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はてなキーワード: プロットとは

2018-01-18

音楽漫画小説は1巻までしか読まないと決めている

いつか映像化した時が本番なのだ

焦って絵だけで作られているうちにストーリーを知ってしまえばそれはネタバレになる。

それは漫画原作原稿や、小説プロット原案だけを読むような行為ではなかろうか?

好きだと感じた作品からこそ、音が付くまではとっておくのだ。

1巻目というプロローグを通じて目一杯頭の中でハードルを上げて、映像化を待ちわびる。

そういう楽しみ方は他の作品にもあるのだろうか。

2018-01-07

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今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 83話

ああ、終わった。

本作のテーマを大まかに語るなら、“役割”や“虚構”みたいな話になると思う。

当初期待されていたような、悲しき宿命を背負ったヒーローの活劇ものでは決してない。

しろそういったもの虚構とし、その偶像翻弄され、各々の役割に苦悩しつつも時に順応し、時に戦い生きようとする者たちの群像劇みたいな感じ。

話は二転三転しつつも、実はこのテーマ自体はちゃんと一貫していたりする。

最後サンルナの邂逅だって、二人は本来サンルナではないわけだからね。

そういったテーマや作者の伝えたいであろうことを踏まえたうえで、私が本作を面白かったと思っているかというと……うーん。

展開は行き当たりばったりのように感じるけれども、連載当初の作者のインタビューから解釈する限り、大まかなプロットは決まっていたっぽいんだよね。

それであの始末なのだとすると、構成力不足か読者との意識のズレがあるのかなあと思う。

端的に評するなら、頭でっかち作品だったね。

私もよく感想書いていたから、少なくともある程度は本作を評価していたのは間違いないんだけれども、喉に小骨が刺さっているような気分だ。

いや、「不完全燃焼」と表現したほうが良いか

I WILL ROCK YOU

主人公部活に誘われて、最初のうちは渋るものの最終的に入部する、まあ紋切り型

はいっても紋切り型が悪いわけではなくて、大事なのはその型に何を入れるかだからね。

その点で「書道」などといった選ばれにくい題材をチョイスしたのは妥当判断だと思う。

難点は主人公の苦悩が陳腐で、思春期特有漠然とした虚無感の延長線上でしかない点かな。

から身内の死という要素を付け足して、その動機希薄性を緩和しているわけだけれども、そのせいでかえって主人公の苦悩が身内の死のせいなのか若者陳腐な万能感からなのか有耶無耶になっている。

そもそも芸術的な話って、一般人から見て「何がどうすごいのか」についてアカデミックな解答がないと共感しにくい。

その状態で、肝心の「なぜ書道なのか」について観念的なことばかり並べられても、結果として雰囲気だけで描いているという印象から抜け出せない。

まあ一番悪いのは謳い文句書いた人だよね。

「衝撃作」とか謳っておいてこれといったインパクトがないんだから肩透かし食らう。

伝説のスケーター☆ノリ

キャラクターの描き方が上手いなあって印象。

主役はタイトルにもなっているノリなんだけれども、言動の突飛さと激しいスケート(?)シーンを同時進行で見せることによって、「変人だけどすごい」という説得力が増す。

コメディギャグ漫画でも、絵の説得力って大事だなあと改めて実感した。

まあノリの造形はあんまり好みではないけれども、見せたいものが伝わっている時点でデザインとしては成功だと思う。

青のフラッグ 23

それぞれが「友愛か、恋愛か」みたいなことで悩んでいるんだけれども、これが三者三様であることを改めて見せてくれたなあっていう。

他の主要人物が一応の答えを出して立ち回ろうとしているのに対し、二葉場合はそこら辺が漠然としている状態

YESしろNOにしろ相応の立ち回りをするべきなのに、二葉消極的性格あいまって上手くできない。

それが前半の、二葉の将来に対する煮え切らなさと本質的な部分では重なっているわけだね。

学生たちが進路について考え始める時期に設定したのは、話がゴチャつくか空気設定になる可能性もあったけれども、なんか上手いこと繋げていくなあ。

アンドロイドも夢をみる

まあ、タイトルからしアンドロイド人格に焦点を当てた作品であることは明らかだから、話は最初からスッと入っていく。

SF要素や哲学的な話は希薄で、矛盾はしていないように見えるけれども陳腐だとは感じる。

ただ小難しい理屈を並べていないので読みやすくはある。

そもそも主題は「過去に辛い経験のある二人が、共に前向きに生きることを決意する」といった話だろうから、まあ作りはこれでも良いと思う。

期待していたものとは違うけれども、ストーリーと紡がれるドラマ自体は割と嫌いじゃないよ。

磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜 特別番外編 拙者はサラリーマン

週刊ジャンプで連載されてたのに、コミックス発売記念の漫画ジャンプ+でやるのかっていう印象はあるけれども、まあ本誌でもジャンプ+の宣伝はよくするからかいこと気にしたって仕方ないか

この手の転移モノの話で未来に飛びたがるってのが逆に珍しい気がする。

現代だと、むしろ文明異世界とかのほうがポピュラーイメージがあるし、磯兵衛が過去に飛んで原住民相手知識をひけらかしてドヤ顔するほうが“らしい”気もしたから。

でも、ここで「未来のほうが楽ができる」っていう発想は確かに“らしい”。

それに転移ものとしては最低限のツボは抑えていて、ジェネレーションギャップ(?)や、順応しようとする描写、肝心なところは大体「母上」というチート解決っていうのも(笑)

はいえ新鮮味は薄く、周りの登場人物が明らかに子孫で実質同一人物なので、現代舞台にしつつも空気感はいつも通りだね(まあ、本作はもとから現代の話がちょくちょく入り込むことが多かったけれども)。

最後に磯兵衛はちょっとした成果を出すけれども、いわゆる枯れた技術の水平思考になっているのはちょっと感心した。

近年の異世界転生・転移ものマンガ読んでいる私からすると、現代文明を旧文明世界で活かすパターンが多かったから、その逆パターンポピュラーになってもいいよねと思った。

オーバーキラーギコくん

子供主人公にして過激なことやらせるってのは、まあ鉄板といえば鉄板

主人公であるギコの序盤のアクションケレン味が強く、まああんまりマジになって見るべきものじゃないことはすぐに伝わる。

ギコの人格成熟させるのではなく、あくまで年齢相応に設定したのは良かったと思う。

アクションとのギャップメリハリが出るし、分かりやすい未熟さはキャラクターとしては魅力にもなりうる。

反面、プロットは前時代的な勧善懲悪ものしかなっていないのは残念。

悪役のキャラクター像は安直、展開は強引。

結果としてはギコの一方的勝利で終わるので、バトルシーンは総じて面白みが薄い。

例えるなら、小学生向けの漫画誌で描いていた作家ちょっと過激描写に挑戦してみたものの、その頃のクセが抜けていない作風っていう感じ。

リンクス

ボクシングを題材にはしてあるものの、スポーツものというよりは青春ものって感じ。

ほとんどモノローグ調で語られる主人公セリフと、反して明朗快活なヒロイン

だが本質的には同じ苦悩を抱えており、互いが想いを分かち合おうとすることでトラウマを払拭するという構成は良いと思う。

気になるのは、主人公の設定がボクシングシーンと噛み合っていないというか、分かりにくいところかな。

今までは防衛本能で殴っていたけど、共有できる仲間がいることを自覚したので冷静になれた、みたいな感じに解釈したけれども。

部活モノとして表面的に見るならば、今回感想書いた『I WILL ROCK YOU』と似ているんだけれども、テーマによって印象は大分変わるね。

自分欲望を見失っていた。

今朝、やりたかたことを整理してて気づいた。

地図(仮)詰めたいんだった。

どおりでプロット進まないし、小説も書き出せないはずだと思った。

3日は、食欲のない中、

・「反出生主義に応えねば」圧

・この人たち仲悪いんじゃないの!?

等々で潰れてしまって、結局ウエスト(野カナ)行けなかった。親に乗っけてって、まで頼んでたんだけど。

4、5は丸々寝て、昨日(土)なぜか一人で行ってきた(わかめ)。

帰り、駅ビルをふらふら成仏させられているような気で歩いた。

消えた前のアカウントで「自分の色があるなら透明でいい」みたいなことを言った気がする。

僕の色は、普段ニコニコしている暴力的子供らしい。

これでいいのだ、とも思う。

けど、それじゃあの小説は未完だ。

僕にはお師匠さんっぽい人がたくさんいる。教えを請いたい。

世話になった人もむちゃくちゃいるっぽい。

顔の思い浮かぶ人もいる。

やっぱりどこかで誰かと話し合いたい。

ひとりじゃできない!

2018-01-05

anond:20180102130531

琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOシナリオがそれと同様に面白い」という人です。

当方PLUS-DISCからなので元増田氏の言う古参寄りではあると思うのですが、琥珀さんと桜の物語が好きで、当時回りに全く理解されなかった事もとてもよくわかります。また「ガチャ」やカジュアルソーシャル的消費要素には否定的であり、その部分がゲームの主軸ではない(特にマルチプレイや対人などバトル要素)事で続けているプレイヤーでもあります

以下、FGOや各作品ネタバレにある程度触れている部分があります

HFの呪縛と「その先」の模索

数々のインタビューを見ると、奈須きのこ氏はHFがユーザーの多数に受け入れられなかった事を失敗だと思っている節があります(劇場版パンフでも話を変えようという話題があったはず) それがCCCでの桜の復権を目指したテーマ性と描かれ方(別の悪を提示したのは賛否あると思いますが)であり、FGOでのマシュ・キリエライトに繋がる要素の一つでもあるように思うのです。また、彼女Fate無印でのセイバーと対になるプロットのあった没サーヴァントであり、DEEN版のアニメ化で設定が固まったなど、Fateと共に歩んできた裏のキャラクターでもあります

そこから見た場合FGOのマシュの立ち位置は、ある種HFのリベンジとも言えるものです。彼女は魔術の名家によって実験体となるべく作られたデザインベビーであり、教えられた目的のために生きる事が全てとして成長しました。そして、オムニバス的な物語が進む中、やがてゆっくり人間性を獲得し、物語終盤では「人の生きる意味」を自問し、迷い、答えを出す所まで到達します(その真骨頂奈須きのこ氏が直接書き下ろし第一部6章~終章です)

彼女と対になるのは主人公ではなく、物語ナビゲーターであるロマニ・アーキマンです。彼もマシュ同様特異な生まれ人生選択権を持たなかったものの、「既にその問題を克服した」人物であり(結果として他の問題を抱え込みましたが)、その意味でマシュを導く鏡のような先達であり、テーマ性におけるナビゲーターでもあります

これらは明らかに"ロボット"である衛宮士郎や、間桐桜喪失と救済の物語など、HF(及び重ね合わせとしてのhollow)のリバイバルリベンジと言えるデザインですが、そこに新しい要素が入り込みます。それが「主人公(プレイヤー)」です。主人公マスターという価値担保されているものの、(空の境界黒桐幹也やEXTRAの岸波白野にも全くキャラクター性で敵わないほど)個性の弱い傍観者です。善性の象徴としてマシュとの絆を育み心の支えにはなっても、プレイヤー選択肢が彼らの生き方を変化させる事も無く(ストーリー分岐が無いので)、傍観者であり第三者、という位置付けのまま物語は進みます

そして物語最後第一部の結末では、hollowにおけるスパイラルラダーとブロードブリッジの再演の中、主人公を残し彼らは生きる意味の答えを獲得して死亡します。ですが、物語はそこで終わりません。彼らの人生、生きる意味の獲得をずっと見てきた主人公(プレイヤー)が、彼らに"続き"を託されるのです。彼らから貰った「命の答え」を声高に叫ぶ選択肢と共に。それはHFと重ね合わされながら別の物語として成った結末…「遊んでいるあなた」にその先を託す、「あなたは、彼らの人生肯定して良いのだ」という、かつてHFを支持しながらも「評判」にかき消された、私たちへの救済のようにも感じられました。

完成した物語俯瞰して答えを出すという行為は、hollowアンリマユのような「主人公」の形でもあり、バゼット・フラガ・マクレミッツが前に進んだ源泉でもあります。かつて主人公プレイヤーを重ね合わせる事ができず、数多のプレイヤー登場人物を「理解できなかった」とされたまま完結していた作品は、形を変えたその先で別の答えを模索したのだ、と、そう思いました。

…また、CCCでも結末において「キャラクター人生肯定する」選択ができる構造にもなっており、FGOはその表現さらに詰めた形である、とも考えています

連載型ゲームソーシャルゲーム

ここからは余談です。

奈須きのこ氏らはいわゆるソーシャルゲームについて、一般的な対戦や収集を軸としたバトルゲームではなく、リアルタイム性を重視した連載型ゲームとして語っている部分が多く見られます。かつてのWEB連載版空の境界さらに戻ると氏がノート小説を書いていた原体験に繋がるのでは、とも思いますが、2016年年末ツイッターが盛り上がっていたのは完全にその手法の先にあるものであり、インタビューなどで何度も言及されている「漫画雑誌のような」「今追いかけている人にフォーカスした」展開方法の、その最終回の見せ方に他ならない作りでした。それは「見せ方も物語体験に入る」という考え方、「Fate」においてUBWとHFが段階的にプレイする方式になっていた考え方の先でもあるのでしょう。

このリアルタイム演出手法過去エイプリルフールでも定期的に模索されていた効果の高い方法であると同時に、追いついていない・時間の合わない層を強く失望させる作りでもあります。そこに複数ライターによる(プレイヤーの受け取り方も含めた)シナリオの当たりハズレ、新たな更新を待つ期間、そしてこの作品の見せ方に本当に必要だったのか今では疑問とも思える(3分縛りの話を見るに何も考えずに入れてそうな)ガチャ要素も含めると、一概に物語を取り巻く環境全てを肯定しにくい作品とも言えます

はいえ、この連載型ノベルRPGとも言えるシステムが非常に希少であるのは確かで、バトルゲーム主体ソーシャルゲーム文化の中で個々のユーザーがそれをどう受け取るかが、このゲーム価値付けになっていくのだと思っています

二十七祖と言えば

4章でプライミッツ・マーダーの話が出てきた時はまさかと思いましたが、本当に出てくるとは…

2017-12-31

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今回は少年ジャンプ+読み切り作品感想をいくつか

『彼方のアストラ』が最終話から感想書こうと思ったけれども、細かいこと言い出すなら色々とあっても結論としては『良い作品だった』ってことになるから、まあいいや。

FLEAGHT-フリート-

ド派手なアクションシーンで楽しませながら、終盤にちょっとしたオチ

まあ終盤のオチは、あれがないと単なる「巨大生物に立ち向かう戦士たちのヒューマンドラマ」になって月並みからちょっと捻ってみましたっていう印象のほうが強いかな。

もちろん設定とかもちゃんとこじつけはいるけれども、大筋の描写がしっかりしすぎているが故の弊害かもしれない。

マッチョグルメ』の人が原作だってこと踏まえると、ある意味で納得。

ややもすると真面目に描きにくい話を、大真面目に描いてストーリーを成立させるっていうスタイルからね。

鬼の影

話の流れ自体は、良くも悪くも言うことなし。

いや、「良くも悪くも言うことない」ってのは、つまり評価していないってことになるか。

前半の話に読者を引き込んでくれるようなものがないし、後半はタイトルにもなってる『鬼の影』についての解説ほとんどだし。

坦々としているというか、陳腐というか、「設定垂れ流しマンガ」みたいになってしまっている。

「実は主人公は……」みたいなパターン定番だし、その展開も読んでいる途中ですぐに気づく。

展開が読めること自体が悪いとは一概に言えないけれども、それが作品面白さとは何ら関係ないってのは欠点だと思う。

絵も基本的に拙いけれども、鬼の影が登場する場面は割とサマになっている気がする。

カラーの力が大きいだけかもしれないが。

佐本家のニケ

ストーリーものってサクッと読めないか感想書きにくいけれども、テーマ最初からハッキリしていると、それだけで読みやすくて助かる。

粗探しをするなら、ニケはキャラクターとしては出来ているけれども、ストーリー上の役割としては舞台装置的でしかないって点かな。

超常的な存在なのに大したことをやらせいから、展開としてはあまり盛り上がらない、役割としての必然性が薄い。

もちろん主人公の心境が少しだけ変化するキッカケにはなっているけれども、その程度だったら別に似たような人格登場人物でも良いって思ってしまう。

ハートフルコメディ”らしいが、コメディ要素に関してはそこまで楽しいと思える要素が少ない(ハートフル要素に関しては異論はないけれども)。

はいえ描きたいことは理解できるし、作風演出のものケチをつけるようなところはないので、総じて手堅く纏まっているって印象。

ロストサマーメモリー

回想の代わりに動画の記録という演出を取り入れて、その演出がちゃんとストーリー上でも意味があったと分かる構成が良い。

この手の話ってオチが読めたり、判明した後だと途端に白けるんだけれども、本作はそれが分かった上でなお読ませる構成になっているのが上手いと思う。

オチ理解したうえで改めて読み返すと、カメラに映っている登場人物たちの言動とか、視点が見下ろしになったところとか、色んな箇所に恐怖を覚えるっていうね。

もう一度読み返したくなるっていう意味では、今回感想を書いた読み切りの中では一番印象的かな。

難点は、ちゃんと読み込まないと話を理解しにくい構成なのが一長一短といったところ。

色々と工夫しているのに、それが分かりにくいのは勿体無いと思う。

余談。常々思っていることなんだけれども、はてブホッテントリになる漫画って、いまいち基準が分からないことが多いんだよね(面白いかどうかって話じゃなくて、面白いマンガの中からホッテントリになるのはどういう類のものなんだろうって話)。ただ、今回のに関してはまあ分かる。やっぱりプロットキャッチーさがあると強い。

欲(仮)

特定のシーンとかしっかりキマっていて、絵の迫力も中々なのに、話の流れとか展開が不自然なところが多くて悪目立ちしてる。

セリフ選びのセンスというかセリフ運びもぎこちなくて、そっちが気になって目が滑る深読みするなら、一応この不自然さにはちゃんと理由があるといえなくもないんだけれども、ほとんどの登場人物セリフがぎこちいから、ちゃんと機能しているといいにくい)。

テーマ犯人セリフからして明瞭ではあるけれども、ただ喋らせているだけって感じ。

ときおり出てくる独特な表現プロットに馴染んでなくて、単なる賑やかし的な飾りにしかなってないのも気になるし。

演出意図希薄なのに目立つ表現って、悪目立ちに近いから読んでると戸惑う。

作風は色濃く出ていて、一つ一つの要素を抜き出して評価する分には面白いんだけれども、それらが一つの作品としては噛み合ってないなあって印象。

雨音く君の綴る音

こういうシチュエーションは、『言の葉の庭』を思い出すね(別にパクりって言いたいわけじゃない)。

君の名は』でメジャー級になるまで、新海誠監督いまいち大衆認知されない理由象徴するような作品だと思う。『言の葉の庭』って。

アニメーション表現力は圧倒的なんだけれども、プロットが退屈すぎるからね。

要人物のやり取りとかの繊細さ、空気感など、作り手の表現したいことを汲み取った上でなお退屈だった。

なんか『言の葉の庭』の感想なっちゃたけれども、なんでこういう話をするかというと、この漫画長所短所も大体同じだからだと思う。

身も蓋もないことをいえば、動きの少ない、劇的じゃない物語面白がるのは難しい。

ましてや本作は漫画から劇半やアニメーションがない分、漫画という媒体を存分に活かした表現や、よりプロット重厚で繊細でないと厳しい。

キャラ漫画とかだと、キャラクター性に振り切ることで緩和されるけれども、地に足の着いた登場人物たちが現実的世界観物語を紡ぐなら何らかのフック、エンターテイメント性のある劇的な要素がないと、どうしても盛り上がりに欠ける。

ど忘れゴッデス

漫画記号キャラであるゴッデスと、漫画記号取り巻きたちに、主人公イライラするっていう要はメタフィクション要素の強い作品

“こんなヤツ現実にいるわけがないし、いたとすれば絶対キャラでやってるだろ”っていう読者の共通認識コメディ主体にしているのは、取っ掛かりとして良いと思う。

キャラとかではなく、本当に忘れっぽいだけ」みたいなオチに逃げず、ゴッデスが最後最後やらかしたポカが、ネタを忘れるっていう展開なのも利いてる。

深読みするなら、結局ゴッデスがネタでやっているのか、素でやっているのか有耶無耶にしているとも解釈できるけれども、それだと話としてフワフワしすぎているか個人的にその線はナシかなあ。

それと、展開にもう一捻り欲しい。

漫画記号に対するツッコミ主体にするなら、それこそゴッデスというキャラや、彼女を持てはやす取り巻きの不気味さとか掘り下げられる要素はたくさんあるのに、ただ表面をなぞっているだけのストーリーになっているのが物足りないかなあ。

2017-12-29

ハヤテのごとく 大反省会追記分

https://anond.hatelabo.jp/20171226222422 の続き。

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上記の時点では大反省会(上)(下)未読で書いていたが、やっと入手できたので読んだ。

読み終えた第一声「本当に同人編は3巻くらいで終わらせるつもりだったんかい!?本当かよ!?」ってのが多分感想の8割くらいを占めてる。

じゃあ何であんな引っ張ったんだろうか?

ルカがいい子だから?と書いているけど、マジ?アニメ逆輸入とか各所への配慮とかではなくて?

もし本気だったなら、その選択が大きすぎる失敗だったと言わざるを得ない。

人気を維持するならば、間違いなく、カットしてしまった11月イベント(学園祭ナギ誕生日)に全力を注ぐべきだった。

定番ネタ定番過ぎてマンネリと見られるけど、定番から安心して読めるんだよ。

まあ畑センセが学園祭書いたらネギま学園祭パロ(加えて現実的イベント数的に)で3巻くらいかかってた気がするけど。

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あと公開時に一部で燃えてたらしい「マリアさんハヤテの姉です。」って、これ下にある本文と矛盾してる。本文で「だから途中で姉弟という設定もなくなりましたねえ。」と言ってるのに、あとがきでは設定が生きてたように書かれてる。

結局どっち?

実際に綾崎父の不貞の子だったことが王玉で分かったときの話が本編で描かれたとしたら、マリア編とかい位置づけになって数巻伸びてただろうけど。

それでも、新キャラどんどん出していくよりもそこはちゃんと回収していってほしかった。

どの時点でどのキャラ作ったかは結局あまり明かされてないけど、初期プロットにいなかったキャラがたくさんいたはず。その投入タイミング立ち位置の調整が上手くいかなかったのかな?

それとも初期のマリアの人気のなさ→テコ入れキャラ改変した結果、つながらなくなってカット

ここはなんとか本編中で回収してほしかったな。

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各所に、大風呂敷を広げすぎて伏線回収に失敗して後悔している様子が見える。

姫神とか予定通りにしてとっとと出しておいたほうがよかったじゃん。

この辺は多分やっぱり「長かった」のが一番の問題だったんだとは思う。

逆に、イクサがほぼ当初の意図ってのがいい意味で驚いた。

10打ち切り覚悟時点でも、あんキャラ出す気だったのかと。

でも冷静に考えると流血執事コメディならあれでもいいのか。

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そしてモニョったのが(上)ナギの絵側のページに書いてあること。

上の感想に書いたことはだいたいあってたけど、それまでのハヤテ中心の話を突然ナギの成長中心の話に切り替えたように読めてしまう。

方針転換に失敗した(上記認識してついていける人が少なかった的な意味で)、ともとれるのかな?

ブクマしてくれたコメにあった「やりたいことを詰め込みすぎた」ともとれる。

もしかしてナギ中心の話にしたらラブコメ上手く作れなくなって、それでハヤテとルカの話を(ナギ主人公ポジとして維持しつつ)上手く進められず、その結果あんなに長引いたのではなかろうか?

どうやったって、ナギの成長を書くならナギが常に出張ってないといけない。

ハヤテと○○(女の子)」のシーンの代わりに、「ナギと××(友人)」を出さなければならない。

そのうえで人気維持の要の一つであるハヤテを中心としたラブコメを描かなければいけない。

こんなジレンマの中で毎週の話を作っていくのはすごく大変そう。

それが解消されたのがイクサ以降…なのかもしれない。

全部想像しかないけども。

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(上)の扉コメントにある「でも漫画は生き物、変化し続ける。13年もやってればしょうがないのです。」と開き直るのはいいけれど、なんだかなー…。

全盛期にハマって、そのあとフェードアウトした身からすると、書いてあることの半分くらいが言い訳、もしくは明言できない大人の事情に見えてしまう悲しさ。

何故その展開に行けなかったのか?その時何をどう感じていて、どういう事情があって決断したのか?その辺の心理状態ほとんど書かれてなくて、「変わっちゃったんですよ~アハハ~」ってかるーく濁したのがとても残念で仕方ない。

あれだけ単行本でもプッシュしてたアニメについてほとんど触れてないし。別口でどっかで書いてるからカット

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正直、新しい見方ができたところもあったけど、全体的には少しがっかりだった。下手すると読まなかったほうがよかったかも…。

それでも次の作品はまた別の作品になるはずなので、頑張って面白いマンガを描いてくださいな。アドなんちゃらも。

ただし、久米田作品みたいに舞台が違うだけでやってること同じ漫画を描くなら、多分同じ末路をたどるだろうから読まないと思うけどね。

2017-12-28

体調を引っ張られるので、なるたけ接続は控え、寝たり食ったり散歩したりしてた。【+2kg

頭の中へ醸し出る関係妄想?)で私液が薄まり、半ば途絶した状態で動いてたここ2、3ヶ月だった。

脱ぎ上戸という、あの人だったかも知れない。

おかげで女優としての幅は広がった気がする。【±0kg

そこから何日か経て、この想像上の力関係の中へ自分を私として書き込もうとすると、

その際の想定もあれ何か変動する?ことに気づき私生活の些事が強固に映りがちになっている。

師走年の瀬だし、誘いとか大掃除とか燻製の準備とか。

問題は、それすらあまり手につかないこと これぞ休養 割り切って寝たり食ったり散歩したりする。【+2kg(予定)】

ただ、こうした鈍感か敏感になり果てた状態はやはり情けなく、少しでかなり効く。

スタイリッシュに毒づきたい気もするけど、対象を絞れないので無差別通り魔しかならないと思う。

現になってるかもだけど。それは知らん。【-1kg

先々週あたりから、深夜ジョイフルで次ののプロット組んでる。

おばちゃんに しばらくだね 話しかけられ、少し話した。

昨夜も行って、6割くらいできた感じ。200枚くらい? 正月明けから取りかかれたら。

本はなぜか『白鯨』を読んでる(初読)。-1kg

仕事納めの方も多いと思う。おつかれさま。心安く過ごしましょう。よいお年を

2017-12-27

文章が非常に読みづらかったのでhagex氏を見習って朱を入れてみた

いつも未来に驚かされていたい:『WIRED日本版プリント刊行休止に関するお知らせ

コンデナスト・ジャパンが発行する雑誌WIRED日本版は、2017年12月9日発行のVOL.30を最後に、刊行を休止いたします。読者の皆さま、定期購読者の皆さまへ、編集長若林から休刊と退任のご案内です。

──『WIRED日本版プリント版はどうなるのでしょうか?

少なくとも2018年3月発売号は刊行いたしません。その時点で定期購読も終了し、定期購読いただいている読者の皆さまにはは返金させていただきます。現時点では、プリント版の継続については白紙となっています

──なぜ休刊するのでしょうか。

ぼくが編集長を退任することになったからです。

──退任されるんですね!なぜ編集長の交代ではなく、休刊なのでしょうか?

会社判断です。

──編集長を退任する理由は?

ぼくが短気を起こしました。

──短気を起こして編集長を辞めるなんて……。

ぼくは子どものころから癇癪(かんしゃく)もちで、40歳を超えたあたりから、その沸点がどんどん低くなってきて。とはいっても、クオリティについて真剣に考えると怒らないわけにはいかない。相手が誰であれ。そうしたら、なぜか最近、やたらと「アンガーマネジメント」に関するメールが来るようになりました(笑)

──40歳を超えて短気というのも困りものですね。

この間「おっさんの話」というテーマウェブ記事に書いたんですが、あの半分は自分の話です(笑)

──いきなり休刊とは、急な話ですね。

外資会社ですから契約が切れる5営業日前に通達があって、休刊が決まりました。とはいえ、プリント版の一時休止と定期購読の停止については、なるべく早く読者の皆さんにアナウンスしなければならないので、急いでこの原稿を作ることになったんです。「最後おつとめ」ですね。

【一周した感じ】

──最終号はちょうど30号できりがいいように感じますね。

ぼくが編集長として携わったのは、30号のうち実質28号分ですね。結果としては良い区切りだったのかもしれません。最後特集は「アイデンティティ」で、自分の役目はおしまいです。特にこの2年くらいは、特集がそれぞれ単体として存在するというよりは、「一連の流れ」のようになっていて、どんどん深みにハマっている感じはありましたし、途中からは『WIRED』のテーマであるはずのテクノロジー話題ですらなくなってきていましたし(苦笑)。

──確かにアイデンティティ」という特集デッドエンドのような趣があります

そう設計したというよりは、どんぶらこと流れに乗っていたら流れ着いてしまったという感じなんですけどね。

──次号以降の特集ラインアップなどは既に決まっていたんですか?

もちろんやりたいことはいっぱいありました。次号は「発注」というテーマでやろうとしていましたし、その後は「ロボット」「物流」「ニュー・アナログ」というテーマプロットはしていました。あと、2017年に「アフリカ特集でやったようなことを、コーカサス地方に置き換えてやれないかな、と。

──突然「コーカサス」ですか?

他にはアルメニアジョージアアゼルバイジャンなどですね。テクノロジー面でも進んでいると聞きますし、地政学的にも面白いエリアから、取り上げたいと思っていました。

──雑誌としては売れ行きがよくなさそうな特集ですね(苦笑)。

そうですか? 定期購読も順調に増えてきていましたし、広告もうまく回り始めて、全体としてビジネスのものはかなり好調になっていたんです。

──新事業にも取り組んでいたように思います

2017年から本格的に始めた旅のプログラムWIRED Real World」というものがあるんですが、これは本当に面白いんですよ。参加してくれるお客さまも面白い。お客さま同士で新たなプロジェクトが生まれたり、参加してくれた方々からお仕事をいただくようになったり。かなりグルーヴ感がありました。それをちゃんと育て上げられずに終わるのは、残念といえば残念です。そういう面白い人たちと一緒にコーカサスに行ったらきっと面白くなると思っていたんですけどね。とはいコミュニティは残るので、継続してみんなでわいわいやれるといいなと思っています

──コンサルティングスクール運営していましたね。

はい。どの事業もお客さまは本当に面白い方ばかりでした。そういう方々のために、結構苦労してノウハウを積み重ねて、やっとビジネスとしても芽が出るところでしたね。毎年秋に実施していた「WIREDカンファレンス」も、年々企画の精度が上がっていて、自分で言うのもなんですが、2017年は驚くくらい面白い内容にできたんです。

──ただ、いわゆる「テックイノベーションからは外れている感じですよね。

周りから唐突に見えたかもしれませんね。そうはいっても、「注目のスタートアップ情報」などを最初から重点的に掲載してきたわけではありません。「死」「ことば」などの切り口は継続して存在していましたし。

──そうですね。

その上、ある時期からスタートアップわっしょい!」のような気分も収束し始めて、面白い話も大して出てこなくなってきていたと思いますシリコンバレートランプ米大統領就任以降、完全に逆風を受けてしまっているし、AI自律走行車などの話も、いよいよ実装の段階になってくると、完全に政治法律の話になってしまうので。

──それで飽きてしまったということでしょうか?

そうではなくて、時代が大きくまた変わろうとしているということだと思います。おそらく『WIRED』の発行元であるアメリカのコンデナストを見てみても、時代フロントラインにいるのは『Teen Vogue』なんですよね。LGBTQメディア『them.』がローンチされたり、『Vogue』が『VICE』と組んだり。それ以外でも、「アイデンティティ特集でも紹介した『Refinery29』のようなファッションカルチャーメディアが旧来のメディアエスタブリッシュメントを圧して、新しい言論空間になり始めているという、面白い状況にあります

──なるほど。

デジタルイノベーションデジタルメディアのダウンサイドが明らかになってきた中で、それを突破するために必要なのは、やっぱり新しいカルチャーをどう作っていくのか、という話じゃないかと。そういう意味でいうと、結局いま面白いのってインディーズブランドミュージシャンクリエイター同士のオーガニックなつながりみたいなことだったりするわけです。技術がどうこうという話だけではどこにも行かない、という感じが、もうここ3年くらいずっとありますね。

──AIだ、ロボットだ、ブロックチェーンだ、VRだって、だいぶ前から要件は出揃っていて、それではそこからどうするのか?という感じでしょうか。

そう思いませんか?

──何かが一周した感じはあります

2017年は、SXSWTwitterが「アプリ大賞」を取ってからちょうど10年目です。その間、いろいろな期待、それこそアラブの春や、日本でも東日本大震災を経て、デジタルテクノロジーによって民主化された「よりよい世界」が夢見られてきたわけですが、そう簡単世界は変わりません。むしろ、新しい困難が出てきてしまった。しかもそれは、テックでは解決できない困難だということも明らかになってきています。問い自体が、より複雑な人文的なものになってきているから、哲学アートファッション音楽文学などは、いまの時代本当に大事だと思うんです。

──『WIRED』では「テクノロジーだ」「未来だ」と取り上げていませんでしたか

でも、そう言ってきたのと同じ分、「テクノロジー」という言葉も「未来」という言葉も好きじゃないということも言ってきたつもりです。「未来」というコンセプト自体が、いか20世紀的なものか、ということについてもずいぶん語ってきました。

──それは冗談だと受け止められていたんじゃないでしょうか?

変な言い方になりますが、「未来」というもの捉え方を変えることでしか、新しい未来は見えてこない。それが、端的に言うと『WIRED』で考えようとしてきたことだったはずだったんです。

──お疲れ様でした。

2017-12-26

ハヤテのごとく

久々に思い立って、「ハヤテのごとく!」を読みなおした。その感想である

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多分、かつての多くのファンだった人同様、同人編あたりでふるい落とされたクチだ。

春ごろに「ようやく終わった」と聞いたまま、そのあとも単行本も追いかけずスルーしていた。

本誌で多少読んでいて、30巻くらいまでは何となく覚えていたので、アテネ編終わり、同人編はじめあたりから一気に最終巻までザーッと読んだ。

そのうえで、過去単行本を買っていた20巻くらいまでを読み直した。

とても懐かしい。懐かしすぎて死にそうになった。

そして、どうにも自分の心に留めて昇華することが難しくなってしまったので、ここに吐き出した次第である

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最終巻を読み終わり、まず出てきた言葉は「長かった、しかしようやく終わった」だった。

13年568話は、やはりこの作品には長すぎた、それが失敗だったのだと思う。

確か「下田編」(12巻あたり)でアニメ1期が決まり、その前後は本当に面白かった。

ヒナ祭り祭りとか最高に面白かった。

その後はだんだん下降線をたどり、「アテネ編」がキャラ萌えシリアスい組から反発を受け、「同人編」で多くのファン"だった"人たちに見切られた感じがある。

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同人編」(268話~433話 もしくは 25巻7話~40巻7話 あるいは 2010年4月2013年12月)

こう書くだけで、あまりにも長すぎたことが分かる。

3年半、あの同人の話で引き伸ばされていたんだ。そう考えてしまう。

何故俺が同人編でふるい落とされたかと言えば、シリアス分(≒非日常パート)の消失だろう。

アテネ編でようやくはぐらかされていたこっちの話が動いて、やっと王玉やら姫神やら色々貼られていた伏線が回収されるのか!と期待させられた。

さらムラサキノヤカタへの移転で棺とか出てきて、この路線を信じようとしてたと思う。

しかし、そこからはひたすらにマンガ同人の話、そして特定キャラピックアップしたラブコメを延々とやっていたような印象だった。

いつしか薄いラブコメと進展しないストーリーに飽き、サンデーのものを読むことを辞めた。

カユラあたりは見覚えがあったから、33巻くらいまで、2012年くらいまでは読んでたのかな。

アニメも3期が露骨な媚び売り萌えアニメ化していたので、一切見ることはなかった。二期までは多分ほとんど見てたのに。

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一方、同人編をまとめて読むと、そこそこストーリーは筋が通っていて、面白いと思う。

52巻あたりを読んだ後にパラパラ見返したが、なるほどナギが成長したのがよくわかる。

当初のワガママお姫様とはずいぶんキャラが変わった。

ただしそれは、ラブコメではなく、非日常シリアスでもなく、"ナギ自身を見つめなおして成長する物語"として見たときお話

それは当時のハヤテの読者層には求められていなかったのではないか

当時の読者層は、「パロギャグ好き組」「ラブコメ好き組」「キャラ萌え組」「ストーリー考察組」のような感じで分かれていたように思う。

果たして同人編でそれらの要素は重点的にピックアップされたのか?

パロギャグは多少密度が減ったものの、キレはあったと思う。

しかし、ラブコメ好き組からすると、薄いイチャコラ。

キャラ萌えからすると、いつ自分の嫁がメインになるか分からない上に扱いが雑。

ストーリー考察的には、何も話が進まずヒントもほとんど出ないまま。

さらに絵的に大きく動きがあるわけでもなく、半分くらいはムラサキノヤカタ周辺でしっとりマンガラブコメ。(というイメージ偏見ともいう)

これで3年半。入れ込んでいた人が愛想をつかすには十分すぎる期間だったのではないか

さら同人編で明らかに絵が変わった。

28巻の表紙にいるルカの目の描き方、この辺から絵柄が変わったように思う。

個人的10巻くらいから25巻くらいまでの描き方がすごく好きだったので、これも落胆の要因だった。

41巻表紙のヒナギクとか別人すぎる。

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同人編が終わり、イクサ編になると一転、ようやく話が進みだした。王玉的な意味で。

2.5巻使ってイクサをまとめ、その中でイチャコラする感じはアテネ編以前を少し思い出した。

バトル自体シリアスよりになり、以前と比べると笑える流血執事ギャグバトルではなくなったけど、この辺りは同人編より前のノリを取り戻したように見える。

と思いきや修学旅行レベル5はまたなんか薄まったお話に。

これ毎週次の話を待つのは相当辛かったのでは。

何というか、通して読むと面白いけど1週間待って楽しみにするほどの面白さがない感覚

1話ごとのギャグとかがマンネリなっちゃったのか?

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47巻から事実上最終章の幕開け。

なんとなく、言われている半年ではなく1年かけて描ききるつもりで方針転換したように見える。

ここから最後まで、よく広げた風呂敷をうまくまとめた。とても面白かった。と思う。

話の軸として"ナギの成長"に明確にスポットを当てたように見えるのもここらへんから

最後ナギは確実にたくましい一人の女の子になったと思う。

株やFXの才能(自分の力)を使わない理由けがよくわからんけど。

使ったらまたダメになると封印でもしたのか?

しかし、やっぱり毎週1話を追っていくとして考えると、ここら辺の話は重いし、追うのはつらく見えた。

しかもいつかどこかで出てきたような、伏線だったか何だったかイマイチ覚えていないような内容を唐突に引っ張ってくるので、「誰だっけ?」「何だっけ?」が結構頻発した。

王玉もいつどこで誰がどれを持ってたかがよくわからなくなった。

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最後のあたりで不満があったとすれば、ナギ誕生日が1コマで終わり、マリア事実上の退場をしたこと。コミックスの補完を読んで納得したからいいものの、アレはちょっと…。

ストーリー展開的に無理なのは承知で、これまでならナギ誕生日に2巻分くらいかけてたのに、ヒロイン誕生日をほぼスルーはひどいと思った。

さらに引っ張りすぎた姫神の残念っぷり。

何あのキャラ?散々引っ張った割に、神様ロケットパンチからネタ拾ったところしかキャラとしてはほとんど面白くなかった。

法仙もよくわからんかったけど、ここまで引っ張ったなら法仙でよかったんじゃね?って感じ。

加えて、ラストヒナギク玉砕

わざわざ玉砕で終わり、それで出番が終わったのはウーン?

作中屈指の人気キャラからこそ最後にこうなったのか?

でもバックステージ見るとこのシーン忘れてたっぽいし。ヒナギクはもう伊藤静だったのかなあ。

初期ヒナギクが(テンプレツンデレ気味とはいえ)とても好きだったのでこの最後はとてもガッカリした。

逆にハヤテの両親周りは上手いこと描かれたと思う。

外道あん人間実際にいたらぶん殴るけど、初期から外道を綺麗に回収し、かつ落とし前をつけられたことを暗にほのめかされたのはよかった。

割とマジメにこの二人が出てきた当初は全然気づかなかった。

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冒頭に戻る。

こうダラダラ思ったことを書いていくと、「長かった」以外の言葉が見つからない。

ハヤテ同人編あたりから何がまずかったかのだろう?と考えると、「全体のプロットはよかったけど、各話がつまらん」だったのかもしれない。

特に同人編のプロットはマズかった。あれはせめて数巻でケリをつけるべき話だった。

一気読みすると、結果的には面白かったように見える。

しかし連載を追い続けていたり、単行本を追い続けているだけだと、「いつ終わるんだ」「風呂敷広げすぎ」と思うのも詮無いよなーと感じる。

現状のモデルとして、週間・月刊連載で人気を得続けるためには、少なくとも各話がある程度面白くないと読んでくれなくなる。

そのあたりがおざなりになってたのではないか

いやまあ、初期はこんなに長くなることは全く想定してなかったんだろうけどさ。

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…何か似たようなことを最近思ったなーと思い返すと、「うみねこのなく頃に」だった。

これも最近最後まで箱の中を描き切ったマンガ版を一気読みしたが、世間で言われているほどひどい話ではなかったと感じた。

問題半年に一度のリリースで待たせ続けたこと、Episode5になってもろくすっぽ話の根幹を進めなかったこと、そして最後のEpisode8の描き方に失敗したのが主原因だったんじゃないかと思う。

六軒島事件を解くミステリーだと思って読んでた人からすればガッカリどころじゃすまなかっただろう。

視点が入れ替わりすぎて読みづらいし。

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ハヤテに話を戻して。

もうハヤテの続きが描かれることはほぼないだろうし、アニメ絶対ないだろうし、原画展とかにも行きそびれたので今後思い出した時に触れることももほとんどなくなるだろう。

アド何とかも休載っぽいし、それが声優も終わったが、2018からの新連載はどうなることやら。

次のマンガはしっかり落としどころを決めてプロット作りこんで、2年~3年くらい(150話くらい、12~3巻くらい)で上手いことまとめて作ってほしいとは思った。

最後に。

そうはいっても青春時代は毎週ずーっと読んでたので。

しかった。楽しみですわとは言わんけど、頑張って面白いマンガ書いてほしい。

(俺が実際に読むかは知らんが)

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https://anond.hatelabo.jp/20171229190900 続きを書いた。

2017-12-24

物理法則のちがう異世界の思い出

遠い昔、若いころ、小説家になろうと思った。

なぜなら、ちょうどそのころ、高校時代から引きずっていた恋が終わって、カネが欲しかたからだ。まとまったカネと名声があれば、失った恋が戻るか、戻らなくてもちょっとは癒されると思った。

ちょうどファンタジー小説文学賞ができたところで、じゃあこれに応募して大賞をとってやろうと思った。

はいっても、書きたいことはただひとつしかない。失った恋のことだ。

から主人公はふられたばかりの若い男で、それが思いがけず別れた恋人と同じ屋根の下で暮らす、という設定にした。

主な登場人物は5人。2人はもう書いた。残る1人は弁護士かなんかをやってる中年男で、その年齢の離れた嫁さんが主人公同級生。そして、この弁護士大学時代同級生元カノリケジョ大学に残って理論物理学やってる研究者。この研究者研究室ボス博士が、「世界に穴をあける」方法発見する。サイクロトロンかなんかで加速した素粒子をなんかにぶっつけると、この世界と並行して存在するいくつものパラレルワールドのどれかひとつとつながる穴ができる、というわけだ。

で、これはすぐに最終兵器転用できる。その危険性を察知した彼女は、それを世の中に知らせようとするが、最初研究守秘義務がうんたら、そのうちにこれを国防に利用しようとする政府機関の手によって追われるようになり、ついには生命を狙われるようになる。

そして頼ったのが、弁護士である元カレだ。彼が法律の力で対抗しようと準備するのを知った闇の組織は、ボス博士研究を利用して、この弁護士の家ごと二人をパラレルワールドにふっ飛ばししまおうとする。その家にいる嫁さん、そしてたまたま遊びに来ていた同級生も巻き込まれる。そして最後の瞬間、この嫁さんと電話をしていた主人公電話回線越しに巻き込まれて、5人が家ごと奇妙なパラレルワールドに飛ばされる。

その世界は、重力が鉛直方向じゃなく水平方向に働く世界で、つまりは地面が垂直の崖。どこまでも続くこの崖にできた小さなテラスに家ごと引っ越しする。そこでなんとも奇妙な日常生活が始まるわけだけれど、その平穏日常を脅かすようにこっちの世界から刺客が送り込まれ…。

とまあ、プロットだけ並べたらそこそこのラノベぐらいにはなりそうな気もするが、なんせ下手くそだった。ちなみに、この「どこまでも続く崖」の世界にしたのは、当時まだマイナースポーツだったフリークライミングに興味があったからで、山場で主人公決死フリークライミングをする場面を入れたかたから。そういう意味でも何十年たって感慨が深いものがあるわ。ともかくも、予選すらかすりもしない、惨めな駄作だったなあ。

当時、まだあんまり普及していなかったワープロで書いたんだけど、なにせメディア1Dフロッピーディスク(これが後に2D2DD、2HDと進化していく)だったもんで、データを救出できなかった。だから、もう復元はできない。復元しても、あんまりにも下手くそで、顔を赤らめずに読めないだろうなと思うけどね。なんか思い出したんで、書いた。

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今回は少年ジャンプ+

バージンスーサイド

とあるドラマーが再起を決意する大きなキッカケを描いた作品

プロットも、登場人物たちの展開する理屈セリフもろもろが、実にありきたり。

前向きにみるなら、奇をてらわないプロットからこそ、より作家本人の地力が色濃く出ているともいえる。

コマ割、構図、セリフ文字の配置、1ページにおける情報量バランス感覚、どれも高い水準だと感じた。

模範生的な出来だと思う。

大山田帝国憲法

展開や世界観自体バカげているものの、メインテーマプロットと一貫しているので話は分かりやすい。

家族という、いわば小さな社会組織の中で法(ルール)というものシニカルに描きつつも、それ自体の大切さと意義を描いている。

画風は古臭いというか、そもそも上手くないけれども、テーマとそのプロットの見せ方はハマっている。

コマ割はやや杜撰なところもあるけれども、構図は悪くないと思う。


アップデート家族/第2回うすた京介漫画賞 準大賞

アップデートテーマに、概念を超越してギャグをどんどん展開していく。

そのギャグもどれも小粒ながら、ちゃんとネタとしてしっかりしている。

面白さは、個人的に大賞の作品と大差ないと思ったけれども、こちらは大喜利の延長線上みたいな、ストーリー希薄性が明暗を分けたかなあって印象。

ストーリーがほぼない分、本作のギャグがハマらなかったら評価すべきところがほぼないのと同義からね。


母さん…すまない……/第2回うすた京介漫画賞 大賞

ああ、これは大賞とるよなって思った。

ギャグ自体は尻叩きがメインで、それが一貫している。

でもストーリー自体が表面的には真面目だから、感動が笑いを生むっていう循環が良くできてる。

明らかにふざけたことを真面目にやっている世界観なのに、時おりマトモなことを言う登場人物たちは、それだけでギャグとして機能している。

2017-12-22

はあちゅう #MeToo の為にBuzzFeedヨッピー謝罪を何故すべきなのか

はあちゅう氏が謝罪文を削除して声明を発表したので応援するつもりで書く。

はあちゅう @ha_chu

やっぱ気持ちが弱くなってる時になんかやったらダメだわ...。

まりにもわーーっと大量に誹謗中傷がきたから、納得いかないけど、とりあえず謝って済まそうみたいな心境だった。私らしくなかった。

どう考えても表現セクハラは違う。堂々としていなくては。

はあちゅう氏は、「セクハラ」と「表現」は違うというスタンスを取ることを決めた。 これは #MeToo運動を今後も進める為の判断だと思う。

セクハラ」と「表現」は別のものであるという主張自体を堂々と行っていくことを宣言した姿勢を、その是非は別として応援していきたいと増田は思う。(*1)

今回「はあちゅう」さんが宣言した「表現」とは何かをここで考えてみる。

(1)「童貞」とは概念であり、特定の人や集団を指したものではないという考え。

はあちゅう氏も「童貞思考」が大好き等の発言をしていた。

しかしたら「童貞」とは「概念」であり、特定の人や集団を指したものでは無いかもしれない。

ここで、一つの特定の人や集団を指したもの」の例を見ていきたい

童貞ヤリマンを探して夜の六本木に出撃する「ヤリマンクエスト通称ヤリクエプロットを思いついたのですがどなたか漫画化して頂けないでしょうか。ジャンプで連載狙いたいです

https://twitter.com/yoppymodel/status/674736725638295552/


これはどうだろう。「セクハラ」だろうか「表現」だろうか。

この例は有名ライターヨッピー氏のツイートだ。

この場合六本木」そして「ヤリマン」というワードを使うことで、実在する「六本木」の「女性」を指していると考えられる。

よって 「セクハラである証明される。ジャンプで連載が狙いたい位、自信があるようだが、「セクハラ」であればそれは無理だろう。

ただし、「童貞」に関しては「童貞思考」を含む、「概念であるとこの場合はいってもいい。

(2)「被害者」への直接的な言動、行動でないない場合は、「セクハラ」ではないと考えている場合だ。

ここで、二つ目の「「被害者」への直接的な言動」の例を見ていきたい

「だいたいね六本木なんかブラついてる女にロクなやつは居ないんですよ!!六本木歩いてる女なんて全員ヤリマンですから!!」

「え!じゃあアタシもヤリマンなの!?

はい!」

と、好き放題っつーか言いたい放題の僕ではありましたが、

それでもまあ何故か会話が弾みまくりまして。

気付いたら3時間経過!なにそれ!

http://omo-tokusu.jugem.jp/?eid=602

この例は「男の婚活シリーズ第二弾~婚活バーに行こう~」と題し、とある有名サイトメインコンテンツヨッピー氏が「本気で結婚相手を探している31歳のIT系会社員」に対して行った発言である

インターネット上の「嫌ならば見なければ良い」状態で「童貞」と言われて傷ついた人へ行われた発言とは大きく異なる。

身長180cmを超える大男が行ったセクハラ行為と、上下関係を元にしたセクハラ行為は何が違うと言えるのだろうか。

Twitter等で日々繰り返されていたヨッピー氏「ヤリマン発言とは大きく異なる。

真剣結婚を考えていた女性相手に行われたこ行為を、セクハラ行為であるのを否定できる人はいるだろうか。

これは

なんとなくそういった行動を「ロックだぜ!」と思っていたからです。

と弁明し、

僕のTwitter発言からもあります通り自戒するつもりでおります

発言で許されるわけは無い言動で、これを持ちましてBuzzFeedが #Metooの今後のためにも被害者の名乗りを呼びかけ、ヨッピー氏をBuzzFeed上で被害者及び #MeToo 関係者謝罪させるべきだという証明を終わらせていただく。

えっ。この記事何年前の話だって?奇しくも8年前ですよ。(続く)

(*1) 謝罪を取り消した事によって、「童貞」によって傷ついたと主張する人には再び蒸し返すのも自由であるが、セクハラ被害者が仮にセクハラをしていたとしても、セクハラ告発していけないわけではない。

追記、続いた

はあちゅうBuzzFeed #MeToo 議論ヨッピーは何をしたか

https://anond.hatelabo.jp/20171222234919

2017-12-19

STAR WARS最後ジェダイVS パロディ〇V SITAI WARS新たなる恥棒

以下タイトルを読んでもいただいてお分かりいただけるようにSTAR WARS EP8 最後ジェダイネタバレ及び、この映画が好きな方には極めて不快表現が含まれています

それに関して問題ない方はこの長文にご付き合いください。














先週末、映画史上に残るカルトムービーSTAR WARSの続編、EP8を名乗る映画最後ジェダイ】が公開された。

海外大手評価サイトRotten TomatoesでFresh(新鮮、この場合面白い)である保証されていること以外は何も事前知識を入れずに公開初日夕方に見に行った自分を待っていたのはとんでもないものだった。

観客の予想を裏切ることを優先するあまりとっ散らかってカタルシスのないストーリー銀河を巻き込んだ壮大な戦争のはずが敵味方がいつの間にか人類ばかりになってしまたことによる説得力のなさ、黒人には白人美女はふさわしくないとばかりに略奪愛を行うローズから滲み出る制作人の差別意識などはSTAR WARSの名を冠さな映画であっても「これってどうなの?」と思わざるを得ない点が多々あった。

特にフィンローズパートは30分近くかけて何一つ大勢に影響がなかったばかりか、結果的にとてつもない大失態となり何百人ものレジスタンス犬死にし、あまつさえその本人達自分引き起こしたことなどすっかり忘れて英雄気分でいるという普通映画なら考えられないことになっている。もしこのサブプロット存在せず、映画が2時間で収まっていれば、すっかり前立腺肥大しきっており必死尿意に耐えていた自分のような人間評価も今ほど辛辣ものでは無かったかもしれない。

そしてこれら以上にファン(旧三部作)を襲ったものルークスカイウォーカーキャラ崩壊を筆頭とした「これまでの物語はなんだったんだ」という絶望感では無いだろうか。

EP6にてルークスカイウォーカー映画史上に残る悪役にして父親ダースベイダーに僅かに残る善性を信じ敵の根拠地、新デススターに単身乗り込む。妹のレイアを暗黒面に誘惑するというベイダー挑発に激高し右手を切り裂きベイダーを追い詰める、しか自分と同じく機械の右腕を持つ父親言葉に出来ない繋がりを感じたルークは暗黒面へ来いといざなう皇帝を前にしてライトセーバーを捨てこう言うのだ「Never. I'll never turn to the Dark Side. You have failed, Your Highness. I am a Jedi, like my father before me.」巨悪たる皇帝の前で身を守る武器を捨てて「あんたの負けだ」と勝利宣言をするのである。そして最終的に父親をかつてそうだったようにジェダイに帰還させるのだ。このことからSTAR WARSという映画宇宙規模の戦争正義が悪を倒すといったことやフォースがどうたらといったことがメインテーマなのではなく、結局最後まで諦めなかった一人の息子がとてつもない悪の道に沈んだ父親を助け出す、ただそれだけの物語なのだ解釈することも出来る。

しかし、最後ジェダイで明らかになったルーク過去はこれまでの物語を全て覆すものであった。親友双子の妹の間に生まれたベン・ソロからとてつもない闇を感じ寝静まったところを襲い、返り討ちにあったということだ。

EP7、或いは8を見た方の中でベン・ソロことカイロレンからそこしれない深い闇を感じた方が一人でもいるのだろうか。闇落ちの理由は偉大な両親にコンプレックスを抱き、そして両親の仲が悪く仕事に逃げ構ってやらなかったことだったと思う。どこまでが偉大な親に含まれるかは置いておいて、このようなケースは現代日本でもゴマンといるだろう。

百歩譲ってそのようなきっかけでカイロレンが深い闇に沈んだとしても映画ではそのような描写殆どされない。父親を殺したことに動揺して初めてセイバーを握ったレイに対決で敗れ、母親のいる艦橋にはミサイルを撃ち込めず、師匠を殺してやっと一皮剥けたと思ったらハックス将軍に「女がやった」と言い訳をかますヘタレっぷりである

一つ擁護させていただくとカイロレン役のアダムドライバーは最高の演技をしていたと思う。しかしそれは今一悪に染まり切れない不安定若造としての演技であって間違っても凶悪ヴィランとしてのそれではない。

繰り返すが、ルークはこの若者からかつて銀河を恐怖のどん底に陥れたダースベイダー以上の闇を感じ、闇討ちをしたと言うのだ。

ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。あまつさえそれで心に傷を負い、隠棲した?

この映画を見る前「もしルークが闇落ちしていたら怒っちゃうかもしれない」などと冗談を言っていたがそれを上回ると言っても過言ではないあんまりな展開だった。

ついに明らかになったレイアの潜在能力や「もう全部あれでいいじゃん」と思わせるワープ特攻フォースを使ったSkype対話等々今までのファンから見たら目を疑うようなシーンが多く見られた今作であったが自分にとって最も許せないのはこの旧三部作テーマを全て否定したルークの扱いであった。

このような脚本を渡されたマークハミルは心から気の毒だと思うし、それでも演じきった俳優としてのプライドは本当に凄いと思う。

漸く本題に入る。上記のこともあって自分は途中からこの映画を見ていてもう質の悪いパロディ映画を見ているような気がしてならなかった。

そこで今回登場するのが『シターイ・ウォーズ-SITAI WARS- 新たなる恥棒』というわけだ。

アイアンマンの『アーンイヤーンマン』に代表されるように有名な映画というのはこのようにおもしろおかしタイトルパロディAVになるものらしい。

シターイウォーズはこんなストーリーのようだ。

SF映画金字塔、いやハリウッド映画の超名作といえるあの作品が遂にパロディとして登場!

帝国軍と反乱同盟軍との間に、戦いの火蓋が切って落とされた。

帝国軍の狙いはセックス大好きなレイプ姫。

劣勢の同盟軍絶倫暗黒騎士ダーススペルマーの軍門に下ってしまうのか、それとも救世主ルークスカイファッカーの力を借りて銀河平和をもたらすのか…

ラストシーンレイプ姫、ルーク、ハン・ダチによる3Pポルノ史に残る名場面になること必至。

名脇役たちのパイオツーディーツー、センズリピーオー、シコッテバッカといった面々もリアルに登場!

よくもまぁこんな名前ポンポン出てくるものだと感心する。

断っておくとどちらがマシかとタイトルに銘打っているのだからしっかりと見比べているんだろうと思われるかもしれないが自分はこのパロディAVは全く見ていない。申し訳ない。最後ジェダイの方も2回以上見るほど肝は据わっていない。

だがこの紹介文だけでも読み取れることはある。

両者ともにキャラクター崩壊しているのは想像に難くない。旧三部作では絶対にやらなかったことのオンパレードなのは見なくても伝わってくる。文字通りこれまでのSTAR WARS感を粉々に砕いてくれるだろう。

そして片方しか見ていないのに言うのもなんではあるが最後ジェダイと新たなる恥棒のどちらがマシかと言われたら、自分は新たなる恥棒のほうが恐らくマシだと思う。

新たなる恥棒は最初にしっかりと【パロディ】と銘打っており厚顔無恥にもEP8などと壮大なサーガの続編を名乗っていない。

タイトル登場人物の名も微妙に変え、これは本物ではないと誰にでもわかるようになっている。

間違ってもレンタルビデオ店の暖簾をくぐってSTAR WARSの続編見たさにこれを手に取る人はいない。

最後ジェダイはえらく異なる深謀遠慮っぷりである

映画評論家町山智治氏は最後ジェダイについてざっとこのように評しているそうだ「これまでのSTAR WARS定番を打ち破り脱却している素晴らしい作品過去キャラの扱いが気に入らず怒るのはお門違い。」(直接は聞いておらず伝聞を記しているのでもし異なるところがあればご指摘いただきたい。良くないことで本当は直接聞くべきなのだ自分はそこまで心が強くない。)

このように評価している評論家国内外わずたくさんいるようだ。

そしてインターネット中に溢れるSTAR WARSファンの中には「STAR WARSの全てを愛するのが本当のファン、嫌ならば辞めればいい」と言う人も散見される。

評論家の方々に是非この新たなる恥棒もレビューしていただきたい。最後ジェダイはるかに超える満足度だと思う。

STAR WARS関連のグッズは何でも集め、愛するという方々にもしこのパロディタイトルが本当にSTAR WARSの名がついていたらやはり中身は関係なく神聖視するのか?と問いかけたい。

そして駄文の締めにこんなブログを見るはずがないとわかっていてもディズニーにお願いしたい。

4000億円もかけてSTAR WARSの権利を買い取ったのだからあなた方はSTAR WARSという世界でありとあらゆることをする権利がある。EP8を作り直してくれなんて馬鹿なことも言わない。

ただ、もう昔の登場人物を安らかな眠りから叩き起こし、屈辱を与えることはこれで最後にしてほしい。



とりとめのない長文に付き合っていただき本当にありがとうございました

2017-12-18

おんな城主、昨日の最終回録画で見終わった。

視聴率は悪かったみたいだけど、これはこれで面白いよなと思って見てはいた。

プロットセリフ歴史考証なんかの評価としてはよーわからん素人だし。話としてはおもしろかった。少女漫画タッチだなーとは思ったけど。

が、釈然としない部分もある。役者の使い方が、色々なんていうか、もったいなかった。

市原隼人三浦春馬柳楽優弥もっと面白くできただろうに。市原隼人なんて、もっとこう弁慶ばりの怪僧でも面白かったのになぁ。

せっかく二枚目を配したのだから、もうちょっとこう、もうちょっとぐらいはオイシくしてあげたって罰当たらないと思うし、

そうじゃないなら二枚目に拘らずに上手い俳優を使えばいいのにとかね。

三浦春馬とかなー。うーん。ちょっと割食っちゃったよね。

スクリーンを切り裂きたくなるようなクソ映画 「最後ジェダイ

当たり前だが、ネタバレだらけだ。だが知ったことか。こんなクソ映画

人生で一番のクソ映画だった。(いままでのナンバーワンはロボコップ3

プロットホール、設定無視の山盛り。クソの山。

ローグ・ワン」も「フォース覚醒」も大した映画じゃないが頭には来なかった。

プロットホールは皆が話しているとおり。出て来る登場人物一人のこらずアホで感情移入を拒む。お約束を破りたいがためのめちゃくちゃな展開。

設定無視フォースの新能力イミフ爆撃機、一番ひどいのはハイパードライブアタック。あれがありなら今までの戦いはほとんど無意味になる。

だが、こんなものは平凡なクソ要素だ。べつにスクリーンを切り裂いて、なかったことにしたいほどのことじゃない。

番頭に来たのは「差別構造肯定だ。スター・ウォーズ世界観のなかで基本的に「人間」中心主義がある。共和国にもあったが帝国が勃興してよりそれが強固になったわけだ。だから帝国基本的エイリアンはいない。(例外映画以外のメディアでいるのは知っている)

エイリアン人間差別被差別関係作品で何度も描かれる。そしてそれよりも下の被差別階級としてドロイド。この3つの種族関係はそれぞれの立場がきちんと映画で描かれ続けてきた。ジャージャーやイウォーク存在も「スター・ウォーズ」の必須の要素だった。

それが今回はじめてまったくないがしろにされている。もっとレジスタンス側で位の高いエイリアンであるアクバー提督を雑に殺し、その代わりに人間の紫おばさんをコネ抜擢する。老齢の身でありながらレジスタンスに身を捧げた大提督人間エイリアン友愛象徴だったはずなのに。

エイリアンに見えるファースト・オーダー最高指導者も、彼が受けてきた恥辱や野心もまったく描かれず、雑に殺される。

その他のエイリアンは背景に押しやられ、奴隷(または逆に低能人間差別者)としてしか描かれない。ジェダイテンプルに仕えるエイリアン原住民愚者のように描き、あまつさえルークはそれをあざ笑っているかのように描く。ポーグのような意識を持たない「かわいいエイリアンしかクローズアップされない。この映画エイリアンは全くの差別されて然るべき存在しか描かれないし、登場人物全員がそんなように行動する。(指導的なエイリアンは二体でてくるが実体として描かない狡猾さまで備えている)

ロイドはそれにまして影が薄く、まったく雑な扱い。

この差別構造肯定もっとエスカレートする。有色人種白人との分断まで肯定してくる。

黒人白人絶対くっつけないために、容姿の悪い愚鈍黄色人種をわざわざ黒人主人公に割り当てる。

最後には白人主人公白人パイロット出会うと今後の結びつきを予感させる、例の言葉を口にするのだ。

そしてラストシーンにはエイリアン奴隷化された白人少年フォースに目覚めるかのように描かれる。過去ジェダイナイトとしてたくさんいたエイリアンではなく、新しいジェダイ白人少年なのだ

馬鹿にしてんのか。別にエイリアン主人公しろとか有色人種活躍させろっていってんじゃない。出すならちゃんと扱えよ。過去に敬意を払えよ。ルーカスはつたなくとも他者エイリアン、ドロイド有色人種)にたいして良い奴も悪いやつもいるし、バカも利口もいるように描いてきたぞ。

からスター」ウォーズだったんだ。主人公たちがエイリアンやドロイドに対して見せる豊かな感情共感してきたんだ。

聖書に則ったテーマがあれば絶賛するクソ評論家の町山には心底失望した。こんな酷い、悪意の塊のような映画はまったく認めれらない。

白人人間だけにクローズアップされた「スター」ウォーズなんてスカイウォーカー血筋物語の百倍クソだってわかんないのか。神話民主化したというが、個人家族)の話が人種の話にすり替わるほうが何倍も悪質なのがわかんないのか。

まったく胸糞悪くなる映画体験だった。

2017-12-11

月蝕歌劇団をまた観に行った記録

なんか、ひょんなことから月蝕歌劇団(という小劇団が都内にあると思ってほしい)の公演を見に行って、それ以来なんか芝居づいている。

これまで演劇なんてぜんぜん興味がなかったのに。

いくつか劇場に足を運んだところで、もう1回くらい観ればもっと色々と見えてくるものがあるかと思い、また月蝕歌劇団に足を運んでみた。

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演目は『ねじ式・紅い花』と『盲人書簡−上海篇』の2本立て連続公演

(前回の観劇の記録は

https://anond.hatelabo.jp/20170925212923 

 を参照のこと)

ということで、自分のログを兼ねて、また観劇記を残しておくことにする。

御用とお急ぎでない方は、しばしお付き合いを。

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ただし。

自分は舞台観劇についてはとことん素人なんで、これから書くのは、通りすがりの素人が見た印象批評くらいのつもりで、紹介文としての情報は期待しないでほしい。

(というか印象批評というワード小林秀雄みたいで偉そうだな。ほんとに感想文くらいの感じで、ひとつ

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■全体として

歴史の長い劇団というのは知っていたけれど、今回は公演100回記念とのこと。

で、旗揚げ時代からのライバル劇団その他のビッグネームが集結した大プレミアム公演だったらしい。

普段は若い女性主体の “少女歌劇団” っていう感じの劇団なんだけど、今回はキャストの年齢が大はばに高めだった。

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ちょっと変わった構成をしていて、1つのシーズンというか公演期間を前後に分けて、2種類の演目を上演する。

さらに各演目について前座というか露払いというか、出演キャストの歌唱ショー、寸劇、詩の朗読その他をまとめたパフォーマンスとして “詩劇ライブ” というのがある。

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なので、フルで鑑賞すると1シーズンで合計4演目。

これを多いと思うか、アリだと思うか。

いろんな作品世界が見られてオトクだとも言えるし。

リハーサルシナリオ練り込み等々のリソースは分散されるから内容的に落ちるものになるかもしれないし。

自分が見たところ、器用な高能力キャストと、まぁそうでもないキャストでうまく仕事を振り分けて、不満を感じさせない作りにしている感じだった。

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順番に見ていってみると。

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■前半の前座『詩劇ライブ メメクラゲ』(11月19日

先に不満点を言わせてもらうと。

演目『老人と子供のポルカ』の歌唱。

左卜前役のベテランキャストカンペ片手に左右のキャスト(岬花音菜、慶徳優菜)を振り回して大暴れ。

休みなく次の曲『本牧メルヘン』が始まり、そのまま岬花音菜がマイクを握るが、息の上がった彼女にはキーが低すぎた。

おかげで貴重な戦力(岬)を空費。

トリの白永歩美キッチリと『バフォメット(と、あとなにか悪魔がもう一柱)の歌』(詳細不明)で締めてくれたのが、せめてもの救い。

それにしても、あの大狼藉は、ハプニングプロットか。

ハプニングなら再発防止策を取ってほしいし、プロットなら、申し訳ない、あれに快哉を送るハイなセンスは自分は持ち合わせていない。

しかし。

詩劇ライブというのがファンミーティング同窓会だというのなら。

いとしの大スターがいつにないハジケっぷりを開陳したほうがファンサービスとしてのお値打ち感は高いのかもしれない。

と、思って周囲を見回してみると、自分と同じか、あるいはさらに年配の観客がホクホク顔で舞台を見守っている。

ハテ、招カレザル客ハ自分ノホウデアッタカ。

うん、わかった。

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■後半の前座『詩劇ライブ 暗黒少年探偵団』

詩劇三傑(←たったいま自分が決めた。はるのうらこ、岬花音菜、そして白永歩美の3人)のパフォーマンスたっぷり見られたので実に良し。

はるの嬢は前回と同じギター伴奏かと思ったら、ギターからキーだけもらって、ほぼ独唱。それでいてピッチは正確、ハイノートも申し分なく出ていたし、なんというか、 “このヒト、ひょっとして劇団の隠れた屋台骨なのではないか?” という予感がさらに強まる。

(↑それは本編でガツンと証明されるんだけど)

なぜ合唱のときは控え(それはもう、あからさまな控え)にまわるんだろう?

リハーサルの負荷をソロに集中させるためか。

岬花音菜はカッパの舞。そして小阪知子を舞台に引き出してカッパの相撲。

あいかわらず、この人は歌って動いてが実に良い。

そしてトリは白永歩美

朗読、歌唱と大活躍。

いつ見ても、この人は安定しているなぁ。

はかなげで、あやうげで、その状態のままガッチリ安定しているという不思議キャラクター

そういえば『Those ware the days』に日本語歌詞をつけたものを歌ってたんだけど、受付で立ち読みしたセットリストにそんなのなかったぞ、と思って調べてみたら、『悲しき天使』なんていう日本語版があったのね。

知らなかった。

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さて本編。

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■前半の本編『ねじ式・紅い花』

つげ義春の原作、『ねじ式』『紅い花』『女忍』『沼』『狂人屋敷の謎』をまとめて1つのストーリーにしてある。

実を言うと、前回の公演を見たあとに、某氏から、

「なに、月蝕歌劇団が面白かったって? それじゃアレだ。主催の高取英のアレ読んどけアレ」

といって勧められたのが、『聖ミカエラ学園漂流記』(小説版と戯曲版)。

前回の公演を観たときに、

「この人の持ち味は “奔放に見えて実は緻密な複数世界のマッシュアップ” だろうな」

と感じていたのが、この本で確信に変わったのだけど。

原作が2作品や3作品なら、例えば2つの世界の登場人物呉越同舟で共闘する、みたいな展開もあり得るけど、さすがに5作品同時となるとメドレー形式にならざるを得ない、という感じ。

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さて、もう1つ、高取氏の特長と思ったのが、ストーリーに必ずクライマックスを用意する、という点で。

(それが、エンターテイナーとしての氏の本性によるものか、それとも “客にはなんとしてもカタルシスを持ち帰ってもらわないと次につながらない” という興行師としての冷徹な計算によるものか、そこまではわからない)

それが、つげ義春の茫漠としたアンチクライマックスな世界とどう折り合いをつけるのか、そこに興味があったんだけど。

これが『紅い花』を中心に最小限の改変を加えただけで、見事に全ての原作が一斉に収束に向かうオチといえるオチになっているのは、さすが。

最後にはねじ式青年が『パーマー・エルドリッチの3つの聖痕』(P. K. ディック)みたいに無限増殖するあたりの幻想テイストが高取氏らしい。

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あと、前回公演みたいな「身捨つるほどの祖国はありや」的な大きな主題は今回は抑制されている。

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助成金云々の楽屋落ちは生臭いので忘れたことにする。

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そして、この劇団特有の時間がゆがむ感覚をまた味わう。

今回は、サヨコの祖父の楽屋オチ的な台詞。

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「最近、嵐山光三郎が書いたんですがね、松尾芭蕉は忍者だったんですよ」

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えーと、嵐山光三郎の “芭蕉忍者説” は2000年代なんですが。

高取氏の作品世界が戦前、戦後、昭和30年代、1960年代1980年代みたいに複数の時代を放浪するように、劇団自体も、60年代80年代、そして2000年代の全ての時代に存在しながら、どの時代にも存在しないような不思議立ち位置

それが、この劇団の持ち味でもあり。

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あ、あと、狐舞の意味がやっとわかった。

なんのことはない、 “ここから現実感見当識がゆるんで、心象風景と象徴劇が始まりますよ” という演出効果だ。

多色発光LEDを掲げた葬列も、夜光塗料の試験管をもった少女たちも、おそらく同じ。

少女漫画で「なんでクライマックスに花びらが飛び回ってるの?」とか訊かないでしょ? アレと同じだ。

そういえば、最近の子供は漫符(怒りの青筋とか緊張の汗とか)がわからないケースが多いらしい。

つまり自分は月蝕の鑑賞において子供だったわけだ。

というあたりで。

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そして、問題の↓

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■後半の本編『盲人書簡−上海篇−』

あー、うん。

むかし『草迷宮』(寺山修司)を観て途方に暮れたことを思い出した。

あるいは、さらにむかし『原始人』(チャーリー・ミンガス)を聴きながら、

「これは良い音楽なんだ、良い音楽なんだ、みんながそう言ってるから良い音楽なんだ」

と歯を食いしばっていたことを思い出した。

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はっきりしたこと。

自分に “前衛” を受け止める感受性はない。

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それでも、なんとか受容を試みてみる。

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(1)1930年代の第二次国共合作を背景にした不穏で混沌とした上海共同租界。

(2)明智小五郎小林少年という、戦前・戦後の言ってみれば “陽のヒーロー” をどす黒く改変したキャラクターと、堕落した母親としての小林少年の母。

(3)白痴の少年と娼窟の姉妹がからむ、不快にユーモラスな人物群。

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この3つの人物群を主なストーリーラインとして、失明した小林少年を中心に “目明きと盲(めしい)、世界が見えているのはどちらか” という問いを主題として話はすすむ(ように見える)んだけど。

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途中、影を喪失した少女、みたいな挿入話をはさみながら、ひたすらグロテスクストーリーとも言えないストーリーの断片が続く。

クライマックス小林少年と恋人(?)のマサ子の再開を中心にしながら、全てが虚構の中の虚構、悪夢の中の悪夢、という入れ子の構造をあからさまにするところで、唐突に終わる。

最後の最後には第四の壁も突破して現実のキャストの名前まで出てくる。

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うーむ、書いておいてなんだが、なんの説明にもなっていない。

ねぇ、寺山修司って、ホント70年代80年代青少年カリスマだったの?

(今度、『書を捨てよ云々』でも読んでみるか……)

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可能性としては、今どきの若者がP. K. ディックやら筒井康隆やら読み慣れてるせいで、 “崩壊する現実” やら “虚構の中の虚構” を普通においしく摂取しているのに対して、当時はその種の超現実的な幻想悪夢ワールドが知的にトガった青年だけの愉悦であったとか。

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ま、さておき。

これ以上はどうにも言いようがない。

自分にとって確かなことは。

高取氏オリジナルの作品、脚色作品のうほうがずっと面白い

ということ。

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さて。

キャスト、演出その他については、以下の通り。

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白永歩美

女忍コジカの息子、宗近と小林少年を好演。

このヒトが、登場するだけで舞台が猟奇的ビザールな空気になるような、言ってみれば “嶋田久作” 的な怪優でありながら、それでいて結構な美人サンである、というのは劇団にとって大きなアドバンテージなんじゃなかろうか。

劇団のカラーを一人で体現しているような。

ビジュアル、演技、歌唱、トップの名称は伊達じゃない、って感じ。

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というか。

実のところ、トップというネーミング自体はどうでもいい。

それがプリマドンナでもソリストでもエースでも四番でも同じことで。

その種の人に求められるのは才能でも鍛錬でも、ましてやプロデューサーディレクターの寵愛でもなく。

それは「いつ、いかなるときでも、自分が前に出ていってなんとかする」という思考形態だと思う。

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例えば才能、というか生まれつきの資質なら。

前回の公演には高畑亜美という彼女に負けず劣らずのビザール美人さんがいた。

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例えば技能なら。

前回の公演で、白川沙夜というキャストは、ストーリーテラーコメディリリーフ、仇役という3つの仕事を3本の腕で同時につかんでブンブン振り回して大暴れしていた。

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でも、彼女たちは今回はいない。事情は知らない。

いっぽうトップには「事情により今回は出演しません」という選択が無い。

脚光も浴びる、注目もされる、そのかわり劇団の出来が悪ければ矢オモテ、火ダルマ、槍ブスマと。

群像劇主体の劇団で、ある程度は負荷が分散するにせよ、あの細っそい体にかかっている重責を想像すると、なんというか、なんというか。

長くなった。

ともあれ、健康にお気をつけて。

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■川合瑞恵

前回までは “作りようによっては、いかめしく見える” ビジュアルを活かしたワンポイント役だったのが、今回は『女忍』パートのキーとなる女忍コジカに大抜擢。

これが大根だったら目もあてられないところを、実に器用に演じきってしまった。

本職はモデルさんだと思ってたんだけど。違うの?

芸能関係って器用な人が多いのよね。

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■岬花音菜

演技はさておき、まずは狐舞。

今見ているのがカラダのオモテなのかウラなのか、腕なのか脚なのか分からなくなってくる超絶変態空間機動がひっさびさに大炸裂!!

これだ! これが観たかった!

いや、じつは、このところモヤモヤしていた。

「いや、たしかに踊りも歌も演技も良いけど、ここまで追っかけるほどか?」

でも、たしかに思いちがいじゃなかった。

ほんのちょっと前のことなのに、忘れかけていた。

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そこには、たしかに岬花音菜がいた。

およそ2ヶ月前、片目の猫の舞で自分の脳味噌をブチ抜いた岬花音菜が。

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ちなみに。

あとから取材を試みたところ。

あの一連の動きは、ボランティアアルバイト?)のダンス教室で子供たちに最初のウケを取るために編み出した動物踊りがオリジナルだとのこと。

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するとなにか。

自分の鑑賞眼は子供レベルか。

まあいいけど。

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というか、彼女の狐舞に視線をもぎ取られ、ねじ式青年と女医のベッドシーンの大半を見逃していたことに、劇場を出てから気がついた。誠に申し訳ない。

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さて。

キャストとしては『紅い花』パートのシンデンのマサジ、『盲人書簡』で白痴の少年を担当。

この演技、周囲の評価はウナギ昇りだろう。

じっさいTwitterを中心にネットを見ると、彼女と慶徳優菜の評価はウナギ昇っている。

ただ。

自分としては評価は保留としたい。

なぜって?

あまりに、あまりにもハマり役すぎて、いま見ているのがキャラクターなのか、それともキャスト本人なのか、観劇素人の自分には判然としないから。

(これ、自分の中では笠智衆と同じ位置づけだ)

大竹しのぶアニーを演じたり、同じ劇団でいえば白永歩美ピーターパンを演るのとは、意味が違う。

『紅い花』ではプレ思春期の少年のいら立ちを、『盲人書簡』ではスケベなアホの子を、と、いろいろ打ち出しているのは分かる。

分かるけど、いずれも、まずは本人あっての効果であって。

このあと彼女は “月蝕きっての永遠の少年役” として存在感を増していくのだろうか。

それもアリだと思うけど。

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■慶徳優菜

『紅い花』キクチサヨコ役。

昭和の山村、思春期の少年の心に思い描くマドンナ

うん。もうずばり田舎のマドンナそのもの

だけど彼女の評価も保留。

理由は岬花音菜と同じで本人そのものだから。

その意味では、娼窟の妹と小林少年の想い人のほうが、本人のポテンシャルがよく分かる気がする。

そっちの方はというと、うん、悪くない。

ただ、これは自分の思い込みかもしれないけど。

なんというか彼女は “月蝕、次世代プリマドンナ育成枠” というのに完全に入っている気がする。

この直感が正しければ、それはおそらく本人の十分な資質と劇団の目算があってのことだろうけど。

なんかモヤっとする。ほかの新人も若手も、ひとしく頑張っている(ように見える)のに。

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はるのうらこ

なんというか、詩劇ライブのときは “ひかえめな、でもシャレのわかるおねーさん” というオモムキの彼女。

キーとなる配役のキャスティングが多いから、信頼の厚いキャストなんだろうな、という以上の認識はなかったんだけど。

(そしてそれは、ねじ式青年という大役を見ても動かなかったんだけど)

これが。

『盲人書簡』娼窟姉妹の姉役。実にすごい。

あのフワっとしたキャラが、女の嫌なところを全部集めて煮詰めたようなキャラクターに大変身。

慶徳優菜をサポートに娼窟パートカラーというか空気を完全に支配していた。

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あと、些細なことだけど。

キーアイテムとなるタバコチャイナドレスに入れ忘れたか、取り出せなくなったか。

取り出そうと悪戦苦闘して2秒。

見切りをつけてアタマの中でプロットを切り替えるのにコンマ2秒。

架空のタバコをふかして場面転換の決め台詞につなげるまでの時間の空費がわずか2.2秒。

はるの氏にとっては迷惑な賞賛かもしれないけど、ここの所作の切れ味に地味に鳥肌が立った。

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■宍倉暁子

彼女が登場すると、そこだけ別の照明があたってるようだった。

さらに今回の千本桜ホールより少し大きめの劇場向けにチューニングされた、よく通る発声。

今回集結した “夢のベテラン勢” の中では、彼女が出色だった。

彼女だけは気になって調べたら、舞台を中心にTV、映画と活躍の現役大ベテラン

たしかに分かる。

自分の外見と所作が人にどう見えるか、何十年にもわたって掘り下げていないと、ああは行かないと思う。

『紅い花』では漂泊の釣り人。すこし困り顔の茫漠とした旅客でありながら、マサジのカウンターパートとして要所を締める。

『盲人書簡』では軍人と密通する小林少年の母として、実に汚ならしい堕落した母親像を体現。

教科書的に言えば寺山修司の作品世界に通底するコンプレックスというかオブセッションというか、ともかく “その部分” を実に彼女一人で背負って担当していた。

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大久保千代太夫

今回最高の当たり役の一人。

犬丸は尾張織田と敵対している設定だけど、人物造形はおそらく美濃のマムシこと斎藤道三ベースだと思われ。

自分に襲いかかった刺客を手籠めにして側室にする一代の梟雄らしい悪太郎ぶりと、戦国武将の透徹した死生観が、もう全身からみなぎっていた。

『盲人書簡』の方は。

うーん、自分の中では “生ける舞台装置” としての黒い苦力(クーリー)の集団は、なんというか、全員が均質な筋肉質の没個性の集団だったんで、あの巨躯が逆にマイナスにはたらいた気がする。

こればっかりは、いたしかたなし。

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■小阪知子

影の殊勲者にして功労者

前説とカッパ相撲のときから(自分の見立てでは)この人は切れ者だろうな、と思ってたんだけど、今では確信に近い。

馬鹿をやる、それもビビッドに馬鹿をやれる人間は、なんというか、切れる。これは自分の持論。

自分が見るかぎりでは、月蝕歌劇団キャストベテラン高位職者(?)には2つのカテゴリがあって。

1つは白永歩美、岬花音菜のように “スタア” 役を仰せつかってスポットライトを浴びる職種。

もう1つは、前回公演の鈴乃月葉や今回の彼女のように “ひとり10役をこなしてストーリーラインを維持する” という重責の担当者

月蝕歌劇団は後者の高能力キャストがいないと成立しない。

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■若松真夢

薄い眉、暗く沈んだ眼。白永歩美が陽のビザールだとしたら、彼女は陰のビザール美人。

もっといろんなキャストで見てみたいと思った。できれば和装で。

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城之崎リアン

詩劇ライブのみに登場。OGか。

男装の貴公子然とした男装の貴公子。うん、貴公子

そりゃ、男女問わず固定ファンガッツリと付いたことは想像にかたくない。

問題は、貴公子以外にどんなキャストをやっていたのか、想像がしにくいことで。

もっと昔から見ていなかったことがくやまれる。

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■登利忌理生

前回の中村ナツ子に続き、今回の「なにものだ! このひと!」ワクに期待のダークホースが登場。

自分は茶髪に偏見があるようで、「えっとぉ、学校卒業の記念にぃ、オーディション受けちゃいましたー!」みたいなハスッパな外見と、そこから飛び出す恐ろしい長セリフと演技巧者ぶりのギャップに舌を巻いた。

本当に何者だ! と思って調べてみたけれど、月蝕以前の芸歴がまったく引っかからない。

あれか。学生演劇出身か。

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■音無ねむ

今は、まだ大部屋女優といった立ち位置

(たぶん。自分が調べた限りでは、まだ無名)

何者でもない。

何者にも、まだなっていない。

だけど、あの男に引けを取らない長身とキリっとしたマスクには、絶対に活きる使いみちがあるはず。

実際、『盲人書簡』の “新聞朗読笑い男” には何とも言えない味があった。

キャスティングの認識、間違ってないよね?)

陵南の田岡監督ふうにいえば、「体力や技術を身につけさせることはできる。だが、彼女をでかくすることはできない。立派な才能だ」ということ。

まずは、その長身を恥じるような猫背をやめて、胸郭を開いてまっすぐ立つところから、カンバレ!!

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J・A・シーザー(と音響)

ふむ。ふむふむ。

エンディング、こんな感じかにゃ? 間違ってるかもだけど。

(いま手元にGarage Bandしか無いんで大変)

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Bm....................BmM7(←Daugかも)

寺 の 坊 ん さ ん 根 性 が 悪 い

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Bm.............Bm........F#m..GM7

守 り 子 い な し て 門 し め る

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F#m.........Bm........F#m......Bm.E

ど し た い こ り ゃ き こ え た (か)

.

(間奏2+4小節)

E.................Bm.......Bm.......Bm.......Bm

+--------+--------+--------+--------+--------+--------+

.

Bm.......D/A...GM7..........Bm.D/A..E..

守 り が 憎 い と て 破 れ 傘 き せ て

.

Bm.......D.....GM7.......Fm#......GM7

か わ い が る 子 に 雨 や か か る

.

Fm#.........GM7.......Fm#......GM7

ど し た い こ り ゃ き こ え た か

.

(間奏4小節)(以下同じ)

.

※各コーラスの7、8小節目のメロディが元の民謡と違う。

 メジャーセブンに合わせて変えたか。

※地味に1コーラス目と2コーラス目以降でコード進行が違う。

 採譜するまで気が付かなった。

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えー、日本のニロ抜き音階(いわゆる田舎節)で作られた民謡/童謡に、7th、9thがタップリ乗ったモダンコードをあわせて。

さらに、それを流行りのリズムパターンに乗せると、こう、実にカッコいいニューエイジワールドミュージックになるのは皆さんご存知のとおり。

(今回はハードロックリズムビート

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こういう音楽はみんな大好き。ボクも大好き!

この種の音楽の嚆矢は自分が知る限りYMO(実質、坂本龍一)で、80年代ではあるけど、このスタイルが「教授(坂本)のパクリじゃ〜ん!」と言われなくなったのはEnigmaやDeep Forrestが日本でワサワサ紹介されて一般化した90年代のような感じがしていて。

(“姫神せんせいしょん” や喜多郎については、当時ノーマークだった自分に語る資格はない)

問題は、J・A・シーザー氏が、何故この時期にこの種のスタイルをぶつけてきたか、だ。

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  • ここで急遽訂正!!-------

本公演エンディングの『竹田の子守歌』はJ・A・シーザー氏の手になるものではないとの指摘がありました。

お詫びして、訂正します。

以下、上記の誤りを前提にした言及をカットします。

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でも、今回のエンディングが実にイイ感じだったことは確かで、これからもこの路線はアリなんじゃないか、と思った次第。

うん、自分に言えるのはそれだけ。

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最後に音響について。

なんか、今回の殺陣は斬撃の効果音タイミングがやたらと良かった。

何か条件が変わったんだろうか。

ただ、いつもながら思うのは、客席一番奥にコントロールブースを置かないで、それでもあのレベルの音響を維持できているのは、それ自体が奇跡に近いことだ。

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プロップ大道具の印象は前回と同じ。

ただ、生きている動物の仕込みはさぞかし苦労しただろうな、と。

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んー、今回の月蝕歌劇団はこんな感じでした。

全体としてどうなのかって?

うん、良いところもあれば、首をかしげるところもある。

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まずは。

自分はもともと聖子ちゃんキョンキョンのころから、それほどアイドルが好きではないので、フレッシュキャストライブ感、というのにはそれほど重きをおかない。

なので、(おそらくは)キャストのものに入れ込んでほしい、という劇団の方針には同意しかねる。

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しかしながら。

高取英氏の作品世界。これにはどーしても、どーしても不思議な引力を感じでしまう。

結果として、スケジュールが合って演目の印象が良ければ、これからも足を運ぶような、そんな感じがしている。

というあたりで。

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また機会があれば。

2017-11-24

[]増田で100ブクマ集められる確率

140本くらい増田を書けば1回くらいは100ブクマ集められるはず。

「『はてなアノニマスダイアリー』の人気エントリー」ページから順位ブクマ数を取得

ブクマ順位ブクマ上位%(参考値)備考
179540.00006%
252870.00013%
343300.00019%
440660.00026%
636350.00039%
829850.00052%
1228030.00078%
1824670.0012%
2620100.0017%
3818890.0025%
5516040.0036%
7914280.0051%
11412180.0074%
16410870.011%
2379440.015%
3418310.022%
4927290.032%
7086310.046%
10205390.066%
14694490.095%
21163790.14%
30473110.20%
43882510.28%
63191900.41%
91001320.59%
109201040.71%
13104760.85%
15725561.0%
22644341.5%
32608212.1%
46956123.0%
6761754.4%
8114035.2%
9736826.3%
14021019.1%
227079114.7%1usersの末尾
348888022.5%
15473980100%参考値・2017-11-24現存する増田エントリ

※ 消されたエントリも含めての順位なので総エントリ数を現存する増田エントリ数にするのは正しくないのだけど、他に数字がないのでそうする。なので上位%の値は参考値。

チャート https://imgur.com/XOMLYCj

その両対数https://imgur.com/mFdhLNH

ブクマ数100を越えたあたりからブクマ数を伸ばす難易度が一段上がるようだ

データの取り方

昨日増田新着エントリーeid順をプロットしてみたけれど、人気順(count順)のデータも同じ仕組みで取れるなと思って取得。ブクマをいくつ集めると上位何パーセント位置することになるのかを見てみた。

http://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=count&url=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F&of=(順位数字-1) で順位数字指数関数的に増やしていき、そのブクマ数を取得した。

アニメ駄作だけど原作は名作』みたいな作品って存在しなくね?

https://anond.hatelabo.jp/20171122161058

結局駄作アニメ原作って大抵原作レベルからクソつまんなくて、

原作では極少数の信者ゴリ押してただけだったっていうのがアニメ化を期に露呈してるだけだよね

プロットレベルからボロボロなのをアニメスタッフのせいにしないでほしいよ

例えばエロゲアニメが大抵つまんないのとかエロゲオタは映像化しにくいジャンルから~って言い訳してるけど

実際ジャンル自体がクソつまんないだけだよね

2017-11-20

夢中になれそうなもの候補を書きなぐった

2017-11-18

どうしたら同人活動もっと楽しめるのか

イベント

プロット考える→いいネタ思いついた!楽しい!最高!本にしたい!

同人誌を描いてる間→死ぬほど楽しい!今度こそ絶対面白い本にしてみせる!楽しい

同人誌を何部刷るか考える→楽しくない、憂鬱

同人誌入稿一歩手前→あ〜〜〜殺してくれ〜〜〜〜恥ずかしい〜〜〜〜〜こんなもの〜〜〜〜〜あぁ・・・・・何これ・・・・でも締切が・・・もう破り捨てたい

入稿後→もう知らん 全部忘れたい

サンプルおしながき作る→楽しい!まるで面白い本みたいに見えるぞ!でも実際は・・・詐欺じゃんか・・・あぁ〜〜〜

・買う本チェック→楽しい〜〜これ買うために生きてる〜〜〜〜〜


イベント当日

・会場向かう→どうせぼっちだし死にたい

自分同人誌を読む→恥ずかしさと稚拙さがひどい、何がしたかったのか分からない、意味不明、辛い、恥ずかしい

・その自分同人誌を売る→ネット情報見て来てくれたのかな、嬉しいな、期待はずれかもしれない、本当にごめんなさい、買ってくれてありがとう、ごめんなさい、恥ずかしい

・人の同人誌買いに行く→あー最高!楽しい!みんなこのジャンルにいてくれてありがとう!愛してる!

・1人でスペースに座る→もう人来ないだろ、暇、虚しい、悲しい、帰りたい

イベント帰り→あんな本を売ってしまった・・・もう誰かにまれてるかもしれない、恥ずかしくて消えてしまいたい、ごめんなさい、もうイベント出たくない、死にたい


後日

・人の本を読む→最高、なんでみんなこんなにサラッと面白くてクオリティ高いもの描けるのか分からん特に良かった本に感想送る

同人誌感想をもらう→死ぬほど嬉しい、スクショとって眺める、返信考えるのに丸2日くらいかかってしまう、死ぬほど無難な返信しか出来なくて死にたい



ずっとこんな感じ

もっと最初から最後まで楽しみたいんだけどどうすればいいの

友達かいたらもっと楽しいの?

2017-11-12

anond:20171112125506

パーツパーツはウシジマくんリアルだよ。

プロットはめちゃくちゃだけど。

2017-11-02

今年のゴールデンウィーク明けから増田投稿が急増、さら9月下旬から再加速してた

anond:20171026231325データを500ページごとに取り直した版を使って1日あたりの投稿数をプロットしてみたのだけど、今年に入ってからの急増具合が尋常じゃないのね。もちろん古いエントリは消されて減ってるというのもあるだろうけどそれでも。

https://imgur.com/7RWMZ08

2017年に入ってからを100ページごとの速度で見てみると、

https://imgur.com/YYlx7iy

今年のゴールデンウィーク明けから増田投稿が急増して500〜700ポスト/日に、さら9月下旬から1000ポスト/日以上に再加速してる。1700ポスト/日以上に達した期間もある。

9月4日言及するボタンなど増田UIが変更されたことの影響が大きいのだろうか。

世間的には9月25日衆議院解散宣言が大きな出来事だろうが、それよりは若干前から急激に伸びている。鍵のレスキューとかマチコンとか文化の盗用とかに昔のネットとか人を楽しませたいとかに多くトラバが付いていた20ちょっと前くらいから。

なんじゃこりゃ?

2017-10-26

anond:20171026214158

100ページずつ(あるいは1000ページずつがベターかも知らんが)ページを進めて、そのページのトップに来た日記投稿年月日を取得してプロットしてみたらどう。

2017-10-22

[]

今回は少年ジャンプ+

ギャグ七味

7つのショートショート作風が窺えるのは、それを作者自身がモノにしていることの証左だね。

ただ、テーマ自体は昔話をモチーフにしたものとか、ほとんど紋切り型

作風の特徴として、「ツッコミを詳細に」っていうのが傾向としてある。

これ自体ボキャブラリーを工夫しているのは良いと思うんだけれども、これが使われるときってネタのものに自信がない時だって感じることが多いんだよね。

例えるなら、ネクタイを着けている人が目の前にいたら、「ネクタイ首にかけているー! かけ方はウィンザーノットだー!」みたいな。

ツッコミ原則ボケ理解させて盛り上げ、面白さを向上させるためのものだと思うので、ネタのものが弱かったらダメだと思う。

なのでツッコミがほぼない6話とかはちゃんとネタが出来ているのかなあ、と。


ファイアパンチ 72話

相変わらずアクション面での描写は、お世辞にも上手くないなあ。

躍動感がないし、何をやってるか絵で分かりにくいのに、説明もしないから。

構図は所々キマっているから、何だかすごい勿体ない。

名も無きモブキャラでも、それなりにプロフェッショナル感を出させるセリフ運びや演出はいいんだけどなあ。


道端に咲く/2017年9月ブロンズルーキー

終始、絵を丁寧に描いているのは良い。

すごく頑張って描いているってのが伝わってくる。

反面、テーマに対してプロットがとっ散らかっていて、コマ割もセリフもごちゃごちゃしている。

そのコマも常にキャラフキダシ、セリフがびっしりしててページ全体が窮屈。

演出意図メリハリ大事なわけで、“ココ”っていう場面ではコマも構図もキメないから、スポーツ部分での描写説得力があまりない。

主人公先生に対する恋慕を演出したいなら一つのコマ、ページはあえて情報量を少なくすることで、人物描写のものを強調するだとかしたほうがいいんじゃないかなあ。

主人公青春モノとして見るにしても、スポーツモノとして見るにしても、その両方を合わせたモノとして見るにしてもビミョーという印象。

他の9月ブロンズルーキー賞の作品についても感想書こうと思ったけれども、良くも悪くも特に何も言うことはないって感じ。

ワンアイデアと目を引くキャラがいればそれなりに体裁は取れるけど、その手法自体はもう大なり小なり既存漫画がやっているわけで、そこから更に読者を引き付けてそのまま離さな地力があるかっていうと、別にそれほどでもないと思ったし。

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