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はてなキーワード: 定説とは

2019-04-17

anond:20190414103021

論破する気満々で遺伝存在する証拠を示せ、って言われたらやべー人だと思って逃げるでしょ?日中戦争に残虐行為は一切なかった、って言っている人がいたら近代史議論をする気にはならないでしょう?男女差別存在って、そのレベルで、常識だと思う。学界の定説が定まっていて、山のような証拠があるにも関わらず、個人の信念からの強固な反対論者が存在することも含めて。

2019-04-05

三大ジョジョ信者勝手に言ってるだけなのに定説みたいになってるやつ

最初スタープラチナの射程範囲が広いのは承太郎精神が安定していなかった=スタプラ能力が安定していなかったため

「俺が医者に見えるのか」のくだりは丸ごと全部ブラフ

吉良があの時間に早人の前で名乗ることも固定された運命だった

GE感覚暴走描写されてないだけでチョコラータ戦でも発動している

ブラックサバスの矢に刺されたGEレクイエム化しなかったのはジョルノがまだその器ではなかったか

初期アナスイダイバーダウンで自分の肉体を作り変えていた

サウンドマン大統領がつれてきた平行世界サンドマン

保護色(を持った恐竜にお前を変えてやるがどんな気分)か?ランプ(の擬態)は好きか?(恐竜なので)明かりはつかないという意味だが

ジョジョリオンはすべてその場のノリだけで描かれているので考察無意味

大人は噓つきではなくまちがいをするだけ

2019-04-04

anond:20190404115024

時代モノのヒットの秘訣登場人物現代人の感覚を持たせること、ってのは定説

忠臣蔵も昔は忠義が強調されたが今はそうではないらしいしね

今時忠義を主テーマにされても現代人ついていけんしな

2019-03-17

anond:20190317202111

けもフレは一期二期通して、きほん一話ずつ景色が変わるよね。旅行してる感の一助になってる気がする。

二期になって冒険っぽさは減ったかもしれない。モノレールを割とあっさり乗り捨てたのがよくなかったか。あるいはビースト探偵ふたりが神出鬼没すぎて、主人公勢があまり移動してないように思えてしまうのかも。その点、一期の追跡者ふたり組はピッタリ後をつけてくるので、距離感が狂う怖れはあまりなかった。そうだ、アライさん&フェネックの追跡劇が何度も番組の締めになっているのが緊張感を高めているってのはありそうだ。

一期二期共に地図は出てくるが旅路の経路はわからないので、冒険らしさにはあまり貢献してないように思う。他方、ケムリクサでは移動の様子はずっと明示的だ。一島から十島まで。ナンバリングの形であからさまにデフォルメされた道程は、旅の進行を意識させることを意図したものに思える。減っていく水。定期的に現れる"ボス"。切迫感と達成感は、ケムリクサでは計算されて配置されている。題材は剣と魔法ではないけれど、指摘は当たっていると思う。監督RPG由来の冒険の楽しみを前面に押し出している。

決定打はわからないが、仮説2の「先の見えなさ」はかなり大きいでしょう。図書館や赤い木の根など、大まかな目標はあるものの、次の話では何が起こるかは判らない。これが次回予告をしないスタイルとも相まって、ワクワクを高めていると思う。

(話が逸れるが「ストレス回避欲求」に応えたことがけもフレ一期の人気の最大の要因だったのではという定説に、改めて頷いている。毎週安心して視聴できて、しか冒険楽しい。二期とケムリクサ。あえて挑戦したんだろうか。どちらも視聴はストレスフルな作品になった。)

2019-03-16

うんちはうまいという常識を疑う

うんちはうまいという言葉はもはや定説になっている。俺は常識を再発見するという使命に基づきこの常識を疑ってみることにした。

まず食べたのは俺のうんちだ。

うんちうまいコミュニティによると、肉ばかり食べているうんちはまずいという。

そこで今回のうんちはコミュニティで評判の良い野菜を揃えた。

具体的にはブロッコリーニンジンパセリなどだ。

それらを3日間食べ続けもはや俺がヴィーガンか何かになりかけていたとき便意は俺に襲いかかってきた。

いままでの普通便意じゃない。最高に我慢したときのあの便意だ。

俺はリビング読売新聞朝日新聞を広げた。60インチの消えたテレビは画面に俺の姿を反射させた。

うんち座りだ。

まさか36歳のおっさんリビングでうんちをする光景を反射するなんて、テレビとして幸せだったなと思いつつ力んだ。

ブッ…ブリュュュ…ブチイイィ!!!

ーーーー 一瞬。それだけだった。それで全てのうんちは放出された。脳内に「光速脱糞」という文字が思い浮かんだ。

その後はうんちうまいコミュニティおすすめ時短調理法である炊飯器具材を入れて30分待つだけだ。

妻が7時20分には帰ってくる。今は6時40分なので食べる時間には気を使わなければいけない。なるべく早く、である

出来上がった。うまそうだ。齧り付いた。うまかった。

先人の知恵とはこういうことか。よくわかった。常識常識であるからこそ常識なのだ。それを発見できただけでも良かった。この姿勢はこれから大事にしていきたいものだ。

2019-03-05

anond:20190305122830

大人の」糞ドラマ、ってあれ明らかに中高生ターゲットだろ

今の中高生テレビ見ないか中高生向けはヒットしない、と言う定説を覆したといわれてたが

2019-02-25

anond:20190225142738

初めてお義父さんに挨拶に行くときスーツというのが定説だが…

女性初デートズボンNGというのが定説だが

食事デートだとして。スカートでないと冷める男って全体の何割いるんだ?と思う。一割もいないんじゃないか

2019-02-20

anond:20190220204722

そもそも定説じゃないし、共感ばかり求めているってのもおまえの主観だよなぁ。

男も女も共感を求める時代

世はまさに大共感時代

「男は解決脳で、共感脳は女特有でしょ?」と長年言われてきたが、

その定説だんだん崩れてきている。

一億総共感社会

ゆえに一番「共感」とは程遠そうな存在であるはずの

共感を求めるおっさん」が今後、爆発的に増えていくと思われる。

とにかく自分の話すことに共感してほしいのだ。

正論説教など聞きたくないのだ。

ただただ、こちらの話に耳を傾けて、寄り添って欲しい…ただそれだけなのだ

いや、まあ、共感を求められて、親身になって寄り添ってあげるか、

知るか甘えんなボケェと突っぱねるかは、個人の好みの問題だし、

カワユイ女の子なら兎も角、何でおっさんなんぞに共感なんぞしてやらなならんねーん」と

言うのは最もな感情だが…

自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきた。

まあアレですよ、ただひたすら、

「親身に寄り添った会話しか求められていない」シチュが増えていく…

そういう時代が近づいていると思うわけですよ。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

anond:20190216004713

カトリックには罪を犯しても免罪符を買えば天国に行けるよ、みたいな話もあったわけで

それはともかく

定説つっても、「あんたは神が天国に行けるように選んだ人なんだから悪いことするはずないよなぁ」って感じで

善行を促すものではあるんだけどね

2019-02-06

anond:20190206174246

あいろんな考えがあるけど、個人的には予定説って単なる人間わがまま放題を肯定するだけの思想だと思っちゃうんだよね

それでうまく行くなら苦労しないし、そもそも宗教も要らんだろうと

そういう基本人間不信ぎみの自分からすると、そもそもなぜ我々が神や仏を畏れるかという問いに対して、結局「死後さばきにあう」からだ、としか答えられない

すぐに最後の審判がある、だから今の自分財産にも命にも執着すべきではない、だから殉教者というのはエライのだ

ハルマゲドン的なものばっかりじゃなくて、例えばチャリティーなんかにしても、結局終末思想を抜きにしては成り立たないんじゃないか

それもなしに、都合よく人の上に神を置いたり、人類愛を説いたりというのは、残念だとは思うがたぶん無理だろう

重ねて言うけど、人にそれができるなら、最初から宗教なんか要らん

anond:20190206091821

リングは経産婦にしか推奨されないよ

出産経験のない女性自分意志で確実に避妊する方法としてはピルが最適というのが医学定説

2019-02-02

anond:20190130153632

散々指摘されているようにバブル期には既に広く広まっていた言説であり、

さらモテるのは「美しいから」ではなく、男に従順とか自己主張しないとか料理をするとかナンパに引っ掛かりやすいとか

要するに「男にとって都合がいいから」である、ってのが昔から定説なんだけれど

最近日本産AV海外に広まったのを受けて「AV女性のようにエロいからという妄想を抱かれているから」ってのもあるそうで)

どれもこれも、むしろ日本人男性自意識の反映でしかないよ。

バブル期なんて、ネットは無いしマスコミで決定権を持つの男性ばかりの時代

(例え女性ライターが書いた記事でも、その女性記事発注したり記事を載せるかどうかの決定権を持つの男性だらけだった)

男性価値観しか表には出なかった。

今だったらネットでこんな女いねーよと突っ込まれまくるような記事も、誰も突っ込める人はいなかったわけ。

当時よくあった「日本人女性海外モテている」って記事も、当然男性価値観が反映されたものばかり。

論調は色々で、「女は実はエロい生き物。その証拠に女は日本の男の目が届かない海外だとこんなにヤリまくってるぜ?」だったり、

ガイジンにすぐ騙される日本バカ女は国の恥」だったり、

日本の男も頑張らないとガイジンに女取られちゃうよ?」だったり

ガイジンモテたと勘違いしているバカ女共に教えてやるけど、お前ら単に都合がよい女としか見られてないから!」だったりしたわけだけど。

いずれにせよ、男性の関心を引くことを意識した内容ばかり。

それに突っ込みを入れたくとも、その突っ込み公表する場もろくになかった時代

今だったらネットで突っ込まれまくるんだろうけど。

女性誌などの女性向けの記事なら(作ってるのは男性だとしても)女性ウケを意識していたけど

日本人女性外国モテる」ではなく「外国男性はこんなに素敵」だったり「外国での暮らしはこんなに幸せ」ってのがメインだった。

国際結婚して海外に在住している女性の素敵生活紹介とかが定番

そりゃ大多数の女性が持つ願望は「不特定多数男性からセックス対象とみなされる」よりも

「素敵な男性に愛されて幸せ生活を送る」ことなんだからそうなるのは当たり前。

2019-01-31

anond:20190131144714

ファースト描写は何度か歴史修正が入ってて、「3倍は誤りで30%だった」は今の定説なんだけど、元の「3倍」が無根拠なのかっていうと意外とルウム戦役軌道計画とか何かしらのデータがありそうな気がする

2019-01-30

anond:20190130160047

結婚したいと言いつつ行動してない=実際は結婚する気がない人だから

合コン行けとかいうのはクソバイスってのが定説じゃなかったっけ

anond:20190130153632

日本人女性海外モテるのは「美人から」なんて言ってる女性見た事ない。

男尊女卑日本の常識が身についていて男に従順から」ってのが定説じゃね?

見た目はアジア人な時点で白人よりは下、ってのが男女問わず日本人にとっての一般論だろ。日本人白人コンプ多いし。

日本人男性が海外モテないのも同じ理由

男尊女卑日本の常識が身についていて女に対して尊大振る舞うから」ってのが定説だね。

でも途上国では金の力でモテる

2019-01-27

anond:20190127005410

まさにそこよ。

今(というか二十年くらい前からハイファンタジーで隆盛してんのは「小説」じゃなくてプレイヤーが直接その世界に没入できる「ゲーム」なんよ。

ゲームだったら小説描写文の問題なんか発生しないし、

さらファンタジー世界の設定が好きなファンタジーヲタクは、

その世界の中の「文書」を読むというアクションを取って、世界を知ることができる。

別に「この世界ファンタジー設定なんか知りたかねーよ、オタクくせえw」ってやつは一切興味も持たずにゲームを楽しめる。

これはファンタジー小説にはできないゲーム特有の特徴だ。

だって小説の冒頭に「これはこの世界設定資料です!読み進める前に読んでください!」ってやったら誰だって本を閉じるかブラウザバックする。

だけど、そこがゲームだと「自分がその世界の住人となって本を読む」という、

言っちゃなんだが「キャラなりきり」のアクションになるんだな。

小説だと必要になる「設定説明」というクソ面倒な作業が、ゲームだとかなり自然に導入できるし、

プレイヤースタンスによっては設定説明を聞き飛ばすこともできる。

完全にファンタジー小説が持っている枷をクリアしているわけだ。

これがファンタジーゲーム隆盛の理由だと思う。

2019-01-25

増田では女は知能も判断力も低いというのが定説化してるし、ここはお互い様ってことにできないか

できんか、そうか

2019-01-24

今日も女はサンドウィッチ

https://togetter.com/li/1311486

わろた

2019-01-22

anond:20190122171154

昔、国民の大半が「自分たち普通です」と答えていた日本という国は、一億総中流と呼ばれたが、実際には普通にその頃から階級社会であったことが今では定説となっている。

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