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はてなキーワード: 軍国主義とは

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170616171312

サヨクにとっては日本検閲存在しないと都合が悪いらしいな

「ほらやっぱり天皇ネタは許されない!検閲天皇制ファシズム軍国主義!」と騒ぎたくてたまらないんだろうなぁ

わかりやす過ぎて笑えるわ

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615171708

外交重要なんだけど判りにくいので、そんなに好感度には影響が無い気がするけど。結局、経済に尽きると。

これは政治家の話じゃないけど、反対派的な人がやる「共謀罪の成立で、守ってきた平和憲法が破られ、軍国主義が復活し世界から孤立する」的な脅しは、本当にその世界だけで通じる話なのでめちゃくちゃ白ける。問題は無実の日本人が影響を受けるかも知れない点で、そこをもっと詰めるべきだったと思う。

平和憲法なんて日本以外、それなりに地位のある国はどこも採用してないんだから別に大して評価もされてないし。勿論、メリット込みで米国に守ってもらって自前の軍備は少なかっただけなんだから平和憲法とか大事に持ち出すの本当に滑稽。

2017-06-02

靖国神社旭日旗

靖国神社旭日旗国民侵略戦争に狩り出し、軍国主義を推進するための重要シンボルだった。

そもそもこれは誰も否定できない。歴史修正主義者云々でもね。

2017-05-19

葉隠』(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめた。全11巻。葉可久礼とも。『葉隠聞書』ともいう。

目次 [非表示]

1 概要

1.1 「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

1.2 書名の由来

2 脚注

3 刊本

4 参考文献

5 関連項目

6 外部リンク

概要[編集]

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。

文中、鍋島藩である鍋島直茂武士理想像として提示しているとされている。また、「隆信様、日峯(直茂[1])様」など、随所に龍造寺氏と鍋島氏併記しており、鍋島氏龍造寺氏の正統な後継者であることを強調している。

当時、主流であった山鹿素行などが提唱していた儒学武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。赤穂事件についても、主君浅野長矩切腹後、すぐに仇討ちしなかったこと[2]と、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別相手に突っかかることはできないのである」と評している。

この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

明治中期以降アメリカ合衆国出版された英語の書『武士道』が逆輸入紹介され、評価されたが、新渡戸の説く武士道とも大幅に異なっているという菅野覚明の指摘がある。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしま気概覚悟が慣用とされていたといわれる。そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜    常朝

白雲やただ今花に尋ね合ひ    陣基

武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」[編集]

葉隠記述の中で特に有名な一節であるが、葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻玉砕自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。

しか山本常朝自身「我人、生くる事が好きなり(私も人である。生きる事が好きである)」と後述している様に、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠記述は、嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法や、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナー指南書や礼法マニュアルに近い記述ほとんどである。また衆道男色)の行い方を説明した記述等、一般近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。

戦後軍国主義書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士生活に根ざした書物として再評価されている。先述したように『葉隠』には処世術マニュアル本としての一面もあり、『葉隠』に取材したビジネス書出版されている。

戦後も、葉隠を愛好した戦中派文学者で、純文学三島由紀夫は『葉隠入門』を、大衆文学隆慶一郎は『死ぬことと見つけたり』を出している。両作品は、いずれも葉隠入門書として知られ、各新潮文庫で再刊された。

書名の由来[編集]

本来葉隠」とは葉蔭、あるいは葉蔭となって見えなくなることを意味する言葉であるために、蔭の奉公大義とするという説。さらに、西行山家集葉隠和歌に由来するとするもの、また一説には常長の庵前に「はがくし」と言う柿の木があったからとする説などがある。

2017-05-09

右傾化の原因を国内で探しても意味がない

安倍首相や現政府の動向、またそれに対する社会の反応を見ても、日本右傾化否定のしようも無いものと言える。20−30年前なら安倍首相稲田大臣の数々の放言は毎回政権をひっくり返してもおかしくなかったようなものだが、今は保守化した社会とそれにともなう高い支持率のおかげでまったく安泰である

こういった日本社会右傾化の原因を探る記事は多々あるが、多くは日本社会構造の変化、国民気質の変化にその原因を探っている。控えめに言っても、的はずれとしか言いようがない。なぜなら右傾化保守化国家主義化・排他化は全世界先進国で並列に同時に起こっているからだ。イギリスのブレクジット、アメリカトランプ、今回当選はかなわなかったがフランスルペンの台頭。その他の国でも国民保守化しており、あきらかに世界的な流れである。その世界的な状況を無視して国内だけの事情説明できたとしても、単に場当たり的な後付理論以外にはなりえない。

それではこれらの国を同時に襲った共通事情とはなにかといえば、2008年以降の経済の停滞であるリーマンショックによる一時的はいえ壊滅的な被害を受けた後、どの先進国も2000年前後のような高成長率に戻ることは叶っていない。一人一人が保守化する原因は多種多様だが、国民全体が一度に保守化するのは大概において経済的な行き詰まりが原因である第二次大戦前にドイツイタリアファシストの台頭を許したのも、本邦が軍国主義化したのも、経済的な苦境という背景が大きな役割を追っている。70年台に不況に入ったアメリカ保守化ジャパン・バッシングを始めとする排他主義に陥ったのは日本人ならば記憶に遠くないところであろう。今回の低成長もそこまでとはいかずとも世界的な保守化引き起こしているのだ。

したがって、先進国がなぜ軒並み保守化しているのか?という問いは、なぜ先進国が低成長に陥っているのかという問に還元されるべきである

そしてこの問への解はシンプルだ。世界の成長余力が新興国に移っているのだ。この十年も世界経済の成長率は極端に落ちたわけではないが、先進国寄与度は明らかに減っている。たとえば、こちらのページに世界成長率への各国の寄与度のグラフが載せられている。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4505.html

これを見れば先進国寄与度が落ち続けており、特にこの10年ほどは先進国全体で中国一国にさえ遅れをとっていることがわかる。

ここまで読んで、「なんだなんだ。なんでも中国のせいだというのか。まるで風が吹けば桶屋が儲かるという類の与太話ではないか。」と呆れられた方もいるかと思うが、中国は単に今もっとも目立っている国ということで出てきただけであり、経済力先進西側諸国から新興国への移動は全世界的な潮流で、たとえ中国をなんらかの理由で止めたとしても全体の方向性が変わるわけではない。例えばインド名目GDPは今のところ約10年前の中国の水準でありしかも成長率は7%前後を維持している。中国の成長が止まれば、インドや他の新興国経済成長の中心となり、旧先進国は常に蚊帳の外である

では今後我々はどうすれば良いのか。どうすれば経済を安定成長に戻し、極端な排他主義さらなる台頭を防ぐことができるのか、というのが次の問になる。

方法はない。

我々は甘んじて低成長を受け入れねばならず、民族主義の広がりを黙って見つめ、あるいは自分もその中に身を投じていくことになる。

この経済力シフトは単に経済グローバル化に伴い隠れていた成長余力が表に出てきているだけであり、経済グローバル化有史以来、いやそれ以前から続いてきた不可逆な流れであり、それを止めるにはローマ帝国崩壊中国王朝崩壊、といった歴史的転換点に近いカタストロフィレベルイベント必要になる。しかもそれさえも流れを一時的に止めるだけであり、しばらく後にはグローバル化はまた進みだす。一国、又は狭い地域グローバル化を無理やり止めれ自由経済主義の国々に遅れをとり、状況はさら悪化する。その中で自分の身を守るためにさらなる排斥主義が広がり、先進国からは寛容性はなくなっていく。

しかしそれは終わりではない。それは、これまでの先進国後進国化し、これまでの発展途上国のなかから次の先進国が生まれる、というだけの話である。その時現ヨーロッパアメリカ日本は、偏狭で旧来の古臭い価値観もつプライドばかり高いが文化的に劣った国々と見られるようになっていることだろう。

2017-05-07

極右ファシスト安倍晋三自民党支持者のネトウヨがまたやらかした 今度はサッカー国際試合日本軍侵略戦争虐殺正当化のため旭日旗を振り回す

サッカーJ1川崎フロンターレサポーター4月25日韓国で行われたアジアチャンピオンズチーグ(ACL)の韓国水原との試合で、旭日旗を掲げて没収される騒ぎがあった。この事態を受けてアジアサッカー連盟AFC)が27日、差別禁止などを定めた倫理規定違反する疑いがあると発表したと、朝日新聞デジタルなどが報じた。

NHKによると、騒動が起きたのは、1次リーグ第5戦、韓国水原サムソンブルーウィングスと対戦したアウェー試合。観客席にいたフロンターレサポーター男性2人が、旭日旗を掲げた。

これに怒った韓国チームのサポーターが、試合終了後にフロンターレ側の観客席の出入り口を塞ぎ、一触即発となった。韓国チームが旗を没収し、両チームが2人から事情を聞いたという。

朝日新聞デジタルによると、試合終了後、約200人が座ったフロンターレ側の観客席に押しかけた水原サポーターが、「我々の競技場に旭日旗絶対に入れない」などと騒いだが、サポーター同士の衝突はなかったという。

旭日旗は、日本国内では応援に用いられているが、旧日本軍が使っていたこから韓国中国では軍国主義象徴と見なされている。これまでも、スポーツ会場で振られると反発が出ていた。

フロンターレ聞き取りに対し、サポーター2人は挑発意思はなく、純粋気持ちだったと話したという。フロンターレ広報担当者は「日本協会Jリーグ協議をしながら、今後の対応検討したい。大きな事故にはならなかったが危険なことになる可能性はあった。今後、クラブとして対策を立てないといけない」と、朝日新聞取材に対して答えた。

こうした事態を受けてAFCは27日、倫理規定違反する疑いがあると発表。規律委員会を開いて処分の有無を検討する。

AFC倫理規定では、人種性別宗教、肌の色などによる差別を禁じている。サポーターがこれに違反した場合、2年以上のスタジアムへの出入り禁止処分となり、チームには2試合無観客試合と1万ドル(110万円相当)以上の罰金を課される可能性がある。

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2017-05-05

極右ファシスト安倍晋三自民党支持者のネトウヨがまたやらかした 今度はサッカー国際試合日本軍侵略戦争虐殺正当化のため旭日旗を振り回す

サッカーJ1川崎フロンターレサポーター4月25日韓国で行われたアジアチャンピオンズチーグ(ACL)の韓国水原との試合で、旭日旗を掲げて没収される騒ぎがあった。この事態を受けてアジアサッカー連盟AFC)が27日、差別禁止などを定めた倫理規定違反する疑いがあると発表したと、朝日新聞デジタルなどが報じた。

NHKによると、騒動が起きたのは、1次リーグ第5戦、韓国水原サムソンブルーウィングスと対戦したアウェー試合。観客席にいたフロンターレサポーター男性2人が、旭日旗を掲げた。

これに怒った韓国チームのサポーターが、試合終了後にフロンターレ側の観客席の出入り口を塞ぎ、一触即発となった。韓国チームが旗を没収し、両チームが2人から事情を聞いたという。

朝日新聞デジタルによると、試合終了後、約200人が座ったフロンターレ側の観客席に押しかけた水原サポーターが、「我々の競技場に旭日旗絶対に入れない」などと騒いだが、サポーター同士の衝突はなかったという。

旭日旗は、日本国内では応援に用いられているが、旧日本軍が使っていたこから韓国中国では軍国主義象徴と見なされている。これまでも、スポーツ会場で振られると反発が出ていた。

フロンターレ聞き取りに対し、サポーター2人は挑発意思はなく、純粋気持ちだったと話したという。フロンターレ広報担当者は「日本協会Jリーグ協議をしながら、今後の対応検討したい。大きな事故にはならなかったが危険なことになる可能性はあった。今後、クラブとして対策を立てないといけない」と、朝日新聞取材に対して答えた。

こうした事態を受けてAFCは27日、倫理規定違反する疑いがあると発表。規律委員会を開いて処分の有無を検討する。

AFC倫理規定では、人種性別宗教、肌の色などによる差別を禁じている。サポーターがこれに違反した場合、2年以上のスタジアムへの出入り禁止処分となり、チームには2試合無観客試合と1万ドル(110万円相当)以上の罰金を課される可能性がある。

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極右ファシスト安倍晋三自民党支持者のネトウヨがまたやらかし

サッカーJ1川崎フロンターレサポーター4月25日韓国で行われたアジアチャンピオンズチーグ(ACL)の韓国水原との試合で、旭日旗を掲げて没収される騒ぎがあった。この事態を受けてアジアサッカー連盟AFC)が27日、差別禁止などを定めた倫理規定違反する疑いがあると発表したと、朝日新聞デジタルなどが報じた。

NHKによると、騒動が起きたのは、1次リーグ第5戦、韓国水原サムソンブルーウィングスと対戦したアウェー試合。観客席にいたフロンターレサポーター男性2人が、旭日旗を掲げた。

これに怒った韓国チームのサポーターが、試合終了後にフロンターレ側の観客席の出入り口を塞ぎ、一触即発となった。韓国チームが旗を没収し、両チームが2人から事情を聞いたという。

朝日新聞デジタルによると、試合終了後、約200人が座ったフロンターレ側の観客席に押しかけた水原サポーターが、「我々の競技場に旭日旗絶対に入れない」などと騒いだが、サポーター同士の衝突はなかったという。

旭日旗は、日本国内では応援に用いられているが、旧日本軍が使っていたこから韓国中国では軍国主義象徴と見なされている。これまでも、スポーツ会場で振られると反発が出ていた。

フロンターレ聞き取りに対し、サポーター2人は挑発意思はなく、純粋気持ちだったと話したという。フロンターレ広報担当者は「日本協会Jリーグ協議をしながら、今後の対応検討したい。大きな事故にはならなかったが危険なことになる可能性はあった。今後、クラブとして対策を立てないといけない」と、朝日新聞取材に対して答えた。

こうした事態を受けてAFCは27日、倫理規定違反する疑いがあると発表。規律委員会を開いて処分の有無を検討する。

AFC倫理規定では、人種性別宗教、肌の色などによる差別を禁じている。サポーターがこれに違反した場合、2年以上のスタジアムへの出入り禁止処分となり、チームには2試合無観客試合と1万ドル(110万円相当)以上の罰金を課される可能性がある。

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そりゃ天皇生前退位したくなる 教育勅語幼稚園児を軍国主義ファシストにし、戦争邁進する殺人マシーンにしようともくろむ極右ファシスト安倍晋三

そりゃ天皇生前退位したくなる

教育勅語幼稚園児を軍国主義ファシストにし、戦争邁進する殺人マシーンにしようともくろむ極右ファシスト安倍晋三

国会では、教育勅語安倍自民党は大絶賛していたが、そんな人たちに政治をやってほしくない。

天皇安倍戦争大好きで自分戦争国家神輿に担いでたくさん人を殺したいと言うぐらいのことはお見通しなのだろう。

から生前退位を主張したのだろう。

仮に天皇椅子が空席になっても、国民戦争に巻き込むよりはよい。

安倍戦争神輿に乗る気はないということなのだろう。

生前退位のお言葉で「国政に関する権能を持たない」を2度も言ったのは、その思いを述べたい気持ちをこらえていたのではないか

「国政に関する権能を持たない」天皇が捨て身で殺人鬼極右ファシスト安倍から国民を守ろうとした、そんな風に思えてきた。

2017-05-03

そりゃ天皇生前退位したくなる 教育勅語幼稚園児を軍国主義ファシストにし、戦争邁進する殺人マシーンにしようともくろむ安倍総理

そりゃ天皇生前退位したくなる

教育勅語幼稚園児を軍国主義ファシストにし、戦争邁進する殺人マシーンにしようともくろむ極右ファシスト安倍晋三

国会では、教育勅語安倍自民党は大絶賛していたが、そんな人たちに政治をやってほしくない。

天皇安倍戦争大好きで自分戦争国家神輿に担いでたくさん人を殺したいと言うぐらいのことはお見通しなのだろう。

から生前退位を主張したのだろう。

仮に天皇椅子が空席になっても、国民戦争に巻き込むよりはよい。

安倍戦争神輿に乗る気はないということなのだろう。

生前退位のお言葉で「国政に関する権能を持たない」を2度も言ったのは、その思いを述べたい気持ちをこらえていたのではないか

「国政に関する権能を持たない」天皇が捨て身で殺人鬼極右ファシスト安倍から国民を守ろうとした、そんな風に思えてきた。

2017-04-30

苦労した=偉い

この風潮やめろ

結果を出したのが偉いんであって苦労したこと自体に大きな意味はないと学べ

軍国主義時代より頭悪くなってないかこの国

2017-04-29

旧軍の裔

陸軍の、殊に青年将校精神性が強く残っているのはミャンマーである、と説いていた教授なら知っている。ってか師事していた時の余談で出てきたんである

*まあ、こんなところで言っても信じられないだろうが、至極真っ当な(左派から見れば、リアリストであるがゆえに軍国主義者と罵られるだろうが)先生です

曰く、見よ血縁でも地縁でもないにも関わらず存在する鉄の紐帯を、農村に対する厚遇を、裏切り者内ゲバがの少なさを、さらに(比較すれば、ではあるが)蓄財も少ないではないか、と。あれこそがある意味旧軍青年将校が求めた道であったと。

んなわけあるかい、と思ったが問題はあるにせよ割にすんなり民政移管に政権交代を許したことは、何かしら特殊ものを感じる。そもそもああい体制で、保証があるとはいタン・シェがちゃんと身を引いたというのは確かに驚異的な話ではある。

なお、軍の行進様式旧軍に似ている。これは曰く「泥田の中を歩くためのモノである」という。確かに稲作国家ではあるが・・・

http://anond.hatelabo.jp/20170428202714

2017-04-26

オタク表現規制

 オタク自由放任主義右翼親和性が高く、いろいろと口うるさい左翼とは親和性が悪い。

 左翼は、その攻撃性でオタクを敵に回した自らの愚かさを悔いるべきと言う言説を最近良く見かける。

 その言説について思うところを描いていく。

 左翼による攻撃があった事は事実である

 ヘイトスピーチ所謂言葉狩り」については、間違いなく左翼と呼ばれる人たちが中心になっている。これらについては、人権の基本である他人人権侵害しない」という原則問題でもあるが、チャタレイ裁判に関する憲法学界隈から反論(1)や、大日本帝国時代児童文学新聞規制言論統制のものに変化していった前例が示すように、原則否定するべき物ではない。

 また、宇宙の戦士に対して、ファシズム的と言う評価(2)や、さらば宇宙戦艦ヤマトラストシーンに対しては、それぞれ「軍国主義的」について言及があったことは確からしい(3)。

 漫画関係表現規制で真っ先にやり玉に挙げられる「悪書追放運動」では「軍国主義への回帰」と言う表現が使われてきた(4)。

 これらの理由からオタク左翼的言説を嫌うことには一定理由があることがわかる。

 その上で、右翼放任主義という主張は疑わしい。

 チャタレイ婦人事件からずっと、右翼はむしろ表現規制側に回っていた。猥褻物公序良俗使用した最高裁判決に対しては、保守派批判する側の法律学者の方からこそ強力な批判が行われていたことを思えば、左翼表現の自由不寛容と言うのは、この手の表現の自由に関連する議論の実状からかけ離れているように思える。

 悪書追放運動以来漫画規制では政府与党応援してきた。悪書追放運動主体の一つである主婦層の応援をしていたのは、逆コースまっさかりだった当時の政権与党である

 所謂「左」が表に出ていたのは事実だが、思いっきり「右」がそれに乗っかっていることもまた事実なのだ

 84年の衆議院予算委員会で、マンガ規制するための法律の導入を求めたのは自民党の政調副会長だった三塚博氏だし、中曽根総理もそれに大いに賛同していた。

 漫画関係でも、保守派麻生議員とかは、漫画規制積極的な人だし、東京都でのマンガ規制が著しく深刻化したのは石原慎太郎都知事だった期間だ(5)。

 漫画に対して公序良俗に関するとして出版禁止のための法整備を実際に行ったのは自民党だ(6)。

 つーか、なぜかよく言われる「左翼の側が、オタク趣味ポルノ呼ばわりして規制している」と言う言説とは裏腹に、実際にオタク趣味ポルノ扱いして規制しようとしているのは保守政権側のほうが明らかに多い。ってか、実際何度か規制に踏み切っている。

 ついでに、戦前でも児童文学表現に著しい規制が付けられていた。

 表現規制問題を見ていると右も左もオタクとは親和性が悪そう。

 それどころか、この10年の間は、マンガ表現規制保守の側から行われている。

 だと言うのに、どう言うわけか保守層放任主義と誤解している意見が不自然なほど目立つ。

 幾度か、マンガ規制法制化がされるときに反対に回ってきた共産党立場がない。いや、共産党もちょくちょくマンガ規制するよう求めてはいたか濡れ衣ではないのだが(7)、法制化を阻止するために動いた(8)という一点においては、力が及んでいたかはさておき、むしろ表現の自由については無理解というわけではない。

 にもかかわらず、左翼教条的で何でも規制する頭の固い連中で、保守派は様々な価値観を認めてくれる懐の深い存在という、表現規制法制化の歴史を紐解くと真逆しか思えない、訳の分からない言説が結構広まっている。

 ……本当に、どう言うことなの?

 理由を考えてみると、実際の活動兎に角左翼系の攻撃の方がオタクの方に印象に残りやすかったのが問題なのではないだろうか。悪書追放運動発言や、ウルトラセブン12話、ジャングル黒べぇの封印や、さらば宇宙戦艦ヤマト宇宙の戦士への批判小説批評批判自体はまっとうな活動なのだけど)等、人気作品への影響が大きいこと為、実際の活動量以上に目に付く機会が多かった。

 特にウルトラセブンの「第12話は欠番とする」と言う趣旨文言は、兎に角目立つ。簡単に閲覧可能な人気シリーズに、「抗議による封印」の痕跡がポツンと残されているのは、イヤでも目立つ。

 また、政府肝いり団体でも、悪書追放運動の折りは基本的に「左翼」に同調する言動をとっていた。

 恐らく、「左翼」の認識が悪くなったのは、ここら編が原因だろう。

 で、そこから反対の陣営自分たちに寛容と勘違いした。

 その上で、90年代後半から2000年代初頭の「サヨク人権を御旗に自由侵害しようとしている連中」とか言う、自由主義史観発のいい加減な認識が、雑な認識化学反応を起こして、いい加減な認識を加速させたと言うのが実状ではないだろうか。

 00年代前半から10年、警察保守政権の側からによる表現規制が著しく深刻化していた時期に、そちら側からの影響が殆ど省みられていない現状を鑑みるに、自由主義史観発と言うか、小林よしのり発の「人権を美旗に世界の均質を試みている」と言う趣旨認識の影響は少なくない気がする。

 余談だが、戦前表現規制に対する反省と言うことで使われた「言葉表現問題ではなく、実際に差別をなくすことこそが重要だ」と言う考えが、この保守派への契合に対する触媒になっている節があるのは中々興味深い。

 左翼表現規制……所謂言葉狩りにも一片の理がある。

 実質的に、差別助長していたり、差別に根ざしている表現を使い続けることによる、現状の肯定差別の強化自体問題にされてしかるべきだ。

 キチガイと言う言葉が使われなくなったために、統合失調症の人の気持ちが幾分か楽になったと言う証言もある。言葉を狩っただけで問題解決されるわけではないが、差別に使われるメインウェポンを使用禁止にすること事態を無価値と断定することも、非常に問題がある考えのように思える。

 一方で、一片の理が合っても問題があるのは事実。だからこそ、チャタレイ裁判以降、多くの憲法学者表現規制のもの問題にしてきたし、前例がある以上、この手の批判積極的に行われてよい。

 兎に角、「表現規制する要理も、現状の改善の方が重要」と言う言説が「表現問題ではないのだから、どんな差別的表現を使い続けたってかまわない」と言う理屈正当化に使われ、惹いては、差別語を平然と使い続ける側の心強い理論武装になってしまっているのではないか

 いい加減話を終わらせるために、まとめに入る。

 「どんな表現にも寛容な保守と、教条的表現規制を押し進めようとする左翼」と言う、表現規制歴史に多少なりとも興味が有れば噴飯もの理屈ネットの世まかり押し通ってしまうのは

60年代悪書追補運動の折りに、法制化を進める活動家よりも、直接行動を行う「左翼」側の活動の方が目立った

・「セブン12話」や「宇宙の戦士批判など、容易な「左翼の抗議による作品封印」の戦果に容易にアクセス可能

00年代前半、個人サイト全盛期に自由主義史観初の雑な政治認識流行した

・「表現だけではなく、現状を変える事こそ重要」と言う、それ自体はまっとうな言説の悪用

 と言った要素が、悪魔融合を果たした結果ではないだろうか。

(1)浦辺法穂「全訂 憲法学教室」161~163ページ、岡田信弘「憲法エチュード86~91ページ

(2)ロバート・A・ハインライン宇宙の戦士」483~484ページ

(3)牧村康正・山田哲久「「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展狂気」第4章栄光は我にあり、広がりゆく波紋、第10段落

(4)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」100~102ページ

(5)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」177~180、196ページ

(6)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」143~144ページ

(7)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」139ページ

(8)長岡義幸「マンガはなぜ規制されるのか」129~130、143~144ページ

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/katarenakaltutatoukyoudaikuusyuunosinjitu.html

戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカ日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。

 C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。

 「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。

 隅田川にかかる橋の欄干や、総武線ガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。

  東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。

 「戦争を忘れさせよ」 慰霊碑許可せぬGHQ

 D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。

 E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。

 地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。

 終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。

 D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書コピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。

 「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。

 70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。

 A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。

 C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷陸軍省参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑浜離宮上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。

 東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行三菱商事日本興業銀行横浜正金銀行東京銀行第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町霞ヶ関でも、内閣府国会議事堂警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界アメリカの盟友関係を裏付けている。

 軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。

 E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。

 B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構

 A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。

 F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。

 A 終戦末期になると特高警察マークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。

 天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。

 B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。

 D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞正力松太郎朝日新聞緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。

 イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。

 E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。

 C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。

 都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。

 E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。

 B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。

 A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。

 F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。

 90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。

 A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省経産省防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。

 米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。

 財閥やメディアも米軍占領下で地位守る

 C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。

 F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一重光葵吉田茂近衛文麿などを「自由主義者穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。

 グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。

 のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。

 これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。

 A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。

 F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルン鮎川義介浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカ自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。

 A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。

 C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。

 もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカ共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。

 B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。

 F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。

 徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。

 A アメリカプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。

 C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。

 A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。

 しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。

 この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。

 分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義インチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。

 A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地自衛隊施設へ変わった。横田基地在日米軍司令部であり、すべての在日米軍自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。

 とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイグアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋東アジアを管轄する兵站補給基地だ。

 東京都港区六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。

 そのほかにも府中、由木、大和田硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。

 地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。

 B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。

 羽田空港成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。

 A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。

 B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。

 F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。

 司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170423173410

というか、そのたかだか一世代にすべての負を背負わせて、滅亡から逃げようというのが、政府及び就職氷河期以外のすべての世代の確固たる意志からな。

戦前ならこういう世代から右翼テロリストが出現して、政治家しまくって、やがて軍国主義へって流れだろうけど、こいつらは飼いならされすぎて、テロクーデターもできない。

安心牌として地獄行き、他の世代の奴らは感謝するどころか、石を投げまくって殺すのが快感だろう。

2017-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20170415141248

普通に思ってるだろ

あれほど戦争準備法だとか軍国主義化がとかブチ切れてたんだし

2017-04-10

ここ最近北朝鮮関係の動向は日本の終わりの始まり

最近何かとやかましい北朝鮮関係の動向、ネトウヨはアホ丸出しでアメリカを礼賛し、北朝鮮ざまあとか言っているが、これば実のところ日本の終わりの始まりだ。

そもそもアメリカが本気で北朝鮮攻撃をすると思ってるところが間違ってる。アメリカ北朝鮮に何の興味もない。アメリカは今回、北朝鮮の始末を中国に任せるつもりに違いない。

アメリカシリアへの攻撃によって中国を脅しつけ、中国責任ある対応を求める……という形で、中国北朝鮮への介入を承認する。中国はしぶしぶ折れたような顔をして、実際には朝鮮半島を手中に収める。

しばらくの間ネトウヨは喜んでいるだろうが、そのうち、単に中国が強大化しただけだったという事実に気づく。まあ当然の結果だ。アメリカを、自分たちの気に入らない相手を代わりに殴ってくれる優しいパパだと勘違いした愚かさへの報いだ。アメリカアジアから手を引きつつ、中国脅威論をとなえ、その最前線である日本右傾化をたきつける。改憲核武装も後押しするだろう。結局責任ある立場というのは軍事力で手に入れるしかない、という世論日本では支配的になり、自由はどんどん失われていく。

そして極東は拡大する中国と、それを押さえ込みたい日本ロシアが今まで以上に直接的に衝突し合う戦場となる。アメリカはそこにいちいち空母派遣したりしない。あっちを支援したりこっちを支援したり、適当に立ち回りながら三者が共倒れするのを待つ。

日本は遠からず終わるだろう。軍国主義が復活し、産業文化もその犠牲となって、アメリカの駒として右往左往した挙句に疲れ果てて滅ぶのだ。

ってマックで後ろの席にいた女子高生が言ってた。

2017-03-29

日本学術会議軍事研究禁止声明を総会での審議を経ずに強行決定

https://science.srad.jp/story/17/03/27/0333239/

軍事アレルギーとか軍国主義化とかそんなこと以前の、なんか揉めそうだから議論面倒なんで上層部の俺たちで勝手に決めましたってあまりにも酷くて日本らしい話だけど、はてなーは騒がないんだろうか。

2017-03-28

これまでの正義の話をしよう

正義というのは「義」であって、絶対善だとか条理(justice)だとかではないのである

階級身分制のもとでは、上官が偉いのであって、上官の命令に従うのが正義なのである。だから、たとえ国際公法に反していようが、上官の命令ならば投降した敵兵を殺すのだって正義である。上官の言うことが不条理であろうが、上官は天皇下士官であるから、上官の言うことは天皇が言うのと同じという、そういう階級制の封建的理屈が成り立つ。今もなお、こうした身分階級的な、封建的社会が続いているから、見ようによっては「日本軍国主義的」というようにも思えるくらいだ。事実、少なから企業組織が未だにそうだし、未だに首相取り巻きがアレなのを見てもわかる。

たとえ投降敵兵をぶっ殺したところで、バレなければいいという理屈であり、だから天皇には決して報告されないであろうし、たとえ世界にバレても「自分独断でやりました」といって末端や中間管理職が腹を切って死ねばいいのである

また、そうやって部下が勝手に気を利かして余計なことをやるわけであるチンピラや、まさになんとか親衛隊みたいなもんだ。勝手に余計なことをやって、トラブったら自分のクビを切ればいいわけから。近年のどっかの首相取り巻きイヌが変なこと言ってその度に自らクビ斬っているのもやっぱ同じだ。

ヨーロッパだって中世はそういう感じだった。だから中世封建制や、それと不可分にあるカトリック思想においても同じ、身分階級封建制だ。アメリカですら未だに、その呪いが解けていないくらいだ。欧米企業組織においても、権限委譲デリゲイト)で成り立つ階級制で、縦割りの弊害をモロにやっているところも少なくない。

こんなだからコンプライアンス倫理)だとか、内部通報制だとか、およそ活きる余地は無い。上司が偉いんだし、社の利益のためにならばなんだってやるくらいが正義なんだから。そんで、その代わりに自分が辛い目に遭えばいいんだから

そういう理屈です、正義ってのは。

2017-03-22

聖徳太子しろ何にしろ科学政治バランスをとるべきではないのか。

https://togetter.com/li/1093213

なにやらはてなブックマークがあるツイートで盛り上がっていた。

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/CatNewsAgency/status/843667650999799808

https://twitter.com/CatNewsAgency/status/843667650999799808

まとめはそれを元にしたまとめ(なんだろう)が、なんとなく観点がずれてる気がしたので、長文だが意見を書かせていただきたい。

100文字では書けん。

大前提として、まとめのほうのタイトルになっている

歴史学歴史学者の独占物なのか?」という「問い」に対しては「独占するべきではない」と思う。

歴史家特権階級になってはいけない。

そして、教授陣とはまた違った「在野で歴史を考える者」の意見も、また参考にされるべきなのだ

まあ、教授左翼云々は偏りだというまとめでの指摘も最もだけど。

しかし、歴史学も「人文科学」なのである。「科学である

科学」が「市民感覚」でないがしろにされて良いのだろうか。それは豊洲の件で大いに問題になったはずだ。

豊洲科学的に安全なのに、「安心」できないから駄目などと言われている。

これは「科学風評に負けた」例となりうるだろう。

まとめを読んで、豊洲の例を惹かれて説明されている、このあたりが自分としては特に心配に思った。



でも、だからといって、学者がすべてを決めてしまう、

エリート独裁」的なことが行われてしまえば、それはそれで問題である

大事なのは科学政治バランスをとるべきではないのか。

まとめ文中では軍事を例にして、専門家だけで暴走することの危険性が語られているが、これはある程度当たっていると思う。

この国は、関東軍暴走という自称から戦争が始まってしまった国なのだ。それは反省し、今後戦争をおこさないようにすべきだ。

でもその例で言えば、軍人絶対に無理という作戦政治家が指示してしまった場合はどうなるのだろう、とも思った。

戦前反省を元とした言説にこのようなことを突っ込むと、特にリベラルはてなーには、やれ軍国主義だのなんだの言われるのかもしれないが

現実問題政治家が専門外のことをそこまで指揮を取れるのか。それは歴史学だって言えると思う。

そこで思ったのは、「様々な説を検討する段階をオープンにすること」そしてそれによって「バランスを取る」ことである

結局、学者の独占も、過度の政治の介入も両方よろしくないのだ。今回の件は、ある一つの説を押し通そうとしてしまったというところに問題があるようにも思える。

所謂主流の説、「権力を持った学者」の説を押し通すのではなく、オープンにしていく。それが必要なのではないのかと思った。

そして、教科書に関しては、複数の説の併記必要なのではないか

東大京大で学派が違い、入試問題採用する説も微妙に違うということも起きているが、

これも両論併記でどうにか出来ないものなのか。

とは言えども、結局どうやってバランスを取るのか、現実的手段はあまり思い浮かばない。

このあたり、頭がいい人達が考え出してくれないかなあ、と思う。

2017-03-12

言論自由なんだから、森なんたらの学校設立を認めるべきだと思う

要するにあれ(北)朝鮮学校日本版だろ。

幼稚園教育勅語とか読ませててキモイとか言われてるけど、じゅげむじゅげむ読ませてるETV7chの番組はよくて、あれがダメっていう理由わからん

もっと大阪近辺は在日メッカで、その近くに在日が狙ってた土地を確保して、和式朝鮮学校作ろうとしたのはちょっとアレかなとは思うけど。

こういうこと書けば、軍国主義者を生み出して、また太平洋戦争同様のことやらかすから絶対だめとか言ってくるけど、ツイッター含めたSNSの普及やらでネット経由での情報のやりとりは常識になりつつあるし、ネットに頼らずとも昔と違い個人電波飛ばし他国とやり取りできるくらい電波技術も向上してる。

それなのに、また70年前とおんなじ流れで読売朝日煽りに乗っかって軍国主義化するとはとても考えられないのに、まったく昔とおんなじになるとかいってる奴とかいるよね。

そもそも戦争したらダメっていう理由も、国民(だいたいこういうことを抜かすやつは自国民のことだけを言って、他国民被害については言及しない)が大量に死んで建物ガンガンぶっこれて国が荒廃する(=急激なマイナス経済成長)、以外の理由ってどこにあんだ?

日本管理部門がクソであることを象徴する管理者養成学校

http://webseeya.com/2015/03/27/hell-camp-2weeks/

管理者養成学校というものを知った。

管理者養成すると聞くと、どんな訓練内容を想像するだろうか。

タスク管理時間管理方法役割の振り方、問題解決の考え方…

素人でもこれくらいのことは思いつく。

しかし、この管理者養成学校の訓練内容は全くそういうものではないらしい。

声だし、40キロハイク…  …ん???

足並みを揃えるために自分を殺す方法を学ぶのだろうか、むしろ管理者養成学校である

ここに日本管理部門がクソだと呼ばれる所以があるのだと思う。〇ニー、シャー〇、〇芝…etc

マネージメントとは精神論でどうにかすることだという考えが根底にあるのだ。軍国主義から変わらない経営の在り方だ。

タスク管理問題発見問題解決二の次三の次にされているこんなマインドでは日本管理部門が他の先進国に勝てるはずがない。

こんなところで金払って2週間洗脳されるよりマッキンゼーで2週間インターンに行く方が有益である

2017-02-26

安倍さん今、海外いって大丈夫かな?

しか来月あたりもドイツとか行くんじゃなかったっけ?

幼児第二次世界大戦前の軍国主義教育を施し、日ごろからヘイト・スピーチを行っている人物がシンゾー・アベ・メモリアルスクール設立するにあたって、国有地を破格の安値で払い下げたという話は本当か?」とか海外記者会見質問されたらやばいんじゃね?

まあアメリカ大統領オバマじゃなくなったか大丈夫

でもまあ、メルケルには軽蔑されるよね?(もうされてる?)

2017-02-25

森友学園国有地取得で会計検査

森友学園国有地取得で会計検査

https://this.kiji.is/207438898890506241

情報提供の受付

https://www.jbaudit.go.jp/form/information/index.html

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51052?page=2

二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつ伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである

戦前っぽいもの」のパッケージは、戦後長らくつづいた保革対立のなかで形成されたものである

保守勢力自民党文教族文部省など)は、教育の荒廃が叫ばれると、かならず国旗掲揚国歌斉唱、「教育勅語」の再評価修身の復活などを主張してきた。

国旗国歌問題に火をつけた第三次吉田茂内閣天野貞祐文相は、その嚆矢である内藤誉三郎(文部事務次官参議院議員第一大平正芳内閣の文相)のように、「天壌無窮の神勅」を学校で教えるべきだと主張した例もある。

教育機関国民国家歴史や意義を教えることは必要である国民国家は、現在国際政治基本的単位だ。これを否定するつもりはない。

グローバリズム時代国民国家というシステムいかに無理なく保守管理運用していくか。政府への盲従や排外主義などの欠陥は認識しつつも、こうした問題に取り組んでいくことは欠かせない。

パッケージを丸呑みするかいなかの二者択一は、あまりに単純すぎる。

ナショナリズムはいつどこで芽生えるか →戦争で負けている側である

あるいは学歴を誇る人間はいつ登場するか。→落ちぶれてそこしか砦がなくなった時である

東大卒のりょーすけさんなどは、もう道具として使う。ふつうはそういうものだ。

東大生かくあるべし、みたいなことを言い出すのはかなり痛い

今日ほど「君が代」に関する議論劣化した時代はほかにないだろう。

君が代」を歌うか、歌わないか問題はあまりに単純に二分化され、歌えば保守愛国であり、歌わなければ左翼反日である即断される。そしてこの単純な白黒図式に基づき、「愛国者」を自任する者たちが、気に入らない相手に食って掛かるしかも、驚くべきことに、この「愛国者」を自任する者たちの多くは、「君が代」の歴史意味をロクに知らないのだ。「君が代」は、敵と味方を判別し、敵を吊るし上げるための単なる「踏み絵」と化している

1999年に「国旗国歌法」が施行された

ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼のもの勘違いされてしまった。この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。

1890年2月帝国議会の開会を直前に控え、地方治安維持をつかさどる県知事(内務官僚)たちは、「文明と云ふことにのみに酔ひ、国家あるを打忘れた」自由民権運動抑制するため、「真の日本人」を育成する国民道徳樹立を求めた。

→とはいえ、当初の「教育勅語」の内容は、後世の文書などにくらべて、意外にも慎ましいものだった。

日本神の国であり、世界指導する権利がある」などという大それた神国思想は、「教育勅語」のなかに見られない。これは、『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)などで、教育界に広められたものである

しろ教育勅語」の内容はかなり抑え気味だった。たしかに、「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」「天壌無窮ノ皇運」など神話にもとづく記述もあった。だが、そこに掲げられた個々の徳目現実的で、日常的な振る舞いに関するものが多くを占めた。

当時の日本に、空想をもてあそぶ余裕などなかったのだ。

日本日清戦争日露戦争勝利し、帝国主義列強一角を占めるにいたって、かえって問題が指摘されるようになった。大国日本国民道徳として、「教育勅語」はあまりに物足りないのではないかと注文がつきはじめた

君主たるもの特定政治的宗教的思想的、哲学的立場に肩入れする言葉を使うべきではなく、またその訓戒も「大海の水」のごとくあるべきで消極的否定言葉を使うべきではない

また、井上帝国憲法の起草者として立憲主義尊重し、「君主臣民の良心の自由に干渉せず」と述べて、「勅語」を軍令のように考える山県の構想も牽制した。

もちろん、自由民権運動対策念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。その一方で、その内容は、神国思想軍国主義権化のごとき過激ものでもなかった。

追加修正

西園寺公望は、明治天皇の内諾を得て、「第二の教育勅語」の起草に着手した。

1919年、『勅語衍義』の執筆者井上哲次郎によって「教育勅語修正を加へよ」という論考が発表された

この提言の背景には、同年に朝鮮で起きた三・一独立運動の衝撃があった。

結果的に、「教育勅語」の不足分は、ほかの詔勅の発布で補うかたちが取られた。1908年発布の「戊申詔書」、1939年発布の「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがそれにあたる。

1948年6月衆参両院の決議では、「教育勅語等」として「教育勅語」だけではなく「軍人勅諭」「戊申詔書」「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがセットで排除および失効確認されている。これらの詔勅が一体的に理解されていた証左

教育勅語」は、狂信的な神国思想権化ではないが、普遍的通用する内容でもなく、およそ完全無欠とはいえない、一個の歴史的文書にすぎない。その限界は、戦前においてすでに認識されていた。

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