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はてなキーワード: テニスとは

2019-02-20

テニスの話じゃない

増田読んでて二次創作同人とかの話になると絵描きとか字書きの神が~って出てくるけど、

自分にとっての神は原作者からその感覚あんまりピンと来ないんだよなぁ

義妹

なんだか結婚して人が変わった

独身の頃は明るくて気安い子で付き合いやすかったのに

結婚出産した辺りから、こんな人だったかなーと思う事が増えて行った

義父が亡くなって、義実家に対してやりたい放題し始めた

毎日のように義母子供を預けてはテニスへ行く

車を買う、家を建てると言ってはお金の無心に来る

ねずみ講のような物にはまって義母貯金通帳を預からせてくれと泊まり込みで義母に迫る

その結果、義母階段から転落して大怪我するも自分が悪いという自覚が全くなく

病院へ看病に通う嫁に上から目線文句ばかり垂れる

親を親とも思わず、利用し尽くし絞れるだけ絞りつくそうとする義妹の姿には唖然としたけど

もっと唖然とするのは、そんな自分を全く自覚出来てない事だ

他人些細な事を上から目線で裁いて、非常に立ち回りが上手いので

何も知らない他人はいかにも義妹は正しい人かのように思うだろう。

まりに立ち回りが上手くて本当にびっくりする。

実家にこれだけの大迷惑をかけて来た事をおそらく義妹の旦那は知らない

2019-02-19

anond:20190219145935

AV女優価値観

金のためなら、愛のないセックスでもやるのが売春婦でありAV女優なのだ

実際に共演したAV男優といちいち結婚するAV女優がいないことで証明されている。

 

AV女優は、普通の人がテニスをしたり柔道をするように、スポーツ感覚セックスをしている。

AV女優にとってセックスとは

しかない。

  • 大切な価値ある行為ではなく、
  • 大して好きでもない男とでも気軽にやれる行為

しかない。

 

セックス快感価値

AV女優にとっては、その程度の価値しかないセックスなので、結婚してもお金がなくなったら、またいつものように誰とでも寝るだけだ。

普通の男から見ると、AV女優はただのヤリマンしかなく、愛の名の元に束縛することができない。

浮気しまくりの女でしかない。

 

果たしてそんな女と結婚して、家庭を築く価値があるのか?

セックス快感シェアする価値があるのか?

普通ならないんだけど、価値を見出す男もたまにはいるね。世の中いろんな趣味の人がいるからね。

2019-02-14

anond:20190206125826

高専卒の方のエントリーが上がっていたので,レア存在である高専について私も語ってみる.何度目の焼き直しになるかわからないが.

お前誰

中堅高専→Bラン大卒リーマン

15年前に卒業化学学科情報としては古い点も多々あるかと思う.ただ学生会長で全国高専につながりを持っていたので、情報ソースは1校のみではない.

メリット

①進学が容易

 後述する.

②早期から専門教育を受けられる

 高校1年次から専門教育を受けられる.全過程専門教育ではなく,高校大学で履修する一般教養とのミックスになっている.年次が低い段階では一般教養比率が高く,年次が上がるにつれ逆転する.まともに単位を取っていれれば5年次は週の半分は研究だった.

デメリット

①進路が固定されやす

 大多数が工業系の道に進む.進まざるを得ないといっても過言ではないだろう.感覚的に同級生の9割はメーカにいる.世界技術系一辺倒なので,その他が見えにくい.入学時点で15歳なので、染まりやす視野を広く持つことも難しい.教員普通研究員なので,理系アカデミアで純粋培養されたような癖が強い人がごろごろコースを変更しようとしても,マイノリティになるため後押しもロールモデルが少なくハードルが高い.

ドロップアウトやす

 専門性が高い故、入学後に技術に興味がないことに気づいてしまった場合モチベーションが下がりついていくのが困難になる.高専受験日が普通高校に比べて早いので,度胸試しで受けてみたら受かってしまった,偏差値が高いのでなんとなく来た,という層の一部がこの状態に陥る.一念発起して3年次にセンター試験を受け大学に進学、文転したものもいた.これはレアなケース.

恋愛チャンスは共学に比べ少ない.15-20歳という多感な時期に恋愛経験はまあ一般的重要だろう.女性が少ないので競争は激しい.勿論立地や当人キャラ次第でもある.化学専攻などは女性比率が高い,それでも半分程度だろうか.

教育課程

授業時間は90分.1年次から週1-2回のペースで半日かかる実習or実験があり,1年次から毎週毎週濃密なレポート提出を課せられる.締め切りや採点も厳しく,図書館での追加調査を含め毎週5-6時間レポートだけで費やしていた.科学文章の書き方の下地はここで醸成されたと感じる.専門科目が入っている分,一般教養が割かれている.歴史はなく,地理も確か1年前期しかなかった.その他普通高校と比べて色々なものが削られていたに違いないが、よく分からない.

また,数学が難しかった.入学後すぐに三角関数確率,2年次に上がる前に微積線形代数.2-3年次で重積分偏微分,常微分・・・.4年次以降で複素関数,曲面,群論ラプラス変換ベクトル場等の応用数学に入っていく.他にも電磁気化学,熱力,固体物理・・・気分が悪くなってきた.

進路

就職

就職率100%.求人倍率10~20倍.県内の有力企業大手現業職現場職長候補)に比較的楽に就職できる.ただ高専生は世の中のことをよくわかってないので,企業業態研究をせずに適当就職してしまい数年後に後悔する同級生はそこそこいた.先生技術バカが多く,経済的リテラシー教育はほぼなかった.私のころはインターネット情報量も多くなく,現在はまた違っていると思われる.

②進学

大きく2つに分かれる.専攻科か大学か.

専攻科:

自校に残り,2年間の延長教育を行う.大卒資格を得られる.ほぼ研究メインの生活を行う.研究8割,授業2割くらいか卒業後は旧帝や技術大学院(奈良先端科技大/豊橋技科大/長岡技科大)などに院進する人が多かった.就職する場合世間的にはレア存在であり,専攻科?そんなのがあるんだ?という反応をされ,研究漬けで辛い生活を送ってきたのにも関わらず就職アピールとしては弱いと友人はボヤいていた.

進学(3年次編入):

ここが最大のうまみであろう.

①いくつも受験可能大学毎に試験日程が統一されていないので,費用と日程確保さえできればいくらでも.自分場合は4大学に出願し,3大学目で決めた.偏差値が低いほど早めに行う傾向があった.

受験科目が少ない.例えば東大数学英語だけだった.(東大のみ2年次編入だったが)問題奇天烈ものでなく,真面目に授業を受けてしっかり対策していれば十分に解ける範囲である

高専によっては提携大学がある.私が卒業した高専では所在県の大学提携私立大学関関同立など)は指定校推薦でほぼ全入していた.高専から私立大学に行く人は少ないので,競争率も低かった.就職したくはないが勉強も好きではない下位層は延命策としてこの選択肢をとっていた.大学編入後は一般教養はほぼ単位認定(=免除),専門教科も高専で齧っていることが多く,比較的楽.実験研究発表においては経験の差が歴然学部レベルでは専門を変えない限り大きな問題はないだろう.彼女が欲しくてテニスサークルに入ってみたが,雰囲気についていけなくてすぐ辞めたというオチ

レベル

ピンキリトップレベル明石高専豊田高専などは偏差値60後半でそこらへんの進学校を超える難易度だが,商船高専などは50前後学科としては電気がいつも大変そうだった.数式だらけで理解するのが大変.材料土木環境,その他新興分野はおぼえればいい科目も多く,比較的楽.

寮生活

全寮制の高専は確かなかったと思うが,大概他県や遠隔地から学生用に寮が用意されている.寮ではゲーム相手に事欠かない,発売日に漫画がすべてそろう,ありとあらゆるジャンルのエ〇本を閲覧できるなどのメリット(?)もあるが,大きなデメリットとして私が通学していた20年前では上級生による「しつけ」という名の体罰が行われていた.木曜日の夜に1年生を呼び出し,暗闇の中で数時間正座をさせて悪事を白状させるというもの.(風呂掃除に数分遅れたとか,寮の敷地内で先輩を発見した際百m離れていても90度おじぎをして挨拶を”叫ぶ”必要があるが,そのお辞儀角度が足らなかったなど)一定数白状しないといつまで経っても終わらないため,どうでもいい些細なことを報告するのが常であった.正座のみならず1時間両手を上げっぱなしにさせるなど.終わった後は体が痛んだ.脚が痺れを通り越して暫く立てないレベル.なぜ木曜の夜かというと,金曜になるとみんな帰省してしまうため.

さすがに今はもうないだろう.今の価値観だとありえない.しかし,中学校を出たばかりの小僧大学1-2年生相当の先輩たちはとても怖い存在で,且つ退寮して親に金銭負担をかけられないため多数は我慢選択する,という構図だった.私の親も鍛えられてこい,という感覚だった.家が比較的近いやつは馬鹿馬鹿しくて通学に切り替えていた.私のころはなかったが,以前は先輩から達しが出るや否や吉野家の牛丼を30分以内で代理購入してくるという「吉野家ダッシュ当番」なるものもあったそう.尚,年次により寮内でのルールは緩くなっていく.年次による権力揶揄した称号があり,1年次から奴隷」,「見習」,「平民」,「貴族」,「神」.1年次においては共有スペースの炊事禁止テレビ閲覧禁止風呂掃除や朝食準備などの各種当番,祭りでの汚れ系出し物など.2年次になると共同場のテレビ閲覧可,3年次から個室があてがわれ、テレビも自室に設置が可能となる.今思い返せば,異常に陰湿日本文化如実に体現しており,乾いた笑いが出る.私は上級生になった際このシステム廃止しようと試みたが、全体的にそれを維持したいという空気が流れており結局叶わなかった.ただ親元を離れて集団生活を送ったことで自身も随分たくましくなったと思う.

今私は何をしてるか

メーカを何社か転職し,現在ITデータ解析職.製造業に興味がないことに気づくのに大分時間がかかり,また気づいてから収入を維持しながらも他業種へ脱するまでが大変だった.現在は34歳で年収950万円.奨学金は500万ほどあったが30歳前に完済することができた.

所管

総合すると高専おすすめ.ついていければ就職には楽にありつける.ただし癖が強いので人を選ぶ.

2019-02-06

なぜVtuberオリキャラなりきり動画投稿者流行ったのか昨日まで分からなかった

まず断っておくと、自分はめちゃくちゃVtuberという存在が嫌いだ。

中身おじさんなのを知りながら男が(同性愛としてではなく)ガチ恋だとかエロいだとかと言っているのを見ると身の毛もよだつ思いだったし、いわゆる普通の生身のYoutuber小馬鹿にしてたくらいの層の人間が、Vtuberのことは嬉々として喋るようになったのを嫌と言うほど見てもやっとした気分になっていた。

いくつか有名どころの動画を見たことあるけど、結局普通Youtuberと内容に大きく差があるわけでなし、むしろ内輪感みたいなのがより強いように感じて、中身がないだの信者気持ち悪いだの生身のYoutuberに浴びせられていた批判は、こっちにも浴びせられてしかるべきなんじゃないかとずっと感じていた。言葉を選ばなければ、結局こいつら絵が付いてないとブヒれなくて、自分ブヒれないのに世間話題になるコンテンツは無条件で叩くってだけだったんだな―と思ってた。

けど、今はすっかり下火とはいえVtuberアンチ自分から見ても相当流行りに流行った。評判がよろしくないらしいけどアニメが今やって(もうやってない?まだやってる?)たり、NHKニュースにまで出るようになっているらしい。テレビで取り上げられたのは近未来感があって面白い試みだから…とかいろいろ理由があるにせよ、オタク趣味持ってる人間Vtuberのこと全く知らないというのは、深夜アニメを一切見ない人種と同じくらい少数派になっているように感じた。

自分萌え系のコンテンツ積極的にハマりに行くタイプではなかったが、オタク趣味全般はある程度知識の「守備範囲」に入っているというつもりで、自分気持ちと一致するかは別としてmその辺のジャンルの何が受けているのか、ファンはどういう気持ちでそれを見ているのかをある程度理解できるつもりだった。

からこそ、ここまで自分にとって受け入れられない、楽しんでるヤツの神経がわからないコンテンツ自分守備範囲から世の中に肯定的に取り上げられていくというのは個人的に初めての経験で、ハンドル含め名前の出るところでは「詳しくないけど面白そうと思っている」くらいのスタンスを演じつつ、匿名掲示板死ぬほどくさしたりしていた。(増田には書いてなかった)

ただけっこう過激派アンチだと思う自分でも、Vtuberのみんながみんなを毛嫌いしているわけではなく、どうやら自分の中に「これはまあ許せる」という基準があるようだった。一言でいえば、「自分知識技能を発信するときに、生身とか解説動画でやるより多くの人に見てもらえそうだから」という感じでVtuber活動をしている人たちには、あまり嫌悪感がないのだ。○○〇〇学という素人にはちょっと気乗りしたい分野の知識シリーズ動画で話しているVtuberを知っているが、この人は中身はおそらくおじさん(たぶん学者さん?)で、お嬢様風の萌え萌え女の子アバターを使って活動しているのだけれど、これは自分勝手基準の中で「許せる」。

逆に中身とアバター性別属性が一致している(若い女の子が中身の人とか、アバター別にイケメンでもない男だったりとか)としても、自分は大半に対してさぶいぼが出るほどの嫌悪感を抱く。女体化だのおじさんがかわいい女の子の振りをすることだのに抵抗があるわけではないということだ。じゃあ自分Vtuberの何が嫌いなのかというのをこっから吐き出すとともに、「でも、お前らだってそうだったはずじゃん!」と駄々をこねたいというのがこの投稿の主な目的だ。

一言でいうと、つまり自分は、「キャラなりきり」というものものすごく気持ち悪く感じるのだ。

基本的Vtuber自作キャラになりきって、そのキャラを演じて動画を作るから、ここが嫌いではそりゃ大半はどうしようもない。そもそも自分には絶望的に合わないコンテンツだったのだ、と自己分析としてはすんなり納得がいっているのだが、その中でも「許せる/許せない」が出るのはどういうわけか。

これは、「許せる」側の投稿者は、キャラなりきりをあくま情報発信のための都合がいい手段としてとらえている(ように自分には見える)ということが要因なのだと思う。町おこしのためにゆキャラが考えられ、中の人着ぐるみになりきって活動していたとしても全く嫌悪感はないわけで、Vtuberの中でもそちら側のタイプっぽい人は全然許せる、という心情をどうも自分は持っているらしい。

反対に許せないタイプVtuberは、どこからどう見てもキャラになりきることが目的の人たちだ。別に誰にも迷惑をかけていないのだから自分が許さな道理はないのだが、どんなに友人におすすめされても、こういう人たちは全く好きになれる気がしなかった。なまじ設定が凝っていたりすると余計ダメで、その設定を持ち出して動画の中で一笑い起こそうとしているのを見たりすると、もう半日くらいおなかを壊すくらいにどうしても受け入れられなかった。

この「なりきり」への嫌悪自分の中で醸成された過程は正直定かではない。ぶっちゃけ自分が人並外れてこのジャンルへの嫌悪感が強いとは全く考えていなかった。嫌悪感に今まで気づかなかったという意味ではなくて、みんなこれぐらい嫌っている(忌避している)ものだとばかり思っていたのだ。

SNSだのが登場する以前、ネット上のコミュニケーションBBSやらチャットだった頃、普通自分ハンドル雑談するコミュニティのすぐそばに、「なりきりチャット」やら「夢BBS」やらがあるのは目にした覚えがある。なんなら覗いてみたこともあるかもしれない。でも、そこでやっていることが楽しそうだとはどうにも思えなかった。多分、初めてその存在認識した時から、なんとなくそういう趣味普通雑談よりもキモチワルイものだと感じていたのだと思う。

SNSが、とりわけミニブログ系のやつが登場して以降、「キャラクターなりきり垢」みたいなものもたまに目にした覚えがある。テニスの上手い〇部とか不〇とかになりきって会話してるやつ。ああいうのも存在は知っていたが、やっぱり気持ち悪いやつらがやっていることだと認識していた。ジャニーズの夢メール画像だとかと同じジャンルのものとして。テーマに沿った、あるいは沿っていない雑談をする中でも、かなりヤバい奴が集まっているテーマというか、あまり直視したくない「ネットの闇」の方のコンテンツだと思っていた。

ましてや、オリキャラのそれなんて、もっと見たくないものというか、あけっぴろげに言えば思いっきり見下していたジャンルだった。

そもそも素人オリキャラ作ってそれをみんなに見せて…という行動自体メアリースーだの、オリジナルSSだので割と見下されることの多い趣味だったように思う。その上、それ自体も怖いコンテンツであるキャラなりきり。このような趣味は、もうネット恥部恥部の重なりの部分、見下す云々以前にどんな奴がやってるんだかむしろ怖いもの見たさで知りたいくらいの闇ではなかったか

そして正直なところ、自分のここまでの認識がそこまで一般ライトオタクとずれていたというつもりはない。Vtuber流行以前なら、キャラなりきりに対するスタンスを聞いてみれば、結構な人が(程度の差はあれ)同じような答えだったのではないかと思う。

ぶっちゃけオリキャラ作って他人に見せて…のほうは、「その中でも認められて素人でなくなった人はいる」という所を指摘されるとどうにも反論できない。が、そういう風に羽ばたいていった人たちに備わっていた力量みたいなものが今流行っているVtuberにあるとは思えない。そもそもそういう人たちの創作内輪ネタみたいなものと無縁な気がする。反論しきれていないというのは重々承知だが、「なりきりではあるがオリキャラからVtuber流行れた」ということにはならないのではないかと思う。

というかぶっちゃけ、「オリキャラなりきり動画投稿者」と呼んだ時、ほとんどの人は何かおぞましい、自分が上で言っているようなネットの闇っぽいもの連想しないだろうか?以前似たようなアンケート匿名の場でとったことがあるが、大体のオタクはこれをVtuberのことだとは思わずゆっくり茶番劇をやるようなのだとか、一人で必死に声色を使い分けてヴォイスドラマを録ってるようなヤバいの(そんなのがあるらしい)だとかを連想していた。

でもVtuberって要するに「オリキャラなりきり動画投稿者」だよね?これ以上の要素も特に含まず、過剰に誇張している部分も特にないと思う。意味を端的に表そうとすれば相違なくこうなるのではないだろうか。

からこそ、自分にはなぜこのおぞましいジャンル流行し、多くのオタクに受け入れられたのかが分からない。たとえ最盛期のVtuberファンの半分が「みんなが見てるから」でファンになったのだとしても、もう半分はこのネットの闇を好意的に捉えたということになる。一体それはどうしてなのだろうか。

Vtuber好きが集まるところでこんなことを言えば荒らし扱いで無視されるだろうし、同じアンチ同士で話しても「最初工作でそれに流された奴がファンになった」だの「あいつらはシコれればなんでもいいだけだから」だのいまいちピリッとした答えをもらえないでいる。

多分自分認識のどこかにずれがあるからこうなったのだと思う。それがどこなのか、誰かに教えてほしいのだ。

追伸

反応を見て、だいたい「Vtuberオリキャラなりきり的なコンテンツではなくて、単に中身本人の人格のままアバターを被せただけのものである」や、「TRPGやPBWのように、素人オリキャラなりきり自体言うほど忌避されるものではない」というあたりが自分勘違いだったのかなと感じている。

前者の方はかなり納得していて、要するに自分の「許せる」基準に合わせて言えば、Youtuberとして自分自身を発信していきたい人間が、生身の自分よりも多くの人に親しみを持ってもらいやすいと考えてアバターを使ったということなのだろうと思った。アンチの中にはこういう捉え方をした上で「○○とか○○は単なるYoutuberワナビーが売れるためにアバター被ってるだけじゃん」みたいな嫌い方をする人もいるかもしれないが、自分自身としてはそうであってもいいんじゃないかと感じるし、ファンになれるかは別として、こういう方針活動をしている人なら別にサブイボが出るほど嫌いにはならないと感じている。

後者の方は確かにオリキャラなりきり系コンテンツの中でもまあまあ高尚(というか多少カッコが付くくらいの意味)な趣味もあったなあ、と感じたのだけれど、TRPGやらPBWはあくまで本人が楽しいコンテンツであって、誰かが作ったオリキャラ情報発信ファンが楽しむ、みたいな構図はあまりなかったように思う。人生で数回やったことがある程度の知識しかないので、この辺の認識違いがあればまた指摘してもらいたい。

VNIに関しては、正直自分の頭からVtuberと同ジャンルのものだというイメージ全然抜けていて、指摘されて自分でびっくりした。構図的にはかなりそっくりものなのに、なんで抜けていたのだろう。(これ自体広く受け入れられたかというか、ネットの闇扱いされていなかったかはこの際考えないでおく。)

多分、VNIあくま受け手側の気持ちとして見ていたので、「オリキャラなりきり」と自分は捉えていなかったのではないかと思う。Vtuberは、ネット上の知り合いが何人もなっていったりして、中身の人間、つまり発信する側が自分視野の中に入っていたせいで、そういうものとして見ることになったのかもしれない。

流行った理由考察としては、もともとゲーム実況が好きになる素養のあった人が、可愛い女の子アバターに惹かれて見に行ってファンになったというのがとても自分でしっくりきた。というか以前から何となくそういう推測は自分の中にもぼんやりあった気がするのだけれど、「それでもあのオリキャラなりきりっていうコンテンツへの拒否感が普通は勝たないか!?」と考えてそれを流行った理由として捉えられていなかったのだと思う。その拒否感の方が自分勘違いだったと分かってしまえば、すんなりと腑に落ちる。

自分としては、今挙げたような内容が自分勘違いのせいで認識のずれが生じ、世間で受け入れられたもの自分は許せない、という状況が生まれたということである程度納得している。だからと言ってたぶん好きにはなれない(これは完全に個人的な好みとして嫌いなタイプ文化が界隈にあるから)のだけれど、多くの人に受け入れられて流行った理由も、ファン心理もとりあえずは理解できたように感じている。

もしこれらの他にも自分認識の違いがあったり、あるいはまったく的外れなことを言っていたりするようならば、また指摘してもらいたいと思う。よろしくねがいします。

2019-02-04

anond:20190204005343

受け入れて心の中で増幅させる前に吐き出せばいい

テニスは「そんなんだよね~なんでだろう?」って言えばよかった。「お前下手すぎ、二度とテニスすんな」とか「お前のせいで!」とか言われてないなら問題ない

スノボは「いつ撮ったんだよ~じゃあ、誰か教えてよ」とか言えば午後も楽しめた

スマブラ勝負に負けて悔しがるのは良いけど、彼女か金賭けている訳じゃなきゃ次やればいい。ゲーセンで金かかっているわけでもないし

気持ちは分かる。自分もそうだったから。でもさ、溜め込んで体内で増幅させるよりは流すか、吐き出すかすべき。そこが下手

弄りは芸人が作った悪しき文化とか言うけど、普通に外国にもあるから。ただのコミュ障。もちろん逃げ出すのも有りだが、空気壊してまで逆ギレするのは自分勝手

教養としてのスポーツ

私はスポーツに興味がなくスポーツに関する知識ゼロだが、スポーツ世界の多くの人が関心を持っていることであるため教養として学ぼうと思う。野球サッカーゴルフテニスマラソンオリンピック関連の情報を押さえておけば十分だろう。個別競技を観戦しなければわずかな時間で処理できる。

仲良くなってきた友達他愛のないコミュニケーションをするのが怖い

から他愛のないコミュニケーションをするのが一番つらかった。

そこまで内向的な方ではなかったので、ある程度の話題作りはできて特にコミュニケーションを始めるのに苦労したことはありません。会話もよく続くし、皆で笑い会える会話はできる方だと思います

そういうコミュニケーションを続けていくうちに、段々とお互い気兼ねなく発言できるようになっていきますよね。僕が一番苦手なのはその段階からです。仲の良い友達になってくるとお互いに遠慮がなくなり、多少棘のあるような発言煽り、イジりなどが出てくると思います

僕は、この手のコミュニケーションものすごく苦手です。

学生時代所属していたテニス部で、部内戦で負けて気持ちが落ち込んでいたときに、その時信頼していた友人から、おそらく励ましだったと思うのですが「あそこであんミスするとは思わなかったわ笑」と言われたことがありました。きっかけ、とまで言うのは言いすぎだと思いますが僕が人間不信気味の傾向を作るのに十分なシチュエーションだったと思います。それ以来、その友人とはあまり気兼ねなく話すことは出来ていません。

大学スノボーに初めて行ったとき、周りの皆はある程度滑れる人たちだったので僕はある程度外れた初心者用のところでゆっくり一人で練習していました。お昼に合流したとき面白い動画を撮ったと言ってそれを見せてくれたのですが、それはたどたどしい木の葉で初心者コースをなんとか滑り降りている僕を撮った動画でした。コースの脇にそれてしまって、深い雪から抜け出そうとするも中々抜け出せない姿までしっかり撮影されていました。スノボーにはもう二度と行きたくなくなりました。帰ってからもう行きたくないと話すと友人たちはとても不思議そうな顔で「なんで?」と聞いてきたのが印象的でした。

最近だと、皆でスマブラ(ストック3)をやっているときに僕がちょっとしたミスをしてやられたことがありましたが、その時悔しくてしばらく黙っていたら「おい〇〇〜どうした?たかゲームメンタル弱すぎ笑」と言われたことがありました。負けて落ち込んでいる僕をイジって場を盛り上げようとしたのでしょう。ですが、僕はその発言はどうしても無理でした。スマブラの後にご飯を食べに行こうと誘われましたが断りました。その日は食事が喉を通りませんでした。

僕はこの手の発言が全て悪意から来ているものではないとはっきり理解しています。当たり前ですが、この友人たちは悪気もなく発言しているでしょうし、当然今回題材に取り上げたテニススノボースマブラたまたまです。

ですが、僕はどうしてもこの、煽りというかイジりというかその手のコミュニケーションがどうしても無理に感じるときがあります。どんなコミュニケーションが取られるべきだったのかわかりませんが、僕をイジって笑いを取るその一瞬はいつも時間スローになり心臓が締め付けられます

そんなふうに感じている僕自身、煽ったり弄ったりしたことがまったくなかったかと言われると言い切れません。人並みに、”場を盛り上げ”たり"励ます"ために煽ったりイジったりをしていると思います。そう自覚してしまうと僕は僕自身が許せません。

でも同時に、仲良くなってきたらそういうコミュニケーションにもなるだろうとも思っていて、その程度のコミュニケーションにも耐えられない自分があまりにも脆弱だし、自分脆弱なのに誰かとのコミュニケーションでは平気で煽っている。なんて自分はひどいダブルスタンダードを持った人間なのだろう。そう思います

煽ったりイジったりするのやめてくれと訴えて被害者面をしている僕自身が、誰かを多分傷つけていてそれに気付いていないふりをしている。じゃあもうどうしたらいいのだろう。そう思いながら今日もなんとか人間をやっています

2019-01-30

小説 文体識別クイズ

はてなーの皆さまこんにちは今日も元気にウンコ漏らしてますか?初めて投稿します。

物心いたこからずーっと気になっていたことがありまして。それはズバリ、「みんな作家文体をどれくらい識別できてるんだろう?」という問題です。

気になった方は、まずは以下の問題に挑戦してみてください。



★以下の①~④と(ア)~(エ)の文章は、それぞれ同じ作家の書いた別の小説作品から、一部抜粋したものです。①と(イ)、②と(ア)...のように、同じ作者の作品どうしを組み合わせてください。

① そして彼が知ったのは、彼等の大部分が、原発というもの実態を把握していないらしいということだった。どこにどれだけの原発があるかも知らず、それが止まるということはどういうことかイメージできないようすだった。原発が止まっても大して困らないんじゃないかという意見もあれば、ろうそくを買うべきだろうかと異常に心配している声もあった。

② この人は母とは本当にお似合いだ。言葉表現した瞬間、それが的を射ていても、本当のことを言っていても、なぜか必ず嘘っぽく聞こえ、薄っぺらい印象になる。この人のこの言葉と僕の事実とに挟まれて、僕のあの放火未遂っぽい事件は行き場を失ってしまったようだった。

船長主催晩餐会は、さんざんなていたらくであった。夕刻から、この時期には珍しい西風が吹き始め、それは次第に客船上下に揺らした。乗客の中でもとりわけ過敏な者は、晩餐会のための服に着替える前に、すでに船酔いにかかって、各自のベッドに臥してしまった。

札幌の街には今年最初の雪が降り始めていた。雨が雪に変わり、雪がまた雨に変わる。札幌の街にあっては雪はそれほどロマンティックなものではない。どちらかというと、それは評判の悪い親戚みたいに見える。


(ア): 夢の中の俺はまだ子供で野球バットか何かを捜しに来たのだ。暗闇の中で金属バットが触れ合ってカランコロンと甲高い音を響かせる。俺は広いフロアを見渡す。たくさんの影はしんと静まり返って何も動かない。

(イ): バーは、二階に著名なフランス料理店があるビルの三階にあった。長い一枚板のぶあついカウンターと、四人掛けのテーブルが二つあるだけだったが、いかにも酒を飲むところといった風情で、助成従業員はいなかった。

(ウ): 三人目の相手大学図書館で知り合った仏文科の女子学生だったが、彼女は翌年の春休みテニスコートの脇にあるみすぼらしい雑木林の中で首を吊って死んだ。彼女死体新学期が始まるまで誰にも気づかれず、まるまる二週間風に吹かれてぶら下がっていた。今では日が暮れると誰もその林には近づかない。

(エ): 十九年前にさらわれた赤ん坊がどこにいるかを、早く彼女に教えてやらねばばらない。白血病で苦しむ息子が助かる道があることを示してやらねばならない。言葉を発しようと息を吸い込んだ時、小さな疑問が彼の胸に宿った。それは瞬く間に大きくなり、やがては衝撃となって彼の心を揺さぶった。

・答えは↓


















【答え】

①- (エ) 東野圭吾

②-(ア) 舞城王太郎

③-(イ) 宮本輝

④-(ウ) 村上春樹

①: 東野圭吾天空の蜂」(講談社2015年、p124、ハードカバー版)

②: 舞城王太郎「イキルキス」収録「パッキャラ魔道」(講談社2010年、p193、ハードカバー版)

③: 宮本輝海辺の扉(上)」(角川書店1991年、p151、ハードカバー版)

④: 村上春樹カンガルー日和」収録「彼女の町と、彼女の緬羊」(平凡社1983年p50ハードカバー版)

(ア): 舞城王太郎煙か土か食い物」(講談社2004年、p117、文庫版)

(イ): 宮本輝海岸列車(上)」(毎日新聞社1989年、p162、ハードカバー版)

(ウ): 村上春樹風の歌を聴け」(講談社文庫1975年、p77、文庫版)

(エ): 東野圭吾カッコウの卵は誰のもの」(光文社2010年、p204、ハードカバー版)



いかがでしたでしょうか?

なぜこんな問題を作ったのかといいますと、自分はけっこう文体に敏感な方なのではないかと、密かに感じてきたからです。

同じドラッカー作品でも、上田惇夫訳の「マネジメント」はすごく好きなのに、上賀裕子訳だとなぜか全然頭に入らなかったりします。趣味で読む本は、好きな著者のおすすめで買ってみたものの、文体が気に入らなくて読み進められないことも多いです。(村上春樹はすごい好きなのに、おすすめサリンジャーナインストーリーズ」は受けつけない、など。翻訳版をよく読む方にはあるあるなのでは)

それぞれの作者ごとに、「この人は勢いがあって脳が活性化する感じ」とか「クールな感じで読んでいても全然感情を感じない」とか「頭の中に繊細で暖かいイメージがふわっと浮かぶ」とか、料理でいう味みたいなものがあります

小説じゃなくても、エッセイでもビジネス書でも、どんなジャンルにも作者ごとの「味」がある。そして、これはその人の持つ「文体」が決めている部分が大きいと思っています。(本の装丁も全体の1~2割くらいは関係してる気がします。料理を載せる皿によってちょっと味の感じ方が変わる感じ?)

でもこの「味」って、大まかにはみんな感じるところがあるはずだけど、誰もが全く同じように感じていることはあり得ない。みんなで同じ料理を食べていて、「おいしい」「苦い」「熱い」などの大まかな感じも方向性は決まっていても、それをどこまで感じているかは人による。(同じ「辛い」カレーを食べても、人によってピリッとする辛さなのか、喘ぐくらいの辛さなのか、という辛さのニュアンスは異なるはず)

これって料理の味ならみんな共感できると思うんですけど、文章の「味」についてはほとんど議論されない。これって実際はどうなのか、という実験でした。

今回挙げた作家について、個人的に感じる「味」はこんな感じ。(あくま個人の感想です。前者二人の文体は大好き、後者二人はうーむ。ストーリーはそれぞれ面白いと思います。)

村上春樹: なんの抵抗もなくすっと頭に入って、胸にふわっと煙みたいに広がって染み渡る。イメージ幻想的ながら、ありありと脳裏に浮かぶ。もう村上春樹っぽいとしか言えない。

舞城王太郎: 「文圧」のすごさ。リズムと勢いで、パンパン読ませる。胸が暖まって脳が活性化する感じ。文体で読ませる作家天才

東野圭吾: 必要最低限の情報量情報は伝わるが、感情はあまり伝わってこない。マックハンバーガーみたいな感じ。

宮本輝: いいところのお坊っちゃん。淀みなく流れる川のように流麗。美しい文章だが、あといま一歩感情が胸に迫ってこない。脳の活性化いまいち


最後までお付き合いいただいたはてなーの皆さん、ありがとうございます!皆さんのやってみた結果は、コメントで教えていただけるとありがたいです。あと余裕のある方、同じような問題作って自分にもやらせて...!!

日本人”とは

日本人(ニホン or ニッポンジン)とは、

…等の条件を満たす人物を指す(思いついただけなので、条件に過不足があるかもしれない)。

からテニス大阪なおみ選手が「日本人であることに違和感を抱いたり、“カタコトな日本語を話すガイジン”扱いされたりするのでは?

なぜなら、彼女

上記の条件を満たしていないからだ。

逆に、外国籍を取得した研究者ノーベル賞を受賞すると、こぞって「日本人が受賞した!」と騒ぐ。

これは

といった条件を満たしているので、民族認定されるのだろう。

そして、残念ながら“日本人”でない者はこの国ではコミュニティーの一員としてすぐに受け入れられない。“外の人間ガイジンなのだ

これが現実である

さらば、ニッポン

2019-01-28

経験入社プログラマーダークサイド

基本的に未経験入社の人は勉強をしないと業務に追いつかない。

から毎日勉強しないと焦る。

睡眠時間も3時間4時間になる。

でも勉強が追いつくのはまだまだまだまだ先。

なので業務でずっとずっと足手まといであり続け、注意され続ける。

足手まといだし直しや指導されまくりで進捗が遅れまくりなので精神的に辛い。

早く寝たとしても勉強できなかったという自責の念精神的に辛い。

何も成長しないまま次の出社をしても精神的に「大丈夫かな…」って不安になる。

から夜遅くまで勉強することになる。

でもそんなんだから体も心も基本的ボロボロになる。

でもそれが「未経験なんだから当たり前」。

だけどその辛さを誰も想像してくれない。

経験とか関係なく仕事は進められるし、

関係なく足手まといだし、

関係なく指導されるし、

夜遅く寝ることになるし、

早く寝ても辛いし、

という現実を感じてくれない。

自業自得

そんなの分かってるけど、自業自得だとしてもそんな厳しい状況に置かれている存在が未経験入社族なんだということをある程度わかってほしい。

いや、自業自得なんだけど。

きついとしても、松岡修造テニス塾よりはきつくないしね。

情報収集能力の差とファンタジーを紡ぐ日本マスコミ

大坂なおみ国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍選択すると思うが、そのとき日本人失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1986876.html

テニス選手の行く末なんかどうでもいい。ついでに政権がどうなるだとか、記事話題にあるブロックもどうでもいい。

ただ、↑の中に、

2018年日本代表として出場したかオリンピック憲章で3年間は国籍変更できない。



みたいなコメントがあって、似たようなリプライツイッタラーの本人もあって、本人が、しらなかったなあ。みたいなツイートを平然とする。


ネットが普及して以来、情報の量はそれまでの何十倍、何百倍にも増えて、大量の情報をどれだけ消化して裏の取れた都合のいい情報をまき散らすかが

ネット社会での情報戦争なのに、マスコミは、ただ、出力する口がでかいということだけを武器に、裏の取れた情報収集するよりも

ただ、単に、都合のいい情報をまき散らすということに腐心してる。結果として、マスコミは、ファンタジーを紡ぐことになり

さらに、ネットでは大量の情報収集整理するやつらが大量にいるので、マスコミ記事ファンタジーあるいはマスコミの願望が透けていて

マスコミ記事、つまり新聞テレビニュース真剣に読みたいと思う人は、そのファンタジーを読みたいと思う人だけになってしまった。

そりゃ、部数も世界的に落ちるよ。

この構造は、マスコミだけじゃなくテレビ制作出版社にもあって、大衆はこんなのがおもしろいはずだという信念というか彼らは経験というものがあって

現在リアルの状況は調査しないで、以前はこうなんだから、今回もこれで!みたいな内容になっているものを強引に売りさばこうとする。

でも、リアルの状況は、以前とは変わっていて、大量の情報収集によって、別の価値がどんどん生まれてて、同じ価値通用しない。

でも、信念や思想、勝ち筋みたいなのが、あきらめられなくて、大衆にはファンタジーに思えることをリアルだと言い続ける。

そりゃ、大衆も紙離れするよ。

紙に書いてあるものを信頼できるものと思えてた時代は終わったとみんな気付き始めてるんだから

紙の物理的良さは、以前から変わらないけど、紙の信用は、この10年でものすごく失墜したよ。

でも大阪なおみは応援しない

日本国籍あるのも日本語喋れないのもへーそうって思うけど

テニスよくわかんねえし

HUGっとプリキュア×美少女戦士セーラームーン無印

主に最終回の話をする。

テニスと嵐に流されたけど絶賛話題の子供向けアニメHUGっと!プリキュア最終回

この監督がなにを隠そう佐藤順一である

経歴

美少女戦士セーラームーン1992年 - 1993年シリーズディレクター

美少女戦士セーラームーンR(1993年 - 1994年シリーズディレクター59話まで

セーラームーン一期最終回を覚えている人は多いだろう。

一度見たら忘れられないのだが、見てない人向けに説明しよう。

美少女戦士セーラームーン最終回

ラスボスの対戦に向かう途中次々と倒れたセーラー戦士たち……

主人公うさぎ最後の敵は我を失ったタキシード仮面様だった。

うさぎは彼とは戦えないが、傷つけあいながら仲間たちのことを思い出していく。

傷だらけでボロボロ戦士たち。もうすでに息は無い。

うさぎは言う。彼女たちはキスもできないまま死んでいった。私だけキスはできない……そしてタキシード仮面と共にうさぎも戦いを終えて倒れたのだった。

ここまでが最終回殆どを締めている。

――そして朝が来た。

なんと奇跡的に奇跡の力でみんなが生き返ったのだ!!!!!!

でもみんな戦いのことはすっかり忘れて、自分の使命も忘れて、他人同士のまま幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。完

苦情が相次ぎ子供が泣き喚いたという伝説最終回監督が、プリキュア出産シーンをリアルに描くことで平成を駆け抜けて行ったらしい。

平成の子供は佐藤順一に振り回されたのであった。

なおこの最終回演出を手掛けたのは、後に佐藤のあとのセーラームーンを継ぐことになる幾原邦彦だということはあまりにも有名な話である

あっ、そういえばちびうさってネオクイーン・セレニティキングエンディミオンの娘だったね。

はぐたん=ちびうさ なのだ

2019-01-27

anond:20190127114722

テニスはもともとナショナリズムを越えて仲良くなろうよという意味インターナショナル精神スポーツ。少なくとも20世紀までは。

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