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はてなキーワード: 国立大学とは

2020-06-02

anond:20200601232235

一応学費自分で払うことになっている。学費免除国立大学では申請がわりと通りやすいらしい)で実質的には払っていないけれど

2020-06-01

anond:20200601003340

SFオタクの一人としてこれをややガチめで妄想してみる。

2060年の世界

・国際情勢

日本GDPは5位かそれ以下まで低下。代わりにインドシンガポールタイ韓国台湾などが上昇。

GDPトップ5は中国アメリカインドドイツ日本(or 台湾 or 韓国 or タイ or シンガポール)の順に入れ替わる。

日本経済力生産力は少子高齢化により慢性的に低下を続けるが、一方で外国から投資積極的に行われる。

鉄道会社や電力会社をはじめとするインフラ関係各社は外国資本となる。JRは「繁華デリーレールウェイ株式会社」に改組される。

中国を中心勢力とするパターナリズム勢力と、アメリカを中心勢力とするリバタリアニズム勢力が新たな冷戦構造を作り上げている。

この二つの勢力法令憲法理念外交などを共有する緩やかな共同体形成しているが、日本2060年現在どちらにも加盟していない。

この時代では「共産主義」「資本主義」「民主主義」「独裁」などの単語が持つニュアンスは後退し、おおむね「パターナリズム」か「リバタリアニズム」にそれぞれ収斂している。

日本はそのなかにあって「パターナリズムリバタリアン政治」を自称し、両勢力の良いところどりを模索しようとしているが、実態としてはあまりうまくいっていない。

科学技術

コンタクトレンズ型の情報端末が普及している。神経系接続して思考インターフェイス操作することができる。

ここ10年の間に普及が進んだが大脳と直結することから個人プライバシー侵害されるとの声が強く、リバタリアニズム勢力下ではアナログ操作型の情報端末を選好する者が少なくない。

しか広告業界にとっては非常に都合がよいのでコンタクトレンズ型の普及は時間問題だとアナリストは指摘している。

一方、パターナリズム勢力下では健康情報をはじめとする国民データ収集と、それをもとに国民へ「指導」を行う必要性から積極的に用いられている。

特に中国では満五歳児から国民の常時装着が実質義務付けられており、特に理由のなくこれを外すことはよから嫌疑を生むことになる。

今後20年以内に「国民安全保障人生設計の精度を高めるため」に全国民の視界を無差別録画し、収集する機能実装目標としている。(中国政府発表)

日本ではパターナリズム勢力の支持を受ける推進派とリバタリアニズム勢力の支持を受ける反対派、どちらともつかない日和見、もとい、慎重派の三すくみとなっていて、よく国会論争のタネになっている。

そのほか、電源は必要な電力が低いものはおおむね無線電源が普及しており、自動車鉄道バイクなどは電力での駆動が前提で設計されるようになる。電動航空機もだいぶ普及してきている。

発電はどの勢力下でも改良された原子力発電自然エネルギーの二つが主で、火力発電の全体に占める割合環境への配慮から大幅に減少傾向にある。核融合発電は目下研究である高速増殖炉先進国に限り実用化されている。

宇宙開発民間主体となって行われている。中国2032年に初の月面有人飛行、2044年に初の火星有人飛行を達成し、アメリカも同年に成功させるがそれ以降、国家規模での目立った計画特にない。

2060年現在では月面開発が各国民企業によって進められている。既に定期往復宇宙船宇宙港もいくつかの国に設置されており、往復120万新元ほどで月面旅行が楽しめる。

ただし行動可能区画はかなり制限されているため観光自由度は低い。定番お土産は月の石。

格差健康

リバタリアニズム勢力下は当然のことながら格差が激しく、最下層の人々の暮らしはその日の食事にも差し支えるほど困窮している。

アメリカ中流階級以上の平均寿命が90.2歳(2058年保健省統計)なのに対し、低所得者層のそれは75歳を下回っている。

国民皆保険制度がいまだ存在しないので中流階級以上であっても重病や大怪我などにより多額の支払いを迫られ、貧困層に転落することが珍しくない。

ただし食事の内容や日々の生活について政府から指導管理を受けることはなく、マクドナルドケンタッキー2060年現在でも健在である

他方、パターナリズム勢力下では実のところ格差がないわけではないが低所得者層に対する生活保障制度があり、すべての国民健康的な食事生活を送ることができる。

ただし睡眠時間食事の内容をはじめとする生活のほぼすべてにおいて当局の「指導」に従わなければならず、そもそも政府健康に益しないと判断した飲食店開業は許されていない。

パターナリズム勢力下の国ではマクドナルドケンタッキー存在せず、ラーメン二郎特定有害飲食物として政府認定を受けている。蘭州ラーメン政府認定の優良飲食物とされている。

当然、タバコ飲酒も厳格に禁じられており、カフェイン摂取にも一定の制約が加えられている。レギュラーコーヒーは1杯150mlを1日3杯まで。

これらの徹底した管理によりパターナリズム勢力の中心である中国都市部平均寿命は97.2歳(中国政府発表)にまで伸びている。

教育

パターナリズム勢力下ではどの学校学費無償であり、すべての教育機関は公立または国立である私塾の開設は特例を除き禁じられている。

すべての国民は各々の学力に応じていつでも学びを得ることができる。高卒程度までが義務教育とされ、卒業試験も課されている。

卒業後は成績にもとづいて大学に進学を推奨(実質強制)されるか、または適性のある職業に就くことになる。無就労かつ無就学で、特定の期間以内にどちらかの準備をはじめていない者は「指導」の対象となる。

他方、リバタリアニズム勢力下ではあらゆる方針私立学校が無数に存在し、詐欺同然の無意味ものから1000年を越える歴史を持つ由緒正しい学校まで選択肢の広さにはこと欠かさない。

ただしこれらには多額の学費必要であり、中流階級であっても借金しなければ通えない。特に優れた大学大学院の研究力はパターナリズム勢力下における最高の国立大学大学院のそれをしのぐと評されている。

なお、義務教育制度廃止されているので本人の選択によっては小卒のままでいることも可能だがまず間違いなく職には就けない。

産学連携が盛んで、民間人が教授職に就いたり、民間企業出資を受けた講義、あるいは教育機関そのもの運営リバタリアニズム勢力下ではごく当たり前である

パターナリズム勢力下では99.9%が最低でも高校卒業し、その中の7割が大学まで進学しているが、リバタリアニズム勢力下では高校卒業までで8割ほど、大学進学はその中の4割程度に留まる。

文化芸術

パターナリズム勢力下において文化芸術は認可制であり、なにが正しい表現かは政府が厳格に定めている。

ただし「時として刺激的な表現物が市民精神衛生に益する場合もある」との見地から特定の年齢に達し、必要リテラシー試験クリアした市民に限り部分的に「刺激的な表現物」の閲覧が許されている。

とはいえ過度に反社会的であったり、反体制的な表現物が認められる余地は一切ない。「1984年」(ジョージ・オーウェル作)はもちろん発禁である

対してリバタリアニズム勢力ではあらゆる表現が無制限に認められている。ヘイトスピーチですら可能国旗を燃やしたり、大統領写真を切り裂くことも可能VR空間バーチャルドールとまぐわうのも自由

パターナリズム勢力下ではインターネットが厳しく検閲されているが、一定知識がある者はこれらの規制技術的な工夫でくぐり抜け、リバタリアニズム勢力産のコンテンツを密かに閲覧して楽しんでいる者も少なくない。

1時間ほどでここまで書いたがさすがに飽きてきたので後は任せた。

2020-05-30

anond:20200530173027

国立大学の窮乏はもはや教育自体が危なとかいう粋だからなあ

算数のできない大学生問題なら、それはそのような大学生放置してきた小学校中学校高校教員の方の責任だよ。

むろんそちらも崩壊している。というか小学校中学校高校教員ほとんどは公務員で、公務員公務員仕事を叩けばいいという連中でボロボロになってしまたから。

anond:20200530172625

研究資金という意味ではたしかにそうかも知れんけど、国立大学の窮乏はもはや教育自体が危ないとかいう粋だからなあ

まあそういう話ではなくて、中央研究所の類がありうる分野は昔ですら一部だった気がするし、

そういうのに縁がない分野の人の視点からすると企業研究所の閉鎖は思い当たらない可能性があると思う。

それは「研究世界」じゃなくて「研究者の世界」な気はするが。

2020-05-26

子どもが欲しいと思えるだけで幸せだと思う

私は自分の子どもが欲しいと思えない

欲しくないというより、自分遺伝子を持った子が幸せになれる可能性が低く、普通に暮らすために大変な苦労を強いられるのではないか心配してしまう。

私は、そこそこ大変な家庭環境に生まれ田舎の小中学校偏差値45の高校浪人地方国立大学に進学して現在銀行員として働いている

普通暮らしを送れているのは、運と忍耐力、どんな嫌なことでも忘れることができる楽天的性格によるものが大きいと思う。

中学校身体・外見に関する酷いいじり(あれはいじめだったと思う)を受けても常に忘れよう忘れようと努めて耐えてきた。とても大変だったし、よく中学校卒業できたと思う。

小学低学年の頃から学校の授業を何百時間でも受けるから、この辛い状況が改善してくれといつも願っていた。

こんな感じで私はいつもギリギリで耐えて最適な選択肢を選んでなんとかやってきた。

もし自分が生まれる前の子どもだったら、この環境に生まれることを選ばないかもしれない。

書きながら思い出したけど、昼休み給食のおかずをカバンの中に入れられて死にそうになってたとき、隣の席のギャルが「8×4貸したるわ」ってカバンに吹きかけて救ってくれたんだった

進学校に入らなければ良かったのかもしれない。

院試勉強が辛いから吐き出す

子供の頃からずっと保育士になりたかった。

歳の離れた兄弟がいて、年下の子の扱いには慣れていたから、保育園でも小学校でも小さい子から人気だった。小さい子のお世話が得意な女子ってやつだ。

最初は、ただ小さい子と遊ぶのが好きだから保育士になりたかったんだと思う。大きくなるにつれて、なんとなく「私は将来保育士になるんだろうな」って思っていた。

高校生になってもその夢は変わらなかった。けれど、その頃から希望進路を伝えると、親や先生を含めた周りの担任の反応が微妙なことに気付いた。

私は受験でめちゃくちゃ勉強を頑張って、割と有名な進学校に通っていた。高校は、東大京大一橋東工大などの有名国立大学医学部早慶のいずれかに入るのが良いことと考えている人が多かった。

先生もそう考えていて、高校1年生の頃に私が保育士になりたいか資格が取れる地元大学に行くと伝えたら、やんわりと否定された。親も最初は夢を応援してくれていたけど、「折角良い高校に入ったんだから名大に行ってほしい。」と思っているのが言葉の節々から伝わってきた。

周りの友人も東大医学部を目指してる子が多かったし、有名大学に行けなかった先輩のことを軽く見下しているような雰囲気があった。そんな雰囲気に徐々に飲み込まれていって、「良い大学に入らなきゃ!」と思うようになっていった。その頃から「良い高校に入ったんだから保育士になるのは勿体ない」という謎の思考に侵されて、保育士の夢を諦めた。不快に思う人もいるかもしれないから伝えるが、これは保育士馬鹿にしているのでは決してない。私がただ馬鹿で、窮屈な価値観を持っていただけだ。

保育士の代わりに自分が何をしたいのか考えて考えて、結論を出した。「有名大学に行って、ある興味のある分野を学んで、企業の開発職に就く」というものだった。高校生の頃の自分は納得していた答えだったけれど、本当に納得していたかはわからない。ただその学問に関わる教科の偏差値が高いから好きなだけで、実のところ興味があるわけではなかったのだと思う。

それでも、いつのまにかその進路に進むことが本当の夢のように感じられて、大学受験をがんばった。

結果、かなり有名な大学に入れた。親も担任も大満足で、たくさん褒められた。あまりしたことのなかった親戚からもめちゃくちゃ褒められて、たくさんお祝いしてもらった。周りの反応が今までにないくらい良いものだったから、「自分は正解の道を歩めた」ってすごく安心したのを覚えている。

でも、「正解の道」を歩めたから、「不正解」になることをすごく恐れるようになった。大学に入ってからは、単位を少しでも落とすことが怖くて勉強をきっちりしたし、体育会サークルで悩んだ時は体育会が「正解」だと思ったからそちらにした。企業の開発職に就くという「正解の道」に進むため大学院に進学することも決めた。

今、私は大学院の入試試験勉強をしている。周りの友人は大学院に進む人が多いものの、就職する人もいる。就職する人を横目に学生をすることに少し負い目があり、なぜ私は大学院に行きたいんだろうと考えることが増えた。考えるたび、「本当は保育士になりたかった。別に大学院行かなくて良い人生だって歩めたのにどうしてこんなことしてるんだろう?」という思考が頭を占める。

不正解の道」を歩んでしまったのではないか?とすごく不安になる。本当は「正解の道」は保育士になることだった?

人生選択連続であり、その選択に正解や不正解がないことは重々承知している。今の生活にも満足している。友達がいて恋人がいて学歴も持っている。世間から見たら満足していないのがおかしいと思う。それでも、やはり保育士になるべきだった、なりたかったという気持ちが湧き上がってきてとても辛い。

後悔しても仕方ないから、目の前の院試勉強を頑張るしかないのはわかっているので、勉強は頑張る。

ただ、とても辛く苦しい。

2020-05-22

就職してから、自信家だのなんだの言われることが増えたから、そんなに社会不適合なのかと感じていたけど、よくよく考えてみれば、地域唯一の私立中学に入学して難関国立大学入学したわけだから劣等感が強い人間出会うことが少ない人生を送ってきただけなんだなぁ。

2020-05-13

下方婚のあれそれ

 以前に私のTLに「非モテ男性が辛いのは、女性上昇婚を望むからだ。

故に女性下方婚をすれば救われる(要約)」が炎上なのかバズったのかは知らないが

流れてきた事がある。

 それからも「キャリア女性でも上昇婚を望む」「日本女性世界でも幸福度が高い」「キャリア(高収入)女性結婚メリットがない」

など色々と流れてきた。それらに触発されて一増田して、「下方婚を2代続けて出来た子供(私)の立場から下方婚実態備忘録として書こうと思った次第だ。

また、これはn=3値しかないのに主語を大きく書き過ぎてしまったのだが、そこだけはご了承頂きたい。

(以下から下方婚には基本的に”n=3値の”という枕言葉があると思って欲しい。)

下方婚が行われる条件として

女性側の性癖で選んだ伴侶である

女性正規職員定年退職まで働く人間である

家事育児は出来る方が出来るものをする。

等が基本的ではないかと推測している。

特に条件①が一番わかりやすい程に、女性側が自分性癖で選んだ伴侶なのだ

ちなみに我が両祖母及び母は見た目ではない箇所の性癖で、顔面偏差値を重視するのは男性側が圧倒的なのだろう。

身内とはいえ他者性癖ネット暴露する事は私のマナーに反するのでいえないが、見た目でない箇所で女性側が魅力的と関するもので選んだ事は間違いない。

条件②は、約65年前後戦後沖縄米軍統治下での生活の中で

ケース①沖縄離島出身の中卒男性米軍相手食堂を営む実家育ちの商業高校女性

ケース②沖縄離島離島出身の中卒男性婚約者あり公立高校卒業国立大学合格女性

約35年前の昭和時代

ケース③高卒男性関東看護大卒女性

の3ケースで結婚当時は女性側が男性より稼いでいた。また、上記女性3人全員が某全国企業病院で働き、定年退職をしているのである

これがどれだけのレアケースなのか、それとも一般的なのかは読み手に任せる。

少なくとも私は”それ”を当たり前と認識し、成人した。家庭環境で培われる価値観とは恐ろしい。と社会人になった際に痛感した。

条件③についてだが、個々の事例がありすぎて書き切れない。

なので、ケース②と③に共通した例を挙げると約60年前と約35年前から男性側が保育園の送迎をしていたりした。

父曰く「(約35年前は)誰一人として父親が送迎している家庭はなかった」と言うことがあった。

昨今でこそ父親の送迎は珍しくないと思うが、当時の価値観では割とレアケースな男だと推測している。

関係が透けて見えるエピソードとして、当時自家用車を母が通勤使用し、父はバイク子供達を送迎していた。

以上より、女性側の2つの要因と当時の価値観でも子供の送迎を行う等男性側の性別役割の無さが下方婚出来た要因ではないかと思う。

実は当初のまとめとして、

この増田で、下方婚女子好みの男性提示(又は、下方婚実態調査してもらおう~)

年収または非モテ男性下方婚女性好みの男性へと努力婚活女子の様に!!!

婚姻率のアップ↑↑↑

全員がハッピー!!!!!(になるぜ!!)

という気持ちで書き始めたのだが。

下方婚において、条件①が難関過ぎる。

上昇婚女子においては、聞き飽きた行動(ダイエットメイク服装挨拶等)があるかもしれない。

下方婚女子の好み男性とは、条件①は個々人の性癖なのだ。(※顔面偏差値じゃない)

まりは、下方婚とはありきたりの足きりを超えてのオルタナティブマッチングの結果...!!!

もちろん、一般的上昇婚でおいても同様なマッチングはあるだろう。

しかし、下方婚においては条件①②③等を満たした上でのマッチング結果。難関すぎる。

まぁ、当時の女性にとって「結婚就活」の価値観、ほぼ全員が結婚している時代での下方婚なので

当然の結果かもしれない。

当初のまとめとはちょっと違うのだが、異常な程上昇婚希望する女性が多い日本

下方婚が増える活動とは一体何かを下方婚より出来た子供として真剣に考えた事をまとめとしたい。

①第3号被保険者及び寡婦年金制度廃止(に伴う平等制度設立

②創製もある夫婦別姓制度戸籍制度廃止

政治家の半分を女性にする

増田積極的にこの界隈を除く人間でもなければ、

勉強している人間ではない。

なので、上記は他の誰かが既に提言した内容と思っている。

故に特に上記項目の説明をするのは省く。書くと長くなる。

どちらにしろ、個々人の幸せとは他人が決められないのだ。

「生きずらさ」を抱える人間は違うフィールドで生きる事を推奨する。

(この書き方は、読み手に取って様々な意味もつかもしれないがそれも含めてです。)

余談。

下方婚の末出来た子供としてTwitterで見た

下方婚なんてない」「女性は働けない男性を捨てる」等への回答である

下方婚はなんてない 

→多分、平安時代からあると思いますよ。そして、私もいる。

働けない男性を捨てる 

→父が職場関係で双極性鬱を発症、数年間休職しました。

学生時代帰宅したら「父が首を吊って自殺してるかもな~」という恐怖はありましたが、「両親が離婚する(母が父を見捨てる)」という不安は一切無かったです。

・・数年後に母と本件を話したら「えっ!なんで、そんな事で離婚するの?」とマジ顔だったので同様案件離婚された方がいたなら本当に申し訳ない。

オルタナティブマッチングじゃない上昇婚なら捨てられると思う。

以上の回答は「いない」「存在しない」と言われて悲しかったので、書きました。

レアケースだけど、存在する。

余談2

下方婚メリット/デメリットも書こうがどうか悩みましたが、

これを書くと婚活意味の無い条件(身長は170cm以上(巨乳)じゃないと嫌/学歴は○○以上等)を提示する人間

(読む側の受取として)攻撃してしまう事になりそうなので自重します。(それが性癖だったら仕方ない条件ではあるし)

ただ、最大のメリットだけは書いておきます

下方婚において3組ともはちゃめちゃに夫婦仲が良いです。割れ鍋に綴じ蓋。

余談2については結論「半世紀一緒に過ごす伴侶への条件とは何か」につながる。最大メリットだけ書いとく。

結婚生存戦略になった時代は既に終わったんだ!目を覚ませ!!!自分価値自分で示すんだ!!!

以上になります駄文を読んでくれた増田感謝

数年前に読んだ本ですが、約20年以上前から母が言っている事をエビデンスありで言語化してる~!と思った物を紹介しておきます

自分はこの本と同内容を聞かされて育ったので、世間とのズレを実感した。(因みに3組ともほぼこれを実践している)

https://www.amazon.co.jp/dp/B077HWZQCM/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

2020-05-08

人類中央値より強いか

人類の半数より賢いか?と言われたら賢い気がする IQテストみたいなやつだとちょっとわからんかもだけど、学力試験なら日本国立大学に入れてる時点でまあ世界的には上から数えたほうが早い方には入れるだろう

でも戦闘力となると正直わからん 若くて栄養状態が良いっていうのはプラスだけど、運動不足だし喧嘩経験ゼロで痛みへの耐性もない

老人と子供、俺と同じような暮らしをしてる女性くらいになら勝てるだろうけど(殴るのを躊躇して逆に負けるとかがなければ)、それだけで人類の半数を越えるだろうか?

越える気がしてきた 

俺は知も武も人類の半分より上 フハハ

2020-05-05

anond:20200505102025

これはまさに国立大学とはなんぞやというところでびっくりした、

2020-05-02

はてな民学歴差別が好き

これバカにしてる人たちこそ無意識学歴差別してるよね。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kanaloco.jp/article/entry-345245.html

きみたちはどうせ中途半端大卒ばかりだから知らないんだろうけど、世の中にはtake過去形がわからない人がかなりいる。これは事実なんだよ。笑っちゃいけないんだ。きみたちが当然できたことをできなかった人たちはほんとにたくさんいる。そういう人を笑っちゃだめなんだよ。人の能力平等ではないんだから。私は国立大学卒業した後、障害者作業所で工賃100円で働いてたことがあるからよくわかるんだ。きみたちのやってることはとても残酷だよ。もっと想像力を持ってほしいです。

2020-04-22

公務員に10万円不要というのはあながち間違ってはいない

民度の高い、はてな民には、橋下ふざけるなで一色だけど、

世間はそうではない。



これらの人には10万円いらないではないかという意見も多く聞かれる。

これ、わたし家内公立学会教員)や、姉夫婦(県職員)に聞いても、

仕事は格段に減ったと言っており、

「大変なさなか、がんばっている公務員じゃない人」もたくさんいることがわかる。

独立行政法人国立大学機構職員はどうあつかうのか?といった問題はおいといて、

一部、公務員10万円支給する代わりに、ほんとうに困っている貧困家庭に配って欲しい。

2020-04-21

アホで金がなくても国立大学に4年間タダで通う方法

アホで本当にお金がないけど大学には行きたい。そんな高校生地方国立大学の推薦かAO入試を受けるとよい。

※今春から給付奨学金もあるので若干現況とそぐわないかもしれないが。

私は偏差値50以下の高校出身住民税課税世帯母子家庭ダメな貧民層であったが、地元地方国立大学に推薦で入学して、1円も大学に払わず卒業した。

大抵の国立大学には授業料免除制度があるというのはあまり知られていないのではないか

親の所得と成績の条件もあるが、授業料が半額か全額免除される。

ただでさえ私立と比べても安いのに破格の対応であるしかシンプルで分かりやす

その分条件が厳しそうだが、私が通っていた大学では20%以上の人が利用していた。

免除条件の成績に関しては留年ぎりぎりで余程ひどくない限り問題はないため、お金がない人はほぼ全員授業料免除されていたはずだ。

※おまけに入学金すら免除、相当額を給付する国立大学すらある。

でも、アホだからそもそも国立大学に入れないという方、学力試験のない推薦かAO入試合格すればいい。

調べれば学力試験がなくて小論文面接だけで入れる入試が意外にあるはずだ。

まり評定平均を上げて小論文面接対策をするだけで国立大学に入れる。ある意味学歴ロンダ

前述の通り、偏差値50以下の高校に通っていたが、そのレベル高校だとちょっと勉強すれば周りもアホだし容易く評定平均が上げられる。

底辺高で評定平均すら上げられない人は流石に論外だが)

センター試験で5教科7~8科目をこなし、二次試験対策をするのに比べたらはるか効率がいいし、アホにでもできるだろう。

最後

大学の出口=就職だが、都内の有名私立大学に比べて劣るのは確かではあるし、誰でも知ってる超大手企業は厳しい。

だが、大した大学生活を送ってない文系でも平均年収700万~800万程度の企業なら何とかなる。

アホで金がない底辺にとっては夢のある話だと思うし、底辺から抜け出せたので母校には感謝しかない。

2020-04-05

博士課程ニート

37歳の義理の姉は国立大学博士課程ニート

結婚して1年以上たつが、統合失調症らしく一度も会ったことない。

今はご両親の扶養に入っているからいいけど。

不安タネ

2020-03-27

anond:20200327124604

俺は国立大学に現役で入ったおかげで大企業に入れたというのだけは事実だ。

anond:20200327124056

311の時よりも更に国立大学は弱体化している

逆らったり問題起こしたら予算出なくなって終わるだけの事実上ただの下請け業者みたいなもんになり下がった

anond:20200327122857

国立大学文科省が動かないとどうしようもないから叩くなら大学じゃなくて文科省

新型コロナウイルスに関して

特定覚悟で書きます

拡散されて予定が変更になれば幸いです。

私は国立大学学生です。

昨日総長づけで、学生教職員向けにコロナウイルスに関する当面の対応についての連絡がありました。

簡潔にまとめると、

不要・不急の出張等を控えること

不要・不急の会議等を中止・延期すること

各人健康管理に注意すること

屋内での十分な距離をとることができない活動を避けること

の4点でした。

同日、私が所属する学部では授業の開始が4月8日から4月15日になりました。

それにも関わらず私が所属する学科では、4月1日卒業研究着手についての説明会が行われます

卒業研究室への配属に関する説明があるため全員出席するように連絡がありました。

連絡は上記2件と同日であり、

具体的なスケジュールリマインドがなく何時間行われるか不明で、短時間で済むように時間厳守で集合することとありました。

なぜ1日に開催するのか、

学生職員感染者がいたら、

説明会クラスターが発生したら、

これがきっかけで亡くなる方が出たら、

予防や対策が十分に行われているのか…

何もかも不明です。

学内ですでに感染者がおり、県内でも徐々に増加しているにも関わらず予定通り開催する必要があるのかと思ってしまます

何よりこの決断をした教員事務の方に疑問を呈したいです。

学生が思いつくことになぜ考えが及ばないのか。

このような大学で私はこれから何を学ぶことができるのでしょうか。

将来が不安です。

駄文失礼しました。

2020-03-20

こじらせててつらいのでカウンセリング行ったら楽になった話

スペック

(いくつかフェイクあり)

この記事を書いた理由

カウンセリングを受けて何かと楽になったので、知見を共有したい。

それに、カウンセリングを終えてからそろそろ1年が経過するので、ちょうど過去を振り返るのにちょうどいいと考えた。

増田でも、多くの人が「カウンセリングに行ってみたら?」と時には本気で、時には冗談で言うのだけれど、そこが実際にはどんな場なのかを知らないせいで、行くのをためらっている人が多い現状を、変えたいというのもある。

増田だけではなく、ネット上の多くの人が、少しでも楽になれるように祈っている。その助けになれば幸いだ。

どのようなことで困っていたか

長くなりそうだし、愚痴っぽくなるのも嫌なので、代表的ものだけを箇条書きで挙げる。

カウンセラーはどんな人?

臨床心理士資格を持っている50代の女性中学生くらいの子供がいるらしい。

髪の毛が長く、少しやせ型。落ち着いた物静かな女性だが、明確な自分の考えを持っている印象がある。初恋の人に似ている気がするがおそらくは気のせいというか、投影しているのは間違いない。

実際のカウンセリングではどんなことをするのか

初回は風景構成法を行った。これはカウンセラーの指示に従って、順番に山や川、家や田んぼ人物などを配置していくもので、専門書に当たれば具体的な解釈方法が書かれているが、自分専門家ではないので省く。当日に描いた作品を今になって振り返ってみると、道のど真ん中に障害物の石が置かれていたり、山が雪に閉ざされていたりと、寒々とした印象を受けた。描かれている人間逆立ちをしていて、何やら不穏である。蛇も不気味にとぐろを巻いていた。

二回目からは主に夢分析を行った。カウンセリングカウンセリングの間の一週間に見てきた夢を記録して、それを材料に話をする。つかみどころがないようだが、意外なことにかなり効果があった。理屈はわからないが、この治療中は同じようなテーマの夢を見るようになる。さらに、肝心なのは夢の内容そのものではなく、夢の話をしているうちに自分が何を思い出したか、あるいは漠然とした印象をどのように語りなおしたかで、それによって、自身の考え方の偏りや傾向が見えてきた。現に、夢の内容を話す時間は案外短く、後半の三十分は、そこから思い出した過去出来事や近況、それについて自分がどう感じたについて話し合うことに費やされた。そうした雑談きっかけに、突破口を開いたこともある。

夢分析が行き詰まった時には、箱庭療法を試みた。これは、砂の敷かれた箱の上に人形模型を配置していくもので、話しながら人形を動かしたり、砂の上に模様を描いたりした。うまく説明できないが、非言語的なものを明確にするのに役立った気がする。例えば「このタヌキ(の置物)は寂しくて困っている。友達がいなくて寂しそう。上下がひっくり返って困っている。悲しくて暴れている」などと比喩的な話をすることで、日常使っている言葉論理で語りたくないことを口にしていた。小さな人形を触っているうちに気分が落ち着いたり、逆にひどく動揺することがあったり、不思議経験だった。箱庭療法最初の一回も、自分心理的混乱が反映されていたのか、人形同士がにらみ合ったりひっくり返ったり無意味に積み上げられたりと、非常に張り詰めた印象のもので、カウンセラーも「ちょっと怖い」という印象を漏らしていた。

これらの技法は、ある種のきっかけというか呼び水だった気がする。どんなことを語っても許されるというか、傾聴してくれる場というのはそれだけで貴重で、話しているうちに自分の思いがけない本音や、ダブルスタンダードに気づいた。また、夢のような一見「どうでもいい」話ができる仲になることで、普通は人に話すこともはばかられるような、野外オナニー願望についても話すことができた。

治療も後半になると、こうした技法ほとんど用いず、通常の雑談に近くなった。自分はこういうことをしてこう言う結果になった。自分気持ちはこうだ。そうしたことが素直に言えない人のために、これらの技法はあるのかもしれない。

カウンセリングの進行、そこで自分はどう変化していったか

始め、自分は藁にも縋るような思いでカウンセリングを申し込んだ。と同時に、どこか疑ってもいた。自分カウンセリング技法についての基礎的な知識はあったし、大体どのようなことをされるのか予想がつくと思い込んでいた。精神分析に関するフロイト著作だって読んだことがあるし、河合隼雄の「ユング心理学入門」も読んでいた。しかし、カウンセリングの概略を知っていることと、実際にカウンセリングを受けることとは、まったく別の経験だった。水泳理論と、実際に水に入って泳ぐこと以上に隔てられている。なんといっても、何年にもわたって定期的に同じ人間と会うのだから必然的相手には強い感情を持ってしまう。結局、人間が強い感情を持つの人間に対してであり、人間が変わるのも対人関係を通してだ。

カウンセリングでは何について話すことも自由だった。幼少期の悲しみ、いじめられた経験、両親から受けた不条理仕打ちなどなど。それだけではない。女性にするべきではないとされている話もした。自分の性生活自慰行為風俗店での出来事など、自分は露悪的なまでに細部を語ったが、しっかりと耳を傾けてくれた。

そして肝心なのが、何度同じ話をしても相手は退屈する様子を見せない点だ。自分は、同じ話を繰り返すことで忘れていた細部を思い出すことがあったし、それに新しく意味付けをすることもできた。

最後に、カウンセリング時間が終わりに近づくと、カウンセラーは僕の話した内容を簡潔に言い直す。そうすると、自分はこういうことを考えていたのか、と毎度のように驚かされる。まとめられた内容を反芻しながら次の一週間を過ごすことで、自分の考えが深まっていった。他にも、自分がすべての不平不満をぶちまけた後で、それに対する解釈を投げ返されることで、その負の感情自分の一部として取り込むことができるようになった。「あなたがそこで腹を立てるのは当然だ」「あなた感覚はそれほどおかしものではない」という趣旨言葉を返してくれるだけで、自分過去を少しずつ受け入れることができるようになっていった。

カウンセリングの中で、カウンセラーを好きになること

ところで、カウンセリングに通ったのが、2014年3月から2019年8月ことなので、4年以上も同じ人と毎週のように会っていたことになる。途中から自分の気分が落ち着いてきたので隔週に切り替えたのだが、それでもかなりの頻度だ。自分は、自分のあらゆる感情や悩みをぶちまけて、それでも受け入れてくれる存在がうれしかった。モテないあまり風俗に浸っている自分軽蔑しない彼女存在が尊く思われた。

珍しくないことだが、自分カウンセラー好意を持つようになった。自分は、職業倫理上その気持ちは受け入れてもらえないことだと知ってはいたけれど、「あなた尊敬しているし、とても強い好意を持っています」と伝えた。カウンセラーからは「私もあなたと会うのが楽しみです」という趣旨の返事をもらった。と同時に、僕は、なぜこのカウンセラーが好きになったのかをじっくり考えだした。すると、自分には好きな人自分の悩みを洗いざらい吐き出したいという願望があったのだ、と気づいた。同時に、自分知的水準の高い女性に強いあこがれを持つことも改めて認識した。年齢などどうでもよかった。比較的若く見えるが、相手は五十代の人妻で、自分が手を出すわけにはいかないのだけれど、叶わない想いだとは知りながら、相手尊敬の念を持ち続けるというのは、思ったよりも悪くなかった。おかげで、自分にとって他人を好きになるとはどういうことかを言語化できたし、他人尊重することを身をもって学んだ。

一人の女性を好きになり、それを軽蔑されたり馬鹿にされたりしないこと安心感を、自分はたくさんの悩みに取り組む支えとしていった。僕は、このカウンセラーのことが好きになれて、本当によかったと今でも思っている。

カウンセリングを通じての自分認識の変化

過去のどのようなつらい経験も、自分はそれぞれ意味があったのだと、迷いなく考えられるようになった。それから、今までは様々な物事を与えられて当然だと感じていたが、やっとのことで与えられた物事感謝することを学べたように思う。

また、自分の恐れの感情トラウマにとらわれずに行動できるようになったことで、自分の外側の世界に対して、うまく働きかけることができるようになった。

もちろん、上に書いたような悩みのなかには、直接解決しなかったものもある。でも、それはそれで仕方がない、と受け入れられるようになった。

何よりも現実検討能力がついた。不安不安のままかかえておけるようになり、不安で頭が真っ白になることがほとんどなくなった。自分の中の膨大な不安エネルギーが、落ち着くべき場所を見つけたかのようだった。

上記の悩みに自分は具体的にはどんな答えを見つけていったか

悩みの解決過程言語化するのは難しい。自分の考えがどんな風に変化していったかを記すにとどめる。人によってたどるべき道のりは異なるし、僕の頭の中の理屈をそのまま文字にしても、納得できないことは十分に考えられるからだ。

過去いじめ、対人関係トラブルはとても悲しいものだった。でも、おかげで自分は人をできるだけ傷つけないようにしようと心掛けられるようになった。それと同時に、絶対に誰のことも傷つけない発言表現というのも無理だとも知った。男性であれ女性であれ、相手を一人の個人として尊敬することが大切であり、それは自分相手は異なっていると認識することだ。だから、できるだけ丁寧に接することは大切だけれども、自分他人は別の存在なので、礼儀正しくしていたとしても、絶対不快な思いをさせないでいることは不可能だ。かつての自分は、自分女性から不快な思いをさせられた経験から絶対女性を傷つけてはいけないというルール自分に課していたのだけれども、それは不可能だと知った。過度に自分を縛る目標は、ある種の呪縛だ。

それに、世間はいろんな女性がいる。優しい人、冷たい人、知的な人、ちゃらんぽらんな人。一人の女性自分暴力を振るったからと言って、そうでない人もたくさんいる。女性一般や平均的女性像みたいなものに、振り回されなくなった。

フェミニズムとの距離感もうまく取れるようになった。納得できることはうなずき、わからないことについては調べ、おかしいと思うことには反対する。それは、フェミニズムだけではない。自分とは違う考えの相手に対する対応の仕方と全く同じだ。

仕事に関しては、転職をした。自分能力に見合った仕事に切り替えることでやりがいも感じられるようになった。給与は下がったが、例えば600万稼ぐ人間が300万稼ぐ人間の2倍偉いのかといえばそういうわけでもないし、僕にとっての一番大切な価値観は、早寝早起き快食快便が守れる生活が維持できるかどうかだと知った。

男らしくないのではないか、というのも気にしなくなった。世間価値観がどうあれ、自分が好きなことを好きなようにする。自分らしくあることが自分にとって男らしいことと定義しなおした。

その中で、家族との関係改善した。今にして思えば、両親は自分と非常に適切にかかわってきてくれた気がする。圧倒的にすがりたいと思っていた両親も50~60代のただの人間なのだ、と実感することができた。しかし、ただの弱みもある人間からこそ、大事にしたく思えるようになった。距離感が適切になった気がする。

処女厨ロリコンも治った。正確には、そういう願望があることそのものに対して、思い悩まなくなった。一つには、50代の女性に恋をすることで、実際に小学生恋愛したって、物足りなくなるに決まっていると心の底から理解したというのがあるし、人生経験豊かな女性の魅力に気付いたのもある。さらに、処女厨の根源にあった、「セックスとは汚いものだ」という意識も弱まった。「セックス気持ちよいものだし、誰かを愛することは素敵なことだ」という感覚しかなかったら、処女喪失を汚れとは認識しないだろう。それよりも、出会った二人が新しく一緒に思い出を作っていくことの喜びに目が向くようになった。まだ彼女はできていないけれども、一緒にデートしたり、他愛のない話をしたり、うとうとしたりしたいし、それに向けて今でも努力している。

女子小学生の裸を見たいという感じもほとんどなくなった。確かにあの年頃の女の子かわいいけれど、それだけのことだ。どんな感情を抱こうとも人間自由だと思えるようになったことで、かえってそうしたロリコン的な願望から自由になった。

同時に、野外オナニー願望も消えた。なんというか、得体のしれないドロドロした性欲のエネルギーに、適切な形が与えられた感覚がある。よく夢で、性器露出したり全裸になったりするパターンが多かったのだけれど、カウンセラーと話すうちに「おちんちん見せるだけじゃ意味ないよね?」みたいな話になり、そうしたことを話しているうちに、セックスって相手あってのことだよね、みたいな認識に到達した(このあたりの話が非常にわかりにくいのではないかと恐れている。ラポール、とでもいうのだろうか、クライアントカウンセラーの間には、長い間の会話の積み重ねからくる膨大なコンテクストの共有があり、ある種のツーカー関係が出来上がっているので、会話だけも書き起こしても非言語的な部分が多くを占めていて、客観的にはわかりにくくなりがちだ)。

死への恐怖は、とりあえず先送りされた。これは個人的な経験だけれど、死ぬのが怖くてたまらないときというのは、何か大きな変化を恐れているときか、未知のものに飛び込まなければいけないときに強まるような感覚がある。

カウンセリングを終えたきっか

カウンセラーには日々の出来事を何でも話すことができたが、別にカウンセラーに聞いてもらわらなくても、別に大丈夫になってきた。さらに、ここで話をしても、これ以上自分は楽にはならない気がするようになってしまった。

とても感謝はしているけれども、自分自分を励ます考え方ができるようになっていて、あとは毎日出来事淡々カウンセラーに報告するだけみたいになっていた。

というのも、自分の悩みを解決できるのは、最終的には自分だと思うようになったからだ。話を聞いてもらって勇気をもらったり、現実的なアドバイスを受け取ったりすることはあったけれども、実際に行動するは他ならぬ自分なのだ

ならば、これ以上ここにいても、自分は変われないのではないか、という気がした。そして、3月という区切りのいい時期であったので、そこで終えることにした。

最後にもう一度風景構成法を行った。山には緑があふれるようになり、街には人がたくさん姿を見せるようになった。蛇は道や川のうねりへと姿を変えた。困ったときには駆け込めるような病院や、芸術を鑑賞できるような美術館も街に描かれていた。そこでは、たくさんの人々が連れ立って歩いていた。ずっと住み心地のよさそうな風景だった。

そして、僕は無事にカウンセリング卒業した。

続き→ anond:20200320072823

2020-03-12

就活したら鬱になった

この前鬱になった。

正確には鬱の可能性を診断され、「じゃあ鬱じゃない可能性もあるってことだな!!」とそこで考えることをやめた。多分対応としては限りなく間違ってる。

でもさ、就活中なんだわ俺。

鬱、しかも進行中の見えてる地雷を雇う会社あるわけがないよ。ただでさえ人気業界なんだからさ。

なんで鬱になったかをその時の医者、それと大学カウンセラーと話し合ったんだけど、就活によるストレスだったみたいです。

弱過ぎない?俺。

就活ストレスを考えて一番身に覚えがあるのは、やっぱりESが全く通らなかったことだった。

夏のインターンから就活を始め、ESはそこそこ書いた。15社とか。まだ少ないか

でもほとんど通らなかった。今まで人生における大事な場面では尽く成功してきたので、当然病んだ。そこから立ち直れたかって言うと、いや全く立ち直れなかった。なんでだろうね。自己肯定力が限りなく低いんだね。

ちなみに俺が落ちたインターン抽選で受かった友人は「インターン行ったらなんか就活そんなに考え込まなくてもいいなって安心したわ」とか申しておった。ほほ〜、心配いらないんだネ。理解理解

その友人は既に一社内定をもらってます

僕はまだです。この前最終面接で落とされました。

そもそも就活に向いてないんだ精神が。

自分がすごいと思えない。アピールできない。

嘘をついているような気分になる。

今まで褒められてきた経験が少ない上、その経験すら実態が伴ってないふんわりとしたもの

そこそこ大学生活頑張ってきたつもりだけど、今になって思うのは自分がどれだけすごくないかってこと。

苦労して国立大学のちょっぴりいいとこに入った。新しいことに挑戦しようと、今までやったことのないサークルに挑戦した。触れたことのない分野を勉強した。留学に行った。サークル内の揉め事を頑張って解決した。サークル部長になった。怪我バイトクビになったけど、新しいバイト先(バカみてえにハード)では頑張ってそこそこ信頼されてる。積極的就活進めたつもりだった。ネットの友人と共同で一つの作品を作った。

全部無駄だったのかな。

こんなに金と時間と気力を使って。

書ける成果が思いつかないんだ。何もすごくないんだ。何も。


あとADHDなんですよ、僕。

最近特にヤバい手帳に予定を書き入れるのを忘れ、そこそこ志望度の高いWebセミナーの予約を忘れたりとか。日にち感覚がズレてきて、ESの提出期限終わったと思って無駄に落ち込んだりとか。

作業にも集中できね〜〜〜〜〜〜〜〜。

どうにかしてくれよ。コンサータ飲んでも効き過ぎて頭沸騰しそうになるしさ。

何より一番馬鹿だなって思うのは、辛いのに誰にも相談しないこと。

友人もいる。彼女もいる。家族ともそこそこ仲がいい。

でも、辛いことを話そうとすると急に口が止まってしまう。「大丈夫?」って聞かれて、「ア、エヘ何がですか?大丈夫ですよエヘヘ」とかヘラヘラ笑って答えてしまう。全然大丈夫じゃないのに。

辛いよ就活。もう辞めたい。

最初から公務員目指してシコシコ勉強ときゃよかった。そっちのが向いてるよ。

でも公務員つまんなそうでやりたくなかったんだよな。これは完全に偏見なので無視して下さい。

結局人生やり直してたとしても、やっぱり就活してる気がする。で、どうせ病んでる。

井上織姫

まあなんだかんだ人生詰んでるんで。そこンとこよろしく。死んだら楽になるかな。死ぬ勇気がないので死なないけど。

あ〜憎い憎い。全部が憎い。

就活うまくいってるやつも。何もやってないわ〜とヘラヘラ笑うやつも。頑張ったツラしてそこそこいい企業入って「企業に蹴られても自分の才能を理解しないやつだと思って受け流そう!」とか吐かすやつも。

バーカ。くたばれ。

こんなことなもっとまともに生きるんだった。

これでもそこそこまともに生きたつもりだけど、ね。

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