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はてなキーワード: 恋愛対象とは

2020-07-13

書き留めておきたかたこ

好きな人がいたんです。初恋といってもいい。

もう記憶あやふやなくらい遠い昔、同じゲームが好きで話すようになった女の子のことをひたすらに大好きだったんです。

その女の子が他の子と遊んでいたらその子達が死ぬほど憎くなるくらい、その女の子プール自由時間に一緒に遊んでくれなくてガチ泣きするくらい、それを気に病んで髪をハサミで切るくらいには大好きでした。当時の幼い恋ですから自分勝手気持ちです。ただただ彼女が好きというだけで、特段彼女側の視点に想いを馳せない身勝手な恋をしていました。

あの頃を思い返してはっきり仲が良かったと言える子はもうひとりいました。その子に対してはフラット友情を抱いていたのです。今でも親友、盟友と自負しています。お互いに。だからこそ、初恋の子への想いはくっきりと友情から区別されるものだとわかったのです。

何故この恋が特別だったかというと、これを10年くらい引き摺ったからです。中学別になったので、彼女と一緒に過ごしたのは2年ぽっちでした。それでも中学の頃はやたら長い電話をかけたり地域お祭りで会ったりしていましたが、高校生になると私も部活で忙しくなり接点はなくなりました。あの頃はLINEがなく電話メールしかないし、そうなると連絡は自然億劫になります。それでも心の奥底で好きだったんです。ずっと。毎日最低一度は彼女名前を思い出しました。時には彼女の顔や言葉を思い返してきゅんと締まる胸を押さえました。事あるごとに彼女名前を呟いては思い返していました。今思えば執着みたいなものだったのだろうと思いますが。

人生色んなことがあります中学の頃は部活の女の先輩が大好きで年中ひっついてましたし、大学生の時は短い期間ながら彼氏がいました。だから初恋は執着に形を変えて心の奥底に寝そべっているような感触であったのです。大きなかたまり感情はあれど、彼女名前毎日思い返せど、それでも終わった恋だと思っていました。

大学何年生だったか彼氏なる存在と別れてしばらくした頃、ふとLINE友達を整理していて心臓が飛び出そうな感触を味わいました。電話番号による自動追加か、友達欄に「彼女」の名前があったのです。震える手でメッセージ作りました。なんでもないような感じで、「やっほー!もしかして○○ちゃん?」と。そんな些細なメッセージを作ったはいいが、いざ送るのにはまる1日かけて悩みました。軽いノリで行くべきか丁寧に行くべきか、怪しまれない言い訳をどう盛り込むか、そう考えている時点で下心ありありなのではなどと、様々な思いが去来していました。

ええいままよとLINE送信ボタンを押した時の手の震えと、返信が来た時の高揚感をまだ覚えています。「彼女」と現状の話をぽつぽつと送り合うたびにときめきが胸を吹き荒れていました。まだ、好きになれたんだなと実感されました。

雑談を続けていたらトントン拍子に「今度の休みに遊ぼう」という話になっていました。しかも向こうからの持ちかけで。もう有頂天でした。色々と忙しい時期だったのですが、テンションMAXで浮かれていました。

遊ぶ日の当日は、めちゃくちゃ服を悩んだりメイクを調整したりと、恋する乙女のものでした。ハイテンションにこれまでの年月について語らい、私にとってのデートを心から楽しんでいました。私より背の高い彼女を隣から見上げる時の、甘酸っぱいような感覚をまだ忘れていません。

このような浮かれ方をしていたので、まさかその日のうちにこの恋が冷めるとは思ってもみませんでした。2人とも少し歩き疲れ、お茶にしようと喫茶店に入りました。様々な話題をぽつりぽつりと話すうち、人生の話がちらほらと混じり始めました。何故かこの年頃の女性と長く話すと、なりがちな話題です。私は当時学生でしたが、彼女はもう働いていました。かなりハード職種、悩まされる人間関係、今後の人生方向性。話を聞いているうちに、恋愛観の話題になりました。「好きな人に男も女も無いんだよね」と彼女自然に言った時、私は踏み込まれたような気持ちになりました。彼女のことを一方的に好いている自分に後ろめたさを感じるような、そんな感情です。私は彼女の眼中に入らないからこそ、好きでいたのでは?とまで思考が回るほど、私は混乱していました。ただ、彼女言葉を続けました。「でも女の子は『やりたい』って気持ちになれない。そこが大事だと思うんだよね。だから恋愛では無いかな」と。

ドライアイスが溶けて昇華されるような、心臓の奥にたまっていた愛着の塊が、10年かけて作られた塊がその一言で一瞬のうちに消えました。

自分でも動揺するくらいあっさりと、彼女に対する恋愛的な「好き」の気持ちが消えたのです。

ああ、相手範疇にないなら、その可能性すらないなら私は色恋として好きにならないのだなと、瞬間的な悟りを得ました。「そうなんだね」とあくまストレート(用語)のふりをしながら、私は相槌をうっていました。バイの私にとって「恋愛対象の」女の子全然「やれる」相手であることも、そう彼女を思ってきたことも、ひた隠しにしてただ当たり障りのない会話を続けました。

決定的な溝を前に恋愛的な「好き」が消え、彼女に対する気持ちにはもう1人の親友とまったく同等の「友情」だけが残っていました。

また遊ぼうと軽く言い交わして別れた後、私は全くフラットになった自分の心のうちに困惑していました。これまでの毎日、本当に、彼女名前を忘れたことはなかったのです。10年以上執着を持ち続けて凝り固まった感情が、こんなにもあっさりとなくなってしまうとは。このようなことを人生の中に予測したことはありませんでした。たった一言で私の見る世界は一転し、拠り所のないふわふわとした気持ちで、帰路を歩んでいました。

こうして私の初恋は終止符を打たれたのでした。

構ってもらえなくて泣くくらい、LINEの返信を心臓の高鳴り抱えて待つくらい、10年以上その想いを抱え込むくらい大好きだった彼女への恋愛的な「好き」が、一瞬で跡形もなく消え去りました。

未だにその子に対して恋愛感情を持っていた記憶は残っています。未練のようなものではなく、さっぱり消え失せてしまいはしましたが、思春期青年期にかけて私の心にぽたぽたと垂れ続けて形作られた雨だれが作ったあとが、埋めるものもなくその形が残っています彼女を愛した記憶ごと、最早私の人生であったわけです。

今後、私が生き続ける限り、彼女を愛した年月は人生の中に占める割合を減らしていくことになります。それでも私を形作るにあたり基礎の部分に混ぜ込まれたことに変わりはありません。石を穿った雨だれはもうなく、ただその跡を残したまま、その上に今後の人生を積み上げてゆくのだろうと思います

彼女への想いが消えて暫く経って、私の人生の半分を形作ってきたこの思いについて書き留めたくなったため、ここに記します。

今はただひとりの友人として、彼女の前途に幸あらんことを祈ります

2020-07-11

恋愛対象として見られると生理的に無理になる

今まで別に嫌いではない、むしろ好意的に思っていた人が恋愛的な好意自分に向けてくると途端にどんな人でも一瞬で冷める

この人が私に今まで優しくしてくれたのは私と性行為たかたからなのかなーと思ってしま

他人と性行為したいという欲求自分の中でないんだよな

2020-07-09

愛されたいという呪いにかかっていた



愛されたいという呪いにかかっていた。

かけたのは自分だ。

自分でかけた呪いに苦しめられてきたなんて本末転倒なのだけれど、一応、きっかけはある。


中学時代に、クラス男子が「○○(私)のこと好きになるやつなんているの?」とバカにしたような笑い声を上げながら話していたのを聞いた。

どういうきっかけでその話をしていたのかは分からない。ただ彼らは賑やかな休み時間教室でその話をしていて、同じ教室内にいた私の耳に届いた。

聞いたときはショックで、なんでお前たちにそんなこと言われなきゃいけないんだという悔しさと、容姿コンプレックスがあったのでやっぱりそうなんだという納得で死にたくなった。

本人たちには何も言えなかった。ただ聞こえない振りをするのが精一杯だった。


呪いをかけたのはこのときだ。



絶対にアイツらを見返してやる。

そう呪った。



アイツらに二度と笑われないように、と誓った割に、整形するでもなく、自分に合う化粧の仕方の研究をしたわけでもない。

ただ漠然と、素の私をとても素敵な人に恋愛対象として愛してもらえれば、バカにしてきた奴らを見返せれると思った。

客観的バカにされたので、もっと上位の人間に認めてもらえれば私が価値があることが証明されるし、満たされるのだと思ったのだ。

書いてて恥ずかしくなるのだが、コンプレックス自意識を盛大に拗らせている。しか怠惰から努力はしない。最悪だ。


まぁ、当たり前なのだが、そんな性格がネジネジに拗れて、見た目もイマイチ人間を好きになってくれる人などいなかった。

一応、好きだと告白されて、交際したこともあるのだが、私が相手のことを好きになれなかった。私のことを好きだなんて、美意識がどうかしてると思って、どうしても引いてしまうのだ。

愛されたいのに好きだと言われると引くという。

自分でもよくわからないが、恋愛的な意味好意を持たれると相手気持ち悪く感じてしまうことがその時わかった。

せっかくこんな私を好きだと思ってくれたのに、相手には本当に申し訳ないことをしたと思ってますすみませんでした。


愛されたい。

猛烈な飢餓のようなその感情にしばしば苛まれた。

それはだいたい落ち込んだときに強く感じて、「誰にも愛されないし、このまま死んでしまいたい」とよく思った。


無意識にかけていた呪いは強烈で、あまりにも思考に深く根付いていた。

なので、けっこう最近までそう考えること自体に疑問を感じなかった。無意識って怖い。


呪いに気づいたのは、ある出来事どん底まで落ち込んだからだ。

と言っても、行きたかったある公演のチケットが取れなかったというだけなのだが……。

他人から見たらそんなことかよと思うだろうが、私は喉から手が出るほどチケットがほしかったし、そのために結構な額の課金をした。それでも取れなかった。

こんなに好きなのに、チケットも取れないぐらい運も悪いし、誰にも愛されない。死にたい

いつもの思考パターンだが、チケットの先行が複数回あるので、当落発表の度に上記思考回路に落ちる。

まりにも短時間に頻繁に考えるし、コロナのせいで軒並み出かける予定が消えて暇だった。気を紛らわせる手段にも限界があるので、すぐにその思考に戻ってしまう。

そのうち、チケットが取れないという現実から目をそらしたくて、そもそも、なんでこんなに愛されたいのかについて考え始めた。


愛されたいという欲求は、おそらく人間潜在的に備わってるものだけど、私はあまりにもそれが強くないか?なんでだろう。

愛されて認められたい。

けど、認められるってなんだ?どうして愛されることが認められることなんだ?


順を追って考えて、やっと「もしかしなくても中学時代のあの胸糞悪い出来事きっかけで、思考が捻れてないか?」と思い当たった。

胸糞悪い上に自分呪いまでかけてる!しか相手絶対言ったことすら忘れてるのに!

同窓会も行かないから、もう彼らに会うことないだろうし、あまりにも嫌い過ぎて顔を忘れたので、どこかで会っても気づかない。

そんな相手を見返したいと思っていた。

これで努力して自分が良い風に変わったなら良かったが、特になんの努力もしてないので、ただムダに長い時間自分自分にかけた呪いに苦しんでいただけだ。

アホすぎる。


呪いに気づいた今、とりあえず愛されたい欲求は落ち着いている。

愛されなくても生きていけるし、誰から恋愛対象として愛されず、結婚できなくても、趣味や同性の友達と楽しく過ごせればいい。そうして一生を終えたい。

ただ、あまりにも長く呪いにかかっていたので、いつの間にかまた呪い思考が戻ってくるのではないかと怯えている。

そうならないよう、愛されなくてもいいんだよ。誰かの悪意に立ち向かわなくていいんだよと、忘れないようここに記しておく。

2020-07-07

anond:20200703231855

あなたは優しい人なんだね。でも、あなたのような優しい人はほんの一握りなのだろう。

女の子はみんな、強そうなヤンキーやチャラチャラしたギャル男、そして、イケイケのテニサー男が好きなんでしょ?実際、優先的に恋愛対象になるのは、決まってそういう男たちばかりだ。そして、女性たちは恋愛対象にならない男を自分の周りから排除しようとする。

私は「恋愛対象になれない非モテ男はさっさと死ね!」というのが、日本中女性が持つ普遍的価値観だと思っている。

実際、非モテ排斥を主張するフェミニズム日本中で広く支持されている。男叩きの番組視聴者の間で人気が出ている。恋愛対象にならない男を人間扱いしない漫画SNSでバズっている。

いずれ、恋愛対象になれない非モテ男が当たり前のように殺害される時代がやってくるだろう。日本中女性たちが非モテ男を性加害する汚らわしい害獣と見なして駆除を訴える。一方、日本中恋愛対象になりうる「まともな男性たち」の間では「女性はか弱い生き物だから自分たちが守るべき」という風潮が極めて強い。だから、「まともな男性たち」は非モテ男を殺害する。そして、警察検察は腐敗して、非モテ男の殺害実質的合法化される。

フェミニストが頻繁に使用する「セクハラ」という言葉は便利な凶器だ。自分の気に入らない男を排除してもらうために「私はあの男が嫌いだ」と言っても、誰もその男排除してくれない。だが、「セクハラ」という言葉を使えば排斥を容易に正当化できる。実際、痴漢冤罪社会問題になった。いずれ、気に入らない男を指して「こいつがセクハラした」と叫べば、その男警察逮捕してくれる、不良やヤクザ拉致してくれる。そして、凄惨拷問を加えて殺害してくれる。そんな時代がやってくるだろう。

普通の人が当たり前のように殺人をしていた時代と言えば、公民権運動前のアメリカになるだろう。当時は、黒人人権に反感を持つ白人たちが、黒人を当たり前のように殺害していた。それを象徴する事件として、1916年に黒人労働者のジェシー・ワシントン氏がリンチを受けて殺害された事件が挙げられる。そして、Wikipediaのページになって申し訳ないが、白人たちが黒人リンチしていた時代的背景として次のような記述がある。

1890年から1920年の間に、約3,000人のアフリカ系アメリカ人犯罪加害者であるとされ、リンチに参加した群衆によって殺害された。これらは法律の枠外で行われ、容疑者刑務所法廷から連れさられるか、逮捕される前に殺害された。リンチの支持者たちはこの慣行アフリカ系アメリカ人犯罪性のためであるとし、彼らに対する優位を主張する手段として正当化した。

太字の部分をフェミニズム風に言い換えれば「キモい非モテ男は加害性を持つからリンチ正当化できる」になる。いずれ、この風潮が日本中蔓延していくだろう。

はっきり言って、私は日本中女性が怖い。恋愛対象にならない非モテ男を社会から排除するべきという排斥志向を遠回しに言う主張が女性を中心に日本中で支持されているのが怖い。30代になっても彼女ができない私は、いつか屈強な男たちから凄惨拷問を受けて殺されてしまうのではないかと思う。

女性に好かれない男は、外を歩くことができない社会が到来している。

補足

薄々気づいている人もいると思うが、フェミニストの言う「男性」は「自分が嫌いな男性」「自分にとって恋愛対象にならない男性」の略であり、専ら、非モテ男のことを指すと考えられる。したがって、非モテ男を擁護する女性は「名誉男性」になるのだろう。

2020-07-06

令和2年にテニプリの乙ゲーをするアラサー

腐女子の私が令和2年にテニプリにハマったので、ぶっちゃけ冷やかし程度にDS乙女ゲームを始めたんですよ。ドキドサバイバルです。

とある人が「もう中学生恋愛できないかテニス部員のお母様になりたい」って漫画描いてて、私もいい歳だしそういう気持ちになるんかなーと思ってたけど、これが全くと言っていいほどならない。

テニプリ中学生大人すぎる。みんな冷静な大人ですよ。引くぐらいサバイバル知識があるし行動力あるし大人だってこんな知識ないわ!みたいなことをたくさん知ってる。この時期に見える星座名前覚えてない。魚の種類だって基本的のしか分からない。

こんな中学生いるわけがない。大人でもまずいない。そう、「こんな中学生はいない」からぶっちゃけ恋愛対象に昇華できた。ショタコンと呼びたければ呼んでも構わないけどドキサバプレイしてからにして欲しい。

あとこんな中学生を持ったお母さんは相当胃がキリキリして大変だと思うので寧ろお母さんにはなりたくないと思った。テニス合宿に送り出したらいつの間にか音信不通サバイバル生活してましたなーんて言われたら速攻テニス部辞めさせます

2020-07-05

年の差

31から見た22歳ってただのガキかな

頑張れば恋愛対象に見てもらえるかな…

ビアンの私がホモフォビアに思うこと

私はビアンだ。彼女がいる。

別に隠してないし、街中でもうっすら手を繋いだり普通カップルらしいスキンシップをしている。

多分若い女同士がそういうスキンシップをすることに対して世の中は割と寛容だと思う。別にキモいとか言われない。アイドルとかテレビで平気でキスしてるし。

ゲイに関してはビアンより当たりが辛そうで同情する。

そして本題、ホモフォビアに思うこと。

私はキモいおっさんが嫌いである。老害だって嫌いだし、そもそも弱者と言うものが好きじゃない。高学歴で、お金持ちの生まれ美人の私が女性恋愛対象に見てるという一点なんで被差別階級弱者扱いされないといけないの?って思ってる。

から別に同性愛が嫌いなら嫌いでいいよ。ただ同性愛者の結婚を認めないのなら感情論でなく理性的理由で反対して欲しい。少子化に繋がるとか言うならデータを出して欲しい。

そもそも同性愛者の結婚が認められたらじゃあおっさんやおばさんはいきなりおっさん同士で付き合い始めたりするの?って思わない?ただ単にキモいから嫌ならそれでいいじゃん。こっちはお前のお気持ち知らねえで済むし。

ホモフォビアキモいから嫌だも多様性として認めてやるから、こっちの老害キモいも認めろよな。

2020-07-04

好きな人に振られた女の日記

好きな人に振られた。

1週間前にチェックした天気予報は雨で、

でも当日は晴れ女の私のおかげでばっちり太陽が顔を覗かせた、

自粛明けのそんなデートの帰り道だった。

まあ、振られて当たり前のような関係だった。だって歳の差だもん。

しかもなんと向こうは6年弱彼女がいなかった。

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好きな人がいたんだって

でも、告白するタイミングを逃して気まずくなっちゃっただってさ。

で、しばらく接点がなくなって幾分か時間が過ぎて…、また何かのきっかけで会うようになって、で、告白したら振られちゃったんだって

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それが4年前のことらしい。

その話をされたときに私は彼は一生その女のこと引きずるんだろうなぁってちょっと思っちゃった。

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哀れだなぁ、私という素晴らしい女の子が目の前にいておきながら。

私はきっと可愛らしくて愛嬌のある彼女になれる。

所得だって普通女子よりももらってるし、なんなら同世代男子よりももらってる。

専業主婦になりたーーい💓」なんて勿論言わないし、ブランド物をねだったりなんてしない。

永遠の愛なんてないってのも知ってるし、あなた価値観だってめちゃくちゃ合ってたってのはあなたも知ってるはず。

まあ、私、家事は苦手なんだけど………。

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兎にも角にも問題は、「一緒に遊んだり話したりするのはすごく楽しいんだけど、君を恋愛対象としては見れない。」って言われることがあまりにも多いことよ。

あーあ。皆愛に任せて結婚して、3年くらい経って愛が冷めた時に後悔すればいいんじゃない

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今夜は雨だ。

明日は、きっと晴れるといいね

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2020-07-01

anond:20200701143037

>「お前の父」「お前の母」

違いがわからん

一人称二人称に関わらず子供ができるとホルモンのせいで強制的恋愛対象から家族ジョブチェンジするって話だし呼び方でそんな変わるかね?

一人称が『僕』の母親」考

 特定コンテンツ死ぬほど掘り下げるわけではないが、Twitterボクっ娘漫画が流れてくるとフヒッフヒヒッと最悪の笑い声を上げながら閲覧してしま受動的☆オタクの小生、21歳、学生。(それはもはやオタクではなくただのキモなのでは?と思うが、この話を掘り下げるとつらい気持ちになるので割愛する) 小生は女性器を保有しつつジェンダーが非常~にXに近いQで、漫画の中の彼女たちのように、自分のことを「僕」「俺」「それがし」「拙者」「小生」と称することに憚りが無かったし、むしろ「私」という一人称抵抗があった。恋愛対象性的指向は両性に亘り、「18歳のナオンのケツを一生触りたい」という願望と「異性と愛し合って子どもを設けてみたい」という気持ちを両立させながら元気に暮らしていた。

 ある日、冷やし担々麺を食いながら、ふと小生は思いを巡らせた。

「俺は高校のころ、Twitter上で同期から『[俺]の言葉遣いはこじらせ銀魂腐女子っぽいし黒歴史になりそう、後々過去ツイ見てジタバタしそう』と言われていたし、そうなることを自分もどこかで願っていた・・・が、思春期過ぎても一人称に変わりは無かったし、このまま母親になっても俺でいるんだろうか・・・だとしたら、先輩ボクっ娘ママを探さなければ・・・・・・ん?一人称が『僕』や『俺』の母親って現実でもコンテンツ上でも全然存在しなくないですか?」

 それは、かつて片目をつむったまま遠くの小指を凝視し、自分盲点をはっきりと認識した感覚に似ていた。想像盲点だ、視野が広がるとはこういうことだ。うわ~、こういうときに粋な考察をササッと出せるようになるためにもジェンダー論しっかり学びたい!という明るいお気持ちに包まれた。しかしながら、まず何も学んでいない状態結論を出してみて、大いに勉強をした後でファースト・粗野・考察を見返すのもきっと面白いだろうなあと思い、小生はここにそのプリミティブな思想を書き留めておくことにする。以下にはもう、本当に野蛮で無知で最悪な文章が綴られているので、有識者はたたかないでください。

1. 「僕/俺」と「私」の非対称性、「あたし」

 そもそも「僕/俺」と「私」、使う人間の層はどう分かれているんだろう?

 成人男性は「僕/俺」と「私」の両方を使うことができるが、まだ幼い少年自分を「私」と言っていると、相応に作為性を感じる。対照的に、女性若いうちは「僕/俺」の使用が(かろうじて)認められるが、加齢していくにつれて「私」の求心力が極大に近づいていく。ものすごい非対称だな。う~んこれはいったいどういうことなんだろうね。無学なのでわからん

 これは勘ですが、大人(または人間)のデフォ一人称が「私」なのでは?そして、「僕」や「俺」という男性一人称は、男性側が女性差別化を図るために生み出した切り札のようなもの二次性徴以前は、男女の体や性格未分化であり、しゃべらなければ見分けがつきにくい。そこで、素早く同性or異性の判別をして固いホモソーシャルを築くために、少年さんサイドが「私」とは異なる固有の一人称保有しているのではないだろうか。一方、少女側にもホモソーシャルを築きたいという欲が強い人間がおり、彼女らは「あたし」や「うち」などの一人称を駆使し、多くの友達連帯し、大概「気が強い」と思われている。男らしい一人称(や女らしい一人称)というのは、未分化少年少女たちがホモソーシャルを築くための最初の一歩として獲得するものではないか

 思春期に入り、体が性別に沿う姿に分化すると、このような一人称でのジェンダーの探り合いは不要になっていく。ただまあ、精神連続的なものなので、しばらくは男女両陣営が幼少期に獲得した一人称を保持している。成長に伴いフォーマルな場というものにブチ当たることによって少しづつこの傾向を修正され、多くの場合就活ときに決定的に一人称が「私」に統一されるでござるなあ。(なぜ、フォーマル場所では一人称が「私」に統一されるのか、それについては勉強によって解明したいと思いました)

 男性一人称本来少年に与えられたもので、それゆえに男性一人称にはどこか瑞々しく未熟な感じが出るのでは。そして、少女が「僕」を使うことで、この若さを維持・増幅しつつ一定倒錯を生み出すことができる。輿水幸子(デレマス)が自称する「カワイイボク」という概念は、性別観点から見れば矛盾しているが、若さ・幼さという点においては「カワイイ」と「ボク」が加算的に働いている。うわ~かわいい!最高!いじめたい!

 一方、一人称が「私」の少年と言うと、どこか神々しいというか、メカニックというか、そういう・・・人間らしさの希薄性が強調される。あ~中性的ぼんやりした美少年か、エッチだ!ちんぽしごきたい!

 【加筆】「あたし/うち」は、「異性と同性を区別する」というよりむしろ自身ジェンダーを強調する」目的で使われているという点で「僕/俺」と対照的なんではないでしょうか。だから一生使っても問題ない(幼稚さが出にくい)し、オカマのみなさんにも愛用されていることが伺えます

2. 母親男性一人称親和性NASA

 上記の小生の仮説から考えると、母親というキャラクター男性一人称ものすごく相性が悪い。(これは持論ですが)母であるということは、その人が異性とセックスをできたということの証左になり、すなわちこころの性が女であるという暗黙の了解が働くよなあ。なおかつ、母親は子を産み育てるという社会的責任を負った存在なので、「心身共に成熟した人間である」という前提が追加で発生している。(本当はそうでもないよね)

 この場合男性一人称母親というのは「未熟な少年言葉」でしゃべる「成熟した女性」となってしまい、なんの相乗効果も生まれず、ただただ独特の気持ち悪さを発してしまう。キモすぎて多くの人間想像視野に入っていない。(思春期以降の女子が「俺」を使っていると腐女子っぽくてキモいというのも同様の理屈だと思います) 自分の子供に向かって「よしよし、俺はこっちだよ~」と呼びかける母親、なんか嫌じゃないですか?ちなみに小生の性癖にはとても刺さります

 ※あと、なんとなく思いが廻ったので加筆しますが、"男性一人称母親"への抵抗感の発生は、男性女性とでメカニズムが若干違うのでは?まず男性場合母親はどう転んでも客体、すなわち消費されうるキャラクターである男性母親というキャラクターに求めているもの第一は「母性」「包容力」なので、自分たちと同一の一人称を用いてこられるとその両方が感じられなくなってしまう、つまり萎えが発生してしまうのでは。一方"母親"が自らの主体となりうる女性場合はというと、心の中に[母親成熟した女性であるべき]という縛りが発生していて、男性一人称母親存在はこの信条に悖ってしまい、憤りにつながるのではないか。まとめると、"男性一人称母親"は、男の信仰・女の義務感の両方をくすぐる最悪の概念であるかもしれないということだ。

3. 小生の意見

 Twitterで「僕っ子 母親」を調べたら「子供に悪影響出そう」「痛い」みたいな意見が出ていて、それは至極まっとうな感情だと思う一方、小生は悲しいよ。どうして『弟の夫』『きのう何食べた?』みたいにゲイ子育てに関わる話は☆多様性☆の印籠のもとに迎えられるのに、一人称が「僕」の母親は痛いという風潮は変わらないんだろう。かつては同性カップルによる育児子供への悪影響が懸念されていたが、今ではその心配杞憂であったことが分かりつつある。おい、ここに多様性多様性が落ちてるぞ。良いインターネットさん、仕事時間だよ。インターネットに迎えられなければ、小生が積極的に声を上げていくべきなのだろう。僕が僕として授乳できる社会ができたらちょっと嬉しいかな。

 あと、子供を産んだ時点でジェンダーが女であるというのは偏見だぞ。最近SOGIとかい言葉流行り出して小生は感極まっている。性自認性的指向、性表現は相異なるものであるということが認知されつつある。「自分をなんとなく男寄りだと思っているバイ母親」は存在しうる。存在しうるんだよ。多様性ファンならあらゆる可能性を尊重しよう。

 とはいえ、「一度出産経験するとこころの性が女に全振りされる」という現象存在する可能性もなくはないので、本当にそういうことがあるのかは今後勉強したい。

小生からは以上です。

良質な文章が漂う増田の海に、糖質ワードサラダ同値文章を書いてしまって本当にごめんなさい。

ますおやすみ世界

2020-06-29

であるが故の連帯みたいなものに対する羨望と冷笑

世の中既にこんな文章は大量に出回っているんだろうが、自分思考言語化する目的表題について考えてみることにする。

冗長で長くなってしまったが、もし読んでくれる人がいればありがたい。

かなり幼い頃から自分不細工だと認識していたし、運動からきしだったためか、早々に自分は「男らしく」はなれないと気づいていた。

ほとんどの男子児童小学校卒業までには一人称が「俺」になるが、自分は「俺」という一人称が野蛮に思えて「僕」という一人称を使い続けた(今もそうだ)。

ここまで明確に言語化はしていなかったが、人生の早い段階で「男らしさ」みたいなものに対する嫌悪感を明確に感じていた。

とはいえ別に女子になりたいわけでもなかった。

口は達者な方だったので一対一なら女子にも口喧嘩で勝てたが、相手複数になると大体泣かされて帰宅していた。

男子にも女子にもそれぞれ固有の嫌なところがあると思っていた。

私は中高一貫校入学した。

やや特殊環境で、中学は完全に男子校、高校女子もいたが全体の10前後だった。(見る人が見れば大体ある程度見当がつくかもしれない)

高校に入って共学クラスになった生徒もいるが、中高6年男子オンリークラスだったという生徒も多い(私もそうだ)。

そんな理由で、高校男子校的な雰囲気と共学的な雰囲気が同居していた(前者のほうが強かった気もする)。

ちなみに女子生徒からは、当初はかなり困惑したがそのうち気にならなくなったという声を多く聞く(サンプルサイズは極小)。

私はやはり「男らしさ」みたいなものには馴染めなかったが、だからといって別に居心地が悪かったということはない。

恋人なんか端から諦めていて、「男らしさ」的なノリはあくまネタとして捉えているオタク自分の周囲に多く居心地が良かったからだろうと思う。

ただ、(おそらく悪気は全くないのだが)女子がいるという事実を忘れたかのように自分男子出身だとアイデンティファイしてしまう友人たちに微かに苛立ちを覚えてはいた。

クラス対抗競技女子がいるクラスには絶対に負けたくない」「◯◯さん女子なのに理数系強くて凄い」と無邪気に思ってしま自分にも気づいていた。

総括すると、ややマイルドホモソーシャル環境で中高時代を過ごしたおかげで、同性だけから構成される空間の良さと悪さを両方知ることが出来た。

男子校では「男らしさ」をやりたい人はやればいいし、「男らしさ」に馴染めなくても馴染めない人間同士で連帯することが出来る。

そして、「男らしさ」をやりたい人々もそうでない人々もお互いに仲が良かった。

そういう懐の広さが男子校の良さだった。

男子校が「男らしさ」を助長するというのは必ずしも正しくないし、むしろそれをやらなくても楽しく生きていけることを教えてくれる。

ただ、同時に異性に対してかなり排他的である、あるいは個人の中で排他性が強化されるというデメリットもある。

一定の人々は、そういう排他的感覚を異性の前で隠すということを覚えないまま大学生になり、社会人になってしまうのかもしれない。

もちろんこれは明確に欠点なのだが、男性のみの集団だけでなく女性のみの集団でも同様のことは言えるように思う。

さて、ツイッターという悪い遊びを覚えた私は大学入学する頃にはジェンダー意識をすっかりこじらせていた。

社会メジャー領域において女性男性よりも不利な立場にあることは理解している。

しかし実感として別に自分が楽に生きているとは思えないし、男がこんな社会を作ってきたのだと言われても自分のことではないのでどうしようもない。

日常において性差別を行っていると言われても、そもそも異性と雑談のような会話をする機会がほとんどないので身を振り返りようがない。

男性全体のあり方と自分のあり方を勝手に分離してしまうのが厚かましく思えて、謂れのない批判を日々受け続けているような気がしている。

からメジャー領域における女性の不利さへの鈍感さに比してフェミニストわずかな瑕疵オタクへの攻撃に対して非常に敏感になってしまう。

女を生きることの苦しみに思いを馳せつつも、特に炎上しているような話題ではフェミニスト批判するツイートのほうが論理的だと感じることが多かった。

多分これはフェアな態度ではないなと思い、ある時期から意識してツイッター上でフェミニストフォローするようになった(体系的に学習しないのは単に私が怠惰からである)。

そうすると、「女であるが故の連帯」ということを明に暗に唱える人々がいることに気がついた。そういう人ほど男性ホモソーシャル攻撃していることにも。

怒り、嫉妬冷笑、およそ穏やかとは言えない感情が渦巻いた。

第一に、一部のフェミニストにとってフェミニズムとは男女同権主義ではなく、女権拡大主義しかないのだと考えた。

私のフェミニズム思考の源流は、身体的に男性であるというだけで「男性」と括られることへの違和感であった。

(ちなみに私はシスストレートであるし、それに関して疑問を持ったことはない。セックスするだけなら男性とも出来る気はしているが恋愛感情女性しか持ったことがない)

まり身体から離脱すること、「男に生まれても女に生まれても生き方が変わらないこと」が目標だった。

みんな男でも女でもない存在になりたいものだと思っていた。

から、「この世の中は女にとって辛いものなのだから、女しか持っていないものガンガン活用していくべきだ」という態度は理解は出来ても共感できない。

私が勝手な期待だったのだけれど、スタンスがはっきり違うことを改めて意識して裏切られたような気持ちになった。

第二に、女性けが持っているらしいポジティブな「シスターフッド」みたいなものが心底羨ましくなった。

私は先程男子校の懐の広さについて書いたけれど、これは恐らく「同性のみからなる集団」のメリットである

そうした「同性のみからなる集団」の特質に加え、どうやら女性には女性けが持つ「シスターフッド」なるものがあるらしい。

何度も言われていることだが、男性の多くは馬鹿話と趣味の話と仕事の話は出来ても辛さを共有することは出来ない。

弱みを見せたくないというのも無くはないが、どうせ真面目に共感されることはないとわかっているからというのが大きい気がする。

実際、自分だって男性から何か弱さを打ち明けられても「うーん大変だねえ」くらいのことしか言えない気がする。

相手女性となれば話が変わってくる。多分、親しい同性よりもそれほどではない異性のほうが親身になって話を聞くだろうし、共感を示すだろう。

性欲由来の優しさだなんて言いたくはないけれど、恋愛対象でも性的対象でもない人間の辛さを親身になって聞くことは自分にはかなり難儀なことだ。

男性の多くはセルフケア能力性的に興味がない他人ケアする能力も欠けているし、それを改善する方法も全く思いつかない。

基本的男性は他の男性に興味がなく、馬鹿話と趣味の話と仕事の話が出来る相手を望んでいるだけなのだと思う。

から、お互いをケアできる人間同士の「シスターフッド」という関係がとても羨ましい。

もちろん、ケアをする能力というもの女性一般が持っているとは思わないし、前述のような理由で辛いことは男性相談するという女性も多いのだろう。

それでも、多分ブラザーフッドに比べればシスターフッドはかなり現実的だ。

しかし、結局はシスターフッドだって別に女性万人が適用できるものではないし、そんな良いものではないんじゃないかという冷笑的な気持ちになることもある。

男子校は心地よかったけれど、誰かが私と肩を組もうとするたびに私は反射的にその手を跳ね除けていた。

自分が女に生まれていて女子校に入ったとしても、多分ベタベタしたことは出来なかっただろう。

結局ブラザーフッドにせよシスターフッドにせよ、自分が男/女であることにためらいも屈託もない人間だけのものしかないのだ。

自分は明確に男/女であるが、男にも女にもなりたくない卑屈な人間として、ブラザーフッド/シスターフッドを嘲笑してやろうと思っている。

お前達のようなポジティブ人間に救われてなるものか。

少し話が変わるが、感覚としてBLを愛好する男性GLを愛好する女性に比べて遥かに少ない。

ストレート人間に限って言えば、女性が好きな女性に比べて男性が好きな男性というのは少ないのだろう。

男性から見れば、ブロマンスなど女性にとって都合が良いファンタジーしかない。

男は無徴だなんて言うと怒られそうだが、実際身体感覚として男性同士で共有できる「徴」みたいなものは思いつかない。

あるとして、「男はつらいよ」は「女のほうがつらいよ」によってポリティカルインコレクトで不健全ものにされてしまった。(ここにもやるせない怒りはある。もうどうしろと...。)

なんというか、男性であるということに手詰まり感がある。

愚痴ばかりでは締まらないので、身勝手でも現状の希望を書いて終わりたい。

私はやっぱり異性の恋人が欲しい。

生きているだけでしんどいこの世の中で、なんとかお互い傷を舐めあえる恋人が欲しい。

男の連帯にも女の連帯にも馴染めなかった恋人が欲しい。

何とか自分に与えられた分以上は与えるように努めたい。

大学では何とか異性と話せる程度にはなったし、卒業たころには(私の思い込みでなければ)ごくわずかながら友人も出来た。

年代の男女に比べれば遥かに遅れてはいるが、成長していないわけではないはずだ。

この話はこれきりにして、まずは毎日きちんと肌の手入れをするところから努力したい。

2020-06-23

anond:20200623194735

男性恋愛対象なら、女性友達が居た方が人生が辛くない気がするんだが、実際どうなんだろうな

2020-06-19

anond:20200619152053

渡部の一万円てさ、買春代だと侮辱的だけど、これ帰りのタクシー代あと少し美味しいもの買って食べてね、と解釈したら買春じゃなくて、不倫相手をまあまあ気遣う男、にならん?いや実際のところ買春であって浮気じゃねーからってとこだと思うけど、要するに解釈次第でどうにでもなってしまう。

せいや告発した女性は既婚者だと黙ってたみたいよ。彼氏いるの?と聞かれていません。とだけ答えてるのはちょっとどうなんだろう。って私は思っちゃうよ。夫と子供はいますよ〜♪ってむしろ恋愛対象から外させることができた。気に入られるために黙ってしまったんだよねたぶん。そこでせいや失望してプッツンと通信切れーってたらな……

2020-06-17

自分セクシャリティがわからない

ジェンダー学とかそういうのに明るくないので自分セクシャリティが分からない。

性別気持ち共に女。

男性しか付き合った事はないが男性のことは性的に見られない。

女性のことを考えれば性的に興奮するし、憧れの様なものもかなりある

しかしこれが恋愛感情なのかは分からない。

恋愛対象性的対象性別が違うのは何になるのか教えて欲しい。

2020-06-15

anond:20200615210532

いや、女に興味ない→アッチなんじゃないの〜?みたいな冷やかしじゃなくて、この増田恋愛をしなきゃいけない→自分は男なので女だていう思い込みで突き進んでるけど付き合ってもやりたくもないしむしろ忌避感感じてるからそもそも恋愛対象にズレがあるんじゃないのってのはそんなにおかしい推測でもないと思う

anond:20200615210406

異性に興味ないとすぐ「同性が恋愛対象なんじゃないの?」ってなるのなんでなん

ブスでつまらない人間なんて価値がない。

美人が心底羨ましいのは当然として置いておいて、

よくある「自分はブスで、いつも面白いとか話しやすいとかばかり言われて、恋愛対象にしてもらえません」「自分はブスだけど、人を笑わせることには自信があってもうそれで生きていくしかないと思った」みたいなのを見かけるたびに、絶望的な気持ちになる。面白い話ができて人を笑わせられるなら十分じゃん。

ブスで、つまらない人間にはもう道がない。

男子とは友達にすらなれない。遠巻きにされて近づいてすらこない、取り付く島もないという奴。

学生時代女子校で育って、顔が綺麗でスタイルも良くて話も面白いし明るい、みたいな全てを持っている子たちがカースト上位を占めている様をずっと見てきたから、もう諦めがついたと思っていたけど、ときどき辛くなるよ。

2020-06-12

オタク腐女子の風潮ない?

こんにちは

まず最初に見ていただきありがとうございます

そして、私には腐女子に対する敵意がないことを述べておきます

ただし、この後に書く内容によっては腐女子の方を不快にさせるような文面があるかもしれません。

その時は申し訳ありません。

腐女子がいっぱいスペシャル

私は腐女子ではないオタクです。

オタク腐女子だけじゃないって話なのに、お前はアニメオタクないし漫画オタクだけをオタクと言うのかよ」という意見があるかもしれないので一応挙げておくと、アニメオタクゲームオタク漫画オタクです。

最近オタク界隈はあまりにも腐女子が幅をきかせすぎている印象があります。ただしこれは抑えろという意味ではなく、あくまでただの印象、感想です。私も好きに過ごすので、腐女子の方も好きに過ごしてください。

私の認識では、腐女子アングラ趣味でありあまり大っぴらに言うものではなく、オタクの中にもそれなりにはいるが決して多いわけではないというイメージでした。

ですが、最近では例えばツイッターでよくある「#◯◯好き(クラスタ)と繋がりたい」というタグではカプ名が跋扈しており、好きなキャラ名前検索するとBL漫画バカスカヒットする、といったところです。

特にタイトルにした通り「女オタク」はほぼ腐女子覇権を握っています(当垢調べ)。

腐女子であることが一種の通行証のようになっているというか、腐女子でないシンプルキャラ好きオタクはどことなく肩身の狭い思いをしているのが今のオタク界隈になっていませんか?なってないですか。そうか…

私の周りはなっています。私は周りのオタクもとい腐女子簡単にやっている「キャラクターを受けか攻めかで見ること」がどうしてもできません。しかしながら周りのオタクたちはそういった目でキャラクターを見ていますキャラクター名よりもカプ名で呼ぶ回数の方が多い人もいます。それが嫌なのではなく、ただただそういった目で見れない仲間を探すのが今では逆に困難になり、寂しいのです。

そういった仲間とキャラクター個々の良さを語り合ったりしたいのです。NLも好きだよ!な腐女子はザラにいますが、BLも読めるよ!けどメインで組み合わせたいわけじゃないよ!な人はあまり見かけなくなりました。

創作キャラによるカップリング、いわゆる「うちよそ」も最近ではBLが多いような気がします。男女ではなく、受け攻めでカップリングを組まれることが多くありませんか。彼女を大切にするような男の子を作ったつもりが、ド受け!と言われると少し悲しいです。これは一部の腐女子の話ですが…

以下は腐女子へのあれやこれで、主張ではないです。

最初腐女子に敵意はないと言いましたが、(実際敵意はないのですが)少し思っていることと偏見丸出しの話を書きます

異性愛者が友情とか喧嘩するほど仲がいいとかで同性愛に目覚めるってある!!?!?!?!?!?????】

これです。

これは思い切り偏見なのですが、世の中の大多数は根っから異性愛者であり、漫画アニメキャラクターも特筆されてない場合そうであると思って読んでいます。というよりは私の中ではそもそも大前提にあるので、思いすらしていないです。

いっぽう腐女子の方は1つの作品に1組のみならず複数BLカップリングを見出す方が多いように見受けられます。これは同性愛の素質が元からあったキャラがその漫画のメインキャラに何人もいるということなんでしょうか?仮にそれぞれのカップリング別世界線としても素質持ちが2人はいることになります。それも主役や準主役としてです(マイナーカプの方は強く生きてください)。なんとなく変な感じがします。

「本当にそれをBLでやる必要があるのか?」という腐女子は聞き飽きているであろう疑問がどこかよぎってしまうのです。

結局は私に「男同士の恋愛偏見がある」ということをつらつら書いただけなのかもしれません。

もし腐女子の方がこれを読んでくださったら、腐女子からの男キャラ恋愛対象についてどう見えているのか、その他BLの良さなどお教えいただけると幸いです。

同じように肩身の狭い思いをしているBL文化に染まらない女オタクは仲良くしてください。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

2020-06-09

パートナーを『相方』と呼ぶ文化に隠れた闇

一部界隈に、パートナーのことを『相方』と呼ぶ文化があることは、多くの人が知っていることと思う。

お笑い芸人かよ」「素直に恋人って言えよ」という批判もそれなりにあるのだが、

恋愛的な意味ではない、自分にとってオンリーワン相手に使うことも少なくないため、個人的には普通に受け入れている風習だった。

  

ところがつい先日である

コロナ以来で久々に会ったバイセクシャル(男女共に恋愛対象と見ている)の知人が、同性の『相方』さんを連れてきた。

これはそういう仲になのか? と相方さんが席を外したタイミングで聞いてみたところ、まだバイセクシャルであることは伝えておらず、恋愛関係ではないと言う。

相方』という呼び方恋愛関係なくとも使うのはわかっているが、この場合は実際に恋人になってから呼び名を変えた方がいいのでは? と疑問を覚えたのだが

曰く、相方さんは同性から特にモテる為、周りの人間への牽制のために『相方』と呼んでおり、当人にそのことは伝えていないらしい。

  

まり相方』という呼び方恋愛恋愛外双方のパートナーに使われているのを利用して、

相方』と呼んで勝手恋人面をしながら、注意されたら「『相方』ってそういう意味じゃないし」と言い逃れをする、という行動をとっていたのだ。

  

正直に言って、卑しく気持ちの悪い発想だと思った。

しか当人曰くこれはよく使われている手法で、むしろ恋愛感情のある自分はマシな方であり、

性質が悪いタイプだと、恋愛対象ではないが他人に渡したくない同性の友人を『相方』と呼んで異性を遠ざけさせ、自分だけは異性の恋人を作る、という手合いがゴロゴロ居るのだという。

  

本当にゴロゴロ居るのかはわからないが、そう言われるとしっくり来る、もしやアレはそうだったのか、という記憶が幾らかあった。

突然自分のことを『相方』と呼ぶ同性の友人が表れた場合注視してみてもいいのかもしれない。

anond:20200609102029

うん、そりゃあそうだ。

個人障害者やLGBTを友人にしなかったり、恋愛対象結婚対象にしなくても何も問題ない。

2020-06-08

anond:20200608150014

白人全員がそうだとは言わないけど、少なくとも自分黒人というのは恋愛対象には入らない。

女が児童性愛者にならない理由

女全員がそうだとは言わないけど、少なくとも自分少年というのは恋愛対象には入らない。

それは少年に魅力がないとか、話が合わないからというわけではなく

たとえ中身がどれほど頼もしい大人であっても、見た目が少年なら「中年女性(自分)と少年イチャイチャしてる図」を想像して「こりゃあかん」となる。

逆に何かの薬や魔法自分の体が子供になって学校に通うようになったらいくらでも好きな相手(少年)は見つかると思う。

 

男女関係ってそもそも一般的に男より女のほうが若い、小さい、幼い、感情的立場的に低いなど、

大人子供関係模倣してるカップルも多いから(同級生カップルも多いけど)

児童性愛者はあまり違和感を感じない、「こりゃあかん」のストッパーが効きにくいのかもしれないな。

黒人差別には断固反対する!

黒人人権は当然守られなければならないと思う。

ただし私個人的には黒人生理的に受け付けないので、友人にはなりたくないし、恋愛対象結婚対象にはしない。

黒人大統領候補になったとしてもそいつには投票しない。

だがオバマさんようなスマートで格好良くて魅力のある人間であれば気まぐれで投票することもあるかもしれない。

日頃からリベラルなこと言っている人間配偶者が、健常者の美男美女であることと同じ論理だな。

2020-06-06

好きだった人がクソ性犯罪者だった話

もう時間が経っているのに傷になっているから書き出していく

アラサーにして初めての恋だった

そこそこ良い大学を出ており、頭の回転も早く同僚達の信頼もあった

付き合いたい!とか好きだ!とか告白するつもりはなく、なんとなーくこのままでいれたらいいなと思っていた

ある時彼は、物凄い形相をした男上司集団に呼び出され、そのまま退社していき職場がざわめいた

その数十分後、私や女性数名も女上司に呼び出された

何か仕事で重大なミスがあったのかと思い緊張しながら席に着くと「とてもショックなことが起こりました」

「今後、みなさんの心のケアをしていくつもりです」とたたみかけられて、さらに緊張した

「〇〇さんが、女子更衣室を盗撮・盗聴していました」

頭が真っ白になり、震えが止まらなくなった

そこから先はあまり覚えていない

数日は警察に届けるとか届けないとか、ショックを受けた女性退職するとかしないとかでてんてこ舞いだった

会社内すべての鍵を付け替えなおせと抗議の声をあげる女性と、穏便に済ませたい上層部がぶつかりあいカオスだった

恋愛対象として見ていた以前に、仕事仲間としても信頼していた人の裏切りがつけた傷は大きかった

わたしだけでなく他の社員もそうだったようでしばらく異様な雰囲気が漂っていたのを覚えている

相談愚痴を言いたいところだが、わたしの初めての恋をずっと応援してくれていた優しい友達にこんなことを伝えたら彼女にもショックを与えてしまうだろうと思い今まで誰にも言えずにいる

事情退職たから実質失恋だね」とだけ伝えたら「わたし失恋したみたいに悲しい」と泣いてくれた彼女には、やはりこれからもこの体験愚痴ることはできそうもない

ということで書き綴っておく

勿論ある程度フェイクなど挟んでいるが、兎にも角にもわたし初恋の人は小型カメラまで購入し、女子更衣室の盗撮盗聴をする性犯罪者クソ野郎だった

本人は見つかって人生めちゃくちゃになった!と思っているだろうが、そこに写っていた女性たちや会社全体を狂わせたのだ

擁護などできようもないクズである

時々思い出しては涙がでることがあるけれど、いつかこの傷も癒えるのだろうか

2020-06-04

アイドルファン基本的ロリコン

ふと思ったんだけど男性アイドルは年を重ねてもアイドルでい続けることが可能ですよね?

たとえば、嵐や関ジャニ∞は全員が30代だし、比較的若手扱いをされるKis-My-Ft2ですら、全員30代

かたや女性アイドルって20代半ばを過ぎれば強制的卒業みたいな雰囲気ありません?

同じグループでも何期生と称して次々に若い子が加入してくる。中学卒業したばかりの子大の大人熱狂しているのを見ると正直異常で不快ですよ。

こんなの日本だけですよ。

これじゃ男は結婚なんかしないよね

20代後半の女性ババア扱いされるんだから、君たち男性諸君はいつまでも中高生大学生恋愛対象にしていて大人になりきれてない。

1人の女性を大切にする勇気責任を背負うことができないんだよ。

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