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はてなキーワード: 中絶とは

2017-08-15

自殺者の心理

自殺の名所として、新小岩という駅が存在する。

成田エクスプレスが猛烈な勢いで通過していくらしい。

そんな鉄の塊に飛び込めば、さも簡単死ねそうだ。

自殺からすると、これはおおいにメリットだ。

一瞬の苦痛・恐怖で、この苦痛に満ち満ちた世界からオサラバできるのだ。

その反面、遺族には多額の賠償金請求されると聞く。よく聞く話だが、実際にどの程度の額を請求されるのか、私は知らない。

ただ、家族に対してなんらかの恨みを持つ人であれば、ある意味では、これもメリットだ。

カネという形ではあるが、なんらかの損害を与えることができるからだ。

死ぬなら勝手に一人で死んでくれ、という意見

「また遅延か、ふざけるな」

「モロに見ちゃった人、かわいそうだ」

「なんで飛び込むかな、遺族のこととか考えないわけ?」

これらの意見は、これから自殺しようとする人には、届くことはない。

自殺する者としては、「いか安易に・確実に死ねるか」という点を重視していると思う。

その他のことなんて、もはや自身が死んだあとのことなんて、死んだ当人には関係がない。

から、考える余地もない。

周りから勝手だと思われるかもしれないが、自殺なんてものは、そんなもんだと思う。

自分 = 世界

自身の死は、すなわち、世界の終わりだ。

自身にとって、他人なんてものは、ゲームでいうところのNPCのようなものにすぎない。

から自身が死んだところで、それらも同じように消えていく。

「いや、そうではない。」

周りからは見れば、確かにそうだ。

遺される人たちは少なからずいるし、巻き込まれて心に深い傷を負う者もいる。一般的には、"そういうことになっている"。

ただ、それがいざ、自分の番となった場合はどうか。

「死んだ後に復活して、それを書物に書いた」なんて話は聞いたことがない。だから自身が死んだ後のことなんて、想像世界しかない。

ただいえることは、自身としては「なんにもなくなる」ということか。

傷つく苦しみより、消失の痛み

自殺者にとって、自殺時に受ける苦しみなんて、それまでに受けた苦しみなんてものとは比較にならないほど軽い。

少しの間の苦しみをペイするだけで、その苦しみから永遠に解放される。

こんなに幸せなことはない。

代償はそれなりだが、自殺することは、すなわち、幸せへの近道だ。

から自殺者は減らない。

老人人口が多く、若者意見が反映されない現代日本に、将来性なんて見いだせない。

搾取されるだけ搾取され、絞りカスになって死んでいく。

そんなものを、生きる喜びとは思えない。

から自殺者は増える。

やれ「こんなもの子供に悪影響だ」だの、「不純異性交遊だ」だの、そんな理由で、性規制は年々厳しくなる。

その一方で、医療技術進歩により、妊娠中絶という道が開かれている。

から子供は増えない。

夢も希望も、あったもんじゃない。

終わりに

こんなことを書いている私も、自殺真剣に考えている。

考えはじめてから、もう半年以上経つか。

そんな中で思ったことを、書きなぐった。

自身の中で、もうそろそろいい頃合いなので、一応、自殺のための身辺整理を始めようと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

2017-08-13

例のあの人の言動打線組んだ

はてななんでこれ消したんや!!! 誰直也さんとも言ってないやんけ

1番(右)五反田デリヘル嬢に本番強要した挙句不倫関係突入する。
2番(二)自分技術顧問を務める会社悪口を言う。
3番(一)年収2500万円、はてなの株で少なくとも1億円以上の資産があるにも関わらず、ブラックリスト入りしている嫁が浪費家のせいで金がない。そのせいで慰謝料が払えず離婚ができない。
4番(指)不倫相手無修正ハメ撮り動画ネットに公開される。
5番(左)あんブログを公開されたにも関わらず、その5日後には不倫相手に会ってセックスする。
6番(中)不倫相手LINEだけ通知オフ(仲がこじれる前)。
7番(三)手作りチョコをもらっておきながら「既製品の方が美味しい」。
8番(捕)不倫相手を雨の中40分間も放置した挙句逆ギレメニューを放り投げて「腹減ってんだろ、好きに頼めよ。俺は食欲ない」。
9番(遊)エレベーターキスしたり不倫相手パンツに手を入れたりする。雑居ビル階段の途中で手マンする。ビル階段の陰になったところでフェラさせる。
投手無免許運転箱根温泉までドライブしてセックスする。
投手不倫相手に「妊娠したら責任取る」と言って中出しておきながら妊娠したら中絶させる。しか中絶費用を払わないどころか謝罪もしない。さらに「4月になったらもう一度子供を作ろう」と言って、後に反故にする。
中継ぎ秒速アウトプット早漏)過ぎて外出しできてない。不倫相手曰く「みこすり半という表現がまさに正しい」。それを棚に上げて「俺外に出したと思う」と無茶な言い逃れをする。
抑え助けを求めて叫ぶ不倫相手アスファルトの上を引きずって交番に放り込む。
代打不倫相手を雨の中40分間も放置した挙句逆ギレメニューを放り投げて「腹減ってんだろ、好きに頼めよ。俺は食欲ない」。
代走「別れる時は1,000万払う」と言っておきながら当然のごとく反故にする。
監督おまんこに、じゅぽじゅぽちんちん、こすりたい」(俳句

はてな炎上した人間の中でも歴代トップクラスのアレだと思う。

2017-08-08

男は日本中絶自殺をやたらに多そうに語るけど

日本特別自殺中絶も多くないんだよなぁ

中絶戦後辺りは凄かったけど激減させるのに成功しているし

自殺も他の国と大差なく、他の国より女が自殺しているくらいしか目立った所がない

https://anond.hatelabo.jp/20170808100140

よそは別ですがとりあえず東アジアだと、結婚してないとあまり子供まれてきませんよ

婚姻関係にないカップル妊娠したって中絶するだけじゃないですか

そりゃまあデキ婚というのもありますが結局結婚はするわけで

2017-08-07

まだやるんだ、それとも、これからが本番か

リベラルであることとラディカルであること

1. リベラル自由平等

個人自由絶対なのだから恋愛対象結婚対象選択に関して、政府はもちろん、それ以外の何ものも、社会的圧力をかけるようなことは許されないという立場

・「リベラル」という原理原則を、個別問題適用するだけなので、異なる利害集団共闘可能。また、「リベラル」の立場から特定政治的主張をする人は、他のリベラル政治的立場を取る場合が多い。たとえば、「リベラルフェミニスト」であり、LGBT結婚に賛成であり、中絶に賛成であり・・・・といった具合。

常識的。ただ、常識的なので運動としては弱くなりがち。

・結果として、悪しき伝統を維持し、社会的不正義を許容することになるという批判を受ける。

2. ラディカル(平等自由

個人のパーソナルな領域絶対だと言ってしまうと、さまざまな差別是正されない。個人のパーソナルな領域に立ち入ってでも、人間平等という価値を守らないといけないという立場

・有名なところだと、「若くて従順女性を好む男性」を批判したり、「特定属性を持つ者との結婚を嫌がる人間」を批判したりする立場

・ラディカル・フェミニズムスローガンである個人的なことは政治的なこと」という言葉が良く知られている。

欠点は、あくまで「政治運動」にしかなりえず、一般化された思想運動にはなりえないということ。あくまで、特定の利害集団利益のための政治運動であることを自覚した主張であり、異なる利害集団の間での共闘原理的には不可能。「私は○○の利害を代表して主張する。お前たちは、お前たちの権利を主張するべきだ。そして敵として戦うことで社会をより良くしよう」という立場。「ラディカル」の主張に普遍性を求めてはいけない。

リベラルはラディカルを「政治的自由」の範囲擁護する。ただし、本来リベラル原理では、それぞれの政治的主張の是非には立ち入れない。

3. バランス自由平等

個人のパーソナルな領域は、絶対ではないが、個人のパーソナルな選択が、純粋にパーソナルな問題であるうちは、やはり尊重するべき。ただ、それをパブリックな場で発言するなら、それはパブリック問題として扱われるべき。「特定属性を持つ者と結婚をしないのは個人自由だが、それをパブリック場所公言するのはアウト」というような立場

・「ラディカル」な政治的主張に、「強きものは弱きを助けなければいけない」というような伝統的・保守的価値観が融合して、本来「ラディカル」な政治的主張に過ぎなかったものが、普遍的な「リベラル」の問題であるかのように扱われているケースがある。これは、本来リベラル原則と反する。(例:アファーマティブ・アクション

本来の「ラディカル」が「政治的主張に過ぎない」ことを明確にするのに対し、バランスに取り込まれた「ラディカル」では、「政治的主張に過ぎない」ことが覆い隠されてしまい、対立する利害集団からの反発を受ける。

保守リベラルから見ると、ぶっちゃけ原則なき本音と建前の使い分けに見える。ラディカルに取っては、「政治的運動成功」とも言えるが、一方で穏健的過ぎるという批判もある。

まとめ

最近ネットでの言論を見ていると、ラディカルな政治的主張リベラル混同が見られる。特にラディカル独自の考え方(たとえば、個人性的指向政治的批判対象になるという考え方)をリベラルとして批判するのは完全に誤解であり、間違いである。

ただ、今日、広く受け入れられている、「バランス」の立場は、リベラルとラディカルの両方に、保守の考え方も取り入れることで成り立っている、そもそも、内部に矛盾を抱える考え方である。これは「保守」「リベラル」「ラディカル」の全てから批判を受けているし、その批判はいずれも議論として正しい。「保守」は「バランス」や「ラディカル」を「リベラル」だと思って批判するし、「ラディカル」は「バランス」を「保守」だと思って批判する。「リベラル」は「ラディカル」や「保守」だとして批判する。

今日の「保守」「リベラル」「ラディカル」をめぐる問題は、こうした混乱を解きほぐすことから始めないといけない。

ネット民中絶に対するスタンスが解らない

中絶人殺しだと責める人と、障害児だと判明したら中絶すべきって主張してる人は真逆の主張をしていると思うのだけど、ネットでは結構両方同時に主張している人が多いように見える。

障害児は殺していいみたいな考えで言ってるのかこれ?

https://anond.hatelabo.jp/20170806115244

避妊女性の体への配慮と思っている。

女性の体への負担を考えた時

避妊>>>>>越えられない壁>>>>>>中絶でしょう

ブコメじゃ妊娠初期は何ミリから中絶という選択もありだとか言うけど、手術するのと事前に対処するんだった事前に対処している方がなんぼかマシだろう。自分に合わない避妊しか考えられないなら婦人科医師相談すべき。

中絶女性のための選択かもしれないけど、それ以前の対策こそ女性自身を守るための行為なんだよ。

元増田自分の体のことをあまりに軽んじていて大嫌いだ。

自分を守れるのはあくま自分しかいない。自分すら守れずに、泣いて、お腹に宿った子がまた自分の元に来て欲しいってアホか。

辛い経験をされたんですねってブコメもアホ。自業自得だろ。

自分を軽んじた結果でしかないよ。

まず、男女問わず自分を軽じることをやめなきゃダメだ。

自分を軽んじている人はオレオレ詐欺に引っかかる年寄りのこととやかく言えない。

2017-08-06

人工妊娠中絶を受けた話(数年前) ※追記訂正あり

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

ホットエントリーに入っていた上記を読んだ。

自分体験と違った部分と、その数年後に結婚出産して分かったことを書く。

中絶費用手続き

自分全身麻酔20万円。全麻じゃないクリニックはもっと安かった。手続きではパートナー同意必要だったが私の場合パートナー海外にいたので代筆で通した。

麻酔

手術前日の夜からシールのようなパッチのようなものを腕に貼った。麻酔の効きを良くするためだった気がする。

・手術

当日、1つめの麻酔で夢うつつ状態になり、その状態で手術台まで連れて行かれる。そこで本格的な麻酔。その時には無意識に恐怖心が沸いて抵抗した記憶があるが、身体を抑えられて麻酔が入ると瞬時に意識を失った。あとは目が覚めたら処置が終わっていた。

身体への負担

術後に意識が戻ってから猛烈な吐き気めまいがあった。全身麻酔だと吐き気が出る人がいるらしかった。目が覚めてからおそらく1時間くらいは病院で休ませてもらったが吐き気がおさまらず、病院近くのカフェで休んで(たぶんこれも1時間ほど)、ようやく帰れる感じになった。(記憶曖昧で、どれくらいの時間で落ち着いたかは定かでない)

術後の吐き気以外だと、排尿時に陰部がものすごく染みた。その痛みで、「ああ自分は手術したんだ」ということを改めて実感した。

・その後の心境

各々の状況によってかなり異なると思うが、自分にとっては処女喪失の時の感覚と似ていた。体験する前はものすごく重大で怖いことと思っていた、最中はあっという間に終わった、終わった後は痛みがあったがそのうち痛みも引いた、そしてそのことは誰も気付かずにいつもと同じ日常に戻る、でも自分の中の何かは確実に変わった、と。

ちなみに、なぜ手術をしたかというと、愚かにも避妊に失敗してしまたからだ。当時の彼氏はちょうど仕事海外に行ったばかりで1年は戻って来ない、自分はまだ社会人2年目で結婚出産も早すぎると思っていた、かつ当時の彼氏結婚する決意も持てなかった。それなのに彼氏が出立する直前の行為避妊に失敗した。結局、彼は予定より早く帰国し、その後一緒に水子供養に行った。その数ヶ月後、別れた。

・数年後の妊娠出産

中絶から数年後に別の男性結婚し、妊娠した。産院では妊娠回数と分娩回数を聞かれる。妊娠経験があり分娩経験がない=流産中絶ということになる。私は夫や自分家族には中絶のことを絶対に知られたくなかったため、過去妊娠回数は誤魔化した。もちろんネットでも色々調べた。中絶経験は診察で医師にバレるのか、申告内容は秘密にされるのか、等々。ネットでは様々な意見があった。多かった意見は、経産婦かどうかは絶対に誤魔化せないが妊娠初期での中絶は分からない、申告内容は秘密にしてもらえる、という意見だった。しかし私は申告しなかった。それでも妊婦検診などでは全く問題なかった。実際に分娩間近となった際、私の産院では、再度妊娠回数と出産回数を確認された。最後最後に申告すべきかどうか一瞬迷ったが、やはり、隠し通した。結果、それは正しい判断だったと思う。

何故なら、産院から出された出生証明書妊娠回数と出産回数の記載があったからだ。(追記:すみません訂正します。出生証明書記載されるのは妊娠回数ではなく22週以降の死産を何胎か書くようでした。トラバのご指摘ありがとうございました)

産院の出生証明書自治体への出生届の提出に必要だった。我が家は私の入院中に夫が出生届を提出しに行ったため、正直に申告していたらそこでバレる可能性があった。危なかった。(追記:出生証明書には死産記載のようなので、堕胎はバレないということですね。産後数日でのヘロヘロ状態だったため早とちりした模様…。勇んで勘違いの内容を書いてお恥ずかしい)

中絶経験があって、それを隠して出産するか迷っている人の参考になれば、と思う。

終わり

https://anond.hatelabo.jp/20170806210751

抜き差しならぬ事情があり、経済的、体力的に負担が大きいため、中絶をするケースと

元増田ような、避妊をしないで中絶して、自分の事しか考えていないようなケースを

一緒くたに話すべきではありません。

そういうこともあって、

法律中絶を認めているんでしょう。

元増田のケースはあまりにも身勝手なので、非難を受けているんですよ。

姉が何度か中絶をしている

妊娠したのー今は無理だよーと適当に何度か中絶させた彼氏結婚して子供にも恵まれている

姉は子供達が可愛くて中絶を後悔して子供を見て辛い思いもしてるらしいが相手にその様子はない

どんな糞野郎かと思えば凄く優しくて動物に好かれて子供好きな男で姉にべたぼれで尻に敷かれている

何なんだろう

https://anond.hatelabo.jp/20170806185910

おっ法と倫理区別がつけられない低能かな?

法的には中絶殺人罪に該当するという意味での「人殺し」にはならないが、倫理的には「人殺し」になる、って言いたいのか?

https://anond.hatelabo.jp/20170806140938

>だが法的に禁止もされていないのに、中絶者を非難することは許されないと思う。

中絶自体非難ではなく、子供を殺しておいて、自分のことしか考えていない増田サイコパスっぷりが非難されてるんだろ。

から、その「子供を殺して」は、中絶場合は成り立たないのが現在法律だっつってんだろ。

書いてある内容がわからないんだったら意味不明反論などするな、バカ

https://anond.hatelabo.jp/20170806141948

中絶手術のイメージってそれだったんだけど、コウノドリっていう産婦人科医が主人公漫画で、ある程度胎児が育った状態での中絶だと、陣痛促進剤を使って通常のお産と同じように下から産むって描かれてて衝撃だったわ

中絶大学で習うけど、ある程度育ってしまうと掻爬手術って奴をするんだよね。

身体の中で赤ちゃん解体して、分割して取り出すの。それ聞いたら絶対中絶はしないって誓った

https://anond.hatelabo.jp/20170806115244

>では、避妊、即ち、卵子精子意図的に合体させないことは、生まれてくるであろう命を事前に葬る、という意味にならないのは何故か?

ならないだろ。現実的受精たか生物として成り立つんだろ。

生物学上の生物定義であり、自ら代謝を行え、成長、生長できる物体のことだろ。もちろんこれは人間が便宜的に決めたことなのは当然です。

>或いは、卵子精子に分離していて、受精していなければ、命はどこにも存在しない、というのは誰が決めたことなのだろうか?

卵子精子もすべて殺人扱いしたら現実的ではないだろ。

子宮内にいるか、無事出てきたかで線引きしているのも、人間意図的区分であるに他ならない。

そうですよ。合理的もの

>我々は生命であるかないか意図的区分する以外にないのである科学的な区分などどこにも存在せず、我々はそれを客観性という基準に委ねているだけである

現在科学的には区分されているだろ。生物定義、でぐぐれよ。もちろん定義自体が変わることもありえるけどな。アンドロイドができるとか。

そもそも論をすれば、そもそも殺人が罪であるか否かについてさえも、どこかに境界線を引いて社会的ルールにしないと社会に秩序が保てないという、倫理的ものしかない。

これは別の話になるのでごっちゃにしないようにしましょう。

>無論、であるからこそ議論余地はある。中絶を法的に禁止する余地は残されている。

結局あなたの主張はなに?

 

>だが法的に禁止もされていないのに、中絶者を非難することは許されないと思う。

中絶自体非難ではなく、子供を殺しておいて、自分のことしか考えていない増田サイコパスっぷりが非難されてるんだろ。

>もし、客観的中絶不正義とみなされるのであるならば、法が不正義の状態であることを非難すべきである

みなされてないよ。よく勉強してね。

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

なんで中絶がらみの話ではファッキングで子供ができるとは思ってなかったみたいなたわごとが平気で語れるんだろうか。

相手の首を縄で渾身の力で締め付けたけど殺すつもりはなかったし、死ぬとは思ってなかったんです」って言うようなもんでしょ。

中絶ダメなら避妊ダメ

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

中絶は生まれた命を葬るものであるから、という理由での反対論がある。

それは殺人である、と。

では、避妊、即ち、卵子精子意図的に合体させないことは、生まれてくるであろう命を事前に葬る、という意味にならないのは何故か?

或いは、卵子精子に分離していて、受精していなければ、命はどこにも存在しない、というのは誰が決めたことなのだろうか?

子宮内にいるか、無事出てきたかで線引きしているのも、人間意図的区分であるに他ならない。

我々は生命であるかないか意図的区分する以外にないのである科学的な区分などどこにも存在せず、我々はそれを客観性という基準に委ねているだけである

そもそも論をすれば、そもそも殺人が罪であるか否かについてさえも、どこかに境界線を引いて社会的ルールにしないと社会に秩序が保てないという、倫理的ものしかない。

無論、であるからこそ議論余地はある。中絶を法的に禁止する余地は残されている。

 

だが法的に禁止もされていないのに、中絶者を非難することは許されないと思う。

もし、客観的中絶不正義とみなされるのであるならば、法が不正義の状態であることを非難すべきである

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170805221741

昔、拝金主義・消費主義の申し子みたいな女の子ギャル)が、貧乏彼氏との間に子供が出来てしまい、出産結婚したら確実に貧困生活に陥るって状況になったのを思い出した。

それまでカネとバッグのことしか頭になかった子が、それでも産みたいんだ、みたいなことを言ってたのを聞いて、もしかしたら愛ってのはホントにあるのかもしれんと思った。

結局その子中絶して、反動で「人生やったもん勝ち」みたいな思想になってしまったが。

人工妊娠中絶を受けた話

妊娠7週で中絶手術を受けた。

初期なので麻酔をかけて数分でおわり。特に痛くはなかった(前日の処置子宮口にラミナリアという線香状の海藻を突っ込むのだがそれはちょっと痛かった)。

数ヶ月たってやっと体験を思い出にできそうなのでまとめてみたい。

■手術当日までに必要な通院と費用

かかりつけの産婦人科妊娠の確定診断を受けて、中絶希望する旨を伝えるとその場で最短の日程(翌週末)の予約をとってくれた。週二回で一日四名だかなんだか枠の決まっている手術日は、半月先までほとんど埋まっていて、妊娠週数が増すと人工妊娠中絶費用身体的な負担も増える形式の手術になってしまうので、自分は最短の日程で予約を入れた。

かかりつけの病院HP中絶費用を明示していて、初期の場合の手術費用は22万円だった。妊娠の確定診断の際に中絶手術の希望を伝えたので、手術前の血液検査もしてこの日の支払いは1万円だった。

産婦人科医は(どこもそうなのかもしれないけど)「中絶を選ぶのも女性の権利」という態度を一貫していて、中絶を選ぶことに葛藤があるのかないのかはカウンセラー(その病院では中絶手術を受けるのにカウンセリング受診必須だった)が確認するらしかった。

妊娠確定の診断とカウンセリングと手術前日の処置と手術と、二週間で合計4回通院した。

幸い職場遅刻・早退・休みがとりやすかったのだが、つわりの症状がひどくて直属の上司にばれてしまうのが嫌だったのと、中絶というネガティブ選択について個人的見解を持ち込まなさそうな上司だったので正直に話した。しかしそれでもそんなに休むのかという印象を与えた感は否めない。

■なぜ妊娠たか

そもそもなんで妊娠してしまたかコンドームを使った避妊が嫌で(擦れて痛かったりする)排卵日と予想される前後以外は使っていなかったからだ。排卵付近コンドームを使ってはいたが、その他受精や着床を防ぐ物理的な手段は講じていなかった。

周期を読んで避けるというのは試したことがあって、効果のある避妊方法に思えた。そんなやり方を続けているうちに、周期的にアウトかも知れない日に膣内で射精してしまった。アフターピルの処方もうけなかった(たぶん仕事が忙しくて忘れていた)。

それとパートナー性器が大きくて普通サイズコンドームがキツそうだった。大きいサイズのものを私が探せばよかったのだが、さぼってしまった(ちなみに後日聞いたところによると、本人は自分が大きいサイズを使うべきと気づいていなかったらしい)。使用は最低限にして負担を減らしたいと私が思っていた。

私の考えは、特定パートナーしかセックスしないのであれば性感染症の予防(コンドーム使用)には注意を払わなくていいというものだ。昔は低用量ピルを使っていたが、体質的NGになってしまいこの数年は選択肢に入れられなかった。殺精子剤を使っていたこともあったが、かゆいのと発がん性があるらしいという情報が怖くてあまり積極的に手を出せなかった。IUDリング)は形態気持ちわるいのと、一度相談した産婦人科医が「避妊成功率は8割」と言っていたのでそんなに低いのなら避妊効果がないようなもんだと入れていなかった(今回婦人科でもらった資料によれば実際はもっと高かった。この時冊子とか公式数字の載った資料をもらわなかったことが悔やまれる。)

■なぜ中絶を選んだか

積極的避妊手段を取り入れていなかったのは、身近に中絶手術をしたことのある人がいたことも影響していると思う。失敗したら中絶してもいいのだ、と考えていた。中絶したことのある友人はひとつ体験として消化しているように見えた。今回中絶するかどうか悩んでいた時に意見を聞いてみたが、罪悪感は不要から子供のためとか言わないで自分の好きにしなと教えてくれた。

そもそも妊娠したくてもできないという場合も少なくないだろうし、昔そういう経験があったので(といっても半年ほどだが)、危機感もうすかったかもしれない。万が一避妊に失敗したら産むか産まないか考えよう、と思っていた。セックスした相手のことを大事にしたいと思っていたので、彼が出産を望むかどうかの意見考慮しようと思っていた。

妊娠が確定したので、彼と話し合い、彼が望まないとわかったので、それならばおろそうと決めた。自分一人でやっていくには経済的に苦しかった(といっても私は中小企業会社員なので、生活の水準を下げて子育てすることだけを自分時間の全てとすればやっていけるのかもしれない)。彼は、もし彼の意見を聞いてそれでも私が産むというのであれば、経済的にも物理的にもサポートするといった。しかしそれは自分の望むものではないと話すので、私は彼にそんな思いで支えてもらうのも、彼と絶縁して子供を産むのも嫌だと思った。

そうして「今回の妊娠は」なかったことにしようと、中絶をすることに決めた。

■手術当日の流れ

朝9時に病院に行った。手術は13時頃らしかったが後ろにずれる場合もあると言っていた。出産管理入院の方と同じフロアの個室を用意されていた。

彼は手術の日は一緒にいるといって病院には来ていたが、特に何を話すでもなくぼーっと座っていた。私は下着をはずし病院着に着替えてベッドに座ったり寝転がったりしていたが、一度彼が横に来て、何をしたらいいかからない、点滴の管にぶつかりそうで怖いというので、むかついて蹴飛ばしてその後は同じ空間にいたが接触していなかった。

途中看護師がやってきて、彼に席を外してもらい話をするといい(中絶を強いられているのではないかという確認だと思う)、今回なぜ中絶を選ぶのか質問された。産んで欲しくないという彼の意見尊重したいので、と答えた。今後交際を続けるのか、避妊方法は考えているのか、決して責めるような口調ではなく質問され、子宮内に装着する避妊器具ミレーナを勧められた(今はそれを利用している)。

中絶してみてどうだったか

手術は冒頭にも書いたが身体的に大きな負担は感じなかった(前日夜から絶食麻酔から覚め落ち着いた午後3時ころまで水分も口にできなかったのはつらかったが)。

でも手術台に上るのはつらかった。これでお腹中の人と別れると思うと悲しかった。悲しくて、麻酔をかけられながら大泣きしてしまった。看護師は、つらいよねといって手を握ってくれて、自分で決めたことなのにつらいとか思っていいのかと思うとすごく心が救われた。

麻酔科医は私が泣いていることに特にコメントはなく、私の目を見て麻酔のかかっていくとき感覚麻酔にかかっている時間、目が覚めるとき感覚について説明をした。麻酔が入っていくときには針の先に痺れる感覚があるらしく、先ほどとは別の看護師が皮膚をもんでくれていた。手術は婦人科医師麻酔科医師看護師2名の体制だった。

麻酔から覚めるとやっぱり嗚咽が止まらず、ベッドに乗せられて個室に戻った時にはすっかり過換気になっていた。看護師にビニル袋をもらい、彼には会いたくない旨看護師から伝えてもらい、夕方退院した。

産褥シート(夜用ナプキンもっと大きいやつ)をあてがわれていたのでどれだけ出血するか不安だったが、普段生理出血が多いのもあり、大した量には感じなかった。

その後いろいろ思い出しては悲しくなる期間を経て、4ヶ月たった今は、思い出しても泣かないようになった。過換気になったのは手術の日だけだった。最初毎日通勤電車で思い出して泣いていた。数日に一回、彼を責めるようなLINEを送っていた。一人でお酒を飲んでたバーでさめざめ泣いてしまったこともある。

今は彼と結婚することにして(いつとはまだ決まっていないのだけど)また子供を作りましょうという話をしてあるので、心が落ち着いているのだなと感じる。あの日私の内側から取り去られてしまった人の魂が、もう一回来てくれるといいなと思っている。

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731185039

そういう界隈の話を少しでも調べた事があれば分かる

ぶっちゃけまともなご家庭の子供なら、妊娠した所で産むなんて言わないんだよ

親は当然産むのは反対するし子も産んだら人生終了という事を知ってるから中絶して終了

産みたいと頑なに主張するのは、子供をダシに結婚する事で実家から逃げたい子達

レイプするのもアフターピルがあるから大丈夫って中出しするのも

女の体の負担出産中絶ピル、全部負担ある)を考えず性欲満たすことしか考えてない一部の男の問題なのに

こんな問題にまで湧く女叩きは恥を知れ

https://anond.hatelabo.jp/20170731002447

結論から言うと、支援しなくていい、というか、支援しても「ムダ」である

まず高校中学の時点で妊娠するという時点でレールから既に大きく外れている

ここで言うレールは、世間一般人間が歩むであろうという最小公倍数な人生のレールである

こう書くとはてなでは非常に忌み嫌われるが、

実は国の社会保障などは全てこの「レール」の思想にもとづいて制度設計されている

大多数の人間がそれなりに歩むだろうと想定されるモデルを元に、

例えばこれくらいの病気したこれくらい安い医療が受けられるようにしてこれくらいの保険料徴収しよう、

初等教育負担はこれくらい軽減して税源はここから持って来よう、

失業者数は大体これくらいだろうから失業保険はこう設計しよう、

とまあこういった具合だ

大多数の標準規格を作ることができればそれに合わせた製品サービスを廉価で提供できるというのは経済学の基本中の基本

から、みんなが大体これくらいの人生を歩むだろうと想定される人生に、

基本ラインを合わせるのは当然の生きる知恵なのだ

人間が発揮しうる個性というのも、その基本ラインベースにした上で個性を積み重ねるのがセオリー

その基本ラインのものから外れてしまったら、人生設計のものが大きく狂わざるを得ないのだ


前置きが長くなったが、

日本に限らず先進国(教育コスト一定水準以上かかるところの)の一般社会において、

中学高校の年齢で生セックス中出しキメて挙句妊娠するような人間存在は「普通とは想定しない」のである

ローティーンから労働に駆り出されたり初潮を迎えたらすぐに嫁に出されるような非先進国はこの限りではない)


まずこの前提の確認重要である

左派リベラル思想が色濃いはてなではこう言うと凄まじい否定の嵐が吹き荒れるであろうが、

まあ理想社会としてそのようなレールから外れたティーンにも普通のレールに乗った人間と同じような待遇を、

と想定するのは立派なことではあるが、

現実を踏まえずに理想ばかりがなりたててその理想にそぐわない子供現実存在している事案に対して、

理想にそぐわない子供を助けない社会が間違っていると指弾したところで現実がその子供を救うことはない

安倍晋三のようなポンコツ宰相一人放逐できず、

一人一派だのと世迷い言を抜かすリベラルフェミニズム界隈に今の現実問題と向き合うにはあまりに荷が勝ちすぎていよう

この前提を共有できないのなら、

どうぞ世の中や国や社会に対してあらん限りの呪詛を垂れ流し続けるといい

その呪詛によって妊娠した高校生が救われるのであるのならな

社会さえ呪えば弱者は救われると考える原始宗教従事者が日本左派リベラルには多すぎてな

さてこの前提が共有されるのであるのなら、次が肝要である

社会一般のレールから外れてしまった存在に対して、

高校への復学だの一時金の支給だのというのは焼け石に水であり何の意味もないのだ

問題本質は、なぜ社会のレールから外れてしまったのか?という考察である


まりここからは十把一絡げな社会制度による手当は「無効」なのである

元増田が想定する支援というのもこの部類に属する

まり

高校妊娠してしまった生徒には一律このような支援を施します、

という手当は全く効果をなさないのである

なぜなら、そもそもそうした支援が効力を発揮するのはレールに乗った人間に対してであり、

レールから外れたのならもっと個別的な深い分析をせねば何をやってもムダであるからである

はてなに居る左派リベラルはこの点が全く分かっていない

原始宗教の如く、神(政治的正しさ)に祈り、悪魔(国・社会衆愚)を憎みさえすれば人間が救われるという思想に十年一日の如く染まり続けているのだから、仕方がないと言えば仕方がない

妊娠した高校生に対する社会的処方箋もっとコスト」がかかるのだ

個別具体的な諸条件をつぶさに分析して、その子供に最も適応した対応策を施さなければならない

十把一絡げの社会的支援など効くわけがないのである

言うなれば風邪難病の違いほどのもの

流通している薬さえ投薬すれば治るとでも思ってもらっては困るのである

さてここで、避妊もせず生セックスして中出しキメて挙句中絶もせず出産してしま中学高校生は、どうして生まれてきてしまったのかを、個別具体的に考える必要がある

普通に考えればまあ教育水準所得水準も低く、レールからそもそも外れてるようないわゆるチンピラDQN系の糞ガキであろう

こんなのは一々構う必要がないのははてな界隈でも容易にコンセンサスが得られるはずである

いわゆる爆サイ民であり、タバコを吸い、酒を飲み、政治的正しさなど毛ほども顧みず、イジメ差別を平気でして人権意識は皆無、男尊女卑で、セックスにおける同意?何それ?的な態度でセーフなセックスなど全くしないようなDQNに対して支援を!などと世迷い言をほざくはてなーはよもや一人も居るまい

だがしかし、世の中が複雑化してくると、こうしたDQNばかりではないケースも、徐々にではあるが、しかし出て来るかもしれないのだ

純愛の果てに生まれたケースというのももしかしたらなくはないのかもしれない

そのような場合には、DQNと同じように支援必要なし!と断ずるのは早計ではあるだろう

冒頭「支援必要はない」とは言ったが、個別具体的なケースを分析していった場合に、こうした従来のレールでは想定し得ない特殊な例が生まれている可能性も否定できないわけなので、

今後はDQN以外の救うべき対象の見極めが重要になってくるであろう

どうすればいい?

今日仲のいい女友達から聞いた話。

中学同級生の女(以下A子)にDQN彼氏がいるんだが、避妊を一切してないらしい。

A子は専門学生でもし妊娠したら産むつもりでいる。

正直、子供を作ることに関してはどっちでもいいんだが、その彼氏DQNに引っかかるところがある。

DQNは前の彼女に対しても避妊せず、妊娠させ、中絶させた経験があるらしい。

そんな奴がA子が妊娠したときにまともに責任を取るとは到底思えない。

A子も馬鹿だとは思うが、もし妊娠したら産むにせよおろすにせよ不憫な未来になる気がする。

A子は(自分主観だが)精神的にまだ子どもだと思うし、親としてやっていけるとは思えない。

ましてや、産む選択をしてDQNに逃げられシングルマザーとなったらなおさら

A子と自分は本当はそこまで仲のいい訳ではないんだが、時々顔を合わすこともあり、完全に他人事にするのに抵抗がある。

あと、個人的にはDQNの方が黒であり、それでA子が不幸になるのは流石に可哀相だと思っている。

何か自分アクションを起こすべきなのだろうか。

一番現実的なのはピルを飲ませることだろう。

A子はピルを貰おうとしたらしいが、金が無いのを理由にやめたらしい。

なので、自分がその金を援助すれば済む話なのだが。

世間的には中絶とか、シングルマザーとかは良くある話なんだろうか。

自分には人生経験があまりないのでこのような話を身近で聞いて少し戸惑っているところがある。

どうすればいい?

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