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はてなキーワード: 原理とは

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170623153859

結局、身内を庇うことだけが行動原理なんだよな

あの手の連中

自浄作用なんてある筈がない

はよネット駆逐されろ

承認欲求から解放されるのは大変なのでしょう

暴言女性議員とその友人と思しき人の怪文書(Facebookだが)を読んで,承認欲求って本当に大変だなぁと思いました.当方暴言議員と同じく東大出身現在は某大学ラボをもっています.このような承認欲求に囚われている人をどう解放するか,私の日々の悩みでもあるのでちょっと雑文でも.

進学校出身東大卒ありがちなんですが,その中でも承認欲求他者評価を得ることに貪欲な層が一定数います.本当に誤解されたくないのですが,東大卒がみんなそうじゃないし,本当に学問好きな人もいれば,ただのオタクもいるし,凡人っぽい人もいる.そういう意味では多様性はあります

で,この貪欲層って本当に扱いづらく,「自分が頭が良いことを人に示すために行動をする」という行為を取ります試験の成績が良いのも,その講義面白かったからでも(知的好奇心),成績が優だと就職の時に有利に働くから経済的インセンティブ)でもなく,ただ自分は周囲の人間よりもすごいということを示したい(承認欲求)がために勉強をするのです.本末転倒です.

試験くらいでは,それほど害はないのですが,ラボに入ってきて研究をすることになるともっと大変です.様々な学問分野でいろんな常識があるでしょうがラボの仲間は良き同僚であり,良きライバルでもあります.お互いに切磋琢磨して成長することは望ましいのですが,研究勉強と違って,わかりやすい1番がありません.Aという研究もBという研究もそれぞれ方向性が違うのですから.にもかかわらず,同期を威嚇するような進捗報告,自分がどれだけ頑張っているかを示す進捗報告など,とにかく自分を認めて欲しいアピールがすごいのです.

しかし,研究とは残酷もので,必ずしも学部時代の成績に沿って,研究成果が出るものではありません.いろいろな要因もあり,運もありますが,得てして楽しそうに研究をしている人のところに成果が出ると思います.私も東大出身ではありますが,遊び呆けていたわけではなく,それなりに真面目に授業に出ていましたが,全く成績は良くなく,優なんて数える程しかなかったものです.しかし,本当に面白いな,この人みたいになりたいなと思う研究者出会い,野垂れ死んでもいいやと思って研究をやり始めました.最初はまったく成果は出なかったですが,5年ほどかけてやっと成果が出始め,現在はCNSにも通るようになりました.そういう意味で私は遅咲きのタイプでした.

よく冗談試験前に勉強してないアピール優等生というのが出てきますが,そういう人は研究に最も向いていないタイプの人です.研究世界では,知識や知見は通貨であり,これらを交換し合うことで,人類研究世界は成り立っています.ギブ&テイクとは言ったもので,最初にギブした人の元には様々なギフトが降ってきます.一方で,得をしようとテイクばかりする人間からは人は離れていくのです.これが人徳に繋がるのかもしれません.

大体において,優等生は高いプライド邪魔をして,人に相談ができなかったり,しか自分は優秀だと認めてもらいたくて間違った努力に走ることがあります.その度に私は中島敦山月記の話をするのですが,頭が良い彼ら/彼女らには,ただの国語試験問題で読んだ文章としてしか理解されずに,本意は捉えられず,自分のことを認めない研究が嫌いになり(正確に言えば,自分が褒められないフィールドよりは,自分の優位性があるフィールドに移動したいというインセンティブが働き),研究と一切の関係がない外コンや官僚商社に去っていきます就職して大学を去る人たちにも研究面白さを伝えた上で卒業してもらいたいのですが,なかなか難しいようです.卒業生Facebookをみたときに,研究大学をひどく罵っている様子を見てしまい,自分教育者としてダメな部分を痛感します.ただ,浪人もして東大の中で劣等生であった自分が,傷ひとつない経歴の彼らの気持ちや行動原理がわかるかというと,なかなか難しいのも事実です.

外野から観測からですが,彼/彼女らは自分のことを好きではないのだろうな,だからダメ自分を信じてあげられないんだろうなと思います.かっこ悪い自分を見たくない,失敗したくない.それは誰もがそうです.しかし,「お前が信じるお前を信じろ」ができなければ,人生辛いと思うのです.他人バカにされようともいいじゃないですか.自分自分のことをすごいと思っていれば.俺はいつか成果を出してやるんだと思ってがんばれば.なぜ自分を信じてあげないのか,安易他者評価を,より正確にいうと,自分よりも圧倒的に頭の悪い他者評価を得ようとするのですか.そんな人たちに褒められるよりも,あなたの方が賢いのだからあなたあなた自身を認め,褒めてあげないと.

あの暴言は全く許されるべきものではないですが,暴言議員のあの咆哮も,山月記だと思えば,臆病な自尊心尊大羞恥心に依るものだったのでしょう.悲しいことです.

日本滅亡

このままの人口減少が、続けば日本という国はなくなる。

大和民族琉球民族アイヌ民族平等絶滅するんだろう。

まあ、どこかで出生率が下げ止まることを期待したいが。

日本人が、滅亡してもしょうがない気がするが、この世界から日本語日本文化が無くなることが、残念だ。

日本人以外が人類歴史紡いでいくなかで、生きた日本語、生きた日本文化が失なわれていくことは大きな損失だと思う。

そういう意味では、段階的に移民を受け入れて行って欲しい。

民族は、入れ替わっても、日本文化日本語は曲がりなりにも継承されていく。

捕捉

上記のような理由もあって、出生率は上がって欲しいと切実に願っている。

個人的な願望を他人強制できないという普遍的原理原則があることもわかる。

から、皆様に対して個人的なお願いとして、子供を産み育んで欲しい。結婚して、夫婦で育てるのが、理想的だろうが、片親であることも肯定したい。

なお、このまま出生率が、上がらなかったら、移民を受け入れる政策シフトしていくだろう。これは、国家としての戦略としては、必然だろう。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620230747

自分自身への劣等評価他人一般が等しくもっていると拡大解釈するのは理性的とは言えないぞ

他人自分よりも多くの数がいるのだから常にその評価が当てはまるとは言い切れない

他人気持ちというのは他人自分が別物であることから原理的に理解不可能ものである

から自らの思考のみで結論づけることはできない

早々に結論づけて閉じこもっても他人気持ちを考えたことにはならん

他人気持ちを考えろというのは社会に参画する人間であれという要請

2017-06-17

生命

安定状態になることが出来ず不確定の領域存在する以上

不確定の領域を走査、探索することは生命生存するためには不可欠のことなのだ

そして自身が不確定領域を創出することも是とされる自身不安定要素が増すことになったしてもそれは行われる

生命体は生存のためにあらゆる手段を用いあらゆる行為を実行するそれが自身生物全体を危険晒すとしても不確定領域存在はそれ自体危険であり

その領域放置した状態で将来その危険に接触すれば破滅被害は免れ得ないかである

死ぬのも将来死ぬのもコードの耐久期間が違うだけで結果が同じである遺伝子からすればそれは生存の失敗でありさした違いはない

また不確定である領域危険性を把握することは出来ずそのためその領域を探索するべきかどうかという選択肢を持つことは厳密な意味では出来ない

故に接触した不確定領域は随時、走査、探索が行われる

生命とは第一原理である遺伝情報の維持に失敗し、なおも

現状を維持しようともがきながら誤謬を繰り返し続け歪に変形し、異様な複雑さを獲得するしかなかった悲しき原初生命残滓であるという

スタニスワフ・レム虚数の考えに対してこういう見方もできる遺伝子コード生存必要な基礎コードを維持し続けていると

自己拡張自己改変が行われたとしてもはどのようなものであっても生存否定生存、複製を継続させることは出来ない

自己拡張自己改変もまた事前の遺伝子コードの内容から大きな影響を受ける、継続するものは事前に存在するものの影響から逃れられない

このため私達が何らかの存在自分たち生存目的に適合させ生存、存続させようと意図した場合でも事前のもの(私達)のコードの影響を受けることになる

この場合においては直接的影響じゃないため幾つかの曖昧さがや別の意図が付加されるだろう

しかしどの場合においても生存否定内包存在継続することは出来ず生存必要な基礎コードの伝達に成功する

そして不安定状態を孕み生命継続するということは上記の理由によりあらゆる面においてあらゆる生命変異形を作り出すことに繋がる

生命とは存在し続けることを意図するものであり、あらゆる面で生存領域を無制限に拡大、拡散する機構とも捉えられる

2017-06-16

世の中の人が優秀で辛い

メールメッセージに即レスする

時間に余裕をもって集まる

規則正しい生活を送る

わかりやすい表を作る

これがすべてできるのって優秀だと思う。

僕にとっては周りの人が優秀すぎてついていけない。

あと、みんなができてるわけじゃないけど、タスク範囲内のことしかしないというのもある。

例えば、Aというツールがあった時にAが使えれば仕事ができるのに(というよりAを使う前提での成果が求められている)

Aの中身や原理が気になって半日かけて調べてしまう。みたいな。

結局なにも終わってない、みたいな。

2017-06-15

犯罪を防ぐための配慮ができるのか。

そもそも漫画に影響を受けて性犯罪をやらかす」輩って、そういう描かれたような方式

現実性的行為に及ぼうとする」ってだけで

純粋漫画表現として描こうとしているだけ」の側からしたら理解不能なのであって。

理解不能な類のある意味おかし人達(と感じてしまう)犯罪者に「配慮」なんて、

所詮その犯罪者と全く行動原理が違う作者側にできるのかよと。

自分はできるとか思ってるエロ絵描きがいたとしたら、それは自惚れとは違うんかと。

それこそ信仰している宗教が違うぐらいの差があると思うぞ、考え方とかに。

クジラックス漫画の件で一番思うこと


そこまでして女児現実に襲いたいという気持ちになるのがまず本気で理解できないし、

襲いたいと思うぐらい思いが強いのに自分方法も考えられず漫画マネってなんやねんっておもった。

所詮理解できない行動をする犯罪者の行動原理を真面目に考えたらあかんのだろうけど。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170611001751

それでできるのかできないのか

増田普遍的原理原則として感じているなら「だって炎上怖いし…」以外にできない理由がないし

生きづらさにも要調整なもの放置していいものがあるんだよ黙ってろというならその選定は増田のただの主観しか言いようがない

女性たちもプレイヤースキルで何とかしろと抑えつけられ続けてきたのを粘り強く訴えて今に至る

どんな属性の持ち主だって各々の生きづらさに声を上げていいんだ

それとも特定属性の生きづらさだけは沈黙して耐えていろということなのだろうか

2017-06-10

生命とは

安定状態になることが出来ず不確定の領域存在する以上

不確定の領域を走査、探索することは生命生存するためには不可欠のことなのだ

そして自身が不確定領域を創出することも是とされる自身不安定要素が増すことになったしてもそれは行われる

生命体は生存のためにあらゆる手段を用いあらゆる行為を実行するそれが自身生物全体を危険晒すとしても不確定領域存在はそれ自体危険であり

その領域放置した状態で将来その危険に接触すれば破滅被害は免れ得ないかである

死ぬのも将来死ぬのもコードの耐久期間が違うだけで結果が同じである遺伝子からすればそれは生存の失敗でありさした違いはない

また不確定である領域危険性を把握することは出来ずそのためその領域を探索するべきかどうかという選択肢を持つことは厳密な意味では出来ない

故に接触した不確定領域は随時、走査、探索が行われる

生命とは第一原理である遺伝情報の維持に失敗し、なおも

現状を維持しようともがきながら誤謬を繰り返し続け歪に変形し、異様な複雑さを獲得するしかなかった悲しき原初生命残滓であるという

スタニスワフ・レム虚数の考えに対してこういう見方もできる遺伝子コード生存必要な基礎コードを維持し続けていると

自己拡張自己改変が行われたとしてもはどのようなものであっても生存否定生存、複製を継続させることは出来ない

自己拡張自己改変もまた事前の遺伝子コードの内容から大きな影響を受ける、継続するものは事前に存在するものの影響から逃れられない

このため私達が何らかの存在自分たち生存目的に適合させ生存、存続させようと意図した場合でも事前のもの(私達)のコードの影響を受けることになる

この場合においては直接的影響じゃないため幾つかの曖昧さがや別の意図が付加されるだろう

しかしどの場合においても生存否定内包存在継続することは出来ず生存必要な基礎コードの伝達に成功する

そして不安定状態を孕み生命継続するということは上記の理由によりあらゆる面においてあらゆる生命変異形を作り出すことに繋がる

生命とは存在し続けることを意図するものであり、あらゆる面で生存領域を無制限に拡大、拡散する機構とも捉えられる

ちんたら前を歩いてる奴がまじで嫌い

ちんたら歩いてるはいいんだよ

道の真ん中で右に左に揺れながら歩いてる奴ほんと嫌い

たぶん何一つ考えてない

歩行は遊びじゃないんだよ

 

__

 

追記

何も考えず歩いてるような人が多い

通勤時のターミナル駅サラリーマンほど頭を使えとは言わないが、もう少し歩行に頭を回せないのか

変な話だが、雑談してる奴ら、歩きスマホしてる奴らは百歩譲って理解できるんだが

その後ろで一人で何も考えずゆっくり歩いてる奴が理解できない

彼らの行動をよく観察すると、どうやら「前の人が動いたらそれに合わせて移動する」「50cm圏内に人が入ってきたら避ける」みたいな原理で動いてるみたいだ

お陰で彼らにぶつからないように避けて歩くのが毎度疲れる

自動運転車ももっとまともに動くと思う

ちなみに彼ら同士はぶつからないのかと観察してみると、寸前のところで上手く避けるようだった

水槽の中の金魚みたいだ

2017-06-05

自己顕示欲が行動原理の奴は

自然に反するので、滅びなければならない

これは自然の摂理である

野生動物自己顕示欲など無い

続・山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの続き。(文字数制限にひっかかったので分割します)

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

1183(寿永2)年、義仲軍は京都に入り、食糧不足もあって狼藉を続けた。京都にとどまった後白河法皇後鳥羽天皇即位させ、寿永二年の宣旨頼朝東国での支配権を認めるとともに、義仲軍の乱暴ぶりを口実にして頼朝上京要請するなど、政治力の強化につとめた。しかし、頼朝東国支配を固めるために鎌倉を動かず、かわりに弟の範頼・義経上京し、1184(元暦元)年、二人は義仲を打ち破った。

義仲が京都乱暴狼藉を働いたという記述があるのは、意外にもこの教科書だけでした。

兵糧不足のまま進撃して首都占領しても、どうせ軍規が乱れて略奪しまくるぞというのは、日中戦争における南京事件南京大虐殺)のことを言いたいのかなと思いましたが、それは深読みのしすぎかもしれませんね。どうなんでしょう?

  

また、これは下記の引用部分になりますが、頼朝が初めて上京したタイミングがいつだったかを明記しているのは、この教科書だけだと思います

(この点はとりわけ山川の『詳説日本史』が最悪です。頼朝西国での平家追討の仕事をすべて弟の範頼・義経らにやらせ自分はその間ずっと鎌倉にひきこもって地盤を固めていたという基本的事項すらも把握できない書き方がされているんです。)

頼朝挙兵以来、北条氏三浦氏などの東国武士たちと主従関係を結んで、彼らを御家人として組織した。そして1180(治承4)年、御家人の統率と軍事警察担当する侍所を設けて、有力御家人和田義盛別当長官)に据えた。さらに1184(元暦元)年、一般政務をつかさどる公文所(のち政所)と問注所を開設し、実務に優れた下級官人らを側近にして職務を分担させるなど、支配機構の整備を進めた。

頼朝後白河法皇要請を受け、範頼と義経平家追討を命じ、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏を滅亡させた。後白河法皇頼朝権力拡大を恐れて義経を重用し、頼朝の追討を命じたが失敗した。逆に頼朝は、親鎌倉派の公卿九条兼実藤原兼実)らを朝廷重要政務担当する議奏につかせ、反鎌倉派の貴族追放し、義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた。さらに1189(文治5)年、頼朝義経をかくまったことを口実に藤原秀衡の子の泰衡を攻め、奥州藤原氏を滅ぼした。こうして頼朝東国西国の多数の武士御家人として組織しながら、主に東国支配確立していった。

1190(建久元)年、頼朝挙兵後はじめて京都に入り、右近大将に任命され、後白河法皇没後の1192(建久3)年には、法皇の反対で就任できなかった征夷大将軍に任命され、名実ともに鎌倉幕府が成立した。」

当然ながら『詳説日本史』にも、侍所政所問注所地頭というキーワードは出てきますしかし、治承・寿永の乱とは別項に記述されているため、時系列が分かりづらくなっています

それに比べて、この教科書歴史の流れの中にキーワードを配置しています。だから時系列に即してこれらの言葉意味理解することができるはずです。

  

結びが「名実ともに鎌倉幕府が成立した」という記述になっているのも、味わい深いです。

鎌倉幕府の成立が何年かという論争を垣間見ることができます名目的には1192年に幕府が成立したと言えるが、実質的にはそれ以前から幕府政治機構ができあがっていたというニュアンスを含ませているのでしょう。

  

  

  

あとは、上記引用中の「義経の捜索を名目に国ごとに地頭を置くことを認めさせた」という記述が最高にクールです。

一般には1185年、義経の捜索を名目にして守護地頭が設置されたとされていますし、国ごとに置かれた役職地頭ではなく守護だと暗記している人が多いんじゃないでしょうか?

例えば山川の『詳説日本史』はそうなっています。それによると、頼朝は1185年に「諸国には守護を、荘園公領には地頭を任命する権利」を獲得したとされています守護は「おもに東国出身の有力御家人から選ばれて「原則として各国に一人ずつ」任命され、「大犯三箇条などの職務を任とし」て国内御家人を指揮統率し、とくに東国では在庁官人支配することで「地方行政官としての役割も果たし」ました。いっぽう、地頭は「御家人のなかから任命され、任務年貢徴収・納入と土地官吏および治安維持」です。「頼朝は主人として御家人に対し、おもに地頭に任命することによって先祖伝来の所領の支配保障したり(本領安堵)、新たな領地を与えたりした(新恩給与)」わけですが、このことが御恩と奉公関係となって封建制度の基礎となりました。

  

ところが、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)によると、ここの説明がこれとまったく異なります。私が先に引用した項では、1185年の出来事として守護の設置には言及せず、地頭の設置だけが記述されていますしかもその"地頭"は国ごとに置かれたものだとされているのです。

私は最初にこれを読んだとき、わけがからなくて混乱しました。それでがんばって自力で調べてみて(独学なので苦労したナァ)ようやく理解できたのですが、1185年の文治の勅許守護地頭が置かれたとする『吾妻鏡』の記述には疑いがあり、実はこれがかつて学者の間でも論争になったテーマだったらしいのです。

1960年石母田正が新説を発表したのですが、おおざっぱに言うと、新説では、この時点で置かれたもの守護地頭ではなく、地頭(国地頭)だったとしています。それはわれわれが普通一般に知っている地頭(荘郷地頭)とは異なり、一国を統括する強大な権限を持つ存在です。この国地頭はすぐに廃止され消滅しましたが、守護前身となりました。

三省堂教科書は、次項でそのことが説明されています頼朝がはじめは国ごとに"地頭"を派遣して荘園国衙領のいずれからも兵糧米を徴収させていたこと、そのやり方がひどすぎたから反発を招いて、以後は"地頭"に代わるものとして守護を置いた、という記述になっています。またこれに続いて、頼朝は「荘郷地頭と呼ばれる地頭を任命し」、平氏没官領や謀反人の所領跡で「年貢公事徴収治安維持に当たらせた」としています

このように、三省堂教科書では、「国地頭」と「荘郷地頭」をはっきりと区別しているのです。

  

実教出版もこの新説を採用していますこちらも合わせて読んでおくと、国地頭のことが大変よく分かります東京出版は本文の記述が旧説に拠っていますけど、欄外では国地頭が惣追捕使とならび、守護前身として存在していた話をちょこっと説明しています。これらの教科書は「国地頭」論争の成果を取り入れており、学問的に誠実だと思います

それに対して山川の『詳説日本史』は旧説を採用し、1185年に守護地頭の設置が認められたとする断定的な記述になっています。これが他の教科書とのあいだに無用矛盾を生じさせているのです。私と同じようにこの点につまづいて、困惑してしまった高校生が少なからずいるんじゃないでしょうか。

  

なお、山川参考書『詳説日本史研究』にもこの新説の紹介はありません。同社『日本史B用語集』には「国地頭」という用語掲載されていて、そこでは一応説明がされているんですが、あたかも国地頭が荘郷地頭前身だったと思わせるような記述です。

地頭(じとう)⑪:1185年、頼朝要請後白河法皇諸国公領荘園地頭を設置することを認めた。当初は1国単位荘園公領支配する国地頭を設置したが、まもなく平家一族の所領として没収された平家没官領と謀反人跡地に限定した荘郷地頭となった。しかし、公家寺社の強い反対で、一時縮小、承久の乱後に全国化した。任務土地管理年貢・兵糧米の徴収治安維持など。

地頭⑤ 荘郷地頭

  

山川出版日本史B用語集』より

ですが三省堂実教出版東京書籍教科書によると、国地頭はむしろ守護へと発展的解消を遂げたという記述なんですから、『日本史B用語集』のこの説明とはやはり若干の矛盾が生じています

「国地頭」を教科書に載せている上記の主要3社の文脈に従うなら、この用語独立の項目として取り扱うか、せめて「地頭」の項目じゃなく「守護」の項目にいれて取り扱うべきじゃないでしょうか。

  

(追記 これはインターネット上の情報なので私は未確認ですが、現在は『詳説日本史』にも国地頭掲載されているそうです。近年改訂されたんでしょうか。

予防線として言っておくと、私は高校日本史Bを履修しなかったし、大学歴史学勉強したわけではありません。高校時代文転して受験するかと生半可に考えていて(結局やめたけどね)、興味本位教科書を読んでみただけの素人です。

さいしょの方でも書いたとおり最新版教科書を持ってません。はてブでバズっていてびっくりしましたが、このエントリ専門家レベルのものとして受けとるのは、恥ずかしいのでやめてください。

再追記。id:HRYKtbykさん、確認をしてくださり感謝。)

  

  

  

(追記2

複数教科書を読み比べすることで、『詳説日本史』を読むだけでは見えないポイントが浮かび上がってきます

『詳説日本史』では、前九年合戦後三年合戦のところで、「これらの戦いを通じて源氏東国武士団との主従関係を強め、武家棟梁としての地位を固めていった」とあります。これが後の頼朝挙兵につながるわけですが、それは時代を経てからのことだから教科書のページが離れすぎていて、この関連が把握しづらくなっています

ここで例えば山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)のような他の教科書と読み比べてみると、『詳説日本史』がこの簡潔な一文を通して伝えたかったことを理解することができるのです。(上述参照)

  

つぎは例えば、貫高制・石高制を見てみましょう。

『詳説日本史』によると、戦国大名性格は次のように説明されています戦国大名は「新たに征服した土地などで検地をしばしばおこなっ」て、それにより「農民に対する直接支配」を強化しました。そして国人地侍を取り込むため、貫高制を導入しました。これは戦国大名が彼らを「貫高という基準統一的に把握」して軍役を課す制度でした。それでここからすこし時代下り、別のページで豊臣秀吉太閤検地説明しています太閤検地により石高制が確立しました。それは「荘園制のもとで一つの土地に何人もの権利が重なりあっていた状態を整理」し、「一地一作人」を原則とするものです。農民は「自分田畑所有権を法的に認められることになった」わけです。

このような記述だけでも表層的な理解はできると思いますが、実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)は、貫高制について「荘園の複雑な土地制度は貫高に組み込まれ大名統一的な国内政治を推進」するものとしています。『詳説日本史』ではせいぜい石高制と荘園制の関係しかからないでしょうが、本書はこのように貫高制と荘園制の関係を明示しているのです。

この視点を最もわかりやす記述しているのが、三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)です。本書は貫高制、石高制、荘園制の全部を一つの項目に入れて記述しています。それによると、秀吉太閤検地を行い、「戦国大名の貫高制にかわって、それを発展させて全国に広げた石高制」を導入、その結果「荘園制を完全に崩壊させ」ました。このポイントを把握しておけば、中世から近世への社会の変化を、土地一元的支配確立荘園制の衰退・消滅という視点で見ることができます。本書の特徴は、貫高制・石高制をともにこの視点から語っていることと、しかもそれが荘園制を「完全に崩壊させ」たと言い切っていることです。

ちなみに、東京書籍日本史B』(日B 004)では、石高制を「近世封建制体制原理」と書いています。これがまったく新しい制度であることを強調しつつ、近世という言葉を使ってその射程を江戸時代にまで広げているのです。)

2017-05-30

集中できないやつは

部屋の電気消して部分照明にすると捗る

眼は悪くなる

原理映画館と一緒で一点しか視界が確保できないか

2017-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20170525111349

有名な原理があって、特殊環境下でもないとそういう極端な性比にならないことは賢明はてな民は当然知ってるはずだから、そういう環境人類を起きたいということか

2017-05-25

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

結論:場合による

https://togetter.com/li/1113766

https://matome.naver.jp/odai/2149564479015738601

この辺見てると、「そうだよね」というものと「いやいやおかしいでしょ」というものがどちらもある。批判している人の中には文系の慣行に詳しくない人もいるようなので、しがない文系出身者が「文系だとだいたいこんな感じ」というのを提示してみる(「お前の感覚おかしいよ」という指摘があれば教えてください)

「分析に用いている時点でこれは引用ではない」みたいなやつがおかしな意見の代表。いやいや、分析対象として使うのも立派な引用ですから

たとえば、「私が好きな○○さんの二次創作小説はマジ文学なので文学作品として研究対象にします」だったら、それがマイピク限定とかでなく全体公開されている限り無断で引用して差し支えない(他人の机の中にしまわれている黒歴史ノートを無断で引用するのは当然のことながら違法です)。10年前に20部だけ頒布された同人誌に載っている内容でも引用してよいし、「バナナ」とか「前立腺」とかいう単語も容赦なく引っ張ってきてこの表現の含意はとかここで使われている暗喩法はとか分析していい。

文学研究ってそういうものなんで。たとえばナボコフの研究では、英語版ロシア語版を照らし合わせて登場人物の名前がどんなふうに変更されていてそれにはどういう意味が込められているかとかそういう細かな点を論ずる研究というのも実際あるし、そういう研究対象としての引用というのはまったく問題がない。作者に許可を取る必要もない。

それが本当に研究する価値のある文学作品であり、文学研究としての作法を踏まえているのなら、ラノベだろうが官能小説だろうが二次創作だろうが分析対象にしていい。異世界転生で俺TUEEEEEEであってもそこに文学として研究されるに値する何かがあるならガンガン引用することが許される。文学研究であるなら著者名と出典を明記することは研究倫理上むしろ必要不可欠だし、仮にそれで元の投稿者がマイピク限定にしちゃったりしても、このケースならそこまで研究倫理的に問題はない(と、私は判断する)。

現状、それをやっている人がほぼ絶無なのは

という理由であって、やっちゃいけないなんてことはない。二次創作書きから直木賞作家とかに登り詰めて死後に全集が作られるような身分になったら生前に書いたピコ手二次創作小説が掘り起こされて「若き日の習作」として分析対象になってしまうのも甘んじて受けよう。

しかし、問題は、これ文学研究じゃないですよね、という話で、テキストにあらわれる語の頻度を分析してフィルタリング機能に活かそうとかそういう研究だとまた違う話になる。たとえば「夏目漱石作品中における接続詞使用頻度」みたいな研究なら著者を明かすことに意味はあるけれど、この場合はそうじゃない。まあ一般的な語の用法の分析じゃないからコーパス使えないことはわかるけど、「有害な表現フィルタリングのため」という目的で用法を研究するなら研究対象の具体的なURLと作者名は伏せた方がいいだろうし(これがまだせめて「“尊い”という語の用法」みたいに価値判断を加えていなければよかったかもしれないけど)、そもそも個々の作品のURLを列挙できる段階でちゃんとした研究とはいえないんじゃないんですかねふつうそういう研究なら、「○○新聞のデータベースで××年分の記事検索して調べました」とか「pixivデイリーランキング上位20作品平成××年△月から△月まで○ヶ月にわたって調査しました」みたいなデータになるはずで、分析対象が10作品だけって段階でサンプル少なすぎるでしょ。いやもちろんサンプルが少ないから悪いというわけではないけど(談話分析とかならたった30分程度のTV番組を分析するだけで論文1本書けるだろうし)、フィルタリング情報工学的に考えるならまずサンプルたくさん集めないと話にならないというか……

pixivの規約に引用禁止と書かれている!」という主張はなんとも微妙だ。「は? それpixivの内輪ルールだろ? 著作権法上は自由なんだよ!」というカウンターも見られるが、そう簡単な話でもないと思う。

一般論として、引用は著作権法で保護されているので、それが適正な引用である限り(主従関係とか出典の明示とかそういうことね)自由に引用してよい。なので「無断引用禁止」と書かれている痛いサイトも自由に引用して叩いてよい、ことになっている。そういう意味では、「支部の規約より著作権法の方が偉いに決まってんだろボケ」派の言うことは正しい(実際、著作権的にはこれ問題ないとみなされる可能性が高いのではと思うが、法学クラスタの皆さんその辺どうなんでしょうか)。

しかし、ここで問題になってくるのは

ということだ。

それを読んでいるということは、検索で行き当たった作品を引用しているのではなくpixivアカウントを取得してログインしそれらを読んでいるということだ。ということは、利用者としてpixiv規約を守る必要があるのではないか。少なくとも、利用しているサービスの規約に反して収集した情報を引用するのは、研究倫理に反するのではないか。

※追記:pixivの規約見たら「本サイト及び関連サイトアップロードされている投稿作品の情報を、当該著作者(創作者)の同意なくして転載する行為」が禁止なのね。じゃあ、別に引用はしてもいいんじゃん。少なくともこの点で研究倫理がどうこう言うのは不当な非難だと思うので謝罪の上撤回します。

たとえそれが個人的な談話であっても、社会学文化人類学では引用してよい。「○○村の女性Aさん(45)が私に語って聞かせた結婚生活の愚痴」なんてのも、これらの分野では立派な研究対象だろう。ただしその場合、事前に「私はこの村に社会学文化人類学の調査で来ているので、皆さんの発言を研究に使います」と断る必要がある(増田にはフィールドワーク経験はないので、実際にどんなふうに許可を取るのかは知らない)。たとえそのような許可を取って滞在している村の住人の発言であっても、「これは絶対に論文に載せないでね」と言われたのに論文で引用したら、そらアウトだろうと思う。

だいいち仮に許可を取ってのことだとしても、社会学文化人類学の研究なら普通発言者をボカす社会運動指導者とかでもない限り、現代社会に生きる無名人の名前をそのまま載せるなんてありえない。ふつうは、AさんBさんとか、長門さん(仮名)と陸奥さん(仮名)みたいに処理した上で引用するの。

仮にそれが著名人であったとしても、使っちゃいけない、使うべきでない類の資料というのもある。たとえばちょっと前に、毎年ノーベル賞獲れなかったと騒ぎになる某作家さんの高校時代図書館での貸し出し記録を調べてドヤ顔記事にしてた新聞があったけど、と、図書館の自由に関する宣言~~~~~ってなりますよね(実際日本図書館協会激おこだった)。

これが歴史学だとまた話が違ってくるというか、たとえば、百年前の新聞の投書欄を分析して当時の世情を研究するみたいな研究は割とある。その投書欄に書いているのは農民だとか小役人だとか、まあ市井の人々なわけだけど、投書欄に実名を載せているなら実名ごと引用され分析される(ていうかふつう実名をそのまま引用することはないけど、「○○という人物は次のように言っている」と地の文で書かれるとか、注釈で書誌情報の一部として実名が記されるとかはよくあること)。

ただし、これは「百年前の」「新聞への投書」だから許される話だ。書いた本人はたいてい死んでるし、遺族がいたとしてもたいして不利益はない。これがたとえば、公開を意図せずに書かれたお役所の文書だったらどうだろう(近代史でメインに使う史料というのはたいていこれだ)。もちろん、単に「○○という市民食糧配給が少なすぎると文句を言ってきた」程度の内容なら実名を出してもいいだろうと思う。でも、それが故人の名誉を傷つける内容だったら? 徴兵された普通の人々がどのようにして戦争犯罪に加担していくか、という研究で、某中二病患者に人気の国の国防軍関係の史料が引用された時には、登場人物の多くがイニシャルだった。

インターネットにおけるレイシズム、みたいな研究で、twitterの膨大な投稿を分析し発言者を特定しない形で差別発言の例を挙げることは許されているけど、それが実際のアカウントと紐付けられる形で提示されたら、やっぱまずいんじゃないの。研究対象著名人であるとかなら別だけど(twitter右寄りの発言ばっかりしてるラノベ作家がいたとしたら、その人の思想を研究する上でそういうツイートを参考資料として引っ張ってくるのはまあアリだとは思う)、研究というのは告発のためのルポルタージュでも責任追及のための裁判でもないのだからレイシズムに無批判であるべきだ、という意味ではないので念のため)。

それを考えると、やっぱりあそこで個々の作者さんの名前を出す正当性は全然ない。出典の明示にしても、「○○というサイトで××年~××年にかけて上位20位に入った計△△作品を分析しました」でじゅうぶん。その上で個々の発言者が特定されない形で「バナナ」という語の使われ方を存分に研究すればよかった。

何が言いたいかというと、確かにあの論文は研究倫理に反するけど、それは同人小説研究対象として引用することがいけないからではないので、批判する側も適切な論拠を選んだ方がいいですよ、というお話でした。

追記

何でこんなもんを載せたんだ、査読してないのか、という意見もあるけど、してないか名前だけのザル査読なんじゃないかなあ。これ、フルペーパーではなくて学会発表プロシーディングでしょ? 情報系は知らんけど、人文系だと学会発表で査読しないところもまだまだ多いですよ(内容が酷ければ質疑応答でボコボコにするか論文投稿時に査読で落とせばいい話なので口頭発表時点で査読が無いことは別に悪いとは思わない)。まあ、PDFとして載せちゃった以上は責任問われるのも仕方ないと思うけどね。最低限そこは査読なかったとしても編集委員会判断とかで弾こうぜ。

あとこれ多分M1の学生の研究に助教と准教授が名を連ねてるだけだとは思うのだが、まあ共著者として名前連ねてる以上は責任を負うってことなんだろうし、実際M1の学生が袋叩きになるよりも准教授が叩かれる方がマトモだとは思うので、うん。

さらに追記

社会調査するならこれ読んどけ! 的なものとしてマサキチトセさんの翻訳拡散されてる。

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1758

マサキチトセさんの訳は丁寧だし、社会調査しようと思うなら必要だと思うけど、これこの件に関係ないよね? ごっちゃにしてない?

  • リンク先で言われている「社会調査」の例
  • 今回の調査は「ネット上に公開された小説の分析」
    • なので仮にあてはめるとするなら「図書館に行ってLGBT団体機関誌を調べてどんな人がどんなことを書いているか分析する」に相当する
      • 普通、そういう調査をするに際して、当該団体の許可は要りません(その団体の会員にしか配られなかったので、その団体が所有する図書館でしか読めません、というなら別だけど)。当たり前だよ、侵襲性がないんだもん。今回のは、その文献調査で知り得た情報をどのように扱うべきだったかという話でしょ。何度も言うけど発表された二次創作を無断で分析するのは原理的にはやっていいんですよ
  • なのでこれは、医学や文化人類学社会学フィールドワークとは根本的には違う話です
    • それらの学問では、患者さんや調査対象の人たちに時間を割いてもらって、必要とあらば彼らの社会に住み込むことによって、個人情報も含めたデータを提供してもらいます。侵襲性が高いというのはそういうことです。それらの学問では調査すること自体が彼らに迷惑をかけてしまうことになるんです。だからちゃんと事前に許可を取ったりしないといけない。でも、インターネットで公開された文章検索したり、図書館で雑誌を探したりするだけなら、調査対象迷惑はかかりません。だから調査対象にいちいち許可を取る必要なんてありません。ただ、それによってセンシティヴな情報が得られることもあるし、それは研究発表のときに注意しないといけない、という話

もいっちょ追記

いちおう言っておくと、

  • 法的に問題があるか
  • 研究倫理として問題があるか
  • 研究として優れているか
  • ムカつくか

ってこれ全部別の話だからね。

私はこの論文にほんとムカついてる。めちゃくちゃすごい論文ならともかく、こんなゴミ発表のために何人もの小説書きさんが作品非公開にしちゃったりしたんでしょ。それでもって研究という営みや研究者への不信感を増大させている。オタクとしても研究をかじった者としてもほんとふざけんなという話だけど、それは無断引用で違法だからじゃないよね、って話。批判者たちが無断引用だ何だと言わず、なんだよこのクソ論文的外れな「分析」してんじゃねーよ上から目線でムカつくんだよ死ねよ、という主張で攻めていたら私は喜々として石を投げる側に加わっていたけどね。万死に値する大罪人でも間違った罪状で処刑されるのはやっぱり駄目だよ。

正直、腐女子研究者研究者コミュニティに不信を持つのは当然だと思うし、それは腐女子面白いオモチャとしか見てこなかった研究者サイドの自業自得なので、「法的に問題がないことはわかったけど、あいつらのやっていることは信用できない」と思うのは無理ないです。その感情否定したいわけじゃない。ただその感情の根拠としてぼくのかんがえたちょさくけんほうとかわたしのかんがえたけんきゅうりんりとかを振りかざさないでほしいだけ。正しい認識の上に立ったところで研究者に対する信頼が急に生まれるなんてことあるわけないんだし。

ぶこめに応答

id:p_papua

研究で「引用」というと文献リストに載せるやつなので,今回の件では研究用語的には「引用」では無いんじゃないかなあ。法的には分からない。pdfは全発表のを出してるんだから,いちいち弾いてらんないでしょ。

文系では文献リストは必ずしも必須ではないのよね(この辺、理系からすると何それかもしれないけど)。たとえば文献情報を全部脚注で書いちゃうやつだと文献リストはなくてもいい(だって書誌情報、つまり引用元の出典は脚注で示しているんだから論文の最後リストとして挙げる必要はないでしょう? もちろん脚注にきちんと文献情報載せない場合は文献リスト必要ですよ)。あと、参考文献リストにない文献を引用するときに注で補ってもいい。

これ日本だけのローカルルールじゃなくて英語圏でもあるからね。たとえばNationalism and Ethnic Politicsなんかはこの方式のはず。

いちいち弾いてらんない、ってのは、せやな。こんな発表が許されるなんて学会の研究倫理おかしい! とか騒いでる人もいて頭が痛いよね。アホか。

id:catsnail

こうして燃えてる時点で侵襲性があるということになるのでは。「衆目に晒された→恥ずかしい→公開をやめる」が「過剰反応」だとしてもそのせいで研究対象は消えてしまったわけで。

ここで言ってる「侵襲性」ってのは、研究発表以降の話じゃなくて研究をする段階の話です。つまりデータを採る段階。

医者さんだったら、患者さんを診察室に呼びつけて、服を脱がせて、相手が医者じゃなければ屈辱的な姿勢(ケツの穴を見せるとかね)をとらせたりして病気を診察して、それで病気や怪我のデータを採るわけですよね。社会学だったら、時間を割いてアンケートに答えてもらったり、面談してもらったりする。文化人類学なら、調査地に住み込んで、同じメシを食って家族の会話に割り込みながら相手の文化を学んでいく。そういう研究手法が、侵襲性のある、侵襲性の高い研究だってことです。

こういう研究をするときには調査される側の同意必要だし、データをどこまで公開していいか決める権限は調査される側が持っている、というのが、あちこちで訳知り顔で語られている社会調査の鉄則です。

でも、文献調査はそうじゃない。いったん公開してしまった情報であれば、それを調べる段階では調査される側=文章を書いた人にとっては基本的に関係のない話。だってそうでしょう? いったん公開された情報については、研究者は、本屋さんで本を買ったり、図書館で雑誌のバックナンバーをあさったり、パソコンの前でマウスポチポチするだけなんですよ? これにいちいち事前の同意が要るという主張はどう考えてもおかしいわけで。

id:nt46

医学論文でもカルテ調査するなら患者本人には(直接的には)迷惑からず、それを氏名つけて公表したあとに患者本人に影響出る可能性が出てくるわけで"根本的に違う"というのがよくわからん

カルテって、出版されたり、数万人の会員がいるSNSにアップロードされたりしてるんですか? 根本的に違うってのはそういうことです。当たり前ですけど、二次創作小説でも「作者が誰にも見せずにしまっているもの」「数人の親しい友人以外には見せていないもの」を引用するには許可が必要だし、無断で引用したら大問題ですよ。

id:drunkghost

会員制で見たい人だけが見られるようにしてある物を引っ張り出してきても許される、引用や研究ってそんなに万能なんです…?

少なくとも引用は万能です。数人の仲間だけにパスワード教えて見せてたならともかく、捨てアドがあれば誰でも会員になれて、数万人規模の会員がいるところに、会員なら誰でも見られる状態で置いてあるものは、著作権法上公開されたものと考えていいと思います。なのでそれが適正な引用方式に従っていれば引用はオッケー、お国の法律が認めてくれてます。やったね!

(ていうかその理屈だと、お金払わないと読めない学術雑誌に掲載された論文は無断で引用しちゃいけないことになりますけど、それでいいんですかね……? NatureとかCellもウカツに引用できない世の中、やばくね?)

研究はこれから議論されていくところなんじゃないかな。少なくとも昔は、書かれたものというのは「書店や図書館に流通し誰でも読める状態に置かれる」か「私家版としてごく少数の人のあいだで流通するか机の引き出しで死蔵される」の二択だったわけですよ。「数万人の会員がいるサイトで公開されてるけど一般公開はしてません」なんて状況、想像もしてなかったでしょ。この辺は今後頭を悩ますしかない。そういうめんどくさいのが嫌な人は歴史学とか古典文学とか考古学とか関係者が軒並み死んでる学問をやりましょう。

id:ajtpyomkptm

二次創作研究対象になるなんて前例がなく誰もそんな想定をして書いてない。これは前例がないことだということを頭に入れていきなり研究の場に引き釣り出されて心の準備が追い付かない人の気持ちも憂慮してほしい。

前例はあります。

今手元にないんで間違ってたら申し訳ないんですが、2004年に男性向け作品での美少女表象を研究した本が二見書房から出ていて、バッチリ同人誌も引用されてたような。手元に確実にあるやつで確認すると、2009年に創刊されたコンテンツ研究系の学術誌に載ってる尾道の聖地巡礼史を論じた研究では、聖地巡礼同人誌が引用されてます。探せば同人誌を引用した研究はもっと出てくるんじゃないかな。コンテンツ研究だと痛絵馬の分析とかもやってるし、そこまでおかし事態じゃないです。この辺の学術動向知ってれば「前例がない」なんて発想こそ出てこないですよ。何を今更。

まあ、素人さんがそういう学術動向知っとけ、って無茶ですよね。でも、これでわかったと思うけど、学術って開かれているけれど閉じられた世界なんです。興味のないことには誰も目を向けない。同人誌も同じです。女性向けの島中に置かれてるマイナーCPの薄い本なんて、理屈の上ではコミケ来場者全員に買う機会があるけど実際に買うのはごくごく一握りでしょ? はっきり言って今回の論文だって似たような位置づけなわけですよ。知らない場に引きずり出されて不愉快に思うのはよくわかるし、同情もしますけど。

あとこれ言うと揚げ足取りなっちゃうんであまり言いたくないんですけど、『アララギ』とか『白樺』だって同人誌だし(ていうかあっちが元祖)、そういう意味での同人誌ってたくさん研究で参照されてるし、CiNiiで「同人誌」で検索かけたら戦時中の誰も読んでないようなマイナー文芸同人誌を詳しく紹介するみたいな論文がヒットするわけですよ。同人作品から引用しちゃいけないとか研究の場に引きずり出してはいけないって言われても、それどこの星のルール? っていう感じがします。明治文学研究とかルール違反百貨店や~。

増田にも応答

http://anond.hatelabo.jp/20170526110709

今回の分野がどうだったか知らないけど、私が見てきた分野だと使ったものは閲覧日も添えてURL載せるべきだと思う。閲覧日は今回みたいに作者が引っ込めたら困るじゃん。困るっていうか、本だったら第何版みたいな話。あと他の人が"オラもやってみっぺ"ってなったら元データ必要じゃん。

これ、その通りです。どういう場合はその通りかっていうと、その記事それ自体に意味がある場合です。

たとえば、NHKウェブ版の記事を引用するときとか、政治家の人のホームページを引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログを引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているから批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体に価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURLは必須だし閲覧日も載せるべきです。

でも、「性表現のある小説を分析して表現技法を統計的に処理する」みたいな話だと、やっぱり事情は違うかなと。個別のテキストが問題になっているわけじゃないので。

その場合のトレーサビリティについては、「pixivの○月○日から×月×日にかけての小説デイリーランキングR-18上位20作」とかで確保できないですかね? 過去ランキングもやろうと思えば見れるんじゃなかったっけ。仮にできないにしても、URLをそのまま載せて相手に非公開にされたらどっちにしろから検証できなくなることには変わりないような……

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170524174915

破れるみたいな事故以外で原理的に避妊に失敗する事は無いと思っているんだけど違うんだろうか?

なんでも、発射寸前にしか付けないみたいな、明らかに間違った使い方をする人が失敗して数字悪化させているらしいとか。

ただ、完璧にこなすというのは、そういう場面で難しい面もあるのかも…

2017-05-23

発達障害の息苦しさ

私にはまだ人生でやりたいことがある

目標もある。夢もある。希望もある。責任もある。

具体的にやっていることもあるし、まだ行動に移していないこともある。

上手くいってないこともあれば、上手くいっていることもある。

楽しいこともあれば、楽しくないこともある。

いい人もいれば、分かり合えない人もいる。

他人から見ると、私の人生は最高ではないがお先真っ暗には見えないだろうし、自分でも決して絶望ばかりではないと思う。

家は裕福ではなく、むしろ貧困層ではあったが、様々な環境上の問題が致命的なレベルに達さなかったことや、

持って生まれ性格が、歪んではいもの生存にはある程度向いていたという運もあった。

だが。それでも。

周囲の人と談笑しながら、――もしかするとそれは談笑している擬態なのかもしれないが――同時に息苦しくて、早く死にたいと思ってしまう。

仲間と一緒にプロジェクト成功を喜びあいながら、やはり死ぬしかないのだろうなどと頭の片隅で思ってしまう。

根っから不適なのだ。生まれしまったことが間違いなのだ

異星人の如く共感できない原理動作するフツーのヒトビトと呼ばれる者たちに埋め尽くされたこの社会の向かう先では、私は淘汰されるべき存在なのだ

時期が悪かった。場所が悪かった。そういう意味では運がなかった。

この今、この時代において、私を取り巻く小さな世界は、必死擬態存在をかき消そうとする私を、それでも尚異物としか認識しないだろう。

外の世界はどうだろうか。外に世界はあるのだろうか。少し程度が違うだけで、同じ世界の延長線上なのだろうか。

走り出したことはあっても、逃げ出せたことがない私には、どちらにせよ私の足では今の世界から上手く逃げ切れそうもない。

から、死んで消えるしかないのだ。私が私を解き放つには、死ぬしかないのだ。

正直死ぬのは怖いし死にたくもないが、死ななければならないのだ。

死ななければこの息苦しさからは逃れられないだろうという確信めいた感覚が、気付いてしまったその時から、ずっとベットリと心にへばりついている。

やりたいことがあると言って、希望目標もあると言って、義務責任自分の命は無価値ではないと屁理屈でっちあげて、なんとか死なないように抑えつけている。

絶対にバレない方法事故死にみせかけて莫大な保険金がおりるという話があれば、一も二もなく飛びついて、笑って跳ねられるだろう。

ビタミン剤オーバードーズごっこをしながら精神の安定を保って生きながらえる精神健全と言い難いだろうことは理解しているが、

発達障害にとにかくまとわりついてくる生き辛さは、私にとってはこんな感じだ。

から、それで実行してしまった人の事を、私は責める気になれない。

2017-05-21

イスラム教徒フェミニストである

http://www.huffingtonpost.com/gabby-aossey/muslims-are-the-true-feminists_b_9877692.html

ハフィントンポストが「ムスリムフェミニストだ」という記事を出した。

はてな民は気付いてない人が多すぎるけど、近年のフェミニズム女性連帯を求めるあまり完全に崩壊した。

一人一派の弊害

つまるところ一人一派ってのは、男性に対抗するために多少の意見の違いを認めて連帯するってことだったんだと思う。

でも近年のフェミニズムはそれに固執するあまりあらゆる女性意見フェミニズムの一つである

ということにしてしまった。


そこで出てきたのが「イスラム教徒フェミニストである」という意見である

まり女性は家にいるべきだとかブルカを被るべきだとか車に乗れないとか参政権がないとか原理的なイスラム教徒女性だったらそういう思想を持っていてもおかしくない。

でも一人一派はそれを否定できない。

それもフェミニズムであると言わなければならない。

言わない女性は「女性連帯破壊するマッチョの手先である」と言われてフェミニズムから排除される。

このまま行くと

虐待されまくってる女性がいて

虐待されることは嬉しい」とか「それは社会必要なこと」

と言われてしまうとそれもフェミニズムであると言わなければならない事態が来てしまう。

不安個人、立ちすくむ国家違和感の正体

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

各論点はバズワード満載で耳触りが良いので、TLでは、概ね「今の論点がまとまっている!」や「日本ヤバい!」、「熱い!」みたいに、資料肯定的論調が目立つ。しかし、違和感を持つ人も少なくない。違和感の正体はなんなのか。

1.経済成長議論の欠除

まず、経済産業省資料として、一番不安を煽るのは、経済成長について正面から議論していない点。1人あたりの実質GDP成長の効用が逓減したとしても、デフレ環境下での生活満足度が信用できるのか、幸福度指標としてワークするのか非常に疑問。ましてや経産省経済成長から逃げてどうする。今では有名な話だが、人口減の先進国普通に経済成長しており、日本けが馬鹿真面目にデフレ継続させていて、立ちすくんでいた。

また、経済成長なしでの、資源の再分配は必ず社会的分断に繋がる。この資料では、1.若者への再配分が上手くいってない、2.女性への再配分が上手くいってない、3.高齢者へのパターナリズム福祉抑制予算捻出だと思うが、パレート最適はありえない。人口動態から、激しい政治的対立が予想される。高齢者にも現役世代の「産めよ殖やせよ」を忖度させるとする。それを全体主義と言う。

2.国家観の古さ

今更、「誰もが不安を不満を抱えている」(そうじゃないのは、不安や不満を表現できない共産圏くらいでは?)、「人生には目指すべきモデルがあった」(良い大学を出て、官僚になるとか?あと、共産圏)、「人類がこれまで経験したことのない変化に直面」(ここ100年くらいでも、明治20年代日清戦争前、昭和20年代の敗戦期の方が大きくないか?)など、いろいろ古い。これでは、数十年前からバズワード(今だとAIIoT、VR)だけ変えて立ち上がる、情報社会論やポストモダン社会学である

行政生活をどう定義しようが、定義した頃には既に生活が変わってしまっている。市井生活そもそもダイナミックなのに、今更エリートがそれを「発見」する。80年代、主にアメリカが考えていた、日本高度経済成長通産省によるものという神話に取り憑かれてるのではないか(79年ヴォーゲル、82年ジョンソン)。経産省ライフスタイル個人幸福に口出しは余計なお世話で、そんな不透明指標制度設計されてはたまらない。時代遅れ国家観、国民観は語らず、経済問題に特化すべき。「子不語怪力乱神」というわけだ。

3.具体的な政策

「バズったか議論の土台を作った」とか考えてたら最悪で、単に大衆バズワードを使ってポジショントークしてるだけ。要は単なるポピュリズムで、当の女性マイノリティ困惑している。何故ならば、「弱者」として「発見」されて、マウンティングに利用されている気分だから。では、何をすべきか。

そもそも民主的プロセス市場原理で実行されないことを目指すべき。官僚そもそも民主的プロセスで選出されていない。専門的な課題解決するなは、必ずしも民主的プロセスは向かないから(e.g.BrexitTrump)。レポートで指摘するような、世代間の再分配は、確かに国家的な課題なので、1.経済成長を進め、2.馬鹿馬鹿しいポストモダンを捨てて、3.真面目に取り組むべき。

a.金融環境の整備

2017年現在完全雇用を実現しているリフレ政策は、たまたま安倍晋三が、第一安倍内閣後にマクロ経済勉強たから実行された政策。全く民主的プロセスとは関係ない(その継続は高い支持率に支えられて民主的)。短期的には、資産を持つ高齢者課税して、若者含む雇用を生み出す政策フィリップス曲線)だか、もちろん、消えてなくなるのも偶然。日本でもマクロンのような、見た目の良い構造改革派によって、民主的プロセスに則り、消え去る可能性大。

b.中小企業対策

また、日本ドイツのようなメインバンク制の強い国では、ゾンビような大企業でも存続し、新興企業資金還流しない。欧米に比べて資金供給が少ないのではなく、中韓などのアジア諸国と比べても後塵を拝しているのは国辱と言ってもいいだろう。もちろん、民主的プロセスでは、既存大企業が力を持ちがちだし、新興企業そもそも争点にならない。これが原因で、生産性の低い、古風な企業人材が滞留する。自然とto doではなくto beで働くようになり、モチベーションが落ちるわ、自殺するまで会社を辞められない。

シリコンバレー金融環境一朝一夕でできたものではなく、徐々に成功企業によるMAが増えて拡大したもの(9割以上はMAによるexit)。中国Baidu,Alibaba,Tencentの活動に寄るところが大きい。日本でも企業内部留保デフレ環境下で拡大したので、資金がないわけではない。MAを行いやすくする環境を、政策により整備すべきである。これにより、流動的なキャリア形成液状化した笑)の受け皿が整備される。若者女性雇用問題本質はここ。

c.失業率至上主義から失業質へ

2017年完全失業率は2.8%で、ほぼ完全雇用状態にある。しかし、これはよく言われるが、労働市場が流動的な国では、自然失業率高く出る。国ごとの単純比較失業の質は分からない。上記の流動的なキャリア形成を実現した場合、当然転職が増えることになるので、失業率は上がる。政治的な争点としては、もちろん批判対象になるだろうが、雇用の質を改善するには必要政策。また、現在ハローワークは若干懲罰的で、失業期間を支えるセーフティネット整備も合わせて必要だろう。

ただ、政治的配慮の上、論点を探られたくなくて、わざと混乱した資料を公開したのであれば相当の策士だと思う笑

興味のある方はこちらもどうぞ

働き方改革労働者へのパターナリズム

http://anond.hatelabo.jp/20170531111520

2017-05-18

薬で太るって話

いたことあったけど初めて実感している。

深夜にめちゃくちゃお腹が空く。本当に異常に明らかに空腹感がある。

原理はよく分からないが・・・

元々食への興味が薄い方で1日2食適当に済ませるタイプだったのに最近3食以上食べてる気がする。

これが続くと本当に太るだろう。

ちょっと怖い。

2017-05-16

原理的に、満員電車痴漢故意不作為区別が非常に困難で、まあやっぱり満員電車何とかしないとって話だわな

本屋立ち読みしてる女子校生を触るとか、空いてる電車で敢えて隣に座ってくっついてくるとかは、不作為かどうかはまず問題にならんだろう

鼻うがい、しようぜ

黄砂なのか、季節の変わり目なのか分からないけど、朝起きると喉が嗄れている事が多くなった。

原理簡単で、『鼻が詰まっていて就寝中に鼻呼吸出来ない→口呼吸になって乾燥してしまう』ってだけだ。ほっておくと風邪などの感染症にかかったりする。

鼻づまり副鼻腔炎蓄膿症と巷じゃ色々言われているけど、蓄膿症の人はほとんどいないと思う。あれは喉が嗄れるとかそんなレベルじゃないらしい。(目の奥に鼻水溜まってるんだから、当たり前か)

なので、こんな症状出る人は悪くても副鼻腔炎、大概は鼻づまりによる後鼻漏が原因だろう。

で、実際に耳鼻科などで治療を受けている人は

とかで対策しているだろうが、

鼻炎薬

既に認知されているように、使い続けると効かなくなって、むしろ悪化する。やってる事は詰まっている鼻の奥を広げているだけで、根本の原因は何も解決していない。

抗生物質

効いたり効かなかったり。あと、耐性付いたらむしろ酷くなる。

漢方薬

チクナインとか葛根湯加川きゅう辛夷だろうけど、体質改善がメインで治らない。医者で処方されれば良いけど、市販は高い。あと証が合わなきゃ意味が無い。

なた豆茶

お守りレベル。飲み忘れて悪化しないので、煮出すのが嫌じゃなきゃ続ければ?レベル。正直、こんなん頼らなくても良いと思う。

という感じだろう。で、おススメしたいのが『鼻うがい』だ。

鼻うがいの良い点は

の2点だろう。

直接洗い流す実感

当たり前だが、鼻に突っ込んで食塩水流すので、鼻の奥の鼻水を押し出し流し出す。鼻をかむことなく流れ出る水っ洟には感動すら覚える。

治療費が安い

色々出ているが、個人的にはハナノアシャワーを薦める。容器と洗浄液で1000円しないのは気軽に試しやすい。洗浄液は自分で作れるので、以降は費用はほぼ無い。(ハナクリーンは使いやすいけど、そもそもあの量は要らないと思う。専用洗浄液のサーレも高い)

洗浄液は

  1. 料理用の100ccビーカーに水を入れる
  2. 塩を1g入れる
  3. 電子レンジ20
  4. 混ぜて完成

簡単だ。ハナノアシャワーなら2回満タンにできる。

アメーバ脳炎がとか言う人がいるが、アメリカの話だし、加熱もしている。洗浄液を大量に作って保存するような事さえしなければ何も起きないと思う。

中耳炎が~という話もあるけど、器具を鼻に刺して洗浄液を流し込んでいる最中に鼻をすすらない限り大丈夫だ。

すぐに鼻をかんではいけないともあるけど、鼻うがいタオルで鼻を拭く→鼻をかむ。くらいのタイミングなら大丈夫

何度もやってはむしろ駄目というのは、朝と夜の歯磨きと一緒にやれば良いだけなので気にするな。

鼻うがいの唯一の難点は即効性が無い事。でも、漢方薬やなた豆茶より快方には早いと思われる。なにより洗い流される快感は凄い。1週間続けていると、身体自己治癒も相まって鼻呼吸出来るようになり、起きても喉が痛くなくなる。

もし、朝起きて喉がイガイガする。ヴェックスや龍角散舐めてもなんか治らない人は鼻うがいやってみて欲しい。本当にお勧めだ。

2017-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20170514200236

比較優位原理」の典型例だね。

今後は機械の方がもっと人間に合わせてくれるようになるよう期待したいところ。

例えば音声入力とかね。

今でもタイピングが下手な人には手書き入力オプションが有ってもいいとも思うけど、現実には今の現役世代殆どキーボードくらい使えるからなぁ...

その医者若い頃に既そこらじゅうにパソコン有ったろうにね。

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