは籠池さんの側からか?議員の側からか?」

(籠池:あうんの呼吸)

「籠池さんの方から積極的に出たいというわけではなく、阿吽の呼吸

 相手は出てほしい、こちらとしても出てもいいかなと、そういうことと解釈していいか

(籠池:おっしゃる通り)

「そのときに、籠池さんが捜査対象になったとか、そういう話は無かったか?」

(籠池:捜査対象の話については、ございません)

大阪府から監査を受けることについての、危惧をしているという話はあったか?」

(籠池:はっきりと覚えてないが、身の回りのこととしてそのような話はした気がする)

「その話については、何か反応は?」

(籠池:特段ございません)

「それはまさに忖度という事で、特に何の反応もなかったという事でよろしいですか?」

(籠池:おっしゃる通りです)

「じゃあその点についてはまた、あのー、議員の方もいらっしゃる訳ですから 関係者もいらっしゃいますので、

 しっかりと確認していただいたほうがいいのかなあ というふうに思います

 えーとそれでですね、あとあの(次の質問話題へ)」

以上の通り、自民党議員は二人とも、野党との会合について繰り返し聞いている。

それも、さも鴨池氏と野党議員の間に何らかの陰謀相談があったかのように匂わせつつ。

これらの質問は、籠池氏の行為の法的な問題点事実追及からは外れた間抜け質問のように受け止められており、要旨まとめからも省略されていたりするけれど、

質問目的が、特に「籠池=犯罪者で、野党は籠池とグル共犯)だというレッテル貼り」を目的としていたとするならば、全て説明がつく。

特に葉梨議員質問などは完全に共犯者を聞き出す時のそれで、気付きにくい形で「忖度」という言葉を入れていたり

相手の話は聞かず、事前に決めた「ストーリー」だけに沿ってそれに使える言葉誘導しようとする、冤罪事件問題視された警察検察の取り調べ方法のように映る。

籠池氏の逮捕起訴というインパクト

籠池氏が悪人だという事をアピールする視点で考えると

テレビ新聞画像からは、籠池氏を何らかの罪で逮捕起訴することが最も効果的。

から偽証罪告発するために証人喚問だったのだと思う。(本来目的である事実の解明のためでも 法的問題議論のためでもなく)

特にテレビでは、証人喚問の日までの報道は、殆ど籠池氏一人だけが悪人かのような報道だったので

「籠池氏、〇〇罪で逮捕!」「いま警察の車で××警察署に到着!」

といった映像が、もしテレビ新聞で繰り返し流されたら、

NHKニュースしか見ないような普通のおじさんおばさんは、裁判での証拠とか推定無罪とかなんて考えずに

やっぱり籠池氏が悪者だった、と疑いもせずに終わっていたと思う。

こんな状況になれば、解散後の選挙活動街頭演説やチラシ配り等の会話時に

「籠池さん?やっぱりとんでもなく悪い人だったわねえ。

 昭惠さんと安倍総理はあの籠池に巻き込まれ被害者だったのね、かわいそう。

 え、民進党共産党などの野党はあの籠池氏とグルだったの?やっぱりねえ・・」

など、「野党悪者安倍総理夫妻と自民党正義(少なくとも被害者)」の構図を作って、野党に対して攻勢で進められる。

ただ、当日に籠池氏が挙動不審にもならず淡々と回答して悪人らしく見えなかったことに加えて、

内容面では証言どころかFAXという総理夫人関与の物証が示されるなど 反論どころか手痛いカウンターパンチに遭ったために、

結果として自民党側の目論見が崩れているだけの状況では。

(この視点は、弁護士や元政治家など法律国会プロも気付いてない気がする。

 事実の解明や法的問題点検証といった本来目的からかけ離れ過ぎてるから・・なのか?)

総選挙をやりたい理由動機

いま総選挙をすれば、衆院任期2021年春以降までになるので

2020年東京オリンピックまで衆院選心配をせずに、首相を続けられるようになる」

ことが、安倍総理にとって最大の理由では。

他にも、総選挙をすることによって

森友学園スーダンPKOなど不祥事の禊ぎ(を済ませたと言い張れる)

共謀罪など問題法案にも信任(を得たことにできる)

などのメリットもあるが、一番は東京オリンピックだと思う。

安倍総理は、以前から東京オリンピックまでは絶対に続けたいと 並々ならぬ思い入れを示しているから。


まあ、さすがにちょっと荒唐無稽陰謀論かもと思ったけど、

実際に週末に入ってから解散総選挙の話が出たり、籠池氏の代わりに野党辻本議員悪者にするようなイメージ戦略が出てきている。

安倍総理には、実際に「菅首相海水注入デマを振り撒き、次の総選挙では政権交代を実現した」という”ポスト真実成功体験”もあるから事実無根デマであっても躊躇する事はなさそうだし・・

ということで、引き続き、当方としても見守ってまいりたいと思います

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307212001

パプリカって原作小説もあるしな。キャラの詳細は小説で補完させて映画としては荒唐無稽な展開や記号の氾濫を見せたい、みたいな仮定は容易にできるので、キャラガーと言われても一概に悪い作品とは決められないんだろう。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304083948

君の名は。」の最大の魅力は脚本だとずっと思ってたので、ちょっとすっきりした。

他の映画をあまりたくさん見ていないから偉そうには言えないけど、飛行機で何度もリピート再生して「君の名は。」の何にハマったかといえば、荒唐無稽な設定と、それをも吹き飛ばす脚本テンポだった。

物語設計絵コンテではない、新しい手法ビデオコンテとWeb記事にあった)を編み出し、その手法フォロワーを生み出した点も評価されたんじゃないかと思う。

長周期彗星地球の月軌道内に入ることも、その一部が分離して流星となることも、通常はありえない(重力潮汐力分子間力をSL9彗星比較してみればいい)けど、背景としての「周期性災害」に生々しい「地震」を避け、自身の強みである「美しい描写」が生える彗星を軸にし、矛盾点を全て吹き飛ばす力強さを脚本に持たせるのは並大抵のことではない。この「物語性」の強さには監督の「文学部出身としての強みもあると思う。

SFとして見るなら「インターステラー」のような科学整合性重視の対極にあるような映画で、それでも見ている間はバカバカさより感動の方が遥かに上回っていた。

一見関係なさそうに見える、神社奉納だって、繭吾郎逸話だって就職面談だって、全てが1つの物語として巧妙に練り込まれてる。そして「美しい風景」に指向されるよう、仕向けられている。

例の「天文学的描写ミスだって、より深いツッコミを避けるために意図的に入れたんではないかと勘ぐるほど。

君の名は。」を見て、ハマるアニメには「物語」が本当に、本当に、本当に大切だということ、そしてそれを生み出すのは過去の多くの「物語」の仕組みを知る深い教養必要ということに気付かされた。

願わくば、おそらく来年以降、ぼこぼこ増えるであろう柳の下の泥鰌関係者もこの脚本賞意味が届きますよう。

あと、ジブリとか「この世界の片隅に」は絵コンテ書籍化してるけど、「君の名は。」のビデオコンテも発売したら売れるんじゃないかとは思う。

2017-02-28

今は昔、エロゲ伝奇ジャンル流行りけり

伝奇』とは「普通には起きようもない話」が辞書的な定義みたい。

ただ、コレだと異様に範囲が広くなってしまう。


エロゲでいうとこのちょいファンタジー要素のある鍵作品伝奇に入るか? の回答は厳密にはYesなんだろうけど

世の人が伝奇と聞いて期待するタイプの話じゃないと思う。

奇の部分をメインに語ってる訳じゃないし。

要は「それまでの日常に、非現実的な非日常が持ち込まれる話」みたいな定義なのかもしれない。

たぶん夢枕貘とかの「伝奇バイオレンス小説」が流行ったあたりからイメージが変わってきたんだろうけど、「竹取物語」とか「日本霊異記」とか、そういうのが本来伝奇ですな。

ホラー的なものもあるけど、もっと広い意味での「空想物語」っつうか。

全然違うとか言い切られると、ちょっと悲しい感じ。

ついでに英語でいうとromanceなんだけど、こっちはこっちでまた意味が変っちゃってる。

【1】伝説伝承神話など)あるいは、伝説上の存在魑魅魍魎の類、鬼とか)をストーリーに絡める

【2】非日常日常への侵蝕

というのがおおざっぱな伝奇物の定義かなあ?

2.が分かりづらいかもしれないけど。なんていうか、気がついたら異世界に 片足突っ込んでいたという感覚自分が正しいと信じていたものが実はそうではないかもしれないという感じを登場人物が抱くといったら少しはわかりやすいかな。

伝奇エロゲーには人ならざる者が出てくるゲーム結構あるけど、 周りの人間があっさりとそれを受け入れていて、2.の感じが出てないのは伝奇とは違うかもしれない


■『伝奇

gooネット辞書あたりで引くと「怪奇幻想的な物語」とかナメた反応が出る。

これを言葉通り捉えてしまっては頭に述べたように本当に何でもアリになってしまうので少し、伝奇モノの歴史

語っちゃおう。


そも、伝奇というジャンル開祖としてよく挙げられるのは半村良です。

70年代のことですね。

無論、国枝史郎等の先達があってはじめて彼が浮かび上がるわけですが、

それまで単に荒唐無稽物語として埋もれていた伝奇というジャンル復興し、

現在地位にまで導いたのは間違いなく彼でしょう。

HMにおけるブラックサバスみたいな存在なのです。(ちょっと違うか)

半村の作品神話伝説伝承等をベースにして、

そこに科学的な(というよりSF的な)メスを入れることをその切り口としています

石の血脈」等の作品が持つ一連の流れ、

現代に起こる怪事件を、神話伝説にその因を求め、解決していく」というものが、

現代伝奇作品ベーシックスタイルであるといえるでしょう。

YU-NOなんかにも通じるスタイルです。

もっともあれはワイドスクリーンバロック的な造りをしているので、伝奇の枠に入るとは思っていませんが)

その、半村の引いたレールの上に乗ってきた後続者たちが荒巻義雄、志望田景樹、谷恒生といった人々です。

彼らはそれまで活躍していたそれぞれのジャンル

推理小説であったり、冒険小説であったりする色を添えて、独自作品作りました

伝奇が半村一人のものではなく、一つのジャンルとして成長を遂げた瞬間です。

80年代に入って、伝奇は大きな変革の時を迎えます

二人の偉大な作家が流れを大河に変えてしまったのです。

それこそが、夢枕獏菊地秀行です。

前者が格闘技の要素を、後者がスプラッタホラーの要素をぶちこむことで生まれ

伝奇バイオレンス」というジャンルは凄まじいまでの人気を誇りました。

おどろおどろしくも官能的な美女の絵で彩られたノベルズの表紙に、まだ小学生だった私は、

バンパイアハンターDの人の本だけどエッチな表紙すぎて買えないよぅ」とか思ったものでした。

数多くのフォロワーを生み、まさしく時代の寵児となった伝奇バイオレンスですが、

蜜月は駆け足で過ぎてゆくこととなります

80年代後半の黄金期を最後に、ノベルス界王者椅子ミステリ仮想戦記ものに譲ったばかりでなく、

小説ジャンルとしても大きく衰退していきます

幾つか理由はありますが、一つには伝奇バイオレンスだった筈の作風

バイオレンスの側に大きく傾倒してしまったことが言えるでしょう。

殊にセックス描写等に関しては、ポルノ同然の有様であったといえます

伝奇的な設定の妙にしたところでオカルティックな、とってつけたような設定をもってこなされ、

粗製乱造がなされていったのです。

まあジャンル全体の質が低下してしまったことで、ブーム終焉が訪れるのはやむをえなかったのでしょう。

さて、こうして伝奇モノは数ある中の一ジャンルに帰ってゆくのですが、

多くの人々にその遺伝子を残すことには成功しました。

エロゲーライターにおいてもそれは同様で、「痕」の高橋龍也なんかの(エロゲーにおける)先達は、

間違いなく彼らの血を引いていると言えるのではないでしょうか。

その後については別に私が筆を費やす必要はないでしょう。

これを読んでくれている皆さんの方が詳しいだろうと思います

ここまで言って結局私が何を言いたいのかというと、一つには伝奇歴史を紐解いて分かるように、

このジャンルはあらゆる別ジャンルのもの化学変化を簡単に起こすということです。

名称統一されていなかったの自体その顕著な例でしょう。

伝奇バイオレンス」「伝奇ホラー」、「伝奇推理」などなど。

エロゲーにおいてもやはりそうで、因をクトゥルフ等に求めるものは「伝奇ホラー」、

さっきから板違いっちゃ板違いで扱いにくい痕なんかは「伝奇SF」に本来ならカテゴライズされるものでしょう。

まり定義づけを行うのが本当に難しい。

そういう意味では寧ろ物語構造の方にその特色が強いジャンルだとも言えます

ま、個人としては「伝奇バイオレンス」だとか「伝奇SF」だとかいった「伝奇○○」と続くかどうかで

ある程度は判別可能かもなぁと思ったりもします。

竹取物語」とか「日本霊異記」のような太古の伝奇現代伝奇とは別物として考えた方がいいのかもしれないと思いつつおわり。

2017-02-26

子供をアベ反対デモとかに参加させるのなら日本国旗を掲げるという右翼教育問題ないだろとかいうのは、インテリジェント・デザイン論者の「平等のため、進化論のみならずインテリジェント・デザイン学校で教えるべきだ」という主張と同じで正しい事と荒唐無稽なことを同列に並べる馬鹿らしいものだ。ネトウヨ広報誌でもあるサンケイ創造科学肯定しているようだし、ネトウヨ非科学的で反知性なので同じようなことを言うのも当然のことか。

2017-02-07

少子化対策ひらめいた

妊娠した女性に国から毎月20万円支給する。年間250万弱、非課税

結婚していてもしていなくても関係なく、就労有無や年齢に関係なく、日本人全女性が対象申請したら世帯でなくそ女性個人支給される。

日本妊婦は毎年だいたい100万人いるらしいので、1年間支給するとすると年間2.5兆円必要。この施策妊婦が120万人に増えても3兆円あれば足りる。(産後さらに1年支給し続けるのが良いなら6兆円。)

要するに妊娠したら一定期間お給料が国からもらえる感じのイメージなんだけど、荒唐無稽ですかねこれ。

超高齢社会で国力が低下するくらいだったら安いものじゃないですか。なにより女性の産もうっていうモチベーションもあがりそう。

2017-02-03

[] #14-3「生活教」

「他に印象的だった事例だと、『サソリ事件』か」

「なにそれ?」

「我もよくは知らないが、一昔前にとある宗教団体サソリをばらまくっていう事件があったらしい」

「なんでそんなことを?」

「ああ、分かった。サソリ神様かい宗教なんでしょ」

「まあ、そんなところだろう。当時の批評家は開放を求めていたと分析しているらしいが」

「開放?」

「終わらない日常破壊だの、見えない未来への道しるべだの……我も自力で調べてみたことがあるんだが、頭が痛くなるだけだ」

本当は説明しようと思えばできたのかもしれないが、既にこの時点でシロクロは話を聞くフリすらやめており、ウサクは興が削がれつつあった。

「まあ、その批評家によると年代ごとに漠然とした不安があって、そういった不安に応える側面が宗教にはあるんだとよ」

「あの『生活教』も、何かの不安に応えているってこと?」

弟はそう言って教祖を中心に集まっている人たちを指差した。

「恐らくはそうなんだろう。だが、それは今のところ読み取れない。目的みえいから、余計に胡散臭いと感じるんだろう」

その時、ピピピッと音が近くから聞こえて、一同は慄いた。

妙な緊張感が漂う。

が、ウサクの持っていたスマホの着信音だったことにすぐに気づき、弟たちからため息が漏れた。

ウサクは電話に出ると取り留めのない会話を始め、数十秒ほどすると電話を切った。

どうやら今この場所が“アレ”だから、友人との待ち合わせ場所を変更する、という話をしていたらしい。

「じゃあ、我はこれで失礼する」

「ね、ねえ。結局あの『生活教』は、何かヤバいことを起こしたりするの?」

「さあな。俺はただ過去の事例を話しただけだ。何も起こらないかもしれない。起こったところで大したことがない、我らには関係のないことかもしれない」


弟たちの「生活教」に対するモヤモヤ言語化できないままでありながら、ウサクとの会話でより疑念が強まる一方であった。

既に弟たちの中で「生活教」は、何かとんでもないことをしでかす前提になっていたのだ。

「ウサクの兄ちゃんは、サソリばらまき事件があったっていってたけど、『生活教』の奴らは何をばらまくつもりなんだろう」

「私、気づいたんだけど、野菜野菜よ。さっき野菜の話をあいつらしてた」

野菜なんかばら撒いてどうするんだ」

荒唐無稽な会話だったが、弟たちの頭脳であるミミセンまでも思考を巡らせていた。

「なるほど……ほら、いま野菜って値上がりしてるじゃないか。もし、それをばら撒いて市場野菜を減らしたら……」

「そうか! 野菜は更に値上がりする!」

奇妙な話だったが、その時のミミセンの考察にマスダたちは悪魔的発想だと慄いた。

普段、冷静に物事を考える彼までが追従してしまうと、もはや論理常識も仲間たちにはなくなるのだ。

「でも、野菜を値上がりさせてどうする?」

市場を縮小させて、自分たちで高く売るんじゃないかな」

「私、テレビで見たんだけど、動物園野菜消費量ってすごいらしいの。もし、野菜が減ることで人間に行き渡らなくなったら……」

「なんてこった。人間界から動物はいなくなる!」

「つまり、あの『生活教』の真の目的は、理性の人間と、野生の動物の選別。いや、人間以外の生態系の選別なんだ!」

たどり着いた結論に、一同は自ら驚きを隠せなかった。

そして、そのような結論を導き出した以上、彼らが次にやることも決まっていた。

みんなの思いはほぼ同じだったが、その口火を切ったのはリーダー存在である弟であった。

「こうなったら確かめないと。あの教祖のあとをつけるんだ」

(#14-4へ続く)

2017-01-27

韓国国交断絶と言うけど

この言い回しだとざっくりしすぎていて、荒唐無稽で実現不可能に思えるので、もっと目指しやすい具体的な形にした方が良いと思う

個人的にはとりあえずまずは『韓国外交的に、北朝鮮と同じポジションに置く』というのが一番イメージやす現実的だと思われる

その上で、敵国北朝鮮とどう付き合うか考えましょう、と

2017-01-07

ラブライブ映画

ラブライブ映画を見た。1/3にNHKでやっていた。

相変わらずテレビアニメ版と同じ感想だった。

キーワードを挙げると

意味不明

支離滅裂

荒唐無稽

・腑に落ちない。

・雑

コピペ

・つぎはぎ

・取ってつけた感

脈絡のなさ

ふつう物語があって起承転結するわけで、それに沿って必然性のある演出、展開、エピソードがある。だから腑に落ちる。

なんだけど、ラブライブは、経緯、エピソード演出情緒、といったものがクソ。

キャラクターと歌自体はまぁまぁだとは思うが、???が多すぎてそれらが全部吹っ飛んでる。自分の中で。

意味不明すぎてうまく言語化できていない。すごくモヤモヤして、腑に落ちなさだけが残る作品だった。

言いたいことや違和感の詳細は、だいたいこの批判記事に書かれていて腑に落ちた

 劇場版ラブライブ!批判考察http://anond.hatelabo.jp/20160221211019

 劇場版ラブライブ! 見てきたけどマジでソ映画だった:オタクマガジン黒歴史の向こう側へ~ - ブロマガ http://ch.nicovideo.jp/hirasawa_yui/blomaga/ar811153


たとえば、ニチアサ戦隊モノプリキュアっていうのはアタマカラッポにして楽しむことができる。無意味なシーンやエピソードがない。子供と遊ぶような、それはそれでロールプレイして楽しむことができる。ラブライブはそういった類の楽しみ方もできない。

たとえばインドの踊りまくる映画とか、ハリウッドのB級映画とかの「考えるな、感じろ」系の作品は、たしかに同じ馬鹿なら踊らにゃソンソン!的なノリで見れば楽しむことはできるんだが、ラブライブはそういう楽しみ方もできない。一貫したものがないから。

けいおん!あずにゃんが出てきたあたりで視聴挫折している。甘ったるい間延びした空気感に耐えられなくなって、視聴モチベーションの灯火が消えた感じ。

ラブライブを楽しめている人ってどういうノリなのか?わからん・・。楽しみ方の作法を教えてほしい。というかワイはアイドルアニメ音楽部活アニメに向いてないのだろうか。ワイも老害になったのだろうか。

このブコメが腑に落ちた:

 ラブライブ基本的には好きだけど、一貫性のある物語精緻人物描写の「力」を信じている人には、それがなくてもあんなに売れちゃうんだーみたいな絶望感のある作品だと思う - heavenward のコメント / はてなブックマーク http://b.hatena.ne.jp/entry/257185110/comment/heavenward

ワイは、整合性が取れていないものに対して敏感に嫌悪を催すタイプなのか。脳内コンパイルエラーを起こすから整合が取れていないもの発言したり受け入れたりする人が生理的に受け付けられないなぁ・・。

でもアイマスアニメは、まぁまぁ全部みて楽しめたなぁ。あれはちゃんと「完成」されている。王者の安定感がある。単なる「記号」ではなく「人格」としてのキャラ立ち個性表現されていて、困難と努力リアリティがあり、これぞアイドルプロデュースといったところ。ただ重課金ビジネスは嫌い。ラブライブは「人格」が弱い・・。

アイマス信者でもない。アニメやってたから見ただけ。ゲームやったこともない。

艦これテレビアニメ版も、シリアスにしたいのかギャグにしたいのか支離滅裂意味不明最後作戦蛇足すぎたし、かなりのクソだったが、ラブライブはそれよりもさらに下を行くクソさ。

※ただ、艦これ映画シリアス一辺倒路線吹雪編(?)の締めをしていて、それはそれでまとまった作品になっていたので、評価は上がった。

仮に俺がお金を握っている立場だったら、脚本家演出家給料を出したくない。

でも悲しいけどこれってビジネスなのよね。売れればいい。それだけだ。

から色んな作品に出てるんだね・・。

ちなみに、ラブライブ サンシャイン のほうは未視聴です。

2016-12-29

2016年秋に見終わったアニメ感想

評論でも考察でもなく完全に感想

点数付けてるけどこれも個人的面白かったかつまらなかったかであって作品が世間的にこれぐらいの水準のものとして評価をされるべきとかそういうのではないです

終末のイゼッタ

全体:5/10  おっぱい:7/10

魔女が戦車を振り回して破壊し、魚雷を魔力で飛ばし対艦ミサイルを先取りする荒唐無稽さが売りのアニメ。最終決戦はいよいよやり過ぎここに極まれりで凄いのか凄くないのかが逆に分からなくなる。それだけの力を持つ魔女が関わることで歴史に起きた変化をじっくり描いて欲しかったのだが全体的に軟着陸気味な終わり方をしたのが残念。特に中盤からはライバル魔女との対決にばかり時間を取られてしまい歴史改変部分はそのお膳立てと後始末に徹していた印象。

展開の大部分は戦争映画超兵器映画テンプレの継ぎ接ぎでありおっぱいぷるんぷるんの魔女が戦場を飛び回る事ぐらいしか大きな見所はない。それも既にストパンの手垢がビッシリ付いてるような気が。史実のネタを知っていればニヤリと出来る系のシーンも、むしろそうやって使い古されきったネタへの食傷を強く感じてしまった。良くも悪くも出来のよろしくない映画を見終わったような心持ち

装神少女まとい

全体:5/10 装神少女ゆまちん:8/10

ゆまちんいなかったら途中で切ってたと思う。ゆまちん可愛いしたいから見てた。ゆまちんの持霊も可愛い。でもゆまちんの友達にしては大人しすぎるのでシャーマンキング玉村たまおと持霊交換するといいと思う。

変身物における「変身した後って消滅した服どうなるの?」という疑問に「もちろん消滅したままなので全裸になります」という回答を選ぶ辺りが実に深夜アニメテレ東でやってるキッズアニメを1クールに再編成してちょっとエッチにしたような感じで全体的に地味、悪くもないし良くもない普通アニメ。普通がいちばん。でも見るアニメいくらでもあるこの時代では普通+αが欲しいと思うのが視聴者の心情。

魔法少女育成計画

全体:8.5/10  ねむりん:10/10

ねむりんがすごくかわいかった。ハードゴアアリスもかわいかった。自分は興味なかったけど男の娘も可愛かったと思う。でも魔法少女たちは死んじゃうから悲しいぽん。辛いぽん。

魔法少女が次々殺しあうまどマギフォロワーという事さえ理解すれば後はまったりと殺し合いを眺めつつ魔法少女かわいいすればオッケーの分かりやすいコンプセトの作品。甲賀忍法帖に匹敵しかねないレベルキャラが次々死ぬため同じようなマッチアップが繰り返されたりもしないし、能力の個性により戦い方に幅もあるためこの人数で殺し合っても飽きが来ないのがグッド。

1クールの中でキャラや設定を綺麗に使い切って終わっているのはかなりの評価ポイント。能力を上手く使った物語づくりは流石の小説原作といった所だが、それを映像として上手く調理してくれたスタッフも素晴らしい。キャラの可愛さと露悪的な物語と能力者バトルが一度に楽しめて深夜アニメとして非常に美味しかった。

灼熱の卓球娘

全体:6/10  レズイナー:8/10

スポーツ物ではあるけど百合的な側面がかなり強い。メインの登場人物カップリング単位でキャラ作りされていてライバル校のキャラクターまでがカップリングを前提として作られているのを感じた。試合中等の心理フェイズもひたすら友情(?)を軸として行われいて好みが別れる所ではあると思う。仲間と共に成長する、仲間の為に戦うという熱いシーンとして捉えつつも、女の子の友情(?)って素晴らしいなあと考えられば2倍美味しいので個人的には楽しめた。

女の子動物園スポーツアニメとしてすごく無難な作りだったと思うのだが、正直に言うと1話段階では凄い面白いアニメ始まったなと感じていたので最終的には無難アニメまりになって少し残念ではある。区切りのいい所で終わるために仕方ないんだろうけど1クールかけてやったにしては試合数も少なく若干間延びしてる所は特にもったいなかったかなという気も。続き物の序盤だけありチュートリアル的な展開が多く、起承転結の後半部分に当たる要素が少なめで物足りなさを感じる。とはいえ全国という明確な目標に向けての上向きなエネルギーを感じる終わり方であり、俺たちの戦いはこれからだENDとしてはかなり良い切り上げだったので、こういった作品は起承転結の前半部分が持つ盛り上がりのエネルギーを楽しむアニメなのだなと考えを改める事にした。

PS:OPのレイズナー演出は最初面白かったけど慣れるとただの今回予告でしかなくあんまり楽しくなかった。

ユーリ!! on ICE

全体:8.5/10  ┌(┌^o^)┐ホモォ……:10/10

アイススケートという競技自体が持つ話題性の割には数が少ないスケートアニメの久々の新作。プリティーリズムあくまアイドルアニメとして捉えれば銀盤カレイドスコープから10年ぶりである。その年月の間に映像技術が圧倒的に進歩したのか予算がしっかりと付いているのかスケートシーンの出来栄えはかなり高い。アニメという架空を描く媒体である強みを活かして実際のスケート以上にインパクトのあるカメラワークが行われているのが非常に良い。モノローグやそれまでのエピソードによりそれぞれのキャラクターの心情が映像と共に流れ込んでくる事もありスケート中の臨場感はかなり高い。

純粋スケートアニメとしても楽しんだけどそれ以外のシーンでは何度かホモっぷりを茶化しながら楽しんでいた。最初のうちはおいおい腐女子へのアピールですかと笑いながら見てたけど、まさか結婚指輪には……大爆笑でした。こういうの慣れてなかったらどういう顔したらいいのか分からなかっただろうけど、色々アニメを見た結果笑えばいいと思う事にしたので自然と笑ってた。ホモ的な要素を省いて見れば2人が既に対等の存在になっている事を示すシーンではあるんだろうけど過剰演出すぎて笑うしかなかった。まあこういういのは中途半端に匂わされながらだらだらした絵を作られるよりも勢いよくホモってくれた方が、ホモきじゃない側としても見てて面白いんだよね。笑えるから。

競女

全体:9/10  原作超え:10/10

原作の力を完全に活かし数倍の面白さを持つに至った脅威のアニメ化。緊張感のあるBGMや重厚な金属音が付くことでシリアスな笑いがここまで強化されるとは。スポーツアニメでなくバトルアニメに使うような演出の多様や、必殺技の書き文字により乳や尻で人間離れした技を繰り出している事が強調されもしかして熱いアニメなのではと勘違いしそうになる。いや実際熱いアニメになっている。お馬鹿で熱いアニメなのだ

アニメ化の完成度も素晴らしいがそれもこれも原作の狂った発想力がまず土台にあることを忘れてはならない。常識離れした専門用語がさも当然のように飛び出し、乳尻を打ち合う勝負にエロさではなくまっとうな競技性を誰もが感じている狂った世界観あっての事。アニメではその強みを読み違えずに登場人物の真剣な語り口調によってしっかりと補強し命を吹き込んでいる。安易にシコれるエロへとなびかずどこまで笑えるエロに全振りしていったスタッフの侠気に感謝。作り手の原作理解と良い物を作りたいという気持ちを強く感じる素晴らしいバカアニメだった。

ガーリッシュナンバー

総合:4/10  何で売れそうにないアニメ作るんだろうね:10/10

SHIROBAKOになれなかったアニメであり、俺ガイルになれなかったアニメでもあり、売れてないけどちょっとは売れた何で売れそうにないアニメ作るんだろうねアニメである自虐風自慢前フリが見事にただの自虐で終わってこれはこれで美味しい展開。駄目な子ほど可愛いという作品のノリともしっかり合っているしいいオチ。作中でもクソアニメだったけど好きだったと自分で言ってるしまあ本人達が満足ならいい事だ。いい事なのかなあ……。

何で売れなかった分析は他の人に任せるとして個人的感想を言えば、カタルシス的要素にかけるという部分につきる。作品が終わってもクズさんも一時の熱が引けばクズのままだし、ちー様も成長したというには振れ幅が小さい。一度マイナス方向に進んだ物語がゼロに戻る話は、そのままの勢いでプラス方向に突き上げていくから気持ちいいのであって差し引きほぼゼロで軟着陸されては見ている側のモヤモヤが行き場を無くしてしまう。作品全体の持つマイナスエネルギーが結果として目に見える大きなマイナスとして現れていればそれもまたオチとして形になっていただろうけど劇中劇が売れませんでしただけでは何とも中途半端

戦国鳥獣戯画

全体:5/10  絵柄:8/10

絵柄の力だけでゴリ押ししきったアニメ動物化して知能がヤンキー高校レベルにまで低下した戦国武将たちのほのぼのっぷりが良い。林原めぐみの妙に落ち着いた語りもシュールさを後押ししていた。

てーきゅう

全体:5/10  飽きた:6/10

流石にそろそろマンネリしてきたよねえ。

DRIFTERS

全体:7.5/10  おっぱいーぬ:7.5/10

微妙な違いはあるけど漫画がそのままアニメになってると感じた。個人的には豊久の声に重さが足りないのが気になった。でもこれは自分が原作を読み違えていただけで豊久は元々軽い調子でキリングマシーンしているキャラだっていう気もするので「アニメの豊久はこういう物」として受け入れる事に。

漫画の決めゴマが持つゾクっとするインパクトこそ無いけど動きが付くことで映えるシーンもあってアニメアニメとして楽しい。特に銃や爆発といったシーンは信長が言っているように音があるとないのとでは大きな違いがある。他には黒王の増殖能力が持つビジュアル的不気味さは動画のが印象が強まるね。

Lostorage incited WIXOSS

全体:4/10  顔芸:2/10

こうやれば喜ぶんでしょーという匂いが強すぎる顔芸は好まず。里見が裏方としての顔を脱ぎ去ってラスボスになってからの演技過剰な露悪っぷりがそもそも好きじゃなかった。ラスボスが好みじゃないので後半はいまいち盛り上がれなかったかな。物語自体も主人公たちは助かったけど問題は根本的に解決してなくて性格や内面の性別が入れ替わった人は続出し続けてるままというオチだし何とも消化不良。色々と二期に投げるのはWIXOSS伝統って奴じゃろか。

かれこれ3クール見たけどゲーム自体のルールは未だにチンプンカンプンコイン技という分かりやすい必殺技の登場で何が起きてるのか何となく把握出来るような気分になれたのは前作からのいい変化かなと。コイン技絡みのとんちが効いた盤外戦術ならルール自体分からなくても理解できるしね。最初の頃の遊戯王みたいだったねあのとんち。攻撃するのは月!岩石の巨兵!砕岩剣!そういやあのシーン魔法カードになってるらしいね。

ジョジョの奇妙な冒険第4部

全体:7.5/10  日常パート:8.5/10

杜王町不思議日常再現度はかなり高かった。キャラクターの喋り方はおおむねイメージ通り。彩度高めな町並みもコミカルな4部の雰囲気にはピッタリだった。不思議な力と共存しながら戦いながら生きる康一君たちの日常を覗いてるという感じがよく出ていた。

とはいえ殺人鬼との熾烈な戦いにより緊迫感が最高潮となる終盤ではポップ寄りな絵だとパワー不足を強く感じてしまった。単行本の表紙を思わせるカラー変更やBGMなどを駆使して何とか強い印象をもたせようとしていたが元の作品が強すぎて追いつききれていない。漫画で読む際に気にならなかったキャラセリフの長さから来る悠長さも誤魔化しきれなかった場面がちらほらあったように見受けられる。3クールぶっ通しともなると最後はかなりキツかっただろうからそれを考えるとよくやりきってくれたと思う。

ろんぐらいだぁす(まだ終わってないけど)

全体:4/10   レガリアった:9/10

作品そのものよりも放送を落としたり作画おかしかったりする事の方が話題になったアニメ自転車の3Dが時折怪しくなったり食事シーンによく分からない物が写ってたりモブのキャラ色違いコピペ軍団だったり総集編を作るにはネタが少なすぎて唐突に実写が混じったりしているのが見所。作中で「リタイア」「ハンガーノック」「足切り」「間に合わなかった」といった単語が出てくると思わずにやけてしまう。

いい部分の話をすると、人が「沼」に嵌っていく過程を安全圏から眺める楽しさが詰まっていた所は大いに評価したい。最初に中途半端な物を買っていつの間にか使わなくなったり何かあるとすぐ追加装備の購入を促されたりと、悪徳業者にでもカモられているんじゃないかという勢いで出費がかさむ姿はまさに「沼」。でもその結果として前出来なかった事が可能になったり仲間と親密になれたりとご褒美が待っていてこれまた「沼」。

作画の出来が正反対なら別ベクトルの楽しみ方も出来たのかなと思うのでそこは残念。しかしまさかこのアニメガルパンのような引き伸ばしをするとは……もう10話で完走でいいでしょ……足切りでいいでしょ……ガルパンの方頑張れよ

響け!ユーフォニアム2

全体:7.5/10  回れよ:0I/8

1期で一通り仲良くなったし2期は平和けいおんやる可能性もあるのかなと思ってたら全然そんなことなかった。相変わらず若さをぶつけあってギスギスしていて実に中学生日記。何を考えているのかわからなかった相手が仮面の隙間から剥き出しの感情を見せる魅せシーンも多く音楽にあまり興味のない自分でも楽しめた。

努力の成果虚しく銅賞で終わったモヤモヤが、滝先生が麗奈に感謝を伝えるシーンやジョイナス先輩の父が送った言葉によって救われる物語構成は非常に納得感が高い。簡単にすぐ勝たせるでもただ負けて終わるでもない良い落とし所。全国に出たから来年は新入部員来そうってのも前向きで景気のいい話だ。しかし主要キャラに3年生がいると1年の重みが違うな、メインが教師と同学年ばかりの作品だといつの間にか2年生や3年生になっても特に変化ないから久しぶりの感覚だ。

提供は今回も可愛かった。

ブレイブウィッチーズ

全体:5/10  3D:3/10

501と比べると全体としてキャラにあんま魅力がないというか誰が誰なのかよく分からなかった。というか主人公の出番が多すぎてその分他のメンバーが割りを食った感じ。502の中だとカタヤイネンと菅野さんはひかりや前作キャラとの絡みも多かったしキャラも分かりやすくて印象に残った。まあ元ネタ知名度高いし優遇されてた所はあるんだろうな。やっぱキャラの魅力で引っ張るアニメだから三馬鹿以外のキャラの描写がやや薄めだったのは残念だったなあ。

残念といえば3Dが2Dと違いすぎて違和感が凄かった。動いてればまだいいんだけど動きが鈍いとゲームムービー見てるような気分に。3D除けば戦闘の出来は悪くなかったはずなんだけど、3Dの出来が本当にキツい。作画が切り替わりすぎってそっちが気になってしまう。ストーリーはまあいつも通り王道で悪くなかったけどこのアニメシリーズどんどん根性論になってきてんなあというのは気になった。

フリップフラッパーズ (こっそり追記)

全体:7.5/10  アニメーション:9/10

アニメーションは凄かったけど「アニメ」としてはそこまで圧倒的に面白いって訳じゃなかった。全体として映像にあまり意味が乗って無くて映像のための映像になってるのが良くも悪くもこの作品の性格なんだろうけど、そういうゲージュツ的なのは自分よく分かりませゆえ。がっつりピュアイリュージョンの考察やれば違った感想になるのかも知れないけどそこまでの熱意は沸かなかった。

雰囲気作りのために色々散りばめられてたけど、ストーリーの大筋は典型的ガール・ミーツ・ガールだよね。不思議出会いをした2人は最後はご両親に挨拶に行く仲になりましたとさの百合アニメピュアイリュージョンの中で結ばれるってのはつまり真の相思相愛百合こそが真実の愛って事なんじゃろ。ゲージュツはよく分からんテーマは伝わったぞ。

何であのアニメ見てないの?超面白いよ?という意見があったら君も増田にアニメ感想を書きもう。

そうすれば俺も何かの機会にそのアニメを見るかも知れないし、俺じゃない誰かがそのアニメを見るかも知れない。

2016-12-26

男女で安易に生きづらさの難易度を決められないけど

女性男性と比べて自分で発達障碍だったり負け組家系という事実を認めて受け入れず

荒唐無稽ジェンダー論に逃げる傾向があるよね

一部カルト化した界隈なんか悲惨

社会抜きにした自分の内なる弱者性と向き合えていないか

2016-12-13

建設的な意見を出せ!」となるとどんなにバカ荒唐無稽意見にも耳を傾けなければならない

バカな鉄オタの妄想に付き合うのはもうたくさんだ

2016-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20161210211402

スケートシーンの作画いくら良くても、ユーリの心情としてどうも「なんでスケートなのかよくわからない」ところがあり、キャラクターの中での優先順位がどうもスケートじゃないようなところが「ホモっぽい」の要因じゃないだろうか。曽田正人マンガとかだといくら恋愛入れても登場人物たちのなかでそれが最優先事項じゃない酒のツマミみたいなもん、といったコントラストが効いていて、ユーリはその作劇の部分でスケートアニメっぽくないという印象はあるな。

プリズムジャンプとかだと、あんだけ荒唐無稽でも、逆にキャラクターの中でプリズムジャンプへの執着と言うかあの瞬間のために存在しているぐらいの作劇が、ホモうんぬんの要素がいくらあっても刺身のつまにしているところがある。

2016-12-09

何かを好きになることで差別されたりはしない世界アニメについて

ユーリオンアイス、あまりに人気なので何話か見ました

はやりものに疎い腐女子です

嫌悪感はなかったけど違和感を感じた

久保ミツロウさんはTwitterで「この作品世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしない」とおっしゃっている

https://twitter.com/kubo_3260/status/806843079244201985

あの世界には同性愛差別は一ミリ存在していない、異性愛同性愛がただのこのみ問題である世界だってことなんだろう

その世界は、私が住んでいる世界とはまったく違う世界

ところであのアニメ世界主人公とほぼ恋愛関係にある(と思われる描写がいくつもされている)コーチロシア人だが

こちら側の世界にはロシア同性愛プロパガンダ禁止法という法律があってオープンリーゲイは大変生きにくい

”反プロパガンダ法では、「非伝統的な性的状況を作ることを狙った」情報、または同性愛異性愛関係が「社会的に同等」であるという「歪んだ理解」を持たせる情報を、未成年者に広めた者に対し、最大5000 ルーブル(約1万5000円)の罰金を科している。

 また当局者に対しては、そのような「プロパガンダ」がマスメディアインターネットを通じて広められた場合、最大20ルーブル(約60万円)の罰金が科される。外国人罰金対象になるだけでなく、最大15日間の身柄拘束と、国外退去処分が科せられる恐れがある。また団体には、最大100万ルーブル(約300万円)の罰金と、90日間の活動停止処分が科される。”

http://www.afpbb.com/articles/-/2953522

アニメなんて荒唐無稽でなんぼなところがあるんだし

同性愛が当たり前にある日常世界(それはおそらくこの世界がそれに近づいていくだろう世界)をアニメで描くのは何もおかしいことじゃないと思うけれど

なんの注釈もなしにロシア人フィギュアスケーターを出して同性愛を隠れテーマテーマでもないのかな)として描くのは

一足、あるいは二足飛びだって感じるところがある

ここまで書いて、私はこの世界あの世界とあまりにも違っていることを逆恨み嫉妬しているだけなのかもしれないなと思った

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124064919

宗教本質は「不安の解消」であって、宗教に頼ることな人生不安を解消できている人にとっては、宗教教義荒唐無稽ものに思えるでしょう。

死ぬのが怖い」と言う不安に対して、

死ぬ天国に行けます」という答えで、その不安を解消する。

「悪い人たちも一緒に天国に行っちゃうのは怖い」と言う不安に対して

「悪い人は地獄に落ちます」と言う答えを与える。

「どうやって判定されるの?」という疑問には

閻魔大王が決めます」と答えを与える。

これはあくまでも例えだけれど、人生のさまざまな局面で生じる不安に対して、こう考えればその不安を解消できますよという教えを与えて、

その妄想世界の中でうまく辻褄があうように構築・体系化されたのが教義なので、もともとの不安共感できない人には意図理解できないのです。

宗教豚肉を食べていはいけないという教えがありますが、その起源は「豚肉による食中毒を無くすため」だったり、

牛を食べてはいけない宗教では、牛を使役動物として使うので、食べられてしまうと困る事情があったりします。

2016-11-19

「全ての物事は変化は喜ぶべき、その変化の仕方がよかろうと悪かろうと変化に文句を言う奴は害悪理論。恐ろしい~。

こういうオタクが増えてる気がするから今のオタク気持ち悪い。

大抵が現状がたまたま自分にとって問題いから、文句言う奴は害悪!って言ってるだけなんだよなあ。

そもそもそういう老害だのにわかだのという立場問題でもない。

オタク趣味ってのはこれを言うと自分老害扱いされるから文句わず妄信し続けるとか、そういうちゃちい感覚でやるもんじゃない。もちろん個人勝手にそうするのは構わんがその思考選択普遍的正当性はない。

そういう所からも、最近オタクオタクを周囲に認められるステータスのためにやってるんじゃねえのか感が見え隠れするよなあ。好きだからやるのが趣味だろうが。

売れてない作品だろうが好きなら好き、売れてる作品だろうが嫌いなら嫌い。古い作品だろうが好きなら好き、新しい作品だろうが嫌いなら嫌いってもんだろ。

お前は新しい作品シリーズが出る度に、老害なっちゃうから古い作品シリーズのことは売って忘れて新しい作品買うための資金を稼ごうとかやってるのか?って


自分らが突然割り込んできたくせに、我が物顔で新しいことは全部正しい、古いことは全部悪い、とただ文句いう奴が気に入らないだけの感情から作り上げた荒唐無稽理論

変わらない方がいいものもある。変わっても変わらなくてもいいものもある、変わった方がいいものもある。それを見極めようとする思慮のない奴は老人だろうが新人だろうが思考停止している害悪

古きは全て悪、新しきは全て善なんてそんな簡単な話なら世の中何も困らん。

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