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はてなキーワード: 熱狂とは

2017-08-16

アイマスについて考えた

はじめに

自分にとっては、これから生きていく上で大事存在だとも言えるのが765プロアイドルである

先日にライブを終えた346プロの面々も、さわりくらいなら知ってはいるが、どうにも馴染めないクチである

キャラの魅力としては、より最近風でバリエーションにも富んでいて、知らない人が見比べれば「765プロアイドルは地味」という人もいるかもしれない。

しかしながら、自分にとっては何よりも765プロアイドルが一番であり、たぶんそういう人が他にもいると思う。

お盆に休暇を取ったもののヒマなので、いろいろ観たり聞いたりしながら、こうなったらと幅を広げて「アイマス」について考えた。


スター」について

今年の高校野球は、清宮というスーパースター選手がいた。彼はのちのちプロになり、輝かしい成績を残すのだと思う。

野球に限らず、あらゆる人気スポーツには「スター」と呼べる一握りのプレーヤーが必ず存在する。

競技のことをよく知らない人間を、まるでまんがかドラマかのような力で惹きつけ、人間を呼び集めることができる人間である

彼らは自然とそのような状態を作り、本人はただ勝っているだけなのだが、それはひとつ経済圏を生み出す。

渦巻くファン層に商売人が目をつけて、そこに広告をブチ込んでさらに大きな渦を作る。そしてカネを飛び交わせる。

いわゆるひとつバブル現象であり、今年の清宮などはこれの好例であったと言えよう(主に商売人側で盛り上がっていた気がするが)。


彼らのようなスター選手の中にも、2種類のタイプがいると思う。純粋暴力的な力でドラマを作る者と、あともうひとつである

前者は若い選手に多い。藤井四段も現在のところはこれである。彼らはただそこに在り、勝負に勝つだけで人を惹きつける。

ただ、それは得てして一過性のものである。何かのきっかけで敗北を喫すれば、ドラマはそこで終わってしまうからだ。

競技自体に興味のない、バブル層のなかで最も分厚い層を作る「競技を知らない」人々は、確実にここで去っていく。

藤井四段も、清宮も、あるいは自分が知らない間に大活躍したスター選手も、きっとみんな「あ~あの子ね」と言うと思う。

夏でもあるし、ここでは「花火型」とでも呼ぼうと思う。


後者で伏せていたもうひとつタイプは、自分自身生き様ドラマを作る者だ。

必然的に、これは歳を重ねた選手の方が多くなる。羽生善治王位も、たとえばイチロー、EVOで優勝したときどはこれにあてはまる。

彼らは自らの人生ドラマチックに生きてきた。ウメハラはたくさんの自著を持っていて、その大半が「人生観」についてである

瞬間最大風速は前者に劣るかもしれないが、継続性は後者が圧倒的に上だろう。

彼らが自分の信念に基づいて生き、たとえ負けが込んだとしても、いつか諦めずに優勝すれば前者よりも強く輝くはずだ。

イチローときどに魅入られたファンたちは、自分人生のお手本として信じ続け、彼らのことをずっと忘れない。

一見地味であっても、より強く歴史にその名前を刻むことになるのは後者人間である

こちらは「劇場型」とでも呼ぼうと思う。


765プロアイドルは「劇場スター

そろそろ765プロに話を戻そうと思う。

つまるところ、自分にとって天海春香如月千早は「後者」、「生き様で語る」アイドルなのだ

彼女らは空想上に作られた存在かもしれないが、物語というのは、事実でなくとも真実であるということに変わりはない。

物語が持つ真実の力を、現実のものと遜色ない力強さで手にしている、自分にとっては稀有存在だ。


天海春香のように、まっすぐキラキラ自分目標に向かって生きることは、どこか気恥ずかしいことだと思っていた。

如月千早のように、周囲に与することなく孤高の存在であり、自らが持つ力だけを持って世の中と戦うのはカッコいいことだと思っていた。

星井美希のように、自分にできることを程々にやり、何かひとつのことに一生懸命になることなどせずに生きるのは賢いことと思っていた。

けど現実はだいたい違っていて、自分の夢にアツい人は全員すげーと思うし、一人では限界がすぐに来てしまうし、飽きっぽい性格では何も面白くない。

765プロアイドル出会っていなければ、こういった当たり前のことに気づくのが遅かったかもしれないし、下手したら死んでいたかもしれない。


アイドルというのは「偶像」であって、それは「非現実的可愛い」だとか「彼女らが頑張るのを自分が支える(崇拝)」対象では決してない。

偶像=神の教えと言葉に従い、崇め奉るだけでは単なる「信仰」だけで完結してしまい、それはいつか「狂信」となるか「飽き」を迎えてしまう。

彼女らがファンに向けて送っているメッセージは、「私も頑張っているから、あなたも頑張って!」である自分は思っている。

ライブ課金ゲーム時間を使うという行為は、そのエネルギーや「言葉にしにくい真実」を交換しあう行為だと考える。

神というのはそもそも人間が生み出した概念であり、アイドルも同じで、決して向こう側から「与えてくれる」だけの存在ではない。

理想ドラマチックな生き方」をアイドルという「偶像」に依拠して、それを体現する者に自分から価値あるもの」を供出する。

そうしたプロセスを踏んでこそ、アイドルという存在がこの世に、人々にとって魅力的な存在であり続けることができる。


日本神様はどこにでもいて、誰からも忘れられたときにひっそりと消えるという。そのためにお祈りやお供え必要なのだ

昔の人にとっては、自分たちの食料となるもの、貴重なものを神に奉納するという行為があった。それくらい大事なことだからだ。

純粋に「異界の神」の存在を信じた人々もいたかもしれないが、それは「狂信」だと言ってよく、たびたび「非人道的な間違い」を起こす。

本質は、「自分たちを見守る存在」=「理想的生き方を守る存在」に「価値あるもの」を奉納し、その価値を高めるということにある。

自分たちの願い(神様偶像)がそこに結実していると確かめるための行為なのだ


10年代の「ソーシャル型」アイドル

要は、自分にとって理想アイドルは「劇場型」であり、「花火型」ではアイドルたりえないという話をしたかったのである

765プロアイドル以外は認めないのか」と問われれば、イエスと答える気がする。346プロも、ミリオンアイドルも今のところではそうだ。

自分としては、彼女らのように息が長く、大勢プロデューサー必要とされ、様々な歴史を与えられた彼女らに勝るアイドルはいないと言い切れる。

他のプロデューサー自分とでは、彼女らに求めているものが違うという実感はある。こういう話をして納得してもらえた経験がまったくないゆえだ。

自分自身羽海野チカ先生が言うように、「大事なことは全部、漫画アニメ(=フィクション)に教わったんだ!」という感じが近いからというのもある。


老害いたことを言うが、最近の新しいコンテンツキャラクターの薄利多売ぶりがすさまじいと思う。

これはデレマスミリマス、空前の大ブームであるソシャゲ全般を主として言えることで、あまりにもキャラが多い。

そして、全員が全員似たようなことを言う。誰も彼も個性などあまりあったものでなく、先に挙げた765プロアイドルのように、強い物語性と動機などはない。

つまるところ、彼らのようなキャラクターに「劇場型」のようなドラマは生まれないのであるキャラクター自体存在は極めて薄いものなのだ

自分にとっては大変味気ないものであるキャラクターが大量にいるという前提もあり、どうにも(言葉は酷いが)「粗製乱造」といった印象が拭えない。


しかし、そこを補完しているのが「ソーシャル性・社会性」である。「大量のユーザー集合的無意識を共有している」という前提があるからこそ成立するキャラなのだ

ツイッターでの同好の士との、友人間でのグッズのための遠征ライブツアー同人作家の持ち上げなど、これらはすべて「社会性のもたらす快楽」が下支えしている活動だ。

如月千早のところで言ったように、人というのは一人では何もかもにすぐ限度が来てしまう。何かを面白がるにも、一人では見える範囲のことしかからず、すぐ飽きてしまう。

だが、誰かと共有することで可能領域は倍増し、それはたまらなく面白いことだと気づく。リア充だろうがオタクだろうが、誰かと会って話すのが人間は一番楽しいことなのだ。

ゆえに、キャラクターは「浅く広く」の方が都合はいいのだ。オタク的に深い造詣と知識がなければ弾かれるのなら、新規はやってこないしヘタなことは言い出せない。

大きなコミュニティを作り出し、まるで文化祭前夜がずっと続いているかのような熱狂の渦を保つには、共有対象簡素かつ魅力的であればあるほど好都合なのだ


自分は、彼女らのようなアイドルを「ソーシャルアイドル」とこっそり呼んでいた。

765プロアイドルのような「劇場アイドル」も初期は「ソーシャル型」だったのかもしれない。

ただ、いくらなんでも数が多すぎやしないだろうかという風に自分は捉えがちである

結果的にどれにも入れ込むことができない、自分のようなぼっちが前提のオタクにはつらいなぁという印象だ。


劇場型」と「ソーシャル型」

時代の移り変わりとともに、アイマスも形を変えたのだなというところに思考が落ち着いた。

掲示板にでも出入りしなければ「お一人様」性が強かったネットからスマホによるネット人口爆発や、ツイッターが台頭した環境変化に対応したと。

アイドルとの距離もより身近になり、春香の「後ろの席までみんな見えてるからね!」にありがたみを感じにくいご時世になったこともある。

自分にとってソシャゲアイドルはとっつきにくいものだが、彼女らについて(上辺だけでも)深く考えることができ、より765アイドルが好きになれた。


AV女優云々で騒いでいたのは、決して職業差別宣伝への嫌悪とかでなく、純粋に「社会」が乱されることへの強い拒絶反応であることもなんとなくわかる。

ソーシャル型」アイドル世代は、決してアイドルの一存ですべてが成立しないのだろう。自分たちで「デレマス社会」を守っていこうという意識が強いのだなと思える。

デレステ運営公式アカウントへの過度な許容もその現れだし、ライブが頻繁に行われていたり、声優さんが大量に現実いるからこそというのもあるはずだ。

旧型ぼっち重視オタクである自分には、深く考えるまでは「奇妙」の二文字で片付けていたが、しっかり考えるとなんとなく頷くことができる(自分とは違うのだなーと)。


自分はここまでで、「劇場型」と「ソーシャル型」を分けて考え、前者が自分には合っていてそれは765アイドルであるとしていた。

ただ、「花火型」とほぼイコールであるソーシャル型」アイドルも、中心にいる人々からすれば「劇場型」と捉えているのかもしれないとも思う。

自分が望むような「二次元でほぼすべてが完結できる」劇場型ではなく、「リアルツイッターゲームライブ声優」、それぞれをすべて同列に考えられる基準を持っているのだろう。

自分にとってそのような考え方は無理があることだし、それができるのは正直うらやましいことだ。きっと違う楽しみがあるに違いない。


おわりに

文字数文章としてのまとまり、書く時間制限をつけなかったので、たいそうバラバラ文章になったと思う。

自分としては、モヤモヤと考えていて喉元でつっかかっていたことがスッキリしたのでよかった。これぞ匿名ダイアリーパワー。


何かとレジェンド扱いされる天海春香さんだが、単に新しい展開が少なくなってしまったというだけである

基本的運営を信頼しているので、天海春香らしい新しいエピソード新曲、展開があるといいなといつも期待してはいる。

ミリシタは…………………………ログインボーナス継続中ですが………………音ゲー無理で……。据え置きで新作出いかなーと希望を。


上にも書いたように、自分には正直なところソシャゲアイマス系列にはどうしても馴染めないところがある。

大量のキャラを常に見回したり(自分にとっては全員が全員魅力的なのですよ)、リアル体験との併用が前提とされているような構造はすこしキツい。

しかしながら、アイマス全体を支えているのは間違いなく彼女らであり、そういった意味では応援している。アニメは観たし、CDもとりあえず買っている。

いまやソシャゲアイマスあってこその765プロアイドルである。いつか揺り戻しがあり、強いアイドル必要になったとき、また765のようなアイドルが観られればそれでいい。


いわゆるデレマス界隈は、人を多く集めまくったリスクとしていろんなトラブルがあったりするんだろうなと思う。

けど、大した問題にもなっていないようなので、すごいと思う(ぼっちゆえコミュニティの仕組みはわからない)。

自分にとってパリピめいて盛り上がるリア充なんだかオタクなんだかわからないPたちは正直無理である

が、デレマスアイマスを好きだという気持ちはたぶん同じなので、遠いところから同士よ! と応援している。


なんかすげー長く書けた。自分用のメモにしてもよかったんだけど、経験則的に、誰かに見てもらうって前提で文章を書いた方がわかりやすくなるのだ。

ということで投稿しつつ、ローカルに保存しつつ。よかったらなんかコメントとかくれると楽しいです。てーかここまで読む人おらなんだ。

読んでくださった方、ありがとうございます


2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815171144

ゼノグラはむしろすっかり再評価されきってるし一部の熱狂的なファンSNS徘徊してゼノグラに批判的な意見を袋叩きにするところまでいってるだろ。

2017-08-14

渋谷古本市に行った

それなりに本好きを自任してるので、渋谷東急で大古本市をやってるのを知って出向いてきた。

何も買わずに帰ってきた。

古本って言っても、ブックオフみたいなレパートリーではなくて、滅茶苦茶すり切れた昔の知らない本だったり、人文系とかの専門書や、マニアックサブカルのものばかりで。

趣味の一つとして軽く本を読む程度の私はお呼びでない空気

私にはハードルの高い催物だったけど、会場は平日の昼間にも関わらず人であふれていた。

古い映画パンフレットを血眼でめくって探す女の人(じゃま)や、昔の軍記ものの棚の前で座り込んで熟読するおじいさん(じゃま)とか、とにかく熱量の高い人たちが沢山いた。

その時は暇な人たちだな、と冷ややかに眺めていたんだけど、帰ってきて今思い返すと、あれだけ熱狂的に嵌るもの自分は持っているだろうか、とふと思った。

古本市に限らず、趣味の祭典は四季折々にいろんな場所で行われていて、それぞれ熱量の高い人々がそこにコミットしている。

自分にはそこまで熱く盛り上がれる何かがない。

胸を張って、心から楽しみにして参加できるイベントがない。

なんだか私はとても寂しい人間なんだな、としみじみ思った。

渋谷古本市明日までやってるそうです。

2017-08-10

テニス錦織圭が負け続ける原因は本当に彼女にあるの?

週刊新潮など最近メディアによる錦織彼女へのバッシングが半端無い。

熱狂的な錦織ファンで知られるヤフコメ欄でも散々観月あこに対して誹謗中傷が多かった。

確かにズベレフに負けるのは仕方ないけど、格下過ぎるモンフィスにさえ完敗してしまうと

去年一昨年までの快進撃が偶然だったのかと思えてしまう。

でも今年はどういうわけか負け続きで終わる。

その原因が彼女観月あことその知り合いの占い師が原因だという根拠のない批判が今年突然増えてきた。

批判の矛先を間違えてるんじゃないかな。

僕は錦織に厳しく忠告指導の出来ないチャンコーチや両親、松岡修造が悪いと思う。

彼女うつつを抜かして練習サボるお子様な錦織圭には厳しく叱咤できる存在必要なんだろう。

から本当の原因は彼女でないように思う。

2017-08-07

アイドルアニメライブに久々に参加して感じたことをつらつらと書いてく

東京秋葉原に住んでいるが、わざわざ名古屋まで行って某アイドルアニメライブに参加してきた。

ちょっと長くなるけど、この気持ちをどこかに書き留めておきたくて、帰りの東海道線の中でちまちま打っていこうと思う。

今回行ってきたライブ作品は、いわば「続編」で、“伝説”になった初代グループに憧れ、そんな風に輝きたいとステージに上がる女の子達を描いた作品である

自分はその初代グループお話が本当に本当に大好きだった。

当時大学生だった自分はモロに影響され、アニメを何回も観ては泣き、ライブにはほぼ全て全日参加し、彼女達の生き方に憧れ、その作品を作った人達全員を心の底から尊敬し、がむしゃらに今を輝かせようと大学生活を走り抜けた。

完結編にあたる映画版を観た少し後、まだハイになった頭のまま就活面接を受けた。

作品に出てくるセリフをほぼそのまま取締役に恥ずかしげもなく言って、落ちこぼれには分不相応な一部上場企業へのチケットを受け取った。

その作品きっかけで、アニメ漫画の同好の志が集まる場に参加するようになった。

そこで気の合う女の子と知り合って付き合い始め、卒業直前にはその作品重要場所となっていた神社結婚式まで挙げた。そして舞台である秋葉原に新居を構えるまでに至った。

まさにその作品自分大学生活にとんでもない影響を与える“青春”だったな、と今でも思う。

そんな大学生活の最終日となる2016年3月31日彼女最後ライブとなる東京ドーム公演の初日に参加し、彼女達のストーリーピリオドを迎え“青春”が終わったのひしひしを感じた。

あれからおよそ一年半弱。

僕の影響でどっぷりハマった嫁に連れられて、彼女達の“伝説”を受け継いだグループライブに参加してきた訳である

そのパフォーマンスは圧巻の一言

歌、ダンスマイクパフォーマンスストーリーオーラ。そのどれを取っても初代に引けを取らない、すごいライブだった。

参加者熱狂し、終了後のTwitterも絶賛される声が溢れていた。

本当にすごかった。

しかった。

自分もそう思う。

でも心の中のどこかに、初代のライブに参加していた時には感じる事の無かった淀みのようなものライブからハッキリと感じた。

その正体が気になってしまい、演者に向かってペンライトを振りながら自分自身を見つめる時間になっていた。

会場のボルテージが上がり一体化する日本ガイシホールの中で、疎外感と孤独を感じてしまった。

劣等感、なんだと思う。

初代の声優達の中での最年少と同い歳の自分は、二代目の声優の誰よりも年上である

自分と同じように初代の活躍を見て、

自分と同じように彼女達に憧れ、

追いつけ追い越せと努力してきた年下の女の子達に、あんな凄いものをまじまじと見せつけられた。

初代の最後ライブから一年半の間「君の心は輝いていたかい?」と強く問いかけられた気がした。

この一年半、一体何をやってきたのだろう?

今の自分じゃ、とても彼女達には敵わない。

そう感じた。

帰りの電車でそれに気づいて、吐き気が止まらなくなった。正直どうしたらいいのかわからなくなった。

そんな時、ふと作品の中でのエピソードを思い出した。

彼女たちは他のアイドル達に完膚なきまでに負けて一度は挫折しかけるが、その経験を“ゼロ”として、新たな一歩目を踏み出していく。

初代への憧れだけじゃなく、自分達らしさを求めて。

まさかそれを自分自身体験させてくれるとは全く予想だにしていなかったわけで。

なーんだ、そういうことだったのか、と素直に納得した。

東京に戻ったら、僕もがむしゃらに新たな一歩を踏みだそうと思う。

ちょっと立ち止まっちゃってたな、って反省した。

舞台も人も変わっても、ラブライブ!という作品青春と言う名の暴力で僕をボコボコにしながら、いつだって大切なものに気付かせてくれる。

ただ埼玉公演に行ける勇気は、まだないかな……。

2017-08-06

あれに熱狂してた人はちょっとアレなかわいそうな人って感じ

https://anond.hatelabo.jp/20170806114347

トレインスポッティングって日本でも社会現象になってたの?

知らなかったわ。

14〜15年くらい前に見たけど、元増田と同じように「うん、普通に面白いユアン・マクレガーかわいい」という感想で、熱狂なんて要素なかったと思う。

当時、トレインスポッティング熱狂していた若者たちがいたらしい

今はおじさん、おばさんだが。そんな存在がいたらしい。

最近映画に興味を持っていろいろ見ているうちにトレインスポッティングを見たのだが、まあまあ面白かった。

ドラッグ犯罪をやって破滅的に生き抜いていく若者青春ムービーという感じで、当時の世相が反映されているのだろうなという内容だった。

リアルタイム世代ではない僕が、トレインスポッティングを見ようと思ったきっかけは、ネットトレインスポッティング2について騒がれていた記憶が残っていたからだ。

はてなでも確かワーキャー言ってブクマが多くついていた気がする。

そしてこのことやウィキペディアに書いてあった通り、おそらく日本でもこの映画がヒットして社会現象になったというのは、確からしい。

しかし、冒頭にも書いた通り、僕はこの映画を見て思った感想は、まあまあ面白いんじゃない?というものだった。偉そうかもしれないが。

この映画社会現象になってヒットして続編を作られることが騒がれるレベルだとは正直に言って思えなかった。

この理由を考えてみたところ、これはおそらく当時見るからこその価値があるのだろうという思いに至った。

例えば、劇中に使われている音楽

僕は音楽も少しばかり好きなので、劇中に出てきたイギーポップ、アンダーワールドプライマルスクリームニューオーダーデーモンアルバーンなど、どれも好きだし、聞きなじみのある音色だと思った。

おそらくこれは当時リアルタイム流行っていたものだし、当時のサブカル的な音楽知識が多少ある人は「おお!」と思ったのだろう。僕も実際そうなった。

他にも、当時の世相に合っていたとか抑圧されている若者感とか、VICEっぽい題材が受けたのではないだろうかと推測できる。

それと同時に、もしこういった要素がこの映画面白さの核となっているのならば、僕が当時見た人ほどあまり衝撃を受けなかったのも納得ができる。

まり、僕はこういった要素がネットなどによって身近な題材となった後に生きているからだ。

薬物やトリップ鬱屈した若者たちリアルみたいなもの。そういったものをすでにインターネットなどを通して知っていることによって、トレインスポッティングが全編で扱っている内容にそれほどインパクトを感じなかったのではないか

そして、当時の若者たち(多分若者に受けたのだろうと思うが)にとって、そのようなサブカルチャー的要素はまだ情報として認知されておらず、この映画によってそういった要素を新体験として受け取る人が多く、だから社会現象になったのではないか

これは僕が映画ロッキー』を見たときと似ているような気がする。

僕はロッキーもつ最近始めて見たのだが、確かに面白かったと思う一方で、映画史上の歴代映画ベストに上げられるような衝撃を受けたとは言えなかった。

これは、ロッキーの名シーンと呼ばれているような要素を僕がすでに様々な場所で知り、断片的にロッキーの見どころをほとんど知っていたということが原因だと思われる。

事実ロッキー映画の内容の8割くらいはすでに知っていたので、「ああ、ここであの場面がくるのか」という既視感があったことは否めない。

まりトレインスポッティングを僕がまあまあだと思った理由も、トレインスポッティングに出てくる要素について新鮮味を感じなかったからであり、当時はこういった要素が初体験のような新鮮さを持って受け入れられていたのだろう。

社会現象と言われてピンと来なかったのも、いわゆるリアルタイムで見たものしかからない状況も相まった結果だと考えれば説明がつくと僕は思った。

もしくは、純粋ストーリー面白かったから受けているのだろうか。

それならば単純に個人的な好みの差になるのだろうが、ストーリーに関しては明日に向かって撃て!の当時版という感じで悪くなかったと思う。

とにかく、トレインスポッティングリアルタイムに見た世代ネットでの盛り上がりや当時の(あったであろう)盛り上がりと、僕が見たこの映画とのギャップについて、なぜなのか考えてみたのだが、社会現象というものを今現在初めて知ることのギャップというのは得てしてそういうものなのかもしれない。

2017-08-05

都民ファ家庭内禁煙条例ファシズムと叩かれてるけど



ニーメラー牧師コピペを地で行ってる人多くない?

まずファシズムってさ、民衆熱狂的な支持があってこそ成立するわけで。

はてブ喫煙関係ブクマページでの嫌煙勢力の凄まじい熱狂を、今まで見てなかったわけないでしょ?

あいう強烈な下地があってこそ、都民ファースト条例は生まれてくるのであって。

本来だったら嫌煙勢力の異常な熱狂に対してまず声を上げるべきだった。

いくら何でもお前らのその熱狂おかしいぞ、と。

だがニーメラー牧師よろしく、声を上げてなかったんだよね。

それが都条例レベルにまで来てようやく私は声を上げた、っていう。

それじゃ遅すぎた、っていうね。

都民ファ禁煙ファシズム条例は、何も昨日今日のぽっと出で生まれものではない。

嫌煙厨の異常な増殖があってこそ。

その異常な増殖をはてブで再々見かけておきながら何も声を上げずにきた連中は、

さら都民ファファシズム条例異論を唱えたところでニーメラー野郎として腐されるのが関の山だぞ?

2017-08-03

ぶっちゃけハンターハンターの続きが全く気にならないんだけど

まだ世間では熱狂的なファンがいるのかな

蟻編のころはピークだったけど選挙編は久々にでてきたキャラ人気で助けられてただけで

暗黒大陸のワクワクが満たされないまま横道それまくってる今とか冨樫の悪い癖が出てきてると思うんだけど

説明を減らすテクニックが加齢で失われたのが如実に出てきてる

もう書かなくていいよ

2017-07-20

わたし峯田和伸さんのファン

朝ドラに峯田が出ている。峯田とは峯田和伸さんのことで、彼はGOING STEADYまたは銀杏BOYZボーカルとして知られている。現在俳優としても活躍し、その活動の幅を広げている。

今期のNHK朝の連続ドラマ小説ひよっこ」で、峯田和伸さんは、消息不明になった父親を追い上京する有村架純さん演じるみね子のおじ、宗男役で出演している。宗男茨城の片田舎マッシュルームヘアーバイクに乗り、ロックンロールをこよなく愛する農家のおじさんで、いつも人を笑わせている。

だがその笑顔の裏には戦争の影が……というキャラクターで、先々週、宗男上京過去がつまびらかになるビートルズ来日編が終わった。わたしはその録画を昨日見終わって、すごくよかったなと思ったので妹にLINEをした。感想を打ち込んでいるうちにわたしは昂ぶってしまい、真っ当な感想からは外れた見当違いな見方をしていることに気づき、はっと我に帰った。

***

時は2005年中学1年生として迎えた冬に銀杏BOYZアルバム君と僕第三次世界大戦恋愛革命」と「DOOR」が同時発売された。

北海道新聞日曜版のCDアルバム売れ筋ランキングの4位と5位にランクインしていて、聞きなれないアーティスト名に、なんだろう?と思った。BOYSではないのか?

それからすぐラジオで「青春時代」が流れだして、彼らが小学生ときに一回だけ聴いたことのあるGOING STEADYであることを知った。お小遣いで急いで「君と僕第三次世界大戦恋愛革命」のほうを買って聴き込み、いたく傾倒し、「DOOR」もそれからちょっとして買った。

当時のわたしは、Mステに出ないようなバンドラジオで聴いてCDを買うことがカッコイイと思っていた。お恥ずかしい話、今もその気持ちはあまり抜けていない。当時全盛だったMDプレイヤーを持っていなかったわたしは、ラジオカセットテーププレイヤーが一緒になったかさばるガジェットを常に持ち歩いていて、銀杏BOYZをいつも聴いていた。

中学生だったということで免じて許してほしいが、当時のわたしにはセックスなどとはいった歌詞が衝撃的だった。というか性とか焦燥感とかみじめな気持ちを歌にして世に出していいとは知らなかった。だから峯田和伸さん、もとい峯田は本当のことを歌っているなという気がして、信じられると思って好きだった。

友達にもたくさん貸したし、カラオケでも歌った。もしタイムマシンがあったら、おいおい、やめてAKBとかにしておけ!と言いに行きたいが、当時のわたしは今よりもなお浅はかだったので、カラオケで皆の前で銀杏BOYZを歌い、セックスなどと口にし、ぐにゃりと曲がったような気まずい空気になるのが好きだった。

***

以前、大学生ときに友人に

カラオケ銀杏BOYZとか歌うの正直やめてほしいんだよね」

と言われた。友人にとっての色々な思い出が詰まったバンドなので、目の前で歌われると複雑な気持ちになると言う。

その時は正直

「は?」

と思った。だが今のわたしもまた、自分よりかわいい女の子の口から銀杏BOYZ」という言葉が出るとムカつくのだった。

肌がきれいだったり目が大きかったり彼氏がいたり毎日充実していそうな自分より幸せそうな女の子が、ひとたびでも峯田と言おうものなら腹がたつ。お前に峯田の何がわかるんじゃい!なんぼのもんじゃい!と思う。何人たりともわたしのまえで銀杏BOYZの話、および峯田の話をしないでほしい。ライブに行った画像をインスタに上げないでほしい。わたしの知る限り峯田のことを一番身近に思っているのはわたしでありたい。そんな自分勝手な思いが溢れて止まらなくなる。

自分でもおかしな考えだということがわかっているので、皆さまにはどうぞ好き勝手銀杏BOYZの話をしていただきライブに行っていただき、インスタに画像を上げていただき朝ドラを見て峯田って人いい演技するな〜!などと思っていただきたいのだが、心の奥底で、やめろ〜〜〜と叫びたがっている卑小な自分がいる。

***

そんな折、先々月の銀杏BOYZライブ東京ロック好きの集まり」に行った。これだけ勝手なことを言っておいて恐縮だが、実は初めてだった。戦争反対ツアー実家の近所のペニーレーン24に来ていたはずだと手元にあるフライヤーにはあるが、当時はまだ室蘭に住んでいた頃だったので行けなかった。それからも本当はちょくちょく札幌に来ていたのかもしれないが行っていない。全裸になり書類送検されたことをヤフーニュースで知ったり気がついたらメンバーが峯田以外全員変わっていたりしたがよく知らない。

わたしのなかでだんだん銀杏BOYZはあまり触れちゃいけない過去へと変わっていて、ライブも気軽に行ける感じではなかったのだ。

ももういい加減成人したし、処女でもないし、峯田は朝ドラに出ているし、いくばくかの郷愁とともに軽い気持ちライブを楽しむことができると信じていた。

***

峯田が出てきて初めて生で峯田を見た途端に涙がボロボロ出てきて止まらなかった。ステージには本物の峯田がいて、すぐにモッシュダイブがはじまって峯田の靴がどこかへ飛んで行き、演奏が止まりやり直しになった。そしてまたモッシュ対バンのnever young beachがさっきまで作り出していた平和西海岸熱海の浜辺のような景色はいずこへ?「ネバヤン初めて聴いたけどいいね〜」などと言って、からだを揺らしていたギャルは?そんな疑問が解消されるはずもなかった。

峯田は10年以上前に作った曲を、目をかっぴらいて歌っていた。あっという間に大合唱になる。わたしも全部歌えてしまい、そのことをきっかけにまた涙した。峯田〜〜〜!!!と泣きながら叫ぶ人があちらこちらにいた。四肢がちぎれそうなほど暴れる人がいた。嗚咽しすぎて座り込んでしまう女の人がいた。さながらカルト教団様相であった。だがわたしもまた、全身の水分が出きってしまうのではないかというくらい涙が出てきてしまい、ボロボロボロボロ泣いていた。

峯田が目の前で10年以上前に何度も何度もカセットテープが伸びきってしまうくらい聴いた曲を歌っている。それだけで絶望的なほど悲しかった。恥ずかしい話だが、わたしはその時、中学生の時に部活無視されていたことをありありと思い出していた。クラスにも同じ部活の人がいたので無視がそのまま派生して、教室でも居場所がなくなって昼休みはずっと本を読んでいた。アンブシュア(口の位置であること)を変えようとして失敗して全然トランペットを吹けなかったこととか、天然パーマなので髪型が本当にきまらなくてどうしようもなかったこととか、人に話すまでもないみじめな思い出とその時の感情がありありと思い起こされ悲しかった。もう少し上手くやれただろう、という気持ちと、でも今も上手くやれないしな、という諦めの気持ち10年前と今を強く結びつけた。その中心に峯田がいた。

***

思うにわたしは、つらかった時に銀杏BOYZを聴きすぎていたのだろう。どれもありふれた大したことないつらさなのだが、そのせいで感情と峯田がほつれてからまり、ひき離せなくなっていた。わたしのつらい気持ち、悲しい気持ち自分のことが嫌で消えてしまいたい気持ち擬人化したものが、峯田その人だと認識してしまっているようだった。

峯田は、本当にしんどい時に自分もまたそうだと言って肩をさすっていてくれていた親友であり、同じようにみじめな姿をさらけ出してくれたキリストであった。少なくともわたしはそのように認識していた。勝手に。そしてライブ会場で嗚咽が止まらなくなっていたり、暴れていたり、自己コントロールが効かなくなっている人たちもまたそうなのだなと思った。

峯田、もとい峯田和伸さんは、本当は自分のやりたい音楽は、代官山シャレオツカフェで静かにギター弾き語りをするようなものだと言っていた。だが、求める人がいる限り求められる音楽をするとも言っていた。それが本気かどうかはわからない。だが最近の曲をやってもウケはイマイチで、対して10年ほど前の曲をやると客は熱狂していた。

客は皆、峯田を前にして自己憐憫におちいっていたのだと思う。つらかったとき、苦しかったとき、悲しかったとき、さみしかったとき銀杏BOYZの曲を聴いて、勝手に癒され勝手肯定された気持ちを手放したくないのだ。

もし峯田が出てこないで、ステージには代わりに峯田の3Dホログラム投影され、バックでCDをかけられていても、皆変わらずギャンギャン泣いたと思う。皆、過去に囚われていた。皆にとっての峯田はつらかった過去のものであり、みじめで変えようがない過去自分のものでもあった。

から皆、銀杏BOYZを好きな他者を認めることができない。その当時の自分をどうにかしてくれなかった人間に「銀杏BOYZいいよね」とか言われてもムカつくのだ。お前に何がわかる、と思うのだ。峯田は限りなく私的個人的存在だった。

***

そんな峯田が朝ドラである。天下の日本放送協会だ。自分の苦酸っぱい異臭を放つような過去が、大きな顔して朝ドラである。初めて知った時、もう、まともな気持ちはいられなかった。

でも「峯田」とわたしが名づけていた人格はこの世には本当は存在しなくて、この世には峯田和伸さんしかいなかった。峯田和伸さんは、最近映画舞台に引っ張りだこだったので、ちゃんと素晴らしい演技ができるのだった。わたし過去に囚われている間に、峯田和伸さんは大活躍していたのだった。というか銀杏BOYZの時点で既に大成功していたのだった。

そして今や母親や妹を含む日本中の人が峯田和伸さんをテレビで見ている。今では自然なことに思えるけれども中学生わたしに伝えたらびっくりすると思う。裏切られたと思うかもしれない。でももしかしたら、誇らしく思うかもしれない。なんとなく、そうであってほしいなと思う。昔の自分には、ホッとしてもらいたいなと思う。

宗男イギリス兵に助けられた命を大切に生きていて、その象徴ビートルズだと言う。ドラマを見ていると宗男は峯田そのものしか思えない。あくまでも峯田和伸さんではなく、峯田である

わたし勝手に作ってしまっていた峯田というパーソナリティが、お茶の間をにぎやかし人々に受け入れられていった(ように見えた)ことは、わたしを救った。峯田和伸さんその人とはかけ離れているかもしれないが、わたし勝手に作り上げ支えてくれたわたしのなかの峯田が、まるで時空を超え戦争すら経験しどこか浮世離れした人間となり、最後に全てを包み込むように、「だから笑って生きることに決めたんだよ」と言ったことはある種のセラピーだった。

「だから笑って生きることに決めたんだよ」の言い方はあまりにも芝居がかっていて、プロ俳優さんだったら絶対にこんな言い方はしないだろうと思ったが、とても優しく耳に響いた。わたしはこのシーンの録画を消していない。また何回も聴くと思う。それこそテープがすりきれるまで。

***

そんなこんなで銀杏BOYZ武道館公演のチケット当選しました。またボロボロ泣いてしまいそうなので誰と行くかはまだ決めていません。楽しみです。

2017-07-18

ジャニヲタアイデンティティ依存

アイデンティティ、という言葉はとても簡単に使われるけれど、高校の授業で改めて学んだときに、衝撃を受けた記憶がある。

アイデンティティ形成するには二つの要素が必要らしい。自己斉一性と、社会集団への帰属性。「わたし」の認めるわたしと、「わたし」以外のものが認める「わたし」は同一で、しか連続性を持っていなければならない(ということだとわたし認識している)。

その授業を聞きながら、ああ、私は一生アイデンティティ確立できないのかなあと思ったものだ。というのも、私は幼少期の私を「わたし」として認識できていない。性格が変わった、というレベルならそれは自己連続性を壊すほどのものではないけれど、なんというか、本当に他人事なのだ。昔にあったエピソード記憶に残っていないわけではないけれど、それに対して浮かんでくるのは「かわいそうだね」とか「よかったね」といった感情であって、「悲しかった」「嬉しかった」では全くない。子供最初に参加する社会である家族の人々も、「まるで人が違うようだ」と言っていて、社会集団への帰属性という意味でも、自己連続性という意味でも、アイデンティティ確立できるとは思えない。(もちろん、家族から意見過去の私と今の私を別人格として捉えているというほどの意見である可能性は低いが。)

なんとなく、それは執着心があまりにも薄すぎたからなのかなあと思っている。遅い子供だったのもあって、物質的な不満を感じたことがなかったから、ものへの執着が芽生えなかったのかな、と。嬉しいとか悲しいとかそういう感情は、執着からなるものだ。執着が薄かった頃の私は、今の私から見て、どこかぼやっとした、つかみどころのない、何かの膜に包まれたような存在なのだ

だが、別に今の私は普通にキレるし悲しむし自担への執着心は人一倍強い。二年前の「わたし」と、一年前の「わたし」と、昨日の「わたし」と、今の「わたし」は同一であると、はっきりといえる。それはいつ頃からか、と考えはじめると、実は自担を初めて見た頃ぐらいからだ。「私のアイデンティティ形成のキッカケはジャニーズです」だなんて笑ってしまうけれど、たぶん、本当にそう。もちろん、当時はそんなことを考えてはいなかったが、「何かを好きになる」ということは当時の私にとって非常に重要なことだったのだと思う。それが彼の魅力のなしえたことなのか、それともそろそろ何かに執着しなければならない、と深層心理的なところで考えていたときに彼がたまたまテレビに映っていただけなのか、はよくわからないが。ともかく、それからは彼に執着しまくったし、彼を馬鹿にされたら怒ったし、彼を見ると嬉しかった。そうしているうちに、なんとなく他のものにも執着できて、今の私からみて「他人事」とは感じない自分になってきた。

その時から今まで、ずーっと彼だけを応援してきたわけでない。でも振り返ってみると、いつの時代も何かに対する「オタク」であったように感じるし、友人には「何かに貢いでないと死ぬサカナかよ」と笑われる。アイデンティティを彼と出会った時点から連続性で捉えていいのならば、私のアイデンティティ形成の要は「何かを熱狂的に好きでいること」なのかもしれない。自己同一性の要が自分でないものへの愛だなんて、かなり寂しい人間な気もするが、まあ宗教とかもそんなものだろう。

から、私のアイデンティティは彼と、彼の所属グループに大きく依存している。例えばの話であるが、ある日彼らがすっかり全員芸能界をやめて、私を含む世の中の人全てが彼らのことを忘れたら?私の友人のアイデンティティは揺るがないだろうが、私のアイデンティティは揺らぐだろう。何か他の熱狂信仰対象を手に入れれば執着は取り戻せるけれど、自己連続性が示されない。他になにかの記憶を注入したら、もうそれは私ではない気がするし。(そもそも記憶唐突な変化が訪れた場合、それが消去のみであったとしても、その人間は私といえるのか?)

前振りだけで2000字近くなっているのだが、なにを言いたいかというと、彼(ら)の連続性こそが私の連続性を担保しているものであり、そのアイデンティティ崩壊は私のアイデンティティ崩壊につながる。

グループとして考えたときと、個人として考えたときアイデンティティを同じように考えるのは無茶なことだし、同じように考えられたとして、彼らのアイデンティティは人数ではないのだと思う(多分)。いくら彼等がデビューから今の人数であったかのように振舞っても、私の持っているシングルジャケット写真から一人消えることはないし、というか彼らの記憶からも消えることはないだろう。だから別に、彼らとしては連続性が揺らぐようなことはないし、私の連続性も揺らぐようなことは本来、あるはずがない。

しかし今現在私の依存先は彼であり、私はときに彼の言葉事実の重みを凌駕するような気になってしまう。彼が彼らの連続性を否定するときわたしもまた、わたし連続性を否定されるような気がするのだ。事実として、彼らの連続性が揺らいでいないとしても。

極論を言ってしまえば、別にエリクソンかいう会ったこともないおっさんの持論でギャーギャー悩む必然性はないのだが、それでも、今を生きるのに、過去必要なことは事実だと思う。そして、自らの過去を自らの言葉否定していくのは、どう考えても健康的ではないし、それが一部のファンが言う「前を向く」ことになるとは、私にはどうしても思えないのだ。



結局のところ連続性やらアイデンティティやら云々よりも、私にとって一番問題なのは私が彼の言葉事実以上に重く受け止めてしまっていることで、だけど私は趣味との適度な距離の取り方、がいつまで経ってもイマイチよくわからない。距離を置こう、と思うと((もしくは強制的距離を置かれると))、また新たな依存先にズルズルとのめり込んで、またそれとの距離感おかしくしてしまう。

もう潮時なのだと思う。やっぱり原点だから、戻って一からまたやり直しても、距離感おかしくなるスピードが他のものと段違いなのだ

でも他のものに移行しようと思っても上手くいかなくなってしまっていて、どうすればいいのかわからない。このままズルズルとダメになっていくのも、また私らしさなのかもしれない。

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170710143755

XRにはあまり関わっていないが、そこそこ内情に近い人間

コミュニティに対する批判としては、女性問題については的を射ていると思った。


このコミュニティの親コミュニティアイデンティティは、

  1. 技術バカなことをする
  2. 技術熱狂的に面白いと思ってもらうことで普及を図る

といったものである

大人になっても技術で遊び倒したい人が多いコミュニティで、

仕事でもプライベートでも技術で遊んでいるような人ばかりであり、

技術力が高く、クレイジー人間が多い。


とにかく新しい技術が好きな集団なので、最先端デバイスやその情報を手に入れるために

企業と協力して、新デバイス試験的に貸してもらったり、ハッカソンなどの技術イベントを開催して

その技術の普及を図る活動をしている。

新しい技術を使って面白いことを生み出す人材が集まり、楽しさによって技術を広めるコミュニティである


既婚者が多く、新しい技術以外にも、プログラミング教育を始めとしたSTEM教育に力を入れている。

専用の会社を立ち上げているほど。

https://4ok.jp/


そのため、ポリコレで殴られると弱いコミュニティである気はする。

コミュニティというのは、同質的な人が集まる場であり、自分に合わないと感じたのなら去ればよいとは思う。

指摘のあった点に違和感を覚える人がいて、技術の普及に影響を及ぼすのであれば、見直す必要があるかもしれない。


## 女性問題

意識はしていなかったが、技術系は女性が少ないので、ピックアップしたくなる傾向があると思う。

ただコミュニティ全体からはそのような傾向は感じず、一部のメンバーSNSシェアに偏っている現象だと思う。

コミュニティでの炎上の件もあるので、過度にならないよう気をつけるべきだとは思う。


## キモズム

補足。

キモズムという概念は、新しい技術キモいものだと許容するものではない。

新しいデバイスが出てきて装着する人が現れると、装着している様が見慣れないので、ディベロッパー層やイノベーター層以外の人間から

受け付けない、キモいと思われる事が多い。例えば、VRのヘッドマウントディスプレイなんかは一般人からキモいと思われる筆頭であろう。

だがそのキモいと感じる感情は、キャズム不気味の谷と同様に、技術が普及して多くの人が使い始めると解消していくものである

最近だとスマホがようやくキモズムを超えた。


## 権威主義体制

様々な意見フラットに反映させていくことは大事だと考える。

しかし、指摘している権威主義体制というのがあまり理解できていない。

基本的無償ボランティア運営されているので、技術力うんぬんよりも運営に参加した人の意見が強く反映されるのは当たり前だと思う。

コミュニティは、まず自分たち楽しいと思えるように準備なり設営・運営を行う。

そこに対して、参加しているだけで意見を言って、それが反映されないだけだったとしたら、権威主義だーというのは言いすぎだと思う。


自分が参加している中では、別に○○会社の人だからとか、Aの技術でスゴイ人だから、という理由で動いているとは思わない。

ただ、新しい技術というのは、他の人が触る前にいち早く経験して得た知見というのが重要である

プライベートもつぎ込んで遊び感覚で触れている人の意見が、ある種権威として、

誰々を呼ぶといった運営上の意見として反映されているよう見えることはあるかもしれない。


逆に、昨今の増田は、暴露話炎上させて国をも動かしてきた実績のある、ある種の権威を持つ媒体になりつつあることも認識しておいてほしい。

個人的には、炎上することで問題が発覚するので、コミュニティ自分意見を反映させる手段として、元増田の取った行為は正しいとも思うよ。


別にHoloMagiciansは公式コミュニティでもないので、新しく理想コミュニティを立ち上げてもいいし、参加しない自由もある。

このことがきっかけで問題是正につながるかもしれないので、お互いに居心地のいいコミュニティを目指して行けたらと思う。

元増田ボランティア運営に関わって変革に協力してくれたら嬉しい。

https://anond.hatelabo.jp/20170711094923

マジ?地方民度って本当に劣ってるんだな

そういう地方の男が任侠ジャンル熱狂的に支えてるのかな

普通地域で産まれて良かった

2017-07-07

しかしたらバンドマンガチ恋してるのかもしれない

タイトルが全てであるバンドマンガチ恋してるのかもしれない。でもガチ恋じゃないのかもしれない。自分でわからないし頭の中だけで考えててもどうしようもなくて苦しいだけだからいっそ文章にしてしまおうと思ったから書きます

私は今、あるバンドに熱をあげていて、行ける範囲ライブには全て行き物販とかもなるべく買うようにしている。正確にはバンドというより、そのバンドボーカル熱狂的なファンだ。他のメンバーももちろん好きだけどボーカルは別格で、ライブ中の9割くらいは彼を見ている。でも好きになった当初は全くガチ恋の気はなく、ただ単に彼がかっこいい、MC面白いし好きだな程度の気持ちだった。その気持ちがよくわからない風にこじれてきたのはたぶん一年くらい前のライブからだと思う。

一年前のライブで、初めてはっきりと彼と目が合った。目が合って、指をさされた。なんか書いててお前それだけでこんなしっちゃかめっちゃか気持ちになってんのかって思ったけど、目が合った瞬間は雷に打たれたような気持ちだった。一目惚れで体に衝撃が云々とかいうのはマジなのかもしれないと思った。それくらいの衝撃だった。そしてこのライブ以降、なんだか彼に顔を覚えられているような気がする。というのも、ライブでそれまでよりずっと目が合うようになった。この間あったライブ特にすごく目が合って、目が合うだけじゃなくて指はさされるし微笑んだら微笑み返してくれた。そしたらなんだか私の気持ちおかしくなったような気がする。目が合わないと寂しい。こっちを見て欲しい。微笑んでほしい。他の誰かにじゃなくて私に。

ここまで見るとガチ恋じゃんってなりそうだけど、問題がいろいろあってガチ恋と言い切れない。そもそもバンドマンとどうこうなれるわけないでしょみたいなのはとりあえず置いとく。私の気持ちの話だからそこは置いといてお願いだから。まず大きな問題は年齢である。私と彼の年齢差は結構ある。確実に親にいい顔をされないレベル。下手したら親より彼が年上。それから、彼は当然彼女とか奥さんとかいるなんて公表してないけど、奥さんはともかく彼女は確実にいるだろうこと。過去ファンを食っていたというのは有名な話だし、女の人と歩いていたという目撃情報結構ある。遠い世界の人で彼女がいて年の差もあって、そんな不毛な恋ってないだろう。そもそも恋として成立すらしないでしょこんなの。だからガチ恋じゃないって気持ちが大きい。

なのに、私のことを見て欲しいって気持ちも確かにある。ライブ中できればこっちを見て欲しいし、手とか振ってほしい。触れたいし抱きしめられたい。

自分気持ちがよくわからない。

https://anond.hatelabo.jp/20170706222437

アンパンマンや日アサみたいなもんだな

ほとんどのまっとうな人間卒業するが、一部の熱狂信者は居残り続ける

2017-07-03

https://anond.hatelabo.jp/20170703184735

あの時代は間違いなくそういう空気があったと思う。

ただ麻生政権でこの界隈に何かあったわけでもないし、あれで多数派はたぶんもう冷めている。

今どこの政党の誰がああいアピールを仕掛けても、あそこまでの熱狂を呼ぶのは不可能だろう。

今更それに釣られるのは、当時の記憶がない新世代か、まあよほど知能の足りない奴だけだ。

当の麻生にしても、もう一度同じことをやって、あの時みたいに盛り上がるかというと厳しい。

石破がミリオタ路線ワンチャンいけるかどうかもわからない。

まして安倍なんか申し訳程度のアピールすらなく、オタクにとって親近感を抱きそうな要素がない。

最大限好意的に見ても、まあ直接弾圧しようとしてくるクソフェミよりはマシかもという程度だろう。

そういうわけで、なんで今更秋葉原なんだ? というのがニュース見た時の正直な感想だった。

2017-07-01

家族の物を捨てる系の番組企画

誰に需要があるのか

ネットであれだけ叩かれても量産されるという事はどこかの層に熱狂的な支持があるに違いない

それかネットは全く見てないか無視のどちらか

2017-06-28

キンプラ中途半端

自分タイムラインにはプリリズヤクザが沢山いて、愚痴を吐き出せないのでここに書く。

キンプラって誰のための作品なんだろう。

キンプリ見たときは、プリパラしか知らなかったけど、「プリズムの輝きは人生を変える」「プリズムショーってすごい」という力があった。信者にならなくても、惹き付けられた。

キンプラは勢いだけをキンプリに乗せた、醜悪アニメだな、と思った。確かにショーはすごいし惹かれるシーンが全く無かったわけではないけど、中途半端ストーリーがしっかりしているところと、プリリズヤクザ向けに説明をぶっちぎってるところと、勢いだけで進むところが混ざって、とにかく中途半端だな……としか思えなかった。

そして、「じゃあ過去作品見て勉強しよ!」と思えるほどの力もないな、と思った。過去作品では分からない、この作品主人公たちの話が進みすぎてるのだ。

監督熱狂的なプリリズヤクザの内輪受けって、こんなにつまんないんだな……。激しい音楽演出で押しきろうとしてるけど無理だな、って思って劇場を出た。平日なのもあるだろうけどガラガラ劇場だったのもつらい、と思った。ミーハーを乗せられないとこの手の作品はバズらない。作品を支えてくれるのは熱狂的なファンかもしれないけど、「よくわからないけどすごいらしい」というわくわく感は、ミーハーである意味にわか」なふわふわした層が乗ってこないと産み出されない。キンプリときはまだ盛り上がっていたと思うが、キンプラいか新規ミーハー層を取り込むのに失敗したのかを見た気がした。

キンプリシリーズ、次で終わらせるのかな。分からないけど、もう特殊な上映とかに拘らず、何クールかのアニメにするなり、もう少し丁寧に描写するなりしてくれ、と思った。

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170625152117

37才

熱狂的な妹好きで知られるゆえに縁遠い独身女性

成田屋の後妻になるなら本人にもメリットあるだろ

なにより妹好きなら代えがたいポジション

2017-06-20

村山彩希による16期生コメント

2017/6/14に放映されたトップリードツイッターBROSの中で村山彩希さんのAKB4816期生メンバーに関するコメントを書きおこしました。

ゆいりー「拙者魚顔ですからー!シックスパック!」(というわけではじめます

浅井 七海2000.05.20

手汗が凄いで有名。握手会でも、この子手汗すごいわ!となる。でも、それで覚えやすいと思う。この子も凄く真面目。AKB絶対にやるストレッチがあるんだけど、16期生は先輩と絡むときがあまりなくて、ストレッチができなかった。けど、私が教えるようになったら、最初メモ取って皆に声をかけたりしていた。振りも結構教えてて、皆の事がしっかり見れている。MCときも話を振ってあげられるところがある。リーダー存在の子は何人かいるけど、一番っぽいかもしれない。

色んな曲に対応できて、歌もうまくて歌声を聴きにきてください。

稲垣 香織(1997.10.31

私と同じ年なんです。さっきも公演でお誕生日おめでとうございますと言われました。私は明日二十歳になります

岩立沙穂ちゃんのような後輩からいじられるようなキャラで、自己紹介が始まるときだけ観客側からおーー!という歓声が上がる。癒し系で、踊り方も初々しくて、教えるときも絵で描いてくださいと言われて、次の公演のときには直ってたので、絵で覚えるタイプみたいです。

梅本 和泉(1998.10.16)

岡田奈々推しメン。私の一個下なんだけど、若く見える。闇っぽい曲のときの方が魅力的。喋り方がアナウンサーみたいで、透き通った声をしている。踊り方も好きで、苦手なステップを頑張ってるところもカワイイ

黒須 遥香2001.02.28

大人っぽくて、この子の手先が本当に好き。踊ってるときの手先がとっても綺麗。自然と身についてる。

発言おもしろい。鏡に向かって「私こんな顔なんだ」って言ってたりして、つっこみやすいし面白い

佐藤 美波2003.08.03)

推しメン中西智代梨さん。本当に好きで自分じゃなくて、シングル買ってきて智代梨さんに投票するぐらい。踊ってるときカワイイんですけど、MCでは割とぼけたりつっこんだりする側。MCではサバサバしている。ファンの方が好きな顔なんですよね。

庄司 なぎさ2000.10.29)

なっきータイプでしっかりしている。頭が良くて、頭で理解して家で学んでくる。なので、言えばすぐに直る。凄く真面目。歌もうまいし、ダンスも癖がない。言えばできる子なので、色々言って行きたい。

鈴木 くるみ2004.09.02)

すごい美人さん。ダンスが上手い。お笑いが大好きで勘が良い。サバサバしてて媚びない。後、熱狂的なファンの人が付きやすいのか、公演でのコールが凄いんです。12歳だけど、ナイスバディ。ゆいりんごよりナイスバディ。なので、ポニーテールもいいけど、髪の毛おろしてもいいかも。

田口 愛佳2003.12.12

皆覚えやすいのでは。一人だけしっかりしていて、入って半年なのに肝が据わっている。

背はちょっと低い方。完璧すぎて、いう事なくて怖いです。こんな後輩が居て。でも、ファンの方はフレッシュさとか求めちゃうので、やる気ないとか勘違いされやすい子でこれから予想外の壁にぶつかるかもしれない。

半年でここまでおついてるのもすごいんだけど、元気なのじゃなくてカッコいい曲とかやらせてみたい。

田屋 美咲2004.07.14)

12歳で若いメンバーから西野美姫ちゃんにしか見えないと言われる。最近本当に美人になってきた。たっちゃんは、目に見える変化が一番早かった。公演で踊ってる姿を見てて本当に美人さんになってきた。

絶対美人になる。西野美姫ちゃんっぽくなるのか、清楚っぽいアイドルキャラっぽくなるのか。これからが楽しみ。

長友 彩海(2000.11.02)

推しメンが私(村山彩希)なんです。アイドルが好きで、不器用だけど真面目。MCメンバーをいじって面白くしようとする子。皆からはお姉さんと思われてる子。とても美人さんで、髪の色も薄目で大人っぽく見える。公演で、色んな曲をさせてみたくなる。

播磨 七海2004.08.02)

12歳ですね。二次元顔でアニメに居そう。一回泣かせてしまったことがある。16期生は18人居るけど、16人に私のプロデュースでは、絞らないといけない。その発表の前だったかもしれないけど、呼び出してこうしたほうが良いよと話をしたら泣かせちゃって。

まだちょっと子供なんですよね。12歳ですし。

でも、それは緊張感。16人に絞るのは16期生のためというか、13期生ときセレクションがあり崖っぷちさらされたりとかあって(良かったと思っている)。

12歳で子供だけど伸びしろが沢山あると思うので、周りから吸収していけば化けると思う。変だんだけど愛されキャラです。

本間 麻衣2002.09.06)

踊りが苦手。先輩と一対一で教えても、体ではなかなか伝わらない。なっきーとかせいちゃんの初期な感じがある。もっと頑張ればプロ級に踊れるけど、壁を乗り越える前なんですよね。

努力次第だし、それは本人にも伝えている。今はちゃんと覚えて欲しいんですけど、小嶋さんみたいにぼまかしかたを覚えて欲しい。今はごまかし方も分からないし、心配心配だけど、まだ14歳でこれから

美人さんだし、前髪はこのぐらいの短い方がカワイイ

前田 彩佳(2000.12.18)

ポニーテールにして大正解で、本当に似合っている。落ち着いてて、リハーサルでも落ち着いててMCとかでも仕切ってて面白い部活っぽくて中学生っぽい喋り方や若さが良い。え?頭良いんだ。割とバカなのかなと思ってたけど、頭良いんだ。ちょっと、ゆいりーと正反対はひどいw

突っ込むのが好きなのかもしれない。MCで仕切ってても安心して見てられる。

道枝 咲(2003.12.20

さきぽん。若いです。顔立ち大人っぽくて相笠萌さんに似ていると言われる。めっちゃ泣き虫で、ネ申すの企画で、ファンの前でUZABeginnerの公開振り入れをするときにずっと泣いてたので、私はずっと泣き虫って言ってます美人さんなので、化けると思ってます。しゃべると子供なんだけど、顔立ち整ってて、どんな曲のジャンルでもいけると思う。

武藤 小麟(2000.07.22)

しっかりしてて、メイクさんからも評判が良い。後、本当に真面目。一度取材を受けたときに食べきれなくて、一部を差し入れしたら後日「差し入れありがとうございました」と挨拶をしてくれた。踊り方も武藤十夢さんに似てて、ステージ上でも目立つ。武藤十夢さんとの関係も好きで、めちゃくちゃ冷たいんですよ。それもあって16期生から武藤十夢さんが怖がれてて。でも、そういう良い関係だと思ってます。Showroomとか見てても、良い関係だなと。

安田 叶(2002.03.11

ツインテールで顔はカワイイ。一番ダンスは上手いと思う。癖がない踊り方をしている。笑った時の笑顔ギャップがある。声がハスキーで、色んな曲に対応できると思う。

ただ、髪型ツインテールなのがもったいないかわいいってイメージを持たれてしまうので、かっこいい曲とかやりづらくなっちゃう。次髪型変えるときは、ストレートポニーテールにすると良い。

山内 瑞葵(2001.09.20

の子は歌が上手い。48thのカップリングダンスナンバーの曲で唯一選ばれた。すっごいダンスうまいし、真面目だし、美人

の子は、一匹狼っぽい。私は好きです。未だにちゃんと話したことないけど、一人で黙々と先輩に頼らず個人で色々研究してストイックな感じで好きです。(熱が入ってスカートがめくれる)

もうちょっと肩の力を抜いても良いのかなと思う。完璧主義なんだけど、完璧すぎるより隙がある方がファンの方も好きだったりするし、この曲は力を抜くとかできるともっといい。

山根 涼羽(2000.08.11

アイドルが本当に好きで、真面目に勉強してくる子。今日も公演にきて、ずっとメモしててえらいと思った。新入生のゲネプロを見に行ったときは、良い意味

見ててブリブリだったので、女子から嫌われそうな子と思ったけど、裏では凄く真面目で、舞台上でアイドルとして完璧にやってる姿の両面を見たときに、本当に良い子だし本当にアイドルが好きなんだと思って、頑張ってほしいと思った。

アイドル力は凄く高いと思います

以上!

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619063536

どう説明すれば理解してもらえるのかわからなくて困惑しています

まず私はアイドルファンではないですね

なのでAKB48などに所属しているアイドル個人結婚しようがファンに隠れて性行為に勤しんでいようが私個人としては正直どうでもいいです

前述のような主張を行うとアイドル処女性を求める熱狂的なファンであると決めつけられてしまうという状況自体絶望的だと感じています

私の言いたいことはアイドル恋愛禁止ルールがないほうが幸福であると主張することが

他者人生内面勝手に決めつける不遜な態度であるということです

アイドル恋愛の話で言うなら恋愛禁止ルール下で隠れて恋愛をしているほうが本人の人生経験としては濃密で

恋愛許可されており誰とでも交際可能でそれを公表しても問題がないという弛緩した空気の下では

経験としては薄っぺら人生しか歩めないという可能性がおおいにあるわけです

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170618095648

そこにあるのは宗教なわけで理性的意味合いでの整合性を求めるとか合理性を求めるとかのほうがよほど不毛だろ?

運営者(事務所)はそれで利潤があげられ、教祖アイドル)たちはそれで崇敬と私募を集められ、信徒ファン)たちは陶酔と熱狂が得られるんだから、三者の利益は一致しているし、宗教を守ろうとするのに協力するのもあたり前だ。

今回の件で、残留する教祖から苦言が呈されるのも当然だ。足抜けする教祖が、個人として足抜けするのみならず、宗教スクラムシステムダメージを残していくことが、彼女たちから見て「裏切り」にあたるからだ。穏当な足抜け(卒業)ではなく、信仰のもの疑念ふりかけたことに対する苛立ちだよ。

もっとも、だからといって、あれらは宗教なんだから外部の人間ケチを付けるべきではないし、関わるべきでもない。そんなことしてもお互い不愉快になるだけなんだからさ。

2017-06-15

[]平尾アウリ推し武道館いってくれたら死ぬ」3巻まで

美女だけど熱狂アイドルオタのフリーター女性と、トップオタと呼ばれるアイドルオタのおっさんが、

おなじアイドルグループを追うオタ仲間としてだべったり仲良くしてる

おっさんは一番人気のある子が好き

女性グループの中でも一番人気のない子が一番好き

でも女性ファンっぷりが常軌を逸してて他のファンは引いてる

肝心の人気のない子自身は、人気ない自分を一番に思ってくれる女性のことがすごく好きで友達になりたい・もっと仲良くしたいと思ってるんだけど、それをうまく表現できないし、そもそもアイドルファンから一線も越えられないし・・・でもどかしく思っている

人気のない子は女性をあまりに想うばかりにファンサービス客観的に見ると塩対応といわれるレベルの冷たいものになってしまっていることに気づいていない

そのせいで女性との間に行き違いがあったり誤解が生まれたりしてしまって、女性はその子から塩対応されていると思ってしまっている

(でも繰り返すけどその子女性が好きすぎてうまくファンサできないだけ)

ファンからしたら塩対応され続けていてよくファン続けられるねといわれるレベル対応しかされなくても、それでも人気のない子が好きで応援し続けているのがその女性

見所は女性アイドルオタのおっさんとかのオタ話(エロやシモはない)だったり、

女性とその子百合っぽいけどそうじゃないような関係だったり、

アイドルグループの中にある百合だったりというところ

女性のノリは、ねこぐるいのねこアイドルになったような感じ

ファン活動お金使いすぎて金ないか普段着ジャージ(どこにいくときも)

パンを裏返すバイトをしてる

絵がかなり好み

女性の顔の書き分けはできてないし表情も乏しいかキャラ区別がなかなかつかないけどみんなかわいい

なんとなく絵柄とギャグのノリがオジロマコトっぽいなと思った

あれほど、というか全然エロくはないけど

でもマンガ方向性がいまだに見えない

どういう終わり方にするつもりなんだろう・・・

あいつ終わってもいい内容ではあるけど・・・

2017-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20170612013603

バカ投票権を与えた結果がアベの圧政熱狂的に支持する豚共やトランプ当選イギリスEU離脱などにつながってると思えばそろそろこの制度考え直したほうがいいよね

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