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はてなキーワード: 主題とは

2019-04-15

底辺の字書きがpixivブクマを獲得する方法

ブクマが50も取れないっていう人向けです。

そもそも母数が少ない極小ニッチジャンルは除きます

比較的若年層を読者として想定してます

原作を読んで・観て、心が滾って、二次創作を漁る。

考察妄想が膨らんで、このアイデアを誰かと共有したいと思う。

書いて、ドキドキ、ちょっと時間を置いてブクマいいねの数を確認

それで自分の期待以下の数値だから、この記事を読んでいるのでしょう。

なんで、私の作品共感されない!

アイツより、あの作品より良いモノだと思うのに!

少なくともこれ位は数は稼げると思った!

…わかるよ、その気持ちは痛い程わかる。

でもね、君は何でもかんでもブクマするかいいいねをするかい

私はよっぽど後でじっくり読みなおしたいと思わないとしない。

中にはエンジェル投資家みたいな人がいて、ブクマいいねしてくれるけど。

まあ、これを読んでいる人はそういった人たち以外からも欲しいんだろう。

でもね、まず二次創作文字を読んでくれる人が少ないんだ。

だってライト層だった君もそうだろう?

ツイッターpixiv画像漫画検索して読んでなかったかい?

ハマってから文章を読んだだろう?

あと、自分に正直になって思い直してみてよ。

pixiv検索する時に「1000」とか「users」とか入れてたでしょ?

ブクマ数少ないから読まないで飛ばそ、って思ったことあるでしょう?

そういうことさ。

同じストーリーでも絵や漫画の方が読みやすい。

仮にダメストーリーでも「絵」として楽しめる。

あのコマの表情がいい……セリフが……ってなるでしょう。

それが小説では難しいんだな。

好きなCPブクマ数を稼げて、それでいて神たちと交流する。

できたらいいね、でも待ってほしい。

ミニマリズム万歳で多機能商品が増えたからそう思うのはしょうがないけど。

そういうことは大変レアことなんだよ。

好きな事で実は才能があって、生業とし成功している――レアケースだね。

運と才能と努力が全て満たされないと怒らない奇跡だ。

作品登場人物への萌えや想いと自分自己承認欲求を混ぜちゃだめだよ。

だってさ、それってキャラ作品自己肯定力の強化に利用していることじゃない?

結局、ちやほやされたいのは自分だろってなるんだけど。

わかるよ。でもさ、認められたいよね。

で、タイトルにある通りにある程度のことは教えてあげるよ。

私も二つの欲望を持ったことのある人間からね。

デカルトという人が「困難は分割せよ」って言ったんだ。

まずは分けてごらんよ、萌え自己承認欲求とを。

自己承認欲求を満たすためのノウハウを教えようじゃないか

言っておくけど、邪道だよ。

私も自己承認欲求を持て余していたんだ。

結論からいうと、満たされた。

別のジャンルに今はいるけど、すっごいマイナーなんだ。

usersタグなんて存在するの?っていう感じでね。

でも、書きたいし、書いたらコメントをくれたりブクマをくれる人が存在する。

本当に少ないんだ。身内のなれ合いかもしれない。

それこそエンジェル投資家なのかもしれないけど、別にいいや。

だって書きたいだけで認められたいっていう欲求はないからね。

さて、自分語りはこれくらいにしよう。

まず、ツイッターをやっているかい?

そこで交流してると「ご祝儀」と「ご挨拶」でブクマいいねを貰えるよ。

正直ね、お愛想笑いみたいなのなんだけど、やらざるを得ないよ。

え、私が求めているのはこんなものじゃないって?

あのね、全く無名で売れると思ったら大間違いよ。

サクラでもいいか口コミ必要なのよ。

良い商品から売れるんじゃない。売れるから良い商品なんだよ。

ブクマ数が欲しいんでしょ?

……ちゃん評価されたい?OK、待ってくれ。

「困難は分割せよ」だ。

ちゃん評価されるには、自分の実力や作品の内容が伴ってないと駄目。

なので、そういう人はちゃんとお勉強をしてください。

小説の書き方の講座はネットに沢山あるよ。

語彙力や自分感性を磨きなさいね

エモいとかバブみとか汎用性のある言語ご法度よ。

大体、販売されている商業小説日常的に読んでいますか?

読書感想文小論文を真面目に取り組んだことはありますか?

映画演劇を見たりする?展開などを考察する?

さて、ちゃんとお勉強するのも交流するのも面倒くさい人がいるよね。

私は交流が苦手でね、ツイッター全くやらなかったし。

商業小説映画演劇もそんなに読んだり見ない。

だけどね、1000users入りタグは手に入れることはできるんだよ。

君もそういったことを知りたいんだろ。

ダイエット本でさ、栄養バランスとか健康とはとか要らない人だろ。

手っ取り早く、簡単に早急に結果が欲しい人間だ。

長期的に見たら良くないと思うよ。

でも、まずは渇望する承認欲求を満たしてからでもいいよね。

条件として、他にブクマ高獲得作品ゴロゴロしている分野だとするよ。

極小ジャンル彗星のごとく現れて、ブクマをかき集めるようなメアリー・スーは諦めてね。

さて、これはpixivブクマツイッターいいねを獲得するための攻略法だ。

ツイッターをやってない、交流をいっさいしない。

ブクマいいねも一切誰にもしなかったアカウントでやったことだよ。

から普通の人ならもっともっとブクマを稼げると思うよ。

自己承認欲求マーケティングさ。

第一に、むやみやたらに長作を書くのはやめよう。

長い=素晴らしい、じゃないんだ。特に新参者にとってはね。

頑張っても5000~10000文字かな?20前後で読めるといいね

だって、そこまで書ける実力ないでしょう?

仮にそうでも分割しなよ。パート1と2みたいに。

連作の一話目はブクマ数が稼ぎやすいんだ。

その分、二話、三話とどんどん減っていくけどね。

いきなり得体のしれない人の超大作は読みたくないよ。

だって頭を使うし、体力も使うんだよ。

素晴らしい名作も疲れるけど、駄作駄作で疲れるんだ。

あと、自分に一番適している字数を把握するのも必要だよ。

もっと短く、お手頃だったらツイッター文庫風の物語を上げるのはどう?

リーで繋げればいいんじゃないかな。

Pixivで500文字作品とか読まれにくいけど、ツイッターなら別だよ。

あと、そういう文字数でブクマがある人は、その人がブランドなんだ。

ちゃんとしたものを書くって信頼されているんだよ。

あ、でも140字SS名刺鬼門だ。

俳句と一緒で文字数が制限されているが故に、センスと語彙力が求められる。

チャレンジしてもいいけど、気を付けてね。

結構アカウント名とプロ画を人は意外と覚えているよ。

あと字書きのツイートpixivキャプションは気を付けてね。

ある程度の知性は求められるんだ。はっちゃけすぎないで。

作品と作者の人格別にしてもらいたいけど、しょうがいね

今はブクマ数を考えるんだ。

個人のあるがままを受け入れて欲しいなら、「困難は分割せよ」だよ。

それは私には何もアドバイスできないんだ。すまないね

さて、君は空気を読めているかな?

活躍したいジャンルで「users」とか数字検索してみよう。

素晴らしい作品が厳選されているはずだよ。片っ端から読んでみよう。

どんな話が皆の心を掴むのかな。どんな雰囲気なのかな。

原作が重苦しくて希望の光さえ見えないのに、ナンセンスギャグの話があった?

評価であったとしたら、それは作者や作品に光るものがあったってことだ。

君には、少なくともこれを読んでいる限りは無縁の話さ。

真の実力とセンス磨きが必要からね。

さて、今度はブクマが極端に少ないものを読んでみよう。

駄目なポイントが見えてくるんじゃない?

人は自分のことは省みない癖に、他人の粗探しの達人なのさ。

良し悪しじゃないんだ。人気・不人気の違いが分かっただろう。

君のジャンルでは読者はこういうものが好きということが分かった。

パクらずに、似たような雰囲気のものを考えてごらん。

え、難しい?無理だって

原作世界観理解するのに自分の頭が追い付いていないだと?

んー、まあ、それは「キャラ萌え」なんじゃないですかね。

でも、それでもOKです。キャラ独立した存在として愛でてもOK

クロスオーバーカメオ出演というのはそういうものさ。

でもそうなったら、君は原作活躍する姿を描くには実力不足だ。

じゃあ、どうする?パロディですね。現パロでもいかがでしょう。

まれ意味は全く違いますが、ある人がこう言いました。

「語り得ぬことは沈黙せねばならない」と。

書けないものは書かない方が得策です。

書いてもいいですが、それで評価してもらおうとは思わないでくれ。

高校生パロはどうだろう?アルバイトしている光景はどうだろう?

詳しく書けるんじゃないかな?

その場に置かれた時の困難や葛藤が分かるでしょ?

さて、それ以外にブクマ数をブーストするパロディがあります

オ.メガバースとかセ.クピスパロとかね。他にもあるけど。

こういうのは予め世界観を作ってくれているから楽だよね。

自分表現力が足りなくても、読者がくみ取ってくれる。

そして、主題も関心も共有しやすいんだ。

え、私には書きたい主題がある?そういう俗っぽいのは嫌?

いか、ここはブクマを稼ぐための記事だ。

自分なりに温めていた大事主題喝采を浴びたいなら、

それこそ相応の実力を身に着けてから「機は熟した」と発表したまえ。

R18シーンがあるとブクマが増えやすいんだけどね。

これは相当の表現力が必要なんだ。全感覚を総動員させた文章必要

視覚、触覚、聴覚、そして愛情ね。それをノせないと駄目。

それ専用のお勉強必要なんだ。

あと100ブクマくらいなら、なくても達成できるよ。

そして、投稿するタイミングだ。

ジャンルの旬や盛り上げる時期というのも大事だよね。

これについてはコントロールできないから諦めてね。

平日の昼間に投稿するのと金曜日の夜に投稿するの、どっちが有利だと思う?

あと、目立たなきゃダメなんだ。印象付けないとだめなんだ。

イベントに向けて神や大手執筆に頑張っている時やイベント直後がいい。

投稿があってもサンプルだったりするから文字数少ないし、ブクマも少ないでしょ。

え、汚いだって?まあ、本心を言えばそれでも君のよりもサンプルの方が読まれているよ。

でも言っただろう!ここはブクマ数が全てだと!

全員が全員イベントに行く訳じゃなく、本を買う訳でもないんだ。

そういう時にこそ上げてみるんだ。

枯渇しているから、普段なら足蹴りするような作品を読むだろう?

マナー問題を指摘する人がいるかもしれないけど弱小の字書き程度なら大丈夫だよ。

ある程度認知されたなら止めようね。

あと、一気にブクマが増えると思ったらだめだよ。

最初作品は30、50、数作品後に100、300、そして500越え作品ができるんだ。

ジャンル活躍していてもいきなり500越えは難しいんじゃないかな。

例外ジャンル創設期であるけれども、その時期は飢えてるからブクマ率高いよね。

あと、ブクマって徐々に増えるんだ。

2年前の作品が知らぬ間にブクマ数が膨れていることもある。

映画化とか、アニメ化とかあるしね。

ここは当初の意気込みと矛盾するけど気長に行こうよ。

エゴ欲望を満たした後は、じっくり作品に取り掛かろうか。

資料を読み漁ったり、考察にふけたり、交流に励んだり。

いつかは本も出したくなるかもしれないね

最後まで読んでくれてありがとう

もうすぐ5000文字行くんだよね。よく読んでくれたね。

大事なことは、「困難は分割せよ」だよ。

ブクマ欲しいよね、それはしょうがないさ。

じゃあ、それに向けてやれる努力をしようよ。

もちろん、付け焼刃から本当の「実力」も伸ばしてね。

字書きは色々と面倒なんだ。変な劣等感があるし、そんで優越感もあるよね。

漫画や絵よりは読まれないよ。しょうがないよ。

ワンピースハードカバー小説本だったら今みたいに読まれてた?

まあ、小説もすごいよ。人格内面を深く描き出すよね。

響きと怒り』とか『アルジャーノンに花束を』の語り手の表現が凄いんだ。

まあ、読まなくてもいいけど。

でもさ、物語を書き始めるとそういったことに関心が向くと思うよ。

書き始めて「たのしー!」ってなってから「読んでみるか」でいいさ。

物語を書くのは簡単なんだ。

だって書けるけど、良いものや人に愛されるものは別なんだ。

拙いけど素晴らしい作品はあるけど発掘してもらえるかな?

まずは心安らかに楽しい!」って思ってもらえるように。

読んでもらえるものを書いてもいいんじゃないかな。

2019-04-13

anond:20190413194807

ほら、言ったそばから相手のことを「上野から批判してる」と決めつけてる。

男女関係ないなら男子生徒サゲも女子上げも要らないだろ?そしたらいい加減な統計ゴッコの不備を突かれることもなかった。

あれは上野にとって必要な部分で、むしろアレこそ主題だったのだ。長々と語ってるしな。

そしてアレを「普遍的に感動させる」って言ってる辺りも、ナチュラル批判者を「普遍的から排除してるね。

スピーチ無謬を疑ってないと俺が指摘した側から証明してくれてる。

実際は違う。あのような男叩きの悪文はどこの大学入学式にも相応しくないし、男性嫌悪者以外には感動を与えない。

2019-04-12

anond:20190412161606

国語辞典英英辞典は似てる言葉でいいかえて説明するものだし

こんだけ他の定義があるうちの一部だからドヤがおされましても

いちおうスマホはのためにぐぐる翻訳コピペってやるよバカどもありがたがれよ

1・mass noun 1人または1人のグループに対する、あるいは不公平と見なされる形での、または反対に対する偏見または偏見

外国人申請者に対するバイアス証拠がありました」

採用における若い人たちへのバイアス

より多くの例文同義

1.1 特定の分野または主題に対する集中または関心。

「彼の作品哲学への認識できる偏りを示した」

より多くの例文

1.2 その導出において考慮されていない要因による統計結果の系統的な歪み。

例文

2 織物の織り方に対して斜めの方向。

バイアスカットターコイズシルクドレス

より多くの例文同義

3 (ボウルに)ボウルの片側に与えられた不規則な形状。

例文

3.1 その不規則な形状の結果としてボウルによって取られる斜めのコース

例文

4 電子機器

システムまたはデバイスを所定の範囲動作させるために、システムまたはデバイスに印加される定常電圧、磁界、またはその他の要因。

anond:20190412140642

じゃあその可能性を自分で追求したらいいじゃん、増田以外で

感情的かまってちゃん主題違いスレに繰り広げ始めたのはおまえのほうですよ

恥知らず

2019-04-11

anond:20190411152942

別に俺は女性専用車両撤廃主題に挙げてないからそれは正直どうでもいいわ。

それに「第一歩」って書いたろ?そこから先にも長い道のりが待ってるってこっちゃ。

2019-04-09

ドラゴンが火を吐きはじめたのっていつごろなの?

ギリシャ神話のテューポー

今日ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語の始まりは、およそ紀元前15世紀頃に遡ると考えられている。物語は、その草創期においては、口承形式でうたわれ伝えられてきた。紀元前9世紀または8世紀頃に属すると考えられるホメーロスの二大叙事詩イーリアス』と『オデュッセイア』は、この口承形式神話の頂点に位置する傑作とされる。

巨体は星々と頭が摩するほどで、その腕は伸ばせば世界東西の涯にも達した。腿から上は人間と同じだが、腿から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしているという。底知れぬ力を持ち、その脚は決して疲れることがない。肩からは百の蛇の頭が生え、火のように輝く目を持ち、炎を吐いた。

半人半蛇だけど「炎を吐く邪悪な蛇」のイメージにはなっているかも。

ギリシャ神話怪物はだいたいテューポーの子孫だし。

ギリシャ神話ラードーン

ラードーン(古希: Λάδων, Lādōn)は、ギリシア神話に登場する、林檎園の黄金林檎を守っていた、100の頭を持つ茶色ドラゴン

(中略)

から炎を吐き、一説では顎の関節が尾にある為、体全体が口のようになっており、百の首を持つといわれている。

と、Wikipediaには書かれているが、ラードーンが火を吐くかどうかは定かでない。

何が出典なんだろ?

旧約聖書レヴィアタン

ヨブ記』(ヨブき、ヘブライ語:סֵפֶר אִיּוֹב)は、『旧約聖書』に収められている書物で、ユダヤ教では「諸書」の範疇の三番目に数えられている。ユダヤ教伝統では同書を執筆したのはモーセであったとされているが、実際の作者は不詳。高等批評に立つ者は、紀元前5世紀から紀元前3世紀ごろにパレスチナで成立した文献と見る。

ヨブ記』によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹く。

(中略)

その姿は、伝統的には巨大な魚やクジラやワニなどの水陸両生の爬虫類で描かれるが、後世には海蛇や(それに近い形での)竜などといった形でも描かれている。

サラマンダー

プリニウス著作で唯一現存しているのが、自然芸術についての百科全書的な37巻の大著博物誌である自然界の歴史網羅する史上初の刊行物であった。

(中略)

最初10巻は77年に発表され、残りは彼の死後おそらく小プリニウスによって公刊された。

プリニウスの『博物誌10巻には、サラマンドラは斑点を持つ小さなトカゲで、雨が降ると現れるが晴れると姿を消し、体が冷たく火に遭うと溶けると記録されているが、これはサンショウウオに関する記述と考えられている。

また、『博物誌11巻にはピュラリスというキプロスの炉の炎の中でしか生きられない動物が登場しており、精霊サラマンダーこちらに近い。上記の通り、炎を操る特徴からファイアードレイクと同一視され、ドラゴンとして扱われることもある。

「ベーオウルフ」のドラゴン

『ベーオウルフ』が成立した時期は、作品内部にも外部の言及としても成立の時期を特定する記述存在しないため、必ずしも明らかではないが、8世紀から9世紀にかけての間に成ったと考えられている[3]。

第一部でベーオウルフは巨人ドラゴンとも言われている)グレンデルとその母親と戦い、第二部では炎を吐く竜と死闘をかわす。 なお、インパクトが強くかつ謎の多いグレンデルとその親に関しては言及されることが多いが、炎を吐く竜に関してのものは少ない傾向にある。だが、同時にいわゆる「ドラゴン約束事」(財宝を蓄え守っている、翼を持って空を飛ぶ、火を吐くなど)をほぼそろえている珍しいドラゴンでもある。

スラヴ神話のズメイ

スラヴ民族文字を持たなかったため、伝えられた神話民族独自に記録した資料存在しない。スラヴ神話存在した事を記す資料として、9世紀から12世紀の間に行われたキリスト教改宗弾圧の際の「キリスト教」の立場から記された断片的な異教信仰を示す内容の記述が残るのみであるスラヴ神話地方により様々なバリエーションがあったことが近年の研究により明らかになっている。

ズメイ・ゴルイニチ(「山の息子の竜」の意)の場合、3つ首以上、多ければ12体幹を持つと表現され、火や毒を噴くなど、歴然とした一般の「竜」のイメージで描かれる。

アングロサクソン年代記ファイアードレイク

アングロサクソン年代記』はアングロサクソン史を古英語で綴った年代記集大成である編纂9世紀後半のアルフレッド大王の治世に、恐らくはウェセックスにおいて行われた。

火の竜」を意味する名前の通り、炎をまとい、口からも炎を吐く。空を飛び、それが現れる時は辺り一面、昼のように照らされる。曇天の空に不思議な光が走る時はファイアードレイクが飛んでいるのだとされた。

隕石という説があるらしい。

獅子騎士イヴァン」のドラゴン

イヴァンまたは獅子騎士』(イヴァンまたはししのきし、Yvain, le Chevalier au Lion)は、1170年から1181年頃にかけてクレティアン・ド・トロワにより著作された散文騎士物語であり、アーサー王伝説主題にした5作品ひとつである

イヴァンは旅の途中で火を吐く大蛇獅子が戦っているところに出くわす。イヴァンは問答のすえ獅子に加勢し、大蛇を倒した。これに恩義を感じた獅子は、イヴァンと行動を共にするようになり、イヴァン獅子を連れた騎士とだけしか名乗らなくなる。

黄金伝説」のドラゴン

黄金伝説』(おうごんでんせつ、羅: Legenda aurea または Legenda sanctorum、レゲンダ・アウレア)は、ヤコブス・デ・ウォラギネ1230頃 – 98)によるキリスト教聖人伝集。1267年頃に完成した。

その時代エチオピアの町では一人の魔術師権力を持っていた。彼は常に恐ろしい二匹のドラゴンを連れていて、自分にはむかう者にけしかけていた。あまり大きなドラゴンではなかったが、口や鼻から火や燃える硫黄を噴出し、人や家を焼きつくしたので誰も魔術師に反抗できなかった。その噂を聞いたマタイ魔術師の元を訪れた。魔術師マタイドラゴンをけしかけたが、マタイが十字を切るとドラゴンは地面に倒れて眠り込んでしまう。

同じく「黄金伝説」に書かれている、有名な聖ゲオルギウスが退治したドラゴンは、毒を吐くが火は吐かない。

マルタが退治したタラスクは、「燃える糞を撒き散らす」と言われているけど、これ英語版では確認できなくない?

タラスクは、レヴィアタンボナコンの子なのだが、ボナコンの特徴である燃える糞」が、日本語訳されるとき混同されたのでは。

といったところから考えると、5世紀くらいまでは「火を吐くドラゴン概念は薄かったが、

8〜9世紀から伝承として語られはじめて、1012世紀頃にはすっかり定着していたという感じだろうか。

なぜ火を吐くようになったのか?

候補1:サラマンダーとの混同

サラマンダーは、火をより大きく燃え上がらせる能力があり、火山溶岩の中に住んでいるという伝承もある。

ズメイや、ヤコブドラゴンは、吐く息から硫黄臭いがするといい、火山連想させる。

候補2:雷や隕石などの自然現象に由来

ドラゴンには「地を這うドラゴン」と「空を飛ぶドラゴン」の二種類のイメージがあるが、

蛇や蜥蜴からは空を飛ぶイメージしづらいことを考えると、隕石から連想には説得力がある。

候補3:「身体が灼けるような猛毒から「火」に転じた

古典的ドラゴンはやはり「蛇」「毒」のイメージであり、

そこから火を吐くように変わっていったことを考えると、これも自然解釈に思われる。

うーん、わかんね。

anond:20190408143752

追記

というか最初、つまりギルガメシュ叙事詩(フンババ)の時点で『その口は火で、その息は死』と形容されてる。強力な怪物が火や死を吐くのは有史以前からの常識で、「最初から吐いてたが記録に残ってなかっただけ」では - cider_kondoのコメント / はてなブックマーク

フンババの咆哮は洪水であり、彼の口は火を意味し、吐息はまさに死である」というのは単なる比喩なのでは。

まあ比喩として記述されたものが、後に「そのもの」として受け取られるのは、この手の伝説ではよくあることだけれども。

仮にフンババが火を吐くとしてもそれだけで「もともと怪物は火を吐くのが常識」というのは飛躍ではないかと思う。

anond:20180410152046

タイトルに「○○さん」がつく系の漫画(古見さんとか上野さんとか、かぐや様・ちよちゃんもそれ系)は大体テーマありきで描かれててそのテーマに惹かれなければどこまで読んでも受け付けられない場合が多いよね。

テーマを一貫して描いてればまだ良い方で、たまに主題から外れていった寒いラブコメキャラの掘り下げになったりするからその場合は完全終了だわ。

2019-03-29

anond:20190329121917

こっちのツリーは「その手のジャンル創作物存在するか否か」が主題から、別の増田に対して言及してね。

2019-03-24

anond:20190324181646

そもそも君が「何が欲しい」と聞いた訳だが。

聞いてないです。

キモくて金のないおっさん」は「容姿」「金」「若さ」のどれかひとつ貰えるとしたら、どれが欲しいですか?

KKOとは「キモくて(容姿)」「金のない(経済)」「おっさん(年齢(性別))」という3要素で構成されています

3要素のうち、どの要素がもっとも解消されるべきか?というのが質問主題です。

暴言が増えてきたので、そろそろ潮時ですね。

脳内にあるらしいKKO世間一般で言うKKOを誤解されるのが嫌なのであれば、KKOよりも相応しい言葉発明されることをお勧めします。

2019-03-19

なんか色々と言い足りなくて

破産者マップの件、ぐだぐだ書いてみる。

まず、官報破産者情報を載せる今の制度を見直すべき時が来たのではないかというのが主題である

 

債権者手続参加の機会の保障 

これは確かに大事なことで、故に直ぐには変えられないだろうけれども、未来永劫この運用でいいとは思えない。

今回の件で、インターネット官報で誰でも閲覧可能であることが広く知られてしまった。

今月、来月などは興味本位で100万人が見るかも知れない。

なら、その人はサービスなどを介さずに注目されまくる訳だが、それでいいんだっけ?(勿論、1年後は元通りだと思うよ)

 

可及的速やかに新しい方式検討し、誰でも閲覧できるという状態見直した方がいいと思う。

 

https://11neko.com/hasan-write/

冊子版から情報を得たと言って不特定多数が閲覧できるWeb上に転載することは、インターネット官報における著作権適用範囲になる

これは無理筋じゃないかな。

俺なら著作権がないのであればパブリックドメイン(またはクリエイティブコモンズ)扱いと解釈する。

パブリックドメインのもの転載である限り著作権が再発生したりしないだろう。

勿論レイアウト等のデザインや、注記・補足等のオリジナルから変更した箇所であれば発生するとは思う。しかし、それは変更点だけであり、オリジナル部分ではないだろう。

そうでなくては一貫性がない。

2019-03-18

anond:20190318230818

何が主張なの?に答えたから主張と認めたと言いたいんだよね?

主張も述べてるから「ぼくのかんがえたさいきょうの映画館再建案を実施しないのはなぜなの?」とまとめていいけど、

「ぼくのかんがえたさいきょうの映画館再建案はこの3つ。でも実施しないのはなぜなの?」って分割して、実施しないのはなぜなの?が主題ととってほしい。

2019-03-06

注意書きについて考えていること


一時削除していましたが、訂正分と追記を足しての再投稿です。

アンソロにABを前提とした過去モブA描写が入っていて炎上している件について。
私は当事者ではないが、この件でものすごくもやもやしており気持ちを整理する意味で、注意書きについて個人意見をまとめた。あくま個人意見

発端の炎上のあらまし

ABの特定シチュアンソロに、ABを前提とした過去モブA描写(回想としての軽いベッドシーン)を含む話が寄稿
【訂正】軽いベッドシーンとの記載不適切と指摘いただきました。「軽い」はあくま主観です。

モブAが入ってるなんて思わなかった!と嘆いた、固定派の中の一部が以下の行為Twitterで行う
・「絶対にあってはならない事」などの糾弾一部の人はかなり強い言葉を使う。(アンソロ側の発表後、「絶対あってはならないこと」「二度とこの界隈やジャンルには関わらないでほしい」など)
捨て垢で該当ページを掲載し作者アカウント晒す行為
追記上記は別々の人と分かりにくいとの指摘。別々の人です。

擁護派/否定派で多数の意見がでる

アンソロから、該当箇所についての詳細の発表。返金も検討中
【訂正】主催から内容許可をもらった共催の発表(主催と共催との見解)。一時誤り返金と書いてしまって申し訳ないです。訂正箇所読まない方もいるかと思い上は記載自体なおしてます。また、後日返金しないことを決定されてます

追記
「ABカプ固定アンソロ表記が正しいとの指摘を何度かもらったが、固定との言葉は使われていないし、かえって不適切かと思っている。
あらましがよくないとの意見をもらって確かによくないので、上記のような訂正ではなく消した方がいいかとも思ったが、訂正箇所が分かる方がいいとのことなので上記記載だが、詳細自体は、他の方がまとめているTogetterなどの方がわかりやすいかと思う。すいません。そもそもまるまるモブAの話がはいってるとの誤解している人がいたので書いたが、私のまとめ方がよくなかった。
https://togetter.com/li/1325896

今回の件へのスタンス

・AB前提の過去モブAが混じっていたこ
AB前提の話の中でのことなのでアンソロ趣旨からは外れていない。
注意書きをつけるという配慮は確かに足りなかったが、配慮が足りなかっただけではある。

モブA地雷なのに読んでしまった人
可哀想だとは思う。ただ、過激なことをする一部の人には同情できない。

・強い言葉での糾弾
後述するが、ここまでの言葉糾弾されることはしていないと思っている。

捨て垢で、同人誌の中身と作者アカウント晒す上記とは別の人)
明らかにやりすぎ。中身の無断掲載などありえない。しかも、リンクではなくTwitter画像投稿であり、設定次第で意図せず見てしまう人もでてくる。

注意喚起という名目
注意喚起であれば、まず主催に連絡し、主催から対応してもらうのが平和的かつ確実。
目的が腹いせでなく注意喚起なのであれば、中身を晒し上げて行うのは、方法が間違っていた。
追記】ここも書き方がわかりにくかったようですが、注意喚起で中身を晒したのは捨て垢の人の方だけ。晒しや強い糾弾は論外だが、言葉攻撃的でなければ、注意喚起自体は仕方ないとは思うが、コメント発表後の、二度とジャンルや界隈にかかわらないで欲しいなど言い過ぎだと思っている。


注意書きについて思っていること

過度の性的表現や、暴力表現や極度のぐろ描写等へ配慮した表記(R18/R18G)は法律フラッシュバック対策として必須だが、それ以外の注意は必須ではないはず。
注意書きは、苦手なものがある人にも楽しんでもらえるようにとの書き手側の配慮であり、あくまで"善意"。
今は、作品を選別するためのあらすじや概要に加えて、注意書きを丁寧に書いている人が多い(ただ、「地雷ある人は読まないでください」で済ませる人もそこそこみる)。作品の公開・頒布をする人は、人にみて欲しいから公開するので、読み手側への一定配慮はするが、それは本当にただの"善意"や、炎上や問い合わせの手間を減らすための処世術義務ではない。

注意書きくらい何も減らないし書いてくれて当然と思っている人もいるかと思うが、注意書きが嫌いな人(ネタバレなどの理由)も、詳細な注意書きを書くのが嫌いな人もいれば、注意書き考えるのだって手間である
批判されるかもしれない、注意書きがめんどう……といった理由で、公開しない話やネタはあるけど書けないものがあるという話もたびたび聞く。私個人で言うと、公開していない話の方が多いくらい。投稿のたびに、匂わせ程度も注意書きに書いてるが抵抗感も強い。あと、委託通販説明欄の文字数制限が厳しい。とらなら127文字しか書けない。注意要素が多いとあらすじもろくに書けない。
注意書きを書けば誰も損をしないし、誰もが幸せ!というわけではないことを知って欲しい。今回の件も、内容的にネタバレ的な注意になってしまう話ではあったわけだし。

また、「当然の注記を求めただけでお客様とか言われるのか」などの意見も今回多くみかけた。書き手読み手は対等であるあくま要望なら、してもいいと思っている。嫌いや苦手も好きに言えばいい。
ただ、これくらいやって当然と手間や善意を"要求"をしてきたり、手落ちを必要以上に糾弾したらそれはお客様だと思っている。
今回の件は確かに配慮漏れていたし、手落ちと言われても仕方ないだろうが、あくま趣味であるパクリ他者誹謗中傷があったならともかく、注意書きという配慮漏れていただけで、ここまで糾弾される筋合いはない。
アンソロ非営利個人出版物商業ではなく趣味での手落ちを許せないというのなら、やはりそれはお客様なんじゃないだろうか。

まりに当然のように丁寧な注意書きを要求する人が多いのをみて絶望したので、今まで善意で丁寧に注意書きを書いてたが、今後はもう一律「何かしらの地雷ある人は読まないでください」にする。
アンソロ用の原稿執筆中なのもあり、特にCP要素はないのだが、それでもこういったことで中身まで晒上げられて糾弾される事象を目のあたりにして、寄稿をやめようかなと少し考えもした。悲しくて支部に公開している話も全部下げようとも思ったが、なんだか固定派の中の一部過激人達の言い分を読んで逆に怒りがこみあげてきて元気になったので、好きに生きる。


追記
自分地雷持ちに避ける余地を与えないのか等の指摘は誤解。 上述の通り私は「何かしらの地雷ある人は読まないでください」とは書くので、地雷ある人は読まなければ済むと思っている。
AB前提でそれが主題でページのほとんどを占めていて、モブAモブBと過去関係を持っていたというのが数ページ入る割合なら、モブAやモブBはCP併記ではなく注意書き相当かなとも思っている。

地雷持ちへの配慮

一部の過激派には苛つきつつも、読みたくないものは読まなくて済むのが一番だよねとは思ってはいる。嫌いなものを嫌いというのも自由だ。

他要素一切なく絶対固定とわかる表記とか、読み専内で地雷もちの人のために話判定して大丈夫かどうか判断する地雷フィルターマイスター(?)的なの置いたりできたらいいのになとか。
問い合わせて確認も、大手さんになるとやっぱりその返信は手間で負担になるし(それもあって割とみなさん丁寧に注意書き書くのかもしれないが)、読む側で手間かけて解決してくれる仕組み(読み専で集まって情報共有したり、上述みたいにフィルター役友人に頼んだり)とかも、是非地雷持ち過激派の中で考えて欲しい。
注意書きもどこまで書くのか難しいし、地雷持ちが地雷持ち読み手と描き手書き手にヒアリングレビュー等を重ねて、どの程度まで注意書き書くのが適切かガイドラインもつくってそれを周知でもしてくれたらいいのにともよく思っている。

自衛してるのに!とみるが、ツイートでうっかり流れてきたとかならともかく、同人誌絶対固定しかいか確認もせずに読んでるのは、ここまで書き手要求する割には自衛が甘いと思う。後述するが、アンソロ名にABはいっていたからと、その脇要素として他CP入っていないと言う認識一般的ではない。
読んでただ泣いてる人には同情するが、書き手に色々求め、手落ちでここまでの糾弾するならば、それに見合う手間を読む側でかけてから言って欲しい。

ちなみに私個人にも地雷はあるのだが、あまりにもニッチ地雷なので注記などは勿論されないので、踏んだら心の中でだけ暴れてる。

追記
地雷持ちがそこまでしなくちゃいけないのか、あまりにも非現実的との指摘ももらった。
攻撃するほど嫌ならば、自衛手段は他にも考えられるとの話で、手落ちや配慮漏れも許せるならそこまでする必要はないと思っているし、上記はただのこういうことも出来るという一例。絶対しろなどとは言っていない。
ただ、趣味に手落ち無しは、認識も違う人同士がやっている以上100%を求めるのは難しいし、そうなると発表側以外での対策何かしら考えていけないかとの話。
私の日本語がよくないので、長々と書いても伝わらない気はするが……

色々

・「アンソロは固定派が安心して見られる本」という認識について
これは「そうじゃない」という意見がいくつか数千RTされており、アンソロとか固定派が一番見ちゃだめなものという意見も数多く散見されていることからも、少なくとも常識として定着しているような共通認識ではない。
そう思っている人がいても、そうじゃないと思ってる人がこんなに多ければ、そうじゃないケースのアンソロはもちろんでてくる。ABが多いジャンルCBアンソロでA→B要素ちょこっとあったりとか。AB本だからといって匂わせ程度も他CP要素がでてこないと保証されているわけではない(もちろんその場合配慮として注意書きあるのがいいが)ように、アンソロもそうだ(メインCPばかりのアンソロ読んでると少ないのかもしれないが)。
とはいえ主催者が駄目だといえば駄目だし、色々と面倒だしとAB以外要素もいれない書き手もいるだろうしと、これは主催趣旨で決まるのかなと。


追記1】
アンソロについては、主観意見のまとめ方がよくなかったです。
今ではABなら他CP要素は一切ないのが主流(あったとしても注意書き絶対ある)との指摘も多かったです。
どちらが主流かはわからないですが、やはりどちらの認識の人も、それぞれそれなりにいるのだと思ってます
今回も配慮もれではありますが、認識の違い(これくらいなら注意書きいらないだろう)が大きかったと思っていますし。
その場合、やはり固定派からすると認識違いの人がつくったものであれば他CP要素はいってる可能性はやはりあるので、頭の片隅に置いておいた方が自衛になるのではないでしょうか。


追記2】
記事削除中にもらった内容について

記事を消されたようですが内容はざっくり説明すると「自分は面倒臭いので絶対に注意書きをしないし相手自衛させる隙を与えないが、地雷持ちは自衛する努力をしてね。ちなみに注意喚起攻撃なので仲間内で共有する仕組みを頑張って考えてね。自分は何の努力配慮もしないけど」という様なものでした

自分は面倒臭いので絶対に注意書きをしないし相手自衛させる隙を与えないが
上記の「何かしらの地雷ある人は読まないでください」とだけ書くとのとおり、自衛の隙は与えます

地雷持ちは自衛する努力をしてね。
→これは実際、「相手糾弾するほどであれば」努力してと思ってるので否定しないです。

ちなみに注意喚起攻撃なので仲間内で共有する仕組みを頑張って考えてね。
→あれだけ強い言葉を使っていれば攻撃であると感じた。平和的な注意喚起ならいいと思っている。

自分は何の努力配慮もしないけど
→これについても、そう取られても仕方ないので否定しません。



ほかも一部修正たかったですが、訂正箇所がわかりにくいような文章修正になるので、汚いままですがこのまま投稿します。

2019-03-02

[] #70-2「パンジャム事変」

「それで、二人はもう主題を決めたのか?」

俺は探りを入れてみた。

この期末レポートで最も避けたい事は、テーマや内容が似てしまうことだからだ。

相対評価なんてされたら困るし、コピーを疑われて減点なんてのは最悪である

「僕はオオザワの『不可逆性の時代』についてレポートを書こうかな~と」

タイナイの持っていた本に目を向けると、表紙に『不可逆性の時代』と書かれているのが分かった。

こいつのことだから雰囲気だけでテキトーに選んだのだろう。

主題だけは決まったものの、何から取り組めばいいかなんて見当もついていないとみえる。

以前もそんなノリでレポートを書いて、シマウマ先生に「意識高い系読書感想文」だと揶揄されたばかりだろうに。

「ウサクの主題は?」

「我は『未だ残り続ける、前世代の負債』だ。ここ50年の間に起こった大きな出来事をまとめ、現代にどのような負債を残しているか調べる。そして、その是非や責任考察し、次世代に残さないためにはどうすべきか等を書くつもりだ」

翻ってウサクはさすがといった感じだ。

シマウマ先生が喜びそうなテーマに狙いを定め、更には方針まで既に固めてきている。

あの馬面教師から本気でA評価をもぎ取りにいくようだ。

ウサクがそうしてやっと掴めるレベルから、俺には逆立ちしても無理だろう。

そもそも逆立ちなんて出来ないし、出来たところで頭に血が上るだけに違いない。

二足歩行でBあたりをせいぜい目指そう。


何はともあれレポート主題を決めることからだ。

俺は図書室内をのそのそと歩きながら、並ばれた本を眺めていく。

タイナイみたいに漠然と選ぼうかとも思ったが、それが複雑で面倒なテーマだったりすれば後が厄介だ。

何より最終的な成績を決めるのは、あのシマウマ先生である

変なところで油断をしたせいで春休みの予定が台無し……という事態などあってはならない。

「んー、これとこれを合わせて、ちょっとヒネってみるか」

そうして気になった本をいくつかチョイスし、うんうん唸ること十数分。

俺はようやっと期末レポートテーマを決めた。

題して、『晩期の資本主義国における生活体系の変遷』。

……まあ、自分で言うのもなんだが、センセーショナルさには欠けるな。

しかし、身の丈には合っている。

焦点を絞ったので、調べる範囲も狭くて楽だ。

後は目ぼしい資料を見つけ、あの馬面の欲求を満たす事実を抜き出していけばいい。

その事実から分析できるものを並べ、大まかな見解としてまとめれば完成である

仕上げにブラッシュアップすればBのマイナスは手堅いだろう。

「はー、やれやれ

ようやっとテーマと大まかな方針が決まり、俺は安堵のため息を漏らした。

グギュルルルル―――

だが、その吐息の音は、腹の唸りによってかき消される。

そういえば、俺は空腹だった。

課題のため後回しにしていたが、こいつに喚かれちゃ仕方ない。

図書室を後にして、俺は食堂へと向かった。

(#70-3へ続く)

2019-03-01

anond:20190301104244

反出生主義にも「過剰な出産は抑止すべき」や「無理をして子供を産むべきではない」といった立場があり

は?勝手ねつ造すんな、そいつらが名乗るべきは人口抑制主義とか、母体環境第一主義とかそんなんだろ

反出生主義は出生そのものを反対する立場だろが

本能絶対性を盲信している。極論。

人類全員が子供産むのをやめるルートがあるなら教えて欲しいわ、俺は思いつかないが


現時点で反出生主義が一定の支持を得ているのに対して

惑星間移動は目処すら立っていないのだから極論。

いや、それを比較するなら、人類全員が反出生主義に同意する目処で比較するべきだろ、つか月の植民計画とかずっとやってんだろ、まあ、いつ上手くいくかは知らんが、反出生主義の達成よりは先だわ

やるなら核戦争主義者になれ

核戦争主義者にならなくても反出生主義は支持できる。極論。

これは、ネタで言ったから確かに極論だが、まさかそこが議論主題だとは思ってねえよなあ?そもそも核戦争主義者にならなくても反出生主義は支持できる。って返しの意味わからんけどな

俺が言ったのは、別に核戦争主義と反出生主義を両立できないとかそういうのじゃないし。

[] #70-1「パンジャム事変」

1日の長さは地球の自転速度によって決まっているらしい。

地球が1回転するのが平均24時間で、それが1日の長さになってるんだとか。

しか毎日同じというわけでもないようで、その時々によって分や秒の長さも変わる。

まり、1日が長い時や短い時が存在するってことだ。

天体物理学だとかはサッパリからないが、その違いを感じ取ることは俺にでも出来る。

例えば、学校課題が立ちはだかった時なんて明白だ。

地球の自転速度は異常をきたし、人間体内時計は大きく狂わされる。

特に社会学の期末レポートの時はそれが顕著だった。


主な原因は、その課題を出す教師にある。

縞柄シャツをいつも着ていたので、俺たちは尊敬の意を込めて「シマウマ先生」と呼んでいた。

彼の課題に対する評価は非常にシビアであり、他の先生ならば通用する手抜きも減点対象にしてくるほどだ。

今回は主題自由であったため、尚さら誤魔化しはきかない。

「あらかじめ言っておこう。この課題評価は、成績のおよそ5割を占める。落書きを出した者の末路は悲惨ということだ」

課題を出す度に、シマウマ先生はそう言って凄んでくる。

恐ろしいのは、それが脅しでも何でもなく事実であるということだ。

もしもこの忠告を甘く見たとき、その人間に待っているのは「補習」という名の拷問である

「お前たちの中には、この課題を恨めしく思う者もいるだろう。だが分かって欲しい。私は生徒を正しく評価したいだけなのだ。優秀ないし勤勉でいてほしい。その手ほどきを惜しむつもりはない」

とどのつまり「補習になった生徒に対しては、春休み中だろうと容赦しない」という宣誓である

その言葉からは、むしろ補習組を作りたいという情念すら感じた。

そんなことをしても教師仕事は増えるし、生徒の休日は減るしで誰も得しないというのに。

シマウマ先生はワーカーホリックってやつなのだろうか。

或いは生徒の苦しむ姿を見て喜ぶサディストなのか。

実際どうなのかは知らないが、何にしろ俺たちは課題をこなさなければならない。

春休みにもなって、擦り切れたラジカセのような講釈を聞くのは御免こうむる。


レポートの提出は春休み突入前、3時限目にある授業のとき

期限は2週間ってところだ。

地球の自転速度が狂っている今、猶予はそこまでないと考えるべきだろう。

俺はレポート主題を求めて図書室に赴いた。

「あ、マスダも来ていたんだ」

そこにはクラスメートのウサクやタイナイもいた。

どうやら俺と同じ目的のようだ。

「カジマは?」

「彼奴は期限ギリギリになるまでやる気がないらしい」

「おいおい、カジマのやつ。またネット記事からパクってくるつもりじゃないだろうな」

「それを気にかける筋合いも、そんな余裕も我々にはない」

冷たいようだが、ウサクの言うとおりではある。

この課題孤独な戦いであり、俺たちは互いに協力するわけにはいかないんだ。

(#70-2へ続く)

2019-02-28

anond:20190228071740

ちょうど今読んでいる夏目漱石の「創作家の態度」に、そこら辺のご都合主義的に歪められた世界観に気付いてしまった読者の心理が書かれているところがあったので参考までに。

青空文庫でも読めるます

https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/1102_14956.html

>>これは小説ではありません。事実だとして、あるものに書いてありましたが、私は単に自分に都合のいい例として御話を致します。

以太利イタリーのさるヴァイオリニスト旅行をして、しばらく、ポートサイドに逗留とうりゅうしておりました時、妙齢埃及エジプト美人に見染みそめられまして親しき仲となったそうでございます。ところがこの男は本国に許嫁いいなずけの娘があるので、いよいよ結婚の期が逼せまった頃、ポートサイドを出帆して帰国の途に上りました。ところがその夜になると、船足で波が割れて長く尾を曳ひいている上に忽然こつぜんとかの美人があらわれました。身体からだも服装も透すき通っておりますが、顔だけはたしかにその女だと分るくらいに鮮あざやかであります。ただ常よりは非常に蒼白あおしろいのであります。この女が波の上から船の方へ手を伸して、舷ふなばたを見上げながら美くしい声で唄うたをうたいました。それが奇麗きれいに波の上へ響くので、船の中の人はことごとく物凄ものすごい心持になりましたが、やがて夜が明けると共にかの美人はふっと消えました。やれやれ安心しているとその晩またあらわれました。そうして手を伸して、首を上げて、波の上を滑すべって、船のあとをつけて、いかにも淋しい声で、夜もすがら唄をうたいますそれから夜が明けると、またふっと消えます。そうして夜になるとまた出ます。そのうち船がとうとうネープルスへ着きましたので、かの音楽家はそこで上陸致して、自分郷里へ帰ると、手紙が来ております。差出し人はと見ると、ポートサイドにいる友人で、かねて自分と彼の女との間を知っているものでありました。すぐに開封して見ると、あの女は君が船へ乗って出帆するや否や、海の中へざぶざぶ這入はいって行って、とうとう行き方知れずになったとありました。

(中略)

ここに、こんな切な恋がある。これをどう云いあらわしたらば、云い終おおせるかとの試問に応じて出来上った答案と見なければなりません。世の中へ出て行って、どんな恋があるか探索して来いと云う命令に基もとづいた、報告書と見ては見当が違います。したがって客観的価値の少ないものができたのであります。真と認められないものになりました。だからこの話を聞くと、マグダの結末ほどには、はあなるほど、こうもあろうとか、こうあるかも知れないねと云う気にはなりません。しかしながらその代りに、ごもっともだ、こうもありたいね、こうあれかしだと云う気にはたしかになれます。あれかしと云う語は裏面に事実じゃないと云う意味を含んでおりますから、つまりは嘘だと云う事に下落してしまます。この下落が烈はげしくなるととうてい読めなくなります馬鹿馬鹿しくなります

例たとえば今の話しでも、もし船のあとを跟つけるものが、幽霊でなくって、本当の女が、波の上をあるいて来て、ちょいと、あなたとか何とか云って手招ぎでもしたらそれこそ奇蹟きせきになります幽霊ならば、有るとも無いとも証明ができないだけで済みますが、生きた人間が波の上を歩いては明かに自然法則を破っておりますいくら、かくあれかしと思ったって、冗談じょうだんじゃない、おのろけも好い加減にした方がよかろうと申したくなります。人を馬鹿にするにもほどがあらあね、まるで小供だと思っていやがると本を抛なげ出すかも知れません。

西遊記、アレビヤンナイト、もしくはシェーヴィング・オブ・シャグパットのようなもの面白味は別問題として論じなければなりません)して見ると私が前段に申した意味が自おのずから御明暸になりましたろう。すなわちいか主観的な叙述でも、ある程度まで真を含んでおらんと読みにくいものである、そう截然せつぜんと片っ方づけられるものじゃないと云う事であります。この幽霊のごときは極端の極端の例であるから積極的に真を含んでおらんとも云えましょうが、むやみに真を打ち壊しているものでないと云う事だけは、さきの説明で明らかでありましょう。しかも読んで馬鹿馬鹿しくならんのは全くそのお蔭である以上は、真の分子いかに叙述の上に大切であるかが分るでありましょう。 <<

彼の話の主題は別のところにあるのですが、つまりは「ある程度のつじつまがあっていないと、人は没入することができない」ということではないでしょうか。

西遊記アラビアンナイトについては別問題としているわけですが、完全な創作世界お話であっても、その世界の中でのつじつまがある程度あっていなければ読むのが馬鹿馬鹿しくなる。

まあその「ある程度」が人によって異なるのが厄介なポイントなので、こうして議論になるわけですが…

2019-02-24

anond:20190224150043

総説論文ないしレビュー論文(ともにreview article)とは、ある主題における現行の理解状態を要約した記事である[1]。

総説論文は、新しい事実分析を報告するというよりは、既に公表された題材を再提示するものである。時に展望論文ないしサーベイ論文(ともにsurvey article)、あるいは解説論文(overview articles)とも呼ばれる。レビュー論文専門の学術出版は総説誌と呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%8F%E8%AA%AC%E8%AB%96%E6%96%87

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

2019-02-15

anond:20190213110914

意味は変わってないでしょ。今回は「落胆した」と言っても同様の反応だったと思う。

がっかり」も「失望」も「落胆」も期待が外れた事態に対するもので、今回は発言時の主題が「相手の容体」ではなく「自身の期待」にある点で微妙ものと受け止められたのかなと。

2019-02-13

社内の人を「さん付け」して呼ぶのは"日本語"だから

これは「なんで社内の人を「さん付け」して呼んじゃダメなの?」へのひとつの応答だ。

だが、これは応答であって回答ではない。

 

この文章は社内の人を「さん付け」して呼んじゃダメ理由説明ではないからだ。

ただ、「納得する理由が欲しい」という増田一言に対しての応答である

 

それは日本語には特定場所言葉視点が移動する現象があるからだ。

ちょうどいい論文がある「日本語の親族呼称・人称詞に見る自己と他者の位置づけ─ 相互行為の「場」における文化的自己観の考察 ─

抜粋しよう。

 

ある時、電車が駅につき大勢乗客の入れ替わりがあった。多くの人の動きの中、ある老婦人自分の隣りの席を叩きながら、「ママここにいらっしゃい」と叫んだそうだ。すると乗客の中から赤ん坊を抱いた若い娘が現れて老婦人の隣りに座ったという。つまり、ここでは、赤ん坊母親をその老婦人が「ママ」と呼んでいたということだ。要するに、この老婦人は孫である赤ん坊視点に立って自分の娘を「ママ」と呼んだと言うことになる。これらは日本人感覚からするとさほど驚くことではないが、西洋人からすれば何が何だかからないという現象であろう。つまり日本語で誰を中心に、誰の視点親族名称が用いられているのかということは、西洋から見ればかなり複雑なことであり、さっぱりわからないということになってしまうようだ。

これらの例で見られるような視点の移動現象鈴木(1973:168)は、共感的同一化(empatheticidentifi cation)と呼んでいる。

 

日本語はその人の呼び方がその場でかなり変わる。なぜなら誰が中心になるかが言葉遣いを支配しているからだ。

これを踏まえて、なぜ取引の場で社内の人の呼び方が変わる(「さん付け」する)のかと言うと、社外の人に言葉視点が移動したからだ。

少なくとも、上の例と増田の件のどちらでも誰もが対等でお互いに「さん付け」するような場では無く、誰かが中心になっている。

 

それに、上の「ママ」の例ではそう呼んだ老婦人はその赤ん坊母親を本気で「身内」だと思ってはないだろう、ただ視点の移動が起こったら親族に遣うのと同じ呼称が現れてくるのが日本語なのだ

 

もちろん、商習慣としてこの言葉遣いを続けるべきかということは別問題だが、追記にあるように増田の周りでは「さん付け」している人が"普通に"いて「さん付け」しても"恥かかない"環境にいる増田がなぜそこまで強くそこまで憤っているのかが私には謎であり、内(自社)と外(他社)の間で起こる視点移動の話になぜその"内"の内部構造社員会社、そして働き方など)が後半の主題になっているのかも不思議で仕方がない。

 

しかし、日本語ではそのような現象があり、それは視点移動ということで説明ができ、業務の場では取引相手側に視点に移動することで「さん付け」で呼ぶのであり、それは現状の日本語からするとそこまで不自然じゃないというのが、私からの応答である

さら日本語にはなぜそのような現象があるのかと問うことも出来るが、それは私も知りたい。

 

---

増田を読み始めたときは以上のような日本語の話かと思ったけど違った。

次に、他人言葉遣いを強制されて憤ったのかな?と思ってたけど、追記を読むとそうでもないようで混乱した。

実際、特に恥かかないよ。先輩も上司も言ったりするし。社外の人も普通に言うよ。BtoB仕事ってのも理由にあるかもね。

それなら最初から問題ないじゃん!むしろ増田言葉遣いを他人強制したいんじゃないの?

最終的には会社個人話題になってびっくりだよ!

少なくとも今回の言葉遣いの件についてはそこは関係無いと思うが……だって第三者視点を移すタイプ言葉遣いにおいて自分と同僚や上司との関係性なんてどうでもいいし。

それに、取引相手との場で社内の人を「さん付け」したからって上司自分会社と対等になるわけでも働き方が変わるわけでもないしなぁ。

2019-02-12

anond:20190211202346

拡散範囲コントロールや時限的な効果期間を必要とするなら表現としてその意図文脈にこめる必要があろうに

漠然といつ拡散されどこから切り取られてもいいように放流するのはグリストラップをつけず油を廃棄するに等しいのでは

「薄暗い洞窟の奥底で」日本史を受講している

と書けばそんな特異な条件でありえない話をしている事を前提にした話に主題だけにでもついていきたい層だけが反応範囲になるのではないか

思うところがあったり「した時期などなかったものだろうか」?

とすれば過去にそういうことに至った経験のある当人またはそういう状況を想定する人間にだけ反応を期待できるのではないか

2019-02-11

anond:20190211125224

主題は「自由」であり、学校ガラスを壊したり盗んだバイクで走ることで

自由になれた「気がした」という話でしょ。

歌によって壊したり盗んだりするイメージが容易に想起され、

それによって自分自由になれる気がしてくる。そんな曲。

2019-02-09

自殺という選択肢質量

ただのメモです。妥当場所が思い浮かばなかったのでここに書かせてください。

今日の出来事

休日なのにひとりで部屋にいる。

本当は出かけて友人に会うつもりだったけど、体調不良を偽った。

前々からどこに行こうなどと計画をしておいて、わざわざ予定を空けてもらっておいて、このザマである

そもそもわたしはあまり約束を守るほうではなく、遅刻や突然の予定変更を繰り返しがちである

わたしをよく知る友人は心得たもので、今日もきっと呆れた顔をしながら、それでも律儀に気遣いメッセージをくれた。

よくあるやりとりだけど、今日はこの流れが私にひどく無力感を与えた。

たまに自虐的に「わたしは死んだほうがいいのでは?」と考えることはあるけれど、今日の「死んだほうがいいのでは?」は、例えれば大きく暗い穴の縁に向かって歩みを進めるような、現実味を帯びた選択肢となって私の前に現れた。

現在の症状

吐き気に似た焦燥感無力感申し訳なさ、泣きそうな気持ちがないまぜになっている

普通の呼吸がし辛い、どう呼吸をしていたか思い出せないので、深呼吸というか、ため息を繰り返すような呼吸をしている

普段は「死にたい」という言葉冗談として使用できるくらいには実際にそんなことをする気はさらさらないが、今日はあまり書いていると本当に実現しそうであまり書きたくない。

自己分析

思い当たる節はある。ここ何週間か、長距離出張連続し、また、初めて行く場所・初めて会う人たちとのコミュニケーションがあり、ほうぼうからプレッシャーを掛けられ、よく眠れない日々が続いた。

それに、もう一ヶ月にもなるだろうか、毎週末のようにイベント等があり、それはそれで楽しかったけれど、どちらかといえばのんびり過ごすほうが好きな私には負担だったのかもしれない。

自殺選択肢として質量を伴って現れたことの衝撃

この記事主題。先にも書いたとおり、今日のこの選択肢普段とは違った。

これまで自殺に対するイメージは、有り体に言えば、なにか問題を抱えた人や、どうにもならなくなった人が仕方なく選ぶ選択肢として選ぶというものだった。

今日選択肢として出現したこいつは、行動として取りうるだけの魅力があった。

少し落ち着いている今になって思えば、連絡を断って寝続けるとか、ゲームSNSで気晴らしするとか、お茶を濁す選択肢はいくらでもあるはずで、これまでも自殺考える人々になぜそうしないのかなどと考えていた。

けれど、そのときの私には他のどんな選択肢よりも「自殺」という選択肢が、それを選ばせる質量のようななにかと共に、確かにあった。

自殺消極的選択肢ではなく積極的選択肢だったのかということがひどく衝撃で、このメモを書いている。

解がない

もしも自殺をする人がこんな思いを抱いた上に実行に移しているのなら、もしかして我々には止める手立てはないのではと思う。死にたくて死ぬわけじゃないんだろうと思っていたけれど、違う。本当に死にたくて死んでいるんだ。

自分人生を終える人々に、きっと声は届かない。

2019-02-05

COBOLer、人を呪わば穴2つ

リーナスですら自身攻撃発言自戒するこの時代、本邦の好戦的技術者を見てげんなりした話。

 

COBOLは難しいか、記者が試しにコードを書いてみた 」という記事日経XTECHに掲載された。はてブでも賑わいを見せている。

この記事では COBOL体験記者が OpenCOBOL という処理系FizzBuzz 問題を書き、それを踏まえて COBOL への評価と雑感が示されている。

これに対して、反論記事を見つけた。

 ま た 大 森 敏 行 か

タイトルからし技術批判というより個人攻撃主題にあり、すでに怪しげな雰囲気が出ている。

そんな雰囲気を交わしつつ途中までは「なるほど、COBOL特性データ構造にあり、件の記事では COBOL の特徴を捉えきれていないので結論勇み足だし的外れなのか…」と思っていた(私はCOBOL経験)。

けど、結語まで読んでげんなりしてしまう。

日経BPの記者ふぜいがgdgd言ったところでCOBOLはなくならない。それでいてこのようなFUD技術者敬遠させる効果はある。なくなりもしないのに技術者敬遠したら何が起きるか、わからない記者腹を切って死ぬべきである

日経記事的外れなのは分かったが、ここまでくると読んでて辛い(腹を切って云々はネットスラングだとしてもなんだかな)。

しかも、この人自身過去日経で連載を持っていて、それをプロフィールに書いている(!)のに個人宛じゃなくて日経BP記者ふぜいとか言っちゃうのか…。さら企業社長とのこと……

 

かなり本気で思ってるんで、日経ネットワークの当該記者コンタクト取って欲しいんだけど。 (「悪い大人」より)

あの語調で返されたらコンタクトを取りたがる人はあまりいないんじゃないかなぁー

 

この方、以前にはこんなことも言っていた(この際の批判対象の記事は私も問題があると思うが)。

まさにこれだった。いつの間にか、「オープンソース界」は英語hackマウンティングする奴等が力を持つようになってしまって、陳腐hacker集団に成り下がってしまったようだが。

まさに人を呪わば穴2つ。

 

---

ちなみに批判記事にある「(真の)グローバル変数」の話ですけど、へぇ勉強にはなった。

これは私が不安になったので確認ですけど、一般には「コンパイル単位内でのみグローバルな変数」もグローバル変数って呼びますよね?(ですよね?)

 

あと、"DATA DIVISION" の箇所についても「鶏を裂くに牛刀を持ち出す」という喩えを使うのにもなんか違和感がある。

というか COBOL では問題がなんであれ "DATA DIVISION" を使わざるえないのだったら、「鶏を裂くにも牛刀を持ち出さざるを得ない(だから鶏を捌くな)」のほうが適切なのでは…

COBOLer からすると前者の喩えで膝を打つ感じなんでしょうか?)

その後の「丸木橋経験本四架橋を論じる」の喩えはよくわかる。

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