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2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621090129

実際、若いとき公務員やっててそれなりにその仕事情熱もってても、しばらくするとペットクリニックやるようになる、とかいう事例を知ってる。儲けの桁が違うから責められないよ。

2017-06-13

不細工な男が嫌い

不細工な男が嫌いだ。正確には最近、嫌いになった。

先日友人と二人で行き付けの居酒屋でご飯を食べていたら、隣の男二人組が相席を求めてきた。一人は塚本高史のようなチャラ男イケメンで、もう一人はドランクドラゴン塚地のような不細工男性だった。暇だったのと、ご飯代を出してくれると言うので話しに乗ることにした。二人組は33歳。私達よりも9歳年上だった。

チャラ男は見た目通りチャラかった。塚地似はそんなチャラ男のチャラいエピソード自分モテなさの比較で笑いを取っていた。そして、今まで自分女性にどんな酷い目にあってきたか話すので、同情してしまい、いい人だと思った。

飲み会が終わり、LINEFacebookを交換し店を出た。家に帰るとLINEが来てて、チャラ男からはまたご飯行こうとシンプルなお誘いメッセージ塚地からは私の容姿を大げさに褒めるメッセージと一緒に今日の楽しさの感謝メッセージがつらつらと書かれていた。何回かLINEを往復したが、塚地からは誠実でまめで優しく情熱的なメッセージが何通も届いた。うっかりときめいてしまいご飯に行く約束をした。

ある日、一人でその居酒屋にご飯を食べに行った。大将とは顔見知りでカウンター席で話していた。チャラ男塚地似も常連らしく、大将にこの間のことをからかわれた。そして、塚地似には気をつけろ。といった。

塚地似は女癖が悪く、出会った女にまめに誠実そうに口説き、何回かセックスした後に捨てるという事を繰り返しているらしい。女は最初の誠実さと酷い仕打ちに耐えられず、高確率メンヘラ化するらしい。それだけならまだしも、3ヶ月前に上司の娘と結婚したばかりだという。それなのに、女癖は治るどころか酷くなっているらしい。

話しを聞いて引っ掛かりそうになった自分に情けなくなったし、塚地似に猛烈に腹がたった。不細工なのに調子に乗っているからだ。不細工から誠実さを抜けば不細工が残るだけ。誠実で真面目であるからこそ不細工にも恋愛享受できる権利が与えられるのではないか。と思った。

大将いわく、チャラ男の方は彼女がいないときは色んな女の子に手をだすが、彼女がいるときは一途だそうだ。

イケメンはチャラくても良い。イケメンなのだから。遊ばれたって顔がよければ納得できる。

誠実なフリした不細工は許せない。性欲が有り余った不細工は一人の女で我慢できないのなら24時間オナニーしていればいい。

もう二度と不細工な男の誘いには乗らないと決めた。誠実そうでまめな不細工は遊んでいるし、誠実でもまめでもない不細工には存在価値など無い。

美大に行けなかった女

祖父画家だ。

美大卒業してすぐに専業画家として独立

その道の人が喉から手が出る程欲しがる賞なんかも受賞して、

から見ると画家として順風満帆人生を送ってきたように見えると思う。

しか祖父プライベートでは周囲にかなり迷惑をかけてきた。

戦争で家が燃え盛る中、貴重品には目もくれず画材だけ持って逃げたり、

駆け出しの頃余裕のなさからちょくちょくヒステリーを起こしたりとか、

そういう話はよく祖母とその息子(=私の父)から聞いたし、

画業が軌道に乗るまではかなりの貧乏暮らしをしていたらしい。

そのせいでうちの家系アート関係仕事に対して風当たりが強い。

父が美大ではない一般大学を出、一般企業サラリーマンとして就職した際は

一族からまともな奴がでた」と周りが泣いて喜んだという。


孫の私は小さい頃よく祖父の家に預けられていた。

(私も祖父都内住みなので、母が忙しい時、面倒を見てもらっていた)

父が幼かった頃はまだ生活に余裕がなく、祖父子供の面倒を見る事はなかったが、

絵が売れるようになってからできた孫の私の事はかなり可愛がってくれた。

祖父は私にお古の画材をくれ、好きに絵を描いていいと言ってくれた。

仕事をする祖父の近くに陣取り、見様見真似で絵を描き始める。

幼稚園児の絵なんてプロの目から見なくても下手くそだし、祖父から絵を褒められた事は一度もない。

それでも下手な絵を量産し続ける私を見る祖父の目がとても優しかったのは覚えている。

やがて私は外で鬼ごっこをするよりも絵を描く方が楽しいと思うような子供に育った。

近所に住む幼馴染の友達も絵を描くのが好きな子で、

放課後はその事一緒にスケッチブックを持って公園に絵を描きに行くのが定番コースになった。




そんな私に家族はいい顔をしなかった。

小学生の頃、近所のお絵かき教室に行きたいと何度頼んでも全部無視された。

でもテレビでみかけた新体操選手を見て一言可愛いと言った次の日には新体操教室を探してきてくれた。

数学が苦手だとぼやいたらすぐにそろばん教室に行かないかと勧められた。

家族は私が絵を描く事以外に興味を持ってほしかったのだと思う。

一回だけ口を滑らせて「美大とか美術専門学校に行きたい」と言ってしまった事がある。

父は大激怒あん鬼のような形相をした父親を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

親戚中に言いふらし、それから何人もの親戚から連日の様に

「お前に祖父のような才能はない」

美大に行くような奴はそれしか生き方を知らないろくでなしだけだ」

「お前は絵の為だけに人生を棒に振れるのか、そうとは思えない」という電話がかかってきた。

安定した仕事に就いてほしいという彼らの気持ちもわかる。

でも「美大楽しそう」は中学に入ったばかりの小娘の言葉だったのだ。

それからずっと絵を描くのが好きだという気持ち封印し、

隠れてノートに絵を描いてはいものの、普通大学に入って普通にOLとして就職をする道を選んだ。

それでも社会人になっても絵を描きたい欲が抑えきれず画塾に通い始めた。

美大の夜間コース金銭的にも時間的にも無理だった)

この頃になるともうこれから芸術の道に進む事はないだろうと安心したのか、家族から白い眼で見られる事もなくなったし、

祖父コネでもらった展覧会チケットも興味があるのなら、とくれるようになっていた。

画塾に通い始めた事も「社会人になって趣味を持つの大事な事」と肯定的な目で見てくれるようになって、少し認められた気がして嬉しくなった。

ただ一言「お前、絵描くの好きだったんだな、知らなかった」と言われるまでは。

あぁ、幼稚園小学生の頃あんなにお絵描き教室に行きたいと頼み込んだの覚えていないんだ。

後、大学一人暮らしを始めてから同人漫画も描き始めた。もちろん家族には言っていないけど。

同人イベント金銭のやり取りをするようになってから、絵一本で祖母、父、そして父の妹を食わせ、大学まで行かせた祖父のすごさを再認した。

親戚が私に才能がないと言った気持ちもわかる。私は祖父になれなかった。なろうとする事すらおごましい。

でもこの趣味出会った友人達には美大とかアート系の専門学校に通っていた人も多くて、やっぱり羨ましくなってしまう。

そしてその人達ほとんどは家族の言う「芸術の道に進むしか能がないろくでなし」ばかりではないし、

卒業普通OLとして社会人をやっていけている人にもたくさん出会った。

デザイン系の仕事をして会社に雇われている人もいれば、

祖父自営業画家として生計を立てていたように、フリーランスとしてやっている人もいる。

何より皆、人より絵を描くのが得意な「社会常識のある普通の人」だったのだ。

美術系の学校に進む人は全員頭がおかしいという親戚の言葉は、

美術を専攻するとOLという道は閉ざされるから絶対に稼げないという親戚の言葉

嘘だった。

そして思ってしまうのだ。

正直言ってしまうと同人誌はそこそこ売れているので、私に絵の才能が全くなかった訳ではないと思う。

もし美大に行けてたら…祖父の様に専業画家として大成功する事は無理でも、デザイン系のOLとかで生活できる程度に稼ぐ事はできていたのかな…と。

甘い考えだってのはわかっているけれども。

父の口癖はこうだった。

「本当に何かをやりたい人はどんなに反対されても勝手にやる。祖父は家が燃え盛る中、泣きながら画材を持ちだして死にかけた。手塚治虫戦争中、絵の具がなかったか自分の血で絵を描いた。芸術の道に進むというのはそういう事だ。」

きっとそうなのだ

私が本当に美大に行きたかったのなら、親戚中に反対された中学の時点で家出でもすればよかったのだ。

バイトをできる年齢になったらお金を貯めて、学費自分で賄えばよかったのだ。

そうしなかったのは心の底から美大に行きたいと思っていなかったからなのかもしれない。

ないとは思うけど、明日北朝鮮ミサイル東京に降ってきたら、私は真っ先に通帳とか印鑑とかを持って逃げると思う。

そして、足腰が弱ってあまり歩けなくなってしまった祖父は、それでも若かった頃と同じようにパニクりながらカンバスと絵の具を持って避難するだろう。

そういうところなのだ、親戚が「芸術家ろくでなしだ」と言うのは。

通帳は全部祖母に任せて自分画材だけ持って逃げるから

明日おまんまがなくなって、家族全員打ちひしがれていても、スケッチブック燃えなかった事を泣いて喜ぶような人だから

本物のミサイルなんてそうそう見れるもんじゃないと喜び勇んでスケッチを始めるかもしれない。

因みによく一緒に公園スケッチに行ってくれた幼馴染は高校から画塾に通う事を許され、無事美大合格卒業後は有名なゲーム会社就職した。

彼女ものすごい努力をしていたのを私は知っているし、就職の報せを聞いて私も嬉しかった。

でも北朝鮮ミサイルに対して彼女はどういう行動をとるだろうか?

私が趣味世界出会ったデザイン系の仕事に就いている人達は?

紙と鉛筆を持って逃げるだろうか?

幼馴染とは今でも仲がいい。

同人活動を通じてできた友人の中にはジャンルが変わっても付き合ってくれ、一緒に旅行に行くような仲の人もできた。

積極的美大とか専門の話はしないけれども、そういう話題になっても自分の知らない世界の話を聞くのは単純に楽しいし、新刊ネタになるかもとワクワクすることもある。

でも嫉妬心を全く覚えないと言ったら嘘になる。

日本火の海になった中で、紙と鉛筆でなくて通帳と印鑑を持って避難するような人だったとしても、彼女達が美大進学を許された特権階級である事は変わりないのだ。

そう思うと何だかもやっとしてしまう。





一時期このもやもやから逃れたくて、絵を描く事を伴わない趣味を探した事がある。

スポーツをしてみたり、美味しいご飯屋さんを探してみたり。

このスポーツ団の制服可愛いから模写したいとか、肉の「照り」の部分を絵の具でどう表現しようかとか気付くと考えてしまっていたけれども、頑張って思考の外に追い出していた。

そんな中、某韓国アイドルにハマった。

お気に入りだったのが音大出身で抜群の歌唱力を売りにしている子。

彼の美しい歌声に乗った異国の言葉は心地よくて、生まれて初めて海外アーティストの曲を買った。

ある日、彼が番組企画ファンの為にイラスト色紙を書いてくれる事になった。

その日の彼は機嫌が良かったのか、普段はあまりしないプライベートな話をしながら色紙を書いてくれた。

小さい頃から歌う事が好きだった事。

母親に勧められて合唱団に入った事。

歌手を目指し挫折した経験を持つ母が、音大合格した時泣いて喜んでくれた事。

色紙を書き終えた彼はそれを満足そうにカメラに見せ、言葉をつづけた。

「歌も好きだけど…絵を描く事も好きです。上手くはないけどね。僕の従姉妹がこの絵を見たら笑ってしまうかも、彼女美術大学に通っているんだ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚がした。

今までアイドルと言うのは自分とは全く別の世界に住んでいる人間だと思っていた。

この世に存在しないくらい見た目が美しくて、スタイルが良くて、歌やダンスが上手で。

からどんなにイケメンアイドルを見てもこんな人と付き合いたいとか、

どんな美人アイドルを見てもこんな風に美しい女性になりたいとか、そういう気持ちが湧いてきた事はなかった。

自分人生と関連づけられなかったのだ。

特に彼は外国人だったので、そうした傾向が強かったんだと思う。

でも彼の口から美術大学」という言葉がでてきた瞬間、一気に身近な存在になってしまった気がした。もちろん悪い意味で。

音楽芸術だという当たり前の事を思い出し、生まれて初めてアイドルに対して悔しいという気持ちが湧いてきてしまった。



彼は芸術家になる事を親から応援されてきたんだ。従姉妹さんも美大に通っているという事は、きっと一族の大半が協力的なんだろう。

羨ましかった。私も応援されたかった。

美大に行きたいという言葉を発した時に、罵詈雑言を浴びせられるのではなく、彼の母親の様に応援してほしかった。

彼が歌うのが好きだと気付いた母が、彼を合唱団に入れてくれたように、お絵かき教室に行きたいとせがんだ私の事を父に認めてほしかった。

本当は新体操選手なんかに憧れてはいなかったんだ。

お絵描き教室が駄目なら新体操も駄目だろうと思って発した言葉だったのに、すぐに新体操教室を探してきてくれた親に対してショックを覚えたんだ。

美大コンプレックスから離れる為に始めた趣味だったのに、またもや同じ気持ちを味わったあの日、結局このコンプレックスはどこに行ってもついてくるんだなという絶望感を覚えた。

もちろん、高校から画塾に通って美大進学をした幼馴染、趣味を通じて知り合った美大出身友達

皆親を説得するために苦労をしたんだと思っている。

そしてただでさえ狭き門である芸術系就職活動成功させる為に、

反吐を吐く様な努力をして作品ポートフォリオを作り上げたんだろう。

きっと私には想像もつかないような辛い道のりだったに違いない。

大好きなアイドルと彼の従姉妹だって日本よりさらに厳しい学歴社会と言われる韓国音大美大進学を決めるのには相当な覚悟があったはずだ。

音大合格して彼の母が泣いたのだって、その一悶着があったからという事もあるかもしれない。

でも。本当に悪いけど。その内誰だって祖父レベルに達しているとは思えない。

祖父の様に絵の神童と呼ばれていたという話も聞かない。

祖父彼女達と同じ年齢だった頃に描いた絵を見ると、素人から見ても月とすっぽんの差がある。祖父の様な天才じゃなくても美大に行かせてもらえる彼女達。特に幼馴染は「本当は美大に行きたかった母親が大賛成」してくれて、祖父の様な絵に対する執着心もないのにすんなり画塾に通わせてもらえて、本当に羨ましかった。

もし、私の祖父画家じゃなければ。天才じゃなければ。

しかしたら説得できたんじゃないかって思ってしまう。

家出なんかしなくたって、絵の具の代わりに血を使わなくたって、北朝鮮ミサイルが降り注ぐ中、愛用の画材を泣きながら探し回らなくたって。

しかしたら、私にも美大に行かせてくれと説得できたのかもしれない。

彼女達が本当に羨ましい。泣くほど羨ましい。

祖父の様に絵を描く事しかできないわけでもなく、(少なくともデザインOLをやれる程度のコミュ力はあって)、でも祖父の様な並外れた才能があるわけでもない彼女達が

家族から美大進学を許されたのが、本当に悔しい。

祖父天才じゃなければ。数回頭を下げただけで私も美大に行かせてもらえたかもしれないのに。


祖父の事は聞かれない限り他人に話してはいない。父の職業ならまだしも祖父の事を聞かれる事は稀だし、自分から言いふらすような事でもない。

でもごくたまにある。お祖父ちゃんは何をしている人なの?と聞かれる事が。

そして答えると大抵「だから増田さんも絵が上手いんだね!」と返ってくる。

(もちろんお世辞だ。私は下手ではないと思っているけれども、上手くもないと思う。ただ、そういう仕事をしていない限り社会人になってまで絵を描いている人は案外少なく、相対的にそう見えるだけだ)

そんな時自分がどんな顔をしているのかはわからない。

絵を描く楽しさを教えてくれたのは祖父

お金にならないのに、今まで絵を描き続けてこれた情熱を持てたのも、祖父遺伝なのかもしれない。

でもそれを仕事にしなかったのも間接的には祖父が関わっている。

そして何より、私には祖父ほどの才能がなかったのだ。

2017-06-12

俺には正社員は向いていないのかもしれない

当方ソフトウェアエンジニア最近転職活動やっているのだがうまくいかない。やりたい事業分野はないが、事業を大きくするために目の前の問題解決をすることが好きだ。

情熱といえば、自分で作ったサービス収入を得るための素振り活動はよくやっているので情熱はあると思っているのだが、面接でやりたいことやキャリアパスについて聞かれると答えられずに適当なこと言ってしまう。

趣味コード書いているし技術書を読むことが週間になってるし、情報収集継続しているので技術力には自信があったのだが俺はまだまだ底辺らしい。ここ数ヶ月活動してきたが全然売り手市場じゃない。○×がやりたいです!と言う事業マッチしている人ってそんなにいるの?金融サービスとかの開発やりたいってどういうモチベーションなの?

数人のベンチャーなら簡単に入れると思うけど、中規模な会社になると一気に狭き門になる。技術だけにしか興味のない人って本当に不要人材なんだなと思い知らされた。

まりにもお祈りされるのでフリーランス仕事していったほうがいい気がしてきた。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170611104554

愛国献身汽笛今日心臓こだまする

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」について

 

偉大な愛と献身足跡は、歳月が流れてもクリアされない。祖国強酸共産記念碑創造物が建設立ち経済建設電球にで奇跡と偉勲が創造されるほど千万軍民は偉大な将軍様革命生涯の最後の時期まで、社会主義強国建設のためにささげ不滅の献身ロゴを胸深く刻まれている。

千万軍民の劣化列車のような心情を反映したもの叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は日増しに大きな反響を呼んでいる。

敬愛する最高指導者金正恩同志は、次のようにおっしゃった。

将軍様は、祖国繁栄人民幸福のために瞬間の休憩もなしに現地指導強行軍の道を延々とイオガおら全国に新たな革命大高揚の炎が激しく燃え希望であった。」

長編小説野戦列車」(ベクナムリョン作)は、偉大な将軍様神聖な生涯の最後の時期である主体100(2011)年を時代背景にしている。

主席生誕100周年を一年後に控えた理解私たち将軍吹雪と蒸し暑さだけでなく、精神的肉体的にでも超人意志で乗り越え秒強強行軍希望した。

偉大な将軍様革命大高揚の炎を激しく燃え上がらいただき幹部普通労働者血縁の情で温かく見守ってくださった感動深い事実真実でありながら深く描いた長編小説野戦列車」はそのまま秒強強行軍叙事詩とも同じ。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は、まず試練と難関が重なっ蓄積収録人民絶対的な愛と信頼を人一人抱い現実の中に入っその精神力を爆発させて歴史奇跡創造される偉大な将軍様革命世界を感銘深く形状しているのだ。

当時敵は私たちの国がエネルギー私、食糧難、資金難を経験しているし、続けて強度の高い制裁をが防犯カメラマウスピースでありました。

結局、理解は敵の悪辣でも卑劣な策動をブッシュながら主席生誕100周年を勝利栄光に輝かせるための総攻撃戦を繰り広げなければならない重要な年だった。この時期、私たち将軍精神物理とでは、いつもず重積もりました。するに敬愛する元帥は前縁地帯に出発する前に、偉大な将軍様を訪ねて、必ず休憩することを切に申​​し上げる。これは、そのまま千万軍民の一途心であった。しかし、私たち将軍様は苦難の千里を行く幸せ万里が来るという一節が刻まれた歌「勝利の道」を聞き、人民のための超強度強行軍継続することを決意しておら決然吹雪の道を離れておられます

人民生活大高揚進軍を力強く加速できる咸興市の重要企業所の現地指導の道にオルシン偉大な将軍様は2.8ビナロン連合企業所の労働者階級ビニロン滝に来た国の傾斜を抱いてきた、その勢いは、その気迫で、生産性とをさらに拡大するという戦闘課題を与え竜性労働階級マンナシであっては帝国主義者私たちを窒息させるために、ありとあらゆるものをすべて作り上げあっても、朝鮮自力更生革命精神の前では水の泡になることを示してやろう訴えれる。

いつも大衆創造的知恵と情熱を値の高さおられる偉大な将軍様は、その部門活動が大興青年英雄鉱山で提起された新しいロチョン採掘方法を実現不可能なことで申し上げても労働者階級意見も受け入れながら、現地の科学技術審議を行うようれる。

だけでなく、偉大な将軍様は、私たちの国の無尽蔵な天然黒鉛の加工技術研究するた女性科学者所業を大切に、ここにくく積極的支援するようにされる。

革命大高揚の炎が祖国強酸激しく他広がるほど、人民のための偉大な将軍様の愛と信頼はさらに熱くなった。5月私たち将軍は、外国訪問を控えてしばらくの休憩もなく、歴史的な党中央委員会常務委員会ブクチョン拡大会議が行われた栄光の地北青郡を訪ね、新しい世紀のニーズに合わせて変貌した青春ウォンを戻り見ながら、ここの活動家に他の果樹農場リンゴの味の競争をするようにゴム励ましてくださる。

人民への愛を天稟に持っておられる私たち将軍様、この時期の外国訪問を終え、祖国に戻って来らだったときには、敬愛する敵様外国に行っている日々の心の中にはいつも、私たち人民軍人がいた自分気持ちをタおかということだ。

その愛と信頼を避ける幹のように受け案人民軍は熙川発電所建設で一気にの気象を馳せ大興青年英雄鉱山鉱山労働者たち式の新しいロチョン採掘方法を受け入れ鉱物生産前例のない成果を収めている。私たち英雄労働者階級は、10年以上かかるとしていた興南ガス化対象建設を2年半という短い期間で終わる奇跡作成する。

2011年は、このように偉大な将軍様人民の間の血縁の情より熱く流れてた。

その艇は、私たち将軍様重なる疲労を乗り越えミスようにした力であった。して、私たち将軍日曜日一日だけでも休んで現地指導の道を引き続き行くこと申し上げこれ幹部自分の数年の間に苦労をしながら決死闘争を広げビニロン糸を抜いて出して主体肥料生産工程建設立て労働者階級が待つおら再び咸鏡を探しておられる。敵の悪辣な封鎖策動をブッシュ私たち労働者階級が発揮した不屈の精神力がそうであるように貴重ハシヨ偉大な将軍様は、これが朝鮮精神であり、朝鮮創造炎と宣言おら絵柄の活動家労働力革新者科学者技術者朝鮮労働党中央委員会中央軍事委員会の名義で平壌に招待してくださる。

私たち将軍の愛は彼らだけではなく、普通の織りボール処女労働者女性科学者生活にも暖かいが透けてそれらを幸せの領床の上に立ててくれるだろう。

長編小説は、このように祖国歴史に金の文字で刻まれた驚異的な奇跡革新を抱えて来るために捧げ偉大な将軍様ロゴ献身を偽りなく形状にすること千万軍民の胸にに社会主義私の国を輝かすのは偉大な将軍様戦士弟子たちの神聖義務でという思想を明らかにしている。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は次のように偉大な将軍様劣化のような信頼を担い、将軍様の構想と意図現実花咲かせがおら受領永遠神聖歴史が粘り強く流れるた敬愛する元帥の限りなく崇高な忠誠と道徳義理世界真実に広げているのだ。

小説では、敬愛する元帥が偉大な将軍様のテヤンサンに捧げロゴと心血を胸熱く形状にすること、読者の心を鳴らしている。

主席生誕100周年を迎えてきた国の家に主席と金正日総書記のテヤンサン肖像画を運ぶことを決心した私たちの敵さんが時であった。祖国歴史特記する出来事、大きな傾斜される偉大な将軍様のテヤンサンを完成するために、敬愛する元帥一年にも何回も私の創作家たちに会ってくださる。

彼らに私たち軍隊人民がいつも見てきたジャンパー服、野戦姿のテヤンサンを形状しなければ、私たち将軍様持っておられる鋼の霊長としての品格と慈愛の人民風貌事実のままよく見せてくれるという教えを与えて、私たちの敵様、その後も敬愛する元帥創作者に、私たち将軍太陽笑顔を通じて総書記体現しておられるすべての人の親としての慈愛深い風貌と高邁な徳性世界中を牛耳っれる大胆なボール鋼鉄総帥としての山岳のような気象を完全無欠に形状なければならないと切々と言われる。偉大な将軍様絶対的権威を確保することを至極光栄に思われる敬愛する元帥私たち将軍様のテヤンサンが見事完成だったとき今日自分にとって一番嬉しい日だと、抱いて抱いていた願いを達成しと激情にあふれ言われる。

偉大な将軍様を奉る私たち元帥の忠誠がどれだけ至極て熱情的に示して感動深い画幅は小説のしおりにに刻まれている。人民軍事業地図れるそのようお急ぎの中でも、偉大な将軍様が繰り広げ行かれる社会主義強国建設構想を忠実な気持ち尽くしサーブとげ私たち元帥が時であった。

偉大な将軍様熙川発電所建設をニョムリョ際敬愛する元帥は自ら現地に流して」千年を責任を持って万年保証しよう!」というスローガン戦場に刻んだ軍人発電所建設を最高レベルで進むようおら発電所の周辺地区を見事に高めるための建設人民軍積極的支援するように導いてくださる。

いつも私たち将軍の安寧と喜びだけを考えれる金元帥将軍様の現地指導することが肥料生産基地を先に踏んで見ながら、偉大な将軍様が心かけている興南地球沈殿工事人民軍引き受け一気に解除食ように精力的に導いてくださる。

必ず人民のための親将軍様2011年の初めの強度強行軍道に私たち元帥はいつも一緒に明らかにした。その道に敬愛する元帥さらに胸に深く刻み新は、人民のために、私たち将軍献身的奉仕精神であった。

作品では、偉大な将軍様をあまりにも意外に失う千万軍民が悲憤にもがい打った12月古今東西において見たことがない、人民愛の歴史をすることができ置い行かれる敬愛する元帥の崇高な風貌を感銘深く形状している。

血の涙の12月敬愛する元帥を祀るてこの地には、人民利益を最優先、絶対視する胸熱キャンバスが繰り広げられて人民が悲しみを力と勇気に変えて山のような仕事浮かんは奇跡が起きるのである

確かに叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は、偉大な将軍様革命実録の感動的な形状を通して、私たち将軍様の不滅の指導業績を深く体得させ、敬愛する元帥を高祀った大きな誇りと自負を刻ん与えるものとして、大きな思想的・芸術感化力を発揮している。

千万軍民の心にこだまする野戦列車汽笛は、偉大な将軍様愛国献身歴史を伝える奇跡音は今日敬愛する元帥を祀るて最後勝利を早める革命汽笛で高鳴り響いている。

革命汽笛が力強く鳴らすに偉大な将軍様の遺訓は輝かしく貫徹され、人民の夢と理想きらびやか現実に展開さて麻受領福を代を継い享受する私たち人民勝利繁栄がどれだけ大切で誇りロウンガを示す作品は今後もより粘り強く創作されるであろう。

次数

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恋人趣味があわない

23歳の時、37歳の男性と付き合っていた。

彼とはあまり趣味があわなかった。はじめは、年齢が14歳も離れているのでジェネレーションギャップは仕方がないと思っていた。しかし、付き合いが長くなってくると、私と彼の趣味の相違は年齢が原因ではないことに気がついた。「この人と同級生でもあまり話があわなかっただろうな」というタイプだったのだ。

美大に通っていた私は、いわゆる青文字系サブカルチャーみたいなものが好きだった。好きな芸能人ピースの又吉と小松菜奈好きな音楽くるりtofubeatsや好きな映画岩井俊二とグザヴィエ・ドラン。赤い口紅をつけて、現代アート展覧会デートたかった。

大手メーカー営業をしていた彼が選ぶものは、私の感覚と少し違った。好きな芸能人磯山さやか好きな音楽キロロミスチル、好きな映画インディペンデンスデイ。カラオケ好きな人で、キロロの「長い間」という曲を覚えて歌ってほしいとリクエストされた。彼は赤い口紅を嫌っていたし、ゴッホゴーギャン区別ができなかった。

私には彼の趣味がよくわからなかった。磯山さやかかわいいし、キロロの「長い間」はいい歌だし、インディペンデンスデイは今日の土曜ロードショーだった。それらの良さがわからないわけではないが、そういうものを「良い趣味」だと感じることは難しかった。これからも難しいと思う。

彼は、私が赤い口紅をつけると「ちょっと派手だな」と顔をしかめた。彼とデートするとき、私はピンク口紅をつけ、赤文字系の店で購入したワンピースを着るように心がけた。彼はとても優しく、マメ性格で、仕事を精力的にこなしており、私はそんな彼が好きだった。ただ時おり漠然と、「この人は私のパーソナリティーにあんま興味なさそうだな、興味ないってか私の趣味領域について考えたこともなさそうだな」と思って寂しくなった。

結局、「早く結婚して子どもが欲しい」という彼の期待に応えることができず、半年もたたず破局した。

そのすぐ後、ものすごく趣味があう男性出会った。彼は当時26歳だったので、年齢も近い。ただ、「この人とは年齢が離れてても話があうだろうな」と思うような人だった。

彼の好きな芸能人二階堂ふみ好きな音楽くるりtofubeats、好きな映画ダージリン急行だった。ガロ系漫画町田康小説が好きで、とにかくサブカル臭がすごい人だった。恋に落ちるのに1秒もいらず、私は久しぶりに赤い口紅をつけて彼とデートを重ねた。彼は私の口紅をほめてくれた。音楽映画小説お笑い、彼の話はどれも面白く、「世の中にこんな趣味のあう人が存在しているんだ」と私は有頂天になった。彼は無精な性格で、仕事への情熱はあまりなかったが、それでも私は彼を好きだった。

しかし、彼とは2回目のセックスのあと連絡がとれなくなってしまった。「愛してる」、でもまさかね、そんなこと言えなかった。彼とはそのまま終わってしまった。

趣味があわない人とも、あう人とも、私の恋は上手くいかなかった。

2017-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20170608221303

自分あなたと同じく、最近(?)、研究者をあきらめました。あなたとの違いは、私がもうアラサーにさしかかろうとしている点でしょうか。

学部飛び入学しました。諸事情があって修士課程は別の大学の院に進学し、アカデミックに残るには十分なぐらい強い力をもった指導教官の下で研究を満足のいくまでさせてもらいました。

修士課程の内に博士論文審査に進むべき要求条件も満足したので、同期が修士課程でまだ頑張っている中、そこそこ若くでドクターを取れるかと思っていました。

けれども、特に大きな人生イベントがあったわけではなく、研究者の道をやめてしまいました。

研究は大好きでした。周りも研究に没頭するあまり死人もでました。それでも私には世界で一番強い意志があるのだと信じて突き進みました。

しかし、研究者として生きるのをやめてしまったのです。

研究分野とは全く関係のない、外資系金融機関来年から勤務することにしました。

学部卒で就職しておけば私の年齢になることにはたくさん経験がつめたのかな、なんて思ったりもして笑えてきます

軸なんて必要でしょうか。

自分がその瞬間瞬間にときめく、何かワクワクできるもの情熱を捧げれれば、過ぎる時間もとても濃いものになると私は思っています

若いうちは人生の大きな転換期に差しかると息が詰まる思いがして、不安につぶされそうになる気持ちも分かります。私もいくつも経験してきたつもりでいます

軸がないというかブレてるというか、本人の適正が整合するところではないところで生きるって、そんなに悪いことだとは思っていないのです。笑

もっと紆余曲折して人生の横幅を広げるのもおもしろ生き方かと思っています。私はお金がないので、無駄紆余曲折すると食べるに困りますが。笑

いいじゃないですか。院に内部進学してから就活するのも。その後フリーターしたっていいじゃないですか。

そのとき、もしくは未来もっとクワクできるものが見つかればそれでいいんですよ。

適性なんて、一生気づかないままでいいじゃないですか。

Tバックは嫌い

あのケツに食い込む感覚が嫌いだ。

食い込んでいると直したくなるあの感じ。

イライラする。

しかも屁をこいて、万が一、身が出たらどうするのか。

一巻の終わりじゃないか

それと女のTバック姿は嫌いだ。

丸々ケツというものがわかってしまうのが嫌なんだ。

普通パンツならケツを隠していることで想像を膨らませてくれる。

Tバックは出てしまっているから粋じゃない。

隠れているからこそ粋。

丸々出ているなんて無粋だ。

そこに真のエロティズムはない。

エロティズムの根源はチラリズムなんだ。

しかし大方は「Tバック大好き」だろう。

しかし俺は戦う。

普通パンツが一番エロいのだと。

それともっと付け加えれば「白色」のパンツが一番エロいのだと。

気合の入った色や素材のパンツほど男を萎えさせるものはない。

情熱的な真っ赤なショーツやセクシーな黒のランジェリー、光沢のあるゴージャスなシルクパンツ

そんなものは真のエロティズムではない。

真のエロティズムは日常にある。

日常の白色パンツにあるのだ!

ここを履き違えるな!

パンツだけに!

2017-06-04

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

山川出版の日本史いかに凄いかについて情熱的に説明する」

http://blog.tinect.jp/?p=40198

はてなブックマークの人気記事だったので開いてみたのですが、驚くほど中身のない記事でした。

これ、おっさん居酒屋でしゃべっているレベルですよね??

『詳説日本史』を引用するなり参照するなりして、具体的にどこがどうすごいかを語ってほしかったです。

僕も10代の頃はあれが本当に理解できなかった。けど今ならああい教科書が作り続けられる理由がよくわかる。物事を語るにあたって、中立を維持しようとするとなると、事実しか語れなくなるのである

ストーリーというものは、基本的には何らかの価値観を元に構築されるものである日本民族いかに優れているかという視点で歴史を分析すると、それは右翼的な記述にならざるをえないし、平等であろうとすれば、それは左翼的価値観を元に記述せざるをえなくなる。

客観的な記述がされている、左右に偏向していない、中立だからすごいゾ、という感想には呆れ果てました。

いったい全体、どこが情熱的ですか? 教科書を読み返さず、いい加減な記憶をもとに語っても、多分これくらいのことは言えると思います。 

  

クソ記事を読んでしまい、あんまりにもムシャクシャしたので、私が自分で『詳説日本史』を引っ張りだしてきて調べました。

例えば「源平の騒乱」という項目は、次のように記述されています

平清盛後白河法皇幽閉し、1180年に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団中央貴族・大寺院のなかには、平氏の専制政治に対する不満がうずまき始めた。この情勢を見た後白河法皇皇子以仁王と、畿内に基盤を持つ源氏源頼政は、平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける王の命令(令旨)は諸国の武士に伝えられた。

これに応じて、園城寺(三井寺)や興福寺などの僧兵が立ち上がり、ついで伊豆に流されていた源頼朝信濃の木曾谷にいた源義仲をはじめ、各地の武士団挙兵して、ついに内乱全国的に広がり、5年にわたって騒乱が続いた(治承・寿永の乱)。

平氏は都は福原(現・神戸市)へと移したが、まもなく京都にもどし、畿内を中心とする支配を固めてこれらの組織に対抗した。

しかし、畿内西国を中心とする養和の飢饉や、清盛の死などで平家の基盤は弱体化し、1183年(寿永2)年、平氏北陸で義仲に敗北すると、安徳天皇を報じて西国都落ちした。やがて、頼朝の命を受けた弟の源範頼義経らの軍に攻められ、ついに1185年に長門の壇の浦で滅亡した。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

ここには明らかに編者の歴史観と、因果関係説明が詰め込まれています

  

まず、平清盛後白河天皇幽閉したこと、安徳天皇即位させたことは、この教科書では「平氏の専制政治」と評されています

当時の人たちがそう感じていたのか、それとも教科書の編者がこの評価を下しているのか、どちらなのか判然としませんけど、ともかく本書はこの評価にもとづいて記述がされています

  

次に、この「平氏の専制政治」が地方の武士団中央貴族・大寺院の不満につながって、 以仁王源頼政はそういう情勢を見たので挙兵したと書かれています

これはまさしく因果関係に言及しているわけです。

  

このように、教科書は単なる事実の羅列ではありません。歴史に対する評価因果関係がしっかりと述べられているのです。

そこにどういう学問的な裏付けがあるか、歴史学に無知な私はよく知らないです。あのブログ記事ではそのへんの話を説明していると思ったのですけど、まったくの期待外れでしたね。

  

なお、この教科書とおなじ編者がつくった参考書『詳説日本史研究』(山川出版社)によると、次のように説明されています

治承・寿永の乱は、一般には源氏平氏の戦いといわれている。しか歴史学的にみた場合、この全国的な動乱を単に源氏平氏勢力争いとみるのは正しい理解ではない。以仁王挙兵以降、軍事行動を起こすものが相次いだ。美濃近江河内源氏若狭越前加賀の在庁官人、豪族では伊予の河野氏・肥後の菊池氏である。彼らはあくまでも平氏の施政に反発したのであって、はじめから源氏、とくに源頼朝に味方したわけではない。彼らの背後には在地領主層があり、在地領主たちは自己の要求を実現するために各地で立ち上がったのである

彼らの動向をまとめあげ、武家棟梁となる機会は頼朝以外の人、例えば源義仲源行家、あるいは平宗盛にも与えられていた。頼朝が内乱に終息をもたらし得たのは、彼こそが在地領主層の要望に最もよく答えたからである。この意味で幕府の成立は、時代の画期ととらえることができる。

教科書である『詳説日本史』では、これがたった一文にまとめられているのです。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

こういう史観が妥当なのかというのは、私にはちょっと分からないんですが、この点を強烈にプッシュしているのが『詳説日本史』の特徴と言えるでしょう。

他の教科書を読んでみても、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)を除き、この史観はあまりプッシュされていないと感じました。

  

【参考文献】

山川出版社『詳説日本史』(日B 001)

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

東京書籍日本史B』(日B 004)

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

桐原書店新日本史B』(日B 011)

(このエントリは上記7冊を参照しています。いずれも平成22年ごろ購入。)

  

  

  

余談:教科書の読み比べ

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

伊豆に流されていた源義朝の子・源頼朝も、妻・北条政子の父北条時政とともに挙兵して南関東を掌握し、10月には源氏根拠地鎌倉に入った。頼朝は父祖以来の結びつきを背景に、三浦千葉上総氏などの有力な東国武士主従関係を結んで御家人とし

頼朝の挙兵が、東国武士との「父祖以来の結びつき」を背景にしていたものだったということは、他の教科書ではなかなか分からないと思います

三浦千葉上総という武士名前が沢山出てくるのもおもしろいですね。(三浦氏名前が出てくる教科書は多いですが、それはこの時点ではなく幕府成立後、十三人の合議制か、宝治合戦ときに唐突に登場します。)

[寿永二年十月宣旨から義仲滅亡までの]この間、鎌倉の頼朝は没収した平氏の所領(平氏没官領)を法皇より与えられ、経済基盤を固めていった。また御家人を統制する侍所を設置し、その長官である別当には和田義盛を任命した。これに加えて、行政裁判制度を整えるための公文所(のちに政所)・問注所がおかれ、その長官にはそれぞれ京から招かれた朝廷の役人である大江広元三善康信就任した。前後して、義経軍らは一の谷・屋島平氏を追い、1185(文治元)年に壇ノ浦平氏を滅ぼした。

[]は引用者註。

この教科書の特徴は、幕府の政治機構の形成過程を、治承・寿永の乱の進行に併記していることです。

鎌倉幕府の成立が1192年(いいくに)なのか、1185年(いいはこ)なのかという論争は、世間でよく知られているぐらい有名になりました。どちらが正しいかは諸説あるとしても、ただ一つ言えることは、どこかの時点でいきなり幕府が完成したというわけではありません。治承・寿永の乱が続いていた期間に、徐々に幕府の政治機構が形成されたのです。この教科書はその史観が反映されています

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

北条時政の援助によって挙兵した頼朝は、東国武士たちに支持されて、富士川の戦い平氏を破ったが、その後は鎌倉にとどまって、東国地盤を固めることに専念した。これに対して平清盛は一時、都を福原神戸市)に移して態勢を立てなおそうとしたが、まもなく京都に戻り、1181(養和元)年に病死した。一方、義仲は1183(寿永2)年、北陸方面から急進撃して、平氏一門を京都から追い出した。しかし、義仲は後白河法皇対立したので、法皇は同年、頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め、義仲追討を命じた。頼朝は弟の範頼・義経らを上京させて、義仲を討たせた。範頼・義経さら平氏追討に向かい、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏一門を滅ぼした。

この教科書歴史用語の詰めこみを回避しているようで、内容は簡単、文章としても平易です。

上記引用でも分かるとおり、「頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め」という記述があるくせに、寿永二年十月宣旨というキーワードがありません。治承・寿永の乱、一の谷、屋島の戦いなどは年表に記載されていますが、本文中に記載なし。養和の飢饉、平氏都落ち安徳天皇を伴ったことも言及なし。

というわけで受験生には不向きですが、他の教科書にはない特色もあります

  

鎌倉将軍に尽くして家人となった武士のことを、鎌倉御家人といった。鎌倉御家人になる目的は、将軍面接して(見参)、先祖伝来の所領を承認してもらい(本領安堵)、さらに勲功のあった者は新たな所領を恩賞としてうける(新恩給与)ことにあった。

教科書の中では唯一、桐原書店けが「見参」を掲載しています。これは鎌倉幕府の権威の構造がどういったものであったかを知るための手がかりになるかも。

(他の教科書ではこの用語がないどころか、「将軍面接して」という説明も省かれています

  

["新恩給与"についての註]

土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権を与えられるのが普通で、そのおもなものが地頭職であった。

これは「職の体系」のことを言っています。他の教科書とは違って、地頭をあえて「地頭職」と見なす視点を紹介し、その意味するところを簡潔に説明しているのがすごい!

所有権が重層的に重なりあっていたというのは、中世土地支配構造を知るうえで一番大切なポイントだと思います

なお、山川出版の『日本史B用語集』には「職の体系」という用語は不掲載で、かわりに「職」の項でそれを説明しています

職(しき)②:一般に職務に伴う土地からの収益とその職務自体を指す。荘園場合、有力者への寄進が何回も積み重なり、下記のような複雑な職の改装秩序を生じた。

本家職①、領家職②、預所職②、下司職②、荘官職①

  

[引用者註:丸の数字はこの用語を掲載している教科書の数]

山川出版『日本史B用語集』より

この説明は悪くないと思いますが、桐原書店は「土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権」のことと明記しているので、その方が的確です。

しかも、いかんせん、『日本史B用語集』は「職」の用語説明を「院政期の社会文化」のページに掲載しているので、これと鎌倉時代の地頭職との関連が全然分からないです。そして「鎌倉幕府の成立」のページにある「地頭職」の用語説明は、次のようになっています

地頭職(じとうしき)⑤:職とは役職に伴う権益意味。地頭職は御家人が地頭に任命されて認められた兵糧米の徴収や免田(給田)経営などの権利

  

山川出版『日本史B用語集』より

これは間違っていませんけど、この説明を読んで、重層的な土地支配構造があったことを理解できますか? 絶対に不可能ですよね?

せめて「職」「地頭職」という用語同士を紐付けて相互参照させてほしいです。ふざけんなってかんじです。

  

さて、桐原書店教科書に話をもどすと、欄外にこういう豆知識も載っています

幕府とは、近衛府の唐名であるが、転じて近衛大将の居館のことをいった。のちには近衛大将とは関係なく、武家政権意味する語となった。頼朝は1190年に上洛し、右近大将に任ぜられたが、まもなく辞任した。

[ふたつの源頼朝像]

Aについては南北朝時代武将とする説もあり(伝・藤原隆信筆,京都神護寺蔵)、Bも注目されるようになった(山梨甲斐善光寺蔵)。

とてもユニークですね。受験には使えないかもしれませんが、知っておいて損はないです。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

養和は平氏政権が用いた年号で、これを認めない頼朝の支配する関東では、ひきつづき治承の年号が用いられた。

網野善彦著作『東と西の語る日本の歴史』に、たしかこの話があったと思います

他の教科書には載ってませんが、ピンポイント東大入試に出題されました。

  

源氏鎌倉の関係は、源頼信のころに源氏氏神となった石清水八幡宮を、前九年合戦の際、子の頼義が相模国由比郷に勘請して鶴岡若宮八幡宮前身)を建設したことから始まった。鎌倉は前面に海をもち、三方を山にかこまれた要害の地で、切通によって外部と結ばれていた。

鎌倉という土地をこれだけ情熱的に語っているのは、東京書籍教科書だけです。

上記引用とはまた別に、「コラム 武家の都鎌倉経済流通」というのも掲載されています

東大入試では、「院政時代から鎌倉時代にかけての京都と鎌倉都市の発展」について論述させる問題が出されたことがありますが(1990年)、この教科書はその答案を書くうえで非常に役立つものだと思います

  

  

  

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

こののち、後白河法皇義経を重んじ、頼朝追討の命令を下したが、これに失敗すると、頼朝はその責任を追及し、逆に義経追討の命令を得た。さらに頼朝は義経をかくまっていた奥州藤原氏を滅ぼそうと朝廷に追討の命令希望したが、法皇がそれを拒否すると、1189(文治5)年に頼朝は追討の命令を待たず、大軍をもって奥州藤原氏を滅ぼした。ここに全国を平定し、その後、法皇死後の1192(建久3)年に頼朝は念願の征夷大将軍に任じられた。

頼朝の悪人っぷりがこれでもか!?というぐらい強調されています

あいつは自分の野望を実現するため、ときには法皇に逆らって圧力をかけたり、朝廷命令無視して独断専行する奴だった、ということを言いたげな記述です。

  

それはともかく、奥州藤原氏を守ろうとした法皇朝廷側と、それを潰そうとした頼朝の厳しい対立がわかるのは、この教科書だけでしょうね。

両者のぴりぴりした緊張関係が伝わってきます

関西にある政権東北地方を使って、関東独立の動きを牽制するというのは、日本の歴史において繰り返し出てくるパターンなので、この視点を漏らさず記述しているところはアッパレ

  

  

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

平氏安徳天皇を奉じて西国に落ちていったが、後白河法皇は京都にとどまり、新たに後鳥羽天皇をたてて政権を維持した。法皇は義仲には平家追討を命じるいっぽう、頼朝には上京をうながして、京都の義仲に対抗させ、武士たちをたがいに牽制させて政局の主導権をにぎろうとした。しかし頼朝は、東国の安定に意をそそいでみずからは鎌倉を動かず、弟の範頼・義経を上京させて、1184(元暦元)年、義仲を討たせ、源氏一族の長となった。ついで義経らは、その当時勢力回復して都にせまっていた平氏を一の谷・屋島などの合戦でやぶり、さらに翌1185(文治元)年にはこれを長門壇ノ浦に追いつめて滅亡させた。

この時代に2人の天皇が同時に存在していたとする視点を取り入れているのがナイス

都落ちした平氏はそのままあっけなく滅んだわけじゃなくて、京都にいる天皇とは違う天皇を奉じて勢力を盛り返していたのです。

どちらの天皇が正統かというのは、つまるところ結果論にすぎません。この教科書はそんな歴史観に基づいて書かれています

  

ちなみに、この教科書の編者は、大半が関西教育機関に属する人たちみたいです。後白河法皇平氏を主軸にした書き方は、編者の関西びいきが反映した結果なんでしょうか。(笑)

例えば奥州合戦について、「奥州進撃のために頼朝は東国だけでなく西国武士もひとまず鎌倉に動員し、これを機会に国ごとに御家人組織の整備をいっそうすすめた」とありますさら西国御家人東国御家人とどう違うかを説明しているのもおもしろく、この教科書関西中心っぽい史観は独特です。

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

……って、おい!? 増田がここで文章を掲載できなくなったんだが??

せっかくこの先が本番なのに、文字数の上限なのだろうか。

つづき→http://anond.hatelabo.jp/20170605001028

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170602214735

僕が最近思うことは、不幸になることさえ恐れなければ、あるいは不幸になる事を覚悟すれば、

さら積極的に言って自分自身が不幸になるという権利行使する意志があるならば、

恐らく人生というもの自分にとって情熱対象になるのではないかと思っています

どこかの巨匠のように明るい未来を語るとか、子供未来を託すとか僕には依然としてないのだけれど、

人生というのは幸せになることも不幸になることもあわせて人生なんだという、

不幸になることは実は人生醍醐味の一つなんだと僕は最近考えるようになったんです。(押井守)

合理的判断だけで生き方を決めていたら、人生醍醐味は味わえないという考え方もある。

2017-06-01

転職活動がうまくいかない

初めての転職では、スタートアップだったせいもあって1日で内定が出た。

今はその会社から転職しようとしている。ここから地獄だ。 10社の選考を受けたが全部祈られた

技術的には問題ないと思っているんだけど、情熱が欠けている自覚がある。事業に拘りないし。

スタートアップにいくか現職に留まるかどうしよう。

売り手市場なんてどこにあるんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170601120550

それって語気の話でしょ?

別によくない。情熱的な物言い発狂だなんて変な話。

彼なりに自殺を憂いて言ったことなんだから

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531100704

毎日50人くるってのもすごいよね、

普通に流行ってるお店並なのかな?

となると、50人前のラーメンスープとかを仕込む時間とかも考えると、

とんでもなく、赤字マイナスが多いのかなと思う。

でもさ、適当ラーメン屋さんでも、

毎日毎日ラーメン同じ味で美味しいのよ。

料理やったことあるなら分かると思うけど、

プロのああい毎日同じ味を出すってすごいと思う。

なのに赤字なんて報われないよなー。

ラーメン屋さんの店主は

情熱燃えてる人ばかりではないだろうし

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170529142727

みなさん、返事ありがとうございます。初めてで書き方が悪く、答えようがなかったですね。皆さんの質問に答える形で補足させて頂きます

名古屋から1時間ちょっと人口8万人の都市。全国の普通チェーン店がある、普通田舎テレビは7CH映ります自然うまいバランスで住みやす都市だと思う。

年齢は45歳くらいまでがいい。もちろん若くてもいいです。

スキルレベル

【具体的な業務

サーバーメンテナンス作業

・各種開発作業

主に、以下のような開発作業があります

1)サーバー側で稼動してる、パワコンデータ受信プログラムPHP / sh

2)端末側で稼動している、データ取得送信プログラムC++ / PHP / ash

3)Web管理画面HTML、およびCGIプログラムHTML / CSS / PHP

データメンテナンス作業

データベースMySQL採用しております

MySQLクライアントアプリより既存データ修正や削除、データ入れ替え等を行います

大量件数場合は、SQLクエリ作成し一括で操作を行います

などです。まあ、実際は今のサービスは開発よりも、運用保守重視。主にサーバー上のプログラムデータの整理が主です。

上記よりも、使い始めた人からちょくちょく問い合わせが来るのでその対応がメインになると思います

仰るとおり、美しいプログラムでほぼソフトウエア的な保守必要ないです。

仕様変更機能追加もその方にやってもらうので。

上記まで(ほぼ問い合わせ)が一日1時間くらい。

残りの時間を使って、新しいサービスを僕と二人で考えたい。

から求めるスキル新サービスを何とか形にしようとする意識情熱グーグル先生に聞いて自分問題解決しようという気があればいいです。

もちろん、あるに越したことはないですよ。その分しっかりお支払いします。

フィロソフィーすごく、言葉に突き刺さります

具体的には 下請け仕事はしない。自分たち面白いと思うことしかやらない。(開発しない)

エンジニアの人にはアイデアは僕が出すから形にして欲しい。それか一緒にアイデア出しあって、面白いサービスリリースしよう。マネタイズ経営者(僕)が考えるから

上記スキルがあって

年収は400万~

勤務地名古屋から電車で1本 1時間半。

いざとなったら出社は週に2-3回でもいい。

都会から弊社の近くに引っ越してくれるなら、アパートくらい用意します。

釣りスキーロードバイクアウトドアが好きなら、申し分ない環境だと思います

はてなはじめてで、ここでいきなり全部書くのはちょっとと思って、ふわっとした最初で、様子見でごねんなさい。

さて、これくらい書けばちょっとはおっ!って思ってくれるのであろうか?

前回意見頂いた皆様含めて、もっと意見下さい。

意見くれた人たち!ありがとう!これにも意見下さい。

希望者は僕にコンタクトして下さい。

あー、実際のサービスアドレス書けば一発なんだけどな。このもどかしさ。

2017-05-26

めっちゃ歩きスマホしてる

先日、歩きながらビール飲んでる人の増田話題になったが、私はめっちゃ歩きスマホしてる。

歩いてる間中イヤホンを着けてスマホの画面に目を落としてゲームやら読書やらはてブやら株価チャートチェックに明け暮れているのだ。

ついでに言うと、歩きタバコもする。流石にこれは常にしているわけではないが、路上喫煙禁止ではない場所歩きタバコ。吸殻はケータイ灰皿に入れる。

一般的に想定されるはてなーが見たら批判されそうな行為連続だか、不思議と注意されたことはない。歩きスマホなんか、新宿駅とか渋谷駅など、人がごった返している場所でも常に行っているけれど、他人にぶつかりもしなければ、絡まれもせず注意もされない。

しかしたら、私の姿を見たり、傍を通過することで発狂したり迷惑を蒙って泣き寝入りしている人がいるのかもしれないが、幸福なことに、そのような他人事情を訴えられたこともない。また、歩きスマホへの当たり屋にも遭遇したことがない。

もしも、私の行いのせいで迷惑を被って泣き寝入りしている人がいたら、是非直接声をかけて欲しい。私としても自分利益を優先して他人迷惑不快感を強いるのは本意ではない。その場合はすぐにあなた様の利益を優先して、そのような行動を慎みたいと思っているのだ。

それにしても、誰にも注意されない。やはり、マナー程度を振りかざして他人を注意するような行為を慎む、奥ゆかしい人々がまだまだ大半であって、頭に「私はあなたのせいで不快です」と言う見えないハチマキを巻いて、「マナー」とやらを理由他人行為に踏み込もうとするような、勇気に溢れたバイタリティのある方々は日本には少ないのかもしれない。

確かにそのような、コントロール不能な他人行為を正したいと言う情熱の元に生活をしていたら、かなりの労力を払わなければいけないし、疲れるだろうし、常にイライラして精神衛生クオリティを落として生活しなければならないから、割に合わないのだろう。

考えてみれば、私も他人電車ベビーカーで乗ってこようが、何を飲み食いしてようが、化粧してようが、前を歩く人がビールを飲んでようが、タバコを吸おうが、ガラガラを引いてようが、自分に直接危害を加えられない限り(または、私がどこかに移動することで避けられる限り)大して気にならない。

とは言え、自分一般化するつもりもないから、他人マナー違反行為が気になるなら、頑張って正して欲しいとも思う。それを止める気もないし権利もないと思っている。

とにかく、日本人の大半であろう、慎しみ深い人々のおかげで、私は歩きスマホ歩きタバコも堪能し、自由謳歌できるのだから、大変ありがたい事であるありがとう日本日本イキロ

2017-05-25

椎名林檎が好きって言ってる奴の星野源も好き率異様に高いと思って

ラーメンズ椎名林檎星野源古屋兎丸写真映画舞台漫画文学美術館巡り、丸フレーム眼鏡短い髪、あとヴィレヴァン

世間ではこういうのを好む女をサブカルクソ女と呼ぶ。そうとも私はサブカルクソ女。上にあげたやつ全部好きだ。今月なんて稼いだバイト代ほとんど全部小林賢太郎ペトロールズにドバドバ注いだせいでおやつを買うお金がなくて今は小麦粉砂糖牛乳でといて焼いた何かにマーガリン塗って食べている。美味しい。

スイーツ()もキモヲタもひどい呼び方だ。なぜ西野カナが好きなだけで()なんてつけられてバカにされねばならぬのだ。なぜ推しへの情熱キモいなどと呼ばれバカにされねばならぬのだ。

なぜだ。なぜ好きなものを好きだと言っているだけで私たちはクソなどと呼ばれバカにされねばならぬのだ。何が好きなら文句がないんだ。

置いとこう。きっと何を好きでも文句いう奴はいなくならないんだろう。

しかし、サブカルクソ女などという不名誉呼称が広く使用されている以上、呼ぶに値するような、何か共通項を複数備えたクラスタ存在するのは事実なんだろうとも思う。

一体何が原因なんだろう。共通項の根幹はどこにあるんだろう。私は私のことを知りたい。

親の年収

うちはトータル1000万くらい。親が若い頃はもっと少なかったかな。

学歴

私は普通の共学の進学校からそんなでもない国立大に進んで理科学んでる程度。

幼少期にどれだけ文化的経験を積んだか?

クラシックコンサート博物館科学館にはよく連れてってもらったけど、演劇美術館には自分で目覚めたかなあ。

というかサブカルクソ女のみんな、絵でも小説でもダンスでもなんかしら恒常的に作品作ってない?あるいは作りたい欲求ない?私映像作ってる。あんまり人に見せないけど。

役者とかやってみたいと思ったことない?私はブスで勇気が出ず結局できなかったけど、文化祭演劇打つ時なんか側で関われるだけでとても楽しかった。

ラインの返信マメにできる?めんどくさくて私はできない。

単独行動できる?私は吉野家に一人で入れる。

人と目を合わせられる?劣等感多くない?自信がないのを奇抜な服装カバーしようとする気持ちない?

こんな風に色々聞いてみたいことがある。あーあ、もっと拡散力あるツイッターアカウントとか持ってたらアンケート取ってみたいんだけどな。

2017-05-23

不細工な男が嫌い

不細工な男が嫌いだ。正確には最近、嫌いになった。

先日友人と二人で行き付けの居酒屋でご飯を食べていたら、隣の男二人組が相席を求めてきた。一人は塚本高史のようなチャラ男イケメンで、もう一人はドランクドラゴン塚地のような不細工男性だった。暇だったのと、ご飯代を出してくれると言うので話しに乗ることにした。二人組は33歳。私達よりも9歳年上だった。

チャラ男は見た目通りチャラかった。塚地似はそんなチャラ男のチャラいエピソード自分モテなさの比較で笑いを取っていた。そして、今まで自分女性にどんな酷い目にあってきたか話すので、同情してしまい、いい人だと思った。

飲み会が終わり、LINEFacebookを交換し店を出た。家に帰るとLINEが来てて、チャラ男からはまたご飯行こうとシンプルなお誘いメッセージ塚地からは私の容姿を大げさに褒めるメッセージと一緒に今日の楽しさの感謝メッセージがつらつらと書かれていた。何回かLINEを往復したが、塚地からは誠実でまめで優しく情熱的なメッセージが何通も届いた。うっかりときめいてしまいご飯に行く約束をした。

ある日、一人でその居酒屋にご飯を食べに行った。大将とは顔見知りでカウンセラー席で話していた。チャラ男塚地似も常連らしく、大将にこの間のことをからかわれた。そして、塚地似には気をつけろ。といった。

塚地似は女癖が悪く、出会った女にまめに誠実そうに口説き、何回かセックスした後に捨てるという事を繰り返しているらしい。女は最初の誠実さと酷い仕打ちに耐えられず、高確率メンヘラ化するらしい。それだけならまだしも、3ヶ月前に上司の娘と結婚したばかりだという。それなのに、女癖は治るどころか酷くなっているらしい。

話しを聞いて引っ掛かりそうになった自分に情けなくなったし、塚地似に猛烈に腹がたった。不細工なのに調子に乗っているからだ。不細工から誠実さを抜けば不細工が残るだけ。誠実で真面目であるからこそ不細工にも恋愛享受できる権利が与えられるのではないか。と思った。

大将いわく、チャラ男の方は彼女がいないときは色んな女の子に手をだすが、彼女がいるときは一途だそうだ。

イケメンはチャラくても良い。イケメンなのだから。遊ばれたって顔がよければ納得できる。

誠実なフリした不細工は許せない。性欲が有り余った不細工は一人の女で我慢できないのなら24時間オナニーしていればいい。

もう二度と不細工な男の誘いには乗らないと決めた。誠実そうでまめな不細工は遊んでいるし、誠実でもまめでもない不細工には存在価値など無い。

2017-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20170506153915

こっちのほうがいかにも同人板に入り浸ってる腐女子感出てるか。

売れてたり同人サークルが多い作品を嫌う情熱が凄い。

2017-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20170520210849

給与モチベーションの源泉であって、まともな給与も出せない会社でまともに働こうとは思わない。

情熱は金で買える。

2017-05-19

会社に貢献するということ

毎年個人目標を決めなければならない。

営業の人は売り上げとか数字に出てわかりやすいが、自分技術職なので関わった仕事が直接どう売上に貢献したのかは見えにくい。

つの売り上げにしても、営業ディレクターデザイナーエンジニア、その他バックオフィスの方、色々な人が関わった上でのものだ。

で、前述の目標設定だが

会社にどう貢献できるの?」

「何をもって成長とするの?」

会社関係ないことやられても評価にならないから」

と詰められ、結局自分目標がどうなったのかよくわからない。

「ではどのような目標を立てれば良いですか?」と聞いても「評価者の主観にならない目標」と言われ、具体的には?と聞いてもはぐらかされた。

そもそも主観のない評価など無理なのでは?前日の飲み会で「〜さんすごいとかゴマすって気分良くしておけばいい」とか言ってたの自分ですよね?

それ以降、自分作業会社に貢献しているのかどうか不安不安で仕方なくなった。

特に裏方的な作業必要だとわかっていても、評価されないのではという思いがあって空しくなったりする。

地味な作業ルーチン作業は嫌いではない。

ただ、表立ってわかりやすい何かをしなければまた評価でボロクソに言われるんじゃないかと怖くて仕方がない。

営業感謝されても売り上げが上がっても「自分はこのプロジェクトに参加してたので売り上げに貢献できた」とは言えなくないか

技術者としてアサインされ、もちろんその中で提案したりすることがあっても、それが売り上げにクリティカルに貢献したかどうかはわからないだろう。

この作業会社に貢献しているのだろうか?と一々考えていたら仕事自体への情熱が失われてしまった。

勉強会を開く人のことも、きっと評価のためにやってるんだろうと思えて参加しようとか協力しようとか思えなくなってしまった。

社外の勉強会も「業務関係ない勉強会とか無駄なので」という声が脳裏に蘇って参加しなくなった。

自分のためよりも会社に貢献しないと居場所がなくなってしまうのではないか?クビになるのではないか?何か一つでも、何か、何か会社に貢献しなければ、という脅迫概念で出社すら辛くなってきた。

ちなみにこの会社貢献度は毎月測定される。1回目の測定は謎の理由で可もなく不可もなくだった。

毎日が息苦しい。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516105847

現実的な話としてその指導員はなにか歪んだ教育情熱に凝り固まってるのでもう無理でしょう

医師診断書でっち上げでもして突きつけるしかないのでは

通わせるなとか自分で買えとか言ってるやつがいちょっと怖くなったわ

学童がなんなのか理解してないのかな?

保育所と同じで親の仕事的にどうしても預けなきゃいけないから預けてるんだが

2017-05-15

本屋以外に置いたら売れそうな漫画って知らない?

三年前の話なんだけど「コンプレックス・エイジ」っていう読み切り漫画話題になったの覚えてる人いる?あの読み切りなんとなく好きで定期的に読み返すんだけど、あれがきっかけでモアイっていう漫画サイトちばてつや賞のことを知ったのね。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.moae.jp/comic/complexage/0/1

その流れで賞の特集ページを読んだんだけど、ちばてつや漫画選考にかける情熱とか哲学を知って、なんかイメージと違う人だなと思った。父親の持ってたのたり松太郎ぐらいしか読んだことなくて人となりは全然知らなかったから、正直もっと大御所ぶった人かと思ってたけど、わりと普通のおじいちゃんだった。賞の選考をするときは、応募者の良いところをなんとかして見い出してあげたいという姿勢が好印象だった。

そういう事もあってモアイっていうサイト自体にもなんとなく好感をもった。モアイには他にも、雑誌で連載されてる作品を試し読みできるページが用意されていて、本当に多種多様作品がアップされていた。シンプルで読みやすい作りのサイトだったこともあって、そのまま一週間かけて全作品試し読みした。

のりりんなにかもちがってますか山賊ダイアリー軍鶏神様が嘘をつく。、決してマネしないでください。、ハトのおよめさんなりひらばし電器商店ハルロック、おねいも、蜜の島、星のポン子と豆腐れい子、ちょいとみやげを、きのう何食べた?彼女カメラ彼女の季節、ミリオンジョー、しばたベーカリー、ひらけ駒!、つるつるとザラザラの間、ビブリア古書堂の事件手帖オールラウンダー廻鉄風、ブレット・ザ・ウィザードBUTTER!!!、天の血脈フラジャイルなどなど、試し読みをきっかけにして漫画を購入したりレンタルする頻度がすごく増えた。基本的に身内の持っていた本を読んできただけの漫画音痴自分にとっては、世界の幅が広がったようで楽しかった。

花屋漫画を置くという選択肢

ここからが本題なんだけど、その試し読み作品の中に「ハナハダハナヤ」っていう作品があるのね。

http://www.moae.jp/comic/hanahadahanaya

花屋舞台にした日常系作品なんだけど、内容が面白いだけじゃなくて実生活でもかなり役に立った。作者(https://twitter.com/wakanatwi)が現役の花屋さんっていうだけあって、ガチ植物知識物語に(自然に)盛り込まれていて、例えば花屋に置いてある花はどれが定番でどれが季節限定ものなのか、どういう風に取り扱えば良いのか、それぞれどういった由来や特徴があって和名はなんなのか、定番花束の作り方とは、みたいな事がちゃんと説明されてるのね。花屋あんまり行ったことなくて知識とか全然なかった人間からすると、なるほどわかりやすいなーって感じで花を知る取っ掛かりになったし、お祝い事なんかで知人や友人に花を贈る時の役に立ったし、仕事のお客さんからも褒められて嬉しかった。

でもこの作品、二巻で終わってしまってすごく残念だった。たしかあんまり目立つような作品ではないけど、だからこそもったいないというか、そもそもこういう本は本屋の棚よりも花屋レジ横に置いたほうが良いと思ったのね。花屋に来る人はだいたい花が好きなわけで、漫画コマ(と店員さんの推薦文)を載せたポップと一緒にレジ横に置いといた方が、手に取って貰える機会は圧倒的に本屋より増えるって!スーパーレジ横にガムとかおすすめ品を置いとくのと同じだって!同じか?どっちかというと本屋レジ横に置いてある一番くじのが近いのか?とにかく、本屋の棚やAmazonの海に埋もれさせとくには惜しい作品なので、ピンとき花屋さんはよろしくお願いします。

自分は本の販売に携わったことのない素人から本屋以外で漫画を売ることの大変さとかわかんないけど、本屋以外に置いても良さそうな本ってやっぱりまだまだあるんだと思う。人気作品でも似たようなことは考える。例えばヴィンランド・サガ少年院とか刑務所に置いといたら再犯率すごい下がりそうって思う。刑務所内には「オレ、ヘイワノクニ、ツクル」って宣言する巻までしか置かずに「続きが読みたきゃ娑婆に出ろ」って言えば効果は二倍二倍だと思う。

[]岩田明子NHK解説委員政権との距離を質し続ける高井たかし議員

国会ウォッチャーです。

 先週木曜日(間違えた)総務委員会。籾井さんのときの質疑と比べて、別に新しい情報があったわけではなかったんだけど、高井議員NHK政権との距離問題はかなりしつこく聞いてきています学生時代NHKの集金のアルバイトをして生活の足しにしていたとか。指摘するのは大事だけど、特段有効打は出せてない感じですね。

 こういう、政権意向に反した奴を左遷させる、というある種の忖度のようなものは、かなり省庁、NHKなどの中で広がってるんだろうと思うんだけど、いかんせん証拠がないので、そういう例がどれだけあるのか、ということを示していくしかないんでしょうが魚住昭さんが書いた、月刊現代中川昭一安倍晋三の両議員からNHKに対する圧力についての朝日新聞記者取材テープとされるものの中で、松尾武氏が答えていたようなNHKの内情からするとだいぶ変容してるんだろうな、と思います

 岩田明子さんは、NHK解説委員で、今井尚哉首相秘書官お気に入りとされる人で、田崎史郎山口敬之氏らとならんだいわずと知れた寿司友ですが、週刊誌的には、彼女政治部内での発言権が非常に大きく、人事にまで口出ししている、と噂されているところです。最近で言えば、籠池理事長の会見の最中に、安倍総理のぶら下がり開始の10分前にご登場あそばして、南スーダンPKO撤退について、政府見解のご解説をなさっていらっしゃったことが記憶に新しいところ。まぁそれに関する質疑もありましたが、唯一新味のあった話だったのが、前任の政治部長山下熊本放送局長)が、岩田さんの文芸春秋への寄稿に対していかがなものかと異議を申し立てたらしい、ということで、籾井氏の粛清とされる昨年4月25日発令人事で、通例2年の政治部長職ですが、1年で熊本に異動になった、という話が、どうもNHK内部では、岩田さんのインタビュー記事が原因なのではないかとされているというところでしょうか。

日露首脳会談映像はいったい誰が撮影して、誰がNHK提供したのか

 これももう何回も聞いてるけど、何を聞いてもまったく答えないので、ほんと聞いててむなしいだろうな、と。昨年11月APECでの日露首脳会談事前協議映像が、内容をNHKスクープドキュメント北方領土の中で流れたことに対して、いったい誰が撮影して、どうやってNHK放送することになったのか、という話。これを外務省内閣官房映像撮影したのかと聞いても、「お答えを差し控えさせていただきます」、NHKに聞いても個々の取材についてのお答えは差し控えさせていただきます。という流れなんですが、撮影事実あるかないかも答えられない理由が、「政府内部の協議一般には公開していないから、撮影の有無を含めて答えることはできない」といってるんだけれども、放送の中で、「外交機密が含まれいるから音声は流せない」といいながらNHK放送されるというのなんでそんなもんが流出してんのっていう疑問に繋がるのは当然じゃないかしら。NHKにだけ撮影に入らせてるっていうのであれば、政府の機密的事項を話し合う場面にNHK記者が入っている、という時点で、コンプライアンスがぶっ壊れてるし、官邸撮影して提供してるんなら、NHK提供できるものを誰が撮影したのかについて、政府側が答えないっていうのは、国民代表たる国会議員なめてる案件なわけで、どっち方面に転んでも頭おかしいとしか、っていう話なんだよね。(NHKニュースソースを答えないのは仕方ないけど、政府は答えない理由はないはず。だってNHK提供してんだから。)

 そんで、どうやっても答えないか一般論として、

高井

NHK政権距離を接近させすぎてまで、特ダネスクープを追い求める必要性はあるのか、政権が流したいものを、スクープをあげるから、ということで流す、というのは税金が入っている公共放送としてあってはならないと思うがいかがか」

上田良一NHK会長

NHK報道機関として、視聴者判断のよりどころとなる情報を、正確に、そしてより早く提供することが重要であると考えております。そのためにも取材報道のあらゆる段階で、真実に迫ろうとする姿勢を徹底することが、大切と考えております。今後も社会必要とされる情報いちはやく伝えてまいりたいと考えております。」

高井

いちはやく、ということは否定しないが、NHKが、独占的に、他社が入手していない情報を追い求める、これ自体否定はしないが、相手政権場合、当然見返りがあるから問題だと思っている」

この上田さんの答弁も、もう何回目、という感じで、ただの作文読み上げだけど、籾井がやめてもNHK本質は変わってないなというのは思いますね。籾井に反抗するような幹部粛清済みみたいだからしかたないのだろうけども。確か、オバマ大統領との首脳会談がセッティングできなかったとき批判の声があがったときも、NHKは独占映像として、オバマ大統領安倍さんが2人で話してる映像を流してたよね。G7の首脳会合には海外勢含めてメディアは入れないからどこから出たっていわれたら官邸からしかないわけだけどね。

岩田明子氏の「ジャーナリズム掲載原稿

http://webronza.asahi.com/journalism/articles/2017021700004.html

これね。これを読んで会長感想を求めるが、「感想差し控える」

高井

感想はいえないということでしたら、もう少し具体的に聞きますが、私はこの中にはちょっと問題だと思うところがいくつかあるんです。

(略)永田町での取材を通して思うのは、記者取材対象者関係においては、権力のチェックという側面と、信頼関係確立の側面の絶妙バランスが大切だということです”その通りだと思いますね。バランス大事なんです。”取材相手に誠意と情熱を持って全人格で向き合い、その一方で私を超えた公の立場でチェックをする、と同時に情報はよい意味で、ギブアンドテイクであるべきだと実感をしました。権力主体が隠したい事実がわかり、それが不正だった場合外交上やむをえない場合を除き、この事実を報じなければなりません”報じなければなりません、ってか報じる、当たり前ですよね。報じるに決まってるじゃないですか。”そのためには、日ごろから取材対象に肉薄し、情報を取る力と交渉をする力が不可欠です”こう書いてるんですね。つまり今回のスクープドキュメントNHKスペシャルの話もそうです、あるいは国会で何度か取り上げてきた、南スーダンから撤退するときの、情報いちはやく入手して、しかし、その見返りというんでしょうか。夕方放送でですね、ちょうどあのとき、籠池理事長記者会見とあえてぶつける形で、記者会見をした、その後すぐにですね(事実誤認記者会見がはじまる前です)、岩田明子さんが出てきて、長々と政府立場解説する。やはり。情報をとる、ということに対してですね、どうしても、政権よりの放送に、どうしてもなる、と。だからこそ政府情報を出すんじゃないですか。ですからバランス大事だといいながらですね、私は権力のチェックこそマスメディアの使命だと、ましてや受信料で成り立つ、NHK公共放送として、大事な使命だと思いますが、会長NHKとして、こういう考え方、この考え方、これでいいと思いますか。」(質問がわかりにくい、もっとストレートに、コレは癒着だと思いませんかとか聞いたほうがいいよ。岩田明子氏が権力のチェック果たして政権の思惑と違うことをしゃべったことがこの5年で何回あるか知らんけど、外見からは、政府スピーカーとしての機能しか果たしてないと思うけどね。)

上田

NHK姿勢に関しましては、取材政策ルールブックであります放送ガイドラインがありまして、そのなかで、取材相手との関係については、放送倫理や公平・公正な姿勢意識し、節度ある距離を保たなければならないと定めております。また国民知る権利や、公共利益のために、密着取材必要場合でも、相手利益を図ったり、癒着と受け取られる行動を取ってはならない、と定めております。この冊子を全職員に配布いたしまして、周知の徹底をいたしております。また真実を明らかにするために、取材相手に食い込むことと、いっぽうで、取材相手一定距離を保つことは、ジャーナリストが必ずわきまえなければならないことである認識しておりまして、現場ではこのことを十分に踏まえて、日々の取材制作に取り組んでいるもの承知しております。」

高井

会長まだ就任されたばかりでね、まだ、まぁ監査委員やっておられましたけども、昔のNHKはそれを守っていたかもしれませんが、そうじゃない実態が、だんだんそうじゃなくなってきているということを、皆さん、NHKの内部からも、皆さん危惧されて私のところにも情報を下さる方がいる。この委員会でも取り上げました。去年ですかね(5月24日衆院総務委員会)、あのーこれもまた岩田明子さんが、文藝春秋安倍総理のお母さんのロングインタビュー、4時間半のインタビューを書いたと。これも内部ではですね、なぜNHK記者が、解説委員が、文藝春秋に、自分たちが集めたリソースNHK記者として安倍洋子氏との人脈を築いたわけだからね)を使って、集めた情報を、文藝春秋に出すんだと、反対した方がね、部内にもいらっしゃるそうですよ。しかしその方はね、定期じゃない人事異動地方にいってしまったそうですよ、政治部長がね。異動になったと、これはもうNHKの内部では有名な話ですが、会長がご存じなかったというのなら、この機会に是非知っておいて頂きたいと思います。結局、NHK組織権力をチェックするというバランスに対して、鈍感になってしまっているのではないか、これは前の会長の籾井さんの体制の悪い影響がでているんではないかと思います。これ以上聞いても堂々巡り議論・・・(略)

高井さんはここでとまっちゃだめだよ。わざわざNHKが籠池理事長記者会見に合わせて、前から持っていた情報を流し始めるというのは癒着だと思いませんか、岩田さんが会長賞を受賞されたそうですが、彼女のどの報道評価されたんですかってしつこくしつこく聞いて欲しいわ。この、寿司ともを利用して適度にスクープ読売産経日テレフジテレビとかに与えながらやっているメディアコントロールと、桜井充さんの質疑で出てきたような、国家戦略特区に関して、変に便宜を図るようなことはしないほうがいいって発言したら、次官経験から脅しの電話がかかってきて、地方大学に飛ばされた、みたいな人事権を使った官僚コントロール安倍政権を磐石にしてるものだと思うから、ここをしつこく突っつくのは、ホント大事なとこだと思うんで、ここでやめちゃいけない。、

一応時系列を整理しておくと、岩田氏のインタビュー記事、「晋三は「宿命の子」です」の取材は当該記事によると取材の申し込みは昨年3月、当該記事出版5月10日NHKの定期人事は例年6月山下毅氏を含む籾井氏の粛清人事があったのが4月25日山下毅氏の熊本異動後の記事によると、内示を受けたのは、熊本地震の前日、4月13日ということです。まぁ一応筋道としては通った話なのかな。真偽は知らんけど、こういう話は、この政権ではごろごろ聞く話ではある。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170511121418

PixivとかHPとかでちまちま二次創作小説を書いている者の視点からで良ければ。

わりと同意します。私の場合自分情熱考察テキストを生成させる感覚であり、誰かの期待に沿うために書いているわけではないので、まったくお付き合いのない方から「この方がいい(変更してほしいという意味で)」「これ嫌い(公開停止してほしいという意味で)」とか言われても「お門違いでは……」となります。ではなぜネットで公開するかというと、「趣味が合う」「考えが合う」人とマッチしたらいいなというささやかな期待と、自分自分のために書いたものでも、誰かが面白く読んだら幸福が増えるんじゃないかな、と思うから

アニメとかの公式には「耳に痛い話も聞け」と言っておいて、自分作品には「二次創作同人趣味だし読み手書き手は元々の意味で対等なんだからネガティブ反応出さないで!」というのはちゃんちゃらおかし

ここは疑問です。アニメなどの制作側と視聴者消費者)と、同人作品の作り手と受け手では、結んでいる関係の形が違うと思っているので。オリジナル同人作品商業化していく例があるように、きっちりとした境界は引けなくて、グラデーション的につながっているとは思うけど、動いている金額の規模や関わっている人数などの差は大きいと思います組織個人と、個人個人という点も作用するかと。

  • 「読み専はいていい・いなくなれ」

いていいんじゃないでしょうか。読んでくれる方がいたことは慰めになりました(私の場合、読んでくださった方は常に過去存在します。未来はいません)。私にとってはあくまで慰めですけど、どなたかにとっては未来に対する大きな勢いを与えて下さる存在でもあると思います

作品を受け取った時に、こちらが意図したものをくみとって、それに対して建設的かつ友好的なコミュニケーションで応じてくれる方が理想ですね。読み専の方の好意や称賛ももちろん嬉しいんですが、「そういう考えならこういう場面設定はどう?」などのアイデアや、こちらの想像に対するさらに深いイメージを寄せてくれたり、自分なりに組み立てた工夫に「これって仕組んだ?」と技術面での反応もしてくれたのはやはり同じく作り手側の人ばかりでした。

ネガティブ感想だとか作り手の未熟が生んでしまう疑問だとか、そういう内容はある意味どうでもよくて、「唐突に、一方的に暗闇から飛んでくるコミュニケーションの質が友好的か、攻撃的か」ということのほうが個人的には大きい要素だと思いますネット経由の感想ってマジで暗黒から出し抜けに飛んでくる感じなので、攻撃的な質のものだとめちゃくちゃダメージが大きいんですよね…… そちらはこちらのことを知ってるかもしれませんが、こちらはあなたのことはまったく知らないのですよ!

ほとんどの同人コンテンツ個人個人の規模だと思うので、単純に「(初対面の)人間として」対等に、ていねいかつ友好的なコミュニケーションで向き合ってくださいますと助かります

なお、個人的には下品な口調もノーサンキューです(これはちょっと厳しい基準だと思います)。初コンタクト大草原を生やしてコメントしてきてくださった方がいまして、内容自体は嬉しかったんですが、その口調はちょっと、初対面の方としては受け付けない……となり、ためらっているうちにコメ返しのタイミングを逃しちゃいました。

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