「スペースオペラ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: スペースオペラとは

2021-06-05

SF」という、進歩的な題材のはずがむしろずば抜けて保守的なオヂサン層が住み着いてしまった哀れなジャンル

まったくの皮肉だよな

 

SFっつったらさ

ワープ! ロボット! 宇宙旅行! とかで少なくとも

人類労働から解放されたり、技術革新希望に満ちた前向きなジャンルだと思うじゃん?

でも現実ロボット支配されたり、1984みたいなディストピアものばかりで

リベラルどころかバリバリ冷笑系保守オヂサンが住み着いちゃったわけよ

 

冷戦期に勃興したジャンルだけあって、共産主義と聞くとギャオンギャオンしちゃうような

コテコテネトウヨも大好きだよねーこのジャンル

要はさ、「ガンダムみたいなロボットを作れる技術があっても、永遠に人類戦争から脱却できない」

っつう冷笑マインドが染みついちゃったんよ

 

例えば最近スターウォーズ三部作大炎上もそうで

本来ならあれだけの文化発展具合なら、銀河帝国よりも

みんな労働から解放されて平和に生きてる~とかの方がまだ分かるじゃん

全部ドロイドにでもやらせてりゃいいじゃん

でも作品はずっと人間同士で「抑圧との戦い」をしてる ハムスター車輪みたいにさ

そんでポリコレに媚びようものならオヂサン方が顔真っ赤にして(あ、真っ青の方がいいかな? イデオロギー的に・・・

ギャオンギャオンするわけだ

 

 

そんで、オレが言いたいのはよぉ

SF文壇ものの見事に衰退したのも、彼らのような排外的保守オヂサン方を

排除できなかったのが一番大きいと思うんだ

 

彼らがSFを食い物にして、権威主義を構築して、天皇のようにふんぞり返って

女や若者を賞レースから追い出してれば

そらこんなクソみたいに未来の無いジャンル誰がやるかよ! とはなるよね

SFに「平和」「平等」というアスペクトを持ちだすのを嫌がるから

SFは常に宇宙プライベートライアンみたいな状態にさせられてる

宇宙あたしンちがあったっていいやんけ

 

 

その結果、資本主義国家ではSFボロボロに廃れて、スターウォーズみたいな

スペースオペラ(笑)の名を借りたまがい物だらけになり

「三体」みたいなハードSFが、こともあろうオヂサン方の嫌っていた共産主義国家からまれたってのも

なんちゅうか、SF短編集みたいなアイロニーを感じてしまうよ ぼくは

2021-03-04

エヴァは25年の月日に潰された

1月22日、娘の前でエヴァ一挙放送の「破」を見ていた。

エヴァについて色々質問してくる娘に答える。昔流行ったアニメであること。今も作られ続けていて、今度ようやく完結すること。画面の中で動くキャラ名前兵器のこと。あれこれと説明していく私の横で、娘は一言こう言った。

面白い?」

私は答えられなかった。あらためて新劇場版を前にして、序を見ても、破を見ても、浮かんでくるのは「懐かしい」「キャラかわいい」という感想だけで、「やっぱり面白いな」という感覚が私の中になかったのだ。1995年テレビ版と2007年の序を観た時には確実に心にあったものが、今はすっかり抜け落ちていた。

一体私は、あのアニメの何を楽しんでいたのだろうか?

1995年当時、エヴァ社会的にヒットした理由は「新奇性」なのだと思っている。暗い世界観、謎に満ちたストーリーコンプレックスを抱えたキャラクター、迫力の戦闘シーン、人間ドラマ、そして何より「空気感」。

後世に残る大ヒットをかまし作品は、往々にしてその時代の空気感を反映している。エヴァというものは今までに無かったもので、そこに震災やらオウムやら世紀末やらといった「世相」が絡まっていた。1995年に生きた人間しか分かり得ない何かがあって、でもそれは2021年からは振り返れない何かであって、その熱量が本物だったから、エヴァ時代を超えるアニメになったのだと思う。

当時小学生だった私は、エヴァの裏にある複雑なストーリー理解していなかったが、「何か凄い」という感覚だけは頭の中にずっと走っていた。それは私よりずっとずっと大人の人も同じ感覚だったのだろう。「〇〇みたいなアニメ」という枠で語れない、それが新世紀エヴァンゲリオンであった。

新奇性がそこにあった。時代先駆者となれたからこそ、25年も続くアニメリーズが作られ続けたのだ。

しかし、今は違う。エヴァンゲリオンフォロワーは世の中に多く溢れかえり、設定も、キャラクターも、その後に続くフォロワー達の中に埋もれていった。アニメ表現自由になるにつれて、「エヴァっぽさ」は1995年という文脈から独立して一人歩きを始め、当時の世の中を取り巻いていた空気は、25年の歳月の中で霧散していた。

スペースオペラ金字塔を打ち立てたスターウォーズが、新三部作で散々な評価を受けたように、またオープンワールドの先駆けたるシェンムーが、20年の時を経てリリースされた3で大ゴケしたように、時代先駆者は、往々にしてその後のフォロワーから突き上げあい自分立ち位置時代性を見誤る。オリジナルからブラッシュアップを得たフォロワー達は、技術進歩と数の恩恵を受け、先駆者時代遅れへと追いやっていく。

それでも、先駆者は死なない。死ぬのは2番手以降の粗製品だ。一番乗りにはブランドと、話題性と、そして神話があるのだ。

その神話エヴァにおいては非常に重かった。定期的(と言えるか微妙な間隔)に公式から供給がある。あのころファンは存命で、まだ強い熱量を持っている。そして何より、エヴァはまだ完結していないのだ。

しかし、序からでさえ14年経った。もう時代遅れなのではないだろうか。2021年空気感を捉え、エヴァを完結へと導くには、あまりに長すぎる時が経ってしまったのではないだろうか。私は一挙放送でそう感じてしまったのだ。

それは私が大人になったからなのかもしれない。色々な作品を観てきたうちに、珍しさも目新しさも感じなくなり、エヴァのものへの興奮が薄れてきたからかもしれない。

隣に座っていた娘におそるおそる聞いて見た。「エヴァ面白いと思う?」

「うん、面白いよ、きれいですごいし」

私が子どもときに抱いた感想と同じであった。娘は娘で、エヴァを「なんかすごい」ものだと思っている。

子ども面白さに敏感だ。面白いものを前にしているときは、外から分かるぐらいはっきりと目がキラキラする。しかし、画面の前に座っていた娘の目は、Youtubeを見ているいつものときとあまり変わらなかった。

娘は派手なシーンでよく「すごい」と言う。それは恐らくアクション映画を観る感覚であり、一瞬一瞬のパーツの面白さを味わっているのだろう。TwitterTikTok動画のようなインスタント面白さが、ハイテンポで繰り返される、その状態をすごいと表しているのだと思う。

「〇〇とどっちが面白い?」口にしかけた言葉はすんでのところで飲み込んだ。

Twitter散見された感想も、ほとんどはキャラクターへの感情だけであり、ストーリーや、世界観や、その他色んな「エヴァらしさ」に触れている人はあまりいなかった。ハッシュタグを追って見ても、あのころを懐かしむ意見ばかりで、新たにエヴァ世界に参入してきた人は見かけなかった。

もう、そこには「新奇性」は無いのだ。世界観も、メカニックも、専門用語の羅列によるバトルシーンも。何なら綾波アスカといったキャラクターすら、無数のフォロワー達によって「よくあるもの」となっていた。新世から20年経ち、時代エヴァを完全に置き去りにしていた。

でも、エヴァはまだ死んでいない。新劇場版4部作、中でもアニメと大きく異なる3、4作品目、ここにまだエヴァが残されている。エヴァらしさのほとんどは時代によって風化したが、まだ、一番大きなものが残っており、ファンもそれを強く求めていた。

そして、その期待を受けて出来上がったのが他ならぬ「エヴァQ」であったのだ。

私は、エヴァQは残された「エヴァらしさ」を極限まで追求した結果生まれものだと思っている。その純化した素材は、考えられる限り最悪の料理を作り出したわけだが。

その「エヴァらしさ」とは何か?それは「意味不明さ」である

何も描かれていない背景の下でぐりぐり動くメカ声優と口調以外に面影のないキャラクター、そして「難解」というよりも「支離滅裂」なストーリー最先端だったアニメ表現は当たり前のものとなり、1995年空気感どころか、2012年当時の空気感すら作れていなかった。

エヴァとは何か?メカか、キャラか、ストーリーか?

制作者が出した答えは「意味不明さ」であった。

Qを観て、私は思ってしまった。目の前で繰り広げられる群像劇の一つひとつが、キャラクターの心情を深掘りするのではなく、制作者の考えたオ○ニーを少年少女に代弁させているだけのような気がしてしまったのだ。ただただ意味の無いセリフが飛ぶ奇妙な寸劇を眺めて、言い知れぬ不快感を覚えてしまったのだ。17年の集大成が結局ただのキャラ萌えであり、もうエヴァはとっくに時代に耐えられないのだと、そう感じてしまったのだ。

だけど、エヴァがどこかに向かって逸れていくのは、きっと仕方がないことだ。エンディングをぶん投げてから25年、今さらシンジ君がサードインパクトを止めて世界を救いました」では、ファンが許さない。時代が進むにつれエヴァは古くなっていき、それに反比例するようにハードルは上がっていく。

もう一度エヴァが築き上げたものを再構築し、あの熱狂を甦らせようと、制作者はエヴァらしさを突き詰め続けた。ただ、その先に、未来が無かっただけなのだ


一体私は、このアニメの何を楽しんでいたのだろうか?


3月8日、いよいよ新劇場版最終作が公開される。私も娘を連れずに観に行くつもりだ。

しかし、正直きちんと完結するとは思えない。毎週更新され続けたテレビアニメ版ですらまとめきれなかったのだ。たった4作で綺麗に締められるわけがない。

ただもし完結することがあったなら、ファンがかける言葉はきっと、「面白かった」や「つまらなかった」よりも、「完結おめでとう、お疲れ様なのだと思う。それはまるで野球選手引退試合のように、時代と戦い続けた者を称え、時代に敗れた者を見送る、そんな言葉がたくさん注がれるのだと、私は強く思っている。

2021-01-30

anond:20210129222033

アニメ版がさっと出てくるとはなかなかやりますな。リアルタイムで知ってる人は少なくとも40代以上でしょう。(ワイも)

女の子を脱がせるチャンスは逃さない」「設定本格スペースオペラ」「風呂敷を広げまくって、かつ畳みきった」いい作品でした。

絵柄はさすがに古臭いんで、いまの若い人が見るとどうでしょうね。

2020-12-03

鬼滅の刃を蹴ってさらざんまい放送するテレビ局ってめちゃめちゃ尖ってるよな?

ちょっと前にゴシップ誌だか痛いニュースかに

フジテレビ鬼滅の刃(一期)の製作に関わることを断っていたという記事投稿されて

はてブでも「だからフジテレビは駄目なんだ」と例の如くパプリックエネミーFNNを叩いて勢に浸る遊びが開催されていた。

でも2019年の春クールフジテレビ放送されていたアニメってワンピDB以外だと「ゲゲゲの鬼太郎」と「さらざんまい」なんだよ、覚えてるか?

無期限の長期放送に入ってるワンピDBと定期的にリブートすることが伝統と化しているゲゲゲを除けばフジに空いている枠はノイタミナしかない。

そのひと枠に天下のジャンプ連載の勧善懲悪ヒーローアクションものを蹴って幾原邦彦オリジナル企画を選ぶというこの選択かなりぶっ飛んでるし、

プロデューサーより上にある程度理念みたいなものがないとやっぱできない気がする。

ウテナもうっすらそういうテイストあるけど、ピンドラから始まる21世紀幾原邦彦作品って「規範に潰される若者」の物語なんだわさ。

長男から」とか「強くならなきゃ」とか「先輩だから」とか「欲しがるばかりの奴は」って言葉ですり潰されそうな奴らが物語の中心にいる。

マクロ視点での善悪否定登場人物個人ミクロ感情肯定していく。そして最終的にそういう奴らが互いを理解し融和していくことで救済される。

例えるならサイコロ先輩のジレンマとか獪岳の苦悩に目一杯フォーカスを当てて、

彼らを「そうだよね君らにだって少しも慈愛がないわけじゃないし、不真面目なわけでもなかったんだ」って抱擁するのが幾原作品世界観だと僕は思う

ネットにおけるフジテレビは雑に言って「体育会系のノリでコミュニケーション弱者嘲笑文化を持っている」「軽薄で流行りに乗っかるしか能がない」というイメージで取り扱われている。

が、しかノイタミナは「連ドラのようにカジュアルに楽しめるアニメを」というマイルドヤンキーに向けた方向性を打ち出しながらも、

出版社業界力学オタクカルチャーゲームマンガラノベ等)のトレンドに左右されず、独自の指針に沿って型にはまらない企画を発表し続けてきた。

からこそオリジナル企画も多く、ただの深夜のアニメ枠でしかない「ノイタミナ」がブランドとしての意味合いを帯びてきたのだ。

視聴者と変わらない普通な現代社会で生きる、エリートでなければ超人的な能力も持たない平凡な人間叙情主題にした「あの花」は、

とらドラ」でその萌芽を見せていた超平和バスターズスタイルを完成させたとともに、アニメ純粋ヒューマンドラマを展開するエポックメイキングになった。

PSYCHO-PASS」は倫理観倒錯する未来ハードボイルド調に描いたディストピアサイバーパンクの秀作として10年代象徴する一作となった。

四畳半神話体系、ピンポンつり球といったメディアミックス作品ではなかなかお目にかかれない斬新な映像表現を打ち出した(それでいてストーリー構成にもそつがない)作品もなかなか実現は難しかっただろうしノイタミナでなければあそこまで好意的に受け取られただろうか?と思う。

「冴えカノ」や「DIVE!」のような「ラブコメ」や「スポ根」モノでさえ少年誌ライトノベルテンションから一歩引いたような独特なオフビート感がある。

これもノイタミナというフレームの影響にあると思うのは考えすぎだろうか?

個人的に次期の「2.43」がハイキューとどう差別化を図ってくるかにすごく興味が湧いているし、実のところ「ノイタミナ放送されているアニメ」然とした物が見られることを僕は既に期待してしまっている。

ノイタミナはなんとなくだが、社会から弾かれた者や、秀でた物がなくうだうだする若者に優しい作品が多い気がする。無邪気なラブコメヒーロー物を避け続けた結果なのだろうけど、そこが僕にとっては安心材料になりつつあるのだ。

話を戻すとして、

まずフジ鬼滅の刃を断った背景として、近い時期にジャンプアニメ放送が集中していたことが大きかったのではないだろうか?

周知の通りワンピDB放送しつつ、更に19年冬にはネバラン(一期)を放送していたので、19年春に鬼滅ということになると流石にジャンプコンテンツに偏りすぎるのではと危惧されたということがあり得なくもない。

日和見主義ゆえ、鬼滅の奇抜な作風グロテスク描写拒否反応を示した」というような粗雑なコメントニュース記事では散見されたが、ノイタミナでは過去鬼滅の刃と同系統の「甲鉄城のカバネリ」の製作積極的に関わっていた。故にジャンプ掲載される程度にはマイルドなこの作品を渋る理由としては考え辛いのではないだろうか。

追記

キャロル&チューズデイの存在をすっかり忘れていたことに気がついた。キャロル&チューズデイは19年4月から9月までの2クール放送されていて、鬼滅と丸被りしているので、邪推するならばこの代わりに鬼滅の刃放送されていたかもしれない。

まあとどのつまりそんなことどうでもいいんだけどね。

あいう未熟者が成長して真っ当に何者かになろうとする話は気持ちいいよね。

キャロル&チューズデイはアニメの中でも一際丁寧な作品だったと思う。音楽のこだわりもそうだし、渡辺信一郎さんといえばといった感じのスペースオペラ調のロマンに溢れた雰囲気も流石だなあといった感じだった。

まあこれは観るの中断してそのままになってるからあんまりわかったようなこといいたくないけどね。

実のところ+Ultraの存在自体すっぽり忘れてたんだけど(Great PretenderとかBeastarsみてたのに)、ケモノ物やわりかしハードSF物とかそういうのが多くて、ノイタミナとはまた違った形で硬派の作品を増やしていく感じがして面白いと思う。

2020-09-15

君たち三体読めたの?すごくね?

三体の邦訳を黒暗森林まで読んだんだけどさ

ムズくね?

いや俺はわかるよ?大学院化学勉強をしたゴリゴリ理系から

でも文系にはムズくね?

日頃からSF読みまくってるとかじゃなきゃムズくね?

そもそも三体問題からして難解じゃん

俺は大学の基礎物理学講義勉強したけど、理系高等教育を受けないと普通は三体問題なんて知らないでしょ?なんで知ってるの?知らなかったけど解説を読んで理解した?それはそれですごくね?

智子の話も理解できたの?低次元展開した智子の表面をエッチングしてスーパーコンピューターにするとかさあ、理解できた?無理じゃね?俺もそんなによくわかってないのに

水滴が強い相互作用で結合した物質からできてるとかさあ、わかった?強い相互作用って何かわかる?普通物質はどんな相互作用でつながってるかわかる?俺もよくわからないんだけど

公理とかわかる?公理。聞いたことある馬鹿にしてないぞ、俺も大学入ってから聞いたから。定理でも原理でもなく公理。黒暗森林って「公理」の意味がわからないと全く理解できない話だと思うんだけど、なんで知ってるの?

いや、三体は面白いよ?メチャクチャ面白い。でもあれは理系高等教育を受けた俺みたいな選ばれた人間か、SFばっか読んでる人間しか読めないハイソ小説だろ?なんでお前ら読めてんの?おかしくね?お前が宇宙人だろ。

/

>ustam 文系は、SF好きが高じてガチ理論物理学勉強ちゃう奴が意外と多い。

そうなんだ

>augsUK 元ネタゴリゴリ物理と一部ナノテクで、化学知識ほとんどなかったような。素粒子ひも理論とか理論物理に進まないと真面目に式追って学ぶことはないでしょ。

化学は多少は物理を知らないとできないから初歩はわかる。ひも理論を式追って理解する必要はいくら何でも無いでしょ。作者も多分そこまで物理学理解してないと思うよ。

>nagaichi はいはい増田は「偉い」でちゅね。太い釣り針に食いついておくと、イーガンの『ディアスポラ』や直交三部作あたりに比べれば、はるかに『三体』はソフトでしょ。前者が読める文系後者が読めないわけがない。

この内容で「俺偉い!」って内容なんだと解釈する人居るんだw

>jarmusch 黒暗森林の上まで読んだけど、ダーシー/史強がいなければとっくに脱落したような気がする。他の登場人物クールインテリ軍人ばっかで……

ルオ・ジーくんも好きだよ俺は。わかりやすキャラではないけど

>aya_momo 日本人の0.1%くらいしか読んでいないのに何を的外れなことを気にしているのだろう。

その文章って論理的大丈夫?評判を聞いて本を手に取った人が(日本人の何割であれ)理解して読めているのであればそれはすごい、という話なんだけど、だとしたら100パーセントも0.1%も0.00001%関係ないでしょ。その文章前後がつながってないと思いますよ。

>t-tanaka そもそも智子の設定がデタラメだ,というのを理解できる読者がどのくらいいるか素粒子には「印」をつけられない,というのは量子力学の基本。入れ替えの対称性が失われるとパウリの排他律がなくなってしまう。

それは本当にそうなんだけどSF書く上で必要ウソだと思って受け入れた。

>santec1949 智子がすごい機能持ってて先に地球に辿り着いたのはわかったが、数個で全情報フォローできるのかはわからない。あと異星人間翻訳リアルタイム通信の仕組み。

分裂できるから2個でも全情報カバーできるみたいな設定無かったっけ?

>securecat たいがいの物語、出てくる設定や事象の全てに対して精通してるなんてことありえないでしょ。というか、現実世界だってそうだ。花火見て、原理知らなくても綺麗だなだけで楽しめる。そういうもんでしょ。

現象のものの見た目が美しい花火と、文章論理的関係理解できないと面白くない小説とを一緒にするのは無理があると思うんですが

>aliliput 智子や三体問題以前にナノワイヤーで戦艦が三枚おろしになっていてアルファケンタウリから宇宙人が攻めてくるようなスペースオペラにどうしろwww

ナノワイヤーで三枚おろしだけはさすがに無理あるだろって思ったよね。

ナノワイヤーを支える柱はどうするんだ」って疑問に「ナノマテリアルで作ったプレートを使う」って説明してた部分はさすがだなと思ったけど

>boobanban そんなこと言っていたらフィクションの大半を楽しめないだろうに。

フィクションの大半はあんなムズくないでしょって話をしてるんだけど

>hevelo 枝葉末節で立ち止まら不明な部分は留保した上で全体を俯瞰するには一定以上の知性が必要。この前提を満たす読者は三体を楽しめる。逆に末節まで理解しないと物語を「読めない」という増田の知性を疑ってしまう。

枝葉末節まで理解しないと物語を読めないなんて一言も言ってないのに勝手に知性を疑う君のほうが知性が怪しいけどな。よく勘違いや誤解でブチギレて周りの人を困らせてない?もしそうなら一度だけ自分の読解力を見直してみて、問題があるようだったらもう一歩謙虚な態度を取ってみよう。周りの人も困ってると思うよ。

>steppin_k 基本的にはわからん。けどその難解で荘厳な知性に読み触れるのが心地よいのよね。次作もわかったふりして読む。

私の名前は荘厳の厳じゃなくて顔色の顔です

>kamenoseiji 宇宙背景放射の扱いが雑だったり、太陽電波を増幅したり、中国からαケンタウリを直接観測したり、陽子あんなことができるのに気候変動には無力だったりと、ツッコミどころが多すぎてダメだった。

太陽電波増幅はSF書く上でのウソからしょうがないと思って読んだ。熱力学第一法則・第二法則に反してね?とは思う

核融合恒星宇宙船を作る技術があるなら地球じゃなくても生きていけるだろとは思った

>Byucky 全然いけるが、ルォジィが理想の女を探し出してもらって結婚する展開が超科学の比じゃなく意味不明で未だに納得できてない

結婚するんだーとは思ったよね。見つかるのはわかるけど結婚まで行くのが謎。絶対うまくいかないと思った

>baronhorse 化学ゴリゴリなんだ

化学ゴリゴリじゃなかったら何がゴリゴリなんだ?

>shippole 登場人物の読みと性別初見でよくわからないのが辛かったな。まさに雰囲気で読んでた。

ルビは毎回ほしいよな。ワン・ミャオとか主人公なのに最初の方名前読めなくて苦戦したわ

>Cru 黒暗森林まだ読んでないが三体の科学自体雰囲気科学なので大丈夫じゃないかな。ロシュの限界こえて平気な惑星上の人が残り二体の重力潮汐力?で浮いちゃうとか。謎ワイアで船体真っ二つはラリーニーブンぼいよね

脱水すれば大抵のことには耐えられるって設定なんだからそれはいいでしょ別に99.9999パーセントの三体人が死んでも残りが生きていればまた増える

2020-08-22

昔の小説もひどかった

残っているのはフィルターを通ったマシなものだけ。

スペースオペラの大半は、宇宙西部劇をやるだけのどうしようもないもの

クトゥルーなんて、御大はともかくウィアード・テールズファン作品文章からしてひどい。揶揄されている「窓に、窓に」なんてものじゃなない。

昔の騎士道物語も大部分はひどいものだったに違いない。

それでもその時代流行していたテンプレに従った作品はそれなりに需要があったと思う。

追記】「SF」って具体的にどういう作品の事を指すのか今でも分からない

自分の中では子供の頃に藤子・F・不二雄先生が言っていた「すこし・ふしぎ」がSFなんだとある年代まで思っていたけど

本来空想科学(Science Fiction)でSFって聞いて「SF」という言葉に感じていた神秘的な雰囲気が薄れて残念に感じた事がある

それなら幻想宇宙(Space Fantasy)の方がドラえもんを見ていた頃の「SF」という響きに近い物があって好きだ

ところで所謂SFにもハードSFソフトSFの二種類があって、スターウォーズなどの所謂スペースオペラ」と呼ばれる作品ソフトSFに分類されるそうだけど

そのソフトSFハードSFファンからそもそもSF」と思われていないと聞いて、じゃあ本当の意味での「SF」とはどういう物を指すのか、そんな事ばかりが今でも気になっている

追記

今日になって数日前の日記トラバブコメが沢山付いている事に気付いた

ありがとう

SFを何の略語とするかという話なら"Speculative Fiction"が好み。

れいいなあ…架空戦記とかゾンビ代表とするホラー物が好きだからそういうのを一括してSFって言えるんだ

2020-07-19

スペースSF空気

なんかあるじゃないですか

宇宙モノ独特の空気というか雰囲気というか、アレ

たとえばドラえもんなんかは基本的宇宙モノじゃないけど、映画宇宙舞台になったりすると俄然あの空気を帯びはじめる

なんつうんですかね 宇宙のあの絶望的な広さ、圧倒的な空虚人類天文学的孤立

プラネテスみたいな人類しか出てこない作品でも、スターウォーズみたいないろんな星系のやつらがワチャワチャ出てくる作品でも、なんというかあの孤独感は絶対ある気がする

重力なんかもエモいよなあ 星々は引かれ合うわけだ、このアホみたいに広いのにものは少ない宇宙のなかで!

(20光年孤独、すげえいい詩だ ありがとう小説増田 谷川俊太郎イメージが久しぶりに「なんでもおまんこの人」じゃなくなったよ そういえばすごい人なんだった いやなんでもおまんこも大概すごいけどな)

ああ宇宙 俺の最高到達高度はせいぜい飛行機のそれだけど、想像の中ではけっこう宇宙行ってるぜ 宇宙、広いぜ…

スペースオペラはあの孤独感があってこそだよなあ いくら登場人物が多くても、宇宙空間舞台になった時点で寂しさがどこかに現れてしまう そんな気がする

地上にへばりついて、地表程度の狭さの世界に70億人おる!と思って生きるべきか 宇宙バカかい空間の中に数えられる程度の生命しかおらん…と思って生きるべきか

2020-06-29

「一つの正義に対しては逆の方角に等量等質の正義存在するのではないか」と不敗の魔術師は考えていた

現在NHKリメイク版も放送されている名作スペースオペラ銀河英雄伝説

この作品の中でも特に輝かしい英雄である銀河帝国元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム候と自由惑星同盟元帥ヤン・ウェンリー提督

この二人が初めて顔を合わせるのは原作小説では5巻の風雲編、OVA版では4クール目のラストにあたる第54話目の事だった

まり作品の主役でありそれまで幾度か戦場で矛を交えながら面識は無かった二人の主人公がようやく直接言葉を交わすという、ファンなら誰もが待ち望んだ展開だと思うんですが

そこで民主共和制否定するローエングラム候に対しヤン提督反論し、逆に専制政治否定しローエングラム候を唖然とさせた時弁明するようにタイトル理屈を持ち出したんだけど

僕はこの考え方を初めて聞いた時とんでもなく感銘を受けた

それまで「正義の逆はまた別の正義」「どちらが正義でどちらが悪という訳でも無い」という言葉を聞いてもどうもしっくり来なかったけど、ヤン提督のこの言葉は何故かストンと腑に落ちた

言い換えると「何か一つの考え方が生まれた時それと真逆の考え方もまた同時に生まれる」というちょっとロマンティックな考え方に思えて、そういう所が好みに合ったのかな

余談ではあるけど、銀河英雄伝説には主人公ヤン・ウェンリー嫌悪されファン寄生虫とも呼ばれる保身の天才、ヨブ・トリューニヒトという悪役政治家が登場する

彼は読者に非常に高い人気を誇るヤン提督に敵視され、自らの利益のみを追い求め事実上自由惑星同盟が斃れる切っ掛けになった人物だけど、銀河英雄伝説ファンからはそれなりに高い人気があるそうな

悪役であった彼の目的が、主人公ヤン・ウェンリー養子であり愛弟子であった少年ユリアン・ミンツと全く同じ構想、つまり銀河帝国に立憲体制をしく事だったと終盤明かされたのは、

民主主義のために命を懸けて戦った主役であるヤン艦隊の面々とただただ保身のみを考えた悪役であるヨブ・トリューニヒトの一体どこが違うのか?と少し考えさせられるような気分になった、やっぱり銀英伝って今見ても面白い

2020-05-29

朝比奈みくるキョンの妹同一人物説についてSF読者が思う。

増田は何者?

大学生時代に「涼宮ハルヒの憂鬱ブーム経験した三十代。当時はひねくれた人間だったので、ハルヒ流行っている真っただ中に、原作ではなくそ元ネタとなった「ハイペリオン」に手を伸ばした。当時の自分きらきらとした学生生活にあこがれていたくせに、そういう青春テーマにしたラノベを避けていた。みんなと同じものを読むのが嫌だったのと、そういうきらきらしたものを読むと、自分灰色生活と引き比べてしまうからだ。そういうわけで、「涼宮ハルヒの憂鬱」の知識は、書店で一気読みした第一巻と、ウィキペディア情報、断片的に見たアニメの数エピソードに頼っている。おそらく粗があるので、話半分に聞いてもらいたい。

増田目的は何?

そもそもハイペリオン」って何?

ハイペリオン」とはダン・シモンズ1989年に発表したSF小説である邦訳1994年出版された。ヒューゴー賞ローカス賞星雲賞を受賞している超大作で、登場人物である長門有希が読んでいる。

ジャンルは一応スペースオペラなのだが、あえて言うならばSFジャンル英米文学ごった煮である。というのも、七人の登場人物がそれぞれの身の上を語るのだが、それぞれがホラーだったりサイバーパンクだったり時間SFだったりで、しかもそれぞれの出来がいい。

続編として「ハイペリオンの没落」「エンディミオン」「エンディミオン覚醒」がある。作者の思想がややうるさいところもあるが、絵になる場面が多くて楽しい。また、人類の各文化多様性を高らかに褒めたたたえているのが、やや西洋アメリカ中心主義ではあるが、気持ちがいい。

長門と「ハイペリオン」の共通する設定

長門は「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」であり、言い換えるならば「宇宙人が作った人間の形をした存在」ということになる。「情報統合思念体」には「主流派」「急進派」「穏健派」「革新派」「折衷派」といった派閥存在し、それぞれの思惑ごとに動いている。

一方、「ハイペリオン」には、英国詩人ジョン・キーツ人格再現したサイブリッド(人造人間みたいなもの)が登場する。これは、人類に様々な助言をするAI群「テクノコア」によって、ある目的のために作られたものである。彼は長門ほど万能ではないが、この背後にいるテクノコアには「穏健派」「急進派」「究極派」が存在していることが共通している。ちなみに、それぞれの立場としては、当面は人類とは共存する、さっさと人類を滅ぼして自分たちが覇権を握る、人類自分たちも滅んでもかまわないので究極の知性を創造する、である。このAIたちはとっくの昔に人類を超えており、人類を裏切ろうとしている。というか、作中ではすでにある方法人類をひどく搾取しているのだが、これは読んでみてのお楽しみだ。

設定の上ではよく似ているけれども決定的に異なるところがたくさんあり、よくできたオマージュだと思う。

ハイペリオン」にみくるのような未来人は登場するのか

結論から述べると登場する。そもそも舞台となるハイペリオンという惑星には「時間の墓標」なるものがあり、そこの封印が開くと未来から様々な事物情報が送られてくる。同時に「シュライク」という殺戮マシーンが封じられているが、シュライクは時折人間の願いを叶える、とされているのだ。七人の登場人物ハイペリオンまで巡礼に向かうのもそれが理由だ。

ここで未来と述べたのだが、実は未来は確定していない。「テクノコア」が作り出す究極知性が宇宙支配するか、人類の集合意識が生んだ究極知性が覇権を握るか、この二つの間で揺れ動いている。ここでいう究極知性とは神と言い換えてもいい。つまり、遠い未来で行われる人類テクノコアの戦いが、現代にも影響を及ぼしているのだ。なんといったって彼らは神なのだから、なんでもありなのである

この状態は、まさに朝比奈みくる(大)の周囲の事情とよく似ている。現代干渉し、自分たちの望む形の未来を確定させようと活動している点が近い。

みくるキョンの妹は同一人物か?

涼宮ハルヒの憂鬱」の全てを読破したわけではない自分が、本文から有効証拠をあげることはできない。というか、いくつかのブログでそれを示唆する記述が十分に述べられており自分が付け加えることは何もない。

よって本記事では、「ハイペリオン」で行われたテクニックを間接的な証拠として用いたい。以下、「ハイペリオン」のネタバレに触れる。読みたくない方は引用部分を読み飛ばしてください。

ハイペリオン」の七人の登場人物は、旅の無聊を慰めるため、それぞれの出自を語る。一人はフィドマーン・カッサードという兵士である仮想訓練の度に謎の美女モニータと遭遇し、そこでむさぼるように体を重ねるが、彼女とは仮想空間とでしか会うことができなかった。やがてアウスター(人類連邦所属しない宇宙の蛮族)の襲撃を受けるが、そこで彼女と再会し、殺されかける。カッサード彼女との再会を目指している。

もう一人の人物はソル・ワイントラウブという学者である。彼は娘である赤ん坊を抱えて巡礼に来た。彼の願いは、娘であるレイチェルの病を治すことであるレイチェルはかつて学者としてハイペリオンを訪れた際、シュライクによって年齢を逆行する呪いをかけられてしまった。父と同じ聡明学者であったレイチェルは日に日に幼くなり、とうとう赤ん坊にまで戻ってしまった。レイチェルが「誕生」の日付を迎えるまで、あと数日しかない。

さて、結論を簡潔に述べよう。レイチェルの病は癒される。そして彼女未来世界へと連れていかれ、そこで再び大人へと成長する。やがてレイチェルはモニータと名乗り、カッサード出会うのである

まり、「涼宮ハルヒの憂鬱」のオマージュであるハイペリオン」では、意外な二人の人物が同一人物であった、そしてその片方は未来人であった、というギミック存在するのである

もちろん、年齢遡行までオマージュしているのかどうかはわからない。記憶に蓋をしているだけかもしれない。ただ、妖艶な美女と無邪気な赤ん坊が同一人物であった、という驚きを、朝比奈みくる(大)とキョンの妹が同一人物であった、というかたちで本歌取りしている可能性は、検討される余地はある。

どうなのだろう。キョンの妹は小五だが低学年にしか見えないという記述もあるので、実は成長がストップし、年齢が逆転し始めているのかもしれない……。

長門みくるは決別するか

鶴屋さんは「宇宙人未来人だったら、どっちがいい? そろそろ決めといたほうがいいかもにょろよっ!」と発言したそうだが、これは今後の展開を予測する大きな鍵となる可能性がある。というのも、「涼宮ハルヒの憂鬱」が「ハイペリオン」をどこまでなぞるかははっきりしないが、もしも設定を強く意識しているのなら、「ハイペリオン」で「テクノコア」が人類を裏切ったように、「情報統合思念体」が最後には人類敵対する可能性があるからだ。そして、みくる人類と「情報統合思念体」との争いの中で、少しでも人類に有利な未来へと導こうとしているのではないか。となると、長門みくるの決別は避けらないことになる。みくる長門を幾分苦手としている描写を考えると、興味深い。

ついでに古泉超能力について

少しだけ触れておく。「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」のなかには、超能力は出てこない。出てくるのは「エディミオンの覚醒」以降であり、主人公たちがある能力に目覚めることで、クライマックス人類の命運を大きく変えるのだが、これも読んでみてのお楽しみだ。

それからハルヒ能力について

ハイペリオン」であらゆる願いを叶えるとされるのは殺戮者シュライクである。実に気まぐれな神なのだ。そういうと、ハルヒが悪役シュライクだということになってしまうのだが、自分は違うと思う。明るい青春ラノベにこの設定は似合わない。願いが叶う、ということだけを拝借したのだろう。とはいえ物語全体を通しての謎の一つ、ということは決定している。

それと、実はシュライクの正体は作中でも若干ぼやかされている。テクノコアが作った殺戮マシーン人類側がのっとったことが示唆されているが、時間を行き来できるのだから時系列がはっきりせず、筆者の記憶も確かではない。

キョンにまつわるいくつかのこと。

エンディミオン」「エンディミオン覚醒」の語り手はいたって普通青年ロールであり、彼は破天荒少女アイネイアー守護者に任命される。とはいえ物語の大半は奔放な彼女の振り回されながら進む。それこそ「涼宮ハルヒの憂鬱」の本編のように。

しかし、ロールとアイネイアー最後にはひどくつらく悲しい別れ方をしなければならない。この設定が本編のキョンハルヒ関係に輸入されていないことを願う。

それと、ジョン・キーツジョン・スミスではないが)のサイブリッドは二つ存在し、片方が殺される運命にある、とだけ述べておこう。

おまけに、ダン・シモンズ最近作品について

彼は「ハイペリオン四部作ののちに「イリアム」「オリュンポス」を発表している。トロイア戦争世界、遠未来の没落した人類機械知性たちの話が入り組んでいて、文学SFマッシュアップ具合が楽しいのだが、残念ながら「ハイペリオン四部作で述べた人類多様性を寿ぐ姿勢から後退し、明確なイスラム嫌悪が出ているのはいただけない。さらに、邦訳されていない最近シリーズは、ヒラリー・クリントン大統領になったパラレルワールドで、国民皆保険で怠け者になったアメリカ人が薬物におぼれているというすごく政治的偏向した作品なので、翻訳されないんじゃないかな……。

追記】最新作ではないのだが、2011年の「Flashback」という作品シリーズではなかった。失礼。

【もう一つ追記】その薬物は、いつでも自分人生の最高の瞬間を追体験できるというしろものだ。そして、世界ほとんどがイスラム過激派支配されている。経済日本に牛耳られ、南西部の州はメキシコギャング支配され、作中では地球温暖化否定されている。アメリカ保守的世界観を煮詰めたような感がある。

ヒラリー・クリントンについての記述記憶いかもしれない。ただ、イスラム嫌悪が強いのは間違いない。

と、こここまで書いてネットを探していたら

みくるとモニータの類似性について述べた記事があった。

https://sosbrigade.miraheze.org/wiki/ハイペリオン

最後

おそらく、ハルヒ全盛期の頃に、こうした議論は出尽くしていると思う。だが、検索をしても類似した意見が見つからなかったため、ここに記録した。

それから、ろくに原作を読んでいないのに、そして記憶もいい加減なのに、好き勝手言ってどうもすみませんでした。

追記

多数のコメント感謝しております。また、「全部読んでいないのに書くなんてずうずうしい」との指摘、まったくもってその通りです。ファン気持ちを逆なでするような行い、お詫び申し上げます。また、立ち読み迷惑でしたね。未成年の頃とはいえ、今にして思えば赤面ものです。

自分としては、「ハイペリオン」を読んだ人間からは、「涼宮ハルヒの憂鬱」の設定はこう見える、と伝えたかったのです。笑ってやってください。また、類似した意見ネットになかったので、記録しておこうという思いもありました。

ただ、ブクマカにもあるように、ジオシティーズインフォシークヤフーブログなどの一斉削除が原因の可能性のほうが強いですね。はからずもアーカイブ問題にも思いをはせることになりました。

それでは、失礼します。

2020-03-05

anond:20200305151108

これなあ、ほんとこれなんだよなあ

過去はもちろん遥かな未来スペースオペラすら、ポリコレ要請エスニックマイノリティを登場させて華々しく活躍させなければならないし、リベラル価値観に沿っていなければ総叩きという時代だぞ?

いったい何を寝ボケたこと言ってるんだろうと

2020-02-18

anond:20200218154255

しろSF世界チューバッカだったりR2-D2だったりC-3POだったりヨーダだったり」みたいな、所謂女子供向けのキャラクタ」を多数配置し、あまつさえは「主人公柔道着を着ていて、その父親は黒光りした陰茎そっくり仮面かぶっていて、何故か宇宙で光るチャンバラをしていた」みたいな「SFようわからん人々に対する子供だまし」を徹底したからこそ勝てた、って認識なんやが。

そして、ジョン・ウィリアムスの迫力ある音楽だろ?

市民向けスペースオペラ、ってジャンルやろと認識してるが。>スター・ウォーズ

良くも悪くもスペースオタクには作れなかった作品だよ。

2019-12-30

ネタばれスターウォーズの続3部作は何をやろうとしていたのか

スカイウォーカー夜明け」については、ほぼこの記事同意

ネタバレレビュー批評】『スター・ウォーズスカイウォーカー夜明け』は何を終わらせたのか

─ 『最後ジェダイ再考から読み解く完結編 | THE RIVER - Part 2

https://theriver.jp/tors-review-2/2/

では、続3部作は、何をしようとしていたのか。

そもそもスターウォーズ1983年に完結している

今回、「スカイウォーカー物語が完結」と、さかんに宣伝しているけど。

それはフェイク。

そもそもスターウォーズは、1983年エピソード6の「ジェダイの帰還」で完結している。

から、新三部作(プリクエル・トリロジー)は、前日譚を描いているわけで。

今回の続三部作は、「ジェダイの帰還」で終わっていなかったことにして始まっている。

ちょっと意匠を変えて悪の帝国を復活させて、レジスタンスは、まだレジスタンスのまま。

なぜ、あらためてスカイウォーカー物語を終わらせる必要があったのか

三部作と新三部作は、よくも悪くもスカイウォーカー家の物語ありすたからね。

スターウォーズユニバース拡張・発展させるためには、それを脱構築(?)する必要があった。

三部作作品として成功しようが失敗しようが、メッセージは明確だよね。

これからスターウォーズシリーズは、どうなるのか

スターウォーズユニバースは、これからも続く。

三部作ずつ描くというスタイルからも抜け出して、もともとの構想にあった連続活劇 - Wikipediaになったんだ。

三部作の行き当たりばったり具合は、結局そこを目指していたんだ!

もう誰にも止められないビッグビジネスだし(w

今回、スカイウォーカー物語区切りがついたので、「ハンソロ」みたいな中途半端キャラの復活は必要ない。

いっそ、フォースも忘れ去られた、さらに数百年後とか描いて欲しい。

あれだけの科学技術があるんだから、もともとの素質と厳しい修行必要フォースは、機械仕掛けで置き換えて。

科学に裏打ちされた風の、超大作スペースオペラ連続活劇になるのだ。

ファンは、必ず観に行くよ!

2019-07-06

anond:20190705020118

夏への扉は俺もぜんぜん面白さがわからん

ただ増田翻訳ものにあまり慣れてない気がする。おまけにSFだと専門用語が出てくるしそこからストーリーが発展してくんだから想像するのが余計に大変なんだと思う。

からいきなり長編を読むよりも、短編を読んだほうがいいと思うよ。いろいろな作品を味わえるし。

アシモフの「われはロボット」とか超有名な古典にして基本だけど、やっぱりすごく面白いよ。ロボット開発の歴史で幾度も訪れた難問をロジカル解決していくミステリ的な展開、そこに人間の思惑や感情ささやかに絡んでいくのが飽きさせない。

ディック短編集は、特有の暗さと自己認識が揺らぐ不安がすごくてどんよりした気分になれる。映画原作も多いので、映画との違いを楽しむのもいい。

技術寄りのSFとは違うけど、ブラッドベリの「火星年代記」とか「ウは宇宙船のウ」は抒情的で詩的な文体がすごく読みやすい。科学が発達した世界で描かれる感傷的なストーリーが甘く胸に刺さる。ファンタジーホラー系の短編も多い。

あと、有名作を扱ったアンソロジーを読むと、いろんな作家作品アイディアを読めてお得。有名なのだと「冷たい方程式」とか。

タイムトラベルスペースオペラホラーなど特定テーマごとに選んだ本も多いので、好みにあった作品を探すこともできる。

夏への扉ぴんとこなくても、それこそ「時の娘 ロマンティック時間SF傑作選」なんてアンソロジーであるし、古典的な恋愛SFのよさはこっちの方が堪能できるかも。

2019-01-08

anond:20190108130230

技術ゲームについてはそう思う

ただ今のマンガアニメ無難にまとまり過ぎ感ある

大昔はちびっ子向けアニメ主題歌がこういう歌詞だったのやで?

どこから見ても

スーパーマンじゃない

スペースオペラの主役になれない

危機一髪も救えない

ご期待通りに現れない

ため息つく程イキじゃない

拍手をする程働かない

子供の夢にも出て来ない

大人が懐かしがることもない

2018-12-08

鉄血のオルフェンズをみたんだよ

出張田舎のビジホに泊まって飲んで帰ってきてテレビをつけたらアニマックスみれてラッキー

鉄血のオルフェンズを初めて見た

テロ組織スペースオペラで戦う熱いストーリーっぽくて結構面白いじゃねえか

たぶん白黒つけられない正義とか高貴な生まれ平民とかをめぐる戦いとかなのかな

キャラデもかわいいし、お姫様最高いいじゃん

こんなに素晴らしい作品なのに唯一の欠点ガンダムであるということだな

2018-09-13

anond:20180912222855

こういう現実にあるものを直接的にモチーフに落としたようなものは、原型となる作品を1個に定めるのって無理じゃね?

現代ファンタジーの原型なら指輪物語だとか、異世界転生の原型がゼロ魔で一度まとまったとか、スペースオペラ類型スターウォーズとか、そういうことはある程度は言える。

あるいは60年代SF冷戦と切っては切れないとか、ゼロ年代中期の

世界の(特にハリウッド映画作品9.11の影響を受けてるとか、ゼロ年代後期の日本作品3.11の影響を受けてるとか、そういう話はやはり出来る。

けれど、集団の小競り合い的なのは人類史のごく初期からあるようなことなんだから、原型を作品に求めるのは無理あるんでは?

ハリーポッターの4寮の対立構造は?スターウォーズジェダイシスは? それより前なら現実で源平の関係はどうだ?

増田はその中のより特徴的な何かを差してるのかもしれないけど、その書き方だと読み取れないなぁ。

2018-07-06

ジャンル愛好者はいつもジャンルを「消滅」させたがる

またシベタクか〜って感じだけど。

西部劇が、日本でも「誰もが知ってる人気のジャンルと世界観」だった時代―それが”消滅”するまで - Togetter

西部劇なんか

元ネタは見たことないけどオマージュパロディを通してどういうものかは知ってる」

典型例じゃん。

漫画なりアニメなりゲームなり、西部劇モチーフ作品は誰しも必ず通ってきてるはずだし、

スペースオペラなんかの派生も含めれば、むしろ知らないほうがおかしいとさえ言える。

別に流行ってるとは言わないけど「消滅」は明らかに言い過ぎでしょ。

新作だってなんだかんだ途切れることなく出てるよ。

面白いことに、こうして「西部劇消滅した」と言いたがるのは

西部劇が好きだ」「西部劇を知ってほしい」という側なんだよね。

別に西部劇に限った話じゃない。

最近の子ロボットアニメが好きじゃないらしいよ」

「いまどき探偵ものなんて出しても売れないんだろうな」

「どうして時代劇は無くなったんだろうね」

ジャンル愛好者は自ジャンル過小評価する。

現実にある人気をわざと無視するかのように最初から諦めてしまう。

最盛期を見ているからこそ期待のハードルが高すぎるのか分からないが。

ジャンルの足を引っ張る老害というのは、こういうところからまれてくるのだろう。

2018-04-01

戦争自体を題材にして戦争概念構造を大きく変えるような戦争観を示してるようなSFほとんど無い

孫子兵法とかクラウゼヴィッツとかリデル・ハートなんかのほうがまだSFしてるってレベル

大体がスペースオペラの枠組みをそこまではみ出してないしそうじゃない場合論点が別の場所にある

ぱっと戦争SFしてるって思いついたのはスタニスワフ・レムの大失敗とジョージ・オーウェル1984年くらいか

JGバラードの千年紀の民もそういう面があるかも、これは戦争というよりテロリズム動機の欠如した暴力を扱った小説なんだけどね

2018-01-27

anond:20180127105527

死ぬほどありきたりで申し訳ないけど、マンガだと「ヨコハマ買い出し紀行」とか

少女終末旅行」も世界観廃墟だけど少女たちの日常だよね

速水螺旋人スペースオペラもの男爵にふさわしい宇宙旅行」や異世界戦記SFもの大砲とスタンプ」とか

他にもマンガで探すなら少女マンガを漁るのをオススメ

日常SFの傑作がめっっっっちゃあるよ

あるんだけど今ちょっと思い出せないから詳しい人に譲るわ…

小説だとコメディもの連作短編集をあたってみるといろいろあるよ

国内だとちょっと古いけど神林長平の「親切がいっぱい」あたりかな、海外だとさらに古いけど「ホーカーシリーズ」とか、個人的には好きだった

ジョン・ヴァーリイの六世界シリーズテクノロジー進化しすぎて常識が今とは全く異なっている世界青春小説めっちゃ面白い

最近面白かったのだと「明日の狩りの詞の」とかラノベ版「山賊ダイアリー」って感じで楽しいイヌかわいい

叙情的でスケールデカいのもアリなら「火星年代記」とかもギリギリ日常ものに入るかもしれない

パッと思いつくのはこれくらいか

ミュータントがうろついてて性別年齢が手軽に変えられる近未来とか、ファンタジー異世界とか、宇宙生活する移民たちとか、データ化済みですとか、SF日常バリエーション豊富でいいよね



※「小説で」って書いてるの読み落としてたスマ

2018-01-04

ジョン・ウィリアムズスターウォーズから退いて欲しい

完全素人ポエムです。

好きな音楽ジャンルは?」と聞かれたら「サントラです」と答えられるくらいにサントラが好きだし、「好きな映画は?」と聞かれたら「スターウォーズ」と答えるくらいスターウォーズも好きだ。

スペースオペラ」と言われるだけあって、ジョン・ウィリアムズサントラは素晴らしい。彼がいなければこれだけ長く愛される作品にならなかったと思う。

しかし、エピソード7と8のサントラには「う〜ん」と言わざるをえない。もちろん、レイカイロレン、レジスタンス、オク=トーモチーフは緻密に計算されているし、他の作曲家に同じものは作れないだろう。残念なのは、どちらも「耳に残る」曲がないのである

これまでのスターウォーズには、それぞれのキャラクターモチーフを活かしつつ、エピソードごとに神曲と言うべき曲が一つはあった。

個人的には、ファントム・メナスならDuel of the Fates, クローンの攻撃はAcross the Stars, シスの逆襲はBattle of the Heroes, 新たなる希望エンディングのやつ, 帝国の逆襲はThe Imperial March, ジェダイの帰還もFinaleを選ぶ。どれも映画イメージを1曲で示している、「映画のための曲」であるDuel of the Fatesをアナキンとオビワンの戦いで流してもBattle of the Heroesほどの感動はないだろう。

7と8はどうだろうか。前述の通り、モチーフとしては耳に残るものがあるが、「曲」として残らない。7はさておき、8に関してはレイカイロレンの共闘とか、ルークとのご対面とか名シーンが生まれているにも関わらず、そのBGMの印象が薄く、他と差別化されていないように思う。「7といえばこの曲!」というのがないんだよなぁ。

間違いなく、ジョン・ウィリアムズからこそできることもあると思う。7でも8でもレイアルークヨーダ、ファルコンのテーマは非常に効果的に使われていて、本人でなければ成し得なかったであろう。特に、8のエンディングキャリー・フィッシャークレジットに合わせてレイアテーマを流すのには本当に感動してしまった。

しかし、やはり曲としてもう一声欲しい。ジョン・ウィリアムズが年でそんな体力が残っていないのかもしれないし、監督ルーカスでないかコミュニケーションが上手くいっていないのかもしれない。分からないが、ルーカスが一線を退いたからには、サントラも次の世代が作ってもいいのかなぁ、そんなことを思ってしまった。

エピソード9では、モチーフだけに頼らない「神曲」が生まれることを期待します。

2017-12-09

anond:20171208213700

スペキュレイティブ・フィクションを以ってしてサイエンス・フィクションなのだという名言が有りますね。

そこに至る人文科学地球外生命体の過程思索させてくれないスペースオペラなど仮面ライダーウルトラマンと同カテゴリなので別ものですね。

彼らの孤独ストイックな戦いもエンタメ系入ってるSFにはヒロイズムに酔わせてくれるのでマッチしますが。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん