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はてなキーワード: 留意とは

2018-02-19

anond:20180219223107

あーーーー、そういう視点もあるんだな。なんか納得。

でもそれにしたってどこかで絶対負担は与えているわけだから絶対的にそうだ、とは言えないところに留意

2018-02-18

anond:20180218104734

砂川事件を見ても分かるとおり、裁判所判断場合によっては覆されます。(永久に固定される判例はないことに留意してください)

時代ニーズマッチした法律を整備していくべきでしょう。

企業都市集中化→満員電車痴漢解決されない間は、痴漢冤罪の防止のためにも女性専用車両有用です。

女性専用性差別なら男性専用署名運動等で訴求し、鉄道会社提案すべきでしょう。

はてなは、増田とともに、署名募集サイトや、クラウドファンディングサイトを開設すれば良いのではないでしょうか?(増田での提案が、ワンストップで実現する流れが完成するでしょう。)

 

2018-02-12

重要はてな利用者名称変更に関するお知らせ

                 2018年2月12日

           はてな利用者名称選定協議会

関係者各位

 従来より、株式会社はてな(以下、はてな)の提供する各種サービスを利用する方々の呼称を「はてなー」としてきましたが、この呼称1990年代半ばに安室奈美恵氏のファンを「アムラー」と呼んだことからファン層を「〇〇ラー」と呼ぶ習慣が転じたものです。

 「アムラー」の流行から20年以上が経過し、はてな利用者高齢化が進み、収益性への寄与が弱まっていることから、このたび、利用者層の若返りを目的とし、はてな利用者のあたらしい呼称を制定することとしました。

呼称変更の概要

呼称はてなー

呼称:はてにゃん(hatenien, 男性利用者)、はてにぇんぬ(hatenienne, 女性利用者


●新呼称説明

 フランス語特定地域に住む人々の呼称を参考とし*、はてなという場所に住む人の名称としたものです。フランス語には男性名詞と女性名詞があり、はてな利用者の新呼称男性女性に分かれています

*例:パリ市Paris)の住民パリジャン(parisien, 男性)、パリジェンヌparisienne, 女性


発音留意事項

 フランス語単語は多くの場合語頭の「h」は無音で、次の母音から発音しますが、hatena場合日本語はてな」のローマ字表記が由来であるため、有音のhとして発音することを推奨しています

 はてなのサービス上で所謂フランスパンバケット正式名称バゲット)と誤って呼ぶ傾向が一部に見られます。このたびの新呼称につきましては、正しい呼び方を徹底するため、利用者の皆様のツイッターまたはブックマーク上での周知徹底をお願いいたします。

はてな利用者名称選定協議会について】

はてな利用人口の年齢構成バランスの取れたものとするため、高齢者に偏りがちな利用方法の再検討を行い、フランス語の正しい使用とともに提言を行う任意団体です。

 

<<お問い合わせ先>>

はてな利用者名称選定協議会

広報増田


anond:20180212064319

2018-02-11

anond:20180211115642

論理構造の話をしてるのであって看護師実態の話をしてるわけではない

そして、高卒就職より大学進学が立派だと世間で考えられてるように看護師よりも医師が立派だと世間で考えられてるという話をしてるだけ

あなたいくら看護師医師より立派だと突っ張ったところで世間価値観という土俵で戦うのならそれは負け惜しみに過ぎないと言っているだけだよ

ここで私が医師看護師に順列があると言っているわけではない事に留意するように

2018-02-08

女性社会進出についての批評

昨今の日本ニュースでは、女性貧困保育所不足などの話題がよく取り上げられている。

これらの問題の要因として、女性社会進出が大きいと考える。


日本だけでなく、世界的に見ても女性社会進出には大きな問題がある。

結論を先に述べると、それは政府企業が謳う女性社会進出とは、すなわち女性男性と同等に扱える労働者にしてしまうからである

言えば、女性社会経済のための、使い捨て歯車にしてしまうからだ。


これの何が問題かというと、女性を常に安価労働力として消費することに他ならない。

今一度解説すると、労働者とは自身能力時間労働力として換金する、ということである

単純な意味での労働力とは、それを購入する側にとっては、捨て値でスーパーに置かれているモノ、と例えて差し支えない。

(現代では、経営者以外の労働力は、発展途上国労働者に置き換えることができるので、ほとんど最安値となる。)



女性社会進出においては、女性自身上記のような労働者という立場しか与えられない点である

すなわち、社会から女性に対して、労働力という安売り以外での、社会への進出方法が明示されていないのである


更にはそもそも、これの改善自体ほぼ不可能だろう。

なぜなら、男女共同参画という企画議員承認された時点で、資本階級に都合が良くなるよう、うまく改変されているはずだからだ。

議員資本階級一定の繋がりがあるので、資本階級にとっても便利な法整備がなされているはず、と考えるのが自然だ。



女性がこの安売り地獄から逃れるためには、その個人社会供給しうる中で、自身への報酬が最も大きい手段を取るべきである

わかりやす手段を挙げると、起業であったり、大学を出ずとも、容姿と態度を磨き上げ、専業主婦として生活できる資本を作り上げたり、となる。

後方支援も立派な価値であることは留意すべきだ。


おそらく特別に厳しい境遇に充てられるのは、あらゆる意味での資本が乏しく、新たに構築できず、本人自身も特段有能でない女性であろう。

ただこの条件で厳しいのは男性でも同じであり、純粋生存が難しいだけなので、この問題の中で考えるのは不適である


再度要旨を述べると、女性社会進出とは労働力に貶めるための建前に過ぎない。だからこそ、それに反逆するしかかになる道がない、ということだ。

2018-02-04

入試ミスに関する文部科学省課長の通知

29高大振第13号

平成30年1月9日

各国公私立大学長殿

文部科学省高等教育大学振興課長

三浦和幸

大学入学選抜における出題・合否判定ミス等の防止について(通知)

本件については、別添I大学入学選抜における出題・合否判定ミス等の防止について(通

知)」 (平成29年11月22日付け29高大振第10文部科学省高等教育大学振興課長通知)で通知しているところですが、この度、過去入学選抜において、出題を誤り、そのことについて外部からの指摘があったにもかかわらず適切な検証が適時に行われず、多数の受験生を誤って不合格としていた事例が発覚いたしましたことは、文部科学省としても極めて遺憾であります

大学におかれては、入学選抜において出題・合否判定ミス等がないよう万全を期しているとは存じますが、前述の通知の留意点等について改めて確認を行い、入試ミスの防止及び早期発見に努めていただきますようお願いいたします。

特に、外部からの指摘等により入試ミス可能性が判明した場合には、直ちに組織的体制検証を行い、受験生に適切で速やかな対応ができるようお願いいたします。

担当.文部科学省高等教育大学振興課大学入試

電話:03-5253-4111 (内線2495)

FAX: 03 -6734 -3392

別添

29高大振第10

平成29年11月22日

各国公私立大学長殿

文部科学省高等教育大学振興課長

三浦和幸

大学入学選抜における出題・合否判定ミス等の防止について(通知)

本件については、「平成30年大学入学選抜実施要項について(通知)」 (平成29年6月1日付け29文科高第236号文部科学省高等教育局長通知)及び「大学入学選抜における出題・合否判定ミス等の防止について(通知)」 (平成28年11月28日付け28高大振第16号文部科学省高等教育大学振興課長通知)で周知しているところですが、毎年、学部入試だけでなく、大学院等その他の入試においても、出題・合否判定ミスをはじめ、募集要項作成段階でのミス、追加合格手続におけるミス等、多数の入学選抜におけるミスが発生しています

ついては、平成30年一般入試を控え、各大学におかれては、出題・合否判定ミス等がないよう改めて下記の点に留意し、入学選抜の円滑な実施に万全を期すようお願いします。

また、ミスが生じた場合は、受験生等への情報提供を含め必要対応大学入試室に対する第一報を行うとともに、できるだけ速やかに別紙報告様式に基づき報告書作成し提出してください。

なお、ミスとして報告のあった近年の事例をまとめたものを参考資料として添付しておりますので、作題や試験実施の際に適宜御参照ください。

1 .入学選抜業務プロセス全体を把握した上で、ミスを防止するためのガイドライン作成すること等により、業務全体のチェック体制確立すること。

また、入学選抜に関わる者の貿務を明確にし、責任をもって業務を行うよう注意を喚起すること。

2. 教員事務職員等関係者が一体となり、緊急時対応における迅速性及び公平性の確保を含めた円滑な試験実施・伝達体制確立に努めること。

3 試験問題点検については、試験実施直前に点検するだけでなく、試験開始後においても速やかに、作題者以外の者も含めて、二重三重点検を行うこと等により、ミスの防止及び早期発見に努めること.なお、問題の文面だけでなく、問題の内容についても正答が導き出せるかなどについて確認すること。

4. 採点業務については、コンピュータプログラムのチェックを含め、試験開始前及び試験開始後において点検確認し、万全を期すこと。

5.追加合格者決定については、その決定手続に関するマニュアル作成する等実施体制、決定手続を明確にし、公正な実施に努めること。

6. 各担当業務は必ず複数人で行い、相互確認する体制確立すること。

担当:文部科学省高等教育

大学振興課大学入試

電話:03-5253-4111 (内線2495)

FAX: 03-6734-3392

anond:20180204124507

仮定なんだけど、

能力は今の孫と同じというところは留意してほしいな、

一般的には9割かもしれないけど、

それよりは確率下がりそうな気がするよ?

あと路頭に迷うのは貴方の願望はいってない?

2018-01-29

anond:20180129151821

かに「女だけの街」を描くのは男が多いけど、美人可愛い女「だけ」の女だけの街であることも留意した方がいい。

モテないブスは「女」のカテゴリーから排除されていることもお忘れなく。

2018-01-27

ネコハラをやめてほしい

私は比較的ひどいアレルギー持ちだ。

食べ物なら甲殻類がひどくて、一口食べたら発熱蕁麻疹胃腸炎が起きる。

花粉症もひどくて、シーズン初めにはアレルギー反応で高熱出るし、ずっと微熱状態、鼻水くしゃみ気管支炎発症する。

ネコアレルギーもある。

犬も同様でケモノ全般に反応が出るのだが、ネコが一番ひどい。

だが、ネコアレルギー理解されにくい。

ネコ飼いの人が「アレルギーだけど、がんばってたら大丈夫になった」的な発言をしているのを見かけるけど、そんなネコ愛じゃ耐えられないほど私は症状がひどく出ている。

ネコ飼いのコートに近づいただけで、くしゃみが止まらない程度にはひどい。

ネコアレルギーなんで、猫カフェはご遠慮します」と誘いを断ったら、人非人を見る目で非難された。

猫カフェの猫は綺麗にしているから」と無理やり連れていかれて、カフェくしゃみ連発してたら冷たい目で見られた。

翌日発熱して休んだら「その程度のことで」とかげ口叩かれた。

上司ホームパーティーに呼ばれて訪問したら多頭飼いだった。(事前にネコがいる告知なし)

リビングまで入って今更「ネコがいるんで、失礼します」とは言えず、出来るだけ隅っこで小さくなっていた。

にゃんこが出ちゃうから窓開けられないの、ごめんね我慢してね」と言われて、エアコンの下に避難した。

ネコは構おうとする人間を厭うらしく、全く近寄らない私の周辺に避難してくるので、私はまた逃げ場をなくした。

あらあらにゃんこ達は私さんのことすきなのね。少し我慢して相手してあげて。満足したら離れるから」と、笑っていわれた。

その間もくしゃみと鼻水と涙で目は真っ赤だった。

日曜日は、熱を出し、予定を取りやめざるを得なかった。

食べ物アレルギーの人にアレルゲンとなる食べ物を出すことは「人を殺す気か」とまで非難されるのに、ネコアレルギーについてはそこまで糾弾されることはない。

ネコが嫌いではないが、ネコに近寄るとアレルギー発症する。

ネコ動画を見ているからといって、実物のネコに近寄れるかというと別問題だ。

ネコとは和解できない。

食物アレルギーと同様にネコ(及びケモノ)アレルギー理解を示してほしい。

アレハラを論じるなら、ネコハラにも少しずつ留意いただきたい。

2018-01-26

anond:20180125105759

ロボットに乗り込むところのセリフを書き起こすと

016(無力だ。今の僕には仲間を助けることも叫竜に立ち向かうこともかなわない。そう思ってたのに。目の前の彼女を見たときなぜか僕の口からでた言葉は)

016「待って、俺がそのロボットに乗るよ。君をほっとけない、ひとりで行かせられないよ」

002「へー、死ぬ覚悟、あるの?」

016「よくわからない。でも今のままだったら、俺には居場所なんてどこにもない。死んでるのと変わらないんだ。だから、俺を乗せてくれ」

となる。

これは増田のいう

流血美少女を見て「やるぞ!」

という感覚とは少し違うように感じた。

ざっくりと「こういう子が目の前に転がってきたら自分の中のムカつきや疑念や戸惑いはいったん脇に置くんだ」という話

などではない。

目の前にいる002 が流血して苦しそうにしているし、ひとりで行かせたら死ぬかもしれないという心配をしているのは確かだ。だけど、016 の心情としては、002だったり他の仲間だったりの心配をしているというよりも、「そこで何もできない自分の不甲斐なさ」にこそ重きが置かれているように感じられた。自分の居場所がそこにあるかどうかをこそ気にしていると感じた。

エヴァシンジくんが

自分都合の引っ掛かりより義侠心を優先したのだ。

であるならば、ダリフラの016は「義侠心よりも自分都合の引っ掛かりを優先」している。少なくとも言葉の上では。

発奮したってどうにもならない。ヒロの抱える問題はやる気とか自信の問題として描かれてない

のはその通りだと思う。

からこそ、「やる気とか自信」ではなくもっと消極的でやけっぱちの選択だったように感じた。

703(小清水)とのあーだこーだに関しては、エヴァと端的に異なる点としてシンジくんが外部から突然やってきた来訪者という立場であって人間関係ゼロから築き上げていく過程必要だったのに対して、ダリフラ場合は既にある程度の期間一緒に生活してきて登場人物の間には関係が構築済みだということは留意したほうがいいと思う。

シンジくんが転校生として外部からやってくるのではなく、初めからトウジたちとクラスメイトパイロット候補生として訓練を積んできたという設定なのがダリフラのはずだ。第1話の時点でトウジとの友人関係が成立していたとすれば、トウジを退場させるのに17話も積み上げる必要はなく、極端なことをいえば第1話でトウジの妹がケガしたような形で退場させたって話としては成立できたかもしれない。

視聴者に対する積み重ねができていないといっても、第1話で主要かと思われた人物が退場するなんてのは、例えばファフナーでもやられていた。それとも増田はあのファフナーメガネも「無駄」だというのだろうか。

2018-01-24

第一話についているコメントに対して

元増田主より。
「(民事)訴訟を起こされたという体験」第一話コメントを付けて下さってる皆さん、ありがとうございます

「K」が不器用だが普通のやつで、「私」が悪い人っぽいw
不器用さも、行き過ぎれば「悪」になるって奴じゃないかな。工場の従業員..
感覚が麻痺してんのか分からんが、どんなに痛い人物だろうがその人に粘着..
いやいや、本名や住所を暴かれて当然なぐらい人に迷惑かけてるのに、それ..
「K」は発達障害っぽいとは読んでて思った
責任転嫁するな低能
上記コメントを見ると善悪論の話になっている様ですが、この話は「善悪論で語って欲しくて書いている訳では無い」
という事はご理解頂ければと思います

善悪論で言うならば、この訴訟判決に「本名や住所を〇〇されたのは、原告のこれまでの言動問題があるため」と明記されています
(「〇〇」の部分は、この話の続きの内容に関係があるので伏字とさせて頂きます。)
言ってしまえば、日本司法
「行動に問題があり、他人迷惑をかけている人物であれば(その迷惑の度合いによって左右される所は有るが)本名や住所を突き止めても良い」
判断する事が有るとも言えます
その点をご留意の上で、最後までお付き合い頂ければと思います

「K」発達障害か否かについては、今で言えば間違いなく発達障害であると言えます
(ただ、「K」のご両親は今でも自分の子供が発達障害だと認めたくない様ですが。)
なので、私"達"のした事が、発達障害者に対する「いじめ」に類するかと考えれば、「結果を見ればそうである」になります

2018-01-23

マイナーカプから王道の別カプに移った同人作家へ抱く愛憎

無駄に長いだけの愚痴

やべぇ腐女子のやべぇ言いがかりだし、文章感情的で取り留めないのでご留意ください。




二次創作で、好きなカップリングがある。

めちゃくちゃにハマった。

何をやってもそのカプのことを考えてしまうくらい、これを書いている現在もハマっている。

ちなみにBLカップリングです。ここではそのカプをA×Bとする。

 

なぜめちゃくちゃハマったかというと、めちゃくちゃ最高な二次創作出会たからだ。

人によってカプにハマるきっかけは色々あると思うが、その勢いを加速させるのは最高な二次創作との出会いであることが多いのではないか

というか、私の場合はそうだ。

私にとってその「めちゃくちゃ最高な二次創作」はかなりの衝撃だった。

読んだ瞬間から私に決定的なカプ観を植え付けるとともに、

何度も何度も、台詞を覚えてしまうほど読み返し、「はじめにその二次創作ありき」と言えてしまうほど、私の中ではジャンル自体象徴にまでなった。

そのくらい、一瞬で心をガシッと掴まれ、体ごと持っていかれた。引き摺り込まれたというやつだ。とにかくそ作品が私に与えた影響はすさまじかった。

 

私は作品を読んだ後、すぐにその作者(以降Aさんとする)のツイッターを覗いて、ホームブクマした。

…これを聞いて引く人もいると思うが、私はファンになった作家ツイッターは、鍵垢でもない限り基本はフォローせずブクマするタイプで、

さらに言うとツイートだけではなく個人へのリプライまでもくまなく見るタイプだ。

そしてAさんのツイッターも早速、その対象となった。

  

 

Aさんのツイッターアカウントほとんどが日常つぶやきで、それも一日に多くて2、3ツイート程度の、とても大人しいアカウントだった。

そういうものなんだと思ってしばらくは黙って見ていたけれど、

 

私はとにかく飢えていた。

 

私の好きなA×Bというカップリングは世に言うマイナーカプというやつで、毎日どこかで誰かが作品更新してくれるようなカプではない。

(絶対数が少ないというのもあって、Aさんの作品は私の中でより神格化されていたんだと思う)

飢えていた私は、Aさんの語るA×Bの話がなんでもいいから見たくて、彼女ツイッターを遡れるところまで遡った。

だいたい一年から二年分くらいのツイートを全て見た。

 

すると、どうやら、Aさんは2、3ヶ月前まではけっこうA×Bについてあれが萌える、こういうシチュが見たい、という話をしていたし、

A×Bの妄想だけで一日に数十ツイートを費やす日も多くあったようなのだ

しろ日常ツイートのほうが少なく、当時のAさんの話題ほとんどは、A×Bや、Bという推しキャラクターについてだった。

一年ほど前には、『これからもずっとA×Bの妄想だけして生きていきたい』などと熱の入った発言までしていた。

 

それが、ある頃からカップリングの話をあまりしなくなり、ツイート自体も減っていき、私の知るような大人しいアカウントへと変わっていった。

A×Bの二次創作作品ほとんど投稿されなくなった。

 

その状況を私はROMとして見守るだけの、さみしいような期間がしばらく続いた。

 

 

ある日、変化が起きた。

 

ツイッターに、Aさんが別のツイッターアカウントリンクを貼った。

AさんはA×Bを描いてはいるが、読み手としては雑食らしく、雑食アカウント的な位置づけとして新しくアカウントを取ったということだった。

(最近こういうカップリングごとに垢分ける人多いよね)

 

当然、私はそのアカウントを見に行く。

そのアカウントは作られてからそこそこ日数が経過していたようで、そこでのAさんは、

元のアカウント(A×B垢とします)での大人しさが嘘のように、あれやこれやと別カプの話を楽しそうにしていた。

 

A×B垢に姿を見せない間、Aさんはずっとここにいたのだ。

 

多分、その新しいアカウントでAさんが語っていた話がたとえば、C×B(攻め違いの別カプ)の話であったなら私は、こんな記事を書いてはいなかった。

けれど、Aさんが雑食と言いながらも新しいアカウントでメインに語っていたのは、C×Aだった。

からすると、自カプの攻めが、受けをやっているカプ。

これを見て、だから何だよ、と思う人がきっと多いんだと思う。私もそういう、雑食気質なら良かったんだけど。

でも私は、うわっ、と思ってしまった。

地雷というほどの拒否反応はないけど、好きではないカプだったから。

よりにもよってそこに行くのかよ、と思わずにいられなかった。

 

だけどそのアカウントでのAさんはとにかく楽しそうで、活き活きとしていた。

Aさん曰く、A×B垢ではフォロワー地雷を憂慮してできなかった話が自由にできる!とのことだった。

 

それからのAさんは、C×Aの話をメインにその雑食用アカウントに常駐するようになった。

A×B垢では、ほとんどつぶやかなくなった。

 

 

Aさんは、新しいアカウントではA×Bはおろか、Bの話をほとんどしなかった。AさんはB推しだと言っていたはずなのに、まったく、名前すらもでない。

B推しの人たちが沸かずにはいられない熱い展開が原作にあったときですら、Aさんは別アカでC×Aの妄想をずっと話していた。

 

Aさんの心が、C×Aにハマったことをきっかけに、A×B、ひいてはBから離れていっているのだと、否が応にも察することができた。

それでも、A×Bアカウントでたまに、Bの話をしてくれるなら。

頻度は落ちてもまたA×Bを描いてくれるなら。

そう思って私は、新旧どちらのアカウントも眺めつづけた。

 

 

あるとき、AさんがC×Aの二次創作を発表した。

長めの、同人誌にしてもいいくらいの漫画を、無料で公開した。

 

私はドキッとした。

焦った。

その焦りは、AさんがもうA×Bに戻ってこないかもしれないという焦りだった。

 

私も二次創作をするから、分かる。

読んでいるだけのときと、一度でも自分創作する側に回ったあとでは、カップリングへの愛着に格段の差がつくってこと。

C×Aを読むだけで満足していたAさんが、ついに二次創作を始めた。

本格的にハマる、ハマってしまう、そう思った。

 

Aさんは素晴らしい作品を描く。

私はそれをよく知っている。

C×Aは、A×Bの10倍以上の投稿数がある、言ってしまえばジャンル内最大手王道カプだった。

まり書き手も多けりゃ、読み手もっと多い。

 

Aさんは素晴らしい作品を描くのだ。

 

から当然、その作品ものすごく評価された。

A×Bのときの比じゃないくらいたくさんの人に読まれ感想を送られ、Aさんは感激していた。

Aさんの承認欲求というやつが、王道カプの勢いによってじゃぶじゃぶに満たされていくのが見えた。

絶望的だった。

C×Aでこの快感を味わってしまったAさんは、このままC×Aでの活動を続けるだろうと思った。

 

 

C×Aの二次創作評価されるなかで、Aさんはこう言った。

『前ジャンルではこんなに反応なかったから、すごく嬉しい…』

 

ジャンルと言った。

おそらくA×Bのことだろう。

彼女にとってA×Bはもう、『前』のジャンルになってしまっていた。

 

ああ、と思った。

ぐるぐるしていた焦りが消えて、いっぱいの泣きたい気持ちに変わった。

 

そうじゃないと信じたかったけど、やっぱり、AさんはもうA×Bに飽きてしまっているんだ。

AさんはBを好きじゃなくなってしまったんだ。だってBの話、全然しないもん。

ショックだった。C×Aというカプに強い嫉妬心を覚えたし、Aさんの言う『前』ジャンルにいる私が、否定されているような気にすらなった。

ちょっと、待ってくれ、と引き留めて縋りたかったけど、何もできなかった。

なぜなら私はAさんのアカウントフォローすらしていない、Aさんにとって何者でもない、見えない存在だ。

Aさんがどういう行動をとったところで、私はけっきょく、何もできないのだ。

 

それからは、Aさんの些細な発言に私はいちいち卑屈な反応をするようになった。

自分がみるみる嫌な奴になっていった。

 

『C×Aで××なシチュが見たい!』

 …そのシチュA×Bのときにも言ってたよね。

 

『××はC×Aソングだと思う!』

 …その曲、A×Bソングとして挙げてた曲だ。

 

『C×A界隈ほんといい人ばかり!楽しい!』

 …A×Bはそうじゃなかったから楽しくなかった?

 

『私がこれだけC×Aにハマれているのは、C×Aの描き手さんの素晴らしい作品のおかげ!』

 …A×Bの描き手の作品ダメだったからハマれなくなった?

 

そんなつもりで言ってるわけじゃないと分かっているのに、勝手に卑屈になって、AさんがC×Aを持ち上げるたび、A×Bというジャンルに当てつけられているような気になった。

AさんがBの話をまったくしないことも相まって、AさんはC×A(A受け)の人たちに溶け込むためにA×B(A攻め)だった過去を消そうとしている、A×Bに砂をかけている、とも思った。

そんなことはないと理解していても、やっぱり勝手に、そう思った。

常にAさんを責めたいような、もどかしい気持ちを持て余した。

べつにAさんが、何か悪いってわけじゃないのに。

 

 

 

 

 

Aさんの中でA×BやBに対する興味が薄れたことが明らかになっても、それでもA×B垢のほうは一応、ほぼ放置アカウントのような状態で存続していた。

AさんはC×Aメインの人になってしまったけど、でもA×Bのアカウントはまだあるから、メインカプではなくなっただけで、まだきっとA×Bのことがちょっとは好きなはず。

私はそれを拠り所のように感じていた。このアカウントがある限り、やっぱりいつか、AさんはふらりとA×Bに戻ってきてくれるんじゃないか希望を持てた。

 

だけど、Aさんは結局、A×B垢を消してしまった。

すごく軽い感じに、消しますね〜(^-^)と宣言して消してしまった。

さらには投稿していたA×B作品も、特に反響の大きかったもの以外ほとんどを削除した。

Aさんは雑食と称した実質C×A垢に完全に移行し、C×Aの二次創作投稿をする人に変わった。

 

私はストーカー気質のやべぇ女なので、A×B垢が消えた瞬間に、AさんがC×Aアカウントフォローしている人をすべてチェックした。

Aさんのフォローなかに、A×BまたはB受けを扱っている人はひとりもいなかった。

A×B垢で相互フォローだった人たちとも、新しいアカウントではほぼ繋がっていなかった。

Aさんが軽いノリで消したA×B垢には、数年分の、けっこうな数のフォロワーがいた。

それらすべてを、A×Bというジャンルで得たものすべてを、Aさんは切り捨てたのだと私は感じた。

C×Aに移るために、C×Aの人たちと仲良くするために、A×Bで得た繋がりや、交流は、邪魔だったのだと。

私はそれを、裏切られたみたいに感じてしまった。

雑食と言いつつ、たぶんAさんはもうA×Bを読んだりしていないのじゃないか。きっとそうだろう。

そう思うと、Aさんが憎いような気がしてしまった。

 

ツイッターのつながりなんてプラレールの連結よりも軽いものだし、

ツイッター二次創作個人趣味であって他人のためにやっているものじゃないし、

アカウントジャンルの移動、垢消しなんて、気兼ねなく各々の自由にしていいに決まっている。

そのとおり。正論だ。

 

でも、そういう正論理解したつもりになっても、感情的な部分っていうのはうまく抑えられない。

 

私はAさんと話したこともないし、A×B垢もフォローすらしていなかったROM中のROMなのに、

こんな一方的な執着を持って、自分をたいがい怖くて気持ち悪い奴だとも思う。

 

からこれは、本当に、

めちゃくちゃで自分勝手で幼稚で一方的で低劣で正当性のない、

ただの、言いがかりなんだけど、

 

 

 

 

Aさんみたいに、簡単に好きなものが変わっちゃう感覚、信じらんないよ。

 

同人界隈では「宗旨替え」なんて聞こえがいい言い方をするようだけど、それって要は心変わりだ。

から現れたほうに目移りして、コロッと好きが変わっちゃう人。

その軽さ、少女漫画女の子みたいに浮ついていて薄情に思えるよ。

 

私は昔から一度好きになったものは変わらずずっと好きでいるタイプだったし、

子供の頃に遊んだおもちゃだって全部とってあるようなヤバイ奴だから尚更、理解できない。

そりゃずっと同じもの好きでいたら気持ちの鮮度は落ちるし、他の新しいものを好きになってそればかりに夢中になることは私もあるよ。

だけど、好きが増えることはあっても、今まであった好きが消えたことは私はない。

から好きな気持ちに飽きがくるって感覚が分からない。

好きだったものに興味がなくなる人が、分からない。

 

嫌な思いをしたというのならしょうがない。だけど、そうじゃないのに、

「新しく好きなものができた」という理由だけで一度好きになったもの簡単に捨てられる人、どんだけ薄っぺらいんだと思う。

今まであった好きだった気持ちはどこへ行くんだ?

消えるの? 無くなるの?

 

人間そうやって変化するのが当たり前で、ずーっと同じものに執着し続けられる私みたいな奴が異常なのかもしれないけど。

だけど私はそういう異常な奴だから、Aさんを見てこう思っちゃうんだよ。

 

 

飽きて捨てるなら、最初から好きになるなよ。

A×Bのときに言ってたこととぜんぜん違うじゃん。

ずっと好きでいるみたいなこと、気軽に言うなよ。信じちゃったじゃん。

信じちゃったから、あなたのこと、嘘つきって思っちゃったじゃん。

『前』ジャンルの人から見える場所で、そんなに楽しそうにするなよ。

今が楽しい楽しいって、何度も言うなよ。

それを言われるたび、『前』はつまらなかったって言われているように捉えちゃうんだよこっちは。

 

 

 

今のC×Aで得たつながりを、Aさんは有難いですって事あるごとに言う。

 

言うけど、

 

同じように有難かったはずのA×Bで得た繋がりを、あなた簡単に捨てたじゃないか

だったら今のC×Aで得た繋がりも、また少女漫画女の子みたいに好きなものがコロッと変わったときに、あなた簡単に捨てるんじゃないのか。

それなのに、いずれ捨てる可能性があるのに、それを、今だけ大事ものみたいに扱うの、よく分かんないよ。

あなたがそうするたびに、私みたいな、他人の変化を受け入れられない異常な奴はきっと、裏切られたって思うよ。

 

 

…もちろん、好きなものに正直でいるAさんが悪いことは、ひとつもない。

これはただの異常な奴の言いがかりだ。ごめんね。

 

 

 

 

そうして私はいまだに、AさんがまったくA×Bの話もBの話もしなくなったC×Aのアカウントを、フォローせずブクマしてツイート毎日追っている。

Aさんが楽しそうにC×AやA受けの話をするたび、つまらない気持ちになりながら、それでも見ている。

楽しくないならやめればいいのにと思うのに、やっぱり見てしまう。

 

 

私は自分でも二次創作をするので、毎日こう思う。

 

自分に圧倒的な画力があって、上手な漫画が描けて、それで最高の小説が書ければ、

離れてしまったAさんのA×Bへの関心を再び取り戻せるような、そんな作品を生み出せるのに、と。

そういう、ガキみたいなことを考えてしまう。

そして毎日、悔しいと思う。

Aさんにまで響くようなA×Bの作品を生み出せない自分が。

そんな作品はたぶん空想世界しかないんだと分かってもいる自分が。

 

いっそC×Aの人たちが致命傷を負うような絶望的な展開が原作に訪れたらいいのにな。

そうすればスカッとするかも、とか、性格が悪いことを考えたりもする。

Aさんの好きなC×A作家たちが一斉にA×Bにハマりだして、

Aさんも焦って「私もじつはA×B好きだったんです」みたいなこと言いださないかな。とかね。

我ながら呆れるくらい幼稚な発想なんだけど。

自分じゃどうすることもできないから、自分以外のありえない力や奇跡みたいなもの空想して、そうやって自分を慰めるしかないのだ。

じつに虚しい。

 

 

たとえば一方的にフラれた恋人にすぐに新しい恋人ができたりしたら、こういう心境になるんだろうか。

まり私は半ば恋に近いような執着を、Aさんに抱いているんだろうか。

いや、でも、こんなしょうもない感情が恋心に近いものだとは思えないな。じゃあ何なんだろうな。

最初はただのファンだったはずなんだけどな。

今の私の中にあるきもちは、もうファン心理とは言えないような気がする。

 

私はAさんが投稿するC×Aの作品も一応読むけれど、

それは作品を楽しむというよりは、A×Bを捨てたAさんがC×Aでどんなものを描いているのか確認してやる、という思いで読んでいる。

もはや監視の一環みたいな。

だってそもそも私はC×Aが全然きじゃないから。

純粋にAさんの作品に感銘を受けた、あの最初気持ちが今はもうどこにもない。

Aさんが好きなのか嫌いなのかよく分かんない。

なのにAさんに執着している。

この執着がどこから来ているのかよくわからない。

Aさんの気持ちがA×Bから離れてつらい、寂しい、という気持ちけが

はっきりと私の中にありつづけている。

 

はーー。

 

なにが虚しいって、こんだけの文字数で思っていることを吐露しても、まったく心に変化がないってことだ。

多分これからも私はAさんを追ってしまうんだろうし、

Aさんが楽しそうに今のカプを語るたび、遣る瀬無い思いをし続けるんだろう。

いつになったらAさんのことがどうでもよくなるんだろ。

くそうなってほしいな。そうなってくれ。

 

 

 

ところでこれを読んでいる人は、ここまでの内容を一体どういう目線で読んでいるんだろうか。

 

作家側の立場にたって、

うわっ世の中にはやべぇファンがいるんだな、めんどくせぇ、んなこと知らねーよ、好きにさせろ。て感じかな。

 

それとも一ファン立場で、

そんな事でそこまで拗らせるのはおかしいよ…他人に執着しすぎだよ…大人になれよ…。て感じか。

 

どっちも正しい感覚だと思う。

ただ、世の中にはこういうおかしい奴もいるんだという、それだけの話だ。

 

唯一救いがあるとすれば、ここに書いた煩悶はすべて私の中だけで閉じた感情であって、

Aさんになにか批判的なメッセージを送ろうとか、嫌がらせをしてやろうとか、

そういう気持ちが…まったくないとは言わないけど、

それを実行しようという気が私の中に無いことがせめてもの救いだ。

自分わがまま他人を巻き込んじゃいけないっていう当たり前の倫理観が、ちゃんと機能してくれている。

それだけは本当に、良かった。

 

私は最初から最後まで一貫して、Aさんの視界には映らない何者でもない存在であり続けるのだ。

 

しかすると最初に、A×Bのアカウントがまだあった頃に、

Aさんのことをちゃんとフォローして、あなたのA×B作品が何よりも好きですと一言でも伝えていたらよかったのかな。

そうしていたら、もっとスッキリした気持ちでいられたとか。

そんなことは無いかな。どうだろう。今更か。

結局わたしは、憧れていたAさんが私と同じものを好きじゃなくなったって事実を、許せていないだけなんだろう。

それだけのことでこんな長文の駄々をこねて、精神がガキすぎて話にならんな。

こんな地雷女のいるA×Bから離れたAさんは正解なのかもしれない。

せめてまったく別のジャンルに行ってくれていたら、こんなことは思わなかったのに。

ジャンルの苦手な別カプに行くって。大好きだった分きついよ。

 

いっそこの気持ちを糧に片思いストーカーBLでも描いたらいいかな。

ガハハ

 

あー。ままならねぇ

2018-01-13

anond:20180113003606

店が客の選別をすることを問題だと考えない自分としては、女性カップルのみ入店可の店があっても構わないと思う。逆に、男性だけ入店可のカフェがあっても良い。

あと、盗撮をするのは男性に限らないということは留意すべきかも知れない。

もちろん比率差異はあるが、頭で統計のことを考えながらリラックスというのも、なかなかアレなように感じる。

2018-01-06

配当のことがどうにもよくわからなかった

証券会社におまかせしてたら不要制度自動的選択した、というつもりでいたのだが

どうやら申告をすれば選択、ということにもなるらしく、

不要制度イコール即座に不要選択、というわけではないっぽい

控除は申告すれば受けられるが、

その分

所得が増えるから各種控除等の適用案件につき留意せよ」

ということのようだな

大変よく勉強になった


特定で源泉ありにしても申告は選択オプション保有できているようだし、

上述した理解で間違いはなさそうだ

https://www.matsui.co.jp/support/tax/dividend/

よしよし

2017-12-29

おそ松さんオワコンなのか

昨今、インターネットの片隅で話題になっている「『おそ松さん』が2期に入ってつまらなくなった/人気が壊滅的に落ちた」問題を考える。以下の内容は、1期の途中で松にハマり、今現在2期を楽しく観ている人間個人的見解である事に留意されたし。

※長いよ!



■議題その1「つまらなくなったのか」

さて、1期と2期の違いを考えてみる。1期は実験ギャグアニメとして、様々なパターンの話が作られた。その中でも、派生松の元になりやすい、パロディ系(例:F6、女子松、デリバリーコント、なごみ)は、腐女子の燃料として発火性が高い。また、感動モノ系(例:エスニャン回、十カノ回)も、男性的というより女性的な感性に訴えかけるものに思える。

しかし、2017年現在、2期に入ってからの、パロディ系『げんし松さん』『三国志さん』は、腐女子人気が出やすテイストではない。また、感動モノ系は『松造と松代』の1本のみ。内容も「松造が松代とご無沙汰」という下ネタベースになっているので、シリアス度は低め。また、女性共感が得やすい内容でも無い。

(勿論ギャグも求めているだろうが)1期の様な、女性向け萌えも求めている人にとって、2期は今一つ物足りなさがあるのではないか

放送がない間、アプリゲーム雑誌等で、派生松の元ネタが量産された。けれど、2期発信の派生松はほぼ盛り上がっていない。そして、2期に入り、女性が抱く萌えには繋がらない要素(例:照英さん、1話でのファン描写)も多くなった。これらの要因が「つまらなくなった」「2期に入って変わった」という感想を抱かせる理由だと思われる。

2期1話で分かる通り、『おそ松さん』というアニメ作品(各種コラボは除く)は、女性向けを意識して製作されていない。2期に入り、下ネタ不条理ギャグについてこられる人だけをターゲットにした「自己責任アニメ」へと完全に舵を切った。故に、ついてこられない人は置いて行かれてしまったのだ。

面白い面白くないは、あくま個人感性に基づくものなので、算数の解答のように、明確な答えを出す事は出来ない。とはいえ、上記のような要因は、批判理由の一端として挙げられるだろう。

ただ、個人的にはF6が女性向けに作られたものというより、女性向けコンテンツデフォルメ化した笑い(いわばコロッケモノマネのようなもの)だと思っている。それは2期1話ファン描写視点と、何ら違いは無い。そういう意味で、1期と2期で変わったとは、私は感じないし、1期も2期も変わらず面白い。なんなら2期の方が好き。『超洗剤』『返すだス』辺りが好き。



■議題その2「人気が壊滅的に落ちたのか」

答えはいいえ、だ。正確に言えば「1期のような乱痴気騒ぎは収まったが、いまだに根強い人気がある」だ。そもそも1期がおかしかったのだ。円盤が8万枚売れて、オタク以外にも認知され、流行語にもなった。そんなアニメ作品は、稀である

それが2期に入って、むしろ正常な状態になったように感じる。そもそも、2期の円盤は1万枚売り上げている。普通にアニメ作品としてはヒットの部類なのに、何故「2期大爆死乙wwww」などというまとめサイトが作られなければならないのか。

とにかく、「2期までの長い2年間、何も動きが無かったから、ファンが冷めた」という意見には、真っ向から反論したい。

何故なら、1期と2期の間にも、様々な供給があったからだ。

ますゲームアプリゲームコンシューマーゲームブラウザゲームと乱立した。そのクオリティはまちまちで、ゲームイベント時期が被ったり、ゲームシステムが完全にあん●タだったりと問題は多かったが、それでも「派生松の最大手サークル」としての役割無視出来ないものがある。

次に、リアル公式イベント2.5次元舞台着ぐるみ松による6つ子バースデーイベント、おそ松EXPOサンリオピューロランドでのコラボ記念イベントセンバツ上映会。私が足を運んだイベントだけでもこれだけある。他にも、(私が当選しなかった)『松野家のなんでもない感じ』リリースイベントなど、多くのイベントがあった。アニメ放送されていない間に、1つでも公式イベントがあればお祭り騒ぎになるジャンルが多い中、これだけイベントがあるのは、凄い事だ。また、「コラボビッチ」「多すぎてついていけない」と批判の声も多い、各種コラボリアルイベントの中に含んで良いだろう。

そして何よりドラマCDや『おうまでこばなし』といった、公式監修の作品が世に出ていた事は大きい。アニメの本放送が無いだけで、公式から供給も、断続的とはいえあったのだ。

2期記念イベントで、6つ子の中の人が、ゲームや『おうまでこばなし』などの収録で頻繁に『おそ松さん』の仕事をしていたので「久しぶりな感じがしない」と仰っていた。私もこの発言を聞いて、その通りだと感じていた。アニメが放映していなくとも、ずっと『おそ松さん』を追いかけていたからだ。だから、2期が始まるまで供給が全く無かったが故にファンが離れた、という指摘はいささか見当違いだろう。

ここまで「2期までの間に動きが無かったから人気が無くなった」という指摘には反論させて頂いた。ただ、2期までに人気が無くなった理由として、もう1点指摘されており、そちらに対しては一切の反論を持ち合わせない。

それは「『おそ松さんファンマナーがなって無さ過ぎてファン人口が減った」という理由である。もうこれについては全面敗訴です。SNS上でもリアルでも、他の『おそ松さんファン殆ど交流していない私ですら、自分の身に降りかかった「本当にあったおそ松さんファン怖い話」の3つや4つはすぐに出てくる。『おそ松さんファンが何かちょっとアレな件に関しては、見て見ぬふりは出来ない。皆様にご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませんでした。いや本当に。自分はちゃんとしてるって思ってるかもしれないけど、外野から見たら充分ヤバい奴だからな。言動には気をつけような。私も気をつけます。

では、そもそもおそ松さんファンは、著しく減ったのだろうか。確かに円盤の売り上げは減った。だがしかしネットで言われてるように、『おそ松さん』はオワコンファン全然いないアニメではない、と私は感じる。これは決して、私がファンから擁護しているのでは無い。実体験としてそう感じるのだ。

前述したように、私は『松野家のなんでもない感じ』のリリイベに当たらなかった。松ステ第2弾の先行は全公演全落ちが当たり前だった(ただし、舞台に関してはキャストさんの人気も加味されるので、『おそ松さん』人気の有無だけでは語れないのも事実である)。センバツ上映会には複数回、色々な松の部屋に足を運んだが、どの回も席は殆ど埋まっていた。平日の昼間でも、ナンジャタウン来園者の多くは『おそ松さんファンだった。『おそ松さんコラボ中のアニメイトカフェ開店直後に赴いた時も、すぐに客席の8割が埋まった。ラストオーダー直前のタワレコカフェへ飛び込んだ時も、客席の大半が埋まっていた。直前に告知された上、平日だったにも関わらず、着ぐるみ松の撮影会には少なくとも80人は集まっていただろう。

本当にオワコンなら、チケットは百発百中で当たらないとおかしいし、各種コラボ閑古鳥が鳴いていないとおかしい。けれど実態としてはそうではないのだ。そう、『おそ松さん』はまだまだ人気のあるアニメなのだ



長々と書いたが、『おそ松さん』2期はつまんなくないし、人気が無い訳ではないという事が言いたかった。今から3期が楽しみ。

2017-12-06

編集者が書く、編集じゃない仕事でも役立った7つの編集スキル

https://adventar.org/calendars/2660

とかやってて乗り遅れた。乗り遅れたので増田に書く。

最初に少し自己紹介をする。新卒出版社、そのあとベンチャー2社を渡り歩いて、いまはわりと大きい会社Web仕事をしている団塊ジュニア出版社時代は概ね雑誌編集で、連載やったり特集やったり。ムック書籍も同時進行でやっていくスタイル。このアドベントカレンダーに参加してるやつらはだいたい友達(そうでない人もいる)。とくに仲が悪いのは……って、そういうことを増田からって書くのはよくない。

以下に書く内容はタイトルの通り、編集を辞めて違う仕事をしても、あー意外と編集者やってたときスキル役立つよなーって話。最初に目次的なものを書くとこうなる。

なんか真面目くさいな。最悪だ。最悪だと思っても書けちゃうのがプロ鼓舞)。

構造化と抽象化

別に言葉は「仕組み化」とか「見える化」「体系化」でもいいんだけど、乱雑にいりみだれてる言葉事象を、いい感じに整理して、まとめなおす作業一式。まとめた結果は図とか短い文章になってコミュニケーション素材として用いる。会議資料になったり、営業ツールになったり、報告書になったりする。

出版社じゃない場所仕事してみると、この「まとめなおす」機能が壊れていることがわりと少なくない。だいたい仕事はなんでもたいへんで、状況はかんたん明快!なんてこともあんまりない。だからといって、いい感じに整理しておきましよ!みたいなこともほとんどない。見てるだけで整理して章立てしたくなる。ラフを書くノリでホワイトボードにポンチ絵書いて、適当キャプションを口で言うだけで「わかりやすい」という反応が得られる。便利。

で、部下や同僚が同じことできないと不便だから教えてみると、抽象化能力とか、抽象化したモノとモノの関連を整理する能力に欠けているとわかる。デザパタみたいにして教えてあげると、すいすいできるようになったりする。まあ地頭はわりと効くけど、どっちかっていうと訓練。取材インタビューのまとめとかした編集者は鬼訓練されてる感じ。あとクソ原稿を直すのも似た作業ですね。量が質を作るジャンル

議論

だいたいどんな会社でも、会議などの社内コミュニケーションで残念なことをいうやつはいる。モチベーション下げる能力がすごい高い人、たぶんユビキタス存在するんだ。これはアレだ、どんないい記事で、売れて、読者の評価高くても、DISってくる人はいるアレ。元編集者的にはそっくり。そういえば売れたこともDISられたこともない編集者さんはがんばろう。

若いうちはなかなか難しかったり、傷ついたりするかもだけど、想定能力と、度胸、切り返し能力あたりが見についてくる。予測力っぽい感じ。これがめっちゃ効く。だいたい知的労働をする会社は、対人コミュニケーションが主たる仕事、かつストレッサになりがちなんで、そこの予測力や度胸、切り返し能力があると、とりあえずバカ扱いはされない。

あいまい定義を、ほどよく確認したり、論理矛盾をいらいらさせないように指摘したりってのは、取材インタビュー、あるいは査読した結果をフィードバックする感じとよく似ている。人格攻撃しないで、コンテンツのもの目線を向けながら品質を上げる行動みたいな。結果議論が進む。これ便利。

なお人格が壊れている編集者は、ここがだいてい壊れてる感じする。そういう人ほど優秀ってのもまたある。人格壊れたまんま、かつて優秀だった、みたいな人もいて、これはしんどい。若くしてこじらせちゃうのと同じくらいしんどい。ぼくにもしんどみがありますメンタルヘルス

マーケティングの基礎

メーカーっぽい会社場合プロダクトアウトが強すぎてマーケ不在ってことはわりとよくある。わりといけてる雑誌屋場合、ここがしっかりしてて、自分仕事がどう部数(=売上)に効くかを体で覚えてて、これがよい。例えば定期購読者増やしたいとか、ECでまったくおんなじ構造の話があるので理解がはやい。

プロの物書きやプロ編集者は「うけてなんぼ」の世界だということをよく知ってるゆえ、勝手に学んじゃうってことだと想像する。いまのWebマーケはいろいろ計測できるけど、impだCVRだCPAだってのは、知ってる概念がなんか別のアメリカ人言葉で言い換えられただけで「うけてなんぼ」を知ってて、自分でやってたって人は、たいてい難しくない。

広告仕事もしてた人だとなおわかりよいかも。Web媒体というか、読者さん課金がない媒体経験だけだと厳しいかもしれない。炎上だけやってる人のうち、インターネットを利用してインターネット価値を下げてるってわかってやってる人ははやくほろんでほしいな。でてくる広告マイナスクリックする技術まだか。

表現が伝わるとき想像力

なんかふつう会社の人をみていると、書くことで精神エネルギーを使い切って、読む人のことまで神経届いてないっぽい人が少なくない(全員だとはいってない)。いや出版社にもそういう残念な人いるけど、割合がだいぶ違う。あと、読む人をわりと簡単にダマさえると信じてる人も多い。ちゃんとした編集者のみなさんはよくご存じの通り、そんなわけない。

プロ編集者は目の前の文章が読者にどう読まれるかの想像力を発揮してる時間が長い。めっちゃ長い。結果訓練されまくって、文章を書く前に脳内読者の文句が想起されたりするまでゲシュタルトが鍛えられる。これがめっちゃ便利。結果として「まとめたもの」の生産性が高い。これに、最初に書いた抽象化能力構造能力が組み合わさると「優秀」って思われやすい。いや訓練の結果なだけなんですけど…。

逆にいうと、そこらへんを売りにしていくとうまくいきやすいってことかも。決められた手順の繰り返しより、乱打戦とかゲリラ戦に向くみたいな売り込み。いやせっかく編集やめるんだったらもう少し落ち着いて仕事したいってのはわかるんだけどもまあ(時代)。

コミュ力交渉

だいぶだるくなってきたので、ここから先は端折ってく。コミュ力とか交渉力はふつうにみんな使うし、編集者ノリのままでわりとOK会社業界によっては謙譲の度合いとか忖度の度合いとか変わってくるけど、まあ大事なところは本音ってのは間違いない。服装や出社時刻は違う。外資はいたことないのでよくわからん。なんだっけ、まあ誠実ならOK。不誠実なやつはすぐに編集者やめてくれ。

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

世の中の人は恐ろしいほど、本も雑誌も読まない。Webも見ない。読み続けることに慣れてない。一方編集職の人は、大食いチャンピオンレベル文字摂取する。結果として知識量は多くて、かつ元ネタとして活用するように脳内におさまってるんで、そのまんま役に立つ。くそ便利。意識まらないようにしつつ大量に読む技術、まじで編集者を支える技術だと思う。なお筆者はいまでも奥付から読むみたいなクセが抜けない。習慣怖い。

お金計算

まあこれは編集じゃなくても仕事してりゃわかるか。てか編集スキルじゃなくね?

おしまい。こういう尻すぼみなスタイルよくないと思いつつも、読み直すとかあんまりしなくなってる元編集者なので初稿ってことで。どうせ編集アドベントカレンダーなんだから、もうちょっといけてる感じにだれか編集してくれたらうれしいかも。元原稿がこれじゃ、だれもやりたくないかw 送り仮名とかたぶんそろってないし。まあ項目5つくらいにして、順番入れかえたいよねふつう

***

編集を離れてもう5年ほどになる。やってたころは「編集はぼくに向いている仕事」って思っていたけど、まあそれ以外でも別に極端に向いてないってことはないなって感じ。たぶん知的活動コミュニケーションがない仕事ってほとんどないってことなんじゃないかなー。

ということで、まだ編集で消耗しているみなさんは、年末進行まっただなかな人も少なくないと思いますが、なによりご健康留意してほしいなと思いつつ、これからもよい仕事をぜひおねがいします。今はいち読者として、いろいろな記事や読み物を楽しみにしていますノシ

2017-12-04

中国日本も夢の中

中国アゲサゲに連なってみます。どちらかと言えばやはり中国アゲかもしれませんのでご留意ください。

私は日本人ですが、縁があって数年前から中国会社日本支社の経営を任されています

(少しだけ業種に触れますと、貿易関係旅行関係IT関係ではないです)

そのため、中国に住んでおりませんし、先の増田のように訪問したばかりでもありません。

ただ、毎日中国人と過ごしていますので、テクノロジーではない以下の点を中心に触れたいと思います

1、英語に対する耐性

2、政治体制に対する考え方

3、給与水準について

4、ワーキングスタイルについて

5、文化教育の違い

1、英語に対する耐性

上司も部下も中国人です。

会社世界中に1500人ほど正社員を抱えておりますが、日本人は私だけです。

オフィスの中では中国語が飛び交っていますが、私と雑談するときは、全員日本語で話してくれます

から重要な話をするときは、英語を使っています

少数の日本人である私に基本的には中国人スタッフが寄せてきてくれているというのが現状です。

その他外国オフィスにいる中国人とは英語でやり取りしています

私が中国語メールしても英語で返してきてくれます

その英語レベルは控え目に申し上げても、日本人の平均レベルを大幅に上回っています

過去外資系大手、内資大手、どちらも3年以上務めたことがありますが、ヒラ社員までここまで英語ができる日本オフィスはありませんでした。

英語公用語の日本会社には在籍していませんが、スタッフ英語力が上がったというよりは、外国人を受け入れやすくなったというのが結果だったと聞いているので

そういう意味でも、たかだか1500人規模の会社でほぼ全員であるノンネイティブ英語で十分に仕事ができるという環境

中国が勝っていると言ってもいいと思います

英語ができる人が日本人口の15%だとしたら、その割合が同じまま中国にあてはめられるようになり、実際の人数は日本の13倍存在するという証左です。

英語を話すのは中国人日本人と同じくらい苦手なので、そこは安心してください


また、一方で全ての中国人英語が話せるわけではないことも十分承知しています。(中国オフィスにも定期的に訪問しています

中国を一人で旅するにはまだまだ中国語理解、話せた方が良いです。

英語は思っている以上に伝わりません。

トイレの使い方とかも、まだ少し田舎にいけば独特の場所が多いです。

案内板が複数言語で設置されていることもまだ少ないように思います

外国人一人旅行しやすさという点においては、まだまだ日本が勝っていると思われます


2、政治体制に対する考え方

一党独裁情報統制された不自由さを思い出す日本人も多いかと思いますが、

Wechatは超便利だし、くまのプーさん検索できなくてもなんの不利益もないぐらいローカルサービスが充実しているため

中国語検索することができれば、別にGoogleがなくても問題ないです。

中国はこの20年、ざっくりみればずっと経済が右肩に上がり続けているので、昔を知る50代以上の中国人体制にも不満は少なそうです。

圧倒的に過去より今が良くなっているので。

一方で裕福になってからまれ若い20代スタッフは、やはりくまのプー検索できない国はおかしいと疑問を抱いているようです。

昔より良くなったんだからいいんだ!という50代スタッフと、日本みたいになれてないじゃん!という20代スタッフはよくケンカしてます


3、給与水準について

そんな環境なので、基本的中国絡みでスタッフ採用することが多いです。

日本語英語ができる中国在住の人、または日本に在住している英語が話せる中国人がメインターゲットです。

採用活動をしていますと驚くのが、一定レベル以上の管理職は既に日本大手企業以上の年俸を貰っているということです。

経験6年以上で肩書がついたエンジニア採用することが多いのですが、

日本で優秀な中国人就職してしまうと、日本人でないという理由から採算性の低いグローバルプロジェクトに参加させられ、給与も低めが多いのに対して

中国グローバルプロジェクトに参加できるレベルであれば、同い年でも3倍ぐらい中国の方が貰ってます

もう少し具体的に言いますと、日本企業で働く中国人採用したときは、前職年俸450万でした。

中国で働く日本に来たい中国人は前職年俸1200万でした。(年齢と学歴はほぼ一緒)

なぜ日本支社の面接を受けたの?と彼に聞いたらば、子供が生まれたので空気のいいところで生活させたいと。

中国語英語の両方が堪能なので、非常に採用たかったのですが、日本語しか話せない日本顧客相手ができない(つまり中国にいるときと同じパフォーマンスが発揮できない)ので

同じ給料を支払うことは難しいと、お引き取りいただきました。

また別の方はやはり日本大好きなので、日本生活できるなら何でもすると、中国での給与より低い年俸日本オフィスに来てくれた人もいます

日本語必要ない仕事場合は、中国での前職より高い給与で(通常の転職ですので)引き抜いたこともあります

全体としては、中国人日本はいい国で(空気だけでなく、日ごろ英語を使って仕事をしていると思っているそう)、給料アジア一高いはずと思っているが

日本人イメージより相当高い給与を既に受け取っていることも多いし、昇給まれかつ低水準であることに驚かれるという日々が続いています

もちろん今も中国新卒給与日本の半分ほどですが、20%UPが半年に1回とか普通にあるので、中国の方が給与が安いは新卒から数年間に限った話ではないでしょうか。(成長産業でない業界はわかりません、ごめんなさい)


4、労働について

なかには怠け者のイメージを持つ人も多いかと思いますが、前述の通り給与が上がるので、めちゃめちゃよく働いてくれます

特に弊社の場合は、締め切りを必ず守るをポリシーにしているので、締め切り前は仕上げるまで残業を厭いません。

自分の分だけ終えていなくなる米国人よりずっとチームワークを大切にしています。君が仕事終えるまで僕もオフィスにいてあげるよ、みたいなやり方で後輩の面倒をみてくれています

また、質の方も悪いということはないです。猪突猛進な感じはあるので、途中で方向転換するのは難しい時もありますが、理由説明して納得してくれれば曲がってくれます

正直、具体的な理由もなく、回答までもうしばらくお待ちください。と待たされる日本のやり方にはフラストレーションが溜まるようです。

好景気なせいか、どこの会社社員全員で旅行に行くとかチームビルディング活動に力を入れています。そのため、一旦は給与に釣られて転職しても、出戻るパターンをしばしば見かけます

特に中国人でも若い人はお金だけでなく、生活の充実を望んでいますので、高い給与で激務より、そこそこの給与で楽しくを選ぶ傾向があります


5、文化教育の違い

たいていの日本人三国志西遊記に親しんでいますので、共通話題も多く、普段トラブルはありません。

ただ、南沙諸島問題南京事件などに関しては、たぶん教えられている内容の大前提から根本的に違うんだるな、と思うほどかみ合いません。

正しいと思っている者同士のバトルなので不毛な感じになりますが、じゃあどう決着をつけるのがいいかという所になると、落としどころは普通に話し合えるので

解決できない問題ではないのかなとも感じます

日本の文化として残っている多数のもの中国由来であるため、時々何もかも中国由来、中国が先!ってうるさいよ(でも事実)と思うこともありますが、逆に日本しかないもの

酉の市で熊手を買ったらそれ何ですか?と驚かれました)を見つける楽しみもあるので、違いは楽しむべきものだと思います

学校勉強の濃度については競争社会中国学生にとても太刀打ちできないので、素直に称賛します。

勉強して新しいことを覚えるという姿勢が体に染みついている感じなので、安心してこちらも新しい仕事の機会を与えてあげられます

このような猛烈に勉強する隣国に対して、日本のんびり生まれ育っているわが娘に、何を与えてあげれば20年後彼らと共に生きることができるのか悩む日々です。


まとめますと、中国からはまだ日本アジアであるような夢を持っていただけており

日本はまだ中国の方が貧しいという夢の中にいるようですと。

そしてその夢はそろそろ醒めてしまいそうな気配が、現実でもネットでも漂い始めています

2017-12-01

イキリバイトうざい

■元編集者が書く、編集じゃない仕事でも役立った7つの編集スキル

https://adventar.org/calendars/2660

とかやってて乗り遅れた。乗り遅れたので増田に書く。

最初に少し自己紹介をする。新卒出版社、そのあとベンチャー2社を渡り歩いて、いまはわりと大きい会社Web仕事をしている団塊ジュニア出版社時代は概ね雑誌編集で、連載やったり特集やったり。ムック書籍も同時進行でやっていくスタイル。このアドベントカレンダーに参加してるやつらはだいたい友達(そうでない人もいる)。とくに仲が悪いのは……って、そういうことを増田からって書くのはよくない。

以下に書く内容はタイトルの通り、編集を辞めて違う仕事をしても、あー意外と編集者やってたときスキル役立つよなーって話。最初に目次的なものを書くとこうなる。

まとめ力。つーか構造化と抽象化能力

議論力。いわゆるファシリテーションみたいな

マーケティングの基礎

表現が伝わるとき想像力

コミュ力交渉

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

お金計算

なんか真面目くさいな。最悪だ。最悪だと思っても書けちゃうのがプロ鼓舞)。

構造化と抽象化

別に言葉は「仕組み化」とか「見える化」「体系化」でもいいんだけど、乱雑にいりみだれてる言葉事象を、いい感じに整理して、まとめなおす作業一式。まとめた結果は図とか短い文章になってコミュニケーション素材として用いる。会議資料になったり、営業ツールになったり、報告書になったりする。

出版社じゃない場所仕事してみると、この「まとめなおす」機能が壊れていることがわりと少なくない。だいたい仕事はなんでもたいへんで、状況はかんたん明快!なんてこともあんまりない。だからといって、いい感じに整理しておきましよ!みたいなこともほとんどない。見てるだけで整理して章立てしたくなる。ラフを書くノリでホワイトボードにポンチ絵書いて、適当キャプションを口で言うだけで「わかりやすい」という反応が得られる。便利。

で、部下や同僚が同じことできないと不便だから教えてみると、抽象化能力とか、抽象化したモノとモノの関連を整理する能力に欠けているとわかる。デザパタみたいにして教えてあげると、すいすいできるようになったりする。まあ地頭はわりと効くけど、どっちかっていうと訓練。取材インタビューのまとめとかした編集者は鬼訓練されてる感じ。あとクソ原稿を直すのも似た作業ですね。量が質を作るジャンル

議論

だいたいどんな会社でも、会議などの社内コミュニケーションで残念なことをいうやつはいる。モチベーション下げる能力がすごい高い人、たぶんユビキタス存在するんだ。これはアレだ、どんないい記事で、売れて、読者の評価高くても、DISってくる人はいるアレ。元編集者的にはそっくり。そういえば売れたこともDISられたこともない編集者さんはがんばろう。

若いうちはなかなか難しかったり、傷ついたりするかもだけど、想定能力と、度胸、切り返し能力あたりが見についてくる。予測力っぽい感じ。これがめっちゃ効く。だいたい知的労働をする会社は、対人コミュニケーションが主たる仕事、かつストレッサになりがちなんで、そこの予測力や度胸、切り返し能力があると、とりあえずバカ扱いはされない。

あいまい定義を、ほどよく確認したり、論理矛盾をいらいらさせないように指摘したりってのは、取材インタビュー、あるいは査読した結果をフィードバックする感じとよく似ている。人格攻撃しないで、コンテンツのもの目線を向けながら品質を上げる行動みたいな。結果議論が進む。これ便利。

なお人格が壊れている編集者は、ここがだいてい壊れてる感じする。そういう人ほど優秀ってのもまたある。人格壊れたまんま、かつて優秀だった、みたいな人もいて、これはしんどい。若くしてこじらせちゃうのと同じくらいしんどい。ぼくにもしんどみがありますメンタルヘルス

マーケティングの基礎

メーカーっぽい会社場合プロダクトアウトが強すぎてマーケ不在ってことはわりとよくある。わりといけてる雑誌屋場合、ここがしっかりしてて、自分仕事がどう部数(=売上)に効くかを体で覚えてて、これがよい。例えば定期購読者増やしたいとか、ECでまったくおんなじ構造の話があるので理解がはやい。

プロの物書きやプロ編集者は「うけてなんぼ」の世界だということをよく知ってるゆえ、勝手に学んじゃうってことだと想像する。いまのWebマーケはいろいろ計測できるけど、impだCVRだCPAだってのは、知ってる概念がなんか別のアメリカ人言葉で言い換えられただけで「うけてなんぼ」を知ってて、自分でやってたって人は、たいてい難しくない。

広告仕事もしてた人だとなおわかりよいかも。Web媒体というか、読者さん課金がない媒体経験だけだと厳しいかもしれない。炎上だけやってる人のうち、インターネットを利用してインターネット価値を下げてるってわかってやってる人ははやくほろんでほしいな。でてくる広告マイナスクリックする技術まだか。

表現が伝わるとき想像力

なんかふつう会社の人をみていると、書くことで精神エネルギーを使い切って、読む人のことまで神経届いてないっぽい人が少なくない(全員だとはいってない)。いや出版社にもそういう残念な人いるけど、割合がだいぶ違う。あと、読む人をわりと簡単にダマさえると信じてる人も多い。ちゃんとした編集者のみなさんはよくご存じの通り、そんなわけない。

プロ編集者は目の前の文章が読者にどう読まれるかの想像力を発揮してる時間が長い。めっちゃ長い。結果訓練されまくって、文章を書く前に脳内読者の文句が想起されたりするまでゲシュタルトが鍛えられる。これがめっちゃ便利。結果として「まとめたもの」の生産性が高い。これに、最初に書いた抽象化能力構造能力が組み合わさると「優秀」って思われやすい。いや訓練の結果なだけなんですけど…。

逆にいうと、そこらへんを売りにしていくとうまくいきやすいってことかも。決められた手順の繰り返しより、乱打戦とかゲリラ戦に向くみたいな売り込み。いやせっかく編集やめるんだったらもう少し落ち着いて仕事したいってのはわかるんだけどもまあ(時代)。

コミュ力交渉

だいぶだるくなってきたので、ここから先は端折ってく。コミュ力とか交渉力はふつうにみんな使うし、編集者ノリのままでわりとOK会社業界によっては謙譲の度合いとか忖度の度合いとか変わってくるけど、まあ大事なところは本音ってのは間違いない。服装や出社時刻は違う。外資はいたことないのでよくわからん。なんだっけ、まあ誠実ならOK。不誠実なやつはすぐに編集者やめてくれ。

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

世の中の人は恐ろしいほど、本も雑誌も読まない。Webも見ない。読み続けることに慣れてない。一方編集職の人は、大食いチャンピオンレベル文字摂取する。結果として知識量は多くて、かつ元ネタとして活用するように脳内におさまってるんで、そのまんま役に立つ。くそ便利。意識まらないようにしつつ大量に読む技術、まじで編集者を支える技術だと思う。なお筆者はいまでも奥付から読むみたいなクセが抜けない。習慣怖い。

お金計算

まあこれは編集じゃなくても仕事してりゃわかるか。てか編集スキルじゃなくね?

おしまい。こういう尻すぼみなスタイルよくないと思いつつも、読み直すとかあんまりしなくなってる元編集者なので初稿ってことで。どうせ編集アドベントカレンダーなんだから、もうちょっといけてる感じにだれか編集してくれたらうれしいかも。元原稿がこれじゃ、だれもやりたくないかw 送り仮名とかたぶんそろってないし。まあ項目5つくらいにして、順番入れかえたいよねふつう

***

編集を離れてもう5年ほどになる。やってたころは「編集はぼくに向いている仕事」って思っていたけど、まあそれ以外でも別に極端に向いてないってことはないなって感じ。たぶん知的活動コミュニケーションがない仕事ってほとんどないってことなんじゃないかなー。

ということで、まだ編集で消耗しているみなさんは、年末進行まっただなかな人も少なくないと思いますが、なによりご健康留意してほしいなと思いつつ、これからもよい仕事をぜひおねがいします。今はいち読者として、いろいろな記事や読み物を楽しみにしていますノシ

2017-11-28

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)‪が見える

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)が見える――『屍人荘の殺人批判に答える

28鮎川哲也賞を受賞した今村昌弘『屍人荘の殺人』が話題になっている。私も読んだ。

夏休み大学生たちが山荘を訪れて、その場が閉鎖状況となって連続殺人に発展するという、設定だけなら片手で数えられる以上の似た作品諳んじることができよう。

しかし、本作はその閉鎖状況の構成要因が変わっている。それが閉鎖状況下で発生する第一の(一見平凡な)密室殺人や第二の殺人を、この状況下「だからこそ」の、より不可解な謎を生じさせている。

(余談になるが、この構成要素に関して、小説の興趣を削ぐから箝口令を敷く空気が流れているが、要素そのもの真相でもなく、そこから推理小説としての面白みに繋がるわけだから、過敏になる心証がよくわからない。だって、みんな有栖川有栖月光ゲーム』の内容紹介に火山噴火のことが書いてあるからって怒らないでしょう?)

そして、謎解きの段に於いても、用意された設定が存分に活かされたうえで意外性のある真相へ導かれていくのだから新人デビュー作としては文句のない出来だ。

選考委員の一人である北村薫氏が選評でも書いているように、年末ミステリランキングにもランクインすることだろう。江戸川乱歩賞受賞作が出なかった2017年に至っては最大の新人である。票が集まる可能性は高い。

なお、これより先の文章は『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は注意されたい。そうは言うもの作品分析とは違うので、そういうものをお望みの方には本文章無用である。ほかの小説評論を読んでいるほうが、よほど有意義時間の使い方というものだろう。本格的な『屍人荘の殺人』論は私も読みたいので、その仕事はほかの方にお任せしたい。

それでは本題にはいろうと思う。

あらゆる作品に言えることだが、普段そのジャンルの読者を標榜する輩が仲間内で褒めているうちは、実際の読者数はそんなに多くないというのが常だ(そういう輩は自分の村の外には碌に目を向けられない田舎者で、声だけは無駄におおきい)。

一方そういったジャンル読者のなかから以下のような記事(詳細はリンク参照)を書く者が現れ始めると事態は変わってくる。田舎者批判するのは他所者と相場で決まっている。つまり、彼らの仲間以外の人々がその作品について(読んで)語っていて、その感想へのカウンターとして下記のような記事は生まれてくる。これはより多くの読者を獲得しつつある、要は売れる兆しと言える。


藍川陸里「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」(補遺の坂)

http://rikuriaikawa.blog.fc2.com/blog-entry-28.html


本人のtwitterを拝見する限り、文学フリマでは200頁超のミステリ評論頒布したらしい。熱心な書き手である。残念なことに自分ミステリ評論のほうは手に入れていないのだが、それほどの分量なのだから、すくなくとも労作であることは間違いないだろう。

もし、そのミステリ評論も先に紹介した記事と同程度の読みの確度であるなら、物を書くことに徒に時間を浪費するより、余生は別の趣味を見付けることをお勧めしたい。

読者の疑問に対して、作者が答えられる機会はそう多くない。作者一人に対して読者は数千数万といるわけだし、アホな質問にいちいち答えられるほど作者も暇ではない。

なので、ここでは氏の疑問に対して僭越ながら自分が答えたいと思う。

もちろん私は『屍人荘の殺人』の作者ではない。ましてや作者の知人でも、インタビューして伺ったわけでもないので、あくまで氏と同じ読者の立場から作者の意図を拾って回答するかたちとなる。ここでの回答が作者の望むものとは同じでないことは(こんなこと本来は言うまでもないことだが)留意してほしい。

「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」という記事を書いた藍川陸里氏は、冒頭を読む限りでは、まず『屍人荘の殺人』が「過剰に絶賛されて」いる状況に疑問を持っている。本作が完成度以上の賛辞を得ている点には、私も反論はしない(とはいえ、その現象に対して私が差し挟む疑問や意見もない)。氏は本作に関して「さすがに不備が多すぎるんじゃないか」と、本人曰く「辛口レビュー」を展開している。

しかし「レビュー」とは言ったものの、「手落ち感のあった16の箇所」を列挙しているだけなので、いわゆる書評体裁からは程遠い。「手落ち感」という予防線を張った書き方も気になるが(明確に「手落ち」と言えるのであれば手落ちと書けばいい。取って付けたようにオブラートに包むことで批判を「雰囲気」に回収して最初から退路を用意する書き方は、物を書く(それによって批判する)者のスタンスとしては最低である)、ここは氏のやり方に倣って自分も箇条書きにて回答したい。

念のためもう一度注意を促すが、これより先の文章は明確に『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は、このくだらない文章を読む前に、興味があるなら作品を読むことをお勧めする。世評や他人感想ばかり集めて読んだ気になるのは、読書於いて最大の愚行である


1.登場人物ゾンビへの対応

……登場人物のひとりが話す(映画における)ゾンビの特徴を実際に発生したゾンビに当て嵌めて話を進めるのは納得いかない、と氏は批判している。しかし、謎解きの道具である特殊設定(現実では有り得ない設定)の説明に筆を割けば割くほど、物語における主従が逆転して本末転倒になっていく。氏の指摘は尤もだが、これは特殊設定を活かしたミステリ全般が孕む問題であり、本作に限ったものではない。ほかにもそういう作品があるから本作でも問題にならないというわけでは勿論ない(こういった問題クリアしている作品もちゃんとある)。本作はミステリ研究会の会員が作中でミステリについて言及するなど「お約束」を踏まえた舞台づくりになっていて、更にそこに加えられた異常な状況を、ゾンビ映画の「お約束」で説明している構図になっている。自己言及的なこういう遊びは、すれっからしのマニアもにやりとさせるためのサービスなのだと考える方が多少は面白く読めるというものだ。読書はすこしでも楽しい方がいい。

当該記事のなかでは数少ないまともな指摘なので、あまり長くなっても仕方ない。ここで止めておこう。

2.推理をせずに自白に頼るのはミステリとしてどうか

……記事から引用しよう。「‪第一殺人ではゾンビがなぜ部屋から消えたのかは犯人から自白によって落下したということが明らかになるけれども、さすがにそこは落下したという証拠を元に推理をして探偵が独力で辿りついて欲しかった‬」

端的に言って、この指摘は誤りである。まず、犯人指摘より前の段階、第一殺人真相が明かされた直後に探偵役は「詳しい状況はわかりませんが」という留保のうえで、「星川さんは進藤さんと揉み合いになり、手すりを越えて下へと転落したのでしょう」と推理している(267頁2-3行目)。この推理は厳密には真相と異なるが、星川麗花(ゾンビ)の落下に関しては自白の前に既に推理が為されている。何より、第一殺人直後の現場検証於いてベランダの窓は外に向かって開け放たれ、足跡というほど明確な形ではないが何者かが歩いたような血の跡がベランダの外へと続き、手すりにもべったりと付いていた」と手掛かりまで書かれている。

また、この項目のなかでは「最後犯人を指摘する際、葉山か静原のどちらかが犯人だというところまで来て、結局しズはら自白により犯人が決定したのも手落ち感があります。この腐対rのどちらが犯人なのかという所はちゃんと推理で絞って欲しかったです」と指摘が続く(誤字まで原文ママ)。

かに解決編では犯人が自ら名乗り出る。

しかし、これに関しても、用心深い読者なら頁を遡って「彼女に見送られて俺は部屋に戻り」(191頁8行目)という記述を見付けたことだろう。この記述から最後に自室に戻った人物(=犯人)が静原美冬であることは明白である。語り手の意図によって一部欠落した記述はあるが、彼は嘘はついていないので、上記の箇所も手掛かりとしては有効だ。ここまで親切に手掛かりが用意されてあるにも関わらず、確認もせずに批判する人間がいるとは思えない。もし確認したうえで上記のような批判を出しているのであれば、氏は真に恐ろしい書き手である

3.ホワイダニット真相

‪……探偵役が提示した「全員が死ぬか生きるかという追い詰められた状況で、わざわざ密室の中の進藤さんを殺す必要があるのか」(142頁6-7行目)という謎の提示に対して、氏は「その真相が「こんな状況じゃなくても元から殺す予定だった」っていうのはさすがにしょぼすぎる」と批判しているが、これも正しくはない。‬

‪まず、第一殺人(進藤殺し)の犯人は「元から殺すつもりだった」(290頁16行目)静原ではなく、ゾンビとなった星川である。よって静原の動機は、ここでは本来関係ない。‬

‪また、第一殺人における眼目は「なぜ殺したのか?」に見せかけた「誰が殺したのか?」である犯人人間ではないという真相が明かされることによって「なぜ殺したのか?」も明らかになる。明かされる事件の構図から考えても、「動機がしょぼい」という批判的外れしか言いようがない。‬

4.1つめの殺人推理ロジック

……「‪推理根拠となったのがただ1つ「布団の裏側に血がついていた」というものだけ」とのことだが、2.の回答でも書いた通り、そんなわけがない。‬

そもそも、この疑問自体ほとんど2.の重複で、さして意味のないものである。きっとこの項の手前で氏は一度記事を書くのを中断したのだろう。途中まで書いた内容を忘れて、同じ疑問を書いてしまったに違いない。‬

5.1つめの殺人の顔が食べられた謎‬

‪……このあたりから、箇条書きの見出し日本語が怪しくなってくる(係りが不明である)。‬

‪進藤の顔がゾンビとなった星川に「噛みちぎられた」理由解決編で犯人が話している通り「星川さんに口づけをした」からである(292頁14-15行目)。氏は本当に解決編を読んだのだろうか。‬

6.推理が始まってから証拠が出てくる

……この項にいたっては、該当頁の典拠さえ誤っている。他人文章をあげつらう労力の何割かを自分文章に向けることをお勧めする。

7.登場人物名前をゴロ合わせで覚えやすくしているけれども意味がない。

……難癖以上のものではない。

8.キャラの書き方が雑すぎる

……言い方を変えてはいるが、新本格に対する「人間が描けていない」という批判と何が違うのか。ここで繰り返すのも馬鹿らしいことではあるが、謎解きを主軸に据えたパズルストーリイに対して、心理描写多寡をあげつらうのは的外れも甚だしい。こういう時に出てくる「深み」という言葉は、どうしてこれほどまでに浅薄に聞こえるのだろう。

9.音楽伏線の回収は面白かったけれども、伝聞であるのが良くない。

……このあたりから作品評を離れて、遂に難癖をつけること自体目的となってくる。氏によれば、探偵役とワトソン役が体験した以外に集めた手掛かりはぜんぶ信憑性はないそうだ。それでは、探偵役が証言を集める事自体意味はなく、安楽椅子探偵は頭から存在否定されることとなる。

10.最初ワトソン役の推理ものすごく適当推理をする意味が分からない‬

‪……氏曰く「偽の推理をさせる場合は最低限納得できるものにしてほしい」とのことだが、こういうのは可能性の消去であって、推理於いては当たり前の手順である。‬

11.犯人メタ読みできる

……だから、どうしたというのだろう。

読者を驚かせることが推理小説第一義でない以上、犯人の予想がつくことは瑕疵とはなり得ない。

何よりメタ読みは推理でもなんでもないので、それで犯人がわかることを殊更に主張する真意がわからない。

12.叙述トリックが地味すぎる

……叙述トリックが本筋でないことは誰が読んでも明らかだ。これもまた的外れ批判である

13.探偵心理が異常

……「――あげない」

強い口調。

「彼は、私のワトソンだ」(302頁15-18行目)

この箇所にすべてが書かれてある。氏が、こういうロマンティシズムに感興の湧かないひとなのだと思うだけである

14.‪3つめの殺人の毒の入手方法面白かった。けれども、毒を仕掛ける部分の描写がさすがに不足している‬

‪……これ程までに作者に説明強要する理由がわからない。‬

から十まで書かれていないと理解できないのだろうか。書いてあることも理解できていないのだから、仕方ないのかもしれない。

15.屋上まで逃げた時に、丁度ヘリコプターが来るのはさすがにずるい‬

……「救助のヘリが現れたのはそれから時間後」である(303頁18行目)。

何がずるいのかさっぱりわからない。

それでは、何時間後にヘリコプターが現れるのが現実的だというのかご教示いただきたい。

16.文章は読みやすいけれども、引っ張ってくれない‬

……読みやすさは、ひとつ美徳である。「引っ張ってくれない」と作者の「もてなし」を求めるのは、「お客様神様だ」と宣うことと何が違うのか。こういう考えを抱く読者が改心することを願って已まない。


ここまで氏が指摘した「手落ち感のあった16の箇所」に対して回答したが、その後も熱心に指摘が書き連ねられている。

それらのひとつひとつに付き合う程私も暇ではないが、看過できない指摘もある。

例えば、以下のようなものである

‪「選評で北村薫が「奇想と本格ミステリの融合」と評しているのだけれども、ただゾンビを出しているだけだと思います。化け物が出てくれば何でも奇想とするのはさすがにどうかとは思いました」‬

‪……恐ろしい。とうとう選考委員北村薫氏まで批判対象となるのである。‬

推理小説於いて「奇想」という言葉が謎の不可解さや意外な真相形容する語として用いられることは、多少推理小説を読み慣れている者には周知のことだろう。もちろん北村氏も、ここではゾンビ存在を踏まえたうえで事件不可能趣味真相の意外性を以て「奇想」と評して、それが本格ミステリ作法に則って書かれているから「融合」と賛している。‬

‪決して「ゾンビ」が出てくる事自体を「奇想」と評しているわけではないことは、前後文章を読めば大半の読者にはおわかりのことと思う。文脈が読めない読者というのは、作者にとっては脅威以外の何物でもないだろう。‬


田舎者も村の外を一歩でれば、自分価値観や考えが偏ったものと知ることとなる。‬

‪そこで考えを改めるか、それともこれまでの考えに固執するかで人間は分かれる。‬

‪すくなくとも、村の外に出ることなく、出ていった者や訪れてきた者を思い込み批判する人間は、内と外どちらにとっても害悪以外の何物でもない。

‬まずは卑小な自意識を捨てて、村の外に出ることを勧める。(WY)

2017-11-22

エロ本ではない、一般向けの本だ」と言うのは無理筋でむしろ危険

現役零細エロ漫画家です。商業同人ともにやってます

イオングループの件は、(元々取扱量もシェアも少ないとはいえ)雑誌販売販路縮小からの売上減少に繋がるため、

個人的には売って欲しいという思いがある一方、

anond:20171122003439ミニストップの件の重大さがわかってる?』

などに見られる論法に、危険だなぁと思っています

トラバした匿名ダイアリー内で言及されているように、コンビニで売られている雑誌は成年向けマーク(成人向けマーク)がついておわず

そもそもコンビニで成年向けマーク付きの雑誌は(原則)売れません。

そうしたこから、「成年向けマークがついてないか一般向けであるエロ本でない、だから規制するのはおかしい」のようなことを言う人が、

こうした問題のように、各小売店ネット通販サイトなどの販路で、販売がとりやめられた時にも現れてきました。

しかしそれは、世論理解を得にくい上に、我々が表現活動を続ける上で、自らの首を絞めかねない無理筋な論です。

そもそも成年向けマークは、国家国務大臣や法などが、基準をもって認定し、

このマークをもって、成年向けだ、このマークがないもの一般向けだ、としたものではないのです。

(そういうマーク国家が直接認定するのはディストピア感満載なので、まともな民主主義社会では絶対やるべきではありませんから

これらのマークは、国家権力等による介入を最小限に防ぐという点でも、

あくまで決めるのは出版社発行者であり、出版社発行者等の自己申告による自主規制マークとなっています

同人活動などがわかりやすいですが、同人誌につく成年向けマークも、作者が自主判断したり、

印刷所がこの表現なら成年向けマーク入れてないと印刷してあげれないよ、などとしているに過ぎませんよね?

さて、こうした自主規制の成年向けマークですが、仮に、エロ満載ではあるけどれど、その本の出版社印刷所)や作者が成年向けマークをつけなかったら、

小売店ネット販売サイトは、それを必ずエロ本じゃない一般向けとして扱わないといけないのでしょうか?

もう少し具体的な話をしていきましょう。

先に書いたように、成年向けマークがあるもの区分陳列するように促され、コンビニでは原則売れないことになりました。

この時、雑誌の売上の中で大きな位置を占めるコンビニでの販売継続させようと、

出版社側などは、事実上エロ本なのに、「成年向けマークをつけない=これは成年向けエロ雑誌でないですよ、一般向けですよ」として、

コンビニでも売れるように、一種方便を用いてしまいました。

この「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」に、

エロ本であるかないかという大きな差異、たとえばいわゆる「エロ本」と青年誌くらいのたいへん大きな差異があるとまだマシだったのですが、

「成年マークがある本」と、「コンビニの成人向けコーナーに売られている成年マークなしの本」とでは、一般人が思い描く「エロ本」としては、大差はありません。

じゃあこの成年向けマークをつけるつけないの差がどこにあるかと言うと、(血縁関係のある)近親相姦NGとか、そういう曖昧な面もある基準だったりします。

女子高生との直接の表現とか、近親相姦とか、獣姦強姦みたいな過激に映りがちな表現

そういう(各社によって微妙に違いがある)ある種の設定やシチュが、

成年マークをつけてないだけのエロ本にはない(あるいは控えめにしたりしている)のです。

まり、中身は社会普通に思い描かれるガッツリとした「エロ本」となっています

写真週刊誌ゴシップ誌の一部にヌードグラビアがある、とか

少年誌、あるいは青年誌あたりで時折プチ炎上する、一部に乳首がちらっと出てる、パンツ見えすぎだ、エロいコマがある、とかのレベルでなく、

エロこそが本編であり、大部分のページをエロシーンが占め、ズッコンバッコン、グッチュグチュ、フェラも結合も成人向けマークがあるものと同様、思いっきりやってるような雑誌です。

みなさんも試しに成年向けマーク(成人向け雑誌と書かれた黄色マークや、18という数字に斜線が入ったりしているマーク)がついてるマンガ雑誌と、

「成年向けマークがついてないがコンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌等」を買って読み比べて見てください。

例えば、快楽天と、コミックホットミルクと、コミックメガストアアルファと、コミックLOというマンガ雑誌がありますが、

快楽天コミックホットミルクは成年向けマークをつけず、コンビニでも売られてもいます

一方、コミックメガストアアルファLOは成年向けマークをつけており、今は基本的大手コンビニなどでは売られていません。

さて、これらを読み比べて、コミックメガストアアルファLOエロ本だけど、

快楽天コミックホットミルクエロ本じゃないよね、一般向け雑誌だよね、子どもさんにどんどん売ってもいいよね、って言えるでしょうか?

世論社会理解を得られるのでしょうか?

快楽天掲載されたマンガが、まとまって単行本になったときに「成年向けマーク」をつけて売られることからも、

こうした自主規制運用が、エロ雑誌コンビニで売りたいがためだけの抜け道に利用されていることもわかるでしょう。


実のところ、近年、都条例などで度々やり玉にあげられているのも(非実在で盛り上がったときも)、

こうした成人向けマークをつけていない雑誌単行本だったりしており、

自主規制してます配慮してます」「ちゃんとレーティングしてます」と言いつつ、こうした、成年マークを付けずに全編エロみたいなものが売られている実態なので、

我々描き手や出版社が「配慮してますよ」と言っても、その説得力を自ら弱めてしまっいる現状があり、

表現規制派がつけこんでくる格好の材料を与え、世論社会理解を得にくい原因にもなっているのです。

実際、東京都場合は、成年向けマークをつけている本はそもそも健全図書審査対象原則としてなっていません。

健全図書審査されているのは、成年マークをつけず「一般向けですよ」との体裁なのに中身が成年向けじゃないか…と、東京都委員らが判断した本が、毎年20から30冊程度、不健全図書認定されています

猥褻警察恣意的判断しているように、僕達の業界も、ガバガバの成年マーク運用で、エロ本エロ本じゃないか恣意的判断している面があるのです。

中堅、中には大手出版社などが、自主規制形骸化し、売らんがために成年向けマークもつけずにがっつりエロエロの本を大手販路に載せて、

そうした度に問題が起こって、規制への動きが芽吹いてしまう…、

このことは、エロ本エロ本として成年向けマークをつけ、社会住み分けて売ろうとしている零細な身としては非常に悔しいのです。

表現規制でまず真っ先に割を食うのは、大手よりも僕らのような零細のほうですから

ところで、勘違いしないで頂きたいのですが、

僕は、青少年健全育成条例等、各種表現規制の糞っぷりや、そもそも成年向け商品なのに性器修正されているという先進国にあるまじき日本の糞っぷり自体は、昔から間違ってると思っています

からこそ僕は、これは「エロ本です、成年向けです、だからコンビニでも売りませんし、未成年にも売りません」として、

成年向けマークをつけ、社会の成員としてそれぞれ住み分けをした上で、

自由表現活動と、現行の法令を守った上で、よりよい法や条例運用に向けた改正活動をしたいと思っているのです。

それなのに、成年向けマークをつけて「エロ本はちゃんと自主規制してますから」という体裁を取りつつ、

一方で成年向けマークをつけない事実上エロ本を作って売上欲しさにチキンレースを繰り広げ、

「これはエロ本でなく一般向けだから小売店撤去おかしいから。」という成年マーク運用と主張をやっていれば、

出版社らに自主規制させても意味いね自己申告・自主規制でなく、国家自治体が成年向けマーク認定基準団体作って取り締まるしかいね」などのように、さらなる規制を招き、表現の自由を弱めかねません。

トラバ先の増田さんは、盛んに恣意的という言葉を使っていますが、

雑誌の内容が成年向けマーク付きの雑誌ほとんど変わらず、単行本化されると成年向けマークがつく「コンビニ売りの成年向けマークなしの雑誌」があるという事実

この成年向けマーク恣意的運用問題については一切触れておりません。

こうした成年向けマーク恣意的運用は、青少年健全育成条例恣意的運用と不健全図書指定にも、ますますお墨付きを与えてしまうでしょう。

ラジカルな、すべての表現物が完全に自由で、公共性の高い場だろうがなんだろうが、どんなものでも陳列し売っていい世界というのは、

(ある種の人々には)理想的気持ちいかもしれませんが、

現実社会では、0か100かでなく、理想論は実現し難く、どこかで妥協し折り合いを付け、社会の成員として現行の法令の中で生きていかなければなりません。

出版社さんはちゃんと成年向けマークしか自己申告でいいですよ)を付けてくださいね、ということでなんとかなった両者の妥協点を、

成年向けマークがないかエロ本じゃないし、みたいな欺瞞に満ちた出版社同士のチキンレースを続けていれば、

頑なな規制派と穏健な規制派を切り離し、穏健な規制派だった人を徐々に味方にしたり好意的中立に引き込むことは困難になっていくでしょうし、

規制派と規制反対派のどちらにも強く立場を置かない中間に属する大多数の人らの理解を得にくくなるでしょう。

その結果、そうした有権者をバックにした政治行政も動かしてしまます


なお、この問題は、こうした何がエロ本か、というような問題と、

小売店などの事業者が自らの裁量でどういう商品を扱うかという観点も大きいことには留意すべきです。

任天堂エロゲー出すのを許さないし、Steamにも独自基準はあるし、ある書店がうちはエロ本おかないんだ、というポリシーもあるでしょうね。

子ども向け、ファミリー向け、高齢者向け、どこに軸足を置くかという企業イメージもあるでしょう。

出版社作家が成年向けじゃないと決めたら、それを売る小売店や各事業者は、必ず成年向けじゃなく一般向けとして扱わないとならない、

売り場を確保してずっと売り続けないとならない、それに反したら、表現の自由侵害しているのだ!と思うのならば、

表現の自由趣旨を誤解しています


近い将来か遠い未来か、いつかコンビニで売れることになる落とし所を探るためにも

特に表紙についてだけでも、早急に何らかのアイデアを皆で捻り出していけるといいのですが…。

大切に使っていた増田ペンペ出す魔体鉄火津に津せいた(回文

よく自分の身に付けたり、

長く使ったりしているものが、

ふと壊れたりなんかすると、

私に降りかかった災難を身代わりになって壊れたのかな?

とか思っちゃったりする今日この頃

お気に入りのさ、

大事に使ってた3色+シャープペンシルの付いたボールペン

あるときポケットから出したら粉壊してて

ビックリしたわ。

日の出来事よ。

プラスチックから経年劣化で弱まったのかも知れないけど、

こんなところ割れるかしら?って感じで。

替え芯いっぱい買ってただけに、

同じ替え芯使えるペンを探すのも大変だわ。

よくある、

この本体にはこの替え芯が使えますって案内はしてくれるけど、

その逆、

この替え芯の本体はこれですよ!っての

そこが知りたいのよね。

インクジェットとかのプリンタも買い替え時、

インクが余るのがもったいないわ。

からこのインクが使えるプリンタは?って聞いても

もう時すでにお寿司

なかったりするのよね。

替え芯1本からネット通販やっちゃうのもどうかな?とも躊躇しちゃうし、

世の中そんなものね。


今日朝ご飯

ゆで玉子1日に10個とかって食べ過ぎかしら?

とりあえず、

体調の不調は今のところないわ。

あとでどーんと不調が炸裂したら嫌だけど留意するわ。

デトックスウォーター

石油ファンヒーター

タイマーセットしておけるから

目覚める前に付くようにしておけば

部屋はポカポカよ。

目覚めが良いわー

冷たい物もグイグイ調子に乗って飲んじゃいそう。

そんな

レモン炭酸割り水。

今日シンプルにありもので済ますわ。

喫茶店で不意を突かれて飲むお冷やのレモン水は感動するわ。

あの味は出せないのよね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-11-12

立憲民主党の「飲み会自粛令」報道は、フェイクニュースだったのか?

辻元清美誤報だと反論しているけれど、党の会議で「飲み会自粛令」が出されたことは事実だよね?

  

以下、辻元のブログから引用

(太字引用者)

まず、「自民党議員との夜の飲食を見合わせる方針」を決めた、という事実はありません。

そして、報じられた発言提案をしたのは私ではなく山内康一議員です。

そして山内議員提案意図は、いまは野党バラバラ状態立憲民主党会議のなかで、「まずは野党同志が食事をしたり親睦を深め、コンセンサスをとってほしい。自民と懇親するのは、どう考えているのか、ある程度まとまった後の話し合いの先にしてもらいたい」という主旨でした。

もっともな意見なので、私も賛成しました。野党と先に飲んで、だけですので、「辻元が『自民飲み会自粛令』」という報道事実ではありません。

  

自民飲み会自粛令の謎』

http://www.kiyomi.gr.jp/blog/13766/

野党と先に飲んで」と要請することは、とりもなおさず当面は自民党との飲み会自粛せよという意味になる。

もちろん、これは立憲民主党正式決定した方針ではない。それに自粛するにしても、最初短期間ですむことだから支障はないと思う。この程度の束縛を「自粛令」という強烈な言葉表現してよいかどうかは、たしか疑問符が付く。

  

ところで、党内会議では山内康一が「野党と先に飲んで」と提案して、辻元はそれに賛成しただけなのだという。

ここで重要なのは最初提案したのが山内だったということではなく、辻元が党内では国対委員長という偉い立場にあったことの方だろう。

山内がこの提案をして、辻元がそれに賛成の発言をしたとき、その場にいた議員たちはそれを辻元の"指示"と捉えるはずだ。党幹部である辻元の意向に従って、ひとまず野党同志で数回の飲み会をやるまでの期間、自民党関係者との飲食自粛せねばならないと考えるだろう。

この点を踏まえると、やはり辻元が「野党と先に飲んで」という指示を出したことになる。そしてこれは、自民とは先に飲むなという自粛要請だと言わざるをえない。

  

  

  

検証1 産経新聞

『飲むなら野党同士で! 立憲民主党が異例の「自民党との飲み会自粛令」』

産経新聞 (2017.11.2 21:56)

http://www.sankei.com/smp/politics/news/171102/plt1711020047-s1.html

例えば産経新聞報道

タイトル煽り気味だが、内容は事実に即している。

  

本文はやや控えめな筆致になって、『自民党議員との「飲み会自粛令」ともとれる異例のお触れ』という表現に留めている。

これは論評として当然許される範囲だろう。人がいつ誰と飲食をするか、本来個人自由なのだから、それを束縛しようとする提案皮肉をこめて「自粛令」と呼ぶことは、そこまでおかしな論評ではない。

  

つづけて産経新聞は、次のように経緯を説明している。

国対幹部が各委員会理事らに「党が費用を出すのでまずは野党理事同士で交流を深めよう。自民党とは野党の結束が固まった後にやるべきだ」と呼びかけた。

自民党からの懐柔を防ぐ狙いがあるとみられる。

これは辻元がブログでおこなった釈明と、全く矛盾しない。

従って、誤報ではない。

  

産経新聞に対して、誤解を招くタイトルを付けるな、皮肉まじりの論評をするな、という批判可能だろう。

しかし、産経新聞を「完全な誤報」などと非難することはできない。

  

  

  

検証2 東京新聞

立民「自民と飲んじゃだめ!」 辻元氏、対決姿勢アピール

東京新聞(2017年11月3日 朝刊)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201711/CK2017110302000134.html

辻元清美名前をあげて、その辻元が「飲み会禁止令」を出したと報道したメディアは、東京新聞である

はてなブックマークでは、あたか産経新聞こそ悪者だと言わんばかりの論調だが、産経新聞は辻元を名指ししていないことに注意するべし。

立憲民主党辻元清美国対委員長は二日の党会合で、国会委員会活動を巡り、自民党理事から夜の飲食の誘いがあっても断るよう指示した。野党第一党として、自民党への対決姿勢を強める狙いがあるとみられる。

理事委員会の審議日程などを調整する責任者で、与野党第一党の理事が「筆頭」として折衝の中心になる。立憲民主関係者によると「飲み会禁止令」は懇親の場を通じ、自民に取り込まれることを防ぐためとしている。

これは「飲み会禁止令」が永続的なものであると誤解させる報道だ。この記事では、「飲み会禁止令」があくま一時的ものであることは読み取れない。

しかしながら、辻元が議員たちに、「自民党理事から夜の飲食の誘いがあっても断るよう指示」したということ自体は、事実なのだろう。その理由は私が上述したとおりだ。

ゆえに、これを「完全な誤報」とまで言えるかどうか微妙なところ。

  

  

  

結論

これは言うまでもないことだが、誤報フェイクニュースを許してはいけない。

そのためには、どの新聞社のどの記事に誤りがあったかを明確にするべきだ。そうでないと、辻元が誤報のせいでデマ被害を受けたという話も、これまた事実かどうか検証することができない。

  

本件で「飲み会自粛令」という表現を用いた報道は、おそらく産経新聞だけである東京新聞は「飲み会禁止令」となっている。ゆえに辻元が今回投稿したブログ記事自民飲み会自粛令の謎』は、産経新聞の方を批判しているかのように思われる。

だが、辻元は産経新聞が悪いと名指ししていない。辻元側の主張によると、「一部メディア」が「完全な誤報」をしたということらしいが、このような当てこすりでマスコミ批判をしたり、自分マスコミに叩かれた被害者だとアピールして同情を引こうとする態度に、私は憤りを感じている。これは第三者による比較検証不可能にするものであって、政治家にふさわしい態度ではない。もし産経新聞に何か問題があったり、産経新聞誤報を流したと言いたいのであれば、辻元ははっきりとその社名とその該当記事を示したうえで抗議するべきだ。

  

はてなリベラルはてサたちは、揃いもそろって辻元を甘やかしすぎているし、産経新聞を憎みすぎたせいで目が曇っている。すでに述べたとおり、東京新聞も似たような表現で「飲み会禁止令」と報道をしたことには留意しておきたい。はてなブックマークでは右翼が悪い、すなわち産経が悪いというブコメが多かったけれども、これは産経一社報道ではない。

そして重要ことなので繰り返しになるが、本件では産経新聞誤報をしたわけではない。むしろ産経新聞誤報レッテルを貼ることの方がデマである。今回、辻元はこのデマを煽る側にいるのではないか

  

  

  

追記

私には、辻元清美安倍首相とダブって見えてしまった。

安倍首相自身朝日新聞バッシングされている被害者だとアピールし、その手法によって朝日新聞に不信感をもつ者たちからの同情を集めている。辻元が今回やっていることは、朝日産経そっくり入れ替えたようなものである。辻元がデマ被害者だとアピールすれば、産経新聞を快く思わない者たちの同情を引くことは容易なのだ

  

無論、辻元がデマ被害を訴えるのは自由であるし、デマはどんどん撲滅するべきだと思う。

しかし、「一部メディア」による「完全な誤報」があったなどという検証不可能な主張をするべきではない。あいまいな言い方でそれとなく産経新聞への敵意をあおりたて、自身をかわいそうな被害者位置づけるとすれば、それは安倍首相と同じ姑息なやり口だ。我々はこのような大衆煽動政治家を許してはならない。

  

つづき→ 『辻元清美安倍首相そっくりすぎて胸糞悪い』

https://anond.hatelabo.jp/20171113205552

https://mainichi.jp/articles/20171111/ddm/041/100/128000c

獣医学部新設問題 「認可すべきではない」 前川氏が疑問呈す

毎日新聞2017年11月11日 東京朝刊

 前川氏は設置審が答申課題として示した「留意事項」にも触れ「定年間近の教員が多い。(最初入学する学生の)卒業前に先生が辞めるのなら無責任だ」と強調。「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」と加計学園教育体制に疑問を投げかけた。

https://twitter.com/obiekt_JP/status/929379029588652034

JSF‏ @obiekt_JP

岡山加計学園獣医学部新設問題 「認可すべきではない」 前川氏が疑問呈す - 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20171111/ddm/041/100/128000c … 「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」 前川さん、只のアホなのでは・・・(まだ1年生すらいないのに

https://twitter.com/takehiroohya/status/929371671101714433

Takehiro OHYA‏

ちょっと待て。まさか博士課程はそれ以前の課程(獣医なので学部六年制)が埋まってからでないと設置申請できないのが原則だと知らない人間次官やってたわけじゃねえだろうな。>「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」

この記事からだけだと確たることが言えないんだが、「博士課程がないかダメ」という意味ではなくて、「先端研究ができるというのは違うのではないか」というふうにも読める。

どっちの意味で言っているのか、よく分からないので(私は最初に目を通したとき後者で読んだ)、あんまり反射的に反応するのもいかがなものかと疑問を呈しておく。

2017-10-18

anond:20171018122103

大谷直人


最高裁裁判官としての信条や審理にあたる心構え、仕事の印象、難しさは。

予断を持たずに事件に取り組み、判決などで具体的な理由を示すにあたっては、最終審としての説明責任を果たす内容になるよう、力を尽くしたい。最高裁には多様な紛争についての不服が申し立てられ、どの事件も最終的な決着が求められている。社会的に影響の大きな事件も少なくなく、責任の重さを日々痛感している。

国民裁判所に期待する役割は何だと考え、身近な司法とするために取り組んでいることは。

広い視野の下で、公正な判断を行うことが期待されていると感じる。その期待に応えるためには、判断の内容を説得力ある分かりやすものにすることが大切である。また、裁判所存在国民に身近なものとなるよう、情報発信手続きの工夫などといった面にも一層留意する必要がある。

これまでに関わり、最も記憶に残っている裁判とその理由は。

地裁高裁で勤務した時代、3人の裁判官の間でさまざまな議論を重ね、充実した判断につながったと感じられた事件は、著名かどうかを問わず長く記憶に残っている。最高裁においても同じだろうと思う。

最高裁裁判官の任命手続きについての考え、出身母体出身別の割合は妥当だと思うか。

任命権限に関わる事柄であり意見差し控えたいが、現在バックグラウンドの異なる同僚裁判官とさまざまな角度から率直な意見交換ができる環境にあり、日々の仕事にとって大きな意義があると感じている。

憲法改正をどう考えるか。

裁判の中で憲法判断を示す立場にあり、お答えは差し控えたいが、憲法は、我が国における「法の支配」の基盤となるものであり、普段からそのありように国民の目が注がれていることは、大切なことであると考える。

憲法9条戦後日本で果たした役割と、9条に自衛隊を明文で位置づける論議をどう考えるか。

前項と同じ。

国政選挙で「一票の格差」の問題が長く続いていることをどう考えるか。

これまでに関与した定数訴訟についての私の意見は、大法廷判決の中で示してきたところであり、これからも個々の事件判断の中で示していきたい。

注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)

東京電力福島第一原発事故を踏まえ、司法責任原発関連訴訟への司法姿勢をどう考えるか。

法的判断司法に求められている大きな問題の一つであるが、今後訴訟最高裁に係属する可能性があるので、意見差し控えたい。

裁判員制度で、公判前整理手続きの長期化や裁判員候補者の辞退率上昇が問題視される現状をどう考えるか。制度課題や見直すべき点は。

国民の皆さんの理解と協力に支えられて、制度が定着しつつあることを、刑事裁判に携わってきた者としてうれしく思っている。大改革であり長期的なものさしで改善を図っていくべき課題もなお残っているが、刑事裁判が、「開かれた司法」の方向に大きく変わったことは確かである

静岡県で1966年に起きた一家4人殺害事件など、再審無罪判決が続くなか、刑事裁判の現状への感想や反省点、冤罪(えんざい)を生まない司法の実現への教訓は。

誤判を防ぐためには、一つ一つの事件において、当事者が適切な訴訟活動を行い、裁判官が曇りなき目で判断を下すことが、何より重要である制度運用改善点については、法曹三者の間で、実情をもとにして、率直で冷静な検討を深めることが欠かせない。

日本弁護士連合会が昨年の人権擁護大会死刑制度の「廃止宣言」を採択した。死刑制度の存廃や、再審請求と死刑執行との関係をどう考えるか。

国民の間で議論を深めていくべき重要テーマであると思っているが、具体的事件に関与する立場にあるので、立法論に関わるご質問についてはお答えは差し控えたい。

取り調べの録音・録画や司法取引制度の導入が刑事裁判にどんな影響を与えると考えるか。新制度導入にあたり、司法判断はどうあるべきか。

重大な刑事事件裁判員裁判によって審理されており、今回の新制度運用については、裁判員裁判証拠調べにおいてどのような評価が示されるかが、重要ポイントになると思う。裁判員裁判と同様に、長期的なものさしで検討すべき問題であると考える。

法科大学院募集停止が相次ぎ、法曹志望者が減少するなか、法曹養成制度の現状をどう評価し、どうあるべきだと考えるか。

さまざまな課題を抱えていることは認識している。法曹養成制度教育制度の一つであり、時間をかけて行うべき人づくりの土台だといえる。長期的なゴールを見定めて、じっくり検討していく姿勢大事だと思う。

経済活動の国際化に伴い、国をまたぐ法的な争いを円滑に解決するために日本裁判所に求められることは何だと考えるか。

国際的経済活動が原因となった訴訟はこれからますます増加すると思う。裁判官は、紛争の背景にある実情も視野に入れた上で、判断を下すことが求められる。そのためには、研修、人的交流などの機会も一層充実させる必要がある。

外国裁判手続き電子化が進むなか、国民が使い勝手のよい裁判所にするにはどうすべきだと考えるか。電子手続き導入への賛否アイデアはあるか。

「開かれた司法」を推進していく上で、テクノロジー活用重要な柱の一つだと考える。それだけに、単に「便利かどうか」というのにとどまらず、司法へのアクセス裁判手続きの将来のあり方も念頭に置いた上で、総合的に電子化などの改革を進めていく姿勢が大切だと考える。

最近の出来事で、最もうれしかたこと、腹立たしく感じたことは何か。

個人的には、今年は名演と観客席の熱気が一体となったライブ出会う機会が多く、終演後はその場の一員であった幸福感を味わえた(例えば、ロシア劇作家チェーホフの「ワーニャ伯父さん」)。

趣味尊敬する人物、好きな言葉、座右の銘と、それぞれを選んだ理由は。

尊敬」という意味とは少し違うように思うが、強さ、弱さを含めて、人間的魅力に富んだ人物として、最近興味があるのは、森鷗外趣味コンサート観劇。好きな言葉はゲーテの「人間努力する限り迷うものだ」。

最近読んで感動した本、面白かった本とその感想は。

千葉聡の「歌うカタツムリ」。身近な生物を手のひらの上に乗せながら、生物進化に関するダーウィン以降の研究の歴史が物語られており、科学読み物として非常に新鮮だった。


木沢克之


最高裁裁判官としての信条や審理にあたる心構え、仕事の印象、難しさは。

約40年間、弁護士活動から培った経験市民感覚を踏まえ、弁護士出身裁判官であることの自覚と誇りを持って、正義と公平にかない、かつ、健全社会常識にかなう法律解釈適用に努めていきたいと考えております最高裁裁判官に就任して約1年3カ月経過しました。最終審としての判断の重さを更に自覚し、一つ一つの事件謙虚に向き合い、よりよい判断解決のため、誠実に職責を果たしていく覚悟です。

国民裁判所に期待する役割は何だと考え、身近な司法とするために取り組んでいることは。

裁判所に対して、一つ一つの事件について、迅速かつ適正妥当な判断を期待していると思います最高裁判所としては、主な事件判決などについて、ホームページなどでも公表していますし、法廷の傍聴人の方々にも事件の争点など概要がわかるような工夫を積極的に進めています

これまでに関わり、最も記憶に残っている裁判とその理由は。

個別事件判決の中で示した意見のとおりであり、これを離れてお答えするのは控えさせていただきます

最高裁裁判官の任命手続きについての考え、出身母体出身別の割合は妥当だと思うか。

いずれの質問についても、憲法で定められている任命権者が判断する事柄ですので、お答えするのは控えさせていただきます

憲法改正をどう考えるか。

憲法改正は、国会の発議により国民投票を経て行われるもので、主権者としての国民判断される事柄であり、各国民真剣に考え議論すべきものと思います

憲法9条戦後日本で果たした役割と、9条に自衛隊を明文で位置づける論議をどう考えるか。

国家存立の基盤である国の安全保障政策については、各国民自分の問題として真剣に考えるべき事柄であり、司法立場にある者として、個人的意見は控えさせていただきます

国政選挙で「一票の格差」の問題が長く続いていることをどう考えるか。

具体的事件において考えを明らかにすべき事柄と思います

注:16年参院選の「1票の格差」を合憲とする多数意見(17年9月)

東京電力福島第一原発事故を踏まえ、司法責任原発関連訴訟への司法姿勢をどう考えるか。

裁判所は、どのような訴訟においても、法にのっとり公平かつ適正妥当な判断をしていかなければならないものと考えております

裁判員制度で、公判前整理手続きの長期化や裁判員候補者の辞退率上昇が問題視される現状をどう考えるか。制度課題や見直すべき点は。

裁判員制度はおおむね順調に運営されてきていると思いますが、問題点もご指摘のとおりあります。更なる審理の工夫や制度広報に努める必要があると考えております

静岡県で1966年に起きた一家4人殺害事件など、再審無罪判決が続くなか、刑事裁判の現状への感想や反省点、冤罪(えんざい)を生まない司法の実現への教訓は。

誤判絶対にあってはならないものです。刑事事件事実認定においては、思い込みを排し、様々な視点から十分に証拠吟味することが大事です。刑事司法に携わるすべての者が、誤判防止に向けて、それぞれの立場で誠実に職務を行わなければなりません。

日本弁護士連合会が昨年の人権擁護大会死刑制度の「廃止宣言」を採択した。死刑制度の存廃や、再審請求と死刑執行との関係をどう考えるか。

死刑制度の存廃や終身刑の創設などは、最終的に国民意見により決められるべき立法課題であり、司法立場から意見は控えさせていただきます。とはいえ、死刑は究極の刑罰であり、その適用は極めて慎重に行われるべきものと考えております

取り調べの録音・録画や司法取引制度の導入が刑事裁判にどんな影響を与えると考えるか。新制度導入にあたり、司法判断はどうあるべきか。

制度は、捜査公判が取り調べ及び供述調書に過度に依存している状況にあるとの指摘を受けて立法化されたものであり、これにより、刑事手続きにおける証拠収集方法の適正化及び多様化がされ、公判審理の更なる充実が期待されます

法科大学院募集停止が相次ぎ、法曹志望者が減少するなか、法曹養成制度の現状をどう評価し、どうあるべきだと考えるか。

具体的な政策についての発言は控えさせていただきますが、法科大学院で5年間教壇に立った者として、法曹養成の理想に向けて開校した有力な法科大学院募集停止が相次ぐこととなり、残念でなりません。社会の様々な分野で法律家活動することは、法の支配する公正な社会を実現するために必要であり、大変意味のあることだと思います。わが国社会の今後の発展を支える有為人材として質の高い法律家いか計画的に養成するかという観点検討されることを望みます

経済活動の国際化に伴い、国をまたぐ法的な争いを円滑に解決するために日本裁判所に求められることは何だと考えるか。

国際取引事件家事渉外事件をはじめとする国際的紛争事件に十分対応できるよう、裁判所における人材の育成が求められるものと考えております

外国裁判手続き電子化が進むなか、国民が使い勝手のよい裁判所にするにはどうすべきだと考えるか。電子手続き導入への賛否アイデアはあるか。

裁判手続きのIT化のあり方としては、裁判手続き利用者利便性の向上だけでなく、本人訴訟への対応を含む関係者手続き保障情報セキュリティー、事務合理化を含めた費用対効果などの諸般の事情配慮しつつ、裁判手続きにとって真に望ましい姿を探る必要があります

最近の出来事で、最もうれしかたこと、腹立たしく感じたことは何か。

うれしかたことは、稀勢の里関の優勝と横綱昇進です。

趣味尊敬する人物、好きな言葉、座右の銘と、それぞれを選んだ理由は。

趣味は、歌舞伎鑑賞です。尊敬する人物は自分を育ててくれた両親で、感謝尊敬をしています。好きな言葉には「道を伝えて、己を伝えず」という言葉があります日本幕末から明治にかけての動乱期に、キリスト教の伝道を行った宣教師チャニング・ムーアウィリアムズ生き方表現した言葉です。私はキリスト教信徒ではありませんが、ウィリアムズは、幾多の困難に全身全霊で立ち向かいながら人々の心を一つにまとめ、教会や学校病院を造り、社会や世界を動かしました。そのような信仰の姿こそが、「『道を伝え』ることではないか」と思われます。そして「己を伝えず」。真の意味はいまだ計り知れないものの、「自分の考えを相手独善的に押しつけようとしない」とか、「自分名誉欲望のためにけっして人を利用しない」と解釈されています事実ウィリアムズは一介の宣教師に過ぎない自分の名が記憶されることを徹底して拒み、日記手紙の多くを燃やしまでしたとも言われています

最近読んで感動した本、面白かった本とその感想は。

松井今朝子師父遺言」。歌舞伎演出家武智鉄二師弟関係にあった著者の波瀾(はらん)万丈の半生を描いた自伝です。

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