「センス・オブ・ワンダー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: センス・オブ・ワンダーとは

2021-04-22

チョコプラセンス・オブ・ワンダーを歌ってる動画を見たんだけど、芸人って演技の演技をしてる感じがなんで出てくるんだろうね。コントのノリでカメラに映るからだろうなあ。そう考えるとネプチューン原田泰造はもう芸人というよりすっかり役者だと思う。

2021-03-10

anond:20210309175404

敢えてキツいこと書くけど、

現実を見てないのは庵野氏の方なのではないのかなあ、

と俺は思ってるんだけど

まあ、自分は未見なんで勘違いしているのかもしれんけど…

というか、宮崎駿氏にしても坂本龍一氏にしても安易に、原発なくせ、だの「たか電気」だの、

人類なんか滅びちゃえばいいんです、だの、コンピュータとかゲームは頭がおかしい人が作ったもんなんです、だの、

マクロスアクエリオン河森正治氏も地球少女アルジュナみたいなエコロハスでスピな新興宗教アニメ?みたいなの作っちゃうし、

そういうのにどことな違和感を感じることがあったのだけど

例えば、オネアミスとかロケットの話だけど、やっぱり庵野氏というかガイナックスというかアニメーターなわけで、

自分のような理系視点から見た宇宙ロケットの壮大さに対する感動とは同じようで異なっているのではないか

まり、彼らは理系というより文系視点というか、センス・オブ・ワンダーなところに惹かれているのであって、

からピラミッドのレンガを積み上げるような泥臭い本当の開発現場感が、

アニメーターはアニメ制作に関しては当然あるのだろうけど、別の世界のそういう地に足のついた視点には欠けていて、

というのも、リアル研究や開発を脚色なく描いてもドラマがないというか物語として面白くなくなる可能性がある

まり天才的な科学者とか理系女性が登場したり、こんなこともあろうかとミラクル超兵器がいつの間にか登場したり、

実際の研究や開発は、たしか歴史的天才偉人と呼ぶべき人々も存在するのだけれど、

ほとんどは凡人、サラリーマンの集合であって、地味でつまらない日々の仕事ベースになっていると自分は思っていて、

ちょっとした思いつきや閃きで壮大な宇宙艦隊戦の形勢が逆転したりとか、そんなことはありえないと思うのです

三国志だってフィクションを多く含むはずです

でも、リアルすぎる研究や開発、リアルすぎる戦争を描いても面白くならない

からビジュアルとして美しい部分だけを切り取るのはアニメというか映像を作る側としては当然の選択なわけです

しかし、敢えてキツい言い方をするなら、アニメ作ってる人もスタジオの中に閉じ込もって、その世界しか知らないのではないか

恐れ多いのだけど、宮崎駿だってから晩までスタジオにこもってアニメを作ってる

もちろん、通勤の途中に障害のある人に出会って云々みたいな話もあった気がするのだけど、

でも、これは個人思想とか価値観問題でもあるのかなあ、

電気なくても構わないか原発なくせみたいな主張をされても、電気なければアニメは作れない、作曲や録音もできない、

アルジュナには水中分娩の話があるらしいけど、なんの資格もない助産師が水中分娩をさせて死亡事故が起きたりしてたと思うのだけど、

まあ、理系でも同じなのかなあ、現代社会に疲れてるのかなあ、

そういった左翼的というか、極端な自然回帰というか、そういったエコロハススピリチュアルなのに走っていってしまうのは

そういえば最近だと膣にパワーストーンだのジェムリンガだのもあったけど、膣の声に従って、仕事辞めて、孤島に集まってしまうとか、

SFというか、どちらかというとSF寄りのファンタジーを描いてる人たちってオウムみたいなのと親和性がある気がするんだよなあ

SF寄りのファンタジーって何のことを言ってるのかというと、スターウォーズ、そしてガンダムのことだったりするのだけど、

宇宙宇宙船が登場してるけど、一方で超能力とか、それが宇宙空間で開花するとか、

こういった話はLSDとかアイソレーションタンクとかアルタード・ステーツとか、ジョン・C・リリーティモシー・リアリー

それとジョン・レノンとかヒッピーメリープランクターズ、フラワー・チルドレンとかサマー・オブ・ラブとか、

LSDのような幻覚剤がなにか人類の発展に寄与するのではないか、そういう時代背景だったというのもあるけど、

結局は理系研究者でさえ幻覚剤に溺れ、なんでか自然を超常的なものとして扱うスピリチュアルな方向へ走ってしま

人間には何か根源的にそういうところがあるのだろうか

考えてみればユナ・ボマーことセオドア・カジンスキー天才的な数学能力がありながら、

世捨て人のように山奥で自給自足生活を送るようになり、しかしながら当然その生活は長く続かず、

将来的にテクノロジー人類破滅的に不幸にすると思ったこから

だったら将来性がある科学者爆弾で○せば、悲劇的な未来回避できるんでないの?と考えたんだかどうなんだか定かでないが、

これはターミネーター2ストーリーベースになっているが、フィクションなら面白いが、現実なら単なる爆弾魔の犯罪である

話が大幅に脱線したが、エヴァは終わっても就職氷河期が救われない、というのは言い得て妙であって、

エヴァリアルタイムで放映していたとき就職氷河期近辺ではなかっただろうか

その時期に庵野氏は、今は飽食時代なので心の問題を描いた、アニメではなく現実を見ろ、みたいに語っていたわけだが、

こちとら現実就活戦線は異常ありというか悲惨な状況だったわけで、

庵野氏はエヴァを作っているときちゃんニュースとか新聞とか世相を眺めてましたか

なんだかんだ、バブル世代自分価値観アニメを作ることしか考えてなかったんじゃないですか?

と恐れ多いながらも思ってしまうのが正直なところであって

まあ、たしか現実を見ずにアニメだとかフィクションに没入しているだけの人というのもいるのかもしれない

というか、そういう人たちに人生出会たこともあるが、自分がいうのもなんだが、たしかちょっとおかしいというか、

差別的になるけど軽度の知的障害ケーキを切れない非行少年少女?みたいなタイプも多かったし、

そういうところで昨今のDQNヤンキーの方がアニメ親和性がある状況というのを理解できる気もする

自分で言うのもなんだが、昔は良かった話みたいになるが、

SFとかサイエンスフィクションなわけだけど、どちらかというと理系との親和性というか、

理系からするとそのフィクションに野暮なツッコミを入れるのがネタとして話が盛り上がるというか、

自分大学時代にみんなで誰かの家に集まって、アニメとか映画の上映会というか、

どちらかというと映像を流しっぱなしにして、各自やりたいことを黙々とやるみたいなことをやってたわけだけど、

テレビに映ってるアニメ登場人物女性が、

「このディスクには地球誕生からの全てのことが記録されてます

とか言うと、「すっげー、どういう原理だよw」みたいにツッコミを入れる奴が現れ、

その後に真面目な記録媒体の話とかネタが続いたりするという、そんな日常だったわけだけど、

多分、大阪芸術大学とか偏差値も低いし、そういう視点では観てない気がするんだよなあ

やっぱり根底にあるのはビジュアルとしてのセンス・オブ・ワンダーであって、それはチャイナさんみたいなもんであって、

電子工学科、情報工学科、機械工学科、バイオなどのオタクが集まって話すツッコミとはちょっと異なるのだと思う

まあ、ストーリー本質技術ではなく、結局は人間関係なわけで、

今回のケンケンアスカではないが、そういうところにツッコミを入れるのは理系文系偏差値関係ないのだけど、

まあ、でも、やっぱりなんか違う世界に生きてるんだなあ、

当たり前だけど、恐れ多いけど、庵野氏と自分の関心の距離感みたいなのがあるとしたら、

リアルタイムでエヴァを観ていたときは近いのかと思っていたのに、

シンエヴァは未見だけど、シンゴジラ観たときでも、意外と遠いというか、同じものを見ているようで違うものを見ていたのではないか

まり庵野氏と自分が同じ赤いバラを見ているのに、互いに赤いと認識しているのに、脳内の赤はまったく異なっていた、

みたいな、まあ、勝手自分が同じような価値観を持ってるのかな、と思って勘違いしていただけなんだろうけど

そんな感じで、最近自分アニメゲームへの興味が皆無になりつつあるし、

アニメとかフィクション現実が完全に追い越してしまった、

それは東日本大震災だったり、原発事故だったり、コロナだったり、自分個人的な人生イベントだったり色々なわけだけど、

そう考えると、シンエヴァは未見だけど、同窓会みたいなもんなんだろうかと思ったり、

同窓会と考えるとやっぱり劇画オバQだよなあと思ったり、

自分は死んでも大学大学院以外の同窓会には出ないと心に決めてるので、

大人になれよって言われても、同窓会でしみじみしはじめたらもう老人だと思うし、

老人になってもゲーテみたいに二十代女性に振られたり、若いつもりで技術趣味に打ち込んで、さっさと死にたい

2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(3)

戻る→anond:20210301080139

E・M・フォースター「ハワーズ・エンド

「人をたくさん知れば知るほど、代わりを見つけるのがやさしくなって、それがロンドンのような所に住んでいることの不幸なんじゃないかと思う。わたししまいには、どこかの場所わたしにとって一番大事になって死ぬんじゃないかという気がする」

つの家族の間を行き来しながら、人間記憶や、場所への執着を捉えた文章。それはまるで、漱石のいいところだけ抜き出したような文章だった。

ところで、同じ著者の「インドへの道」もいい。これは大英帝国支配下インドで、未婚女性が現地の男性暴行されたという疑惑を巡る話だ。女性を守ろうとする騎士道精神排外主義が結びつき、支配者と被支配者の亀裂が広がる様を描く、不幸にして極めて現代的な作品である冤罪をかけられたインド人が、「誰があんな不美人な年増を」と心の中で毒づくの、とても嫌なリアリティがある。たぶん、帯を工夫したら売れるし、どっちの「弱者」がより保護されるべきか的な話題で定期的に盛り上がる増田住民にも刺さるんじゃないかな。

ニコルソン・ベイカー中二階

切れた靴紐を昼休みに買うだけの、注釈だらけの何だかよく分からない小説。細やかな観察眼と都市生活者が思わず共感してしまう日々の経験で、要するにあるあるネタで延々と読ませる。すごい。こういうのが現代文学なのね、みたいに一席ぶつのにも使えるかもしれない。

真面目な話をすると、文学はいろいろな機能があって、それは作者の意図とはかけ離れているかもしれないのだけれども、その結果的機能の一つとして、その時代言語化されていないもの文字化するというのがある。だから文学賞を受賞した作品からと言って、実は今の自分が読んでも面白いかどうかは全くの別問題なのだ文章が巧みで、いかにも知的主人公知的な悩みを描いた文学けが主流な時代は終わっているのかもしれない。そういうのが好きな人古典で充分であるし、逆に言えばいろんな立場の人のきれいごとではないこじれた気持ちが知りたければ現代文学面白い

ヘルマン・ヘッセ車輪の下

理由は書かないが、自分は周囲の期待を一身に背負っていたエリート挫折する話が好きだ。前途有望な若者が、将来を棒に振ったり挫折したりする筋書きに対するこの偏愛ゆえに、自分は「ゲド戦記第一部の前半部分や「スターウォーズ」のエピソード3に対する執着がある。

生きていくとは何らかの失望を味わうことであり、時間をかけてそれらを味わいつつ咀嚼していく過程であるのだけれど、こうした自分のどうにもならない感情言語化した先行作品があることで、自分孤独ではないとわずかな慰めが得られる。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス伝奇集」

「鏡の中の鏡」「魔術」「薔薇の名前」などの元ネタとなる作品を書いた人。「バベル図書館」は聞いたことがある人もいるかもしれない。

非常に濃密な短編を書く人で、このネタで長篇普通に書けちゃうだろ、みたいなネタをそのまま短篇調理する。どの作品も非常に濃密で、読み解くのにエネルギーがいる。文体は簡潔で、物語必要最小限の描写できびきびと進む。ただ、具体的に何が起きているのか、そしてなぜそうなったのか、その設定の意味は何か、を追うには読者に教養要求される。読破すると、それ以上のものが得られる。読み終わったらカルヴィーノだとかスタニスワフ・レムの「虚数」だとかミロラド・パヴィチ「ハザール事典」だとかそういう沼にようこそ。

ジョン・ミルトン失楽園

キリスト教文学の癖にルシファーがめちゃくちゃかっこいい。地獄に落ちても神への反逆を続けよとアジる場面は音読したくなる。そのくせ、彼の弱く情けない姿もまた魅力的だ。アダムエヴァ楽園で楽しげにしているところを見て、自分には愛する伴侶もなく、人類に与えられている神から恩寵も既に失われたことを嘆く場面もまた、声に出して読みたい。そして、彼は人類への憎悪嫉妬のゆえに、アダムエヴァ堕落させる。この叙事詩の主役はルシファーだ!

紫式部源氏物語

好きなヒロイン六条御息所自分の意に反して生霊飛ばし他人を苦しめてしまうことに悩むのがかわいそうでならない。今でいうなら、好きという感情コントロールできなくて、それでも好きな人が振り向いてくれなくて苦しんでいるタイプで、感情エネルギーが強い自分としては大いに共感する。

他に好きなキャラクターというか、嫌なリアリティがあっていいと思うのは薫で、その優柔不断さがいい。「この子とつきあいたいけど、でもこの子そっくりな別の子はい雰囲気だしなあ」みたいな優柔不断というか欲深さは、男性心理をよく観察していないと書けない。そういう意味で、自分の中では紫式部評価がすごく高い。

アルベルト・モラヴィア軽蔑

情けない夫が不機嫌な妻に、お前それだけはやっちゃダメだろ的な行為を延々続け、妻から完全に軽蔑され、とうとう上司に妻を寝取られしまうだけの話で、一人称視点から延々と繰り返される言い訳はひたすらに情けない。ねえ、僕のこと愛してる? 嫌いになっちゃった? と尋ねまくって、わかっているくせにとぼけないで! 今忙しいから後にして! うるさいからほっといて! もう愛してないったら! あなた軽蔑するわ! と怒らせるのは、完璧反面教師であり、ギャグすれすれだ。

しかし、作者は妻のことを相当恨んでたんだなあ。

サマセット・モーム人間の絆」

身体劣等感を持つ主人公が、付き合うだけで不幸をもたらす浮気性の彼女を振り切って、幸せにしてくれる女性を見つける話。多くの人が何かしらのコンプレックスを持っているし、何であん自分に敬意を払ってくれない人を好きになったんだろうって記憶を持っていることだろう。王道過ぎるといえばそうかもしれないが、結婚してハッピーになる王道何が悪い

マルグリット・ユルスナールハドリアヌス帝の回想」

ローマ皇帝自分の治世を振り返る体裁でありながら、欺瞞自己満足をさほど感じないのは文体のせいなのか。時代性別文化言語も超えて、別の個人に憑依しながらも、己を見失うことなく語る著者の声は、他人視点に立って(歴史小説を書くとはどういうことなのかを、これからも厳しく問い続けることだろう。

中年や老人にならないと書けない小説がある。そして何年もかけて書かれる小説があり、構想から数十年が過ぎて着手される作品もある。そうした重みを持つ文学作品がどれほどあることか。

技巧も素晴らしく、文体も素晴らしい。こうした作品に出合えるのは、年に一度か二度だ。

吉田兼好徒然草

説教臭い頑固おやじブログ基本的には仏教説話が多いが、それらに交じって挿入される、「〇〇という迷信には典拠がない」だの「〇〇という習慣は最近のもので、本来のありようや精神とはかけ離れている」だの「〇〇という言葉語源を考えれば正しくは〇〇と言うべきだ」だのが、まさにその辺のおじさんがいかにも言いそうなことで面白い

ただ、それだけじゃなくて、第三十九段の「或人、法然上人に、……」のエピソードは、「とりあえずできるところから頑張ればいいじゃん?」的な内容で励まされるし、十八段の「人は己れをつづまやかにし、……」は身軽に生きていくことの幸せさを教えてくれる。

ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

最高だった。ラヒリ大好き。体調崩すレベルで刺さった。アイデンティティの混乱という古典テーマもさることながら、ラストシーン過去と不在の人物記憶が、そして小説の全体が何気ないものによって濃密によみがえってくる様子がすばらしい。そのイメージプルースト以上に強度があるかもわからない。

これは、インテリインド系(ベンガル人移民第一第二世代の話なんだけれど、読んでいるうちに海外赴任者の寄る辺なさを思い、つまりイギリス暮らしていた自分の両親の境遇勝手連想させられ、ついつい感傷的になってしまった。随分と勝手な読み方だが、小説の読み方はいつも私的ものから構わないだろう。

外国では気候も習慣も何もかもが違う。両親の教えることと学校でやることが矛盾していて、両親が里帰りしても子供たちは故郷のノリについていけない、ってのが、すごくパーソナルなツボをついてくる。こういう経験がなくても、地方と都会として読み替えると、増田でいつも議論されている話にも近づくんじゃないかな。

H・P・ラブクラフト時間からの影」

正直なんでこの時代ラブクラフトを読むのか、というのはある。人種差別主義者だし、排外主義者だし、クトゥルフ物はパターンが決まっているコントみたいだし(人類理解できない名状しがたいものに触れて発狂するのが基本的オチ)。でも、彼の持っていた宇宙の巨大さと人類の取るに足らなさという感覚は、まさにセンス・オブ・ワンダーだ。そして、「人間感情の中で最も古くて強いのが恐怖であり、その中で最も強いのが未知のものへの恐怖である」という言葉の通り、究極的には理解できない「他者」という存在の恐怖にまっすぐに向き合おうとしたことを何よりも評価したい。

この作品が好きな理由もまた、不気味なクリーチャーが非常に知的であり、かつ知識欲が旺盛だということによっている。

U・K・ル・グインゲド戦記

一巻から三巻までは、ゲドという人物自我確立に始まり他者を助けることや世界を救う英雄行為が扱われる。しかし、実はゲド戦記は第四部からが本番なのだ。あらゆる魔法の力を失い無力な存在となった彼が、魔法のある世界いかに生きていくか。これは、老いに直面する男性物語だ。

そして第五巻! ゲドの生涯で一番の功績が、実は重大な誤り、人類傲慢に過ぎなかったのではないか、という仕事に生きてきた男性には非常に厳しい可能性が示される。

しかし、ル・グインはゲドにとてもいい歳の取らせ方をしている。果てしなく努力をすれば、男性女性を、女性男性理解できるのだと作者はどこかで述べていたが、その希望を見せてくれるし、そこに女性作家を読む喜びの一つがある。

男性気持ちがよくわからない女性にもオススメしたい。

ジュール・ルナールにんじん

いわゆる毒親について書かれた小説なんだけど、ねちねちしていなくていい。文体は軽く、描写も簡潔。だからこそ、彼の育った環境の異常さが際立ってくる。なんでこんな親子関係なっちゃったかについて掘り下げられることもほとんどない。

そして、暗鬱なだけの作品にならないのは、にんじん少年の異常なたくましさだ。ひどい目に合っても受け流し、冷淡な母から何とか愛されようともがいている。読んだときの年齢によって、感想は大きく変わるだろう。

以上。五十音順計算を間違って40冊の予定が1冊増えた。書いていて非常に楽しかった。

2021-01-14

anond:20210114173758

部分的にわかるところもなくなはないんだけど、「意外性」とか「センス・オブ・ワンダー」とか言っちゃうのも同性愛を見下してるから出てくる発想じゃない?

2020-08-25

anond:20200825143011

まあデカダンスへの感想なんかは自分場合そうなってる感じがあるな。

あれに関してセンス・オブ・ワンダーとやらを感じる世代はやっぱ感じるんだろうなあ、とは思うが。

ただ制作側が乗り越えるつもりで作ってると言うより、明らかに集大成的なノリで作ってるのも透けて見えてなんとも。

悪くはないんだが。

2020-06-30

夏への扉』を勧めるのは素人騙してSFオルグするため

夏への扉』はとんでもない愚作なので褒めないでください

https://anond.hatelabo.jp/20200629103534


お前は馬鹿か。

夏への扉』は素人騙してSFオルグする為に勧めるんだよ。


お前の言う通り、『夏への扉』は「すこし不思議」な程度で、プロット杜撰さに気付ける程度に読みやすくて、ロリコン白昼夢並みに分かりやすロマンスだ。

素晴らしい。


しか重要なのはそこじゃない。重要なのは作者がハインラインだという事だ。


夏への扉』のあとに、間違って同じ作者の『異星の客』(※1)とか『悪徳なんかこわくない』(※2)みたいなヤバげなSFを手に取って色々目覚めてしまうかもしれないだろ。



(※1)イカれた新興宗教もの

(※2)ジジイ美少女に脳移植して男と恋愛



SFカルトだ。新興宗教新左翼みたいな他のカルトのように、「ボクらは危ナクナイデスヨ。楽シクテ面白イデスヨ」

って顔して素人を騙くらかしてオルグしないとダメじゃないか


そのための『夏への扉』だろ。


なにがセンス・オブ・ワンダーだ。そんなもの犬にでも食わせろ。

2020-06-29

夏への扉』はとんでもない愚作なので褒めないでください

夏への扉』が実写化するというニュース話題だ。

この機会に原作を読んでくれ、というSFファンの声が多くて本当に辟易する。

SFアイデアの新奇性、センス・オブ・ワンダー重要なのであって、今さらヴェルヌやウェルズを読んだところで、価値はない(ギブスンやディックも同様)。

こういう「オススメSF」の話題になると必ず出てくるのが『夏への扉』だ。

はっきり言えるが『夏への扉』を薦めるやつは見る目がなく、センスに欠けていて、信用できないってことだ。

私もその手合いに騙されて、貴重な時間無駄にしてしまった。

夏への扉』は読まなくて結構。今からその理由を端的に3つ述べる。たったの3つだよ。

 

夏への扉』は決して猫小説ではない。

夏への扉』は猫好きなら読んでおくべき、みたいな薦め方もされる。

読んでみて驚いたのだが、これはまったくもって猫小説ではない。

なぜなら猫はストーリーの本筋とまるで関係いからだ。

夏への扉』は共同経営者に裏切られた主人公が、冷凍睡眠未来ジャンプして復讐を果たそうとする話だ。

では、猫は何なのかというと、主人公が猫を飼っていて、たまに触れられる程度。

一緒に行動するし、『夏への扉』というタイトルは猫の行動から来ているが、猫が作品テーマだったり、猫の行動が何かストーリーに影響を与えるわけでもない。

ただの添え物であり、これを「猫小説」だと思ってしまうやつは、どうかしている。

以前、『世界から猫が消えたなら』という小説20万部?かそのぐらい売れていたが、これもとんでもない愚作で、主人公消失物について浅い思弁を展開するだけの小説とはいえない代物だった。

どうやら世の中には猫が出ていればほかはどうでもいい連中がいるようだ。

猫好きは『綿の国星』でも読みなさい。こっちは掛け値なしの名作です。

 

プロット杜撰すぎる

主人公復讐を果たすために未来に行くのだが、しかし、想像した未来と違い、不可解な点が散見されるので、その理由を正すために過去へと舞い戻ることになる。

主人公未来にきたのは「冷凍睡眠」によってなので、過去に戻ることはできない。

じゃあ、どうやって戻るのか・・・というのが肝になるはずだが、『夏への扉』は驚くべき処理をする。

たまたま未来世界で知り合った男が、たまたま時間旅行を研究しているマッドサイエンティストと知り合いなのだ

そして、マッドサイエンティストを紹介してもらって過去に戻る・・・なんじゃそりゃ?

ほかのも「たまたま」で処理される部分はいくつかある。たまたま通りがかったとか、たまたま見逃した・・・とか。

それに未来過去へと行ったり来たりするが、そこでタイムトラベルらしい伏線を張ったり、解消したりということはない。

例えば先日もテレビで放映された『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なら、「過去でのあの行動が未来にこう生きてくるのか!」という驚きがあるが、『夏への扉』では一切そういうのはない。時間移動というより、単なる舞台移動にしかすぎないのだ。

夏への扉』はタイムトラベルものとしても優れていない。プロット杜撰復讐ものなのだ

 

ロマンスご都合主義すぎる

夏への扉』のなかにヒロインと呼べる人物がいて、最後はそのヒロインと結ばれて物語は終わる。

夏への扉』において、それは一緒に会社を興した男の義理の娘だ。

このヒロインは幼い頃に主人公なついていて、未来世界主人公と結ばれる。

仲のいい少女がずっと思っていてくれて、未来で結ばれる、というロリコン白昼夢のような展開だ。

しかし、それでも合理的説明がなされていてれば文句はない。

ヒロインがなぜ主人公なついているのか、なぜずっと主人公を思っていてくれてるのか(何年も!)、その説明がなされればいい。

だが、驚くことにそこら辺の理由が一切説明されない。

ヒロイン理由なく主人公なついていて、理由なくずっと待っていてくれるのだ。

これをご都合主義と呼ばずしてなんと呼ぶ。私は読み終わって背筋が凍った。

こんな展開を「感動のラブストーリー」だと思っているやつもいるようで、SFファンはどおりでモテないはずだと合点がいった。

 

最後にもう一つ。

聞けば、海外では『夏への扉』の評価は決して高くない。

オールタイムベストの類では上位には入ってこないという。

夏への扉』が人気なのは日本特有ことなのだ。それを知ってはは~んと納得がいった。

夏への扉』はJ-POP歌詞みたいなものなのだ

中身はないが、何だか心地よい。日本にはそういうものに騙されるやつが多い。

なんていったって『負けないで』みたいな中身空っぽな歌がミリオンになる国だもんな!

『負けないで』に励まされるやつってどんだけ寂しい人生を送っているんだろう。可哀想だ。

うん、おれも仕事がつらいときたまたまラジオから流れてきて、泣きそうになっちゃったけどな。

お前ら、他人評価に惑わされるんじゃねえぞ。お前にとって何が面白いのか、知っているのはお前だけだ。

ぼくからは以上だよ。

2020-06-25

anond:20200625001120

武装したいなら自分の感じたセンス・オブ・ワンダーなんちゃらがどういうところにあるのか、くらいは説明できたほうがいいかもしれんが。

時々気になるのは、AとBの作品はやってることが同じだから既視感ある作品だ、という暴論。ネタは一緒でも感じられるものテーマは別でしょと。そこを掘り下げられないで、あれとこれは一緒。だからそんな同じもので喜んでるお前はまだたくさんの作品を見ていないのだ、という馬鹿げた意見を言いがちになる。

2020-06-11

枝毛

まれて初めて見たら、わりと驚く、なんというかセンス・オブ・ワンダー的に。

2020-06-06

最近アニメ理科室の人体模型離れがひどい

理科室の人体模型骨格標本

突然キャラクターとして動き出したり喋りだしたりするという

恐怖感あるいは

センス・オブ・ワンダー感を

の子供たちが容易に得られないなんて

かわいそうじゃないだろうか

2020-05-20

電脳コイルは攻めな過ぎたと思う

製作からまだたった13年だが、既に追いつかれている。

AR技術は既に電脳コイルと同水準まで来てる。

デジタル世界VRが実現してしまった。

ビジュアル的に分かりやす面白おかし検閲技術存在してないのはそんなもの検閲する側が必要としていないだけ。

電脳コイル世界は誰かが実現しようと思えば既に作れる。

たった13年だ。

振り返れば5年前の時点で既に実現されていたといえる。

SFとしては追いつかれるのが早すぎる。

センス・オブ・ワンダーの欠如というほかない。

せめて30年は持たせなければ。

地に足がついているというのはSFに対しては褒め言葉ではない。

今ある技術の先に対して、的外れになることを恐れず夢を広げる勇気がなかっただけだ。

こんなものを名作SFと呼ぶのを俺は認めない。

単なる青春アニメとしてならいいだろう。

だがこれをSFとして評価するなら、凡作の域に達しているかも怪しいレベルだ。

2019-12-17

anond:20191217123753

真面目な話として、

宇宙空間に余分な熱を破棄して地球温度を調節する機構作成することは

物理的には不可能ではない気がする

センス・オブ・ワンダーな大規模構造体が想像される

2019-06-04

百合SFブームは「ウィトゲンシュタイン梯子」なのか?

ここ数日、ハヤカワ文庫百合SFフェアに関連して、書評家の杉江松恋がフェアに違和感を表明し、杉江を含む百合SFフェア懸念派の発言Togetterにまとめられ、さらにハヤカワの編集者がそのまとめの削除を申請する……といった一連の出来事が、ツイッターのごく一部を騒がせていた。

(ハヤカワ編集者の削除申請を、百合SFフェア批判封殺解釈しているらしい発言をいくつか見かけたが、あれはむしろ杉江松恋らフェア批判者への反発をこそ抑え込むための措置だったのではないか

そんな状況の中で、百合SFフェアに含まれ作品の著者が投稿したのが、以下のツイートだ。

<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

ウィトゲンシュタイン梯子、という言葉はよく分からないが、ググってみたところ、「おもちゃと同じだよね。“やがていらなくなる為に”、それは必要なんだ。」といったような意味らしい。なるほど。

果たして草野の言うように百合SFブームは「ウィトゲンシュタイン梯子なのだろうか。

しかに、今回の百合SFフェアに対して、なぜ「百合」などという狭いカテゴリだけを殊更に取り上げるのか、もっと広く「ジェンダーSFフェア」でいいのでは、といった声はいくつかあった。そういう人々にとっては草野言葉はまさに、我が意を得たりという内容だろう。

だが、それは大多数の「百合好き」の考えとはどこまで一致しているのだろうか。

自分自身は、胸を張って堂々と百合が好きだと言えるほどの百合好きではない。そのためこれはあくまで推測でしかないが、多くの場合百合というジャンルを好きな理由はそれが「百合から」、男と女でも男と男でもなく「女と女の関係性だから」としか説明できないのではないか。逆に言えば、「女と女」であることにだけは、唯一絶対意味がある(「女」の範囲をどこまでとするかは人によるだろうが)

あくまで性の多様性肯定するフィクションの一つとして完全にフラット百合評価している、という人も中にはいるだろうが、多数派とは思えない。たとえ百合と同時にBLなど他のジャンルも好きだったとしても、「百合ならではの良さ」が少しでも存在すると信じるのであれば、それは「女と女」に帰着するほかないだろう。

なんで「女と女」なの?と更に問うこと自体は一応可能だ。現に、主に非当事者によって「男性排除した世界処女性を安全に味わうため」とか「自身男性性への罪悪感から来る女性化願望」とかいった“分析”がなされることは多い(下衆の勘ぐり的な“分析”の代表例として挙げただけで、別に百合の愛好者に男性しかいないと思っているわけではない)

そういった詮索好きな人たちには、その勢いで現実性的志向にも同じように“分析”を行ってみてもらいたい。やれるものなら(実際にやってしまう人も時々現れるが)

閑話休題

草野ツイートは、物語ジャンルとしての百合百合であることの意味、つまりは「女と女」が最終的には他の関係性・性志向の中で相対化されて、良くも悪くも無意味になることを目指す、という姿勢の表明と読める。

もちろん、この件はただの百合ではなく「百合SF」についての話であるセンス・オブ・ワンダー(って結局なに?)が重視され、既存常識を乗り越えることを良しとするSFというジャンルであれば、百合と結びついた時に、百合好きが百合に抱く(不合理で保守的な)幻想解体するような方向に傾くのも自然なのかもしれない。

だが、もしも最終目標が「特にカテゴライズなく同性愛テーマ作品普通に幾多もある環境」ならば、敢えて「百合SF」という看板を掲げるのは、不必要である以上にかえって逆効果なのではないか性別に関する固定観念を直接揺さぶ手段SFには現にいくらでもあり、わざわざ「百合SF)」という限定された概念を経由するのは、目指すゴールから遠ざかるだけの回り道に思える。

百合に限らず様々な関係性がSFで描かれるようになること自体は、良いことに決まっている。だが、フェア対象作家の中の一人に過ぎないとはいえその内部からウィトゲンシュタイン梯子」という言葉が出てきたとなると、「百合SFフェア」は素直に乗っていい波なのか、受け手に迷いが生じてもおかしくない。SF好きはともかく、百合好きにとっては大きな問題になりうるだろう。あくまで上にのぼるための道具として梯子必要とする人間と、梯子のものを愛している人間の間にある溝は、当たり前のように深い。



そこまでの意図は無い発言だったのかもしれないが、どうにも気になってしまったので書いた。上でも書いたように自分自身はそこまで強く百合が好きというわけでもないので、ガチ百合好きの人の大半が、ハァ?オレ/ワタシは全然気にならないんだけど???と言うのであれば、別にいいです。

2019-04-13

[]移動都市モータル・エンジン

『移動都市モータル・エンジン』(以下、移動都市と省略)を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

120点ヤッター!バンザイ!。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。大満足なんではあるが、この大満足は極めて個人的感情であり、しかタイミングによるところが大きい(後述)。なんで皆様におすすめできるか? オールタイムズベスト的な価値があるか? といえばおそらくない。見なくて良い。

しかし一方で今じゃないと書けない評価もあると思うので、この記事はその辺について触れたいと思う。

ファンタスティックCGアクション映画

当方は「パンフとか購入するくらいならもう一本別の映画見るわ教」の人間なので詳しいセールス文句は知らないのだけれど、スタッフ的には『ロード・オブ・ザ・リング』のスタッフ結集!とのことで、ほうなるほどと思って足を運んだ。どうでもいいけど、この映画日本での広報に失敗してない?

んでもって内容なのだけれど、想像した以上にCGが良かった。「CGが良い」っていろんな方向性があるんだけど、一昔前の重要課題だった「嘘くさくない」とか「合成に違和感がない」みたいな部分は今やもうすでに解決済みであって、現在では「どれくらい見たことがないすごい景色を見せてくれるか?」ってとこが焦点だとおもう。

その点において『移動都市』は素晴らしかった。超巨大戦車じみた土台の上に一個の都市ロンドンが乗っかって、スチームパンクともレトロフューチャーとも言える鉄量にまかせてゴンゴンガンガン進みながら、その中には宮殿大英博物館もあってゴシック生活もあるってあたりが、もう、きゅんとくる。世界観荒唐無稽さを、CGによる映像美と迫力で押し切るという、いわば「嘘の芸術である映画センス・オブ・ワンダーが花開いていた。その点は二重丸。

アクションも、チェイス市街戦空中戦、焼け落ちる基地から脱出、潜入、銃撃戦と各種取りそろえそれぞれにレベルが高く、十分以上に楽しめる。

一方で脚本は、まあ、悪くもないんだけど、そこまで良くもない。割りとありきたりな復讐劇で世界観CGによる大美術アクションに全ふりしたような映画ではあった。

登場人物も、主人公スター・ショウ(母親殺害された件をきっかけとする復讐者)とトム・ナッツワーシー(ヘスター好意を抱き所属するロンドンを裏切って協力する史学者&飛行機乗り)は、内面的にも平坦でそこまで感情移入するってほどでもない感じ。

二人をお助けする女性賞金稼ぎアナファンのほうが汎アジアキャラ的なドラマをもっていて好感度高かったほど。

だいたいしめて90点くらいで、レイトショーで割引で見ると満足な映画というのが評価だろうか。

そんなんじゃねえよFuck!傑作なんだよ!!

しかし!上記のような説明ではこの映画を120点評価した理由が全くわからないだろう。ここではそこを解説したい。

そもそも『移動都市』の世界観は、現在文明大戦争でほぼ滅んだアフターホロコースト地球である大量破壊兵器メデューサ欧州は完全に壊滅して、泥炭じみたぬかるむ湿地の広がる大荒野になってしまっている。そこではもはや土地根付いた生産をすることは不可能であり、都市は「移動都市国家」としてそれぞれが巨大陸兵器になりつつ、荒野をさまよって、より小さな移動都市を鹵獲して、食料や燃料や労働力(そこの市民)を略奪して暮らしているのだった。

今回映画『移動都市』の主役都市とも言えるロンドンは、その中でもかなり大きなものであり、旧時代文明研究をして工業力を維持しつつ、小都市を略奪して巨大化しているっぽい。

ロンドンはどうやら物語開幕直前にドーバー海峡を渡ったようで、欧州東部の小都市国家郡にたいする略奪旅行にでる。わーお!プレデタージャーニー!これを市長は「都市淘汰論」とかうそぶいて正当化する(ダーウィニズム! キタコレ)。

この時点で映画開始から10分もたってない。すごいよロンドンめっちゃゲスじゃないですか。

移動略奪都市ロンドンは「移動派」を名乗っていて、一方で、ユーラシア大陸当方には「反移動派」がいて、これは旧来の都市運営のように普通に地面に都市を作って周辺で農耕しているらしい。映画後半になるとそっちにもカメラが行くんだけど、緑豊かな自然復興している。

東へ向かうには要所となる渓谷があり、そこに東部の「反移動派」たちは「盾の壁」なるものを築いていて移動略奪都市侵入を拒んでいる。この「盾の壁」と移動略奪都市ロンドン大戦争が映画クライマックスだ。

物語中では明言してない(してるわけがない)んだけど、この「移動派」の移動略奪都市ロンドンって、もう、完全に植民地主義なわけですよ。

巨大な鉄の破砕口で逃げ惑う小移動都市を捕捉してバリバリ噛み砕き、そこの住民たちを「強制移住」させて「ロンドンへようこそ!あなた達には住居と仕事提供されます!」とか放送しちゃってるけれど、そういうひとたちは都市最下層の労働者タコ部屋みたいなところに押し込んで働かせている。

そういう小移動都市を奪って「燃料一ヶ月分の足しになるか」とか市長は言い放つし、ロンドン公園テラス(周辺の荒野が見える)では、ロンドン上級市民が鈴なりになって、(おそらく東欧貧乏な)小移動都市に銛を打ち込んで串刺しにして鹵獲するシーンとかで「うぉおおお!!ロンドン最高!!」「やれー!やっちまえーー!!」「貧乏人を奴隷しろ!」とか大歓喜なんですよ。

もう、このシーンだけで興奮してしまう。

まじか。スタッフまじでこの映画作ってんのか? っていうか原作小説からこれかよ。パンクだな。

しかもそのうえ「反移動主義者どもは盾の壁などをつくって我々を干上がらせるつもりだ!けしからん!奴らの土地を奪うぞ!!決戦だ!!」「うぉおおお!ロンドンロンドン!!」とか言い始める。

これだよ。これこそが大英帝国だよ! 大英博物館はそうやって鹵獲した貧乏都市に残されていた旧時代文明異物を収集して飾っておくとか説明されて、「わかってるよこの作者ぁ!?」ってなるなった。

んでまあ、そうやってね。植民地最高!労働力移民(白目)でOK!上層部では光降り注ぐ庭園ヴィクトリアンなライフスタイルで下層はスチームパンク労働者身分が違うからろくな会話もできません。みたいなロンドンが、最終的にはコテンパンに負けるんですけどね。

原作フィリップリーヴはイギリス出身なんだけど、自虐っていうかシニカルな笑いが凄まじいな。まさにこのシニカルかつブラックな笑いがこの映画の加点理由であって、だめな人には全くダメだし、歴史的な経緯がわからないと小芝居に意味が無いとも言えるし、そういう意味では難しい映画かもしれない。でも、めっちゃパンク

まあそういう感じでゲスダメダメさを楽しむ映画ではあるんでが、日本場合さらボーナスがあって、それはイギリスがただ今絶賛ブレグジットに関するgdgdの真っ最中であって、過去自分がやった鬼畜所業再確認だってことですよね(欧米での公開は去年なのでそこまでタイミングドンピシャじゃなかった)。

イギリス人「だってイギリスイギリスのものなのに政治の中枢がEU本国側にあるなんていやでしょ?」

ガンジーせやな自分頭悪いやろ?」

みたいなことを思い出しながら『移動都市』を鑑賞のは最高に贅沢だと思うのですわ。メイちゃん首相だんだん顔が怖くなってきたし。『移動都市』みたいにEUぶらり旅で離脱できるとええな。

2019-03-17

せっかく転生してるのに転生しきれてない作品多すぎでは?

全てが人間の延長線上っていうのかね。

せいぜいが魔力感知程度のことしかやらなくて、匂いによるコミュニケーションとか生態系の有り様による価値観の違いとか、そういうのが全く考慮されてないよね。

地球に住む人間から異世界に住む別の生き物に生まれ変わることの一番楽しい部分が抜け落ちているような気がしてならない。

センス・オブ・ワンダーの欠如だなあ

2019-02-10

盾の勇者がひどい(ネタバレ

うわー。一話でかなり辛い。

女性上位とか言ってる割には国王大臣、そのた商店主とか全部男だし

女性に酒を勧められたら男は普通断らない」

可愛い女の子飲食店でおまけしてもらえる」

強姦罪未遂でも極刑

あたりが女性上位の描写としてでてきます

なんとなく作者は痴漢問題で「まず痴漢冤罪問題だ!」とか現代日本レディースディなどを根拠に「女尊男卑男性差別社会」とか真顔で言ってそうでドン引き

で、強姦冤罪でひどい目みたし、盾の勇者攻撃カスなので仲間いないときついのに強姦冤罪のおかげでまともなのは仲間にならないので人身売買でタヌキ耳の亜人少女をゲット。

うわー。キッツー、キモー。

と思ってたらほぼノーダメジの雑魚的が自分を噛んでる間に攻撃しろ!とか嫌がるのにやらせます普通虐待ですありがとうございました。

で、タヌ耳少女の親を殺したのと同種の魔物を同じ要領で殺させてトラウマ克服!

なんか、アレですね。猫嫌いを克服させようと猫穴に放り込んで閉じ込めたら、猫嫌いが治っちゃう世界なんでしょうね。

原作者ボートだったかなんとかスクール体罰教育根性論を賛美するような人じゃないか心配です。

でそのタヌ耳奴隷が開放されても主人公なついてる描写肯定的に描かれてて、逆に人身売買はいかんだろという人間愚か者って感じです。

19世紀どころか21世紀に、「良き奴隷主」と「良き従順奴隷」が賛美される作品メジャー作品として作られていることにあるしゅのセンス・オブ・ワンダーを感じます

なんか日本奴隷人身売買を大して悪いと思ってない人が多いんじゃないか?という危惧現実だったらどうしようかと思う所存です。

一話で強姦冤罪をデッチ上げた女性は実は王女だった、と言われてもなぜそんなデッチ上げをしたのかさっぱりわかりません。

亜人差別されてるという描写があったのに、町の人がタヌ耳奴隷には食品などをおまけしてあげるという好意的対応いまいちわかりません。

なんというか設定というか人物の造形もそのばその場のインスタンスな役目だけで前後脈絡とか気にしてないのかもしれません。

作画音楽声優の演技などはいいだけに根本的な設定ストーリーダメさが鼻につきます

まあ、悪いのは原作者というよりこれをアニメ化にゴーサインした人なんでしょうが

2019-01-30

プルルルル ガチャ「こち増田商事の打須摩です」

了解しました」

こち増田商事の打須摩です。ご用件はなんでしょうか?」

了解しました」ガチャ

ツー…ツー…ツー……

今日職場にかかってきた電話である

名前すら名乗らない彼は一体何者だったんだろうか。

彼は一体何に了解したんだろうか。

そして、彼はそうして了解したことこちらに伝えて何がしたかったんだろうか。

電話先を間違えたことに気づいたのなら、それを謝るかせめて伝えるべきではないだろうか。

自分さえ納得できればよく、それを相手にも伝えるために「了解」という言葉を選んだのだろうか。

それとも、この電話番号が増田商事であることを確かめたくて、それを確かめることが出来たことを伝えたかったのだろうか。

私がお昼ごろにかかってきた間違い電話の事を今なお気にかけているのは、その言い方が独り言ではなく、私に「了解」をはっきりと伝える口調であったことだ。

私が増田商事の打須摩であることに「了解した」と彼が私に伝えることには、きっと彼の中では大きな意味があり、それさえ伝えれば失礼しますも言わず電話を切ることにも何の問題も無かったのであろう事がその声色から読み取れたのだ。

非常に気になる。

しかしたら、彼は未来の私だったのではないだろうか、それとも死神……。

まるで自分星新一のN氏になったような気分である

この物語にはどんな結末が待っているのか、きっとなんの結末も待っていないのだろう。

ただ単に私に電話をした人がひどく自己中心的で、「俺が電話先を間違えたことに、俺が納得できたなら、それでお前も満足だよな?」と考えるジャイアン人間だったのだろう。

現実非情である

こんなにも頭を悩ませてたどり着いた結論が、クソ野郎のクソみたいな間違い電話について半日の間悶々としていたいというクソのような現実だったとは。

N氏が羨ましい。

彼の人生にはもういくばくかのセンス・オブ・ワンダーが込められている。

私の人生にあるのは、人間の薄汚さや他人に対してかける思いやりの無さ、そしてそんな事に対してすらこんなにも繊細になるほどの余裕の無さばかり。

辛い。

この人生が辛い。

ただの間違え電話1つですらこんなにも揺れ動いてしまうような器の狭い人間として生きていく事にもういい加減疲れた

死にたい

……やはり彼は、死神だったのだろうか。


946文字タイトル除く)

2018-09-06

[] 第4話「最終兵器増田

2018年9月6日 天気:実を言うと北海道はもう駄目です。突然こんなこと言ってごめんね

昨日の釣果 10エントリー 5ブクマ

未曽有のブクマ日照り。備蓄したブクマ必死に食べて承認欲求を食いつないでいる状態

1日12エントリー以内の目標は達成。

やったぜ。

平日5エントリー以内になるのは遠い

日記を書く才能

センス・オブ・ワンダーのような何か。

日常の何気ない風景から日記に書けるような内容を見つけ出す力が足りない。

俺には日記を書く能力がなかったのかも知れない。

今日会社で失敗した

仕事ノルマが急に増えたのでピンチすぎる。

取引先の新人さんもノルマが増えたらしく死にそうになっている。

お互い辛いねーと思いながらも「こいつがこんなに仕事してたら頼んだ仕事が回りきらなくなって丸ごと全部燃え尽きるのでは?」という不安がよぎる。

こんな業界さっさと辞めるべきなんじゃなかろうか。

そう思いながら求人票を見るが、胡散臭さ以外は何も感じられない。

でもやってみるしかないないよね。

一発勝負ガチャから出てきたのが☆2でしかいからってそれをレベルマ目指すより、せめて☆3を目指して運ゲーに挑むべきだよね。

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170625222729

センス・オブ・ワンダーというか、科学考証第一っぽいかハードSFを求めてるんだろうと思うんだが、いきなりそのハードSFラスボス的なイーガン出されてそのレベルを求められるもんだから、こういう好き勝手一言だけレスしてオタク知識比べするのが好きそうなはてなーですら黙っちゃってるやんけ…。

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527191841

八木ナガハル

ハードSF同人作家世界観の繋がった短編作品を多数発表しており、どの作品センス・オブ・ワンダーを持っている。

SFC特異昆虫群」などWEB公開されている作品も。

 

kashmir

「てるみな」とかの人。異界電車旅行記という新たなジャンルを切り開いている。

作者は普通萌え4コマっぽい作品も描いているがそちらは微妙

 

植芝理一

謎の彼女X」「ディスコミュニケーション」とかの人。

人を好きになるってなんだろうという、宗教の原形質のようなものを掘り下げていった結果、変態にたどり着いた作家

 

・たばよう

宇宙怪人みずきちゃん」とかの人。この作者にしか出せない狂気にせまる味がある作品を描く。

阿部共実型の天才

2017-01-26

西野さんを批判する人に欠けているたった1つの視点

お笑い芸人絵本作家西野さんについて、「無料公開はクリエイターの首を絞める」「いや、無料公開はいいけど、あの態度が問題だ」とか色々な論争が起きてるじゃないですか。でも、ぶっちゃけ全部ずれてると思います。彼はクリエイターなんだから、彼の作品のみによって批判されるべきだと思うんです。

この論争で誰も触れないですけど、あの絵本面白いですか?絵本として面白いですか?

絵は凄い。でも、絵本面白さってそこですかね。大事ですよ、絵は。でも、もっと大事なのは、そこから広がるセンス・オブ・ワンダーだと思うんですよ。『かいじゅうたちのいるところ』みたいな名作には、それがあるじゃないですか。

絵本の楽しさって、枚数・文字ともに制限された世界から読み手が思い思いに広げる、広がる世界、そこにこそ絵本の豊かさがあると思うんです。要するに、ヤバイ世界をどれだけ見せてくれて、どれだけ僕らの心を刺激してくれるかじゃないですか。

僕の好きな絵本に「ガガガガ」っていうインディアン神話をもとにした絵本があるんですけど、これは凄いですよ。主人公は石と鳥がまぐわって生まれ子供で、物凄く長いへそと尻の穴を持っていて、邪魔な奴は尻の穴を首に巻きつけて、絞め殺しまからね。何を言っているかからないと思うんですけど、そういう話だから仕方ない。

ヤバイ世界をどれだけ見せて、僕らの心をどれだけ刺激してくれるか、絵本の魅力ってそういう所だと思うんです。

えんとつ町のプペル」はその点が極めて、極めて凡庸じゃないですか。何ですか、「風船をたくさんつけて空を飛ぶ」って、その児童作品で7兆回くらい繰り返されてきたモチーフは。何ですか、「ゴミに人の魂が…」って。その何度も繰り返されてきた展開は。登場人物目的が「世界のはての綺麗なものを見に行く」っていうさ…イオン行け、イオン。何でもあるぞ、あそこには。

「絵がすごいなー」ってだけで、一回も「ヤバイものを見た感」が味わえない。「はらぺこあおむし」とか、絵からして強い(確信)ですからね。そういう驚きが一個もない。

さらに、質が悪いのが「あとがき」ですよ。「夢を語れば嗤われる世界(えんとつ町)で、それでも夢を見るからいじめられる」「捨てろといわれる夢を捨てられない象徴が、ゴミ人間」みたいに、一個一個メタファー解説ちゃうわけですわ。これ最悪でしょ。「糞だせー」でしょ。読み手の中には、それぞれの世界が広がってたんですよ。きっと。このあとがきを読むまでは。

でも、このあとがきを読んだ瞬間に、読み手世界の広がりは雲散霧消して、「西野のお説教」に矮小化されてしまう。もう、この「あとがき」の時点で、西野さんはどこまでいっても西野さんだし、西野さんは既に凄い人なんだけど、たぶん、ずっと西野さん以上にはなれないんだろうな、という次第。

西野さんはどこまでも絶え間なく広がっていて、もがけばもがくほど、きっと西野さんは西野さんの五臓六腑に染み込んで、また西野さんが再生産されていくんだろうな。きっと。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん