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はてなキーワード: 国立大学とは

2021-05-05

anond:20210505100500

自民党絶対に30%を切らない。

2030年代ですら25%といわれている。

大学の進学率は上がる一方で一向に下がらない。

そのくせ留学率は下がってきており、斡旋先のレヴェルは低下している。


高卒大卒とで言い争いをしているうちはまだまし。

あと10年たつと大卒ブルーカラーがしっかりできる。

両親ともにまともな国立大学を出ているにもかかわらず、娯楽が鬼滅の刃ワンピースしかない連中だ。

マイルドヤンキーならぬ、マイルドゆとり

もちろん、両親が高卒でそっから抜け出て都内にやってくるようなのはこんなカテゴリーに該当しない。

該当するのは、親や兄弟教師がことごとく中ぐらいのレヴェルで、中ぐらいのレヴェルのまま18歳までやってきた不幸な連中だ。

この不幸な連中は何とも思わず自民党に入れる。

anond:20210505170015

これは完全に「人によりけり」だから何とも言えないけど、国立大学なら胸張っていいですよ!

極論どこでも。

月3万の奨学金を借りるでしょう。となると360000でしょ。

今年額535800でしょ。

のこりは175800ですよね。

この額も払えない親というのは、ちょっと家計問題があるとしか言えない。

anond:20210505101613

ちょっと体験談が古いんじゃないかと思った。ゆとりより「ちょっと前」。

今国公立の単願は増えている。

日本から捨てられた土地増田のように東京まで上京できるほどの賢い子供ではなく、賢いにもかかわらず県外の大学を受けさせてもらえない子供がここ数年出てきている。

そういう子供は実は旧帝に入れるほどの学力だったりする。当然県内国立大学では首席を争う。

もうちょっとすると私大の単願が増えてくるはず。

こういうケースは本来は非常に珍しかったのだが、家も馬鹿そうだし国公立は入れないしという、頼りなーい家庭の子供でも大学に行かないといけない。

その場合は私学の単願になる。科目数も少ないし、成功する可能性がないとは言えない。

anond:20210505165829

わいも奨学金なしで国立大学に行かせてもらえたから、社会のせいにしたいけどできん。

anond:20210505101425

国立大学よりも学費が高い私立大学専門学校に親の脛かじって進学してる

いま国公立大学の定員が98400なんだよね。

日本から捨てられた土地増田みたいに、国公立の単願しか方法がないなんてのは、全受験生10%しかいない。

これが20%になるということはない。

少数派なので、絶対増田だろうがtogetterだろうが、すぐ差別するのが日本人。

日本人の大多数は私の近所にいた高校生のように国公立を受けたら落ちてしまって、仕方なく近場の私学に吸い込まれ適当就職をする。

バカ高い学費専門学校に通わせてくれる親がいるのに、大学へ行きてたくても行かなかった

これは親が悪い。

こういう親は辞書の使い方も知らない。辞書を物色した経験すらもない。

自分が貧しいのは社会のせいだなんて言ってる奴らの90%は、単に無能なうえに怠惰に生きて来ただけ

私の見立てでは83%くらいだと思っている。

90%だったのは25年前。

2021-05-02

anond:20210502140016

これは私の仮説なんだけど、偏差値60の壁ってのが大きいと思う。

70まで要求されるような仕事は少ない。

けれども、60というのはやはり必要で、数的処理能力かに反映する。

田舎地方に60は少ない。いるのは圧倒的に50-55で、60とは違うと思っている。

60を超えると、使用語彙が変わり始める。

英文CVを用意するのは65から。(東大のびりけつか?)

それ以外のCVを用意するのは70から


から国立大学は最低でも偏差値60は保証されるってのが昭和常識だったのね。

2021-04-30

anond:20210429224659

ついにはてな民週プレNEWSマジレスするとこまで民度が落ちたんだな。

20年前とは決定的に違うことがある。

それは、「高学歴者」が増加したこと

高学歴東大京大私大医学部などの一部の難関大学意味しない。

単に「学部」生の割合が増えたこと。


こうなると、18-20のころに、自己主張を覚える。

かつての昭和時代、これが許されずに黙々と働いた人々がいた。

その中には本当に知能の優れた人もいたけど、進学は許されなかった。

そういう人々を親に持った最初戦後世代氷河期世代だ。


今は両親が高卒でも楽に国立大学に進学できる。

ひいこらで微分方程式を覚える必要もなければ、文系ベクトルすらもいらない。

頭に詰め込む知識は薄いが、自己主張けが得意。

こんなのばっかり来ることになるのは当たり前だろう。

2021-04-29

かつての遊び仲間が結婚しないまま

気づけば、今年34歳になる。

地方国立大学卒業して、就職して、働いている。

俺は結婚して、子どもが生まれた。

 

TwitterLINESkypeDiscord、、、、いろんなツールを使っていても

雑談仲間なのは大学生の頃からの友人。

職場の同僚とも雑談するけれど、転職からやや疎遠になった。

 

生身で会う友人はもうほぼ居なくなった。

オンライン飲み会をするから、会ってない印象がない。

 

かつての遊び仲間、ほとんどみんな独身なんだ。

仕事は大変みたいだけど、都内通勤したりテレワークしたり。

みんな良い奴で、優秀で、恋人がいる時期もあったりする。

だけど、独身のまま、今まで来ている。

 

結婚生活の愚痴を聞いてもらったり、育児愚痴を聞いてもらったりすることが

できなくて、一緒のグループチャットにいるのが辛くなるときがある。

 

ノリが大学生のままで、友人は結構定期的に集まって酒飲んでるらしくて、

妻のことがあるから俺はそうもいかなくって、端的に言って辛い。

 

この先、みんなが独身貴族として人生謳歌しているなかで

自分だけ家族を養う不安を抱えて行くていくのも辛い。

そう言っているうちに、将来、友人たちが独身のまま高齢者となる未来も見えて辛い。

話が合わなくなっていくのがわかって、それがひたすらに辛い。

 

今日グループチャットの通知が来るけど、孤独を感じている。

2021-04-28

科研費の採択状況がわかるようになりましたね。

本日2021年科研費の採択状況がKAKENに登録されましたね。全国の研究者の今年の科研費採択状況がわかるので、普段メディア発言されている先生方の、業界内での評価を見るいい物差しになります

加えて、科研費申請は、その研究者が今まで何を行ってきて、これからどうやって社会研究還元するつもりかという自己紹介文です。そのため、申請を読めば、その人の学術的な実力も透けて見えることがあります

はてブで、よく言えば非常に含蓄のある、悪く言えば上から目線コメントをする、国立大学に籍を置く学者の方がいらっしゃるのですが、その方の科研費の採択状況を見に行ったら落ちてしまっていました。

ブログに確定前ではあるもの申請内容あげていらっしゃったので拝読したのですが非常にレベルの低い申請書でした。

まず、どういった学術的な課題解決するのかがまるで記載されていませんでした。

また、ここ数年の学術的成果も芳しくありませんでした。

そして、テーマ学術性を欠いていました。そのテーマ社会的意義は十分理解できるのですが、それは学術世界で行う議論とはかけ離れてしまっていたのです。

まとめると、未確定の申請内容を見る限り、

「これでは科研費は取れませんよ、なめているんですか?」

という申請書でした。

正義感からか、はてブや専門外の分野へのコメントブログ記載することが目立つ先生なのですが、研究者としての視点からみると、あまり優れた実力をお持ちとは感じられませんでした。

研究者は実力が求めらる業界であり、研究を通して世の中に何かを還元する責務があります

それは、理系文系かかわらず重要なことと私は考えています

その先生普段社会に向けている正義感が、自らの怠慢に向かっていないことに疑問を覚えました。

なお、私は昨年科研費申請し、無事に採択されました。

今後は今回見つけた事例を他山の石として、はてブの星の数に気を取られないように気を付けて、自分のやるべき仕事をしっかりやっていきたいと思った次第です。

私大データサイエンス学部」卒と国立大理系DS学部、採るならどっち?

武蔵野大学データサイエンス研究科修士課程)が4月1日始動2022年には博士後期課程開設予定(設置構想中)

武蔵野大学大学院東京都江東区 学長西本 照真)は、13番目の研究科となるデータサイエンス研究科修士課程)を2021年4月1日に有明キャンパス東京都江東区)に開設しました。研究科長には清木 康が就任し、先端的データサイエンス研究教育システムにより、時代の変化を先導する国際的リーダーとなる人材を育成します。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000023.000067788.html

いろんな私大データサイエンス (DS) 学部とか学科とかコースとか設置してるけど、実際DS人材を欲する企業からしたら、そういう文系メインの私大の、DS学部・院卒と、国立大DS系 (統計機械学習) は専門じゃないけど、理工系学部でした、って人がいたら、どちらを採るのかな。カリキュラムとして整備された知識体系を身に着けた人材と、「地頭」どっちを優先するのかな。

DS企業 (専業じゃなくても、積極的事業DSAIを取り入れている企業) が採用する確率が低いとしたら、私大DS学部に入って卒業する人は、「社会で役立つ知識!注目される業界!」とか言って受けてきた授業が無駄になって、なんかかわいそうだな、とも思うけど。

追記: 国立大である滋賀大学DS学部でも、就職実績として、別にDS企業目白押しでもなくて、普通情報学部の進路と変わらないね

https://www.ds.shiga-u.ac.jp/about/ds/career/

2021-04-21

anond:20210421110905

ネタにしても、明治みたいなDラン近い大学に裏口でしか入れないって相当な馬鹿だよな。

国立大学院にロンダしてきた明治の奴いたけど、頭悪すぎて修士留年して、さらによく分かんない中小企業就職してたな。

2021-04-18

教育格差がその人の人生を決めるのだから論には納得してやらん

納得できないのではない、納得してやらんのだ。

北海道人口100人にも満たない集落にある漁師の家に生まれ、将来は家を継いで世間知らずであり現金収入は少ないが食うのに困らない一生を過ごす。
そんな選択が俺にはあった。

だけれど、そんな人生に納得できなかった俺は中学卒業と共に実家を飛び出した。

小学校同級生3人、自転車で2時間先にある中学校は何とか1学年2クラスを作れるという少子高齢が進む地域
中学では腕っぷしの強くヤンチャな生徒、つまりは不良が幅を効かせているような文化圏はてブで都会住みの連中がイメージするステレオタイプなド田舎と言って良い。

その当時の大人世界では義務教育パソコンを習わせたほうが良いという機運が高まり、各校へパソコン配備されるようになってきた時代
しかしながらド田舎公立高校でそのような先進的な機械活用されることはなく、暇を持て余したガキだった俺のオモチャへとなるのがせいぜいだった。

田舎には田舎ルールがある。
それは例えば「中学では後輩は先輩に喧嘩で勝ってはいけない」というのもルールの1つだが、クソ真面目にも早朝から起きて実家の漁を手伝い、授業が終われば部活動野球へ日々精を出していた俺の身体能力は、年上であっても体育の授業をサボるような不良連中より劣っているわけもなかった。
田舎の古い価値観を持った父親のありがたい教育方針であった「男がナメられるんじゃねぇ」のもと、先輩たちが売ってきた喧嘩を買いまくり、不良の先輩たちを不登校へ追いやってしまった結果、晴れて俺は学校からハブられ中学野球試合にも出られなくなってしまった(野球部には所属してて毎日練習はしていた。先輩たちは卒業まで学校に来なかったが)。

ハブられてしまったため日々暇な時間を過ごすようになった俺が出会ったのが図書室の本と、前述したパソコンだった。
最初プリインストールされていたソフトで遊んでいるだけだったが、教員書類ワープロ専用機で作る時代だったのでパソコン知識がなく管理がザルで、俺はそのパソコンパソコン通信とインターネット接続できることに気が付いてしまった。

Yahooからリンクサイトを経由し、電子掲示板という存在を知った俺は日々電子掲示板サイトアクセスし、誰とは知らない人たちと会話をして時間を潰した。
話題には事欠かなかったし、専門性の高い話題が出ると「ちょっと待ってね。ここ図書室なんだ」と言ってソレ関連の本を引っ張り出して、パソコンの先に居るお兄さんなのかお姉さんなのか知らないが、興味深い話を日々聴くことが出来た。

増田クン、これからPerl時代だよ」
「いやボク最近やっと思い通りBASIC書けるようになってCの勉強中なんですけど」
「もちろんCは大事だよマイコンに使えるし。でもさサービス提供するならPerlが向く。DoCoMoiモードだって裏ではPerlだよ」
「ボクの住んでるとこピッチ圏外ばっかり、田舎だもん」
iモードピッチじゃないよ周波帯が違う」

特にコンピュータ関連の話は面白かった。
ゲーム自作できると教えて貰い、プログラミングを始めるようになり、BASICやC、PerlPHPJavaをよく触るようになった。
図書室が我が王国のようになり、問題児図書室に籠もっていてくれているし、図書室通いの結果から試験の成績も悪くないどころかトップクラスであり教員たちもずっと放置してくれた。

そんな生活の中で知れたのは学区に依存しない高校存在だった。
寮もしくはアパートなどで一人暮らしをしつつ通える高校が世の中には存在することを知ったのだ。
これだと直感的に思った俺は親父へ直談判することにした。
俺の故郷未来はないと薄々勘付いていて、正直なところ青二才だったため「じゃあ俺がいい大学入って故郷へ錦を飾れば良いじゃん」と出稼ぎ感覚でいた。
親父は俺の話を無言で最後まで聞いていた。

親父の回答は「勝手しろ

今思えば何をアホなこと話してるんだと思ったが、一応は国立高校だったため学費はそこまで高くなく、何だかんだで小さなから家業を手伝っていた俺がバイトしながら高校へ通うことに関しては古い価値観の「苦労は買ってでもしろ」的な面から了承されたのかなと思う。
おそらく一番困らせたのは高校入学祝いに当時の最新パソコン引越し先でインターネット回線を引く費用を求めたことくらいだったのではないかと思う。

右も左もわからない状況から一人暮らしを始め、訛りのひどさにクラスでイジられ、バイト先に勤めている大学生の兄ちゃんたちに世話してもらいながらも毎日新しい体験をして過ごした。
世の中は広く世間の移り変わりは早い。着メロ和音が鳴るしディスプレイカラー携帯電話電波田舎にまで届く。

甲子園を目指したが強豪校はやっぱり強く負けてしまい、人生で初めて望んだ結果が得られないことを経験した。
しかしそれでも俺は何となくコレは真理なんじゃないかと思い始めていた。
そして国立大学合格したことを期にコレは真理だと確信したんだ。

人一倍努力人生を豊かにする。

今の俺は別に故郷へ錦を飾れたわけでない。
しかし俺は不良が風を肩で切るようなド田舎出身脳筋漁師の子だ。根本は変わってないと思っている。
それが今やG社に勤めているって言うんだから人一倍努力は裏切らねぇなと。

自分が持ってないものが欲しいならば努力するしか方法がない。
学歴が欲しいならば年収が欲しいならば地位が欲しいならば努力するしかないんだよ。
誰もお前のために人生なんかかけてくれない。
お前の人生にかけてくれるのはお前自身しか居ないんだよ。

俺はネット上で忌み嫌われる努力教徒だろう。
でもこれだけは忘れてくれるな。
俺の献身的努力を捧げた先は俺自身だ。

2021-04-14

そろそろ私は終わり。なんかもう無理

私はきっと自殺するでしょう。たぶん30歳くらいまでには

若いとおもいましたねwww?

いやもう私は死にたいのです

まあ、きっかけはありがちです。就活がうまくいかいからです

ガクチカとして卒業論文(私は現在M2)でつくりあげたシミュレーションモデル(完全に一から作り上げた。ちなみに非情報系)をつかってるのですがうまくいきません

それはきっと私がガイジだからでしょう

そう。私は正真正銘ガイジなんです

精神科通院、発達障害うつ病吃音

高校ときまで気づかなかった。私がガイジだねんて

まあ高校高校教師吃音いじられてそれを教師の弱みにして出席日数足りずにそれで卒業した卑怯者なんですけどね

浪人してそこそこの国立大学入ったのに結局うまくいきませんでした

なんだかんだ頑張ったのに、社会は私のことをいらない(まあとっくにわかってた。だってみとめられたこともないし)

ああ、うまくいかない

マッチングアプリで作った同い年同じ大学彼女(顔はかわいくないけど、頭はいい。私のことわかってくれると思ってたけど医療かじってるから表面だけわかる中途半端な嫌な奴だと今気づいた)

は、就活状況に対してDisってくる。まあ薬学部で成績よかったもんね。僕のことわかったふりして傷つけるの得意だったよね。まあいいやもう連絡しません

結局私の理解者なんていないのである

理解者のふりして自然マウントとってくるやつが多い(西成マウントとりにいったくそ女とか)

ああ、女っていいよな。馬鹿でも顔がよくて頭いい振りすればまともに生きれるんだし

男のガイジは悲惨です

たぶん私はそろそろ死ぬと思います

それは私がここ一年てんかんのような症状で三度病院にはこばれたからです

私は今まで、うつ病発達障害吃音を隠すように生活してきました

理由日常生活で不利になるからです

しかし、てんかんまできたらさすがにばれます

もう生きたくないです

なんか、あの西成底辺バードウォッチングしに言った女みたいなやつが嫌いです。

anond:20210414143402

まだ親が低学歴でも地元国立大学に入ればなんとかなる。

私が問題視してるのは「マイルド大卒」。

大学は出たが頭の出来はさほどでもないので、子供勉強を教えられない新しい世代

この世代は、貧困よりも問題を抱える。

anond:20210410145703

学歴は金で買う時代に成り下がった

国立大学に優秀な人がいるというのももはや夢物語予備校に通わされお勉強した人ばかりで親世代〜が想像する優秀な人は極僅か。私学生徒も遊んでばかり

今の大学生院生教授になる頃には日本学術的な立場も地の底だろう

2021-04-13

他人心配されるのがつらい

私は現在、ある国立大学大学院生をしている。

M2就活中、ちなみに内定はまだない

まあ内定はいつかどこかからはもらえるだろう。

それはいいのだが、私は障害者である

吃音症やADHD、またそこから鬱病発症した

これらのことは周囲に隠していた

就活にも影響は出るし、吃音症なんか人によっては私のモノマネをし、馬鹿にしてくる

こういうことを経験してきたので、私が持ってる障害病気は周囲には絶対に言ってこなかった

しかし、最近、更なる障害としててんかん発症してしまったらしい

研究室で2回、アルバイトで1回、意識消失して救急車病院に運ばれた

目の前で意識消失されると、周囲の人はびっくりするのか、ひどく私を心配してくる

その他人から心配を私は心から受け入れることができない

今まで自分障害馬鹿にされてきたからだ

この優しさに対して何か裏があるんだと思ってしま

どうしよう

鬱も悪化してきました

2021-04-12

「三塁で生まれただけの人たち」批判に覚える違和感

親に学歴資本があると、子も十分に教育文化的資本に触れる機会があり、

今の自分地位努力ではなく単純に生まれの差だ、ということらしい。

かにその側面はあるだろう。東京23区金持ちに生まれ子供と、

地方田舎で両親は農家なので旅行やお出かけなんてほとんどしたこともない子供では、

知っている世界や、文化や、与えられる選択肢は段違いだと思う。

からと言って、今高学歴高収入を手にしている人の努力無視して

(あるいはそんな努力なんてとても小さいものであるとして)

まれの差でしょ、と帰結するのはとても嫌な気持ちになる。

私自身、人口3万人もない田んぼに囲まれ田舎で生まれ育った。

東京10年ほど暮らしているけど、選択肢可能性は段違いであると断言できる。

でも、勉強して、(あくま地元から通える範囲の)ちょっとだけ良い高校に入り、

そこでも勉強して国立大学に入ったのは自分努力だと思いたい。

なぜなら、ほぼ同じような境遇だったクラスメイト達は、

専門学校短大Fランと呼ばれるような大学に進み、

仕事転々とし、今も地元で良い車に乗ることをステータスとして生きている。

受験の際には塾や予備校に通わせてくれたし、

大学は月4万円の仕送りをもらって一人暮らししていたので

私も十分2塁や1塁で生まれた人であるという自覚はある。

一応断っておくが、それ以外の学費生活費や教材のお金はすべてアルバイトで稼ぎ、

卒業後は東京で働きながら月3万円の仕送りを今も続けている。

親は別にいらないと言っているが、これは大学まで出してもらったことへの恩返しだ。

思えば親に「勉強しろ」と言われたことはないし、進路でもとやかく言われた記憶はない。

いつも私の選択肢尊重してくれていたように思う。

そういった意味では良い親だったから、今の自分があるのでこれも生まれ場所が良かったと言える。

しかし、誰もが誰も、環境が良かっただけで、何もせずに今があるわけではないのだ。

受験の時は何時間勉強したし、大学生活もそこそこ遊びながらちゃん単位は取った。

就職して終電帰り土日サービス出社も当たり前のようにやっていたから今があるのだ。

まれアドバンテージやディスアドバンテージ絶対にある。

でもそれだけですべてが決まってしまうような、あるいは今高い地位にある人は単純に生まれが良かったからだ、

というような決めつけに対しては声を大にして違うと言いたい。

2021-04-10

学歴ロンダをした者だが、何か問題があるだろうか?

私はそれなりの有名私大から有名国立大学院に学歴ロンダリングした。

研究の道に進みたいと思うようになったからだ。

元いた私大大学院に進んでもよかったが、やはりとりわけ理系では、国立優位なことは認めざるを得ない。

さて、人間、上昇志向があるのはよいことだ。

貧乏だった人が裕福になることを目指し、何か問題があるだろうか?

立場が弱かった人が権利を主張し、責められることがあるだろうか?

いや、ない。むしろ何もせず怠惰である方が恥ずかしいとされる世の中だ。

しかし、学部から異なる大学院に進む話になると、学歴ロンダリング!!!と喚き出す人間存在する。

なぜ。。。

どれも努力した (そして今後もするだろう) という点で、本質的には同じはずなのに。

しか面白いのが、学歴ロンダリングを叩く人々は、中々の割合地頭信者なのだ

彼らの言い分は大抵こう。

大学入試問題 (特に数学物理) は地頭がよくなければ解けないが、大学院入試簡単で誰でも解けるからバカなお前でも入れる裏口入学のようなものだ!



少し自分語りをしたい。私は大学に入るまで、勉強というものが嫌いだった。

多少賢い方だったので、小学生時代学習塾で受けた模試でよく冊子に名前を連ねていた。中学受験を勧められていたが、家庭の事情地元公立中に進んだ。

小中と勉強しなくても学校テストの点はよかったので、勉強しない癖がついた。好奇心は強い方だったと思うが、私は怠惰人間なので、目先のゲームの方や部活の方にばかり気持ちが寄った。

その後進学校自称進学校の半ばくらいの高校に、そして某私大に進学した。私はやはり怠惰だったので、高校受験大学受験もさして勉強はしなかった。

勉強嫌いは治らなかったが一般受験というもの経験してみたかったので、大学受験は推薦などは取らず一般で受けた。

高校受験は舐めてもなんとかなったが、流石に全国規模の大学受験は思うようにはいかず、諸々の大学不合格を貰い某私大に進んだ。

勉強関連で大した失敗経験がなかったので、困らないくらいの学歴は手に入るだろうというバカな考えがあった。まあ正直今でもそう思っているし、有難いことに一応はそうなった。

この某私大一般的に M*RCH と同程度か超えるくらい難しいところだと思う。ネット上では M*RCH は 3 ヶ月!などと暴論をかます人がいるが、私に言わせればまだ甘い。M*RCH も某私大も 0 ヶ月だ。

そしてこの某私大は、私の感覚的に、研究員になれる最低ライン大学なのである。この大学合格していなければ、恐らく研究の道に進もうとは思わなかっただろう。

もっとも、出題によっては、M*RCH にも落ちたりした。運のよさだけが取り柄である

念のため付け加えると、上記をみれば明らかなように、私は学歴などには大して興味はない。大学受験努力できた人の方が、人として私よりも圧倒的に優れていると思う。努力した人をバカにする意図はない。

また、自分を稀代の天才などと思っているわけではない。だいたい研究の道に進めば自分より優秀な人なんて山ほど出会うし。入試だって東大 0 ヶ月を主張する者さえいる。

この某私大で、転機が訪れた。大学勉強楽しいのだ。なんということだろう。

私は情報系の学生である小学生の頃にゲームを改造するという形で情報技術に興味を抱き、高校まで趣味プログラムを弄っていた。

高校までの授業は、特に普通科高校などでは、まずやっておけば間違いない (悪く言えば当たり障りのない) 教科ばかりで構成されている。生徒が卒業後どの分野にも進めるように組まれているのだから当然だ。

大学研究機関であり、かつ専門教育を行なう機関なので、高校までとは毛色が違う。

大学講義研究は私の興味に合致した。このまま進みたいと思うようになった。楽しいから仕方ない。この後の進学までの流れはどうでもいいので省略するが、結果、学歴ロンダリングの道を選択した。

自分限界を感じて諦めるかもしれないが、それならそれでも構わない。ロンダロンダ煩くされるなら、院の名前は出さず某私大名前だけで生活してみせよう。学歴自体にはさして関心がないのだから

少し話が逸れてしまったが、したがって、

大学入試問題 (特に数学物理) は地頭がよくなければ解けないが、大学院入試簡単で誰でも解けるからバカなお前でも入れる裏口入学のようなものだ!

に対する私の答えはこうだ。

大学入試神格化しすぎ。解こうと思えば誰でも解ける。地頭とか関係なし。大学院に進もうと考えるような人なら尚更

地頭」で能力の伸び方は変わるかもしれないが、上限は関係ないと思う。

現役 MARCH 全落ち 1 浪東大の人とか知ってるし。なんなら多浪高学歴 YouTuber とか何人もいるし。

逆に、浪人して俗に F ランなどと呼ばれる大学に行った人も知っている。でも彼らも伸びが遅いだけで、特別知能で劣っているのではないと思っている。

もちろん言うまでもなく、難関大学合格する人は凄いです。私にはできなかったことなので、その賢さと努力は素直に尊敬します。

これを読んでくれているみなさんには、大学院に進む者の中には大学で目覚め研究者を志した者もいることを忘れないで欲しい。

まあ確かに、確かに東大生を主張していた人が学歴ロンダだったら、あれ?って感じるのはわかる。明らかに元いた大学を隠しまくってたら私もうーんって思う。わかる。

全く誰から批判されない人など居ないので、批判したければ常識範囲ですればいい。でも、主語を大きくしてロンダは全て悪!は間違っている。

例えば気に入らない中国人がいたとしても、すべての中国人バカにすべきではないだろう。

中国人採用しない!とか発言して東大から解雇された某最年少准教授の例とかあったじゃん。

なんだか、人を叩いて気持ちよくなりたいタイプの方々が、若い芽を摘んでいるだけな気がしてならない。

しかもそれが割とスタンダードな考え方なことに、失望を隠せない。

前述の某最年少教授処分にあたってそれとなくロンダバカにする反応をしていた東大教授さえいたし。

プライドがあるのは結構だが、選民思想はいかがなものだろうか?

18 歳で頑張ったかそれ以降で頑張ったか区別、そんなに重要だろうか?

2021-04-07

anond:20210406005203

かに必須」だが、必須ラインが年々下がっている。

2025年からもう文系ベクトルいらないしね。

けれども一部の国立大学文系数学Cの「ベクトルのみ」とかやって出題はするらしい。(ばかみたいなことやってるね)

2021-04-06

anond:20210406002009

理系大学外国に出ていけ

国立大学で始まったからと言って外国移転してはならない理屈はない

anond:20210405235928

結局、フェミニズムとかの運動文系教員がメインで活動していて、過激活動家みたいになっているし、

男女差別とかでこの前謝罪した人も文系の人、

メディア意味不明なことばかり言ってる出たがりの人も文系の人多くない?

から国立大学文系を維持する必要ないよ。悪影響のほうが大きい。

2021-04-04

国立情報学研究所採用情報を見てモニョってしまった

国立情報学研究所は、女性研究者積極的登用を行っており、特に教授職に占める女性数は32名中6名であり、女性割合は、18.7%と国立大学の平均をはるかに超えています。また、任期の定めのある研究教育職員が、育児休業及び産前・産後休暇を取得した場合には、必要と認める日数を当該任期に算入しないなど、女性研究者活躍やす研究環境の整備をしています

> なお、業績(研究業績、教育業績、社会貢献等)の評価において同等と認められた場合には、女性積極的採用します。

https://www.nii.ac.jp/about/recruit/

私が気になった部分は「なお、業績(研究業績、教育業績、社会貢献等)の評価において同等と認められた場合には、女性積極的採用します。」この部分。これは男女雇用機会均等法における均等な機会を保証していると言えるのだろうか?もしくは、この「女性積極的採用します」の部分が「男性積極的採用します」でも問題ないと言えるのだろうか?

anond:20210404133133

医学部偏重弊害と見るべきだろう

生涯にわたって高収入約束されているので、大学入試におけるトップ受験生の非常に多くが医学部に進学するが、医師としての適性にかけている場合が少なくない

年間100人程度(東大理3とほぼ同数)の優秀な学生には大学入試時点で国立大学の終身在職権を与えて優遇するくらいのことはやってもいいのではないか

2021-04-03

田舎初段とは

ホッテントリ話題になった記事がある。

 → Twitter で医師を拾ってきて Google のソフトウェアエンジニアにするだけの簡単なお仕事 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3

 

これに噛みついたブログ記事ホッテントリになった。

 → 優秀さについて | 川口耕介のブログ

 

「超優秀な人間が、地方の劣った人間を見下すな」という趣旨だ。

元の文章に「田舎初段」という言葉が出てくる。素人よりは段違いに上手だが、その道のプロから見ると桁違いに下手、という真ん中を指して揶揄した言葉だ。頂上感が自尊心のコアになっている時に尊大田舎初段を見ると、本物はどういう事か教えてあげるために、ちょっと捻ってみたくなる気持ちはよく分かる。

 

  ̄ ̄

聞く方は羽生名人田舎初段を捻り潰すのを見るような後味の悪い感じがしてしまものだ。

羽生名人はそんな事をしなくていい。あなたの優秀さはそんな事をしなくたって周りの人に伝わっているか大丈夫ですよ、と言いたくなる。

 

まったく低レベル曲解なので、呆れてしまう。元記事ブコメも、同趣旨理解が多いようだ。しかしそれらはすべて誤読である。では、正しくはどう理解するべきかを示そう。

 

田舎初段」という言葉意味は、「井の中の蛙大海を知らず」というのとほぼ同義である。ただしそれに「自惚れ」「過信」という意味が加わる。

 そして、その言葉で示されるのに典型的な事例は、「素人よりは段違いに上手だが、その道のプロから見ると桁違いに下手、という真ん中」ではない。つまり、「二流」や「一流半」ではない。

 では何かというと、たとえば菅首相だ。

  ・ グループ集団)のなかでは傑出した能力の持ち主だ。

  ・ 自分はすごく頭がいいと自惚れる。

  ・ まわりの人間がみんな馬鹿に見える。

  ・ 専門家馬鹿だと思って、専門家の言うことを聞かない。

最後の一点に限っていえば、はてなーの好きな「トンデモ」という用語に当てはまる一種だ。しかも、自惚れの度が強い。

 こういう人間が、周囲の反対を押し切って、「緊急事態宣言の解除」とか、「GoTo イート」とか、「ふるさと納税」みたいな自己流の方針を貫徹する。そして、そばにいるエリートが反対すると、そのエリート左遷する。他人の言うことを聞かないのが絶対的に正しいと信じている。

 これが「田舎初段」の典型だ。

 

ここまで言えば、わかるだろう。元のブログ記事は、「二流の人材を侮辱している」のではない。「一流の人間たるもの田舎初段になってはいけない」というふうに、一流の人間に向かって「戒めの言葉」を示しているのだ。

なにかの分野では一廉でも別分野では田舎初段に容易になるということです。

学者とかでも、他分野に友人が十分にいれば、そう踏み間違えないが、孤独ならばどんどんおかしなことを言い始めます

これを止められるのは、かなり簡単に狂うことを意識していることと分野を超えた人間関係があることが揃っている場合くらいでしょう。

このブレーキが壊れると簡単おかしくなります

普段から様々な分野の学者と話し合っていると、およそまともではない専門家意見ネットで飛び交っているのがよく分かります

要は、教育を受けた人たちでさえ、仲間とお茶をしていないのです。そしてそれを見抜くのはとても簡単です。

 

ここでは田舎の二流人間批判されているのではない。一流の専門家批判されているのだ。どう批判されているかというと、一分野に偏ってタコツボ化した専門家だ。そういうタコツボ化した専門家が、

 「なにかの分野では一廉でも別分野では田舎初段に容易になるということです。」

の事例となるのだ。

 

たとえば、Wikipedia英語版にも掲載されるような、非常に優秀なプログラマーがいる。

  → https://en.wikipedia.org/wiki/Kohsuke_Kawaguchi

 

こういう超優秀なプログラマーでさえ、日本語をまともに理解することができず、見当違いな批判を書いてしまう。自分の分野からちょっとはみ出ると、まともに理解することもできなくなってしまうわけだ。これこそ、元記事で「あってはならない事例」として示された例だ。

 

 ――

 

ついでに、はてなー根本的な誤解を示しておく。

記事を「超エリートの自慢」「頂点に上り詰めた人が他人を見下す」「狭い領域で頂点に立って自惚れている」というふうに受け止めるのは、勘違いだ。

では、どう受け取るのが正しいか? 

 

記事では、普通の人々は、まともに視野に入っていない。それらは言及外であって、良いとも悪いとも言っていないし、見下してもいない。もともと視野に入っていないのである

視野に入っているのは、エリートクラスの人々だけだ。そして、そのなかで、どういうふうにあるべきかを考えている。

そのとき、彼自身は、自分を「エリート」とは考えていない。むしろエリートの中の落伍者」と考えている。元記事のそのまた元記事になった人もそうだが、「東大理3からプログラマーに転じた」という経歴らしい。これは、医学の道でも、プログラマーの道でも、どちらでも大成しなかったということだ。筑駒や理3の卒業生の中では、(やや)落ちこぼれ組に入る。

 はてなー中では、「グーグルに勤務して年収 3000万円」というのは、「凡人社会頂点にいる」というふうに見えるのだろう。だが、筑駒や理3の卒業生の中では、医者としてもプログラマーとしても大成しなかったというのは、(やや)落ちこぼれ組に入るのだ。

 ちなみに、私の知人(同級生)の多くは、国立大学教授理研研究員として大成している。世間的には超一流の肩書きを持つ。そういう仲間と比べると、今回の人々は、頂点どころか、(やや)落ちこぼれ組というしかない。威張れるのは、年収だけだろう。(公務員研究者は、年収が高くないので。)

 

記事を書いた人や、そのまた元記事を書いた人は、非常に優れた才能の持ち主だ。(後者高校時代数学オリンピックに出たらしい。)しかし、その生まれ持った才能を生かすことには失敗しているのである。才能は素晴らしいが、才能を生かすことには失敗したのだ。

 そして、そのことを、私は批判しているわけではないし、侮辱しているのでもない。「人生選択肢で道を間違えたね」と感じて、「可哀想に」と憐れみを感じるだけだ。「私も道を一歩踏み間違えたら、こういう無駄人生を送っていたかもしれない」と感じて、自分幸運を感じることもある。

 

蛇足

たぶん、道の選択を間違えた人と、成功した人との違いは、周囲の人々の影響の差だろう。周囲に素晴らしい人がいれば、道をあやまたずに、正しい道を進むことができる。そして、そういう機会のなかったエリートには、同情を禁じえない。

 私はグーグルプログラマーなんかにならないで済んだが、それは本当に幸運だった。(そしてそれは、人生最初に、素晴らしい女性との出会いがあったからなんだ。そしてまた、高校時代に、素晴らしい教師を知りえたからでもある。それは優しい親切な教師ではなく、星一徹のような鬼教師だったが。)

 

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