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はてなキーワード: 社会的影響とは

2018-06-09

anond:20180609204223

アムラーを生み出した点で、安室奈美恵が最有力でしょ。木村拓哉より社会的影響力大きいと思うけど。

2018-01-20

ゲスの極みの人と今井絵理子小室哲哉

同じ文春砲でも受け手リアクションがだいぶ違うのはなぜか。

小室哲哉

⚫️バッシング容認ポイント : 芸能人過去女性遍歴。

⚪️情状酌量ポイント : 妻への介護自身の病、不貞行為もどうやらなかった?(性的不能告白)、引退表明

今井絵理子

⚫️国会議員という公人地位。元芸能人

⚪️お子さんに障害あり

ゲスの人

⚫️報道開き直り&煽りとも受け取られかねない発言芸能人

⚪️Lineを晒された

ちなみにCTOの人

⚫️関係の整理の稚拙さ、社会的地位高い(社会的影響力大?)

⚪️一般人

2018-01-19

自分は何年もウナギ食べるの我慢してたのに、みんなウナギ食べるのをやめてくれなかった」とか嘆いている奴、意味不明

ツイッターの片隅で、口先で「私は食べません」アピールしたところで、どんな社会的影響力があると思ったのか。

心ある市民草の根運動で、乱獲が止められると本気で思っていたのか。

テレビ報道はいつ見ても一貫していた。ウナギが少なくなっているのは中国のせい、黒潮のせい、異常気象のせい、たまたま遅れているだけ。いずれは完全養殖でなんとかなる。消費を控えるなんてとんでもない。さあ、土用の丑の日にはウナギを食べよう!

だってスーパーに行けば売ってるし、店でも食べられるし、絶滅なんて嘘でしょ大袈裟に騒いでいるだけで。

絶滅しそうなものが売られているなんて、常識的に考えてありえない。だからウナギは食べてもいい。

誰かが買わなきゃ廃棄されるだけ、勿体ない。買わないなんてありえない。食べ物大事にしないと。

店の人も商売だしね。誰も悪いことしてないのに、どうして非難されなきゃいけないの。』

そういう空気を変えるために、ツイッターでちょろっと「私はウナギ食べません」アピールたからって何になるんだよ。

国が動かなきゃどうしようもねーんだって、それこそ何年も言われつづけてきただろ。

でも、国を相手要求するってことは避けてきたんだろ。世論に訴えるような積極的言論活動すらしてこなかっただろ。

資源保護大事だけど、自然保護団体みたいなことはやりたくない、活動家思想家には見られたくなかったんだろ。

権利団体権力とぶつからずにこの問題解決できたわけねーだろ。

自分生活がある無垢一般市民だし、そういうことは賢い人たちがなんとかしてくれるべきって姿勢

「私は食べない」しか主張してこなかった奴が被害者ぶって他人の消費行動を責めてるの、気分悪い。

2017-12-26

はあちゅうさんに批判が届かない理由、あるいは彼女のいう「表現の自由」とは何か

ミクロマクロを決定するとか下位構造が上位構造を決定するとかそういう意味合いでの「個々人の表現社会的ジェンダーバイアスを補強していくのであり、氏の言動はその意味において不適切」というのがはあちゅうさんを強く批判している人々の意見だと認識している。

でも、それって最終的には「『自分表現社会に与える影響を考えろ』というかたちの批判単純化されてしまう」というのが今回の問題に関する面倒なところなのかなということを感じた。でまあ、それって「社会的影響の是非はともあれ発言自由のもの表現の自由によって守られるべき」という反論と真っ向からぶつかり合うんですよね。どちらの意見も、どちらの主張を覆すことができない。覆すことができない以上、それのどちらの立場をとるのかというのは政治信条問題になる。

更に言ってしまえば、「社会的影響」の是非って白黒のはっきりしない灰色レイヤーに属する問題であり、明確な黒であるところのパワハラセクハラとは異なる。いや、ふざけんなって思う気持ちはわかるよ? わかるんだけど、現実問題不特定多数に向けられた言葉不快に思うかどうかって、個人感性に依ってしまうわけですよ。残念ながら。個人的には嫌いな表現ではあるが「被害が大きいか小さいか」に還元させられてしまう。それを許容するかどうかも、個人感性、もう少し表現を変えると、「政治信条問題」にしかならないんだ、というのが現実なんじゃねえの、という。

勿論、性的被害を受けた人間性的表現に気を遣わないというのは現実問題ダブスタですよ。どうしようもないダブスタ。でも、ここに「清廉潔白人間でないと声をあげてはいけないのか」という問題が加わると、また話はかわってくる。「政治信条として【性的表現に対して厳格な人間】でないと、セクハラパワハラ被害告発被害があったという声をあげてはいけないのか」という話になる。そんなわけないんですよね。被害者が黙る理由はない。政治信条被害の有無は関係ない。これはまともな人間なら誰しもが思っていることですよ。はあちゅう氏が言ってる「表現の自由」という話は、こういうことなんじゃないかなって。

彼女は一貫して「自分が受けた被害」と「声をあげづらい被害者」に関して言及しているのであり、「セクハラパワハラを生み出している社会構造ジェンダー構造」に対しては一切言及していない(彼女に対してそんなに興味がないし今回の問題での彼女発言を全部追うほどの興味もないので全部の発言を観直してないから間違えてたら言ってくれ)。で、彼女にとってはそれを邪魔する=自分を叩く人間は「表現の自由侵害しようとする人間」=「自分発言を黙らせようとする人間」にしかみえないわけだ。

ここまで考えて、この文章を書いている増田は、まあ今回の一件に関してはあちゅう氏を叩くのはやめようと言う結論にいたった。個人的にすっげえ不快だし正直視界に入ってほしくもないんだけど、たしかにこういった論理の中では、彼女表現の自由範囲活動しているので、「おまえの発言不快」以上の批判が難しい。仮に問題になるとすれば、それは彼女政治信条踏み込むとき=「個人個人被害を超えた社会的セクハラパワハラ構造問題言及しはじめて、それを正すべきという主張をはじめたとき」なんじゃないかなと思う。

万が一彼女全面的擁護者にはなりたくないので一応言っておきますが、はあちゅうさんの童貞発言はつまらないと思ってます

2017-12-22

https://anond.hatelabo.jp/20171221192338

“「批判はあるけれど、一方でOKとされている」なんて事例は、この現代社会存在しない” いや、それが大半でしょ。その上で、多様性として受け入れるものもあれば、セクハラのように排除すべきものもあるって話かと

こういうブコメがサラッと出るの、さらに少しでも星がつくの、怖気が走るよな。

自分が楽しむものは「多様性」として受け入れて、自分が嫌なものは「セクハラ」と切って捨てるわけだろ?

男向け二次ポルノ排除したら、BL排除されたってショック受けてた女子も居たが、当たり前だろって話なのに、こうして「BLはたよーせー」って思ってる輩が多いんだよ。

ブコメの人がそうだと言いたいわけじゃない、けどBL排除にショック受けた女子は似たような感覚だったはずだ)


もちろん、「本当に酷くなったら排除」という人もいるだろう。

けど、この理屈おかしいんだ。

社会的影響力」ってな言葉で、それを助長するからと、本来だったら「たよーせー」レベルの酷くないものまで、排除されるだろ?

けど、こうして俎上に上げると、酷くないものは守られるんだって主張しやがる。

自分の口から出てる言葉も、まともに検証できてないんだ、こいつらは。

2017-12-21

自分という生き方武器にする」ことができるのは自分価値が認められていることを知っている人だけ

最近何かと話題になっているはあちゅう氏(この人の名前を目にするのも疲れてきたから以後はイニシャル表記とする)について、セクハラ公開告発が自著の宣伝も兼ねてるのでは?なんて話もちらほら目にするようになってきた。

まぁ百歩譲ってそれが宣伝だったとしても、どうでも良い。

(どうでも良い、というのは、ここで論じたいのはこのことではないためで、ふざけるな、と言いたくなる問題ではある)

ただ、「自分という生き方武器にしよう」って主張はとことん気に入らない。

H氏の言うセクハラ案件をここまで大々的に公開告発することができたのは、本人のネームバリュー社会的影響力が非常に高いためであり、さらにそうした価値は本人の容姿依存している部分が多分にあるだろう。

人間まれた時から平等なので、自分容姿に恵まれなかったのは仕方が無いが、はっきり言わせてもらう。

自分という生き方武器にする」ことができるのは、自分社会的価値がある人間であると認められていることを知っている人間だけであり、特に女性については容姿に恵まれ人間がそのほとんどである

男性場合、最悪能力で何とか戦える場面はある。

女性容姿が醜い時点で、その他の能力が高かったとしても、それを武器にすることができる場面はほぼ無いに等しい。

H氏は、それを分かった上での自著の主張をしているのだろうか?

いや、分かっているからこそ、そのように主張しているのだろうか。

「「容姿も良くてネームバリュー社会的影響力も発信力も持っている自分」という生き方武器にする」としか聞こえないのは、そういう生き方ができないかなのだろうか。

2017-12-09

[]イキイキマンボウ人の社会

 冬眠する増田アース人が宇宙進出し、増田アースに残った人々が

絶滅した後、極度に汚染された環境が生き残った生物突然変異強制した。

その影響もあって、次に増田アースで知性を獲得したのは

水陸両用に進化した魚類類似生物だった。

 彼らイキイキマンボウ人には魚類らしい特徴があった。

それは成長にしたがい性別が変化することだ。

 動物時代の彼らは身体が大きくたくさんの卵を産める個体が雌をつとめていた。

 その習性が反映されてイキイキマンボウ人は社会的地位が高く、

年収の多い個体ほど雌に性転換しやすかった。最初はみな雄で生まれてくるのである

実際、一度の産卵数が多いので、経済的に豊かな個体でなければ親は務まらない。

 雌と結婚した雄も、配偶者から経済的社会的影響を受けるため、雌に変化しやすい。

イキイキマンボウ社会における「普通の家庭」は雌同士が大量の雄の子供を育てるものと考えられていた。

 そのため、性別の違いによる対立はある程度は抑制されていた。

雌は雄にとっていつかなる性別だし、雄は雌にとってかつてなった性別であるから

 だがやはり社会には暗部がつきものだ。

一生を雄で過ごすイキイキマンボウ人は抑圧され見捨てられた存在だった。

彼らはいわば「視覚化された童貞」であり、円満な雌×雌家庭を見ては

血涙を流し「おああーーーっ」とエラを震わせるのだった。

2017-10-18

anond:20171018121656

山口厚


最高裁裁判官としての信条や審理にあたる心構え、仕事の印象、難しさは。

当事者の主張に耳を傾け、証拠に基づいて、中立・公平で公正な判断をすることが必要だと考えています最高裁として判断すべき事件数の多さと事件の多様さに直面して、最高裁判事の使命の重大さを改めて痛感しています

国民裁判所に期待する役割は何だと考え、身近な司法とするために取り組んでいることは。

詰まるところ、中立・公平で公正な裁判を迅速に行うことが求められているのだと思います結論に至る過程をできるだけ分かりやすく示すことも大切だと考えております。また、裁判所としては、情報発信さらに進めていくことが望まれるように思います

これまでに関わり、最も記憶に残っている裁判とその理由は。

就任直後に関与したGPS捜査に関する大法廷判決が、刑事手続き法に関する近年の最も重要判決の一つであるだけに強く印象に残っています

注:令状のない全地球測位システムGPS捜査違法とした大法廷判決173月

最高裁裁判官の任命手続きについての考え、出身母体出身別の割合妥当だと思うか。

任命権者が判断すべき事項ですので、回答は差し控えさせていただきたいと思います

憲法改正をどう考えるか。

憲法改正の是非などは国民判断し、決めるべきことで、憲法尊重擁護する義務を負う立場にある者としては、回答を差し控えさせていただきたいと思います

憲法9条戦後日本で果たした役割と、9条に自衛隊を明文で位置づける論議をどう考えるか。

前項と同様の理由により、回答は差し控えさせていただきたいと思います

国政選挙で「一票の格差」の問題が長く続いていることをどう考えるか。

私の考えは、当審に係属した具体的な事件について判断する中で示すべきものと考えております

注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見179月

東京電力福島第一原発事故を踏まえ、司法責任原発関連訴訟への司法姿勢をどう考えるか。

今後当審にも関係する事件が係属する可能性がありますので、回答は差し控えさせていただきたいと思います

裁判員制度で、公判前整理手続きの長期化や裁判員候補者の辞退率上昇が問題視される現状をどう考えるか。制度課題や見直すべき点は。

全体的に見れば、課題はあるものの、うまくいっているのではないかと考えておりますが、制度運用上、裁判員負担軽減に配慮することが必要だと思います

静岡県で1966年に起きた一家4人殺害事件など、再審無罪判決が続くなか、刑事裁判の現状への感想反省点、冤罪(えんざい)を生まない司法の実現への教訓は。

判断の誤りを避けるため、様々な観点から証拠評価をしっかりと行い、手続きを適正に運用することが重要だと思います

日本弁護士連合会が昨年の人権擁護大会死刑制度の「廃止宣言」を採択した。死刑制度の存廃や、再審請求死刑執行との関係をどう考えるか。

死刑の存廃などについては国民的な議論が大切だと思います一般論としての回答は差し控えさせていただきます

取り調べの録音・録画や司法取引制度の導入が刑事裁判にどんな影響を与えると考えるか。新制度導入にあたり、司法判断はどうあるべきか。

法改正に向けた法制審の審議には私も参加いたしました。改正法は現状を改善する方向に向けた重要な一歩だと考えております。今後、関係者がそれを適切に運用していくことが大切です。

法科大学院募集停止が相次ぎ、法曹志望者が減少するなか、法曹養成制度の現状をどう評価し、どうあるべきだと考えるか。

私は最高裁判事就任前には法曹養成教育の一端に携わっており、様々な課題があることを痛感しておりました。関係者の地道な努力が実を結ぶことを願うばかりです。

経済活動の国際化に伴い、国をまたぐ法的な争いを円滑に解決するために日本裁判所に求められることは何だと考えるか。

裁判を行うという点では変わりがないと思いますが、両当事者の主張・立証をしっかりと踏まえた適切な判断可能な限り迅速に行うことが大切だと思います

外国裁判手続き電子化が進むなか、国民が使い勝手のよい裁判所にするにはどうすべきだと考えるか。電子手続き導入への賛否アイデアはあるか。

課題は多いとは思いますが、利用者利便性向上の観点から手続き電子化の導入に向けた検討が行われてよいと思います

最近出来事で、最もうれしかたこと、腹立たしく感じたことは何か。

人生はうれしいこと、腹立たしいことの連続ですが、法科大学院教授時代の教え子から司法試験合格の報告が届いたことは最近うれしく感じたことの一つです。

趣味尊敬する人物、好きな言葉座右の銘と、それぞれを選んだ理由は。

趣味ウォーキング読書(乱読です)。いままでに大変多くの人と出会い、その出会いを大切にするようにして参りました。特定した「尊敬する人物」の名前を挙げるのは難しいように思います。好きな言葉座右の銘というほどのものはありませんが、研究者ときには、どのように小さなもの執筆する場合であっても、常に「全力投球」を心がけておりました。

最近読んで感動した本、面白かった本とその感想は。

多分野の書物を乱読するのが趣味ですので、特定の書名をあげることは難しいように思います小説でいえば、人の生き方を描いたものに感動したり、歴史的事件を題材にしたものをとくに面白いと感じたりしています


菅野博之


最高裁裁判官としての信条や審理にあたる心構え、仕事の印象、難しさは。

誠実と共感信条とし、意識的に多数の観点から見ることを心がけてきました。更に広い視野から見直しながら、バランスのとれた適正な判断ができるよう努めたいと考えます個別事件問題と法解釈問題、更には社会的影響や将来にわたる問題などが混在している事件に接するとき、頭を悩ませることが多いです。

国民裁判所に期待する役割は何だと考え、身近な司法とするために取り組んでいることは。

迅速さを含めた質の高い判断が期待されていると考えます。常に社会進歩・変革に即していくとともに、安定感のある判断が求められているのではないでしょうか。最高裁においても、分かりやす判決留意したいと考えます

これまでに関わり、最も記憶に残っている裁判とその理由は。

外国人の親と子ども退去強制処分事件フィリピン人の子どもたちの国籍事件台湾ハンセン病訴訟、様々な会社更生事件など、多数の事件が心に残っております子ども人権や自立性の確保が難しい事件、あるいは、多数の人々の利害の調整が難しい事件が一番記憶に残るように思います

最高裁裁判官の任命手続きについての考え、出身母体出身別の割合妥当だと思うか。

最高裁判事の任命に関しては、意見差し控えたいと思います

憲法改正をどう考えるか。

憲法改正については、議論のもと、各国民が決めることであり、その解釈適用に当たっている裁判官発言すべきではないと考えます

憲法9条戦後日本で果たした役割と、9条に自衛隊を明文で位置づける論議をどう考えるか。

憲法9条については、国民一人一人が考えていく問題であり、裁判官一般的意見を述べるべきではないと考えます

国政選挙で「一票の格差」の問題が長く続いていることをどう考えるか。

具体的事件において考えを示すべき事柄と考えます

注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見179月

東京電力福島第一原発事故を踏まえ、司法責任原発関連訴訟への司法姿勢をどう考えるか。

具体的事件にかかわる点については、意見を控えさせていただきます。ただ、一般論として言えば、裁判所は、法令に照らして厳密に検討しているものと考えます

裁判員制度で、公判前整理手続きの長期化や裁判員候補者の辞退率上昇が問題視される現状をどう考えるか。制度課題や見直すべき点は。

裁判員制度については、全体としては順調に進んでいると思います。ただ、迅速さを含めた適正な刑事司法理想に向けて、一層の工夫や研究が欠かせないと考えます

静岡県で1966年に起きた一家4人殺害事件など、再審無罪判決が続くなか、刑事裁判の現状への感想反省点、冤罪(えんざい)を生まない司法の実現への教訓は。

誤判はあってはならないことです。それを防ぐには、各裁判官が、客観的証拠を重視するという裁判の基本を再確認しながら、多面的に考え抜くことが重要と思います

日本弁護士連合会が昨年の人権擁護大会死刑制度の「廃止宣言」を採択した。死刑制度の存廃や、再審請求死刑執行との関係をどう考えるか。

死刑制度の存廃などは、国民意見により決められるべき立法問題と考えます

取り調べの録音・録画や司法取引制度の導入が刑事裁判にどんな影響を与えると考えるか。新制度導入にあたり、司法判断はどうあるべきか。

刑事司法改革関連法の影響などについては、最高裁判事として意見を言う立場にはありませんが、今後各制度趣旨に沿った運用が積み重ねられていくものと考えております

法科大学院募集停止が相次ぎ、法曹志望者が減少するなか、法曹養成制度の現状をどう評価し、どうあるべきだと考えるか。

司法、ひいては法曹界は、専ら人によって支えられていますので、志の高い誠実な法曹候補者が増えていくことを願っております

経済活動の国際化に伴い、国をまたぐ法的な争いを円滑に解決するために日本裁判所に求められることは何だと考えるか。

国をまたぐ争いであっても、スピード費用・公正さに着目されるのは変わりません。また、裁判官が広い視野を持ち、必要場合には専門家の助力も得られるよう、工夫を継続することが重要と考えます

外国裁判手続き電子化が進むなか、国民が使い勝手のよい裁判所にするにはどうすべきだと考えるか。電子手続き導入への賛否アイデアはあるか。

司法手続きにおける国民負担をできる限り減らしていくことが重要です。電子手続き活用も、そのメリットデメリット双方を検討しながら、適する分野につき進展していくのではと期待しております

最近出来事で、最もうれしかたこと、腹立たしく感じたことは何か。

うれしかったのは、この数年、何人もの日本人科学者ノーベル賞を受賞したこと。夢をかきたてられました。

趣味尊敬する人物、好きな言葉座右の銘と、それぞれを選んだ理由は。

好きな言葉は、誠実と共感です。裁判特に民事裁判は、命令や説得ではなく、心を開いて話し合い、それぞれの立場や考えを共有することが重要と考えております

最近読んで感動した本、面白かった本とその感想は。

趣味は、読書特にSF経済関係です。SFでは、J・G・バラードスタニスワフ・レムレイ・ブラッドベリなどが好きです。SFは、思考感性の幅を広げてくれるものと思います。次いで、音楽鑑賞(シャンソンカンツォーネなど)。元々天文学者志望だったので、星を見て宇宙について思いをはせることも好きです。

2017-10-14

anond:20171014102135

新卒フリーランスにはやや抵抗あるな。

私自身、フリー仕事してた経験もあるけど生活の安定しなさが恐怖。そして社会的信用のなさ。

生活基盤が安定しないと次のチャレンジもできない。月収はハネて50万円とか行く事があっても

波があるから年収でいったら400万がいいとこでしょ。

私は、いまは大企業所属してそこそこの権限ポジションを得てる。

企業所属フリーでどっちが良いかなんて一概には言えないけど、いまは企業かな。

比較的規模と社会的影響力のある企業に潜り込めれば、やれることも実は多い。

新卒フリーランスでいきなり夢を追うよりは、チャレンジができる土壌を作ってから

方が成功やすい気がする。銀行だって融資してくれるしね。

2017-08-23

サービスを分ける

荒唐無稽な話と思われるけど書く。

言い方が悪いけど、底辺富裕層知識人サービスを分けてはどうだろう。

ちなみに私は底辺

注文した品が直ぐ来る。接客サービス料理の値段云々色々あるけど、そういったことにおもいっきりつけこんでくる人って底辺なんだよ。

社会的影響力や仕事が出きる人達こそが利用出来るサービスとそうじゃないのとに分けないと、どんどん贅沢を言うようになるなって。

自分達に出来ないことはない、とまで勘違いする奴はかなり少ないと思うけど。

私はそれでサービスを分けられても特に文句はない。

人々があまりに贅沢になりすぎないよう、思い切って区別するのも一つの選択なのでは?

年間幾らか払うことで、色々なサービスを受けられその質も上がっていく制度とか。

2017-06-15

影響があっても規制はだめ

https://anond.hatelabo.jp/20170614201508

から表現が人に影響を与えるなんてことは前提の上で、規制(抑制と言ってるけどそれは結局規制になる)は否定されてるんだってば。何度も何度も何度も繰り返されてる話だけれど。

そもそも規制すべき表現とそうでないものをどう決めるの? 人を傷つける表現は全部だめにする? でもそもそも誰も傷つけない表現なんて存在しないよ。

例えば子供を亡くした人は子供死ぬ話で傷つくだろうし、逆に幸せそうな家族を見て傷つくことだってあると思うよ。自殺考える人は、普通に振る舞う人を見るだけで心を痛めるかもしれない。誰かを傷つけることがだめなら、極論をいえば全てが規制されるよ。

ロリレイプする表現なんて誰が見てもだめだろうって? 本当にそうか? 有名な小説少女セックスするものもあるし(今の基準ではレイプだ)、知的障害女性を輪姦して殺してしまう話もある。こういう小説漫画古今東西いっぱいある。扇情的でなければいい? 昔の話ならいい? 小説ならいいけどエロ漫画はだめ? その違いは?

犯人が参考にしたと供述したらだめにする? 他の事件ドラえもんを持ち出した殺人犯がいたけれど、ドラえもん出版禁止にするべき? 時計仕掛けのオレンジを見てホームレスを殺した人がいたけれど、若者犯罪に走る小説映画は作ること自体許されない? 聖書理由にした殺人も五万とある過去最も犯罪の原因になってるこの本は真っ先に規制すべき?

今回の漫画犯罪の具体的な方法が書かれているからだめ? 犯罪が描かれた小説などには現実に応用できる具体的な描写があるけれどそれもだめ? 詐欺の手口も報道できなくなるよ。

性欲発散という欲望がはっきりしたエロ漫画犯罪方法が結びついてるのがだめ? 例えば経理参考書などは資産効率的運用、つまり金銭を増やすという欲望がはっきりしている。そしてこういうことをしたら脱税になるからやめろ、と注意書きの形で犯罪方法も書かれている。それを元に脱税をした犯罪者がいたら、経理参考書規制されて当然だと言うだろうか。脱税した方がおかしい、参考書になんら責任はないと思わないだろうか。

そして、もし仮にロリレイプものになんらかの規制をするとしても、それは望む範囲で実現すると思う? 歴史的に見たら絶対に無理だ。

今回のような二次元ロリ規制したとして、それが当然になった社会では、しばらくしたら次はレイプ痴漢などの性犯罪もの規制されるよ。悪い表現から規制したっていう前列があるから、そういう要望は止められなくなる。もしくはそれを利用する人が出てくる。性犯罪がだめなら一般犯罪描写表現してもいい理由もない。犯罪がだめなら非道徳的な描写もよろしくない、もっといい表現にすればいい社会になるはず、と規制は際限なく続くよ。報道すらも規制される。

そんなわけないと思うかも知れないけれど、戦時中は実際そうなった。エログロ規制され、大政翼賛報道しかできなくなった。戦時中現在は違うというかも知れないけれど、違わない保証はどこにもないよ。

規制のために表現の良し悪しを決めるとして、それは誰が行う? 結局は権力者が決めるんじゃない? 国民代表が決めれば文句はない? 国家にあれはい表現、悪い表現、と決められて納得しちゃうの?

権力側にとっては、表現規制できるのはすごく都合がいいよ。権力への批判封殺できるから。そして権力側が表現規制するときに真っ先に狙うのが、今回のようなエログロ表現だよ。国民の中でも嫌悪感を持つ人が多いから。そうやって感情的に納得させやすものから狙い、次第に権力への批判規制し始める。これは世界歴史でも現在でもお馴染みのパターンだよ。

大袈裟なと思うかも知れないけれど、自由問題というのは蟻の一穴を開けないことが大事なんだよ。最低の表現を守るからこそ表現の自由意味がある。選ばれた表現しか守られないなら、それは本当の自由じゃない。もちろん、表現の自由を盾にすれば批判を免れるということではないけれど。

以上、多くの人が規制に反対するのにはこういう理由があるわけ。簡単抑制とか言っても、それを実現したら社会的影響がすごくあることを考えてほしい。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518135220

ブコメはこの「0.000002%程度」っていう意味不明な数値で印象操作してないか

って話をしたいだけだったんだが。

数とか社会的影響の話に帰結されがちだけど、

痴漢に在っている女性

痴漢を(意識的/無意識的によらず)作り上げている女性

痴漢している男性

痴漢冤罪に巻き込まれ男性

は全員「いる」わけじゃん。

意識的/無意識的によらず」ってのは

結局のところグレーゾーンを完全に線引することはできないわけで、

これは男性側の痴漢グレーゾーンどうこうってのも同じ。

痴漢するやつとでっちあげるやつは滅びてくんないかな。

あと、通勤ラッシュ解消してくれ。

2017-02-13

キモくて金のないおっさんになってから自殺しても社会的影響力はゼロなので

どうせ自殺するなら子供のうちにするべき

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161130182407

今の音楽は金にならないし、流行らなくて社会的影響力もないってことか。

相当好きじゃないとやってらんないね

映像つけてもそれだとね。

Mステ放送中いつもツイッタートレンド入ってるけど、

やっぱり音楽って局所的な話題なのかね。

音楽聞く人減ってるというのにトレンド入りするのはいつも疑問。

それとも、金にならないと流行ってると見なされないだけなんだろか。

いやでも局所的……。

テレビ局ボランティアじゃないしね。でも音楽番組ってボランティアだと思う。

音楽番組で80〜90年代音楽を流すのは

音楽番組で昔の音楽を流すのは、

音楽支出してくれる人が、80〜90年代音楽を聞いていた人たちだからなのかな。

広告効果っての?数字が取れる的な。

若い人の方が音楽聞いてる人の率は多いらしいけど(全年代減ってるけど)、

実数は30代40代の方が多いのかな。

若い人の方が音楽聞いてる人多いらしいけど、

売上に繋がる支出は30代40代の方が多いのかな。

 

今更ながら、流行りと売上の乖離を感じる。

数字が取れる=売上

流行り≠売上

数字が取れる=流行り」はわからない。

流行るという概念すらよくわからなくなってきた。

ネット流行り、テレビ流行り、売上。

若い人の流行り、年寄り流行り、親子の流行り、売上。

そして、数字が取れる、流行る、売上がある、は良い作品か。


ミュージシャンクリエイターは何を目指して作るのだろうか。

流行り(社会的影響?)、売上、数字、良い作品の全部だろうけど。


そもそも音楽全体が流行らないので、やっぱり斜陽感あるわ。

ちなみに柴さん(だっけ?)のヒットについての本は読んでない。

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020175923

1.規制されるべきもの人間社会(国家社会)において永続的に不利益をもたらす懸念のあるもの対象であるべき 例:麻薬覚せい剤日本であれば拳銃所持

2.上記以外のもの対象とした場合取引が地下に潜ってしまい、それを摘発するだけの業務暴力団資金源を与えてしまうためデメリットの方が大きくなる

3.ノイジーマイノリティは「社会的利益に基づき規制されるべきか、規制されないべきか」の判断ができていない故に、結果として2の事態を招き禁酒法歴史を作ってしまった ※A

4.既に3の禁酒法歴史により行き過ぎた規制がもたらす歴史学習済みなのにやはりノイジーマイノリティ現代に生まれ変わり2を繰り返そうとしている ※B

 

※A「この時代インターネットは普及していなかったではないか」と反論したくなるだろうが、当時は禁酒運動弾圧が上手く大成功してしまい、

ノイジーマイノリティだったはずなのに政治奇跡的に影響してしまったという背景がある。

奇跡的に狂った規制法がまかり通ってしまったが、現代アメリカでは違法取引をしなくとも酒が飲めるので安心してほしい。

 

※Bネットの普及によって本来なら鼻で笑われて終わりだったノイジーマイノリティ意見拡散・影響される範囲が爆発的に増大してしまった。

ネット上の意見を正確に統計調査できるわけもなく企業側としてはリスクマネジメント観点から炎上しそうな要素は積極的に除外するのが安全策になってしまった。

そのためノイジーマイノリティの与える社会的影響は前時代よりも増加していると考えられる。(ソースなし)

2016-09-24

増田』は上場企業はてなアキレス腱にならないか

タイトルの通り。正確にはマザーズ所属(3930)だから店頭公開と書くのが正しいのだろうが、内容に影響はないだろうから本文はこれで通す。

さて本題だが、文字通りの意味はてなITウェブ技術を他社に提供したりして稼ぐ企業だが、サイバーエージェントアメブロほか同業他社との差別化で言えば、揃っているのは正直言って似たり寄ったりのサービスである印象は否めない。その中で、やや異色とも言える存在なのがこの「はてな匿名ダイアリーである。そもそも、リリースしてからもうすでに何年も経ってるのに、いまだにベータ版サービスのままで運用されてるって、お前は「ガソリンの“暫定税率課税」かなにかかよと思う。

尤も、はてな上場した現在となっては、少々違った意味合いを持つように思う。すなわちトカゲのシッポ切りよろしく、書き手アカウントが表に出ない記事を書ける場所は、いつでも切って捨てる事ができる、と運営側であるはてなが見なしているとも言える。いわば、ヤクザでの汚れ仕事鉄砲玉のようなポジションとも言えよう。

ただしはてな運営側は、10年代以降は利用者から通報フォームを各ページに備えているので、あまり不適切な内容だと利用者等が判断したものに関しては積極的に削除もされる態勢は整っている。

その事からか、放送番組ツイッターほかウェブサービス連携の動きが強くなり始めてからは、かなり扇情的だった手法には賛同しかねるもの話題を呼んだ「保育園落ちた日本死ね!」のエントリーなど、ウィキリークスよろしく「増田リークス」的なタレコミ先としての使われ方をされる例が目立つ事が多いように、過去に何本かはてブがバズった増田記事を書いた筆者としては思う。

ただ、株式公開企業には経理監査その他、会社としてのカネの動きの報告義務があるほか、近年ではコーポレート・ガバナンスなど「企業業務の透明性」が求められるのが一般的である。そこにこの、「筆者を匿名にした記事が書け、時には社会的影響も与える」増田というサービスが、株主総会で動議が出されるなど運営のネックになりはしないだろうか・そして何より、増田という場所がある日突然終了する事はあるのか、といった懸念はてな利用者としては常に抱かざるを得ない。

2016-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20160706175631

当事者が全員納得してりゃいいと思う

ただし、広く受け入れられるとは思わないしやっかみもあるだろうから社会的影響力の大きなポジションにはつけないでおこう、と組織では思われるかもしれない

隠しておくのが吉

2016-04-24

ネット炎上」が社会的影響力を持ってしまう世の中って最悪だな

ネットが影響力を増してから、世の中がどんどんつまらなくなってきてる。

いつからネットにはステマ炎上しかなくなってしまった。

そもそもはマネタイズ方法広告収入課金しかないのが原因なんだが、

課金がまともに成立してない現状では実質的広告収入しか方法がない。

PVを稼ぐには炎上させたほうがいいということがここ数年で明確になったし。

自分で「面白いもの」を作るよりも、他人の「面白いもの」を燃やした方がラクに儲かるなら、

だってそうするに決まってる。

今のネットはあまりにもクソすぎる。

2016-01-14

化血研の血液製剤承認製造について

化学及血清療法研究所通称化血研の一連の報道について思ったことを書いてみる。

ニュースではけっこう騒いでいたけれど、ネットではあまり騒ぎになってないので、あんまり興味が無いのかな?

個人的には、小保方さん以上に深い闇だと思う。

大雑把にまとめると、

1.国に承認が得られた方法と異なった製造方法血液製剤を作っていた。

2.具体的には、当局に届け出ずに勝手製法改良を行って、それを隠していた。

3.安全性問題がないデータがあったのに、製造記録の改ざんをしてまで、40年にわたってそれを隠し続けた。

4.閉鎖的な業界の体質が悪いから業界のあり方を変えたい⇐今ここ

じゃあ、なぜ製法変更の申請を届け出なかったかというと、

届け出ると、その届出が認められるまで約9ヶ月かかる。

その間出荷できない。

から届けなかった。

何度か届け出るタイミングはあったが踏みきれず、そうこうしてるうちに薬事法改正され、締め付けが厳しくなり、バレないようにと嘘に嘘を積み重ね、今になって発覚。

アホかと。

で、それが発覚したあと、厚労省その外部団体等々、激おこプンプン丸

でもどうしたかというと、出荷停止は社会的影響が大きいから出荷を認めるという。

安全性は、国が全ロット国家検定という品質試験をしているか問題ない。

腑に落ちない。

なんでも、製薬会社がその手の申請をする前には、向こう9ヶ月ぶんの在庫を確保してから手続きを踏むらしい。

掃いて捨てるほど原料が余ってりゃ、金を積めば原料をいくらでも仕入れられるなら、作り溜めもするだろうけど、血液製剤っていったら、原料は献血頼みだもの、出来るわけがないだろうし。

(そもそも、血液製剤って9ヶ月も有効期限があるのか?)

何度か、当局に届けるタイミングがあったというのは、薬害エイズ問題があって、国が

「とにかくガンガン作れ!」

という突き上げてた時期だったらしく。(血液製剤国内消費分は国内で作るという方針で、切り替えに必死だった時期)

どんだけ茶番かと思ったのは俺だけじゃないよな?

のど飴くらいなら、一時的一社くらい供給が止まっても大丈夫だけど、血液製剤患者にとっては無ければ死んでしまう命のビザのようなもの

から出荷を止めるわけにはいかない。

から届けなかった。

国も出荷が止まるとヤバいのはわかってる。

から出荷を認める。

じゃあ、申請とか承認とかする制度のもの意味なくね?

突貫で徹夜しまくってでも、9ヶ月かかる承認を2ヶ月くらいで手続きを済ませられるようにするかしないと、問題の解決にはならないと思うんだが。

寡占で競争がないのが問題とか言ってるけど、そういう問題じゃないと思うんだが。

2015-11-09

自動運転車自動車業界が消滅してメーカーやばいってわかってる?

よく考えて見れば当たり前なんだが、自動運転社会的影響は極めて大きい。自分で運転しなくていいから楽できるわ~という矮小出来事ではない。ちょっと想像力を膨らませて、この技術の可能性に早く気づいたほうがいい。

自動運転車10年以内には人間と同じくらい安全に走れるようになる。人が乗ってテストしている条件下ではすでに安全に走れている。近い将来は誰も乗っていなくても走れるようになる。

自動運転車を呼ぶと無人で走ってきて、目的地で降りると自動的に何処かに走っていくというようになる。

タクシーを考えると人間の運転手というのが一番高価な部分だが、自動運転の値段はタクシーよりずっと安い。

そういう技術が実現すると、車を持っている意味が減ってくる。呼べばすぐ来るものに何百万も払って家に置いておく価値はないってわけ。

まずは都市部郊外の2台目のニーズ自動運転車で満たされるようになる。ちょっと慣れなくて不便だけどこれで十分、というようになる。

普及が進んで自動運転車の数が増えてくると、駐車場に行ったり目的地で駐車場を探したりする時間より早く自動運転車が家に来るようになるので時間節約になる。自動運転車の便利さも知れ渡ってくる。

そうなると1台目ニーズも満たせるようになってしまう。そろそろ車を買い換える頃だけど、そもそも車買う必要ある?最近しろあっちのほうに乗ってないし、みたいになる。

新築の家は駐車場がない代わりに家が広いというのを売りにするものもでてくる。いろんな場所から駐車場が減って土地有効活用されていく。自動運転車は動いていない間はどこにとめておけばいいんだ、となるが、昼間は稼働率が高く基本的に走り続けているか駐車場はあまりいらない。夜はちょっと離れたところにまとめて止めておけばいい。

そもそも車の数が劇的に少なくなる。いまは車は「所有する」ことになっているが、その寿命のうちほとんどの時間駐車場に止めておかれているだけだ。これが自動運転車必要ときだけ「利用する」というモデルに変わると、必要な台数は劇的に少なくなる。

お盆みたいなピーク時は車が借りれなくて大変という話もあるが、それも的はずれな心配。いまの世界道路キャパに比べて車の数が多すぎて、ピーク時はすでに機能不全を起こしている。バカみたいに長い渋滞で何時間も潰れるのは大変ではなくて、家で自動運転車が来るまでくつろいで待つのが大変というのは意味がわからない。結局のところ道路単位時間内にさばける車の台数は限界があるので、それ以上の人が同時に出発しても道路上で待つことになるだけ。

道路効率は「スムーズに流れているけど交通量の多い状態」が一番高くて、それより車を増やしても単位時間あたりに通過できる台数は増えるどころかむしろ減る。渋滞を作らない程度に車を走らせるのが全員の時間節約になる。

車の台数は道路がさばける以上には根本的に必要ない。いまもし全員が車を同時に運転しはじめたら凄まじい渋滞になるだろうと思うと、今どれだけ無駄な車が作られて売られているのかよくわかるはずだ。

自動運転車が増えてくれば、連結して群れになって走行するとか、発進停車が少なくなるよう信号とも同調するという方法で、道路の利用効率をグンと上げることもできる。要するに自動運転が増えると目的地に早くつく。

自動車業界は、一般の客が車を買わなくなる代わりに、少数の自動車メーカーIT企業が多数の自動運転車を所有して、それで会員向けに運輸サービス提供するというビジネスモデルになる。今我々の知っている一般コンシューマ向けの自動車業界は終了する。

完全な自動運転新車オプションとして購入するというのは現実的にはない。車を買うということがナンセンスになってくるのに、高い新車を買う上に高い自動運転オプションをつける意味がない。自動運転は整備要件特別ものになるので車検代も高くなる。

車の生産台数が劇的に減るので既存自動車会社は変化に適応できずに潰れるものもでてくる。買わない以上は車種とかは何でもよくなるので利幅も減る。いままでうまくできていた会社ほど逆に危ない。

しばらくは手動運転車がなくなることはない。自動運転車人間の運転に適応できるのだからわざと退化させて手動運転を禁止する必要がない。しかし手動の車は何百万円もかかる非常に高価な趣味みたいになる。

自動運転車設備効率がよく人件費がかからないので安価になる。子供の送り迎えも高齢者の移動も安全になる。〇〇円で毎月500キロまで乗り放題(家族キロ共有可)みたいな料金プランもでてくる。

自動運転車問題が起こった時は車内からオペレータにすぐにビデオで話ができるから、不測の事態事故が起こったとか前の人が車内を汚していたとか)の心配はいらない。

所有も運行も会社がやる以上、事故責任も完全に会社が負うことになる。会社ドライブレコーダーを搭載して事故に備えてすべての記録を残すようになる。利用者は運行には一切タッチしないので免許はいらない。

以上、自動運転車は客が新車オプションとして選ぶような「おまけの」技術ではなく、根本的に業界を変えてしまう。そこをよく理解したほうがいい。

2015-09-04

五輪エンブレム問題の終わり、そして次のエンブレムに向けて


大阪芸術大学教授純丘曜彰氏の発言への疑問を述べた記事に、氏から応答があった。


元の記事

五輪エンブレム問題についての純丘曜彰氏(大阪芸術大学教授)の発言

http://anond.hatelabo.jp/20150903062450


純丘氏の応答

佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」(page: 6)

http://www.insightnow.jp/article/8644?page=6


もう佐野研二郎氏に関わるような話題は終わらせたほうがよいと考えているので、

議論がふたたび活発になるようなことは望まない。

筆者から疑問を投げかけ、氏がそれに答えてくれたので

パンチ一発ずつ(?)ということでこれ以上の応酬はやめようと思う。

なぜか筆者が「チャレンジャー」ということになっているが……


ただ、わざわざ返答をくれた氏に対してこちらから感想ちょっとした考えを述べておきたい。

加えて、幻となってしまった佐野氏のエンブレムへの所感を残して旧エンブレムについては最後とし、

次のエンブレムについての思いを記そうと思う。



ニーチェ綴り


ニーチェ綴り2ちゃんねるでどうこう、ということだが、なんのことやら」(純丘氏)

炎上という非常事態に対してまさにこの「なんのことやら」という意識で臨み、

周辺に挙がっている言葉火種)をそのまま拾って記事を作るということが、

筆者の言う「なんの検証もなく」という状態であると考える。



■色の件


一般の人が読むことも考えて説明を加えたのだろう。

残念だがこちらの疑問に答えたものではなく、新たな論点もない。


この項を借りて…

「私なんぞの記事真剣に読んでくれて」と謙遜されていたが、

氏の表象論などを用いたデザインに関する言説は(半分以上フィクションとしてだが)みな

面白く読めるものだったことを付け加えたい。



■純丘氏の社会的影響


非常にあったと考えている。

それは、(失礼だが)純丘氏の所論が正しく、力強かったからではない。

炎上サイバーカスケードという事態において、

とてもよく燃える燃料だったかである


マスコミはもちろん燃やすのが仕事であり、

識者の言質さえ取れればいい、このフリップのこのスペースが埋まればいい、

そんなノリでコメントを拾っている。


8月10日、純丘氏のこの一文を読んでびっくりしたのをよく覚えている。

「このデザイナーpinterest、その他、ネットのかなり奥深いところから

巧妙に素材を拾ってきていることが完全に明らかになってしまった」


Pinterest ついては、この時点では「完全に明らかになった」といえるような

証拠は出ていなかった(強く紐づけられるものがせいぜいニーチェの件で、

結局、最後まで確たる証拠といえるようなものは出てこなかったと考えている)。

しかし、この記事は一気に広まり、その後のムードを作っていったように思う。


純丘氏には、「佐野エンブレムを下ろしたい」というご自身希望

そのまま社会活動としていくのはご自由としても、

識者として、炎上デマがむやみに広がらないような、

適切な言葉と確かな情報検証を元に発言してほしかった。



さようなら佐野エンブレム


初見ロゴだけを見たときはあまりいい印象をもっていなかった。

が、明滅するアニメーションを見て選ばれた理由がわかった気がした。

その後は、騒動の最中ではあったものの見慣れていき、黒がよい主張と映ってきた。

CMスポンサーロゴの両脇を固めたオリンピックパラリンピックエンブレムにはリッチで崇高な印象をもった。

黒のことがよく言われるが、プラス方向に見ればゴージャス、フォーマルな色である

しろあの黒がチャームポイントになるはずだった。

もちろん、この強い色の使用はチャレンジだった。

桜のリースのようなデザインもすばらしいが、今回の選考委員の半数はチャレンジを選んだ。

オリンピックでこれまでに使われたことのない「黒」も、

選ばれた主な理由だと考えられる「組み替えアイデア」も、チャレンジであったと思う。

そして、チャレンジ理解されるには時間がかかる。

時間をかけて受け入れられるには障害物が多すぎた。



■これから五輪エンブレムに向けて


再び公募になったということで、それ自体は楽しみである

筆者自身、応募したい気持ちもあるのだが、

選ばれることがすなわちよい結末になるとも限らない、そんな不安がある。

何か思い当たるふしなどなくてもだ。


コンペではよく「勝った」「負けた」という言葉が使われる。

新国立競技場のコンペについて伊東豊雄氏もはっきり「負けました」という言葉を使っていた。


芸術も、学問も、勝った、負けた、の話じゃない。なにが本当か、

どうすればより美しくなるか。みんなで知恵を絞るにこしたことはない」


今回、純丘氏から聞けた言葉である

次の五輪エンブレムのコンペほど、「勝者のいないコンペ」という言葉がふさわしいものはないだろう。

それがいい意味でになるのか、悪い意味でになるのかは、わたしたち自身にかかっている。

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