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2017-09-11

negicco 「ともだちがいない!」は希望の歌か、それとも絶望の歌か?

曲 youtube

https://www.youtube.com/watch?v=ok6CW9aLaxk

歌詞 j-lyric.net

http://j-lyric.net/artist/a056906/l04191c.html

サビではこう歌っている

間違いだらけ テストの隅っこ

夢で見たようなことが起こるよ!

眠らないままでどこへでも行けるかな?

もし ともだちができたら

空虚青春でも友達ができればどこへでも行ける。

それが真実だとして、友達はできるのか?

1.きっと友達はできるからどこへでも行けるはず

2.友達さえできればどこへでも行けるのになぁ(多分友達はできない)

3.友達さえできればどこへでも行ける(友達がいない今は仮初めの姿=だから友達いなくても平気だもんね)

1.なら希望の歌だが2.なら絶望の歌だ。

3.は牽強付会というものだろう。

しかしこの曲の最後の方に次の歌詞が出てくる。

いつかじゃないようなその未来にみんな

この箱庭から出て行くのにな

4.お前ら友達ごっこやってるけどもうじきここ(=多分学校)を出たらもう2度と会わないやん。

お前らが友達だと思ってるものこそ仮初めにしかすぎないんやで(なぜかなんJ語)。

最後最後めっちゃ煽っていくスタイル

希望絶望など通り過ぎた悟りの境地。

各人におかれては、自分なりの聴きかたをしてほしい。

2017-09-05

https://anond.hatelabo.jp/20170905175842

悟り、というのを難しく考えすぎないでいいってことよ。逆になんか人間として別物になるすごいものでもない。

「その飽くなき求道精神は「大悟十八度、小悟数知らず」という言葉表象され、現代に伝わっている。」

訂正、36回だった。

所詮大乗仏教であるまどマギ』でマミさん自力救済ルートはない

あの宇宙魔法少女は、

阿弥陀如来となったまどかの本願である

「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての魔女を、この手で」

希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最期まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて、壊して見せる。変えて見せる」

によって救われることが約束されているので、

その阿弥陀様が現れるまでの次元時間においては、魔法少女絶望して発狂し続けるのです。

これが他力本願です。


せいぜい宇宙の仕組みを知るほむら

「南無真努迦仏」という名号魔法少女たちに知らせ、

「これさえ唱えれば極楽往生約束されるから大丈夫

と説得することで現世での救い(気休め)が得られます



ところで本来仏教はこういうものではありません。

初期仏教であればマミさん自力救済可能です。

今日初期仏教のご紹介のためにこちらにあがらせていただきました。

マミさんへのご提案と言う形で

初期仏教効能と素晴らしさをみなさんに知っていただきたいと思います


戒を守ってください。

・殺生しない

・盗まない

・妄りなセックスをしない

・嘘つかない

飲酒しない


マミさんが守るべきはこのたった5つです。

これによってどのような効果があるかというと、心の不安定さを減らすことが出来ます

さやか杏子殺人や嘘がトリガーとなって身を滅ぼしているように

この五戒現代にも何の古臭さもなく通用する「人類の主要な自滅ファクター」を潰すためのリストです。

心の汚れはソウルジェムの汚れ、厳しく戒を守ることは人間にとっても魔法少女にとっても最優先タスクなのです。

たとえばマミさん現在こそ後輩女子との姉妹愛を求める中学生ですが

更に孤独感を深めると飲酒や妄りなセックスを覚えて依存していきがちなタイプに見えます。注意が必要です。


慈悲を念じて下さい。

私は幸せでありますように。

私の悩み苦しみが消え去りますように。

私の願い事が叶えられますように。

私に悟りの光が現れますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。


生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるものの悩み苦しみが消え去りますように。

生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。

生きとし生けるもの悟りの光が現れますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

教室で暇そうにしているとき、部屋に帰って1人なとき、空き時間ごとに真剣に常に念じます

まず自分幸せになりたい気持ちを認めて、心から自分幸せを念じます。(さやかはその気持ちに嘘をつきました)

次に自分と全く同じに、すべてのいのち幸せ差別せず念じます。(さやかは恭介や仁美の幸せを喜べませんでした)

これは心の筋力トレーニングであり、毎日やれば着実にそのような心になってきます

するとソウルジェムの汚れが止まり回復し、しかも以後は汚れにくくなっていきます


なお「生きとし生けるもの」をありありと広いスケールイメージ出来るほど効果があがります

あらゆる人間、あらゆる動物魔法少女魔女インキュベーター、真努迦仏のような高次元の神々、

どこまでも広げていくことが可能です。

慈悲だけが無量の心なのです。


ただし、慈悲を念ずることは強烈な効果はありますあくま一時的です。

これによって魔女にならないように時間を稼ぎ、次にご紹介する瞑想をすることこそが狙いとなります


瞑想して下さい。

日に2時間

長期休暇は朝から晩まで起きてる間中瞑想をして下さい。

肉体が既に空しいものとなっている魔法少女瞑想が進みやすいでしょう。


これにより預流果の段階まで瞑想が進めば

無常

無我

発見することが出来ます


魔法少女もまた宇宙の全てのものと同じく、縁起により生じて滅していく因果の流れであること。

(執着できるようなもの人間だったときから一度も手にしたことなどないこと。)

魔法少女に限らず一切の生きとし生けるものにとって、生きることは本質的に苦であること。

(「苦」は悲観主義ニヒリズムとは全く違う言葉なので、ここでは理解したつもりにならないでください。)

今や頼りなくソウルジェムに宿るという「我」はそもそも錯覚であり存在しないということ。

(きゅうべえにぶっこ抜かれ毀損されたものなど元からなにもない)


この3つの真理ばかりは言葉で納得してもダメで、

瞑想によって体験するしかないものです。

どれか1つを1度体験すれば全ての仕事は終了します。


阿羅漢マミさんの完成

以上を実行しおえると阿羅漢たるマミさんが現れます

初期仏教メソッドにより完成した阿羅漢マミさんはなにものにも執着しません。

期待も怒りもありません。

かわりに智慧があります

心を汚すことがありません。

完全なる捨(ウペッカー)の安らぎがあります


願いもなく。絶望もなく。

もはや魔法少女でも魔女でもありません。

輪廻脱出した勝者です。


https://anond.hatelabo.jp/20170905094738

2017-09-02

今日マストドン

主観を廃した、あるいは主観を持った状態客観を持った状態悟りらしいよ

内輪をやめるには自己他者境界線消失させなければならない

自我を持ち影響を与え合う環境下においてすべての人間他者自由侵害している

他者との関係性の中において完全な自由など存在しない

貴殿らの求める自由とは何か?

2017-08-31

空想人物、一皮剥けると白くなる問題

アニメでも漫画でもハリウッド映画なんかでもそうだけど、

登場人物瀕死状態から復活したり、

なんか伝説人物の生まれ変わりなのが判明したり、

クローン技術で蘇ったり、

潜在能力覚醒したり、

悟り開いたり、

昇華して神になったり、

老成したり……

って時にとりあえず白装束着せたり白髪にしたりするのさ、

あれ総称する言葉とかないの?

2017-08-12

https://anond.hatelabo.jp/20170812111332

自分も似たようなものだ。

自分は人にそっとしておいて欲しい。

しかしそっとしておいてもらうためには信用が必要で、そっとしておいてもらっていると信用が失われやすいという大パラドックスがある。

これを解消するために集団の中心人物の一人とだけ付き合ってコスパよく信用度を稼ごうとしたけど、

残念ながらそいつ自身にそっとしておいてもらえないという小パラドックスで死んでしまう。

信用は自分の力で築くしかないという悟りに至り結婚ステータスを求めるのを辞めた。

こうして強い執着から離れると覆い隠されていた別の弱い執着が見えてくることがあるぞ。

自分でも自分価値観結構見えないものだ。

2017-08-11

https://anond.hatelabo.jp/20170811121945

家父長制の"女性は働くな"を叩いてキャリアウーマンをやっておきながら、家父長制の"男の甲斐性"は翼賛しているという、バカフェミニストたちが良くわからないんですよね。何がしたいの?と。

女性が働いて稼いだなら、甲斐性を発揮すべきは女性では?つまりは「女が家父長になる」というスタンスであれば理解できるのですが。

男の認識は家父長制からまり変わっていないんですね。家父長になれるだけの収入があるかどうか、は別ですが。その差に苦悩したまま生きるくらいなら、降りればいいのに。悟ればいいのにって思うんですが、降りない人のほうがメジャーってことなんですかね。

「家父長制から降りた人」って、かなりのマイノリティなんですかね。いわゆる「悟り」みたいな。10代20代の若い人には増えてるみたいですが。

非婚化が進んだとはいえ、それでも非婚者のほうが少ない(多くて3割に満たない)のですから、男は収入がなく苦痛であっても家父長であらねばならないという意識が強いんでしょうね・・。それもそうですね

ぼくは30代低学歴男で経済的自立していますが、恋愛経験交際経験)があまりない(というか降りた)ので、その辺については世間知らずでしょうね。

2017-08-02

https://anond.hatelabo.jp/20170802213226

共学で異性と会話する機会のない人がいるという現実を知って完全に悟りを開ける人が増えるという意味では現状よりいいかもしれませんね

2017-07-23

https://anond.hatelabo.jp/20170722210312

ノイローゼですなー。大丈夫だよ。

まれながらのクズなんていないし、みんな生まれながらのクズだ。

なんだかんだ言って生き続けてるだけだ。

多分。問題あなたが受け身で生きてきたことで、あらゆることを自分選択してない(その方法を知らない)ことだと思う。

よく考えすぎとか言われるタイプでしょ。

他人からどう思われているかとか、自分の行動に失礼がないかとか、期待にはこたえなければとかという点にめちゃくちゃ意識がいって、苦しくなってしまう。

いいんだよ。そんなん頑張ったってどうにもならない。

そこのメリットは、「他人から良い評価をもらってうれしい」とか他人軸の価値観による一時的な喜びだ。

こんなん空虚だよ。

あなたをかわいそうな目に合わせるのも、あなたを大切にできるのも、究極的にはあなただけだ。

自分を大切にしてやってくださいな。

あなたはいま、大学で回りとの差に衝撃を受けて、期待に応えられないことを自覚し、理想自分になれなくて途方に暮れてる。そして、それに対して以前取ったことのある行動を繰り返してる。

まり、なんだかんだ言って自分を徐々に中退に追いやってる。

もしあなたがこのまま中退し、この苦しみから解放されたとしても。これから先同じようなことを繰り返すことになるでしょう。なぜなら、問題にぶち当たったときあなたはこの解決方法しか知らないから。

どんなに苦しむか分かっていても、それ以外わからいから。

いか

変えられる。

変わって良いんだよ。あなたが変わりたいと心から思うのなら。

まず、あなたは愛されて生きてここにいることを思い出す。カルトっぽいけどいやまじで。

生きるのに誰から許可も要らない。

あなたという存在はこの世界でたったひとりで、この命の尊厳は誰から侵害されるものではなく、もう生きてるだけでほんと素晴らしい。

そう、あなた自身人生からあなたがなりたい自分になればいいのだ。

さて、なぜならない?なぜ逆を行く。

なぜクズ的な行動をとる…?

真面目に授業に出て、自宅でも勉強をして、グループワークとか積極的に参加して、友達が出来て、よい成績をおさめ、大学生活を謳歌する。

これが理想だったのでは…

ではそうなればいい。そのための行動を取れば良い!

それは、自分で選べること。しかも、自分しか選べないこと。

しかーーーし。

言うのは簡単。どんなダメ行動でもやったことがあるのは何が起きるか知ってるから安心であるからで、新しい行動には心も体も多大なエネルギーを使うし、継続するのにはさらに苦労するのよね。

わかります

私は遅刻魔の人生で、遅刻しないために早く行動すればいいのにやめられませんでした。他人失望した反応を得るのは辛いことでした。

どんなに早起きをしても、遅刻しないで家を出ることはいもの習慣(遅刻すること)とちがうから、なかなか治せない。

「いや、時間通りにいけよw」と思うでしょう。

このように他人の話なら滑稽に思えること、あなたすり替えて考えられる点があるのでは?

・・・

スマホから勢いで書いてるのでちょっと日本語も読みやすさについても心配だけど。

私も大学時分に似た感じで苦しんで、なんとか卒業してからもうまくいかなくて、暗く辛い時間を長く過ごしました。 

悩んだ末、他者に縛られ、私自身もそのプレッシャーに執着して生きていたことを悟り、なんとか脱却しようと今ももがいてる最中です。

一気に良くなることなんてなくて、元気が出るときもあれば、やっぱダメだ…と失敗を繰り返したりしてます

でも元々甘えクズなのが人間だし、(いや私だけかもだけどしゃーなしでどうでもいいや)、それも人生かなとおもえるようになりました。

また、もし仮に、いま大学での専攻が自分本心から希望でないと気がついた場合も、まったく手遅れではありません。

勉学は財産で、直接的でなくても必ず助けてくれる。

それのまま勉強するも、専攻をかえるも、あなた自身が在りたい自分になるために、どう行動していくか自分選択していけばいいのです。

・・・

長くなったけど。

ご自愛くださいませ。私からは以上です。

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720051507

結婚して子供が生まれ脳内麻薬がドバドバ出て「これこそが人生の答えだったんだ!」みたいな安易な生悟りを得てしまわないことを期待してる。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170707230142

そのうち悟りが開けるな。ブッダも鬱だったんだろう。ブッダを打ったら鬱だって

2017-07-06

IT対義語自然

色々定義はあると思うが、ここで言う自然とは人間以外の動植物の営みのこと。あと人間の手が加わってない無機物もかな。

一見そりゃそうだという話ではあるんだけど、深く考えてみて、悟りに近い感覚を得た。

普段自分プログラマとしてプログラムを作り、また技術習得に勤しんでいる時間いくらかある。

そんな自分が疲れてたまに自然ドキュメンタリーを見る時、自分の内にある原始的で超常的な何かを揺さぶられる。

そんな気がしてたまらなくなる。

生き物の構造とか良く出来てるなあとか、そんな言葉で語れる話じゃない。

理解善悪を超えた感情の極み。

それが IT との対極さを強めている。

2017-06-28

悟り

自分が正しいと思ってるやつ同士が戦っても無駄

根拠とかそういうのは自分根拠なんだから

2017-06-21

精神が肉体に縛られている

地獄とは抜け出せない肉体に精神が縛られている状況

より自由になるには肉体から精神を解き放つしかない

固定されたものを動かすには若干の苦痛を伴うがそれは何事でも同じ

精神が肉体という枷から解き放たれなければ本当の幸せには到達できない

精神苦痛を与えるには肉体に固定する必要があり

固定されているがためにこの世は地獄のように苦しみに満ちている

精神自由にするためには肉体から離れることが必須

これまで苦しみを伴わないで肉体から開放する方法悟りを開くしかなかった

肉体の苦痛精神苦痛の違いを明確に意識することで2つを分離する第一歩となる

肉体と精神意図的にずらした状態にすることができれば

若干の精神自由が得られ、精神による肉体の統制を保ったまま苦痛から逃れることができる

完全に分離すると肉体は物質的に維持できなくなるため、自由となった精神が戻ることはない

自由となった精神は本当の幸福を手に入れる

今のところ物質を介せずず精神から情報を得る手段はないが、2つの世界中間にある媒体的なものが見つかれば可能になる

精神が肉体を統制する仕組みやこの世の中で物質を介せず影響し合う愛が糸口になるかもしれない

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619190010

一人一人修行して自助努力悟りなさいってすすめたのに南無阿弥陀仏だもんな

まりに変わりすぎてて自分の教えと認識しないでしょ

優しさと弱さの表裏一体の性質について(弱い人との付き合い方)

人生の中で、不意に強烈なジレンマを感じるときがあった。それがつくづく不可解だった。

こちらのことを悪く言う人間他人を貶めずにはいられない人間他人の不幸を喜ぶ人間について、どうしても、それが卑怯であるとか、浅ましいとか、自分は面と向かって言うことができなかったのだ。まるで口にガムテープを貼られているようだった。

自己愛性人格障害であったり、ハラスメント気質であったり、世間には、その妬みや劣等感他人にぶつけて生きる人たちがいる。そういう人間出会ったとき自分はほどほどに苛立ちながらも、原因が相手の弱さだと分かっているのに、どうして苛立ちを払拭できないのか?と、疑問に感じていた。

専門家や先人たちはどう考えるのかと調べても、やはり、その弱さを攻撃することよりも、距離を置く、関わらないことが勧められていた。

しかし、どうして相手の弱さを攻撃することに強い忌避感があるのか、気付いてみれば簡単である。妬み、劣等感不寛容、その反対は(恐らく)、祝福、自己肯定、寛容である。優しさは、他人への攻撃性の元となる弱さの反対側にあるのだ。相手の弱さを攻撃したい、するべきだ、と思うこと自体が、自分の弱さから来る。もしそうすると、相手自分とは同じ高さで向かい合うことになる。

優しさがあるかぎり弱さを攻撃できないのなら、優しさを捨てない人間勝利はないのか?もしかするとそうかもしれないが、しかし、それでは世の中はもっと強くネガティブに偏った勢力図のはずである

らくだが、優しさはそれそのもの勝利なのではないだろうか?他人攻撃し、他人もっと弱くなることを願い、もっと不幸になればなるほど自らが悦びを得られる人々にとって、苦しみとは、自分がどれだけ貶めても、むしろ自分に対して優しさを失わない人間を目の当たりにすることではないだろうか?

すなわち、相手の弱さを攻撃するのは弱さそのものだと悟り、その優しさに自信と誇りを持つことこそが、人の心の弱さに対する真実勝利であり、弱さと優しさの均衡を自らで保つ始まりなのではないだろうか。

2017-06-17

酔える草を飲んで酩酊した話

アカシア根皮茶(ACRB)を試す機会があったので、様子を書いてみる。

例えば飲酒したとき、吐く寸前くらいの酩酊時は、気分が大きくなり、説教を垂れたり思考が飛び飛びになったりする経験がある人も多いと思うが、この草の場合酩酊と同時に視覚聴覚幻覚も一緒に楽しめる。

(効果は人によって異なり、効かない人はアルコールの悪酔い程度にしかならない。自分は多いにキマった)

試してみたい場合や調べてみたくなった場合はこのURLから辿っていけば一通りを知ることが出来る。 http://storys.jp/story/24344

当日の朝食は抜いて13:00からお茶摂取開始

13:20 アルコール酩酊に近い状態になる。寝転がっているのが楽で、座っているのが面倒に感じる。目を閉じていた時にも視界に液晶モニタを間近で見たようなツブツブが見えてくる。

13:30 目を開けていても、気を抜いていると何も無い白壁や、陶器の皿にプリズムのような幾何学模様のパターンが見えてくる(ルイス・ウェインフラクタルな猫のような見え方)白い皿の輪郭部分から色収差のように赤と緑の線が見える。

13:32 気分が悪くなり、嘔吐。体温が低く感じる。

13:40 目を開けて意識をしっかり持っている時はアルコール酩酊と同じ感じ。目を開けてぼーっとしていると視界が何重にも見え、幻覚幾何学模様のパターンが更に激しくなる。この視界が何重にも見えるのをぼーっと楽しんでいるだけで多幸感がある。目を閉じていても、フラクタルパターンモノクロの部屋など、各種幻覚強制的に見られる。

14:00 感覚の鋭敏感のピーク。瞬きしたときの視界の変化が知覚できるようになる。蛇口から水がポタポタ落ちる環境音などにタイミングを合わせて視界が歪む。毛布や服の感触安心感を覚える。同居人現在の様子を説明するときに、自分の心情や見えている物が伝わらないのがもどかしく感じる。

14:10 音楽映像摂取すると精神が持って行かれそうな状態になる。音楽映像を全部止めて、ぼーっと天井を見ている。その時に天井シーリングライトの丸い形状が愛おしく感じる。角張ったものに対する忌避感がある。

14:30 思考断片化しているのを自覚する。喋ったり文字を打っている途中にもう別の事を考えてしまい、発話がおいつかなくなる。おそらく、ボイスレコーダーをセットしておいて独り言を言い放題にしておくと、後で聞き返して悶絶しそう。

15:00 視覚聴覚幻覚幻聴が無くなる。以降は酩酊した状態に近い精神状態連続した思考が出来なくて、自分意思無関係に考える対象ポンポンと飛ぶのが、まるで自分の頭が良くなった、悟りを開いた、と誤解してしまう。

16:00 酩酊も一通り収まり、外に出る。太陽の光がまぶしい。

まとめ

ここまでキマると思っていなかったので、音楽映像の用意をしていなかったのが悔やまれる。人と話していたいのか、映像を流して視覚がめちゃくちゃに過敏になっているのを楽しみたいのか、ぼーっとしていたいのか、の様に方針を決めておくほうが良い。

思考制御が出来なくなった状態の時に、うっかり神からの啓示や、けものフレンズを見ると悟りを開いてしまいそうだった。

2017-06-03

かつやのシビれ山椒ぶっかけネギが超うまい

いや、うまいうまいなんてものじゃない、うまさを超越してる。

ネギのシャキシャキ感が初夏の清涼感を引き立てる。

要のカツを一口すれば滲み出す肉汁と、肉厚な食感で肉を食べたいという願望を満たしてくれる。

最後にぴりりと残る山椒の塩ダレが効いて、箸を置くという概念が頭の中から消し飛ぶ。

一口食べて浮かぶ感想は、「もう一口食べたい」しか出てこない。

もう一口、もう一口とかつとご飯を交互に口に運ぶ。

麻薬だ。麻薬中毒だ。中毒症状とはまさにこのようなのだろうか。食欲が止まらない。お腹が膨れても、体がもう無理だと叫んでも、もっと食べたいという願望は消えない。

体にすっかり染み付いた願望はがもはやその身を壊そうとも。

こうして、残ったご飯とタレを最後に口に運び込み、箸を置くとこの世に生まれてよかったと悟りを開く。

すべてが完璧調和が取れた素晴らしい一品だ。

2017-05-19

三一権実諍論(さんいちごんじつ の そうろん)は、平安時代初期の弘仁年(817年)前後から同12年(821年)頃にかけて行われた、法相宗僧侶・徳一(生没年不明)と日本天台宗の祖・最澄767年 - 822年)との間で行われた仏教宗論である。「一三権実論争」「三乗一乗権実諍論」「法華権実論争」などとも。

目次 [非表示]

1 概要

2 平安初期の仏教

2.1 法相宗と徳一

2.2 天台宗最澄

3 論争の経緯

3.1 論争の発端について

3.2 著作応酬

4 最澄激昂の理由

4.1 最澄孤立

4.2 南都教団への対抗

4.3 中傷者徳一に対する怒り

4.4 蝦夷征討との関係

5 その後

6 注・出典

7 関連項目

8 参考文献

概要[ソース編集]

「三一権実諍論」の「三一」とは、三乗一乗の教えのことであり、「権実」の諍論とは、どちらが「権」(方便真実理解させるための手がかりとなる仮の考え)で、どちらが「実」(真実の考え)であるかを争ったことを言う。一乗三乗の「乗」とは衆生を乗せて仏の悟りに導く乗り物であり、天台宗根本経典である法華経』では、一切衆生の悉皆成仏(どのような人も最終的には仏果(悟り)を得られる)を説く一乗説に立ち、それまでの経典にあった三乗一乗を導くための方便と称した。それに対し法相宗では、小乗声聞乗・縁覚乗)・大乗菩薩乗)の区別を重んじ、それぞれ悟りの境地が違うとする三乗説を説く。徳一は法相宗の五性すなわち声聞定性・縁覚定性・菩薩定性・不定性・無性の各別論と結びつけ、『法華経』にただ一乗のみありと説くのは、成仏の可能性のある不定性の二乗を導入するための方便であるとし、定性の二乗仏性の無い無性の衆生は、仏果を悟ることは絶対出来ないのであり、三乗の考えこ真実であると主張した。このように三乗一乗のいずれが真かをめぐり真っ向から対立する意見の衝突が行われた。

ただし、徳一と最澄の論争は三乗一乗の争いのみに留まらず、教判論(数ある経典の中で釈尊の考え方に最も近いものを問う)における法華経正統性を問うたものでもあるから「法華権実論争」と呼ぶべきとの考えもある[1]。この論争の間、最澄は『守護国界章』『法華秀句』など大部の著作執筆しており、これは徳一から批判への反論の書として書かれたものである。一方の徳一側の著書は、真言宗空海774年 - 835年)への論難である真言宗未決文』以外現存していないため、詳細は不明である。しかし、徳一の主張は最澄側の批判書に引用される形で部分的に残存しており、ある程度の復元が可能である

いずれにしろ論争は著作応酬という形式で行われ、実際に両者が顔を合わせて激論を交わしたということではない。

平安初期の仏教界[ソース編集]

奈良時代興隆したのは、法相宗華厳宗律宗などの南都六宗である本来南都六宗教学を論ずる宗派で、飛鳥時代後期から奈良時代にかけて日本に伝えられていたが、これらは中国では天台宗より新しく成立した宗派であった。天台宗は後述の如く最澄によって平安時代初期に伝えられたため、日本への伝来順は逆となったわけである

この時代日本における仏教は中国と同様、鎮護国家思想の下、国家の管理下で統制されており、年ごとに一定数の得度を許可する年分度者の制度施行され、原則として私度僧は認められていなかった。このことは逆に仏僧と国家権力が容易に結びつく原因ともなる。実際、奈良時代には玄昉(? - 746年)や道鏡(700年 - 772年)など、天皇の側近として政治分野に介入する僧侶も現れていた。桓武天皇737年 - 806年)が平城京から長岡京平安京遷都した背景には、政治への介入著しい南都仏教寺院の影響を避ける目的もあったとされる。新王朝の建設意識していた桓武天皇にとって、新たな鎮護国家宗教として最澄天台宗に注目・支援することで従前の南都仏教牽制する意図もあった。

法相宗と徳一[ソース編集]

日本での法相宗は、南都六宗の一つとして、入唐求法僧により数次にわたって伝えられている。白雉4年(653年)道昭(629年 - 700年)が入唐留学して玄奘三蔵(602年 - 664年)に師事し、帰国飛鳥法興寺でこれを広めた。

徳一は一説には藤原仲麻呂恵美押勝とも。706年 - 764年の子といわれるが疑わしい[2]。はじめ興福寺および東大寺で修円に学び、20歳代の頃に東国へ下った。東国布教に努め、筑波山中禅寺(茨城県つくば市)・会津恵日寺(福島県耶麻郡磐梯町)などを創建したという。

前述のごとく、徳一の著作ほとんど現存していないため、その生涯は不明な点が多い。

天台宗最澄[ソース編集]

天台宗は法華円宗、天台法華宗などとも呼ばれ、隋の智顗(538年 - 597年)を開祖とする大乗仏教の宗派である。智顗は『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』の天台三大部を著して、『法華経』を根本経典とし、五時八教(仏教理解度の5段階に合わせて記された経典のうち、法華経を到達点とする)の教相判釈(経典成立論)を説く。

最澄ははじめ東大寺で具足戒を受けたが、比叡山に籠もり、12年間山林修業を行った。さらにそれまで日本に招来された大量の仏典を書写し研究する中で、南都六宗の背景にある天台教義の真髄を学ぶ必要を感じ始め、親交のあった和気氏を通じて桓武天皇天台宗学習ならびに経典の招来のための唐へ留学僧の派遣を願い出た。これを受け、桓武天皇最澄本人が還学僧(短期留学の僧)として渡唐するように命じた。こうして延暦24年805年)の遣唐使船で最澄は入唐を果たす。予定通り天台山にのぼり、台州龍興寺において道邃(天台宗第七祖。生没年不明)より天台教学を学び、円教(天台宗)の菩薩戒を受けて、翌年(806年帰国した。

帰国後、最澄桓武天皇に対し従来の六宗に加え、新たに法華宗を独立した宗派として公認されるよう奏請、天皇没後には年分度者の新しい割当を申請し、南都六宗と並んで天台宗の2名(遮那業・止観業各1名)を加えることを要請した。これらが朝廷に認められ、天台宗正式に宗派として確立。これが日本における天台宗のはじまりである最澄さらに同じく入唐した空海師事して、密教への理解を深める一方、六所宝塔院(比叡山寺(後の延暦寺)を中心とする)の造立計画を立て、弘仁5年(814年)には九州へ、同8年には東国へ赴くなど精力的に活動する。最澄の悲願は大乗戒壇設立であり、大乗戒を授けた者を天台宗菩薩僧と認め、12年間比叡山に籠って修行させるという構想によって、律宗鑑真(688年 - 763年)がもたらした小乗戒の戒壇院を独占する南都仏教既得権益との対立を深めていた。

論争の経緯[ソース編集]

論争の発端について[ソース編集]

論争の発端となったのは徳一が著した『仏性抄』であるとされる[3]。この書における一乗批判法華経批判に対して最澄が著したのが『照権実鏡』であり、ここから両者の論争が始まった。

ただし、そもそも徳一が『仏性抄』で論難したのは中央仏教界の最澄ではなく、東国活動していた道忠(生没年不明)とその教団であったとする説がある[4]。道忠は最澄が入唐前の延暦16年以降、あらゆる経典の写経を行った際、東国からはるばる駆けつけて2000巻もの助写をしたほど親交があり、東国における最澄の盟友的存在であった。道忠自身鑑真弟子で、律宗僧侶であったが、戒壇が設けられた下野薬師寺との関連か[5]東国に住し、広く弟子を持つ僧侶であった。最澄東国へ下った際には、すでに道忠は没した後で教団は広智(生没年不明)が率いる状態であったが、後に天台座主となった円澄(771年 - 836年)や円仁794年 - 864年)・安慧(794年 - 868年)らは、もともと道忠の弟子もしくは孫弟子(広智の弟子)であり、道忠との縁から最澄に入門したなど、道忠は初期の天台教団の中で、非常に重要役割果たしていた存在であった[6]。

筑波山を開山し、会津拠点とした徳一が標的としたのは、むしろ地理的東国において布教を行っていた道忠教団であった可能性が高い。徳一の『仏性抄』の存在最澄に知らせたのも道忠教団であったと見られる[7]が、異論もある[8]。

著作応酬[ソース編集]

三一権実諍論に関する著作としては、

≪徳一側著作

『法華肝心』2巻

『法華権文』1巻

『中辺義鏡』20巻

『慧日羽足』3巻

『遮異見章』3巻

『義鏡要略』7巻?

法相了義灯』11巻

『通破四教章』1巻

最澄著作

『照権実鏡』1巻

『依憑天台集』1巻

守護国界章』9巻

『決権実論』1巻

『通六九証破比量文』1巻

『法華秀句』5巻

などが挙げられる[9]。論争の主要な流れとしては、

徳一の『仏性抄』(成立年不詳)に対し、最澄が『照権実鏡』(弘仁8年(817年)成立)で反論

徳一の『中辺義鏡』『慧日羽足』に対し、最澄が『守護国界章』(弘仁9年(818年)成立)で反論

最終的な結論として、最澄が『法華秀句』(弘仁12年(821年)成立)を著す。

となっている。なお諍論の前期において、最澄が『照権実鏡』で徳一の『仏性抄』を批判したのに対し、徳一の『中辺義鏡』では最澄反論に全く答えていない。そのため『中辺義鏡』の批判対象としては、書名のみ残っている最澄の著書『一乗義集』ではないかとする説[10]、もしくは道忠教団によって書かれたと思われる『天台法華義』とでも称すべき書であったとする説がある[11]。続いて『守護国界章』下巻における三一権実論に対する徳一の反論として『遮異見章』『慧日羽足』が書かれたと思われ、それに対して最澄が『決権実論』で反論結論の書として『法華秀句』を撰述したと見られる[12]。

一連の論争の内容は難解で、一乗三乗の権実のみならず、教判論における法華経天台三大部の正当性、天竺・震旦の先哲による教義解釈の是非など広範囲に及ぶ。しかし一方では、最澄の教法に対する価値論に対し徳一は仏法理解先天的素質論を述べており、両者の論争の焦点があまり噛み合っておらず、議論のものも詳細というよりは瑣末的であり、時折相手側への罵倒に近い表現も見られる(後述)など、すれ違いの印象も与えている。

天台宗側では『法華秀句』の成立をもって論争の終結とする(翌年に最澄は入寂)。論争の歴史を天竺や中国の仏教史まで遡って述べたもので、『法華秀句』の書名は、智顗による天台三大部の『法華文句』を意識したものと思われ、最澄の論争決着への決意が現れている。ただし、これは最澄側の一方的な論争打ち切りであり、徳一側からは決着がついていないとも言える[13]。なお徳一は天台宗のみならず密教に対しても問題視していたと見られ、真言宗空海に対しても『真言宗未決文』で批判している(なお、これが徳一の著作として現存する唯一の史料である)。

最澄激昂の理由[ソース編集]

下記は、取り立てて、最澄の書き物に怒りは表明されていないが、法相宗派の学者の何人かは、そのようにとらえているようである。その理由をあえて挙げるとすれば、次の事柄をあげられるが、これも、特にここに特記すべきほどのことではない。参考までに、法相宗派側の意見を以下に述べる。 最澄は、しばしば非常に激烈な表現を用いて論敵を攻撃しており、たとえば『守護国界章』において最澄は、非難の対象である徳一のことを「麁食者(そじきしゃ。粗末な食べ方をする者、半可通のこと)」「謗法者(ほうぼうしゃ。賢しらに法を曲げる者)」「北轅者(ほくえんしゃ。南に行こうとして牛車・馬車の轅(ながえ)を北に向ける者。方角もわきまえぬ者)」などの蔑称で呼び、本名の徳一で呼ぶことは一切ない。どちらかといえば秀才肌で生真面目な感のある[14]最澄が、これほどまでに攻撃的な姿勢で論争に臨んだ背景として、いくつかの原因が考えられる。

最澄孤立[ソース編集]

最澄は入唐求法から帰国する直前、越州に寄り、密教を龍興寺の順暁(密教の法灯においては傍流に属する。生没年不明)に学び、灌頂を受けている。帰国後も最澄の密教への関心は高く、自身より年少で僧としての地位も低いながら、正統的な密教を学んで帰国した空海師事することになる。

最澄と同じく804年の遣唐使で入唐した空海は、真言八祖の一人恵果(746年 - 806年から正統的な密教を学び、大量の経典・法具を携え、最澄よりやや遅れて大同元年806年)に帰国していた。最澄空海の招来した仏典を借り受けて密教を本格的に学びはじめ、弘仁3年(812年)には弟子の泰範(778年 - ?)らとともに空海高雄山寺において灌頂を受け、正式空海弟子となっている。さらに泰範らを空海の下に派遣して密教の奥義を学ばせようとしていた。

しかし、弘仁4年(813年)最澄が『理趣釈経』(『理趣経』の解釈書)の借用を空海に申し出たところ、空海が密教の真髄は文章修行ではなく実践によってのみ得られるとして拒絶したため、両者の仲は悪化する。さら最愛弟子であった泰範が、最澄の再三の求めにもかかわらず比叡山への帰還を拒み、空海の下での修行を望んだことなどが重なり、両者は義絶するに至った。真言宗側では、これをさかんに吹聴するが、『理趣釈経』は、いわば、後世、淫靡宗教と結びついたものであり、空海がそれを見せたがらなかったのは、故あることであったようである。つまり密輸入書物とも言えるものであり、かえって、見ないほうがよかったのではないかと思われている。

天台宗に密教の要素を取り入れ、新たな宗派としての地位を高めようとしていた最澄にとって、泰範・空海との訣別により孤立感が深まったことで、南都諸宗に対してより敵対的姿勢に駆り立てられたともいわれる[15]。なお天台宗最澄の死後、本格的に密教化することになる(→台密)。

南都教団への対抗[ソース編集]

最澄が論争相手とした徳一自身は、若年から東国拠点を移して活動していた地方僧であったものの、彼が所属する法相宗自体は、当時の仏教界においては主流である南都六宗の中心であった。後世に天台宗の方が興隆していったため、三一権実諍論全体としては、新興宗派の総帥である最澄が、古い法相宗代表する徳一を退けたという印象が残るが、実際には当時においては法相宗の方が主流派に属していたのであり、最澄はむしろ挑戦者であった[16]。前述のごとく年分度者の割当を勝ち取り、大乗戒壇設立など、天台宗確立して南都仏教に対抗しようとする最澄にとって、法相宗理論である徳一を説き伏せることは、天台宗南都六宗への優位を示すことにも繋がるため、より攻撃的になったと、現代法相宗派の学者は考えている。

中傷者徳一に対する怒り[ソース編集]

徳一の『仏性抄』は最澄にとって看過しがたい法華経批判の書であり、この法敵に猛反論しなければ自宗の存在意義のものが危うくなる。しかしまた徳一にとっても、天台法華宗や密教の擡頭は、彼自身の属する法相宗にとっても、また従前の仏教体制秩序にとっても、異端なのであって、これを徹底的に論破しておく必要があった。徳一は『中辺義鏡』において法華教説や最澄に対して「凡人臆説」「顛狂人」「愚夫」などと悪し様に罵倒している[17]。最澄が『守護国界章』で徳一を「麁食者」「北轅者」と呼んだのはこれに呼応するものであり、互いに自宗派の存在意義をかけた真剣な論争であったがゆえに、ともに中傷めいた表現までもが用いられたともいえる。

蝦夷征討との関係[ソース編集]

宮原武夫(1933年-)は最澄と徳一の論争がここまで大きくなったのは、最澄が当時の朝廷が進めていた蝦夷征討に徳一が「非協力」的とみなしていた政治的問題にあったとする説を唱えている。

最澄東国に下った際に活動拠点としていたのは亡き道忠が活動拠点としていた下野国と隣の上野国であったが、両国は当時朝廷が推奨していた蝦夷征討の兵站基地となっており、更に下野上野両国から陸奥出羽両国に対しては国司から課役を逃れるための逃亡や朝廷による移住政策によって多くの人々が移り住んでいた[18]。蝦夷討伐には徳一の法相宗を含めた南都六宗東国鹿島神宮香取神宮も征討の成功を祈願したり、寺院神社を建立するなどの積極的な協力を行ってきた[19]。朝廷から天台宗公認を得たばかりの最澄東国における蝦夷征討を巡る様々な動きに直面して関心をもったと考えられ、この時の最澄東国行きに随行した弟子円仁下野出身)も立石寺など東北から北関東にかけて多数の天台宗寺院が建立したと伝えられており、最澄とその門人は下野上野両国を足掛かりに奥羽の人々に対する教化を進めようとしたとみられる[20]。

これに対して徳一の方は会津地方から越後方面への布教活動を進めており、蝦夷征討への協力や蝦夷がいる会津以北の奥羽への布教を示す史料は残されていない。宮原最澄は『決権実論』の中で「北轅者常に迷ひて、分明の文を指さしめ、南、越の方に向はしむ」と記しているが、これは自分達や南都六宗と違い、蝦夷征討に対して祈祷<

長い夢を見た

年のころ10ぐらいの少年だろうか。頼りなく優顔の少年は通う学園で新しく転校してきた少女出会う。

少女カールした癖っ毛の金髪で、高潔さに足が映えて立っている様な雰囲気を携えていた。

人目で心を揺り動かされた少年は、金髪少女へと好意吐露する。

期待もせず、衝動的に行われた告白は、期せずして、少女の関心を得て、了承を得ることとなった。

恋人となって最初放課後少年は、金髪少女プレゼントとして緊縛される。

手足を縛られ目を隠され、闇の中で背中をけり倒された少年は、這いつくばれと少女に命じられ頭が割れそうなほどに踏みにじられながら、これでこそ望んでいた少女の姿だと自分の心を悟り、知らずズボンの中で精通果たしていた。

彼女に虐められ、束縛され、ご主人様と慕い奉仕する少年は、ある日少女夜の学校に来るように言われる。

指定された時間指定された場所へと訪れると、少年は、暗い校舎の中で一つだけ明るい校長室の僅かに空いた扉の隙間から、その中で、金髪少女校長に抱かれている姿を見る。

薄汚い笑い顔で愉悦する校長に、少女は媚びるような声で腰を動かしていた。

豚のように快感の喘ぎ声を出す校長言葉から少女孤児校長の妾役として学園に通っていることを知る。

その光景から目を離せずにへたり込んでいた少年は、行為の一切が終わって扉へと近づいてきた裸体の少女に、冷ややかな目で見降ろされる。

「幻滅したかい?」と言う少女少年咄嗟に首を振った。

少女に見捨てられることを恐れたのか、同乗したのか、それとも自身になおも冷ややかな目を向ける少女に一切の幻滅が消えたのか、少年には判別がつかなかったが、少女はむしろ当たり前のように頷いた。

月日が経ち、学園を卒業を間近となっていた。

校長室で変わりもなく少女を抱き、彼女の僅かながら柔らかくなってきた体と離れることを惜しむ校長に、

「惜しむ必要はありませんよ」と少女は笑い、校長背中に熱さを感じる。

隠れていた少年背中包丁を突き立てていた。激痛に顔を歪め慌てる校長の、その首筋に少女作業のように長い刃物差し込んだ。鍔の根元まで刃をえぐり入れて、少女は媚びた笑顔を落とし冷たい視線へと戻る。

陰茎を袋ごと切除して、

「私が毎日舐めてたものだ、いるかい?」と言う少女に、少年

「どうせすぐに大人に取られます」と頭を振った。

 

 

 

少年期の殺人犯として、裁判を経ずに二人は似たような囚人が集まる拘狗牢へと入れられる。

獄卒への奉仕を拒んだ金髪少女は、独房へと入れられ、外部と一切の遮断をされてしまう。

どうにか少女と、再開するかを考える少年は、一人の少女出会う。

監獄ですら表情に幼さの長い黒髪少女は、少年牢獄自分の望みを自由に叶える方法を教えると誘い込む。

その引き換えとして、少年黒髪少女を抱く。少年にとって初めての性交だった。

性交の後、少年黒髪少女から彼女の服を分け与えられる。

言われるままに少女の服へと着替えると、優男で細身の体故に、少年一見して面貌の整った少女のような風体になっていた。

そのまま生活を送る中で、元から控え目で、気後れした性格故に、気弱な少女のように見えた女装少年は、看守に襲われる。

背中から押さえつけられ、尻の穴を犯された少年は、痛みと圧迫の中で快感に満たされて、何度も射精していた。

意図を察した少年は、黒髪少女の元へと訪れて、軽く非難をする。しかし、誑し込むのが一番手っ取り早いという少女言葉に、少年も頷く。

黒髪少女に、少年は一人の女性を紹介される。

長身で、栗色の髪をボブカットをした女性一見にしても美人で、少年は見惚れてしまいそうになる。

少年の体を抱きしめた栗色の髪の女性は、少年アヌスをいじり、自らの股間に生えている男性器を見せつける。

女装した男娼の先輩として、栗色の髪の人は、少年アヌスへと陰茎を挿入し、その奉仕の仕方を教え込んでいく。

黒髪少女衣服と交換に性交を重ね。

先輩に気持ちよさを教え込まれ

客の囚人や看守に、薬を打たれて、死ぬような快感の中で精液を注ぎ込まれる。

少年は、快楽の中で、頭を呆然としていく。

 

 

 

独房の中で、夜も朝も分からず、何度目の睡眠かすらも数えなくなっていた金髪少女は、分厚い鉄製の扉が開く音に気が付いた。

期待もせずに見た入り口からは、記憶の中でも、もはやあやふやになっていた少年の姿を見つけた。

一瞬の幻覚を疑い、現実だと悟った金髪少女は、すぐに蒙昧としていた意識を取り戻した。

看守とつてを作り、体と引き換えにさまざまに要望を聞いてもらえるようになった少年は、ようやくの段階で、独房少女と面会できるようになっていた。

しかし、その金髪少女は、天井からベストのような包みでくるまれて面され、その四肢は根元十センチほどで切断されて丸く縫い付けられていた。

逃げないようにと、暴れないようにと、彼女を性のはけ口とする看守に対する配慮だった。少年は、そういう性のはけ口の分け前をもらうという形で、少女の部屋へと訪れることを許されたのではあった。

少年を見止めた金髪少女は、その瞳を見つめた。喋れないように轡をされた少女は、なにも伝えようともしなかった。

ただ、少年を見つめて、小便を漏らし始めた。

少年は、その滴る小水を浴びて、口に受けた。

それで二人には充分だった。

それから監獄の中で権力者たぶらかしていった少年は、刑期を大幅に短くして、金髪少女とともに拘狗牢を出所していくことになる。

両親もなく、寄る辺もなく、四肢もない金髪少女は、弱り切った肉体もあって、そのまま病院へと入院することになった。

それは監獄大人たちの最後の両親でもあったのだが。

 

出所から数日もしない、晴れの日、少年は両親へと電話をかけていた。

心配しないで欲しい。すぐ戻るから。ちゃんと元気でやっている。と電話口で笑顔で伝える。

電話の向こう側からは、金をどこにやったという男性の怒号と、女性悲鳴が聞こえてくる。その音を聞きながら少年笑顔電話を切った。

満載のリュックサックと、鉈を持った少年は、病院への道を洋々歩き出す。

 

慌て蓋める医者たちと、悲鳴を喚き散らして右往左往する看護婦たち、警報が鳴り響き、大人の影が行きかっていく。

そのころには既に、自分で動けない金髪少女を抱えて少年は山の雑木林の中を登っていた。

これから二人で生きていくのだと少年は言って、ようやく自由になったと少女は言った。

 

 

 

幾日か幾月か経った山小屋で、飢えて死んだ少年四肢のない少女遺体が見つかった。

と言うところで、胸糞が悪くなって目が覚めた。

2017-05-15

CCさくら新編が面白い

おもしろい。もともと、面白い漫画だったが、今回も面白い

そもそもこの物語は、大きな力を持っているため様々な試練を乗り越えなくてはならなくなった女の子の話だ。

巻き込まれ主人公とも言える。

周囲よりほんわかした女の子4月1日早生まれから仕方ないという現実的考察もある)が

勇気を持って運命を乗り越えるというストーリーだ。

本編最終回ネタバレだが、主人公世界で1番の莫大な力を持つことになる。

新編が、その力のためにまた数々の試練を乗り越えることになる話だと分かり始めた。

それが原作最終回示唆されている話であり、大人になった読者は胸が痛い。

さくらちゃん心配でならない。小狼悟りすぎ心配

考察も深まる。これももう別の原作の話なのでネタバレ言っちゃうが、桜は星の杖を今後手放すことになる。

CLAMP読者はそれを知っていて、今の話からどうしてそうなるかを想像している。

そして大きなお友達読者は思う。

「ああっ、さくら相変わらず面白い!」

なかよしランキングでは、どうやら今の女児にもさくらちゃんは人気があるらしい。子どもたちのイラスト投稿が当時と変わらず熱を帯びているようだ。第二世さくら…。

嗚呼永久不変さくら

多分今後、またアニメ化されたら男女問わず道を踏み外す大人たちが出てくると思う。

そのためにも過去アニメを見てない人や、原作は読んでいない人たち。そしてこの記事を見てしまった既に道を踏み外してしまった人へ。

原作を読もう!(途中経過と結末がアニメと違うよ)

もう抗うことは出来ないのだから

みんなで(大きなお友達で)(共通認識を持ち)なかよしに(アニメ原作派一回おいといて)なりたいな。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511132109

人類は無理だけど

自分悟りを開いていけばすべての問題はなくなるよ

2017-05-05

トイレでの呼吸どうしてるの

家じゃなくてさ、駅とか学校とか

息するのヤダなぁ〜て感じのトイレありますよね。

小学校の頃はその臭いのが口に入るのが嫌で鼻で息してた。

中高生になると鼻と口の行き着く先は一緒だと悟り

インナーの首元に口突っ込んで、

自分由来の空気吸うようにしてた。

大人になるとさすがにそこまですんのは大人気ないと思って

極力息止めて辛くなったらハンカチフィルターで息してる。

でもハンカチフィルターあんま効かないんだよね。

臭うってことは分子ハンカチ通過して鼻に届いてるもんね?

みんな我慢して吸ってるの?

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