「パニック」を含む日記 RSS

はてなキーワード: パニックとは

2018-10-20

ストラテラ飲んで変わったこ

いい面

・部屋が汚い事を汚いと認識できるようになった

実際に掃除するまではいたらないが、気力があるときちょっと片付けるようになった。

脳みそが静か

薬飲んでいないときは、常に思考あっちこっち飛んでいるタイプなのだが、その飛び方が穏やかになる。結果的に疲れにくくなった。

パニックになりづらくなった

他人に怒られているときなどに、俯瞰して見れるようになったというか、自分ことなのに他人事感が強くなった。

・慢性鼻炎の改善

日中鼻が詰まってるのがなくなった

悪い面

・勃たない

モノにいく血液が減ったのか通常時も小さくなった。無理矢理勃たせることも可能だが、硬さが足りない。

睡眠困難

睡眠中途覚醒が前からあったのが、さらに酷くなった。睡眠導入剤は必需品。

・食欲不振

よく副作用として言われる、吐き気は全くないのだが、メシは食えなくなった。

プロテインサプリでどうにかやり過ごしている。

便秘

元々、便通はかなりいい方なのだが、細切れにウサギの糞みたいなのしか出なくなってツライ。

頭痛

薬の抜けかけに頻発。オナニー中にも起こる。かなり不快

2018-10-18

話題会社インターンしていたときの話(フィクション

※この話はすべてフィクションです。実在企業人物とは関係ありません。

追記10月19日午後5時

ブクマ数に驚きました。

ブコメもすべて読ませていただいてます

ありがとうございます

いくつか補足させてください。

小上さん(仮名)たちの行動について

本文で書いたとおり、私個人は小上さん(仮名)に対して良い印象がありません。

ただ、今回の小上さん(仮名)たちの行動自体好意的に捉えたいと思ってます

今回の報道がなければ多くの人があの会社のことを知ることはなかったでしょうし、私もOさんの件を耳にしなかったはずです。

これまで私があの会社のことで辛い思い出を抱えつつも発信できなかった理由ひとつに、「自分が感じているほど大した問題ではないんじゃないか?」という疑念があったんだと思います

いわゆる正常化バイアスなんでしょうか。

ただ、今回の件に対する世間の反応をみて、また記事客観的に読んだ私個人感覚としても、やはりあの会社はめちゃくちゃだったんだと、ようやく確信できました。

今回の件、小上さん(仮名)たちが主張している内容が真実かどうかはわかりません。

でも、以下に書いたような私個人体験と照らし合わせると、彼らの主張の多くに真実味が感じられます

それと、社長よりも小上さん(仮名から叱責を受けることのほうが回数としては多かったと書きましたが、心の傷の深さでいえば、社長によって負わされたもののほうがずっと大きいです。

本文にも書いたように、回数こそ数えるほどでしたが、1回1回が大きなトラウマになっています

ネットの関連記事でも小上さん(仮名)の写真は見れても、社長の顔は未だに正視できません。

私はあの会社を離れて以来、関西弁を喋る男性自体に苦手意識が芽生えてしまいました。

関西の人、ごめんなさい)

気持ちが途切れた大きな理由

本文で、辞めた理由気持ちが途切れた理由をいくつか挙げましたが、ひとつ大事なことを忘れてました。

ある営業先の担当者の方と1対1で打ち合わせしていたときのことです。

改まった口調でこう言われました。

あなた方の会社・・・怖いんです。普通私たち担当者と話をしてから順番に進めていくのに、いつもいきなりうちの社長との間で結論を出してしまって、それから私たちのところに話がトップダウンで降りてくる。だから怖い会社って印象なんです」

ショックでした。

業界を良くするための仕事と言われて、それを信じてやってきたのに、実際のところ私たち営業先へだまし討ち同然の行為をしているだけなんじゃないか

営業電話も、ほとんどの相手先で嫌がられながら何十何百件と片っ端からかけている。

(後になって、別の職場営業電話を一日に何度も受けては断る立場経験し、あらためて営業電話の鬱陶しさを実感しました・・・

あのときに言われた言葉が、自分のしている仕事に疑問を抱く大きなきっかけでした。

追記ここまで)

9年前、私がとある会社インターンしていたときの話です。

9年も前なので私の記憶違いもあるでしょうがショッキングなことが多く、その後何度もフラッシュバックしているので大筋は間違っていないと思います

インターンについて

当時、その会社では新卒営業職を募集しており、私を含めた数名が、選考過程で在学中にインターン営業の実務に携わっていました。

インターン自体は珍しくないと思いますが、この会社では「職業体験」ではなく、「採用条件」でしたし事実上の「労働」でした。

採用過程

私のときはこういう過程だったと思います

  1. 説明会エントリーシート持参)
  2. 社長面接
  3. インターン

リーマンショック直後だったので当時の就活はみんな必死でした。

この会社説明会にも大勢集まっていた記憶があります

ただ、ES選考で大半の人がふるい落とされて、面接まで行った人はごく一部だったようです。

面接会社事務所で、社長と一対一でした。

社長は大柄で存在感はありましたが、話してみると関西弁の軽快な口調で物腰柔らかく、第一印象は悪くなかったです。

アニメ漫画雑談が中心で、面接通過の連絡をもらったときは、どこで合格が決まったんだろう?と不思議でした。

 

私の代はインターン制度の2年目だったと思います

私は大学3年の冬にインターン入りしたので、ひとつ上の学年にも4年生で在学中の内定者が3,4人いました。

私の同期は最初6,7人くらいいたと思いますが早い段階で抜けた人もいたので正確な人数は覚えていません。

 

仕事内容

インターンの主な仕事は以下でした。

  1. 営業電話をかける
  2. 会社主催する業界交流会への招待・運営
  3. 業界内の会社同士のマッチング
  4. 求人広告営業

2も3も最終的な目的は4です。

今はわかりませんが、当時の会社事業求人広告がメインだったと記憶しています

(他にもクリエイター支援ゲーム攻略サイトなどもやっていると説明会で聞きましたが、私たちノータッチでした。)

 

営業電話

会社リスト電話マニュアルを手にひたすら電話

1日に数十件かけるのは当たり前でした。

電話個人携帯を使うので、電話代も本人持ち。

電話代は申請すれば出るみたいな話もあった記憶がありますが、(当時はかけ放題プランが無かったので)電話代の請求額に青くなった覚えもあるので、本当に電話代を貰えていたかどうか曖昧です。

事務所から電話することもありましたが、出先でも自宅でもどこからでも電話をかけてました。

初めての会社宛でも社長と知り合いであるような調子でかけるよう指導された覚えがあります

 

業界交流会への招待・運営

上の営業電話の流れで、会社不定期に開催している業界交流会への案内をすることが多かったです。

どこかパーティー会場で交流会をやっていたそうですが、私は運営に参加できなかったので詳細を知りません。

 

業界内の会社同士のマッチング

「こういうことができる会社と知り合いたい」と言っている会社に他の会社を紹介する仕事です。

私自身に何も伝手がなくても、上司には名の知れた会社との付き合いがあったので、このマッチングは喜んでいただけることも多く、やりがいがありました。

 

求人広告営業

一番大事仕事ですが、安くはない金額契約なので一番苦労しました。

ここで成果を上げることが採用の条件でした。

なので、広告を出してもらうことが事実上ノルマだと解釈していました。

 

業務請負契約

インターンは全員、会社業務請負契約を結んでいました。

全員に契約書を渡されてその場で印鑑を押しましたが、ちゃんと読む人はいなかったですし、詳しい説明もなかったと思います

 

条件で覚えているのは、日給+成果報酬制だったことです。

日給はたしか1000~2000円くらいだったと思います

時給ではなく日給です。

成果報酬は、求人広告が成約したときにもらえるものでした。

この当時は貯金がどんどん目減りしていた記憶があります

 

人間関係について

社長

先に書いたように第一印象は悪くなかったです。

私たちに気前よく食事を奢ってくれることも多く、客先に同行してもらうと大抵の交渉も良い方向に進みました。

ただ、気に入らないことがあったときの身内への当たり方はすさまじかったです。

それと、当時から読書量は自慢の種でした。

 

幹部A

社長大学の同期。

当時は会社ナンバー2だったと思います

仮に小上さん(仮名)とします。

私のイメージでは社長とまったく同じ思想・行動原理の人で、社長よりむしろこの人のほうが私たちに厳しく当たることが頻度でいえば多かったです。

当時の印象しかないので、この人が社長反旗を翻すとは思ってもみませんでした。

 

幹部B

社長や小上さん(仮名)よりも数歳年上の男性幹部

先の業務請負契約などはこの人の担当だったと思います

この人も社長同様に激昂型でした。

特に男性に厳しかった印象です。

同期の男性がめちゃくちゃに怒鳴られている現場に何度か居合わせたことがあります

今はこの会社にいないのでしょうか。

 

新卒メンバー

新卒の1つ上の先輩だった人が副社長になっていたので驚きました。

9年前の時点でリーダー立場だった覚えはありましたが、小上さん(仮名)より上になっているとは思いませんでした。

 

同期は良い意味個性的な人が多かったです。

アニメ漫画などの趣味オープンにできる環境だったので、最初から打ち解けやすかったです。

知り合うタイミングが違えば親友になれていたのかもと思う人も多かったです。

なんで辞めたのか

まず、営業電話件数広告の獲得も事実上ノルマがありました。

フルタイムもこなすのが困難なくらいなのに、大学に通いながら達成するのは厳しかったです。

電話代や交通費など金銭的な負担も大きかったです。

 

ただ、それでも同じような趣味をもった同年代の人たちと仕事できるのは楽しかったし、あこがれのアニメを作った会社自力アポをとって行けたときの喜びも大きかったです。

あの会社に入っていった人たちはそういう気持ちが持続したんでしょう。

でも私は途中でその気持ちが途切れました。

 

内定者の先輩の中にいきなりいなくなった人もいました。

「他の仕事に就くため」と説明された気がしますが、入社間際に急にいなくなるなんておかしいと他の人と噂しました。

同期もどんどん減っていきました。

その様子をみて「あの人たちはこの程度で辞めてしまって情けない、私たちはこんなに頑張れているのに」と思ったこともあります

 

私もノルマ達成できずめちゃくちゃに恫喝されました。

 

私の人生であれだけの恐怖を覚えたのは後にも先にもありません。

まず、社長幹部普段と全く違う表情でにらみつけてくる。

その時点でパニックです。

直接的な暴力は振るわれません。

代わりに、わざとらしく大きな音で机や物を叩く。

社長の大柄な姿から威圧感が放たれるので、その拳や脚が自分身体に直接向かってきたら……と思うと頭が回りません。

何を言われたかもよく理解できず、自分罵倒する言葉にただ「はい」としか返事できない。

彼らにとっては日常だったのでしょうが、私にとっては生涯忘れられないトラウマです。

 

これだけ恫喝されても「もっと頑張らなきゃ」と思った人たちもいます

同期は恫喝された後にもっと重いノルマを達成するための誓約書を書かされたそうです。

私には無理でした。

いろいろな負担がかかっていたところに恫喝でとどめを刺されました。

 

なんで今、増田で書いたのか

怪文書の類なら増田かなと。

というのは冗談ですが、前々からこの会社について書こうと思っていました。

いつか書こうと思いつつ自分の中でうまく消化しきれずにいました。

 

私はあの会社に傷つけられましたが、争ったり告発したりすることはしませんでした。

この9年間、彼らと距離を取り続けていただけです。

一種PTSDなんでしょうか、ネット上でたまに彼らの会社名やサイト名を目にすると思考が止まってしまうことがありました。

何かの拍子に当時のことを思い出し、怒りや恐怖が心が満たされることが、9年経った今でも時折あります

 

ただただ、距離をとっていました。

いくらなんでもあの当時よりはまともな会社になっているだろう、と心の隅で期待していました。

私の頃は新卒採用を始めたばかりで、いろいろな仕組みづくりが追いついていないのだろうと好意的解釈していまた。

 

もちろん、今回背中を押されたのはOさんの件がきっかけです。

私はOさんと同期で、もちろん面識もありました。

とてもいい子でした。

 

今回、9年ぶりに彼女名前を目にしたときのショックは言葉にできません。

私もOさんのようになっていたかもしれない、という恐怖よりも、私に何かできたんじゃないか?という悔しさが先にありました。

 

当時、ただ距離をとるのではなく、たとえば労基署とか、駆け込むべきところに駆け込んでいれば少しは彼らのめちゃくちゃな行為に歯止めをかけることができたのかもしれない。Oさんの件も防げたのかもしれない。

たらればの話に過ぎないのはわかっていますが、そう考えると無念でなりません。

 

今回の件がどう展開するにせよ、最終的な結果が出るまでかなりの時間がかかると思います

世の中にはいろいろな事件が起きています

時が経つうちに、今回のニュース自然と忘れられてゆき、彼らはまた何事もなかったかのように誰かを追い詰めてしまうかもしれない。

この件が簡単に風化してほしくありません。

それでこの文章を書いて公開した次第です。

 

記事には目を疑うような記述が多く載っていますが、(あくまで私個人の感想では)いずれもありえる話だと思いました。

 

後になって気づいたことですが、彼(ら)は社内に常にスケープゴート役になる人物を用意して自分たちの怒りのはけ口にしたり、他のメンバー優越感の材料にしていたんじゃないかと感じました。

Oさんの話を読んでいてそのことを思い出しました。

当時の私もそうなっていたのかもしれません。

私自身、いちばん追い詰められたときには自殺を考えました。

 

先に書いたように、私は小上さん(仮名からも厳しい言葉を受けたことがあります

当時の小上さん(仮名)もいわゆる洗脳状態にあったのだとしても、彼に対する個人的な不信感はぬぐえません。

なので、単純にどちらが正しくてどちらが悪いか判断はつきません。

両者の言い分に差異があるようですし、それは今後明らかになってゆくことでしょう。

 

ただ、事実がどうあれ、あの会社の発信しているメッセージ違和感を覚えている人は多いようです。

個人的には、会社側の文章最後に書かれた、実名にせよ匿名にせよ虚偽の情報を流した人物には訴訟を辞さない、という旨の記述に恐怖を覚えました。

この機に乗じて会社のことを告発するなんて許さないぞ、と私たちに向けて恫喝しているように感じました。

彼らは今も自分たちにとって都合のいいスケープゴートを探しているのかもしれません。

 

最初に書いたとおり、この文章フィクションです。実在企業人物とは一切関係ありません。

具体的にどの会社のどの件を指して書いたのかも明言しておりません。

何かあればまた追記します。

2018-10-17

anond:20181017185644

それは過去出来事で、パニック起こすことでは無いと、自分に言い聞かす。

落ち着いたら、同じこと繰り返さないように、少しだけ反省する。

から煙が出た、ぼふっと

から煙が出たのよ、ぼふっと。

朝飯食べて、さーて今朝は何があったかなとPCの前に座ってしばらく朝のネット巡回してたんだ。
そしたら、なんか鼻の奥がもぞもぞしてきて咳が出た。

で、突然、左の鼻の穴から粉っぽいけむりがぼふっと出てきたわけ、ぼふっと、軽く視界が曇って、顔の前に小さなキノコ雲ができた感じ。
安っぽいCG再現映像で、被害者の上体がのけぞって、顔の前に半透明の球がひろがっていくところを想像してほしい。
当然そんな現象予想もしてないから思いっきりむせたよもう。

ふつうさ、鼻から煙出ないじゃない? あ、もちろんタバコとか吸ってないし。
鼻とか口からなんか出たら液体とか粘液とか湿ってるもんだけど、なんか乾いた煙なわけ。

マンガ表現かよ? つかおれロボットだったの? なにこれ怖い。
もうまじで軽くパニック

数回けほけほしてたら、煙は収まって、鼻の奥の方が超ゴワゴワな感じ。
けむりの匂いというか感覚はなんかちょっと鉄っぽいというかちょいニガ。
キッチンダッシュしてとりあえずうがいしたら、なんかどろっとしたものがのどを下ってった。

鼻に違和感はあるけど痛みは無いのでちょっと冷静になった。
鼻水すすって、うがいしてを繰り返しながら、今日の体調と直前の状況を反芻。
つか、いまのナニ!?...

朝、起きて、顔洗って、歯磨いて、トイレ行って...
トースト焼いて、牛乳汲んで、常飲薬とサプリを用意して、
テレビ見ながら朝飯食べて、薬飲んで、PC使ってただだけだよな...

...ってところでピンときた。
粉っぽいけむりってつまり粉か!

そこまで思い至れば、原因は単純だった。
ようするに、牛乳で飲んだサプリカプセルがたぶん飲み込まれず、鼻の付け根から喉の入り口辺りにへばりついてたんだと思う。
で、それが唾液とか鼻水で時限爆弾のように溶けて粉が噴出。気道に入ってむせてけむりになった。

まぁ、100%絶対それが確かだという証明もできないけど、まぁほぼ間違いないだろう。
オチがなくてすまないが、薬やサプリメントのカプセルはたくさんの水でしっかり飲みくだそう、という話でした。

さて充電しないとな...。

2018-10-15

久し振りに推しを見つけて荒ぶるオタクの話

今年の初めに推しが突然の芸能界引退をしてからと言うもの、他に応援しているものはあったとはいえ約6年応援していた熱量を埋められるものではなく心にぽっかりと穴が空いてしまった。

とはいえ、何かを始めるのに遅すぎることはないし今日が一番若いのだからと思ってあれこれ手を出すことを繰り返して、ようやく新たな推しを見つけた。

それがいわゆるゲーム実況者というやつである

古くはニコ動、今はYouTubeを中心に活動されている方が多いけれど、私の推しニコ動出身者ながら近頃は主にYouTube配信している。編集した動画投稿したり、生配信してみたり、時たまリアルイベントへ出演したりすることもある。

きっかけは元々よく見ていた実況者とのコラボ配信動画を見たことだった。なんだかこの人良い声してるなぁ、格好いいなぁ、面白いなぁ。そう思った次の瞬間にはすでに沼へと足をズブズブ踏み入れていた。

過去投稿された動画は一通り見た。生配信があればコメントを忘れなかった。遡れる限りの数年分の数万件にものぼるツイートも読んだ。久々に人を好きになっていく過程の高揚感が堪らなく楽しかった。

そんな中、推しとあるイベントへ出演することを知った。これ幸いと、チケットをどうにか手に入れて単身現場へ乗り込んだ。グッズなんて持ってないから当日買うしかないし、知り合いもいない状況で現場の詳しいルールもわからいから、現場に何を着ていこうかなんて久々に悩んだ。

結論から言うと、最高に楽しかった。

推しが間近で喋っている。ゲームをしている。あまつさえライブまで行っている。その上、なぜだが分からないがお金も払わず接触している。

ただでさえドーム距離に慣れたオタクである。箱は数千人規模と来ればその差は歴然としている。

なんだ? ここは? 極楽か? お金を払わせてほしい(当たり前だが既に入場チケット代は払っている)、などとオタク特有の狂ったことを考えながら、前日に認めたファンレター推しへ手渡していた。推しははにかみながらも受け取ってくれた。

イベントの翌日にはファンメールも送った。その翌々日には返事が返ってきた。どういうことだ。御本尊オタクとの距離が近すぎる。パニックを起こしながら推しスパチャを投げていた。

結局、何が言いたいかというと、今、人生の中でもトップクラス楽しい

日常生活で嫌なことがあったとしても、推しが居てくれるから頑張ろうと思えるのだ。私なりに前の推しのことも全力で推していたつもりだったけど、今回の推しも心残りのないようにこれまで以上に推したいと思う。推しが推せる立場でいてくれる間に、悔いのないように推したいと一層強く思った。

2018-10-14

ピンクリボンなんか糞くらえだ

二十代後半で乳がんが見つかった。

乳腺症のひどい胸をしていて、二次性徴が見られるころからずっと胸が痛かった。

からしこりがあるのも普通だった。

二十代半ばをすぎたこから何となく胸全体が柔らかくなった気がしていたけれど、

よく触ると固い部分があるからやっぱり自分の胸はこういう胸なんだと思った。

巨乳にあこがれて、理想Eカップだったけれど、長い間Cカップだった。

がんが見つかる2,3年前に下着屋さんで測ってもらったらDカップになっていた。

Dカップも小さくはない部類だなとのんきに考えてはいたけれど、

しこりが大きくなってきているのは薄々感づいていた。

私は医療系の国家資格を持っている。

きちんとした専門の大学に行き、大学院にも通った。

大学院の同期と後輩で海外旅行へ行った。

自然乳がんの話になり、乳がん肉まんの中に梅干しタネが入っているみたいな触り心地らしいよ、と、年上の同期が言った。

肉まんの中に梅干しタネ入ってるのなんか触ったことないですよね~、と、呑気なフリをしていつもの通りおちゃらけて私は返事した。

実は私の胸にもしこりがあるんですよ~、触ってみます?と、いつも通りの雰囲気で、しかし内心焦って続けた。

のしこりは、想像の中にある肉まんの中の梅干しタネに触り心地がそっくりだった。

彼女たちは触らず、微笑みながら言った。

帰国したら検査してみなよー、安心するよ。」

帰国して約一か月、土曜日トイレぼんやりしながら、そういえば、と思い出した。

スマホ検索して、土曜日受診できる病院電話を掛けた。

何となく人気らしい病院を選んだ。院長が講演活動なんかもやっているらしい。

電話がつながったものの、案の定、初めての患者は一か月くらい診てもらえないと応答した女性は言う。

しこりがあるようなら、うちじゃなくても良いんで、一刻も早く診てもらってください」

まりにも真剣な声だった。電話で問い合わせただけの相手に言うにはあまりにも真剣だった。

予約がとれなければ面倒だからやめとこう、そう考えていた私に次の病院電話をかけさせるには十分すぎる熱量だった。

仕方なく次の病院に連絡をしたら、その日のうちに検査ができた。

マンモグラフィーは痛いものだと健診で受けたことある友人から聞いていた。

それにしても痛すぎるのではないか

それまでの人生、私は自分が痛みに強いのだと思って生きてきた。根拠があるわけではないのだけれど。

しこりのある胸を挟まれた時、あまりの痛みに体が震えて、冷や汗が出た。

検査技師のお姉さんに肩を抱かれて、一旦休憩しようかとベッドに座らされたときパニックになりそうだった。

こんなに痛い検査が侵襲性のない検査とされているのがおかしい、どうかしている、

痛みを我慢できなくて恥ずかしい、情けない、あまり働かない脳みそを使ってぼんやり考えた。

しこりの少ない胸を検査された時も痛かった。だけども反対側より随分と楽に思えた。

自分名前を呼ばれて診察室に入った時に、お医者さんからかけられた第一声は「大丈夫?」だった。

大丈夫ではなかった。血の気が引くとはこういうことをいうのかとしみじみと考えた。

若い女性にはマンモグラフィーよりも、エコーが良い。

そういう知識は持っていた。普通会社員として働いてはいるけれど、学校で習った。

エコーでお医者さんが見せてくれたしこりは、もこもこしたクリームパンのような形をしていた。

医者さんは、難しい顔をしている。モデルのように美しい女医さんだ。

良性の腫瘍の表面はつるりとして、悪性の腫瘍デコボコしている。

そういうことも学校で習った。

その後二か所の細胞診をした。帰りに次回受診の予約をした。

これがもしも何ともなければ、がん保険に入ろう。

いつも私は自分のことを病人にしたがってしまう。

から大丈夫だ、言い聞かせるように胸の中で何度もつぶやいた。

それでも不安がぬぐえない。どう考えても悪性の要素しかない。

医師の友人に連絡をとった。

友人はマンモグラフィー読影の講習を受けたばかりだから何でも聞いてくれといつになく自信にあふれていて、

安心させようと、大丈夫大丈夫と返してくれた。

エコーがこうで、というと、段々と友人の返信に元気がなくなってきた。

最終的には検査結果を待とう、としか言ってくれなくなった。

当時、転勤になったばかりで、それまでとは全く別の職種コンバートされていた。

それまでは暇で仕方なかったのだけれど、打って変わって忙しく

新しい職場単身赴任おっさんばかりで、慣れない環境に日々翻弄されるばかりだった。

残業中、ふと個人携帯に着信がある。

登録していない番号に胸騒ぎがする。折り返すと病院に繋がり、すぐにお医者さんへと代わった。

電話細胞診の結果を言うことはできない。でも詳細に検査がしたいので予約時間を変更してほしい。

結果を言うことができないも何も、それは告知のようなものではないのか。

人生を揺るがすほどの言葉を、私は残業中に、会社非常階段で受け取った。

診察室で細胞診の結果を見た。

まり詳しくはないけれど、学校で見たことのあるような悪い顔をした細胞が並んでいた。

検査施設からつけられたコメントにも『陽性』と記載がある。

確定診断のための検査は、もはや簡単な手術だ。

バコラ生検といって、皮膚を切って漫画のような太い針をした注射器のようなもの組織を吸い上げる。

局所麻酔を打つ。痛みがありますよ、なんてお医者さんは言ったけれど、マンモグラフィーの方がよっぽど痛い。

検査をしてくれた個人病院ではなく、大学病院へそのまま紹介状が書かれた。

色々な説明を受けた。

詳細な検査なしにはわからないけれども推定されるステージ予後タイプによる治療方法の違いや色々。

がんのサイズは3cmあったので、ステージⅡ以上は確定だと、悲しい顔で告げられた。

先生、すぐ治りますか」お医者さんにバカみたいな質問をした。

「うん、すぐに元気になるからね」お医者さんは、今思えばとんでもない嘘つきだった。

大学病院での検査の結果、私はホルモンレセプター陽性、HER2タンパク陽性だった。

簡単にいうと、乳がん治療薬に対して感受性が良いか治療やすタイプだ。予後も非常に良い。

その時は、結果に対して良いことだと感じた。

しかしそれが不幸なこととだと後々思い知る。

術前に二種類の抗がん剤をし、術後に放射線治療ホルモン療法をする。

卵巣の保護とがんの発育を防止するために女性ホルモンを止める注射を打ち

抗がん剤を入れるタイミング分子標的薬の点滴もする。

手術は、温存できそうであれば乳房は温存、シリコンは30年で入れ替える必要があるからおすすめはされなかったので

自分脂肪筋肉移植する方法選択した。

術中にすべてが終わる、同時再建となる。

私の乳がん治療効果が出やすい。出やすいということは、可能な限りの治療法をすべてやってしまうということだ。

予後が良いことと、元気に余生を送ることは違う。

若いから体力がある、回復が早い、とあまり知識のない周りは言う。

抗がん剤は元気な細胞ダメージを与える薬だ。

元々同い年の友人と比較しても筋肉痛になりやす新陳代謝の良かった私に副作用はてきめんに出た。

2,3回の抗がん剤でがんは柔らかくなり、一種類目の抗がん剤を終えるころには触れることさえできなくなった。

それでも、標準治療という、乳がんに決められた治療は命に関わる副作用でもない限り続けられる。

薬を検索して出てくる副作用は大抵踏み抜いた。

感染症にだけは気を付けていたので治療は滞りなく続いた。

味覚障害にならなかったことで体重はどんどん増えていってしまった。

がん=痩せる、は乳がんには当てはまらない。

病気ストレスでどんどん食べる。抗がん剤副作用吐き気がおさまれば、

副作用止めのステロイドのせいで食欲がとどまることを知らない。

ハゲデブ、年頃の女性にとって最悪の状態になる。

乳がんです、と職場に言えば早期と言った覚えもないのに早期のがんの扱いをされる。

実際に早期の分類ではあるものの、どうせ早期なんだろ、と軽くみられるのは納得いかない。

普通に接してやっている、と面と向かって言われたこともある。

咳が止まらない風邪おっさんが、俺もガンかな、と独り言を言う。

今考えれば職場環境は最低だった。

病人扱いはしない、と言われたけれど、仕事は当たり前に1人分用意されていて

懇願しないと手伝ってもらえない。

離れて暮らす家族も、会社を休むな金を貯めろとしか言わない。

確定診断の前、がんかもしれないと連絡したらいつもお前は私たちを驚かせてばかりだとなじられた。

そのあとに、あんたが落ち込んでると思って、と電話をかけてきた母に優しさは感じたけれど

最終的にはがんは自業自得だと罵られて終わった。

突然健康容姿を奪われてしまって、なおかつ職場家族理解が伴わない、そうなると当然頭がおかしくなる。

抗うつ剤睡眠導入剤が追加された。

手術はうまくいった。乳首も残せた。傷跡も自分ではそれほどは気にならない。

少しずつ萎縮しているようで、元々がん抜きにしても健側の乳房より大分おおきめだった乳房がかなり小さ目になっている。

今計測してもCカップいかもしれない。

それでも医療機関で新しいスタッフ出会うたびにきれいだと褒められる。

執刀医がその分野での大権威だったことは幸いだった。

分子標的剤とホルモン療法は副作用のため途中で終了。

術後4年とそろそろ半年がくるが今はがんのためには何もしていない。

時期的にはそろそろ寛解といっていい。

しかし体に残るダメージは癒えない。

手術痕はきれいなものの、剥がれた背中筋肉や、弄り回されて傷ついた神経は軽い疲れや天候不順で大いに痛む。

ホルモン療法のせいで腱鞘炎がひどく、手術もした。

この手術がうまくいっていないようで周辺のスジがひどく痛むし、こうしてキーボードを打っていても

薬指や小指のあたりに力が入らない。

抗がん剤で傷ついた手の表面の神経はいまだに感覚が怪しく、ざらざらした布を撫でると奇妙な不快感を覚える。

足も不意に菜箸でつつかれるような痛みを覚えるときがある。

ついでに、おそらく不妊症になってしまっている。

私は元々婦人科系のホルモン疾患があって、ピルを飲まなければ日常生活を送ることすら困難だった。

しかし、ホルモンがエサになるタイプのがんだから使用することができない。

倦怠感、睡眠障害PMS自律神経失調症気象病

ホルモンの乱れ、心身に蓄積したダメージ、見た目が元気そのものからこそ理解されないタイプの不調を抱えている。

こんな体調だし、あまり弱みを他人に見せることが好きではないか彼氏はいない。

そもそもいたこともないので作り方もわからない。

太ってしまったものの、髪の毛は生えてきているし、我ながら顔は普通レベルには整っている方だと思う。

だけれど、結婚して、子供を産んで、ということは私には夢物語だ。

人生で一番色恋にうつつを抜かさなければならない5年間私はひたすらに体調が悪くて自分の世話さえままならない。

がんそのものでは死なないかもしれない。

がんが連れてきた不調によっては死に至ってしまうかもしれない。

かに抗がん剤はつらかった。

幾度も孤独な夜を越え、みじめさと苦しさと痛みに、毛のない頭を抱えてもだえ苦しんだ。

粘膜が弱って、鼻が蛇口になったのかと思うほどの量の鼻血が出たこともあった。

ホルモン療法を始めてすぐはひどい鬱状態に陥り、首を吊りたい欲求を抑えることに必死になった。

それと比べれば瞬間最大風速は今の方がぬるい。

でも、終わりもないし先が見えない。

次にがんができたら、そう、一度でもがんを体験したことのある人間なら頻度はともかく頭に浮かぶだろう考え。

私は次にがんができても積極的治療はしない。

できれば死にたい

お酒たばこもしないので、非難される要素はあまりない。

病気で死んだとなれば、外聞も悪くない。

ピンクリボン活動が声高に叫ばれている。

何もなくて、安心を得る人もいる、見つけて、切って、はいおしまい。で済む人もいる。

でもそうでもない人もたくさんいることだろう。

死ぬよりつらい地獄に引き込まれることもあるだろう。

こういう地獄があるんだよ、と説明することも大事だと思う。

地獄入り口になるかもしれない責任を持つべきだ。

ピンクリボンなんて、かわいらしいイメージではよくない。

そもそも私は乳がん検診適用の35才より若くに自分病院にかかったか

まり恩恵を受けてはいない。

がんサバイバーがエネルギッシュな姿をさらすことは勇気を与えるかもしれない

でもサバイバーがエネルギッシュにならなければいけないという無言のプレッシャーがある。

現に、私の母は新聞で見た乳がん患者はこんなに元気なのに、あんはいつまで病人気取りなんだと叱責してきた。

元気がある人しか声を上げないのだもの

元気がない人にも声を上げさせてほしい。

下手にがんが見つかるとこういう辛い思いをして、死ねずに生きる羽目になる。

からそれでも生にしがみつきたい人だけが検診をする覚悟を持てと。

やさぐれて、どうしようもなくて、地の底を這いずり回って泥水すするような気持ち毎日を送る羽目になるぞ。

末期で見つかっていれば、大事な人にありがとうと、嫌いな人へ呪詛を伝えて心軽く天国だか地獄へ行けていただろうに。

病気になる前よりずっとずっと性格が悪くなってしまって悲しい。

長い長い、そろそろ自分乳がん患者と呼ぶのにためらってしま三十路女の独り言

追記(10.15)

たくさんの方に愚痴に付き合っていただけたことに、少し気分がすっきりしました。長くてすみません

Amazonの欲しいものリスト!?公開したら物をいただけるの!?さもしい私は飛びつきそうになりましたが、三十路レディなので澄ました顔で見ない振りができます

お肉食べたい!不眠改善のために良い寝具欲しい!楽して痩せるダイエット器具

物欲は止まることを知りませんが、あなたの周りの少し元気がない人に美味しいご飯おやつをごちそうしてあげて下さい。

回り回っていつか私がご相伴に預かることになるかもしれません。

◆母のこと◆

クソ!母親が!!うちひしがれている娘に!!!そんなことを言うだなんて!!!と、当時発狂しそうに悲しんだんですけど、母も恐かったんでしょう。

恐がりなんです、恐がってる自分を受け入れられなくて、私に当たることしか出来なかったんだと思います

今も、私が一刻も早く普通に戻れることを期待しています。私の体調が悪いこと、気持ちの落ち込みがあること、すべてを気の持ちようで片付けようとしています

私は、母の中では病人であってはならないのです。あって欲しくないのです。

からと言って、娘に言って良いことと悪いことの区別がついていない理由にはなりませんが。

母は、母なりに私に愛情を持っていることだけは誤解されたくなくて追記しました。

内弁慶で臆病なおばさんなんです。

ちなみに、近親者で乳がんは父方の祖母(60代発症)だけで、姉も、おばや従姉妹、その他男性、他に誰も乳がん患者はおりません。

遺伝性のものではなさそうなので、単純に運が悪かったのです。

職場について◆

国家資格は取得しているものの、勤めている会社ではその資格を使ったお仕事はしていません。

ですので、デリカシーのないおっさんらもあんまり医療知識がないです。

とは言え、どう考えても非情対応をされたことは間違いありません。

もっと貶してください。

叩いて下さい。

あの頃耐えて笑っていた私が報われます

今は優しい人達の多い職場に転勤しています仕事にも人にも恵まれています

泥水をすすりすぎて、濾過した雨水うめぇ水道水最高!って言っている状態なのかもしれません。

分子標的薬で心不全症状がガンガン乳がんだけに)出ていた最中引越しを伴う辞令を出した会社には多少わだかまりはあるものの、結果オーライ職場環境は確実に改善されています

それでも体が辛いものは辛い。

ピンクリボンへの八つ当たり

そうなんです、八つ当たりなんです。

わかっているんです。

気軽に乳がん検診に行こう、それで簡単処置で助かる命がある、それは尊いことなんです。

ファッション感覚ピンクリボン、ウェーイ!としている女子が妬ましいんです。

ウェーイしている女子いるからこそ気軽に検診が出来る、それが本来目的なんでしょう。

ただ、若年性乳がんって、乳がん全体のほんの数%なんです。貧乏くじ引いてしまった感が否めないんです。

元々ちょいちょいツイてなかった私が、こんな所でもツイてなかったかー、と。

妬ましく思っても許して下さい。

ネルギッシュに闘病体験を語って、良い感じの活動をしている先輩サバイバーを見て、そうはなれない(なりたい訳でもないけれど)不定愁訴しんどいんです。

残っている後遺症のようなもの障害レベルではなくて、1個1個は誰しもが抱えている何らかの不調なのかもしれません。

不調の数が多すぎて、歯車がガタガタで、支える気力も尽き果てた状態が今の私です

ぶっ飛ばさせて、レッドリボン軍だか、クリボーだか、びっくらぽんだかのアイツを。匿名のこの場でくらい。面と向かっては、きっと吐き出せないので。

優しい言葉ありがとう、長い愚痴に付き合ってくれてありがとう

嵐のような感情の発露は鍵付きのTwitterだけで行っていました。

初めて書き散らしたこの場で、思いもよらずたくさんの方に見ていただけて、嬉しく思います。 

大好きなアーティスト懇願して(服の上から)触って貰ったことあるので、本体の私は乳のせいで地獄のクソ煮込みをわんこそばで注ぎ込まれている割に、乳だけは世界で1番幸せ者かもしれません。

欲しいものリスト我慢するので、私と彼が結ばれる結末を祈って下さい。

anond:20181014022259

さっきまでパニックで何も考えられない状態でしたが落ち着いてリスニングできました。国立国際系志望で英語偏差値だと65ぐらいなのですがこの前模試結果返ってき浪人でこれはやばい!(判定はc)と焦る&来週また模試ダブルで昨日からパニックになってしまいました。

かに英単語8月以降やってなかったはずなので振り返ってみます

予備校は現役は駿台行ってたんですが、行きたい大学コースが近くにないので、塾のテキスト取り寄せてネット添削してます。基本は図書館カフェルーティンでやってます

英語私立やら国立やら参考書やら手出しすぎてたので、第一過去問、塾テキスト単語CNN透視図に絞りました。

やっぱ宅浪なので周りの雰囲気がわかってなかったのですがもうネット断とうと思います。だらだらやるのやめます睡眠しっかりとりまありがとうございます頑張ります!!!!!

anond:20181014001356

一応毎日勉強はしてますが、もう無理なんじゃないかとか今まで何やってきたんだろうとか考えちゃうんです。現役で英語に傾斜しすぎたので今年は他の教科に力入れてたら英語おざなりになって解けなくなっててパニックって感じです。宅浪なのでアドバイスくれる人いなかったのでそう言ってもらえて嬉しいです。

2018-10-12

モラハラってなんだろう?

30代、子持ち(小学生女子ひとりっ子女性

4年前に、システム管理仕事育児キャパオーバーしてうつになり、休職した。

仕事は楽しくて、部下もついてチームワークよくがんばってたんだけど、セキュリティ関連の対応や、サーバー導入に関するトラブルなど、判断ができない問題が山ほどある上にシステムトラブルが起きるとそちらの対応さらには保育園のお迎えリミットもあり、やり切れない仕事を部下に投げることも申し訳なくてできず、気づいたら些細なことでパニックになったり、会社に行くのが辛くなったりして、自分おかしいと思った。

近所の診療内科に行き、上司の勧めもあって休職

半年ほどで復職したものの、小学校入学で家庭環境が変わったり、仕事は相変わらず抱え込んでしまったりで再度休職

この頃から、夫が怒り出した。

わたし会社や、職場環境愛着があったので、自分仕事をしながら生きていくことを前提として考えていた。

いくらか休んで、また復職したいという思いを伝えたところ、

「そんなに仕事大事か、家族のことを考えないのか。」

と責められた。

休職前よりもさらに具合が悪化した。

ここから3年、日常生活はある程度できているものの、隔月程度の間隔で夫と口論になり、思い切り落ち込んでまた這い上がるというのを繰り返している。

大抵は、夫が我慢限界を越えて不機嫌になり、責められる。

・お母さんなのにタバコを吸うのが気に入らない。

休日まで一人になりたいと言って寝室にこもっているのが気に入らない。

パニックになったときに、家を飛び出そうとするのが気に入らない。

夫のことが怖くなってしまい、そうしたら、

「怖いと思われることで自分ダメージを受けて、なおかつ上記のことに対して我慢をするようにしているのに、あなた自分のことしか考えていない。」

と言われた。

そして、

「そんなに俺が嫌なら、出て行く。」

と言う。

夫に出て行かせるくらいならこんなにダメ自分がいなくなった方がマシではないか、という思いに取り憑かれる。

先月、パニックを起こして夜に家を出ようとした。

玄関先で止められた後に、

子どもの前でこんな行動、少しは我慢できないのか」

と言われた。

わたしは、交通事故死ぬ入院でもした方がいいと思ったと話すと、

「それはずいぶん周りに迷惑な話だね」

と返されて、とにかく恐ろしくていったん一人にさせてくれと頼み込み、安定剤を飲んで無理矢理眠った。

パニック状態で追い討ちをかけられるのはつらい。これでは治らないと思い、遠方の実家に住む両親に相談した。

今週、両親がこちらに来て、近所にアパートを借りてシェルターがわりにして、しばらく療養してはどうかと提案された。

家の寝室で引きこもっていても家族の気配はするし、一人になれる場所があるのはありがたい。

そこで、子どものためにということも含めずに自分がどうしたいかを考えてみなさい、と父に言われた。

そんなときに、ブクマこちらのブログと付いているコメントを見て、もしかしてわたしモラハラを受けているのか?と初めて思った。

https://ico-iiwake.hatenablog.com/entry/2018/10/10/051953

自分が悪い部分もあることは理解しているし、文句のない人間なんていないので、ある程度の諍いはあって当然だと思う。

しかし、今の自分の状況は正常なのだろうか?

そもそもモラハラってなんなんだろう?

検索して出てくるサイト弁護士紹介サイトが多い!)を見ると、夫に当てはまる部分とまったく当てはまらない部分とある

もしも、この駄文をご覧になった方がいたら、素直な感想を教えていただきたい。

2018-10-09

知人の退職トラブル

まさか身近にこんなことが起こるとは思ってもいなかった。

かに20年近くニート生活をしていた知り合いがなんとかもぐりこんだ企業ブラックだと評判だった。

それでも彼は自分を拾ってくれた企業に恩を感じて、約6年一度も休まずに勤めた。

一度だけ辞意を伝えたことがあるが、上司総出で引き留められ、若干の時給アップと勤務場所の変更を提示されそれを飲んだ。

しか上司からパワハラは続き、まじめな勤務態度が裏目に出て一度だけ残業をせずに帰ったことで人格否定されるような責められ方をして

休憩時間に向かいビル屋上から母親電話をかけてきてそこでやっぱり続けられないと思って今度ははっきりそう伝えた。

有給が30日以上あったので、それを消化してから退職となり、まあ10月末くらいか仕事探すか、などと話していたところ

書類の件でと会社から呼び出しがあり嫌な予感がすると言いながら夜6時に会社へ向かった。

帰宅して開口一番「やられた」と。

会社から女性パートセクハラ事実があったと伝えられ、向こうが警察に行けば確実に逮捕される、今までの勤務場所女性パート

全員お前からセクハラパワハラを受けたと言っている、どちらを信じるかは明らかだと詰め寄られた。

ついては誠意を見せろ、お前が有給を使っているのをみんなが不快に思っている、誠意を見せて有給を取り消し昨日付けの退職届を出せ

保険証も今すぐ返せ、セクハラを認め二度と会社に近づかないと念書を書けと矢継ぎ早に責められ、知人は念書退職届と保険証を出して帰ってきた。

人間考えてもいなかったことを言われるとパニックになる。何も言い返せなかったと言っていた。

ちなみにセクハラは、相手のお尻を触ったのと、相手が持参した水筒お茶勝手に飲んだ、というものだった。ありえない。

知人は家族と皿を共有することすら嫌がる。なんなら自分の「水筒」も嫌だ。未開封のもの自分で開けたペットボトルしか口にしない。

帰宅して少し冷静になった彼はネットでいろいろと調べ始め、しかるべき機関相談することを決めた。

大事にする気はないそうだ。ただ、名誉回復と失った有給の扱いをどうにかしたいと。

少なからず巻き込まれた状況で大変気が重い。

からさまな悪意には慣れていない。

噂では、少し前に同じ企業正社員パワハラが原因で自らアレした際に和解金として支払われたのはたった50万円だそうだ。

先は明るくもないし、だいぶ長そうでうんざりだ。

2018-10-05

仕事に真面目になりすぎてすぐ病む

死ぬほど辛い。

ずっと寝れてないし、動悸が止まらない。

仕事なんてそこそこですませて手を抜きたい。

泣きそうだ。

必死になりたくないのに、能力が低いので真面目にやるしかない。

時間をかけるしかない。

人と関わるのが苦手すぎるのと、その他色々ですぐ体調崩す。

ものすごいストレスだ。

それでもやらなきゃ、やらなきゃと思って自分を追い込む。

追い込みたくない。

辛い。しんどい

どうしたらいいのか分からない。

働かないとお金が貰えない。

お腹痛い。

真面目にやりたくない。

みんなすごい。えらい。

ドラマで、厳しそうな上司キャラを見てうわああああってなってしまった。

みんなあん上司がいても普通に働いているのか。

私に厳しい上司はいない。

みんな普通のいい人。

それなのに、どんどん勝手に一人で追い込まれていく。

一人で立ち止まってパニックになり続けてそれでも時間に追われながら心臓バクバクのまま必死に手を動かしてどうにかこうにか、何とかなっている、みたいな感じ。

全てを投げ出して逃げてしまいたい。


体調が悪いからしばらく休むと、メールの下書きに書いたら少し楽になった。

送信するか分からないけど。

真面目なくせにクズからすぐ逃げたがる。

ストレスに耐えられない。辛い。

他の人にとっては些細なことなんだろうが、本当に無理なんだ。

向いている仕事がない。

人と関わる以上、時間制限がある以上、すべての仕事に向いてない。

本当は、今の仕事天職だと思ってたんだ。

好きなものを好きなように作れたらいいのに。

そうもいかない。好きに作れない。

無理すぎる。

2018-10-03

服に虫が付いていてときめいた

今日通勤途中に「服に虫が付いていますよ」と声を掛けられた

軽くパニックになっている私に「動かないで」と言って取ってくれた

まりにもステキだったので「お礼がしたいので連絡先を教えてください」とスマホを取り出す私

左手に鞄、右手に虫を掴んだ相手ちょっとドギマギしてたけどそのまま虫を食べて番号を交換してくれた

男の人ってワイルド、そう思った

2018-09-30

パニック映画

ゾンビでもエイリアンでもなんでも良いんだけどパニック系の映画メガネっ子メガネ割れたりなくなったりして大変みたいなシーンがある映画を知ってたら教えてくれ。

自分自身メガネっ子からこういう状況で自分メガネを失ったらすぐ死んじゃうよなとか思いながら観てるんだけど一向にメガネっ子が出てこない。

2018-09-29

anond:20180929195447

いや癌になった方じゃなくて、なってないほうの親が因縁つけてきたんだけど(因縁しか言いようがない)

パニック状態だったんだろうな。子供だって一緒にショック受けてる側なのに

2018-09-27

ラノベの表紙を不快に思う人が居るのは分かる

単純に嫌いって人もいれば、なんらかのトラウマが原因で苦手って人もいるだろう

そういう人への配慮必要だというのは、まあ分かる

俺は3歳くらいの頃に犬に散々追いかけられた経験から、犬が苦手だ

公園リードを離した状態で走り回っていた犬に追いかけられ、パニックを起こして蹴っ飛ばししまい、飼い主とトラブルになった事もある

飼い主側はじゃれていただけだと言っていたが、怖いものは怖い

今はなんとか慣れたが、昔は犬の写真リアルな絵を見たくないという時期もあった

おっぱいドーンなラノベの表紙に、昔の俺が犬の写真や絵を見て感じたのと同じような感覚を持つ人が居てもおかしくはないと思う


ただ、なんでラノベの表紙だけ配慮せにゃならんの? って気もする

例えば犬嫌いの人が「愛犬家は犬嫌いに配慮しろ! 犬の絵や写真規制しろ! 散歩ゾーニングしろ!」って主張したとする

これって世間議論になるだろうか?

多分、ならない

犬嫌いの権利よりも、愛犬家権利の方が優先される傾向は確実にある

でもおっぱいドーンな絵を嫌う人の権利は、それを好む人よりも優先されると考える人がたくさんいる

この差ってなんなんだろう

犬嫌いが少数派だからなんだろうか?

ということは「多数派である規制賛成派に、少数派である規制反対派(≒オタク)は配慮しろ!」って話だったのだろうか?

それとも数の多寡関係なくて、一人でも不快に思う人が居たら配慮すべきという話なんだろうか?

後者ならば、犬嫌いはなんで配慮して貰えないのだろう?

俺はなんとか克服……まではいかないけど、なんとか慣れた

でも世の中探せば、俺よりも深刻なら犬絡みのトラウマを抱えている人がいると思う

そういう人に対する配慮必要ないのだろうか?

犬に限らず、猫だってだって飛行機や車、様々な道具、色んなものがある人にとってのトラウマ象徴となる事はあり得ると思う

その全てに配慮し、対処する社会を目指すべきなんだろうか?

それともその中から配慮するべきもの配慮しなくても良いものを選別していくのだろうか?

後者場合、その基準は誰が、どのように示すのだろうか?

別にかに答えを示せという話ではないのだが、自分一人で考えてみても、どうにも答えは出そうにない

2018-09-25

anond:20180925002755

アホかな?

そんなの成立しないぞ

医者も薬もなく衛生状態が最悪の世界なんだから

ちょっと病気怪我が命取り

食料も水も電気供給源をメンテナンスする人間いるか

安定して手に入れられる

この間の地震で学ばなかったか

メンテナンスする人間がいないなら

有限の資源を食いつぶすだけ

手元の資源がなくなれば他の生存者との奪い合いだ

物資がなければ仲間割れもする

簡単怪我をするし治す手段もない

楽しい時間はあっという間に終わる

たまにゾンビパニックが起こった後も

割と平和に暮らせてます的な作品はあるが

あれはファンタジーの上にファンタジーを重ねてて面白くない

2018-09-23

Androidユーザーに聞きたい

マテリアルデザインって本当に良いと思うか?

あのアニメーション見てるとイライラしてくるんだが

 

アニメを見てて学んだことだが

複数のものが同時に動くと人は疲れるもんだと思う

映画パニックシーンなんかでは緊迫感を出すために色んなものを同時に動かすんだが

多くの場合は背景は動かさない、つまり重要もの必要な分だけ動かす

マテリアルデザインはそれができてない

 

最初iPhoneMacアニメーションも少し嫌いだった

でもApple的なアニメーションは1個のモノが説明的に動くだけだからすぐ慣れた

でもマテリアルデザインは未だに慣れない、無駄に動いている

吐きそう

「ほら、リッチだろ?意識高いだろ?」みたいな感じ

2018-09-22

SNSは「24時間満員電車生活」と同じ

SNSパーソナルスペースがあるようで、実は存在しないという歪(いびつ)な電脳空間

情報の「収集」には便利だが、うっかり「正しくない本音」が漏れ出した場合には、

「ぎゅうぎゅう詰め」のストレスフルな環境なので、あっという間に「拡散」し炎上(≒延焼)してしまう。

参加者全員が同じ危機感を共有して同じ方角を向いている時は安定するが、

そうでなければ、すぐに阿鼻叫喚、喧々囂々のパニック状況が現出するフラジャイル世界

2018-09-21

からない

ただの吐き出し。

文章もめちゃくちゃ。

マジの基地から

精神を病んで、起き上がることも辛くなった。

ちょっとしたことパニックを起こして自傷してしまう。

病院に行けない。

行きたくて、予約しても、当日パニックで血まみれ。

キャンセル。でも行きたい。予約。何日も前から準備を整える。でも当日になるとパニックを起こす。その繰り返し。

自分のことを話さないといけないと思うと、物凄い不安に襲われる。

しょっちゅうパニック状態にはなるけど、精神科予約の日はなかり酷い。

ある時やっと一度だけ、なんとか精神科に辿り着いた。

先生検査結果やカウンセリングから「診断がつく」と言った。

それからまた行けなくなった。

一度行けたのが自分の中では奇跡だった。

頑張っても頑張っても行けない。

行きたいのに。助けてほしいのに。

何年も経って、お金が底をついた。

働けなくなって久しいから、当たり前にお金がない。

障害年金申請したいと思った。

当然病院に行かなくちゃいけない。

そこからまた何年も予約とキャンセルを繰り返す。毎回パニック。血まみれ。

代わりに家族相談に伺うことも多々あった。

なんとか必死で行った。やっと。

長く鬱を患っているから、初診証明があればすぐに年金をもらえる可能性があるそうだ。

すごくほっとした。光が見えた気がした。

でも、初診証明を出してもらったら、診断名が「不明」になっていた。

当時先生は診断がつくと言ったけど、一回じゃつけてもらえなかったってことだね。

えっと、年金もらえるのかなこれ。

通院してないんだから貰えなくてもしょうがないって言われたけど、なんか、疲れちゃった。

手続きしろ何にしろ、すごく時間がかかる。パニックを何十回何百回と繰り返して、年に数回外に出られる程度だから

そうこうしているうちに体も病気になってしまったらしく、倒れて今度は総合病院へ担ぎ込まれて。

検査をいっぱいしなきゃいけないし、症状を抑える薬も出してもらったけど、お金が沢山かかる。

お金ないんだ。働いてないから。

結局治療は諦めた。

精神科ほどではなくても、やっぱりパニック自傷衝動は出てしまうし。


正直、病院に行ける程度の人は障害年金に助けてもらえるのに、行けないくらしんどい奴は全然助けてもらえないのかって思う。

行ける行けないが基準っていうんじゃないけど、程度じゃなく種類の問題場合もあるだろうけど、どっちみち、行けない人はどうしたらいいの。

長年家族自分の代わりに家族相談のかたちで受信したりしていて、その履歴が残ってるはずなんだけどな。それでも無理なのかな。

そりゃあ本人が行かなきゃどうしようもないのはわかるけど、ほんと、どうしたらいいのかわからない。解決策がわからない。

まぁはよ死ねよってことだろうなと思う。もう疲れたから、そうすると思う。なるべく早く家族を楽にしてあげたいし。

せめてその時まで、穏やかに時を過ごせるようにしたい。

2018-09-18

とっさのときに行動できない話

芸能人飲酒運転ひき逃げ事件動画が出回っていて、横断歩道通行中に突っ込んでくる車の映像に衝撃を受けている人が多い。事件悪質性みたいな観点とは別に、眼の前で車にはねられた人がいるのに、他の通行人が駆け寄りもせず、見知らぬふりをして立ち去る様を避難する声も少なからずあるようだ。

人は、とっさのときに行動できないものである

そういうことを身をもって体験した昔の出来事を思い出したので、書き残しておく。

から20年以上前自分高校生だったときの話である

通学のため、朝、バス停バスを待っていたら、目の前を自転車に乗った(おそらく)女子高生が通り過ぎていった。自分はそのとき文庫本参考書のようなものを読んでいたのだと思う。自転車が通り過ぎた後、耳に「ガシャン」という倒れる音が飛び込んできた。

見ると、自転車が倒れて、女子高生も倒れている。そのときバス停には自分と後輩のふたり(両方とも男)しかいない。後輩と顔を見合わせた後、あわてて駆け寄ると、血は出ていないが、呼びかけても返事がない。

バス停には自分しかおらず、その道は人通りもないので、誰か他の人が来ることもない。

道路を渡った反対側にガソリンスタンドがあったので、後輩にそこに行って公衆電話を借りて救急車を呼ぶように伝えた。

慌てて道路を渡る後輩。

と、ここで困ったことに気がついた。

彼女スカートが思いっきりめくれているのである。まじまじと見たわけではないので詳細は覚えていないが、白い下着が目に入った。

人通りがない、とはいえ、眼の前の通りは、車通りがそこそこある。なにより、もうすぐ乗る予定のバスがやってくるわけで、それには自分高校の生徒がたくさん乗っているはずである

このままだと、彼女が多くの学生下着を晒されてしまうわけで。

おとなになった今なら、さっとスカートを戻すなり、もっているハンカチで隠すなりができるのだろうけど、そのときは半分パニックになっていて、スカートを戻しているとき彼女が目を覚まして、めくっていると思われたらどうしようとか、そういうしょーもないことが頭を巡ってたりした。

結局、後輩がガソリンスタンドでお店の人に事情説明しているうちに、彼女が目を覚まして、再び自転車に乗って行ってしまった。

2018-09-15

北海道

ぶっちゃけ、この程度の被害でガタガタ言うなって思うんだけど。

東日本経験した大多数の国民からすると、大したことなくね?ってのが本音じゃね?

あの時の、日本終わるかもっていう恐怖感、パニック的な自粛圧力に比べたら、すすきのなんて明るすぎる。泥ばっかの土地に住んで市に詰め寄るのも甘すぎる。何を期待してんの?

そのうち寒いから死ぬとか言い出すんだろう。今から灯油買い込んで準備しとけって話だろうが。

2018-09-13

鬱再燃

大学で鬱を患った。

寛解まで2年を要し、休学を挟んだ末温情と最低限の成果で何とか卒業まで漕ぎ着けた。

何とか就職も決まり新生活から数ヶ月。

また鬱になった。

仕事上で何か聞かれると理解しているはずの事でもパニックを起こし、動悸と吐き気仕事が立ち行かなくなる。

自分からコミュニケーションを取るのにも、取りに行くまでに並々ならないエネルギーを消費し、コミュニケーションで並々ならないエネルギーを消費し、それだけで精神が削られて行く。

納期仕事が遅れに遅れ、督促と進捗確認メンタルを削られ、どうしようもなく潰れてしまった。

体調不良で休む日が週に一度になり、二度になり、仕事どころではない状況と生活の立ち行かないジレンマが更に頭を悩ませる。

連絡するほどの気力もなく、無断欠勤になる日もまま存在している。

薬物療法恩恵を感じるでもなく、ただただ薬の量だけが増えていく。

最早何をあてにしていいのかも分からない。一人で悩んでも仕方ないのだが、頼れる人間もいない。

自殺したいとはかろうじて思っていないが、かといって生きている意味を見出せてるわけでもない。

さて、いかがしたものか。

2018-09-11

不謹慎だが天災テレビで見るとワクワクしてしま

日常が見たいのかなあ

東京マグニチュード8.0という東京大地震に見舞われるアニメ

あったけど、個人的にあまり面白くなかったので、大地震ネタにした

パニックアニメがみたい。

2018-09-09

生活の荒れ具合を示すバロメータ

下着トランクス)って毎日替える必要ある? ーー anond:20180909201028

ひとり暮らし他人の目を気にしなくていい気楽さがある分、忙しいときなどには荒れてしまやすい。

荒れ具合を確かめるためのバロメータひとつがリソックス・リパンツの発生だ。

洗濯していない下着を裏返してもう一度着るなどという屈辱。なんとしてでも避けなければならない。

そんな覚悟とは裏腹に、生活もっと荒れていくことがある。リパンツが頻発している状況で、急な呼び出しが入った。行かねばならないがクサイ下着を履いては行けない。そのようにしてレンジパンツは発生する。洗剤をつけて揉み洗いしたのちよく絞り、レンジで一分加熱したのちに振る、というのを繰り返すと現実的時間健全パンツが手に入る。これがレンジパンツだ。洗剤で洗ったのだから原則キレイなはず(と自分に言い聞かす)。ただしこれはオススメしない。その日俺はレンジ皿直置きを躊躇して、そこらに落ちてる段ボールをちぎり、パンツを載せてチンした。ユニットバスで頭を洗ったあと戻ると、あれっ何だか煙いぞ… これは湯気じゃない! キッチンは白煙で満たされていた。俺は全裸ガラス窓を何度も叩いた。開かない! 開かない! 開かない! 別の窓は力押しで開いた。煙が外に流れていく。窓が開かなかったのはなんのことはない、鍵がかかっていただけだ。パニックの中では鍵を開けようなどという単純な発想も吹き飛んでしまう。俺は真の恐怖を味わった。パンツ一枚のために。素っ裸で畳に横たわって思った。こんな生活は改めなければならぬ。煙が出たのは、段ボールを留めていた樹脂テープ過熱して発火したからだった。消化するとき取り落としてしまったので、ビニール床には焦げ跡がついていた。パンツは無事だった。





FAQ(ようこそズボラ生活へ):

Q. 洗濯周期分のパンツがあればよいのでは。

A. 各洗濯行為ハードルは干すことになる服の総量に比例して大きくなるのです。あるポイントを越えて生活が荒れると、洗濯周期というもの消滅します。「洗い物が干されないままに再び洗濯される」これもバロメータひとつ。他のバロメータライトなところでは「料理をしなくなる」。進行するとゴミが出るのを嫌がり買い食いさえも億劫になって発生する「毎食が外食」。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん