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はてなキーワード: 奴隷とは

2024-07-27

黒人奴隷日本発祥」という謎の言説

黒人最初奴隷にしたのは黒人に決まってんだろ

anond:20240727030055

まあ普通に読むと非奴隷として召し抱えたという話なんやろな。弥助も奴隷やなかったんやし。

anond:20240727025354

戦国大名織田信長に仕えた黒人男性「弥助」と、弥助について書いたトーマスロックリー日本大学法学部准教授)の書籍信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍』(太田出版、2017年)が話題を集めていますトーマスロックリー氏の同著に、戦国時代日本において「地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」という記述があり「それは事実とは異なる」「日本黒人奴隷を生んだというデマ世界に広まってしまうのでは」と非難懸念されているのです。』

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/00b9dff9cd6151ac3d61c0460481db6a9e83d92d

anond:20240727025113

そもそも黒人奴隷流行った」って「黒人奴隷として入手することが流行った」なのか「黒人奴隷を(非奴隷として)召し抱えるのが流行った」という話なのかどっちなん?

anond:20240726232858

『「かつて日本黒人奴隷を使うことが流行した」という事実は、歴史学研究においては支持されていません。

なぜ「黒人奴隷」という表現が誤解を招くのか?

* 「奴隷」の定義: 歴史学において「奴隷」は、所有者がその人に対する完全な支配権を持ち、人身売買対象となるなど、非常に厳格な定義があります

* 日本歴史における人身取引: 日本歴史において、人身取引存在しましたが、それは現代の「奴隷」とは異なる形態であり、人種特定して行われるものではありませんでした。

* 西洋奴隷制との比較: 西洋奴隷制は、大規模なプランテーション農業を支えるために、アフリカから黒人を大量に強制移住させ、生涯にわたって奴隷として酷使するものでした。日本歴史における人身取引は、規模や形態において、西洋奴隷制とは根本的に異なっています

日本における人身取引実態

* 渡来人: 古代日本には、朝鮮半島中国などから渡来人が多くいました。彼らは、技術知識を持ち込んで日本社会に貢献しましたが、必ずしも自由身分であったわけではありません。

* 出稼ぎや売買: 中世以降、経済的理由などにより、人々が身売りしたり、出稼ぎに出たりするケースはありました。しかし、これらは現代の「奴隷」とは異なる概念であり、人種差別を背景としたものではありませんでした。

* 身分制度: 江戸時代には厳格な身分制度が存在し、武士農民、工商人、そして最下層の穢多非人などがいました。しかし、この身分制度は、人種ではなく、職業家系に基づいていました。

なぜ「黒人奴隷」という誤解が広まるのか?

* 西洋史との混同: 西洋歴史における黒人奴隷制の知識が、日本史にも当てはめられてしまうことがあります

* 歴史認識の歪曲: 過去出来事意図的に誇張したり、歪曲したりすることで、特定の主張を正当化しようとする試みが見られます

結論

歴史学研究に基づけば、「かつて日本黒人奴隷を使うことが流行した」という事実は、事実無根です。日本においては、西洋のような大規模な奴隷制は存在せず、人身取引はあったとしても、人種特定して行われるものではありませんでした。

2024-07-26

海外クリエイターは、事実描写が正確でない「エセジャパン」を作り続けてほしい。日本人にはアレがたまらなく好きな人がいる

https://togetter.com/li/2189132

こいつら全員処刑もんよな

まさに奴隷の鎖自慢

anond:20240726154243

問題は、地元の名士のあいだでアフリカ人奴隷を使うことが流行したってことを言ってる学者がいることであってさ

そもそも、そこ、ロックリー氏のオリジナルじゃないから、氏を非難する材料にするのはあまり適切じゃないぞ。

anond:20240130212903

接客笑顔を心掛けてたら「ニヤニヤしていて気持ち悪い」ってクレームの入ったオレの話を聞きたいか

悪いことは言わんから男は無表情になれ。

友好さは分からんけど、丁寧さは言葉にすれば伝わる。

あ、いま気づいたけどあのクレーム入れた女は「友好さは要らんけど丁寧さは寄越せ、つまり奴隷でいろ」って言いたかったのかな。

anond:20240725142420

まりこの辺から既にトンチキな歴史改変が始まっていたってことやな

つか奴隷として輸入してたのなら取引帳簿の一つくらい日本にも「輸出した側にも」残ってるはずだし、長崎やその近くの九州武家の記録にだってそれなりの頻度で登場してるはずなんだがな

もともと「宣教師が連れてきた黒人奴隷信長が気に入って召し抱えて侍に取り立てた」っていう話を批判してたはずだったのに

つのまにか「日本人が弥助をはじめとした黒人たちを奴隷にしていたんだ」みたいな話を批判するようになっていてビビったんだけど

マジでどうやったらその相反する主張をロックリーがしてると思えるんだ?

ロックリーバカすぎて矛盾したことを言ってるんだろうって舐めてたの?

そもそも日本人同族どころか末の妹や弟を平気で奴隷にできたのにわざわざ黒人奴隷にする必要なんてないんだよね

アジア倫理観の低さ舐めてんじゃねえぞ?

自分之妻をぶっ殺して偉い人に食わせた」という故事が超名シーンとして長年言い伝えられるようなクソみたいな階級社会暮らしてきてんだよ!

anond:20240726154243

問題は、地元の名士のあいだでアフリカ人奴隷を使うことが流行したってことを言ってる学者がいること

と、増田は考えたけど、電脳藻屑増田とは違う人間なので

トーマスロックリーによって『黒人奴隷日本発祥』というデマが広がっている」というデマ

が広がっていることが問題だと思ったので記事を書いた、というだけのことだぞ。

ロックリーが『信長と弥助』で地元の名士のあいだでアフリカ人奴隷を使うことが流行したと書いたことを増田問題だと思っているなら、遠慮なくロックリー批判して良いんだぞ。電脳藻屑がその論点を隠したわけでもないし、なんなら記事でその点ちゃんと書いているんだから増田文句をつけるのはおかしい。

しろロックリーの主張についてデマ拡散している連中の勢いが弱ったあとの方が、ロックリーの実際の主張に対する批判が広く届く余地が生まれるだろ。

増田の本当の敵は「長崎奉行黒人を使っていた記録があるからロックリー記載には一応根拠がある」みたいな主張をしているやつらだぞ。そいつらに喧嘩を売ってこい。

奴隷階層にはなかなか弁護士がつかないので裁判文書自分作成しなければならず

結果的だんだん司法に詳しくなってくる悲しさ

anond:20240726175433

特に文系()のなんも専門無い奴に限って

これどうやって調べたの?

学生時代にチョロッとかじっただけのIT系下請け理系奴隷知ったかぶって書いた、のではないとどうして言えるの?

anond:20240726154243

問題は、地元の名士のあいだでアフリカ人奴隷を使うことが流行したってことを言ってる学者がいる



学者が説をとなえることに何の問題が?

anond:20240726154831

戦国大名織田信長に仕えた黒人男性「弥助」と、弥助について書いたトーマスロックリー日本大学法学部准教授)の書籍信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍』(太田出版、2017年)が話題を集めていますトーマスロックリー氏の同著に、戦国時代日本において「地元の名士のあいだでは、キリスト教徒だろうとなかろうと、権威象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」という記述があり「それは事実とは異なる」「日本黒人奴隷を生んだというデマ世界に広まってしまうのでは」と非難懸念されているのです。』

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/00b9dff9cd6151ac3d61c0460481db6a9e83d92d

anond:20240726154243

戦国時代から現代まで、多くのアフリカの人々が、さまざまな理由日本を訪れています。この章では、その一部を取り上げ、日本との関わりをたどります

近世以前~いくつかの足跡

アフリカの人々、日本に来たる

戦国時代ポルトガルスペインなどヨーロッパの船が日本を訪れた際に、黒人が従者や奴隷として連れられていたことが、アフリカの人々が日本を訪れた最初の事例であると考えられています

織田信長の伝記である信長公記』には、イエズス会司祭ヴァリニャーノが従者として連れており、その後信長に仕えることとなった「黒坊主」が登場します。

「彼男健やかに器量也爾も強力十之人に勝タリ」と描写されており、信長をはじめ、当時の人々に高く評価されたことがうかがえます

日本では「弥助」と呼ばれたそうですが、アフリカでの本当の名前はどのようなものだったのでしょうか。

また、第一章の冒頭で触れた天正少年使節団も、『天正年間遣欧使節見聞対話録』【226-29】によれば、アフリカを訪れた際に「今迄にもあの黒い者らが我々の方へ渡つて来るのを沢山に見た事はあるが」と発言していることから日本へと渡ってきた黒人を知っていたことが分かります

しかも、使節団を派遣した大名のひとり、有馬晴信は、その軍がアフリカ人とマラバル(インド)人に助けられたという、次のような報告もあります

フロイスの『日本史』【GB315-21】に、有馬島津軍と竜造寺軍の戦いにおいて、日本人の砲手がいない中で大砲を「一人の(アフリカの)カフル人が弾丸を込め、一人のマラバル人が点火して」発射し、「千人の兵隊を有しているよりもそれらはより効果的に役立った」と書かれています

そのほかに豊臣秀吉が「カフル人」の踊りを見て褒美を与えたなど、さまざまな記録にアフリカの人々の姿が残されています

この論法なんて名付けたらいいんだろ?

トーマスロックリーによって『黒人奴隷日本発祥』というデマが広がっている」というデマ - 電脳塵芥

って話がバズってるけどさ

これって単なる論点ずらしでしかないんだよ

問題は、地元の名士のあいだでアフリカ人奴隷を使うことが流行したってことを言ってる学者がいることであってさ

黒人奴隷日本発祥』なんてのは、問題を大きく見せて注目集めたいやつの自己顕示欲モリモリの戯言に過ぎない

極端なことを言ってるやつをピックアップしてきて、問題から目を逸らそうとしてくるのおかしない?

これよくあるんだよ

慰安婦はいなかったとか、南京大虐殺はなかったとかいう極端な意見を拾って来て、保守歴史修正しようとしてるみたいなこと言い出すやつ

慰安婦はいたけど韓国側が主張するような存在ではない、中国が主張するような南京大虐殺はなかったんじゃないか

これが問題点なのに、これには反論出来ないから極端なところに飛びついてそこに話逸らそうとするじゃん

この論法にきっちり名前付けるべきだと思う

anond:20240726114250

三次請けとかのIT奴隷業務責任者経由で顎で使って、自分のんびり酒飲みながら監督してればええんや

弱者男性の俺が弥助問題に答えを出す

無能リベラル無能ネトウヨには任せておけん

「弥助は元奴隷で実質足軽」これが答えな

戦国時代武士階級なんてイマイチよく分からんというか分かる奴いなくね?

でも信長に可愛がられてて部下として戦ってるんだから少なくとも足軽兵卒)でしょ?

貴族としての特権なんか何も無いだろうけど武士といえば武士

anond:20240726101422

増田はてブもどうしようもない状態に陥ってて

ほかの場所でも議論拡散して壊れてて

これはもうアサクリの思惑どおりなのではないか

というかみんなこんなにひとつの事を議論するのが下手くそだったのだな、と新鮮な驚き。

今回って要は

「弥助って武士なん奴隷なん?」

に答え出すだけだからこんなにネタ拡散するとは思わなかった。

anond:20240726095026

弱者男性九州男児を筆頭にリベラル以外の男たちは死に絶え

リベラルフェミニストが選ばれし存在となり下々の移民たちが奴隷のように働く世界来たな

anond:20240726070001

元増田には、

江戸時代後期には奴隷ということで軽蔑対象になる一方で欧米のような、単に肌が黒いことへの差別感情はなかったとある

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