「定説」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 定説とは

2019-01-24

今日も女はサンドウィッチ

https://togetter.com/li/1311486

わろた

2019-01-22

anond:20190122171154

昔、国民の大半が「自分たち普通です」と答えていた日本という国は、一億総中流と呼ばれたが、実際には普通にその頃から階級社会であったことが今では定説となっている。

2019-01-18

anond:20190118140236

男性向けでも普通にあるよ

昔のエロ創作官能小説とか劇画エロ漫画とか)は凌辱ものか(人妻不倫とかの)誘惑ものしかなく

「元々恋人同士だったり夫婦だったりする男女のイチャイチャセックス」を描くのはタブー(そんなものは売れない、と言うのが定説だった)とされていたが

それとは別のオタク向け世界だとエロブーム期にそういったものが売れて「萌え系」として定番ジャンルとなったために

その流れを汲んでエロ漫画やエロラノベなどでもそういうものが作られて定番の一つとなった、と言う解説をどっかで読んだ

2019-01-17

anond:20190117202611

あれ、制服が前提の話だし

制服スカートを短くしている子より長いままの子の方が痴漢に遭いやすいってのは定説だよな

2019-01-09

化粧水って意味あんの?

1ヶ月ほど前、旅先で事故に遭って骨折し緊急入院した。

家族や友人にちょくちょく来てもらえる距離ではなかったため物資を揃えることが難しく、

ほとんど病院備品だけで日常生活を過ごした。

シャンプーはよくわからぬ大きなボトルリンスインシャンプーボディソープもおなじく。

洗顔料はないので朝晩は水のみで洗顔し、

週三回の入浴時にボディソープを泡立てて顔も洗った。

化粧水乳液、ヘアオイルはなかったのでそのまま放置した。

その生活を1ヶ月続けても、特に髪にも肌にも大きな問題はなかった。

別に自然派を気取りたいわけでは全然ない。

ないのだが、冷静に考えて、

洗顔後の顔に化粧水をはたく、乳液で蓋をする」

あるいは

オールインワンジェルを塗る」

などの行為に本当に意味があるのだろうか。肌に水塗ると水吸うとかおかしくねえ??

とふと思ってしまったのだ。

もちろん、肌 しくみ で検索すれば出てくるような知識は目を通している。

いるんだがいまいち腑に落ちない。

食べ物に気を付けていい肌を作れというならわかるのだが、

肌の上からアプローチにどれ程の意味があるのだ???

(ただ、昔肌にいいという温泉に行った際、備え付けの紙パックを温泉に浸して顔にのせていたら、翌日顔から完全に毛穴が消えてびびったこともある)

今私は家に帰ってきたので、いつも通り洗顔料で顔を洗い、つっぱるかんじがするので化粧水をはたき、しばらくおいて水っぽさがおさまるのを待って乳液を塗っている。

水っぽさがおさまったのは浸透したんじゃなくて乾いただけではないか

乳液を塗ってぺんっ、とした(※)が、これが本当にいい状態なのか。

https://dailyportalz.jp/kiji/kesho_taiken

よくわからん


追記

案の定というか「女の信じてるものなんて疑似科学」というミソジニーまるだしなトラバがついているが

疑似科学だというならその科学的な根拠を示してほしい。

私は今疑問をもってはいるが否定派というわけでもない。

コラーゲンの経口摂取はひたすらバカにされていたが

近年では定説の「アミノ酸に分解されるから意味がない」は覆されつつある。

単に「○○だから」とバカにする、あるいはみんなやってるからで続ける非科学的な姿勢でなくて

きちんと知りたいのだ。

わざわざつまらトラバつけてくるくらいなら教えてください。

できないなら黙っとけばいいのに。

2019-01-08

anond:20190108112448

親とうまく行かないヤツは上司世代ともうまくコミュ取れない、って定説があるから

2018-12-26

anond:20181226144808

狩猟採集時代には女は家で帰りを待っていたという説は今では否定されていて、狩猟カロリーを集められない男の代わりに女が採集で養っていたというのが今の定説らしいね

2018-12-13

anond:20181213152857

どう考えても暗黒時代だろ

今までの定説を「いや、〇〇だから今までの定説は間違いだった!」って少ない証拠

やたらと史観をひっくり返すのは

歴史学学者たちが定期的に起こす発作みたいなもんだ

2018-12-03

昭和時代は、六法全書といえば一般市民生活上必携のもの

 行政司法活動にも中身があったので、法が日本存在していた時期があったが、1975年に

経済活動があまりにも発展しすぎて、完成して終わってしまい、その後はウソというのが定説

75年以降は、経済というより、単にそこにコンビニ会社テレビ会社があるだけといった風情で

法律はもう誤魔化しみたいなものだったし、平成に入ってからは法は腐敗が激しく、ないも同然だった。

今は最悪ではないか公務員じゃないのに公務員と呼ばれている人たちは、何が目的で生きてるんだろうか。

意味がないのに、とうの昔に機能が亡くなった事務所に平日出勤してきて、働いているようにみせかけていて

哀れで仕方がない。

下方婚と言われるものの多くは、下方婚ではないと思う

男は下方婚するけど女は……というのは定説だが、いうほど男も下方婚してないと思うんだよね。

収入格差はあっても、若さ容姿ホスピタリティセックスや子を生む腹や家事育児負担や。女の側も財産持ってるんだよなあ。

だってこれ逆にすると、年増でブスで気遣いができずセックス拒否子供産めない家事育児やらない女になるわけで。そんな女を介護するように結婚した男ならまさしく「下方婚した男」と言えるだろうけど、レアケースだよね。男は下方婚するけど……と言える頻度とは思えない

結局、男も女も下方婚なんてして無いんだ。持てるものは持てるものとくっつく。そこにキモカネ喪女が登場することはないのだ。

2018-11-28

anond:20181128070452

マンモス追っかけて倒して皆で焼肉パーティみたいな漫画表現を信じてるのか

実際の狩猟採集時代人間の主な栄養源は採集した植物で、大きな動物は滅多に捕れなかった、ってのが定説だぞ

普通想像力あれば餓死が死亡理由トップなんだから食えるものは何でも食ってただろうし

一番採りやすものは動かない植物だし

狩の道具などろくに発達してない世界で大きな動物バンバン捕れるわけないであろうことくらい想像つくだろ

2018-11-26

anond:20181126120957

実際はどこの生き物も「メスがオスを選ぶ」のが当たり前の現実なのに、なぜそれが定説になっているのかの方が疑問だ

2018-11-25

にぎやかだった昭和時代に比べ、すさまじく形式的で魅力のない平成国家

 昭和天皇時代は、日本中、あちこちでにぎやかな祭りイベントがあったものだ。

そういう愛情みたいなものは、85年で消え去ったというのが知識人の間での定説

それに比べ、平成に入った段階から凄まじく醜かったお前。

anond:20181125115926

ネットの発達も大きいと思うけど、

90年代は更に「女性意見を聞くことがビジネス成功秘訣」ってな風潮が広まったのが大きい。

ビジネス誌で「ものを売りたければ女性意見を聞け!」と言う記事が乱発されて、

女性向け商品宣伝パッケージにいちいち「女性社員が開発!」「女性意見を取り入れました!」と書かれてた時代があった。

逆に言うと、それ以前は「女性向け商品であっても女性意見を聞かないで開発」が当たり前だったんだけど。

テレビで「視聴率取りたければF1層意見を聞け」が定説となったのもその一環だろうし、

おっぱい丸出し番組が減ったのもその為だろう。

今は高齢者意見を聞け、になってるけど。

2018-11-20

anond:20181120113613

歴史定説コロコロ変わるから世代間で認識ギャップが生まれやすい。

「あの人は秀吉タイプ」が「人たらしのアイディアマン」という意味か「独裁者気質老害」という意味かは判断ができない。

anond:20181120104658

ポケモン交換しないのにポケモンやってもつまらんだろ

大人ユーザーも増えた今ならソロプレイでも楽しめるような作りになってるかもしれんが

初代の頃は「友達いない人がやってもつまらん」ってのが定説だったぞ

2018-11-16

anond:20181116191502

キリストアイドルは、腐女子定説

辛いことがあっても推しの顔みてたら忘れられるんやで

BATTLE BATTLE BATTLE at 右翼左翼

自民に勝とうだなんてー、めっ!だよ♡」

「兄の国への礼儀を教えてあげよう」

ごめなさい ごめんなさい

なんてのは もうごめんだ

いきなりきた 正念場 誰もアベを止めんな

ここで雑魚はぶっ潰す

破り捨てた9条

俺のヘイトはお前の脳に

直で届くリアリズム

見た目だけのリベラリスト

潰す まるで関東軍

運が尽きた半島所詮一生属国

俺の名前保守 常にHOT まさに本物

この場 空気 勝敗まで 全てコントロール

はぁ? 笑わせんな

所詮テメェはネトウヨ

大人ぶって見たところで

ここじゃKPOP未満

金も勝利人権ないとこにゃ巡らねー

こちとら 文字通り命懸けで護憲主義

改憲 なんてもんは はなからマジやらせねー

本気で熱くなれるもの言葉用意してく

常に腹はくくる それがDead or live

韓国首輪ついたペットじゃない

何を偉そうに語っているペラペラ(Fu Fu)

聞こえがいいだけ 所詮中身ペラペラ(Fu Fu)

要は 両手挙げて武装放棄運任せ

僕は議員議席 一つづつを積み重ねる

(Fu Fu Fu Fu Fu)

時代錯誤 そんな思想 何が憲法9条

いくら書いても売れない本と

増えるだけのペンダコ

僕は未来見てる 全てイメージ次第

お前は過去を生きる 戦後左翼(Hahahaha)

(ん〜) なるほど (ふむふむ) 一理ある

(謾辞)確かに あなたリアル

できれば一緒にプロジェクト

なんて無理 「嘘ですよ」

憲法9条こそ 未来開く鍵

足元も見えなきゃ躓くばかり

いつでも軍事力が正解じゃない

戦いたがりのバカにはわからいか

The Battle Battle Battle (yeah)

The Battle Battle Battle (uh)

九段下 靖国からつなぐ

ファンデーション

The Battle Battle Battle (yeah)

The Battle Battle Battle (uh)

渋谷 共産党

デモをやって またかっ飛ばそう


The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

決着つける 今日の勝者を決める

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle


付き合いきれない 馬鹿げた定説

わたしは経てきた 貴重な経験

南京事件はは こどもだましの戯れごと

望むはこころがわりを

黙っていればいい気になる

バカなら一気に 黙らせるその口チャック

さらに縫い合わせてく

閉じるその癇に障る 綺麗事シャットダウン

君の未来不安定 気づけば与党過半数

えーやだー 過半数って どうせならば

中共みたいにかっこよくて

強い奴じゃないと不満です

いくらお口チャックしても

すぐに開くビリビリ

癇に障るならば なおさら まずはしばき隊

BTS どちらも響かせるよ どうかな?

何度だって懲りず 復活できる 今日から

「人の過去のことを何度も持ち出すんじゃねー」

約束じゃなきゃ容赦しないよってシナリオ


これでどうだ いい加減 俺らこそが進化

何が靖国 ここで終わり ペイアテンション

この国では絶滅するサダメこそがネトウヨ

小生たちは中韓を 守ることにドーパミン

楽しくなっちゃ

ほらしちゃいなってギブギ

そしたら 僕ら有田さんのとこに

すぐに行く行く

俺ら左翼 見せる絆

ナイスコンビネーション

平和守ることがモチベーション


あーうるさいうるさい

黙れ 御託ばっか並べて

絶滅のサダメって ここが変える分かれ目

どんな辛い過去もヒックリ 返すだけだろ

それができる仲間たちと組んだ

この歴史戦

プロパガンダばかり

耳にに入り込んだやつらには

からないだろうが そんなものは全て偽り

国のために 出す力で

教えるものハウメニー

それを歌い 握る拡声器

(靖国!)


The Battle Battle Battle (yeah)

The Battle Battle Battle (uh)

九段下 靖国からつなぐ

ファンデーション

The Battle Battle Battle (yeah)

The Battle Battle Battle (uh)

渋谷 共産党

デモをやって またかっ飛ばそう

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

決着つける 今日の勝者を決める

The Battle Battle Battle

The Battle Battle Battle

2018-11-01

227 : ななしのよっしん :2017/08/29(火) 14:02:25 ID: r7jPdsiCA1

正論」は検証議論ができない人が多用する言葉なので、

議論に誠実に参加するような人はそんな印象が悪く思考停止くさい言葉はあまり使わず

定説」「妥当意見」「的確な意見」「論理的意見」といった言い方をする

2018-10-31

anond:20181031083745

男とというだけで権力側にいるのは自明なので知ったこっちゃないというのがはてなでの定説

2018-10-22

前提を疑う

科学世界には一般的に認められた妥当な考え方がある。これを定説というが定説は新たな事実によって覆されることがある。人生も同じことが言えないか。世の中には「〜をしてはいけない」とか「〜をすべきだ」といった考えがあふれている。その考え方を採用して物事がうまく行くならそれで良いがそうでないなら他の考え方を採用しても良いのではないか多数派権威のある人と違うことをするのは不安だが試す価値はあると思う。

2018-10-10

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-09

anond:20181008215814

metamix 英語論文なぞいらん日本語で事足りるって話はまあいいけど、理系なら学部生ですらやらされることを文系だと教授クラスでもやらなくていいんだーフーンみたいな感想

お互いの分野で必須タスクが違うだけだろ……英語以外の外国語を読まなくていい理系はずいぶん楽ですね,って言われたらどう思うよ? 私は修論書くにあたって複数ヨーロッパ言語読んだし,東洋史だと修士でも複数の現地語+複数ヨーロッパ言語を読むのが当然みたいな分野もあるけど,理系英語だけ読んでりゃいいんだっけ? ふーん.

kyuuzyuu9yen じゃあ文系論文妥当性はどうやって担保しているのかと。仲間内でも議論はしているのか?

dot 学術言語は一理あるとも思うけど、査読有りが理系ローカルルールという言説には面食らう。記述言語査読有り無しも最終的には学術論文としての品質をどう担保するのかというところに帰結すると思うんだ。

slimebeth この問題英語査読不要理系絶対と思うなみたいな捨て台詞をいろんな人が吐いてくのに「では代わりにどういう制度方法論で研究の質を担保してるのか」を未だに誰も一言も言わないの底知れぬ闇感すごい…

本当に疑問なんだけど,こういう主張するひとたちって「まあ最近文系査読重要になってきているし,若手は査読つき業績を増やしたがっているけれど,査読がつかないかダメとは限らない,ってだけの話.当たり前だけどダメダメ論文は後発の研究によってちゃん批判されるか鼻にもかけられず無視される」っていう箇所が読めてないの? 査読つき雑誌はある,査読つきの業績は重要であるしか査読がないからといってダメであることを意味しない,ってそんなに難しい話かね.

ていうかこういうひとたち,普段査読通った論文なら無批判に盲信してるんですか? 論文批判的・懐疑的に読まれ瑕疵があれば後発の研究によって批判されたり乗り越えられたり無視されたりするものだ……というのは文理を問わぬ学問常識だと思っていたのだが,「査読がないとどうやって研究の質を担保するの?」などと吐かす一部の理系はどうやら査読を通ってさえいればアッサリと先行研究を信じてしまうらしい.どっちが権威主義なんだか.

reuteri ペレルマン査読されてないが多くの人から批判的にチェックされるでしょ?そのチェックの有無が科学にとって重要で、「学界の権威が言っているから正しい」という世界科学ではないのですよ。日本語については同意

藁人形叩かれても困るんですよねぇ.

theta 日本には日本のXX学、米国には米国のXX学、印度には印度ののXX学があって相互互換性が無いのなら、それは普遍性のある学問なのかなという疑問がある。

こういうレベル説明から始めなきゃいけないの本当に馬鹿げてると思うんだけど,日本西欧研究なら西欧諸言語の先行研究は当然追いかけているし,英語圏の日本研究者は日本語の先行研究読んでますよ.ドイツ人ドイツ研究者と日本人のドイツ史学者は同じ学問従事していて,同じ問題意識を共有している.ただ,日本西洋史研究日本歴史学という別の文脈の中にも置かれていて,そちらから影響を受けて「日本西洋史研究独自の色を出すこともあるし,アメリカでは日本研究者と東南アジア研究者が共同プロジェクト独自問題意識を深めているかもしれない.そういう意味で各国の研究には多かれ少なかれその国の事情に根ざした独自性があるわけ.そして,時には「本国」以外での研究潮流が「本国」での研究に影響を及ぼすことだってある(たとえば前世紀末から今世紀初頭にかけてのアメリカソ連研究典型的かな).日本中国学はフランス台湾中国学と微妙に違っているかもしれないけれど,それでも同じ中国学なんだ.

kingate だとして。最先端は何処よ?学術研究論文最先端批評貰う必要があるんじゃねぇの?ローカル内容でも批評貰わんと正否は出ないでしょ、総論として。で、あの学者モドキはその総論に後ろ足で砂掛けたの。

分野によるとしか言いようがないし,別に最先端複数あってもいいんじゃないかと思わなくもないが.たとえば私が研究対象にしている地域については間違いなく英語でのショボい研究蓄積なんかよりも現地語での研究最先端だけど,私は現地での最先端研究フォローしているし,現地人の使っていない資料とかも使って彼らと勝負しているつもりでいるよ(現地人だからこそ盲点になってる資料みたいなのがあるんだよなぁ).

iyochoo 国内アカデミアを重視するか、世界アカデミアを重視するか。両方の言語で書いてくれると助かる人が多いです。

世界アカデミア」なんて幻想で,各国別のアカデミアが併存してるんだよなぁ.もちろんそれらの間に橋を架ける必要はあるけれど.

(……)恐らく査読文化のないという文系の分野では、被参照数によって論文の質を予測するというように思うのですが、被参照数というのは流行研究をしている事で他の研究者が参照しやす環境がないと伸びにくい物です。ニッチな分野の研究をしているが、優れた研究であるのに査読も行われず、誰も参照してないという論文があるとして、研究を行う者はその論文を如何にして見つけて評価するのでしょう?文系研究者は、研究を開始するまでに、かなり無駄調査時間必要とするのだろうなという事を想像しますね。(……)

anond:20181009154937

ぶっぶー.ぜーんぜん違います.ろくな知識もないひとがテキトー想像しても頓珍漢な答えに辿り着くだけなんですよねぇ.

そもそも査読はあるし重要だが,査読がなくても良い論文であれば評価対象たりうる,という話を少なくとも私はしていたわけで,それを「査読文化がない」と要約されても困惑するわけですが,まあ全ての論文査読を受けているわけではないという状況を「査読文化がない」と書いているのだろうと好意的解釈するとして.

当たり前ですが文系でも「レベルの高い査読誌」「査読はないがレベルの高い雑誌」「レベルの低い査読誌」「無査読紀要」ではチェックの優先順位論文の重みは違います.当たり前ですね? 査読はしていないけれど,その分野では定評がありよく読まれ雑誌,というもの存在し,たとえばそのへんの査読をつけた院生向け紀要とかよりも圧倒的に読まれる,というような状況がある中で,査読がないからといって無価値扱いするのは不当だ,という話を私はしていたわけです.

なので,ニッチだけど優れた研究をしている人は,よく読まれ媒体論文投稿すればよろしい.というか人文系研究対象って,研究水準の深化に伴ってどんどんニッチになっていく傾向があったりしますしー.

そもそも文系の多くでは被引用数を重視する文化はあまりありませーん.理由ひとつとして「正確な被引用数を測定するのが困難」というのが挙げられます.著書も業績になり得る上に各国が自国語で研究する世界において,外国語も含めた紙の本での被引用数なんて管理しきれないのでー.私も自分論文の被引用数なんて知りません.外国語で書いたやつは3ヶ国語くらいで引用されて,日本語のやつも紙の本に1回引用されたかな? でも他にも引用されてるかもしれないので,これは最低限の数字っすね.周りで被引用数なんて気にしてる人見たことないなぁ(私に指摘されて初めて自分論文他人の著書に引用されてることに気づいた先輩とかいたっけ).そもそも引用されてむっちゃdisられてても1回引用カウントするわけですよね? それ本当に論文の質の指標になるんですか?

(……)一方で世界社会学者は、インパクトファクターの高い査読付き国際学術誌に投稿している様ですね。アメリカだと、テニュアになるためには当たり前の様に要求される実績の一つですし、それが世界標準でしょう。(……)

それはアメリカ社会学者自国語で論文を書いているだけでは……?

というか,日本語圏の社会学者でも英文学術誌に投稿してる人はいますし,英文学術誌に投稿してる非英語圏の学者でも,それとは別に母国語論文書いてたりしますし.英語以外の言語での論文が載ってる社会学学術誌,探すとあちこちにありましたよー.

韓国語http://www.ksa21.or.kr/kjs/

中国語(簡体字)> http://sociology.cssn.cn/xskw/shxyj/

中国語(繁体字)> http://tsa.sinica.edu.tw/publish_01-1.php

ロシア語http://www.isras.ru/Sociologicalmagazine.html

フランス語> https://journals.openedition.org/sociologie/index.html

ポーランド語https://www.ceeol.com/search/journal-detail?id=240

リトアニア語> https://www.ceeol.com/search/journal-detail?id=1027

カタルーニャ語https://www.raco.cat/index.php/RevistaSociologia/index

ところで日本社会学会は和文雑誌の『社会学評論』以外にもちゃん英文学術誌持ってるんですよねー> https://onlinelibrary.wiley.com/journal/14756781

いやほんと,テキトー知識でよその学問分野に軽々しく口を出して,正しいこと言ってるならともかくめっちゃ的外れとか,生きてて恥ずかしくないんですかね?

death6coin “ぶっぶー.ぜーんぜん違います.ろくな知識もないひとがテキトー想像しても頓珍漢な答えに辿り着くだけなんですよねぇ.”攻撃的ですねぇ

理系研究事情査読制度を知りもせず「理系研究権威主義だ! 定説にとらわれて思考が硬直している!」とかわめく連中に,これまで理系のひとはどんな目線を向けてきたっけ? 冷ややかな目線を向けて嘲笑ってきたよね.もちろんそれはまったくもって正しいよ.理系事情を知りもしないのに思い込み的外れ批判をするのは愚かな行為であり嘲笑に値する.文系に向けて似たようなことをわめく連中にも同様の態度を取らせてもらうというだけ.

zu2 琉球歴史琉球語でかける日はいつか。文化侵略ってこういうものだよな

これは本当にそう.最近だと三元社なんかが琉球諸語・日本語対訳出版物を出していたりするけど,言語復興運動家の著書とか学術誌のコラムまりで,琉球諸語で書かれた学術論文は残念ながら見たことがない.琉球諸語は最近書記法の整備とか色々進んでいるから,今後はそういう方向に期待したいよね.もちろん琉球諸語で書かれた論文査読できるひとはそう多くないと思うけれど,査読なしで論文を発表することも許されているという文系事情積極的活用して中身のしっかりした琉球諸語論文を発表していくひとが出てきたらいいなと思う.

quick_past だったら方言で書いてもいいし、絶滅言語で書いても良いのでは。

それに対しては2つの論点から応答したい.1点目に,「日本語過去の豊かな蓄積を持ち,現在も多くの学術論文生産し続けている言語である」という前提条件を忘れてもらっては困るということ.日本について研究している学者日本語論文を書くわけで,この点が方言とは違う(大阪弁研究する者のほぼ全てが標準語論文を書いているし,山形弁で書かれたヨーロッパ史の高度な研究は現段階では存在しない).

第2に.もちろん書いていいです.少数民族独自民族として生き残っていこうとするには何らかの形で文章語を持つことが(必要ではないが)望ましく,実際にヨーロッパでは人口数万人の少数民族でも自分たちの言語で書かれた学術誌を持っている場合もある(もちろんその場合,当該言語や当該言語で書かれた文学,当該民族歴史といった限られたテーマについての論文を書くので精一杯だったりするのだが.ちなみにそういう少数民族学術誌に少数言語論文を載せてる日本研究者もいる).それに,言語方言とのあいだに本質的な違いはなく,たまたま政治権力を持ち規範が整備された言語変種が「言語」とされ,「言語」と見做されなかった地域的変種が「方言」と見做されているだけ,というのが社会言語学常識であり,実際に気仙沼方言方言ではなく独自の「ケセン語」だと主張して聖書翻訳したお医者さんなんかもいる.上で書いたように,宮古語日本語バイリンガルコラムを載せている学術誌もある(コラムまりで,論文ではないけど).なのでたとえば,鹿児島大学薩摩弁を公用語にした紀要出版されてもよいと思うし,もしその紀要に優れた論文が次々に掲載されたとしたら先行研究を読むために薩摩弁を学ぶひとも出てくるかもしれない.そしてそれは,悪いことでは決してない.

abll 「過小評価しすぎ」は重言。「過小評価している」か「軽く評価しすぎ」が正しい。

きゃーお恥ずかしい.ご指摘ありがとうございます.訂正しました.

anond:20181009203239

本人たちの自虐から始まったってのが定説で、ぐぐりゃいくらでも出て来る話だが

そういう捏造してまで腐女子を叩きたがるのか

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