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2019-04-15

時には昔の話をしようか煽りなれたなじみのこの村

マロニエ並木が夕べに見えてた

2019-04-07

今日ブレイド回を見ました

もともと文章書くのが下手な上に思ったまま書いたので読みにくいけどごめん

記憶も怪しいから間違ってるとかあるかも

ネタバレあり

バトルファイトジョーカー勝利した場合(=ジョーカー以外のアンデッド封印された場合)世界破滅が始まるって設定で、最後の一人になってしまった始(=ジョーカー)と世界を助けるために、アンデッドになりかけてた剣崎もジョーカーになることで世界破滅を止めたのが15年くらい前。

ずっと会えないけど、剣崎が始の写真集を持って元気に旅してる姿を聞けるドラマCDが4年前(もう4年前!?)。

まりここまでブレイド最終回を変えずに来たわけよ(ディケイドはしらん)。

ドラマCDだって剣崎と始の決意と覚悟無駄にしないようにしてた。だから2人は想いあってても会えないし、悲しいけどそれがブレイドの結末というか結果の後の世界線だったわけよ

今回2人がバトルファイトから解放されて嫌なわけじゃないけど嫌な気持ちも少しある

嫌な気持ちがその2人の決意はなんだったの?っていう夢オチに近い感覚と、なんでジオウで?ってとこかな

剣崎と始が会えないのはつらい。これはオタク気持ちだけどブレイド最終回見た人ならそう思うと思うんよ。あんなん泣くやん。剣崎が緑の血を流したとこからもう生きていけんわ。つらすぎ。

でもそれが剣崎が選ばざるを得なかったというかこれしかなかったから選んだ結果やったんよ。セルゲームでこれしか思いつかないって言ってセルと瞬間移動した悟空みたいな。それはちょっと違うか。

からこそオタクはそれを受け入れたしドラマCDでその決意がまだ続いてるのが悲しいけど嬉しくなったのよ。

でもそれが終わってしまったんよ今日

なんでジオウでってのが、本編で大量のダークローチであふれてて本当に世界が終わってしま絶望感みたいなのを剣崎が全て背負って止めたのに、新しいフォームでどうにかなってしまったのが剣崎と始の15年間はなんだったんだ…ってなったとこかな。徒労感というか。

この3人に救われたと考えればいいのかもしれないけれど、ゲスト解決してもらったっていうのが…もちろん本編の地続きストーリーはすごい嬉しかった(ディ…)。でもやっぱりブレイド問題ブレイドの人たちで解決してほしかったなっていうわがままがある。これは俺たちの問題なんだって剣崎が言ってたけど、本当にそうなんだよなって思った。

2人が救われたのは嬉しいけど、一視聴者として大好きだったブレイドという話の結末が終わってしまったのが悲しい

まって!?本当になんで終わってしまったん…永遠に見続けていた外苑のシーン……森のシーン……ティターン回のレモン……tbkさんとmrmtさんの❤️と♠️の指輪(それは違う)

2人がジョーカーである限り終わらないと思っていたブレイドが終わった日

追記

ツイッター見たら最終回!2人が救われた!って喜んでるツイートめっちゃ見るんだけど、いや確かに救われたのは嬉しいけど、でも、でも…って感じ。始が銀杏並木で剣崎の幻影を見た後の表情、明らかにちゃんと前を向いてるやん。最終回の時点では2人の問題ジョーカーから会えないってとこだけやと思う(記憶曖昧)し、ドラマCDでもそこは増えなかったと思う(記憶曖昧)

2人の悲しみ付け足しすぎてない…?いや記憶違いだったら恥ずかしいかあん言及せんとこ

ブレイドという作品と結末が本当に好きだったから受け入れられないのかな

追記追記

ツイッターエンディングが4つに増えたって書かれてて救われた。違う世界線で考えればいいのね。私は最終回ドラマCD世界が好きだけど、2人が解放される世界もあってもいい。納得。

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。実は三河武士あいだでやたらと流行っていて十人いたら七・八人は唐の頭をつけていたと言われており、というのも唐の頭を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2019-01-12

ブギーポップは口笛を吹かない」あるいは「木村明雄の消失

アニメブギーポップは笑わない」1〜3話および原作ライトノベルブギーポップは笑わない』の内容に触れています

TVアニメブギーポップは笑わない」が放送中だ。ほぼ20年前にスタートしたラノベ原作であり、アニメ自体は二作目だが、原作の内容に沿ったアニメ化は今回が初めてとなる。

さて、そんなアニメブギーポップの「ブギーポップは笑わない」(原作シリーズ一作目)編が、最新の第三話で完結となった。平均的なラノベアニメ化としては、原作1巻を3話で消化というのは、極端に速いペースというわけでもない。それでも、もともとが5話で構成された原作を3話に再構成する上で、大小さまざまな省略・変更が発生することは避けられなかった。

そのうち、特に目についた二つの変更点について、思うところを少し書いてみる。

「君と星空を」&木村明雄

上で述べたように、原作ブギーポップは笑わない』は5つのエピソード構成された物語となっている。一話にそれぞれ主人公視点人物)が設定されており、一つの事件複数人間の目から見ることで立体的な世界が立ち上がってくる、といったような、今となっては(当時でも?)さほど珍しくはない仕掛けだ。

原作構成及び各話の主人公はこうなっている。

ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム


これがアニメでは、

ねこういう形に変換されている。話数単位で大雑把に見れば、各パートの分量はともかく原作の流れを大枠では引き継いだ構成と言えるだろう。

ただひとつ原作第四話がその主人公存在ごと抜け落ちている点を除いて。

原作第四話は、木村明雄という男子高校卒業後(事件から二年後)に、当時「失踪」した紙木城直子と過ごした日々のことを回想する、という内容になっている。

木村は、紙木城の交際相手の一人(アニメでははっきりと描かれないが原作の紙木城は木村田中を含めて複数の男と付き合っている)であり、事件にはあくま彼女を通して間接的にしか関与していない。紙木城から保護したエコーズについての話も聞くことになるが、何かのたとえ話だとばかり思っていた。

紙木城の失踪後、色々あったもの普通高校卒業普通大学生として普通生活していた彼の元に一通の手紙が届くことで高校時代記憶が蘇り……という、1話竹田と同じかそれ以上に青春小説的な色合いが濃く、いわゆる「一般人」の目線から見た章となっている。

アニメ化にあたって、章はともかく仮にも原作主人公の一人を丸ごとカットするのはあまり乱暴に思えるが、ここには一応それなりに納得できる理由がある。

第一に、事件の真の姿あるいはその存在すら知らないまま全てが終わってしまっていた、という木村明雄の立場は、程度の違いこそあれ竹田啓司(一話)や末真和子(二話)と重複している。一人一人に見える現実には限りがあるというテーマを示すためには、この二話だけで既に必要最低限のノルマは達成していると言えなくもない。

第二に、竹田と末真は以後の巻でも登場している(末真は準レギュラーに近い)が、二人と違って木村明雄は今のところ少なくともブギーポップシリーズ内では再登場しておらず、カットしても今後の展開に特に影響がない。

第三。エコーズの素性に関する情報は、原作では第四話で木村が紙木城から話を聞くという形で最初に明かされる。物語の本筋との関係においては四話の存在価値と言ってもよい部分だが、アニメでは2話後半、紙木城と凪の会話でほぼ同じ内容が補完されている。これは、原作でもそのようなやり取りがあったと事件後に凪の口から語られていたものであり(木村自分にだけ話してくれたと思い込んでいたが)、オリジナル展開というより変則的原作再現に近い。木村カットしてもそういう軽度の改変で済む部分なのだ

驚くべきことに原作『笑わない』には、凪と紙木城が親友であるという情報こそあるが、二人が直接会話するシーンは存在しない。にもかかわらず、読者にはちゃん彼女らが親友同士に感じられていたというのは小説マジックというほかないが、ともあれ、今アニメで凪と紙木城の会話が追加されたこ自体ファンにとって喜ばしくさえある。

これらの理由から、『笑わない』をTVアニメ3話分に収めるために章と主人公をどうしても一つ削らなければならないとすれば、やはり第四話と木村妥当ということになるだろう。アニメスタッフ判断は間違っていない。

間違ってはいないのだが。

口笛

原作において、ブギーポップというキャラクターはいくつかの記号によって構成されている(もちろんその全てが記号還元され得るというわけではない)

都市伝説死神世界の敵の敵、黒い帽子と黒いマントと黒いルージュ、ワイヤー、そして口笛。

ブギーポップは、常にというわけではないが誰かの前に姿を現す時、特に世界の敵と向かい合う瞬間には、なぜか「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲を口笛で吹きながら登場する、ということになっている。

過去メディア展開でも、多くの場合はこの口笛が再現されてきた。

実写映画はあらすじの時点で「口笛を吹く死神」と紹介されているし、旧アニメファントム)ではブギーポップ登場時の口笛はもちろん、次回予告のBGMとしてオリジナルアレンジマイスタージンガーが毎回使われ、最終回ではテルミンバージョン???)すら流れるという充実ぶり。

メインの使用キャラクターではなくサポートキャラとしての出演に過ぎない、格闘ゲーム電撃文庫 FIGHTING CLIMAX」でさえ、ブギーポップはやはり口笛を吹いて登場している(実際にプレイしているわけではないので又聞きだが、そのせいで攻撃判定の発生が遅いとかなんとか)

このように、「マイスタージンガー」「口笛」はこれまで原作の内外で、ブギーポップというキャラクター作品象徴する、代名詞と言ってもいい扱いをされてきた。

原作『笑わない』では、ブギーポップは二度口笛を吹いている。一度目は、一話の竹田屋上で会話をしている時。

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

ブギーポップが口笛を吹き始めた。明るく、アップテンポな曲で、しかも呼吸に緩急があってすっごく上手だったが、しかし口笛なので、やっぱりそれはどこか寂しげだった。

 そして、藤花は口笛が吹けないことを思い出した。

うまいんだな。なんて曲だい?」

「〝ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲さ」

「なんだいそれ」

ワーグナーって大昔のやかましロマンチストがつくった、一番派手な曲だよ」

二度目は五話終盤、早乙女を失って荒れ狂うマンティコアに追われる新刻の前に姿を現す時。

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の並木の植え込みから聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、ワーグナーの〝ニュルンベルクのマイスタージンガーなのだった。

いずれも、古くからの読者には印象深いシーンだろう。

しかし、今アニメの「笑わない」編ではこれらの口笛演奏存在しない。ブギーポップは、一度も口笛を吹かなかったのだ。

これも木村同様に尺の都合なのだろうか?

マイスタージンガーといえば、あの、ふぁーふぁーふぁふぁーという力強いイントロが印象的な曲だ。口笛でいうと、ぴーひょーろろーとなる。最低限この、ぴーひょーろろーさえ吹いてくれれば、少なくとも原作読者には「あの口笛」だと一発で分かるし、初見視聴者にも、ブギーポップというのは口笛を吹くキャラらしいということだけはなんとなく伝わっていただろう。

前回のアニメや電撃FC使用された口笛バージョンマイスタージンガーで、ぴーひょーろろーの部分の所要時間確認してみると、せいぜい2〜3秒というところだった。2、3秒。もちろん1秒24コマで動くアニメ世界での2、3秒は、日常的な感覚のそれよりも遥かに長い時間ではあるのだろう。だが本当に、今回のアニメ「笑わない」編は、ぴーひょーろろーを挿入するだけの余裕が一切存在しないほどに緊密な内容だったのだろうか。

どうしても時間が足りないなら、いっそセリフを喋りながら同時に口笛を吹かせてもよかったのではないかブギーポップというのは、そのぐらいの物理法則を超えた無茶も読者視聴者笑って許してもらえるような、良くも悪くも異質なキャラだったはずなのだが。口笛のためにそこまで冒険するほどの価値はない、と判断されたのか。

これが、今回のアニメではブギーポップは口笛を吹かない存在として設定されているということなのか、それともあくまで「笑わない」編だけの変更なのかはまだ分からない。次回からの「VSイマジネーター」編ではしれっとぴーひょろ吹き始めたりする可能性もある。しかし仮にそうなるとしても、「笑わない」で口笛を吹かなかったという事実は、もはや取り返しがつかないのだ。

原作未読者の中には、口笛が無いとなにか物語の展開に支障が出るのか?という疑問を持った人もいるかもしれない。たしかに、どうしても口笛が無ければ成立しないという場面は、原作にもほとんどない。もちろん口笛自体に、特殊振動波か何かで敵の脳に直接揺さぶりをかける、などという実用的な効果存在するわけもない。はっきり言ってしまえば、口笛は基本的雰囲気づくりの賑やかしでしかないということになる。

その意味では、削る必要はないが削ったところでどうということはない要素だったのだ、とも言える。

言えるのだが。

昔語り+α

ここで唐突に昔の話をする。

ブギーポップがちょうど一度目のアニメ化や実写映画化をしていた頃のこと。とある個人サイトにて、「実写映画になるっていうから読んでみたけど単なる化け物退治の話だった」というような『笑わない』の感想を見かけた。当時の自分シリーズ純粋ファンだったので、そのあまりにも大雑把なまとめ方に、大雑把にまとめてんじゃねーわよ!と素朴に憤慨したものだ。

しかし、今にして思えばあの感想示唆である複数視点による眩惑を取り払った一本の話として『笑わない』の本筋だけを眺めてみれば、それはたしかに「単なる化け物退治」の話でしかないのだ。

では、自分を含めた多くの読者に『笑わない』を「単なる化け物退治」ではないと感じさせた、「本筋」以外の部分とはなんだったのか。それは、自分の進路について語る竹田とそれを半ば無責任肯定してくれるブギーポップであり、

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「へえ、君は受験しないのかい

「うん。親父の知り合いでデザイン事務所をやってる人がいて、ずっとバイトしてたんだけど、その人が〝おまえは見込みがある。センスを感じる〟とか褒めてくれてさ、大学なんか行かずに俺のところに来いって言うんで」

「すごいじゃないか親方に見込まれ職人ってヤツだな」

“対決”を望んで走る末真であり、

第二話 炎の魔女、帰る 3 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)

 霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。

「No One Lives Forever」を口ずさむ早乙女であり、

第三話 世に永遠に生くる者なし 5 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「……誰も、誰も、誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も………」

新刻の意志の強さを賞賛するブギーポップであり、

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

しかし、新刻敬──君の意志の強さは見事だ。君のような人がいるから、世界はかろうじてマシなレベルを保っている。世界に代わって感謝するよ」

そして、木村であり口笛であり、そういった一見取るに足りない枝葉こそが作品の印象を形成していたのではないか

枝葉とは言うものの、ひたすら枝と葉を切り落として純化していった先にあるのは、ただ一本の幹だけがまっすぐ天を突く寒々しい樹の姿だ。口笛や木村が本筋に不必要だというなら、ブギーポップあんな格好をしている必要別にない。『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし、この巻に限って言えばブギーポップだって無くても成立しそうな内容だ(シリーズ全体で見てもブギーポップ世界設定の中で異物として浮き続けていている)。必要不要物差し物語を測れば究極的には、そもそもアニメ化する“必要”とは……?原作が書かれる“必要”はあったのか……?という不毛なところにまで踏み込みかねない。

ブギーポップというシリーズは、ことに『笑わない』は、この「剪定」の影響を大きく受けやす作品であるように思う。本筋に関わらない細部が、作品本質とは思いがけなく深く結びついてるかもしれない、という面倒くささがある。アニメ側にとっては、原作の味を再現するためにどこを切ってどこを残すべきなのか、という判断が非常に難しい題材だったのではないか

いや、ブギーポップに限らずどんな作品であっても、ファンアニメ化や映画化などのメディア展開のたびに、アレがないと○○本来の良さが失われてしまう!と感じてはいるのだろうけど。

まとめ

木村明雄の省略に関しては、大きな変更ではあるし非常に残念ではあるが、三話という尺を考えれば致し方ない(そもそも『笑わない』を三話でというタイト過ぎる構成の是非はともかく)

口笛に関しては、小さい部分かもしれないが逆にそんな小さいところを敢えて削る意味が分からないし、監督でもシリーズ構成でもプロデューサーでもいいので早めに誰かに何らかの説明をしてもらいたい。

ということになる。

原作から変えること自体は、いい。メディアの違いに加えて、予算時間など様々な制約もある以上、どうしたって変えざるを得ないところは出てくるだろう。だが、その変更に意図というか大げさに言うと「思想」があまり感じられないのはちょっと困る。原作から変えてまで実現したかたこととは何なのか。

前回のアニメ、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom」は、初アニメ化にもかかわらず『笑わない』のオリジナル後日談という暴挙とすら言える内容となっており、それだけにとどまらず「霧間凪一人称が『オレ』じゃない」など、原作からの変更点がいくつか存在した。当然、原作ファンから評価も当時はあまり良くないものが多かった。

しかし、ファントムというアニメからは、これが作りたい、こうした方が面白いはずだ、という意志は強く感じられた。原作からの変更点自体に納得できるかどうかはともかく、そういう姿勢を打ち出されればこちらも、へぇ……あなた達はこういう画面も話も異常に暗いアニメがカッコイイと思ってるんだ?「オレ」女はリアルじゃないって?へーえええええ……?と正面から受けて立つことができるというものだ(こめかみに血管浮き上がらせつつ)

今のところ、今回のアニメブギーポップは、原作読者の目から見ても決して悪い出来ではない。悪くはないのだが、どうも、どこに芯があるのか分かりにくいアニメ化となっているように見える。

公式が「アクションファンタジー」と銘打っているということは、「笑わない」編では終盤に集中して存在する程度だったアクション部分が徐々に増えていく、これからエピソードが本番ということなのかもしれない。たしかに、最初に公開されたPVでもアクション描写はひときわ光っていた。

次の4話からは、原作では上下巻の大がかりなエピソード「VSイマジネーター」編が始まる。そこでは、このアニメと思いきりVSできることを願っている。

追記

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女が存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報? - maturiのコメント / はてなブックマーク

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報

電子版『笑わない』新規書き下ろし「後書き」。プロト版のタイトルは、「エコーズ──人喰いの谺」だって

2019-01-07

anond:20140329194102

並木道を歩けば黄昏の空にささいな事もはるか昔の様に思えるけど寄り添う君が一つ微笑む度に僕は僕である事に気が付くんだよ頼りがいのある男には見えないかもしれないけどそれでも君を守りたいって思うんだよ

2019-01-06

薔薇かな🌹

会いに行くよ

並木を抜けて

歌を歌って

手にはいっぱいの

花を抱えて

らるらりら

anond:20190106004940

2018-11-01

anond:20181101163921

大阪に何度か行ったことあるけど、大きな公園は少ないし、ひたすらコンクリートモルタルの街並みが続く。街路樹のある通りも東京に比べて少ない。

グーグルマップの上空写真確認しても、東京に比べて緑の部分が少なすぎる。

果たしてそうかな? 東京の目抜き通りである銀座中央通りと、大阪の目抜き通りである御堂筋とを比較してみれば、イチョウ並木が2キロ以上に渡って綺麗に整備されている御堂筋の方が緑豊かなストリートだと思うよ。

街路樹のある通りと言ったけど、大阪街路樹のある通りは、堺筋御堂筋四ツ橋筋、なにわ筋天神橋筋天満橋筋上町筋・・・普通に街路樹が整備されている通りばかりだけど?

東京大阪も緑地帯密度は同じくらいだと思うよ。東京都心である銀座京橋日本橋東京駅の一帯の中では、緑地帯らしい緑地帯なんてないよ。

難波駅前のアール・デコ精華小学校を、そのまま緑豊かな文化施設転用すればよかったものを、文化のぶの字も知らない行政が取り壊した挙句、地権で揉めて何年も>更地のまま、やっと出来たのは家電量販店パチンコよりはマシだけど、それにしても大阪凋落を見てるようで辛い。

アルマーニ制服採用して話題になった銀座の泰明小学校(同じく戦前アール・デコ建築)とは対照的というか、なんか悲しくなるね。

廃校現在も供用されている学校を同列に論じられても・・・

大阪で言えば、中之島大阪市役所。あれがもし建て直さずに残っていれば、その後の文化行政も変わったかもしれない。過去の栄光をどんどん馬鹿みたいに目先の金>と利便性で塗り替えていって、京都神戸に下に見られる都市に堕ちていく大阪。いつまで東京を追いかけてるつもりなのか。

東京だって有楽町にあった旧東京都庁を取り壊して、今は無印良品の店になっちゃったじゃん。

流石に大阪京都神戸から下に見られるというのは笑い話でしょ。

鉄道網や高速道路国道網は全部大阪から放射状に伸びる仕組みになっているし、京都神戸大阪ベッドタウンの一つでしかない。

2018-09-14

第2回~第6回モバマス総選挙ガチャブ一覧

第2回~第6回モバマス総選挙ガチャブ一覧

第2回

第3回

第4回

第5回

第6回

2018-05-20

日常ミステリ好きが【少女秘封録】を読んでもいいいくつかの理由

日常ミステリを好む方でも、2009年から足掛け10年、既刊19作にわたって続く『少女秘封録』(浅木原 忍 著)という作品を知っている方は、そう多くはないかと思う。

それも当然、これは東方Project二次創作として制作頒布されている同人誌であり、一般的知名度があるわけではない。

おっと、東方に興味はないとかいう方も、もうちょっと目を通してくれ。

詳細は後からゆっくり語るが、この作品。すこし特殊立ち位置なのだ。なにしろ、「東方Projectに関する前提知識は、ほとんど必要がない。」

どのくらい必要がないかというと、「東方はよく知っているがミステリ小説は読まない」人よりも、「東方はまったく知らないがミステリ小説はそれなりに読んでいる」という人のほうが、作中で語られるネタについて、より深く楽しめるだろうと思えるくらいだ。

ちなみに19作とはいっても、ストーリーの大きな流れはあるものの、ほとんどが連作短編集、たまに長編といった形で、各エピソードもほぼ独立していて、わりと気軽に手を取れることには言及しておく。

少しでも興味がわいたのなら幸い、もうちょっとこの語りを読んでいってほしい。

東方Project知識が(ほとんど)必要ない

さあ、まず、ここを説明しなければ始まらない。

まず、この作品は、東方の中でもやや特殊な「秘封俱楽部」の二次創作、という立ち位置であるそもそもこの「秘封俱楽部」、東方の主な舞台となる「幻想郷」とは切り離され、現実世界ベースとした世界設定になっている。

でも二次創作には違いないし、キャラも知らないし? 心配はいらない。導入となる第一作では、キャラクターを一から構築するのと変わらない丁寧さで、主役となる二人の背景をきちんと描いている。端的にいって、事前情報必要ない。

また、このシリーズの最大の特徴として、各エピソードは主役の女子大生二人と、「ゲストキャラクター」との絡みによって紡がれる。この「ゲスト」は、幻想郷の住人の「そっくりさん」ではあるが、あくまで作中の世界を生きる人々である

たとえば、「図書館魔女」が「図書館司書」だったり、「姉妹の騒霊楽団」が「姉妹バンド」だったり、「虎の妖怪」が「タイガースファンのお姉さん」だったりするアレンジのやりかたを楽しむくらいしか原作要素はない。

(もともと現実世界キャラである東風谷早苗がどういう扱いになるか気になる人は、『ヘビガエル・サナトリウム』を読むのだ)

大事ことなので繰り返すが、『少女秘封録』を読むにあたっては、東方Project原作の前提知識は、まず必要にならない。

ミステリ好きにはたまらない会話

「秘封俱楽部」を原作にしているとはいえ、それを「少女秘封録」という二次創作キャラクターとして肉付けするにあたって、もっとも大きなものは、「主役ふたりを、現代ミステリ小説マニア」にしたことだろう。

第一第一話『桜並木の満開の下』の冒頭で、語り手が手にしているのは、島田荘司『異邦の騎士』だったりする。

三月は深き紅の淵を』の感想から恩田陸論をたたかわせる女子大生ふたりとか、ちょっとゆっくり観察したいとは思わないだろうか。

探偵事務所」といわれて連想するのが巫弓彦の名探偵事務所だったり、カラット探偵事務所だったり、真備霊現象探求所だったりする会話は微笑ましくもなるだろう。

こればかりというわけでもないが、こんなふうに、マニアックになりすぎない程度に「ミステリ好き」を全面に押し出しミステリ小説、というのもちょっと貴重かもしれない。

良質な「日常の謎」

背景設定が設定だけに、物語全般としてはオカルトSFが入り混じる世界観になっている。しかし、ミステリとしてのパートはそのほとんどが「人の想い」のすれ違いによる、どこにでもある「日常の謎」である

そうやって生まれる謎に対して、主役のひとりはまっすぐ他人の心を思いやり、もうひとりは探偵の目をもって冷徹に、挑もうとする。しかしそれはどちらも、謎を解明することで、その謎を抱えるひとを幸せにしようとし、一貫している。

ひとの気持ち一筋縄はいかない。だからこそ、それに逃げずに、「探偵」として「助手」として、謎に、人に、向き合う。これは、そんな「日常の謎」の物語なのだ

手に入れるチャンス

そもそも、なぜ、このタイミングでこんな語りをしているのかといえば。

忘れてはいけない、この作品同人誌一期一会をつかみそこねたら入手が困難……

なのだが、ちょうど、ほぼ全巻の再販がかかったということで、この機会を逃すとほんとうに手に入らなくなるかも、しれないよ?

https://twitter.com/asagihara_s/status/997845336977625089

ちなみに、短編のうちいくつかはネット公開されているので、合うか合わないか、くらいの参考にはいいかもしれない。

http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/80/1247237593

http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/83/1249505488

http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/84/1250764821

2018-04-08

福島の桜

今年も桜の季節が来た。

今の日本で南から桜前線が通過しているのは、ちょうど東北付近もその一帯だ。

私は福島出身だ。

場所沿岸部、幸いな事に津波の影響はなかった。だからこうして、帰省することが出来る。

あれから、7年経ったそうだ。

私は今年、運良く桜が咲きはじめた頃に帰省したので、母と2人でドライブがてら県内の桜スポットを巡った。

久しぶりに母とあちこち行った気がする。

最初に行った公園は私が知らない公園で、桜は5~7部咲きだった。

それでも綺麗だったし、母がこんなところに連れてきてくれた事が意外だったが嬉しかった。

母はちょっと歩いた先に、ヨットハーバーのようなところがあると言った。そこは震災津波被害にあったけど、作り直されたんだと言った。

復興が進んだんだな、とそこを見に行った。釣り場や、ヨットか船の停泊所があり、近くの海辺では子供たちが遊んでいた。

私はその場所を見下ろせるところにいた。震災の時、津波で飲み込まれ映像の地形と似ているなと思った。

それから、新しく某商業施設ができるところを見に行った。

工業地帯で、道路がとても広い。

この商業施設(スーパー)がオープンしたら、この道路もいっぱいになって動かないんだろう、と母が言った。

市内に大型施設ができると道路が混雑したことを思い出した。きっとあの施設オープンしたら同じことが起こるだろうと思いながら、外壁が出来上がったその建物を見つめた。

どうやらこの複合スーパーを作るのに、地元商店街やら何やらから反発があったらしい。どのような着地になったのかはわからないが、1部では歓迎されないと言うのは、きっとどこにでもある問題だろうけど、それはここでも一緒なんだな、と思った。

私はここが、市内の活性化の場になるとか、今まで無かった何かの場になるとか、そんな事を望んでしまった。

はっきり言って市内の人間はこの施設を知らないわけはないし、控えめに言ってみんな楽しみにしているのである

市内に初めてスタバができたあの時の比では無い。

ここでも、新たな復興の形を見た。

隣接するアクアマリンとららミュウ活性化することを見込んだ配置。有難いなと思った。

観光客にはぜひ金を落としていってほしい図式が出来上がっていたので、施設並びに出店店舗にはぜひ頑張って頂きたい。

因みに、市場のようなあれの中で炉端焼きができたりするので観光客の皆さんはアクアマリンに行ったあとにぜひ魚を捕食して欲しいと思ったのでオススメしておく。

その施設工事現場を見に行ったあと、1時間ぐらいか?かけてその場所に行った。

県内、あるいは市内では有名な夜の森公園という所だ。

車でずっと走って行った。途中、山の中では桜の開花が遅いようだった。

夜の森も桜がまだ咲いていないのではと母が言う。そうかもしれないね、と私は返す。

それでも、夜の森の桜に向かった。桜を期待していたのかもしれない母には悪いが、私は咲いていなくてもそれでも良かった。

車で行く途中、母といろんな話をした。

私が子供の頃そこを見に連れて行ったこと、私はちょっとだけ覚えていると言ったこと。昔の話をするにはい時間だった。

カーナビ目的付近だというそこは、確かに並木で、桜のトンネルだった。

ピンクに覆われたトンネルは7部咲きではあっても圧巻だった。

尚且つ、車も通らない。なんなら人も居ない桜並木写真に収めるとなんの邪魔もなかった。間違いなくインスタ映えするだろう。

ただやはり、何かが違った。

その地域に入ったあたりから気づいてはいた。

人が住んでいないのだ。

家があっても、農家だとわかる家やどんなに新築に見える家があっても、人が住んでいる気配が全くない。

それはたぶん、普段生活している中で経験することは無い事だし、あの地域に入ったあの違和感や何かしらを感じるなんてことは不可能だと思える。

まり夜の森原発事故によって帰宅困難地域により、進入禁止にされている地域を含んでいた。

一部しか通行することは出来ず、廃墟となったコンビニか何かがある所には、柵でその先を閉じられていた。

柵の先と、自分今立っている差は、何が違うのかまったくわからなかったが、その柵の先もお構いなく、桜並木は続いていた。

次の週からライトアップされるらしい。

桜が散る前だといいな、と思った。

人が住まない町。アレ以来、何度か訪れた。

家がある。だが人は住んでいない。道すがら、桜はこれから咲くんだよと話した。風景でわかる、普通じゃない景色。私の地元ではないが、それはっきりとわかる。

桜は綺麗だった。

2018-03-17

https://anond.hatelabo.jp/20180317171544

その辺は団地に寄りけりだけど、うちの団地は裏側は芝生の庭になっていて、梅や桜、つつじ、桃、モミジとかが植えてあるんだよね。

それ以外でも桜並木があったり、お花畑があったり、庭があっても自分じゃとても手入れできないけど、他人がやってくれるなら本当、豊かな気持ちになれるよ。

森林公園も手入れされてあるし(自然のままの森だったら人間は入れない)、散歩するだけでしあわせになれる。

2018-03-01

帰りの電車満員電車とは言えないもの結構混んでいた。

おれは、電車の中に入って、後ろの人たちも中に入れるようにつり革を持ってる人たちの並木道の間に入っていく。

それが間違いだった。悩ましいことを考えなければならなくなる。

おれの左のつり革をもってるのは片肩にリュックを背負ったおっさん

とても疲れていた。

目をパチクリさせては、電車の中とシャットダウン世界を行ったり来たり。

そのスイッチに反応するかのように揺れる電車

そしてその揺れがおっさんリュックに伝わり小さな弧を描き、おれにちょっかいを出してくる。

1億万もらう代償に毎日いやなことされるけど何なら許せる?の迷ったあげくに許せないとの回答をするぐらいのウザさ。

しかにウザいのだが、おっさん疲れてるしなー。

それに嫌なハゲ方してるし。


おれのこのいらいらは今日の綺麗な満月を見て、空中に彷徨って行った。

2017-12-22

少女終末旅行が最高すぎたので何が素晴らしいのかを言語化してみる

少女終末旅行は素晴らしい。さっき最終話を見たばかりのワタシからすればこれはもはや自明なのだが、もしかしたら明日朝起きたワタシにとってはそれはもはや説明必要とするような感覚かも知れない。だが、ワタシはこの気持を忘れたくないので、一度言語化してみる。言語化することによって記憶は記録となる。記録を残すと思い出はより高い精度で再生する事が可能になり、明日以降のワタシも少女終末旅行の素晴らしさを忘れないでいることが出来る様になるのだ。話が逸れてきた。興奮しているようだ。落ち着け

落ち着いた。続きをかく。

ここ数話の少女終末旅行を見てワタシの記憶に蘇ったのは2つのアニメだ。1つはけものフレンズ、もう1つはテクノライズ。どちらも素晴らしいアニメだ。片方は滅びた後の優しい世界を描いた作品であり、もう片方は滅びゆく優しくない世界を描いている。少女終末旅行世界は優しくない世界の名残が各所に残る優しい世界だったからこの両者を思い出したのだろう。1つ間違いなく言えるのは、滅びるとは美しいという事だ。そして、滅びていると滅びていくが同居する、滅びかけの世界はとても美しいという事だ。

少女終末旅行世界は滅びているし、滅びかけているし、滅び続けている。そして少女終末旅行世界には世界を滅びから救う道が残されていない。人類世界が滅びることで、別の新しい世界が生まれていると捉える事はできるが、人の世が滅びることはもはや避けられない。世界に残されているのは思い出と、ほんのわずかな人間であり、そこから人類世界が蘇る未来はもはや何処にもない。

滅びている世界の中で、残されているのは人類がかつてそこにいた記録だけだ。だが、それらの記録を人類記憶として再生するための人間がもはやいない。観測者不在の世界において記録はただのデータであり、記憶に書き換わることはない。そこにオッサンやオネーサンや、2人の少女がやってくることで、かつて人類がそこにいた世界を生きる日々の思い出が生まれていく。この世界に人が居たことを証明する事が出来る存在はもはや残り僅かだ。

歯車が、兵器が、工場が、食料が、機械が、記録が、人類がこの世界にいた証拠がこれほどまでに溢れていて、自然を上から覆っているのに人間ほとんど残っていない。矛盾だ。人間の為に存在するもの世界を覆っているのに、人はもうほとんどいない。矛盾ではない。人間の為に存在するものは、人間存在していたことは証明しても、それらを築き上げた人間たちが今もそこにいることはまでは証明しない。


あの世界は屑鉄色だ。しかし、その世界で描かれる物語は暖かく柔らかい。それはそこにいる人間が柔らかいからだ。つくみずデザインの丸顔はとても柔らかい饅頭を頭に乗せたような顔をしている。ちーちゃんはとても柔らかい。ユーもとても柔らかい。2人の関係も柔らかい出会人達もまた柔らかいあの世界はあんなにも固くて冷たそうな物ばかりが溢れているのに、その世界観測する人間が柔らかいからあの世界は柔らかい

屑鉄色の固くて冷たい世界が、それを眺める人間によて柔らかくなっていく。その過程があそこにはある。


少女終末旅行が何故素晴らしいのか。それは夜に見るのに相応しいアニメからであろう。それも週末の夜に見るのにとても素晴らしいアニメだ。週末にやっているという事が素晴らしいのかも知れない。放送時間はとても大事だ。平日の夜に見る深夜アニメは、次の日が平日であるという気持ちから入り込めない。平日への逃避の気持ちから深く入り込めるという意見もあるだろうが、それは入り込み方として濁っているとワタシは考える。これはワタシの個人的意見だ。平日が終わった金曜日の夜に、一週間の仕事の疲れを抱えながらテレビを見る。季節は冬だからもう周りは真っ暗で部屋は少し寒い。だけど心は穏やかだ。膝に載せた電気毛布ほのかな暖かさと柔らかさが肌にしみる。そしてアニメが始まる。人気のない道をケッテンクラートが進む。寒空の下か、暗い工場の中を。少女達が現れる。途端に世界は晴れやかになる。晴れやかなまま穏やかに物語が進み。OP流れる。とても心地よい。そしてCMがやってくる。

物語が再び始まる。冷たい雪景色に轍を残して軍用の半装軌車が進む。少女達が取り留めのない会話をする。雪が鉄を覆う景色灰色と白の二色だ。しかし、その世界がまとう空気は春の並木道を思わせるような暖かさだ。世界は温かい世界は冷たい。硬い。柔らかい矛盾した感覚。滅びゆく世界未来のある少女少女2人の旅。未来のない世界矛盾。心地よい。コタツに入ってアイスを食べるような。心地よい矛盾

物語は進む。世界真相は少しずつ暴かれる。暴かれているようで、暴かれていないようで、暴かれていく。世界の滅びの核心が近づく。世界が滅んでいても、2人の旅が楽しいことが確信に近づく。世界は滅んでいる。間違いない。もう駄目だ。救いはない。2人一緒の度は楽しい。もう疑いの余地はない。救いはある。

滅びの美学少女の愛らしさをラッピングしているのか。少女の柔らかさで破滅の寒さを包んでいるのか。相互作用だ。相互作用しあっている。混ざることのない2つが混ざり合わないからこそ引き立て合う。深夜アニメだ。深夜アニメとはこうあるべきなのだ。言い過ぎている。だが他の言葉表現したくはない。真夜中に起きているような年齢の人間が、子供の見るような絵柄の番組を見る。内容は子供でも分かるような気がするが、大人の方が楽しめるように作られてもいる。難しい話をしているようにも見えるし、幼稚園児向けのおとぎ話みたいにも見える。深夜にやるアニメ特別時間。その特別がこの所は失われてきた。大人向けのおとぎ話、少し背伸びしたい子供のためのカルチャーオタク向け作品オタクでない人間の視聴にも耐えるような作品。本当は誰のものなのか誰にも分からなくて、きっと誰のものでもない。子供寝る時間大人も寝たほうがいい時間にやる番組狭間世界にある狭間テレビ。柔らかくて、冷たい。暖かくて、硬い。心地よい矛盾。その手触り。思い出せた。ワタシが深夜アニメを好きな理由言語化しきれなかったけど、せめて言語化出来た範囲までは記録できたはずだ。何故ならこうして言語化したのだから

とりあえず言いたいこと。ちーちゃんが凄い可愛い。ユーが可愛いのは、ユーがちーちゃん可愛いと思っているからだと思う。相互作用

2017-06-07

うろ覚え花咲かじいさん

むかしむかしあるところに、おじいさんがいました。おばあさんもいたような気がします。

おじいさんは犬を飼っていました。

名を平八といい、それはそれはとてもかわいい犬でした。

ある日、おじいさんが畑仕事をしていると、

平八が「ここ掘れワンワン!」と命令をしてきました。

平八の命令通りに地面を掘ってみると、大量の小判が入った壷が見つかりました。

おじいさんはその小判でもう一生働かないで暮らしていけるようになりました。

このことを隣のおじいさんとおばあさんに自慢したところ、

「それなら私達にもその犬を貸してくれないか」とお願いされました。

おじいさんは快諾しました。

「しめしめ。これで私達も大金持ちだ」

おじいさんとおばあさんは平八を自宅の裏庭に放ちました。しかし平八は寝転んでしまい、やがて鼾をかいて寝てしまいました。

翌日も、その翌日も平八は寝たままで、いつまで経ってもお宝の場所を教えてはくれませんでした。

「むむ!このクソ犬め!」

おじいさんとおばあさんは平八を棒で叩きました。

「キャイン!」

平八は叩かれたくないので、

「ここを掘れ!」

と渋々言いました。

「ひぃやったぁ!」

おじいさんとおばあさんは狂喜乱舞

一心不乱に掘り続けました。

すると大きな大きなつづらが出てきました。

「こりゃあ壷なんか比較にならん!わしら大金持ちじゃ!」

しかし葛篭から出てきたの小判ではなく妖怪でした。

「ひゃぁぁぁ!!」

おじいさんとおばあさんは妖怪と一週間戦いました。

そして、

「このクソ犬がぁ!」

ついには平八を叩き殺してしまったのです。

「なんてことだ……」

「ふん!このクソ犬がいけないんだ!」

隣のおじいさんとおばあさんは悪びれる様子もなく、唾を吐いて帰っていきました。

「平八……」

おじいさんは大変悲しみました。

涙を流しながら平八の亡骸を燃やしました。

燃え尽きた骨を広い、それを小さなお皿に入れました。

そして平八が大好きだった桜並木を歩いたのです。

「わしは平八と共に居たい。金はあれども大切な者はみんないなくなってしまった」

悲劇悲劇じゃあ!

おじいさんは叫びながら灰となった平八を撒きました。少し疲れていたのです。

でも、撒かれた灰は風にのり、冬にも関わらず桜を満開にしたのです。

「こ、これは!」

『おじいさん。僕はここにいるワン』

平八の声が聴こえたような気がしました。

「そうだな。いつまでも泣いててはいけない!」

おじいさんは笑顔になりました。

この気持ち、みんなに分け与えたい!

「この灰さえあれば、枯れ木だって花満開じゃ!」

おじいさんは練り歩きました。

「枯れ木に花を咲かせましょう!」

おじいさんは叫びながら練り歩きました。

村民達は静かに見守りました。

しかし!

「あ、あれを見ろ!」

「は、花がぁ!」

そうです。そうなんです。おじいさんが平八の骨をまいた木は、すべて桜の花が咲いていたのです。

この噂を聞きつけたお殿様はおじいさんと城へと招待しました。

「一体何をしているのだ?」

「花です。花を咲かせているのです」

大丈夫か?」

大丈夫です!これをごらん下さい!」

おじいさんはリズミカルに灰をまきました。

すると、城の庭に植えられていた枯れ木が

見事な桜になりました。

「す、すごい!」

「でしょう?」

「ほうびをやろう!」

おじいさんはお殿様からもの凄い金額を頂きました。

小判と合わせるともう完璧お金持ちです。

その噂を聞きつけたお隣のおじいさんとおばあさんはその灰を少し分けてくれとお願いしてきました。

大事大事な平八を叩き殺した張本人達でしたが、おじいさんは快諾しました。

「これで今度こそ……」

隣のおじいさんはおばあさんは手始めに自宅の裏庭にある木に灰をまきました。

すると花が咲きました。灰色の花が咲きました。

その花は直ぐに地面に落ち、無数の触覚が生えてきたのです。

「ひっ」

灰色の花から伸びた触角が隣のおじいさんとおばあさんに突き刺さりました。

血が垂れて、触角づたいに花に触れました。

全ての花は赤く染まりました。

「これはこれは。見事な花を咲かせましたね」

平八の飼い主であったおじいさんの言葉が、二人に聞こえることはありませんでした。

めでたしめでたし

追記

これを書いた後に答え合わせをした。

http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=21

大体当たっていてよかった!

2017-05-25

サイバーパンクオタクの夢に終わった

今の東京の町並みをみてみろよ。

外苑前並木道、虎ノ門ヒルズ庭園渋谷ヒカリエ。どいつもこいつも雑誌で呼んだようなファッションしてお高くとまりやがって。

渋谷スクランブル交差点外国人撮影スポットになり、秋葉原なんちゃってメイド制服女子高生がチャラチャラしてやがる。

梅雨のようにジメジメしてケーブルが這い回る混沌とした九龍城のような生活が露わながらにも凝縮された世界浄化されていっている。

どんなデブでもブスでもファッションのように義体を着て、美女イケメンとなり、脳内薬物を増幅し、狂気仮想現実へと没入していけるあの世はいまや、東京には見いだせない。

2017-05-19

これからどうしよう

短大はなんとか卒業したものの思った通りの就職先がなく、今は精肉卸で配送ドライバーをしている。

堅苦しいルールもなく女性は珍しいからと重宝されてはいるけど、まわりはおじさんばかりで楽しいことは一つもない。

給料いいわけでもないけど仕事がつらいわけでもなく何となく辞める理由も続ける理由もない毎日を送っている。

飲食店開店前に配達しなければならないから、朝の6時前には積み込みを終わらせて軽トラを走らせる。

会社のすぐ近くにあるしばらく続く桜並木は毎朝の配達ルートで、ランナー散歩をする人ばかりでこの時間から仕事をしているのなんてわたしくらいのものだ。

そんな中で、先月のはじめころに彼を見つけた。

中肉中背、とくべつ顔が良いというわけではないけど、要するに一目惚れだった。

姿勢が良かったとか、父親ちょっと似てたとか、朝の木漏れ日に走る姿が素敵だったとかそれくらいの理由だ。

退屈な毎日の繰り返しに、何かしらの刺激をもとめていたのかもしれない。

彼はこの道を往復しているらしく、正面からかい合うときも後ろから追い越すこともあった。

車道歩道の境目もないような狭い道なので、わたしも気を遣って走ってはいるのだが、どんな車や歩行者に対してもしっかりと身体を避けて道を譲る姿が印象的だった。

配達に急いでいる時に限って避けようともしない歩行者ランナーが多いこの道で、彼のような存在は貴重だ。

特に愛想が良いわけでもない、それなのに誰かれかまわず道を譲る彼への興味は日に日に増していくばかりだった。

どうすれば話しかけられるのかと色々考えてみたけどなかなか良い案が思い浮かばない。

彼を追い越して途中のコンビニに立ち寄ってみたりもしたけど当然振り向いてくれるわけもない。

何の理由もなく話しかけることはこれほどまでに難しいものだったのか。

散々悩んだ挙句にふと思いついたことがあった。

追い越し際に彼にサイドミラーを軽く当てて、急いで降りていって謝ればそれをきっかけに話ができるし、あわよくば連絡先を聞き出せるのではないか

ちょっと危ないし、うまく行かなかったら最悪に嫌われてしまいそうだけど、でもきっと一生懸命謝る姿を邪険にするような悪い人ではないはずだ。

はいつも耳にイヤホンを入れている。後ろの車も気づくくらいだから大音量で何かを聞いているわけではないにしても、多少は聞こえづらいはずだ。

そう思って何度かアクセルをすごく静かな状態にして後ろから近づいてみたところ、彼は気づかない様子で避けようとしなかった。もうこれしかない。

いよいよ今日が決行の日。いつもみたいに汚れてもいい服はやめ、いつもより少し化粧にも気を遣った。

彼がいつも折り返す曲がり角はちょうど会社入り口から見える位置にある。

彼がいつも通り折り返したのを確認すると、わたしは急いで軽トラに乗り込んだ。

鍵を刺そうとしたが緊張しているのか床に落としてしまい慌てて拾い上げる。

朝日木漏れ日が輝く桜並木を彼に気づかれないようにゆっくりと走リ出す。

彼の背後にゆっくりと近づく。案の定彼はわたし存在に気づかない。

自分を落ち着かせようと一つ深い息を吐いて、ふかしすぎないようにアクセルに軽く足をかける。

これでサイドミラーだけを彼の身体にぶつければうまくいく。はずだった。

突然彼は、何かを避けるようにわたしの車の前に半歩だけ飛び出してきた。

ミラーけが当たるはずだったのに、そのせいで彼は片足を巻き込まれ道路に倒れ込んでしまった。

計画とちがう。焦ったわたしは急いでブレーキを踏んで止まろうとした。

その瞬間、景色は止まるどころか猛スピードで流れていった。

それが踏み間違いだと気づくまでにかなりの時間が過ぎてしまったような気がしたが、ブレーキを踏んで止まった距離は思っていたより長くはなかった。

ミラーを覗いて急いでバックで戻る。

声をかけるが反応はない。ただ、何となく反応がないだろうことは声をかける前からわかっていた。

特に出血が見えたわけではないが、身体の半分が明らかに低く潰れていて、手足は見慣れない方向に曲がっていた。

誰かに助けを求めようと周囲を見回すも、運の悪いことに近くには珍しく誰もいなかった。

冷やせば悪化を免れるかもしれないと、急いで冷蔵庫を開けると配達荷物の横に彼を置いた。

これ以上大変なことになってはまずいからと、ひとまず配達だけは済ませてきたのだが、これからどうしよう。

2017-04-17

日曜日の話

新生活スタートして半月が過ぎた。

前の住居から持ってきた折りたたみ自転車引っ越し等の忙しさに感けて放置していたのだが、タイヤ空気を入れて、オイルを注し、ようやく乗れそうな感じに整備した。

まだアパートの近辺もよく探索していないので、ついでに隅田川沿いの桜でも見ながらぶらつこうとコンデジを片手に繰り出した。

とりあえず、駅とは反対方面、川へ向かうような気持ちペダルを漕ぐ。

途中、小学校やら保育園やらを通ると、校庭の桜が満開からやや散り始めの感じで、そういえば、今年はまだ桜の写真を撮っていなかったなとカメラに手を伸ばす。

田舎から出てきた私にとって、東京とはカメラをぶら下げて徘徊する人間に寛大な土地…というイメージだったが、住宅街では流石に気恥ずかしい。

というか、やはり学校周りでカメラを構えるのは不審者一歩手前だよなと思い直し、やはり川辺まで堪えようと、ペダルを踏み込んだ。

勘を頼りに川を目指すと、やがて川沿いの通りに行き当たった。しかし、想像していた桜並木はなく、なんか緑の植え込みやら雑木やらが並んでいる。落胆。

こうなると、どうにか桜を拝みたくなり、近場にあるという桜堤緑地という花見の名所を目指すことにした。検索すると、それほど遠くもなさそうだ。

それにしても、この日は暖かいというよりむしろ暑いに寄った陽気であり、自転車を止めると汗が滲む。

それでも、新荒川大橋を渡れば、川辺の風が実に心地よかった。

桜堤緑地にたどりつくと、期待通りの桜並木がそこにあった。

花見客もまだまばらで、自転車を停めて暫し桜を眺めたり写真を撮ったりする。

ひとしきり歩きまわり満足したため、もと来た道を引き返す。

コーヒーで飲んで一服しようと言うところなのだが、いかんせん近場の店がわからない。

結局、駅まで戻って喫茶店に入ってしまう。ミックスサンドコーヒーを頼むが、あまり長居できる雰囲気でもなく、

疲れもでてきたので、早々に店をでた。

食後に一風呂浴びたくなり、調べてみるとアパートを通り過ぎたあたりに銭湯があるとのことで、ゆっくり向かう。

途中、サイクルショップを見かける。ミニベロ部品などはあるのだろうか。

ロードバイクやらクロスバイクやらが並ぶ店はどうも気おくれしてしまう。またそのうち見に行くとしよう。

さして時間もかからず、目当ての風呂屋にたどりつく。

なんと、この風呂屋は電子マネーで決済できた。未来だ…

風呂は露天あり薬湯ありもちろんサウナと水風呂もあり、大変満足だった。

是非また来ようと心に決め、アパートへ戻ってビール引っかけて爆睡しましたとさ。おしまい

2017-04-13

二ヶ領用水の桜並木

今はもう会社都合で転勤になってしまったが、当時川崎(最寄りの駅で言うとJR南武線矢野口稲田堤の間)に住んでいて

そこから自転車で15分くらいの会社に通っていた。

通勤路は表通りの府中街道沿いか南武線近くの二ヶ領用水沿いの道を使っていた。

4月になると二ヶ領用水沿いにある桜は見頃になり、自転車を漕ぎながら見るのもよいが

休日には家から会社のあるところ、さら登戸方面まで徒歩で散歩するのが春の楽しみの一つだった。

稲田堤駅から少し歩いたところ、焼き鳥屋が入口になっている裏通りにある団子屋(会社の帰りによく割引弁当を買っていた)で

団子を買い、それを持って散歩に行った。用水路沿いにはところどころに腰掛けがあったのでそこに座って花見団子洒落込んでいた。

用水路のせせらぎの音と桜の花、そして鴨や鯉などの生物を見ると安らかな気分になれた。

今住んでいるところでも花見スポットはあるが、それでもこの季節になると

当時川崎に住んでいた頃に見た二ヶ領用水沿いの桜並木を思い出す。

2017-04-11

金曜の夜を巻き戻したい

残業帰りに浮かれてフワフワ桜並木に寄り道して写真とってたら、生まれて初めて男に声かけられた。

会社花見が終わった後だそうで(事実かは知らん)

満開でよかったですね、桜どれぐらいの時期が好きですか、これから一緒にお花見しませんか、じゃあそこのコンビニで酒買ってきますおつまみかいます結構飲みます? なんて言われてから

その人が買い物に消えたあと、フト「あれ、これ花見ナンパっぽくない? 立派な中年喪女に対して?」と

深読みし始めて怖くなって、おまけに終電も近かったし寒かったし

私は見た目ほど酒飲めないし、おまけに翌日も朝早くから仕事あったので

その人が戻ってくる前に逃げ帰ってしまった。

 

単なる酔っ払いの兄ちゃんでも、これから先の人生

私に花見しませんかー、なんて声かけてくれたり

ビール買いにいってくれる人なんてもう現れないだろうなと思うと

もったいないことしたな、とか、そもそも何も言わず消えて申し訳なかったな、とかいろいろ思う。

 

今思えば私はその人の顔すら見てない。本当に桜を見ながら会話してた。

2017-04-10

並木ドライブ増田酢魔部位ラドを君なら草(回文

桜咲いてるわね、

並木を颯爽と走って愛でるのもなかなかいいわね。

まあ、ビールお花見とかってのは出来ないけど。

でも今の季節ならではよね。

桜なんてって思うけど

やっぱり咲いてたら見に行きたくなっちゃうのよね。

今年はなんかピンク色が弱い気がするわ、

昨年はピンク色強まって咲いていたんだけど、

毎年見比べてると、

そういう楽しみ方もあるわ。

昨年も言ったけど、

何故かしらピンク色が強い桜があったら

だいたいは

その下に何かが埋められていて事件のニオイがするのよ。

桜が散ってしまう前に

捜査をしないとまた振り出しに戻ってしまう、

来年まで手がかりをのがしてしまうの。

また1年桜の木の下での張り込みは、

あんパン牛乳のしのげないわ。

1年って長いの。

せめて桜餅にして欲しいわ。

ちがう、そんな話じゃなくって、

結局花より団子なのよね。

私すっかりアメリカ大使館お花見立食パーリー

サーモン刺身コーナーから離れられなくなっちゃったわ!

海外渡航者には有名な話だけど、

何かあったら国問わずアメリカ大使館に飛び込めって言うのは鉄則よね。

アラスカから送られてくるサーモンはとても最高よ!

鮮度が違うわっ!

来年も招待して頂けたらいいな~。

うふふ。


今日朝ご飯

桜餅美味しそうだったので和菓子屋さんで買ってみました。

季節ものに弱いのよね。

全然関係ないけど、

そこのフルーツタルトも最高なのよ。

ついついまたそれも買っちゃったわ。

週末サティで買い物して

フランスフェアやってたので、

グレープフルーツワインがとても美味しそうだったので、

今夜はそれでお花見しようかしら?

柑橘系ワイン楽しみ~。

デトックスウォーター

フレッシュミントにホッツウォーラーを入れて作る

ちょっとミントティーみたいな感じ。

まりミント多いと湿布かじってるみたいになるので、

ほどほどにね、

フレッシュミントは強力よ。

では乾杯しましょ!

レッツメイクトースト

素敵な桜に!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-04-04

歴代可愛かったAV女優

1位 並木

2位 並木

3位 並木

AV女優はゆうたむだけでよかった

引退して2年か…

いまだに忘れられない

2017-03-22

朝忙しいと増田バタバタ場束堕す的意思が沿いさあ(回文

この時期は

朝っぱらから忙しいのよね。

朝っぱらの

ぱらってなによって思っちゃう

昼っぱら、とは言わないし、

夜っぱら、とも言わないし。

そう思ったら不思議ね。

東京は桜が咲いたってニュースでやってたわ。

さすが流行最先端の街ね。

渋谷道玄坂からスペイン坂にかけての

並木が好きだったなぁ。

久しぶりに行ってみようかしらと思っちゃうけど、

もうちょっと

咲きそろってる方がいいわね。

五分咲き前の桜が綺麗でオススメよ。

うふふ。

今日は手短にこの辺で。

アディオスアミーガ


今日朝ご飯

しかしたら今日はお昼ご飯ありつけないかも知れないわ。

からちょっと多めに朝ご飯

サンドイッチおにぎりしました。

最近は味付いてない海苔おにぎりラインナップが弱くって

ちょっと残念なんだけど、

仕方ないわね。

デトックスウォーター

オレンジ今日ミントを摘まんでのせてみたわ。

オレンジ果汁を炭酸で割る、

今日は朝からパンチのあるやつよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-02-12

卒業式

卒業式の日。成人式の日。入社式の日。

いつだってイベントごとの日は両親をがっかりさせた。

卒業式ー。

悲しいほど綺麗なままの卒アル

卒業式を終えた子達が集まって、門の前の桜並木写真を撮っており、その周りでは父兄が談笑している。

そんななか、たった一人で一番早く門を出てくる我が子。

そんな子供の姿を見て、母はどう思っていただろうか。

私は、彼等の立つ桜並木には、一生立つことができないだろうと思った。

成人式ー。

これも、身内だけの、小さなさな儀式

誰に見せるわけでもないのに着物を着て、誰に見せるわけでもないのに美容院スタイリングして、最後に家の前で写真を撮った。

テレビをつけると成人式話題ばかりで、華やかに盛り上がる新成人達の姿を見て、わたしは心底面食らった。

卒業式の時感じたあの予感は、あながち間違いではなかった。

入社式ー。

本来であれば入社しているはずの年に、私はそれができなかった。

真新しいピカピカのスーツを着て、意気揚々と歩く新入社員達の姿を町で見て、母は何を思ったのだろう。

これからも、何かイベントごとがある度に、家族を悲しませるだろう。そして何より私自身が挫折し、絶望しなければいけない。

華やかなイベントの裏にこうした人種もいたのだということを、記録に留めておく。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。

 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。

 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。

 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。

「1位を取ったらデートしてください」

 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。

 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。

 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。

 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。

 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。

共犯者だよ、君も捕まる」

 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから

 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。

 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。

 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。

 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。

 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。

 せんせぇ、さようなら

 はいさようなら

 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

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