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はてなキーワード: 受動とは

2022-08-04

anond:20220804122344

ロシア南下政策以前にまず征韓論-台湾出兵やろ

ロシア圧力に対して受動的に戦争に巻き込まれたわけやなく

もともとノリノリで対外進出したがってたのが明治政府

2022-08-03

anond:20220803203413

猫作、顔が好きだった…

性格あんまりだが…

顔に引っ張られて結構好きだった…

でも猫作好きってコウちゃんと比べて趣味悪いのわかるから言いにくかった…

三白眼でぱっちりした目の男のキャラかなり好きなんや

私のことを憶えていますか良い漫画だったなあ。最後の方はちょっとヒロイン受動的すぎて(事情考えればしょうがないけど)つまんなくもあったが、全体的には傑作だと思う

東村アキコ漫画の正ヒーローは大体面長のkポップ顔イケメンだけど、ワイは男の顔は丸めの顔につぶらな瞳(出来たら三白眼)が好きなんや

anond:20220803012202

どちらかというと「入りにくいんだ!」と誰かが喧伝することによって「一般的に入りにくいとされるところへ入っている自分はいま目立っているに違いない」という意識が生まれるんだろうと思う

全然おかしくないし、全然おかしくないことを受動的な大衆に染み込ませるためにそれをしつこく言っていく必要がある

2022-08-02

anond:20220802123239

「思う」ならまだ、主観でそう思ってるという主張なのねーって理解できるけど、

「思われる」だと、誰によって??? ってなるから始末が悪いよな。


下関係あるか分からないけど思い出したこと:

大昔(30年くらい前?)は、「学術論文客観的でなければならぬ。したがって文章受動態で書くのじゃ」

みたいな風潮があったようだけど、今では We から始めて能動態で書くよねぇ。

むやみに受動態使って主張をぼやかすのはダメって言われる。

特に日本語で、〜と思われる、〜であろう、みたいなのは責任所在曖昧だし、何より不自然になりがち。

ところがシニア先生だと、未だに受動態で書けって指導している人がいて、びっくりしちゃったね。

2022-07-31

anond:20220731193404

この創作なのかなんなのかよくわかんないラストって結局なんだったんだろうな

「ほんとうはもっと与えられるべきだった」と無根拠に思いこむ人間の恐ろしさ  映画ジョーカー』|槙野さやかnote

https://note.mu/kasa_sora/n/n8554d186e08e

 ※ トッド・フィリップス監督映画ジョーカー』の内容に触れています。また、当然のことながら、あくま個人の感想文にすぎないものです。

 この映画主人公であるアーサーはコメディアン仕事で細々と収入を得、福祉の補助なども受けながら身体不自由母親介護をして暮らす青年だ。彼がこのたびの「ジョーカー」、今まで何バージョンものキャラクター提示されてきた伝説ヴィランの最新バージョンである。彼が住むのはもちろんゴッサム・シティバットマンのいる、あの町だ。すなわち、きわめてアメリカ的な、ニューヨークのように大きな都市でありながら閉塞した田舎のような空気をも漂わせ、犯罪者がすぐ精神病院にぶちこまれる(そしてひょいひょい脱出する)、例の町である

 のちにジョーカーになる主人公・アーサーの生活は貧しい。しかし、それほど激しい貧困状態ではない。ありふれた、なんなら「ちょっとした貧しさ」にすぎない。これはとても大切なことから、先に述べておきたい。『ジョーカー』は貧者が蜂起する映画ではない。映画の前半では、アーサーの貧しさ、アーサーの病気、アーサーの不運が描かれる。そしてそれらはすべて「ありふれている」。

 たとえば、アーサーは病人だ。突然笑ってしまって、人々から不気味がられる。だから彼はカードを持っている。不随意の笑いの発作で話せなくなっても他者に手渡すことで自分状態説明できる、ラミネート加工したカードを。「突然笑ってしまうのは神経の病気のせいなんです。気にしないで」。そう、これはいい手だ。アーサー、適応しているじゃないか、と観客である私は思った。世の中には不随意のいろんな動作が出る病気があるし、外見が尋常でなくなる病気もあるが、それらのために社会参加を諦めろというのはむちゃくちゃな話で、それらを抱えて働くのは当然の権利だ。不随意動作尋常でない外見を不気味がるのは無知によるものである。不気味がるほうが悪い。私も若い時分に病気で何年か変わった外見になり、自分でも「こりゃあすげえな」と思ったが、しかし一方でこうも思った。「とはいえ、これくらいの怪物性を帯びた外見は、ありふれてもいるけどね」。

 たとえば、アーサーの生活はつましい。お金の余裕はぜんぜんなさそうであるそもそもアメリカでは成人してだいぶ経つ人間が親と住んでいる段階で「お金ないんだな」感が出る。しかも彼はコメディアンとしてもまったく売れていない。ピエロ仕事もたくさんもらっているようには思われない。貧しい人である

 しかしそれは「(コメディアンという)夢を追う人間」としては標準的といってもよい貧しさだと私は思う。カネの入りにくい職業をめざしているのなら、副業や何かで収入サポートするのは当然のことだ。コメディアンピエロ仕事だけでは食えないなんて当たり前のことであるピエロのない日に別のパートタイムジョブを持つか、さもなくばフルタイムで別の仕事をして土日にコメディ舞台に立ったらいい。そんな人は日本にもいっぱいいる。

 たとえば、アーサーは母親介護をしている。食事の世話をし、椅子からベッドに移動させ、お風呂に入れてあげる。アーサーは日中出かけているし、家にいても母親とは別の部屋にいたりするから、四六時中拘束されるような介護ではない。こうした「身内による介護」も、やはりありふれている。私の知人にも二人ほど、介護のために近親者と同居していた人物がある。子どものころから親の面倒を見ている人間もこの世にはいる。アーサーの母親介護者に糞便を投げつけるか? ノー。アーサーの母親は飲んだくれて何時間介護者の人格否定しつづけるか? ノー。アーサーの母親介護者を性的搾取するか? ノー。少なくとも画面に映っているあいだ、彼女はそうしたことをしない。アーサーの介護はやはり「ありふれた大変さ」の範疇である

 さあ、おわかりいただけただろうか。アーサーは貧しく不運だからジョーカーになったのではない。貧しく不運な人はこの映画の中にも彼の他にいくらでも出てくる。ではなぜアーサーが、アーサーだけがジョーカーになったのか。

 「自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかったから、自分が与えられるべきだったはずのものをもらっているやつらを燃やす

 これがアーサーをしてジョーカーに変身せしめた動機である。「すばらしいものを与えられるはずだった」というそ思い込みに、根拠はない。ないが、なぜかそう思い込んでいる人はこの世にいる。たぶん一定数いる。彼らは「自分にはもっともっとすばらしいものが与えられるはずだったのに」という激しい飢えを抱え、たとえばインターネット文章を書いているぜんぜん知らない人(私とか)に突然その怒りをぶつける。「おまえなんかが賞賛されていいはずがない」と。私は最初、その怒りの意味がまったくわからなかったのだけれど、何人かと遭遇して理解した。彼らはこう言っていたのだ。「おまえなんかが賞賛されていいはずがない、それは本来おれ(わたし)に向けられるべき賞賛だ」。

 アーサーには父親がいない。母親もどうやらそのあたりの話をしてくれていない。だからアーサーは父親の夢を見る。アーサーは映画の中でずっと、手を変え品を変え、父親の夢を見ている。貴種流離譚的な夢だ。お金持ちの、人格者の、有名人の、素晴らしいパパが、僕を迎えに来る。そういう夢である。アーサーははじめから、いわゆる「信頼できない語り手」だが、それは彼の性格からして当然というか、「アーサーは金持ち父親からまれテレビ賞賛されるのが自分本来の姿だと思っていた」という、それだけのことである。そう、彼は自分王子さまだと思っているのだ。王子さまのはずなのに王さまのパパがいないから気も狂わんばかりにそれを求めつづけているのだ。

 昔話の王子さまは冒険の旅に出るが、アーサーはその点、昔話のお姫さま的に動かない。簡単に言うと、すてきなパパの夢を見ながら、「美しい女が自分に恋をする」とも思っている。だからといって具体的に女を口説くことはしない。まるで王子さまを待つ白雪姫であるグリム童話白雪姫家出して七人のこびとと仲良くなって家事などしていたからアーサーよりぜんぜんマシだ。アーサーは家出もしない。りんご食って寝てるだけの白雪姫、完全無欠の受動である

 アーサーは不運にも仕事をうしなった。でも彼の首を切った職場上司はそんなにはちゃめちゃに邪悪人物というわけではない。アーサーが子どもたち相手ピエロ仕事をしているとき懐に忍ばせていた銃をおっことした、だからクビだと言ったのだ。理由のあるクビである。不運ではあるが、世の中への怒りがグラグラに沸き立つタイプの不運ではない。たとえば「社長から二人きりの出張を組まれ、現地に行ったらホテルの部屋が一緒だった。社長異性愛者を公言していて自分社長にとって年若い異性である社長ホテルの部屋に入れと強要するので全力で逃げて自腹で別のホテル宿泊した。するとクビになった」みたいな不運ではない。ちなみにこのような不運で職を失ったセクハラ犠牲者はありふれている。アーサーの上司はこのたとえで出した「社長」みたいな人間ではない。

 でも、アーサーはその上司を許さない。クビの原因になった銃をくれた同僚を許さない。自分をあざわらう裕福な奴らも許さない。自分の「パパ」じゃなかった有名人も許さない。許さないけれど、同じように許さない仲間を募ってデモをやるわけではない。文筆をもってゴッサム・シティ檄文を撒いてまわることもない。いきなり裕福なやつらを殺す。いきなり同僚を殺す。バッキュンバッキュンに殺す。そしてジョーカーになる。仲間をつのって暴動を煽るのではない。仲間が勝手にやってきて祭り上げてくれるのだ。徹底している、と私は思った。狂を発して「アーサー」からジョーカー」になるときでさえ、彼は「与えられる」側でなければ気が済まないのだ。りんご食って寝てるんだ。永遠に家出をしない白雪姫なんだ。

 さあ、おわかりいただけだたろうか。アーサーの怪物性がいかなるものであるかを。アーサーはなぜジョーカーになったか。アーサーは貧しかたかジョーカーになったのではない。アーサーは不運だったかジョーカーになったのではない。アーサーは「自分大金持ちの有名人の子に生まれテレビスポットライトを浴びて子どもたちに大人気のコメディスターであるはずなのに、そうじゃなかった」からジョーカーになったのだ。アーサーは、自分無限賞賛を浴びて当然の人物だと(無根拠に!)思い上がっていたから、ジョーカーになったのだ。

 私にはそういう映画しか思われなかった。だから本作を観たあと、映画通の友人に「怖いね」と言った。「アーサーみたいな人、増えてるもんね、なんかこう、無限賞賛を求める系の人。ホアキン・フェニックスがアーサーを魅力的に演じすぎていて、まるで時代ヒーローみたいに見えて、よろしくないよ、あの映画はだから、私は支持できないよ」。

 すると友人は言った。「あの監督はそんなこと考えて撮ってない。前半のアーサーを貧しくてけなげな男性として撮っている」。

 私はぞっとした。映画のどの場面よりぞっとした。友人は言った。その話、書いたらいいよ、インターネットに。

Vtuberについていけない理由

金持ち存在をまざまざと見せつけられるからなんだよね。

配信見ると10000円とか簡単スパチャする人が大量にいる。

その人は10000円を簡単他人に送れるくらい金を持っている訳で

一方自分年収300万にも届かずヒーコラ言いながら日々を生きている。

別にスパチャ送ってるのが一人とか二人とかなら

世の中には金持ってる人もおるんやなーで終わるんだけど

人気配信だと数十人が万券ばら撒いてて

流石に見てて頭おかしくなるし

貧乏人の俺からすると劣等感に耐えられないんだよね。


元々受動オタクコンテンツって極端に金がかからない趣味だった。

アニメ無料だし、ラノベは1冊600円だし、

ゲームは6000円とかするけど時間効率考えると端金に近い(数年に一度ハードを買い替えるときだけはしんどいが)

まあVtuberも見る分にはタダだからそこは経済的だけど

アニメラノベ金銭劣等感を感じる機会ってまああんまり無いんだけど

Vtuber配信って強制的金銭劣等感を感じさせられるからきつい。

あれってそれなりに金ある奴ならなんとも思わないんだろうけど

貧乏人って何が楽しくて見続けてるの?


anond:20220731045836

2022-07-26

優雅小説、みたいな表現が気に食わない

小説って俺の中ではキングオブエンタメで、文字表現から脳内世界を構築してめちゃくちゃリアルな状況で殺し合ったりだとか、ヒリつく交渉をしたりだとかそういった体験をするものだと思ってて

優雅お茶を飲みながら本でも読んで〜。みたいな扱われ方とかするとそんな本の読み方できるかボケ〜ってなる

優雅なひとときと一番かけ離れたエキサイティングスリリング、濃密な体験だと思うんだけどなんで読書イコール、ゆったりまったり優雅体験みたいなあつかわれかたになってるんだろう

受動的とは言え時にはあまりの内容にショックで一日中仕事が手につかなくなったりするし、ゆっくり気を休めて本でも読んで〜みたいな使われ方すると?はぁ?ってなる

優雅散歩とかじゃいかんのか?

なんで読書なんてものを出してくるんだ。読書とか安穏とした日常から一番かけ離れてる部類だろうが

気を休めるのに読書とかありえんだろ。精神に余裕ないと読書とか無理

2022-07-25

人生生き抜くための二択

①が大多数だろう。

老後は何も摂取しない(テレビは見ててもその情報自分に変化をもたらさない)

金銭的な収支さえ余裕があれば、まさに死ぬまで安定という生き様からの死



自分そっち系だろうから困ってる。つい先日同じタイプの人から相談受けたし。

受動で生きてることに慣れてない。

いうなれば、

受信→リアクション

みたいなのが、世の中のほとんどの人なのだとして(さらにいえばほとんどの人はリアクションすらしない、できない)

己が

アクション→(それぞれのリアクション

みたいに、狭い世界では常に先頭を走り支配し続けてきた人だ

それには消極的に、相手アクションに応えるのは無理だから、探りのピン打つみたいなのも含まれ

②は戦略的戦術的、成長志向

2022-07-18

インド人英語によく見られる文法

2022-07-13

奈良の銃撃に関するSNSのあれやこれで傷ついた人にむけて(覚え書)

奈良の一件以来なんとなくイヤなことが続くので自分落ち着けるために書く。覚え書。

カルト」の定義あいまいなので使用を控えたほうがいいという意見に関しては、統一教会グレーゾーンにあるような生易しい集団ではないというのが応答として妥当。ここは曖昧さをゆるしてはダメ。なにも許容できないし、しちゃいけない。

ただ、いまSNSを騒がしている言説の多くが、統一教会以外のグレーゾーンだと見なされる宗教者やその近親者にたいして(すくなくともジェンダー人種部落などの属性、あるいは自死いじめなどのセンシティブテーマと同程度の)配慮があるものになっているかといえばなってない、というのはちゃんと気をつけたい。

このあたり、ネットの方々もできるだけお願いします。

宗教二世」という言葉も、現状のジャパンではあまりいい言葉ではない。これは世俗側の言葉で、自分意志ではないものによって「受動的」にその属性にさせられた、というニュアンスがある。近代主体観が前提。

別の言い方をすると、「宗教二世」は宗教を背景とした虐待をうけた人をケアすべき対象として取り上げる枠組みではあるけれど、同じく「宗教二世」ではあるけれど自分がその宗教メンバーであることに疑問を持ってないひとや、より自覚的にその宗教を選びなおした人をケアすべき対象から除外するものとして論じることを含意しているところがある。

自分意志で選びなおしたのなら問題ないではないかという向きもある思うけれど、今回のような事件のなかで「統一教会カルト宗教宗教一般」という形で批判先が拡大していった場合(すでに拡大してるけど)、「宗教二世」というワーディングを被害から救済すべき対象としてことさらに強調することは、そうした言説のダメージからケアを受けるべき人」と「ケアを受けるに値しない人」を社会が選別することを容認することになる、という話。

まぁこのあたりは長い話になるので割愛。分かる人が分かればいいと思います

ここまで読んで、そもそも(新)宗教や「カルト」の信仰者はケア対象ではない、あなた宗教の話をしているわけではない、嫌ならやめればいい、という言葉がおもいうかんだ人、すでに地獄の5丁目くらいにいると思います。気をつけなはれや。

ここで処方箋としていえることがあるとすれば、社会宗教という属性に十分配慮しろ、ではなく、たぶん絶対に世の中は配慮するようにはならないので、社会承認ない宗教に近しい人は自分を傷つける言説からできるだけ距離をとってほしい、というわりと消極的ものかなと思います。逃げていい。向き合わなくていい。

あと「宗教政治」の枠組みで語れることもあるけれど、現状の報道をながめるかぎり「宗教家族」のほうがまだ適切な印象。いずれにせよ過度に「原因」をもとめる言説から距離をとったほうがいい。

まぁ逃げましょう。生きのびましょう。

2022-06-29

人生を諦めたので終活している

20代も後半だがもう生きることを諦めてしまったので、終活して人生を終わらせようと計画している。

生きているという状態がとにかくもう辛いので死んではやくこの状態から抜け出したい。

## 何故生きることを諦めたのか

### 障害

まずこれらの障害が酷く、この世界を辛いものにしている。

同じような障害を抱えていてもそれでも何らかの理由で生きている人もいると思うが、自分はもう生きることについてモチベーションを失っている。

### 嫌いなものが多い

これらはこの世界で生きていく上では避けて通れないものだと思っていて、これらなしで生きていくためにはそれこそ人間をやめて李徴よろしく動物のようになり自我を捨てて野生で生きるとかしか方法はないように思う。自分はそこまでして生きたい意思はない。自我というものをなくしたい。

### パートナー子供はいない

障害がありあらゆる方面への興味を喪失していても、パートナー子供がいる場合扶養義務があったりなどで生きざるを得ない場合もあると思うが、自分場合はそういう存在もいない。

今後そういった存在ができる可能性はゼロとは言い切れないが、ここ数年ずっと他人への関心が持てないので、この先もずっとこの人と一緒に生きていきたいと思えるほど関心が持てる人に出会可能性はかなり低いと考えている。

端的に言うとパートナー子供は諦めている。

### 仕事は好きだが仕事を生きがいにはできない

幸いにも仕事に就いていて自立はしている。しかもここ数年は仕事について何のストレスもなく、趣味仕事にできているため仕事しているとき楽しく感じることが多い。

しか自分にとって所詮労働おまんま食うためのものしかなく、そこに対して向上心や生きがいは見いだすことができない。

### あらゆる方面への興味の消失

典型的鬱症状ではあるが、もう「生きていたいと思えるほど興味がある何か」が全くない。し、今後それができるとも想像できない。

もちろん美味しいものを食べたり友人と遊んだ趣味活動仕事はその時一時的には楽しいことに感じるが、それらがあるからこの先もずっと生きていこう、とはならないくらいに興味がなく受動的になっている。

今は生きているか受動的にこれらをやっているが(やってる間はもちろん楽しいと思える)、全てにおいて「生きていたいと思えるほど興味がある何か」に思えない。

こちももちろん今後そういった存在ができる可能性はゼロとは言い切れないが、もう諦めている。

---

ということで、総合して自分にとって生きることは苦痛のほうが圧倒的に多く、かつ、今後も生きていかなければいけない責任もないものと考えている。

## よくある Q&A

### お金があれば死にたくなくなるんじゃないの(追記

現状楽に暮らしていけるだけのお金仕事で稼いでいて金銭面での困りごとは特にない。資産をあまり貯めてもいないが貧困にあえいでもいない。

5億円もらったとしたら終活火葬必要十分なお金が貯まるのでもっと早く死ねるので大変うれしい。5億円ほしい。

### 周りの人が悲しむ

それはそうだが、自分とともに人生を歩む人(パートナー子供)はおらず、親のことも嫌っているため自分にとってそれらはストッパーにはなり得ない。

友人に対してはごめんね、あまり迷惑をかけないように辛い気持ちは最小限になるように努力するから、とは考えている。

### 病院に行って治療をする

現在入院はしていないが、治療は長年ずっと受けていて改善もしていない。

10代後半〜20代前半は改善することについて希望を持って努力もしていたが、今は諦めていて希望も持っていないので特に努力もしていない。

### 自殺に救いがあるとは限らない

それはそうだが、現在がもうすでに地獄なので死んだ後にどうなろうがかまわない。もう自分に残されている能動的にとれるアクション自殺しかなさそうと考えている。

なので死んだ後に今よりもさらに辛いことになったらそのときはそのとき考えようと思う。

個人的には、死後は意識消失で夢をみない眠りの状態永遠に続くものと考えており、その状態が望ましいと希望を抱いている。

### 死ぬのは物理的に辛く(痛く)ないか

今まで何回か自殺未遂を経験していて、その経験を元にして確実に逝く方法と苦しみを和らげる方法を考えている。

具体的には書けないが、ある状態で首を吊ろうと思っている。場所迷惑が最小限になるような場所を選んでいる。

### いつ決行するの

さすがに今日すぐ自殺するのは会社や友人にかけてしま迷惑が大きいので、終活火葬必要十分な貯金を貯めた後、身辺整理して逝こうと考えている。

それがすべて完了するのがだいたい来年4月くらいになりそう。

## おわりに

こういう人間は少なからずいるのではないだろうか?

自分みたいな人間にとって、死は苦しみではなく救済であると本気で思っている。もちろん自分に前述したような生きることに対するデメリットさえなければ自分はそのまま受動的に生きていたようにも思うが、現状深刻なデメリットで苦しんでいる以上死ぬこと以外の現実的選択肢は残っていない。

これが何年もかけて考えた自分なりの結論

2022-06-24

anond:20220624090126

話ずれるんだけど

初回の食事に行く前に「とても気に入っていて大好き」になっちゃ男性に、女性から忌避感みたいなものはないのでしょうかね。

まあ状況は様々なのだろうけど

よく言うじゃん。

「私のことよく知りもしないのに、なんで好きになられるのかわからなくてキモい」みたいな。

 

ほぼ初対面で男がそんなに食いついていない状況なら、奢られなくてもいいのか?

一回の食事で充分判断が付くでしょ派?

 

>恋しそうな相手には奢られる事で借りを作りたい

ってのも女の行き過ぎた受動性を表していてちょっとため息出ちゃう

anond:20220623080117

民主主義って、投票かい受動的な行為で実現できるほどやわなものじゃないんだけど、民主主義を与えられた国は投票という行為をなぜか神聖視する

デモをするとか、業界団体でまとまって政策提案をするとか、そういう地道で能動的な行為民主主義では大事なんだけど、そういうことをする人は少ない

選挙なんか行っても何も変わらない

あなたがどこに投票しようがしまいが、何も変わらない

共産党与党になろうが、NHK党が与党になろうが、国の制度上、何も変えられないようになっている

選挙というのは、代議士権威付けを行うだけの単なる儀式に過ぎない

儀式を尊ぶ文化的な人だけ参加すればいい

2022-06-23

満員電車に乗ってる人間、もれなく受動思考で取るに値しない人間なので近づきたくない

2022-06-18

anond:20220618175010

実際浪費なんだから何の反論もなってなくね?

受動趣味は浪費でしか無いし無意味

音楽作るためのシンセサイザーを浪費と言われたら確かに価値観が違うねって思うかもしれないけど

2022-06-03

男の人生と女の人生

男の人生

仕事について、男なので働いて当然。ヒモのような存在は女から馬鹿にされる。

家事について、男なので率先して当然。イクメンといった表現は即炎上

若いから女の尻を追うように、女に認められないと男扱いされない。

労働は当たり前。かつ育児をしないと人でなし。

・現状、男性育児休暇は発展途上。男だからと力仕事を任せられる。

犯罪者率の8割を占める

殆どホームレスは男

自殺者の大半は男



女の人生

仕事について、性別関係なく働く権利が認められている。アファーマティブアクションで同程度の男よりも出世もしやすい。専業主婦といった存在も認められている。

家事について、女だからといって押し付けられてはならない。インターネット家事漫画での被害者役は殆ど女。

・男の告白受動的に判定する人生

・働くか主婦かを選ぶことができる。

育児休暇、女性から労働排除といったふうにさまざまな特権

幸福度指数が高い

寿命が長い

社会にたくさん保護してもらえる


仕事家事育児キャリア

全てを均等にレベル上げしないと、女から加害され差別されるのが現代若い男。

しかし……………………


フェミニスト女性達「おまえらは、産まれた時点で負け組なんだよ。残念だったなカスどもwwwwww」

2022-05-26

anond:20220526105751

主です。

その通りだと思います。つまるところ、今のままの私では、受動的な環境で何をしてもつまらないと感じるでしょう。原因は内側にあるのだから、解消しなければなりません。まずは頓挫しない範囲でいろいろとチャレンジして楽しいことを見つけたいと思います

親身なアドバイスありがとうございます

2022-05-16

最近読解力無さ過ぎるから理解できてないだけなのに、

漫画描写時系列文句言ってる人たちを良く見かけて何とも言えない気持ちになる。

動画早送りや中身の無い作品だとか、ファスト映画やらが好まれるようになったからか、

それらに慣れ過ぎたのか分からないけど、

受動的に物事を消費してるだけだから本来考えることですらないことも説明されないと理解できずに拒絶してるんだろうな。

2022-05-13

シン・ウルトラマン 感想(ネタバレなし)

シン・ゴジラ面白かったのでシン・ウルトラマンも期待出来る!

と思い初日に観てきました。

シン・ゴジラとの比較感想を語っていきたいと思います

参考になれば幸いです

筆者について

アラサーの男

ウルトラマンほぼ未見

特撮積極的には見ない

ゴジラシリーズは全作観ている

平成ガメラシン・ゴジラは超がつくくらい好き


結論から言うと面白くなかったし、好きにもなれない映画だった

特に自分みたいにシン・ゴジラ期待値を高めた人には合わないだろう

いろんな意味真逆と言ってもいいつくりになっている

まず、全体的にノリが軽くコミカル

禍特対の連中は怪獣の襲撃中でも軽口を叩いているし

戯けた演技で怯えたり喚いたりしている

からプロフェッショナル感がない

シンゴジだと登場人物をその道のプロとしてちゃんと描いてて

全てに「本気感」が見えるし、そこが観客のストレスをなくして良かったと思ったんだけど

シンウルトラマンではノリの軽さからか「本気感」が見えず観ててイライラしてしまった

次に、テンポの悪さ

昨今の邦画よろしく台詞による状況説明が凄く多いんだけど、

説明説明しか機能しておらず、ストーリーの動きを兼ねていないので退屈に感じる

説明箇所も観客が既に知っている情報を改めて言い直したり

話している内容そのものが興味を引く部分ではなかったりして

登場人物意味ありげに喋りだすと「止まってしまう」感じがある

さらセリフの退屈さを補うためか、妙なカメラアングルを多用するのだけど

妙な構図なだけにセリフに伴う演出も伝わりにくく

より退屈さを際立たせてしまっていると感じた

(この辺りはもしかしたら自分の分からないコンテクストがあるのかもしれない)

シンゴジでは(特に序盤の会議シーン)そのあたりの処理が非常に上手く

矢継早に状況の説明をしながら登場人物立ち位置物語の動きをスマートにこなしていて

当然構図や絵面なんかも演出意図に応じてビシッとキマっているか

情報に常に動きがあって気持ちが良かったりする

これはエヴァでもそうなので庵野監督の力量によるところが大きいのかな…と

樋口監督、進撃の実写でも説明シーンやセリフが退屈に感じられたので…

最後に、キャラクターの魅力の無さ

これは結構致命的な部分だと思います

愛着を持てる登場人物が一人もいなかった

禍特対の面々も、いかにも変人でございってなセリフや演技をしてキャラクター性を作ろうとしてるんだけど

いかんせんそれが物語登場人物がこなす役割と一致していないので「ただ変なことを言う人たち」でしかない

極端な話、神永以外の禍特対の面々の性格が全員違ってても物語が成り立ってしま

要人物がその内面性故に物語役割を果たす場面がとても少ない

からキャラクターに対する思い入れや魅力が生まれ得ない

そもそも内面が見える場面も少ないし

怪獣や異星人の行動に驚いたりするくらいで、それも皆一様に同じ反応

禍特対の面々って終盤まで単なる驚き要因でしかないんですよ

当然キャラクター同士のアンサンブルも生まれないし、物語の動きも生まれないし

それが前述のセリフの退屈さにつながってくる

おまけに端役の愚かなキャラが順当に愚かな行為で足を引っ張るので

キャラクター性によるストレスだけはある状態

そもそもストーリーライン基本的

「強大で狡猾な異星人の策略に右往左往する地球人日本人)」でしかなく

主要キャラクター受動的な立場しか動けないんですよね

それを打開するのも結局ウルトラマン超自然的な能力なので

取り付く島もない異星人同士の喧嘩が終盤までずっと続く

シンゴジの場合登場人物役割がしっかりしているので

ゴジラの襲撃という受動的な立場ながらも人が話を動かしていく様子がちゃんと描かれている

職務としての役割をメインに描いてるので一般的キャラクター作劇とは少し違うのかもしれないけど…

人間ドラマなんてなくても良いものは作れる、という評はシンゴジ放映当時しきりに聞かれたことではあるけど

それはよほど上手く作られた群像劇からこそ成り立つ手法であって

作品との兼ね合いが悪ければただ単につまらないだけのモノになってしま

シンウルトラマンも余計な人間ドラマはないんだけど

いからこそどの登場人物にも思い入れを持てないモノになっている

別にたっぷりしっとりメロドラマをやれとは言わないんで

何かしら人間描写の中でグッとくる要素は欲しかたかな…

総評

以上、主にストーリーの面で色々と批判的になってしまったけど

戦闘シーンなんかは流石に樋口監督、カッコよかったので

ダメ映画とまでは言うつもりはないです

上記批判も多分にNot for meな部分があります

初代ウルトラマンを知らないと楽しめないのかは分からない

ただ物語自体理解やすいし前知識も要らないので間口を広く作った映画だとは思っている

ただ作劇の本質的な部分で弱さや粗さを感じて残念だったし

それが恐らくウルトラマンシリーズに詳しくなったところで評価の変わる部分ではないとは思う

2022-05-10

能動的三分間かと思ったら

受動的三十年間でした

俺の人生受動的三十年間だった

2022-05-02

転職したいけど就活はしたくない

21年卒で現在デザイナーだ。一年間今の会社で働いている。

ぶっちゃけ今の仕事全然合わない。合わなすぎて上司から転職を勧められたぐらいだ。

情報分析めっちゃくちゃ下手で、クライアントがこうしたい(例えばHPを新しく作りたいとか)と言われてその骨組みをつくる。他のHPとか過去の先輩たちの仕事を見よう見まねで作ってみる。確認で見せてみる。全然ダメと言われる。色々アドバイスを受けて実行する。またダメ

これを繰り返しているうちに、先輩たちは1時間ぐらいで作れるものを何倍もかけて触り続けているし、最後は「これでまあいいよ」って感じだ。全然数字が出せない。

こんな感じでさっき「今のままではダメ」「向いていることが他にもある」「職探しの時間なら取る」と言われた。




マジですげーわかるよ。そもそも私は大学デザイン勉強をしていたわけではない。かるーくイラレとかフォトショのやり方を教えてもらって、周りに比べたらそこそこうまいってだけ。褒められたことが嬉しくて舞い上がって勘違いしてデザイン事務所入ったって感じ。

ほんと上司とか先輩に申し訳ないよ。こんな使えないいつまでも学生気分の人間採用しちゃってさ。

しかも求められていたのは情報分析して整理して見やすく整えて、要望があれば答える、っていうソフトとかそういう問題じゃないところだった。ほんとう弊社ごめん。

そもそも私がデザイナーという職業に向いてないんだな。自分のこと一才わからない人間就活して白羽のぶっさしにいってごめん。しかも言ってないけどちょっと発達入ってんだ私。ごめん。

結構1年間ぐらい我慢もしてくれていたみたいで、上司も先輩も非常に優しいのですっげー遠回しに色々言われた、し、自分でも自覚があったからそうだな転職するかー…ってすぐ受け入れられた。

すぐ転職サイトとかに登録して、面談とかの予定を組もうとしたけど…平日ばっかだ。だめだ…。

就活ってマジで苦しくないか。誰か私の代わりにやってほしい。自己分析をするごとに自分が使えない人間だということがわかって苦しい。

眼鏡なしで私って一体どうなんだろう。

別に自分から見た私って、好きなことしかしたくない我儘で人嫌いでそのくせ人に褒められるのは好きで見栄っ張りなのに大した技術も成果もだせない使えないTwitter大好きなゴミしか見えない。

それに、自己PRとか書いていると大嘘をついている気分になって履歴書も書くのは大嫌いだ。

自己診断テストとかでよくある5段階の評価で「少しそう思う」「普通」「少し違うと思う」の3択が多い上に、「少しそう思う」も人から見たら「違う」に分類されているに違いない。こういう診断っていくらでも詐称ができちゃうよね。

から診断でデザイナー画家ゲームクリエイターに向いています!とかの社会不適合者の烙印を押されて(社会に適合しているこの職業の皆様はとても尊敬しています)(ネットとかでよくみるクッソ失礼な自虐ネタです)実際行くとギャップとかで雇用も被雇用も苦しむ。

まだ私は若いし雇われる側はいいかもしれないけど、会社はたまったもんじゃないよね。私ができる人間の顔したせいでこうなってるんだな。ごめんな…。

まあ、別に私が使えない人間だってことはどうでもいい。私みたいなやつなんてそこら辺にたくさんいるし。私はデザイナーを選んじゃったか迷惑かけただけでギリ迷惑をかけない職種とかあると思うし。

でも、上司にも「なにかしたい仕事ないの?」って言われた時マジで頭真っ白になっちゃって。

ソフトちょっと触れたからっていうのはあるけど、前提として美術とかデザインとかサブカルとか、そういうのに興味がすごいあったかデザイナーになったんだよ。ちょっとでも触れるかと思って。触れる触れないの問題じゃなかったけど。それ以前の問題でしたけど。

なんか、好きとか嫌い、以前に「もらうお金に見合う労働がしたい」ってそれだけ。デザイナーになる前はそういう気持ち就活してたけど今は無くなっちゃったなあ。

こんな受動的な人間就活なんてできるのかよ。ほんと誰かやってくれねーか。お金うから。あるのかなもしかしたら。後で調べてみるよ。

まあ、でも色々書いたけど、みんな経験したことだろうし、メソついてるわけではないので失業手当とかもらいながら職を探したいというやる気はある。

何に活かせるかわかんないし、うまいとか下手とかは判断できないけど、ゲームオタクで絵とか文章を書くのは大好きだし、よく自分で話を考えたりする(気が向いたら同人誌を出す程度だが)、あと文化とか民族とか土着信仰とかそういうのが好きだ。

こんな人間いくらでもいると思うけど、なんかそういうのが活かせる職とかあったら教えてほしい。就活さえ楽ならなぁ。正しくマッチング成功していればなぁ。仕事すること自体は好きなんだけどね。

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