「新規性」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 新規性とは

2018-07-10

オタクオウム親和性証拠になるような話って無い?

瀬川センセイがウンコなのは新規性が無いのでオタクオウム親和性否定するのはこの辺で止めにして、逆に親和性を感じさせるエピソードがあれば聞きたい。

インドに行ってララァ・スンとかクェス・パラヤみたいな女の子修行してファンネル使えるようになりたいなー」とか与太話言ってたガンオタ集団ガンオタオウムが紛れて、

「俺たちサイババ謦咳を受けたすごい導師がいる道場に通ってるんだ」みたいな集団に変貌してしまった

といった感じの。

2018-07-07

声優の演技って様式化しはじめてるよね

長くアニメみてると

知らない名前声優でも

以前にどこかで聞いたような声とか抑揚であることがほとんどだし

「あ、あの有名な声優さんとそっくりだなー」とか思うこともしばしば

きっと

声優という職業確立されて

有名声優という人気と実力のある存在がすくなくとも声優業界認知されて

そこを目指していく若者たちは有名声優マネから訓練をスタートする

から基本的模倣的なもの

もちろん模倣からはじまっても結局は本人の個性というのはどこか残るものだし

キャリアのなかで変化もしていくものだろう

人気のあるもの模倣するのは手堅くクオリティを維持できるから

賢明選択だし

声優も年をとるから若手が過去声優さんの技量や芸風を継承していくのはいいことだと思う

もっと

声優の演技が、「いかにもアニメらしい声優の演技」という印象を抱かせている

のはまるでこの業界伝統芸能世界のように古びて様式化してしまっていて

新規性や幅の広がりを失っているのかもしれないけど

このようなスタンダードの土台があるからこそ

新しい試みが成功したときに驚きをもって迎えられることもあるのではないか

2018-07-02

イノベーター理論って「話題」というカテゴリにも当てはまるよね

今になって低能先生の話してる奴って、大体認識が間違ってるとか、そもそも読んでないとか、自分の主張を乗せたいだけの奴とか

最初に話してた人に比べて質が悪い。

さらに、思考新規性がなくてひたすらつまらない。おっさんの自慢話を聞いてるのとかわらん。

ラガート層はどこにいても金と時間をむしりとられるだけで、相手する価値は無い

2018-06-28

ワールドカップ試合結果を予想する動物

今回のワールドカップで、マスメディアがせっせとネタを絶えまなく供給しているにもかかわらず、リアルでもネットでも一切話題になっていないものが、「試合結果を予想する動物」な。

タコだの猫だのカワウソだの、連日どこかの新聞社サイトがやってるが、一切なんの話題にもならない。

南アフリカ大会の予想タコパウルくんの二匹目のタコ、じゃなかったどじょうはいなかったということだ。

そもそも、心底くだらなく、子供すら騙せない子供だましで、パウルくんにはちょっとだけ新規性があっただけのものに、今更話題性があるはずがなかった。こればかりは一般大衆すらも乗る価値がないと思ってるわけだ。

2018-06-09

チームラボそこまですごいか

テクノロジー的はありものだし、

アート的にも別に新規性はないよね。

体験型なのと、光を意識したキラキラ系のテクスチャが多くて、これならどこかのゲーム製作会社に依頼しても資金があればアミューズメント施設を作れそうな気がする。

韓国中国日本タイも、その他の国も、東アジアは、なんというか、審美眼が弱いというか、本物じゃないものを本物のように持ち上げたりしてて、痛々しい。TED×Tokyoみたいな感じ。新しい本物は作れなかったけど、みんなまだ見たことないものを作って、自分たち自分たちを褒めておしまい

俺はこれらの問題は結局、JKチャラ男が悪いんじゃないかと思っている。「理系キモw」とか「うわダッサw」とか刹那的生き方しかしてないから芯の通った文化が育たないんだよ。

もっとやくしまるえつこかにも興味もってよ。アルスエレクトロニカも受賞してるし。クソッ、なんで学校美術国語の授業は重要視されないんだ。敗戦で染み付いた負け癖がそうさせてんのか?

フザケンナよ。オザケンなよ。

2018-05-22

anond:20180522084543

いい女やいい男が脱ぎだした時点でエロギャグメッセージを受け取れないとしたら鈍感。

おいしい料理を食べたときおかしリアクションをする漫画には「ミスター味っ子」→→「焼き立て!!ジャぱん」みたいな伝統系譜があって

リアクションエロにしたら、お色気漫画にもなって一石二鳥じゃないのってのがソーマの新規性

anond:20180522202956

何だろう。新規性のあるサービス

AIブロックチェーンスマートコントラクトP2P、その辺りを利用して、利便性の高いサービスが作れるような気がする。

anond:20180522204629

SNS対応不可能なんでテキストに対して解析する形になりますね。

しかし、現在自然言語解析だと未知の情報新規性のある=価値が高いニュース)への真偽判断は出来ないと思います

例えば、地球が広く平らだと信じられているとき、実は球体だったという情報が出てきたら偽と判断すると思います

2018-05-06

新規性がないのに新しい施策とか言われてもね

2018-05-02

子どもを産んで失ったもの、あるいは初夏の四条烏丸

最近四条烏丸をうろつく夢をみた。

地下鉄の駅を出て路地を入り、大丸の裏にある紅茶がおいしいカフェを外から眺める。中華料理屋のメニューを眺め、錦市場に足を踏み入れ、適宜左折して京都で一番おいしいケーキ屋さんに入る。そういう夢。

学生の時分に何度も歩いたコースから、夢からさめても鮮明に思い出せる。あの頃私はいつも新規開拓を目論んでさまよっては結局あの店に通っていた。タルト生地ナッツとを噛み砕く感触もまだ感じられそうだ。

こっちに引っ越しから数年来、その界隈からは足が遠のいていたのでとても懐かしい。夢にみてから、あの街並みを、そこに差し込む日差しを思い返しては眩しく思う。

しかし再訪できるのはずっと後のことだろう。なぜならうちには乳児いるからだ。少し前に私が産んだ小さな赤ん坊彼女がふにゃふにゃと頼りないうちは、500kmを移動した後よさげカフェを探してあてどなく散歩するなんてのは難しいだろう。

それに今はあまりそうしたいとも思わない。子連れで移動が面倒だとか、家族が預かってくれないだろうとか、そういうことではない。

もっと根本的に、行きたいという気持ちが起きないのだ。

はいま、温かいものに浸っているような恍惚の中で生きている。

それは授乳によって分泌されたプロラクチンオキシトシンをそう解釈しているかなのだろうけど、脳を直撃される側としてはなかなか悪くない感じだ。人間という動物はよくできている。

かように問答無用幸福感に押し流されているためか、あまり新規性の開拓ということにうまみを感じない。新しいものに触れるとわしゃわしゃ出るのはドーパミンだけど、今はそのあたりが優勢でないのだろう。

産前から理屈としてはそのことを聞いていたので、そうなる前にと急いで色々なことをしておいてよかった。具体的には少しでも行きたい企画展があれば行っておいたり、一度やってみたいと思っていた読書会主催をしたりなんかだ。

産後は新しいことに踏み出すハードルが高くなるし、新雪足跡をつけるみたいにやっといてよかったと思う。産後の手数も増えるし。

産前にもっていた、外へ外へと自分駆動させるものはなくしてしまった。まあ、それでもいいんじゃないかと思う自分がいる。

日々ふくふくとかわいくなっていく我が娘。先週くらいから笑うようになってきて、そのかわいさはもはや暴力的である。笑おうと思って笑ってるわけではない、単に顔が笑顔を形作るだけの生理的微笑ではあるのだが、その破壊力はすさまじい。父母祖父祖母を次々と陥落させてゆく。

追記

娘の寝顔を見ながらふと、この日々を懐かしく思い返す時がくるのだろうなという確信が訪れた。

日々重たくなる娘を夫と代わる代わるだっこしながらきゃあきゃあ騒がしく過ごした夢をみて、その頃のことを大きくなった娘に繰り返し話してはうんざりさせてやろう。今からそれが楽しみだ。

2018-04-17

anond:20180417132835

愚痴からといって新規性が要らないわけじゃない

長々と同じ話を聞かされる身にもなれ

2018-04-01

anond:20180401150314

いちよう彼の名誉の為に言っとくと新規性がないとか言ったのわ別人です ごめんね

2018-03-21

note限界

この夏がピークか

盛りまくった実績と自己申告の肩書き

机上の空論を振りかざすだけの場になってしまった

 

狭義の、あるいは本来クリエイターは消え、

経営者でもなく創造者でもなく新規性もなく、

盆暗が理解できるレベル新規性を発表する場だった

 

本質は薄い薄い協会ビジネス

または遅れてきた有料メルマガ

 

さようなら、私が愛したnote

2018-03-03

新規性があることは私にとっては価値にならない。

なぜなら「すでに世の中に存在するけど私は初めて触れた」と「世界で初めて作られた」の区別がつけられないから。

2018-02-23

あー! あー!!

夏の研究会での発表決まった!!!

学会なんぞよりどちゃくそ緊張するわ。

「えいえいっ、えいえいっ。分かった?」

「分かってないよ」

「えいえいっ、えいえいっ!」

「もう見た」

「ざんね~ん、これは私の新規性です~」

ごっこをやることを目指していく。

炎上しても夜襲をかければ相手を潰せるということを忘れずに対応していく。

2018-02-19

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

anond:20180219020929

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。


あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。



理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。




論文英語日本語問題についてはとりあえず冷静に原文を読んでくれ。

3本しかないので数が少ないと書いただけで日本語は業績に入れないとは言ってない。日本学会で発表したり国内研究者向けに文章を書くのも意味がないわけではないことは知っている。そもそも三浦の業績もショボいと酷評しただけで全くないとは言っていないし。

それからここは誤解があったみたいだけど英語でないことは「国際政治学」だから批判しているのであって、日本中心で行われている学問なら日本語でも問題ないことは理系元増田にもわかっている。文系増田動物学を例として挙げてくれているがああいローカルな側面がある学問についてまで何でもかんでも英語統一しろと言ってるわけでもない。アジア研究についても日本語論文重要視されているということもよくわかった。


その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。


将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

2018-02-16

anond:20180216162140

ごめん、多分この手の投稿は初なので、似た人がいたかもしれないというのをまずは前置き。


かに全ての創作はほぼ出尽くしていて新規性っていう意味では当然ゼロになるけど

まりフォーマット然されてるのに受け取り手はいいのかよ!って思うんですよ。


物語理解できないワケでもなく

見え見えで媚び媚びのあざとさを「いい・・・」とか言ってる消費者を見ると

単純に自分オナニーっぷりが目立ってがっかりする、のかもしれません。

anond:20180216160826

またおまえか。

新規性のあるキャラだとかいまどきどこにいるんだよ。

「既にたくさんあるから」で流行理解を拒絶するの、致命的に感受性が欠けてるだろ。

おまえの好きな物語だけが物語じゃねえんだよ。

分かったらオナニーを全体公開する作業に戻れ。

オカズが俺と一緒なら尊みを感じてやるからよ。

anond:20180216160826

良いものは良いし、新規性を求めているわけじゃないので

「#魔女集会で会いましょう」とその反応

30代で脚本を書いています。(主に舞台

Twitter創作女子界隈(特に腐)のイナゴっぷりと嗜好(及び思考)の浅さに辟易しているという話。


きっかけは「#魔女集会で会いましょう」のタグ

流行るのはいいとして、目に付いたのは「尊い…」とか「わかりみある」とか

「本にしないんですか!?」とか、まあいもの反応で。

感じたのは「たかが4枚でよくそこまで賛美できるな」という感想です。


かにそれなりにステキでした。でも大体どっかで見たことあるような構図なわけですよ。

「成長して減らず口を叩くナイトとしての男の子

「実は○○でした、というギャグに転換するもの

「おじいちゃんになって一緒に添い遂げるもの

人間だけ死んで『だから人間は嫌いだ』と悲しい思いをする魔女

もう、クソほど消費尽くされてきてる定番じゃないかと。


このモヤモヤはなんだろうなーと思ったら、うたプリとかFree!とかその辺の熱狂に対しての感情と同じ事に気づきました。

なんでオタクの皆さんは毎度毎度提供される新規性の欠片もないキャラクターたちにそこまで熱狂できるんですか?

熱血バカ ・執事メガネ ・無愛想マッチョ ・無邪気毒舌ショタ ・ビッグマウス残念俺様 ・目隠れ根暗ヤンデレ

だいたいこんな感じじゃないですか。もうフォーマットが大体同じ。

打ち込んでる何かがフィギュアだったり水泳だったりアイドルだったりで方向性が違うだけで新規性がなさすぎる。


もちろんこの問題女性だけではなく男性向けコンテンツでもあります

ピンクメインヒロイン ・暴力ツンデレ ・ロリ ・地味メガネ ・熱血お姉さん ・天然巨乳

だいたいこんな感じ。

でも、自分女性に対して特にモヤっとしてるのはその熱狂っぷりが男性よりもはるかに熱しやすく冷めやすい物である事と

そのスピード尋常ではない事です。(すぐに次のコンテンツに行く)

創作女子とか「腐」女子名乗るくらいだったら拘れよ!!!もっと深い設定とバックストーリー込みで愛せよ!!!と思うわけです。


私は、脚本家としていかにその人物フィクション存在しつつ、かつ

リアリティがあるかを生み出す事にめちゃ苦心しています。細かい動作台詞回しや語尾の一つ一つ

そうした書ききれない背景全てを含めキャラクターを愛して欲しいと思い悩んでいます

なのに、そんなポッと出の4枚に書かれたベッタベタて使い古されたキャラクターに「尊い」とか言われたら立つ瀬がないわけですよ。

分かってますよ、それが一つの賛辞を表すネットミームであることくらい。

だけど、できれば少しだけ見る側にもこだわりの目を持って評価して欲しい、という愚痴でありました。

2018-02-08

anond:20180208112758

一度にたくさん消費できるのは、新規性なくて悪いがやっぱり煮物だな

大根ぶり大根厚揚げと煮ても旨い

おでんも旨いが他の具もあるので、大根メインの煮物に比べると消費量が下がりそうだ

あとは鍋に入れても旨いよな

ハム短冊切りの大根を、マヨネーズコショウで和えるサラダ簡単で良い

2018-01-23

修士論文がつらい

修論締切直前の深夜にこんな駄文を書いているのは現実逃避以外の何物でもない.

私が3年間の研究室生活の中で自分自身や周囲の人間を観察していて気づいたことは,「指導教員の言うことを素直に聞く」人間は安定して成果を出しているということだ.

私は物事批判的に捉える傾向があり,他人の言説に対してまず疑ってかかるきらいがある.そしてさらにたちの悪いことに,私は自分のしていることに一度でも疑問を感じてしまうと,その疑問が解決するまで手が止まってしまう悪い癖を持っている.かつてこの性格が原因で4回生とき卒業研究を失敗した経験がある.

学部4回生研究では,指導教員が適切なレベル問題とそれに対するアプローチ提示して,学生はそれを黙々と実践し結果を得る中で,手習いのごとく研究方法論を身につけていくものだと思っている.

当然私にも指導教員から卒業論文テーマが与えられた.しかし私は論文サーベイ研究を進めていく中で,「そもそも問題設定に誤謬があるのではないか?」という疑問を持ってしまったのである.(当時の私が抱いた疑問はどうやら見当ハズレというわけでもなかったらしく,後になって隣接する他分野で私の疑問に答えるようなアプローチ研究されていることを知った)

私は指導教員自分の気づいた問題点について相談したのだが,私のコミュニケーションが拙いことや,指導教員自身がそのテーマに関して専門外であることもあり,その時は指導教員からどうしても納得が得られるアドバイスが得られなかった.そして私が「この研究には価値があるのか?他に良い問題設定はないのだろうか?」と悩んでいる間に,周囲の同期は順調に研究成果のようなものを出しはじめ,私は彼らへの劣等感から研究室に行くのが辛くなって家に引きこもるようになった.最終的には何とか卒論を提出し卒業はできたものの,私の卒業研究は見事に失敗してしまった.

この時の経験反省し,修士2回生とき((修士1回生の間は国外逃亡してた))に取り組んだ新たなテーマでは,私は指導教員の言うことに疑問を抱くことを極力やめて唯々諾々と言われるままの作業をすることにした.すると結果3ヶ月余りで成果のようなものを錬成することに成功し,(レベルは高くないが)国際会議論文投稿することができた.

何のアウトプットも出せないことに比べると「国際会議論文投稿した」というのは紛れもない進捗である指導教員の指示を素直に首肯できず,かといって自分で新たなテーマを打ち立てるほどのサーベイ力も発想力もない私のような人間は,やはり教員の指示に従って黙々と研究を進めるのが正解なのだ.私の失敗は文字通り「下手の考え休むに似たり」だったのだ.

でもその時に出した成果はまさに重箱の隅を突くような,問題設定や手法としての新規性が皆無に等しい研究だった.レベルが低い国際会議から通ったものの,僕が査読者なら間違いなく落としていただろう.この研究でもやはり私は指導教員に与えられた研究テーマ(というよりも問題設定)にずっと納得していなかった.それには私なりの合理的理由があったのだが,今振り返ってもその理由は間違っていなかったと思う.この時,指導教員にきちんと反論し,自分の頭で考え抜いて研究に取り組んでいれば,もっと満足のいく成果が出せたのだろうか?

少なくとも自分研究者に向いていないのは明らかである就職という選択肢を選んで正解であった.

私は自分アウトプット人格を切り離して考えられない人間なので,修論原稿を1字書き進めるたびに自分修士研究の不出来さ,ひいては自分という人間の不出来さを再確認させられ,物凄いストレスを感じてしま・・・

2018-01-12

anond:20180112005007

新規性くそもないものに、特許承認をおろす特許庁、まじ、勘弁してくれ~って気持ちでいっぱいです。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん