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2019-04-22

anond:20190422215811

もう10回くらい受理されてるみたいだけど1つくらい進展はあったのかしら

被害届受理されました

刑事事件として立件されるみたい

2019-04-21

大学卒業して社会人になった話

色々あったけど整理も兼ねて書こうかな。

2019年3月をもって4年間学んできた大学卒業し、社会人になりました。

卒業して社会人になるという決断に関して、僕自身特に悩みませんでした。

しろ3年生あたりで決断してた。

自分場合は周りも同じ道をたどっている人が多くて特に不安はなかったのが大きい。

一応説明すると大学卒業するとはどういうことかというと、所定の単位を取り終えてから卒論を提出して受理されることで

僕はこの全部の要件を一応クリアしたことになる。

ここまで来るのには教授や友人さまざまな力添えのおかげであって自分ひとりの力だという気はない。

ただ言えるのは、前もって準備をすれば前日に泣きながらやる必要はないということだ。

卒業してからは働く予定。

もうすでに働く会社はきめている。

卒業前に色んな会社に運んで事業について説明を受けたり企業の人と採用面接をした結果、最終面接を通ったところから内定がもらえた。

その会社では月曜日から金曜日まで働くことになっていて

交通費は毎月支給され、給料も出ることになっている。

なので生活には困らない。

今後は社会人として働いて生きていこうと思う。

多くの人が歩む道だし何を今更と思うが、参考になれば幸いです

2019-04-10

不倫の行き着く先に幸せはない

それを自分の身で実感することになるとは思わなかった、というお話

ツイッターでわざわざ新規アカウントとって投稿することでもないしそんな気力もない、5ちゃんに書くとなると長文自分語りになる。

スカスカ恋愛脳クソ女と思う人が多いと思うけど、もやもやが止まらないのでここで吐き出させてくれ。

前提

私:20代後半女性、未婚、昨年夏部署異動

相手:30代後半男性、子持ち既婚、メンタル

発端は私自身の部署異動。入社以来総務や経理仕事をしていたが、もともと外向きの仕事希望していたこともあり、地域営業職への異動希望をだし、昨年受理された。

右も左もわからない自分に新しい上司メンターとしてつけてくれたのが相手の人だった。

その地域でもトップを争うような実績もあり、知識豊富で面倒見の良いベテラン営業マン。多くの新人がその人の元で育っていったということらしい。

ちなみに、私の会社組織が少し特殊で、自分とその相手の人は同じ建物仕事をしていない。そのため毎日顔を合わせるわけではない。

ただ、営業に同行してクライアントとの話し方や提案の仕方などを学ぶ“先輩”として自分もついてくれることになった。

相手からは本当にたくさんのことを学ぶことができたと思う。それは実務的な部分だけではない。とても楽しそうに、自信と誇りを持って仕事をしている姿は、

営業職の楽しさ」を教えてくれているのだなと感じた。そんな姿がとてもかっこよくて、とてつもなく憧れた。

そんな日々を過ごしていたある日、クライアントとのアポイント夕方になったため、その後お疲れ様会をしようという話になった。

もともと私は人とお酒を飲むのが好きであり、男性と2人で食事をすることに抵抗感がないことや、

(もちろん自分彼氏がいたり相手パートナーいる場合配慮するが)

仕事を通して仲良くなっていたこともあったため、本当に先輩や友達と飲みに行くくらいの気持ちで、2人で飲みに行くこととなった。

先に結論を言っておくと、この時点でそういう関係になったわけでもないし、ワンナイトしてしまったわけでもない。

ただ楽しく飲んだだけ。色んな事を話して、話して、とても楽しかたことを覚えている。

ただ、不思議だなと思ったのが、“家族”の話が一切相手からでてこなかったこと。

30代後半で家庭持ちだと家族話題って出てくることが多いから、この時点では「未婚かバツ持ちかなー」と思っていた。

ここで聞き出さなかったこと、本当に自分で浅慮で頭が悪かったなあと振り返って思う。

メンタル弱いということはこの時点で話してくれた。一時会社休職していたこともあるらしいが今は回復しているということで特に気にしなかった。

自分の中で憧れが恋愛感情に変わっていくのを感じた。

そんな中、きっかけとなった日が訪れる。休日プライベートで出かける約束になったのだ。

目的地で楽しみ、食事して、その後に相手から想いを告げられた。憧れていた人から自分も好かれていた事。

正直、とても嬉しかった。そしてその日から仕事パートナーだけの関係ではなくなった。

それから真実を知るまで、とても楽しく充実していた。仕事終わりに食事したり、色々なことを話したり、セックスしたり。

仕事もたくさんのことを教えてもらって。幸せだった。でもそれは自分けが自分たちだけの幸せだったのだ。

ある日、とうとう相手からカミングアウトされる。相手には奥さんがいること。中学生なる子供がいること。

だけど夫婦関係崩壊していて家庭内別居状態だということ。奥さん方の家族と同居(2世住宅?)しているが関係がうまくいっておらず、それがきっかけでメンタル不調が再発しているということ。

中学生の子供が高校生になったら離婚を考えていること。

それをきいて「あー、やっぱりかー」「そりゃ家庭の話はしないわー」と思うのと同時に「不貞行為する既婚男性常套句じゃないかーい」と心の中で突っ込みをいれた。

しかし、その時は頭スカスカ恋愛脳クソ女だった私は、正常な判断ができなかった。

メンタル再発するくらいひどい家庭なんだ!私が支えないと!私なら幸せにできる!」

うすっぺらな自意識バカみたいな正義感、そして発揮すべきでないところで出てきてしまった母性本能

「とりあえず“その時がくるまで待つ”」を選んでしまったのだ。

タイムマシンがあったらあの時の私をひっぱたいて目を覚ましてやりたい。

ちなみにメンタル不調は本当だと思う。相手食事がとれなくなり、職場の同僚だけでなくクライアントまでもが心配するくらい激やせしてしまっていたので。

(私といるときは少しだけ食事をしてくれたため、さらに一緒にいなきゃという気持ちになってしまっていた。)

カミングアウト後も、罪悪感を持ちながらも関係は大きく変えずに過ごしていた、頭スカスカ恋愛脳クソ女の私は完全に依存してしまっていた。

この関係の中で自分必要とされていることが嬉しかった。仕事で絡みが多いので完全に連絡をシャットアウトすることが不可能だったこともある。

しかし世の中は甘くない。悪は暴かれるのである事件は起こった。相手奥さんが私の家に訪れたのだ。

私は実家に住んでいて、父・母と暮らしている。

奥さんが訪れたのは、ちょうど仕事で私の帰宅が遅くなった日で、母が対応してくれた。

家を特定されたのは奥さん不貞行為証拠を押さえるために興信所を雇っていたのと、雇っていたその期間に相手の車で家の近くまで送ってもらったことがあったこから

帰宅後、母と長い時間話をした。母は冷静だった。もともと私の家は家族仲も良く、普段から色々なことを話せる関係ではあったので、母は私の話を聞いてくれた上で叱ってくれた。

こんな関係を続けて幸せになれると思っているのか?その相手と仮に一緒になったとして誰が祝福してくれるのか?奥さんだけでなく、未来のある相手の子供も傷つけている。

お互い慰謝料も払い、子供がいるなら養育費も払いで金銭的に困った生活になるのは目に見えている。母は私に苦しい人生を歩んでほしくないし、そのためにここまで育てたのではない。

また、奥さんが来訪した際に母と連絡先を交換しており、やり取りをしていたらしい。

聞いた話だと、奥さん子供の将来を考えて離婚はしたくないこと。また、私もまだ若い年齢だということもあり、正しい道に進んでほしいということを考えてくれていること。

おおごとにせず話を決着させたいと考えていること。

頭をガンっと打ち付けられた気持ちがした。同時になんて取り返しのつかないことをしたのか、と大きな後悔が押し寄せた。

私が見ていたのは、目先の幸せだったのだ。頭スカスカの私でもさすがに理解できる。

本当に申し訳ないと思った。自分の浅はかな考えで人を凶器よりもひどい方法で傷つけていて、かつ気を遣わせていることに、「取り返しのつかないことをしてしまった」と

ようやく、遅すぎるが気がつくことができたのだ。

それから相手とは会っていない。仕事でも一緒になることがなくなった。

しかし、相手メンタルがきがかりで、完全に連絡を絶つことができなかった。

やっぱり好きという感情にはあらがえず、そのままズルズルと一か月がたってしまっていた。

距離をとると冷静になるもので、やっと自分の将来について考えることができた。

多くのものを失ってでも一緒にいることが最適解なのか?私は自分家族友達と縁をきりたくない。それに人の不幸の上に自分幸せを創り上げることはできない。

もし自分相手が一緒になった場合はどうか?今も奥さん家族と不仲でそれが一因でメンタルに不調をきたしているのに、私の家族からも同様の扱いを受けてしま可能性が高い。

「愛があればお金はいらない」建前では言うことができるけど、本当にそういう境遇になったときに笑って同じことが言えるのだろうか?私にはきっとそれはできない。

私は相手幸せにすることができない。

引き際だと思った。

やっと、連絡をとることをやめることができた。そして現在に至る。

結局。

相手は結局離婚することになったらしい。メンタル不調により、休職はしないまでも営業職はおりてしまうそうだ。

私は奥さんにはこんなものでお詫びになるとも思っていないが慰謝料を支払った。

そして明日上司に退社の相談をする予定である

きっと自分人生は独りで終わっていくのだろう。自分幸せになる資格はないのだから

こんなだらだらと書いたもの最後まで読んでくれる人は少ないと思う。

ましてや現在進行形でそういう関係を持っている人や持ってしまいそうな人がここまで読むことはないとは思うが、今回私が感じたことを最後にお伝えしたい。

ばれないなんてことは絶対に、絶対にない。不倫の先に幸せはない。自分相手もいつかは不幸になるし、周りの人も全て壊してしまう。

全てを投げ出してでも続けるべき関係なのか?今感じているその“幸せ”は本物なのか?

渦中にいるとなかなか難しいとは思うの、自分自身も冷静に考えてほしいと思う。

どんな背景があろうが、そういう行為をした時点で加害者なんだよ。

この自己陶酔文章が、誰かが冷静になる一助になることを願って。

2019-04-08

anond:20190407183358

和光市は「改元初日婚姻届臨時受付窓口開設」するらしい。

沖縄豊見城市

祝日など市役所が閉庁している日は通常、警備員婚姻届受理するが、

市は「警備員だけでは対応できない数の届け出があるだろう」と予想。市民戸籍班の職員3人が出勤して対応することを、3月下旬に決めた。

だってよ。

さいたま市10連休休むんだってな。あんだけ大きい市なのに何も考えてないんだな。

2019-04-06

anond:20190406153006

残念だけど、そうだね… 証拠がないと難しい。

反撃にはなる。多くの県でボッタクリ行為違法とする条例を定められてる。警察署に行って相談すれば、怠慢にしてそのとき受理されなかったとしても、相談したという履歴が積み上がって、ある程度になれば動かざるを得ないだろう。憂さが晴れるという結果に繋がるかもしれない。同じ思いをする人を減らしたい、という気持ちでは動けないか

もちろん、相当傷ついたので今は休みたい… というのも致し方ないと思う。人間なのだから

anond:20190406120236

そういうの受理されるんかなあ……

されたとしても、お金戻ってこないでしょ……

もう……

2019-03-31

anond:20190331122655

土日と夜間時間外もな。

俺の時は当直の嘱託経理職員さんだった。

証人印とか忘れてると受理されず

入籍日も後日になる。

で、奥さんに一生嫌味言われる

2人とも本籍がない、旅行先の役所への提出だと、謄本も提出必要

2019-03-26

安楽死に賛成な情報量多めのポエム

介護者の裁判記事を見て思ったこと。

現場はどんな感じなのか見たことないからわからないけど、手取り十数万そこそこで、時には暴力を振るわれながらも利用者や誇りや生活のために社会に貢献してる人に対して、この判決は酷い。なぜなら、これが国の政策から有権者が選んだ国会議員が決めた国家予算運営方針に沿った法律によって定められた運営をしている特別養護老人ホーム現場の方がミスをして家族を亡くした方と親族や友人知人の実家で購読している新聞にそう書いてある。同じ法律の下に生活している全ての有権者責任がある。にも関わらず、被告けが有罪判決を受けてしまった。

植松受刑者は、心失者の人権を認めていない。一般的人権解釈とは隔たりがある。なぜ受刑者はその思想を得るに至ったのか。あるいは、どのような環境思想を得るきっかけとなる経験を得やすいか因果関係を明確にするのはとても難しいだろうと思う。

人の始まりはいつだろう。受精した時か、妊娠が分かった時か、身体機能一定程度発達した時か、お腹を初めて蹴った時か。産声を上げた時か、母体から離れた時か、名前を決めた時か、名前が決まった時か、出生届受理された時か。

人の終わりはいつだろう。誰からも愛されなくなった時か、死亡届が受理された時か。自分家族のことがわからなくなった時か、身体機能が停止した時か。するべきことができなくなった時か、意識回復の見込みがなくなった時か。

この線引きが統一できないのは当然のことで、だからこそ、人としての始まりも終わりもない人の形をした心失者が出現する。つまり、重度障害者を人として認めない思想が出現した。思想を持つことと行動を起こすことが別系統の統制の話なのは明白なので、思想を持つことと行動を起こすことが別系統の統制の話だとは書く必要は無いが、大切なことなので二回書きました。線引きの幅に差があっても、五十歩百歩な考えを誰もが持ってる。生涯現役ぽっくり死にたい家族に見守られながら穏やかに死にたい。家で終わりを迎えたい。ガソリン被って彼女実家で焼け死にたい。誰からも愛されないからひっそりと迷惑かけずに死にたい。いろんな死生観があってもいい。自分意思決断するなら。

結論として、積極的安楽死装置国民必要に応じて提供するのは、国民基本的人権を守る国家の使命である

2019-02-11

ルール絶対だ、という思い込みを捨てる

http://www.at-s.com/news/article/social/shizuoka/598672.html

沖縄女性、出願不受理 静岡県立大に30分遅れ

立大薬学部静岡市駿河区)の一般入試受験希望していた那覇市女性(20)が、出願書類の不備に気付いて同大に駆け付けたものの、締め切り時間を約30分過ぎて到着したため、受理されなかったことが8日までの同大などへの取材で分かった。女性が「沖縄から急いで来たので少しは考慮してくれると思った」と不満を漏らす一方、同大は「期限が過ぎれば受理できないルール」と強調した。

例外を認めると、ルール崩壊する、とか、コントロールできなくなるとか。

そういう考え方もあるかもしれないけど、それは、公正とかフェアの考え方とはちょっと違う、どちらかというと事なかれ主義に近い。

このルールを厳格に適用すると、1分でも期限を過ぎた時点でもアウトということになるが。

学校という場所は、高等教育、基礎教育わずそもそも時間に厳しいのも事実

一分でも遅刻すれば校門を締める、というルールを徹底していた学校がかつていたるところであった。

滑り込もうとして死んでしまった女子生徒のことを思い出した。

3月6日

とある国で、避難所運営シュミレーション演習を実施したところ、市役所ごとにグループし、一人ずつ中央防災機関担当者を当てた。

あるグループリーダーシップをふるっていた防災機関職員、演習が進むたびに、グループ内でルールの周知について演説が目立つようになっていた。

ルールを覚えることがこの演習の狙いではない。むしろ既存ルール絶対視せず、疑うことを学んでもらいたい。

そうでなければ改善はないからだ。

しかし、そのようなことを演習のファシリテーターとして、いうべきかどうか、一瞬、迷う。

正しい答えはなにか、ということに執着するマインドを変えたいというファシリテーターの思いを全く異なる思考様式の人々にダイレクトにぶつけることは危険な気がするからだ。

言い方としては、演習の際に、既存ガイドラインルールを参照するのはよいが、そこに何らかの改善点や疑問点を見出してもらいたい、となるか。

まりガイドラインに正解が書いてあるわけではない。それを正解と考えていいのかどうかを疑ってもらいたい。

どこかしら改善されるべき部分がみつかれば、それでワークショップ成功だろう。

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-02-06

査読者は素晴らしく意味ある研究をしてるらしい



修士学生をやっている。

しばらくへこんでたんだけど、ほんのちょっと落ち着いた。

修了条件である研究発表について

どうしようもなくモヤモヤするから

どこかにはきだしたくてここにたどり着いた。

完全にチラ裏。ごめんね。

修士卒の人にはわかりきってることだけど、一応タイトルの補足。

修士では卒論発表と違って自分論文を、指導教員のほかに二人見てもらう必要がある。

それを査読者の教授とか呼んでるだけど、発表でここからすごい質問が来る。

いわゆる魔の質疑応答時間に。


質疑応答地獄なのも、公開処刑なのもお決まりから

ある程度は覚悟してるし、つぶされて大炎上だろうなって思ってた。


でも思ってたけど、想像以上にひどかった。


あなた研究意味のある研究じゃないですよね。新規性がないから」



新規性

学術研究にとって最も必要ものだし、ないといけないもの

かにやってきた研究最近勃興する分野のものだったし、

先行研究にも乏しい。

そしてみんなこういう質問はされてるんだと思ってる。


自分なりに考えたり、指導教官に相談して、出した答えを述べても

結局「新規性とは言えない。意味ない」って返された。


意味がないんだなって思った。

やってきた二年間の研究には、何の意味もない。

自分なりにこうだって思ってきた新規性新規性じゃないらしい。


研究を耐えて耐えてつらい時もあったし体調も崩したりしたけど、

ここまでやってきて、最終的には「意味がない」って言われる。

わかるかな。

絶望だよ。

失意のどん底

よく泣かなかった。

甘いって言われるんだろうなぁ。

ここ結構厳しいこと言ってくる人いるし。

でもさぁ、自分時間かけて頑張ってやって成果出したと思ったら、「意味がない」で切り捨てられると、

本当絶望

すごいね

あの先生はさぞ意味ある、成果がきちんと述べられて新規性に富んでいる研究をされているんだろう!


修了できるかも怪しい。

あの教授査読者にいる以上、論文を何度書き直しても受理してもらえなさそう。


つらい。



査読者変えてほしい。

2019-01-31

今年受けたセンター試験の成績データを開示請求してみた

結論: すぐには無理だった

今年の1月19日20日に行われた大学入試センター試験受験した。このセンター試験の結果は事前に申し込むと4月以降に大学入試センターから送られてくる。

しかしながら、センター試験の成績が使われる国公立大への入学試験の出願は2月上旬頃に締切となり、そのための志望校選びにセンター試験自己採点を行う必要がある。(国公立大志望にかかわらず多くの人が自己採点をしていると思う)

勿論、自分センター試験自己採点をした。だが、よくよく考えてみると大学入試センターセンター試験後に平均点などを早めの段階で発表している。(中間発表だが、25日の時点で544,782人が採点済みとなっているためほぼ採点済みと考えてよいと思う)だったら自分の答案も採点済みだろうし、どうにかして成績データを得ることはできないのだろうか、といろいろ調べたところこのようなページを見つけた。

http://oniatsu.github.io/dnc/

これは面白そうだと思い早速準備して大学入試センター宛に送ってみた。

数日後、大学入試センターから電話が来た。受理されたかと思い、意気揚々電話に出たところ、「申し訳ないが、成績開示はできない」と言われてしまった。何故なのかと聞くと「公平性を期すために3月下旬までは受け付けていない」と言われた。言われたものは仕方ないのでそのまま指示に従った。

結果として以下の事がわかった


センター試験も終わりが近づいている。いい加減重い腰を上げて、Web等で2月頃に成績データが見れるような環境を作って頂きたいものだ。

(こんなの書いてないで勉強しろ)

2019-01-30

多分離婚した

月曜に一緒に市役所に行って離婚届け提出したから、受理されてればもう離婚成立してるだろう。


離婚に至った経緯。

二男が障害持ちで、生まれ前後に私はうつ病給食

幸い実家資産家で金銭的には不自由せず。(休職中は給料の2/3ぐらいは保険かなんかで貰ってたが、それプラス実家支援あり)

嫁が宗教的なのにハマる。

宗教的だとは気付かず、長男次男もそれなりに安定して嫁も楽しそうなので放っておいた。

宗教的なところがたびたび資金難になる。

知らぬ間に長男次男の2~300万円の貯金を使いこんでた。

祖母に数百万知らぬ間に借りてた。

などが発覚して別居。

その後も、金の無心などは続いていた。

生活費は渡していたが、それでは足りなかった模様。

宗教的なところが忙しく、ほとんど家に居ない。(嫁と同居してるばあちゃんも不満)

嫁、離婚を決意して、500万払えと。

500ですむならと、私の父も理解をしめす。

んで、離婚親権は向こう。子供苗字は変えず。(橙続いたそこそこの土地成金のため跡取りが必要


そもそも別居で一人暮らしで気楽な生活してるが、十何年続いた夫婦生活が終わってしまったんだなと思うとさすがに少ししんみりする。

ばあちゃんもさすがに落ち込んでたし。

親父は気楽そうだし、元嫁がまた金をせびりにくるって心配のほうが勝ってたみたいだけど。

2019-01-27

anond:20190127205907

このままでは日本産業空洞化して壊滅する。

資源のない日本技術立国として知財を守り継承する以外に生きる道はない。

2019-01-12

本来被害者である私の被害届受理せず、

加害者側のでっち上げもの受理し、こちらを加害者に仕立て上げてきて、個人情報収集した訳です。

その個人情報を利用して恐喝してきた。

そのログ増田に残ってるんですね。

2019-01-09

anond:20190109164558

合コンはどうしても酒が入る。

酒で意識不明にしたり合意をうやむやにしやす状態、準強姦が発生しやす儀式

なら合コン禁止したら?表現の自由を奪うより実効的でしょ?

てか、「犯罪が発生しやすい」って理由禁止とかありえんけどな。

そこで「(女子大生を)ヤれる=男性側が成功やすい」とかいているのならほぼ犯罪推奨なんだよな。

それ、あなた感想ですよね?なんかそんなデータあるんですか?

合意無しだから女性が訴える数が見た目少ないのは警察が「証拠がない」っつって受理しないだけで犯罪犯罪だぞ。

法治国家では逮捕起訴有罪になってない奴を犯罪として非難することは許されない。

で?警察受理しない割合は?

自衛でなんとかしろってのも女性差別だからな。

意味不明。みんな自衛と自制をしてお酒を楽しんでる。

それが出来ないノータリン自業自得のツケを他人人権補填するのはおかしい。

anond:20190109164122

帰さんっていっただろが。

ヤーらせろ!!!!!

ヤーらせろ!!!

皆さん増田はヤっていいらしいですからもっとヤってあげましょう!!

増田大人の男になりたいよね!!!

 

合コンはどうしても酒が入る。

酒で意識不明にしたり合意をうやむやにしやす状態、準強姦が発生しやす儀式

そこで「(女子大生を)ヤれる=男性側が成功やすい」とかいているのならほぼ犯罪推奨なんだよな。

合意無しだから女性が訴える数が見た目少ないのは警察が「証拠がない」っつって受理しないだけで犯罪犯罪だぞ。

自衛でなんとかしろってのも女性差別からな。

現状認識できない差別男は増田いくら粘ってもバカが治らんから焼きそばパンでもしゃぶれよほれ

 

逃げ増田wwww

世間知らないお嬢さん増田の尻穴から焼きそばパン吸い込まれるところがみたかったなー

2019-01-03

創価学会を辞めました

誰に話していいのかわからず、悶々としている間に10年も経ってしまったがようやく心の整理ができたので書き記しておこうと思います

表題通り私は、創価学会を辞めました。

ネットを調べると辞め方というのがあったんですけど、住所を記入して送ることや彼らと再び関わりを持ってしまうことが怖くて提出することができませんでした。

もう一切信じてはいないし、誰も自宅に尋ねては来なくなったので籍が残ってしまっているのは癪だけど辞めたということにします。

ちょっと前向きに描きたいので退職エントリ風に書きます(笑)

どんな人物なのか

私は創価学会員の二世でした。生まれた時から親が勝手に入会させており学会員です。(酷くありませんかw)

母は熱心な学会員でした。父は特に信じてはいませんでしたが、学会員になっていました。

下の兄弟創価学会二世でした。弟は生まれながらに知的障害者で途中から大学中退してしまいました。その頃からなぜか創価学会を盲信し始め、私はなぜか今も嫌われています

裕福な家庭ではないことは物心ついた瞬間から理解した。

生い立ち

物心ついた時から創価学会自分のすぐ近くにありました。

学会」「勤行会」「勝利」「池田先生」などの文字が並んだ新聞を読まされ、家には仏壇がありなぜか母親は毎朝毎晩何かをつぶやき祈っていました。

私はこれが普通のことだと思っていました。

新年には必ず新年勤行会という行事に行き初詣には中学まで行ったこともその文化があることも知りませんでした。

私は体が弱く、学校休みがちでした。しかし、勉強人一倍でき、小学校の頃から特に苦もなく高得点を取り続けました。

得点の高い友達はそれだけ御本尊様に祈りを捧げたんだと信じていました。

しかし、小学校の高学年になり創価学会信者である自分マイノリティーだと知りました。そして宗教のことを口にすることはよくないのだと思いました。

中学になると少し勉強自分でしないと上位に上がれなくなった。部活を始めたが、なかなか難しかった。

勉強しつつ部活をやりつつ祈りを捧げると成績は良くなるのだと信じていました。しかし、ある日気づいた。「この時間勉強部活をしたほうがいいな。」と

親になぜ祈りを捧げるのか聞いても意味全然からず、なぜ信じているのか不思議でした。

でもきっと理由があるのだと思っていました。これだけパワーを注いで時間を割いているもの意味を私は知りたかった。

任用試験という試験があるらしいことを知った。今はあまり覚えていないが、創価学会検定みたいなもんで上の位を受理されていると教えることができる資格っぽかった。

あっさり試験に受かってしまった。

でも全くわからなかった。

なぜ時間を割いて勉強したのかもわからなかった。それくらい当時の自分にとって理解不能で単純なテストだった。

私は可愛くない子供だった。

クラスメイトが信じている朝の占い大人たちが適当にそれっぽいことを書いているため信じなかった(今だに12星座がわからない)。

人造人間18号はなぜ後継機なのに16号に劣るのか理解不能だった。

でっち上げられた歴史教科書パチモンみたいなので勉強させられた。

要するに、創価学会を盲信し続ければ幸福になるということがあの手この手で書かれているらしかった(詳しく覚えていない)

私は「なぜ信じるのか」を知りたかっただけなのに誰も知らないらしいことに愕然としてしまった。

それから創価学会は親との付き合いのためだけに仕方なく行くことになった。

親をがっかりさせたくなかった。常に良い子でありたかった。

私を創価学会二世にした親は何の疑いもなく登録して何の疑いもなく、幸福になることを望んだのだから裏切ってはいけない。

創価二世はつらい「誰が生めと頼んだ! 誰が造ってくれと願った!」というミュウツーセリフが心に沁みた

なぜやめるのか

努力価値を知った
不信感が湧いた

努力価値の話

創価学会はだいたい謳い文句が決まっている。

要約すると「○○さん大勝利勝利の裏には1日○時間唱題をしていた!」ということがあの手この手で毎度出てくる。

ちょっと待って冷静に考えてほしい。

「その時間別のことやったらもっとすごい成果が得られるのではないか

目的に向かう努力をした方がいい。

唱題(御本尊に向かって題目を唱えること)の時間も半端じゃない!一日10時間

ちょっと待て!と普通なら思う

創価学会努力をあまりできない人が努力した気になるシステムがある。

題目という祈りだ。

時間が長ければ努力したとカウントされる。失敗しても責任自分にはないので楽なのだ

本気で努力する必要がない。

そこで得られる報酬や結果の理由は「題目をたくさんあげたから」となる。

私は中学の頃テスト100点をとった。親はこう褒めるのである「よく頑張ってお題目たくさんあげたね。次も頑張ろうね」

この100点は自分努力をした結果なので素直に褒めて欲しかった。

子供にとって親に自分努力が褒められないことほど悲しいことはないと思う。

そこから私は猛烈に努力した。自分努力証明たかった。

部活も、勉強も猛烈に頑張った。

高校は猛烈に勉強県内トップ3に入る高校に行った。

部活全国大会に行き大学国立大の行きたい学科合格した。

裕福な家庭ではなかったので学費バイトで稼いだ。

祈っている時間は1秒もなかった。祈りに屈する自分も悔しかった。

仕事もめちゃくちゃ頑張って同世代の平均年収を抜いた。

特にお金のことを心配しなくても一人で生きていけるようになっていた。

不信感の話
不信感1

創価学会員はなぜか引越し後の住所を知っている。

ある日見知らぬ人間が知り合いのような口ぶりで尋ねて来るのだ。

そこまで冷酷ではないので口ぶり合わせて軽くあしらっていた。

大学の頃アパートの1階に住んでいたんだけどなぜか窓から間取りややっていることを見られていた。

現場は見ていないけども、訪問時見られているとしか思えないような話をよくされた。

見知らぬ土地自分が知らない人が自分生活を見ているのだとしたら怖すぎる。

不信感2

選挙の前親から毎回電話が来る。

公明党をひたすら勧めて来る。

他党と比較して何がいいのか教えてくれない。なぜいいのかも説明してくれない。

とにかく勧めて来る。謎

勧め方が露骨すぎやしないだろうかと毎回笑ってしまった

「なぜ信じているのか説明できない信者」と「わかりやすい組織の利益」わかりやすくて大変よろしい

そんなこんなで努力して自分目標を見つけることが大事なんだなぁとか普通によくわからないという感想が出てきて自分には必要なくなっていった。

これから

でも創価学会を一概に悪だと言えないことも最近気づいてきた。

人間努力して努力してどうにもならないときどうするのかというと、祈ります(笑)

神社に行ったり、神棚に祈ったり、そのとき信じるもの祈ります

宗教ってこのためにあるんだなって思ったりしました。

今私は世界中を飛び回り、いろんな国の人と話して物を作る仕事をしています

いろんな価値観の人がいます

宗教もいろんな人がいて、そういう人の境遇や想いを理解してあげるのは大切なんだと思いました。

人生何があるのかわからないので、今後私も宗教に入ることがあるのかもしれません。

でも大切なのは事実自分で見極めて、自分で納得することだと思います

悩み続けた信者生活でしたが、常に自分がどうあるべきかを考えさせられ勉強になりました。

これからどうするのか何も決めていません。結婚もどうしていいのやら

でも正しいことは自分で見極めてしかるべき努力を重ねていきたいと思います

幸せってなんだろうって思うことも多々あります

親は創価を盲信するあまり認知症の初期症状っぽいの幻覚ならぬ幻臭を感じているようです。

それを聖教新聞で抑えられるみたいなことを言い始めていますが私は元気です

みなさん幸せですか?私は初期ステータスの割にはそこそこ幸せです。

2019-01-01

年末デジ楽が

いろんな家電を桁間違えて?激安に設定しててそのあとすぐ消えてたけどああいうのでもし相場の何分の1とかで購入に成功したらちゃんと送ってもらえるのかな

法的には一旦注文できて受理メール来た時点で契約成立だと思うけど

2018-12-24

日本治安いいって嘘だわな

犯罪率が低いのは警察仕事してないだけだろ

チンピラに絡まれたか暴行被害届出したのに頑なに受理しないし

2018-12-18

昨晩

私事で恐縮ですが挿入届を妻に提出し受理されました。(半年ぶり)

友達がいないので他に報告するところがないのでここに。

かに言いたくなるくらいには幸せです

anond:20181218032543

2018-12-15

ADHD障がい者手帳を取った

正確には手帳申請受理されて手帳が出来上がったので、役所に取りに来てと昨日電話があった。

動作IQ言語IQの差はほとんど無いが、作動記憶が若干低めで、処理速度はボーダーレベル

思えば、物心ついた頃から自分宇宙人みたいな存在だとなんとなく感じていた。

保育園では感覚過敏でほぼ毎日ゲロを吐き、小学校喧嘩ざんまい中学はろくに通わず高校半年中退、二十代前半まで半引きこもり半フリーターみたいな曖昧身分だった。

二十代半ばで地元零細企業正社員として雇われそこの仕事があってたのか、3年ぐらいうまくやって、恋人も出来、自分宇宙人じゃなくなったのかなんて思ってたんだが、

身内の死が続いたことをキッカケでドミノ倒しのように、仕事崩壊して退職し、恋人とも別れ、精神科へ駆け込んだところADHDの傾向があると診断され、ストラテラ精神安定剤を処方されるようになった。

ストラテラ効果は劇的なもので、特に大きいのは眠気の改善だった。どんなに夜寝ても、仕事中に眠気が止まらず寝てしま人間だったのだが、これが全くなくなった。

以前は普通に働いたり学校行ったりする人間が羨ましくて妬ましくて普通になりたくて仕方がなくて結構な無理を重ねてきた。

でも、別に普通人間なんて1人もいないんだしそういう風な方向の努力の仕方は間違ってたんだという風に認識を改めて、頼れるものは頼った方がいいと考えることにしたんだ。

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