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はてなキーワード: 情緒とは

2018-09-25

嫌いな小説書きの話

クソみたいな自己愛のはきだめ。

とある作家ネット上でもう半年くらい追い続けている。

べつに、その作家のことが好きだから追っているわけではない。

私は同人文字書きの端くれで、わたしが追っている彼女小説を書く二次創作同人作家

私たちは同じジャンルにいるが表向きはなんの面識もなく、オンオフともに彼女は私のことを知らない。

私が一方的彼女を追いかけている。

と言うとまるでファンであるかのようだが、ファンと私では彼女に向けている思いがまるっきり違う。

私は、彼女が嫌いだ。

嫌いだから彼女のやることなすことを監視せずにいられない、アンチに似た心理彼女のことを追っている。

なぜ嫌いなのか。

理由普遍的かつ単純で、わたし彼女嫉妬しているか彼女のことが嫌いなのだ

いや精確には、彼女作品と、それを生みだす彼女の才能に嫉妬している。たぶん羨望に近い。

彼女作品は、私の作品にはない魅力で溢れている。

読み手にすらすら文章を追わせる勢いや説得力があり、個性情熱もある。

彼女の書く話にはまず真ん中に〝感情〟という揺るぎない芯がとおっていて、その感情を軸に人間というものがみずみずしくそこに描写されている。

自分なかにある感情が気付けば彼女文章呼応し、自然作品世界に入りこめる。

そういう、強く惹かれる引力みたいなものがあった。

それで、彼女にずば抜けた文章力や構成力があればすべてよかったのだ。

そうであれば私も素直に彼女作品を称賛し、彼女に心酔するファンの列に加わることが出来ていた。

彼女作品にいっさいの隙がなければ、他人作品に過剰な自意識を持ち込み嫉妬心をいだくような事にはならなかった。

けれど、彼女の綴る文章にはどうしても、『隙』があった。

これなら私のほうが、と思わせる、あら探しをさせるだけの隙が見えてしまった。

たとえば、有り体に素人くさいと感じさせる文体単語のえらび方、エピソードが矢継ぎ早に通過していく展開の強引さ、

状況説明台詞に頼りすぎるところや、メインとするモチーフのわざとらしさなんかが、読んでいて私には引っかかった。

それでも、それなのに、とにかく彼女作品は「読みやすい」の一言に尽きた。

自分文章を読み返すときに感じる堅苦しさやとっつきにくさが彼女作品にはなく、

自分文章に感じる、くどいと思う描写や言いまわしを、彼女はたった数行のかんたんな表現で読者に納得させてしまう。

私がありきたりにならないようにと頭をひねって考えたストーリーよりも、彼女のありきたりなストーリーの中で光る表現や細工のほうが私には鮮やかに感じた。

「私のほうが」と思える隙があるのに、その隙間を覗けば覗くほど、私のほうが優っている要素が見えなくなった。

彼女作品を読むたび、私は彼女よりもはるかに書けていると思える瞬間と、私は大差をつけられ彼女よりずっと下にいるのだと思う瞬間が交互にやってきて、自信と劣等感でぐちゃぐちゃになった。

そんなふうに散らかった情緒自分の力できれいに整理することは難しく、彼女のことを「嫌いだ」と疎もうとする強い感情が、私にはもっとも手近で易しい感情に思えた。

から、嫌いだ。彼女のことが。

私は彼女投稿するすべての作品ブックマークしているが、ブックマークの設定はすべて非公開にしている。

彼女作品を「好きだ」と評価すること、そしてそう評価した私の存在彼女に知られてしまうのが嫌だった。

それは彼女の才能の前にひれ伏し、負けを認めることと同等の敗北感があってただ、悔しかたから。

彼女ツイッターにしてもそうだ。わたし彼女ツイッターを非公開リストにいれて観覧している。

わたし彼女フォローして、彼女から私にフォローが返らない可能性を考えると耐えられない。先にフォローをしたほうがきっと負けになる。だから死んでもフォローはしたくなかった。

彼女ツイッター投稿する作品いいねRTで触れることもしない。いいと思ったものは黙ってローカルに保存した。

負けたくなかった。

彼女作品が好きだけど、彼女作品を好きだと感じる瞬間は嫌いだ。

キャラクターのえがき方や心情の拾い方が絶妙だと思うけど、同時に、文章力がその熱量に追いついていなくて拙いとも思った。

しかしその拙さは、言い換えれば小説をあまり読まない人から見ても読みやす文章ということでもあり、そのまま共感感情移入のしやすさでもあった。

まり彼女は、ちゃん小説が上手いのだ。技術などは関係ない。彼女小説が上手い。

書きたいドラマテーマを人に伝える才能がある。私よりも。

多分、彼女の書いた小説を読んだ瞬間に本当は、私は圧倒されていた。圧倒しきるほど完全ではないのに、それでも力押しで圧倒してきた。そんな経験は初めてで、それがとにかく悔しかった。

彼女のような作品を私の技術で書けるようになりたい。でも模倣はしたくない。彼女に影響などされたくない。彼女の書く作品とかけ離れたものを書いて、上回りたい。そう思う時点ですでに影響されている。嫌だ。負けたくない。

『負けたくない』

彼女への執着の根幹にあるこの「負けたくない」という対抗心こそが、とにかく厄介でわたしを惨めにさせる。

だって彼女のほうは、端から私と勝負なんかしていない。

私の感じている、勝ち、負け、という卑しい価値観彼女の中にはなく、そもそも彼女は私の作品など読んですらいない。

わたし彼女に負けたくないが、

彼女わたしのことを知らない。

最初から勝負になっていないのに、強すぎるプライドと折り合いをつけられずに独り相撲をしているだけの間抜けが、つまりなのだ

少し話を変える。

わたし彼女が設置している匿名感想ツールに、よくコメントを入れる。

お題箱や質問箱やマシュマロなんかの匿名ツールというのは、一人のファンの連投によって、無数の信者存在作家幻視させることが可能ツールだと私は思っている。

そして私も書き手の端くれだからアマチュア作家が言われて嬉しいこと、作家が読者から訊かれたいこと、そういうのはだいたい分かる。理想的匿名コメントというものを作り出せる自負もあった。

からわたしは、匿名メッセージから彼女純粋信者を装い何通ものコメントを送った。

あるとき彼女作品のおかげでこのジャンルCPにハマった新規ファン

あるときは昔から彼女作品を追い続けてきた古参ファンにもなった。

それから創作ルーツについての質問や、彼女作品にだけ感じる唯一無二の個性、工夫された演出や、タイトルと内容のリンク、読者に気づいてほしいであろう描写や箇所を、

すべて小出しで拾って「ちゃんと届きましたよ」と都度、読者からのアンサーを返してやった。

おおよそ作家が喜びそうな意見を私はいくつも彼女に送った。

それらすべてが私一人からの打算のコメントであることを知らずに、たくさんのファンに向けて何度も「ありがとうございます!」「そんなふうに言ってもらえて嬉しいです…」と答える彼女を見て、せめてもの優越に浸りたかった。

私は一度だけ、その匿名ツールからさりげなく小説を書くのは好きか」と彼女に訊いたことがある。

彼女は迷いなく、書くのが好きだと答えた。

うまく書けなくても、理想に届かなくて悔しくても、書くのが楽しいから書いてしまうし、きっとこれからも書き続ける。そう言った。

この模範回答にも私は打ちのめされ、嫉妬で頭が燃えそうになった。

彼女小説を愛し、小説からも愛されていることを知り、心の底から彼女を憎たらしく思った。

私はちがう。手段として書きたいと思うことはあっても、書くことが好きだと感じたことはない。むしろ書くことはつらいことだ。

書くという行為こちらに寄り添ってくることはなく、「自分は息をするようにこれから小説を書き続けるだろう」と根拠なく信じることなんかとても出来ない。

なのに彼女は書くことが好きだと言い、創作を信じ、私にはとうてい書けない小説を楽しみながら書いてみせる。まるで物語主人公だ。

大きく差が開いていく感覚を味わいながら私はまた彼女作品を読みにいって、私より劣っている要素をあげて安心しようとするけれど、

そのたび私よりも優っているところばかりに目がいって結局、コントロールできない感情けが重くなってどうしようもなくなる。

私がこれほど彼女作品を読み返しては否定と肯定に挟まれて息苦しくなっているというのに、とうの彼女は私の存在も、作品も知らない。

彼女ツイッターなどで、良いと思った作品は気軽に共有し、前向きにその感想を述べる(こういうところも、卑屈な私とはちがう)。

私の作品は一度も彼女に拾われたことがない。

私は彼女ブクマ作品も定期的にチェックするが、いつ見ても彼女ブクマ一覧に私の作品があがることはない。

彼女わたし作品を読まない。

しかすると、同じジャンルいるか名前くらいは目にしたことがあるのかもしれないけど……でも多分、彼女にとって私の名前などは、意識に留まることもないつまらない文字列にすぎないんだろう。

それでも、「私を知って!」とこちから声をあげることはできない。

だって彼女はいちども、私に「わたしを見て!」と言ったことはないから。

やっぱり心では、わたし彼女に認められたいのだ。

私を圧倒していった彼女という存在に近づきたくて、対等になりたくて、私を見つけてほしい、知ってほしい、認めてほしいという気持ち根底にある。

そして思いどおりになってくれない彼女のことを、恨めしく感じている。

……なんて言い方をしてしまうと誤解を生みそうだが、この心理は『だから本当はあなたが好きなの』と言えるような可愛いもんじゃない。

好きと嫌いは裏表だとか、そんな収まりのいいものでも決してない。

きじゃない。言い切れる。嫌いだ。大嫌い。

彼女が「スランプで書けない」と思い悩む発言をすれば私は「やった」と思うし、

逆に、今は筆がのっている、書きたかったものが書けていると満足する様子を見せられると、焦燥を感じる。

途中まで書いていた話がどうしても気に入らなくてボツにしたと嘆く彼女を見て、一歩前に出たような気になって嬉しくなった。

彼女作品ブックマーク数が増えていくのを確認するたびつまらない気持ちになって、

私以外のだれかが彼女に送った匿名メッセージの絶賛コメントを見ると、そのすべてを否定したくなって腹が立った。

創作に関するマイナス感情ネガティブ思考で落ち込んでいる彼女を知れば、いつまでもそうしていればいいと胸のすく思いがする。

これが嫌い以外の何だというのだ。嫌いでなければこんな悪意は生まれない。

いっそ、彼女作品がなくなればいいのにと思う。でも作品を消されるのは嫌だ。

彼女にどこかにいなくなってほしいとも思うが、私の追えなくなるところに消えることはしないでほしい。

もう無茶苦茶だ。

そんなに嫌なら見なければいいのに…と呆れる(あるいは唾棄する)意見一般的で、健康なのは分かっている。

だけど、こういう執着をそれでも続けてしまう人はむしろ、現状から楽になりたいからこそ、原因となるものを断ち切れないんじゃないかと私は思う。

わたし彼女の才能を認められずに、必死になって彼女を妬んでいる。それはひどく不様で惨めなことだ。自分が惨めであることを自覚しながら生きるのはつらい。

からその〝原因〟を自分の中で貶めることで、少しでも惨めさをやわらげて救われたい。貶める要素を見つけるために彼女言動を追いかける。

楽になりたくて、楽じゃない感情にせっせと薪をくべている。

ほんと馬鹿みたいだな。

分かっていてやめられないんだから救いもない。

きっと私が彼女に正面から偽りなく本心を伝えるか、彼女から好きだと告げられることが、私の思いえがく理想のゴールなんだろう。

いや、本音後者のほうか。

彼女から好きだと熱烈な告白を受け、抱擁でもされようものなら、その瞬間に私の中にわだかまっているぐちゃぐちゃが全てすがすがしいものに変わる気がする。

そのとき私を満たす思いは、『勝った』という勝利の喜びだろうか。分からない。想像がつかない。

何にせよ、そんな日はどうせ来やしない。昨日も今日明日も、彼女は私を嫌うことすらしない。

すべてがむなしいまま、なにも変わらず続いていくだけだ。

彼女は今年、とある同人イベントに出る。

めったにオフ活動をしない彼女の、それが当面の、最後になるかもしれないイベント参加なのだそうだ。

そのイベントに足を運んで、彼女の姿を一目、この目で確認してみようか。

私はずっと、それを迷っている。

anond:20180924150049

東大出身エリート官僚だった佐川理財局長と野党議員のやり取りみたいな感じすかね。

でも、たとえば共産党宮本岳志議員はついてけてなかったけど、辰巳孝太郎議員問題なかったし、同じ財務省でも矢野さんは情緒深くてあんまりキレがなかった気がする。

から必ずしも学歴関係ないとは思うけど、成蹊大卒安倍首相とか見てるとやっぱ低学歴議論ダメだなって感じる機会は多い。

2018-09-24

私とアスランの話

アイマスSideMをメインに追いかけているPです。

さっきまでの一挙放送を見て、ちょっと色々思い出してきちゃったので少し書きます


私はSideMモバゲー版が実装されて鯖落ちする直前に滑り込んだPでした。

本当に直前だったので、翼と営業に回る前?に確かメンテにいきなり入ったような覚えがあります

もう何年も前の話なのでもしかしたら違うかもしれませんが。

そしてメンテが明けた7月にもう一度翼を選んでプレイを始めました。



始めたのは良いですが、私アイマスソシャゲちゃんと触れたのはSideMが初めてで、ゲーム進行の勝手がこれっぽっちもわからず、そもそもソシャゲ自体に慣れてなくて攻略ややり方をネットで調べるという考えにも至らなくてすぐ詰まってしまいました。

すぐ個性豊かなキャラクターに魅了されて友達にも布教しましたがそこまで反応は良くなく、ポチゲーだし声もついていないということでPの友達もいませんでした。

当時からツイッタラーだったので同じPの方を探してフォローすればよかったのですが、やっぱり当時そういう考えを持ってなくて……

それに加え、1ヶ月ちょっとした時に日本少しだけ離れる用事があってゲームに触れなくなってしまったので、そこから暫くゲームからは離れていました。



私がゲームを始めて好きになったのはCaféParadeというユニットアスラン=BBII世、元シェフアイドルです。

少し個性的な見た目と喋り方ですが、アイドル衣装を纏った姿と、外面に反して内面は優しく繊細なギャップにとても惹かれました。

ただ、40人(旗レジェ前だったので)という人数がいて、その中でもアスランカフェパレ正統派アイドル像ではなく、「SideMに声がつきはじめた」という話を聞いてもどうせアスランカフェパレにはつかないだろうという半ば諦めがありました。

というか、SideM自体全然オタク友達の間で見向きもされてなくて、だからこそ諦めの気持ちが強かったのもあります

アイドル戦国時代に、声もなくて曲もなくて、立ち絵セリフだけでは全然見てもらえなかったし、私もそれ以上布教する力はありませんでした。



私が今匿名日記を書くのは、このことを少し吐き出したかったということが一番にあります

当時、布教しても振り向いてくれなかった友達は、今SideMのPになってくれたり、ライブに来て楽しかったと言ってくれます。そのことがとてもとても嬉しいし、だからこそ私のこの半ば過去愚痴のようなことで気分を害してほしくはないです。

発展途上だっただけでコンテンツが悪いわけでも、見てくれなかった友達が悪いわけでもない。ただ私がそういう過去の上に、また後述するアスランとの話があるというだけです。まあ多少なり寂しかったのは事実ですが。




というわけで、ドラスタを始め徐々に声がついていっても、私はSideMを振り返ることは当時あまりありませんでした。

もちろんアスランは好きでしたが、その時は最早思い出に変わろうとしていて、ファーストライブの話も聞きましたが、忙しかったのもあってLVにも行きませんでしたし円盤も買いませんでした。

アスランはそこにはいいから、ってずっと思ってました。色々通り越して悲しさとかもなく、ただただ他人事で。




でも、そんなある日、カフェパレに声がついたという話を聞きました。

まさかそんな、と思って調べたら本当で、しかも偶然にも私が知っている声優さんで。すごく驚きました。

それから数ヶ月して、曲の試聴がきて、恐る恐る試聴動画を開いて聴いて、パソコンの前で大泣きしました。

アスランが歌ってる、アスランがこんなにも楽しそうに歌ってる。

歌うなんて想像もしてなかったけれど、それでも想像の遥か上をいく伸び伸びとした歌声と楽しそうに歌う様子に、もう涙が止まりませんでした。

私は過去に、誰に布教するでもなくアスランの良いところを書き出したことがあるのですが、そこに「Vo特化型」と書いたことを今でも覚えてますVocal特化と言っても、ステータスの話だけだと思ってました。それが今、その歌声が耳に届いてるのが夢のようで、もう情緒ははちゃめちゃにもほどがある感じになってました。




またそれから一年近く後、布教した友達がハマってくれて、しかチケットを当ててくれてセカンドライブの2日目に私は行くことができました。

歌パレを歌う姿ももちろんですが、ワンコーラスだけのソロコーナーでアスランソロを聴いた時のことは忘れません。

咲ちゃん東雲可愛い曲の雰囲気から一転、不穏な音、でもそれで察したPたちの悲鳴マント羽織って颯爽と出て来た姿を見て私は泣き崩れました。

アイドルになる更に前、カフェパレに来る前、あんなにも個性を認めてもらえなかった彼がそれを武器にして、きっと彼の大好きな雰囲気演出ステージで。そんな彼の個性が溢れるステージに沸く観客席を3階スタンド席から見て込み上げて来るものが止まりませんでした。正直、全然ペンラも振れなかったし、同行のPの肩に泣き崩れて迷惑かけまくったし、Pとして応援全然できなかったのでその辺の後悔はあるのですが……

しかしたらそれまでの私はPのようでPじゃなかったのかなとも思います。何言ってんだって思うし、私は担当したい!Pになりたい!って思ったらその瞬間からPでその子担当アイドルだ!!という考えの持ち主でもあるんですが、ただ本当になんとなく、セカンドアスランソロステージを境に何かが変わったような気がするのです。



今、私はSideM自分のできる限りで応援して、担当アイドルアスラン以外に増えて、なんならシンデレラミリオンちょっと素敵な子を見つけたりして、本当に楽しくプロデューサーとして活動しています友達でハマってくれた子も増えました。

アイドルとしてのアスランは出なかったけど、アニメも毎週本当に楽しく見ました。二期を願いつつ、10月からのワケみにアニメもとっても楽しみです。ソシャゲの方も、ブランクの後再開して、今楽しくチムイベ走ってます



それでも、ちょっとした折に思い出しては未だ泣きそうになるこのアスランとの思い出を、書き出して感情を整理したくなったので書きました。なので文章はめちゃくちゃだと思います

匿名ダイアリーがあってくれてよかった。これでこの先また思い出すことがあっても、すぐに泣きそうにはならないと良いなと思っています



もしここまで読んでくださった方がいたなら、お付き合い頂き本当にありがとうございました





とあるアスランP

2018-09-23

anond:20180923183227

8ccのアイスディッシャー、ダイソー餃子つつみ、フードプロセッサーを利用することにより情緒はなくなるが、作業が楽になるのだ、使ってくれ

anond:20180923044026

頭痛←症状、ありのまま事実客観的

痛い←程度、個人的見解情緒

「酷い頭痛

よりも

「酷い頭痛で頭が酷く痛い」

意味は同じとしても伝わる情報量は多い、つまり意味はある

2018-09-20

anond:20180920103349

横だけど「必要とされてる」っていうのはミクロ情緒的な話で

上の増田マクロな消費の話をしてると思うんだ

2018-09-19

2000円札復活の兆しを見た

オリンピックパラリンピックボランティアに1000円の謝礼

少額すぎ舐めてんのかという世論

謝礼倍額決定

倍にしただけでは情緒がないという声

いにしえの2000円札復活

2018-09-18

もし天気がコントロールできるようになったら

そして天気を操作する経済的メリットコストを大きく上回ったら、毎日人間AIの決めた天気になるのだろうか。

それとも従来の自然情緒を重んじる人々の反対によって、災害を避ける以外は使用されないであろうか。

あるいは利害の対立による政治的理由から導入が避けられるかもしれない。

もしくは天気設定権が市場で売買されるようになるだろうかと色々考えられるが、そんな未来を見るには寿命が足りそうにない。

2018-09-15

サントラを買っても聴けない

ゲームとかで音楽が素晴らしいとサントラを買うんだけど、数回聴いて、そこから全然聴かなくなる。

というか、聴けない、聴きたくない。

曲をあのゲームの名シーン、あの頃の情緒が蘇ってくるけど、何回も単体の音楽として聴いていくと、その情緒が薄れて、そのうち無くなってしまうから

それが怖くてただ買って音源として数回聴くだけで終わってしまう。

わりとそういう人って他にもいるんじゃない?

それは恋でもなく、愛でもない、私だけの楽しみ

愛してるとか、大好きとかありきたりな言葉じゃ表現できないの。

強く抱きしめて、やさしくキスをしても伝わらないの。

私の気持ち、私の感情

同じ時を過ごしても、会えない時を思っても交わらないの。

言葉を尽くしても、身体を重ねてもひとつになれないの。

あなた意識あなた感覚

私とあなた距離無限パラドックス永遠に追いつけない。

それでも、朝と夜の間が一番情緒的だからロマンチックなのよ。

2018-09-14

一流アスリートインタビューする人をぶっ叩くチャンスを伺う友達

オリンピック野球中継バラエティ番組なんかで芸能人記者アナウンサーが一流アスリートに話を訊く場面はよくある。

その様子がテレビに映し出されると、俺の友達はいつもムスッとした顔になり、ピリついた雰囲気を出す。

それから必ず、芸能人たちにブチ切れ始める。

「『どんなお気持ちでしたか?』じゃねえよカス。このバカ、ほんと死ねや!!」

「うわ、こいつありえねえわ……馴れ馴れしくしてんじゃねえよ、相手誰だと思ってんだよカスタレントのくせに」

俺が見る限り、いっつもこんな感じで怒りまくってる。

正直言って、一流アスリートと絡む側にこれといった粗相があるようには思えなかった。

仕事上当然聞かなければいけないお約束質問を投げかけたり、笑顔を浮かべて朗らかに接したり、そういった全く問題のない言動や振る舞いを槍玉に上げて友達がブチ切れまくってるようにしか俺の目には映らなかった。

アスリートの側が最初から非協力的な態度を取ったり、機嫌を損ねてたりしてるのが画面越しでも見て取れるときなんかはもう友達は大爆発。

「偉大なるアスリート様を不快にさせるなんてとんでもないクソ野郎だ!!問答無用無礼者だ!!」

というテンション撮影クルー記者への呪詛を吐き続ける。

レッドソックス時代上原スポーツ番組が密着したときなんかがまさにこのパターンだった。

放送を見た友達は後日、

シーズン真っ只中にわざわざ時間を取ってくださった上原を怒らせる最低のマスゴミ連中」と怒りまくってた。

ちなみに、その放送は俺も家で見ていたけれどあれは上原がとにかく酷かった。マスゴミだなんてとんでもない。

記者がいるだけでムカつくんだよ」とでも言わんばかりにカメラの前で終始イライラし続けて、

ディレクターからのごくごく普通質問に対しても「だから、そんなん〜に決まっとるやろ…」なんて痺れを切らしたように噛み付く。

その密着でどっからどう見ても横柄で胸くそ悪いのは上原だった)

でも、友達はそんなことは意に介さない。

どんな経緯があろうともアスリート不快がらせたのなら、いや、アスリートとただ相対しているだけで、芸能人マスコミ関係者を「無礼カス!!」と顔を真っ赤にして糾弾する。

俺は内心でこの友達はなんかのメンタルヘルスを患ってるんじゃないかと疑っていた。

天皇への不敬を咎め右翼なんてレベルじゃなかった。理由もないのに怒りまくる。ほとんど通り魔的といってもいいくらいだった。

元来、この友達情緒不安定なところがある。

例えば、旅行先でペンションチェックインする際にオーナー

「遠いところわざわざご苦労さまです」

挨拶した途端に表情をクワッと変えて

「遠いところわざわざご苦労って……てめっ、おめえいい加減にしねえとよお。まあいいや、早く鍵よこせや」 

などと爆発しかたことがあった。オーナーは呆気にとられていた。

部屋につくなり俺は、なぜ突然怒り出したのか理由を問いただしたのだけれど、5分以上かけて意味不明説明をされた覚えがある。

「こっちが予約して金を落としてやってるのに『遠いところわざわざ』だなんて、俺たちが突然やって来て驚いた、想定外の客だみたいなリアクションしやがって。人間失格

みたいなことを言ってたような気がする。

とりあえず、意味不明独りよがりな俺ルールを振りかざして、いか自分の怒りが正当で礼儀に則っているかをずーっと熱弁していたことは強く覚えている。

正直、友達がこういう老害性が強烈な男であることはもう嫌というほど分かっているから、アスリート万歳が転じた無差別激怒も、ひとえに彼のキチガイ性の表れの一つだろうと納得していた。

でも、この友達レベルの奴がどうやら世の中にはかなりいるようなんだよね…。

Twitter始めてから気づいてびっくりした。 

アスリート天皇みたいに神聖視して、インタビューや対談や番組出演となったら「どこが失礼なの?なにが問題よ?」っていうようなことでタレント記者を叩くツイートしてる奴の多いこと多いこと。

どうやら、アスリートに笑いかけるだけでも、心境を尋ねるだけでも、打ち解けて盛り上がるだけでも不敬の極みに思えるようで。

俺の友達と完全に同じ。

アスリート戦時中天皇くらいに崇め奉って、あらゆる絡みも問いかけも無礼だといきり立ってるようなキチガイって意外と多いようだ。

頭が痛くなる。

俺の友達と同じタイプだっていう自覚がある人はどうか精神科の診察を受けてみてほしい。

絶対病気人格障害だと思う。

大坂なおみ記者会見でも案の定こういう奴わきまくってたし。

今、テレビ玉川徹

「優勝した大坂なおみにセレーナに関する質問ばかりするなんて!って批判殺到してるけど、

あんなもん世界的に注目されてる出来事なんだから記者がそれにまつわる質問するのは当然。文句言ってるやつはおかしい」

って怒ってたけど全く正論

アスリート尊皇思考ヤバい人はやはり世の中にはたくさんいる。

2018-09-13

論理的思考が出来ない人に、論理的思考とは何かを別の手段説明できる人は賢い。

頭のいい人にとっては、当たり前なことなのかもしれない。

最近になって、アナロジーロジックではない。

論理的な回答とは、演繹的な回答である

類推での回答は似たものを当てはめただけである

類推での回答は、論理的ではない。

  

世間一般の人は、論理的な説得では動かない。

情緒的な部分に訴えた方が、話が早いときがある。

損得に訴えた方が、話が早く行動に移してくれることがある。

そんなことを学んだ。

  

2018-09-10

こどもが知的精神障害児に生まれ

2歳。まだ認定はしてないが、ほぼ間違いない。さんざん泣いたが、何か解決するわけではない。やたらポジティブ気持ちと、酷くネガティブな長持ちの波が交互に訪れる。情緒は完全に不安定。全く持って受け入れられてない。障害児の親はどうやって受け入れてるんだろうか。わからない。教えてくれ。

2018-09-08

anond:20180908204742

あいう人たちは起きたら起きたで青ざめたり情緒不安定になってると思う

ボケの始まってない喋ったきり老人状態から

自分普段精神状態とか思い出してみたらわからんか?

2018-09-04

anond:20180829224019

サブカル系が楽しくなってきた。

大衆向け娯楽はぎゃーぎゃー煩かったり中身がスカスカで楽しめなくなってきた。

というか大衆向けのストーリー展開はパターンを大体把握してしまったので先が読めてつまらん。

分かりやすストーリーキャラ部分ではなく、情緒演出哲学などほかの部分に着目したら楽しみ方が広がる。

2018-08-28

家族死ぬこと

昔、母親が死んだときに色々な人に心配された

知らない親戚が家に来た時に色んな思い出話をされた

その時はとにかくそっとして欲しかった

母親死ぬ前は穏やかに人は死ぬものだと思ってた

実際は入院代やら治療費で金が半端なくとんでいって

父親が当たり散らすし母親情緒不安定でとにかく大変だった

有名人死ぬ最近インターネットに様々なことを書く人がいる

悪意がないのはわかってるんだけど、その人の家族を思うとそっとしておいて欲しい

同じ目に合わないときっとわからないんだろうけど

とにかくそっとしてあげて欲しい

2018-08-22

anond:20180822011125

この流れからその豹変は、昔の2chなんかだとオシャレに思われてたんだろうけど今どきのネットのやり取りでは完全に情緒不安定だぞ。

2018-08-19

子供ができない

子供が欲しくて結婚したの。

保育園に入れそうな地域引っ越して二年と数か月、結婚して一年と数か月、タイミングを取って二年、通院を始めてあと少しで一年。間にカンジダになったり、早生まれは困るからスキップした月もあるけれど、この周期でダメだったらと、ステップアップを勧められた。

ダメだった。

風疹予防接種をして二年と数か月、葉酸を飲み始めて二年と数か月。

夫は早いうちに異常がないか調べてくれた。何の問題もない、花丸の付く結果。

私も種々のホルモン値や感染症検査して、毎月卵胞の育ちをチェックして、LHサージを確認して、通水検査をしてどれも問題なかった。

原因はわからないけどできない。

から規則正しい生活を心がけて、夜更かしをしないようにして、毎朝基礎体温を録って、栄養バランスは婚前より豊かに、痩せ気味だったか体脂肪率を数%増やして、仕事にのめり込みすぎないようにして、でも、毎月自分に裏切られて、心が辛い、心が苦しい、心を痛めすぎるとよくないから、趣味を作って気を紛らわせて、なるべく忘れて、忘れていようと努力して、タイミング後の1週間は殆ど忘れてやり過ごすけれど、2週間めはどうしても気になって、些細な体調の変化に一喜一憂することをやめられなくて、ずっと煩悶して、結局、生理直前の体温の下落に心を冷やして、そのうちに体内を伝い落ちてくる経血に望みを絶たれるけど、泣いても仕方がないし、誰にもどうしようもないから、狂乱したくても冷静な自分がいて、どうしようもなくて、苦しくて、苦しいの。

どうしたらいいかなんて、誰も知らないから、“どうするか”を決めなければいけなくて。

現在子供がいなくても幸せよ?私は恵まれていて、尊敬できる夫と結婚出来て、幸せ

でも、子供が欲しくて結婚したの。

何なら、夫がいなくても、子供を得たいと思っていたの。

でもできない。

今までの人生、運が良かった。

落ちこぼれたけれど、私立に入れてもらえる家に生まれ育って、就職氷河期リーマンショックの間に就職できて、浮いても受け入れてくれる職場で、年間休日120日以上で、年収も生きていくには問題なくて、夫と出会い結婚して、祝福された。

そんなこと関係ないのは知ってる。運を使い果たしたか、なんて観測できるわけもない。

子供が欲しい。

スピリチュアル葉酸以外の様々のサプリメントにも、縋る気はしない。結果を求めることは罪なの?すぐにできた人たちが結果を求めていなかったと?

いつできるのか、一生できないのか、誰も知らないの。

今の情緒で考えると、100万円だとか300万円だとか、予算を決めて、それで頑張ってみて、ダメだったら納得できるんじゃないか?と思うと同時に、そんな風に理詰めで考えても、いざ予算を使い切った状況になってみたら、結局諦められないんじゃないかとか、“自分というドブ”に捨てたお金が惜しくなるんじゃないかとも思う。

成果が出せない自分というドブが嫌い。でもそんなこと言ってもできないし。

私はただ子供が欲しいだけ。

今すぐ諦めたら、きっと心が軽くなる。でも、抗いたい、己に打ち勝ちたい、子供が欲しい。

「諦めたらできた」ってすごいよね、子作り以外でセックスできるってことでしょう?

私が誘わなければセックスすることはないし、誘ったくせに痛くてギブアップすることが多いから、しなくてもいい。

「したい」と思うように努力しているから常々誘っているけれど、子作りを諦めるなら、その努力を続けることができるかわからない。

ただ、生き物として、この世に生を受けたから、子供が欲しい。

私の妊孕性はもうダダ下がりゾーンに足を突っ込んでいるから、迷っていてもしょうがなくて、最も可能性の高い道を歩むべきで、そして、それでもだめなら、ある程度のところで諦めなければいけない。

この先を“べき”の思考で切り抜けられるかわからない。

だけど時間は止まらいから、決めないといけない。

anond:20180819163650

そりゃあ限度は有るだろうが

上映中に客の出す音がうるさい!と怒り出すような人は

そもそもめったに映画館映画見に行かないんだよね(当たり前だけど)

そして、自分が知ってるそういう人たちは皆ちょっと変人気質だった

気難しくて神経質で自分の部屋でじっとしているのを好む人が

暗い巨大空間に多人数と一緒に押し込まれ映像見せられたら、そりゃ情緒不安定になってしまうよな、

それが「映画館で音を出すな!」という怒りの爆発なんじゃないかなと若い頃思ったのだが

ネット世間が思ってるような「気難しい映画マニアが怒ってる」というのとはちょっと違う

元増田にしても「食べ物飲み物も取らずに集中しないと映画の内容を理解できない」

って映画見慣れてる人のそれではないもの

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