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2018-06-23

anond:20180623163946

ちょい上の世代で、知り合いに男性向け同人誌作ってコミケオタク相手に売ってる生粋オタク女(男性向け志向)が数名いるけど、

彼氏旦那非オタクで「オタク男は彼氏にしたくない、深く関わりたくない」と言ってたな。

そういうのを相手に本売ってる癖にとは思うけど、彼女から聞く客=オタク男の痛い所業の数々を聞くにそれも致し方ないとも思える。

オタク叩きをする上の世代女性」はオタクを知らないからではなく、むしろよくよく知ってる人であってもそう、って実例として。

若いオタクは男でも痛い奴は減ってるのかな。

2018-06-15

anond:20180615135328

こういうサービスでも居るが、自分さえ良ければ良いオナニータイプが嫌いだ。

「居る」は開いたほうが良いな。

「良ければ良い」も「良ければいい」のほうが読みやすい。

無駄漢字を使うのはオナニーだよ。

改行を一切しないタイプとか、1つの単語で改行しまくるやつとか、気遣いに欠けるやつ。

「1つ」は「一つ」としたほうが良い。

しか単語で改行するやつなんているのか?

「一文のなかで何度も改行」などでなく?

そして最終的には「お前の読解力が無いのが悪い」という意味不明な主張をしてくる。

「お前の読解力が悪い」でいいのでは?

しかし、藁人形論法っぽい主張が目立つ。

読者のためにも実例を添えておきたいところだ。

文書くやつと同じで、自分本位で、自分しかからないような

分かりづらいオナニー文章なんて誰も読みたくねーんだよ。黙ってろよな。

「悪文を書く」だな。

読者のためにも助詞を省略しないように。

しかし、この文章自体冗長で読みづらい。

「書いた人間しかからないオナニー文章なんて誰も読みたくねーんだよ。黙ってろよな。」だけでいいのでは?

2018-06-14

anond:20180614162455

では「この国を愛するなんてけしからん」という批判実例をいくつか挙げてほしいんだが。

大多数は「この愛国表現おかしい」「この愛国表現稚拙だ」といったような批判だよね。

2018-06-11

anond:20180611142455

佐藤かよとか実例が無いことも無いからまあ

ただまあ元々の顔とかホルモン始める時期とか整形とか諸事情はある訳で

お姫様になれるよう努力するのを決して馬鹿にしたりはしないけれど

なれなくてもそうした挫折だって何か優しさに繋がったり、全て尊いものなんだよ!みたいなアプローチがいいのではとか思っている

2018-06-08

anond:20180608095416

うん、そうだよ。

でもこのツリーの本題は「殺害予告なんて本当にあったの?」なんだから

実例を出された時点で話は終わりだし

「把握してたかどうか」という論点でゴネる必要はないよね。

2018-06-05

30ノリアネスB4のスパゲッティ

情報化社会キッズYouTuberたちは信じてくれる…そんなの常識じゃん?

アナログ時代パスタルビーしかないといっても過言ではなかった、ということ。

家庭のみ存在する可能性があるだけでなく、配給もデニーズナポリタンミート情報源しか無かった、実例もたくさんある。

当然そうなんですけども、「パスタ5倍類」という呼称デフォルトではなく、ましてミート情報源を「ラグー」と呼ばれるのをアクティブリスニングした実態がないといっても過言ではなかった。そう、iPhoneならね。

弊社の父その他大勢、未だに赤くないパスタゲテモノだとロジカルシンキングしTEL(笑)

おそらく赤くない、つまり成長がないパスタブルジョアジー権をインプットしたのはイタリアンブーム(作られたブーム)が来たときのような気がする。

イタリア語食べ物ティラミスとかパンナコッタとか流行った学生時代。これメモっといた方がいいよ。

経験者を、吸収、合併、買収したカルボナーラ需要を示した。

そのカルボナーラは、情報化社会マクロ的な観点から俯瞰すれば我が国スタイルの別物でビジネスチャンスはあるが、パスタ乳製品と読み取れるミームシナジーだった。

パスタのみ存在する可能性があるだけではない、『デキる人』はみんなそうしてる。

パスタのみでは乗るしかない、このビッグウェーブに

ピッツァセンサスピッツァ(圧倒的感謝)。

サラミタマネギとポワヴロンが必ず乗ったベーグル生地米国式で、タバスコをかけて”食べる化”する媒体だった。

マルゲリータ類いまだ納期ではなかった。

バジルユイエクストラヴァージンオリーブオイルデフォルトではないというより、あえてしなかった。

「○○(という集団)はこういう話ばかりしている」というのは観測範囲問題ですらなくカラーバス効果による錯覚なので。

逆の「○○はこういう話をしない」とかも意識から遠ざけているだけ。

マスコミはなぜこのニュースを報じない!」と言ってマスコミ提供するニュース記事リンクを張るアホが実例

これが組み合わされると「○○はAの問題を追求するくせに(似たタイプの)Bの問題は追求しないか卑怯だ」というダブスタハンター誕生する。

anond:20180605125942

タバコについてそう言うんだったら、

ペドフィリアのせいで中絶して子供産めなくなったとか

トラウマになって性行為できなくなったとか

そういう実例があるわけなんだが?

2018-06-02

動画アニメ吹替 なんで口パクをいじらないの?

原題 『Why Official Anime Dubs DON'T Edit the Lip Flaps』

動画(youtube) ⇒ https://youtu.be/5Wrkvjd6GJQ

翻訳(ニコニコ動画) ⇒ http://www.nicovideo.jp/watch/sm33195533

再生時間:約26分

概要

海外目線での、ローカライズについて語られた動画

ニュアンスを完全に汲んだ、正しい翻訳がなぜ難しいのかということを語っている。

実例を挙げながら、単に翻訳家が無能からでは片付けず、技術的な問題や様々なしがらみからくる事情なども踏まえた内容。

海外の話ではあるが、本質的な部分では日本目線でも通じるところがあるので、割と関心高めに観れた。

2018-05-31

anond:20180531094248

悲観主義者っていうのは実際に問題が起こらない限りは笑い話で済むけど

実際に実例として現実に起きてしまった時点で悲観主義も楽観主義もどちらも現実問題ですから

お前みたいに現実がいつも自分想像範疇を超えないと生きてきたやつにとっては現実に起きた歴史も全部ファンタジー絵空事なんだろうな。

から愚者経験から学ぶ、と。

2018-05-22

anond:20180522123859

なんで実例になろうと努力してる人に一方的リスク押し付けられるんだ。それで本当に下方婚が増えると思ってるのか。

2018-05-09

Android Autoの使えなさ実例

「おっけーぐーぐる ニュースを聞く」

スキップ や ストップ で操作できます

スキップ

すみません お役に立てそうにありません』

ナンデダヨ

2018-05-08

若者は常に正しい

老人が「今の若者甘ったれてる」とか言うのを目にするけど、いつの時代若者が常に正しい。俺はおっさんだが、若者価値観のほうが正しいと思っている。

 

老人の考えは時代遅れである成功体験とか生存バイアスにとらわれすぎて、自分価値観だけでしか物事判断できていない傾向にあるように思う。全ての基準は「俺の若い頃は」だ。だが、若者は今を生きている。

 

クルマ離れがある。これについて老人は「ステータスとしてのクルマを買って、美女を従える気概を持て」と言う。しかし、若者は各々が今の状況を鑑みて「クルマは要らないのではないか」という判断を下している。決して大多数の若者が裏で示し合わせてクルマを買わないのではない。

 

音楽とかゲームとかのサブカルもそう。老人は「昔の音楽は良かった」なんて言うけれど、それは単なるノスタルジーしかない。第一音楽に良し悪しはない。老人が時代について行けなくなっただけ。

 

リン効果がある。人類IQは常に高くなり続けているという理論である特に新しい世代客観視に優れているそうだ。昔の人間は「俺が知らないからそれは存在しない」と断罪する傾向にあることもわかっている。物事判断する際に重要なことはメタ視点であり、客観視だ。物事客観視できる若者は正しい。

 

若者根性が足りない、努力が足りない」と言う言説も聞く。確かに努力重要かもしれない。だが、若者は正しい。とすれば、今の世の中は努力無意味世界になってしまっていて、若者けがそれを見抜けていると言うことはできないだろうか。

 

俺はおっさんだ。だが、自分よりも年下の若者が正しいと思っている。個人としてではない。全体としてだ。たしかに「ロマサガ2みたいなすごいゲームは現れないなー」とか「昔のインターネットは良かったなー」とか思うことはたまにある。だけど、若者が作っている今が常に正しい。俺が間違っている。これは絶対だ。

 

若者に、例えば「クルマはあったほうがいいよ」とか「ロマサガ2っているゲームがあってだな」とか言いたいのであれば、根性論やポジショントークではなく、実例として見せていく必要があるのではないか。「Undertale」を若者プレイしているかどうかはわからないが、そうやってきちんと努力して訴求していくことだ。年金暮らしエスカレーター式の出世にあぐらをかきながら「今の若者は」とのたまうことに説得力はない。

 

若者は常に正しいと私は考えている。

2018-05-06

anond:20180506121534

もち日本リージョンの話で。

アマゾンが持ちうるのは特定IPがどの時間にどのユーザ占有されていたのかって情報しかないので、

ユーザ投稿者であることは基本的に無い)

それをアマゾンに提出を求める理屈があるのかと。

aws利用規約とか見てないけど、捜査機関から求められたらそういう情報出しちゃうんかね?

仮に出されたとすると、その後その時間IPアドレスを利用していたユーザ捜査の矢が飛ぶん?

実例が多分無いからどうなるのかがわからんよなあ…

2018-05-04

anond:20180504203805

両家の親族だけでスイスで挙式してきた友人夫婦いるけど、

新婚旅行カリフォルニア ディズニーランドの大きなミッキーぬいぐるみ

見せてもらいながら、ハネムーン後の友達の新居でみんなでごはんしたけど楽しかったよ!

手巻き寿司パーティしたんだった。もちろんみんなで作った)

しっかりしてるなーって思ったよ。新婦は同い年の職場の先輩だったけど。

なんでこんなこと書いてるかというと、意見だけで実例がないと、

もし彼女さんに話すときに。こういう実例があるようだよって具体的に話せるからです。

もちろん地元の近所の神社でも挙式は出来るし、2人で誓って、写真スタジオで撮ってもよさそう。

LIVEハウス披露宴した子もいたよ。

彼女が若くて、もっと派手にとかゼクシィとか持ってたらまた話は変わりそうだけど。

幸せにね。

2018-05-02

お前らって本当にお金感覚ないよな

最近流行Vtuberだかが流行り始めたころに「VTuberを始めるのにはとてもお金がかかります。1千万円は確実にかかるでしょう。3千万円は見ておいた方が良いです」みたいなアホ発言結構あったんだが、

実際のところはゼロからスタートするにしても3ケタ万円あれば「多い」で、今いるVtuber殆どは総投資額100万に満たない。

3Dモデルに最低100万円はかかりまする! 3Dモデラーに頼んだら1か月で100万円かかりまする!」みたいな可哀想意見スターが集まったりしてたんだが、

蓋を開ければ皆アマチュアクラスからセミプロクラスまでが価格競争していて、ミライアカリクラスモデルであっても~30万円かつ納期2週間とかで何とかなってしま世界になってたりするわけだ。

実際にニュースVtuber特集を組まれた際も「30万ありゃ出来る」と断言される通り。

もちろん、はじめる価格とヒットを呼ぶ価格との隔たりはあるにしても

「じゃあ1千万かけると何ができるのか」の実例はまず出てこない。

千万予算VTuber単体に割くクライアントが「存在しない」ことと

「1千万円をリクープするには」の現実解が動画1億回再生であることの当然の不可能性に目を瞑れる経営者がいないことが理由だよな。

そりゃ、これから時代に置いてVtuber一人に対して1千万予算が組まれることは「ある」よ。でもそれはどういう枠組みの中で組み立てられた1千万なのか、お前らは全然理解していないよな。

クリエイターオリジンで使う一千万円と、プロダクトの広告費としてつかう一千万円。

お前らは常に後者数字しか見ていない。だからお前らは間違い続けるんだよ。

お前らが「間違っている」と指摘するそれらの金額の設定は、常にクリエイターに失敗前提で投下する資本からな。

2018-04-25

0.1%ホモ

正直、女子高生が好きなんだが

限定というわけではまったくなく

普通に20代、30代にも欲情するし、女子中学生にも欲情するし

時折マザコンみたいになるので

50%ロリコン10熟女好き、20マザコン・・・みたいな感じなんだが

そうやって、◯%を考えていくと、たぶん0.1%ホモだと思うんだ

人は何かに属しているようでいて、その実例外と言うもの存在する

パン好きだってたまにおにぎり食べる

嫌いな会社でもあの人だけは認めるとかもある

から、正確に言えば0.1%ホモなんだ

もし、偶然たまたま0.1%が発動して男性とお付き合いしたとして

99.9%ノンケなのだ

ひょっとしたら99.8%になるかもしれないが

わかるか?

5%くらいわかってくれ

anond:20180425083533

そもそもオタクってのは、本来は「何らかの趣味に傾倒する人」という定義だったはずだけれど

今は「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがる人」と言う枠組みとしても使われている。

お前の中ではそうなんだろう、お前の中ではな

珍説披露するのはご自由にだが、せめて実例を示してくれないと(俺は優しいから一つでいいよ)、どうしようもない

anond:20180425103106

うん、だから、それは「昔は女子社員の尻触ってもセクハラなんて言われなかったのに」なんて言ってるセクハラオヤジと同じだよ。

世の中にはセクハラと同じくヘイトにも基準というものがあり、それを守らない人間差別主義者とされるんだよ。

それが分からないというのなら学ぶしかない。

から、その基準を誰がいつどうやって誰の承認を経て決めてるのか、ほんとに公平なのか恣意的ものは含まれてないのか

全てが問われてるの。

誰かが勝手に好きなようにエディットした「基準」何のなんの役にも立たない。

それを拒否して「全世界大公開しないと気が済まない」「幼い子供にも嫌がる人にも見せつける自由がある」とか言ってる時点でヘイターなんだよ。

こんなやついるか

実例どうぞ。あ、コンビニ本は条例に基づいて作られたうえ、封がしてある「ゾーニング済み案件」でしたよ。

女の尻触りたければ特定の女とそれが許される関係性を作った上でやれ、無差別にやるな、って事だ。

あの長文でここしか同意できなかった...

オタク差別批判することを、やめることにします。

 趣旨は上の通り。

 自分オタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。

 ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。

 オタク差別批判とか、ただの害悪しかない。もうやめたほうがいい。

やはりオタク差別なんて(言うほど)なかったんじゃないのか。

 

 差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。

 つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである日本人ヘイトだの専用車両男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃん物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。

 今まで自分存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである

 そう視点を変えた方が、いろんなもの整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。

 でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴から足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子彼女からだったりした。

 もちろんきっかけがオタクから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。

 「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないか批判対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。

 なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタクから流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。

 わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。

 いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。

 

 そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティニュースを通したもの

オタへの偏見を植え付けたのは誰?

 それで思い出すのだけど、俺の中高時代あんまりオタクがいいとか悪いとかい意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。

 じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。

 だってバラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間学校にいるんだから見るわけがない。

 金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。

 テキストサイト一世を風靡していたころ、オタクオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画感想サイトや、漫画ゲームをメインで扱う日記サイトでの話である

 何を言っているかからない人もいるかもしれない。例えば、ラブひないちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイホイッスルミスフルテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんもの(ry そういう話である。この範囲結構広くて、らんま1/2H2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。

 もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈実例を挙げるの風評被害しかないので避ける。俺の好きな作家作品も混じるし。

 テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品スレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。

 そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージ自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分オタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。

 ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑ものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。

 これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。

 ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画リドミで上位常連大手サイトオタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化そもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画インターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。

 本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。

加害者としてのオタク行方不明すぎる

 これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。

 オタク差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。

 それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別行使する側の「集団」として機能してませんか、と。

 腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。

 趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記尊重)。ゴルフ車など老害趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。

 そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。

 それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分批判対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである

 逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解思想共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。

 つまりオタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

 C.R.A.C.野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイート応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまたからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか野間氏の真意など知らないけれど。

 

 そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子フェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタク差別している、という文脈批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。

 そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。

 10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言すべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。

 当時はオタク個人ニュースが全盛期。そういったサイト管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログ擁護していた。

 あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやり邪推してしまう。

 今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分関係ないところでの言論の自由に興味がないかしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。

 そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。

 オタク差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。

 反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別煽り偏見煽り強者に諂い(自分たち以外の)弱者嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。

 あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベットフリー東トルキスタン

 残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベット東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか


 こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうであるメディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。

 もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。

 そういう意味でも、失敗した責任を感じる。

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