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はてなキーワード: こうの史代とは

2017-09-13

絵柄が安定している

こうの史代は絵柄が安定している。

街角花だよりでもうその絵柄が確立されている。

そして人の動きが安定している。

この人はちゃーんと動きを分かっているんだなーって思った。

昔は絵が上手い人=絵が綺麗・技巧っていうイメージがあったけど、

そうじゃないんだなって最近気付いた。


でも人それぞれなので!石は投げないで下さぁい!

2017-08-14

https://anond.hatelabo.jp/20170814123626

美談好きな人はそういう設定どうでもいいんだよ。

目に入ってこない。本当怖い。


こうの史代さんの大体の作品をわりと本気で「ギャグ漫画」だと思っているから、

この世界の片隅でを見た人がこうの史代さんを戦争を美しく書く人だと認識されるのは一ファンとして複雑。

蛇足でした。

2017-07-24

ネトウヨ反動主義的だけど、生まれてこのかた、戦争平和戦後文字が踊らない夏というのを過ごしたことがないから、そういうのに対する反発はあるよ。

まれてすらない、世代も一回りどころか二回り違う時代陰鬱な話をいつまでも引っ張ってんじゃねえ、という感情が根幹にあると思う。

こうの史代なんかもその辺の戦後平和教育に対する違和感をよくテーマにしている。

2017-06-06

年をとると意図せずとも差別する側に回ることが多々ある

なかなか悩ましい。

具体的には独り身の独身貴族だったころと家族子供ができてからでは価値観が大きく変わる。特に子供」という自分よりも大事存在ができると昔のように能天気に寛大な対応は取れない場面が多々ある。

わかりやすいたとえだと、たとえば福島産の農作物である震災から6年以上たって除染もしっかりできていると散々報道されているのに、いまだに「放射脳」と揶揄される行動で福島産の農作物を忌み嫌う傾向がネットでも見られる。

これは子供ができる前だったら純粋軽蔑してたのだが、子供を育てる身になるとなかなか悩ましい。俺個人福島産の食材を食べることにはなんら抵抗がない。ただ何も雑念なく自分の子供にも与えられるか?と問われると正直悩む。頭では「市場に出回っている食品安全」だとわかっていても、わざわざ数ある選択肢の中から福島産のを選んでそれを子供に与えるのか?というジレンマがある。

正直現時点でわざわざ福島産の農作物を選ぶのは、いまだに風評被害に苦しむ福島農家応援しようという気概が一番の動機だろう。だからそれを自分で買って自分だけで食べる分には何の問題もない。でもそれをわざわざ意図的子供に買い与えて食べさせるのは、逆に親のエゴなんじゃないか?というジレンマが生まれしまう。

性犯罪児童虐待前科がある人間についても、以前はどんなにひどい罪でも刑務所で罪を償った以上はちゃんと彼らが社会復帰できるように協力するのが大事だと純粋に思っていた。しかしいざ自分にも子供ができるとやっぱそういう前科者には家の近所に住んでほしくない。できれば欧米のように顔写真つきで位置情報ネットで公開してほしいと思わずにいられない。

これらの感情を「気持ちはわかるけど差別」といわれてもしょうがないと思う。少なくても「自分がしてることは家族を守るための社会的区別差別じゃない」なんて思い上がった台詞をはかない人間であり続けたいとは思う。ただ人間というは自分より大事存在ができると、それを守るためには差別する側に回ったり、時には犯罪を犯すこともいとわないものなのだなと痛感する。なぜ世界宗教という存在が生まれたのか最近よくわかる。

こうの史代の「夕凪の街 桜の国」という漫画被爆者差別されるシーンがある。でもそれは被爆者を忌み嫌うというより、自分たち大事な娘が被爆2世の男性結婚したら悲しい思いをするんじゃないか?生まれてくる孫は大丈夫だろうか?という娘を思う親心からまれ差別なのがとても印象的だった。ときには同じ被爆者でありながら、自分の息子には被爆者結婚してほしくないといったシーンもあった。中二病風にいえば「愛が差別や憎しみをうむ」というやつか。

大人になるというのは思ってたよりもしんどいものだな。

2017-03-31

この世界の片隅に作者は描かないことで逃げている、という批評

増田レベルだと思った。

それをあくまで金を貰って原稿として書いているのが悩ましい。

勝手憶測で作者を決めつけてしまった。

映画になり賞もとった「夕凪の街 桜の国」という作品を同作者が描いているということ。

これは有名な話なのに、調べずに、他の批評も見ずに書いてしまったんだろう。しかも、公開から数か月たってから

さら夕凪の国~で批判された部分を「この世界の片隅に」でクリアしたということ。

少し調べればこれぐらいは増田なぞというネットの闇にも書かれていることなのに(闇だから見つけられなかったか)。

例えばこういう批判増田ブログツイッターFBなどで書く分には構わないと思う。

ただタイトルのような着地になるうえで、お金を貰う記事という条件に

「調べたら出てくることを調べず、情報がないまま思い込みで書いてしまった」

という適当仕事っぷりは目に余る。

この作品を鑑賞する上では知っておかないといけないことが何点かある。難しくは無い。それは中学生レベルでの知識だ。

知らなくても、後々知ればいいと思っている。

ナウシカ」を子どものころ初めて見たとき内容が理解できなかったが、何回も見ていくうちに徐々に理解しだした。

そういう作品もあって良いと思う。あるべきだと思う。

しかし、それとこれとは違う話だ。

一応お金を貰う立場の人が、「原爆」を描かず逃げているとこうの史代に対して書くというのは、恥ずかしいことだと思う。

それが大学研究員ならなおさら、調べ不足を指摘されても仕方ないと感じる。

2017-03-04

この前福知山こうの史代イベントやってたと聞いて

知ってたら行ったのに…と思って調べたら福知山在住と知ってたまげた

去年移住したらしいが最近になってドンキやらスタバやら出来るしどうしたんだ福知山

ちょっと前まで脱線事故(風評被害)とか花火大会事故くらいでしか名前聞かなかったのに…

2017-02-17

こうの史代作品

Kindle50%ポイントバックのセールしてるので、興味のある方は読んでほしい。

セール期間は日曜まで。

知名度の低い『さんさん録』と『長い道』もこの機会に。

2017-02-05

こうの史代氏の「長い道」

Kindleで200円になってる。

とても好きな作品なのでよかったら読んでほしい。

2017-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20170108210008

以前は、似たようなことを思っていた人間です。

 

ですが、あの映画に興奮している人たちは、

原作未読なのかもと考えが及んでから

急に納得がいった。

 

こうの史代作品に初めて触れた直後ならば、

興奮状態に陥っても仕方がないかと。

 

ちなみに、私は映画「この世界の片隅で」は

年間ベスト10に入ってもおかしくないほど完成度が高いと思ったよ。

2016年ベストと言い切るのは躊躇するけどね。

2017-01-08

この世界の片隅に」観てきた

呉市民だけど観にいくのがこんなに遅くなるとは思わなかった

20年来のこうの史代ファンだけど鬱で失職しててこの何年かは漫画を1ページも読めない状態だったかクラウドファンディングがあったことすら事後的に知ったという感じなのでこれじゃファンを名乗りづらいなと感じていた

はてなで見る評価がどれも異様に高くて「アニメどころか映画史上の最高傑作」「誰が観ても生涯最高傑作確定」「映画というジャンルはこの映画を生み出すために存在した、つまりもう存在意義を果たし役目を終了した」みたいに狂ったようにやたらテンション高いのでどんなものすごい超絶大傑作に仕上がったんだろうと期待度マックスで臨んだら意外と普通で拍子抜けした

今年は邦画豊作の年と聞いていたけど、これを年間ベストに選ぶ評をやたら見かけるので、もしや映画自体は不作の年なんじゃなかろうかと思ってしま

でもいい映像化に恵まれたなと思える出来ではあったのでファンとして嬉しいです

絶賛しないと人権がない空気を感じてつらいけど観終わったあとの私のテンションだとこんな感じ

2017-01-07

[]映画この世界の片隅に

よーやく見たので箇条書きで書く

ネタバレあり

・始まるまでのCM相変わらずなげえな映画館

・始まって1分もたたないうちからなんかこみあげる感動の先走りがあった

・そのせいで、冒頭の船の上でこどものすずが正座で足しびれて目が><ってなってるのをみたタイミングでもう結構やばくて、その後カメラがどんどん上にあがっていって空をうつしていって、そのバックでコトリンゴの悲しくてやりきれないが流れ出して、それに合わせてタイトルの字が出たタイミングが感動のピークだった

・もうそときに涙がこぼれてしまった

・はえーよホセwwwと思いながらも涙が結構こぼれた

・正直そこまで原作とかこうの史代ファンでもないのに、なんで冒頭はじまっただけでそこまで感極まったのか自分でもわからん

・目が><となってるのほんとかわいいほんとかわいいほんとかわいい

・は~そすそすそすも再現されてていくつかのシーンで何度か描写されてたから満足

・絵かくのさぼってた水原さんが鉛筆くれるシーンは、その前にちびった鉛筆をいたずらで失くされたっていう前フリがないと、なんかいまいちあのシーンのよさが伝わんねーんじゃねーのかと思った

問題児ちょっといいことしてくれた的なニュアンスだけ伝わればいいっていう割り切りだと思えばまあわからんでもないけど

水原さんは小野Dってわかっちゃったからどうもうーんという感じだった

・しゅうさくさんは朴訥な演技があったせいか久しぶりに刀語のいちかのときの声をきいた気がした

密度濃くてテンポよくて原作知ってても退屈せずに見れた

ギャグシーンで劇場内で笑いが起きてたから、別に自分製作者サイドでもなんでもないのにうれしかった

座席位置最前列から2番めっつうすげー見づらい位置だったけど、そこまで動きのおおいアニメじゃなかったからなんとか見れた

CMでやってたみたいな激しいアクション映画とかだったらとても見るに耐えなかったと思う

・というか映画館映画をほんとうに見てもらうことを考えるんであれば最前列前何列目くらいかまでは座席なくしてほしい

ちょっとでも埋めるためにはそんなことやんないだろうけど

閑話休題

日常シーンと爆撃シーンとの音響の差がすごくてめっちゃうるさく感じた

空襲警報映画の中だけでもうざいと思ったのに日常あったらほんとうざいだろうなあ311のぎゅいっぎゅいっと同じうざさっぽいなあと思いながら見てた

・はるみが死んだ後はさすがにそれなりの演出はあったけど、それでも原作よりもかなりあっさり終わった感じした

個人的には原作の、あの壁の向こうには花畑ではるみさんが遊んでるような風景があったんだろうか、という1ページ描写がどうなってるかが気になってたけど、思ってたよりもかなりあっさりで、物足りなさを感じつつも、変に感動的に押し付けがましくしてくるよりかはこれくらいの淡白さがあったほうがらしいっちゃらしいかなとか思ったりもした

・鬼いちゃんが死んだときしかり、死が今よりも日常と隣合わせだから若い子供が死んでも別にニュースになんてならないってのが、現代とはほんと価値観違うよなあ

最後いきなりでてきたように感じられた右腕をなくした母親がのこした子供エピソードのあたりも、どっかネットでみた、パラレル子供ができて死んだもうひとりのすずの可能性みたいなものを確かに感じさせなくもなかった

・でもまあそれもあくまでも見る人の考え方ひとつってだけ

原作にはなかったその子供のその後が、エンドロールのバックの一枚絵で少し描かれてたのもうれしかった

・その後のクラウドファンディング寄付者の名前一覧ね

個人的に一番!?ってなったのは星空めておだよ

キムタクばりに、ちょwメテオwwwって一人でにやにやしてしまったwww

・残念だったのは、のんの滑舌が若干悪くて聞き取りづらかったところがあったところかなあ

終戦ときセリフが改変されてるっての知ってたからなんて言ってるんだろうって思って一応気をつけて聞いてたつもりだったけど、結局なんていってるのかはっきりとわからなかった・・・

・はるみさんが死んだのも全部無駄だったっていうんか!?みたいなこと言ってた?

・いっしょにみた人がコトリンゴの歌きいて、手嶌葵パクリかと思ったと言っててちょっといらっとした

2016-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20161206224623

こうの史代自分と同じ感想を抱いている人がいた。

同様の理由高野文子も初期が好きだ。中期以降、テクニックはもちろん抜群にいいが、内容が抽象的になりすぎて、むしろ初期のメッセージ性がむき出しで直裁的な方が心に刺さったりする。絵もかわいいし。

でもこうの史代はそこまで鼻につく感じはしないかな。それより題材がどんどん重くなって、そっちのほうがよりこうの史代世界とのコントラストが効いていいのかもしれないが、もっとライトな題材で読みたいなあーと思いながら離れていった。

街角花だよりはトイレに常備できるけど、世界の片隅をうんこしながら読むのはキツイだろう。

2016-12-09

この世界の片隅に」はVR映画

意味不明タイトルをつけたが、そういう感想から仕方ない。

この世界の片隅に」はという映画原作も含め)は時代考証レベルを超え、(考現学というのかな?)

生活習慣や風俗文化地理建物看板放送局アナウンス、雑踏に響く声、当時の気象

その時代、そこに暮らしていた人の佇まいなどを、

背景に至るまで徹底的に調査して描かれた作品らしい。

で、この映画を見た感想はVRだ。

ヴァーチャルリアリティ映画昭和時代を描いたアニメだけど。

時間と6分、昭和10年から20年までの広島や呉で暮らしていたような錯覚を覚えるようなVR感覚であるヘッドマウントディスプレイ感覚

このようにありとあらゆる情報テキストというか記号イメージ)をぶち込んでいくと

「3次元でも360度映像でもないのに、人間はVR感覚を味わう」という、新たな発明をしたので、ノーベル賞級の何かだと思う。

従来の作品では、「戦争という非日常」を強調していたが、

この作品では生活描写を主、戦争日常として描く

従来の作品では主人公は「特別で有徴」の人物だが、この物語主人公はほんとうに「普通女性であり無徴」である

名前は「すず」。元素記号でいえば Snなんだよな。つまり主人公ではない。「すずさんはモブ」なんだよ。呉や広島暮らしていた人の一部なんだ。

(逆に言えばそのことで、あの時代の呉や広島暮らしていた人たち・・・それどころか戦前のありふれた日本人全員が主人公になりうるという効果)。

どこまで「片隅でありふれたもの」を精密に描こうとしていたのか、作者の執念が伝わる。呉の家も片隅にあるし。

とくに日本人にとっては

戦前戦中という「過剰に語られてすぎてブラックボックス化していた世界」の壁を破壊し、

「思い出すための橋を渡した」という意味で、とんでもなく価値のある偉業だと思う。

戦争のことは置いておいても、

昭和時代あの日本家屋で、記憶の奥底にある、あの家で「我々の父祖はどういう気持ちで日々を過ごし、何に勤しみ、何を守り、何を失い、どんな生活をしていたか

「どういう気持ち結婚たか」というものはもはや思い出せなくなってきている。あの手触りや匂い。30代の自分物心つく頃のギリギリ覚えてるあの感覚

それをマンガアニメにして固定化させたわけで。

昭和戦前を描いたマンガ映画なんかいくらでもあるけど、

これだけなんだよほんと、

はじめて「ああ、これが戦前、これが私の祖母!これが私の祖父!」と思えたのは。

もう消えてしまった記憶を「やっと思い出した!」という気持ちが強い。実際あの日本の町並みや人々の生活は消えてしまった。思い出せるはずがないのに

、ほんと時代的にギリギリのところで、「記憶も記録も感覚ハードディスクごとフォーマットされる寸前のところ」で思い出した感じ。

ほんとこれは偉業だし、日本人歴史意識…というか「民族アイデンティティー」のレベル重要作品になるんじゃないかと思う。

原作こうの史代さんは「これは私なりの解釈です」と書いてたけど、私はその解釈を、全力で選びたい。

2016-12-06

テクニックに長けた作家が苦手

こうの史代は確かに上手いんだけど、やたらと上手さをひけらかしたがる癖があるのが鼻についてどうも苦手

読み始めた二十年前はそんなこと思わなかったのだけれど、十年前あたりからどうにも引っかかりを覚えるようになりだんだん離れていってしまった

でもこれは作者の問題というより読者の問題だろうなとも思うのでもう少し無心に読めるようになったらまた戻ろうとは思っている

文章技巧に優れた小説を読むときストーリーより文章のものが前景に浮き上がってやたら主張してくるように感じるのだけれど、そういう場合はそれを感じる読者が悪いとはならず普通に散文が透明性に欠けると言ってしまって問題ないので、漫画小説の違いもあるのかもしれない

私の場合こうの史代に限らず漫画を読む時そのテクニックに目が行きがちなのだが、こうの史代は圧倒的なストーリーテリングで読者をねじ伏せるといったタイプ作家ではないから読んでいる間いろいろな部分を見渡す余裕が生まれやすく、そのせいで漫画家としてのテクニックの冴えを意識してしまう間も生まれやすいのかもしれない

あと最近のあの映画のヒットと絶賛の空気を受けて、批判的なことが言いづらいため「読者の私が悪い」ということにしておいた方が安全と感じてしまっているのかもしれない

2016-12-02

実は極左には評判が悪い「この世界の片隅に

一般的には悲惨戦争体験の新しい表現として評判のこの映画だがガチ左翼、とくに朝鮮シンパにはすこぶる評判が悪い

そもそもこうの史代の「夕凪の街 桜の国」が日本人被害者ぶって戦争体験だけ美化されてるニダとかなんとかで受けが悪く、

こうのが「この国に生まれながらこの国のことが嫌いな人たちがいるようです」みたいなことを口走ったおかげでド極左に敵視されてたようだ

「この世界の〜」原作では例の太極旗のくだりでこうの自身批判落とし前をつけたようだが、今回の映画版ではそのへんをわりとサラッとやってしまったのがいたく朝鮮シンパの気に食わないらしい  片渕須直監督の「あの場面ではすずさんに唐突国家を背負わせる必要もなかったのでは〜」的な発言も心象が悪いらしい

そもそも呉みたいな軍都に住んでて無垢にひたむきに生活を営み、彼らの産業植民地三国人どもを抑圧してることを見ないようにしてるようなほんわかした生活描写朝鮮シンパ的にはありえないみたいだ

まあそんなこんなで日本人としての加害性を無視した本作も戦後民主主義左翼に言わせれば大政翼賛映画になってしまうようだよ

最近増田でなんか見る気がしない的なネガキャンがさかんに行われてるのもその辺の事情もあるのではないか

単にインターネット接続料以外はビタ一文コンテンツに金を落とせないというクソネット貧民ニートであるだけという可能性も大きいけど

2016-11-25

こうの史代の良さも分からはてブ原爆祈念館もムカつくという愚痴


見ても読んでもいない奴の雑多な愚痴自分語りなので
お好きな方と良識的な方はそっ閉じしてください。


縄と蟹の次に出たあれの周りの話をする。戦車でもなく。
まず原作者の話をする。それから反応と原爆の話。

一応こうの史代は読んだんだよ。「夕凪の町 桜の国」って本だけ。
良いには良いんだろうけど、あれ言うほどすごいか
マンガ全然読まない人生だったから正直わからん

あれなんで登場人物を上から写すコマが多いの?
「町の中で生きている一個人であることを強調するため?
だとしてもあれほど多用されるとかえって作品世界に入りづらかった。
一度同一化させた上で俯瞰を使うと逆に受け手が引き込まれる、というのは分かる。
でも同一化できないまま俯瞰連打だと本当に他人事しか見えない。

「桜の国」の回想で字や細く薄くなる部分も、
回想であることを視覚的に表現しているんだとしても
描写の細かさが普段コマと変わらないから単に見づらくしただけに見える。
トイカメラトイカメラ風加工アプリの違いっていうのかな。
それぐらい回想が鮮明な記憶だったから?だとしてもギャップは付けないと伝わらなくない?

すごいがんばって勉強して書いたんだなあとは思うけど
マンガとしてあれがめちゃくちゃすごいとは思えなかった。
もっと手塚治虫とか読めばすごさが分かるのかな。
別のコマ伏線がどうとか時代考証がどうとか言われてもだからどうしたとしか思えない。
何が描かれてるかじゃなくて、どう描かれているかの話が俺には大事だ。

つか、同時に借りた高野文子絶対安全剃刀」の方がすごかった。
バカな俺でもすごさが分かった。観音様のやつヤバい。なにあの出だし。
おばあちゃん閉じこめたシーンとかも実に恐ろしかった。
こういうこと書くと高野文子ファン迷惑だろうけど。

んで、こういうこと書くと
感性の違いなのかな^^;」
「歳を取ったらわかってくることもあります(笑)
みたいなマウンティングゴリラズが出てくるわけじゃないですか。
そりゃあ信者死ねになるでしょう。
説明する気もなく「わかってる俺たちすごいな!」「流石だな兄者!」の内輪ネタ踏み台にするだけなんですから
この構図を作られると作者が一番不憫でしょう。


でだ。
こないだクラウドファイティングがどうとかい記事あがってたわけだ。
公開前の「宣伝が少ないのは情報操作!!!」もバカじゃねえのと思ってたけど。

「まるで理解できない感性。」
増田はもう見なくてもいい。その分俺がいくから。」
繊細チンピラって無敵だよね」
現実感テーマでもある作品現実感否定するって何見てたのよ」
自分エンドロールに載せてほしかったのかな」

こういう「すばらしい作品は骨の髄まで全肯定して崇め奉れ」とわめくボケナスどもは
作品それ自体に対しても有害だって気づかないもんかね?

そもそもクラウドファンディングなんて内輪ネタの延長線上だから気持ち悪いに決まってんだよ。
誰がどんな作品でそれをやろうと乗っかれなければ「くっさ」としか思えない。
それでも名作だったら、つまり運良く内輪に入れた人たちなら、それはとても気持ちいいだろう。

上にあげたクソボケブコメ群は「内輪ネタへの抵抗感」自体全否定している。
この作品が良いと思った人は出資者出資者への感謝を込めたスタッフロール内輪ネタまでかみしめなければならない、
というファシズムじみた押しつけが発生している。
映画は名作だった、でもクラウドファウンディングのノリにはついていけなかった」
こういう感想があっても良いだろ。
というか、そうでなきゃ作品それ自体評価できたことにならないだろうが!

つーかこのクラウドファンディングで作るって手法
作品制作者をきちんと切り分けて読解するのには向いてないと思うんだよ。
作る前から情をかきあつめたり、作品の外側でストーリーを作ったり。
監督渡航だってファンディスクというかボーナスステージみたいなもんじゃね?
本来作れなかった作品がこうして生まれるのは良いことだけど、
作品それ自体がきちんと読解しにくくなるっていうのは善し悪しなんじゃないかな。
まぁネタ原爆だったり元プリンスさんみたいなことになってる人だったりで
最初から作品の外側にストーリー盛るマンマンだった恐れもあるけど。ねえか。ないと信じたい。


そういえば、原爆関連の小説を書いた林京子に関して中上健次が「原爆ファシズム」という言葉を出していた。
あれはどうも中上と林が同人関係だかで知り合いだったからこそ言えた話らしくて
身内でのゆるいツッコミだったらしいけど。

今回のアレもそのパターンに見えて仕方がないんだよ。
悪いけど俺ボンクラこうの史代の良さがわからいから。

ここで一段落自分語りを挟むから流してくれ。
関東住みだけど原爆祈念館には数年前行ってきたんだ。
思ったのは、恐怖の力で反戦を訴えても別の恐怖に上書きされるだけだってこと。
なんでわざわざ部屋暗くしてお化け屋敷みたいなライトアップする必要あるの?
正しいことを伝えるためなら手段は選ばなくてもいいってことか?違うだろ。
沖縄ひめゆり防空壕の語り部も同じ理由反吐が出る。
大事ものこそ恐怖を使って教えるなよ。地道な理屈を通すべきなんだ。

もちろん「夕凪〜」はそうではなかったし、きっと「この世界〜」もそうなのだろう。
そういうスタンス応援したい。原作者監督も主演女優も。
でもそれを受け取る側が「正しいことを正しく言っているからすごい」だと
結局原爆ファシズム作ったのと同じ消費形態なっちゃうんじゃねえの?

何にしてもそうだけど「感動リテラシー」ってやつを身につけなきゃダメなんだよ。
強く感情を動かす何かが本当はどうであるかを見極める能力、っていうのかな。
ゲーセン少女SS覚えてるか?
あいものネタとして楽しみつつ深入りしない距離感
あるいはああいものに蹴りを入れてもかまわない、
とにかく内容や思想技術を切り分けて考えるリテラシーが一番必要なんだ。

というわけで、誰かマンガとして、映画として評価してくれ。
いい感じの解説あったらよろしく。ネタバレはむしろ大歓迎です。

しかしまあ、作品を作るって大変だよね。
こうやって見てもいない奴にウンコぶつけられたりするんだから
そこはごめんなさい。

2016-11-23

またNYダウが上がってる・・・

もしかしてトランプってすごいんじゃないか

俺の中での現時点での神ランク

新海誠ジョブズ蛭田昌人天皇ビル・ゲイツ>>こうの史代たかやki山本彩>inumash>クジラックスfinalvent神保哲生>kojitaken>安倍晋三宮台真司溜池通信千葉大医学部で輪姦した奴ら

なんだけど、天皇ビルゲイツの間にトランプが来そうな勢いであがってきてる

2016-11-21

この世界の片隅に」を観て、眠れる狸が目を覚ました



この世界の片隅に

何となく評判が良さそうなのと、こうの史代原作だというのとで、

北海道じゃ知る限り今のとこ札幌の1つの映画館しかやってないけど、観に行ってきた。

もう言葉も出なかった。

帰り道の途中、あーでもないこーでもないと、頭の中で感想をひねり出そうと頑張ったんだけど、とにかく上手く表現できない。

ただただ、素晴らしい。この「素晴らしい」という言葉も何か陳腐ものに聞こえて、却って作品を貶めてしまってる気がする。そんな感じ。

もちろん、個々に素晴らしい要素を取り出すことはできる。

背景がとにかく綺麗で、建物や草花、人々の描写が緻密で、登場人物たちも何か温かな感じで、

物語も、すずさんという主人公を中心に、戦時中市井の人々の暮らしが丹念に描かれていて、

それでいて、あの時代、あの戦争というものに、いわゆる普通の人々がどう向き合っていたのかを考えさせられる。

さら自分が言わなくても、もういろんなところで考察感想があがっているから、これ以上言及する必要はないだろう。

それでもどうしてこの映画がこんなにも心を打ち抜いたのか、説明できない。

自分表現力が乏し過ぎるから上手いこと言えないだけなんだろうけども、何とか自分言葉感想を言いたいなぁ~と考えて考えて、

そこで思いついた!

そういえば自分の中で同じくらい心を打ち抜いた映画があったなぁ~と。

それと「この世界の片隅に」で、なにか共通するものがあるんじゃないかなぁ~と。

それは…「平成狸合戦ぽんぽこである

はぁ?「この世界の~」と「ぽんぽこ」を一緒にするんじゃねぇぞカス

とどちらのファンにも言われるかもしれないけど、言われても仕方ないんだけど、

少なくとも自分はこの映画を語るのに、「ぽんぽこ」という“触媒”が必要だった。

平成狸合戦ぽんぽこ」は高畑勲監督が手がけたご存知スタジオジブリ作品だ。

内容をごくごく簡単に言えば、ニュータウンの開発で自分達の住処を失う危機に面した狸たちが、必死の抵抗を試みて敗れる物語である

でもここに出てくる狸たちは、そんな深刻な事態なのにどこか暢気でズレていて、人間との「戦争中」だけど恋も遊びも楽しんでいる。

そしていよいよ追い詰められていく中で、ある者は徹底抗戦を唱え玉砕し、ある者は自分たちを受け入れてくれるこの世の楽園(そんなものはないのだが)を目指して旅立ち、

主人公を含むその他の者は、人間社会への同化を試みることを決意するのである

この作品、たくさんの風刺メッセージが込められていて、解釈も様々ある。

そして自分が感じたのは、「(それでも)生きていく」というものだった。

ニュータウンの開発。それはそこに暮らす狸たちにとって、自分たちを取り巻く環境価値観を一変させる脅威だったに違いない。

からこそ必死に抵抗するのだが、しかし圧倒的な力の差に敗れ去ってしまう。ただ、それでも―

主人公を含む一部狸たちは、人間社会の中で、人間価値観の中で、「(それでも)生きていく」ことを選んだ。

映画最後の方で、主人公はかつて豊かな森であったろうゴルフ場の片隅で、小さな宴会を楽しむ昔の仲間を発見し、再会を祝う。

その小さな幸せを楽しむ向こう側には、絶望的なほどに圧倒的支配者となった人間の暮らす街が広がっていた―。

なんだか救いがないように見えるけど、でも、不思議希望も持てるラストだと思った。

きっと狸たちは、もう今までの自分たち世界は取り戻せないけども、それでも新しい世界のどこか片隅に自分たちの居場所を見つけて、

しなやかにしたたかに生きていくだろうから

さて、「この世界の片隅に」はもちろん「ぽんぽこ」とは全然違うんだけど、

でも根っ子の部分で重なるんじゃないかなぁ~と、少なくとも個人的には感じた。

自分たちを取り巻く社会価値観環境が変化する中で、それに戸惑ったり抵抗したり適応したりしながら、それでも生きていくということは、人間普遍的テーマだと思うから

この映画はその普遍的テーマを直接言及するわけでなく、戦時中市井の人々の日常という形で描いてるものから

何か上手く捉えられず表現できないんだけど、心を深く揺さぶるんだと思う。

余談だけど、今まさにこの現代にこの映画が出たことは、タイミング的に奇跡なんじゃないかな。

というとオーバーだけど…でも、世の中が激変し過ぎて、正直自分不安を感じてるよ。

テロの多発、英国EU離脱トランプ大統領誕生等々…。あん政治的な話を持っていくとこじれるからこれ以上はやめとくけど、

いったいこれからどんな世界が訪れるんだろうか、全然からない。

からないんだけど、考えるのを止めて狸寝入りしちゃ駄目なんだろうな。

からないなりに現実と向き合って、「(それでも)生きて」いかなくちゃならない。

何だかやっぱり上手く言えないけど、そんなことをあらためて感じさせられた。

2016-11-19

二十年前からこうの史代読んでたか最近映画で知ったというような声だけ大きい人たちがどうにも鬱陶しく感じる

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