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2018-06-19

日曜日トーマス

もと南海電車からホームに降り立つと、千頭駅にはたくさんの親子連れがいた。

妻と、4歳の娘と、1歳の息子と、チケットがとれてから、楽しみにしていたトーマスに会える日だ。

子供だけではなく、大人が見ても、このトーマステレビから飛び出した等身大ヒーローだ。大きさだけのハリボテではない。ホンモノなのだ

トーマス種車はC11-227。かつてはテレビドラマや映画で大活躍裸の大将(雁之助の再放送)をよく追いかけていたのを覚えている。

正面にはトーマスの顔をつけ、ライトブルーに化粧をして、動輪までしっかりカラーリング

ベテラン子供の前で大活躍する姿をみて、Eテレ幼児番組みいつけた!ワンワンと中のチョーさんを思い出してしまった。

千頭駅では機回りをした後で転車台で方向転換。ちゃんと顔を新金谷方面に向けるためだ。周りには子供大人も集まっている。

転車台にのって、係員が人力で回すと、トーマス汽笛を鳴らしてアピールする。

ぐるぐるっと向きをかえ、止まるかと思ったら、あれあれ、まさかファイブフォーティ。魅せますトーマス。一回転半まわって転換完了

駅構内イベント会場に整備され、パーシー、ヒロに、方向転換を終えたトーマスが並ぶと、地方私鉄の構内とは思えない華やかさになった。

トーマス汽笛に合わせて、他の列車汽笛を鳴らす。効果音ではない。本物だ。

新金谷駅の売店で買ったお弁当をベンチで広げ、子供たちの声を聞きながらお昼ご飯を食べる。ホームに入る風は山岳ローカル駅の風だ。

ただ、駅全体に子供の声があふれている。混んではいるが、人道的な混み方だ。ちょっと並べば、トーマスの前で写真も撮れる。

ヒロの中の見学ができる。ミニSLやトロッコにも乗れる。

トーマスは発車直前まで写真撮影に応じている。煙突からは煙が出ている。発車が近くなると、黒い煙が増えてきた。

ゆっくりと動き出す姿を線路の高さで見送ることができる。

小型タンク機関車はいえ、1,600mmの動輪径は子供身長の倍。ホンモノのトーマスは、車輪の大きさも圧倒的だ。

みんなが並んでいるその前を再びゆっくり走り出し、再び客車に連結。

金谷行きのトーマス号が仕立てられると、いよいよ乗車だ。

鉄道界の老老介護最後尾の補機、電気機関車E10-2に感謝の黙礼をする。

そして、7輌の客車なかほどのスハフに乗り込む。

青いモケットのボックスシートに、トーマスのシートカバー。そして、所々にJNRマーク

娘は、窓が開く、扇風機があると大喜び。昔はみんなこれだったと喉まで出かかったが、トーマス号とは関係の無いこと。

トーマス号は近所の電車とは違うほどいいのだ。

千頭駅から新金谷駅まで1時間強。途中の鉄橋や通過駅ではみんなに手を振ってもらえる。

特急となっているが途中の駅に止まらないだけで、各駅停車電車と所要時間はほぼ一緒、のんびり走るのだ。

から、手を振ってくれる人の顔がよく見える。子供はもちろん、大人年寄りも、みんな笑顔だ。

レンズを構えたおじさんもお兄さんも、客車が通過するころにはシャッターチャンスはすぎたとみえニコニコしながら手を振る。

本命はこの後のC56-44かもしれないけど。

大井川にかかる鉄橋は見晴らしも良く、遠くから手を振る人もみえる。

吊り橋の上から手を振ってくれる人もいる。

河原キャンプから手を振ってくれる人もいる

茶畑のおばさんも手を休めて両手を振っている。

農道のおじさんも、軽トラから手を振る。

並行して走る国道473の車の中からも、バイクのお兄さんも。

新金谷駅に着くと、車両基地機関庫に入っていくトーマスみえた。

子供と近くまで歩いてみると、もと近鉄電車や他の蒸気機関車とならんで、トーマスみえた。

自然ではない。ホンモノのトーマスから、ホンモノの列車達と一緒に休むのだ。

自然子供と手を振って、家路についた。

2018-06-14

[]猿の文吉

ましらのぶんきち」と読む。「目明し文吉」とも。

「今太閤」と称された島田正辰の妾として養女差ししたことから彼の懐刀となり、

安政の大獄では幕府の手先として、尊攘派の志士らを次々に探索・捕縛していった。

また、島田が営む高利貸しでも借金取りとして活動し、苛烈な取り立てをして恐れられた。

1862年島田田中新兵衛らに暗殺されると、文吉も岡田以蔵らに捕まった。

まりに恨まれていたために殺害希望する者が多く、最後には籤引きで決めたという。

文吉のような人間を斬れば刀が穢れると、細引き縄で首を絞めて殺された。

死体肛門から串刺しにされ、陰茎に釘が打たれた姿で三条河原に晒されたという。

2018-06-05

anond:20180605093128

河原乞食不祥事起こしたくらいで仕事がなくなるなんて、それ自体がどうかしていると思う

2018-06-02

男の生き様

河原でちゃらちゃらした男女がバーベキューをやっていた。

男はイケメンが多く、女は頭の緩そうなブスばかり。みんな楽しそうだ。自分は何度生まれ変わってもあっち側になれる気がしない。

悲しくなったのは、酔っ払った男女が川に飛び込まないようにという配慮なのか暴力事件でも起きないようにということなのか、警備員の冴えないおじさんたちがそういうちゃらちゃらした男女から少し離れたところで、暑苦しい制服に身を包み真面目に警備していたということだ。警備員の冴えないおじさんは要するにキモくて金のないおっさんだろう。

ちゃらちゃらした男女が昼日中バーベキューと酒でちゃらちゃらハメを外していられるのも、彼らの安全キモくて金のないおっさんが守ってくれているおかげなのだ

ちゃらちゃらした男女は社会適応してバリバリ働いている強者か、これから就職活動して持ち前のコミュ力一流企業就職して、人並み以上に金を稼ぎ家庭を持ち子供が生まれ素晴らしい人生を歩んでいくことを約束されている名門私立大学学生だろう。キモくて金のないおっさんはそういう人生からドロップアウトした、あるいは最初からそういったレールに乗ったことがない人たちだ。キモくて金のないおっさんはちゃらちゃらした男女のバーベキューを見て何を思っているのだろう。

背中で語る」なんていう言葉がある。キモくて金のないおっさんは多くを語らない。ぺちゃくちゃしゃべっているのはバーベキューを楽しむちゃらちゃらした男女の方だ。彼らのイカれた笑い声を聞きながら、キモくて金のないおっさん悪態をつくでもなく、ただ警備業務遂行するのであった。

2018-05-16

小学生の娘を全裸にして動画撮影したとして、広島県警は9日、強制わいせつ児童買春ポルノ禁止違反製造)の疑いで、

広島市無職母親(40)と千葉県松戸市河原塚の派遣社員小川進一郎容疑者(38)を逮捕した。

県警によると、母親は「間違いありません」と容疑を認めているが、小川容疑者は「何も言えない」としている。

2人の逮捕容疑は昨年4月21日、母親の自宅で全裸にした当時9歳の女児撮影し、10分程度の動画作成した疑い。

母親小川容疑者の指示で撮影し同容疑者宛てに送信、見返りに現金数万円を受け取ったとみられる。

県警によると、2人は昨年3月、インターネットを通じて知り合った。

母親は昨年6月、他人譲渡する目的不正金融機関で口座をつくったとして詐欺容疑で県警に逮捕され、捜査過程で今回の容疑が浮上した。

2018-05-15

anond:20180515111527

かに才能がある奴が普通のはずないじゃん。

何を期待してるんだ河原乞食に。

2018-04-17

ぼくは下戸下戸下戸下戸

子供の頃からアルコール綿で腕が真っ赤になる子供だった

成人してからは、お酒だと缶チューハイ1缶飲んだら尋常じゃないくらい赤くなって動悸がしてくる

それ以上飲むと気持ち悪くなる

どれくらい気持ち悪くなるかというと、50メートルを息止めて全力疾走たらこんな感じだろうか、という苦しさ

そんな感じで日常酒を飲まずに、飲み会には常にシラフで陽気にを信条に参加しながら30代も半ばを過ぎたけれど、正直お酒飲む人うらやましい

まずワインとか日本酒とか、そもそもお店で選んでところを見る時点でなんかカッコいいし大人っぽい

何年もののなんとかーとか、どこそこの蔵のなんとかーとか、お酒ってウンチク豊富だし

私なんて輸入菓子目当てにやまや入るのもなんか気がひけるのにさ

1人でBARとか行きつけのBARとか駆けつけ一杯とか家呑みとか憧れる

私も行きつけのBARマスターとか欲しい

家で熱燗とかつけてみたい

飲みながら料理とかかっこよすぎてドラマみたい

あとスポーツバーサッカー観戦とかもしたい

記憶を失うくらい楽しい思いをしてみたいし、目が覚めたら河原にいたとか電柱抱えて寝てたとかカーネルサンダースと手を繋いでたとか、ハードボイルド経験もしたい

ちょっと美味しいものつまみつつ一杯だけお酒飲んで人を待つ…みたいな小洒落たこともしたい

お酒飲んで誰かに迷惑かけてみたいし、誰かにお酒の勢いで甘えたりもしたい

お酒で失敗してそれを翌朝後悔してみたい

酔っ払って何度も壊れたレコーダーみたいに同じセリフを繰り返したい

公衆面前感情のタガを外してみたい

お酒飲めたほうが誰かと深く仲良くなるの、早いと思うんだよ

いいなー酒飲み

でもこういうことをそれとなーく大酒飲みの人に言ってみたら、

「酒飲みは金かかるよ…」と遠い目をして言われたから、強い人はそれはそれで困ることもあるんだなって思うけれど

人生結構割合お酒飲めないせいで損してる気がするなー

精液検査を受けてきた話

30代前半、男、既婚、都内在住。精液検査を受けてきたので、その一部始終を余すところなく書いてみたい。誰かの参考になれば嬉しい。

訪ねたのは男性不妊の専門クリニックで、インターネットで事前に予約済み。受付へ行くと、20代と思しき女性職員ふたり組が迎えてくれた。名前を告げると、本人確認できる書類を求められ、代わりに問診票と番号札を渡される。以降は基本的に番号で呼ばれる。

待合室には夫婦ひと組、女性ひとりが座っていた。壁の外周に向かうように椅子が並べられており、お互いの顔は基本的に見えない。プライバシーの面は全体的によく配慮されていると感じた。

さて、問診票である。これは軽いアンケート用紙に近い。既婚か未婚か、子作りを初めてからの期間はどれくらいか不妊治療に対して抵抗感はあるか、などなど。記入をためらうような項目はまずない。さっと記入し、受付に提出。

記入から5分も待たないうちに、奥の方から職員男性が現れ、番号で呼ばれた。個室に連れて行かれる。部屋の扉には「採精室2」とあった。30年以上生きていて初めて見ることばだ。

部屋は薄暗い。リクライニングソファティッシュウェットティッシュゴミ箱、そしてDVDプレーヤーテレビがある。あ、もちろんヘッドフォンも。自分は入ったことはないけれど、ビデオ個室ってこんな感じなのだろうか。

男性職員は、薄いプラスチックのカップを取り出しながら言った。「今からマスターベーションして、全精液をカップの中に入れてください」。

まずは、シールフルネーム禁欲期間を書き、それをカップに貼ることから始まる。検査結果に取り違えが生じないためだろう。ただし、このシール粘着力が極めて弱く、カップの丸みに負けてしまい、今にも剥がれそうなのが気にかかった。

さて、出すものを出さねばならない。職員男性は、去り際に「いくつかDVDもありますので、どうぞご利用ください」と言っていた。見ると、DVD10枚ほどある。標準的趣味に近い品揃えだった。傾向で言えば、眉毛が細いギャルのものが多かったかもしれない。

また、一冊だけエロ本があった。一糸まとわなかったり、スク水をまとったりする女性たちの写真掲載されていた。むかし河原の土手に捨てられていたタイプのやつだ。実用性はほとんどないように見受けられたし、全体的に本にしわが寄っていて、あまり触りたくなかった。

ここで耳よりの情報だが、採精室にはwifiが飛んでいる。このクリニックが用意したものかどうかはわからない。とにかくカギのないwifiが飛んでいる。言うまでもないことだが、スマホwifiがあればなんでもできる。

このときクリアファイルに閉じられ、壁に掛けられた注意書きが目に留まった。20分程度しても部屋から出てこない場合、この日の採精は諦めてもらい、後日の再検査をお願いする、とのこと。

自分設備観察などをしていたし、あまりに早く部屋を出るのもどうかと思ったので(このあたりの気持ち女性には分からいかもしれないが、そういうものだ)、ゆったりと構えていたところがあった。時計を見ると、すでに10分近くが経とうとしている。焦った。

はいえ、いざ採精しようとすればすぐにできるのも男というものだ。ティッシュ及びウェットティッシュで入念に掃除をし、個室にカップを置きっぱなしにしたまま、部屋を出れば終わりである

待合室に戻ったら、受付の女性に「終わりました」と告げればよい。それ以上の言葉はいらない。すると、受付が職員男性完了電話連絡をし、プラカップを回収した職員が、検査にかかるおおよその時間を受付に告げ、それが自分に伝えられる。

検査結果がわかるまでは、だいたい1時間だという(後日郵送もできるらしい)。しばし外出して、近くのドトールコーヒーを飲みながら待っていた。

そもそもなぜ精液検査を受けたかというと、もちろん子ども希望たかである。子作りを始めてからまだ3か月強だが(このあたりは妻と見解の相違がある)、思うような結果が出なかったため、いっちょ受けてみるかという気持ちになった(妊娠に備えて婦人科に通う妻から示唆もあった)。

自分は、「何かが分かる」という体験自体純粋好きな人であるそもそも、たとえ種無しだったとしても、自らの男性性というか、存在意義が揺らぐとは微塵も考えていなかった。

はたして、結果は、無精子症であった。射出された精液のなかに精子が一匹もいなかったのである

無精子症100人に1人の割合で現れるという。そのほとんどが無自覚であり、自分もそのような疑念を抱いたことがなかった。顕微鏡自分の精液を観察する趣味はなかったし(どうやらそういう御仁もいるらしい)、まあ「正常」なのだろうと考えていた。3か月強の頑張りで子どもができないのだってたまたま(偶然)で、ごく普通のことだと考えていた。ひとことで言えば、精液は出るのにそこに精子はいない、という想像力は持てなかった。

もういちど検査しないことにはわからない、とドクターは言う。次回はエコーや触診をともなう詳しい検査になる。ただし、通常ならば数千万や数億のオーダーで観察される精子ゼロだったのだから、これはもはや体調だの検査上の誤りだのといった可能性はないだろう。

その日は、友人の結婚式二次会に参加する予定だった。精液検査からパーティーへと向かう人間はなかなかいないだろう。検査結果が無精子症ならなおさらであるしかも、新郎新婦はいわゆるデキ婚だ。なんたる巡り合わせだろう!

この日、もともとは終電帰宅も辞さない構えだったが、精子ゼロという結果が出た以上、いち早く妻に伝えねばならない。帰宅して上記のように説明したところ、妻は「オケーコ」と言った。オーケーという意味だ。妻はどんな言葉も語尾を伸ばして「コ」をつけるイルな言語センスをもっているのだが、こうしたシリアスな状況下でも口にするのだなと強く印象に残った。

さて、どうしたものだろうか。

今回の結果を知り、自分は多少のショックを受けた。だが、なぜショックを受けているのかが分からなかった。もちろん子どもができない可能性が示唆されたことは残念だし、妻には本当に申し訳ないなと思う。しかし、無精子症であっても各種不妊治療による妊娠可能だし、子どもができないならできないで、妻と二人で生きていくのも十分にありだと思っている。妻も、もともとそういう考えの持ち主であった。だから、挙児の可能性が低くなったことは、ショックの根本原因とは言えないと思う。

では、この違和感はどこから来るのだろう。一日考えてわかった。自分はにわかに信じがたいし、認めたくないのだが、やはり「男性性が傷つけられたことに対して」と考えざるを得ないのだ。常日頃から「男らしさ」などは馬鹿馬鹿しいと考えているのだが、生物学的に子孫を残せない(かもしれない)可能性が示されると、ナイーブにも傷ついてしまったのだ!

まり自分は、メタ的に「ショックを受けている自分」を知覚して、ショックを受けているのだった。これは、はてブ構造に極めて近いなと思った。そこで、長らくはてな村に籍を置く一員として、なにか村人たちに還元しなくてはと考え、こうして初めて増田を書いている。

すっかり話がずれてしまったが、精液検査10,000円前後可能だ。後で知ったことだが、一般的に夫は精液検査に極めて消極的で、妻がどうにか説得して来院するケースが多数派らしい。また、検査を受けるにしても、自宅で採取した精液を密封容器に詰め、妻にクリニックへと持っていかせるケース(!)が多いとのこと。

無精子症っぽい自分が言うのもなんだが、それってあまりに男らしくないっしょ。はてな民諸兄におかれましては、当記事心理的不安払拭し、然るべき時が来たら自ら率先して精液検査を受けてねという話でした。

2018-04-12

何でこんなによく晴れた気持ちのいい春の日に

我々は学校やら会社やらに行かなきゃならんのだ

河原の春草茂る土手で昼寝したい

実際したらチクチクしてあんまり気持ちよく眠れないんだけどね

2018-04-04

anond:20180301204747

浦富海岸風景海水浴遊覧船)、大山登山ドライブ紅葉)、摩尼寺(密教のお寺)、雨滝、さじアストロパーク(星空)、智頭石谷家住宅建物庭園紅葉)、久松山鳥取城跡(桜、高台石垣)、仁風閣、宇倍神社因幡一の宮、昔の紙幣)、観音院庭園樗谿公園鳥取東照宮(梅、紅葉)、若桜橋(桜)、布勢の千本桜わらべ館(おもちゃ博物館)、鳥取県立博物館常設展示)、人形峠紅葉)、かろいち(市場食事)、白兎海岸白兎神社(縁結び)、青谷井手ヶ浜の鳴り砂、青谷海岸道路風景)、大山寺、桝水高原植田正治写真美術館三朝温泉無料露天風呂)、東郷温泉皆生温泉打吹公園(桜、つつじ)、鹿野城公園(桜)、琴浦町の鳴り石の浜、弓ヶ浜風景)、境水道大橋江島大橋べた踏み坂)、倉吉白壁土蔵群、湊山公園米子城跡(桜)、辰己峠(紅葉)、とっとり花回廊植物園)、三仏寺投入堂国宝登山可)、大山滝、大山パイロット夜景)、大江ノ郷自然牧場食べ物)、住雲寺の藤の花(5月上旬)、小鹿渓谷紅葉)、三滝渓谷(滝、紅葉)、芦津渓谷紅葉)、湖山池、青島風景、桜)、河原城、恋山形駅青谷和紙工房紙漉き体験)、鳥取賀露かにっこ館、砂の美術館妻木晩田遺跡、夏泊海岸風景)、裏大山鬼女台、鍵掛峠(紅葉)、鏡ヶ成(紅葉)、燕趙園(中国庭園)、船上山登山、桜)、安蔵森林公園オートキャンプログハウス)、人形峠アトムサイエンス館、若桜駅(SL)、大山まきばみるくの里、天の真名井、大山桝水高原夢みなとタワー吉岡温泉ホタル)、米子水鳥公園大山トム・ソーヤ牧場岩井温泉鹿野温泉浜村温泉関金温泉、はわい温泉、豊乗寺、らっきょう花畑10月下旬11月上旬)、すなば珈琲智頭諏訪神社紅葉)。

2018-03-26

アントニオ猪木知名度って

おっさんには「オレは猪木信者」というくらいの人もいるだろうが、

大学生になってくるともう全然知られてない。

アゴしゃくって「ナンダコノヤロー」というモノマネにも

「あ、なんでしたっけ、格闘家ですよね」ぐらいなもん。

そのうち「猪木モノマネ」なんて誰にも通じなくなる未来想像すると、

これが諸行無常の響きありっていうやっちゃで、仏教やなあと思う。

そんな猪木氏がたまーに国会に出てくるっていうのは、死後の世界かっていうくらいフワフワした感じ。

もし仮に死んで、三途の川を渡ろうかっていうときに、

河原で「元気ですか!元気があればなんでもできる!」と演説ぶっている猪木氏がいたら、

その後の冥界も安らかだろうなっていう気分になるかも。

2018-03-25

日本人は犬を食べていた

日本人は牛や馬等の家畜を食べるのを嫌い、河原に住み牛や馬を殺し皮を取ったり肉を食べるエタを長年差別してきた。

では何の肉を食べたかと言うと

戦国時代宣教師達は

日本人は、西洋人馬肉を忌むのと同じく、牛、豚、羊の肉を忌む。牛乳も飲まない。猟で得た野獣肉を食べるが、食用家畜はいない」

ヨーロッパ人は牝鶏や鶉・パイプラモンジュなどを好む。日本人は野犬や鶴・大猿・猫・生の海藻などをよろこぶ」

ヨーロッパ人は犬は食べないで、牛を食べる。日本人は牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」

等々書き残している。

日本人が犬を食べなくなったのは生類憐れみの令からだ。

ちなみに蛇も江戸時代までは普通に食べられていたらしいが、これが廃れた原因はよくわからない。

2018-03-02

13歳のときに描いた漫画勇気をだして読み返してみた

20ちょっと漫画を描いてご飯を食べています

wikiにはデビューは9×年とありますが、実際はその前に漫画雑誌に載ったことがある。

自分が13歳のときです。

13歳のときに描いて某少年誌に送った漫画が何故だか賞にはいり、全ページ掲載されたのです。

この作品については検索しても出てこない。あまりに大昔のことすぎて。

絵もとにかくどヘタで、自分のなかでも黒歴史化してるので、とっくの昔に掲載誌も捨てた。

原稿だけはどこかに保管してあるけど、目に触れないような奥底にしまってある。

でもネタとして、時々自分ブログ漫画でチラチラ遠まわしに「中学生の頃に雑誌にどヘタな漫画が載った」ということを書いたりしていた。

そうしたらあるときは長年のファンの人が、その少ない情報を元に、見事にその掲載誌古本で見つけ出し、あるときイベントでそれをコピー製本したものを持ってきてくれたのです。

めちゃくちゃびっくりした…。よくわかったなと感動しました。

それはそれととして、何十年ぶりかに自分黒歴史と再開を果たしてしまった。

しかし、時間が多少脳内でそれを美化していたところもあり、これも自分も出発点だしな…と思いそれを読み返してみた。

自分の思っていた以上にひどかった!

お話小学校漫研舞台。そこに転校生がやってきて入部したいと言い出す。彼が持参した原稿を見るとメッチャ上手くて他の部員はびびりまくる。

それでも普通に彼を歓迎する部員たち。

ちなみに主人公はその漫研部長女の子です。

で、漫研といっても、そいつらの活動本屋に行って店員の目を盗みながら立ち読みしたり、河原遊んだりしてるだけなんです。

まりこいつらは別に漫画家を目指して切磋琢磨してるわけでなく、ただの漫画好きの小学生ってだけなんですよね…。

そしてひょんなことから転校生父親漫画家であることがわかる。しか松本零士名前杉本に変えてるけど!

そこで初めて自分たち転校生の圧倒的な差異気づき(原稿見た時点で気づけ)転校生によそよそしくなる。

それを部長である主人公がとりなし、最終的には和解するって話なんですけど、これ漫研舞台にしてるだけの小学生同士のいざこざの話なんですよね…。

和解方法も学級会みたいだったし…。

13歳の私の世界はそこが限界だったんです。

10代の頃の私は何故か漫画を描くとき主人公自分より2歳年下にする」というわけのわからないルールを制定していました。

年代や年上を描くより、多少に俯瞰できるぶん客観的に描けると思っていた気がする。

実際は客観性なんてゼロでしたが。

それはともかく。

おめーよー!と読みながらツッコミが止まらないマイ処女作でしたが(スケットダンス早乙女ロマンの描いた漫画ツッコミを入れるヒメコの気分を味わえました)これは13歳の自分しか描けないなあ…としみじみ思った。

いまの自分が描くならまず設定を小学生にしない…。

最低でも中学生にすると思う。

漫研舞台にした傑作に「ヨイコのミライ!」があります主人公たちは高校生で、創作の苦悩より自己愛や、承認欲求所属欲求が勝ってしまう年頃特有のこじれ感が見事に描かれています

これがもっとキャラ大人になれば創作の苦悩のほうに重点が置かれますし、つまり小学生にはそのどっちもないんですよね。

だらまあ本当に私の描いたその漫画は、テーマ選びから躓いてる感があるんだけど。

でも、描いた本人の贔屓目かもしれないけど…あまりにも13歳が丸出しになってるその作品が、黒歴史から一周してなんだか愛しい気持ちになったような…気もする。

13歳の私の漫画は、もう二度と描かれることはない。13歳の私はいないんだから

いまの私にしか描けない漫画もあるし、それもまた先々には変化していくんだろう。

作品というのは自分なんだなということを改めて認識しました。(とってつけたようなシメ)

2018-02-24

はじめて射精した話(男同士注意)

最近になってやっとネットになら書いてもいい気になった話なんだが。

もちろん、今まで誰にも話したことはない。

ただ先日、この話をあるSNSに先日ちらっと書いてみたら、信じられないくらいに変に興奮した。

から敢えてもう一度、さらに詳細をここに書く。


俺はそもそもホモではない・・・と思う。

性的に興奮を覚える対象基本的に女だ。

オナニーするとき普通男性向けに作られたエロ動画を見て行っている。

とくにクンニシーンが興奮する。

あと、濃厚なフェラからの口内射精のシーンもけっこう好きだ。


それはそうと、最近自分でもちょっとどうなのかという趣向に気づいたのだが、どうもニューハーフという人々に対しても、俺は興奮を覚えるようだ。

「かわいくておっぱいもあるけどちんこもある」という人の裸や性行為を見ると興奮する。

もう何度もこの手の動画オナニーしている。


おっと、前置きが長くなったな。

本題に戻そう。

俺がはじめて射精したのは男にしてもらったフェラだったという話。

俺が初めて射精・・・初めての射精精通というんだろうけど、これがあったのは中学1年生のときだ。

わりと仲がよかったデブの友人にフェラしてもらって精通した。

俺はそのころ性に目覚めてきていて、河原に落ちてるエロ本を一人でこっそり見てはチンコをギンギンにしていたものの、そのあとはどうしていいかから悶々としている毎日だった。

そんなある日、俺と友人はその友人の家で2人でゲームしたりして遊んでたんだが、ちょっとエロい気分になってしまって「なあ、チンコ立つことある?」とか「チンコ見してくんない?」とか言って、そいつチンコを見せてもらったりさわったりしていた。

そういう俺はというと、チンコを人に見せるなんてとんでもないと思っていたので、はずかしかったけれどズボンの上からチンコをさわらせては「うわwやめろってw」とか言っていた。

その友人はちょっと変わっていて、「チンコ見して」というとどこでも見せてくれる奴だった。

幼稚園から高校まで一緒だったが、それはどの時代でも同じで、いつでもどこでも誰に言われてもチンコを見せていた。

まあ、自分から公衆面前チンコさらすわけではなかったのが救いだな。

あくまで、誰かに言われたら出す。というだけだ。


で、話を戻す。

まあ、友人と2人でゲームしているときエロくなった俺は、「なあ、チンコなめたことある?」って聞いてみたんだ。

そしたら「ある」って言うんだ。

え?だれの?って聞くと、「●●」と言った。(●●は共通の知人)

そこで俺は変な興奮と嫉妬のようなものを感じて、じゃあ、俺のも舐めてくれる?って聞いてみたら、あっさり「うん」って言ったんだ。

ほんと?とか言いながら、チンコ見せるのが恥ずかしい俺はギンギンになりながらもなかなかズボンを下ろせなくて、友人に目隠ししてもらってやっとズボンからチンコが出せた。

で、チンコを友人の口元にもっていって「いいよ」と言うと、友人が舌でぺろっとしてくれた。

なんともいえない気持ちよさで、はずかしさよりも興奮の方が上回った俺は友人の目隠しをはずして、咥えてみてくれと言って咥えてもらった。

友人の口の中でチンコをころがされていると、ものの数分で射精感がこみあげてきた。

初めての射精感に俺は驚いてしまい、びっくりして射精前に口からチンコを引き抜いて、無言でチンコズボンしまった。

ほんとにびっくりしたので、その日はさっさと家に帰って、あの感じはなんだったんだろう?と一人悶々とした。


次の日。

また友人宅に遊びに行って、流れでチンコを咥えてもらうと、またすぐにあの感覚がやってきた。

その時はぎりぎりまで口の中で我慢して、なんかでるかも!という感覚ときにあわてて口から引き抜くと、どろどろとしたおなじみのあれがドクドクとチンコから出てきた。

なんかでるかも!でまた驚いた俺は、一生懸命がまんして出ないようにしていたが、どうしても出てきてしまう。

腰を思い切り引いて、チンコの頭まで皮をかぶせたので、あれが勢いよく飛んでいくことはなく、その辺にあった鼻をかんだ後のティッシュチンコの先っぽにあてて、しばらく動けずにいた。

それを見ていた友人は「うわwなんか出たw」と言って半分笑って半分引いていた。

友人はそのとき精通がまだだったそうだ。

先の●●のチンコ舐めたときは出たか?と聞くと、「出てた」と言った。


正確には、俺の精通フェラしてもらったあと、鼻かんだ後のティッシュに出したということになる。

まあどうでもいいけど。


で、その後は友人の家に遊びに行くたびにフェラしてもらうのが習慣になった。

フェラの前にキスしたり、俺が友人にフェラしたりするようになった。

俺もだんだん射精に慣れてきて、友人の口のなかに出せるようになった。

最初のうちは快感が強すぎて、射精のたびに腰が動いてしまっていたけど。

そしていつの間にか俺もオナニーを覚え、友人もオナニーを覚えて精通があったと聞いた。

前述のとおり、俺も友人にフェラをしたが、俺が下手なのか友人が男のフェラは嫌なのか、俺のフェラ射精したことはなく、それどころか勃起しないことも多かった。

友人がエロ本を見ながら俺がフェラしてやっと少し勃起するという感じだった。

あと、友人に精液を飲んでもらったことはなく、飲んでと頼んだことはあったが、さすがに無理だったようだ。

俺の射精が止まるまで咥えていてくれたけど、口から離したあとは即ティッシュに精液を吐き出してうがいしたりしていた。

まあ、そりゃそうだよな。


俺の家に誰もいないときは、俺の家で事が行われた。

そういうときはお互いに全裸になって抱き合ったりキスしたりして、フェラしてフェラしてもらって俺は射精した。

オナニーを見せたりもした。

でもあくま射精していたのは俺だけで、友人のチンコほとんど動かなかった。

俺だけ一日に2回も3回も射精した。


そんな関係高校卒業まで続いた。

なんだかんだで平均して3日に一回はフェラしてもらってたんだから性的には良い中高時代だったんだなと思う。

ただその対象が同性だったというのはどうなんだろうという気がするけれど。


俺は高校卒業してから進学するために地元を離れた。

19歳のときソープ童貞を捨てた。

20歳ときにはじめて付き合った女でほんとの童貞を捨てた。

その女とは2週間くらいでフェラしてもらう前に別れてしまった。

ときどき友人のフェラ恋しくてピンサロに足を運んだけれど、時間制限がある中でのフェラ事務的でつまらなかった。

小説的にはここで俺が友人に会いに行くんだろうけど、今に至るまで一度も友人とはあってない。

もうウン十年になる。


以上、オチがなくてすまんが、文才のない俺が語るノンフィクションなんてこんなもんだ。

ただ、前と同じように友人にフェラしてもらってた話を書いてると興奮してくる。

あと、今回の話とはまったく関係ないと思うが、友人の姉の使用済みパンツを嗅ぎながらフェラしてもらったこともある。

もちろん、そのパンツはもらって何度も一人プレイのおかずにした。

付き合った女に使用済みパンツをもらったことも一度や二度ではない。

履き古したのをもらうこともあるし、新品のパンツを一緒に買いに行って一日履いてもらって帰り際に脱ぎたてをもらったこともある。

嫌がって絶対くれない女もいたが、はずかしがってはいもののまんざらでもなさそうな女もいた。

パンツの使い方はそのときによりけりだが、基本的には嗅いで使う。

何度も使って飽きてきたら自分で履いてオナホも使って一人プレイしたりする。

あと、ブラも何度かもらったことがある。使い方はパンツと同じ。嗅いで、飽きたら装着してプレイして、さらに飽きたら捨てる。

常にパンツとブラは手元に数枚あるようにしている。

交際相手がいないときは、その手のオークションで入手する。

オークションで入手するときは、クリーニング済みのものを好む。

のものとも知れない体液は嫌だからね。

でもパンツのシミはついていないと嫌だ。

ああ、俺の性癖は面倒だ。

2018-02-11

anond:20180210222129

すごい、予定ないのに弁当作るなんて、そんなマメな人が存在するのか

嫌味とかじゃなくて純粋に感嘆した

カメラでもぶら下げて河原辺りに行けば、鳥か何か撮りに来た人に見えるんじゃないかな!

2018-02-08

川に行き冷凍チャーハン調理して食べるnote美談扱いされてる

あれ母親ならいつもやってることとちゃうんか

いや母親河原チャーハン解凍しないが

ワンオペ弁当作って外で子供と食べるママと同じ話じゃろ

なぜ美談になる

代々木公園にいっぱいおるやんけ

2018-01-29

https://anond.hatelabo.jp/20180129032542

陰湿イジメかどうかと、危険かどうかはまた別の話で、「陰湿イジメ」かつ「危険であるから炎上したのであれば「危険」なだけで炎上するような世の中になってほしい、と思わなくもない。

から十年ちょっと前、我々のサークルではジャッカス流行っていた。動画を見てパクり動画を撮って、サークル納会でそれを見て楽しんでいた。

私も考えなしにそのブームに乗って、スーパーのカゴ乗せる台車暴走したり、スキーウェアを着てスキー板をつけて道路を練り歩いたり、原付きにくくりつけたスケボーに乗って原付の2速に振り落とされて河原ごろごろ転がったりした。金曜日に「明日◎◎河川敷ジャッカスやるよ」って言われたら二つ返事で参加した。

見る方もやる方もゲラゲラ笑ってて、ただちょっと変で危ないことしてるだけでとてもハッピーだった。すごく楽しかった、先輩が死ぬまでは

先輩は、飛び込めるだけの深さがないプールに飛び込んで首の骨を折って死んだ。

楽しいから真似していいわけじゃないんだってその犠牲があるまで気付けなかった私達はすごく頭が悪かった。

プールでなくたって、スキー板のまま車に轢かれたり、川に流されたり、死ぬような危険はどこにでもあったのに。

素人がやったらだめなんだよ。素人っていうのは、日本テレビの人も含めて。

2018-01-03

新春、友人と厄神さんへ行ってきた。二人とも男の本厄、昭和52年生まれ独身である

めし時に、彼もうつで、共通の友人もうつで一時期休職したという話を聞いた。

とかく、私の世代(1977前後)はうつになるやつが多い。そういう気質なのだろうか、時代なのだろうか。

彼も私も同じことを医者やらカウンセラーから言われたのでシェアがてら書いておく。

主語が大きな話はしない。それがうつの一因。理想現実のずれが大きすぎる。理想もっと下げなさい。

 (社会が、日本が、世界情勢が、経済が、会社が、地域が、宇宙が、というのは全部自分の効力が及ばないところ。空中戦になると人間に勝ち目はない。

 難しい大きい話はそれぞれのプロ政治家学者経営者etc)に任せておいて、あなたあなたができることをやりなさい。

 あなたができないことはスルーしなさい。

 ※そう考えると政治家経営者にはもっと気張ってもらわんといかん。

人生なんて「そんなもん」です。うまくはいかないし、思い通りにはいきません。

 うまく行ったとすれば、それは無意識回避してたか、うまく立ち回っていたか

 いずれにしても、うまくいかない、トラブルがあるのは物事を動かしている(つまりちゃんとやれている)証拠です。

・結果を気にするな。

 失敗は経験値が上ることであるドラクエでも何でも、経験値が上がるとできなかった魔法ができるようになったりするでしょ。

 (わしはファミコンをしなかった人なので詳しくはわからんが、さすがにそれくらいはわかる。)

 失敗はすべて経験値が上がること。経験値積みと思ってください。

・やったことに対してフォーカスする。

 京都から大阪に行くのに、JRで行こうが阪急で行こうが京阪で行こうが歩こうが車に便乗しようが自転車だろうが新幹線だろうが、いければ良い。

 それを昼得回数券のばら売りで最安で行こうとする、お金がないのに新幹線で最速で行こうとするからおかしくなる。

 行けたことをまずは評価したらどうか。切符買って来た電車に乗ってついたらそれでええやないですか。

 一番まずいのはいろいろ考えた末にいつまでも大阪にたどり着かないことですよ。

他にもあるのだが書いたらきりがない。

幸い、今のところは給与は安いが、定時できっちり終わるし、上司理解してくれている。まぁ、不満は多いが不満が噴き出すときは大概自分調子おかしい。

そういう時はカラオケするか、誰かに電話するか、河原で走ってくるか。よどんだエネルギーを発散してくる。

そんなわけで、いまのところでのらりくらりやりながら、ぼちぼちやっていければと思っている。

どうしょうもなくなったら田舎に引っ込んで農地耕すわ。そのほうが案外楽しいかもしれん。田舎人間関係クズやけど。

あしたか仕事初め適当にやっておまん適当に食べます

あ、でもメシはめっちゃ大事からしっかり食べる。肉魚、卵、チーズ、良質の油(バターとか)。これは気を付けるようになって治ってきた感があるしなぁ。

糖質制限はしてないけど、食事に占める比率としての糖質は下がってると思う。

はよ寝て、明日に備えよう

2017-12-01

自転車に火をつけて乗るのって何罪なの?

大学時代、友人で物の扱いが雑な奴がいた。

自転車なんかボロボロで壊れまくってるから乗るのに最低限のパーツしか残っていなかった。

そんな自転車に乗ってるもんだからしょっちゅう警察の職質にあっていた。

ある日の深夜、そいつ河原に遊びにいこうと電話してきたので現地で待っているとゆらゆらと光る物体が近づいてきた。

それは自分自転車に火をつけてはしってくる友人であった。

家を出てすぐに無灯火で警察に呼び止められ、今からは無理でも今度からはなんでもいいので灯りをつけろと言われた、だから警察が見えなくなった後に壊れた自転車ベルのカップの部分(金属のフタのところが外れて無くなってた)にジッポーオイルを注ぎ、火を付けて灯火がわりにしてきた、というのだ。

その時はコイツすげーな、と思ったがこれって厳密にはなんかの罪になるのだろうか。

本人は石焼き芋の車の自転車版だと言っていたが。

[]月の麻

一般的に、大気中の二酸化炭素濃度が高まるのは良くない。

酸素濃度の変化もよくないが、今回は二酸化炭素の話だ。

大気中の炭素分を人工的に固定しようとすれば、膨大なエネルギー必要になる。

まして、大気量が宇宙船とは比較にならない月面基地の話である

月面基地自給自足のため、農耕施設拡張はかなり高い優先順位で行われている。

これは、月面基地人類開拓最前線として、宇宙への定住を大きなテーマとして掲げていることに発しており、作ってしまえば低コスト二酸化炭素吸収源として運用できる見込みである地帯には予算が付きやすいのだ。

計算上は、一人の排出する炭素を帳消しするのに数ヘクタールの緑地が必要などと計算値は出されているものの、それも眉唾であり、少なくとも向こう十年は馬鹿かい炭素除去装置をフル稼働しなければいけない。

さて、緑地といえども『壁の外は死の世界』でおなじみの月面基地では、やはり室内に農地を作る必要がある。

横穴を掘って、太陽照明か光ファイバー日光を当て、水を確保すればそれで育つのであって、野菜工場に土は必要がないのだ。

しかし、効率の追求ばかりでもよくない。

研究とは多様性だ。

堀り開いた洞穴に、土を敷均し、種を撒いた研究班もいくつかあった。

基本的に、月面の土壌は有用微生物はおろか有機物が皆無である上に、有用金属類でさえもほとんど含まないという砂漠か砂利の河原よりも条件の悪いものである

感覚としては鉄工所の金属屑を集めたものに種を撒くのに近い。

それでも植物種子とはよくできたもので、水分と温度さえあれば目を出すし、光と水と空気があれば根を張り、葉を茂らせる。

各班、こぞって精強な植物の種を植えたが、結果、最も栽培に適していると判断されたのは大麻だった。

有用植物としては、アブラナなんかも有力視されていたが、受粉に膨大な手間がかかることから、そのまま成長し、利用もできる大麻駆逐されてしまった。

当面は炭素吸収源として、大麻が盛んに栽培されることになるだろう。

大麻から採取できる繊維は強靭で、土嚢袋やコンクリート添加物に利用され、それ以外にも家畜の餌や敷材に用いられた。

そして、これが実は重要なのだが、乾燥大麻地球向けの輸出商品として最初生産物となった。

過剰物として生産され、水分は抜き取れるため、月面基地にとって大変都合がよかったのだ。

「何ものも初物に価値がある」

と、いうことで『ルナベース』と銘打った大麻は、初回出荷分に証明書が添付され、オークションにかけられた。

これについては、同量の金より高価といわれる輸送費を上回る価格が付き、大手博物館落札された。

もっとも、当のルナベース住民たちは火気厳禁であるため、月面基地でその煙に酔うことはできないでいる。

精神科医も薬剤は処方できず(薬剤の処方が必要と診断されれば即帰還となる)ドライフルーツ穀物アルコール自作しようというツワモノもいたが、発酵という工程のものが限られた大気量では致命的な結果を招きかねず、発覚と同時に厳重な処分が科せられた。

しかし、人類というのは罪深いもので、どうやったって酩酊を求める者が存在する。

目下、当局が新たな取り締まりとして注目しているのは、低酸素酩酊であり、気密室への監視が強められている。

更には、ウルトラマラソン等の低強度、長時間運動を繰り返す事によりエンドルフィンを嗜む層もおり、直線で数キロにも及ぶ廊下を延々と数時間から数十時間走り続ける者もいる。

こちらについては、低重力下であり、高ストレスさらされる事から未だに正式禁止令等は出されていないが、酸素を大量に消費し、なにより通行の邪魔であることから大多数からは眉をひそめられる趣味である

中には複合業として、気密室ルームランナーを持ち込み、低気圧マラソン実施する強者もおり、当局に確保されたが、本人の心肺能力及び代謝の低下に著しい発達が見られ、やがて彼は科学者で有りながら人類環境適応に関する実験体を兼務するようになり、今では大手を振って疑似高地トレーニングに耽っている。

2017-11-23

anond:20171123172103

河原エロ本が捨てられてたら河原立ち入り禁止になりそうな息苦しさというのは感じる

2017-11-21

河原の道に雨が降ると蛙まみれになる

道一面蛙になる

車で通るのも凄く気分が悪いが、バイクで通るのは精神的にきつくて無理

車より殺す蛙の数は少ないのに、殺してる生々しさが車の方がマシだから車でしか通れない

徒歩も避けて歩くのは大変だし潰れた蛙達にウエッとなるので嫌だ

人は身勝手だと思う

2017-11-20

概念としての高校

今日は珍しく朝起きることができた。

私は少し統失っぽいところがあるのかもしれない。兄の独り言が頭の中に入ってくると考えていたことがかき消されてしまうから、この時は一生懸命考えた。

「将来はどの道に行くの?」

「何をやりたいの?」

ということを複数の人から聞かれるし、自分でもどの道に行きたいのだろうとこの時は自分なりに真剣に考えた。

祖母

大学に行くなら協力するよ」

と言ってくれているので行けばよいのだがプライドが高いのだろうか、もしくは評価されないことが怖いのかもしれない。

公立大学に行けるほど学力がなく、行けるとしたら私立大学で、勉強しなければ定員割れするようなところしか行けなさそうで、

勉強もしていないから、

自分大学なんかに行けるわけがない」と思ってしまう。

学校先生にもそう言われた。その言葉を言われたときは凄く傷ついて河原に転がってワンワン泣いた。

偏差値もない通信高校に嫌々通って卒業したが、嫌々通うぐらいなら通いたくなかったし、それならいっそ退学して親元を離れれば良かったのだけどそんな勇気は無かった。

高校生の間、ずっと全日普通高校に行きたいと考えていたので、将来の夢のポジションに「高校生になりたい」という気持ちが占拠してしまって、そこから動けずにいる。

「将来の夢は高校生になること!」

…な訳ないしな、それ将来やりたいことじゃなくて、今やりたいことだし(そう思ったまま人生を終えてしま可能性もなくはない)。

そもそも自分がどれぐらい勉強ができるのかも知らないので(高校特に勉強しなくても卒業できてしまった)、高校に行かないまでも勉強はしようと思って向き合ってみたこともあったが、分からない問題出会った時にどう解決すればよいのか分からず、それからやらなくなってしまった。

努力して勉強して大学に入る、では時間がかかりすぎるし、だったらすぐに専門学校短大で入りたいところを探してみようかな。

  

少しだけ前向きに考えがまとまったと同時に、スッと起き上がり布団を畳み、溜まった洗濯物を洗った。

久しぶりに部屋の掃除機をかけた。履歴書も書いて後は電話バイト面接を申し込むだけ、だったのだが特にこれといったことをそれからはせず現在に至る。

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