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はてなキーワード: 公権力とは

2018-09-19

anond:20180919003841

単純所持罰則化の事?

ありゃエロとかじゃなく公権力恣意的運用を恐れて反対してたんでしょ

児ポ解禁とか所持して抜くのはOKみたいな主張してた左派たことないけど

みんな児ポ自体には反対してたと思うけど

2018-09-18

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

2018-08-25

anond:20180825131047

人権はてめえの自由を無制限無責任保障するもんじゃねー

まりタトゥーをした結果の社会的扱いを公権力がいじる必要性はないってことだな

2018-07-30

anond:20180730132810

しか民間企業自主規制公権力検閲と同一視していいもの

Twitterアカウントが凍結されたところでほかの情報発信手段はいくらでもあるわけだし

anond:20180730132508

検閲主体は狭義には公権力だけど広義には特定されてないぞ

2018-07-24

anond:20180724231710

その通り。

差別主義者であっても、その主義が内心の問題である限り、権力から排除してはならない。

しかし、差別主義者がその主義に基づいて権力行使すると、差別現実のものになるから、そうならないように、内心の自由が手厚く保護される一方で、行為自由は厳しく制限され、とくに、公権力宗教と結びついてはならず、また特定の人々に対して差別的な待遇をしてはならないことになっている。

まり差別主義者に権力を与えても良いが、差別主義に基づいて権力行使することは止めなければならない。

2018-07-17

「産まない女は勝手だ」の問題点不妊への無配慮な点なのか?

ちょっと前に話題になった「産まないほうが幸せかいうのは勝手だ」の話。

案の定いろんな方面逆鱗に触れて炎上

大体の批判記事

「産みたくても経済的に産めないのにひどい」

「産みたくても肉体的に産めないのにひどい」

こんな感じの批判記事

結局批判の前提が「本当はみんな産みたがっている」というところからはじまっている。

だがちょっと待ってほしい。

別にそもそも欲しくもないから産まない、経済的にも困ってないけど産まない、肉体的にも困ってないけど避妊してる」

という層に対しての記事はない。

自分はそういう層だ。

欲しくないから産まない。

正社員でそこそこ安定してるし産休育休もみんな取れるけど欲しくないから産まない。

こういうのがまさに「勝手」なのかもしれない。

しかしこの「勝手」が許されることが人権保障された現代社会のはずだ。

この「勝手」が許されない社会というのは、

跡継ぎのために子供を産め、農作業のために子供を産め、富国強兵のために子供を産め…

そういう前時代的な社会だ。

例の発言に対して「産みたくても産めない」人たちが怒り狂うのは違う。

それは産めない環境を作り出している会社なり社会の仕組みが悪いのであって、そっちに向かって怒るべきだし、そこを改善しなくてはならない。

本当に怒るべきなのは「産みたくないから産まない」という自由権利行使している人たちである

内心の自由職業選択の自由を脅かされていることにことならない。

自分で決めた生き方否定されているのだ。

批判記事不妊がーマタハラがー経済ガーという観点ばかりなのが不可解である

あの発言本質的問題点は「人の生き方否定した」こと。

しか公権力にある人間が公の立場において、だ。

その観点から批判がすくないあたり、結局この国は「子供を産むのは当たり前なこと」という呪いにかかっているんだろうなと思う。

2018-07-15

anond:20180715181208

TVももちろん沢山いるよ。

国家公権力を使って差別することと、TVの中の差別市民の中の差別別に考えるべきだ。

正直、後者差別は一番消すのが難しいだろう。

この差別は明確な理由なく発生する(主にイラついている人が多い環境で)から言葉で何と言っても解決は難しいだろう。

冷静に距離をとるくらいしかできないと思う。

 

一方、法的な権利なら人権範囲内だし、勝ち取れる可能性はある(それも大変なのは認める)と考えている。

死刑に対する反対

https://anond.hatelabo.jp/20180706182250

私は、公権力による殺人を最低限にすることに賛成である

すなわち、日本死刑基本的には反対であるし、

欧米諸国犯人の射殺はいかなる場合においても反対である

犯人絶対に生きて捕らえ真相を明らかにする義務がある。

ただし、公権力による裁きに、被害と同等の復讐を認めることを入れたい。

また、危険を伴う労働や人気のない労働強制など、

基本的人権を一部で欠くが、社会に貢献する役割を負わせたい。

あと、この問題は、理屈人権ではなく単に価値観問題である

2018-07-07

anond:20180706182250

冤罪は勿論なくすべき。

ただしそれは死刑になる罪に限らず、痴漢冤罪でも、傷害冤罪でも、詐欺冤罪でもそうじゃないですか?そして冤罪をなくすため、誤判をなくすための努力法曹公権力は常に続けていくべきではないですか?

冤罪をなくす・減らすことと、死刑の有無は全く関係ないでしょう。

「ぼくたちは間違いを犯すかもしれなくて、それが人を長期間拘束して社会的に殺すことはまあ仕方ないけど、命を奪ってしまうのは流石に罪悪感が大きいから、死刑やめたい」って言ってるようにしか聞こえん。

刑罰を下す者はきちんとその責を負うべきだし、正しく裁くべき、再審請求にも応じるべき。

死刑か否かではなく、人を裁くのならそれなりの責任を持つ必要があります冤罪で人を殺してはならないが、社会的になら殺してもいい、というのはおかしい。社会的にも殺してはならない。つまり死刑を許容するかどうかの話は、冤罪可能性とは全く関係ない。

そして誰が見てもたくさんの人を殺傷したのが明白で冤罪余地が無い人間たちの死刑に際して、冤罪可能性をフックに死刑反対を主張するのは筋が通らなさすぎ。

2018-06-24

anond:20180624035838

おお、なるほど! ああいう人たちのロジック理解できたよ。ありがとう

成人男性ロリ漫画の真似をして少女を犯せるから二次ロリ規制すべき、腐女子BLの真似をして美少年同士が絡んでいる部屋の壁や天井にはなれない(住居不法侵入?)からBL規制不要ということか。

でも、その模倣可能性の有無という基準に乗っかってもBL無罪はやっぱり無理がある。

というのは、成人男性BLで描かれる少年陵辱を模倣できるから

いや、BLの読者は女性ですよ、と反論したくなるだろうけど、残念なことに腐男子という存在がいるので。

二次キャラの性描写規制立法条例が避けられなくなった時に、「ただしBLは読者の大半が女性であり実在児童危害が及ぶ可能性が著しく低いので規制から除外する」なんてハイコンテクスト配慮公権力に期待できるだろうか?

2018-06-15

警察の横暴だと話題だが、むしろ公権力に対してはちゃんと異議申し立て・救済の手続きが用意されていていいですよねというお気持ち

民衆私刑社会的制裁にはそんなもの存在しない。

2018-06-13

A「おい、B。ちょっとした計画があるんだ、金かしてくれ」

B「いいよ。このくらいなら出せるよ」


A「やった、うまくいったぜ」

B(…………)

C「おい、B」

B「なんだよ、C」

C「Aが大成功したのは知ってるだろ。なに黙ってるんだ」

B「…………A、おめでとう」

A「…………公権力とは距離を保ちたい」



ここで気になるのは、Bの沈黙である

Cに促されてはじめて、おめでとうと言った。

しかしたらBは、Aが「距離を保ちたい」ことを

知っていたのではないか。知っていたからこその沈黙ではないか





この展開、ボーイズラブネタになりませんかねえ。

2018-06-10

是枝監督の件は多くの人に誤解されすぎ

http://www.kore-eda.com/message/20180607.html

Twitterとか見ると変な部分に突っかかって是枝監督に怒りをぶつけてる人が多い。

多分元の文章をまともに読んでないせいだと思うので、きちんと整理しておきたい。

祝意」ってなに?

一般的には「喜びを祝う気持ち」のことを指すけれど、文脈を見ると

国会参院文科委員会野党議員が「(是枝に)直接祝意を表しては?現場をとても鼓舞する。総理に進言を」と文科相に問いただしているやりとりを目にし、更にその後「林文科相文科省に招いて祝福したいという意向を示した」と伝えられたとNHKニュースで目にしました。

実は受賞直後からいくつかの団体自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております

まりどこかに呼ばれて表彰、みたいなことは断るよ、ってだけの話なんだよね。

是枝監督は「おめでとう」を受け入れられない人?

デマ

実は受賞直後からいくつかの団体自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております

顕彰の問い合わせ」に対して「有り難い」って書いてあるじゃん

何を勘違いしたのか

から仕送り貰って、大学卒業したり優秀な成績残した時に親からおめでとうと言われた際に「親から言葉は受け入れない」とか言ったら批判されるよね。

からの「おめでとう」を断るのがカッコイイとか、それが許されるのは反抗期まで。 成人でもみっともないと言われるのに、還暦近い人がそんなの言うとか流石に度を越している。

から給料貰っておきながら、国家も歌わず日の丸に敬意を示さないどっかの教員連中も同じ精神構造なんだろうね。いつまで経っても反抗期の子供なんだよ。

ママからのおめでとうを受けたらマザコンと思われママの言う事何でも聞くと思われるのが嫌だから、って感じですかね。


こういう感じで、ツイッター上は変にひねくれた発言が多い。

親と子供関係に例える人なんか特に多いが、その例えは明らかに間違っている。

文化庁は親ではないし、お金の出処は税金または文化庁への寄付であって"親"が汗水たらして得た金ではない)

から何らかの助成をもらっている人間が、公権力批判するのはいけないこと?

まず、「告発目的とした映画ではない」と発言していることは知ってもらいたい。

この「公権力批判」というもの。人によって想定してることがぜんぜん違うんだけど。

公権力のもの否定する」というようなアナキスト思考ならともかく、「社会問題点を指摘する」レベルのことは独裁政権以外なら誰だってやっているよね。

以下の文にあるように、是枝監督が「映画を撮りながら考えていたこと」は「それほど目新しいものではない」。

単身者孤立」とか「自己責任論」とか、多くの日本人がすでにテレビ新聞ネット上で共有している。

助成金もらっているからってこのレベルのことも言ってはならない、なんてことはないはず。

取材の中で「何故社会からこのような“不可視の”家族が生まれると思うか?」と作品の背景としての社会的、政治的状況を聞かれた。その告発目的とした映画ではないことを前提に自分の考えを述べた。あくま私見としてではあるが。今回僕が話したのは「共同体」の変化について、であった。日本地域共同体が壊れ、企業共同体が壊れ、家族共同体三世代が一世代単身者が増えて脆くなっている。この映画で描かれる家族のひとりひとりはこの3つの共同体地域」「企業「家族」からこぼれ落ち、もしくは排除され不可視状態になっている人たちである。これが物語の内側。そして孤立化した人が求めた共同体ひとつネット空間であり、その孤立した個を回収したのが“国家主義的な価値観(ナショナリズム)であり、そこで語られる「国益」への自己同一化が進むと社会排他的になり、多様性を失う。犯罪社会貧困が生むという建前が後退し、自己責任という本音世界を覆う。恐らくあの「家族」はそのような言葉視線によって断罪されるだろう。…ということも話した。これが背景。これは『映画を撮りながら考えたこと』という拙書でも既に述べている考え方である。まぁそれほど目新しいものではないだろうことは自覚しているが。

http://www.kore-eda.com/message/20180605.html

是枝監督記事の人気ブコメもやもやした人に読んでほしい

とっちらかってんなぁと思ったわ。この記事ブクマ読んで。

論点を整理しておきたい。

先に筆者の立ち位置説明しておくと、賛否両論の、どちらかといえば否の方の人だ。

ブクマ賛否両論の否の立場の人は、トップブコメに対しての意見が多い。

僕もこの立場だ。別にまとめ主の主張に賛同するわけじゃない。

まとめ主の主張はこうでしょ?

①「金をもらったくせに、祝意を受け取らないとは失礼だ」

②「金をもらうというのは公権力と潔く距離を保つことにはならない」

この主張のうち、①には全く賛同しない。

②は同意ってことはないけど、そう思う人だっているかなぁ?程度。同意10

僕はこういう意見なのだけど、

そう思っているたくさんのブコメが否の意見を付けてることを明記しておきたい。

(と感じたんだけど、否のブクマさんそうですよね?違ったらごめんなさいえへへ)

論点A:とりあえず、助成金の受取有無は忘れて、祝意拒否だけを考えてみよう

別に祝意を受けとっても良くない?って思う。

祝意拒否ってのはつまり、言いなりにならないことだ!」

みたいなのが人気ブコメになっていると、もやぁもやぁってする。

祝意を受け取るってことが、言いなりになるとか、指図を受けるってことにはならないと思うのだけど

そこのところどうよ、みなさん。

あと「安倍政権人気取りには与しないってことだ!」みたいな意見もあるけど、

別に人気取りにならなくね?って思う。

「是枝監督祝意を届けるなんてさすがは安倍政権!次の選挙で入れちゃうもんね」

って感覚全然ならねぇ、全くならねぇ。官僚どもが不正ばっかしてんのに何で厳しくつっこまねぇんだこのdotekaboty

閑話休題。取り乱して失礼しました。

カンヌ山田孝之を見て知ったけど、カンヌ映画祭のパルムドールってすげえ賞なわけじゃん。

相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!)

それに対して祝意を称するって別に時の政権がしたっていいんじゃないの?

からしてるわけだし、日本に限らずどこの政府でもしてるわけだし、なんかフランス人の怒ってたし。

官房長官ちゃん祝意を示してたのにね)

変に捻くれなくても、素直におめでとうって言葉を受け取ればいいのにって思ってしまう。

おめでとう?お前に言われてもうれしくねぇよ!!死ね!!

同僚が結婚したって聞いて、何気なくおめでとうって伝えて、お、おうすまねぇってなった気分。

論点B:助成金を受け取るこ行為と、「公権力と潔く……」発言とのミスマッチ

念のためもう一回言っとくと、助成金を受け取っても、政府の言いなり感はないし、政府距離を保ていると思う。

じゃんじゃんもらったらいい。そんで、政権批判バンバンしたらいい。

それはなんも批判されることはない。批判しているやつはおかしい。

そう理性では感じている(理性で感じるとは何だ)のだけど、なんか僕が違和感を感じる(トートロジー最高)のは、

公権力」「潔く」って言葉の響きのロック感だと思う。

なんかチョーロックじゃない。表現稚拙申し訳ないけど、

公権力!なんて人生で使ったことないし、潔くっていうと、一切俗世との関わりを絶ってます!!て感じがする。

攻撃的で喧嘩腰で、距離を保つというより、もう日本政府とむっちゃ距離を取ってます!!みたいな感じがするのに、

助成金をもらっているって聞くと、なんかロック感が薄れる。

悪そうなやつとはだいたい友達なくせに、ラブアンドピースって歌われても……みたいな。

あぁでも”悪そう”だから、実際悪い奴じゃない可能性もあって、それはいいのか。

この悪そうなって歌詞のミソを今知ったわ。KJすげぇ。

そもそもなんで降谷建志なのにKJなの?なんでなんで?

閑話休題しかし本題は、もう残されてはいなかった。

2018-06-03

anond:20180602083942

今回の件は公権力による言論弾圧ではなく、なんJ民は通報しただけ、削除したのはYouTubeGoogle)という動画投稿プラットフォーム提供企業です。

そしてYouTubeGoogle)が削除に応じたのは「ヘイト動画が野放しだと広告主が逃げる」という経営判断理由なのですが、貴殿営利企業であるYouTubeGoogle)に対して、経営上の損をしてでもヘイト動画を守れとおっしゃるのですか? 株主が納得しますか、ボランティアでやってるんじゃないんですよ。

言論の自由のためヘイト動画をも守るべきというのなら、そのような主張の方がみずからヘイト動画OK動画投稿プラットフォームを作ればよいだけのことだと思います

2018-05-10

anond:20180510114441

LGBT理解がすすめばこういう事案は減るんだろうか

奴らは自分正義だと思ってるから公権力を振りかざすことに抵抗がない

劣悪遺伝子排除法まったなし

2018-05-05

人生他人任せにして楽をしたいタイプ

 

https://twitter.com/phan_phan_x/status/992594926494932992

相手がどれ程憎かろうと私刑は許されない

加害者人権というのはあるし憎しみの連鎖を断ち切ることが出来なくなる

当事者同士の争いは紛争解決を困難かつ複雑化させる

客観的公権力に任せる他ない

あと目には目を理論を出す人もいたりするがあれは私刑肯定する概念ではない

 

言ってることは一見妥当そうだけど、別の視点を持つと「自分の身は自分で守る」という発想が弱い。

自分問題他人解決してもらうことがベストだと考えている。

他人任せの人生が、自分で決めた人生よりもよくなる保証がない。それがこの思考パターン欠点だね?

2018-04-08

炎上したい

炎上するには

1 主語を大きくする。(男・女・老人・若者田舎・都会・金持ち貧困

2 人々のコンプレックス・不満を煽る。(収入恋愛学歴職場環境健康

3 多くの人々が関心を持っていることを題材にする。(経済恋愛・住環境家庭環境学歴人間関係公権力

思い出せる過去炎上事例

・若手女優が裏方スタッフ馬鹿にした(ように見えた)

・濡れ手に粟のスマホゲーム業界さらガチャ確率不正操作していた。

年金の支払いを啓蒙するポスター掲載されている女優年金を支払っていなかった。

アルバイト学生バイト先の冷蔵庫に入った。

中高生向けの予備校アプリ人権無視のクソ使用だった。

家電量販店サポートサービスぼったくり料金で、老人をだまして無理やり加入させるような実態だった。

アイドルライブ中に突然結婚報告をした。

広告代理店パワハラ従業員過労自殺に追い込んだ

あれ、こうしてみると意外と個人芸能人ブログやらは大して燃えてなくて、

企業詐欺とかがが燃えやすいな。

2018-04-04

anond:20180404185922

法的な規制公権力による圧力でないのなら、批判したいものは好きに批判したらいいと思います

調整の必要さえありません

それぞれの表現者が、法律に反しない範囲自分が良しと思うものを好きに発表し、

閲覧者は、自分が悪しと思うもの私的批判したらよろしいでしょう

それを否定する権利は誰にもありません。日本には言論の自由がありますので。

 

表現規制議論が紛糾するのは、規制側が公に圧力をかけようとする場合です

anond:20180404185922

まり公権力規制するのはダメだけど自分らが吊るして糾弾する分にはいくらやってもOK

2018-03-31

anond:20180331092025

バレなきゃOK説。

あとさ、被害を受けたやつが警察に駆け込むとして、自分窃盗犯として逮捕されるということでもあるからな。

キティなやつだから盗むのもあるかもしれんから、入れたあとは黙っとけよ。

しろ犯罪うんぬん以前に善悪感欠如してるやつだからやるのであって、逆恨みされる危険性のほうが高い。法律以前に。

窃盗犯の展開として掲げられるのは下記の通り

1)泣き寝入り

2)警察に駆け込む→だが自分窃盗犯として捕まる。警察相手にされない可能性も高い。

3)逆恨みして君を攻撃する→だが、公権力を使えないから、調査能力たかが知れる。

2018-03-20

リクライニング下げてもいいですか?とか聞いてくるバカ

仕事柄、週に一度は新幹線に乗る。

で、新幹線に乗ると二回に一回は前の席の人が「リクライニング下げてもいいですか?」と聞いてくる。

リクライニング下げていいかだと?知るかボケ、そんなことはJR東海に聞いてくれ。

俺はのぞみ座席設計者でもないし、乗車規定を決める担当者でもなんでもない。

そんなこと百も承知のはずなのに俺に聞いてくるのは、このバカルールマナーを履き違えているからだ。

ルール守備範囲権利で、マナー守備範囲は気分、もしくは感情だ。

人と人が狭い社会で肩ぶつけ合いながら生活している以上、権利同士が衝突することがある。

犯罪行為はもちろんだが、例えばそれ自体としては合法営利活動である工場操業が、住民の安眠を妨げている場合ルールとして夜間の操業が禁止されることもあるだろう。

工場営利追求も、住民幸福生活も、どちらも守るためにはルールを設ける必要があるし、そのルール権利を守るためである以上、公権力その他によって強制されるべき性質のものだ。

ルールを守って生活していれば、誰の権利も壊さないし自分権利も保たれるので、ルールは守るべきだと思うし、他人ルールを守ることを強制して望ましいと考える。

一方のマナーはそうではない。

満員の神社ベビーカーで行く、電車内で子どもがうるさい、新幹線肉まんを食べられて臭いというのは、どれもマナー違反だからやめろと糾弾されそうだ。

なんとなく邪魔な気分になる、うるさくて眠れない、臭くて嫌な感じがするというのが理由だろう。

だが、権利と違って気分や感情は、誰かがそれを害されたことをもって、禁止、ないし強制する性質のものではない。

犬も歩けば棒に当たるではないけれど、一歩家の外に出れば思いがけない災難だって幸福だってある。

それが嫌なら家に閉じこもるか、誰も人のいない野山を駆け回っていればよい。

生きている以上、誰かに迷惑をかけるのは当然なので、いちいち気にしていたら仕方がない。

俺も他人から迷惑をかけられるのを見越して、万全の準備をしながら暮らしている。

近所のガキがうるさいので家では耳栓電車で大声の酔っぱらいがうるさいので電車でも耳栓、ただでさえ混んでる神社ベビーカーでこられると腹立つの初詣はいかない。

こう考えて暮らしていると、本当に生きるのが楽になった。

イラッとすることは多い。

ファミレス接客の粗さ、医者の横柄で適当な診察、市役所のお役人態度。

そんな場面に出くわすたびに心の中で自分権利侵害されたのか、感情が害されただけなのかを考え、後者場合はこういうこともあるさと納得するようにした。

で、表題に戻るわけだけれど、新幹線でリクライニングを下げる下げないはルールでなく、マナー問題だ。

から、「リクライニング下げてもいいですか?」と聞かれるたびに俺はこう答えている。

「僕は下げられると嫌だから下げてほしくないですが、あなた勝手なので好きにしたらどうですか?」

大抵相手はムスッとした顔をするのだが、俺はこれが百点の回答だと自負している。

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