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はてなキーワード: 精緻とは

2018-12-16

それぞれの百合

百合って声優百合営業的なものを指すライト言葉だと思っていたのだけれど

あるとき軽い気持ちから出張終わりのビジネスホテルコミック百合姫を読んでから認識が間違っていたとわかった

百合は思っていたよろいも、もっと脳の高次機能に関わるような、繊細で芳醇な人間関係精緻描写ような...つまり重いもの

僕には百合は早すぎた

2018-11-24

anond:20181124172054

ゾーンとは違う

ゾーンに入れば予測軌道精緻になるのは確かだけど、ゾーン状態でなくとも予測軌道は見える

2018-11-01

anond:20181101135508

実は「アニメ表現安直すぎる」というムーブメントみたいなものがあって、人物描写心理描写精緻難解不親切なほうが格好いいとされた時期があったんだよ

その時期の代表作って具体的に何よ?

3本程度でいいから挙げてみな

逃げずに言えたら大したもんだ

まあ逃げるだろうけど

anond:20181101105316

アニメ見始めて10年くらいの方とお見受けするよ

実は「アニメ表現安直すぎる」というムーブメントみたいなものがあって、人物描写心理描写精緻難解不親切なほうが格好いいとされた時期があったんだよ


でもねえ、飽きちゃったんだよね

小説ドラマでやれるようなことをアニメーションでなんでもかんでもやらなくてもいいじゃないのってことでさあ

そ・ん・な・わ・け・で、アニメにはアニメの、特撮には特撮の、文法に乗ったわかりやすさで勝負しようってね

いいよお別に、目の動きとサラウンド音声と進行表ないと登場人物なに考えてるかわかんないリアルアニメがあってもさあ

でもねえ、SSSS.GRIDMANはたぶんそういうアニメじゃないと思うんだよ

2018-10-29

https://anond.hatelabo.jp/20181029130903

詳細が分からんので何とも言えんが、大手企業法務部の社員使って作らせるような契約書だと、将来の紛争を見据えて民商法要件事実論を踏まえた精緻文書になる。

翻って見ると契約書の読解には民商法知識必要になるわけで、高校生にこれの読解を要求するには法教育も併せて必要になる。

てーことで、そんなことにはならんのではないかな。

2018-10-11

日本臨床心理学における査読論文価値

anond:20181009215657

心理学について書こうと思ったら、お一人書いてくださった方がいたので、そこで「特殊」とされていた臨床心理学について書きます

臨床心理学系の大学院博士号を取って、現在大学で臨床と研究をしています

論文事情を書こうと思ったら、背景にある臨床心理学事情になりました…。そして「日本の」と書いたのは、日本の固有の事情もあるためです。

はじめに

臨床心理学における研究は、おおよそ以下の3つに分けられます

 1:ブコメであったような、症例報告から始まってランダム対照試験まで行くという医学疫学的な研究

 2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究

 3:その他の調査研究ちょっと大雑把ですがゆるしてください、そして私のメインはここです)

少々雑な括りで、中間位置する方や例外もままいることを踏まえ、あくまでも概要を述べているということを踏まえたうえでお付き合いください。

論文事情

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 では心理学論文事情として以下の順序を挙げていらっしゃいました、

 査読付き英語論文>>>>査読日本論文>>査読なし日本論文(いわゆる紀要査読有り紀要も含む)

これは、1と3を自分研究領域にしている臨床心理学者にもほぼそのまま当てはまりますし、海外でも同様です。

そのため、競争が激しい業界院生さんだと、Predatory Journalに投稿しているケースも残念ながら見ます

特殊なのは、「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」を中心としている人たちです。

この方々の多く(全員ではありません)は、場合によっては「論文」というものを軽視すらしていますし、査読論文の数も非常に少ないです(大学に勤めている以上、建前で「論文書かないとね」と言ったりはしますが)。

これは分野外の人からはよく見えないため(もちろん業績調べればわかります)、中々ややこしい問題です。

私の観測範囲ですが、下手にこういう人たちが多い大学就職しようとしたり、あるいは就職してしまったりすると、論文業績が多い人はかえって冷めた目で見られたりすることすらあります

このような信じられない断絶が臨床心理学の中にあるので、業界からはわかりにくいのです。

ちなみに「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちの業績に対する意識は人文系に近く、私も完全にはよくわかりません。ただ少なくとも、英語査読論文を無条件でありがたがったりはしません。

しろ”深みのある”事例研究理論検討が尊ばれ、そうしたものに特化した特定学術雑誌論文や、あるいは書籍などを重視する印象です。

業界事情(長いです)

なぜ学問を行う場である筈の大学において、こんな断絶が起こるのでしょうか。

つの要因は単純に「世代」です(繰り返しますが大雑把な区切りです)。

世代によって何が違うかというと「臨床心理学に対する考え方」が違います

もっと具体的には「エビデンスを重視するか否か」の違いです。

エビデンスを重視しないなんてバカ?」と思う方も多いと思います

私も7割同意しますが、これにはこれで事情があります

先ほど書きましたが、2の人たちが重視するのは事例研究です。

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 には、「事例研究には物語以上の価値はないのでは」とありました。

「そう見えるのは仕方ないだろうな」と思う気持ちと「物語価値過小評価しすぎですよ」という両方の気持ちを抱きます

なぜかと言えば、「クライエントの人生」を理解しようとすれば、どうしても「物語」というフレーム必要になるからです。

古典的な臨床家(心理療法をやる人)は、クライエントの人生全体を見ます

クライエントが訴える問題(やる気が出ないとか、落ち込むとか)を全てと考えるのでなく、むしろ人生における氷山の一角と捉えます

そして、クライエントの人生をそのものを見つめ、その人がより良く人生を歩んでいけるよう、どうにかこうにか支援をしていくわけです。

(「大きなお世話」「思いあがるな」と思われる方もいるでしょうし、下手すると実際にクライエントにとっても大きなお世話になります

その人の知能や症状の程度、パーソナリティなどを数値化して客観的に捉えることは心理学の得意技ですが、それでその人の人生全ては捉え切れません。

人生というものを捉えようとした時、どうしても物語必要になります

もちろん、物語ですから完全に同じ事象再現されることはまずありません。そのため、厳密な「エビデンス」はそこから得ることはできません。

ですが、だからといって物語意味がないわけでもありません。

物語から自分は何も学んだ覚えはない」という人がいたら、それは物語意味がないのではなく、恐らくその人に学習能力がないためです。

物語を蓄積していくことで、我々は人間に対する理解をより深いものにしていくことができます

そのため、日本臨床心理学者は「エビデンスなんかいらない」というよりも、「物語を蓄積してくしか、やりようがない」と思っていた部分もあると思います

またもう少しフォローしますと、単に物語を乱立させるのでなく、蓄積された様々な「物語」を体系づける理論の構築自体は脈々と行われてきました。

それが、「2」の後ろ半分「それを踏まえた臨床論的研究」です。

フロイト精神分析なんかは、今でも理論精緻化され続けていて、それはそれで読むと非常に面白いですし、人間理解に大いに役立ちます

というわけで昔の臨床心理学は、多分に人文的というかアート的な学問領域でした。学んでみると非常に面白いのですが学問としての欠点もたくさんあります

最たる点が、多くの方が既に感じていらっしゃる通り、物語性を重視するあまり客観性エビデンスをあまりに軽んじてしまたことです。

 ◆

しか1990年代の後半頃でしょうか、「認知行動療法」と「エビデンス重視」の立場が、アメリカから日本へ本格的にやってきました。

心理療法の一つである認知行動療法エビデンスを非常に重視します。

例えば「うつ病」ならば、患者抑うつの程度を測定し、「認知行動療法を行うと抑うつの程度が有意に下がる!」みたいな研究バンバンやるわけです。

当時の学会の様子は今でも覚えていますエビデンス重視の方々は「それエビデンスあるんですか?」と、どこかの誰かのようなセリフを旧来の臨床心理学者に容赦なく投げつけ、大変気まずい空気を作り出していました。(別に悪いことではないですが)

残念ながら旧来の臨床心理学者はそれに真っ向から反論することができません。なぜなら、実際の所エビデンスは無いからです。

ただし、客観的エビデンスが求められる研究では、「客観的に扱える要素」しか扱うことができません。

そういう「客観性」では捉え切れない人間の心を探求していったのが、これまでの臨床心理学だったはずです。

ですから多くの人にとって、「エビデンス」というものが極めて底の浅いものに見えたという部分もあると思います

実際私もそう感じる部分はありました。確かにエビデンス大事だけど、余りに機械的人間の心を扱いすぎていないか?と。

それって、本当に臨床心理学が目指していたことだっけ?

とはいえ、旧来の臨床心理学者がその文学性に浸りすぎ、客観性過小評価していたのは間違いないと思います

エビデンスに対して「人生の深みをわかっていない」「客観性が全てではない」と言っても、インチキしか聞こえないでしょう。

要するに、物語偏重し、エビデンス全否定する姿勢は間違っていますが、エビデンス偏重し、物語全否定するのも同様におかしいと、私自身は思います

そういう微妙バランスというか面白さが臨床心理学の中にはありますし、どちらも人を支援する上では大事視点だと思います

 ◆


まぁその後は各学会大学内で、明に暗に色々な小競り合いがあって、現在は昔よりもだいぶ両者が折り合いつつある雰囲気です。

一つは、純粋な「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちが減ったという単純な理由です。大御所の多くが高齢化し、以前よりはだいぶ比率が少なくなりました。

逆に、認知行動療法がだいぶ浸透した結果、若い世代では認知行動療法が専門外でも、エビデンス重視の考えは馴染みのあるものになっています

また、認知行動療法の人たちも”表面的な”エビデンスが全てではないという姿勢の人が増えてきました。

また、個人的にすごく大事だと思うのが、実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

これによって、「エビデンスが全てではない」と意地を張らなくても良くなってきたのだと思います

結局、エビデンス否定するのではなく、自らエビデンスを出すことで (とはいえ研究殆ど海外ですが)、問題は解消されつつあります学問としてこれはとてもよいことだと思います

 ◆

つい最近中室牧子さんとかによって、教育業界エビデンス視点を持ち込む動きがありますが、同じように、日本臨床心理学にもエビデンス視点を持ち込もうという動きが20年程前にあったのです。

エビデンスに対する考え方の違いは、人間理解に対する考え方の違いであり、それが論文業績に対する考え方の違いにもつながっていたという話です。

これを読んでみて、改めて「臨床心理学ってクソだな」と思った人もいるかもしれませんが、こういうゴタゴタも乗り越えつつ、少しずつ学問としてブラッシュアップされていっている臨床心理学が私は大好きです。

長くなってしまいました、すいません。

おまけ

長くなったついでで恐縮です。

https://anond.hatelabo.jp/20181011091532 「再現可能性が4割」の部分に

https://anond.hatelabo.jp/20181011091734 「びっくりするほど信用できない学問だな てか学問かそれ 」というコメントを見かけましたが、これ心理学だけの問題じゃないんですよ。

Natureが少し前にいろんな研究者に調査しましたが、理系領域だって再現性は決して高くありません。

https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

しろ追試をちゃんとやって、どれが再現できるか否かをふるいにかけ、学問を発展させようとする態度こそが科学的だと私は思います

2018-09-18

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

2018-09-14

議論したがる無能バカ問題

https://note.mu/shiokona/n/n43ff70db7b1b

これね。

全体的に無知すぎて突っ込む気すら起きないけど一点だけ書いとくわ。

法律を持ち出されたら、現在オタクイラストの多くが「正式わいせつ認定」される可能性もある

ないに決まってんだろ。性器無修正の「オタクイラスト」がどんだけあるんだよ。誰も見ないような個人サイトですら性器には修正かかってるし、かけなきゃプロバイダが速攻でBANするだろ。本社アメリカからで好き放題やろうとしたfc2ですら有罪判決受けてんだぞ。しかfc2は実写だから無修正はまずもって国内では違法なのははっきりしてるが、「オタクイラスト」で同じ基準を持ち出してすんなり通るわけがないだろうが。当然、商業流通してるものに「わいせつ物」なんかあり得ないし(あり得ないからこそチャタレイ事件裁判にまでなってんだよ)、同人誌も同様。それを「正式わいせつ認定だって言葉悪いけどさ、馬鹿休み休み言えよ。

んで、今回に限らずだけど特にこの手の話題で目立つのが、こいつのように救いようのないバカ無知なくせにいっちょ噛みしてくる奴ら。

こいつもさ、これだけの駄文を長々書いてアップロードボタン押す前にちょっとでも考えなかったのかな?「私って法律かいろいろ言及したけど知識不足じゃないかしら?」って思わなかったのかな?思わないんだよね、バカから無知だけどバカじゃない奴らは無知の知があるから黙ってるもんね。幸色のワンルームの時もいたよね、オタク男向けの作品だと思い込んで子供のために!と批判しまくったら実際は女子中高生から支持されてたと知ってnote駄文書き散らかしてツイ垢消した奴。「わいせつ物」「ゾーニング」「合法違法」「モラル」なんて知ったかぶって使うくせに言葉意味も知らないとかいレベル。それで議論ステージに上がろうとしてくるってマジで共感性羞恥に襲われそうなくらい恥ずかしい。

無能な働き者って言葉があるが、なんでこういう奴がこの手の話題には多いんだろうと考えたんだよ。こいつも自称オタクらしいが、オタクなら自分の好きな作品鑑賞したり二次創作したりで忙しいもんなのにな。

結局のところこういう奴らってオタク活動においても充実してなくて暇なんだと思う。創作もできない、できても人気は出ない、読み専ROM専だけど買い漁るほど金もない。どんな活動も充実させるには金かクリエティティ必要だが、そのどっちもない奴ら。ツイッターで興味のある界隈を眺めてても注目されないからつまらない、私もいろいろ考えてるの!私の意見も聞いて!私は私は!って思いだけがバーストして、今回のようにオタク界隈(敷居が低そうに見える)の論争に異常な情熱を燃やすことになる。ラノベ(敷居が低そうに見える)なんかよく知らないけどゾーニングとか差別とか語ればそれっぽく見えるでしょっていうね。もちろん本人は本気で問題提起してるつもりなんだろうけど、リサーチもなければごく一般的な法知識すらない。なぜならバカからバカが注目されるためには雑な炎上しかないわけで、いろんな人が長年ああだこうだと精緻議論している土俵知識不足のまま乗り込んできて「これはわいせつ物だと思いまーす!」とかやらかす。

あのな、お前のようなバカのせいで175条という稀代の悪法拡張されたら末代まで祟るからな。

バカの言う「あれもこれもわいせつでーす」が是認されることなどあり得ないが、せめてお前がしてることは議論邪魔するだけのゴミの撒き散らしなんだと分かれ。無知バカ暇人からって真面目な議論最中議論ごっこを仕掛けるな。議論っぽいことをしたいならきのこたけのこ論争でもしてろ。

しかしなんだね、walkawayなんてことも言われるようになってきたらしいが、リベラル正義と寛容を掲げる以上は無能バカでも包摂せねばならないわけで、こういう奴らの意見(笑)ですらいちいち取り上げていかねばならんなら歩みは遅々として進まないのも当然というかね。意見を述べたいならまず勉強しろよと思っちゃうのも切り捨てになるのかねえ。

2018-08-09

anond:20180808163742

追っ手から逃げる少女に救いの手が・・・

少女は夜の街を駆けていた

もう幾つの角を曲がったのかも覚えていない

街のあちこちから追手の声が上がる

どこに逃げれば良いのかもわからない

暗い方へ、暗い方へと駆け、家と家の間の細い路地へ飛び込んだ瞬間、犯した過ちに気づく

路地の先は木の板で塞がれ、助けを請おうにも家の壁には扉も窓も見当たらなかった

すぐに踵を返そうとするが、聞こえてきた複数の怒声が間に合わないと告げていた

少女意識を諦めが支配した瞬間、それまで酷使されていた体が限界を思い出す

木の壁に寄りかかってしまったら、もう立っているのがやっとだった

路地の向こうに激しく揺れるランタンの明かりが映る、足音はもうすぐそこまで迫っている

絶望に押しつぶされそうなその時、信じられないことが目の前で起こっていた

大量のレンガが中空に音もなく現れ、瞬きする間に壁を形作っていく

まるで自ら意思を持つように、精緻に組み合わさったその壁は、一条の光も通さな

暗闇で悲鳴を上げそうになった口をそっと塞がれ、優しい声が耳に届く

「静かに

足音路地の前で立ち止まり、何かを探していたようだが、逃げ道も無いことが分かると、仲間に声をかけすばやく遠ざかっていった

「間一髪だったね、もう大丈夫

おどけたように話す少年の顔も暗くてよく見えない

けれど、全身を包む安堵感に、少女意識を手放した

2018-06-30

私が医療崩壊トリガーになる未来

研修医2年目の女です。当直明けのぼんやりした頭で書いています

このエントリーは決して女性社会進出批判するわけでもなく、ミソジニーでもなく、ただ生殖機能構造をもとに考えた場合この問題はどうにもならないと思って、私が吐き出したかった内容です。不快に思う女性がいたらごめんなさい。

私は今研修2年目で2週間から1ヶ月ペースで診療科をローテーションしています研修中「うちに入局しない?」と声をかけていただくことがあります

「うちの科は女性が多いし、女医さんに優しい環境だよ。○○先生も××先生もお子さんがいても働いているし医局としても女医さんを応援しているからね。」

研修中に大体そうした内容でお誘いをかけてくれるのはマイナー科です。言わずと知れた皮膚科眼科耳鼻科に加えて直接患者を持たない「病麻放」、内科系ならアレルギーリウマチ糖尿病。大体そんな感じ。

医者仕事量が半端ではありません。わんさと来る外来患者検査治療で入ってきた入院患者を診なくちゃいけない。問診取って診察してCT撮って内視鏡入れて薬をオーダーして生検してオペしてetc…どの科もやらなくちゃいけないことがひっきりなしにやってくる。特に大学病院地域基幹病院毎日毎日忙しくて、現場は随分疲弊しています

急変がある科なら尚更です。オンコールで呼び出されることもあれば月10日以上病院に寝泊まりする先生もいらっしゃいます小児科産科のような昼夜区別なく患者が来院する科や循環器や脳外など命に直結するような、しかも手術にあたって精緻な手技が要求される科はそうした傾向が強いです。

しかしそんな内情を医師が公に嘆くことは許されません。「命を扱う仕事から当然だ」「高給取なんだから当たり前だ」と社会の風当たりは強く、まるで私たちスーパーマンであるかのように、あるいは給料泥棒のように糾弾されるのです。働き方改革法案が可決されましたが、医師専門職(高度プロフェッショナル職業)だから適応されることはなさそうだよと言った同僚の声の冷たさは忘れられません。多くの乗客を乗せて飛ばすパイロット私たちと同じように「命を扱う仕事」ですが、福利厚生パイロットの方がずっとしっかりしています

私は誰かを治したいとか苦しんでいる誰かの痛みを和らげたいとかそうした優しい気持ち医学の門を叩きました。

しかし年齢を重ねていくにつれて、私は気づいてしまったのです。この医療という現場私たち手を差し伸べる側をいつか圧殺するであろうことに。

アドヒアランスが悪い患者さんがいる、患者から叱責される、運悪く死亡してしまった時訴訟問題になるケースがある、昼夜区別なく呼び出される、患者のことだけを考えなければ。

いつから医者ライフステージ真剣に考えるようになりました。

高校卒業後現役入学してストレート卒業できて24才です。研修医が2年ありますから、その段階で26才。研修医終えたら希望診療科に入局です。ここでやっと自分の専門を決められるわけです。そこで何年か修行して専門医取って一人前というのが医者の大まかな流れです。あとは大学に残るも自由、基幹病院行くのも自由開業するのも自由です。最近は皆さん医学卒業後に研修医を2年やることは割とご存知かなと思います専門医って何?って人が多いかと思います。まぁ箔付けみたいなものでみんな持ってるから持たなきゃねみたいなものです。しかしこの専門医を取るのが厄介なんです。加えて専門医制度は今年大きく刷新され、中でも内科専門医の変更については議論を呼びました。

この専門医取得については各診療科ごとに決められた常勤年数があります

今までは1年の研修内科認定医を取得、その後4年で各サブスペシャリティ(循環器・呼吸器・消化器etc)の専門医資格を得られました。しかし、新制度では初期研修終了後3年の研修内科専門医を取得し、さら研修を積んでサブスペシャリティ専門医取得となります。今までは1年でよかった内科認定医を取るためのローテーション研修が2年伸びました。

これがどういうことか分かりますか?今までは26で研修医終わって27で内科認定医、これでいよいよ循環器内科で頑張るぞ!だったのが、29で循環器内科だ頑張るぞ!になったんですよ。このサブスぺシャリティという真のスタートラインが29才になったのが新専門医制度。18才で医学部に入って真のスタートが29才って。

妊孕性が年々低下していくことなんて世間でも認知されていて、国家試験でDown症は高齢出産ほど起きやすいなんて選択肢まで出すのに私たちはい妊娠すればいいの?29で真のスタートラインに立った、けれど子供産んでから復帰するのであと3年は待ってくださいになるのでしょうか、それとも研修医終わりました、26で子供産んで落ちついてからから内科認定医取ります、みたいな流れなんですか。

「命を扱う仕事から当然だ」「子供産みたいなら医者になんかなるな」

世間様はそう言う声が多数派なのかな。しかし私だって結婚したいし子供が欲しいし人間的な生活を送りたい。

あぁ、私みたいなのが医者になったのが間違いだった。知らない誰かを最優先できる人、自分の、女の、幸せ全て投げうてるような人が「女医」として許される人間なんだと自責する日もあります。でももう私も26だから。辞めて今更人生やり直せないの。ごめんなさい。

小児科の○○先生さ、終業と同時に走って帰っていくの。そうしないと保育園にいる子供のお迎えに間に合わないから。旦那さんも産婦人科からさお迎えは○○先生なんだって。…ああはなりたくないよね」

同期はこんなことを言っていた。小児科の○○先生みたいになりたいって女性学生はいるのかな、私の周りにはほどほど働いて後は子育てしたいって人が多かったです。

じゃあ何科に進もう。

そうです、マイナー科です。言わずと知れた皮膚科眼科耳鼻科に加えて直接患者を持たない「病麻放」。

「うちの科は女性が多いし、女医さんに優しい環境だよ。○○先生も××先生もお子さんがいても働いているし医局としても女医さんを応援しているからね。」

こうした声をかけてくれるマイナー科に行こうと思いました。マイナー科は大体5年で専門医取れるし、急変も少ない。患者も少ない。もしくはない。

最高の仕事場だと思いました。ここに骨をうずめようと。

しか女医の復帰を支えるマイナー科同期男性医師気持ちになって考えるとこれまた嫌な話なのです。女医産休に入った分、自分業務は増え所詮の子のために尻ぬぐいをしなくてはなりませんから子供を産もうとする女医は結局どこまで行っても腫物なのです。最近女医復職支援も行っていますといった講演や広告も見ますが、「命を扱う仕事なのに途中で離職したり産後フルタイムで働けないならそもそも中途の女医じゃなくて最初から男医採っとけばいいじゃん」という反論にはぐうの音も出ません。

昨年度の私の卒業した大学入試面接では「最近女医が増えてきていますがそのことについてあなたはどう思いますか?」という質問があったそうです。

…なんて答えればいいのか私には分かりません。

ここまでつらつら書いてきて結局何が言いたいのかというと「医者という仕事が壊滅的に女性ライフステージに合っていない。」これに尽きます

H24年度の調査医師全体に占める女医比率が19.7%、医学入学者に占める女性割合33%を超えていて今後も増加が見込まれています相対的医学部の男子学生減り、将来的に男性医師も減っていくでしょう。しか女性医師の多くは妊娠出産で途中で離職します。加えて女性医師出産育児を考えた場合、以上のようなマイナー科を積極的に専門に選んでいくでしょう。内科外科・産婦小児・救急に長く従事する医師は結果として少なくなり、マイナー科はマイナー科でブランクがある女医を少ないベテラン男性医師が支えていく構図が目に浮かびます

同じ女性の私が、もう医師になってしまった私が、こうしたことを言ってもブーメランしかならないことくらい分かっています

しかしただでさえ肉体的にも精神的にもキツイこの仕事を、肉体的に男性に勝っているとは言えない女性が、子供を産める性である女性が、この職業に就くことは誰にとっても不幸なのではないか。そんなやりきれない思いを吐き出したく利用しました。

医療崩壊」、それは一体何を指すのか。

医療崩壊(いりょううかい)とは、「医療安全に対する過度な社会要求医療抑制政策などを背景とした、医師士気の低下、病院経営悪化などにより、安定的継続的医療提供体制が成り立たなくなる」という論法で展開される俗語wikipedia)…だそうです。

高齢化が進みますます高齢者病院にやってくる、医学部は増員したのに「何故か」増えない医師疲弊する数少ない医者

医療崩壊はすぐそこまで来ているのだと思います。この危機を救えるのは、働き方改革より何より「医学部の男子学生増員」だと思っています

私も男に生まれたら、人を治したいという気持ちで突っ走れたのかな。

研修医が終わったら、私は今お付き合いしている人と結婚してマイナー科に入局します。きっと私は後ろ指を指される要領のいい女医になるのでしょう。

ごめんなさい。どうか、男性医師の皆さん許して下さい。

2018-06-17

コンピュータ数学はなぜ必要

まず、コンピュータとは何か、プログラムとは何かと説明しなければならない。

端的に言えば、コンピュータとは魔導具の一種であり、プログラムとは魔法陣代替したものである

(コンピュータプログラムを内蔵することで、誰でも魔術を行使できるようなったことは革命と言える)。

まりプログラムの実行は、現代魔術の行使と言える。

魔術とはいえ、大層なものではない。

この魔術はピタゴラス数秘術を源流としたものであり、運命の解読(未来予測)程度にしか使えないかである

魔道具であるコンピュータの発達により、我々は精緻な魔術の行使ができるようになった。

ピタゴラス数秘術では、名前アルファベットに直し、それを数値化、演算を行うという単純なものであったが、

現代では、もっと細やかに、様々な事象を数値化し、高い次元演算する。

それゆえに、行列ベクトルと言った線形代数と呼ばれる分野の数学知識必要になった。

また、プログラム魔法陣代替であるため、論理的破たんの無いものでなければならない。

プログラム作成検証、ここに論理学必要になる。

数秘術基本的整数を扱うため、数論の基礎も外せないであろう。

カバラを取り入れたならば、更に神秘を覗くことができる。

セフィロトの樹を低いレベル一般化し、学問としたものグラフ理論である

まとめると

  1. 数論(基礎)
  2. 論理学
  3. 線形代数
  4. グラフ理論

この4つの範囲は学びたいところである

コンピュータを使った魔術の行使は、非常に興味深く楽しい

しかし、神秘であることを忘れると、身を亡ぼす危険性を孕む。

注意されたし。

2018-06-01

[]会計検査院の報告に官邸が関与してた蓋然性めっちゃ高いとおもう

 国会ウォッチャーです。

 会計検査院原案をなぜか財務省が入手していて、それについてご意見を述べていて、しかもその要望がなぜか通ってしまっているやつ。

 ざっと見た感じ、赤旗TBS毎日新聞記事にしたり、スポットニュースで流したりしていたみたいですが、扱いは小さかったのかな。共産党しか資料を持ってない状態の時は、扱いが小さいよね。朝日とか毎日スクープ出した時はもうちょっと扱いが大きくなるけど。この質疑見てた時は忘れてたけど、そういえば去年の11月の会計検査院報告が出た時に、なんか会計検査院忖度しとる!みたいなのは見た気がしたんで掘ってみたんですけど。

山井和則内閣委員会

 さらに、一部報道でもありますように、今回の会計検査院も、最終案の前までは六億円の値引きという、六億円という数字が入っていた。ところが、最終段階で六億円が削られたのではないか

 ちょっと京都新聞十一月二十三日、読み上げますよ。

 ただ、検査院が検査過程撤去費としてさまざまな方法で試算した額は、報告書には盛り込まれなかった。関係者によると、説明できるものは抵抗されても出すと強い姿勢で挑んだ検査院側に対し、財務国交省両省は、試算額が正しいと思われてしまう、大混乱になるので出さないでほしいと要望を繰り返したという。共同通信が入手した最終段階前の報告書案に記載された撤去費の試算額は、航空局見積もりよりも六億円以上安い。ある検査職員は、担当部局作成した案が幹部により修正された、国民負託に応えるべく、検査院としてはここが踏ん張りどころだったのに、金額が消されたことは残念だと無念さをあらわにしたという報道がございます

 このことに関しても、もしかたらこ会計検査院の報告も、何らかの力あるいはそんたくで、六億円の過大な見積もりであったという数字が消されたのではないか、そういう疑念すら出てきているんですね。法治国家である日本が、法治じゃなくて安倍総理のそんたくによって動いているんじゃないか、そういう疑念が出てきているわけであります

共同通信はこの段階で原案を入手しとったんですね。公開してほしいわ。そんでまぁこの時の共同通信報道は、今回の共産党文書の信ぴょう性を高めてますよね。この報道に基づいた発言国会でしているのはこの段階では、山井さんだけなんだけど、この後、山井さんは菅さんに、予算委員会質問時間削る件について質問しちゃって、この事実関係確認はしてないのね。でもこの時は忖度だったのでは?と山井は推測してるけど、現場が入れようとしたものをおそらく検査会議あたりの意思決定機関側だかの上層部太田→寺岡秘書官→菅(官邸)→会計検査院幹部という流れでひっくり返りたっていう話である可能性が濃厚になってる。要望するだけなら普通だけど、原案を出してもらって意見をあげるなんていうプロセスが、受験庁と検査院の間で行われてるなんて思いもしないしね。

竹内譲公明)@予算委員会

 公明党の竹内議員が、石井啓一国交相に、会計検査院報告書についての質疑。

竹内

「"大阪航空局が算定した本件土地における処分量19,520トン及び地下埋設物撤去処分算額八億一千九百七十四万余円は、算定に用いている深度、混入率について十分な根拠確認できないものとなっていたり、本件処分費の単価の詳細な内容等を確認することができなかったりなどしており、既存資料だけでは地下埋設物の範囲について十分に精緻見積もることができず、"

このように書かれているわけでございます。その上で、会計検査院は、

"仮定の仕方によっては処分量の推計値は大きく変動する状況にある"

として、廃棄物、すなわちごみの量について複数の試算を出しているわけでございます

 すなわち、五通りの試算を出しておりまして、廃棄物混合土の深さとか混入率など、算定方法の違いにより、最小の場合で6,196トン、その次が9,344トン、三番目が13,102トン、四番目が13,927トン、そして最大の場合で19,108トンとしているわけでございます

 大阪航空局の算定した処分量が19,520トンでございますので、その割合は最低で三二%から最大で九八%の範囲にあることを示しているわけであります一部報道では三割から七割の可能性としておりましたが、正確には32%から98%の可能性を示している、こういうふうに言えると思うわけであります

 そこで、まず会計検査院にお尋ねをいたしますが、この五通りの試算のうちどれが適切と考えているのか、また、そうであるとすれば、その場合、適正な撤去処分費用の額はいくらぐらいであったと考えているのか、まずお尋ねをしたいと思います。」

戸田局長

「略)今回、会計検査院は、本件土地における地下埋設物の処分量の試算を行いましたが、処分量を求めるための仮定の仕方によって処分量の推計値は大きく変動する状況となっておりました。このため、報告書には、推計した処分量のうちどれが正しいかについては記述しておりませんが、慎重な調査検討を欠いていたと記述しているところでございます。」

竹内

「それでは、今回の会計検査院報告に対しまして、国土交通大臣はどのように受けとめておられますか。また、地下埋設物の処理費用算定額として約八億二千万円という数字は適正であったとお考えでしょうか。」

石井

森友学園への国有地売却等に関しまして、参議院から要請に基づき、会計検査院による検査が行われてきており、これまで国土交通省としても最大限の協力をしてきたところであります。今回、会計検査院から、今御紹介ありましたように、仮定の仕方によっては処分量の推定値は大きく変動する状況にあることなどを踏まえれば、撤去処分費用を算定する際に必要とされる慎重な調査検討を欠いていたこと、また、文書の一部が保存されておらず、詳細な内容を確認することができないことなどについて指摘をされているところでありまして、国土交通省といたしまして、その結果については重く受けとめなければならないと考えております

 大阪航空局実施をいたしました地下埋設物の撤去処分費用見積もりにつきましては、これまでも国会等において御説明しておりますとおり、売り主の責任が一切免除される特約をつけることを前提といたしまして、その実効性を担保するため、既存調査に加え、森友学園からの新たなごみの報告や職員による現地確認など、当時検証可能なあらゆる材料を用いて行われたものでございます

 この当時の大阪航空局見積もりは、限られた時間の中で検証し、見積もりを報告しなければならない状況でありました。実際には、平成二十八三月三十日に近畿財務局から見積もりの依頼を受け、四月十四日に報告をしている、約二週間で実施をしたわけですが、こういった状況下で行われたぎりぎりの対応であったと認識をしているところであります

 ただ、今般の会計検査院の御指摘を重く受けとめまして、今後同様の事務遂行する場合には、見積もり必要作業時間をしっかりと確保した上で、より丁寧な事務遂行に努める必要があると考えております

竹内

「先ほどありましたように、会計検査院としては、適切な見積額については具体的に申し上げられないということでありましたし、その根拠が十分に確認できなかった。」

 公明党の質疑というのは基本的台本があるので、この石井さんの答弁だけでなく、竹内さんの質問国土交通省の息がかかってると思って間違いない。この竹内石井の間でなされていることこそが、太田と蝦名が密談した中で生まれ政府答弁の基本方針なわけ。これわかるかなー。上記部分を要約すると、

1. 5通りの試算額を出してるけど、どれが正しいかはわからないよね?最大で見た場合国交省見積もりは間違ってたとまでは言えないよね?

2. 国交省は急いで見積もりを出したから、ちょっと慎重さに欠けていたけど、故意に安くしようという意図はなかったんだよー

3. 悪気はなかったんだけど、不注意だったから今後気をつけるねー

という主張に持っていくことに成功してるでしょ、これ。おそらく原案の方では、6億円程度は過大見積もりしている、と書かれていたんだろうと、共同通信記事の信ぴょう性が高まったこの段階では推測できる。この記載のままだと、国交省見積もりゲロ甘だったことがあからさまだから、いろんな試算のやり方があって、どれが正しかたかはわからない、という結論太田はまさに望んでそうなったと。この公式見解は、翌日以降の立憲川内、当時民進大塚川合らの質疑の中でも、安倍麻生の口から何度も放たれることになる。

 不当に安くしたわけではなく、瑕疵担保責任を恐れるあまり、幾つかあり得るパターンの中の最も安全側に立った試算を大急ぎでしてしまっただけで、1億数千万という学園側の財務状況なんて考慮してませんよ、当たり前じゃないですか、という態度を取っているわけ。故意じゃなくて、過失だ、という公式見解を作るために、会計検査院報告書が利用されているわけ。交渉記録も出てきたし、当然、業者側に単価決定時のヒアリング内容時の資料提出とかもしてもらいながらで、再検査当然やろ、こんなもん。

30年5月29日辰巳孝太郎議員@財金

 前回ちょろっとだけ追記して書いた部分を書き起こしておくけど、辰巳議員の入手している文書、去年11月23日共同通信報道上記公明茶番質疑とかを思うと、会計検査院報告書にどっから圧力がかかって、その内容が書き換えられた、というのはかなり蓋然性が高い推測だと思うよ。関係者全員政治家公務員やめろ。

 財務省国交相会計検査院に、金額提示を事前にしたか、されたかを聞いていくが、検査の経過について、個別のことには答えられないと逃げる3者。一般論として、事実関係確認のために、金額提示することはあり得ると答える検査院に畳み掛ける辰巳委員

辰巳

私たちは昨年8月に作られた、”会計検査院報告原案への主な意見”とする文書を入手しました。この中に、検査院ご指摘として、大阪航空局と同じ前提条件、同じ材料をもとに会計検査院計算したところ、撤去費用は、1億9,706万円(混入率法による場合)、4億,4776万余円(層厚法による場合)とされていますが、具体的な金額を示してるんじゃないですか。」

戸田

個別の件についてはお答えを差し控えさせていただきたいと思います。」

辰巳

「示してんですよ、我々、文書を入手してますから。こう言う提示があったからこそ、理財局航空局が、9月の7日にそれぞれが、総額を消すことが重要なんだけども、これは、難しい場合もあると、そういうね、密談してんですよ。航空局理財局が。これは私、大変なことだと思いますよ。9月7日の文書にはですね、寺岡さんという名前の方も出てきております。両局長官邸に回っている姿をマスコミに見られるのは良くない、まずは寺岡を通じて、官房長官対応をするのが基本だ、とあります太田局長。寺岡さんに対して、検査報告に関する相談をされたことありますか。」

太田

「(自分官邸勤務の経験から言って、秘書官仕事は、官房長官の会見の対応だ。だから寺岡のために、聞かれそうな情報をあげることはよくあるが相談はしていない。というような発言、ムカつくし安倍みたいな無関係答弁死ぬほど嫌いだから要約)」

辰巳

「寺岡さんは財務省からの出向の方ですよね。当然やり取りはされてるんですよ。会計検査に関する相談も当然やられているでしょう。しかもこの寺岡さんは、昨年2月22日に、太田局長あなたも出席されていた、まぁ後半はいらっしゃらなかったようですけど、佐川理財局長、航空局中村総務課長が、菅官房長官に報告に行かれた、その時に同席をされていることも分かっている方ですから、まさに先ほどのありました通り、これはやっぱり航空局理財局、やっぱり相談しながらね、書き換えも含めて、官邸も含めてやってたという疑惑は拭い去れないというふうに思います。」

会計検査院内部の意思決定情報公開法も適用されない

 この件が本当にやばいのは、検証手段内部告発しかないことですよ。会計検査院は、検査を行う事務総局と、意思決定機関である検査会議によって構成されていますが、検査官は国会同意人事ではあれ、内閣任命ですよ。共同のいう、検査幹部が誰かはわからんけど、圧力をかけやすいのは、河戸院長はじめ3名の検査官では?と思いますけど。検査会議が内容を了としなければ報告書公表できないんだから。んで、特に地方自治体対象検査院報告に関して、よく情報公開請求がされるけど、今後の検査に支障をきたすからノウハウ開示につながるから、という理由で、自治体検査院のやり取りはまず不開示になるわけ。検査院は独立機関で、建前上は内閣の影響を受けないことになってるから、信頼されてそういうことになってるわけでしょ。

 で、官邸による圧力があったのでは?という疑いがかけられた時に、国会議員市民はどうやってそれを監視できるの?っていう話でしょ。国会で、国会議員が聞いても、個別の事案についてはお答えできない。市民情報開示請求しても、ノウハウを明かすことはできないっつー話だもの。どーすりゃいいのさ。例えば大学やらで会計検査院のクッソ細かい検査理由として、硬直的な運用をしてたりとか、地方公共団体とかの取引関係で、民間企業でもあいつらのうっとーしい検査経験した人は多いと思うけど、社会公平の為だから耐えてるわけでしょ、みんな。

 でも安心してください。これからは、安倍総理原案提示いいね!って言ったっていって、検査内容を事前に教えてもらって、ダメージが少ない表現に変えてもらうこともできると思うよ。ダイジョーブ。安倍総理名前を利用してもあの人怒らないから。

2018-05-17

anond:20180517124146

精緻見方要求されるような大層な映画じゃねーだろ

所詮エンタメロボット怪獣バトル映画に何言ってんだバカかてめーは

2018-04-14

合格しても失敗」 おおたとしまさ氏の高校無償化記事に抗議する

おおたとしまさ氏という、中学受験を中心とした評論家がいる。自身麻布中高という名門私立中高一貫校出身であることもあって、私立中受験市場マスメディアに多く登場するが、専門外の記事になると、的外れで、唖然とするような記事を多く書く。

4月13日高校受験に携わるものとしては看過できないような記事を見かけたので、掲載しておく。まずは読んでほしい。

都立高校復権」の裏で「都立高校定員割れ」が意味すること

https://news.yahoo.co.jp/byline/otatoshimasa/20180413-00083769/

おおたとしまさ氏は、中学受験しか精査して調べていないことが丸わかりな記事である。お願いだから高校受験について何も知らない素人が、こういうデタラメ記事を、一般大衆を煽るかたちで書かないでいただきたい。

どうせトップ都立高に入れないのであれば、中学受験をしたほうがいい、あるいは私立高校に行ったほうがいいという判断が働くのも無理はない 【記事より引用


私立高校学費無償化の影響なく、都立上位校の人気はますます高まった

上記記事をご覧になったうえで、おおたとしまさ氏の脳内思考はこうである。「都立高校がいくつも定員割れを起こした」⇒「日比谷や西といった都立トップ進学校の人気が落ちたのだろう」→「都立上位校といえども、中学受験の中堅校の同程度の進学実績だから私立高校に進学する生徒が増えた」

果たして、本当にそうなのだろうか。都内高校入試最大の母体を持つVもぎの合格基準を用いて、過去3年間分の都立高校普通科ランク別の受験者数と実施率倍率の推移を書いてみる。

男子

ランク 1398人→1327人→1427人  (1.66→1.57→1.69倍) ↑

ランク 944人→917人→947人    (1.37→1.42→1.46倍) ↑

ランク 2863人→2934人→3000人  (1.53→1.55→1.64倍) ↑

ランク 2911人→2902人→2967人  (1.53→1.53→1.59倍) ↑

ランク 4403人→4389人→4107人  (1.45→1.46→1.37倍) ↓

ランク 3667人→3858人→3332人  (1.28倍→1.33倍→1.18倍)↓↓

都立高校合格必要偏差値をAランクからランクに分けた。Aが難関校、Bが上位校、C・Dが中堅校、Eが下位校、Fが課題集中校となる。見ての通り、A~Dランクまでは、3年間のうちで2018年度が最も受検者数が多く、倍率も高かった。つまり都立高校のうちのトップから、多くを占める中堅校のC~Dランクまでは、人気の上昇は継続している。

おおたとしまさ氏は、なぜかAランクやBランク進学校の話ばかりしている。きっと、私立中高一貫校の専門家であり、難関校の取材ばかりしているから、EランクやFランク学校をよく知らないのだろう。都立高校の定員割れの話をする際に、今年も人気が上昇した都立上位校の話をするのは、リサーチ不足と言わざるを得ない。

おおたとしまさ氏の「学区撤廃で一部に集中しただけ」は印象だけ

おおたとしまさ氏は、「学区を撤廃して、日比谷のような一部の超トップ校に難関大学合格者が集中しただけ」と語っているが、おそらく、何も分析せずに印象だけで語っている。実際にはまったく異なる。都立高校改革で、2番手や3番手学校大学合格実績も大きく伸びている。おおたとしまさ氏は、まず以下の都立2~3番手校の大学合格実績を10年前と比較されたい。

小山台駒場三田、竹早、小松川、豊多摩大泉富士三鷹武蔵野北、小金井北、調布北、町田日野台、調布北、昭和

これらの学校は、都教委肝いり進学指導重点校ではない。ところが、軒並み大学合格実績が伸びている。特に国公立大学合格者総数は、激増といっていいほど増えている。あなたのおっしゃる通り、都立高校生は、国公立大学志向が強いので、同じ表を、国公立大学合格率で計算したい。

都立高校改革が、当初は「一部のトップ校だけに高学力の生徒が集中して、ほかの都立進学校地盤沈下する」と危惧されていたのは事実だ。2000年代初頭ぐらいには、多くの方々がそう語っていた。ところが、都立高校間で進学指導ノウハウを蓄積した結果、都立高校全体での指導力が高まり、結果としては、都立進学校全体が伸びた。2000年代前半に都立全体で東大に50人台しか合格しなかったのが、2017年改革以後最多となる170人半ばを突破してた。参考までに、東京都内私立高校都立高校全体が、2012年から2017年の5年間でどれだけ大学合格実績が伸びたかを調べたので、掲載しておく。

●国公立大+早慶上智

都立高校 +892人 (115%)

私立高校 -489人 (97%)

●難関国立大(東大京大一橋大+東工大旧帝大東京医科歯科大)

都立高校 +81人 (136%)

私立高校 +41人 (103%)

おおたとしまさ氏の指摘する「特定校への集中」は、実は、氏の支持する私立中高一貫校の方が顕著かもしれない。

合格しても失敗」おおたとしまさ氏の最発言は、教育ジャーナリストとは思えない大暴言

おおたとしまさ氏の最後発言は、もはや教育ジャーナリストという肩書返上してほしいと思わせる大暴言だ。

難関大学合格可能性の観点から言えば、もしも世田谷学園を切り捨てたのであれば、日比谷や西に合格できない限りその選択は失敗だったことになり、同様に、田園調布学園や獨協を切り捨てた場合駒場小山台合格しても失敗だったということになります記事より引用

おおたとしまさ氏のこの発言暴言であるのには二つ理由がある。

第一に、データが滅茶苦茶であるということだ。おおたとしまさ氏曰く、難関大合格観点からすると、「独協を切り捨てた場合小山台合格しても失敗」らしい。だが、この感覚は、一般人感覚とは相当ずれていると言わざるを得ない。

独協  国公立大 12人  (うち現役合格5人)  ※卒業生数約200人

小山台 国公立大 115人 (うち現役合格92人) ※卒業生数約300人

単純に比べて、どちらの方が進学実績が優れているかといえば、独協高校には本当に申し訳ないのだが、どう考えても、小山台高校の方が格上と言わざるを得ない。東大京大東工大一橋大の指標も、小山台が5人(全員現役)、独協が1人(浪人)だ。

それなのに、恣意的データを用いて「独協を切り捨てたら小山台合格でも失敗」とサラッと言ってしま感覚が恐ろしい。そしてそれを、教育ジャーナリストという肩書で全国配信してしまうのだ。

第二に、これは単純に、その高校に通っている生徒に失礼ということだ。「小山台高校合格しても失敗」「駒場高校合格しても失敗」なんてことを、何度も言うが、教育ジャーナリストと名乗っている人間が全国配信している。しかも、具体的な都立高校名を挙げて。

おおたとしまさ氏は、ぜひともこの調子で、中学受験の子を持つ保護者に、逆のことを言ってほしい。

日比谷高校より東大合格者数の少ない私立中高一貫校に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立国立高校よりも東大合格者数が少ない桐朋中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立西高校よりも東大合格者数が少ない国学院久我山中に通っている生徒は、合格しても失敗」

南多摩中等よりも東大合格者数が少ない穎明館中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立高校定員割れ分析は、おおた氏のような印象ではなく、精緻分析

おおたとしまさ氏の都立高校に関する記事が、まったくもって不正であることを指摘した。最悪なことに、全国配信されているので、この記事を読んだ一般の方々が「なるほど。都立高校定員割れは、学力優秀層が都立進学校から私立高校へ流れたことが原因か」と誤解してしまう恐れがある。

今回の事象について、日経新聞では、さすがと言いうか、冷静で精緻分析記事にしている。つまり、中堅校以上、偏差値でいうと50以上の都立高校にはほとんど影響はなく、それどころか、大学合格実績の伸長によって、ますます都立高校人気が高まる結果となった。一方で、偏差値30台の課題集中校や、商業科、工業科の人気が極端に下がり、私立高校に流れたと。

私立高校無償化政策による都立高校定員割れについて、我々が考えるべき最大の問題は、都立商業高校工業高校を、このまま不人気ということで廃校にしてしまっても良いのかということだ。今の若い子達には、なかなか商業高校工業高校の良さは伝わらない。嫌な言い方をするが、商業高校工業高校へ行くぐらいなら、私立高校からランクであっても大学へ進学させたいという家庭が多い。しかし、都立商業高校工業高校は、長い伝統の中で実習教育に長けていて、高卒の大切な人材供給の源。これをなくすことは、結果としては、国にとって損失ではないか?そういう議論などをしていかなければならないと思う。

おおたとしまさ氏も、そこに着目して、「都立高校の定員割れは、商業高校工業高校が見捨てられて、私立高校に流れたからだ」という論調で書いていれば、的を射た記事になっていただろうに……。

お願いだから、少なくとも「教育」ジャーナリストと名乗るからには、そういった学校にも目を向けて、足を運び、たくさん取材をしたうえで、この、「都立高校定員割れ」という国レベルでの大きな問題に提起する記事を、ぜひ全国配信してほしい。

開成とか、麻布とか、御三家とかも良いが、それだけじゃ、教育ジャーナリストとは名乗れない。

2018-03-16

ネットジェンダー議論なんてしないに限る

所詮ネットにあるとあらゆるジェンダー議論とは、議論の体をしたしょうもない愚痴の吐きあいに過ぎない。

価値観の擦り合わせ、思想の積み重ねなどは、精緻議論によって初めてなされるものである

愚痴り合いとはその場凌ぎでストレスを吐き出したら逆に溜めさせたり以上の働きは何もない。後に何も残らない。

大学教授だとか権威ある人のジェンダー論ならまだ価値はあるが、ネットジェンダー論なんて99.9999…%さしたる価値はない。

無駄ストレスを溜めるだけである

そこのあんたも、男らしさ女らしさから解放される!とか夢見たりして、

ネットジェンダー論なんてしない方が良いと思うぞ。

その方が圧倒的に精神的に健康生活を送れると思う。

2018-02-11

anond:20180211142559

マーケティングって精緻ものだけとは限らんぞ。まあ、精緻マーケティングは、大概が、保身のための役に立たないものだがな。

こういう顧客か?を想定して、軽くその周りに聞いて回るぐらいは最低しないと。でもそれもマーケティングの一つ。

よく分かるマーケティング漫画)ぐらいの知識と前提とした行動だけでもだいぶ違うが、それすらもできてないのが多い。

2018-01-17

BEATLESS 第一話みた

30代・エンジニア・♂

見たよ。

やっぱSFは良い。

銀髪美少女はなお良い。

流行技術キャッチアップして未来を見せようとする姿勢は好感持てる。

ああ、確かに俺達は21世紀に生きてるんだ。そう思わせてくれるアニメ

ちなみに、メタマテリアルは夢のナゾ物質じゃないからね。プラスチックと金属の複合材料だかんね

原作感想をチラ見したら、見るべきところはSFの技巧でも精緻さでもなく、ロボット人間関係性なんだね。

無機質なのに可愛い声を出せる東山奈央すごい。パンパカパーンと同じ人とは信じられない。

なぜか脱感情東山奈央の声を聞くたびに脳内麻薬がビンビン出ている気がする。

わたしは道具です、責任を取ることができません」

ぼくも上司にそうやって言ってみたいものです。

追記:

ああ、これってプラメモちゃんがプラメモソードど持って戦うことになった世界なんだね。

2018-01-13

[]ひさかたのおと

ひさかたのおとを読んだ。こういう物語大好き。ゆるーいアニミズムというか、超自然的な非日常と日々の暮らしが隣り合っている物語は、読んでいてわくわくするし何だか安心してしまう。

今のところ一話完結の連作ものでまとめてあるのも読みやすくて素敵。精緻な描画に宿っている力と効果的なオノマトペがどんどん世界観を広げていく漫画になっていると思った。

内容としては、都会で学芸員をしていた主人公が、靑島という架空の島の学校に赴任してくるところから始まるんだけど、あんまり学校生活に傾倒していないのが珍しかった。

かといって島の暮らしを詳しく描く漫画でもないし、とにもかくにも神宿る自然とのファンタジックな触れ合いに重点を置いている漫画だと思う。

雰囲気漫画って言ってしまえばその通りなのかもしれないけど、独特な雰囲気に溶けてみたい人やじっくりと浸かってみたい人にはおすすめしたい。

透明感のある漫画だったので今後が楽しみ。

2017-11-28

漫画原作実写映画酷評されるのは観客のせい

言うまでもなく、漫画原作実写映画枚挙に暇がないほどヒットしており、

毎年の興行収入ランキングを大いに賑わせているため、

そもそも「どうして漫画原作実写映画化は失敗するのか」という設問自体的外れなのだが、

多くの人はごく一部の作品で巻き起こった酷評がなぜ起きるのかを知りたいのだろうから

その原因について考えてみよう。

思うに、同じ実写化でも漫画原作舞台化はしばしば好評を得ている。

それも、愛する漫画実写化蛇蝎のごとく嫌う腐女子から、熱烈な支持を受けているのだ。

演劇の「原作再現度」は実写映画のそれよりも遥かに劣る。

巨大セットもなく、精緻CGも使えず、衣装小道具映画ほど立派なものではない。

にもかかわらず、どうして演劇は受け入れられるのか?

はっきり言えば「演劇なんてそんなもの」という意識があるからだ。

演劇原作再現できないのは当たり前」と思われている。

から少し工夫した演出があるだけで「頑張ってる!愛がある!」と喜ばれる。

翻って言えば、映画を見るときの観客は、めちゃくちゃハードルを上げて見ているのだ。

ケチをつけられるところがないか鬼姑のように気にしている。

コンテンツ面白さは観客の鑑賞態度に大きく左右される」

理屈屋の多いオタクにはこの認識が欠けている。

自分客観的映画批評できている」と思えば思うほど、その前提となる自分自身の鑑賞態度には思い至らない。

オタクたちはいわば酷評したいか酷評してしまうのである

追記。参考にしてね。

年間興行収入トップ20以内の漫画・アニメ原作実写邦画

2017-11-24

anond:20171124114327

批判してる側を批判する能力や暇があるんだったら、その批判の元について少しは考えればと思うし。

そんな気がサラサラない人たちが「そんなやり方では支持は増えない」みたいな批判するのを

10年以上嫌というほど見てきたし。ヴァーかといってやり過ごすのが最適だと。

論理的批判すべき点はいくつでもあるんだから、そこを精緻批判したらいいのに。そうしたら納得して支持も増えるかも知れないのに。

こういうこと言う人間殆ど自身中道保守とかリベラル保守とか思い込んでる人間で、

右の批判もやってますよという体裁左派に向かって「そんなやり方では支持を得られない」

とか無責任マウントしてるだけの冷笑主義者だと。俺は勝手に思ってる。

ネトウヨの定義に執着するバカあんまし変わらんよ。

2017-11-22

anond:20171122001832

論理的批判すべき点はいくつでもあるんだから、そこを精緻批判したらいいのに。そうしたら納得して支持も増えるかも知れないのに。なぜか人格を疑われるような嘲笑をぶつけるのか意味不明だし。むしろ批判者の人格疑われるのが主目的では?と、自分も思う。

2017-11-12

コスパ主義

今の時代コスパ主義なんだろう。

映画は「短い時間に何回泣けるか」を競い合うようになった。

食事は「値段に対して釣り合っているか」こそが重視されている。

誰かがレストラオンの味を語る時にそこにあるのは、「値段に対してコスパがいいかである

コスパコスパ時代だ。

それは長きデフレの中で熟成され、いまやこの世界の奥深くにまで根ざしてしまった。

最高の物なんて金を出せば手に入る。

最高でないが良い物なんて誰かが時間をかけまくれば産み落とせる。

から大事なのはコスパなのだ

時間を、金を、労力を、人生を、対価として受け取ったモノの価値がそれに釣り合うかどうかこそが重要なのだ

遠い昔からあらゆるものには見えない値札が付いていたが、その書き込みがここまで精緻になる時代が来てしまうとは。

2017-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20170726103544

何回食べに行ったんだろう

相当数食べないとここまで精緻に書けないよね

2017-05-11

アニキが苦手

みんなあ!黙ってオレについてこい!

テメエらどうしようもねえ愚図のやることをオレが面倒みてやんよ

誰よりも仕事できるオレサイコー!テメエら、オレのことをアニキとして称えろよな!

って奴なんでどこにでもいるの。なんで声がそんなに大きいの。なんで権力と結びつきやすいの。

人の仕事に全て口出して裁量を奪うのどうにかしてくれんかな。

他人仕事やりがいを全部自分やりがいに変換して満足してんじゃねーよ。それやった分他人の成長の機会を奪って、仕事をどんどん属人的ものにしていってんだぞ。

自分アニキになることで対処しようかとも考えたけど、どうも向いてないんだよなあ。

まあ、アニキにも苦手なことはある。精緻さとか、根本的な効率を考えることとかね。奴の言う事は適当に受け流して、自分の得意な方面勝負しようと思う。けど、その方向の頑張りはうちの職場評価されにくいんだよなあ。

そして属人化された知識マニュアル化する作業をシコシコやってたら、案の定アニキに目をつけられててフリーライドされそうな予感。

どういう方向に動いても絶望かよ。

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