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2019-04-22

anond:20190422163414

なろう異世界

文明レベルが低くても村の中は清潔安全で、

モンスターは必ず正面から襲ってきてくれて、

あなた好意的に扱わない貴族勝手破滅させても誰にも文句を言われない。

そういう世界なんだよ。

2019-04-21

おちんぽを与えてくる人

増田などでおちんぽやらペニスやら魔羅を与えてくる人はどういう感覚なのか理解できない。

餌付け?いい人アピール?仲良くなりたいきっかけ?単純に余ってるの?

よくわからないなぁ。しゃぶりたいもの自分でしゃぶるよ。あなた方も自分で処理できる分だけ出しなさいよ。

追記コミュニケーションの一環か…えー…、例えばイマラチオ強制、って嫌なものなんじゃないの?飲尿強制と同じくらい嫌なんだけど(飲みたくないものはいらない)、ブコメのかんじ見てると断ったらコミュ力ゼロ烙印押されそうで益々嫌だな。できれば近所の発展場と同じくらい廃れてほしい。あと、同じく迷惑だってブコメもあるから好意的にやってるんだから俺は間違ってない」感覚ちょっと見直してほしい。嫌なひともいるんだって

anond:20190419200415

2019-04-19

食べ物を与えてくる人

職場などで飴やらおかきやらチョコを与えてくる人はどういう感覚なのか理解できない。

餌付け?いい人アピール?仲良くなりたいきっかけ?単純に余ってるの?

よくわからないなぁ、食べたいもの自分で買うよ。あなた方も自分で食べる分だけ買いなさいよ。

追記コミュニケーションの一環か…えー…、例えば飲みニケーション、って嫌なものなんじゃないの?飲酒強制と同じくらい嫌なんだけど(食べたくないものはいらない)、ブコメのかんじ見てると断ったらコミュ力ゼロ烙印押されそうで益々嫌だな。できれば会社飲み会と同じくらい廃れてほしい。あと、同じく迷惑だってブコメもあるから好意的にやってるんだから俺は間違ってない」感覚ちょっと見直してほしい。嫌なひともいるんだって

容姿が良いかどうかで人生決まる

容姿が良い→周りから好意的な態度で接してもらえる→自己肯定感自尊心がアップ→何事にも積極的に取り組む→優秀な人材として社会活躍

容姿が悪い→周りから敵意を向けられたり虐められる→自己肯定感自尊心がダウン→消極的ネガティブ性格になる→社会の中で無能として生きて孤独死する

2019-04-17

anond:20190417182833

喜んでついて行ったのかもしれないですよ。

わたしはそういうアプローチ好意的に受けとる場合セクハラとは思ってません。

嫌なら嫌と言います

やってて自分セクハラと思うならやめてください。

そこには悪意がありますよね。

自分意思でついてきた子をだまされたバカとして扱わないでください。

わたし気持ちを弄ばれることよりも、自分意思のない人間だと思われることの方が心外です。

女性は性欲も意思もある人間です。

anond:20190414151912

このように非常に好意的解釈すると、一応上野氏の主張が明瞭に見えてくる。彼女の言いたいことはおそらくこうだ。「女子東大受験生偏差値の方が男子東大受験生偏差値よりも高いので、理科三類合格率に男女差がないのはおかしい。不正があるのかもしれない。」

一般論として、相手理屈好意的解釈しておいたほうが議論が深まります論破したいなら相手議論の最良の部分を攻撃しないと意味がないと私は思います


あと、「不正があるのかもしれない」ではなく、「差別があるのかもしれない」です。たとえば、こんなストーリーが成り立ちます

2019-04-16

ケムリクサ最終話の謎の2カット考察

最終話にあった、りんとわかばがただ走ってるだけの映像に謎の声とSEが付いた長回しカット(8秒くらい)がすごい。

本当に赤い根の上を走ってるだけ。よく見たらその根の形や模様(モデルテクスチャ?)もループなの。2回ループしてる。この単調な画面が8秒くらい続く。

何かが飛んでくるようなSEに合わせてりんが「ふっ!」とか声出してるんだけど、映像は坦々と走ってるだけ。何が起きているのか俺の頭では理解が追い付かない。誰か解説頼む。

その直後のりんがケムリクサを使いながらジャンプするカットもすごい。

わかばが止まっている。時間停止の能力が発動している。

これまで時間を止められるケムリクサなんかあったっけ? それ使えばもっと道中楽ができたはず。ということは、最近得たものりりがかつて作っていたのを記憶の中で見て、それをりんが再現したとか? 作っていた時期はワカバと別れてから自分を分割するまでかな?

それとは別に、緊迫した状況なのに画面奥で走ってる途中のポーズのまま静止してるわかばくんが間抜けで、すごく味わい深いカットになっている。

考察否定されないよう予防線を張っておくと、商業制作の素材と役者を使った「趣味アニメ」(好意的解釈すれば無料公開用の映像特典)を作ってネット投稿する余裕があるのに、放送局配信サイトに納品する本編は万策尽きて未完成のままなんて、普通に考えたらあるわけがないだろ。

最終話前にあれだけ信じろ信じろ言ってたくせに、たつき商業クリエイターとしてのプライドは信じられないの?

からあれは単に未完成なだけのカットではなく、映像と音声が食い違ってることに何らかの意味があるカットで、その次も画面奥のわかばを動かす余裕がなかったのではなく、時間停止能力が発動したと解釈するべきなんだ。

たつき信じろ考察しよう。

ももしかしたらだけど、本当に未完成だった可能性が微粒子レベル存在するかもしれない。でもその場合ヤオヨロズ福原Pがすごい。超すごい。

だってファンが喜びさえすれば、本編を未完成のまま納品する一方で、監督趣味アニメを作ってネット個人名義投稿してもいい、普通に考えたらありえないビジネススキーム福原Pが作ったってことだから

たつきプロデュースとしてこれ以上のものがある?

ファンだけならまだしも、出資者にも未完成版を電波にのせつつ12.1話投稿することを納得させてるんだよ? 本当にすごいことだよこれ。

放送前のネットメディアの記事を見て、このおっさんアニメ業界を憂う者ごっこしてイキってるわ、テレビアニメの作り方、変えてみましたペーゥかよ、とか思ってたけど、福原Pは本当に新しい方式を作って成功させてしまった。バカにして申し訳なかった。

これから未完成の本編と、本編の制作リソースを利用した監督個人名義ファンサービスの両輪でファンを増やす斬新なビジネスを続けていってくれ。頑張れヤオヨロズ


……っていうのを最終話放送直後に炎上狙いで書いて投稿時期伺ってたけど、けもフレ2の炎上が叩きコミュ内でセルフ燃料生産を始めちゃって、今さらケムリクサやヤオヨロズちょっとイジるくらいじゃ簡単燃えそうにないから、もう投稿ちゃうね。

2019-04-14

anond:20190414091209

このご意見を表明なさった方は、どのように好意的解釈を試みても、大学生としての社会に関する知識を十分に持っていらっしゃるとは考えられません。

anond:20190413114026

(4/14追記)

この期に及んで「議論の種になったのだから成功」などと言ってる人は最後の1文をもう一度よく読んでこれを書いた意味理解してください。

(4/14追記

事実、各種のデータが、女子受験生偏差値の方が男子受験生偏差値よりも高いことを証明しています。」の箇所を「事実、各種のデータが、女子東大受験生偏差値の方が男子東大受験生偏差値よりも高いことを証明しています。」と補足して読むことで若干解釈が変わるので補足しておく。(前の文章からの流れを考えればこれは女子受験生全体・男子受験生全体を指すと解釈するのが自然であるし、このように読むと「理工系文系女子が優位な場合が多い」という主張の説明がつかなくなる。)

まずこのように解釈すると、文の構造としては「各種のデータが……を証明しています。」という命題を「(そのデータとは)第1に……第2に......」で説明していることになるので、「統計データを示せよ。」というツッコミは間違っていたことになる。また、「女子受験生偏差値男子受験生偏差値より上」という主張と「偏差値正規分布に男女差はない」という主張の両立も可能になる。前者は東大受験生の話をしていて、後者受験生一般の話をしているわけだ。

その上で第1-3の「データ」を読み解くことにすると、まず第1の「データ」が事実であればこれは確かに命題説明できる。ただし具体的な数字がないので信憑性が低いことに変わりはない。次に第2のデータであるが、これは第1のデータと同趣旨の内容である。つまり女子比率が低いので成績上位者から受験していると仮定すれば確かに女子東大受験生の平均偏差値男子より高くなる。一方第3のデータに関しては完全に的外れである大学進学率の違いと女子東大受験生の平均偏差値が高いことに因果関係はない。因果関係がないので、第3のデータ命題が真であることを補強はしないが否定もしない。

このように非常に好意的解釈すると、一応上野氏の主張が明瞭に見えてくる。彼女の言いたいことはおそらくこうだ。「女子東大受験生偏差値の方が男子東大受験生偏差値よりも高いので、理科三類合格率に男女差がないのはおかしい。不正があるのかもしれない。」

第2のデータ事実なので、仮に「全科目において男女の成績の平均・分散ピタリと一致して」いれば、確かにこのような疑問は湧いてくる。しか彼女スピーチにおいてそのようなデータは挙げられていない。また、そのような統計データは私が探した限りでは見つからない。

先生が好き

大学生先生が好きです。先生40代独身ユニークすぎて

敬遠する人もいるけど超モテモテ

でもモテるのに手に余っている感じがツボ。

授業でなぜかすごく目があうんですよ。

なんか顔についてるんですか、私。

私の好きな気持ち漏れてるんですか。

向こうも話してて視線も会話も好意的なんです。

恋愛の前な感じが溢れてる。

女生徒がバッサバッサなぎ倒されてるのを見てきたので

この反応は意外すぎて。できるなら1歩関係踏み込みたい。

でも先生に対してどうしたらいいの?質問かいくの?

そもそも大学先生と生徒って付き合う人いるの?

2019-04-10

anond:20190410114208

ロジカルな損得って何だよ

何貰ってもそれに対する好意的評価がなかったら得にならんだろ

2019-04-09

「羨ましい」と伝えることは別に悪いことじゃない

…と思ってるんですよね。

特に創作界隈における「絵が上手くて羨ましい」って一律して僻み嫉み嫌味の類だと思ってる人がめちゃめちゃ多い気がして何だかなあと思ってしまったんですよね…

実際嫌味のニュアンスで使う人が多いんだろうけどニュアンス次第で必ずしも嫌味ではないと思っているので釈然としない気持ちになってしまったんですよね…!!!

 

そも羨ましいの本来意味って「他の人が自分より恵まれているように見えて、自分もそうならよいのにという気持ち」ですよ。

「羨ましい」って僻み嫌味たっぷりに言えばそりゃ「私が持てないものを持ってるおかげで(後は大したことないのに)いろんなことが上手くいってて良いな、私もそれ1つ持ててればもっと上手くいけたのかもな」くらいのニュアンス孕んだりしてますけど

完全にそれ以外の他意が無い「羨ましい」って単純に「私が持てないものを持ってて良いな、私もそんな風になりたいな」ってそれこそ「尊敬」の上位互換ニュアンスがあると思ってるんですよ

前者と後者とある程度共通する感情こそあれ最終的に当人に伝えたいニュアンスって真逆ですよ

「本当は大したことないのに1つ芸があるからって良い気にならないで欲しい」と

「本当にすごいものを持っていることを、それを持てていない自分比較してでも分かって欲しい」

じゃ本当に全然真逆ですよ。

 

私は基本的他人が羨ましくて、特に創作において絵が描ける人って本当に羨ましくて、

私としては後者最上級尊敬を込めたニュアンスで「羨ましいなあ」と本当に絵が上手い人に対して零すことがあったのですが、あまり良い顔をされなくて挙句努力もしてないのにそういうこと言うのはどうかと思う」と言われました。

先日似たようなニュアンス画像RTで回ってきたのを見たんですよ。

最初は誰も上手くいくわけじゃなくて見えない努力をしたから今の自分がいるんだから、そう思うなら自分を信じて描いて学べば良い」って。

それは明らかに嫌味な反応を受けての返しだったのでまあそうだなと思いもしたんですけど。

同時に先日言われたことも多分嫌味に近いニュアンスで受け取られていたんだろうなとも思いました。

伝え方が悪いところもあったと思うんでそれは反省しています

でも私としては尊敬してる意を込めた「羨ましい」だったので尊敬してるんだという旨がきっと伝わらずじまいでむしろ嫌な思いをさせてしまったんだということがすごく心残りです。

「絵が上手い、反応もある、すごいと思うよ」と言っても良くも悪くも数値に囚われない人だったので(今のご時世それもすごいなと思うんですけど)釈然としてくれなくて。

それなら「絵が上手くなくて反応もそんなに無い私と比べてそれよりすごいことができているんだと分かって欲しい」みたいな、そういう身近な比較対象を持つことで実感して貰えないかな〜みたいなそれくらいの意図でした。

紙一重すぎて嫌味に伝わりかねないとこもあるんですけど、やっぱりポジティブに捉えて貰いたかったなあと今でも思います

 

努力すれば手に入るもの努力もせず羨むのはどうかと思う」

特にクリエイティブな側面での才能を羨んだとき出てくることが多いように思うこの見解について。

まれる側のこの言い分って自分が持ってるものは「努力すれば手に入る」大前提のもと言ってるなあと思うんですけど。

嫌味とかでなく、羨む側からしたら「努力したとしても恐らく手に入らない、先天的な「才能」を感じての感情だろうし、そもそも努力ができる時点ですごい」んですよ。

「絵を描くのが好きで、上手い下手とか以前に描き続けるのが好きで気付いたら羨まれものを作っていた」でも「絵を描くのは得意ではなかったし劣等感もあったけど、それでも絵を描き続けたら羨まれものが作れるようになった」でも結果としては同じです

継続できること」「継続することを技能として身に出来ること」って「才能」だと思います

「出来て当たり前」だと思ってるから「したら出来ることを何でしないんだ(その上人に当たるんだ)」って感情になりがちなのかもしれないですけど「『出来るようになって当たり前だと思っていること』をできない人がいる」と思ったらまずそれが「才能(長所)」なんだと気付いて欲しいなと私は思っています

 

クリエイティブな話にかかわらず私は基本的にいろんな人が羨ましくて、例えば人と話すことは好きなのに人付き合いを面倒に思いがちな自分からしたら「人付き合いが楽しい人」「気の置ける友達がいる人」「一人でずっといることは別に苦ではない人」そういう人達が本当に羨ましいです。

世の中自分に持てないものを持ってる人たちばかりだなと思います

自分の持てないものを持てる人達は本当にすごいなと思っています

悪意のあるものだって少なからずある以上、全てをポジティブに捉えることは決して無いとは思いますがそれでも人からの「羨ましい」は自分の才能を自覚できる機会だと思います

特に悪意のない「羨ましい」を受け取ったら(思ってもいなかったことがその人にとっては「自分長所」だと思われているんだ)と好意的に受け止めてもらえたら嬉しいなと思います

2019-04-08

anond:20190408152438

けもフレ2のメインテーマは「おうち探し」だと思ってました。

おうち探しの結論が「大好きなフレンズと一緒のここがおうち」であるなら、「人間フレンズにひどいことした」は、避けて通れないかと。

イルカアシカは芸のネタを与えてあげる、イエイヌは(他人ではなく)飼い主が戻ってくるのを待たせる、リョコウバトには「ひとりじゃないみんなが仲間」ということを教える

元々の話は、人間動物ねじ曲げてしまたことの悲劇、罪悪感、グロテスクサが表現されてるか、でしたよね。それらは一つの責任の取り方かもしれませんが、そうしたニュアンスは、存在しないかと。リョコウバトの場合、「君の家族は全員死んだけど他にも仲間はいるよ。殺したの俺の仲間だけど」というのが「責任」かと言われると、ちょっと。もちろん、絶滅動物に対して人間が償うべきなのか、どう償うのかは、大きなテーマであり、けもフレ2内の1エピソードとして処理するのは限りなく無理です。しかし、だったら最初からリョコウバトを出さなければ良いかと思うわけです。そのあたりが深く考えてないという話です。

余談ですが「おうち探し」がテーマで、「仲間と一緒のここがおうちだった」に落とすためには、通常、「おうちは見つかったが、その上で、仲間と一緒にいることを選ぶ」というプロットします。そうしたほうが「自分意志で選んだ」感が出るからです。「おうち」が見付かったけど、廃墟だったとか、「おうち」側から同胞と認められなかったとかでショックを受けて、その後、決心するとかが基本パターンですね。そこが全くないので響かないんですよね。

イエイヌ不憫感のある結末でしたが、あそこでキュルルちゃんが代わりの飼い主になってしまえば、視聴者は「ああ犬を捨てても誰かが拾えばいいんだ」と受け取ってしまいかねない、飼うことの責任を結果の悲しさを見せることで匂わせた、そういう意図だったのではと思います

キュルルが、イエイヌ孤独、寂しさを理解しつつも、「飼い主の責任」のために去って行く、と、取れる描写があればよかったですね。また飼い主の責任の話を強調するなら、イエイヌが「ヒトなら誰でもよい」と言ってしまってるのがダメでしょう。イヌは「ヒトなら誰でもよい」生き物ではないわけで、そっちのほうが誤解が大きいし、「イヌは人なら誰でもいいんだから、他の人に、あげればいいじゃん」という無責任に繋がりかねません。

私なら、最初イエイヌが、キュルルを、去って行った飼い主と完全に誤解している。キュルルや他のフレンズの助けで、イエイヌが元の飼い主のことをきちんと思い出す。その時、元の飼い主がイエイヌと別れた時に、安易に捨てたわけではなかったことがわかる。キュルルはイエイヌの寂しさを受け止めつつも、今の自分に出来ることはないので、別れる。一人のイエイヌの家に、他のフレンズが遊びに来る、などとします。

野生解放を明言しないの目的が引っかからないようにするため。

何歳くらいを対象に考えてるのかわかりませんが、「ヒーローがなんか技名叫んでパワーアップ」は、戦隊ものでもプリキュアでもアンパンマンでもあるので、そうそう引っかからないと思います

サーバルは対ビースト戦でも野生解放を使っているので、視聴者最終話のシーンでは引っかからないだろう、と考えたのでしょう。

あの時、サーバルの目が光ると、ビーストも同じように目が光るカットがあるので、「同じ系統のパワー」に見えるんですよね。一期の野生解放と同じものか、ちょっと混乱する。

内面世界の外への進出、この観点で二作品の差を論評するのはいささか無理があるのではないでしょうか。

念のために確認しますが、私の意見は「内面世界の外への進出自体は、多くの作品共通する、いわゆる「盛り上がる」部分です。ただ、その進出の仕方に、世界現実の仕組みに矛盾しない理屈がある場合と、理屈なしでイメージが直結する場合がある。ケムリクサは前者で、けもフレ2は、後者のように見えるという話です。

けもフレ1にくらべてもケムリクサは、伏線-回収のプロセスがかなり表面に出ており、しかも草や姉妹の周りで深く・複雑に織り込まれています。流し見していると、在りし日の姉達の思い出や、草の種類など、設定開示が多すぎて雑音が多い視聴感になると思うのですが、すべてに筋を通すべく没頭してみれば、極めて大きいS/N比を持っていることが判る。

通常、作品における伏線・回収は、プロット重要なメインの部分についてやるものだと思います。一つの作品で、画面に映ったこと全部に完璧説明をつけようとすると、かえって面白くなくなるので。それを理解した上で「すべてに筋を通すべく没頭」するのは一つの楽しみ方ですが、作品単体にそれを要求する必要はない。わからないことがあることを含めて楽しめば良いかと。もちろん、楽しめないほど大きな矛盾があれば別ですが、私はそれは感じませんでした。

他方けもフレ2では、けもフレ1の設定との整合意識しなくてはならなくて、キャラクターかぶらないようにしなければならない。ヘラジカプロングホーンは性格はごくごく微妙に違っています舞台装置の融通がケムリクサほどには効かない。遅いジャパリトラクターと海の二人のスピードの差、ホテル位置時代を重ねた末のキャラクター同士の関係性の変化。そういうことで破綻がないようにしなければならなかったわけです。

続編作品のほうが様々な制約があり、オリジナル新作ほど融通が利かないのはその通りだと思います現場の方々は整合性を取ろうとしたのだと思いますけもフレ2で、派手でない部分で、筋、整合性を通してる部分があるのも、もちろんだと思います

その上で、重要な部分で、フウチョウが出てきたりするあたりはファンタジーであるなと。「記憶ケムリクサが不自然に発動したこと」にご都合性がないとは言いませんが、「幻想だか現実だかもよくわからないフウチョウコンビが、どこにでも現れて説教する」は、後者のほうがファンタジー度が高いでしょう。

キュルルちゃん出自も明示的には解決されませんでしたが、一話中心にためつすがめつしてよく見直すと推測の材料が仕込んであり、最終話Cパートですべてが繋がるわけです。

肩すかしなのは、キュルルちゃん出自と、最終話に至るドラマキャラ動機等が、特に関連しなかったからです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズで、疑似不老不死だったことを眼目とするなら、それが何かと絡む必要がありますベタなのは、それによってセルリアンを倒す助けになるとかですね。そうでなくても構いませんが、そういうのが必要です。けもフレ1で、かばちゃんミライフレンズ化だったというのは、「セルリアンに食べられたかばんちゃんが復活した理由」というドラマと結びついてるから意味があるわけです。

ワカバ場合ワカバリン関係性、ケムリクサの赤い霧の世界がなぜ生まれたか姉妹達とはなんだったのか、という、キャラ動機起源世界の成り立ちが解かれて、それが最終決戦の盛り上がりに繋がるところに意味があるわけです。ワカバが、宇宙人なのか、天使なのかの細部は、想像に任せるで良いのです。

牽強付会ですよ。囲まれた敵に立ち向かう描写は自ずとあのようなカットか、あるいは上空から俯瞰のような見せ方になると思います。まさに悪意をもって粗をさがそう、好意的にすべてを伏線ととろう、そのような態度の差が、けもフレ2とケムリクサの評価を分けた一因なのでは。

合理性があろうがあるまいが、1と2の共通するクライマックス部分で、似た構図の印象的なカットを出して、共通性を感じないわけがないです。そこは制作者は気づくべきです。

それを仰るなら、けもフレ2も優しい世界になるでしょう。センちゃんアルマーさんもペパプに暴行を働いたりキュルルちゃん誘拐したことはあったけど、基本的には裏表はなく素直で親切心が高く、イエイヌに貢献できたことを「善いことをしたね」と振り返る。ただその在り方がひたすらにストレートなので、視聴者視点では行動が横暴に見える。けもフレ2のジャングルメンバーは互いに本気で諍いしていますが、キュルルちゃんの仲立ちもあってか最終話ではツンデレ仲良し感を醸し出しています。”キャラ基本的な優しさ”や裏表のなさを実現するのは、恐れながら申し上げますが、難しくないでしょう。人数を絞ればキャラも立たせやすいのでは。そのうえで悪役を自意識のないモンスターにしてしまえばよいわけです。その程度で「優しい世界」とみなせるならそれこそ監督なんて誰でも良くてもできるでしょう。たつき監督が立ち上げた「優しい世界概念スピリットは、けもフレ2にもケムリクサにも息づいていますが、しかし全く道半ばだと思いますけもフレ1でも博士サーバル図書館来館時に背後から頭に蹴りを加えていますし(フクロウ能力表現としても蹴るまでは不要だった)、アニサマコラボ動画では大量のフレンズ酷使して、かばちゃんを、りょうり要員として使役しています視聴者全面的エンパワメントするというか、癒やしとしての芸術表現はここからもっと発展していくべきでしょう。監督名に自動的にくっついてくるラベルにしておくのはもったいない

視聴者視点では行動が横暴に見える」のであれば、それは「優しい世界」「癒やしとしての芸術表現」として失敗してるのではないかと思います

そして「”キャラ基本的な優しさ”や裏表のなさを実現するのは、恐れながら申し上げますが、難しくないでしょう。人数を絞ればキャラも立たせやすいのでは。そのうえで悪役を自意識のないモンスターにしてしま」うこと自体簡単かもしれませんが、その結果、出来上がった作品面白くなるか、評価されるかというと、それはまた別問題ですよね。「優しい世界」というのは、面白かった作品への誉め言葉として使われているように思えます

一般的エンタメ作劇論では低評価するしかない、というのは、納得できました。しかし不備があるというならそれを示していただけませんか。広義の悪意について考えたのですが「対抗心さえ悪意」のように考えると、あらゆる創作に悪意は入り込みます問題なのは「悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらい」ことですよね。作品問題なのか・楽しめない理由が俺たち視聴者にあるか、判別するためには議論を重ねるしかないと思うのです(追記とはいえ、やり取りも長くなったので先は後進に託すとしましょうか?)。

不備について、いくつかは、これまでにも書いたと思います。この記事だと、イエイヌ周りとか、キュルルちゃんの「おうち」「正体」周りですね。

細かな不備はさておき、大きく重要なのは、おっしゃっていた「視聴者視点では行動が横暴に見える。」という点が、印象に残る点だと思います。作り手の意図として「視聴者に対して、キュルルを横暴に見せたい」と思っていたわけではないでしょう。だとするのなら、意図に対して演出脚本が失敗しているわけです。

初見ではわからいかもしれないが、よく考えるとわかる」部分があるのは作品に深みを増しますが、それは細部にやる話で、ドラマとして盛り上がる重要ポイントで誤解を与えてはいけない、というのが普通の作劇かと。

anond:20190408014023

広い意味調和し、繋がる必要はあります。さもないと単に、とっちらかった話になってしまます

けもフレ2の場合、キュルルが「みんなのことが~大好きなんだー!」と叫び、これが多分メインテーマなわけで、だとすると、「リョコウバトを絶滅させ、イルカアシカにショーをさせ、イエイヌ人間なしには生きられなくした人間の業」はメインテーマと真っ向からぶつかるアンチテーゼなわけで、その業とどう向かい合うかは、避けて通れない話でしょう。軽く触れるだけで終わらせるのは構成的に不備があります

けもフレ2のメインテーマは「おうち探し」だと思ってました。そうだとするとヒトの業はアンチテーゼとしては機能しないです。ただ、テーマについて、議論を受けて改めて考えなおしてみたのですが、それぞれ責任の取り方を示唆する決着にはなってたと思いますイルカアシカは芸のネタを与えてあげる、イエイヌは(他人ではなく)飼い主が戻ってくるのを待たせる、リョコウバトには「ひとりじゃないみんなが仲間」ということを教える。イエイヌ不憫感のある結末でしたが、あそこでキュルルちゃんが代わりの飼い主になってしまえば、視聴者は「ああ犬を捨てても誰かが拾えばいいんだ」と受け取ってしまいかねない、飼うことの責任を結果の悲しさを見せることで匂わせた、そういう意図だったのではと思います木村監督仕事受けたあとインタビューで「娯楽なので、ぶっちゃけ監督なんて誰でもいいんですよ」とお話したそうです。この言葉謙遜、およびプロとしての矜持だった、道具に徹するという意志の現れだったのでしょうが騒動で傷ついていたファンには「たつき監督への侮辱か」と受け取られてしまったようで、残念なことです。作劇のプロとしての基準がどのようなものか存じませんが、一般的エンタメ方法論の尺度では、(見得を切った割には)十分な水準に達していなかったということでしょうか。俺としてはとっちらかっているとまでは思えなかったです。

「野生解放と言わずに野生解放で急に強くなる」は、わかりやすさ優先ではなく、むしろ、わかりにくくなっています

野生解放を明言しないの目的が引っかからないようにするため。性格自己申告の目的がわかりやすくするため、と申しました。サーバルは対ビースト戦でも野生解放を使っているので、視聴者最終話のシーンでは引っかからないだろう、と考えたのでしょう。むしろ俺は貴方レベルでそれを見落としたことに驚いています。すくなくとも演出の目論見は失敗したと言っていいでしょうね。

ミドリケムリクサ自体回復できるのに、なぜ、赤を回復してしまわないか、は、複数の葉を重ねて作られた赤を「治す」ことで、元に戻してるのかもしれません。

いただいた他の論はあまり説得力を感じませんでしたが、この解釈は的を射ていると思います考察によって筋を通すことができる、それに耐えられる作品になっている。そういう信頼がたつき監督にはあり、木村監督には無かったのでしょう。見返しておられるとのことで詳しくは控えますが、あらゆるポイント伏線と回収があります。りんが記憶の草を触られて居心地悪くしているシーンは流し見るとなんかエッチ雰囲気に見えてしまますが、きちんと意味のある描写です。内面世界の外への進出、この観点で二作品の差を論評するのはいささか無理があるのではないでしょうか。俺はけもフレ2もSFアドベンチャーとして設定を考察していますしかし先に触れてらっしゃいますが、全体的な伏線-回収のスタイルには2つの作品は確かに大きく異なっています

「さぁとっとと野生解放するのです」… かの名言を忘れているとは。おっしゃる通りで返す言葉もないです。やれやれ咀嚼が足りてないですね。噛めば噛むほど味が出る、これがたつき監督けもフレ1以後の作品凄さでした。個人的には、けもフレ2もそのスピリットを色濃く受け継いでいるように思えます

ただケムリクサという作品は、全体を通して様々な伏線があり、矛盾意味不明に思えた描写が「なるほど、こういうことだったのか!」と思う瞬間が何度もありました。だからこそ、矛盾と思える部分についても「もしかして、これはこうなのでは」と考えたくなりますけもフレ2は、そういう作品ではないので、

これには異を唱えておきますけもフレ1にくらべてもケムリクサは、伏線-回収のプロセスがかなり表面に出ており、しかも草や姉妹の周りで深く・複雑に織り込まれています。流し見していると、在りし日の姉達の思い出や、草の種類など、設定開示が多すぎて雑音が多い視聴感になると思うのですが、すべてに筋を通すべく没頭してみれば、極めて大きいS/N比を持っていることが判る。他方けもフレ2では、けもフレ1の設定との整合意識しなくてはならなくて、キャラクターかぶらないようにしなければならない。ヘラジカプロングホーンは性格はごくごく微妙に違っています舞台装置の融通がケムリクサほどには効かない。遅いジャパリトラクターと海の二人のスピードの差、ホテル位置時代を重ねた末のキャラクター同士の関係性の変化。そういうことで破綻がないようにしなければならなかったわけです。ボスウォッチでキュルルちゃんを探すことができてしまうと、けもフレ1で海に落ちたボスラッキービーストは探せなかったのと矛盾が出る。伏線だけでなく視聴者の印象にも配慮しなくてはならない。最終話唐突ボートが出てくると、あれ? けもフレ1のかばちゃん出立でバスを使ったのはなぜだよ、というショックを与える可能性があるので、うみのフレンズ回で予め出しておく。”うみのごきげん”はそのタイミングで合わせて出す。パーク内でのボスウォッチの在り方は、けもフレ1では”脳みそソコについてんのか!?”というビックリ要素でしか無かったですが、バスハンドルディスプレイウォッチをかざせというようなGUIがあるところからみて、ウォッチボス形態の一つだったと考えられます。そして引き出しに大量の異型筐体のボスウォッチ。「コレを持っていって」っと手渡す。様々な疑問に筋を通す解釈を俺は見つけることができました。見逃してしまうような設定開示を考察で結ぶことができる、これはたつき監督お家芸だったはずですが、継いだ最初仕事再現できる手腕には舌を巻きます

このようにけもフレ2では設定が矛盾しないように、しかもそれを前面に押し出さず(制作が苦労している感が出ないように)背後で処理している。考察を進めると考える上でヒントになる(あるいは制限になる)情報があちこちにあるわけです。視聴時の情報の引っかからなさが、けもフレ2の優れたポイントです。キュルルちゃん出自も明示的には解決されませんでしたが、一話中心にためつすがめつしてよく見直すと推測の材料が仕込んであり、最終話Cパートですべてが繋がるわけです。キュルルちゃんがキュルルちゃん本人のフレンズなら、コレは擬似的に不老不死を実現していることになる。そうすると、けもフレ1の山頂の戦闘機にも理屈がつけられるような気がしませんか。よくある批判に、キュルルちゃんの正体が最終的には謎じゃないか、というものがありますがそれを言うと、わかばの正体も最終的には謎でした。俺から見ると、どちらも読み解くのが… とても楽しい貴方ほどのレベル視聴者にこの作品メルヘン扱いされているのは、勿体無いことこのうえないです。”義憤”や”同調圧力”などがそうさせてるとしたら… ううむ、最初の諍いのとき制作プライドを曲げてでも頭を下げて、互いに許し合うべきだった。残念です。

あのシーン(引用者注けもフレ1の全員集合シーン)を、フレンズセルリアンで再現した、けもフレ2は本当に何をしたかったのだろう……。

牽強付会ですよ。囲まれた敵に立ち向かう描写は自ずとあのようなカットか、あるいは上空から俯瞰のような見せ方になると思います。まさに悪意をもって粗をさがそう、好意的にすべてを伏線ととろう、そのような態度の差が、けもフレ2とケムリクサの評価を分けた一因なのでは。

「優しい世界」と呼ぶかは意見が分かれるかもしれません。ただ、ここで書いたようにキャラ基本的な優しさ、裏表のなさなど、けもフレ1とも共通してる作家性があり、だからこそ、全体として、けもフレファンの人にも人気が出た、くらいは言えると思います

それを仰るなら、けもフレ2も優しい世界になるでしょう。センちゃんアルマーさんもペパプに暴行を働いたりキュルルちゃん誘拐したことはあったけど、基本的には裏表はなく素直で親切心が高く、イエイヌに貢献できたことを「善いことをしたね」と振り返る。ただその在り方がひたすらにストレートなので、視聴者視点では行動が横暴に見える。けもフレ2のジャングルメンバーは互いに本気で諍いしていますが、キュルルちゃんの仲立ちもあってか最終話ではツンデレ仲良し感を醸し出しています。”キャラ基本的な優しさ”や裏表のなさを実現するのは、恐れながら申し上げますが、難しくないでしょう。人数を絞ればキャラも立たせやすいのでは。そのうえで悪役を自意識のないモンスターにしてしまえばよいわけです。その程度で「優しい世界」とみなせるならそれこそ監督なんて誰でも良くてもできるでしょう。たつき監督が立ち上げた「優しい世界概念スピリットは、けもフレ2にもケムリクサにも息づいていますが、しかし全く道半ばだと思いますけもフレ1でも博士サーバル図書館来館時に背後から頭に蹴りを加えていますし(フクロウ能力表現としても蹴るまでは不要だった)、アニサマコラボ動画では大量のフレンズ酷使して、かばちゃんを、りょうり要員として使役しています視聴者全面的エンパワメントするというか、癒やしとしての芸術表現はここからもっと発展していくべきでしょう。監督名に自動的にくっついてくるラベルにしておくのはもったいない

その上で、けもフレ2の設定や伏線に不備がない、とまでは私は言えません。

一般的エンタメ作劇論では低評価するしかない、というのは、納得できました。しかし不備があるというならそれを示していただけませんか。広義の悪意について考えたのですが「対抗心さえ悪意」のように考えると、あらゆる創作に悪意は入り込みます問題なのは「悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらい」ことですよね。作品問題なのか・楽しめない理由が俺たち視聴者にあるか、判別するためには議論を重ねるしかないと思うのです(追記とはいえ、やり取りも長くなったので先は後進に託すとしましょうか?)。

anond:20190407225535

まり関心を持ったことのないポイントなので、勉強になります僭越ながら、グロテスクさが感じられうる示唆的なシーンが、人物の行動の結果などに繋がって作品としてのテーマになるまで昇華されていなかったとしても、芸術的意味はありうるのでは、と考えています。例示していただいたアイデアのように正面からこれをテーマに据えてしまうと、作品自体目的が”説教”になってしまうので避けたが、示唆したいことは確かにあった、という可能性です。別の方の増田引用します。

芸術というものは非常に幅広い概念であり、故に、善し悪しを語るのは、非常に難しくなります。話が拡散しすぎてもしょうがないので、ここでは、いわゆる一般的エンタメ(これ自体もかなり広い概念ですが)の方法論に沿った評価します。

あるモチーフをメインテーマに直接繋げると説教臭くなる場合は確かにあります。メインテーマ一本調子にならないように「Aの正しさ」を中心に描きつつ、「A以外の正しさ」にも軽く触れるといった構成はよくありますね。ただ、その場合でも広い意味調和し、繋がる必要はあります。さもないと単に、とっちらかった話になってしまます

けもフレ2の場合、キュルルが「みんなのことが~大好きなんだー!」と叫び、これが多分メインテーマなわけで、だとすると、「リョコウバトを絶滅させ、イルカアシカにショーをさせ、イエイヌ人間なしには生きられなくした人間の業」はメインテーマと真っ向からぶつかるアンチテーゼなわけで、その業とどう向かい合うかは、避けて通れない話でしょう。軽く触れるだけで終わらせるのは構成的に不備があります

私は、それを「深く考えないで出した」と考えますが、「示唆したいものがあったが描ききれなかった」と考えることもできるでしょう。意図はわかりませんね。

それを仰るなら、けもフレ1の黒いセルリアンとの戦闘でも多くのフレンズは野生解放していないです。

「さぁとっとと野生解放するのです」「我々の群れとしての強さを見せるのです」からの、闇に光る数々の目、は名シーンであったと思います。あれを見ると、「ここが正念なのだから、野生解放できるフレンズは全員した」という流れが伝わるかと。

それはそうと、あのシーンを、フレンズセルリアンで再現した、けもフレ2は本当に何をしたかったのだろう……。

ところで「野生解放を言わない」ということには、けもフレ制作陣の明確な狙いがあると思いますけもフレ2では他にも「ちほー」や「フレンズ」といったタームがほとんど言われません。推測ですが、これは一般受けを狙うために途中から入ったりぼーっと観てる視聴者キッズが引っかからないように配慮したものだと思われます。逆に明確に説明するようになったものもありますキャラクター性格です。「私、体が丈夫なだけじゃなくて記憶力もいいので」「私は用心深いから」… などなど、けもフレ2ではキャラクター自分性格自己申告します。作劇技術的な難度という点ではこのような表現はおそらくレベルが低く、エレガントでもないのでしょう。しかしそれが直ちに作品として悪い、ということにはならないでしょう。解りやすいというメリットは確実にあります。あざといくらいハッキリ言うので、おそらくここを起点に自分でも動物性質を調べてほしい、という願いも込められているのかもしれません。

全体としてキッズ向けのノリで、わかりやすくする意図はあったかもしれません。それはそれで一つの方向性ですよね。ただ「野生解放と言わずに野生解放で急に強くなる」は、わかりやすさ優先ではなく、むしろ、わかりにくくなっています子供なのだから、そのへんの脈絡を気にしない……と仮に制作者が思っているとしたら、それはそれで、子供馬鹿にした話です。子供向けにわかやすくするというのは、そういうことではないでしょう。

ケムリクサ周りは、まだまだ見返して伏線を捜しているので、勘違いしてる点もあるかもしれないことを先に述べて起きます

おっしゃる点、それぞれについて、説明はできると思います。例えば、ミドリケムリクサ自体回復できるのに、なぜ、赤を回復してしまわないか、は、複数の葉を重ねて作られた赤を「治す」ことで、元に戻してるのかもしれません。あるいは、ワカバが苗床になった時に、ミドリに赤に対する抵抗力を与えたのかもしれません。リンの中に、リリの記憶漏れていることは、わかばロックを解除して、そのまま開けっぱなしの状態だったのかもしれません。光については、木を倒して、残った全部の力を、わかば治療に使った描写に思えました。

このへん、贔屓の引き倒しというか、脚本ミスの部分を無理矢理、好意的に見てるものは混じっているかもしれません。好意的に見れば、けもフレ2の矛盾点とおぼしき部分も説明をつけることができるとは思います

ただケムリクサという作品は、全体を通して様々な伏線があり、矛盾意味不明に思えた描写が「なるほど、こういうことだったのか!」と思う瞬間が何度もありました。だからこそ、矛盾と思える部分についても「もしかして、これはこうなのでは」と考えたくなりますけもフレ2は、そういう作品ではないので、その点は一緒にできないなと。

しかし「優しい世界」では全然ないでしょうということは主張しておきます(でもりつ姉はオアシス)。

ケムリクサは、けものフレンズ1に比べて全体的にダークなわけで、それを「優しい世界」と呼ぶかは意見が分かれるかもしれません。ただ、ここで書いたようにキャラ基本的な優しさ、裏表のなさなど、けもフレ1とも共通してる作家性があり、だからこそ、全体として、けもフレファンの人にも人気が出た、くらいは言えると思います

設定や伏線において、けもフレ2に不備があるように思えるのは錯覚で、実態作品の狙いと得意な表現範囲の違い「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」、で済むレベルなのではと考えているのです。

作品の狙い、得意な表現分野の違いにすぎない点が、1との比較で、不当に欠点とされてる部分は多いと思います。その一端は、一連の記事で書いています

その上で、けもフレ2の設定や伏線に不備がない、とまでは私は言えません。もちろん、どんな作品にも瑕疵はあるわけで、減点法だけで評価するのも、考え物です。どこを重視するかの違いかもしれません。

2019-04-07

上司気遣い的外れしんどい

気遣いと受け取っているのが、私なりに好意的解釈した結果だ。

なんていうか、こちらの負荷を上げたくないという彼の行為こちらの負荷をガンガン上げてくることにいい加減気づいてほしい。

依頼元との調整役を買って出てくれるのは結構なのだけど、こちらが調整してほしいことには一切目を向けずに自分が調整したいことレベルの話だけでまとめてタスクを降ってくる。もしかしたら、自分が調整したいことレベルの話すらしてないのかもしれない。全部雰囲気なんじゃないか

それなら一切の調整なしに丸投げされる方が数倍マシだ。彼の仕事は、彼が(たとえ下手くそな上に意味をなさなかったとしても)自分仕事をしたぞ、という実績だけを作るためにやっているかのようなのだこちらがやってほしいことや欲しい情報いくら伝えてもそれは手に入らない。手に入ったと思ったら、なぜかその情報が手に入って初めてこちらで提案できるような内容まで決めてくる。なんでこちらの領域勝手に、それも最悪の手段で決めてくるんだ?こちらのいっていることを何も聞いていないのか?

何度も何度も同じ話をさせられて同じ質問をしてくるのも意味がわからない。わからないならわからないといえばもっと噛み砕いていいんだけど、ここまではわかってます?と確認したらわかってるよと言うもんだから困る。わかってるのになんで同じ質問を、数分後にしてくるのだろう。

テキストコミュニケーション限定してくれないかなあ。なんで人の時間を奪いに来るんだろ。僕はあなたの読み上げ装置じゃないんだよ。

ブクマ一覧にブクマする人がいる謎

ブクマ一覧をわざわざブクマして「非表示」だけ書いていなくなる人がいる

色々なブクマ一覧を見てみると

どうも中韓批判的だったり自民党好意的だとそいつが来るようだ

中韓自民政策個々について同意や反対があるのは普通の事だと思うんだが

とにかく中韓が何をしようと絶賛し、チベット問題みたいに擁護のしようが無いもの無視するようにし、

逆に自民党が何をしようと非難しなければならないらしい

でないと「非表示」だけ書いて逃げていく謎の人が寄ってくる


まあ行動パターンからし左翼なんだろうけど

対話拒否して自分の言いたいことだけを言って逃げるのが左翼トレンドなんだろうか

あれで左翼の中では勝ったことになるんだろうか


「俺はお前を非表示にしてやったぞ!凄いだろう!」みたいな感じ?

あなたモテます

モテるよ派─┬─モテて不満ないよ派─┬─自分努力たかモテたよ、モテないのは自己責任努力すべきだよ(公正世界信念派)
      │           ├─なんかモテるよ(無為派)
      │           └─俺はモテるし不満もないけど、モテない男性という弱者を、使命感をもって救済する活動をしているよ(ノブレス・オブリージュ派)
      │
      └─モテて不満あるよ派─┬─話の通じない女に追いかけられて辛いし怖いよ(性犯罪被害派)
                  ├─ゲイから女にモテても満たされないよ(セクシャルマイノリティ派)
                  ├─好意的な女を片っ端から抱きたいのに浮気だの不倫だの怒られて嫌だよ(ポリアモリー派)
                  └─モテても仕事や持病の辛さが解消されなくて辛いよ(別件で手一杯派)

モテないよ派─┬─モテなくて不満ないよ派─┬─欲求がないよ(アセクシャル派)
       │             ├─モテないネタ共感PVが稼げるよ(配られたカード勝負派)
       │             ├─モテないけど妻が受け容れてくれたから満足だよ(一夫一婦派)
       │             └─昔はブイブイ言わしたもんだよ、最近若いのは元気がなくてまったくダメだね(マウンティング懐古派)
       │
       └─モテなくて不満あるよ派─┬─問題他者にあるよ派─┬─問題社会にあるよ派─┬─女性社会進出を止めて、未婚女性・離別女性餓死するようにすべき(兵糧攻め派)
                     │            │            └─親や公教育男児女性とのコミュニケーション作法を教えるべき(パターナリズム復古派)
                     │            └─問題女性にあるよ派─┬─女性男性を無条件に受け入れるべき(強姦運動派)
                     │                         └─女性自発的に俺を好きになるべき(魔法派)
                     │
                     └─問題自分にあるよ派─┬─モテるための努力をしているよ(モテヒエラルキー適応派)
                                  ├─モテないことに苦しみを感じずに済む方法模索しているよ(モテヒエラルキー離脱派)
                                  ├─死を待っているよ(消極的自殺派)
                                  └─死ぬよ(積極的自殺派)

2019-04-05

anond:20190404064638

本文中などで疑問に思った箇所や、事実実態と異なっているように感じる箇所をさらっていたら文章が長くなってしまいました。早口になってそう。つば飛ばしてそう。

なので、レスの要点を書くと、

感想は多様としても、事実とまでも違くね?

主語を突然大きくしたのはなぜ?

・この文章レッテル貼りしてません?

の3本です。

本文中で言われている「そこに入れない者、入らない者になってる者」が「神に仇なす者」ですか?

「一期生作者に仇なしたであろう二期制作者/神に仇なす別の神に団体信者として反撃する」

信者に仇なす者に反撃する団体としての信者」は見ましたけど、

「仇なしていない/どこか否定することをしていないのに特攻する団体としての信者」があれば情報をください。

仮に「けもフレ受け入れられない」「たつきの好きじゃない」というコメントを残す人(とりあえず制作側は除く)がいても、団体としてのけもフレファン特攻したり迫害した事ってどれだけありますかね?

特に、どこか否定的な文を含まないものに対する、団体としての攻撃についてです。

ネット上などでけもフレファンからまれてる人はどこか否定する文体けもフレについて触れていて、そういうコメントしたことに対して、「同様に、どこか否定する文体でのレスポンスを個人からうけている」という風な状況として、度々見ます

また、否定的な文を廃した「けもフレ2に対する好意的肯定的考察感想」に対して、

「違う観点で見ていて面白い」とコメントされ、シェアされているのを見ました。

また、けもフレ煙草に限って言うと、戦闘になってる相手基本的には本文中の3点に加えて、

積極的他罰・他害を加えてくるもの

であることを指摘します。

本文中の「不快存在フレンズではない」に関しても、私は当時はリアタイしていませんでしたが2期にて通称ごますりクソバード」と呼ばれてるキャラが、不快な部分も含めてフレンズとして許容されていたことも指摘します。

けものフレンズ1の登場人物も、人同士の争いが無いかといえば、そもそも作中の文脈で言えば登場してる人は0ないし1ですから「人同士」という状況がないため争いがおきるはずもありません。

ただ本文中の文脈が仮に「キャラ同士」という意味だとすれば、アライさんはかばちゃんと争っていると言えます

本文を一読しただけですが、意見の箇所については個々の観点があるため意見は異なるとは言え、

事実出来事を取り扱う箇所については、ちょっと穴の多い文章かなと思いましたね。。。。

そして文頭では「一部の人たちにとって本当の神になった」と言いながら文末にかけて

ファンは〜」「〜騒動は収まるだろうし」「彼の国の安心は〜」

とずさんに主語を大きくしている点についても気になりました。

その上でわたし感想ですが、本文中の単語をあえて流用すると、本文は多様社会のフリをしながら多様性強制したディストピア的な観点を感じさせる文章だな、コメントだなと私からは見えました。

だってディストピアけもフレ全体主義けもフレナチス?それはレッテル貼りであって、批判感想考察とは異なってますよ。

anond:20190405151801

ああ、最大限好意的解釈することに努めたつもりでしたが、ごくごく普通差別主義者の方でしたか

ここまで議論にお付き合いくださり、ありがとうございました。

2019-04-04

anond:20190404105141

アイドルおっかけてる男オタだって韓流とかジュニア熱狂してるババアみて好意的感想は持てないでしょ

で、第三者から見たらどっちもキモい

2019-04-03

昔いたジャンルでのパクられつれづれ

■初期  

・非絵描きA

支部大手らにコメントを送る熱狂CP信者

私:サイト落書きup

→Aが好意的コメント

→A「ちょっと描いてみました」と支部に初イラストup

→ほぼ私の落書きと構図同じ

大手らの好意的コメントつく

A:続けて「漫画描いてみました」と支部4コマup

→私がサイトにupしていた漫画セリフを変えてオチ部分をパクった4コマ

大手らの好意的コメント

→私:しばらく絵が描けなくなる

私:Aをサイトからブロック

→数ヵ月後

→A「何故か見れなくなってたけどやっと帰って来れました!!」と串刺し強行突破コメント

さらブロック

  

■再開

・人気絵描きB

元々ゆるパク癖あり、言葉遣いパクる

自分漫画ほとんど描けないがパロ漫画を描く、筆が速い

唯一の交流相手

個人誌発行】

B:読んだその日にツイでその内容を一枚絵にして私にリプ

→本の内容を描いた等は明記してない

→リプ絵に反応集まる

私:ツイに特殊設定の漫画up

→B「描いてみました」とツイに漫画up

→設定と服装カラーリング全く同じ

→反応集まる

→Bさらにその設定でイラストup

→反応以下略

B:パクり癖加速

絵描きから気に入った設定をひたすらパクって絵をup、構ってタグも増える

私:らくがきupしなくなる

個人誌2冊目発行】

B:やはり即日一枚絵リプ

サンプルに載せていないネタバレも含まれていた

→私やめてくれとDM

→Bリプ絵を消す

→B「がんばって描いたので見て下さい!!」

DMで一枚絵と差分を送る

→私無理矢理褒める

B:イラストをup

→長年ジャンルにいる大手さんが数年前の本を再版サンプルup

→表紙絵がBのイラスト服装シチュ全く同じ

大手さんもBにパクられていたと気づく

大手さんはBと逆CP

→その後大手さん休止宣言

  

■中期

B:他人の絵柄で描くタグツイート

→反応集まる

→私スルー

→B驚異的な筆の速さで次々絵をup

→私スルー

→B「まだまだ募集してます!!」

→反応集まる

→私仕方なく反応

→直後B「以上で締め切りました!ありがとうございます!!」

→B私の絵柄でイラストup

→B「私さんの絵柄で描いてみたかった!!」

→私Bと距離を置こうと決める

私:web上に絵や漫画のupをやめる

→ツイのプロフ絵文字1つにして鍵掛け

ツイートもやめて放置

→ひっそりツイ垢削除

個人誌3冊目発行】

支部サンプルup

→使ってもらうために描いてる訳ではないと書く

→Bの反応なし

しばらくして支部ブクマが全て1つ減っているのに気づく

→久しぶりにBのツイッター見る

→B「私いらない人なんですね○月○日にツイ支部やめます

フォロワーから吉牛多数

支部プロフが私の鍵ツイプロフと同じ絵文字1つ

→Bの支部ブロック

  

■後期

一切交流無しで本を細々発行

→休止して放置

サイト支部全て削除

  

【その他】

・設定を使わせてくれとコメント来る

海外垢にイラストを無断でツイのヘッダーに使われる

・全く知らない人が「(私のサークル名)風」と私の絵柄で描いたラテアートをup、ツイアイコンにする

海外から百度転載させてくれとコメント来る

  

以上、私が活動していたジャンルでの経験です。

むなしくなってそのジャンル活動はやめました。

描く度に削られて踏み台にされるような思いしかなかったです。

私の絵は底辺レベルです。フォロワー交流も少なかった。

そのため、素材として使いやすかったのだと思います

反応や感想ほとんどもらえる事もなかったのに次々パクられて向こうに反応が行ってしまうのが悔しかった。

自分の頭がおかしくて被害妄想幻覚を見ているのではと疑う日々でした。

何よりSNSの流れの速さについていけなくていつも焦っていました。

他の人の作品を楽しんで見る事も、気軽に落書きをupする事もできなくなって

一体何が楽しくてそのジャンル必死活動していたのかわかりません。

「休止します」と滅多に人の来ないブログに書いた所で当然コメントは一切来ませんでした。笑

本当に何だったんだろう。

今は全く関係のない新規垢で気が向いた時にのんびり創作しています

好意的コメントや反応を時々もらえて、こんな下手くそが描いた作品を見てくれる人がいる事にとても感謝しています

苦しい思いをしながら無理に続けるより、他に描きたいものを見つけて移ってしまうのも一つの方法じゃないかなと思います

パクり騒動を目にしてしまう度に思い出して嫌な気分になるので元号変わる前にもう忘れたい。

2019-04-01

anond:20190401120027

まり誰かが「令」を発して、下々のものは、それに追従して「和」であれってことに真っ先に思えた。

ああ、上がやりがいだの熱意だの持って歩めと「令」を下せば、そのまま歩んで不満も言わず死ねみたいな感じもな。

令って命令以外にどんな意味があるかと思ったが、①いいつける。命じる。いいつけ。「令状」「命令」 ②のり。きまり。おきて。「訓令」「法令」 ③おさ。長官。「県令」 ④よい。りっぱな。「令色」「令名」 ⑤他人親族に対する敬称。「令室」「令嬢」. 下つき. 禁令(キンレイ)・訓令(クンレイ)・号令(ゴウレイ)・司令(シレイ)・ ...

上に従え、あるいはルール以上に好意的理由見つからん

2019-03-31

炎上したドイツCM

最大限好意的解釈して「極東にはこんな性に開放的な国がある」っていう意味での情景なのかもしれないけど。

オリエンタリズム差別」って散々言われてるんだし、「憧れてるだけで侮蔑してないか差別じゃない」なんて言い訳が通じる時代でもないよね。

2019-03-30

最近オタクの先鋭化はやはりラノベ元凶なのでは?

このまとめを見た。

【またお前らか】『なんでここに先生が!?』のブースツイートに、いつもの連中がイチャモン付けに来た。 - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1331836

このおっぱい展示を擁護してる人を見るとある共通点に気づく。それはラノベオタクばかりということだ。

最近社会学VSオタクという構図になってきているが、同時にほとんどの場合社会学VSラノベオタクでもある。

なぜラノベオタクラノベという人文・社会科学産物を超好意的に嗜んでいながら反文学部的なスタンスなのかは興味深い話題でもある。

ひとつの仮説として考えたのは、ラノベオタクは人文・社会科学系の専門書を大して読んでいないということだ(多くの人は理系なのだろう)。そして彼らはラノベや彼らが「一般小説」と読んでいる類の大衆文学ばかり読んでいるということ。

彼らは人文・社会科学産物であるラノベを大量に読んでいながらも、その文脈理解しないままただ漫然とストーリーを楽しんでいるということになる。

これでは人格の涵養など望めないし、ネトウヨ感性のまま年を取っても仕方がないのかもしれない。

ラノベオタクたちは「俺たちは賢い」「他のやつらはバカ」というスタンスが基本になっている。

とても自信に満ち溢れているように見える。

彼らは自分は「読書家」だから知的人間だと思っているのだろう。

彼らが読んでいるのはたかが「小説」にすぎないのだが、しかし「小説」も「本」には違いない。

「本を読んでいる=賢い」というような思い込みがあるのではないか

ラノベオタクたちの高慢さ、傲慢さを見るとそういったものを感じる。

彼らを観察していると、年齢の割に教養のなさ(雑学的な浅い知識だけは豊富)、バランス感覚のなさ、他者への配慮のなさ、といったものをすごく感じる。

深い理解に基づく知識のなさや教養の欠落などは大した問題ではない。問題なのはラノベオタクたちが社会の中で厄介者化していることだ。彼らは被害者意識がとてつもなく強く、他者への攻撃性が高い、ということは外から観察している人にはよく見えていることだろう。

いい大人なら社会というのは人と人との衝突(それも陳腐な衝突だ)が日常的に起きるということを知っている。主義主義思想思想、思惑と思惑、そういったものは衝突するものだ。

彼らが絶対原理として掲げる「表現の自由」だが、もちろんこれも他の主義思想との衝突は避けられない。どんなもの絶対不可侵はいられない。それが社会というものだ。絶対安全圏などない。ここは永遠安寧の天国ではない。

だが、ラノベオタクたちにはこういったことがわからない。社会とは他者との関わりあいだということが理解できない。教条主義に陥っているラノベオタクたちは結果的文字通り「信者」のようなものと化す。したがって、思考は粗雑になり、「正義オタクVS悪のフェミ」という安易な構図・構造でっちあげられるに至る。ここには「対話」「相互理解への意志」といったものはない。

表現規制への反対」これは大いに理解するし共感もする。ただし、攻撃的だったり刺激的・煽情的表現はつねに他の主義思想と衝突することにもなる。だからそこで「対話」が必要になる。議論をして社会の中で落とし所を見つけていくことになる。もちろん一方的排除であっては絶対にいけないし、かといって完全な許容にもならないだろう。

社会の中で生きるということは自分を全肯定されることでもなければ全否定されることでもない。こういったバランス感覚ラノベオタクには欠けているように見える。とてもナイーブで0か100かという思考になっている。彼らには「中間」の状態理解できないのかもしれない。

あるいは溢れる想像力が「中間から「極端」への推移を瞬時に見越してしまって危険信号を受信するのかもしれない。

だがそれこそが教養のなさというものであり、現実の複雑性を理解していない証拠ともいえる。極めて幼稚な思考といっていいだろう。幼稚な想像力に溢れる彼らには大人想像力がない。

ここまでいろいろ書いてはみたが、ラノベオタクには何を言っても無駄だろうということも感じている。

したがって、社会ラノベオタクという厄介者をどう取り扱っていくのかという問題になってくる。

今回書いたようにオタク一方的排除であってはいけない。オタクにも生存権を与えなければならない。ただ、オタク表現社会規範と衝突することが極めて多い。

からゾーニング」という話になってくる。

しかオタクは「ゾーニング」を「表現規制」と言い換えて反発している。

さあどうしたものか。

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