はてなキーワード: 乞食とは
11/15のX利用規約改訂における「AI学習」にまつわる問題で、ここ1ヶ月ほどずっと
の争いや混乱を眺めてきた。
ただクオリティの高い絵が流れてくるTLを見て時々イラストを投稿したかっただけなのに、そんな宗教戦争(もうこう形容するしかない)に巻き込まれてきた。
そこで気づいたことがある。
だって、定型はインターネットお絵描きにもAIが抱える問題にもクソほど興味ないんだから。TikTokとかmeituとかchatGPTで無邪気に遊んでるぐらいだし。
程よい距離を取れずネットに張り付いてる奴はもれなく精神に何かしら障害を抱えてると言わざるを得ない。
今回の件でも比較的冷静に判断して対処してた勢力はみんな売れてるし、コミュニケーションも取れて業界内外の人脈形成にも成功していて、事務作業能力もコンプラ意識もある、定型寄りの人たちだ。
一応ファンアート程度は描く絵描きだと自分のことを思っている。
そして最初は絵師を応援したかったし、AIイラストは疎ましかったが今は登場人物全員憎い状態になっている。
人間という生き物の醜悪さを今回嫌というほど再認識させられた。
元々私はレスバの空気に精神を影響されやすい。自分のメンタルを管理できない。だから診断が下るのだ。
ASDでHSP気質のINFP(たまにINTPになる)の人間に対戦型SNSは向いてなかった。だが、怒りには中毒性があり無意識に時間を取られて追ってしまう。
目を離してる隙に議論が進み、公開アカウントを叩かれてたらどうしようと気になって仕方なくなり、14〜17日は風呂キャン飯キャン寝落ちの生活が余儀なく続いた。お陰でこの数日間で1.5キロ体重が落ちた。
他責思考だが、自分で絵を描くモチベーションもこいつらに食われてしまった。
今回特に目立ったのは「前々から危惧されていた絵師の社会性なさ」「技術職のサイコパス加減」「AIを頭ごなしに非難してインプを稼いだりファンネルを飛ばしてくる反AIの厄介さ」「全勢力におけるとにかくただ乗りしたい乞食精神」である。
これのせいで、どんな絵を見ても「ウォーターマークとノイズ如きで対策できた気になってるの馬鹿じゃないの」「逃げるな卑怯者」「対策の一つもしないなんて随分呑気に危機感も持たずご自身の作品を蔑ろにしてるんですね」「結局こいつらも身内から村八分にされたくないだけだろ」「お前は3D素材とか使わないんか?なんならこっそりAI補正してんだろ」という感情が同時に発生するようになってしまった。
自分は権利侵害(二次創作とそれによる収益発生、画像リプ、MAD視聴、クソコラ、否認可のスクショ掲載他)をしておきながら自分の権利だけ振り翳す絵師軍団をダブスタと罵っていたが、私も変わらないじゃないか。
まぁ、そもそもこれらはAI関係なく人の手によって昔から起きてた問題でもあるんだから、結局人間が悪いんだが。
先ほども言ったが、この状態は軽く鬱に片足突っ込んでる気がする。非常に良くない。
人の心がわからない。
なんでも正論で返して人を傷つける。
何をしたら人が傷つくかわからない。
パターンから外れたことを人や周りがしてくると混乱して発狂する。
プライドが高くてごめんなさいが言えない。
なお、エンジニアには調整能力や交渉能力のような営業職じみたスキルが求められるため、キラキラ陽キャ定型の方が向いている。ここで指す技術屋(反曰くテックカス)はプログラマーのことを言う。
確かにプログラマーの人間なら人脈がなくてもクリエイターごっこできる、ポチポチプロンプトを入力する作業が肌に合ってるんだから生成AIにハマるよな。
その場の衝動ですぐに行動していつも後悔する。
それ故の対人トラブルが多い。
都合に合わせて主張をコロコロ変える。
泣けば誰か助けてくれると思ってる。
プライドが高くてごめんなさいが言えない。
そのわりに統率が取れてないのですぐ瓦解する。
まるで美術部や漫研に属する中学生女子みたいなメンタリティだ。そのまま大人になってしまったのが哀れで仕方ない。
どっちも社会性に欠けており、わがままで自分の思うように事が動かないと癇癪を起こしてしまうのは共通している。
そしてリアルの友人や家族よりフォロワーになってる。フォロワーなんてただ見てるだけの存在で内心何考えてるかわからないんなんだから信じること自体野暮だろう。
きっと現実世界で愛されなかったからここにいるんだね。居場所、奪われたくないもんね
あとこれは推測だが家庭環境に恵まれていない人がTwitterにハマり、ネットで絵を上げることにハマりやすい傾向にある気がする。今回の登場人物、育ちの時点でロクでもないのでは?
ASDとADHDは相互補完で良ペアになるかと思いきや、相互の特性が干渉してうまくいかないことが多い。
今回もそれなのではないか?
私は絵垢とは別のでこれらのことをやんわりと、時には感情の赴くままダイレクトに中立寄りとして言及してきた。
そして反AI過激派勢力(赤枠アイコン系)に集団ブロックされたり、時には本垢やblueskyにまで追いかけられたり、5ちゃんねるのヲチスレに晒されたりした。話を聞く限り赤アイコン連中のブロック監視リストに入れられてるらしい。
曰く、中立派は多少たりとも現行のAIに悪感情を持ってないようであればいくらでも叩き潰していいし、どちらの味方もしないクソコウモリ野郎だから話を聞く価値もないとのことで反AI勢力は誹謗中傷しまくってるがお前ら目的間違えてないか?
倒すべき相手は違法に取り入れたデータを学習し生成させているAI系企業であって、その辺でなんか喚いてる一般人ではない。分かってるのに何故根本解決に動くよりも、何も得られないレスバに力を注ぐんだ。
ここを見れば各々がどんな主張をしているか嫌でもわかると思う。
正直、両者の主張も理解できるし言い過ぎだと思う。
https://itest.5ch.net/mevius/test/read.cgi/illustrator/1731757051/
【Nore more 生成AI】画像生成AI信者ヲチスレ_130【AI○○】
https://itest.5ch.net/lavender/test/read.cgi/net/1731727015/
(いずれも2024/11/18時点)
人間丸ごと嫌いだ。
どいつもこいつも自分のことしか考えてなくて、他人のこと踏み台にして、都合のいい解釈をして、根本的な解決よりも気に入らない人間を叩き潰すことの方に本能的に精が出てしまう。
反AIはAIさえなければこんなことにはならなかったと言うが、そもそも人間さえいなければ争いは起こらなかったのではないか?
まどろっこしい。
こんな醜悪な生き物をこれ以上この世に解き放つな。
そんなことを人間が作った建物の中で、人間と契約した賃貸で、人間が作った服を着て、人間が作ったスマホを介して、人間が繋いだネットワークを利用して、人間が作ったコミュニケーションサービスやイラストのことを考えながら一応人間が思って書き込んだりする。
どの派閥においても、人間の汚い部分が見え隠れしてて嫌になる。
だったら全員死んでくれ。推進派も反AIもリテラシー皆無なクリエイターもまともなことやってるつもりの一般人も何もかも全員。
こんな自分が嫌になる。
学生の時の同級生から、「売ったら術が使えるようになった。あんたもやれば?」と言われた。
彼女といると、ことごとく気分が悪くなる。
悪い事ばかりが起きるし、楽しいデイズニーでさえも気分が壊れる。
なので関わらない様にしてきた。
なぜか、また会うようになる。
ある日、顔を売ったらしく、両手で覆っていたけど人間の顔ではなかった。
ちかくにいた従業員さんも見ていて、「化け物!」と叫んでいた。
すぐに、人間の顔に戻ったけど、獣の顔をしていた。
異様な妖気を発しているから、周りの人は避けるようにいなくなった。
デイズニーに行った時、入場規制で止められた。
髪は中途半端に染まっていて、白髪が伸びた状態。服は破れたシャツにズボン。貧乏神にしか見えない。
パーク内で、服を買って着替えることを条件に入場できた。
でも服は買わず、着替えもしない。
あちこちで呼び止めらられる。
夜になって、月明かりを頼りに歩いていたら、彼女の影は映っていなかった。
お店の人に、「身内の方ですか?」と言われて否定した。
同じ年なのに、介護をしていると間違われる。
離婚するらしい。
彼女から「一緒に住んでくれない?」と言われて、即答で断った。
関わる人は皆暗示にかかる。
不動産屋は、長い間家探しの協力をしている。
私は引っ越しをして、住所は教えていない。
以前息子が代わりに電話をかけてきたことがあったから、知らない番号は一切出ない。
やっと縁が切れた。
二度と関わらない。
それな
世帯総収入が年収890万~920万円を超えるまでは『受益超過』、所得がそれ以下の世帯はいわば『社会のお荷物』
最近の個人勢VTuberと出稼ぎ風俗嬢って、ちょーっと似てない?
どっちもさ、すぐ他人のせいにして辞めるよね。
私さ、前ちょっとだけ個人勢ブイチューバーやってた時期あるの。登録者伸びない、配信盛り上がらない、全部リスナーのせいにして辞めた。
わかる?この感じ。
風俗嬢もさ、ちょっと客層悪いとか、店のシステムが合わないとか、すぐ辞めるじゃん?
結局どっちも自分の努力不足を棚に上げて環境のせいにして逃げてるだけなんだよね
努力できない奴らが他責思考で簡単に辞める、マジでその神経が理解できないんだけど。努力もせずに金稼ごうとか甘いんだよ。
世の中そんな甘くないっていい加減気づけよ。ってかさ、そもそも簡単に投げ出す奴が何やっても成功しないっていい加減気づけ。
私も最初はさ、VTuberの配信見て「私もやれば人気出るかも!」とか思ってたけど大間違いだったわ。才能ない奴は何やっても無理。
風俗嬢も同じでしょ。ちょっと容姿が良いからって簡単に稼げると思って風俗来るけど、結局メンタル弱くて続かない。
自分に甘い奴ってほんと無理。努力しないで文句ばっかり言う奴とか視界に入れたくない。SNSで愚痴って同情買おうとしてるのもマジでイタい。
努力もせずに金だけもらおうとするとか図々しいにも程がある。
結局、何やっても中途半端で続かない奴ってどこ行っても無理なんだよ。
乞食が喚いてるだけで草
Xの規約変更だとか、ウォーターマークとか、いろいろ目に入ってくるが結局の発端は「生成AI」だろう。
なのでここから先、どれだけ読んでもらっても「生成AIを滅ぼす方法」を求めている方のご期待には添えない。
これはあくまでも、絵師界隈で生計を立てていきたいが、生成AIが存在するこれから先の未来に不安を抱いている絵師に向けたものであり。
小説家界隈に住む私が、実際にイラストを勉強する過程で感じた二つの界隈の違いを言語化し、それを元に考察した一つの提言を届けたい。そういう趣旨のものだ。
これから先、イラストで食べていくことに不安があるのなら「オリジナルキャラクターを作れ」。
ただ単にオリジナルのイラストを量産せよ、という意味ではない。
あなたの頭の中にある「キャラクター」を絵という形で出力し、世間に認知させ、あなたではない第三者がそのキャラクターのイラストを描くようになることを目指す。という意味だ。
乱暴な言い方をするなら「絵を描かされる側から、絵を描かせる側にシフトすることを意識しろ」といった感じだろうか。
Vtuberのママ(キャラクターデザイン)を想像してみてほしい。
だいたいあんな感じの立ち位置が、私の想像力の範囲で今後も生き残っていける絵師の一つの形だと思っている。
なぜ、絵師はオリジナルキャラを作るべきなのか。その理屈を語る前に確認したい。
絵師界隈の方々は「同じクリエイターなのに、どうして小説家界隈はあんなにも生成AIに対する反応が薄いんだ?」と思ったことはないだろうか?
むしろ小説生成AIの方が、イラスト生成AIより先に世に出ているはずだ。
だが、実態として小説生成AIに対し、敵意や危機感を抱いている小説家は少数派だろう。
ではなぜ、小説家界隈が生成AIに対して他人事のようなスタンスになりがちなのか。
(以後、市場や、顧客、マネタイズシステム全てを包含した『社会』という主語を用いて記述する。)
そして、私が見るに絵師も小説家も、大多数がこの両界隈の違いに気づいていない。
その違いは
『社会』は小説家には「作品」を求め、絵師に対して「技術」を求めている。
この一点に尽きる。
誤解を恐れずに言えば、『社会』は絵師に対してほとんどの場合「作品」を求めていない。
絵師界隈のトップレベルの方々は、おそらくこの違いを認識しているように見受けられるが、逆にトップクラス以外の領域では認識していない人の方が多数派。というのが私の所感だ。
(一方で小説家界隈はトップクラス層もこの違いを認識していない人の方が多数派だと思っている。というか、クリエイターは全業界で「作品」重視で活動していると認識してそうな気がする。)
この違いがどういうことか、わかりやすい事例をあげよう。
例えば、ある無名の絵師がイラストコンクールで最優秀に輝いたとしよう。
その絵師は名声と得て、イラストの依頼が殺到するかもしれないし、あるいは協賛企業から何かしらの商業イラストを描く契約を結ぶかもしれない。
だが、肝心の『最優秀賞に輝いた絵』そのものがマネタイズの中心にはならないと思う。
あってせいぜい、短期的な限定グッズのデザインになる程度のはず。
おそらく絵師側も最初から「その絵」で稼ごうとは思っていないはずだ。
だが、小説界隈は違う。
企業も、小説家本人も、基本的には「その小説」で稼ごうとする。
2003年にスニーカー大賞に選ばれた『涼宮ハルヒの憂鬱』は、2024年現在も市場に流通し続けているのが代表的な事例だ。
受賞した作品を脇に置いて、その出版社の編集が提案した全く別の小説を書かせる。というのは無いとは言わないが、そういう流れになると小説家側からはあまりいい印象は持たれないだろう。
つまり、同じ賞レースでも絵師界隈は「技術を持った人」を探し、小説界隈では「作品」を探している。というのがなんとなく伝わったはずだ。
「金を出すから自分の代わりに理想の絵を描いてくれ」が絵師と『社会』の関係の主流で
「印刷、流通を代わりにするから、その売り上げの一部をわけてくれ」が小説家と『社会』の関係の主流なのだ。)
つまり、『社会』が絵師に求めているのは代筆能力という「技術」であり、「作品」は依頼者の頭の中にある物を指すのだ。
さて、ここまでで絵は「技術」が求められ、小説は「作品」が求められている、というのは理解してもらえたと思う。
ここで一旦、生成AIの話に戻そう。
『現行の(少なくとも日本国の)著作権法は「作品」を保護してくれているから』に他ならない。
また一つ具体的な事例を挙げよう。
かつて、「ハリーポッター」シリーズを学習したAIにオリジナルの「ハリーポッター」シリーズの新作を書かせる。という試みが海外で行われたことがある。悪意ある第三者がこれと同じことをしたとしよう。
もしその第三者が「ハリーポッターシリーズの新作」と銘打ってソレを売り出せば、著作権法は容赦なくこの第三者を断罪する。
では、それを避けるためにキャラクターの名前をオリジナルに変え、タイトルもオリジナルのものに変えて販売したならどうか。
ソレは「よく似た別の作品」の一つになり下がるだけだ。
書いたのがAIであろうと、人間であろうと重要視されるのは「作品」だから、そこの模倣がされない限りは脅威になりえない。というのが小説界隈の人が意識的にしろ、無意識的にしろ生成AIに対して抱いている感情だろう。
むしろ、広く開かれて文化の発展に寄与するべき。というのが基本スタンスだ。
「技術」をお金にしている絵師界隈からすればたまったものではないだろうが、これが実情だ。
「技術」の保護に舵を切るなら、それは著作権法ではなく特許法の領分になるが、特許の理念は「知財でビジネスを支援すること」なので、おそらく企業と繋がりのないアマチュア絵師は生成AIユーザー以上に苦しむことになると思う。
これまでの話を統括すると
・現代の絵師は「技術」を求められ、肝心の「作品」は依頼者の頭の中にある。
・現行の著作権法はその「技術」を保護していないし、「技術」の保護はアマチュアに優しくない。
これから先、代筆家として誰かのために絵を描くという「技術」を売る領域は生成AIに食い荒らされるだろう。
そんな未来でも絵師として生き残りたいのなら、依頼者の頭の中にある「作品」ではなく、あなたの頭の中にある「作品」を生み出すことを考えるのが良いのではないか。
という話だ。
企業依頼でPRキャラを描くという現行の関係性から、企業が「自社製品をあなたのオリキャラに使わせてください」みたいな関係になるのが、そこそこいい感じの未来予想図だと思わないだろうか?
仮に企業がお金をケチって生成AIでそのオリキャラを勝手に使えば、容赦なく著作権法で断罪できる関係性になる。
(他に思いつくのは、大昔のゴッホだ、フェルメールだの時代のように一枚一枚の絵そのものを「作品」として『社会』に売りつけて生計を立てる道。あるいは自分自身を「作品」にしてパトロンから庇護を受けて好きに絵を描く道、あたりか。現代で言えば、前者は同人誌即売会でイラスト集を売っている人たちで、後者はお絵描き系配信者としてファンの投げ銭で生計を立てつつ、絵を描いている人達だろうか。)
逆に、このことに気づかず、「技術」を守ることに執心し続けると、どこかでとんでもないことになるのではないか。私はそう思っている。
絵師界隈で育った人達は気づいていないかもしれないが、小説家界隈で育った私から見て、あなた達が確立している「技術の体系化と共有」の文化は素晴らしいものなのだ。
YouTubeでは多くの絵師がプロアマ問わず、自らの技法を公開しているし、有償の場になれば更に本格的かつ専門的な技術を共有しあっている。
おそらく『社会』が絵師に「技術」を求めていたからこそ、惜しげもなく場と資産を提供していたことで出来あがった土壌だろう。
無数の技術が公開されているから、その中で自分好みのものを取捨選択し、組み合わせることで理想の個性を形成できる。
私のような「最初から絵のプロになる気が無い人間」にも成長の手順が提示されているのは、非情にありがたかった。
ここからは、若干小説界隈のネガティブな内容に触れるのだが、ご了承いただきたい。
(しかも生産性がない話なので、絵師界隈の方はここから先を無理に読む必要はない。
ただ、この先の話を読んでくれた絵師から、こういう界隈の中で私はどうやっていくと良いか、そういう意見を貰えたら嬉しい。)
例えば炎の熱さを表現するにあたり、絵ならば「暖色の与える印象の理論」だとか「ぼかしによる蜃気楼の技術」といったものがあり、ある程度体系化、共有された技術があるはずだ。
だが、小説家界隈ではそういった表現技術を「作家の個性」として、共有せずに個人のものへと抱え込む道に発展してきた。発展してしまった。
我々は百の作家がいれば、百人が別々の言葉で炎を描写し、実際にどれが最も読者に熱さを感じさせられる表現だったのかを検証しなかったのだ。
我々小説家は今日も、読者が本当に熱を感じてくれるのかわからずに炎を描いているし、可愛さがちゃんと伝わっているかわからずに美少女を描いている。
「技術」を体系化しなかった、というのはつまりこういうことだ。
では「技術」を語らない小説家界隈が新人達に何を語っているのか。
それは「作品の作り方」だ。
現在、小説家界隈で新人達に向けて語られているのはおおよそ上記の要素であり、それらをまとめると「作品の作り方」となると思う。
これもまた絵に例えるなら
「ラフ、下書き、清書の順番で書くと良い」とか、「線画と塗りは別レイヤーに分けたほうが良い」とか、そういうレベルの内容だと思ってくれていい。
それを十数年以上、場所を変え人を変えこんこんと語り続けている。
SNSで無数の新人作家たちに向けて情報発信をしている高名な小説家達も
「自分達が教えられるのはいわば『就活の履歴書の正しい書き方』だけだ。その内容は個々人で書くしかない」
みたいなことを常々言っている。
(で、まあ「特定の効果を与える技術」ではなく「作品を作品たらしめる作法」という名目なもんだから「not for me」の概念が適応されにくく、「正しい」「間違い」で定期的に燃えている。)
つまり、小説家界隈は「作品を完成させる」ことを教えることが主流であり、その質を技術によって高めることには非常に無頓着なのだ。
私の推測だが、これは絵とは逆方向の『社会』からの圧力と発展によるものだろう。
絵師には「技術」を求める以上、まぐれではダメだ。再現性がなければお金にはならない。
極論だが、出来が良ければまぐれでもお金にできる。そのまぐれの一つを拾い上げて市場に売り出せばいい。
だから『社会』はできるだけ多くの「作品」が出来上がる環境作りを自然と行ったのだろう。
「作家を作る」ことは頑張るが、「作家を育てる」ことはしない。
「プロになるつもりはないが、もっと上手くなりたい」という人間に対しても、絵師界隈の先達は「技術」を提供し、成長の道筋を照らしてくれる。
だが、小説家界隈では「プロになる気がないのなら、あなたの好きに書けばいい」の一言で終わる。
私のような無才な人間からすると、暗闇を手探りで歩くような感覚だった。
まあ、小説家界隈が無才に厳しいだけなら良いのだが、最近この界隈の「作品重視」の傾向が業界全体の問題として表面化してきているように思う。
その問題とは、端的に言うと「作品が増えすぎた」ということだ。
「小説家になろう」では毎年開かれているネット小説大賞という賞レースがある。
2013年に開かれた第一回では応募作は「1,135作品」だった。
これが五年後の第六回では応募作はほぼ10倍の「10,156作品」になった。
そして、今年の第十二回に応募された作品は「20,826作品」と、その数は恐るべきペースで増えている。
一般の新人賞公募と違って、小説投稿サイト主催の賞レースは過去に落選した作品も全て再応募する作者は少なくないからだ。なのでおそらく「作家」の増加数はこれほど極端ではないと思う。
だが、この仕組みと過去作を再応募し続ける風潮こそ、小説家界隈が「技術」を軽視していることの証左であり、問題の根源だ。
賞レースの選考員は一万以上の無数の石の中に隠れた玉を探すわけだが、さっきも言ったように、ネット小説の賞レースは過去に落選した作品も継続して応募されている。
つまり、玉と石の比率が一定ではない。拾い上げられた玉は減るが、石はそのまま翌年、また翌年と残り続ける。
そうなると、単純に選考員の負担が年々増えていくのは想像できるだろう。
ただでさえ、小説は受けての時間を奪う媒体だ。短編でも一作につき五分から十分。長編なら余裕で一作一時間を超える。
選考員を増やせば個人単位の負担は軽減されるだろう。だが、人を増やせば今度は運営の出資が増える。
必ずどこかしらが負担を負うことになる。
そして多分だが、小説家界隈……というかネット小説業界は、このリソースの限界をとうの昔に迎えてしまっている。
だが、玉探しに必要な労力は年々増え続けている。
ならば、別の所で手を抜いて調整するしかない。
連載継続するかどうか早めに決めよう。
といったふうに。
ざっくり言うと「プロ作家のサポートにかかる労力を削る道」も考えられる一つだ。
私の未来予測では、今後も出版社側の玉探しの労力は増加し続け、それと負の相関に基づいて出版社からプロ作家へのサポートの質は低下し続けるだろう。
作家が出版社を信頼しなくなれば、出版社は心置きなく作家を使い捨てられるようになる。
これを 『才能の狩猟社会』みたいなことを誰かが言っていた。希望の無い話だ。
「技術」を『個々人の個性』として体系化せず、共有しなかった小説家界隈。
「作品」を完成させることだけを重視し、質より量を推し進めた小説家界隈。
これはその一部で実現しつつある最悪の未来予想だ。
一次、二次で短編小説を趣味でやってて、アイデアまとめが苦手だからClaudeを酷使してる身だけど絵師様(笑)には「自分の絵には大騒ぎする癖にDeeplやChatGPTに文章が食われてた事に全く声上げなかったよね、同じ創作物なのに」「二次創作でファンボ乞食やってるお前が言えたセリフ?」という目をずっと向けてきた。
ニーメラーの「私の為に声を上げる者は〜」を地で行くのにはビビる。もちろん個人狙い撃ちLoraだったりわざと本人にそれを見せびらかしに行くのはどうかと思うが……。
しかしエントリにもあるけど絵師って生成AIを実際に使ってるユーザー以上に神格化してるのが一番面白い。実際に使うと分かるけど全然そんなことないのにね。
推しの子はジャンプラで無料乞食して流し読みしてただけだから内容に対して正確な評価はできないんだけど、今回こんなに燃えてるのは集英社のせいだと思った。
というのも推しの子自体がこんなに注目される作品になったのって集英社の売り出し方がここ数年でめちゃくちゃ上手くなってるからであって、国民的注目を集めるレベルにない漫画が過剰に人気になってる現状があると思う。
匿名なのをいいことに言わせてもらうが漫画は週刊少年ジャンプが絶対的な一軍、野球で言えばWBCの日本代表とかそのレベルの存在であってその他の媒体の集英社の漫画はヤングジャンプ然りジャンプラ然りというのは2軍、よくて1.5軍の存在でしかない。
最近ジャンプラ出身で跳ねた地獄楽とかスパイファミリーとか怪獣8号とかの作品が鬼滅の刃と互角では無いというのは肌感で感じてる人はそれなりにいるんじゃないだろうか。
そういった作品に対して集英社はバカの一つ覚えみたいに渋谷をジャックし、OPに流行りのアーティストを使い、これまた渋谷で展示会をしている。
呪術廻戦とかにはこの売り出し方は良かったと思うが推しの子は作品としての格が足りてなかったように思う。
面白いか面白くないかで言えばもちろん面白い作品だったが小学生がOPを口ずさむほどの国民的注目を受けることに耐えられる作品かと言われたらNOだったというのが今回の炎上の本質的な部分ではなかろうか。
集英社の販促が上手になり過ぎた結果、本来その俎上に乗るべきではなかった作品が乗っかることができてしまうようになった。これから全く同じ燃え方する作品何個かは出てくると思うわ。