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はてなキーワード: 合理性とは

2021-05-17

合理的ぼやきすら許されない社会なの?

ロジハラで有名な先生が、お付き合いしてる女性に素直過ぎるプロポーズをして、それが非合理的だと非難されレスバしてた件を見てた。

 

俺はさぁ、どちらかといえばアンチフェミだし、あの先生好きだからひいき目で見てるのかもしれないけど、

俺が嫌いな感情的合理性ってのは、他者への要求批判、働きかけを伴った非合理性なんだよね。

フェミ感情的合理性で男や社会にあーせいこーせいとぼやいてるから嫌いなんだよね。

でもあの先生の非合理性(と指摘された部分)はあくまで本人の中でおさまってる。広げて解釈してみても相手女性との二人の間でのことじゃない。

そういう点で非合理的から他者の非合理的要求非難してはいけない、ってのはちょっと暴論だなと思うんですよね。

2021-05-16

anond:20210516170945

そういう混ぜっ返しばかり上手になって、本当に尊敬します、将来はあなたの様な立派な人間に成りたいものですね!

 

冗談は兎も角、あなたの言う「バカ」目的に対する手段合理性が無いという意味での「バカ」ですが、

私の言っている「バカ」物事論理的に考えたり、懐疑的に考えたりする能力の無いという意味での「バカ」で、厳密には意味が違うんですよね。

で、私は無駄を愛する方なので、前者の「バカ」にはあまりムカついたりしないんです。

言葉ってこういう風に違う意味物事を一緒くたにして、あたか矛盾してるかのように見せる事も出来て、便利ですよね。

河野太郎沖縄インタビュー全文

復帰49年沖縄課題にどう取り組むか?河野太郎沖縄インタビュー全文【WEB限定】 - 琉球新報デジタル沖縄ニュース速報情報サイト

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1321874.html

さすがに全文引用したら怒られそうなので、沖縄貧困解決へ向けての取り組みについて、沖縄タイムスでは触れられなかった部分のみ引用する。

―「子ども貧困対策事業」については、貧困連鎖根本的な解決にならないとの声も上がる。今後の事業存続の可能性と、新たな貧困対策に取り組むべきかどうか。

河野)「コア(中核)の原因にいかないといけない。対症療法だけではなくて根本をどうするという議論をしていかなければいけない。そういう意味で、母子世帯子どもたちを支えていくということをしっかりやらないといけない。その問題解決すると同時に、新たに生み出さないというところを強力に進めていく必要がある

―先ほど発言のあった「母子家庭を少なくする」が具体策の一つか。

河野) 「そういうところがある。コアが何なのかというところにいかないといけない」

先ほど発言のあった「性教育」も具体策か

河野) 「それは要するにスタートしているのはそこの部分は相当ある。生活も安定し、親としてしっかりやっていけるという2人が家庭を持つというのは非常にいいことだ。それでも出生率が高いのが喜ばしい」

―新産業ということで、若年層の雇用創出、所得向上で具体策は。

河野) 「一つは『沖縄若者はみんな英語ができるぞ』という、要するに沖縄日本のどこかで働くだけじゃなくて、行こうと思えば、世界のどこでも行ける。それが一つ大きいと思う。その機会はあるわけだから。やはり、そこに力を入れるというのは沖縄歴史からしても『万国津梁』という伝統がある。沖縄若者に「世界を目指せ」というのは歴史根付いている話だ。東南アジア仕事したって中東に行ったっていい。そういうやる気のある能力のある子どもがむしろ高校大学から外に出るのを応援してもいい。海外成功した人がまた沖縄に戻り、次の世代バトンを渡していけばいい」

―やはり教育大事か。

河野)「教育大事渋沢栄一大河ドラマを見てもそうだ。いろんなものがある」

教育就労の機会を同時に創出することは。

河野) 「OIST(注:沖縄科学技術大学大学)並みの教育機関を持ってくると当然、研究者もいるけれども、その機関を支える人も必要になる。そういう所にも雇用の機会は生まれる。外国語の習熟度が高まれば、観光産業だけでなく、いろんな産業にチャンスができる。沖縄の人がみな言語が通じるとなると、海外企業から見ても、進出先にもなり得る」

まりブックマークコメントなどで多数見られた「貧困対策雇用対策をするのが先だろうー!」というのはお門違いもはなはだしく、

貧困対策はそれはそれでやるよ、と言った上での、若年妊娠を避けるための性教育や、英語教育その他『も』行っていく、が主旨だ

あと、「若年妊娠率を下げる/母子世帯の発生を抑える」を、勝手に「自民党家族観押し付け」と読み替えている者もいるが、真逆だよ。

性教育という科学的知見を広めることによって、個々のカップル意思尊重した上で自立させることでそれを回避したいという話は、自民党家族観否定に他ならず、

そもそも沖縄タイムスの引用部分にすら「沖縄家族の支える力が強く、親族らの支援が手厚い部分があるかもしれないが、そこに甘えては駄目だ」との河野自身発言がある。

なぜマスメディアは、いちいちこういった面倒を生む、恣意的引用を行うのだろう。

そして情報を受け取る側も、AとBは両立可能なのに「Aだけ言ってBを言わなかったなー!(実は言ってる)」とか、「Aに触れるとは何事だー!」という、議論を硬直させる批判はもうやめようよ。

はてなから、次第にメディアリテラシーが失われていくのを見るのは、長年のユーザーとして悲しいものがある。

沖縄構造貧困については、沖縄大学准教授樋口太郎氏のこの辺の記事が参考になる。

沖縄から貧困がなくならない本当の理由(7)貧困合理性https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/300288

「変われない沖縄」が生まれ変わるために(https://politas.jp/features/7/article/406

性教育果たしてこの構造貧困解決にどれだけ効果があるかは疑問だが、この文脈で言えば、全く正攻法ではあるとは思われる。

追記

それにしても、上間先生批判がよく分からない。

【識者談話】「母子家庭になるな」は国の責任放棄 上間陽子氏(琉球教授) - 琉球新報デジタル

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1321729.html

沖縄で未婚の出生率が高い歴史的背景には、沖縄米国占領地だった時期があり、バースコントロール産児制限)が効かない中で子どもを産むことが形成されていったことがある。

日本避妊方法教育がなされていたとき沖縄ではそれができなかった。第一義的責任は国にある

いやだから性教育を、と河野は言っているのだから、何も間違ってはいないでしょうが

インタビューの全文を参照するなら、これは言い掛かりに近い。

突っ込むべきは、むしろ母子世帯を減らすために、性教育果たして有効なのかといった所の方だろう。

あと、b:id:le_cinema 氏やb:id:aya_momo 氏、わざわざ太字にした部分が読めないのかな?

都合のいい解釈とかじゃなくて、河野普通にそういう意味で、母子世帯子どもたちを支えていくということをしっかりやらないといけない。その問題解決すると同時に、新たに生み出さないというところを強力に進めていく必要がある」と言ってるだろ。

母子世帯を支える」貧困対策は、母子世帯を減らすという文脈と全く独立して述べられていることが分からん

こういう脊髄反射で書き散らかしたコメントに星を付け合うの、ホントはてな劣化させるからやめようぜ。

anond:20210515233551

楽しんで見てます。全話視聴する予定です!

ただ以下の点が気になりました。

リアリティはともかくSFによる根拠合理性もない適当AI電脳描写

バタフライエフェクト考慮されない線形未来を前提としたザル作戦とそれを許容するYOEEEな世界

・たまに出てくる低予算を匂わせる厚塗り止め絵アップ

・何回も流されるOPイマイチ(最初の1センテンスだけ好き)

淡々とした内容なのに中途半端に長い2~3話完結構

2021-05-13

anond:20210513142612

そんな合理性だけで人間が動くなら経済大国日本が落ちぶれる事なんてなかったんだよなぁ

2021-05-12

日本女性として生まれて思うこと」の文章力批判する/追記

anond:20210512045724

この国で女性地位は明らかに低い

正直、自分が小さい時は気にもしなかったしどうでもよかった

問題10代になって頑張って社会に入り始めた時から音を立てながら自分女性という地位が明らかになっていった

ふと、この考えを不意に思い出すきっかけを作ったのはあるゲームでのキャラクターだった

私はネット出会いなんて求めていない主婦なのでゴリラみたいなおっさんキャラオカマ口調でチャットで話していた

するとどうだろう、話している事や言葉現実で女として立ち回るのと似ているのに「優しい」だの「好き」だの言われ始めた

もちろんそれは恋愛対象としてでは無いのだが、私はこれに対して凄く頭を悩ませた

現実の私は普段どれだけ気を使っても「女性から当たり前」や「もっと優しくできないの?」と言われる始末だ

  • 「女として立ち回るのと似ているのに」→「の」は多義的言葉なので便利に使いがちだけど、読者からするとどの意味の「の」なのかがわからない。「女として立ち回るときと」。悪文。
  • 「似ているのに」→ここは「ほとんど同じ」の方がよい。「ほとんど同じ」という表現比較したときに、「似ている」は「同じではない」という含意が含まれる。「ほとんど同じ」であれば「同じ」であることが強調される。
  • 「どれだけ気を使っても~と言われる始末だ」→「どれだけ気を使っても褒められることはない、むしろ~と言われる始末だ」くらいに書き換え。1文が長いので読みにくい。

どうしてここまで差が生まれたのか軽く考えた

先に差別的表現申し訳ありません

「ああ、オカマは"男性"として見られてるし一般的には半男性で半女性から女性より地位があるんだな」

そう考えるとなんだか妙に納得してしまった

そう、女性だとこの国では少し地位が低い

女性男性になってオナベになっても元が女性男性からか何故かオカマより強く見下されている気がする

もう疲れてきた。

元が男性女性の要素を内面に持ったら…

でもそれも場合による、男性が外見共に女性化したら社会的弱者のように見られる

女性が外見共に男性化したら明かさなければ半分ぐらいは社会強者だが明かせば社会的弱者になりうる

なんかそこから日本時代の背景とか考えちゃうと女は昔から地位がなくて守られる存在とか言われて結構蔑ろにされてきてたんだと感じた

江戸時代出産なんか今みたいに叫べないし産んだら7日間は頭上げたまま寝ることも許されない、遊女とかも気に入った男が女を金で買う制度とか奴隷となんらかわらない

最初に言った話に戻すと10代の頃に会社で働いてたらセクハラパワハラを受けた

そこでクソ野郎から言われはしないが社会について学んでいった

そいつから学んだことはだいたいこんな感じだ

「女は大人しく、男の都合よく、美しく、可憐で、汚れを知らない、男よりも下であれ」

ハッキリ言って反吐が出る

対して好きでもない不細工な頭悪い無能ブ男に何故媚びを売らねばならんのだ

しか自分より能力も低い男にストレス発散される意味が分からない

から記録して金貯めて裁判で勝ってやった

しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない

男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない

特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い

  • しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない」→後段の流れ見る限りここでの「気に入った」って容姿の話ですよね? 気に入ったのになんで嫌うのかって普通読んだら思います。悪文「しかし、仮に気に入った顔の相手であっても上手くはいかない」
  • 「男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない」→超悪文。主語はどこなのかわからねえんだよ。「顔が良くても、能力が低くて頭が悪く中身がないようなやつとは、恋人にも友だちにもなりたくない。男でも女でも」。読点いれて文章の順番を入れ替えろ。
  • 特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い」→「特に、男の場合は女を見下すことでクソみたいなプライドを守って生きている場合が多い」

女の場合は美しいからと頭悪くて無能自分を棚に上げて誰ふり構わず見下しまくってる場合が多い

大した能力も何も無いから顔しかいい所がない

たぶん顔と能力がどちらか強く偏っていると自分の糞みたいなプライドの為に人を傷つけるんだな

なんかゲームオカマしてただけなのにこんな深く考えてしま自分も嫌になる

女性として地位がない、地位があるとかどうでもいいか安全暮らしたい

セクハラとかパワハラとかモラハラとかね

男女問わず変な人達に関わらなくて住める環境が欲しいだけ

男は男らしく、女は女らしく

そんな糞みたいな考えが今の糞みたいな問題を作ったならもっと多様化してぐちゃぐちゃになれば何が何とかどうでもよくなんのにそれが差別主義とか馬鹿論点ズラしながら言いやがるし人生やになってくるわ

地球嫌いだから宇宙行きてー二度とこんな糞みたいな星生れんわ

タイトルだけ見てや全部読まない人へ

最後まで読んでほしい

普段から持つ偏った主観で決めつけるのではなく

無の気持ちになって柔軟な思考で読みながら考えて下さい

たぶんそれをしないと内容が見えません

読んだ。

追記

なんか文章力について書かれてたけど自分理解できないのを他人のせいにしないで

内容を読んで感情的個人攻撃する感想を書くのはなんなんだ

自分の都合に合わない話や理解できない内容なら大人数で1人を叩いていいの?

理解できない自分を疑うべきではないの?

これを読んだ少数派の人は理解してくれてる様子が伺えるけど大多数は内容を読んでも理解出来ずになんか話が分からいから"決めつけて攻撃"してるようにみえ

人って理解できない事に強く攻撃なのはわかるけど・・・

今度から理解できない人の為に分かりやす一般的増田を書くよ

自分が気に入った書き方をしても理解できない人から攻撃されるなら理解できない人に優しくしなきゃいけないなんて

理解できない人が理解する努力も無く・・・やっぱ地球嫌いだわ

私は別に誰も攻撃してるつもりないし

そういうふうに見えたらごめんね

悪いけど自分増田文章力を一切信用しない。この文章理解できないのは増田のせいです。句読点意識して、慣用句ちゃん慣用句として使い、修飾語と被修飾語がわかりやすいように文章の順番を意識してください。

反応への追記

「お前の文章下手」→その通り。書きながらもっとしっかりした表現に直したくなったけど増田だし気にしないことにした。文章添削した人間がの下手さを指摘されるのは当たり前だし、あとで書いてるようにこの文章自体性格悪いので自業自得として修正しないでおく。

「なんで突っかかるの」→「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書いてるの読んでイラッとしたのが3割、殴れるサンドバッグがでてきたなと認識して自覚的に殴ったのが7割。

キモイ」「性格悪い」「傲慢」「下品」「マウント取るの楽しい?」→ストレス発散だったのは自覚しているし、性格が悪い行為なのも同意する。事実ストレス発散にはなったし、「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書かれた以上反省しない。

「そんなささいなことどうでもいいだろ」「後で直せばいいだけの細かい作文ルールにうるさい」→悪文は「ちょっとした違和感の積み重ね」で生まれる。つのない文章が続く中で1箇所2箇所文法の間違いがある……といったパターンならいいが、たったこれだけの短い文章のなかで「簡単に指摘できてしまうような読みにくい理由」がこれだけあるのは、残念ながらどうでもいいことではない。文章を書く技術ってものすごく高度なことなので、きれいな文章が書けないことがまずいことだとは思わないけど、元増田自分文章ちゃんと書けてないってことを自覚してほしい。

プロファイリングしろよな」→別増田に上がってたnote読んだ。悪文であればあるほど書き手の背景が色濃く出るのでこういうこともできた筈なんだよな。なぜかいきなり遊女の話が出てくるあたりそこに関心があった=風俗で働いてたって推測には合理性があるし。本当はこれくらい攻めた読み解きがしたい。結構反省したし尊敬する。

ジェンダー問題興味ないだろ」→元増田よりは興味があるのは間違いない。元増田システロ女性と推測するが、女性男性に比べて社会地位が低いというところに全く異論はないけど、それがMtFFtMに対する雑語りを許していいわけないし、内面に対して「男性化」「女性化」みたいな表現している辺りの、性自認と性指向理解のなさを許容していい理由にはならない。

マンスプレイニング」→この文章書き手男性だと判断した理由がわからないが、事実男性なので踏みこみません。この文章単体への指摘として言及されてるのであれば無視します。「こんだけトラバでもブクマでも批判されているところで追い打ちをかけるようにこんな文章を書くな、マンスプレイニングに荷担している」という指摘なら納得するので以後つつしみます

病院に行け」→多分つかれてなかったら添削してなかったし、病院にいくかはともかく自分の体調見直すわ。

2021-05-10

合理的コロナ対策をすると殺される可能性がある

まずここでいう合理的コロナ対策というのは私個人理想としている、より多くの医療支援ワクチン接種支援、水際対策ロックダウン等の強い蔓延防止規制実施のことであるが、 そもそもこれらの対策合理的ではない可能性について考える必要がある。例えば、これらの強い対策を実行した場合に、甚大な経済的ショックの影響で仮に5年間に5万人の死者が出ると予想したとする。そして対策をしなかった場合の死者数は4万人と予想したとする。実際には経済的な損失額なども含めるかもしれないが、そのような予想の比較を行ったうえで対策をしないことが合理的であるという結論に達する可能性はある。

この場合、私個人理想とする対策合理性に欠く判断だということになるだろう。しかし、もしそれが真実だとするなら、これらを正しく国民に伝えれば良いのではないだろうか。そういう観点からも、やはり現状の対応合理的対策とは言えないと思っている。(伝えてしまうことで結果が変わってしまうことを恐れている可能性はある)

ここからが本題だ。

では何故合理的対策がなされていないのか?

今回の1年以上にわたる対応を見ていて誰もが思ったはずだ。

「誰でも良い。政治トップ合理的判断を行える人材に変えた方が現状よりはマシだったのではないか?」

と。少なくとも私は何度もそう思ったし今でもそう思っている、そう思いたい。たか私利私欲のためにどうしてここまで非合理な判断がなされるのだろうか。そう考えた時、一つの仮説が浮かび上がる。殺されるのではないか

合理的コロナ対策をすると何者かに殺されるのではないか?もちろん家族を含めて。

今の政治は私が思っているよりもっともっと腐敗していて、いろんな利権が絡み合い、合理的判断をすることで殺されてしまうのではないか。そうだとすれば、たとえトップを変えたところで同じように自分家族の命を人質に取られてしまい、同じ非合理的対策を行うしかなくなってしまうだろう。

どこかで潮目が変わってくれることを祈りつつ、今はこの理不尽な世の中に耐えるしかないのかもしれない。

2021-05-07

俺たちにも言葉の刃を握らせてくれ

拝啓ヒプノシスマイクくん。

ずっと君に伝えたかたことがある。どうか俺たちも、ラップでバトルをさせてくれないだろうか。

このことを言いたくて言いたくてずっとモヤモヤしていたので、今日匿名で吐き出せる場所をお借りして、ヒプノシスマイクくんへの思いを伝えたいと思います


ここ数日(いや数ヶ月)、ヒプノシスマイクオタク界隈はザワザワしている。バトルシーズンからだ。

今でこそ、界隈はそれなりにザワついている。けれどヒプノシスマイクくんはバトルシーズンの手始めに、高いクオリティと圧巻のパフォーマンス配信であることを生かしきった演出と、何より演じている方それぞれの魂がこもった素晴らしいライブを見せてくれた。

昨年3月コロナウイルスの影響によって配信にならざるをえなかったライブだって、もちろん素晴らしいものだった。でも今回のライブは、バトルであるという特性上「勝ちたい」という演者の方々の思いがビンビンに伝わってきて、その熱量とか気迫にグワッと心を掴まれものだった。画面越しなのに、こんなに熱くなれる、こんなに泣いて笑えるエンターテイメントがあるのか。そんな風に思わせてくれるライブだった。

この配信ではじめて聴くことになった新曲たちも、そのチームらしさが全開だったり、逆に今までにない曲調や歌詞だったり、心を鎮めないと冷静に聴けなかったり、逆に中毒になったように再生してしまったり、「待ってました!」と手を叩いて喜んだり、逆に「こんな風に来るの!?」と度肝を抜かれたり、どれも本当に最高だった。

それぞれのバトル曲も、言葉応酬と韻の踏み合いとそれぞれの信念のぶつかり合いを感じられて、どれも違う味わいながらも、たしかな満足の得られる仕上がりだったと思う。

視聴期間中、毎朝毎晩繰り返し観てもまだ足りないぐらい、プロフェッショナルによる最高のエンターテイメントを存分に味わわせてもらうことができた。関係者ご一同には、本当に頭が上がらない。早く円盤購入という形で感謝を伝えたい。

そしてここでは、観た人がどちらかのチームに一票を投じることができた。ひとつライブにつき一票。単純明快で、シンプルな仕組みだった。

「良すぎて選べない」という贅沢な悩みこそあれ、最終的に投じる票はひとつしかない以上、どちらかを選んでボタンを押すしかできなかった。

そしてこの時点で我々は、この一票が後に控えた投票形式での「一票」と同じ重みとして扱われるのかどうか知らなかった。(と、記憶している)いま思うと、それが不穏な空気前触れだったんだろう。

最高なライブの余韻の醒めないまま、現金投票券に換えてCDを積む形式のバトルが始まった。

前回のバトルでは、街からCDが消えたとか、相手チームのファンを装ったアンチ偽装工作をするとか、「〇〇のアニメイトにはもうCDがありません!」みたいな虚偽の情報が流れたりしたらしい。それは怖いな、と思っていたけれど、個人的な印象では、案外そうでもなかった。

から判明したところによると、「サイレント投票」といって、相手方に悟らせないように黙々と積むことが推奨されていたらしい。投票期間が終わると、「微力ながら〇票を投じました」というCDタワーの画像タイムラインに乱れ咲いていて、なるほどこれが令和のバトルか、と思った。

まあでも、外から見ている分には、比較的穏やかなまま過ぎていった期間だったように感じられる。

そのCD積みバトルが終わった段階で、中間発表をするのだと言われていた。

正直、なんでだろうとずっと不思議だった。戦いの火蓋が切って落とされた当時、我々は三次投票にあたる「VRバトル」の詳細を知らなかった。MAX一人6票らしい、というような情報はあったかもしれない。

とすれば、中間発表で僅差でも大差でも、ファンの母数が急激に変わらない以上、結果に大きな影響は与えられないだろうに。それなら、たくさんCDを積ませるためにライブでの投票が終わった時点でいちど結果を出せばいいのに。

不思議なことをするなあ、という疑念を抱きつつ、「VRで積めない可能性があるなら、実質CD勝負するしかない」と覚悟して積んでいる方々を見て、そういうものだろうかとアッサリ流していた。

で、中間発表があった。大差のついた戦いと、僅差の戦いと、逃げ切り/逆転を狙いたくなるような戦いがあった。(これ、あまりにも綺麗な分かれ方だったけど、ヒプノシスマイクくんの予想通りだったんだろうか)

そして中間発表と前後して、「VRでも積める」ことが判明した。しかも、一票あたりの単価が最もお得だ。(ライブはたしか四千円ぐらい、CDが二千円、VRは千円)そして、金額によって票の重みが変動することはないらしい。たぶん。

阿鼻叫喚、ってこのことか、と思った。タイムラインを眺めていると、めちゃくちゃに人間感情が乱高下していて、見ているだけで酔いそうな感覚になるほどだった。

すでに(単純計算で)十億円を超えるカネが動いていて、その上まだ、ヒプノシスマイクくんは人のカネと感情を動かすつもりらしい。

せめて少しでも巻き返したい、という気持ち

このまま圧勝したい、という気持ち

なんとか逃げ切りたかったり、猛追して逆転したかったりする気持ち

同じチームを応援する者同士の連帯感が高まる一方で、自陣への不信感を募らせたり、相手方への攻撃に転じたりする心情だってある。そして、今まで投じてきた票の意味を自問したり、疲れて何かが折れてしま気持ち

金銭によるバトルをはじめて間近で見る身として、ものすごい世界だなあと溜め息が漏れた。

中間発表の形式タイミングは、ここまできて振り返ると、それなりの合理性があったのだろう。

単に「VRも始めたからみんな観てね」って言うよりも、ずっと効果的に多くの人にアプリインストールプラットフォームへの会員登録をさせられる。

現金」や「CD」という物理空間での制約を受けない形式での投票は、よく言えばエコだし、わるく言えば金銭感覚をより麻痺させる。

中の人」を表に出して結果を発表するグロテスクだって結果的にはこの札束バトルを過熱させる要因のひとつになっている。

ごく個人的見解では、収益化のうまいコンテンツは見ていて信頼できる。そういう意味で、カネの集め方や人の心理誘導の仕方として、ヒプノシスマイクくんには一定の信頼を置いている。そのうえで、私は思うのだ。

ダッセーーーーー!!!!!

と。

ダサいあんまりにもダサい。やってることが格好悪い。ヒップホップってもっとイカした世界観じゃないのか?ここは昭和でも平成でもなくて令和、あるいはH歴じゃないのか?なんでこんなダサい商法を、君は性懲りもなく続けられるのか?答えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

ヒップホップとか、ラップミュージック歴史にあまり明るくない人間でも、少なくともこのジャンルは「富める者によって独占されるべき音楽」ではないんじゃないか突っ込みたくなってしまう。資本主義が一番偉いから、カネや地位権力のない人間は虐げられて一生地べたに這いつくばってるべきだっていう世界に反逆できなくて、何がペンは剣よりヒプノシスマイクなんだ?教えてくれ、ヒプノシスマイクくん。

私には純粋に、それが疑問なのだコンテンツの維持にはお金必要なのは百も承知で、それでもなお、音楽(あるいは魂)の在り方と商法の相性が悪くて、これじゃああんまりにもダサいんじゃなかろうかと思ってしまうのだ。ダサすぎて仕方なくて、コンテンツとして廃れてしまうんじゃないだろうかと思って、そこに私はずっとヒヤヒヤしているのだ。


から、私は提言したい。せめて、俺たちもラップで戦わせてくれ!と。言葉がいまやマシンガンであるなら、ライムが脳漿をかき回せるなら、金銭以外のフィールドでも戦わせてくれないだろうか。

たとえば、CDを買ってシリアルコードを使って普通に投票すると、それは一票としてカウントされる。でも、リリックを添えて投票すれば、それが二票としてカウントされる。そういう仕組みはどうだろう。

こういう仕掛けなら、お金はあるけど時間のない人は、CDをたくさん買って黙々と投票すればいい。逆に、時間はあるけどお金のない人でも、リリックを練り上げることで力添えができる。今までたくさんヒプ生で学んできた知識も生かせるし、日本語母語としない人でも参加できるんじゃないだろうか。

日本語ラップ押韻判定が難しそうだけど、それを見極めるために人が雇われれば雇用の創出になるし、AI的なシステムを作ればラップの発展に貢献できるかもしれない。

今までプロとして歌詞提供してきた方々も、ひょっとしたら参戦してくれるかもしれない。それを見て、まだヒプノシスマイクに触れたことのなかったラッパーの方も、面白いと感じて参加してくれるかもしれない。総力戦である

こうなってくると、同じ「二票」になるのなら、CD二枚を買うのではなくてリリックを考えることを選択する人も出てくるだろう。演じている方への愛を伝える手段としても、体温のこもった一票を投じることができるというのは、悪い選択肢ではないはずだ。

それで、できれば、そうやって集まったリリックを選び抜いて、それを楽曲に使ってくれないだろうかと思うのだ。

それもまた、想像すら及ばないほど難しいものなんだろうということは、今まで世に出てきたヒプノシスマイク楽曲を聞いていればわかる。一連の曲の中で無駄フレーズなど一つもないほどに、リリックというのは緻密に組み上げられているのだ。

でも、たとえワンバースであっても、自分リリックが使われるかもしれないという可能性が見えていたほうが、ずっと張り合いがあるしドリームがあるじゃないかCD一枚、二千二百円に全身全霊をこめたリリックを乗せて票として投じて、それが「推し」のパンチラインになるかもしれない。そんなビッグドリームを抱けずして、何がヒプノシスマイクなのだろう。

ラップミュージックは、その人の人生を背負う音楽なのだという。だとしたらやはり、キャラクターへの愛やヒップホップへの造詣の深い人がより力を持つ投票の仕掛けとしても、リリックバトルをやってみてくれないだろうか。きっと面白いだろうから。それで盛り上がる世界を、私が見てみたいから。そんなムーブメントを巻き起こせるだけの力がヒプノシスマイクくんにはあると、私は特段の根拠もなく信じているから。

数年後には、「来たぜホンモノのDRB(絵文字) 燃やせ闘志入れてけよ気合い(絵文字) リリックバトルこれこそ新時代(絵文字)」みたいなフザけたお知らせとともに、本気でリリックバトルをブチ上げて欲しい。そういうヒプノシスマイクくんであってくれると嬉しいなと思っている、一人のファン気持ちでした。

なんだかんだ言いつつも、私はこのバトルシーズンをそれなりに楽しんでいるので、まずは今のバトルの結果を最後までキッチリ見届けたいと思います

2021-05-06

科学技術左派思想について

https://anond.hatelabo.jp/20210504201554

左派政党理念先行型というのが元増田の指摘にあってほんとその通りだと思うが、この原因について自分なりの考えを書いてみた。

まず、左派思想典型的なのは人権、男女同権、貧困対策だと思うんだけど、こうした現代左派理念普遍的絶対的だと多くの左派勘違いしている気がする。

例えば、男女同権なんだけど、もし、現代人がタイムスリップして江戸時代以前で布教するなり活動するなりしてそうした社会が成立するか少し想像してみて欲しい。

産業革命以前の社会に男女同権を持ち込もうとしても無理か無駄で終わると自分は思う。

産業革命以前の工業化機械化されていない社会では人間の筋力が労働力防衛力に直結する訳でそうした社会の元では

男女分業には一定合理性があって、もしかすると当時はそのことがより文明的だったのかもしれない。

現代日本で暮らす我々からすれば許容し難いけれど、今は良くないこととされていることが皮肉にも昔は合理的でよいことがあっても不思議じゃない。

まり女性解放するためには一般女性を目覚めさせるためにも女性の権利の活動家の方々の活躍必要なことは言うまでもないけれど、

やっぱり人間の筋力に依存しない社会全体の技術の発展も同時に必要だったのではないだろうか。

技術の発展は必須というのではなくて、場合によっては理念の実現の難易度を下げてくれる要素もあると思う)

というか、前者ばかりが注目されて後者左派思想家や政治家が語らなさすぎると思う。

これが理念先行型の現状なのではないかと思うがどうだろうか。

男女同権の話だけだとアレなので貧困についても同じだと思う。

江戸時代貧困に比べれば現代日本貧困は随分マシだ。

その原因はもちろん、現代には基本的人権の尊重福祉思想によって弱者救済制度があるからだけれども、

一方でそうした福祉制度として導入したり、運用できるのも社会全体で見たら圧倒的に現代の方が裕福だからというのもあると思う。

「再分配の強化!」に比べれば左派成分は少ないかもしれないけれど、長い目で見たら「皆で豊かになろうぜ!」でもそれなりの貧困対策は見込めるんで

もっと緩く政治家なり活動家なりを支持してもよいように思う。

雑な話なんだけれども、まあ、適当

1.科学技術社会全体を発展させて社会をより裕福にしま

2.より裕福になった分の一部を新たな福祉に使います

3.今まで十分に活躍できなかった弱者層が新たに社会進出します。

(彼らの協力でさら科学技術社会全体を発展させる難易度が下がります

1.最初に戻る

みたいな分かりやす左派の発展モデルを用意すりゃええのにな。

(3は相当に嘘くさいしこれは例えばね)

2021-05-05

anond:20210505213958

合理的なのは良いことだなぁ。

当時はそれに絡んで感情的意見が飛び交ってたか

その対局である合理性とは遠い印象になってたけど

結局あれは騒ぎたいだけの人で施行意図とは別だったのかなー。

男性が受ける差別とは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです

男性が受けている差別として重要だと私が思うのは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです。

男にも女にも、男は警戒すべき存在だという感情がうっすらとあります

同時に、男性だったらほっといても大丈夫だろう、という肯定的な信頼の形をとって、男性のことをろくに気遣う必要はないとされがちです。

から世間話でもマスメディアでも、男性への警戒や、過度の信頼による雑で粗末な扱いが平然と行われています

それが積み重なった結果として男性は、敬遠されて孤独人生になりやすく、自尊心も低く、自分たち男性自身への嫌悪も生まれ自分の事すら粗末に扱い、次世代男性もそのように扱うので引き継がれる、などの被害を負っています

保護と抑圧は地続きなのでバランスが大切だ」という話をよく目にしますが、同じように、信頼と放置も地続きなのです。

家父長制は、自立したい女性にとっては抑圧という差別だけれど、自立を望まない女性には保護を受けやすいというメリットとしても働く。

それを裏返したように、男の自由放任は自立できる強者男性にとってはメリットだけれど、弱者男性にとっては助けてもらえないし悲鳴無視される差別として働いています



若者が遭遇しやす実例として、バイトサークル活動が長引き、夜になってしまった場面を考えましょう。

男性は帰り道の安全心配されることは少ないです。

これを、男性の方が不安心配事が少なく生きられるというメリットととらえることは確かにできます

しかし同時に、「襲ってくるとしたらたぶん男だ、男を警戒すべきだ」「男の自分は、夜道で女とすれ違う時に怖がらせてしまうだろうから気を使わねばならない」「男の帰り道を気遣ってやる必要はない、男は粗末に扱っていい。自分が男なら自分の事も心配せず粗末に扱うべきだ」という認識を強めることにもなります

実際は、男性でも深夜に一人で帰ることに恐怖を感じる人がそれなりにいるのですけどね。

でも、女性の帰り道は心配されるが男性はそうではないという現実と向き合うたびに、「ああ、俺の夜道への恐怖は認識すべきでない感情なのだ。むしろ俺は怖がる側ではなく怖がらせる側なのだ」という方向へ矯正され、やがて本当に自分でも自分不安や恐怖に気づけなくなります



色々な場面で、不安を感じてないことを前提とした粗末な扱われ方を重ねて、男性自分に対しても他人に対しても鈍感にさせられていきます

たとえばトイレ

男だったら道端で立ちションしても大目に見られがちという自由は、性器露出し排泄を見られたくない感情を気遣ってもらえないという粗末な扱いでもあります

不安羞恥を感じていた男児も、「その辺でおしっこ済ませてきな」と言われたり、仕切りのない小便器や、女性が清掃に入ってくるトイレを使ううちにその弱さを鈍麻させ忘れてしまます

たとえば「男の人がいれば安心だね」という言葉

この言葉はおおむね好意や信頼の表れですが、同時に「男の人は一人でも不安になる必要はないよね、あなた自身が男の人なんだから」という扱いでもあります

一人で行動しても口を挟まれない自由の反面、一人は心細いという男性感情最初から考慮されていない。

このような扱いに触れ続けることで、「俺は男だから不安になる必要はないんだ」と自分勇気づけ、痩せ我慢することが癖になります

夜道にせよ、トイレにせよ、一人行動にせよ、成人男性に直接聞いてもたいてい「いや全然平気だが」と言うだけでしょう。

最初から平気な男性と、鈍麻し平気にさせられた男性と、本当は平気じゃないが痩せ我慢している男性区別することは本人にすら困難です。…

…これは「たとえ当事者男性差別否定しても、それをそのまま受け取るべきではない。男性差別存在する」という無敵論法っぽくなるので好きではないロジックですが、そう言わざるを得ない。

ここ数週間のネットでは、男性セルフケア能力が低い、まずは自分を大切にすべきなのにそれをしようともしない、などという話も多くなっていますが、それは数十年にわたる「男性自由に行動してよい反面、粗末に扱ってよい」という経験の積み重ねによるものであり、決して男性個人に責を負わせるべきでも、自己解決を求めるべきでもありません。

セルフケアに焦点を当てるならば、社会によって損なわれた男性個人セルフケア能力を育て直すため、社会反省して手厚く協力してあげよう、という話になるのが妥当でしょう。

しかし現状の男性セルフケア論では、セルフケアというスローガンと丁寧な暮らし雑誌は与えてやるのであとは自分で(せいぜい弱者男性内部で)上手くやって満足しろ社会は手を貸す気はないぞ、という正反対の切り捨て論になっています



男性が警戒され、気遣ってもらえない原因には合理的理由がある、という反論はできるでしょう。

ホルモン文化的影響による男性の特徴は色々あります

腕力の強さ、性欲や暴力性の強さ、外見の悪さ(体毛が濃く皮脂が多く禿やすいなど男性ホルモンが外見に与える悪影響は多い)、コミュニケーション能力共感能力の低さ、など。

しかし、そのようなある程度の合理性があったとしても、統計的差別であることは間違いありません。

統計的差別はどの程度まで許されて良いか、というのは難しい問題なので、別に論じる必要があります

そして、フェミニズム弱者男性論の共闘が難しいのはここが主要な原因でしょう。

性犯罪男性から女性への加害が多い(犯罪全体では男性被害者の方が多いですが)」「腕力が強くて静止が困難」「妊娠リスク」など様々な事実に基づき男性に対する統計的差別をどの程度認めるべきか、真っ向から対立しまから

統計的差別は一切許されるべきでないと言い切る人も時々いますが、それはどの陣営であっても非現実的でよくないと思います

もっとも「社会運営するにはマクロ視点統計的差別必要なことは認めるけれど、その加減を考えましょう」とかぬるいことを言ってると、確かにそうだね考えなきゃねとは言ってもらえても実態現状維持が続くだけであり、統計的差別を一切許すな!と極端なこと言って圧を掛ける方が新規分野の社会運動としては実を結びやすいんでしょうけどね……。



これに近い話題は、今までも男性加害者として認められやす被害者として認められづらいという内容でしばしば語られてきましたが、たいてい注目されるのは悲惨な女→男セクハラ暴力事件がほとんどです。

それも由々しき問題ですが、その根底にあるのは、もっと日常的でうっすらとした「男ならまあ平気だろ。ほら、やっぱり平気だった」という日々の積み重ねではないでしょうか。

特に、「男性なら大丈夫」という信頼により粗末に扱われる場面は見過ごされやすいと思います

フェミニズムでは、「女を自立した人間と信頼して放任しろ、家父長制で口を出してくるのやめろ」というアプローチが行われていたため、その逆になっている、過度の信頼による放置という男性差別問題視されづらいのです。

女子供は弱いか保護して指示してあげなきゃね」という慈悲的差別に対して、男性が受けやすい「男は大丈夫だろうから心配する必要もないし勝手に自立しててくれ」は信頼的差別などと呼べそうです。



この記事は、これまで弱者男性論で強調されてきた、人間関係恋愛経済ジェンダーロール、弱者男性論が不条理否定される、などの論点対立しません。

警戒されつつ粗末に扱われることは、親しい人間関係恋愛関係ハードルを上げます

経済的貧しさについては、一般的貧困問題に加えて、男性公的にも私的にも助けてもらいづらいし、そもそも助けを求める能力社会により破壊されていることが困窮してはじめて露見するなど、男性特有の困難があります

男性ジェンダーロール問題とくくられるような、男なんだから泣くなしっかりしろと言われるとか、責任を負わされるとかは、「信頼の名目で粗末に扱われる」部分です。

弱者男性自体があまり聞く耳を持ってもらえないしミソジニストとすら言われるとか、困ってると認めてもらえなかったり、困っててもそれは受け入れるべき部分だと言われることなども、「信頼してるという名目で粗末に扱われる」ですね。



また、「男性にも弱者がいることは分かったけど、結局どうなることを求めてるんだ、要求を出してくれ」という問いがありますが、運動として歴史の浅い弱者に、的確な要求をする強さをいきなり求めないでください。

現時点では、「どうなったらいいかを、男性に肩入れしつつ一緒に考えてくれる人が増えるのが望みです」としか言えません。

少なくとも私は、男の乳首露出NGしろとか、男性トイレもすべて個室にしろとか、芸人ちんちんポロリシーンやハゲネタダメだとか、「男の人がいると安心」はハラスメントから許すなとか、そういう短絡だったり個別的すぎる議論にはしたくありません。

https://anond.hatelabo.jp/20210505030506

2021-05-04

ラスボスと戦わない話好き

昔読んだカルマの塔っていう戦記もののなろう小説があって、それがすげー良かった

主人公は、武の才能はないけど、根性合理性と執着によってメッチャ強くなった人

ライバルとして野性味のある魅力的な天才みたいな奴がいて、戦場主人公結構戦う

わりと倒した相手は死んでいくタイプの話なんだけど、そのライバルとは引き分けの形になることが多くて、決着がずっと引っ張られる

そんで、最後にでかい会戦があるんすよ

ライバル君が少数を率いて主人公のところに突っ込んでくる、みたいな展開になる

そらまあ一騎打ちやろなあと思うじゃないすか

そうならないんだよな

戦いすら発生しないんですよ

主人公は、「もう手は尽くした」みたいなことを言いながら、たしか優雅お茶を飲むみたいなことすらやっていた

最後のでかい戦闘に不参加なんすよ 主人公

なんかシビれたんだよな あれ

あいうのないか

事前に手を打っておいて、ラスボスとの戦闘が発生しないようにしちゃう展開

かなりカッコいいよ

2021-05-03

弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」がはてな民の総意

弱者男性はまずクロワッサンを読め。丁寧な暮らしをして、自分の機嫌を取れ。」

絶賛してる多くのはてな民と、ブチギレてる弱者男性擁護派に見事に別れたこ提言

でもこれ冷静に考えると正論なんだよな。珍しくはてな民がマトモなことを言っている。

反発してしまうのもわかるが、全くの正論しか言いようがないのだ。

現代弱者というのは結局の所、自分自分の世話ができないことがストレスとなり

他人リソースを注入せざるを得ないのに加害性が高く、コミュニケーションも高コストになる、というところに本質がある。

おとなしく機嫌の良い弱者ならなんとでもなるが、暴力的で不機嫌な弱者支援しづらく、相互扶助のリターンは小さく、支援者にも避けられ、ますます弱者になっていく。

社会関係資本という最も重要資本を自ら失ってしまう。たとえば公的支援も後回しになり、金銭サービスを受ける際にも追加でコストを取られる。

私的関係なんて当然言うまでもなく壊滅していく。それが弱者たる所以

から、「まず自助努力で丁寧な暮らし自分の機嫌を取れるようになり、そこから支援を受ける」というのは理想的な流れと言える。

ここまではほとんど自明な話だ。

とはいえ、これを弱者に向かって直接いうと当事者や、同情している人々に激怒されるのも確かだ。むしろそれこそが真の問題である

答えはわかっているのに、納得したくないというケースが非常に多い。

最近の別の典型例は車椅子クレーマーで、あれは弱者敵対的コミュニケーションによって周囲に加害していた例だろう。

一般人の反感を買ってますます支援理解を得られなくなるのだが、「あれが戦略的に正しい」という意味不明擁護左派の中で多かった。

もちろんそんなわけないのだが、当事者に寄り添うと、認知が歪んでしまい、客観的物事を見られなくなるのだ。これ自体は仕方がない。一般的な話で、左右の問題ではない。

今回の件で言えば弱者男性擁護派もブチギレていた。全く同様の心の動きだろう。

そこにさらなる正論反論しても、ますますヒートアップするばかりで、納得が得られる可能性は低い。

忠言耳に逆らう、というのは普遍的な話だ。最も重要提言ほど、正面から言うと理解が得られない。


からこそ、様々な弱者に対して「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしようよ」という正論を投げかけるのは有効だと思う。

障害者マイノリティ弱者男性、いろいろな弱者がいるわけだが、その全てに同情している人間はそれほど多くないだろう。

自分がまったく同情していない、あるいは嫌悪している対象ならば、「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」という正論合理性簡単理解できると思う。

もちろん同情しているとか、実際に当事者なら怒るだろうが、その場合にはまた別の対象を持ってくればいい。

弱者男性擁護派も他の弱者に対しては同様の論理を持ち出していることは多い。

そこからはじめて繰り返していけば、弱者一般に対しても全く同様の論理が成立することも、最終的にはみな理解できるだろう。

実際に今回、はてな民の大多数は理解できた。地道にやっていくことが大事だ。

そうすればだんだんと加害性の高い弱者が減っていき、協調性の高い社会にたどり着くことができるだろう。

今回の提言は図らずも多くの学びを得られた。


余談だが、以下のような論理は全く空転しているといいたい。

今まで言っていたことと矛盾している人間がいたからといって、今回の反応が間違いだ、というのはレトリックにしてもあまりにも短絡的だ。

しろ、今までが間違っており、今回正しい結論に至ったと見るべきであろう。

https://anond.hatelabo.jp/20210503143456


追記

ブコメに明らかに文意が読み取れていないはてな民が見受けられる。

私は福祉否定しているわけではない。弱者に助けが必要なのはそのとおりだ。読めばわかるだろうが、共助や公助を受ける「ために」自助努力必要だという話をしている。

それが、助けてくれる相手に加害をしないように最低限のセルフケアをする、丁寧な暮らしをする、という今回の提言だろう。

まりこういうことを言いたくはないが、自分が何に賛同して何に反対しているのかぐらい考えてからコメントを書いてほしい。

anond:20210503184815

じゃあ、お前はまず女をあてがえの意味定義をしてみろよ

お前の定義と、その内容が一致するか示せばお前の主張に合理性が生まれ

2021-04-29

https://b.hatena.ne.jp/entry/4701903544760427426/comment/snobbishinsomniac

経営合理性があれば、"私企業はあらゆる差別をしていい"ということなの?

自分はそれは違うと思う。

経営合理性関係なく、差別と認められることは撤廃を推進していくべきだと思う。

自分が買い取って経営しろ?そしたらすべての企業自分で買い取って経営しなければ理想に近づかない。実現は不可能だ。

不可能な事に思いを馳せても仕方がない。そうではなく、自身の考えを公にして、考えに同調する方を広めて、世間の考え方を変えていく。

いま、"経営的に正しくとも性差別をすることは良くないことだ"という考え方はかなり増えてきていると思う。ブコメを見てもそれは明らかだ。

自分もこの考えが正しいと思うので声を上げていく。

別にABCクッキングスタジオ攻撃するみたいなことはもちろんしない。ただ、こんな問題があって良くないことだと思っている、ということは言っていく。

2021-04-26

https://anond.hatelabo.jp/20210423230621

Vivyは、話を盛り上げるための不自然事件や行動や言動が多くて、自分には合わなかった

たとえばヒロインも含めたAIが、合理的な行動よりも、感情的な行動や言動に動くことが多いため、

素早く判断し行動すべき部分でも、妙に感情が先行することが多く、話のテンポが悪くなり行動や

言動イライラさせられる場面が多い (もっと素早く行動しろよ!)

自分は、BEATLESSplanetarianは好きなのだけど、両者にそういったストレスは感じなかった

BEATLESSレイシアの場合は、超AI判断合理的で速いため、レイシアの行動が読めず、少し

後になってから、「そういうことだったのか...」と納得できるようなところにスピード感があり面白かった

planetarian場合は、AI技術がまだ未熟であるため、ところどころで不器用な反応が返ってくるようなところに、

子供のような無垢純真な部分を感じさせられる点が魅力だと思う

Vivyの場合は、人型AIが妙に人間くさく合理性を欠き、言動全体が湿っぽく感情的なのが不自然

そもそもAIに反対するテロリスト存在からして、説得力が欠けていると思う

AI危険性を論理的に納得させる部分が無いし、集団武装し様々な施設を襲うのでは、

AIでなく人間管理しているシステムだって、同様にシステムの脆さを露呈するはずなんだよね

そういう意味では、暴力に訴えたAI批判というものが嘘くさいし、アクションを見せるためだけの方便しか見えなかったりする点が、どうも自分には安っぽく見えてしま

AIの危うさを世間に知らしめたいのなら、もっとシンプル頭脳戦でシステム盲点を突いて見せな

いと、世の中の人々は危機感を覚えないと思う

ストーリーがお涙頂戴の方に傾きすぎていて、AIかわいそうってだけで、AIについて論理的に考える部分が少ない感じがするんだよね

2021-04-24

anond:20210424221119

目先の何十年かしか考えてないだろ。

愚かさってのは時間スパンで決まるんだぞ。

1分先のことしか考えずに合理性を突き詰めるとキチガイの行動になる。

anond:20210424160545

経済的合理性がない。

人権先進国男性差別問題を扱いだして、日本マウント取ってくるようになるまでは放置だろう。

anond:20210424111107

そこはおそらくファッションセンス美的センス問題なのよ。

女性でもすね毛ボーボー(になる人は実際いる。剃ったあと隣に座るとスネをぞりぞりされてすごく痛い)でスカートはこうとするならズボンのほうがみぐるしくない。

男性(LGBTのTとか)でもスカート履くまえにすね毛処理(永久脱毛の痛みにたえるとか)するくらいの意欲ある人(いわゆる男の娘とかじゃにーずあいどるとか)はスカートだってセンスが遭うのなら自分らしいと感じるだろう。

これアメリカではすでに日本から先んじてやってる。合理性自主性の国だから

でもそれでどうなったかというと、すね毛スカートする人があの人へんな人レッテル貼られやすくなっただけ。

ADHDとか自閉症スペクトラムもそうだけど、病気とされるはれものあつかい範囲がひろがっただけなんだよな。

からなんとなく子供にも黒歴史くるまえに自主的に失敗をさけられるレベル教育必要なんだけど、日本人は目的より手段をおしえようとするため小学校でも説得に失敗しちゃってるwwww

日本教育www

結局見苦しくしないためならすね毛は剃るんじゃなくて永久脱毛でも黒タイツでもいいわけですし

なんなら俺はパンクスタイルでいきたいからすね毛はむしろあるっつってすね毛残し+スタッズつけたちぎったジーンズでもいいわけですよ

でも校則という形にしないといちいち説得するのがめんどくさいとかなるわけですよ

この元増田もおなじ。手抜き判断他人におしつけようとしてるだけ。

2021-04-20

anond:20210419175933

まあお前みたいな素朴な気持ち、「原因が不明だが単なる偶然ではなくてなんらかの因果があるに違いない」という感情が、宗教というものが発生した原因であるというのが定説だな。

何にでも因果を見出そうとするのは、人間本能の一つだからな。

からそんなに特別なことではないんだろう。

 

まあ、俺自身合理性信徒なので、増田は間違い(ただし害のない)を犯してると、断じはするがね。

在宅勤務で暇すぎるのでコロナの事を書いてみる

仕事もねぇし、だらだらネット三昧

サラリーマンは気楽でいいね

親の事業を継いでたら今頃ひどい目にあってたわ。

セフセフ。

 

そんなわけでコロナで思うことを書き留めておく。

長いしムカつくだろうから読まないことをお勧めする。

まぁ読むやつはいねぇだろうがw

 

2,3年後にそらみたことかと言えるようにネットに残しておきたいだけだ。

実名だとフルボッコだろうからこっちでw

 

では、始める

自粛マスクワクチン感染者や死者を減らす施策勘違いされたま

政府専門家の誰もこれを正さずここまで来ちゃったわけだ。

辟易している。

 

最初は正しくピークシフトだと言うてたがいつの間にか説明を諦めたようだ。

国民リテラシーが低すぎてさじを投げたように見える。

 

自粛しようがマスク着用しようが全国民ワクチン打とうが

感染者数も死者も総数は変わらない。

山が平らになるだけ。

減らない。

なんで減ると思ったの?

伝播速度を緩める効果しかない。

日常生活を送っててコロナウイルスから一生逃れ続ける事は不可能

手洗いとか殺菌でどうにかなるものではない。

 

そんなもんで撲滅できるならインフルエンザなんてとっくに撲滅できてる。

風邪なんてこの世から消えて無くなってる。

無理なの、不可能なの。

 

人類がこれまで撲滅できたウイルス天然痘だけで

これは死亡率が高く感染メカニズムや皮膚に症状が現れるなど撲滅できる条件が整ってた。

世界中が右も左も西も東も手を取り合って全世界的に撲滅作戦執行した。

人の移動もまだ緩やかだった時代にようやく達成できた。

これを現代コロナでやるのは無理。

どこかに残り続ける。

そしていつかは全員に回ってくる。

コロナウイルス撲滅の可能性がわずかでもあればロックダウンだのマスクに意義があるが。

2万%無理です。

 

ワクチンさえ間に合えば無敵になるんだからセーフだろって?

なりません、そんなもんで救えるならとっくに風邪インフルでやってる。

 

まず、コロナウイルスってどこにでもいる普通ウイルスなの。

風邪、原因になるウイルスは無数にあるけどその代表格が

ライノ、RS、コロナ、パラインフルなど

コロナ風邪の2割の原因。

ちなみに、風邪ウイルス罹患したら全員もれなく発症するようなものではない。

症状がでるのは2割。

普通の人は一年に1,2回は風邪を引くけど実際にはその4,5倍は無症状なだけでウイルスには感染してる。

免疫あんじょう処理して気づかずに終わってる。

ウイルスには感染しているのだから気道などで増殖しくしゃみをすれば飛沫をばらまいてる。

そうやってウイルスは街の中でジワジワと生き延びる。

気温や湿度など条件が整えば一気に広がる。

 

日本は年間130万人が死ぬがそのうち10万人程度は風邪が原因。

ところがこの数字正確な統計すら無い。

 

人が死んでも基本的に原因は調べない。

末期がん患者死ねば死因はざっくりガン、高齢者なら肺炎老衰ごまかす。

肺炎も概ね誤飲肺炎とする。

ごまかすってのは言い方が悪いが

 

ところが今、誤飲肺炎だろうが末期がん患者だろうかコロナ罹患して死ねコロナ死とカウントしている。

そもそも誤飲肺炎というのも相当因果関係なだけで、

年寄りが軽い風邪を引く、もともと筋力が落ちてるところにウイルス筋肉が炎症を起こせば

身体機能が低下し。つまり正しく飲み込む筋肉が働かない。

結果誤飲肺炎になる。

直接的な原因、つまり死因は誤飲肺炎と診断で間違いは無いが。

なんか違うよね。

でもコロナ感染者だと死因はコロナ

なんだかなぁ

 

ともかく実際の死ではそんな細かい事は調べない。

調査もしない、だから風邪で何人死んだかなんて統計もない。

だけどサンプリング病理解剖をしている。

老衰と診断された人も詳しく調べると原因がわかる。

心筋や脳からウイルス細菌が見つかる。

心臓止めたのはこいつだなと。わかる

 

そういう研究から推測すれば年間10万人程度が風邪で死んでる。

 

風邪で人が死ぬのは当たり前すぎて誰も研究調査もしないわけ。

 

ところがコロナは数千人死んだだけで大騒ぎして緻密な調査して怖い怖い言うてる。

肺炎球菌だけで年間4,5万人が死んでるけど

医療崩壊は起きないし大騒ぎにもならない。

はいつか死ぬよね、あの人は肺炎球菌だったってさ、へぇ

で終わり。

でも新型コロナは大騒ぎ。

 

いやでもワクチンで死者は減る、重症化を抑制できるだろって。

できません。

インフルワクチンで立証済み。

インフルワクチンですら寿命増進には寄与していない。

死亡率が下がると思うだろ?

下がらないんだわ。

若年層がワクチン打っちゃう免疫獲得の機会を逃すことになるから

 

ミクロで見れば効果はあるんだけど一生、社会全体のマクロで見るとなーんの効果も無い。

せいぜいが高齢者だけ。

 

コロナワクチン高齢者の接種は否定しないよ。

高齢者も若年層も同じウイルスだろうって。

 

体力が違う。

 

ワクチンは獲得免疫のチャンスを逃す。

免疫ってのは人体が強いダメージを食らうほどその抗原を強く長く記憶するようにできてる。

しか免疫諸刃の剣で、人体を守る機能ではあるがそれが暴走すると体そのものを壊す。

アレルギーアトピーがその代表的な症状。

体内の異物を見境なしに敵とみなして排除するわけにはいかんのです。

人間の体は様々な細菌ウイルス共生している。善玉菌など。

そもそも飯を食うというのが異物の挿入なわけで。

これを免疫機能排除しちゃったら生きられない。

実際に米や小麦アレルギーを持つ人もいる。

困るよね。

 

では人体はどうしているかと言うと体調が崩れた時に体内にいた異物を敵とみなすシステムになってる。

さらに何段階かあり、めちゃくちゃ体調が崩れた時は超ヤバい敵と認識する。

一度記憶した敵は一生涯敵とみなせばいいじゃないかって?

ところが免疫システムもっと利口で、敵を誤認するであろう事もシステム設計で考慮されてる。

人体すげぇ

 

から短期免疫と長期免疫に別れてる。

よほど重い症状でなければ短期免疫で済ませる。これなら誤認であっても時間が経てば解除される。

例えば一時的に米アレルギーになっても数ヶ月でまた米が食えるようになる。

 

免疫の最終段階はキラーT細胞で、これは体内の異物をとにかく殺しまくって体内を一度リセットする最終兵器

免疫にはIgA、IgM、IgGなど各種あるけど、活動場所が違い、どれが発動するか、体の不調の検知は炎症、発熱トリガーにしてる。

 

人間の体でヤバいのは人体の損傷、つまり炎症なわけで、炎症を起こせば筋肉発熱する。

人体がエネルギーを熱に変換できるのは筋肉で、炎症箇所の筋肉発熱する。

これを免疫細胞が検知し、周辺にいる異物を排除しようとする。

 

年寄りが死にやすいのは筋力が低下しているので発熱ができず免疫が起動しないから。

 

で、西洋医学はここに目をつけた、そや、炎症を抑えればええやん。

抗炎症薬の登場。

とりあえず大本の炎症を抑えれば発熱もすることなく、時間が経てば自然治癒するだろと。

寝込むこともなく日常生活継続できる。

まぁ間違っちゃいない。対症療法

 

ところが、これだと免疫活動する必要が無い。

白血球がそれなりに異物を食うてくれるのでそのうち治まるが。

 

西洋人アスピリン化学合成からこの作戦で半世紀、百年やってきた。

 

東洋医学はこれとは逆で炎症、発熱にはそれなりに意味があるものと考え解熱、炎症鎮圧をやらない。

発熱を許容し葛根湯を飲んでおとなしく寝てなさい。

これで数百年やってきた。

 

コロナ回復後も後遺症がある、つーが

従来の風邪でも山程症例あります

後遺症は新型コロナだけの特別症例では無い。

 

風邪回復後にウイルスは検出されないのに微熱が続く、頭痛するようになった。

いくら精密検査しても原因不明

こんな症例はいくらでもある。

 

そもそもタバコも吸わない健康的な生活してても年を取れば小中学校の頃のように走り回ったり飛び跳ねたりできなくなる。

これ後遺症と言うか?

人生何度も風邪やら怪我やら各種疾病を繰り返しながら大人になる。

そのたびに肺や人体の損傷が蓄積される。

風邪が治ったからって体は完全に元通りにはなってない。

ちょっとずつダメージが蓄積される。

老化ってそういうもんですから人間ですもの

なぜか新型コロナだけ後遺症だと大騒ぎしてる。

 

新型コロナ国民一丸となって頑張ったから抑え込めたのだ、この程度で済んでいるのだと主張する人。

99.99%の国民勘違いしてる。

努力には意味がないと報われないよね。

ところが、実際には意味がない。

ただのピークシフト

いずれ一度はかからなきゃならない。

今かかるか先にかかるかってだけ。

 

で、大騒ぎせずにただの風邪と扱ってりゃ一般病院で診察できるんだから医療崩壊は起きない。

逆に言えば大騒ぎしてる連中が殺してるんだよ。

 

ヒステリック特別病気として扱えと騒いでる連中が医療リソース制限をかけ

受けられるはずの治療を奪ってる。

大阪はとうとう溢れた。

医療リソースが枯渇したのではない、コロナ対応できる医療リソースが枯渇しただけだ。

指定感染症なんだから仕方がない。

ただの風邪なら一般病院でエクモできるのに、指定感染症だからできない。結果、たらい回しにされ見殺し。

肺炎球菌だけで年間4,5万人死んでて、医療はそれで逼迫するわけではない。

十分に受け入れられるんだよ。

 

で、今回のコロナ騒動西洋医学が敗北を認めりゃ終わった話

まり解熱剤飲むなボケ対症療法ではなく自己免疫刮目しなさいって話なの。

 

フィリピン人種的にはマレー系子供には蒙古斑が出るアジア系なのだが。

統治経験から文化的医療制度西洋医学なわけで、

 

アジアで見るとフィリピンコロナの死者、感染者数で悪い結果が出てる。

この国、解熱剤、鎮痛剤、抗炎症剤、抗生物質大国です。

途上国ということもありセルフメディケーションが浸透してて

薬局日本では医師処方箋な薬を手軽に薬局で買える。

そして東洋医学知識は無いので薬をガブガブ飲む。

 

免疫が育たんわけです。

西洋と同じ。

 

東洋医学が強く残っている対岸のベトナム対象的な結果になった。

ベトナムフィリピンいずれもBCG実施国。

 

ここにきてイスラエルすげぇさすがユダヤ様とか言い出すアホォが現れた。

ワクチンの素早い確保と接種、さすが優等民族だと。

あのね、数字みてる?ちゃんと見てる?

 

一日あたりの感染者数は日本イスラエルも1月初旬がピークで8000人程度。

ところが、イスラエル人口は900万人、日本はその13倍1.2億人

あれ?

イスラエルコロナ死者数は6000人、日本は9600人

わぁ日本の方が多いって、人口13倍ですから人口比で比較しろよ、統計学的に。

てか高齢化率、コロナ死者の9割は高齢者

日本人口の3割がお年寄り高齢者高リスク

イスラエル若い国でお年寄りは1割しかいない

それでもこんだけ死んでる

ダメじゃん

ダメダメじゃん

 

イスラエルコロナ感染者数の推移みりゃわかるがワクチン接種開始してから

感染者数の減少傾向も他国と変わらん

 

どうみても犠牲を伴った集団免疫状態が完成しただけ

イスラエル国民免疫特にIgA抗体の推移を調査すりゃ感染者減少のメカニズムが解析できるんだろうが

ワクチン打っちゃったからもはやわからんだろうな。

IgAとワクチン効果は数ヶ月だから、数カ月後変異種で再度感染爆発もありえる。

まだ結果を評価できる段階ではない。

 

そもそも人口あたりで比較すりゃ日本の数十倍の死者を出してるわけで

ただの集団免疫だとすればイスラエルは大失敗だったわけで、

この失策を隠すためにワクチン接種を急いだとも考えられる

 

でもでも日本も1万人近くが死んでるんだから大事だって

普通風邪だけで年間10万人が死にます、命なんてそんなもんです。

肺炎球菌だけでも4,5万人が死んでる。

9600人がナンボのもんやねん、統計誤差にもならん。

 

はいつか全員死ぬの、例外は無いの、避けられないの。

コロナにさえかからなければ健康不老不死だと思ってる?

なんでそう思ったの?

 

でもリスクがあるなら避けるべきじゃないかって。

あのな

厚労省生命表ってデータ作って公表してる。

年齢ごとに一年後に生きてる確率なんてのがわかる。

40歳男性

まれからその歳まで生き延びられた確率は98.4%

まり1.6%すでに脱落してる。

さら一年後41歳だと98.3%

まり千人の40歳のうち一人は一年以内に脱落する

てめぇは今年0.1%の確率死ぬの。

 

じゃぁ40歳コロナ死ぬ確率って?

40台のコロナ死者が10人か20人か知らんが、テキトーで20人でいいや。

40台の人口は2000万人だから割ってみる。

 

0.000001

 

0.0001%

 

キ ニ ス ル ナ

 

ちなみに40台、死因トップ自殺な。

どーでもいいことをクヨクヨ悩むからまらん事で死を選ぶんだよ。

人生楽しめ。生きてる間は精一杯笑え

 

高齢者ハイリスク群だから隔離なり、ワクチン否定せんよ。

だけど、莫大な国費を投入する経済合理性があるのかは疑問だわ。

 

命に値段は付けられない、やれることは全部やれ、政治家が口にするには美しいセリフだが。

無責任セリフだよ。眉に唾つけて聞きなさい。

国家予算無限にあるわけではない、医療に割ける予算には限度がある。

科学合理的経済性を図って予算を使うべきで。

一億円かければあと一日延命できます

こんなもん皆保険無限に許してたら制度破綻する。誰でもわかる。

どこかで線引しなきゃならない。

経済性で線引するしかしょうがねぇの。

10日なのか100日なのか、10年なのか。

これは厚労省がきっちり計算して制度に落とし込んでる。

 

実際の医療現場でも救える命を無制限に金とリソース浪費して救ってるわけではない。

標準医療には制限があり、実際にはまだやれる事、医学的、科学的に延命余地はあっても

どこかで生命維持装置スイッチを切ってる。

しょうがねぇの。

 

だけど厚労省は結果を出してる、世界で一番長生きな国を作ってる。

厚労省すげぇ

 

西洋医学安易追従して、セルフメディケーションとかやらなかった。

医薬品業界はこっちにシフトさせようと必死だけど、厚労省良心ギリギリのところで止めてる。

まぁ昨今ズルズルだけど。

東洋医学の影響を残し強い解熱剤は抑制的にやってきた。

お陰で国民の大半はコロナ免疫を獲得済みで、今回の新型コロナでも交差免疫が効いている。

 

子供発熱する、病院に駆け込む、A病院では薬が処方されすぐに熱が下がった名医だ。

B病院は薬を出し渋る、なんだあの医者ダメだ。次からA病院しか行かない。

初めての子育て、頼れる人も相談できる人もいない、心配で仕方がない。わかるよ。

熱が下がればホッとするよね。

 

でもそれ子供免疫力をスポイルしてるからね。

何度も何度も同じ風邪を引くよ。

一発罹って発熱して免疫獲得すりゃ次からは軽い症状で済むのに。

ちった利口になれよと。

 

でさ、マスクをいつ外すの?

コロナが終わればOKなの?

なんで?

奇しくも立証しちゃったよね。

超過死亡が下がってる。

あれ?

 

こーゆー生活をみんなで我慢すれば毎年数万人の命を救える

立証しちゃった

 

あれ?

 

インフル肺炎やらの患者が激減してる。

そりゃ減りますよ、こんだけ潔癖で生活抑制してりゃ。

 

マスク自粛のお陰でコロナとは別に数万人の命を救ったわけだ。

マスクし続ければ、飲食店を潰しまくれば来年以降毎年それだけ救える。

 

え?戻すの?

数万人殺すの?

 

何時の時点で、どの条件でマスクを外すのか。

次はこの議論しなきゃならんのだが覚悟できてる?

 

コロナにさえかからなければ不老不死ってわけじゃないよ。

意味わかる?

 

二歳の子供と公園に遊びに行く

マスクなどしない、子供にもマスクをさせている親は怪訝そうにみる。

逃げていく親もいる。

乳幼児 Permalink | 記事への反応(4) | 16:37

2021-04-19

アスペのせいで鬱病になった

弱者男性弱者男性言ってるけど、発達障害論理ゼロ合理性ゼロ、すぐに感情的になるTheアスペによって潰された。

ストレスまりすぎて。

仕事なんてする気にならない。

こんなアスペがいるような職場は無理。

そんな俺は超超超弱者なのか?

2021-04-18

anond:20210418170819

そうなんだよ。投資とか経営って、レベル99みたいになると、最後占い師とか宗教に頼るようになっちゃうんだよ。

データ合理性に基づいた判断成功してきたとされる人がだよ。なぜかは俺も知らん。

単純にボケたのかもしれんし、ヤキが回っただけなのかもしれないけれども、そうなってしまう人が少なからずいたし

今もいる。

あと、宇宙飛行士引退スーパーナチュラル系に目覚めちゃう人がとても多いと言われてる。

2021-04-16

伊是名夏子さんの件でもやもやしている

もやもやしている

私は本当にもやもやしている。発端は例の伊是名夏子さんのこの投稿

http://blog.livedoor.jp/natirou/archives/52316146.html

バリアフリーは推進されるべきだ。その方向性異論はない。そしてバリアフリーを訴える目的はよいと思うし、その目的批判している人はほとんどいない。

でもこの記事最初に読んだ時、「これは炎上するな」と思った。

そして案の定炎上した。

私のこと

片目の視覚障碍

私は、きちんとした教育を受けそれなりの大学を出て、結婚もして家族もあるし、収入はそこそこあり持ち家にも住んでいる。

いわゆる「強者男性」に分類されるのだろうと思う。

私は自分社会的弱者というつもりは全くない。

ただ片目があまり見えない。病気というか、発達障碍というか、弱視という視覚障碍がある。ちなみに弱視というのは、眼鏡などで矯正しても視力がでないことをいう。

だが片目だけの視覚障碍なので、私は身体障碍者ではない。健常者だ。もっとも正常な方の目も、近視、乱視はいって矯正しないと0.5ぐらいなので、そんなに見えるわけではないけれど、視力矯正できるかできないか全然違う。

普段生活には全く支障はない。

もっとも、もしかすると両目がきちんと見える人よりも、遠近感の把握ができなかったり、視野が狭いのかもしれないが、両目見えていた経験がないので、違うのかは全くわからない。

視覚障碍があってよかったこ

不自由はないといいつつも、ほんの少し、両目が見えたらいいのにと思うことがある。例えばVRゴーグルをかけてみた時などにそう思うことがある。でもそれは総じて大したことではない。

逆に見えなくてよかったと思うこともほとんどないのだけど、ひとつだけ、心からよかったと思うことがある。

私は、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目を持っている。社会を、健常者の目と、視覚障碍者の目と、2種類の目で見ることができる。それは本当によかったと思う。

視覚障碍の目で街を歩く

私は、時々、自分の健常者の目をつぶり、視覚障碍の目だけで街を歩くことがある。特に、今回は、もやもやし続けているので、いろんな場所で何度もそうしている。

通しでやったことはまだないが、眼帯などで健常者の目を隠し、視覚障碍の目だけで自宅から会社まで通勤するのは可能と思う。

記憶と音や他の感覚で補いながら歩く

なぜ可能と思うかというと、私は、自宅のドアを開けたところから会社入り口まで、健常者の目で何度も通勤しているので、途中の、道路通路の硬さ、すべりやすさ、段差、②曲がるときの角度、直線で歩くべき距離、③階段のおおよその段数やエスカレーターなどの位置、こういうものを覚えている。

見えないものは、記憶で補いながら歩く。ゆっくり歩けば、弱視の目でも歩くことができる。

そして音は重要だ。自動車が近づいてくる。こういうものは音で判断する。

自転車は、音が小さいから、怖い。電気自動車も、音が小さいから、怖い。

大変なのは情報を得ること

電車時間も、発着ホームも、だいたい覚えているので、目的電車に乗ることはできる。ただし、遅延などが発生し、行き先が違う電車普段とは違う時間にやってきたりすると、困る。

そういう時は駅員さんしか頼りにできなくなるだろう。

本当の視覚障碍者の人は、情報を得るのにとても困るだろうなと思っている。ホームに駅員さんがいれば聞くことができるのだろうけど、いつもいるわけではない。視覚障害者はそうたやすホームを歩けないので、同じホームに駅員さんがいても、距離が離れていたら聞くのは難しくなる。

少なくとも私は、視覚障碍者の目で歩くとき普段と違う状況になると状況を把握できず、いらいらする

声をかけて

私が、視覚障碍者の目で歩くときは、記憶と、耳と、手と、足の裏の感覚と、それ以外の感覚も総動員しながら、歩く。

から情報が少ないのを、全身の他の感覚で補おうとする。

集中しているので、いきなり肩や腕をつかまれたりすると、とてもびっくりするだろうと思う。怖いと思うかもしれない。

もし皆さんが視覚障碍者に何か情報を伝えたい、手助けしようと思ったら、白杖身体をいきなり触るのではなく、まずは声をかけてほしい。もし声をかけて手助けを断られたり、声をかけるのを躊躇するなら、見守ってほしい。

ホームの端が見えにくい

私の弱視は、光線の具合で、見えたり見えなかったりすることがある。

広い平坦な場所で、突起に気づかずつまづくぐらいなら笑い話かもしれないが、ホームの端がみえにくくて転落することがあれば、それは生命問題に直結する。((ホーム線路の彩色、彩度が似ていると、ホームの端がわかりにくい。))

その対策だが、蛍光色で10cmぐらいの幅のラインを描くことで、ホームの端の視認性はかなり上がる。これをCPラインというらしい。

一部、導入されつつあるが、まだまだ普及がすすんでいない。

https://ameblo.jp/milkyht2/entry-12244392124.html

ホームドアがあれば死なずにすんだ命も多い

CPラインよりももっと効果的な方策がある。ホームドアだ。

ホームドアは、視覚障碍者のためだけではなく、酔っ払いなど一般の人の転落事故も防止する。ホームドアがあれば死なずにすんだ命は多い。できる限りペースを速めて、設置してほしいと思う。

ネックは、ご存じの通り、多額の費用がかかることだ。

でも、生命にかかわることだから優先順位は一番高くていいのではないかと思う。

日本視覚障害団体連合ホームドアの設置を求め続けている。2020年7月の阿佐ヶ谷駅での視覚障碍者の転落死亡事故をうけて、同年9月にも国土交通大臣要望書を提出している。こういう働きかけは大切だ。政治企業への働きかけは、絶え間なく行わないといけない。

働きかけを行うべき先は、政治企業しかるべき権限もつ者=責任者であるべきだろう。「なんでホームドアがないんだ!」と現場で駅員さんに怒鳴っても、何も改善しない。

http://nichimou.org/notice/200923-jimu/

ホーム上の点字ブロック

歩道施設などの通路ホーム上にある点字ブロック日本発祥のものだ。これはよい発明だと思う。かなり普及しているのも評価したい。

また、2016年に近鉄大阪線河内国分駅ホームから視覚障害者が転落死した事件をうけ、対策として「内方線付き点状ブロック」設置を推進していたが、これはかなり進んだと思う。評価したい。

https://www.sankei.com/affairs/news/161017/afr1610170045-n1.html

でも、「なんでこうなった?」というような謎な点字ブロックも多々ある。そんな役に立たない点字ブロックや、かえって危険を作っている点字ブロックがある。

ホームなどの点字ブロックの配置についてはガイドラインがあるが、まだそれが守られていないことがある。2019年の京成立石駅視覚障碍者が転落死した事件は、規格外ブロック問題と指摘された。

https://s.mxtv.jp/mxnews/kiji.php?date=14s53i742ax788in6

ガイドラインに沿っていても、転落事故(死)が起こることがある。視覚障碍者は、目から情報が少ないため、点字ブロック認識しつつも、現在地と歩く方向を間違い転落することがある。

点字ブロックはとても有効設備だが、点字ブロックだけでは転落事故はなくせない。

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/437710.html

次に、弱視から視点追記したい。

点字ブロックは、黄色のものが多い。(私も健常者の目で見た時はそう思うが)黄色ブロックは、色がガシャガシャして、うるさく感じないだろうか?

そこで、街並みをおしゃれにするため、点字ブロック歩道の色と合わせて設置することがある。最近増えた感じがする。

でも弱視者には、これがわかりづらい。

視覚障碍者全盲の人ばかりではないという認知もっと広まってほしい。

視覚障碍者は見えないのだから点字ブロックは何色でもいいのでは?」と思わないでほしい。

少ない視力を使って点字ブロックの上を歩きながら、足の裏の感覚などで点字ブロックの助けを得て歩く視覚障碍者もいる。

私には、色がガシャガシャしていても、黄色の方がありがたい。

白杖について

視覚障碍者は、道路交通法によって、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることが義務づけられている。(第14条第1項)

また、視覚障碍者でなければ、白杖を持つこと、または盲導犬をつれることを禁止されている。(第14条第2項)

さきほども書いたが、視覚障碍者全盲の人だけではない。ロービジョンといわれるのだが、若干の視力はあるのだが日常生活に支障がある人がいる。白杖の使い方は、人それぞれだ。

ところで、視覚障碍者白杖を持つ理由は次の3つとされている。

https://nippokai.jp/wp/formembers/canes/

  1. 視覚障害を持つことを周囲に知らせる
  2. 触覚を通じて路面の情報収集する
  3. 路面上にある障害物を検知する

障害物もなく、路面が確かな場合ロービジョン視覚障碍者は、白杖を「視覚障害を持つことを周囲に知らせる」だけに使うことがある。つまり周囲の人に自分存在を知らせるために、白杖を動かさず抱えることがある。

それを白杖を使っていないと思わないでほしい。白杖で地面を叩いていないからといって、「こいつは視覚障害ではないのでは?」なんて思わないでほしい。

白杖を持つ人が近づいてきたら

点字ブロックの上や近くで立っていたり、荷物を置いていたりしていないだろうか?

いわゆる歩きスマホはしていないだろうか?

視覚障碍者は、器用にぶつからないようにしたり、避けたりするのが苦手だ。

視覚障碍者安全に歩くためには、健常者の人の協力が必要だ。

もやもやしているのはなぜか

伊是名夏子さんの投稿とその後の議論、動きなどみて、私がもやもやした理由は主に次の3つになる。

バリアフリーとは?

私が、ここに書いた話題は、全部が「視覚障碍者にとってのバリアフリー問題だ。

伊是名夏子さんの投稿は、さまざまな議論を呼んだが、その議論は、エレベーターとかスロープとか、「車いす利用者にとってのバリアフリー」だけしか議論されていないでは?と感じた。

かに伊是名夏子さんは自分自身の障碍のため、「車いす利用者にとってのバリアフリー」を問題にしている。それは当然だと思う。

でも、「バリアフリー」を必要としている人は、車いす利用者だけではない。視覚障碍者も、聴覚障碍者も、妊婦精神障碍者なども、「バリアフリー」を必要としている。

それぞれの障碍やハンディキャップが違えば、「バリアフリー」として求めるものは違う。でもそこまで広く捉えた「バリアフリー議論ほとんどなかった。

いつでもどこにでも自由に行ける自由はとても大切なことだと思うけど、毎日、命の危険を感じながら鉄道を使う人のことも思い出してほしい。

からもやもやした。

伊是名夏子さんの手法をもてはやすことは何を呼ぶか?

案の定、伊是名夏子さんの投稿炎上した。あの投稿批判的に見る人は、来宮駅を巡るトラブル作為性を問題にしている。作為性とは、バリアフリーを訴えるために、わざとトラブルを起こしたのではという見方だ。ご本人は否定している。しかし私も実は、作為性はあっただろうと思っている。

現場でのトラブルを、乗車拒否などの強い言葉を使った非難を行い、耳目を集める手法というのは、そのトラブル作為性を巡って反感を買いやすい。

伊是名夏子さんご本人が、それが戦いだとお考えになることは、批判できない。こうしなければ、耳目を集められないという気持ち理解できる。

しかし、何かバリアフリー課題改善したいと考えた時、この手法が一番効果的となってしまえば、他の障碍者も(少々作為性があろうと)トラブルを起こし、それを声高に訴えないといけなくなってしまうのではないか? 私は、そういう状況が本当のバリアフリー社会とは思えない。

そして、あの手法に反感をもつ人と、支援する人との分断は、更に広がったように思う。

分断されたバリアフリー社会とか、笑えないブラックジョークだ。

からもやもやが続いている。

個人攻撃している人にも協力を願う矛盾(心の中のバリアフリー

伊是名夏子さんの投稿に対しては、私も批判的だし、批判する人の気持ちはわかる。

一方、こういったネット炎上が生じると、その人の過去の行動を洗い出し、それらも併せて執拗非難するような行動がよく見られる。晒しと呼ばれる行為だと思う。

かに、伊是名夏子さんの過去の行動で、「それはよくないな」と思う事例はいくつか見つかった。

しかし、既に法的には時効を迎えたと思われる古い過去を、声高に非難する合理性はないように思う。

話は変わるが、視覚障碍者投稿を読むと、白杖を持って歩いている時に誰かとぶつかった後、その人から心無い言葉を浴びせられたという投稿がいくつも見つかる。

他の障碍者ハンディキャップを持つ人も、そういう経験をしているのだろうと思う。

そんな心無い言葉を浴びせる人は、たぶんその人の心の中に、障碍者への「偏見」というバリア障壁)を持っていると思う。

心の中のバリア障壁)は、目に見えるものではないので、取り除く=バリアフリーを作るのはとても難しいと思う。

インフラは整っているが、人の心の中はバリア障壁)だらけのバリアフリー社会って、何かのアイロニーだろうか?

今回、伊是名夏子さんの過去の行動を非難した人の心の中に、障碍者に対するバリア障壁)ができないことを願う。そして本当のバリアフリー社会を作るには、あなたの協力が必要だと訴えたい。

インフラけが整っても、バリアフリー社会にはならない。

たくさんの人の理解と協力が必要だ。

私はまだもやもやしている。

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