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はてなキーワード: 原理とは

2018-01-21

anond:20180121172319

なにをもって理不尽とするんだ?

理に適ってない、筋が通ってない、というのは、そもそも原理がないといけない。

その原理がなんなのか、それがすべての人に適応される根拠、そしてそれらがすべての人の共通認識であるという保障、それらはどこにあるだ?

2018-01-19

anond:20180119131222

自身観測範囲内だと子供工作好きだよ。家にある段ボール勝手に作り出すことも狙ってんだろうなー子供の頃の自分別に工作きじゃ無かったけど

ゲーム知的玩具見立てて親に買わせやすくしているのが良いよね

正直原理説明されてもなるほど分からんってなったけどすごいことやろうとしてるのは分かった

・高い普及台数、評価で場が暖まってて今なら何やっても喝采する雰囲気になってるのもある

アップルでたとえるならジョブズipodnanoiphoneプレゼンで客の反応が右肩上がりになってて今はiphone流行るわけねえよって言ってた奴らを黙らせた状態

NINTENDO LABO子供の頃の自分はそんなに興味持たなかっただろうけど親になった今は買って子供と一緒に組み立てて遊びたいなってなった

明治のお高いチョコレートフローフシの商品然り

狙いがニッチだけどターゲット文句しかいわねえお前らじゃねえよって商品流行するとざまあって思うのでどんどん流行って欲しい

2018-01-18

anond:20180118180037

意識方向性で考えると、むしろ真逆なのではないか

あざとい女は意識他人(男)に向けた行動原理ナルシスト男は意識自分に向かってるわけで。

2018-01-17

anond:20180117230600

何でお前らはそう自己中なんだって

その通りw

やっと人間の本性に気付いたようだね?

人間は一皮むけば、みんな自分のことしか考えてないのさ。

自分が一番かわいい」「自分さえ良ければ他人はどうでもいい」ってのが人間エゴ本音

人間は全員サイコパス。実は、自分自身もそう。

 

自分サイコパスであることを認め、自覚した上で、「それだけではいけない」と思えた人だけが軌道修正できる。

アンタは、どっちなんだい?

基地外のままで終わるのか、進化する道に進むのか?

 

メタ認知

メタ認知自分自身の観察)を始めると、人間動作原理が見えてくる。

自分他人の相違点を調べると、人間共通動作原理で動いていることが分かる。

まり、同じ仕組みのハードウェア物理)の上で、違う考え方=ソフトウェア論理)を走らせているだけで、究極的には自分他人区別はないことに気付く。

そのとき初めて、「自分さえ良ければ他人はどうでもいい」っていう考え方が、突き崩される。

しろ自分他人が同じなら、同じ扱いになってしまうから

 

馬鹿な人を観察する面白

これは理屈理解したつもりになっても、実際に経験してみないと分からないこと。

営業で嫌な客に会ったとき、「こいつはまだ分かってない」と理解できたら、相手が滑稽に見えてくる。

自分自分文句を言う奴」がいたら、おかしくて笑いをこらえるのが大変だよね?w

あー、でもこれ、人前で言うと、基地外扱いされるから、言っちゃダメだよ?(増田だけの秘密にしておこう)

2018-01-15

MeltdownとSpectreの原理についてメモ

最近大騒ぎになっているIntelなどのCPUレベル脆弱性、MeltdownとSpectreについてメモ最初キャッシュ内のデータを読み取るのかと勘違いしていたのでその点を中心に。

CPUによってアクセス制限されているはずのカーネル領域データへのアクセスがアウト・オブ・オーダー実行(OoO)で動作してしまうことがある(Meltdown)
OSによってアクセス制限されているはずの別プロセスユーザー領域データへのアクセス投機的実行で動作してしまうことがある(Spectre)

ただし
OoO投機的実行でアクセス制限されている領域へのアクセスが行われても、ソフトウェアアクセス可能レジスタやメインメモリ上の値は、OoO投機的実行もないCPUと変わらない。MeltdownとSpectreでこの原理が破れたわけではない。
キャッシュにはアクセスできない領域データが入っているかもしれないが、ソフトウェアから「L1キャッシュのn番目のデータを読む」といった操作はできないし、実のところMeltdownとSpectreではキャッシュにどんな値が入っているか関係ない。

そこで、OoO投機的実行でアクセス制限されている領域へのアクセスが行われている間に、次のような処理が走るようにする。

a = *kptr; /* kptrはアクセス制限されている領域へのポインタ */
b = array[a<<12]; /* 配列arrayは自プロセス領域12ビットシフトハードウェアプリフェッチャによる先読みの影響を防ぐため。 */

参考:
hiuchidaさん 「MeltdownとSpectreの違いについて分かったこと」
https://qiita.com/hiuchida/items/2248b379197a5052029e
品川高廣さんのツイート
https://twitter.com/utshina2/status/948809945327157253

配列arrayは自プロセス領域内なので後から問題なくアクセス可能変数nをカウントアップしながらarray[n<<12]のアクセス時間順次計測すると、array[(*kptr)<<12]はキャッシュに残っているのでアクセス時間が早い。これによって*kptrの値が推定できる。

まりキャッシュに入っている値そのものではなく、あるアドレスキャッシュされているか否かという形でOoO投機的実行中の一時的な値を記憶させてしまう。

2018-01-14

新造人間キャシャーン1話見てみたけど

いや~ほんと子供向けだねぇ

 

たまたまAmazonプライム新造人間キャシャーン配信してたんで見たけど

うーん

初っ端から人間自然環境回復のために作ったアンドロイドが雷に打たれて暴走とかさ

いやいや落雷対策ぐらいしとけよ。研究所なんだしさ

ていうか雷の電気食らって無事ってどういうアンドロイドなのよ

それなのに都合よく電子頭脳破壊されずに、おかし挙動するだけって

 

いやそもそもロボット汚染された自然環境回復させるって何やらせるんでしょうね

ゴミ掃除か?

砂漠に木でも植えるのか?

んなことより汚染された環境で育つ植物でも作ったほうが良いんじゃないの?

あるいは汚染物質を無害化するバクテリアとか。

汚染物質を吸収して無害化する植物…完全に風の谷のナウシカなっちゃうな

 

そっからが謎だけど何で生きてる人間ロボットにするの?

どういう原理なんだよ。

ドクター・ゲロの人造人間だって全くの無から作った方が強かったわけだし

人間ロボットにするならコピーしたロボットを作るほうが良いのでは?

それとももしかして、ホンモノの鉄也は冷凍睡眠かなんかで眠らされてて、キャシャーンは鉄也の記憶移植されたロボットだったってオチなの?

普通に人間ロボット融合させたとしても人間の部分が弱点になると思うんだけど?

 

設定の作り込みが甘すぎて悲劇には全然えんな

 

ていうか、ブライキングボスはよくあんな短時間あんなに大量のロボット作り出せたな。

それとも単にブライキングボスロボット作ってる間人間は手をこまねいてただけなの?

いやぶっちゃけ戦車持ってきてだめなら航空機から爆弾でも何でも落としてあの城ごと破壊すりゃええやん

 

そもそも軍隊出動って時点でブライキングボスの脅威度は分かってただろうし

そこであえて、地形変わるぐらいの爆弾使うのをためらう必要性わからんわ。

防衛軍なんだから核ぐらい持ってんじゃないの?

 

あともう突っ込んじゃだめなんだろうけど、あの犬型ロボット

どう変形したってあんデカジェット機にはならんだろう……

2018-01-13

マスコミ東京以外への関心の薄さ

上野のことばっかりでアドベンチャーワールドパンダ無視されてるとか、香川の鶏の大量殺処分の扱いが小さいとか、二子玉川の小さい飲食店情報が全国でわりと長い時間流れるとかでモヤモヤしますよね。

そのマスコミの人もかつて地方に住んでいて上京してきた人がほとんどなはずなのに。あと大阪名古屋制作されてるお昼や土曜朝にやってる情報番組も、関東放送エリアになると決まった途端に東京横浜情報ウエイトがぐぐっと高くなるのも不思議

これって、いったいどういう原理が働いてるんでしょう。結局はカネの話なのかなあ。

https://anond.hatelabo.jp/20180111135207

色覚異常補正レンズインチキか否かということで揉めているが、まず、医療器具として医療保険対象では無いということが何を意味するかは大人であれば解ると思う。

ついでに、目が色を識別する原理について、色弱の人も普通の人も少し勉強してほしい。

 

とりあえずWikipedia

錐体細胞

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%90%E4%BD%93%E7%B4%B0%E8%83%9E

 

何が言いたいかというと、注目してほしいのは、「人間錐体細胞 (S, M, L) と桿体細胞 (R) が含む視物質の吸収スペクトル」というグラフ

普通の人でも、緑を感じる錐体細胞(M)と、赤を感じる錐体細胞の受光特性(L)は、ごく僅かしか違わないということだ。

大部分が重複してしまっているので、これを色覚異常補正レンズ補正する事は難しい。かといって、完全にムダとも言いきれない。

 

緑と赤の錐体細胞の受光特性は、ごく僅かしか違わないのに、なぜ普通の人は赤と緑をしっかり明確に識別できるのかということは、おそらく脳内で複雑な処理をしているからだろうと色々な推定が為されているが、はっきり「これだ!」と解明されている事はごく僅か。だから色覚異常補正レンズで少し補正しただけでも、結果的に予想以上の効果をもたらす可能性も否定できない。脳内信号処理のもんだいまで絡むとなると、解らない事だらけなのだ

 

ポイントは、「普通の人手も、緑と赤の錐体細胞の受光特性は、ほんのちょっとしか違わない」ってこと。今日はこれを覚えて帰ってほしい。色弱の人が、健常者と何か根本的に大きく違っている訳じゃない。ほんのちょとの差でしかない。ここは本当に声を大にして言いたい。

 

色覚異常補正レンズは、原理的に、残念ながら望みは薄い。が、かといって「完全にインチキ」と証明できるほどの根拠が揃っている訳でもない。少しでも役にたっている人が居ることも事実。過度な期待はせず、ダメモトで試してみる、ぐらいの感覚がちょうど良いのだと思う。

ブコメ勘違い

ブコメの中で気になったのは、どうもアプリなどの色覚シミュレーターを名乗るものが本当に様々な色覚の見え方を再現しているのだと信じている人がいるらしいということ。

https://anond.hatelabo.jp/20180111135207

https://anond.hatelabo.jp/20180112100435

そんなの原理上ありえないので、あれはこういう感じで区別付きにくくなりますよって言うだけで実際に見えてる色を再現しているわけじゃないですよ。

色はただの雰囲気です。

バージョンフィルターも同じことで、単に識別やすくなるようにしてるだけで色の見え方が「治る」わけじゃないですからね。

そういえば人以外の知的生命体がいた場合絶対にヒトとは異なる色覚を持っていると思うのだけど、SFとかでそういうところまで考察している作品ってあるんですかね。

2018-01-12

男は「女を孕ませる」ことによって、「女が産む力」を奪う(という幻想を抱く)。

座間事件にも同じことがいえる。加害者被害者を「殺すこと」によって、被害者の「死ぬ力」を奪った。

これが「人間尊厳を奪う」ということだ。女は赤ん坊を「産む」ことによって、赤ん坊の「産まれる力」を奪う。

親は子を「育てる」ことによって、子の「育つ力」を奪う。「勉強しなさい」と言われると、勉強する気が起こらなくなるのも同じ原理である

人生尊厳の奪い合いである。人間は、他人尊厳を奪うことによって、自身の奪われた尊厳を取り返せると信じている。

出産強姦は等しい。

スピリチュアルティーチャーは強姦された女に対し、「あなたは何も奪われていない、失ってない、傷つけられてなどいない」という、「あるがままの真実」を伝えてしまう。

尊厳を奪われても被害者面するな、苦しむな、悲しむな、悲しむ必要はない、恨む必要もない、お前にはじめから尊厳などない、人が持っているものなど何もない、それは単なる幻想に過ぎない」と。

そう、それで、「男は女を強姦しても良い」ことになるのだ。男は女を強姦する。女は子ども出産する。尊厳の奪い合いの果てに人類繁栄がある。

SとMの関係にも同じことがいえる。SはMを「私が傷つけているのだ、お前が傷ついているのではない」と、相手尊厳を奪う幻想を抱き、MはSに「あなたが傷つけているのではない、私が傷ついているのだ」という幻想を抱いている。愛とは尊厳の奪い合いである。

尊厳死」という言葉がある

「かわいそうだから死なせてあげたほうがその人のためだよ」

これが人間尊厳を奪うということである

これが人の愛である

https://anond.hatelabo.jp/20180111135207

こういう色覚少数派の補正メガネ使用レポート映像記録がほとんど出てこないのって

宣材の感動動画ほどの感動は絶対ないんだろうと思う。

ブコメでも勘違いしている人が多いが、

色というもの原理上、補正レンズでできるのは識別の難しい色を識別できるようにするというだけで、

決して色覚多数派の色覚に近づけるというものではない。

別にこんなものを使わなくたって十分色のついた世界に生きている。

勝手に色の少ない世界に生きているなんて決めつけないでくれ。

anond:20180111135207

基本原理は赤と緑の中間黄色の帯域をスパッとカットして明るさと引き換えに緑錐体個体差を際立たせて赤と緑の識別が出来るようにしてるんだと思う。

元々無かった色の概念だと思うので識別する以上の事をするには訓練が必要だし、原理上光源や色素によっても見え方がかなり変わるはず(低圧ナトリウムランプとか見えなさそう)なので多数派と同じように見えてる保証は無いんだけどね。

[] 日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

原典:日本發現的「國寶級中國瓷器」是真是假? 日經中文網

日本で見つかった「国宝級中国陶器」は本物か、偽物か?

2017/06/26

日経中文網 特約コラムニスト 張石

2016年12月20日、日本のテレビ東京系のテレビ番組「開運!なんでも探偵団」で「衝撃的なニュース」が報じられた。番組始まって以来最大の発見として、世界で4個目となる中国宋時代の陶器「曜変天目茶碗」が発見されたというのだ。番組の中で、日本の著名な美術鑑定家の中島誠之助氏は、「12~13世紀中国南宋時代に福建省の建窯で焼かれた『曜変天目』に間違いない」と述べ、2500万円の価値があるとした。

曜変天目茶碗とは

曜変天目茶碗」は中国の宋時代に作られ、その窯は建窯と呼ばれた(歴史的には建陽窯とも呼ばれる)。現在の福建省南平市建陽区水吉鎮にある。この茶碗は釉薬が焼成の過程で流れ落ちて厚く溜まり、一部は凝集して滴を作る。この滴の周囲で特殊な窯変反応が起き、七色に輝く光彩を生じる。その輝きはまるで夢幻かあるいは変化する気象のようで、色鮮やかな霞をまとっており、神秘小宇宙に輝く星空のようだ。この種の茶碗が焼けるのは極めてまれな偶然によるもので、一説には窯変過程でこのような効果が生じるのは数百万個に一個ほどと言われる。現在世界に存在する完全な「曜変天目茶碗」はわずか3個で、東京静嘉堂文庫京都大徳寺龍光院大阪藤田美術館が所蔵し、すべて日本の「国宝」に指定されている。中国には現在「曜変天目茶碗」の陶片が1点あるのみだ。

天目茶碗は宋代に制作され、その生産は元時代の初期まで続いたが、以後は二度と作られていない。中国では明や清の時代に曜変の再現が試みられたが成功しなかった。日本では江戸時代から再現が試みられており、美濃や瀬戸で「白天目」などは生産されたものの、「曜変天目茶碗」の再現には至らなかった。1974年、日本の化学者安藤堅は48歳で、それまで定収入が得られていた仕事を辞め、高級住宅も売却して「曜変天目茶碗」を再現するための研究を始めた。彼は貧困の中で困難な研究を続け、ついに1977年に古代の「曜変天目茶碗」に似た最初の作品を焼くことに成功した。安藤に続いて、日本の陶芸家の林恭助、桶谷寧、長江惣吉や中国人間国宝国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人)である孫建興らが曜変に似た作品を作っている。

曜変天目茶碗」の鑑定が日本で大論争に

番組の放送後、徳島県教育委員会はこの茶碗を県文化財に指定するための調査計画した。

しかしここで、日本の陶芸家や専門の研究者から曜変天目茶碗である」という番組の鑑定に対して疑問が投げかけられた。愛知県で古くからの窯が多い瀬戸市に住む陶芸家の長江惣吉氏は家業の陶工を継ぐ9代目で、父親の曜変天目研究を継承している。彼は父の業績を引き継ぎ、「曜変天目茶碗」の再現に一定の成功を収めた。1996年以来、中国を28回も訪れて建窯の研究を行っている。中国では中国科学院上海珪酸研究所と連携して陶磁器の国際研究会にも参加し、中国の陶磁専門家に友人も多い。中国古陶磁の再現についても意見交換を行っている。その長江氏が番組に異議を唱えたのだ。彼はインターネットで、福建省周辺で作られた「曜変天目茶碗」の複製品を購入し、これが番組の認定した「曜変天目」と出所が同じだと考えている。

「この茶碗には顔料(スピネル顔料)が使われています。この顔料ヨーロッパ18世紀に発明されたもので、曜変天目が作られた宋代(12~13世紀)には存在しません。ですから、こういった顔料が宋代の茶碗に使われることはありえません。この顔料の主な成分は、化学的に製造されたコバルトクロムセレンカドミウムです。これらの元素が多く含まれていれば、例の茶碗を分析すれば各々の顔料部分からこれらを検出できるはずです。これらの元素は完全に天然原料から作られた当時の建盞には全く含まれません。仮にこれらの元素が天然原料に不純物として含まれていたとしても、その量は 0.01% 程度にしかなりません」

「曜変の光彩はオパールのように、見る角度が変わると光彩も変化します。非常に美しく、人を魅了するものです」

「いわゆる「曜変」という言葉の意味は、輝きが変化するということです。(長江氏がネットで購入した茶碗を示しながら)しかしこの茶碗は、単に青・緑・赤の顔料が発色しているだけです。この種の茶碗の場合、釉薬の成分(リン酸)の関係で、顔料釉と白濁釉にわずかな光彩が出るのみです。曜変の明るい光彩とは比べ物になりません。私がネットで買った茶碗を番組の茶碗と比べると、赤色の内側部分がよりはっきりしていて白い部分はありませんが、これは顔料で描くとき方法の違いや白濁釉と顔料の濃淡の違いによるもので、実際のところはどちらも同じですよね?」

長江さんは後で筆者に述べた。

「あの茶碗は中国の福建ではどこでも見られる商品です。「曜変天目茶碗」に似ていると言う人もいるかもしれませんが、これは偽物として作られた物ではなくただの商品で、非常に安い値段で売られています。番組の中でテレビ東京はあの茶碗を宋代に作られた「曜変天目茶碗」だと説明しましたが、これは「鹿を指して馬だと言う」ようなものでしかありません。」

中国陶磁史と中国陶磁考古学の分野で世界的な影響を持つ権威である沖縄県立芸術大学教授森達也氏も、筆者の取材に対してこう述べた。

「少なくとも「曜変天目茶碗」ではありません。12~13世紀製造されたという可能性も非常に低いものです。」

筆者がその理由を尋ねると、森達也氏は以下のように述べた。

「1. 日本国内には3個の「曜変天目茶碗」があります。私は杭州で出土した「曜変天目茶碗」の破片も手に取って見たことがあります。「曜変天目茶碗」の外側にはテレビ東京の番組の茶碗のようなはっきりした模様はありません。

2. テレビ東京の番組の茶碗に見られる模様は雲のようですが、これは曜変天目の模様とは全く異なります。本物の「曜変天目茶碗」の模様は白くて丸い斑紋で、その周囲には虹のような色鮮やかな光芒が出ています。

3. テレビ東京の番組で鑑定された「曜変天目茶碗」には、茶碗の底に「供御」という二文字があります。確かに建窯の窯跡では「供御」と書かれた陶片が見つかっていますが、割れていない完全な陶磁器でこの二文字が刻まれたものは世界中で一つも見つかっていません。模倣品でこの二文字を刻んだものは数多く存在します。テレビ東京の茶碗は本物の「曜変天目茶碗」とは全く異なるものですが、最近中国流行している模倣品とは非常によく似ています。」

森達也教授さらに述べた。

テレビ番組としては劇場的な効果さえあればよく、科学的な研究は要らないのです。あの茶碗が日本の3点の国宝と同じであるなどというのはナンセンスな話ですが、陶磁器科学研究を行っている人々からすればこれは非常に残念なことです。」

この論争は中国にも広がっている。中華陶磁芸術設計大師の資格を持ち、国家級非物質文化遺産建窯代表伝承人(日本の人間国宝に相当する)でもある建窯陶磁研究所所長の孫建興氏は、「曜変天目茶碗」を再現し建窯を再び曜変の産地とする事業に40年にわたって取り組んでいる。彼はこれまでに黒釉の天目茶碗や黄(赤・青・金・銀)などの兎毫盞、異毫盞、虹彩(金縷、白点)、鷓鴣斑、鐵銹斑、毫変、国宝油滴、金(銀、虹彩)油滴、黄天目、蓼冷汁、灰被、玳瑁、柿紅、虹彩、金(銀)彩文字、木葉、窯変、曜変天目などの一連の作品を作ってきた。彼が長江惣吉氏に送ったメールで、彼は述べている。

「これは曜変の偽物で、現代に焼かれたものです」

筆者も電話で孫氏と長時間話をした。彼は筆者にこのように述べた。

テレビ東京で放送された茶碗はせいぜい数年前に作られたものです。」

新聞や雑誌で真贋論争が過熱した後、この「曜変天目茶碗」の所有者は茶碗を奈良大学文学部文化財学科教授の魚島純一氏に渡し、分析を依頼した。魚島教授は蛍光X線装置を用いて茶碗表面の色の部分を分析した。

魚島教授物質に含まれている元素を検出できる蛍光X線分析装置で、茶碗表面の各色にX線を照射して元素の種類と量を測定した。その結果、アルミニウムなど10種類の元素を検出したが、化学顔料に使われる元素については発色に影響しないほどわずかな量しか検出されなかった。

魚島教授は述べている。

「X線分析の結果、表面のどの色の部分かによらず、検出成分はほぼ同じであった。このことから、茶碗に使われている釉薬は1種類であると考えられ、この分析結果からは茶碗が偽物であることは断定できない。」(《德島新聞》,2017年2月28日

一方、長江氏は筆者に対して次のように述べた。

「魚島教授は、釉薬の発色に影響するだけの量が検出されなかったため、判断ができないと言っている。であれば、魚島氏は最低限どれだけの量が含まれていれば発色に影響するのかを具体的に言った上で、分析の結果その最低量を下回っていたことを示さなければならない。しかし、魚島教授データには下限値の数値も書かれていないし、彼が分析で得た数値も書かれていない。よって彼の判断には根拠がない。」

日本の複数メディア報道によれば、その後、茶碗の所有者から茶碗についての資料が提供されないため、徳島県文化財指定のための調査を中止した。

なぜ「曜変天目茶碗」の鑑定は論争を引き起こしたか

私自身、「開運!なんでも鑑定団」は好きな番組だ。自分も中国の古陶磁を蒐集しており、骨董の鑑定について10年近く独学で学んでいる。浅学ながら陶磁器の本や文章なども執筆してきた。私は中島誠之助さんの陶磁器鑑定、特に日本の陶磁器鑑定については相当の経験をお持ちで深い造詣を有していると思っている。

だが、中島さんと彼の鑑定についてはともかく一般論として、一人の鑑定士の鑑定範囲が日本だけでなく海外をもカバーして、なおかつ正確であることを求められるというのは、鑑定士にとっては間違いなく一種冒険と言ってよい。陶磁器は全世界に存在し、最古の陶器は数万年以上の歴史を持っている。一人の鑑定家が古今東西全てについて完全に判定できて一度も間違えないなどということが可能だろうか? 一度間違えればその後も間違いの危険は存在するのだ。

「荘子」で述べられているように、「吾が生や涯(かぎり)有り、而(しか)も知や涯無し。涯有るを以て涯無きに随(したが)うは、殆(あやう)きのみ」(我々の人生は有限である。しかし人間の知は無限だ。有言の身で無限のことを追い求めるのは危うい)なのだ

このことは、最も権威ある陶磁器研究者であっても忘れてしまうことがある。例えば、1959年国際的に知られた陶磁研究専門家で日本陶磁研究第一人者でもあり、当時日本の文部省の技官として文化財専門審査委員を務めた小山富士夫氏が、「永仁の壺」と呼ばれた陶器を日本の重要文化財に指定するよう強く推薦したことがあった。これを受けて同年6月27日文部省は「永仁の壺」を鎌倉時代古瀬作品であるとして重要文化財に指定した。

その後、日本の有名な陶芸家であった加藤唐九郎が海外に渡航した際に、唐九郎の息子である加藤嶺男が「いわゆる「永仁の壺」は自分が作った」と述べた。唐九郎の帰国後、彼はメディアが大騒動になっているのを目の当たりにした。1960年9月23日、唐九郎は「永仁の壺」は1937年に自分が作ったものであることを認めた。(真の作者が誰であったのかについては異なる見解がある。)「永仁の壺」が本物である証拠は、古瀬戸の「松留窯」で発見された陶片が「永仁の壺」の胎釉と一致するという点にあったが、実は「松留窯」自体加藤唐九郎による捏造で、陶片も彼が偽造したものだった。

このようにして、「永仁の壺」を含む重要文化財3点が指定取り消しとなり、小山富士夫は委員会を辞職した。ゆえに、賢明な鑑定家は誰であれ、古物の鑑定には、異議の申し立てが容易に行えるように、議論の余地を残しておかねばならないのだ。

私は中島氏の鑑定が間違っていたと言っているのではない。第一に、私はこの分野の専門家ではない。この件で私が真贋を判断するのは無意味だ。第二に、厳密にいえば、文物の鑑定とは考古学歴史学、美学、自然科学にわたる総合的な学問である全面的に、かつ正確に古代の文物の年代を特定・鑑定する厳密な科学方法は存在しない。言い換えれば、こういった議論で100%の是非を決める結論を得るのは難しい。

筆者は言いたい:このような重大な鑑定では、もっと広く意見を求めるべきだったのではないか?

確かにテレビ番組では、科学研究場合のように「この品物が疑わしい」と言うのは難しいことだ。しかし、結論を出すのが難しい文物、特に「鑑定団史上最大の発見」といった結論や、「現存4個目の中国宋代の陶器「曜変天目茶碗」」のような鑑定については、中国建窯の専門家と日本の権威ある専門家の意見を求めるべきではないだろうか。筆者はテレビ東京の番組担当者に、この論争についての意見を求めて何度も電話をかけ、メールを送った。しかしこの原稿を執筆している時点では、彼らからの返答はない。「週刊ポスト」の報道によれば、この件についてのテレビ東京見解は以下の通りだ。「鑑定は番組独自見解であり、お答えすることはございません」(《週刊ポスト》,2017年6月23日,146頁)

だが、もしもっと広く意見を集めることができたら、例えば中国で初めて建窯の陶磁器の再現に成功した前述の孫建興氏のような専門家の意見を求めてはどうだろうか? 彼の「曜変天目」に関する研究と実験は非常に深いものだ。彼は考古学、鑑定、科学実験の各方面に非常に造詣が深い。こういった人々の意見には重みがあると言えないだろうか。もしテレビ東京がこのような人々にもっと意見を求めるようにすれば、論争は減るのではないか?

もう一つの問題は、文物の鑑定に自然科学が介入するという話だ。実際、今のところ文物科学的に鑑定する完璧方法というのは存在しない。多くの人が挙げる放射性炭素年代測定法は、自然界に存在する炭素14という同位元素を使ってもともと生きていた動植物の年齢を決める放射年代測定法だ。動植物が生きている間は生物の新陳代謝によって生体内の炭素14の量は一定に保たれる。生物が死ぬと体内の炭素14は崩壊して減り続ける。だが磁器・陶器・青銅器などは無機物だ。しかも時代の古い文物場合炭素14年代測定では年代の上下の誤差が大きい。一方で、1000年から2000年前という比較的新しい歴史的文物場合基本的には炭素14鑑定は使えない。

また、熱ルミネセンス法と呼ばれる鑑定方法もある。陶磁器が焼かれるときに500℃以上に加熱されると、外部から吸収した輻射エネルギー放出される。その後、焼成から年月が経つと、年月の長さに応じた量の輻射エネルギーを再吸収していく。熱ルミネセンス法の原理は、古陶磁の内部に蓄えられているこの輻射エネルギーの量を計ることで年代を測定するものだ。誤差範囲一般的に±20%程度で、相対的には正確な方だ。

しかしこのような報道もある。

「数年前、北京の二つの有名な博物館がそれぞれ六朝時代の陶器を古物市場で20万元で購入したが、後にそれらがすべて贋作であることが判明した。これらの品は河南省の某博物館の下で作られたアンティーク工芸品であったが、なぜこれらが北京の潘家園旧貨市場に流れたのかは分かっていない。ある古物の専門家が古物市場を訪れ、そこで売られている品物を熱ルミネセンス法で調べると、約1600年前という測定結果が出た。そこで誰もがそこの品物を買った。買われたことが知られると、同じような品物が古物市場にどんどん出現した。そこで国家文物局がすぐに公安部通報した。公安部担当者は、「墓が荒らされて大量の遺物が盗まれる事件が発生している」と説明した。警察が現地に到着すると、地元の住民が自宅で贋作を作る作業をしているのを発見したという。彼らは六朝時代の墳墓から盗掘したレンガを削って粉にしていた。この粉を贋作に使えば、熱ルミネセンス法にかけても墳墓の中で長年溜め込んだ輻射を出すので贋作を判別できなくなる。また彼らは、こうして作った粉で六朝陶器を偽造するための特別な装置も使っていた。このようにして、熱ルミネセンス法での検査は失敗してしまうのだ。」 (《鑒定家VS造假者》,新華網,2005年03月15日

魚島教授が蛍光X線分析を用いた点に関して、森達也教授は私に述べた。

「彼は本物の曜変天目との比較を一切行わず、例の茶碗のみで分析を行いました。これでは意味がありません。」

筆者は魚島教授にも、蛍光X線検査について質問を行った。彼は言う。

「私はあくまでも顔料部分の元素を調べる目的でこの装置を用いました。私が調査結果を発表した際に、茶碗が偽物である考える人たちから非難を受けましたが、私は真贋鑑定をしたわけではありません。」

筆者:

―― それはつまりあなた検証結果は、この茶碗には18世紀以降の顔料は使われていない、ということですよね。

魚島教授

「それは新聞がいい加減に書いていることです。私は18世紀以降云々といったことは言っていません。私はただ、現代のものと考えられるような種類の顔料は検出されなかった、と言っているだけです。」

筆者:

―― 言い換えれば、18世紀以降に発明された化学顔料は使われていなかった、ということですよね?

魚島教授

「これらの顔料が使われているから茶碗は偽物なのだと主張する人々もいますが、私はただ、そのような顔料は検出されなかった、と言っているだけです。私は陶磁器鑑定の専門家ではありません。あの茶碗が偽物だと主張する人々は、化学顔料元素が茶碗に含まれているはずだ、と言っています。私は単に、その元素があの茶碗に本当にあるかないかだけを調べたのです。どの時代に作られたものか、という調査をしたのではありません。ただ、あなた方が言っているような元素はありませんでした、と言っただけです。」

筆者は質問した。

―― 例えば、もちろんこれは(例の茶碗のことではなく)仮定の話ですが、誰か現代の人間が、今回指摘されたような元素を含む現代の化学顔料ではなく、昔の顔料を使って茶碗を作ったとしたら、あなた検証方法では今回と同じような結果が出ますか?

魚島教授

「その可能性はあります。」

しかしながら、中国では古代の陶磁器を偽造または模造する際に化学釉薬を使うことは多くない。中国の多くの地方には陶磁器の偽造工房があり、こうした工房の多くには専門技術を持った人間がいるわけではない。地元の農民が、数千年間にわたって埋まっていた陶土を掘り出し、古代の方法で焼いているのだ。匿名で語ってくれた、中国で著名な建窯の研究家考古学者、鑑定家たちが筆者に述べたところでは、現在中国には建窯産品のコピー品工房が1600以上存在する。その多くは偽造品を作りたいわけではなく、単にアンティーク風の品や旅行土産製造するのが目的だ。もちろん中には偽造品の製造目的とする人々もいるが、偽造品の製造方法はどこにでもあるような手法だ。科学的な鑑定が困難になるように、古い器の底の部分だけを新しい器に接合したり、古い胎土に新しい釉薬を使ったり、古い胎土に古い釉薬を使ったり、その他いろいろな方法を使っている。

このことは、古物鑑定が文化や歴史年代、改竄や継承といった問題と関わっていることを示している。加えて社会的な影響や国際的な影響も大きい。今回の鑑定やテレビ東京の件は別にしても、日本の博物館や歴史研究部門では、中国文物を鑑定する際に同じような問題に直面しているはずだ。それゆえ、重大な結論に至るような場合には、我々は注意深くなる必要があり、広く意見を求めるべきなのだ

※ この記事は筆者の個人的視点を示したものです。

張石 略歴:

1985年中国東北師範大学外国語言文学系研究所卒業修士号を取得。1988年から1992年まで、中国社会科学院日本研究所助手研究員 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2018-01-11

10分でわかるビットコイン本質

10分じゃ読めない記事を読んだので、別の視点からビットコインのことを10分程度にまとめました。

---

経済システムとしてのビットコインの最大の発明は"経済的に偽造されない通貨"だということです。

ビットコイン思想

ビットコイン中央管理存在せず、物理媒体を持たないという思想のもとに開発されました。

これはどういうことなのでしょうか。

既存通貨

まず一般通貨について認識しましょう。

一般通貨JPYなど)は中央権限を持った管理者がいて、物理媒体を持っています

そのため、取引を行うときはその物理媒体を交換することで資産の移動が成立します。

また、通貨の発行は管理者のみが行い、それ以外のものは *偽造* である定義され無価値ものになります

経済原理として、無限にあり、容易に手に入るものは交換価値が低く(ほぼゼロに)なります

そのため通貨発行者は発行量を制御して、通貨の交換価値を守ろうとします。

物理媒体は様々な偽造防止技術が用いられ、容易には偽造できないようになっています

そして、その物理媒体としての特徴が広く交付され、一般の人でも粗悪な偽造品は見分けることができ、専門機関に依頼すればより精巧な偽造品も見分けることが可能です。

おもに国家権力により、偽造は犯罪とされて取り締まりも行われています

これらが存在しないと、どういうことが起こるでしょうか。

ビットコイン解決しないといけなかった問題

ビットコイン中央管理存在せず、また、物理媒体も持たないのです。

そのため、通貨発行者もいないし、偽造を取り締まることもできません。

また、単なるデータでは無限増殖可能なので、通常の方法では通貨の移動をすることもできません。

通常の通貨と同じようにできることは通貨の特徴を広く交付することぐらいです。

ビットコイン通貨要件を満たすために、

  • 無限に増殖できず、
  • 交換可能で、
  • 偽造が困難で、
  • 取り締まりがなくても偽造ができない

に当てはまる何かを用意する必要がありました。

ビットコイン問題解決方法
有限性

無限に増殖できないようにするため、ビットコイン通貨特殊計算結果であると定めました。

そして、その計算を求め通貨を一つ発行したことを第三者に広く通知することを求めました。

これにより、誰でも通貨製造できるようになりました(マイニング)。

交換可能

交換可能にするためにビットコインでは取引に際し、AliceからBob資金の移動が行われたことを第三者に広く通知し、第三者同意必要します。

ヤップ島の石貨のように管理者存在せず物理的な移動もしない通貨というもの過去には存在しました。それと同じようなアプローチです。

そのため、AliceコピーしていたデータAliceからCarolへ移動しようすると、第三者からそれはできないと通知がされ取引が不成立になるようになっています

しかし、ヤップ島のように閉鎖され相互認証可能コミュニティーでなく現代社会通貨を作ろうとすると悪意に対する耐性が必要です。

例を挙げます

MalloryからAlice資金の移動が行われ、第三者に広く通知します。VictorとOscarがそれを聞いていました。

その後 MalloryからBob資金の移動が行われ、再度第三者に広く通知します。

すると Victor はそれに異議を唱え、悪意あるOscarは問題ないと言います

こうなるとBobはその通貨を信頼できるのかどうかわかりません。

この悪意に対する耐性を持つためにビットコインでは通知されたことを検証するし、同意または異議を唱えることに対して一定計算を求めることにしました。

その結果、MalloryからBobへ偽造資金の移動をする際、悪意あるOscarはVictorよりも多くの計算をする必要ようになりました。

偽造耐性

ビットコインの賢いところはここです。実は取引に立ち会うとき必要計算と、通貨を発行する時に必要計算本質的に同じものなのです。

そして、立会いの時に嘘ついて資金をだまし取るよりも、同じ計算資源と使って通貨製造したらそちらの方が儲かるように計算はなっています

このため、*収益を上げるため* に嘘をつくと損をすることになるので、経済利益のために嘘をつく人はいなくなります

まとめ

こうしてビットコインビットコイン通貨要件を満たすために、

  • 無限に増殖できず、(計算しないといけない)
  • 交換可能で、(みんなで計算必要)
  • 偽造が困難で、(計算しないといけない)
  • 取り締まりがなくても偽造ができない(偽造するより採掘する方が儲かる)

という条件が達成できました。

おしまい

10分じゃ読めない方の記事http://komugi.jp/?p=780

色覚異常補正レンズを買った

私は先天性の色覚異常であるwiki先生によると色覚多様性という言い方もあるらしい)。

もっとも、「最後の赤と緑、赤い方を切れ!そうすれば爆発を回避できる!」……みたいな経験もないので、仕事日常生活にはさほど困ってはいない。

ただ、興味本位日常些細な問題靴下の色を取り違える、焼けてない肉を食べそうになる etc.から、先日、色覚補正レンズを購入した。

色覚異常を持つ人は男性で約5%の割合でいるそうだ。強弱はともあれ、佐藤鈴木高橋姓を足した人数くらい、先天的にその特性を持っているはずである

まぁ、日常生活で気付くことはまず無理だし、赤の他人から指摘するのも(たぶん)躊躇われるし、で同様に困ってる人にはまだリアルで遭遇していない。

自身場合は母方祖父がそうだったため、家族からの指摘で比較的早い段階で気付くことが出来た。

早い段階で気付けたことと、見分けのつきにくい色もバンバン他人に聞くことができるので、生活のしづらさはない。

ユニバーサルデザインというのもだいぶ浸透していて、色だけで何かを区別しなければ行けない状況もほぼない。

職業により多少の制限はあるものの、この制限自体絶対的必要だと思うから、あとは世間理解さえ追いついてもらえれば楽かなぁと思う。

ただ、世間に対して偉そうに言ったものの、自分自身もよくわかっていない。

認識のズレがどの程度のあるかなどは、結局は自身経験則しか語れず、

しかもその経験則でさえ「この色とこの色は見分けづらい」と言うと、一般人でも見分けづらいと言われてしまうこともあり、いまいち説明しづらい。

webにも幾つか判定ツールが転がっているが、画面の発色とかの環境依存によるところもあると思っていて、あまりあてにしていない。

ということで、自身色覚異常検査とともに、結果次第では補正レンズの購入をしようかなと思った次第である

お世話になったのはここ↓(というかそういうレンズをちゃんとした所から買うなら、現状ここ一択にならざるをえないと思う)

http://www.neo-dalton.com/

いたこともない会社電話するのも勇気がいったのだが、思っていた以上にあっさり予約できた。

予約の際に年齢・職業も聞かれて、ちょっと怪しいなぁ……とその時は思ってしまったが、

検査で低年齢の人には遺伝の話は嫌がられるからしないだとか、職によっては制限があるとかの理由を聞けて一安心

一日の対応件数も限られているらしいので、あっさり予約できたのはラッキーだったとのこと。

検査を終えて、自分はここ(http://www.neo-dalton.com/side/check/)でいうA7(中程度)だった。

強い異常でもなければ弱い異常でもないとのこと。

そのままレンズ購入を勧められ、まぁ何だかんだで買ってしまった……。

補正レンズで幾つかの風景静物写真を見たが、少し色が鮮明になったかなくらいの認識で、正直、財布から失われたレンズ代(70,000円)の衝撃の方が大きかった。

ちなみに、色覚補正レンズ自体に度は入れられない。

私は近眼用のメガネを常用しているので、そこの近所のメガネ店で売っている跳ね上げ式のメガネフレームとかも紹介されたが、

流石にこれはないだろう……と思って、フレーム自分で探すことにした。

フレーム探しは思っていた以上に大変だった。

受取のことも考えて、まずはHPにも載ってるレンズ業務提携している大手メガネ屋さんを当たってみた。

「これくらいしかありません」と、定員さんに言われて見せられたのが、

種類は金属フレームのみでそこそこのお値段、出来上がりも10日程と、非常に考えさせられるような内容だった。

(ここまで不遇なのか……)

その後、色々お店を回った結果、普段からお世話になっているお店の別店舗で何とかフレームを見つけ、1時間程度で仕上げてもらった。

これも運が良かったと思う。メガネフレーム流行り廃り次第では、ジジババがかけているようなメガネしか見つからいかもしれない。

出来上がったメガネを装着し、周囲を見渡したが、それほど変化もなく、こんなもんかと思った。

しろ特殊レンズの反射で視界不良というのが第一印象

(まぁ、せっかく買ったし、これを付けて外に出てみるか……)

(ん……!!)

(空が青い)

メガネを外して空を見上げ、再度メガネを付けて見比べてみる。

(深みが増したというか分かんないけど、明らかに青い!)


補正レンズ原理の詳細はここ(http://www.neo-dalton.com/genri/)に記されているが、要はRGB(赤緑青)のバランス矯正するためのレンズで、

自分場合は緑の感度を大幅に弱め、青の感度を少し弱めることでバランスをとっている。

ということは、今まで大して緑っぽく見えてなかった色や青っぽく見えていなかった色が突然鮮明な緑や青として見えるようになった、みたいな話らしい。

スマホホーム画面を見たときも衝撃だった。

Chromeアイコン中央の青と左下の緑がくっきり見えるし、LINEアイコンあんなに緑々しい色をしているとは夢にも思わなかった。

当初は赤緑の区別ができれば、まぁいいかなくらいに思っていた補正レンズだったが、まさかこういう派生効果が生じるとは。

押し切られて買ってしまったときは、流石にどうなることかと思ったけれど、いい買い物をしたなぁと思った。

同時に、世間一般にありふれてる配色の妙を少しでも感じ取ることが出来てよかったなぁと思う。

企業ロゴ、街中の看板、周りの人の服装、……多くのことで、実はこんな色だったんだな、こっちの配色の方がしっくりくるなと感じる。


願わくは、色覚補正レンズもっと普及し、もっと手頃な金額でこの感動を得ることが出来ますように、と。

幸せについて本気出して考えてみた

幸せについて本気出して考えてみた

幸せ」とそれに関係する「怒り」「哀しみ」について書いてます

本気で考えたから長くなったし、読みにくいと思う。

生きる目的は「幸せであること」で、その先はない。

生活が豊かになっても、富を得ても、幸せでなければ意味はない。

「人より生活が豊かである」ことに幸せを感じる人もいるだろうが、 「あらゆる人より」は世界に1人しかいないので、「誰かより」と人と比べることになるだろう。

どんな環境であっても、自分幸せだと思う人もいれば、常に自分は不幸だと思っている人もいる。

自分が何のために行動しているのかを、もっと掘り下げて自問しなければ、自分自分理解できない。

自分理解できない自分」を他人理解してもえることはほとんどないが、稀にあり、その出会い幸せであるので感謝する。

自分が何のために働いているのか」「何のために怒っているのか」「何のために勉強をするのか」「何のためにそこに住んでいるのか」

「何のために」を達成する手段は、それ1つしかないのか。

幸せのカタチは結局人それぞれ。

何が自分幸せなのかは、自分で見つけるしかない。

幸せになる方法は、あらゆる選択肢の中から自分の「好き」を選ぶこと。

付き合う人や孤独であること、仕事仕事でない生きる方法、住む国や場所、食べるもの、着る服、宗教無宗教など、すべてを「自分の」幸せと照らし合わせて選んぶ。

自分幸せと、人の選択を照らしあわせて、自分に合わせようとする人のことを「傲慢」と呼ぶ。

傲慢は誰も幸せにしない。傲慢であることに幸せを感じる人もいると思うが、私はそういう人とは付き合わない。

「正しいこと」や「正義」はない。それはただの1つの方法

幸せを実現する手段を教えることはいいことだが、その選択自体は、他人にとやかく言われることじゃないし、他人に口出しするものでもない。

みんな幸せのカタチが違うし、選ぶ手段が違う。

「人それぞれ」という言葉不安を覚える人は、宗教学問を選ぶと、自分以外の場所に確かな指標や信じるものが出来ていいと思う。

それを信じている間は、幸せのカタチを変えられないというデメリットも分かっていたほうがいい。

宗教だって学問だって、信じられなければ変えればいいと思うけど。

人の好みに共感できなくても、理解はできるから、「同じ幸せ」を感じられなくても、「一緒に幸せ」になることはできる。
人が幸せになる、人を幸せにすることに幸せを感じる人は、そういう仕事活動をすればいいし、しているだけ。

その手段相手に対して間違っていることがあるかもしれないが、それを「偽善者」の罵る人は、想像力が足りない。

お金はただの手段目的あくま幸せ

お金があること自体幸せを感じる人は、自分をまだあまりわかっていない。

お金あっていいな」とは思うけど「お金あればアレができるのに」はみんな違う。

自分が何を幸せに感じるか」を知って、それを人に伝えれば、コミュニケーションはうまくいく。

「そのために何をしている、何をする」が近い人とは過ごしやすいし、「その手段もあるのか」「こういう手段もありますよ」がお互いを幸せにする可能性を広げる。

わたしはこっちがいいんです」と言われても、それはその人の幸せのカタチなのだから、落ち込む必要も怒る必要もない。

目的を1つに絞る」という考え方自体は、たぶん禅の考え方。

こういう考えが自分に合ってるというだけで、それこそ個人個人もっと合う考え方があると思う。

数多の国・宗教文化があり、法律戒律は違えども、すべての目的は「幸せになること」で、根っこの部分は本当によく似ている。

人の行動原理は大きく分類すれば「幸せ」「怒り」「哀しみ」「恐怖」

幸せのカタチはみんな違うけど、皆自分生活をより良くしたくて、または今の良い生活を維持したくて、行動している。

怒りは分析すれば、ある程度抑えられる。

怒りを感じる事自体は悪いことではなく、あたりまえの本能なのだけれど、それで幸せが遠のくのであれば、感じすぎないほうがいい。

怒りの成分は大きく分けると「自分幸せへの危害」と「嫉妬」くらいだろうか。

嫉妬について

嫉妬とは「相手幸福により、相対的自分が不幸になること」に対する怒りであり、あんまり自分幸せがなんなのか分かってない時にあふれだす。

嫉妬は人と比べて幸せを感じる人が持つ感情

自分幸せ手段である何かを持っている人に対して湧く感情なので、消し去ることはできない。

「今嫉妬してるってことは、自分もああなりたいんだなぁ」と言い聞かせて、「羨ましい」と言葉にすることで、少しは解放されるかも。

「それを持っていることでなぜ幸せなんだろう」と掘り下げることで、「元から嫉妬するようなことでもない」と気づけるかも。

自分幸せへの危害による怒りについて

直接自分幸せに害があるときは、怒って当然。

「怒り」は「幸せ」を守っている。

ただ、必要以上の怒りは、怒っている本人を含めて誰も幸せにしない。

「何に怒っているのか」を自分理解して、それ以外のことにぶつけてはいけない。

怒りの多くは、その原因を取り除けば解決できる。

「その手段しか幸せになれない」と思っているから怒るのであって、他の方法を探すことで、かなりの怒りから開放される。

他人に対して怒りが湧くときも、お互いが「相手幸せになりたくて、その行動をとっているんだ」と思えば、多少軽減できるし、「じゃあどちらも幸せになるように新しい手段を探そう」と原因の解決に迎える。

あらゆることに対しても怒りが湧くときは「眠い」か「疲れている」か「お腹が空いている」。怒っても解決しないので、うまいもの食って休もう。

「怒り」から遠ざかることで、「怒り」から遠い存在である幸せ」に近づくことができるのではないだろうか。

「哀しみ」の解決方法は、模索中。多分見つからない。

哀しみを感じる事自体も悪いことではなく、あたりまえに持ってる本能だけど、それで幸せが遠のくようであれば、感じすぎないほうがいい。

幸せも怒りもわりとすぐに忘れてしまうけれど、哀しみはなかなか慣れない。

怒りと違って、死や離別など、原因を解決できないことがほとんど。向き合って鎮めるか、逃げるしかない。

哀しみから逃げる第一候補は、宗教

仏壇に手を合わたり、十字を切ることで、寂しさから解放される人もいるだろう。一種ルーティーン。

大事な人やモノを失うと寂しい。いつもの幸せな日々が終わってしまうから幸せときにいつもやっていたルーティーンによって「大切なものの1つを失ったが、今も幸せである」と思い出す。

それは幸せなのかと言えば、そうではないと思う。哀しみをごまかしているだけではあるが、他にいい方法がない。

哀しみと向き合うのは、辛すぎる。

そもそも向き合うつもりがなくても直面してくるような感情

どうあがいても哀しいものは哀しい。

今ふと、「哀しみを忘れるのは非情だ」という風潮にちょっとだけ疑問を感じた。

ずっと哀しんでいないといけない雰囲気がある。

それって誰が得するかと考えると、やっぱり宗教なのかなと。

仏教で言えば、初七日四十九日一周忌とかね。

余計に哀しむ必要はない。普通に過ごせば、みんな充分哀しんでると思う。

「哀しく感じていた感情を忘れる哀しさ」があるのも、また真実

哀しく感じなくなったからと言って、愛していた事実がなくなるわけじゃない。それだけを愛情のモノサシにしなくても良いのでは?

はいろんな人に愛されていると思っているから、私が死んだときにはそう考えて欲しい。

恐怖とは

「恐怖」とはなにかを考えると、「幸せを害される」ことに起因する感情

自らの死、病気老い孤独蔑視など、人生においては恐怖も少ない方がいいが、避けようがないものもある。

1つの対処法は準備。

病気にならないように、情報を集めて健康でいる。

孤独にならないように、人に尽くして、人徳を積む。

蔑視されないように、努力して、結果を出す。

結果を変えることで、恐怖から遠ざかる手段

覚悟」も対抗策の1つ。

悪い結果を想定して、余裕を持っておく。

恐怖を乗り越える「覚悟」を持っていれば、もはやそれは恐怖ではない。

そしてもう1つ考えた方がいいのは「そもそもその恐怖の対象は不幸に直結しているのか」

老いたから、即不幸なのか。何ができなくなることが不幸なのか。若いままでいて、何ができることが幸せなのか。

病気孤独蔑視もそう。それ自体が不幸なのではなく、その結果なにかができなくなることが不幸であり、逆に何かしたいことができるままであれば、それ自体は恐怖の対象ではなくなる。

最後に残る恐怖は「死」のみ。

「死」の恐怖はすさまじい。「死」は積み上げた幸せを失う。

死は避けられない。どんな生き物でも100%死ぬ

死んだことがないから、またわからない。わからないものは怖い。

対抗する手段は「人生に満足すること」ではないだろうか。

あれもしたかった、これもしたかったはたくさんあるけど、「この人と一緒に過ごせてよかった」とか「得られるだけの幸せを手に入れた」と満足することこそが、生死の際まで幸せでいられる手段ではないだろうか。

この世との別れは哀しい。それは絶対に避けられない感情だけど、それより人生に対する幸福感が上回れば、受け入れられないものでもないのかも。

うん、やっぱりどう考えても今は死にたくないな。

もっともっと妻や家族や友人と、楽しい時間を過ごしたい。

長生きするのは不幸だという意見だったけど、失う対象が少ない状態死ねると考えれば、今はじめて、少しだけ羨ましくなった。

幸せな死」にこれから出会えることがあれば、そこから学ぼう。

出会う前に死んだら、仕方ないな。

幸せについて、考えられる日は、幸せな日だけだな。

怒りや恐怖について考えられる日も、多分幸せな日だけ。

哀しみについては、哀しい日の方が考えられるかも。

余裕ができたら、余裕がなくなったら、また読み返そう。

anond:20180110235540

鼻詰まりの原因はアレルギーか何か?

それとも風邪でしょうか。

http://www.kawamura-jibika.com/blog/?p=250

より

3-1.

鼻を温めて深呼吸をする

最も簡単で続けやすいのが、鼻を温めること。

鼻を温めると血流が改善され、鼻の中がすっきりしてくるはずです。

花粉症の鼻づまり風邪の鼻づまりなど、どんなタイプの鼻づまりにも効果があるといわれています

温め方には以下のようなものがあります

鼻に蒸しタオルを当てる

使い捨てカイロハンカチに包んで当てる

お湯をためたタライに鼻を近づける

風邪をひいたときの粘性の強い鼻水には湯気が特に有効です。

鼻水が緩くなる感触があり、自然と鼻水づまり解消されます

風呂に入って湯気を吸いこむのもおすすめ

熱がなければゆっくりとお風呂に入り、体を温めて血流を改善しつつ、湯気を吸いこむような気持ち深呼吸してみてください。

外出中に鼻づまりを何とかしたい時は、使い捨てカイロを鼻の根元に当ててみましょう。

少しおいておくと鼻づまりが解消されてきます

3-2.

脇の下を刺激する

テレビ番組で紹介され、鼻づまり解消法として注目が集まっているのがこの方法です。

子供のころ、横を向いて寝てると鼻づまりが解消されたという経験はありませんか?

その原理を利用したのがこの方法と言われています

脇の下にある自律神経を圧迫することで反対側の交感神経を刺激し、血管を収縮させて鼻の粘膜の腫れを改善する、という原理です。

鼻づまりなのに脇の下が関係しているの?と思った方はぜひ試してみてください。

「鼻づまりが治った!」という声もたくさん聞かれる方法です。

やり方は簡単で、つまっている鼻とは反対側の脇の下にこぶしをはさみ、圧迫します。

こぶしの代わりにペットボトルでも構いません。

圧迫するときはこぶしを入れた脇を下にして、横に寝てみるとよいでしょう。

圧迫しやすくなり、効果もわかりやすくなります

3-3.

鼻うがいをする

花粉症の方に効果があるといわれているのがこの方法です。

鼻の奥についた花粉ほこりをしっかり洗浄する効果がありますので、花粉症で悩む方は毎日行うと良いでしょう。

鼻うがいのやり方は以下の順序です。

煮沸した水で0.9%程度の食塩水を作る

前かがみで片方の鼻から食塩水を入れ、もう片方の鼻から出す

たったこれだけですから簡単に行えます

顔を横に傾けるとスムーズですが、傾けすぎると食塩水が耳管に入り、中耳炎になりかねませんので注意してください。

また、鼻うがい上記のようにできない方は、鼻で水を吸い込み、鼻の中を洗う要領で行っても構いません。

真冬は水が冷たく、そのままでは痛みを感じる場合もありますので、できればぬるま湯を使って行いましょう。

煮沸した清潔な水で行ってください。

だそうです。お大事に。

2018-01-10

anond:20180110225033

ポリコレっていうより普段優等生ぶってポリコレ寄りだけど面白かったらOKっていう層が最多数だと思う

ガチ原理原則に沿ったポリコレ教徒はすくない

anond:20180110211246

戦う戦わない以前に、そもそも大事領土まで武力で押してこられないようにしたい

そのためにはどんな領土でも決して「強引に奪ったら明け渡してくれるんだ」と思わせてはいけない

些細な領土だろうと、正式交渉なしで武力占領された場合は渡してはいけない

それが今膠着してる領土問題日本側の原理

わかるか?

全てはあらかじめ決定されている

あらゆる物事には因果関係があり

充足理由律の原理に乗っ取っている

したがって理由のないことは起こらない

全ては必然なのてある

2018-01-09

anond:20180109191904

人間は一皮むけば、全員同じ動作原理で動いていることが分かる。

人間基本的サイコパスであることを自覚した上で、自分コントロールを取り戻した者だけがサイコパスの振る舞いを変えることができる。

この事実に気付けなかった者は、一生サイコパスのままで終わる。

 

映画マトリックスメタファーで言えば、「赤いカプセル」は、自分で望まない限り飲むことができない、ということ。

2018-01-05

anond:20180105162043

電通の岸さんと同じで社会的制裁受けたら追撃しないっていう原理はなんだかんだで強い気がする

キモくて金のないおっさんは豚箱にぶち込めないし自分と同じように公道を歩いているからムカつくんでしょうね

2018-01-02

反出生主義の論理的誤謬

反出生に限らず、この手の誤謬は非常によく散見される。

  • 「何のために生まれてきたんだろう?」
  • 「俺の人生には何の意味があるんだろう?」
  • 「そんなことして何か役に立つの?」
  • 人間存在はこの世界にとって善なのか?」

これらの疑問はどれも共通の誤りを含んでいる。

それは、「人生を外側から見なければ答えを出しようがない」という点である

意味がある」とか「役に立つ」という言葉について

これらの言葉は、「対象をとる」言葉である

まり、「何にとって」意味があるのか、「何の」役に立つのかという目的語を定めなければ意味が定まらない。

意味が定まらないということは議論俎上にさえ上げることができない。

たとえばドラクエをしている人に

と聞けば、

レベルを上げるためだ」

と返ってくるだろう。

ところがこの答えは「ゲーム」という狭い枠組みの中の話でしかない。

レベルを上げることは強い敵を倒すために意味がある。

→強い敵を倒すことはシナリオを先に進めるために意味がある。

シナリオを進めることはゲームクリアするために意味がある。

となって、それ以上は辿れない。すなわち「スライムを倒して何の意味があるのか」という疑問には、

ゲームクリアするうえで】という限定指示が暗に付属していると解釈せねばならない。

これがもし「【人生において】何の意味があるのか」という疑問だったならば、

ゲームを楽しむことで人生満足度を上げるため」

とでも答えないといけない。答えが変わるということはすなわち元の疑問が全く違う疑問に変わっているということだ。

ところで冒頭に上げた疑問のうち、

  • 「俺の人生には何の意味があるんだろう?」

これはいったい、「何にとって」なのか?

他人にとって」、ならば、まだいい。

厳密には、「他人人生に対して何か満足度を上げるようなことができるのだろうか?」という疑問になる。

これは疑問として成立する。

しかし「俺にとって」ならば、これはおかしな話だ。

「俺の人生意味」なんていうのは、「俺の人生」が一度終わってみないと確定しない。

しかし、「俺の人生」が終わっているということは、「俺」はもういないということである

いない対象にとってどんな意味があるかという疑問は、疑問として(語用論的に)成立していない。

一応、死後の世界存在仮定すれば、その疑問を持つことは可能であるが、

神ならぬ我々には死後の世界の詳細がわからない以上、その疑問には「絶対に回答できない」。

絶対に回答できない疑問は、やはり疑問として成立しない。

反出生主義について

反出生主義のキモは、

という主張にある。

かいことを言えば、効用関数とかリスク選好度はどうなんだとか色々突っ込むところはあるのだが、それよりも最も重要なのが、この主張は

ということだ。

言うまでもなく、この比較は、「人生を外側から見なければ評価できない」ことの典型的な一例である

まれ場合と生まれない場合評価を、期待値で測るのか、期待効用原理で測るのかはたまた他の方法なのかは反出生主義の主張からは読み取れない部分だが、

いずれにせよ彼らは「生まれない場合評価フラットゼロである」ということを前提としている。

ここがクリティカルな誤りだ。

我々は人生内部のことしか検知できないため、そもそもまれない場合評価をすることができない。

いわば、生まれない場合評価はNullであり、Nothingであり、#N/Aである

死後や生前世界存在しない場合評価値が存在しえないという意味#N/Aであり、

それが存在する場合、正当な結果を知りえないという意味#N/Aだ。

#N/Aとの比較結果は当然#N/Aであり、前提が成り立っていないことがわかる。

(追記)

これに対する言及です(忘れてた)

anond:20171230111228

ごめんね → 子どもを作ることの是非に期待値を持ち出す奴はバカ

このコメントした者です。

一般論として、選択肢AとBの2つがあるとして、

「Aは100%確率で±0、Bは良い結果と悪い結果の可能性がある場合、Aのほうが必ず良い選択である」は必ずしも成り立たないので、

この文章のっけから演繹破綻しており、ゆえにそれを前提とした以降の内容も論ずるに値しない、

まり「この文章の論の展開からは」、反出生主義を取り入れるべきとは全く考えられないという趣旨で書きました。

ですが、増田のいうとおり、子供自分ではない(=生まれてくる子供効用関数の形状を事前に推定できない)以上、

子供幸福期待値」を事前に計算することは原理的にできないですし、僕が間違っていたと思います

変な言い方をしてしまいごめんね。

なお、「‐∞」があるなら期待値はかならずマイナスなのではという論旨は、

元増田が言うような凄惨事象を‐∞と扱うか、-1兆のような有限の大きい数で表すかというだけの、

ある種言葉のあやなので、それほど議論する意味はないかなと思いました。

自分の論の不適切なところを指摘してくれてありがとう

子どもを作るなら、少なくともこれら全てを承知した上で作りな。

了解です!

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