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はてなキーワード: 恣意的とは

2018-07-14

ホテルニューーーーアワーーールワンダ

フツ族ツチ族を分けるのは何か。作中では鼻の幅と皮膚の色というが、それぐらい恣意的ものなんだろうな。

そんなんで殺される不条理存在することが信じられない。でも事実だ。

我々は単一民族国家暮らしいるからこういうことの実感が湧かない。

2018-07-13

[] 冷静さを失っている滝本弁護士

同僚の坂本弁護士オウム真理教に殺された滝本弁護士が、敵討ちのため、残党を解散させたい気持ちは分かるような気がします。

しかし、怒りで興奮しすぎて、冷静さを失ってますね?

 

他の関係者の動向

オウム真理教事件に携わってきた関係者たちは、死刑執行によって長年の裁判にやっと決着がついたと見ているのでしょう。

滝本弁護士は、裁判だけでなく、教団の解散をゴールと考えているので、死刑だけでは不十分と見ているのでしょう。

滝本弁護士と他の著名人温度差は、そこに起因しているのではないでしょうか?

現状、オウム問題で騒いでいるのは滝本弁護士だけで、他の著名人は動向を見守っています

 

事後対応問題

麻原の遺骨を散骨するなら、事後報告にしておけば、余計な手間を取らずに、スムーズに事が運べたはずです。

滝本弁護士は、記者会見を開いて大々的に散骨宣伝した後、信者に襲撃されるかもしれないので危険だ、国が支援して散骨すべきだ、と主張しています

江川紹子さんは、わざわざ荒波を立てる前に、密かに散骨を済ませた方が良かったのでは?と苦言を呈していました。

 

https://twitter.com/amneris84/status/1016995236797542402

事前に記者会見する意味がよく分からない →四女側「遺骨、太平洋に」=警備など国に支援要請―オウム松本死刑囚(時事通信) - goo ニュース

https://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-180711X380.html

 

https://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-180711X380.html

四女側「遺骨、太平洋に」=警備など国に支援要請―オウム松本死刑囚(時事通信)

「こんなに危なっかしいことを私と四女にさせるのか。助けてください」などと訴え、テロ対策の一環として国に支援を求めた。

 

四女が遺骨を受け取った後、密かに海へ散骨して、部外者に対しては保管場所秘密にしておけば済む話だったのでは?(保管場所太平洋の海底)

 

政府の介入

日本法律では、刑罰を受けた者は、それ以上の罪を問われることはありません。

麻原も死刑執行されたので、法律上は、これ以上罪を問うことができないのです。

その上で、さら散骨を国が実施すれば、単なる法律問題を超えて、宗教問題政治問題に発展する可能性があります

 

滝本弁護士が騒いで、散骨に国が介入すれば、下手すると政治問題に発展する要因を残すでしょう。

 

まだ6人の死刑囚が残っている中で、死刑執行以降のプロセス(遺骨の扱いなど)に国が介入すれば、恣意的だと批判されてしまます

このような混乱や遺恨を残さないためには、有識者などの第三者も交えて、関係者が今後の対応策について協議するべきでしょう。

 

オウム残党の解散

滝本弁護士希望は、オウム残党の解散です。

遺骨を散骨したぐらいで、残っている信者解散するとは考えにくいです。

(その程度で解散する連中なら、もっと前に解散していてもおかしくないのでは?)

 

オウム事件の関係者は、滝本弁護士支援して、円満解決を図れるように協力してください。

容姿が醜い自分に行き場所などない

容姿が悪いと何処までも苦しむものだ。

アニメを見ていると、容姿よりも大切なものがあると提示するようで最後容姿だよねというオチ提示してくる。

更に容姿とは関係ないものでも、それを含んで評価される時代だ。

おそらく、何もかもが差別化できなくなった結果だろう。

最近卒論相談先生とした時に日本やばいという話になった。

行政政治司法の腐敗、死刑制度やらの恣意的とも思える運用やら、それを自分関係ないと思っているバカ国民

会話のあとに分かったが、死刑囚の遺骨が遺族が求めているにも関わらず渡されないのも正直怖い国だと感じる。

どこか別の国にでも行きたいと思うものだ。

ただ、どこにも行き場所などないのだろう。

会話の中で従来の弱者観だけでは対応できないという内容になったときだ。

みんなもご存知のアメリカ非モテインセル」の話になったのだ。

先生自分の子供が白人圏に留学しているが白人女に相手にされるわけもなく、アジア人男性集団皆がカップル文化の中で苦しんでいるとか言うのだ。

フランス人作家ウエルベックはかなり前に「闘争領域の拡大」で容姿が醜く性的ロマンを得られない悲壮を描いている。

おそらく、自分のように容姿が醜いとどうにもならないのだろう。

2018-07-11

麻原彰晃は復活する

麻原と、弟子12人の死刑囚という構造は、キリストそっくり

キリストも、使徒12人いた。

麻原も、キリストも、正当な裁判を受けられず不条理に死んだ。

全く同じじゃん。

麻原は、正式精神鑑定を受けさせてもらえなかった。

死刑要件を満たしているかどうか不明のまま、死刑になった。

その必要はないと言われて、受けさせてもらえなかった。

もちろん裁判中は合理的自己御言動をとっていたから、たしか正気だった。

だがその後は?

真相は解明されている!裁判記録を読め!」と

正義に酔ってブコメしてる連中がいたが、

麻原が指示したかどうかについては、弟子の口からも、麻原の口からも語られてないだろ。

裁判記録を読めと言ってる連中ほど読んでない。

指示したかどうか明らかではない以上、弟子たちの忖度合戦、つまり裏切りによって麻原が追い込まれたと解釈される余地が残されてしまう。

キリストは、弟子12人に裏切られて死んだ。

裏切られ、十字架にかけられても、裏切った弟子たちを愛して、死んでいった。

弟子たちは後からその話を聞いて、衝撃を受けて、罪悪感が極限まで高まり、ついには彼は神だったのだと捉え返して、認知協和を解消した。

復活の噂をパウロから聞いたとき、すんなり信じられたのも、深い罪悪感と、悲劇性、法的な不条理があったから。

麻原もキリストと同じように、奇跡を起こせなくなった。

最後にはみじめにも、ここ一番の重要タイミングで空中浮遊に失敗した。

信者からしてみれば、ここでは奇跡を起こすだろうというところで、ぶざまに失敗した。

前例のない洪水と、地震があったくらいで、日本社会はびくともしていない。

キリストが死んだときは布が真っ二つに裂けたけど、それと同じような、ささいなしるしに過ぎない。

無力のただなかで死んだ。

しかも麻原の場合はそれに加えて、7人の弟子たちと死刑にされるという、強圧的な執行によって死んだ。

共犯者同時執行慣行が守られずに、国家恣意的判断で死んだ。

平成区切りだとかなんとか言って。

一緒に転生させる判断って何なん?

本当に執行して良かったのか?

2018-06-30

anond:20180630231919

安楽死が認可される場合、きっと一定要件を満たしてるって確認する部署とかが作られると思うんだけどさ

今の日本だったらそれって絶対天下り先になって、何か恣意的運用されて、補助金やらをピンハネされた挙句

権力ある人間にとって死んでほしいやつを合法的に殺すシステムになり下がると思わないか

2018-06-29

低能先生に誤解が生じていると思う。

ネットリンチネットリンチと喚いているけど

低能先生は「一対多」という構図が現れたら、それに乗っかるようにして浮上する。

いかなる意味でも「一対多」の構図であればスイッチが入って登場するかというとそうでもなく、その出現パターンはかなり恣意的

んで、登場して「一の側」についていたというのも「あくまでそのように見える」というだけの話で、彼が実際に行っていたのは

「多の側」についたブクマカを片っ端からIDコールして「死ね」「殺す」「ゴミクズ」「低能」とやってたのがほとんど。

低能先生が標的とされてみんなで潰したんならわかるよ?

けど、はてなバカじゃねーんだから「実害が出てもいないのに被害が出たふり」でBAN申請するようなアホのはてな―に乗っかるわけねえだろ。

低能先生から死ね」「殺す」のIDコールを受け取ったブクマカが多数に及んだからこそ、累積があっという間に積み上がって即BAN、ってだけじゃないのか。

それはネットリンチなのか?

低能先生が居場所を奪われたかわいそう、なるほどそうかもしれないが、じゃ低能先生から死ね」「殺す」をもらったはてな―は黙って耐えろか?

もう慣れ切ったはてな―になると「こういうBOTだ」って内心で処理して無視してたらしいが、そうなるまで追い込むことが「義憤」で「正義」なのか?

増田に溢れるHageX憎しのあまりはてな―叩きは醜悪だ。

2018-06-28

anond:20180628194315

それに何でそんなどうでもいい部分にそんな超長文書いて反論しちゃってんの?実は結構大事だったんじゃね?って思うよ?

これについては人が真面目に書いた文章悪用されて苛々したからという以上の理由はないんですが、傍目にはそう見えると思うのは確かなので、気をつけたいです。ごめんなさい。ありがとうございます

あと、超長文というのはまぁそうなんですが、そんな事言ったら元のエントリ自体もっと長いんです。。。なので、その中から本当にどうでもいい一部分を抜き出して叩かれることには、責任を取れる範囲を越えてちょっと悪意しか感じられなかったです。。。そして、繰り返し、トラバで既に同じ指摘がされていて返事もしていて、わざわざ自分のを引用して叩く必要は無かったんです。。。

ただ、相手に悪意があったとしか思えないということについては元のクソ長い文章と、恣意的引用された段と、更にそれについて嘆いたクソ長い文を読まないといけないので、それを読んで理解してとか言う気はマジで更々無いですし(私のゴミみたいな文章読んでくれなんて死んでも言えないです)、文章の内容に触れてないと言ってくれるのは凄く誠実に思います。。。

2018-06-27

anond:20180627161237

言葉遊びが好きな奴は区別差別は違うとかいうけど、それは欺瞞で実際一緒

ただ、社会区別恣意的妥当ものとそうでないものに分けているだけ。

将来的には学力の違いで色々と人生が変わるのは差別だとみなされるようになるだろう。

なぜなら学力というのは遺伝的背景が強すぎて、個人努力で逆転できる範囲は限られているからな

anond:20180627155144

んなこと言ったら作品全体に楽しさが欠片もない業界ものってなんだよという話になるから恣意的基準ダメ

2018-06-26

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASL6T3FPSL6TTIPE008.html

事件の初期報道において供述内容を記載することはあってもその内容について恣意的説明なんて追記するわけがないのに報道姿勢に対して見当違いな非難をし、責任転嫁を始める。いざ自分当事者になると途端に荒唐無稽理屈を並び立ててしまう様はまるで「自分は悪くない。自分は悪くない。自分は悪くない。」と必死に耳をふさいでいるみたい。

anond:20180626103803

補足ありがとうございます自分は経緯を詳細に知っているわけではないので、本当にありがたいです。

 

補足を受け止めて考え直した上で、以下言及先の人に向けたものではない無関係独り言になる。

それを考えに入れても個人的には、はてな対応一貫性があったとはちょっと思い難い。

 

最初にBANされる原因となった発言確認できないものの(削除されてるので、誰か教えてくれたら助かります)、本当に殺人予告してたら今頃とっく逮捕されてるはずで、実際言及した人も殺人予告レベル」と書いていることからマジで特定人物殺害する旨の発言をしたわけじゃないだろうと推測する。その上で、以下。

警察が動いていない以上本物の殺害予告でないものをBANしたということはただの暴言をBANしたわけで、そしてただの暴言なら増田どころかはてブにもはてブロにも溢れてるわけで(それこそhagexだって表現お上品なだけでマジでただの悪口じゃねえかという発言を彼は頻繁にしていた)、でもそれを通報してBANしてくれるかって言ったらやっぱしてくれないだろうと思う。例え2回目以降のBANの原因が複垢だとしても、1回目のBAN自体そもそもしかったのではないかと思う。

 

また、この増田に見られる回答や(https://anond.hatelabo.jp/20180626103223)、このニュースhttps://news.careerconnection.jp/?p=55763)によるはてな公式発言「現時点では、実際に容疑者が、弊社サービスを利用する特定ユーザーと同一か否かは確定しておらず、犯行動機など詳しい状況も不明なため、事件と関連付けた形でご回答することは控えさせていただきます捜査が進み、事実が明らかとなることを待ちたいと思います」(はああああああ???)、「(ユーザー登録方法運営体制に対して)現時点ではルール体制見直しについてお話できることはございません。しかしながら、本件に限らず、より良いサービス運営のための改善には常に取り組んでいるため、引き続き、検討してまいります」ともう無責任どころじゃない発表を平然としているので、やはり低能先生氏を最初にBANした事が、そして他の殺人予告レベル暴言を吐いている大量のユーザーがBANされていない事が恣意的基準で行われていた/いるのではという印象は変えることが出来ない。

事件が起こるまで、低能先生は(はてなーにとって)突っ込みどころが多い人が、案の定叩かれているのを見ると

集団リンチは止めろ」

という思いを抑えられず

ゴミクズは今すぐ死ね

という言葉表現する人だと理解していた(今は実際に殺意を持っていたとわかった)

そこに弱者強者の判定があって、例えば安倍権力があって弱者ではないから、いくら叩いても集団リンチではない、とかがあった

から見てイケハヤはあちゅう全然弱者では無かったので、なんだか恣意的だなーと思っていた

2018-06-25

anond:20180625215526

ポリコレ論理例外なく厳格に適用されるならそうなるけど、今はポリコレ恣意的運用されてるがゆえにそういう破綻は起きない仕組みになっている。

日本人英語ができないのは恣意的

下層の日本人には「英語モドキ」を教え、上層のプレ・エリートにだけ英語を教える

これが日本英語教育の実態だよなあ

anond:20180625190649

あのさ、それ当事者の痛み置き去りだよね?

テメーの恣意的順位づけで当事者を踏みにじるのはやめろ。

自己中にも程が有るぞ

anond:20180625165827

ポリコレが万人にとっての正義であるなら、その基準には常に批判の目が向けられてしかるべきだし、

それが嫌で自分の好き勝手に決めたいのであれば、そんな恣意的な線引きに強制力など持たせるべきではない

選べるのは無力な自由不自由権力のどちらかひとつしかない

書きました ※粘着されたくないので、アカウントはとっとと消しますね。

言い争ってる経緯

Aさん「ネトウヨヘイトスピーチやめろ」

ネトウヨ「うるせぇゴキブリ

Aさん「現実を見ろ、病院に行け」

医者精神病患者が傷つくのでそのものいい、やめません?」

はてこ「ゴキブリ呼ばわりされても模範的で冷静で誰のことも傷つけない返答をしろとは
まあ他人の痛みにどれだけ無神経なのか。頭の中自分でいっぱいかよ。
それで自分の痛みを汲み取れとは驚くよ。
病院へいけといいたいところだけれど、これは病院じゃ治せないね。」

俺「ゴキブリ呼ばわりされたからといって、第三者を巻き込んで傷つける侮辱をする時点で、よっぽど他人の痛みに無神経で自己中心的だろ」

はてこ「罵倒差別ではない。在日差別を許容するのか?私に難癖つけたいがあまり在日朝鮮人差別に荷担するって認知歪んでるでしょう」

俺「ちょっと何言ってるかわかんないっす」

追記

あと、本日増田で似た議論があり、次のような発言もありました。

「あのさ、それ当事者の痛み置き去りだよね?テメーの恣意的順位づけで当事者を踏みにじるのはやめろ。自己中にも程が有るぞ」

良い。ちなみに、これを言われた相手は「痴漢被害者の報告よりもヘイトスピーチ削除を優先すべき」とか言ってました。それへの応答です。

上記の感じで言い争いになってます。全体の詳細発言も羅列しておいておくけど、

増田ではどうやっても見にくいから興味ある人以外読まなくていいぞ。

でもまぁ簡潔に議論最中に現れたはてこの重要発言価値観と行動をまとめると

精神病患者侮辱するかどうかよりも、ヘイトスピーチを注意する方が優先されるべきである

侮辱差別ではない」

ゴキブリのような侮辱発言に対しては、第三者が傷つくような発言侮辱し返しても許される」

認知のゆがみが大変だから病院に行きな」https://goo.gl/LPXzef 俺「反論なしのレッテル貼りヘイトスピーカーみたいですね」→現ブコメに書き換え

ここらへんって、主戦場であるフェミニズム案件ときにどう考えても持ち出されるわな。

フェミニスト理想化しているのではなく、一貫性のなさを指摘されるぞって話なんだが、たぶん理解できないかもしれない。


詳細の経緯は以下に。

人をゴキブリ呼ばわりした人間放置して、そいつに「現実をみろ、できないなら病院へいけ」と返した人に「自分精神疾患持ちだが横から見ていて傷ついた、きっと他にもそういう人がいるか配慮しろ」って頭の中自分のことでいっぱいやな。これがトーンポリシングでなくて何なんだ。

「確かに○○はよくないですが」ではじまる被害矮小化を心の底から憎む。ゴキブリ呼ばわりされても模範的で冷静で誰のことも傷つけない返答をしろとはまあ他人の痛みにどれだけ無神経なのか。それで自分の痛みを汲み取れとは驚くよ。病院へいけといいたいところだけれど、これは病院じゃ治せないね

俺 「私を傷つけたという理由で、第三者も含めて傷つく言葉を吐いていいって思考こそが、頭の中自分でいっぱいって感じだし、言い返すために用いたと認めてる時点で言葉侮辱意味を含めてるのは事実じゃんっていうね」

id:aridehanaiaridehanai 「言い返すために用いたと認めた」デマ飛ばすな。医療を勧めることは暴言ではないが、仮に罵倒だとしても罵倒差別ではない。在日差別に鈍感すぎ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/366299300/comment/kutabirehateko

俺「差別ゴキブリに対して病院に行けとキツいトーンで応答して何が悪い?」と言う時点でデマでも何でもない。差別罵倒のもの病院治療で治せるという認知自体がありえず後付けは明確で罵倒ではないは通用しない 」

先日Twitter在日朝鮮人叩きをするネトウヨから執拗に絡まれ在日朝鮮人男性が「現実を見ろ、それができないなら病院へいけ」と発言したこと咎められていた。批判する人達は「『病院へいけ』という発言精神疾患を持つ人間への差別だ、ヘイト行為精神疾患無関係だ」といっていた。確かに精神疾患ヘイトに直結していない。しか精神疾患現実認知をゆがめ、人を異常な行動へ駆り立てることがある。異常な言動を繰り返す人物精神疾患を抱えていないと断定できる根拠はない

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2018/06/25/112302

俺「「ゴキブリ呼ばわりにキツいこと(=「病院に行け」)言い返していい」発言は、病院に行けに侮辱内包してるという論点だが何も理解してないようだ。コロンビア案件で「売春婦はい意味だ」と言えば許すようなもんだな」

はてこ 「認知の歪みが心配から病院へいきな。」

俺「それって反論なしのレッテル貼りですね。」

はてこ「認知の歪みが心配から病院へいきな。人をゴキブリ呼ばわりする行為医療の助けが必要レベル。どの分野でも医療恩恵を受けるのは恥ではない。異常な言動を指摘され、吹き上がった結果が今回の件。」

俺「反論なしのレッテル貼りですねと指摘された途端、慌てて必死にあとづけでコメントを書き足す必死さが笑えますね。反論なしレッテル貼りの元ブコメこちら→ https://goo.gl/LPXzef

俺「ゴキブリ呼ばわりされても模範的で冷静で誰のことも傷つけない返答をしろとはまあ他人の痛みにどれだけ無神経なのか」で病院に行けが傷つける発言だと自覚はある、つまり侮辱内包しうるのは認めてるんだよな」

ブロガー身の回りに起こったことを面白おかしネタにしてPVを稼いでナンボですよ」とhagex氏は言った

その中には面白おかしネタにして良いのかというネタも多分に含まれてたわけだが、

じゃあこの殺人事件面白おかしネタにして良いのか。

まあ当然殺人事件から駄目って意見が大半だろうが、

じゃあネタにして良い範囲はどこからどこまで、っていうのは結局の所、

hagex氏に対して好意的批判的かでどこまでも恣意的に変わるのだろう。


何でもかでもPV稼げばいいってのもゲスだし、

何を言うにも唇寒しという世の中も息苦しい。


この両極端の了解大勢から取り付けられるだろうが、

その境目の議論永遠にグレーゾーンのままで、なんとなく決まり

こういう極端な事件が起きてまた極端に境目もブレることになるのだろう。

2018-06-23

別に擁護するつもりないけどお前らが馬鹿にするときオタクって割と恣意的だよな

2018-06-18

anond:20180618133708

恣意的って…

じゃあ例えば、国にとっての利益(国民にとってではなく)は何だと思ってるの?

anond:20180618132631

置き換えが恣意的すぎて屁理屈にもなってねーぞ

それ許されるの既に全肯定信者を獲得してるTwitter論客だけだから

2018-06-16

anond:20180616011709

「(所有者の)意図に沿うべき動作をさせず、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」という法律は、どうとでも解釈できます。そしてこれは広告も当てはまります。その意味においてヤバいです。

そして広告も当てはまるくらいヤバい法律なのに、なぜか広告は当てはまらないという恣意的判断がなされているという点において、ヤバいわけです。

恣意的運用されることが問題」と喚くなら

なぜ高プロの時には声を揚げなかったの?自分には関係いから?

anond:20180616010056

この法律はそれくらいヤバい法律だってことなんよ。

そして、このヤバい法律を、さらにヤバく恣意的運用しているという凄まじい問題なんよ。

2018-06-12

愛することと、差別すること

結論を先に述べると、人にとって分け隔てなく愛するということは不可能で、愛することはすなわち差別することにつながる。

それでもなお、それを理想として追いつづけていくしかない。それが神を捨てた人の宿命

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愛には、対象特定せずに広く与える愛と、対象を選り好みして特定のものにだけ注ぐ愛とがあるという。

前者の愛は、一神教における全知全能の神が人々に与えるものであるし、日本においては万物に宿る神が織りなす世界から加護、あるいはお天道様が見て下さるという感覚が近いものだろう。

一方で、後者の愛は、よくある狭義の愛である

前者の愛をもたらす対象が人ならざるものであることからも分かるように、物事の如何に区別なく愛情を注ぐというのは、人にとって不可能にも近い不得手なことがらである

人が織りなす愛というのは、何かと何かを区別する、あるいは誰かと誰かを差別することで特定のものに注ぐものである。それは肉欲によるようなものばかりではなく、優れたもの・素晴らしいものを愛でるときにも当てはまる。なぜなら、そのとき人は、劣ったもの・醜いものを選り好みして差別しているからだ。勿論、その選り好みは外見だけの評価とは限らず、内面や行動などで判断される場合もある。

美術美術として評価されるのは、他のものと比べて美しさが秀でているからであって、誰か素人が作った作品よりも他人からの愛を受けているからだ。平等に愛を注ぐのなら、そうした素人作品美術品すら区別なく差別なく、愛を注いでしかるべきだ。残念ながら、選り好みをしてしまうということ自体が、平等に愛を注ぐということに反しており、結果としてそのように世界を愛するというのは一般の人には到底不可能ことなである

それが不可能で、それでいてなおかつ愛を受ける身としては理想的であったからこそ、全知全能の神という概念を人々は作り出したとも言える。なにしろ、どんな存在であっても愛を受ける資格はあるのだから。たとえどんな悪事を働いていたとしても、無為存在であったとしても、そんなことは関係ないというのだから。人々が与える愛は、相対的肯定はあっても、絶対的肯定はありえない。それは秀でたものがより愛され、劣ったものがより愛されないという状態であり、その基準は各々異なっていても、対象によって愛を与える程度が異なるというのは変わらない。その優劣は非常に恣意的で、単に身近にいるかそうでないかという差異であったりもする。親が子を無条件で愛すると言っても、子として存在しているからこそ他人より差別して愛するのであって、どんな人であっても同様に愛するというのとは全く異なっている。そうした相対的な愛ではなく、絶対的な愛を誰も分け隔てなく与えてくれる存在、それこそが理想でなくてなんなのだろうか。

かような神という概念を創出したことで、人々は平等に愛を得ることが可能になった。その愛が空想上のものであったとしても、構わない。重要なのは当人が愛を受けていることを感じているかどうかであって、実体として誰かが愛を与えているかどうかではないのだから

このように考えてみると、万物に対する差別なく区別ない愛というのは、人々の空想上のものに過ぎないと分かる。ただ、それは空想産物であったとしても、非常に賢い発明であったことは確かだ。それに、実体がなかったとしても何の問題があるだろうか。愛を与える存在いるかいないかに関わらず、愛を受けているという感覚があるということこそが重要なのだから

いずれにせよ、これまでの議論から導き出されるのは、人は区別差別することなしに愛することはできない、ということだろう。言い換えると、区別することで初めて愛することができる、とも言える。それは人種国籍身分その他という分け方でなくても、ヒトかヒトでないか動物かそうでないか生物かそうでないか、石ころだって特定の、例えば花崗岩や砂岩などと判別することで初めて対象特定化て愛情を注ぐことができるのではないか。漫然と、自分の子供と野良猫とそのへんの石を全く平等に愛するというのは不可能なのだ。そのへんの石だって、他の石と区別することで初めて愛しうる対象になりうる。区別できなければ、その対象にすらなり得ないのだ。

故に、人を愛するにはその人を他人区別することが必要となり、集団を愛するにはその集団を他のもの区別する必要があり、地域を愛するには他の地域区別する必要が、国を愛するには他国区別する必要が…となっていく。愛国心などと言っても、日本という概念があまり一般的ではなかった江戸時代には、諸藩における郷土愛はあっだだろうけれども日本を愛するという考え方はごく一部の外国認識している人を除いて存在しなかっただろう。列島を束ねる存在日本)が当たり前過ぎて、認識するに至らなかったというほうがより正確なのかも知れない。

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左翼のというより、人権思想などの近代思想の出発点は、フランス革命自由平等友愛から始まっている。ここで友愛とは博愛とも同胞愛とも訳され、仲間に対する愛を示しているのだけれども、これも特定集団に対する愛を唱うことで他の集団差別している。平等とはあくまでその集団の中だけで適用される概念で、他の集団に対しては平等であることは必要ではないのだ。だからこそ敵であるフランス王家斬首になったし、信条が異なる集団に対してはリンチが横行した。これは左翼思想を発展させた共産主義に引き継がれ、今なお信条正統性を主張する形で争われている。

この近代思想は、神が行ってきた(と人々が空想した)分け隔てない愛を与えるという行為を、人が自らの意志で執り行おうとして産み出したものであろう。それは確かに理想ではあるけれども、実態として分け隔てなく愛するということが不可能であるが故に、とき空想となり、あるいは夢想となって人々を混乱に陥れたようにも思う。

結局、現代人はその理想を、限定して扱うことで現実妥協しているのではないだろうか。

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人は誰も、差別されることは拒絶するが、他人区別することなしに過ごすことはできない。

基本的人権として求められるべき最低限の平等規定しつつ、それ以上の区別は互いに棍棒で殴り合う、もっと文化的に折り合うなどして勝ち取るものではないだろうか。

それでも、今なお基本的人権すら蹂躙されている場面が見られるのが現実ではあるけれども。

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