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はてなキーワード: 合理性とは

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170717005704

ブコメ見てると、その発明合理性があって初めて発明が行われる、みたいな考えの人が多いな。

合理性なんてあとからついてくるもので、発明家はみんな問題があったらそれぞれ独自方法解決したくなってしまものなんじゃないのか。もちろん開発している途中はみんな自分方法が筋がいいと思っているだろうが、自明のものとして分かってる合理性なんてあるわけがない。

その中で市場に認められて普及するものもあるだろうし、埋もれてしまものもあるだろうし、100年寝かされて死後にようやく評価されるものだって出てくるだろう。

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170717225248

日本ってなんで無益ルールを敷きたがるのか。選択肢も柔軟性も合理性も失い、生産性けが低下することになぜ気づかない。

新興国は既に、途上国にすら分野によっては横並びになりそうな衰退した社会から学ぶべきだと思う。

2017-07-20

無毛症に対するハラスメントはやめて頂きたい

室内で帽子かぶるべきかという増田が上がっていたので一言書かせてください

私の親戚に無毛症という病気の子供がいます

読んで字のごとく全部あるいは局所的に毛が生えてこない病気です

親戚の子は限局性無毛症という部分的に生えてこない状態で、今のところ帽子を被っていると病気かどうかは分かりません。ただ、進行するようで全頭無毛症というすべての毛が抜け落ちる状態になる可能性がたかいようです。

本人は帽子を被っていることを指摘されるよりも、頭を晒して余計な注目を浴びるのが嫌なようで室内でも帽子を被っています

はっきりいって、室内で帽子を被ってはいけないというのは現代においてなんの合理性もないマナーです

多くの方がまだまだマナーから脱ぐべきという意見を持っていますが、はっきりいって合理性からいっても多様性観点からいっても帽子を被っていることを指摘するというのはハラスメントだと私は考えています。(宗教上、スカーフ?を巻く女性もいますよ)

学内でのいじめも激しいそうで、かなり嘲笑の的にされているようです。これは、ネットでもメディアでもそうですが髪のないことを馬鹿にすることが当たり前になってることが原因だと思います。それは、そのまま子供世界にも引き継がれています。どうやら髪がないということは、障害であっても笑われしまうことが運命づけられているようです

もしあなた帽子を被っていることがマナー違反だと言ったり髪がないことを面白おかしく笑っているなら、あなたの子供も同じくいじめ加害者になっているはずです

これは、お願いでもありますがそういった価値観ハラスメントいじめに繋がります。どうか控えていただけたらと思います

https://anond.hatelabo.jp/20170720130428

2017-07-19

なぜ政治家は老人の寿命を引き伸ばすことばかりに税金を使うのか?

年金受給開始が75歳になるかもしれない。

ついこないだ、引き上げられたところかと思えば、もうこんなことを言い始めた。

今の若者未来はない。40代初老世代すらやばい

これまでに引き上げられてきたペースを考えると、20代,30代なんてもらえないって考える事のほうが普通だし、40代すらやばい

保証がなければ、自分で蓄えるしかない。しかしこれがどんどん難しくなる。なぜって内需の国でこの超高齢化だ。

労働力も失い、競争力にいたってはもう今のタイミングでほぼ失っている。あらゆる産業が廃れ、そんな国内では貯金どころの話ではない。

20歳にも満たない子供は何に希望を持って日本で生きればいいのだ???

こんな時代子供を生むとか、子供申し訳ないというか恐怖しか感じない。

それでいて政治家少子化をなんとかしようとか言うだけ言うが、あいつら知恵遅れなのか詐欺なのかわからないが、やばすぎる。

この負のスパイラルさら少子高齢化を加速させる。

高齢化社会自然発生したものではない

まずはっきりさせなければいけないのが、

高齢化社会自然現象のように捉えられていて、高齢化社会に備えて貯金しようとか、2050年にはこうなりますなんてデータが出てたりするけど、なぜ軌道修正しようって方向に国民政治家も思わないのか??

この点が不思議でならない。

これは自然現象ではない。紛れもなく、政治家による意図的行為だ。

まず、税金の使い方おかしすぎる。

いつまでも健康診断だ、定期検診だと老人にいつまでも病院に通わせ、山のように薬を処方する。薬で体の数値がコントロールされ寿命は伸びるが、自分長寿を維持する努力をしているわけではないから、身体自体は動かなくなる。そして介護必要になり、今度は介護保険だと税金をむしり取る。

税金のおかげというか、ひいては未来ある人間保証と引き換えに、医療費が安いものから別に体が悪くなくても雑談のために通院する人もいるくらいだ。

こんなことをやっていたら仮に日本資源大国であっても無理があるわ。

おかしいを通り過ぎて、狂気だ。

おい、政治家医療機関との癒着で私欲を肥やすのもいいかげんやめろ、今のおまえらがやっているのは国の破壊行為のものだ。


価値観を変えるべき

これは健康にいい、これをやると寿命が伸びるなんてデータメディアに流れたりするけど、これ以上寿命を伸ばしてどうする。

保証のない社会での長寿ほどキツイものはないぞ。

人間が適度に病気死ぬから社会にサイクルが生まれるわけであって、この過剰な医療制度いつまでも続けていては、そのサイクルも壊れ、若い世代しわ寄せがいくだけだ。そもそも若い世代どころか初老世代にまでしわ寄せがいっているが、それは政治家意図的行為なのでしょうがないって話ではない。

だって死は怖いだろう、苦しみたくはないだろう。その結果いつまでも病院に通い続け、むやみにダラダラ長生きすることになる。

そうなってくると、生にたいする尊厳も薄れてくるし、介護に苦しんだ家庭はその被介護者が死んだときには喜びすら感じるかもしれない。

これってすごい不健全社会だと思う。


今の老人からこそ、保証を切り崩すべき

高齢化自然現象だと洗脳したおかげで、どれだけ若者から保証を削ろうが暴動なんておきない。

もも限界だ。

さっさと以下を実行すべき

老人が病気になることはあたりまえなんだ。もし長寿を望むなら自己管理して健康体を維持すべき。

摂生生活してるだけの人間までだらだら税金で生きられるとか、無益すぎる。

オランダでは85歳になると、理由なく利用することができると聞いた。

医療制度が高度になりすぎた昨今、まぎれもなく必要制度だ。

いつまでも保証を削るだけの政策未来はない。

これがあれば、死や苦しみに対する恐怖心も収まるし、適切に利用すれば社会はより健全になると思う。

実は政治家って日本破壊したい人の集まりだったのかと、本当に思う。

この日本合理性をもって、早く軌道修正することを望むばかり。

2017-07-15

日本人卑怯者と呼ばれないために行き当たりばったりである

たとえば行き当たりばったりでなく、かねてから準備したり考えてたりしていたら

卑怯者呼ばわりされるからな。

卑怯者だと決めつけられたら、村社会では生きていけない。家族迫害されて、石を投げられて集団リンチされる。

けっきょく、そうやって日本の頂点に立ってる奴は、能力評価されてるのではなくて、血統主義コネと負けないルールづくりでのし上がったボンボンボンクラであることが常で、

合理性もなく視野が狭く独善的で行き当たりばったりにしかできないw

https://anond.hatelabo.jp/20170712180305

どうも大麻解放論者です。まず、アリかナシかの白黒思考では理解できない問題です。どの程度の刑罰罰金課税規制ゾーニング妥当か?という話です。

しかに、大麻を吸いたい人の権利だけでなく、大麻を嫌う人、吸いたくない人、関わりたくない人の権利考慮されるべきではあります大麻パーティーへの強制参加などもってのほかです。

ただ現在日本大麻取締法には何の根拠合理性もありません。健康への悪影響をどれだけ並べ立てても、犯罪として扱う根拠にはなりません。これは愚行権の考え方からです。

日本大麻取締法が成立した経緯はご存知でしょうか?長くなるので端折りますが、もし興味があれば検索を。医療大麻についても。

私のポジション説明

私は下戸飲み会嫌い、嫌煙家。酒・タバコギャンブル風俗ゲームなどは一切やっておりませんので無くなってもどうとも思いませんが、犯罪として取り締まることが妥当だとは思いません。

それらを楽しむ権利は成人(かつ責任が取れる範囲)であれば誰にでもあると思ってます。ただ、アルコールタバコパチンコに関してはどんどん課税しろ、と思っています

私は同性愛者ではありませんが同性婚に賛成してます自殺願望は今のところありませんが、安楽死に賛成しています人工妊娠中絶合法化に賛成。死刑制度に反対。

風俗についてはキャバクラにすら行きませんが、売春合法化に賛成していますポルノ修正(ぼかし・モザイク)は不要。こういう考え方の延長に大麻解放論があると思ってます

私は大麻使用・所持・栽培・売買をしておりません。もしも日本合法化されることがあれば、試してみたいとは思ってます

下戸なので代替品があればいいな、という思いはありますアルコール特にビール大麻では文化が違うので飲み会のノリがそのまま受け継がれるとは思えません。カフェ居酒屋ぐらい別です。

ハラスメントへの不安

アルハラ問題現実にあるし、日本アルコールにまつわる問題に対して悪い意味で寛容過ぎだと思います。それはそれで社会的対処必要ですが、大麻とは別の問題です。

アルハラ理由現在大麻取締法正当化できません。もし将来、大麻にまつわるハラスメントが起これば、それはそれで対処必要なのは間違いはないでしょう。

質的大麻が合うか合わないか。それは実際に試してみてそれぞれが判断するしかないと思います。合う人もいれば合わない人もいる。

日本ではアルコール文化大手を振っていますが、飲めない人も存在している。合わない人、飲めない人がいるからといって、制限をする、あるいは犯罪として取り締まってよい理由にはなりません。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706113852

大麻健康被害が少ないことは認めてるというか、前提で話をしてる。じゃあ、物質的に安全から解禁とはならない。結果、日本社会に何が起こるかを考えれば解禁すべきじゃないという話。

科学的根拠医学的根拠統計の他に考慮しなきゃいけないのが、社会への影響だ。そもそも、モノとしての安全性についてはもう出揃ってるんだから議論する意味すらない。社会への影響こそ様々な可能性を考慮して考えなきゃいけない。そして、この点に関しては海外を参考にするというのはバカバカしい話。アメリカでは、アルコールタバコと同列になるほど大麻というのは嗜好品として定着してる。アルコールタバコが様々な社会問題を抱えてるのと一緒で既に大麻に纏わる嗜好品特有問題というのは、顕在化している。最も一般的なのは青少年使用公共の場運転時の使用などだろう。これらを麻薬の取り締まりの中で規制するというのは非合理的だ。だからアメリカにおいての大麻合法化というのは否定しない。

ただ、日本ではもともとそういった問題がない。問題がない中での解禁が意味するところは、単に社会問題を輸入するというだけの話だ。解禁してなければそもそも使用してなかった人たちが、使用するようになるんだから。これは、誰がどうみたって悪手。日本での解禁論というはとどのつまりタバコよりは安全だが様々な法整備必要となる嗜好品を導入するのかという話になる。そんなコストリスクを背負ってまで、新しい嗜好品を解禁した方が良いというような合理性ははっきりいってないだろう。

大麻ドラッグが同一視される誤解があるのは事実だが、システム作りという面では既に麻薬大麻取締り区別されてる。ちなみに、大麻取締法テトラヒドロカンナビノール禁止法となって文言安全性考慮する内容になったり、量刑が変わったりということをこそっと行うことは別に反対しない。

2017-07-03

https://anond.hatelabo.jp/20170702054405

人類史上、子供を産み育てることを軽視して発展した文明存在しない。

そういう文明すべからく滅ぶ運命

自由結構だが、巻き添えに滅ぼさないでください。

また、社会的合理性のないもの正当化して押しつけないでください。

LGBTも含めて、日本思想信条自由保証されている。

刑法関係他人権利侵害しなければ、同好の士で集まって何しようが別に構わない。

LGBTが「我々を受け入れろ」というから傲慢なのであって、「こっちの世界においでよ」なら誰も文句は言わない。

2017-07-02

https://anond.hatelabo.jp/20170702074620

人間集中力いつまでも続くとでも思ってるの?

集中力を欠いた状態でも机に向かっていれば良しとするのか??

その非合理性を盲信する歪んだ価値観は本当害悪

そんなバカなことを言って規制だらけにするから日本途上国にすら追いつかれるんだよ。(超非効率ながら)長時間労働なのになあ。

2017-07-01

https://anond.hatelabo.jp/20170630101133

電動階段昇降機って御茶ノ水駅階段にあるようなやつかな。空母エレベーターみたいに上っていくやつ。

普通に利用されてるようにしか見えないが…。

もっと御茶ノ水駅エレベーターがないから、今の改修工事が終わるまでの暫定措置だろうが。

なにしろわざわざインターフォンで駅員呼ばないといけないし、昇降スピードが遅くてラッシュ時は邪魔。挟まれそうで危ないし。

というような合理性問題から電動階段昇降機ダメだってんじゃなくて、心理的問題で嫌だってんじゃ障害者わがままなんじゃないかバリアを作ってるのはどっちだっていう。

いちいちそういうのでバリアを感じない・感じさせない社会構築こそ必要だと思うけど。

2017-06-28

[]

世間をお騒がせなさっている愛知県瀬戸市出身有名人と言えば?

そう、開運!なんでも鑑定団曜変天目茶碗鑑定結果をご「批判」なさった

陶芸家長江惣吉氏ですわね!

現代に曜変を復活させようと親子二代にわたって研究を続けられている

長江惣吉氏の企画展瀬戸市美術館で開かれていたので拝見してきましたわ。

長江惣吉氏は自ら福建省の建窯を視察されて、現地の陶土と釉薬作品を作られています

曜変の秘密焼成中に蛍石を窯の中に入れて、特殊酸化雰囲気

焼き物晒すことにあったとパネル説明されていました。

まり化学組成CaF2の蛍石からフッ素が出てきて反応するのでしょうけど、

そのために窯が激しく痛みそうですわ。

貴重な窯の使い捨て覚悟した贅沢な焼き方だったのでしょうか。

世の瓦には塩を釉薬に使っているものもあるので、

ハロゲンに耐える方法があるのかもしれません。

入れる蛍石の量にもよるのでしょうね。

展示はほとんど同じ素材からまったく雰囲気の異なる作品が生まれていて

とても刺激的でした。

ただし、現れた効果を兎の毛にたとえた金色銀色の器は日常的に使うには

落ち着きがない感じもします。

外側はしっとりと落ち着いた黒で、内側に変化のあらわれた曜変が

実用性でもやはり一番でしょうね。

それこそ日常的に使うには貴重すぎますけれど……おほほ。

なお瀬戸ミュージアムの外壁に、藤井四段連勝記録更新中の横断幕が掛かっていましたの。

連勝数を書かないことで、交換する手間をさけた愛知県民らしい

気持ち的にどうかと思われる合理性が感じられましたわ。

前回の瀬戸市美術館探訪記録ですわ

https://anond.hatelabo.jp/20170326233844

https://anond.hatelabo.jp/20170628173422

それは客の都合だろ?

質屋はそれで儲かるなら成立してるだろ。

お客はおまえさんの合理性の外の存在から理解できないのは当たり前。

2017-06-26

好きなものを語る時に嫌いなものの話をするのやめろ

https://anond.hatelabo.jp/20170625161522

その人が何を好むかは別に自分が口を出せる領域じゃないのでどうでもいいけど、

好きなものを語る時に嫌いなものの話をするのはきのこの山たけのこの里のどっちが好きかを話す時に「私はたけのこの里が好き! だってきのこの山って形がちんこじゃん」みたいな物言いをするのと同じくらい不毛なのでやめようね

追記 18:36

短文トラバブコメがつくと思わず軽薄にもきのこたけのこ論争を持ち出してめちゃくちゃ突っ込まれてるので追記しとく

きのこたけのこ論争という例示が明瞭さに欠けていたのは最早否定しようがないので何も言わないけど

自分が言いたいのはこのトラバトラバトラバトラバトラバ(なんのこっちゃ)に書いた

https://anond.hatelabo.jp/20170626155733

個人の嗜好でしかない話で他者(や他者属性)を貶める必要は全くないよねってこと

以上でも以下でもない

政治論争のような“どちらに合理性があるか”という話でなく、単に個人主観や嗜好の表明に過ぎない“好き”を語るときに「“好き”に該当しないものが何故嫌いか」を説明する必要性はまったくない。なぜなら“好きであること”に合理的理由や“好きでないもの”という比較対象必要なく、合理的理由がなくとも、合理的理由があることを説明できなくとも“好き”であることに変わりはないから。ましてや好きでないものを持ち出したところでそれは“好きである理由”たり得るわけがないし、そんなものを持ち込むだけ不毛なのでやめようねって話

ときのこの山はちんこじゃないし、たけのこの里包茎じゃない。自分ちんこ幼稚園児並じゃないし、髪の話も別にしてない。きのこたけのこ論争もこれで終わり、いいね

2017-06-25

https://anond.hatelabo.jp/20170625145157

子供ですら代理母アウトソーシングできちゃう

代理母アウトソーシング出来るような金持ち

家事の為でも育児の為でもなく家の維持や対外的な付き合い等で妻を必要とするのでは

そういうのは必要ないレベルの、庶民家庭出身年収千万リーマンですドヤァレベルを指して高スぺと言っているんだとしたら

その程度で出産育児アウトソーシングなんて夢だよ

と思って下の方まで読んだら

医者商社御三家みたいなウルトラエリートの世話になって気楽に生きる、というのは女性からしたら人生の基本戦略と思う。合理性がある。

ただ現実でそれが実現可能かと言われたら、上に述べたようにまず実現しない。

いや、医者商社御三家レベル出産育児アウトソーシングなんか無理だから子供欲しけりゃ普通に結婚して妻に産んでもらって育てて貰うしかないし

その妻は金銭不安は薄いかもしれないが激務の夫抱えてワンオペ家事育児になる事確実で気楽になんて生きられるわけがないと思うが…

それとも医者の中でも大病院経営者とかの上澄み層や、商社御三家経営層とかそういうのを指してる話?

低スペ男と結婚するくらいなら独身の方がマシ

というタイトル記事を見た。

ただ、高スペ男からしたら並~低スペ女と付き合うメリット皆無だよね。高スペ女から見てもまた然りなんだけど。

だって家事だってアウトソーシングできちゃうし、もっと言えば子供ですら代理母アウトソーシングできちゃう

専業主婦飼う意味がないし、高スペだったら共働きする意味もないし。

からといって、高スペ男と高スペ女がくっつきやすいか、と言われたらそうでもなくて(可能性はそれ以下のレベルの女と比べたら高いんだけど)、

からしたら上の理由でくっつく理由がないし、

からしたら家庭に入ってキャリア途絶するメリットもないし

じゃあ並スペカップルが一番割れ鍋に綴じ蓋でいい、はずなんだけど、これが実際くっつかない。

男は大抵がモテいから女からきたら基本拒絶しないんだけど、

女は高スペ男を期限限界以上まで探してるから、適齢期で並スペカップルが成立しにくい。

でもまぁそれも考えてみたら当然で、

医者商社御三家みたいなウルトラエリートの世話になって気楽に生きる、というのは女性からしたら人生の基本戦略と思う。合理性がある。

ただ現実でそれが実現可能かと言われたら、上に述べたようにまず実現しない。

そこで時間一夫多妻制とかあるんだろうけど、でもこれも捨てられない努力を重ねなきゃいけない。

バツがついてるってことは捨てたか捨てられたかって話で、捨てられた男はマウンティングカードになりえないし、捨てたなら人格的に確実に難があるので実際辛いだろうし。

これも茨の道だよね。

結局、婚姻率を上げるには、カードになりうる属性を男が持つしか無くて(これも正直無茶かなぁって思うけど、女性マウンティングテーブルから降りるよりも現実的だよね)

解決策は結局地方の衰退と同じで、「盛り上がる産業起こせ」→「所得倍増しろ」ってことになる。

これが可能かって言われたらまぁ難しいけど、それしかいから、ねぇ?

2017-06-19

電車内ですり抜けかけてくる奴が多すぎる

mozunikki こないだからのこの話題、すごい渋滞ならまだしも信号のたびに車の横ギリギリをすり抜けて行くロード乗りは意味わからん。どうせすぐ抜かれるんやから後ろで待ってたらええのに。 お互いストレスしかないやろ。 47 clicks

まさにこれを歩行者電車内で仕掛けてくる

駅に到着するフェーズ乗客みんなでドア開くの待ってるって時に、

少しで人と人との間にスペースあるとそこに入り込んできてまでドアに近付こうとするの

うぜえからやめてほしい

あれを避けるためにはドア向いてる全員限界まで密着して待たないといけなくなる

そしてそこまですり抜けて割り込んできて、ドアが開いたらめっちゃダッシュするならいいんだよ

降車ラッシュに巻き込まれないぐらい早く駆け抜けていくならスタート前に細かく稼いだ意味もわかるし、すげえ急いでるんだなって納得感も出る

でもドアが開いたら普通に足遅いわけ

チンタラチンタラ歩いて、早足の人達にすぐまた追い抜かされるわけ

じゃああなんでドア開く前にあんなに強引’せせこましく稼いだ?

どう考えても誰にとっても合理性ない動きを

よく考えずにボーっとやっている

やめてほしい

2017-06-18

ジョーカーは(まだ)いない

ダークナイトジョーカー的な本気で頭イカれてる奴がいないのがつまらない。

どうせあんたも計算合理性でしょ?的な冷めた感じが自分にはある。

しかも、ジョーカー場合確かにゴッサムティ正義を変えたんだ。ガソリンガンパウダーで。一人だけで。

本気度合が違う。まっ、バットマンジョーカーを生んだように、対抗分子を発生させるような因子が存在しないと言えなくもないけど。

こんなもんに、本気になってるやつはいずれにしろ人生無駄にしてる。

https://anond.hatelabo.jp/20170618095648

そこにあるのは宗教なわけで理性的意味合いでの整合性を求めるとか合理性を求めるとかのほうがよほど不毛だろ?

運営者(事務所)はそれで利潤があげられ、教祖アイドル)たちはそれで崇敬と私募を集められ、信徒ファン)たちは陶酔と熱狂が得られるんだから、三者の利益は一致しているし、宗教を守ろうとするのに協力するのもあたり前だ。

今回の件で、残留する教祖から苦言が呈されるのも当然だ。足抜けする教祖が、個人として足抜けするのみならず、宗教スクラムシステムダメージを残していくことが、彼女たちから見て「裏切り」にあたるからだ。穏当な足抜け(卒業)ではなく、信仰のもの疑念ふりかけたことに対する苛立ちだよ。

もっとも、だからといって、あれらは宗教なんだから外部の人間ケチを付けるべきではないし、関わるべきでもない。そんなことしてもお互い不愉快になるだけなんだからさ。

2017-06-14

いわゆる「二階」ブクマ禁止すべき

それを認めるべき合理性などどこにもない。

自分ブコメを埋もれさせたくないとか、俺はこいつらと違って冷静だぜとか、

何にしてもしょうもないカスみたいな終わってる動機しか有り得ない。あとたぶんハゲてる。

2017-06-11

慣れることの不合理性

子供の頃は、ハンバーグが好きだったり、目玉焼きが好きだったり、人間として合理的もの本能的に好きになる。栄養素的にも合理的

でも、味に慣れてくると、もっと違う味、珍しい味が食べたくなってくる。でもそれって何の合理性があるの?

松茸より卵食べた方がよっぽど栄養がある。珍味?って生きて行く上で意味ないでしょ。

最初の方の人間食べ物のない時代にそれなりのリスクを冒して新しいものに挑戦するのならまだわかる。それは人類全体のためにもなったろう。

でも味に慣れて、極端に変なものとかを食べる意味がわからない。

自分仕事が将来、何かに奪われるかもしれない。あ、俺やばい

って自分は(海外で働く)ITエンジニアから微塵も思っていない。

なぜなら研究開発する側だからね。

AIだけでなくロボットテクノロジー結構脅威。車の自動運転とか。工場内のあらゆる工程自動化とか。

もし選ぶ仕事を間違っていたらと思うとぞっとする。まじで。まじでやばい

工場で働く肉体労働者とか言うまでもなくやばい

タクシーバス電車運転手だってやばい

何がやばいって、

肉体労働者だけにその影響が留まらないってところ。

結構勉強頑張って資格までとった、会計士とか糞やばい

弁護士だってやばい

医者だって結構微妙でちょいやばい

関係ないけど戦略を大きく間違えた自動車業界もくっそやばい

でも、もっとやばいのはこの日本社会

官僚とか政治家合理的物事を考えられない(無益ヒエラルキーバカの声をでかくする)。そんなやつらが日本社会に影響力持っていて日本やばいし、その結果日本社会は非合理性で満ち溢れていてやばい。やることなすこと全てが悪手でやばい

バカ政治家AIに置き換えたい。でも政治家は保身のスペシャリストから日本は本当にやばい

2017-06-05

男が全て支払うのが当たり前って風潮は日本途上国から

先日、フランス人カップル出会って、いろいろな話をしていたところ、

若い世代間において、支払いは基本フランスでは割り勘だという話を聞いた。

男女は常に平等であるという概念と、自立心を持つ女性が増えていることが要因のようだが、

話を聞いていて、非常に納得できた。

そりゃそうだ。収入だって、男だけが努力して勉強し、収入のいい会社に入るわけではないし、そういった概念は、女性が働いていなかった時代の名残でしかない。

日本因習的だし、あらゆる非合理性に対して何の疑問も持たず、当たり前だからという理由でそれを行う。

から社会通年的な概念いつまでも臭いし、ビジネス面では新興国にどんどん抜かれていく。

メディアバカから若者のなんとか離れとか言って、時代の変化に価値観がついてこれていない。

日本ももう少し論理性を持って、思考し、もっと社会的成熟してほしい。

遅れているって自覚がないから、クールJAPANだのおもてなしがすごいだの自画自賛に走る。その姿は本当に醜いし、成長の意思すら感じられない。暗に落ち目であることを自覚している表れだと思う。

自分も自立している女性が好きだし、敬意を持てます

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