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はてなキーワード: 受動とは

2018-10-15

「手を焼く」に「手を焼く/焼かされる」

「手を焼く」と「手を焼かされる」ってどう違うんだろう。焼かされる方が意味を強調しているのかな。

「てこずる」「てこずらせる」「てこずらされる」

「手を焼く」「手を焼かせる」「手を焼かされる」

受動意味にしたいならどちらも真ん中を使うべきなんだよね。違うか。三つめが受動形で、二つ目使役系なのかな。よくわからん

田中に手を焼く。田中に手を焼かせる。田中に手を焼かされる。

この中だと三つめが一番自然なのかな。真ん中は変だ。使役してるみたいだからか。助詞を「の」に変えると自然に乗るのかな。

田中の手を焼く。田中の手を焼かせる。田中の手を焼かさせる。

三つ目は違和感。一つ目は違う意味にもなってしまいそう。二つ目はこれなら意味が通るよね。たぶん。

田中佐藤に手を焼いた。田中佐藤に手を焼かせた。田中佐藤に手を焼かされた。

これ三つとも意味通るよね? 二つ目は手を焼いた主体が変わってる。

田中佐藤に手を焼く。田中佐藤に手を焼かせる。田中佐藤に手を焼かされる。

これだと三つ目だけ意味が通りそう。一つ目も分かりにくいけど通るのかしら。どうかな?

田中佐藤に手を焼いている。田中佐藤に手を焼かせている。田中佐藤に手を焼かされている。

これも三つとも意味が通る気がする。

田中は手を焼く。田中は手を焼かせる。田中は手を焼かされる。

うーん。やっぱり一つ目と三つめは意味が似通っていそう。違いはあるのかな?ないのかな?わからん

慣用句なんだから一つ目の使い方が正しいのかな。

2018-10-14

うつってしんどい

今、主人と義母の3人で暮らしている。

家事義母がやってくれている。

小学生ぐらいから生きている意味を見失って、

長いこと一人で生きて死に場所を探すつもりだったけど、

紆余曲折あって自分には勿体無いぐらいの人と生活できている。

今は仕事通勤ストレスが酷くなって休職中。

最初は倦怠感とか無気力とかで体が動かなくて寝てばっか。

何も考えないで休んでいられるから

食べ物の確保ができればそこまで苦痛じゃなかった。

最近、少し回復してきたから、起きているけど外に出られない。

受動的な趣味パズルゲームとかアニメ見るとか)も体調が良ければ出来る状態

でも、家事もしないで好きなことだけするのも気が引けて、

少し家事をして疲れきってそのまま寝たり、

家事が面倒だから寝なおしたり。

実家には居場所が無いから戻れない。

悪化するの確実。

実の親が義母だったらまだ甘えられて良かったのにそれも無理。

義母は良い人だし、明るいし、結構甘えてるけど

私が体調悪いときはともかく、そうでないとき家事しないと気兼ねする。

義母が体調悪いときは流石に何もしてなかったら叱られる。

主人は転職して忙しそうにしていて、基本残業

私が精神的に不安定からそれなのに当たってしまったり、

取り乱してしまったりで疲れに拍車をかけている。

そうでなくても、いつ不安定になるか主人が私に気を使っているから、

帰ってきても気が休まらないとは言われた。

苦労かけてばっかでこっちもしんどい

早く働けたら良いんだけど、まだ働けるレベルになっていない。

気を紛らわすために2人とも外に連れ出そうとしてくれるんだけど、

買い物とかならまだしも、人付き合いを伴うとまだしんどい

断ると悲しそうにするからそれも嫌。

無理して付き合ったら寝込むから今回は断ったけど。

結局、周りの人が良い人でも悪い人でもうつってしんどい

良い人なら気兼ねして悪化するし、悪い人でも当然悪化するし。

付き合いが浅い人にはうつって言えてないから、甘えてるって思われてるのが感じられて、

尚更しんどい

死にたいけど死んだらそれはそれで負担になるし、死ねいかしんどい

甘えたら負担になるから我慢したら爆発してしんどい

一応、うつについて書かれた病院に置いてる冊子を主人に渡してみたけど、

読む余裕が無いらしく放置。3回ぐらい読んでほしいって言ったけどこれ以上は負担になると思う。

みんなしんどいからどうしようもない。

働いていない負い目からこっちがあまり強く言えないのもある。

疲れた

死ぬのは覚悟必要から大丈夫だとは思うけど、

ふとした拍子に飛び込みとかしてしまいそう。

言ったら悲しまれるから言えないけど。

何をするにしても障壁が有って八方ふさがりな感じ。

周りから見たら不運な事故って感じで死ねいかなと夢想する。

賠償金が入らなくても自分でかけてる保険でローン諸々返せるし後腐れないよなと。

自殺より遺族への負担が少ないし。

宝くじ当てるよりは簡単かもしれない。

自業自得な死に方だったら保険金が下りいかもしれないから待つだけ。

他力本願今日も生きている。

2018-10-13

anond:20180611011239

まずお姫様とは受動的なものである、というその考えがもう昭和以前の固定観念に囚われてる正人くんなんだろうな

女の子はみんなプリンセス小公女セーラも言ったようにお姫様というあり方も意味もそんな狭くて固定されたものという考えは自分にはない

これから既存概念を覆す、お姫様でもあり、ヒーローでもあるというキャラだって出てくるかもしれない

とにかく昔からの考えに染まりきって苦しんでる正人くんがいっぱいだってことはわかった

2018-09-29

anond:20180929190400

批評として耐え得るレベルの「感想」を出せて初めてそれが言えるのだぜ。

ただ時間かけて受動的な娯楽に対する感想を拵えたってだけの話を誇らしげに語ってるなら

自らの無知蒙昧さ傲岸不遜さ、無産者ぶりを恥じたほうがいい。

2018-09-27

anond:20180927120328

こういう受動ユーザーに媚びたゲーム作りするとゲームがつまらなくなるから製作者は負けずに頑張って欲しい

2018-09-25

anond:20180925000518

多分ヤキモチ焼いてる方は普段から受動的に生きてるタイプだね

なにか問題が起きても人に頼ってばっかりで自分一人じゃ解決できないタイプ

要は頭ががきんちょなの

まぁそれでも友達でいるってことは別に悪い奴じゃないんだろうね…

でもこういうタイプの人って人間関係問題が起きると話通じない事があるよ

友達って本来自分だけの所有物じゃないよね。友達には友達人生がある。

でもこういう人は、どこかで友達自分の持ち物だっていう認識があるせいで

ちょっとでも自分より仲良くしてる人がいると「贔屓した、とられた」って思いこんじゃうの

それはもう他人がなんとかできる問題じゃない。友達自分で気づいて変わって行くしかいか

残念だけど、仲良くしたいと思う相手はどっちなのか考えて一人だけ選んだ方がいい

2018-09-21

政治に興味がない若者です

正確にはでした、かもしれない。

興味があると堂々と言うことが憚られるほどに無知なので、未だ興味がない若者だと名乗らせてほしい。

私は恋愛漫画ロックフェスディズニーランドしか興味がない、二十歳になったばかりの大学生だった。選挙にも、行ったことがなかった。そもそもいつやっていたのかさえ知らなかった。

半年前、友人から勧められたのをキッカケに、主に政治関係のことを呟いているある知識人ツイッターフォローした。意味なんてなかった。就活も着実に近づいているし、政治のことも少しは勉強しておくか、という軽い気持ちからか、あるいは二人でしか遊んだことのない、多くの人に好かれるのに、誰も彼女世界に入れないような、不思議雰囲気と芯を持った同性の友人に近づきたかたからなのかもしれない。

彼女はそのアカウントを私に教えてくれたとき、こう言っていた。「日本は大変なことになってるよ。嘘ばっかりなの。」わたし彼女の、正しい日本語を使うところもとても好きだと思いながら、なんとなく聞き流した。その言葉を、その後、何度も頭の中で反芻することになる。結論から言えば、そのアカウントガチガチ左翼だった。

二ヶ月ほどだろうか。毎日ツイッターを開くたび、彼のツイートが目に入った。面白い人がたくさんいるから、私はインスタグラムよりもツイッターの方が好きだった。だからきっと、彼のツイートもすべて目を通していたと思う。たいてい話に上がっていたのはモリカケ公文書お金エトセトラ、だった。

日本は今大変なことになっている。嘘ばっかり。目眩がした。

どうして、こんなことが、と思った。

公文書改ざんされる国、と、誰もが書いていた。

話題になっていた新潟県かどこかの議員選で、 彼が応援していた野党議員落選した。悲しかった。怖かった。彼女がどのような政策をかかげ、なにをしようとしていたのか何も知らなかった。自民党議員当選したことが、ただただ怖く、悲しかった。その時、はじめて、なんとなく、彼から言葉だけで知るようになったその選挙検索にかけた。

落選した議員は、選挙活動で子供プラカードを持たせていた。私はそのことを初めて知った。友人のすすめでフォローした、たった一人の左翼と、彼がリツイートするたくさんのツイートで、毎日その選挙話題を目にしていたのに。

次に私がフォローしたのは、ガチガチ右翼だった。

本当のことを知りたいと思った。だから両方の意見を聞いて、自分の目で見極めよう。それでちゃん選挙に行こう。自分の一票が、どんなに軽くても。

そう思った。本当は中立から公平な意見を言ってくれるアカウントを探したのだが、私の目には、ツイッターには右翼左翼と無関心しかいないように映った。

右翼左翼フォローして、感じたことはひとつだ。

まったくわからない。

彼らが毎日毎日毎日毎日呟いているのは、お互いの政策欠点よりも、むしろ殆ど政治家として、ひいては人間としての欠点の方だった。

からないままなのだ。結局何も。

私は政治に興味を持った。しか受動的な学びの姿勢のせいで、増えていくのは不祥事悪事知識だけだった。

安倍総理が3選した。世の中には彼を王様のように褒め称える人と、賢そうな理屈か、見るから教養のなさそうな暴言永遠に届くことのないボールを投げ続けている人がいて、何もかもが、府に落ちなかった。

私は政治に興味がなかった。

興味を持った今も、知識はないに等しく、無知なままだ。

私が政治に願うことは、家族が、大切な人が、平和に、安全に、幸せに、暮らせる世の中、それだけだ。戦争も、貧困もない世界。それだけだ。馬鹿げているだろうか。当たり前ではないのだろうか。政治家は、平和で豊かな国をつくりたいと、この国を良くしたいと、強く思った人がなる職業ではなかったんだ、そうか、違うんだ。そう思った。

やるせない。同世代の友人たちは現状に欠片の興味も示さないが、私は彼、彼女たちに、政治の話をしたことはない。これからもしない。いつもヘラヘラヘラヘラして、授業も遅刻してくる私が、ある日突然「安倍総理の三選についてどう思う?」なんて聞いたら、驚かれるか、笑われるか。本気でとられることはまずないだろう。しかし真面目な顔つきで、ここに書きなぐったようなことを何度も何度ももちかければ、流石に本気が伝わるかもしれない。そして彼らは私から離れていくだろう。絶対にそうだ。なぜなら私でも、当然のようにそうするからだ。学生運動をする大学生気持ち悪い。様々なことを考えるようになった今でさえ、その感覚は消えなかった。政治社会問題について言及する若者なんて、普通じゃなくて、気持ち悪いのだ。私達は、新しいアイスかプチ海外旅行の記録かootdしかSNSで発信してはいけないのだ。ローラだって動物を守りたいと言い出して腫れ物扱いだ。

やるせない。

私には、友人を、恋人を、国を変えることができない。

みんな戦争が起きたら、ひとが死んだら、嫌なはずなのに。この国はいつか、誰もが気が付かないうちにまた戦争を始めているかもしれない。

さな子どものころ、平和は当たり前のものだと思っていた。でも多分、それは間違いだった。

多分この国を悪くするのは、アベでも、与党でも、野党でもなく、この空気だ。無関心な若者、無関心でいなければ、「普通」でいられない若者世界、粗探しが論点政治、結局何もわかっていない自分、どうでもいいと、思いたくなる。

政治に全く興味のなかった、いつかの自分に戻りたい。今はただ、怖くて怖くて仕方がない。

追記

このサイトを知り、ずっと一人でもんもんと考えていたことをここでなら言えると思って独り言のつもりでアップしましたが多くのコメントを頂き本当に驚いています。まずは独り言のつもりだったとはいえ不勉強にも関わらず右翼左翼、と使いやす言葉をきちんと理解しないままに使ってしまたことをお詫びさせてください。ここでは現政権に強く賛成し、野党などを批判している人を右翼、その逆を左翼と思いこみそう呼んでしまいました。すみませんでした。どちらのことも批判するつもりはありませんし、私自身は本当にどちらでもありません。というより、繰り返すようですがどちらかに傾けるほどの知識がありません。重ねて、安倍総理のことも政治理解していない今の私には批判する権利がないと思っています。恥ずかしいことだと重々わかっています

たくさんの意見いただき漠然と もうどうしようもない、と考えていた気持ちが少し晴れました。とにかく私はまずちゃん勉強しなければいけないし、その上で、どんなに小さな一票でも、選挙に行こうと思います政治の話はできないですし、できるだけの知識も今のところありませんが、選挙にいく、いこう、くらいは言えるから、できることを、ひとつずつ、と、今は考えています。頂いたたくさんのアドバイスを、できる限り試してみますありがとうございました。

2018-09-18

女って真面目で常識に無警戒だから政治に向いてないと思うわ

女って正しさや常識には敏感なのに高次の理念に考えが至らない人が多いか政治に向いてないと思うわ。

経済的資本主義的、美人投票承認構造、低次元現実観、階級差別形式主義、非加害者加害者、無敵の受動性、正しさには敏感でも寛容の意味を知らない

これらの特徴は女性一般に見られる。

たとえばホームレス貧困者などの社会的弱者には正しさとして接することはあってもえてしてまじわることはない。非マジョリティーという認識をもってマイノリティーに接する態度。差別はしないが区別はする区別主義者

自分空気をつくることはせず男性が醸成した空気には気に入るか気に入らないか判断して批判してもかまわないという無敵の受動

イケメンと人が判断する人を自分イケメンだと無自覚に考える無思考承認構造

常識法律マナーなどには敏感であるが法を超えた仲間意識を持つことはない。

社会全体を考える社会主義、ではなく現存社会性に準拠した正しさに敏感な社会主義者

メタ倫理の欠如、正しさを俯瞰しない不寛容

公正性について考えない。

哲学的態度のなさ。

無自覚無謬主義者

経験主義

逐一正しさを棚から引っ張り出してくる瑣末主義者

これらすべては女性一般に見られる特徴である

2018-09-15

anond:20180911165115

今後のご活躍を祈念します。

研究所トップ

 研究員に対する「まだそんな研究していたのか」発言は、研究機関では多々見られます。これは、不器用な期待表現の一つと思われます一般企業研究場合研究テーマ事業部門から委託によるものが多く、将来の事業創出につながるブレークスルー研究は誰がやっているんだという指摘があります現場研究からすると事業部門から要請があるのだから何が悪いという意識もあり、事業から委託研究金科玉条免罪符となりがちです。研究所幹部には、会社経営トップから事業部門から要請のみを行う研究所不要という指摘もあり、苦悩は並大抵ではありません。もちろん研究投資は、現状の事業ニーズに基づく明日テーマと現状ニーズの延長上にない明後日テーマポートフォリオ上に位置づけられるべきです。現状の事業ニーズに応える研究者は必要であり、「まだそんな研究していたのか」発言は、人格テーマ重要性を否定するものではありません。現状事業ニーズに基づいた今今の研究投資事業部門が行うべきという考えによるものだと思われます事業部門は、自部門損益確保のため開発投資抑制して、研究所投資活用したいという想いがあります。その発言は、研究所責任者としては無理から意見と思います。そのテーマ継続したければ事業部門でやってほしい、大きな期待をかける研究者にはもっと大きな飛躍につながるテーマをやってほしいという意味理解すべきでしょう。

ビジョンとつながらない研究

 研究事業ビジョン関係は、具体的に経営者やCTOが示すべきかもしれませんが、専門性の高い研究テーマ事業ビジョンは、現場研究者がある程度示さざるを得ません。それができなければCTOではないという指摘もありうるかもしれませんが、CTOとしては、できるだけ将来のビジョンを示して、そこにつながる研究現場研究者に考えてほしいという想いがあります。その結果、最高給のブロガー揶揄される批判を甘んじて享受して発信を続けます。そんな批判に耐えて情報発信する経営幹部は、稀有ではないでしょうか。その内容は、もしかすると共感する読者からみて最高級といっても過言ではないかもしれません。もちろん、読み手によっては、薬にも毒にもならないビッグワードの垂れ流しの評論で、具体的な行動や指示ではないと感じる方もいるでしょう。それは読み手解釈であり、自身研究テーマファンドを得るために彼のブログの内容を活用してやろうと思う研究者にとっては宝の山に見えます。したたか研究者にとっては、彼のブログ予算獲得のための親切なヒントであり、金科玉条的指針となります。つまるところ、CTO自身立場キャピタリストとして位置づけたのではないでしょうか。そのCTOは、研究予算を獲得して何が何でもこの研究をやりたいという研究者をフィルタリングして、キャピタリストを納得させる研究提案提示させるというフレームワーク確立したようです。そのフレームワーク機能させるために、研究投資の指針やヒントをブログにを垂れ流し、そのブログを薬や毒にするのも研究者次第というスタンスだと思います

人事

 個人的には、CTOキャピタリストみたく受動的でいいのかなと感じます。あまり他人事過ぎて研究に対する熱さがない冷徹マネージメントとなりがちです。研究所長やCTOたる者には、スティーブジョブズ本田宗一郎のような熱いリーダーシップを期待したくなりますしかしながら、研究の中身がわかってリーダーシップを発揮できる分野は、一個人だと限界があります。したがって、分野ごとに任せる存在必要になります。そのあたりは、高度な信頼関係に基づく極めて難しいマネージメントになります。その役割は、理事とやらが担うのかもしれません。一般に、現場研究者のことを考え自ら具体的に行動して指示してきた方が、成功するかどうかは、その仕事を任せるCTO次第です。失敗を部下の責任とすること(成功と認めないこと)もよくある話です。CTOもの言う方であれば、なおさらありそうな事です。そのあたりは、幹部当事者でないとわからないので、表面的に論評するのは控えたほうが良いかもしれません。

最後

 個人努力が報われるかどうか、個人努力だけではどうしようもないことがあります。ただし、研究者として生きていくためには、研究ファンドの獲得(キャピタリストの信頼獲得)は、不可欠です。プロ研究者として、ご自身をどのように位置づけるか、つまりキャピタリスト自分適応させるのか自分投資するキャピタリストを見つけるのか、どちらかにチャレンジしければなりません。おそらく、CTO現場研究者に自分適応させるのか、自分方針に従う研究者を集めるのか、苦悩の上決断してチャレンジしているのでしょう。そんな苦労もなく好きな研究に没頭できるのは、恵まれた方だと思います。遅かれ早かれ、誰もが経験するチャレンジです。今までの経験を踏まえて、技術立国日本リードするプロ研究者としてご活躍されることを祈念しております

2018-09-13

ジャニーズJr.黄金期の3人が去った

滝沢秀明今井翼、そして渋谷すばる

この三人がメインに居たジャニーズJr.は強そうだった、というか強かった。

当時の人気に今のジュニアが迫れたことは一度も無い。

同い年の三人。この世代は嵐と関ジャニ∞あたりが含まれる。凌ぎ合いが激しかった世代なので、おのずと個々のアイドル能力芸能能力は高い。

まさか…その中でこの三人が真っ先に去るなんて思いもしなかった。

タッキージャニーズJrを引っ張っていたのは、ジャニーズファンには有名な話だ。

彼は十代のころからJr.プロデュース業を一任され人気が出そうなジュニアを選び、曲を与え、組み合わせを作り、真ん中に立っていた。

趣味という名の仕事MVを撮っていたこともあれば、番組OP映像を作っていたこともある。

そこに寄り添うように居たのが今井翼だ。今井が嵐のメンバーから漏れときはびっくりした人が多かった。が、人気ゆえだったのかもしれない。

(嵐はピラミッドの頂点というよりも二軍、三軍に居たメンバーを集めたグループだった)

デビュー前の早くからタッキー&翼の二人のセットは見られていた。

今井特にJr.全体では受動的なキャラ大人しいほうだったが、滝沢指名で一緒にデビューすることになった。

滝沢本来ソロデビューする予定だったのだが、指名できるくらいには事務所に一任されていたといえる。

タッキー&翼がデビューしたときに残されたのは渋谷すばるだった。彼は滝沢の次に人気があったのだ。

滝沢渋谷は仲も良かったので、デビュー当初は勘違いした人も居たらしい。

その際不仲説もあったが、誤解だったことを去年テレビで二人で話していた。

渋谷にもソロバンドデビュー話があったようだが、紆余曲折で悪いタイミングも重なり中止になったらしい。

その後、先輩たちの不祥事が続いた関西ジャニーズ復権のために横山村上と共に大阪活動を始めることになる。これが後の関ジャニ∞になる。

伝説的な三人だった。ピラミッドの頂点に居る三人だった。

数百人以上のジュニアの中で真ん中に立つことと、デビュー組で真ん中に立つことは、どちらが凄いのだろうか。

大勢の同世代をバックにセンターに立って絵が締まる。そこには誰の文句もない。言わせない。それだけの気迫とオーラがあった。才能だった。

それが故に浮いていたことも事実だ。同世代でさえ彼らのことを話すときは凛とする。彼らの背中はいつも孤高があった。

まだ驚きが勝っていて言葉が締まらないが、もう一度だけでも彼らがセンターに立つあの世界を見てみたかったと思う。

もう言っても仕方ないのだが。

2018-09-08

やっぱり日本人は「ボランティア」の意味を分かっていない

こういうニュースがようやくTVで取り上げられた

東京五輪パラ ボランティア 大学の半数が単位認定検討

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180906/k10011614251000.html



志願制、自主性、主体性とは対極の徴用強制性、受動性にもとづくもの

ボランティア」と呼ぶのはおかしい。


本来意味は「志願兵」であり、その対義語は「徴兵である

2018-08-27

自分人生自分の力で生きようという人間が乏しいからな、はてなという場所は。

常に「誰か」に「何か」をしてもらうことばっかり考えてるから、「自分存在」そのもの空虚空っぽ・稀薄になる。

生き方のもの受動なのだ。だから生きる意義など見いだせるはずもない。

自分」を感じられなければ「その自分にとっての意義」がそもそも存在しない。

奴らにあるのは徹頭徹尾「快・不快」の原始的動物的反応に過ぎない。

自分人生自分努力で何とか切り開こうという意志がなければ、そりゃ人生むなしくなるだろう。

というか、それはもはや「自分の」人生じゃないだろうからな。

それも分からずに、でも満たされないかイライラするから

いつまで経っても人のせいにし続けて生きていくつもりなのだろう。文字通り「死ぬまで」。

そりゃ「生きている意味」など分かるまいな。

自分人生を生きていないのだから当然の帰結だ。

から40歳という人生の折返し地点で漠然とした悩みを抱えているが、

しかし具体的な解決策にまで辿り着くことができない、つまり

自分人生責任が持てない」

から

40代以後を話題にした増田に食いつきはするが、

しかしどうしたらいいかからないみたいなみっともない醜態晒すことになる

2018-08-26

ティ家(はてな民)ってほんとにパンティの害に関して調べたこあんの?

最近パンティ害悪論が本当に意味不明なんだけど。

そもそも副流ティーの問題に関して国立パンティ研究センター適用している平山論文には有意差がない。彼の論文に書かれているのは9万人の喫ティーをする人の配偶者が肺パンティーで死亡した人数は32人、同数の非喫ティー者は140人。割合にすると0.1:0.16。さらソーシャルパンティーの世帯一般的な被受動ティー者)は非喫ティ世帯よりも肺パンティーになる確率は低いとも示している。

またラットを用いた実験を示した論文ではラットを密閉した容器の中にいれそこにパンティーの香りを漏らさず入れるという臨床的にありえない方法実験しているものが多数ある。現実には大気中に散布した副流ティーは1000倍~10000倍に希釈される。直接煙を吸わせれば焼き鳥ティーでさえ害になることは自明だがこれらの論文が禁ティ運動の論拠にすらなっている。意味不明

またパンティーには発パンティー性物質が含まれているが発パンティ抑制物質が含まれていることもほとんど知られていないし、ブラジリアパンティーの予防に効く(喫ティー者は非喫ティー者の1/3)こともほとんど知られていない。パンティーに関しても乳パンティーや子宮パンティーに関しては喫ティー者のほうが非喫ティー者よりも発がんリスクが低い。パンティーの発パンティー性物質を言う人間福島風評被害にも積極的に加担していたクラスタなんだろう。みそ、しょうゆ、お茶ワイン水道水にも発パンティー性物質が含まれているしそれらもパンティーの発パンティー性と大差ない。放射能と関連して言えばパンティー=福島だとしたらしょうゆ=東京程度の違いでしかない。つまり合理的な違いなどなく人々の認識風評の差でしかない。

くさいからっていうのは論外すぎるので相手にするだけ無駄だと思ってます

anond:20180825234930

2018-08-25

RSSがどうのホッテントリがこうのって話、結局ネットネタに対して受動的か能動的かってことだけだと思う

能動的でい続けられる分には、使ってたアンテナの精度が悪くなったら今度は別に新たなアンテナ能動的に探すだけだからそんなに文句はない

でも受動的な態度が続き過ぎてしまうと、新しい能動的な情報に接するコストストレスが増大してしまうため、使ってたアンテナの精度の悪さが自分ネットネタに対するアクセスの悪さにダイレクトに結びついてしまう(能動的に新たなネットネタを探す能力が枯渇気味になってしまっている)

こないだ徳島阿波おどり騒動問題で、増田で長々とまとめてただけのエントリホッテントリ入していたが、あれも象徴的な話で、あの程度の情報だったら能動的にネタを探そうと思えば訳なくゲットできる

でも受動的な感覚がしみついてしまっていると、あの程度の情報量ですらアンテナに頼らないとだめになってしまっている

それから効率重視」というのも問題

どんな情報でもそれをゲットするにはそれなりの時間必要なはずなんだわ

読書に置き換えてみるとわかりやすいのではないかと思うのだが、

読書量とか読んだ本の冊数とか誇ったって仕方がないわけで、

その本からどれだけ情報知識を得られたか重要なわけだ

要点だけかいつまんで情報摂取すればそりゃ効率は良くて合理的なんだろうが、

結局そんな情報は表層をさらった程度だけにすぎないので、

からブコメなんかで「本文読んでるのか」みたいな批判が出てくることになる

そんなわけで「効率重視」な情報収集を「受動的」に行うのがガンなのではないか

それが進行してしまうと、いろんな情報アンテナに対して愚痴っぽくなってしまうのではないか

2018-08-24

警察検察に行ったり民事裁判を起こしたりした話

警察被害届を出そうとしたとき、私は北海道にいたので、北海道苫小牧署に行った。

そこでは、事件が起こった場所被害届を出すのがよいから、横浜に行く機会があったらそのとき警察に行くのがよいと言われた。

その旨を、現場管轄である神奈川県警戸部署に相談してみると、やはりこちらに来る機会に来署してくださいとのことだったので、

数か月後、東京に行く用事のあったときに、戸部署に寄った。

戸部署で話をすると、それでは被害届を受けるので明後日また来てくださいとなった。

なので2日後にまた行くと、女性警察から被害届は受けられない、ただ話を聞きたいだけだと聞いている、被害届を出したら加害者が怒ってあなたに何かするかもしれない、同じ女性としてあなた危険な目に遭う可能性にさらすことは出来ない、という話をされた。さらには、どうして時間が経ってから来るのだと言われた。(そのことについては事前に戸部署に相談しており、こうなっているのに。)


苫小牧署の対応と随分と感触が違う。

北海道に戻った私は、再び苫小牧署に行き、こういう被害届を出したいと言われたら苫小牧署ならどういう対応しますか?ということを質問した。

そういった場合にはこういう捜査をするだろう、という説明苫小牧署の警察から受けた。

から警察に不満があれば監察に申し立てるとよいと聞いたので、

戸部署ではじめに対応してくれた警察官と2日後に会った女性警察官とでは話が違ったこと、

苫小牧署ではこういう相談があればどういう捜査をするという話をしているのに戸部署では被害届を受けつけてくれなかったこと、事件に遭った場所によって捜査格差があってよいのか、

ということなどを手紙に書いて、神奈川県警の監察に送った。


手紙が届いたであろう頃に、戸部署に電話をしてみると、電話を取った人からして、ああはいはい、と話をわかっている感じであった。

そして、私の事件刑事課の(企業でいうと)部長クラスと思われる人が担当することとなった。

監察の力ってすごい!


ところで、私は、例えば「医師は全員女性なので安心」のような、女性相談を受けるスタッフ女性なので安心だという世の中の謳い文句安心を感じたことがない。

戸部署の女性警察官のように、「同じ女性として」という文句が「私も我慢しているのだからあんたも我慢しろ」という風に使われることがあるからだ。

生物学的な性が同じである前に、私とあなたは別の人間だ。

たいていの事件には加害者復讐可能性というのは伴うのではないか。そうした場合被害者は泣き寝入るしかないと警察はいうのか。

被害届を出すかどうかは私が決めることではないのか。同じ女性からといってそれをさせてもらえないのであれば、私とあなたは別の人間であるということの尊重のうえで相手の状況を慮ってくれる男性警察官が担当となってくれた方がいい。



事件捜査してもらえることとなって、2か月に1回くらいの頻度で戸部署に呼ばれた。

その頃には北海道から埼玉引っ越していたのだが、平日の昼間に片道2時間近くかけて警察まで行かなくてはいけないのはなかなか大変であった。


戸部署では、いつも刑事課の個室の中で話をきかれた。

その個室に入るときは、携帯電話をドアのポケットに入れなくてはならなかった。”いつもは悪い人を取り調べる部屋だから、外に連絡して打ち合わせることができないように”という説明を聞いた。

たいてい冷たいお茶を出してくれた。個室の壁のペンキはひび割れていた。警察建物ってたいてい老朽化している。お金がないからあまり捜査をしたくないのかもしれない。でもだからといって私が人権侵害行為を受けたことを泣き寝入ることはしたくない。


車で被害現場まで行き、ここですと指さしているポーズ写真を撮られることもあった。「おお、それっぽいことをしてる」と思った。


被害届刑事作成してくれるのだが、被害者の喋り口調で作るものになっているようだ。加害者被害者ニックネームがあれば、その名前が使われる。例えば、「みちょぱ」と「らぶりん」がニックネームであればそれが被害届のなかで使われる。こういった種類の事件テンプレートなのだろうか、「ときには優しいこともあって、そういうところが好きでした」なんていう文言も入る。つまり「みちょぱはらぶりんの、ときには優しいところが好きでした」という文面が出来上がる。それを刑事に読み上げられて、恥ずかしくってしかたがなかったのだが、こういうものなのかと思い「はい、それでいいです…」と言っておいた。


この頃、私はちょっとした男性不信になっていた。

加害者人権は守られている。例え立件されても、起訴されたとしても、特殊権限のある人がそれを調べない限り、そうなったことは知られない。

そう考えると、道を歩いている人も、実は殺人犯なのかもしれない。あの男の人は親切に道を教えてくれたけれど、家では妻や恋人を殴っているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。


現場に関するものが少しトラウマとなっていた。「横浜」の文字を見ると嫌な感じが湧き上がってきた。加害者がよく着ていたような白いTシャツを着た男の人を見ると、恐怖感が湧いてきた。


私が警察被害を届けることを知人に話したら、その知人が加害者にそのことを告げるということが起こり、ショックを受けた。


加害者が「女性は1人の人間としてではコンテンツとしてみていて、必要がなくなったら他のコンテンツに乗り換える」と語っていたことがあり、その話をまた別の知人男性にすると、その知人男性も「男はみんなそうしたいと思っているところがある」と言って、そのことにショックを受けた。


ネットなんかで「女性ちょっとしたことでもすぐDVと騒ぐから」と書かれているのも見かけると、私の言っていることもそう思われるのだろうか、信じてもらえないのだろうか、と思った。

そんなことがあり、警察にも通っていたりで、精神的負荷がすごかったのだが、それで精神的に不安定になったら、”メンタル不安定な人”ということで、私の言うことの信憑性が低くなるのではないか、と思い、周りに支えの無さを感じていた。

そんなときに、10年ぶりに会った後輩に、これまでにあったことを打ち明けると、

「僕はあなたの言うことを信じますよ。だってあなた、苦しんでいるじゃないですか。」と言ってくれて、こころが救われた。

私が警察被害を届けようとしていることを知人が加害者に告げたことも、女性コンテンツ扱いする発言も、「ひどい」と言ってくれた。ようやく、私がおかしいと思っていたことを「おかしい」と言ってくれる人が現れて、私はほんとうに救われた。


警察捜査の進みはほんとうに緩慢で、1年くらいかかったと思う。

ようやっと書類送検ということになった。

警察で立件された時点で、前歴となり、その記録は警察自治体永久に残るらしい。


横浜地方検察庁に私も1度行き、話をきかれたりした。


事件は「執行猶予」となった。

これは加害事実があったと認められたということである

起訴」には社会的に重大な事件ではないとならないらしい。


その後、民事裁判を起こすことにした。


この時点で時効が迫っていたので、内容証明郵便加害者宛てに送った。こうすることで時効半年延びる。

その間に弁護士を探した。


親切にしてくれる弁護士もいたけれど、証拠が少ないということで引き受けてもらえなかったりした。

嫌な思いもした。被害に遭ったことについて私が馬鹿だと言う弁護士もいた。

私はDV被害者当事者会に出たりして勉強したが、DV被害者というのはみんな自分馬鹿だと思っているんです。そう思っているから、なかなか外に打ち明けられなかったするんです。それなのにそんなことを言う弁護士がいるなんて。

そもそも、人を疑って警戒しながら生きているのが賢くて、人を信じると馬鹿と言われる社会なんて。


そんな中、ようやっと、引き受けてくれる弁護士出会えた。

実は、警察では証拠不十分で立件できなかった加害事実について(数種類の加害行為があり、証拠が揃っているものけが立件された)、加害者検察での供述の中で加害事実を認める発言をしていることを、私は検察から聞いていたのだ。

裁判となれば、その供述調書の開示を求めることができるかもしれない、と弁護士は言った。開示されたら、それが重要証拠となる。


そして裁判が始まった。


東京地方裁判所は大きなビルの中に部屋(法廷)がたくさんあって、廊下の壁は明るい色に塗られ、大きな病院学校みたいだった。

地階に食堂があるので、ここは「裁判に勝つ」ということでカツ丼を食べようとしたのが、カツ丼メニューに無かったのでざるそばを食べた。

裁判官は頭に黒い帽子をのせてポンチョのような黒い服を着ており、「あれは昔はシルクだったけど今は合成繊維になった」と弁護士が教えてくれた。


私も裁判に出席して事件について述べなくてはならなかった。

ハンカチくらいは持ち込んでもよいと聞いたので、すごく緊張したかハンドタオルをぎゅっと握りしめて法廷に立った。

述べる前には、ドラマとかであるように、嘘はつきませんってことを宣言しなくてはならなかった。その文言は、プリントされたものが前に置かれていたので、それを読んだ。

私が述べた後には、加害者側の弁護士から質問をされる。

ここでも結局、私が馬鹿だということを匂わせることを言われる。

いくらDV被害者には特殊心理状態があるという研究があっても、DV被害者当事者団体が訴えても、それはなんにもならない。

私は「はい」か「いいえ」しか答えられない。私を侮辱するようなことを言われても、反論しようとすると裁判から制される。


この後しばらく、私は加害者側の弁護士の喋り口調がフラッシュバックすることがあり、精神的な危機を感じた。

弁護士の喋った内容ではなく、息遣いのようなものフラッシュバックがあった。

これまで警察検察に行ったり裁判を起こしたりして、かなり精神的に負荷を感じることがあったけれど、これが一番ひどかった。なるほどこれがセカンドレイプってやつかと思った。数週間したらおさまったのでよかったのだが。


私の弁護士裁判の中で、検察庁に加害者供述調書の開示を求めてくれたのだが、

それが開示されることな裁判は終わった。

和解ってやつになった。



警察被害を届けたり裁判を起こすときに、どうして警察に行くの?どうして裁判をするの?と言う人たちがいた。どうしてそういう質問がなされるのか私にはわからなかった。

泥棒に入られたら警察に行くのと同じことだと思った。カバオくんを泣かせたバイキンマンは、アンパンマンにやっつけられる。幼稚なのかもしれないが、世界はそういうものだと思っているので、私には泣き寝入るという選択肢は無かった。けれど、泥棒に入られても警察に行かない人もいるのかもしれない。

「得られるものに対して自身へのダメージが大き過ぎる」と忠告してくれた人もいた。

(確かに、負荷は大きくて、円形脱毛症になりかなり派手にハゲをこさえた。裁判が終わって1年近く経つ現在もまだ完治していない。)

そう考えて泣き寝入る人たちはたくさんいるのだろう。けれど私はそんな例を増やしたくはなかったし、このままあったことを無かったことにされたくなかった。

暴力的自分の意にそぐわない状況に置かれるという体験は、私の自己効力感とか自信を失わせるものであった。

むかしの私は将来に希望を持っていて活動的であったが、被害に遭った後は、何かをしようと思っても、自信がが持てずに力が入らないのだ。

警察に行ったり裁判をすることは、暴力的に意にそぐわない状況を受動させられたことを、自分で動くという能動に変えることであった。

から私は、やれるだけのことをやってよかったと思っている。

2018-08-19

受動痴漢になった

地下鉄にて

(お、角の席が空いてる、座っとこ)

数分後、次の駅

若い女の二人組が来た、あ、二人並んで俺の隣に座った。おい二人組の右側の方、こんなキモいおっさんの隣でいいのか? ま、スマホの画面と女同士でおしゃべりに夢中で俺のこと一切気にしてねえみたいだな……)

(おい女、お前のひじと上腕が俺のひじと上腕に当たってるよ! こんなキモいおっさんと腕の生肌同士が接触していいのかよ? お、俺は何も自分から隣の女に触れてないぞ! 俺の両手はさっきからずっと講談社現代新書を開いてて、自分のひじは自分の脇腹に密着させててこれ以上引っ込められないぞ!)

うへぇ、俺の上腕に当たってる若い女の上腕の生肌すべすべのぷにぷにだぁ……そうそう、上腕の生肌っておっぱいと同じ感触って言われるんだよなあ……じゃなくて、おい女、腕引っ込めないのかよ? あ、相変わらずスマホの画面と女同士でおしゃべりに夢中で、隣のおっさんがこんなにキモいとか一切気づこうともしてねえな)

(ああ、すべすべのぷにぷにの上腕マジ気持ちいい、お、俺は一切自分から手を触れてねえぞ! 俺の両手はずっと講談社現代新書を持ってるからな! 俺の上腕が偶然、若い女の上腕に当たってるだけだからな!)

「次は~、大手町駅~♪」

(おっと、降りねばならんか、にしても隣の女最後まで腕も引っ込めず俺のことを一切気にしなかった。うむ、今日ラッキーだったなあ)

こうして文字に起こしてみると、俺、超キモい!!!!!!!!

もし心の声が隣に座った女に聞こえてたら、周囲の乗客全員からタコ殴りにされても文句言えんわ

どう考えても痴漢だろ俺?

2018-08-18

anond:20180818171416

RSSリーダーを使えば、受動的に情報を得られるよ。

暇と言えば暇なんだろうけどさ。

2018-08-16

anond:20180816104655

当事者は誰も能動的にやってくれなんて言ってないし、受動的で感謝してるだろ。

文句つけてるのは対立煽り揉めさせ屋やぞ

子連れ能動的に受け入れろっての無理でしょ

俺は子連れクレームを言ったりしない。新幹線では対策耳栓を持参するし、ファミレスでガキが騒いでいても別に何も言わない。

俺にはそういう受動的な受け入れが限界だ。電車で席を譲るとか、満員のエレベーターを降りるとかはできない。可愛そうだと思うけど、こっちもこっちで急いでたり疲れてたりメンタルポイントが尽きかけてることも多いから、そこまではできない。「ベビーカーがいるのに満員のエレベーター誰も降りようとしない!これだから日本人は」と怒る人は多いが、そこに乗ってる人もまた全員限界だったらとか思わないんだろうな。見た目健康そうだからお前は健康、元気有り余ってるんだから寄越せとでも言いたいのか。ふざけるなと言いたい。犯罪行為でも何でもないんだし、受動的には受け入れてるんでもう勘弁してくれよ。たまたまその日は運が悪かったんだ。だからエレベーターに乗れなかった。悪意じゃない。それだけだよ。

2018-08-14

anond:20180814130528

 どうして相手発言曲解してゼロかイチで話を進めたがるんだ?w

俺は宣伝に振り回され過ぎなければここまで悩まないだろう、って文意で指摘してるんだが。

 それはそうと、コード自然発生(笑)するかどうかってのは多少興味を覚える指摘ではあるな。

例えばニワシドリ(https://matome.naver.jp/odai/2138734842643069001)なんかは教育番組で有名になったが、動物研究では比較メジャーな方だろう。

 この飾り付けが自然発生かどうか」ってのは自然定義にもよるだろうが、人間の行動自体能動性、受動性にも関わるな。

コード文化様式と深く関わっているのは言うまでもないが、鳥のソレを文化と呼ぶべきかどうかもまた学者によって異なるだろう。

 商用マスコミに影響を受けてのみでしか自分立ち位置確認できない人間が気の毒なのは同意するが、"もし" ニワシドリの中に巣を飾らない事でメスを引き付けようとする個体が出てきたら、それは群れの中の流行としてどう作用すると思う?

 それから "仮に" ニワシドリの群れに「今年のトレンドは青い小石」なんて囀る事で同種のオスから報酬を得ている個体がいるとして、それらは反巣作り派にどうリアクションを起こすと思う?


上から目線で気に入らないかもしれないが、少し考えてみようよ、自然派さん。w

寛容不寛容

能動者は不寛容受動者は寛容 から 能動者は寛容で受動者は不寛容になった

不寛容寛容でなく寛容不寛容でもない、寛容寛容を目指すべき。……違う気がする

能動者の寛容が認められるのは早さと多様性の為(プレリリースの得)

から早期の寛容寛容・以降の不寛容不寛容新規参入ブランド

まやは創発者の寛容・経営者不寛容受動者の寛容(これ名付けらんないな)

2018-08-02

お金があれば鬱がなおるなんて嘘

とある事情不労所得が入るようになったんだが

趣味である音源購入にお金を使いつづけた結果

だんだん音楽に飽きてしまって

楽しいことが何もなくなってしまった

空腹は最高のスパイスという言葉もあるように

ある程度の飢えがないと(受動的な)楽しさって生まれなんだなあ

能動的な趣味がない人間お金があってもあまり幸せにはなれない

人生退屈でつらいだけ

仕事してたほうがまだ良い

2018-07-31

anond:20180731183857

依頼貰って受動的にやったよってニュアンスが出てるだけでは

2018-07-09

anond:20180709103803

能動受動

誰かが課金と同じと言ってたのはそのことか

しかに変な使われ方だ

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