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はてなキーワード: お笑いとは

2020-05-30

残酷事実……江戸落語の7割は、上方落語移植

面白いじゃないですか

TBS『Nキャス』での安住紳一郎さんの発言です。椅子から片脚で立ち上がるトレーニングスタジオの皆でやってる時、安住さんが腰を下ろそうとした瞬間、ビートたけしさんが椅子をさっと後ろに引きました。転んだ安住さんの、顔を複雑にゆがめながらの一言

「何が面白いねん? まだこんなことやってるんか……」

くまモンテレビ熊本番組でそれやって、大批判受けたのにね」

「何でこれが問題にされへんのやろ?」

爆笑太田さんもこれに似た悪ふざけをします。それも、どちらも素人相手にやる。真面目に何かをしようとしてる背中を突いたり。この、芸とも言えない、機知ともお笑いとも言えない幼稚な行動をトップコメディアンが恥じずにやる。同じことを上方(かみがた)の芸人さん特に大御所テレビでしてるとこを、少なくとも私は見たことがない」

「あちらの『ぼくのかんがえたさいきょうのユーモアなんやろなあ。……タモリさんは?」

「あの方もキー局があちらにあって助かったタイプ芸人さんやわ。お正月番組鶴瓶さんを絶句させてはった。鶴瓶さんが『~してはる』言うた時、声張り上げて『はる!?』て笑わせにかかってた」

筑紫福岡言葉は完全に捨てはったんやね……こういう言動に笑ってみせなあかん立場の人らが気の毒やわ」

「いわゆる標準語て、本格的な教育が始まってまだ百年経たへん人工日本語やのに……」

「作られた経緯考えたら、『戦争演説語』『ジークジオン弁』やんな」

「さすがの鶴瓶さんもしばらく俯いてから『はる、があかんか?』て呆れ声でつっこみ返してたわ」

2020-05-29

山里亮太

数多ある意見の1つに過ぎないかも知れませんが、この度の悲しいお知らせについて、とても重要なお願いがあります。ぜひご一読頂けると助かります

今回のことについて、またそれについても様々なことをSNS上でみな好き放題言っています。我々はこういう風に対面で顔を合わせなくてもコミュニケーションができる時代になって、その最も身近なものであるSNSと、どういう風に付き合っていけばいいのかほとんどの人は困惑しています。顔を合わせなくていいということから、どんなことでも発信でき、また(SNSのない)日常生活では言われないようなことを言われたりするようになってからSNS上で見えている相手バーチャル人間だと考えるようにし、自分(人間)vs相手(機械)のように接していますしか自分普段自分と違う人間のように、普段なら喉まで出かかって止めるような文言さえも、あっさりと指をなぞらせて全世界へと発信するのです。しかしその割に相手(機械)の言うことには感情を揺さぶられ、たびたび日常生活ではあるまじき過度な言葉相手を責め立てることもありますさらに、膨大な情報量。誰しもが発信できることから必然的日常生活ではわざわざ聞くことのない人の意見まで(要か不要かに限らず)目にせざるを得なくなりました。

と、ここまで書きましたが今回のことが、何が一因であったのかということについては、色々な人がこれもまた勝手意見いくらでも言ってくれていますしか自分も正直それを精査していく、という気分にはなれません。一人の尊い命を失った悲しみもさることながら、何よりもうこの情報化社会情報量に疲れてしまっていて、さらにはSNSの使い方についてあれこれ言われてしまうことは、何か自分の一番柔らかい部分に触られているようで気味が悪いような気もするからです。

ですから、この誹謗中傷がどうだとかについてこれ以上触れることはしません。今回自分がわざわざメッセージを送ろうと考えたのは、自分なりの考えを伝えお願いしたいことがあるからです。

人間は、というか自分のような人間は、どこから台本なのか、ということを小さい頃から気にして見てしまますテラスハウスはもちろん、ラジオお笑いや、とかくエンタメ全般的に。大人になればなるほど、その線引きの部分が段々と分かってきました。コンテンツ制作する上では、台本はなくせないということも。そうすることで、面白さが担保できる。その場で生まれるかわからない爆笑を待つよりも、安定的面白い方が大事だというのが根源にある。

テラスハウスもずっと楽しみに見ていました。2020東京から過去作品も遡ってほとんど見ました。このテラスハウスでも同様に、どこまでが台本なのか、と考えましたが、それについてネット上では正確な情報は開示されていませんでした。それでも、まぁいいかと楽しんでいました、所詮エンターテインメントなのだから

しかし、その楽しい時間は実にあっけなく終わってしまいました。

台本があって、それに従って演技をする出演者の方々。すべてはただの操り人形であり、それを見る視聴者たちは騙されてあげて、楽しむ。騙されていながらも没入して、そこで同じように感情を揺さぶられて楽しむ。どんなエンタメもこうして楽しんでいるのに、現実で人が一人死んでしまうということは、そんな平和世界で行われるエンタメの中には決して存在してはいけない概念です。

少し戻って、自分が引っかかるのは、そもそもこれが台本であったのかどうか、ということです。彼女番組の指示通りに、また示唆されて作為的にあの「コスチューム事件」を起こしたのであれば、これが自殺につながったと言っても過言ではないのですからテレビ局殺人とも言えるでしょう。そうでなかったとしても、悪意のある編集があったという新野氏の証言があります。そうした番組を取り巻く諸々が、視聴者には何一つとして知らされていないのです。

これ以上は長くなってしまうので、簡潔にいたします。お願いというのは2つあります。1つは彼女がなぜ自殺しなければいけなかったのか、番組制作という面からそれを解明すること。テレビ局で働いている人々の大半はきっと善良な人達なのだろうけど、舵取りはいつも腐り切っているように感じます。この事件が闇に葬られてしまう前になんとか事実をすべて開示して欲しい。2つ目には、彼女自殺以降おそらくひどく誹謗中傷を受けているであろう出演者の「彼」やその他の人々の精神ケアです。頭の悪い人たちは「彼」があんなことをしなければ彼女自殺することもなかったというでしょう。実際、死んだ人が責められることはほとんどありません。今後苦しい思いをするのはいつも、今、そしてこれから生きていく人たちなのです。

この2つを、出演者でありながら、一個人としては制作には関係のない貴方にお願いしたい。きっとこれを読まれても、お願いするところが間違っているのではないかと思われるかも知れません。しかし僕は、貴方の「一生をかけて考えたい」という言葉を信じたいのです。その覚悟があるならば、すべて自分のうちに閉じこもって考えるのではなくて、少しでも何か行動をして欲しい。山里亮太が、あの番組マスコットのような立ち位置で、あの時間だけは番組傀儡だったかも知れない。しかし世のSNS上の人々のように、貴方の本当のところは人間である、ということをどうか信じさせてください。そうしてこれからも、後ろめたい気持ちなしに、エンタメ傀儡となる貴方を楽しませて欲しいのです。

2020-05-28

去年はどっかのお笑いコンビを『誰も傷つかないお笑いだ!』って持て囃していたけど

結局民衆の多くは『誰かを傷つける笑い』が好きなんだなと今回のテラスハウスの件で思いました

ネットで聞きかじっただけのエア視聴者より

2020-05-26

ガネーシャの話であったけど

男が人生かけて、一生懸命 怪我病気を背負ってまで 必死コーディングして へっぽこで くずかもしれないが

なにがわるいんだ?神様からしょうがないけど、なんで邪魔すんの?宗教が違うのかな?

お笑い息抜きは大切だと思うけど、一生懸命書いたんだよ 性能でなくて悪かったな。そんなことに必死になってわるかったな。

相手必死に頑張って、リゲイン飲んで、くだらないクソみたいな努力 それなら やめちゃえばって 否定をしたんだよな?

かみさまから、あまえさせてもらうよ

自分だってよくやっちまう。きをつけてるけどな。やっちまった・・・はある。

問題! 女性です AKBグループ想像してみてね。

子供の頃からピアノをやってます

ピアノほぼ未経験 理系大学卒 メーカー勤務

まちがえられるかどうか?

 

問題あなたは50人中 何人がまちがえるとおもいますか?

 

事前情報キャリアが20年違うよ

事前情報:ややお笑い感をもとめている

 

問題ピアノ名前をこたろ

 

今回の番組テーマフーリエ級数展開音楽でもよく使われる数学

 

問題:パネーラー紹介 準レギュラー回答者 女性 の名前 やや小柄

 

なおチャンネルは違うかもね? 想いはときだって超えられる。超えられないわけがない。こんな壁を!

2020-05-25

もう一周した感じ無い?

アニメマンガゲーム もう一周したなーって感じ

歌 もう何周もした感じ

仕事 もう一周したなーって感じ

パソコンや端末や家電 もう二周して飽きた感じ

政治ネタ もう一周してお腹いっぱいって感じ

フェミネタ  一周するまでもなくお腹いっぱいって感じ

運動 一周した感じ

美容健康 一周したけど良いのはなかった

歴史偉人 一周してもうネタ切れ感強い

オカルト はるか昔に何周もした

テレビお笑い もう何周もして無感情になってきた

恋愛 0周

一時期『誰も傷つけないお笑い!』って宣伝文句よく見たけど

やっぱお前ら誰かをいじめる方が好きなんじゃねーか

2020-05-23

ちょっとだけバラエティADやってたけど

テラハに出ていたプロレスラーが亡くなった件、

クソリプ送りまくってたひとや死ね消えろと呟いてたひとが彼女を死に至らせたのはもちろんだけど、両輪でテラスハウス彼女への中傷を煽るような演出編集したことについても考えてほしくて短い経験だが現場で働いていた身として書きたい。

私は2年程度バラエティADをやっていたがメンタルがあれしてしまったので今は違う部署仕事をしている(業界ではよくあることだ)。そんな短い期間で2つの番組にいたんだけど、片方はTHEお笑いバラエティで片方は生活に役立つ系番組だった。

お笑いバラエティの方は見ていた時の印象と同じく強烈な人たちが作っていて、酷い時は週に1人はADが飛ぶ(突如来なくなる。業界ではよくあることだ)みたいなレベルだったのでそれはそれで酷かった。

生活系の番組に来た時ここなら過酷ロケもないしと思ったら意外にもこちらのほうがやらせが多かった。

やっぱり日常系とか生活系だと淡白ものになりやすいので、そこに見ごたえをつけようとするとありもしない歴史を創成したり、極端な説を取り上げたり、片方を持ち上げる時にもう片方を過剰に貶すような表現を使わないといけなかった。でもどちらにも生産者とか関係者がいるわけでたまにクレームが入ったりするんだけど基本謝らない撤回しないが鉄則だった。(業界ではよくあることだ)

ただの生活情報教養を当たり障りなくご紹介してもつまらないのと同じで若い男女を一つ屋根に済ませたところでそんな頻繁に面白いことが起こるとは思えない。というか人間恋愛がそんなに面白かったら日常に転がってるんだからわざわざ番組で見る必要がない。

リアリティーショーでは時々「やらせがあった」「台本があった」なんて話が出てくるけどその度にうやむやになるのは

一般的想像される台詞が書いてあるような「台本」は無いからだと思う。

別に何かを読ませてはいないけど、ゲームでいう「イベント」が起こるように「仕込み」をしているのが実情だと思う(業界ではよくあることだ)。

「仕込み」と「やらせ」って何が違うのと言われると線引きが非常に難しいんだけど、全員が把握してるわけではない細工とか、番組として美味しくなるように焚きつけておくとかその類を仕込みと呼んで、あくまで俺たちがやってるのは演出でその結果生まれ出演者たちの言動リアクションリアルなんだからやらせじゃない、みたいなとこだ。

スタッフにも当然「仕込み」をしている自覚はあるので作為的にやってる認識もあり、それが当たり前になっているんだけど、意外にも視聴者マスゴミやらせと叩く割に目の前に流れている映像結構ガチ」だと思っているし、信じているなというのが辞めて視聴者に戻った今の印象。

本題に戻るが正直言って彼女は広く有名人でもないしデカ事務所に入ってるわけでもないし、プロレスを広めるためにこの番組に入ってきたという経緯がある。これをきっかけに新規層を切り開くという期待と責任があっただろう。

そして何より彼女ヒールとして、レスラーとして優秀だった。演出意図を汲むことも難しく無かっただろう。スタッフからしたら立場的にも性質的にも1番使いやす存在だ。

そしてバラエティ世界である程度生きているスタッフ例外なく不眠不休、(物質精神的)暴力、驚くほど低いモラル(モラハラセクハラ)に耐えた、耐えたというか自分麻痺させることでそれを消化したサバイバーだ。

これは私のいた番組共通していた。ほのぼの系だろうが過激派だろうがお役立ち系だろうがベテランAD以上はみんなこれを経験している。

サンプルが少ないわ!一絡げにするな!と思うかもしれないが偉いひとであればあるほど過酷経験をしているので、そこが受け入れられない新人は「面白くない」「面倒くさい」と毛嫌いされ、若ければ若いほど社会人になるまでに学んできたリテラシーとかモラルとのギャップの激しさ、あと純粋ブラック環境に苦しみドロップアウトする(業界ではよくあることだ)。

更に局員・非局員というエグい格差存在するのでここでは説明しないけど、とにかく「まともな奴から辞めていく」と口を揃えて言うのが番組制作現場なのだ

から彼女のこと駒として重宝していたとしても、人間として大切にしていたひとがどれくらいいたのかと思ってしまう。

断言できる、編集1つ、演出1つで煽り制御できた。スタジオで見守る芸人たちのコメントの切り取り方1つでも印象は絶対違ったはずだ。

一丁羅が滅茶苦茶になってキレたとはいえ帽子飛ばしたのはやり過ぎかもしれない、相手男性を追い出したようなものかもしれない。

でもリアリティーショーとしてのイベント面白みを残しつつ、ここまで叩かれないような編集をすることは可能だったと思う。

私はバイアスがかかっているのでもはやコスチュームを誤って縮めたこ自体、または派手に怒ること自体が「仕込み」だとしても驚かないんだけど。監視スタッフがこのまま一丁羅が縮むのを知っていて洗濯を止めなかったならそれもある種「仕込み」と言えるかもしれない。

テラハファンからは「でも番組として面白かった、楽しませてもらったよありがとう」みたいなコメントもあったが

番組面白さのために人が死んでいいわけが無いし、番組面白くしているのは間違いなく制作側の演出で、さじ加減1つで人は死ぬのだ。

誹謗中傷したひとたち、見てないと思って書いてしま私たちへの戒めは必要だ。私刑ではなく。

ただ両輪で番組面白くする演出のために人が死んだことについても議論されて欲しいと思う。人が死ぬという人権侵害が起こっているうえに他の出演者への誹謗中傷も広がっている状況を見るとBPO番組構造としての問題を探ることがあってもいいと思う(少なくとも警察公的機関より先に動かないといけない)。

現場で働いていたときは色んなことに(業界ではよくあることだ)をつけて納得していたけど、辞めて時間が経った今、どう考えても業界でよくあることは一般的によくあることじゃないし、それを放置していい時代も終わっている。

演出1つ、編集1つで防げた事態だ。コメントや表情の切り貼りなんかしょっちゅうやってるんだから緩和させるように編集することもできたはず。仮にそこが譲れなかったとしてもAPとか演者フォローを手厚くするとかできたことはあったはずだ。

番組制作に携わる人たちにもネットは怖いね!で片付けないで向き合って欲しい。他局だが既に演出に触れず誹謗中傷についてのコメントだけしている制作者がいて強い危機感を覚える。

ネットの闇」なんてワードで片付けないで、両輪でこの死に向き合いたい。

p.s.プロレス観戦が趣味だったので1回だけ新宿FACE彼女を見たことがある。メインマッチとかでは無かったけど印象に残っていて、たまーにインスタとか覗いていた。だから名前を見たときに本当に驚いた。当時撮った写真を見返したらまだ現場で働いていた頃の試合で、確かにその日の自分を救ってくれた1人だった。レスラーとして愛されて、確実にスターへの階段を上っていた彼女

バラエティ現場には年配を中心にプロレスファンも多い。もしかしたらプロレスのつもりでやっていたのかもしれない。でも結果として人が死んでいる。加減を知らない演出とショーと現実を知らない視聴者リング禍でもない、誹謗中傷で人が死んでいる。これはプロレスじゃない。

彼女にはリングで、プロレスをして、プロレスラーとして、輝いてほしかった。

ご冥福をお祈りします

補足:彼女誹謗中傷による自殺で亡くなったとは不明というブコメがあったので、私が投稿時で把握していた情報を並べます。今はスポーツ新聞とかで書かれているようだけど一応。

追記(2020.05.27)各所で彼女の死について取り上げられており、詳細を提示する必要が無くなったと判断したため、投稿が削除されているものに関しては引用を取り下げます

彼女Twitter最後投稿(削除済み)

彼女のインスタの最後投稿に「(飼い猫に向けて?)愛してる。長生きしてね。ごめんね」

・先輩レスラーであるカイリ・セインTwitter

「時差でアメリカ昼過ぎだったから(日本時間は夜中)彼女ツイートにすぐ気付くことができて、イオさんと一緒に直ちにジャングル叫女ロッシー小川さんに電話しました。

きょうなは全力で向かいました。

だけど…

間に合いませんでした」

他にも同じ所属団体レスラーなど既に沢山のコメントが出ていたので、そこから判断して投稿しました。

公式の発表を待たずに書くのが好ましくないのはわかっていました。しか彼女の元々の知名度もあってこの時すでにトップエントリに入っている記事も1つ2つ。発表を待っているとこの件が既に話題として流されてしまったり、ワイドショー等で「ネットの闇」的取り上げられ方ばかりされた後だと届かないかな…と思い、先走りですが投稿した次第です。すみません

2020-05-22

anond:20200522112630

そもそもアジア音楽文化が入ってこない&男性アイドル文化希薄やっただけやろ。

その理屈やったらアメリカで大ヒットしたお笑いアジア歌手もっとたくさんいるはずやんけ。

anond:20200522112001

アメリカ人誰でも知ってるレベルの売れ方した黄色人種坂本九レベルまでさかのぼらないと無くて

アジア人にはお笑いしか与えられてない時代が長かったのは事実なんだよなあ

あと坂本九は女がアイドル的に熱狂はしていなかった

ビートルズマイケルジャクソンジャスティビーバーに向けるようなキャーが黄色人種に向けられたことはなかった

anond:20200522110706

お笑い枠じゃないと売れない」からBTSもっと売れてる」に論点をずらすのやめちくり

BTSのすごさをアピールしたいだけやろそれ

anond:20200522105520

PSYのやつは白人がやっても普通に笑うけどそれを言いたいのではなくて

PSYヒットの時代までは黄色人種お笑い枠でしか売れることができなかったということを言いたい

2020-05-19

これがホントお笑い

そのうち、シムラケンが亡くなったのはアベのせい!とか、お笑い芸人たちがムーブメント起こしそう(笑)

2020-05-18

てんしとあくま川口さんが亡くなったことに関して

お笑いは好きだが関東在住のため、俗に言う「関西お笑い」にはあまり触れていなかった

レースで決勝に行った大阪よしもとの芸人テレビで見たり、そこからYouTubeで周りの芸人ネタを発掘してみたりするぐらいだった

てんしとあくま」の存在自体は多分6、7年前くらいかぼんやりと知っていた

M-1キングオブコント上方漫才大賞などの賞レースでちょいちょい名前見るな〜という程度の認識だった

2015年の「おもしろ荘」で初めて地上波ネタを見た 面白かったという記憶はあったがどんなネタだったかは忘れた

今年3月の「ザ・ベストワン」でもネタを見た これも面白かったんだけど次の日にはもう忘れていた

漫才劇場(俗に言うマンゲキ)にレギュラーで出演されていたらしいから、関西劇場に通うファンならお馴染みの存在だったのかもしれない

関西のよしもと芸人によくいるネタはどれも水準を保って面白優等生タイプ、でも平場を見なければインパクトに欠ける、ただハマる人はめちゃくちゃハマる、ハマらない人にはすぐ忘れられるという印象だった

最近若手芸人にいるような「チャラ男で派手なパリピ」「元消防士から芸人に転身」「芸人と並行して税理士をやっている」といったキャラ付けも無かった

ただただ、ネタをやるだけの芸人

そんな芸人ごまんといる そういう人らに限ってネタ面白くて、でも世間評価はされない

から二日前、ツッコミ川口さんの訃報ネットニュースで知るまで久しく「てんしとあくま」の存在は頭からサッパリ無くなっていた

サッパリ無くなっていたというのに、衝撃だった

「えっ!?」と声を出してしまった

36歳の若さで、持病の内臓疾患で急逝だそうだ

数日前までは他の芸人リモート配信に元気に出演していた

てんしとあくまがそんなに印象に残っていなかったただの一お笑いファンだったはずなのに、泣けて泣けてしかたなかった

てんしとあくま真剣応援していたファンの方の気持ちなんてこんなもんじゃないだろう

他の芸人Twitterの呟きも見たが、「まだどう受け入れていいのかわからない」というものが大半だった

訃報が出たその日に行う予定だったZOOM配信生放送が次々と中止になった 「諸事情により急遽中止します」という事務的な連絡で

なんだろう、対して追ってなかったはずだったのにこの喪失感

心にぽっかりと穴が開いたような、ってこういうことか

その日のうちにYouTubeてんしとあくまネタを見た

ああそうだそうだ見たことある、と思い出せるものばかりだった チューリップ漫才椅子コント

面白いなあ

今まで頭の片隅にぼんやり存在していたてんしとあくま存在が急激にはっきりとした輪郭を持ち始めている

いやなんでだよ M-1決勝進出かにしてくれよそういうのは なんで訃報なんかで初めててんしとあくま存在をはっきり意識しなきゃいけないんだよ

今も頭の中が川口さんのことで埋め尽くされている 対して好きじゃなかったくせに

36歳なんてまだこれからだよ

M-1だってまだ出場権あったのに

一人の芸人が亡くなったんだなあ

うわなんかすごいやだな

ちゃんと生でネタたかったな

2020-05-17

セクハラ差別否定お笑い否定

性差別禁止すればお笑いの2割くらいはできない

勘違いや誤解を笑うネタが残りの8割だろ

知的障碍者や発達を笑いものにするのがお笑い芸人仕事なんだから

そういう規制を厳しくすれば、放送芸人の居場所はなくなる

2020-05-16

anond:20200515223248

女は通勤で置換され、会社で足の指が曲がり、昇進にガラスの壁があり、献血ポスター巨乳セクハラだし、お笑いの人が不景気風俗可愛い子が増えるというと誰も読まない長文で叩きに行くし、子育てしようとすると保育園に落ちて日本史ねと思う、みたいな書き込みとかブクマとか多すぎと思う。

いつまでもパールハーバー」が嫌なら

アメリカで何かあるたび、いつまでも真珠湾攻撃を持ち出されるのが嫌なら、

劇薬ではあるが、方法がないことはない

あの戦争立案実行した関東というエリアを、日本から独立させたらいい

「この国は首都圏が支えてる」「地方お荷物」と日頃言う類の関東人なら、

喜んで日本脱退を支持するはず

国際連盟を脱退した時のように、日本から出て行けばいい

独立してやっていけるだけの力が、あのローム層にあるとは思えないが)

いかげん気づくべき

あの大本営的な気質は、関東ならでは

痛々しいプライドが先行しているのは、ここ数か月の右往左往を見てもわかるはず

個人的には、乾いた強風の吹く痩せた平原という歴史(の弱味)が、今も影を落としている気がする

大戦メルトダウンの原因、お笑い五輪……こんな地方日本に要るか?

2020-05-13

笑点」の大喜利は観客が少ないと笑う雰囲気ではない

5月10日放送の「笑点」の雰囲気

無観客かと思ったら、長椅子に1人の間隔でお客がいる状態

大喜利が行われた。観客は多くない。

司会. 春風亭昇太. 大喜利. 三遊亭小遊三三遊亭好楽林家木久扇林家三平三遊亭円楽林家たい平

出演者も間を開けての着席となった。

離れているからか、木久扇師匠ボケも滑った感じに、小遊三師匠の少しいやらしいネタセクハラ気味に聞こえる。

円楽師匠の腹黒なところも嫌味に聞こえる・・・

絶妙距離感絶妙な間合いが、微妙距離感微妙な間合いへとなってしまっている。

なんかちがう

なんかちがう

わろえない

わろえない

時事ネタコロナ話題に触れた答えが出るとドン引きしてしま

お笑いでは絶対コロナ話題をしてはいけない!

芸人テレビラジオコロナ話題にしないように!

1000%笑いに繋がることはないか

5月12日からリモート出演ということで、昇太師匠のお題に出演者

自宅からオンラインで応える方式になるとのこと。

中途半端に観客を入れるよりも、そっちのほうがいいかもね。

anond:20200513110528

批判してるやつにお笑いな連中が多いからって、ナショナリズムのアホさが減るわけじゃないんですけどね。

anond:20200513110411

そうやってナショナリズムに唾吐きかけて回るような連中が、なぜか中韓のそれだけはウエメセ否定しないどころか必死こいて持ち上げちゃうのがお笑いなんだよねえ

2020-05-10

https://nyakapoko.github.io/post/10_engeki/

この記事、読み飛ばししまっているひとも多いと思うので、私の解釈で完結にまとめると、


1 コロナによって演劇のコアの部分がダメになってしまった。

2 演劇は他業種よりもクリティカルダメージを負っている。他よりも援助が必要である

3 専門分野ではないことについての言及を正確にするのはコストがかかる。

4 そのコストケチって発言してもいいよね。だって困ってるんだし。


ということです。

だったら専門分野外のことについてワザワザ語らなければよいのではないか

専門分野外の比較自体コストを生み出すことであり、

4を是とすれば、そのコスト聞き手、もしくは放言された当事者が負わなければいけないことがわからないのか。

そして、まさに現状がそれである、ということがわからないのか。

と思うところはたくさんですが、それより書きたいことがあります

ただ酔っぱらっているのでしっかり書ききることができるのか少し不安です。

また、わたし自身演劇についてたいして詳しくありません。なにぶん映像畑の分野なのでご了承ください。

まあ、そのコストケチって発言してもいいよね。だってもやもやしてるんだし。


まず上のブログにある、演劇のコアの部分とは何かというと、観客との共犯関係なのですが、

これがライブで、そして観客の息遣いを感じられる距離でないと不可能であるという意見です。

これには一理あります。が、これが実際に“演劇”のコアなのか。


私は映像人間なので、例えば映画お話しましょうか。

映画というのは、映像をつかってナラティブ(わかりやすく「物語る」と言い換えましょう)をすることと定義できます映画から見れば、そうではありません。

(「いや映画光と影構成される芸術だ」という方もいらっしゃるしょうが、今回はその定義映像に渡してやって、映画定義は狭くとらえます

映画を観るというのは映画館で観る、もしくは”複数の観客がいる映像主体とする場”で映画を観ることを、『映画を観る』と言います

なぜなら、映画というのは観客と製作者との共犯関係にある芸術からです。

例えば時代劇で、主人公と敵が刀に手を伸ばします。この画を1分間続けるとどうでしょうか、

映画館であれば観客は緊迫します。きっと固唾をのむことでしょう。

そこで居合、切り合い、観客はわっと盛り上がります

しかし、これスマートフォンストリームだったらどうでしょうか。ダブルタップの15秒スキップかもしれません。

一緒に固唾をのむ観客がいない分、気持ち半分かもしれません。


映画演劇は記録されたもの記憶されるものの違いがありますが、

観客との共犯関係表現を強固にするのは、映画演劇も変わりありません。

ブログではとても卑怯にも演劇ビデオという比較で書いていますが、

映画だってかわりないんです。

また映像芸術の中には特殊な上映形態をもって作品とするものもあります

これは、劇場美術館でなければ全く成り立ちません。

劇場でないと成り立たないのが演劇特殊性とか馬鹿みたいなこと言っていますが。

実際には映像芸術の方がヤバいですよ。


しろライブ修正の効かない分、映画はどのように共犯関係を生み出すか、研究研究を重ねております

高級な映画(半分皮肉ですが)においては、視線誘導のため、まばたき一つ計算して撮影編集しているわけです。

私は普段、何かの映画について話すとき、『映画のもの』と、観客と生み出す共犯関係=『映画体験』をそれぞれ分けて話します。

演劇についても同じことが言えるのではないでしょうか。

上のブログの筆者が語るのは演劇体験についてです、これは確かに演劇構成する一要素ですが、演劇のものを単体としてみた場合に、

まり戯曲演者がその身体性をもって物語るという行為についてですが、これはいったいそんなにも弱いものなのでしょうか?

身体というものには限界がありますが、その身体によって生み出される力強さというのは確かにあります

現代舞踏なんてものはその身体という籠を生かした表現なわけでしょう。これは弱いものですか?

それを使って物語る。素晴らしいことじゃないですか。

演劇ライブ配信する。そこにはカメラがありスイッチャーがある。

ということは、それでもって映画体験の応用で演劇体験を、十分でなくても再現することはできませんか?

例えばブロードウェイ映像化なんてのは、セットを映像用に用意しカメラをかなり寄せて撮っているわけですが、

それでもあれを映画という人はいないでしょう、演劇であるという認識はしっかり与えることはできるわけです。

また演劇体験的なるもの本質になっているというので言えば、お笑いどうでしょうか?

テレビというメディアで昔から戦ってきた存在なわけです。

逆にスポーツ体験なくして成立するものでしょうか?

スポーツ選手のインタビューではよく魅せる試合なんてことが言われます

徹底防戦の試合で興ざめ、なんてこともよく聞きますね?

スポーツも実は共犯関係であるわけです。

それでも彼らは中継を行います過去試合映像販売します。

そういったことがもう何十年も前から行われている現代で、演劇演劇体験なくして存在しないなんて本気でいってますか?

なまいってんじゃねえって思ってしまます


また演劇映像にすると映画に食われてしまうなんて言ってますが、馬鹿じゃないのとしか思えません。

演劇映画物語る点は同じですがその根っこは全く違います

演劇はその身体物語を預けていますが、映画光と影に預けています

映画根本は影絵芝居といってもいいでしょう、影絵芝居は演劇に似ていますが、

影絵は物理的なものでなく、その像をうまく使えば、表現限界はありません。

演劇とは全く性質が違うものです。

映画はその売れ筋として、マーケティング的に役者に頼ってることはあっても、大本表現ベースとして役者や演技があるわけではありません。

勘違いしないでください。役者あくまで影と光をフィルムに焼き付けるための遮蔽物にしかすぎません。

例えば先ほどのブロードウェイ演劇しましたが、ドッグヴィルどうでしょうか?やはりドッグヴィル映画でしょう。

先祖万々歳は演劇でしょうか?いやこれもアニメでしょう。

それはそれぞれ、映画として作られ、アニメとして作られたからに違いありません。

演劇として作られた映像が、映画に負けるだとか、勝つだとか、そういうことは絶対にありません。

そもそも同じ土俵にいないからです。

演劇というのは、映画というより、むしろスポーツ音楽ライブの側なんですよ。

マシューボーンのなんちゃらと、タイガース試合をまとめた奴と、ラッドピローズライブ映像一般の人からみたら同じ枠なんです。

で、それが映画と競り合ってるなんて印象はないです。初めから勝負なんて存在しないんです。


はっきりいってしまえばスポーツが無観客配信でなりたつというなら、演劇だって成り立ちます

それが成り立たないというのは、おそらく上の文書にもある、演劇体験こそ演劇本質であるという転換が原因じゃないでしょうか?


演劇はなんら特殊でないです。ただのライブです。

もともと自転車操業だったライブが成り立たないという話でしょ。

だったらそういえばいいんです。演劇ライブメインであることなんてみんな知ってますから

2020-05-09

セクハラというものが騒がれ出した時の話

記憶や印象ベースの話をする。

もう何十年もまえだと思う。日本で「セクハラ」と言うもの認知され始めた頃の話。まだ当時の俺は小学生中学生だった。

アメリカでは同僚の女性に「あ、髪切ったんだ」と言ったらセクハラ解雇された、と言う話がまかり通っていた。

今ではあんなのは都市伝説、嘘の話だ、いくらなんでもそんなのがセクハラになるわけない、女を馬鹿にしている!と言っている人がいる気がするが、当時は「欧米ではそれくらい深刻なんだ」という文脈でわりと使われていた気がする。

さて、当時の論点は「どこからセクハラなのか」と言う線引きが必要なのと、それは果たして可能なのか?だった。

そりゃそうだ、話しかけただけでセクハラとか言われたらたまったものではない。

いろんな番組で男女交えて話していたのを覚えている。

そんな中で特に印象的だったのは、女性側(今となっては彼女らが何者かすらわからないが)の意見は「何がセクハラかは女性が決める!」と言う線引きだけを強硬に主張していたと言う点だ。

要は何かあった時にそれをセクハラと言って良いか権限女性に持たせるべき、と言う話だ。

どうやらこの主張は通ったと思う。社会人になってセクハラの線引きというのはついぞみたことがなく、セクハラ禁止、とだけ言われているからだし、今の社会セクハラがどう問題になってるか見れば明らかだ。

こうして女性の好みや気分でセクハラと言える特権誕生した。例えば女性弁護士が「福山雅治なら同じことしても許す」とかテレビ公言しても問題ない、お笑いで済ませられる位のものになった。

記憶ベースなのであれだが、おそらくあの時点で今の日本の男女の関係は始まったと思う。

何でこんなこと書いたかと言うと、最近恒例の女性が当時我慢しすぎた、もっと戦うべきだった、と謝罪してるのをちらほら見かけたからだ。

正直あの頃の女性はかなり攻撃的だったと思うぞ?と言いたかった。

2020-05-08

からTVが衰退するんだろって思うの

面白い番組がなくなったってのは、まあ規制だなんだと文句を言う輩が多すぎだからかなって思う。

ワンパな芸人が増えているのも理由の一つなんだろうけども、それは仕方ない。先人がやってきたネタと被る事はあるだろうし一周してまたブレイクする場合もある。

そういうお笑い番組は、もうしゃーない。

最近芸人イケメン女優をセットにして、食い物食わせて笑い話してるか、田舎歩かせて食い物食わせてるのを見ているとやることななっちゃったんだろうなって感じる。

時代の流れだろうが、だいたい食い物セットにしてて面白味が欠けてる。まだクイズ番組の方が多少笑えるなって感じ。

それらも衰退の原因なんだろうけど、一番の衰退原因は捏造メディアしかおらんことじゃないのって事。切り取りして本人が言ってないことを言ったような編集かけたりしてさ、

最初話題になるけど、そのうち本人が言ったこともないのに捏造編集されましたなんて告白が出てきて、叩かれるメディアって流ればっかやん。

あんな事をして一瞬の視聴率を得たがってるって馬鹿じゃないのかって思うくらいにメディアが腐ってるからTVを見るくらいならネットメディア記事読まずに一般人記事を読んだほうが身になるって、そんな流れになるんじゃないの。

毎回、叩かれる事ばっかやってる朝○なんかはもう論外だけども、あいつらの行動って学習をしないオールドタイプなんだよなって。叩かれても数歩あるくと忘れてるレベル。鶏かよ。

いや、鶏の方が頭いいか

なんでそんな馬鹿なことばっかしてるの?上が馬鹿なの?番組作ってるやつがおかしいの?両方とも駄目なの?

毎回毎回繰り返して、ドMかな?って感じ。

こんなの繰り返していたら、衰退どころか見るだけ無駄ってなって、そのうちネット配信業界TVに出てくるんじゃないの。

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