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2018-04-26

ここ数日Twitterで起きている「オタク差別問題」の話について

オタク差別問題」関連のツイートが流れて来るともやっとする

ここ数日Twitterで起きている「オタク差別問題」の話について。
関連するツイートがTLで流れてくる度にもやっとする。

何故もやっとするのかを考えてみた。
既に他にも数人、この件に関して記事を書いている人が居るが…。

主語が大きい

先ず、言える事は主語が大きいという事。
そもそもオタク差別されていたかいなかったか」という言い方で話をしている人が多いが「オタクは~」という主語は、
対象とする人の範囲を広げすぎている。最近の言い方で言うなら、「主語が大きい」と言うのだろう。
そもそもオタク」の定義…「オタクとはどういう人を指すのか」という物が明確ではない。
この問題について語りたいなら、先ずはそれぞれがそれぞれに持つ「自分の考えるオタク定義」即ち
自分は、オタクとはこういう人を指すと思う」という、それぞれが持つ「オタク」のイメージを明確にすべきではなかろうか?
建設的な議論がしたいなら主語共通化させる事は非常に大事なのだが、この問題に関してツイートしている人の大半は、
主語共通化をさせずに語っている印象を受ける。

この問題に関してツイートしている人が、「議論」としてこの問題について何かを騙りたいのなら、先ず「オタクとは何なのか」
という主語共通化をさせるのが議論筋道だろう。
しかし、それをせずにこの問題について語っている辺り、この問題について語っている人の大半は「ただ、声を上げたいだけ」なのだろう。

主語を大きくすれば大きくする程、受け取り手から見れば主張は薄っぺらくなる。
国会前で政権批判デモを行っている人達が良く「国民は~」と言うが、あの「国民は~」と
彼らの言う、「オタクは~」が同じレベルなのだ

「お前らそもそもオタク』という物がどういう物なのか本当に理解しているのか?」
という疑問を抱かざるを得なくて、この問題について語っている人のツイート無知集合体の様な感じで見ていてもやっとするのだ。
これについては、こちらの増田の方も同様の事を感じていた様だ。

参考
「オタク差別」があるのではなく「キモい人差別」があるのだと認めろ

被害者ぶっている」

被害者ぶっている」と言う言い方は良くないかも知れないが、「被害者ぶっている」と言わざるを得ない。
流れて来るツイートの大半は「オタク差別は有った」「オタクは不幸な境遇だった」という様なツイートだが…、先に述べた様に、先ず「主語が大きい状態で、
その「大きい主語カテゴリに含まれる者達」は皆差別されていたという様な主張が為されている。
そこに違和感がある。私だって多分オタクと言われる部類の人間だ。だが、私は差別を受けた経験は全くない。
オタク差別されていた」等と主張するツイートを見ていて思うのは「一緒にするな、オタクは皆差別されていたみたいに言うな」
という事だ。

実際、差別されていたオタクというのも居るのかも知れない。
だが、そうでないオタクも間違いなく存在する。少なくとも私は差別されなかったオタクだ。
その上で、…だ。差別されていたオタクは居るかも知れない。だが、今Twitterで流れてきている流れは、最初に「オタク差別されていなかった」と
主張した人物に対して数で攻撃している。

これは最早、数の暴力と言っても良い。
その根底には「自分達は差別され虐げられて生きて来たのだから自分達には他者差別し、虐げる権利がある」という劣等感みたいな物が有る様に感じられる。
総じていえば「被害者ぶっている」と思わざるを得ない。
「嘗て自分達は差別され虐げられる側だったから、今は他者差別し、虐げても良い」と考えているのなら、それは既に「加害者的な思考」であり、余りにも下衆い。

参考
オタク差別を批判することを、やめることにします。
長すぎたので、最後の部分を分割。 余談  とある、それなりに言動につい..

結論

ここまで述べた様に、この件(「オタク差別問題」)について語っている人の中で目立っているのは
「大きな主語を振りかざしながら被害者ぶりつつ、自分達より弱い者を攻撃している人達」だ。
それが「人数が多くて目立っている」のか、それとも「人数は少ないが、声が大きいから目立っている」のかは解らない。
ただ、そういう人達(「大きな主語を振りかざしながら被害者ぶりつつ、自分達より弱い者を攻撃している人達」)がオタクという言葉を使って弱者攻撃している姿に
「お前らそもそもオタク』という物がどういう物なのか本当に理解しているのか?」ともやもやするんだろう。

そういう事を考えながら増田を読んでいたら、とても良い事を書いている増田を見付けたので、最後にそれを紹介して置く。

そもそもオタクってのは、本来は「何らかの趣味に傾倒する人」という定義だったはずだけれど
>今は「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがる人」と言う枠組みとしても使われている。
>そういう人たちが繋がる為のシンボルとしてアニメが使われているだけで、彼らの多くは本当にアニメを好きな訳ですらないのではないか
>今放映中の流行り物アニメちょっと見るだけで、それを更に深く突き詰めようともせず放映終わればすぐ忘れ、
>他のマイナー作品に手を出す事もなく、同人世界もよく知らない、
漫画ゲームアニメより手を出すのに金や手間がかかる分野には手を出そうとしない、という「自称オタク」を数多くみるとそう思える。
>あれは「何らかの趣味に傾倒する人」ではない。
>彼らは同類同士で繋がる為の「ネタ」としてアニメを利用しているに過ぎない。
アニメが選ばれるのは、自宅にいながらタダで見る事ができて、
テレビ一般番組やら世間一般流行モノとは違う為に「普通じゃない自分」という中二気分も満たしてくれるコンテンツ
>として体よく利用出来るからだろう。
引用元オタク文化の加害者としての側面を見ないふりするか、オタクに勘定しても..

そういう(「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがり、同類同士で繋がる為の「ネタ」としてアニメを利用している」)のが「オタク
なのであれば、私は思う「お前らと一緒にするな」と。

米作ってる奴が一番偉い

わたしヲタク腐女子高校生です。なので、そういう視点から文章を今書いています別に「ab禿げ萌えー」とか書く気は無いのですが、すっごく苦手な方がいれば注意してください。

結構前のこと。

「受けに結婚式ウェディングドレスを着せるのも、家で家事させるのも「受けに女性役割押し付けることに対する嫌悪感」で嫌って言うならそもそもドレスを着ること、家で家事する事を女性限定のものっていう認識を改めてみたらいかがだろうか???」(@ysz_row 勝手引用しています問題があればご連絡ください。)

というツイート話題になった。これに対して色々な意見があって、現状の社会においてのジェンダーロールや、理想としてのジェンダーロール、そもそもいわゆるドレスって女性の体格の為に作ったものからー、とか、様々な立場意見が飛び交っていて、私は結構楽しく見ていた。

自分萌えがどこから来るのか?みたいな話をするのは好きだ。「朝ご飯を作るのは推しカプのどっち?」とかそういうとりとめもない話から、その人の生活態度とか、理想(自分がそうありたい!という理想とは限らない)とする共同生活なんかが垣間見得る。すると「じゃあなんでそれが理想なの?」とかそういう話になってくる。失礼な話かもしれないけれど、二次創作作品を見ていたりすると、うっすら「ああこういう考え方・バックグラウンドのひとが書いているんだろうなー」というのが見える。それが私には楽しいのだ。誤解を恐れずにいえば、みんな萌えで気が狂って、普段大人しく粛々と擬態している人たちも、インターネットでは全裸で騒いでいるようなものだ。

話を戻す。しばらくすると、

ジェンダーがどうとか関係ねえ!!萌えることをするんだよ!」

女性蔑視だか知らないけど私は絶対ウェディングドレスは嫌だ」

みたいなツイートが回ってくるようになった。こういう(ヲタク的に言うと)『学級会』が行われる度、結局この類の「しゃらくせえ!」で終わってしまう。しかもそのしゃらくせえ、が的を射ていないし、面倒くさい議論をぶっこわすぜ、というものばかりだから、本当に残念だった。

だってそもそもツイートは「受けにウェディングドレスを着させること」の是非ではなく、「受けにウェディングドレスという『女性役割』を押し付けることがいやなら、その『女性役割』って何?」というものだったのだ。つまり、嗜好や創作に対して誰も文句は言っていなかったはずなのだ。嗜好の根底にある(今回はジェンダーに関する)見解が、あるいは差別ではないか、という話だったのだと思う。

わたしが残念に思ったのは、多分、だれもあなた萌えのもの否定していないのに、わざわざぶった斬る必要があるのかな、と思ったからだ。だって議論が鬱陶しいなら言及しなければいい話だ。ツイッターなんだから。TLに流れてくるだけで嫌…な人がいるとは、その時わたし想像出来ていなかった。いるんだろうとは思うけど、それほどなのかな?と思っていたのだ。

しばらくして、

「「正直ジェンダー論も倫理関係ないしそこにあるのは迸る萌えだけだぜロックンロール!!!」みたいなやつをもう正直全然良いと思えないっていうかそれはロックンロールじゃなくて自分の嗜好が差別搾取他者を損なう何かを含む可能性があったとしても向き合わず全てに目を瞑るひとなのではと思う。」

「ここ数日TLで出てきてるBLジェンダーロールの話が本当に辛くて、わたしはそういうBLにおけるジェンダーロールが話されるようになったこ自体がこの国のオタク文化にとって進歩だと思うんだけど、大体のひとはそういうの鬱陶しいんだなってことも分かって辛かった、BLですらこうなのかと。」

BL社会学的視野とかを持ち込まれることに過剰な嫌悪を示されるのは自分の好きなものが「差別的な価値観根底存在する蓋然性が高い」みたいなことを他人にいわれたのと一緒の場合が多いからもちろん拒否感があって当たり前なんだけど、萌えの前には関係ないってほんとうにそうなのかよと。」(いずれも@kakari01 問題があればご連絡ください)

が回ってきた。

合わせて同氏のブログも読んでいただけるとわかりやすいと思う。

http://kakari01.hatenablog.com/entry/2018/03/29/001111

そこでやっと落ち着くことが出来た。なるほどつまり、みんな「自分萌え倫理を持ち込まれる=否定された!」と思って嫌がっていたのだ。と、同時に不安になった。つまり創作者の背景や思考について考えるわたしの方がずっと少数派で、何のプラスにもならず、あるいは人を不快にさせうることをしているのではないか、と。

これは別にオタク趣味二次創作だけの話ではない。

例えばスラングモリモリのメタルコア好きな人を「こういう汚い言葉歌詞にひかれるのは普段不満を言えないか代弁者が欲しいんだ」と思ったとして(その正誤は今は問題ではないので突っ込まないでください)、それを直接言われたら確かにむっとするかもしれない。けれど、ツイッター勝手に言ったり、文章にまとめたりする程度なら、むしろプラスになりうると、そう思っていたのだ。

先述のとおり、私は高校生で、進路など考えるにあたって、哲学社会学で趣味集団を見るのは楽しいし、そういう議論ができる道に進みたいな、とすら思っていた。だからそういう面から友達ヲタク話をすることがあった。

かに思えば、腐女子友達は、「やっぱり●●ちゃんは昔から少女漫画を読んでいたのもあって、受けを大事にしたいし、紆余曲折サプライズあってだんだん違う面が見えてくるのが好きなんだねー」などと言うと「う、うん。」みたいな、そりゃそうだけど、的な反応だった。直接言われても困るよな、くらいには思っていたけれど、あるいは嫌悪だったのかもしれない。

直接言わなければプラスになる、と思っていたのは、一種分析として、学問ってほどではないけれど、成り立っていると思ったからだった。だけどそれがなんになる?マーケティングでもない、ただ勝手に人の丸裸を覗いているのが、なにかの足しになるんだろうか。

と思うととたんに悲しかった。客観視して物事を考えることが好きだ。けれど、その意味がどこにもないんじゃないか、と思って悩んでいる。思春期で考えすぎだといえばそれまでの話で、けれどそれまでにしたくないのだ。

私の好きなアーティストとあるインタビューでこう言っている。

人間社会的な動物であって、相互作用なしながら生きていくわけじゃないですか。俺は今まで、自分自意識の中でずーっとあーだこーだ言いながら、しょうもないことを考えてたんですけど。でも意味がないんですよね、それで…ご飯粒が生まれるわけでもないし(笑)そんなこと言ったら今やってることもそうですけど…まぁ米作ってる奴が一番偉いんですよ。」

もちろん彼はアーティストで、「だからこういう曲を作ったんだ」とこのあとに続くわけだけれど、この言葉が今、妙に刺さるのだ。

誰かのために生きていきたいとか、誰かのために学問をしたいとか、そういうことではないけれど、自分のやろうとしていたところが何の役にも立たないどころか、他人にとって鬱陶しいだけなら?私は人間が好きで、人を分析するのが好きで、だから、疎まれるのは結構堪える。

ここでそれこそ「しゃらくせえ!」と言える人間ならよかったのかもしれない。そうなって行ければいいのかもしれない。

「私は人を分析するのが好きなんだ!倫理とか知るか!」ってね。

まあそれが言えないし思えないからこうやって匿名でダラダラ書いているわけで。これが私の今の悩みです。全裸になって書きました。

オタク差別について見てきたもの

オタク差別の件について色々の論点があって、まずネトウヨ死ねって点には、自分も完全同意だし

CRACには是非頑張って欲しいなというか、自分も周りの差別的言動に染まっちゃったオタクを注意したいなと思うんだけれど

オタク側の事情を知ってほしいよなあ、これ書いてないとこの後オタク周りの状況が随分後退するよなあ、ということを思ったので書きたいです。

文章とかあまりかかないので、正しく書けるかは分からないんですけれども。

オタク定義に関わるから自分認識しかないけど歴史を書きたいわけです。

まず自分は「君は根暗だね」と周囲の人々から言われるようになってから、「オタク」として自覚しなければならなくなった一人。

そういう一人のオタク認識しかないものなんだけど、自分の見てきた物を自分視点で書きたい。

(正しいことが違うなら、正しい歴史情報がほしい。ただし、今でも昔の新聞を調べると「根暗オタクという人たちがいます」は見かける。)

自分は何の根暗だったかというと、"コンピュータに周りよりも詳しい"ということで根暗と言われた人です。

もともと自分にとっては大体、小学校高学年〜高校生くらいの頃のことなんだけども

当時はコンピュータを触る人とか、上手な漫画風のイラストを描く人とかは根暗というのに、その人が名乗らなくても分類してよいという風潮がありました。

自分の従兄弟の兄もコンピュータが得意で、それもやっぱり根暗と呼ばれていましたから、これは子供だけの世界じゃなかったと記憶しています

からコンピュータお下がりでもらったんですけれど、今では仕事にしてやってます大事な兄でした。

ちなみに従兄弟の兄はその後自殺しました。まだ20代だったと思います

で、根暗と呼ばれるというのが唐突にされて、その後に「根暗という分類を与えられた人は、感じの悪い暗い人です」という

根暗」という言葉の響きについてる意味でもって、自分のことを解釈されるようになるんです。

根暗=悪い人」 かつ「(何かの能力を持ってる)=根暗」かつ「自分=(何かの能力を持ってる)」よって「自分=悪い人」

・・・って形のイコール勝手につながる感じなんですね。

この(何かの能力を持っている)の部分は、はじめからすごく曖昧に広く取られていて、

コンピュータとか、数学とか、絵とか、化学とか、カメラとか、大体そういうところに優れている人は根暗だった。

あと、こういうのとはまたちょっと趣が違うところでは

(何かについてとても詳しい)人たちも根暗と分類されていて、アニメとか、電車とか、そういうのに詳しいことが根暗だった。

実際には自分コンピュータが得意なだけでしたし、それまでは友達とかも居たんですけれど、根暗と分類されてからはそういうのはダメでした。

ちなみにコンピュータは確かに趣味でしたけれど、それを辞めてみせてもこの根暗って評価は消えませんでした。

実際に「暗い感じの雰囲気を持っていたから」なのでしょうか。

しかしそうだとして、カツアゲを受けたり、教師から「君が根暗なのが悪い」と言われる理由としてはおかしいんじゃないのかと思う。

で、これ自体イジメなんだけど、イジメというのは、基本的学校社会イジメという構造があって

そこに"イジメても良い人の分類"を書き加えることができて、

"イジメても良い人の分類という扱いを与えておくと社会的に得をする人たち"というのが居て、

ある日突然そういう人たちから、新しい"イジメても良い人の分類"が立ち上げられることによって、

そういう分類に位置づけられた人たちが全員、お金学習する機会を毟り取られる、という仕組みになっているように自分には思えてなりません。

なんというかあれは、自然発生的なイジメと違って、テレビ根暗と言う言葉が出てきてから

一斉にどこの学校でもその分類が理由イジメられるみたいな状態になってたと思う。それでテレビが嫌いだったりするんですけれども。

あと、兄についていうと「コーダーさんたちは"根暗"なので給料を安くてもいいし、"根暗"ってサボッてるようにみえからもっとコキ使ってもいいよね」という趣旨お話は、面と向かってあったようです。そういう取扱が苦しかったんだと思います別に兄は話したら数学とかわかりやすく教えてくれて聡明な人だったし、職場でのことは知らないけど、悪い人じゃなかったとは思う。

今でもプログラマってそういう扱いがあって、本当に上位1%みたいなハッカーたちとか、

スーパーエンジニアって言われるいかにもイケメン写真写りの良い特別扱いの人として分類されなければ

専門技術提供していても給料安いんですよね。多分、絵描きさんも。ただしこれは何故かWeb系は違うかもだけど。外資が強いから?

といっても今は比較的マシにはなったんじゃないかな。これはそういう形で根暗って言葉が、なんというか、社会的に「活用」されていたことの爪痕なのだと思います

それから何処かのタイミングで、オタクって言葉が出来た。

それまで自分たちは世の中に"根暗"って言葉でまとめられる感じで、

根暗には最初から心魂が暗く悪い人間であるという意味が入っているんだけど、

オタクって言葉はそういう響きだけは、とりあえずない。

から自分オタクと言う言葉自分を呼ぶことに飛びついたわけです。

それからパソコン通信とか、その後のインターネットで見つけた仲間の間では「自分オタクで」って名乗るようになった。

自分が「オタクで」って名乗るのは、「根暗で」っていうようで、少し抵抗もあって、皮肉意味を乗せながら「オタクで」って名乗ってた。

このオタクって自分を呼んで集まれ場所パソコン通信だったと思うんだけど、それで当時凄い自殺考えてたのが救われた。

この辺でハッカーって言葉もよく耳にする用になった覚えがあって、詳しく調べて自分グルーになりたいなとか思ってたのを覚えてる。

ただこれもテレビですぐに「根暗」と同じような報道があって、「オタク社会問題です」って言われだすと状況が凄い悪くなって

自分は人よりも少しだけコンピュータに詳しいだけだったんだけど

ロリコンなんでしょう?」と言う質問を貰ったり「犯される」とかいって逃げられたりするようになった。

こういうとお前もロリコン差別するのかとか言われそうだけど、そういうことじゃなくて、

自分はそういう人じゃないんだけど、そういうものだって勝手に分類されてしまう。

それにこれには「だから君を殴っても良いよね」とか「だから君はパシリに応じるべきだ」とか

「だから君は不採用だ(技術オタクはほしくないんだよねえ)」とかそういうことが、言葉の後ろについてきてるって経験をした。

高校卒業社会人くらいの頃だと思う。

自分というもの意味勝手に定められる感じだったし、経済的にも、その技術に「長けている人ほど」安い給与でも仕方ない、みたいな取扱があった。

理不尽なのは技術を持っていることをアピールするほど就職面談とかで、弾かれることが増えるということで

技術のことは皆目分からないけどコミュニケーション自分は優れていますオタクじゃないです、というアピールをしないと仕事が手に入らないフィルタがかかってたんです。

オタクだと弾かれる。

後これに関連するところで、隠れオタクみたいな人たちがいて、あれって隠れないと何か言われるから隠れているんだけれど、

隠れるって、ただオタクと名乗らないとかじゃなくて、

人々が「君はオタクだね」と呼ぶ能力を隠して見せないようにしてるわけです。

コンピュータ詳しいのは、最近すごく状況が良くなって、隠さなくても良くなったけど

昔はコンピュータ詳しいこととか、コンピュータに関心あること自体さないといけないことで、

見せたら絶対にまずかった。でもそれ自体理不尽じゃないですか。

それでこの辺でオタクコミュニティみたいなのに自分も入るようになってくんだけれど

当時のオタクコミュニティってそうやって根暗って勝手に呼ばれて押し込められた感じの人たちの、いろんな個性が集まってる凄い場所だった。

自分比較メジャーオタク(コンピュータオタク)だったけど、そうじゃない人もたくさんいて。

で、そういうオタクたちが、たまたま持ってる能力理由オタクとして押し込められていたから、インターネットで一箇所に集まることができて

その押し込められる原因になった能力をつかって「作る」ようになってったというのを覚えてる。CGIで作られた掲示板とか、そういうのがたくさんあった頃。

しぃお絵かき掲示板とか、そういうの。自分も設置して絵を描けるようにして絵描きさんとかたくさん集まってもらってワイワイやってたことを覚えてる。

それにインターネットじゃなければ、コミケットみたいな場所とかあって、それでとにかく集まって作るみたいなのがどんどん活発になって。

で、作るならもちろん好きなものについて作るのがよいわけで、魔法陣グルグルファンサイトとか、えここのファンサイトとか、

プログラマならCGI掲示板作る方法でKentWebとか改造するの楽しんだりとか

「何か with 偽春菜」でSSTPBottleみたいな名前サイトとか、名前忘れちゃったけどDelphiコンポネント集まってるサイトとか、

そういうのがすごく混ざって出てきた記憶がある(どういう順番でどういうのがあったのかもう覚えきれてなくて時代曖昧なっちゃうんだけど。)

そこの中には、あめぞうとか、2chとかもあったみたいなんだけど、自分はその空間はいなかったから分からない。語れる人に語って欲しい。

なんというかそうやって、僕らはインターネットに住み始めた。リアルではひたすら抑圧されていた色んな力を発揮できる初めての空間に感動していた。

で、で、この中で出てきたのがネットマナーみたいなローカルルールの考え方だった。

ネットマナーの要旨は2つあって、1つは他の人に自分がされたら嫌なことはしないようにしましょうね。という普通マナーなんだけど

もう1つがオタク向けのサイトで語られる物で「オタクはただでさえ偏見の目で見られやすいから、むしろ人間的にまっすぐありましょうね」と言うもので。

オタクである管理人さんが直接これを言う。例えば「トップページ」があって「このサイトで見たもの理由犯罪を犯す人間はこのサイトを見るな」って必ず書いてあった。

場合によってはそういうの無視して変なこと言い出す人とBBSで戦ったりもしてた。

これはリアルで色んな人に会う時にも必ず口にすることで、オタクかくあるべし、とオタクの中でルールが決まっていったのを覚えているし、

自分もこれを新しく迎え入れたオタクに語った覚えがある。これが自分たちオタク社会への反論だったと思う。

オタク(根暗)=悪い人」の部分のイコールを崩したいというのが根底にあったと思う。そういう戦いだった。

この頃に、ああこれまで受けてきた仕打ちや、兄が死んだのって、これが差別だったんだなあと、じんわり理解するようになった。

基本的にこの戦いは

1.押し込められた能力を発揮して「良いもの」を作る。

2.「悪い」と看做される要素を可能な限り排除する。(オタクならマナーを守る)

3.「オタク」になりたい(=オタクの生み出す「良いもの」を取得したい)人たちを迎え入れ、自らもオタクと名乗るように促す

という3本柱だったと思う。「オタク=悪い人たち」のイコールが、イコールじゃないことを社会に示すのが目的の戦い方だった。

こういう戦い方をしてるからオタク自分自身の人権を守るのに、表現の自由がとても重要になる。

戦いで根底にある「良いものを作る」が塞がれると何もできなくなっちゃうから

それでこの戦いなんだけれど、なんというか、ある程度は勝ったんだと思う。だから今、当時からすると信じられないくらいに、暮らしやすい。

ただ一方でこれは自分が "プログラミングオタク" だからかもしれないと、思うことがある。まだアニメオタクたちは、暮らしづらいんじゃないか

なんというか、プログラマって、格好いい職業として「オタク」たちから、切り離されたんじゃないか

つのまにかプログラマはいわゆる「名誉白人」になってないかな?って。

で、勝っていく過程で、3本目の柱が理由で、オタクコミュニティに人が集まりだした。

それで方針通り、全ての人を受け入れるのが基本で、オタクの持ってるものの良さを知ってもらい

あなたもまた自分たちと同じものが好きな「オタク」だね。って。マナーだけはなるべく守ってね。と

これはこれでよかったんだけど、じわじわと1と2の柱を守る意味が分からないオタクが増えていくんだよね。

そういう人たちは当時は"ニワカ"って呼ばれてた。ここでディープオタクとそうじゃない人の間に衝突が結構あったよね。拡大に伴う内戦みたいなもので。

なんで衝突したかっていうと、多分彼らはオタクって言葉自分選択した人たちだからだと思う。

この戦いでオタクになった人たちは、社会からギュって押し付けられてオタクになったわけじゃない、純粋趣味なのよね。

から彼らは確かにオタクであることを辞めることができる。自分たちとはそこがちょっと違う。

はいオタクとして、彼らを受け入れたコミュニティの流れを恥じるつもりはないし、

"ニワカ"だって立派に自分たちと同じものが好きな同じオタクだと自分は思うんだけど。

社会には色んな人がいていいし、それは自分たちも含めてそうだし、オタク度の深さで区別される必要はないし、

今で言えば在日の方への差別とか、そういうのはおかしなことだ、というの、そもそもハッキリ当たり前のことなわけです。

でまあ実際そういう議論をたくさんしながらオタクコミュニティって、進んでいったと思うんだよね。

明確な中心はなかったけど、そういう言葉が広がってたのは覚えています

でもそうだなあ。どの辺だったかな。前後するかもしれないんだけど、どっかのタイミングからじわじわとこのコミュニティ侵食されてったのは覚えています

剽窃みたいなことをして、描いたキャラ絵に政治的文句乗っけて勝手に使うみたいなのをいろんな場所で目にしたよね。

コラージュから凄い下手なんだけど。凄い最近だとComiPoとか使ったりしてそういうの描いて出してて。

なんていうか二次創作で盛り上がってるオタクが言うのもどうかと思うけれど、

あれは二次創作じゃなくて、オタク文化の剽窃しか言いようがなくて、独特の下手なデザインで、

キャラについて、特にこだわりを持っていない人がやってるのが分かるというか。これがいわゆるネトウヨ

(なんというか、上手く言えないんだけど、彼らは本当に"オタク"なの?少なくとも社会からオタクと言われてオタクになった側の"オタク"なの?彼らをオタクだと認識したことすらないよ。自分らの描いた画像勝手に持ってった人たちじゃん。)

それでオタクコミュニティでは、そういうの追い出す目的で "政治の話はこのサイトではしないでください。" みたいなネットマナーが増えてった覚えがある。

ただ政治的主張について考えることが好きな一群が段々彼らに説得されて盛り上がりだした。

それが現在状態で、で、いつの間にか自分たちオタクは "彼ら" の政治上の肉の壁みたいになってる。

この状態をなんとかするにはどうするのがいい?

周りの注意くらいから始めるのがいいかと思うんだけど、初期の政治が混ざってくることへの対策もあって

"政治的な話は違うサイトで"がデフォルト認知になってるので話せる場所がまず難しい。

あと自分プログラマコミュニティにいて"もはやオタク認識されていない"というのも厳しい。

なんか思い出すと、かいててすごくつらい。雑文になってしまったと思うのだけど、とにかくこういう経験はしたよってこと。

同じ経験をしたオタクと名乗らざるを得なかった人って、たくさんいると思う。

今ではコンピュータに詳しい人は攻撃されて当然って状態じゃなくなったのは本当に良かった。

けども、同じオタクたちに、道義的責任も感じてしまう。

コンピュータを扱うのはオタク定義からはずそう、というのはなんというか

オタクコンピュータって技術を握ってる状態は不味いって考えで、

オタク定義から外すのを社会側がやってったって感じが強いのが不満。

色々な所でプログラマオタクは違うんですよ、プログラマからといってオタクとは限らないんですよって言葉を聞く。これは逆だよね。

オタクというと、具体的にはプログラマとか、そういう人たち。。。だったのを切り離して自分らだけ違うって言っちゃってるよね。

あとは一般オタク差別主義者だってことになってしまうと、基本的に"オタク"のうち少数派になってしまっているであろう

"社会からオタク認定されていて、オタクであるということを自らの意思で辞められないオタク"だけがダメージを食らうことになる。

まり社会から認定された"オタク"の定義は"ある能力があること"なのであって、"趣味を持っていること"じゃない。

"政治のためのオタク者"が逃げられるのに対して"オタク"は逃げられない。そうしてオタク差別が始まる懸念が強い。

とにかくとりとめがなくなっちゃったけど、ともかくこういうサンドバック状態にあって、

一度押さえ込んだオタク差別が復活するかもしれないなあという懸念と、

そういう状態にしてくれたネトウヨ許すまじって気持ちとがあるんだよなあ。。。

2018-04-25

https://anond.hatelabo.jp/20180425023409

https://anond.hatelabo.jp/20180425023409

https://anond.hatelabo.jp/20180425024744

こういう人はC.R.A.C.界隈の女性差別はどう見てるのだろう。まあ、そこを擁護するつもりは無いだろうが。

いろいろ言ってるけど、個人の優先度に理屈をつけただけだよね。そこで、「オタク差別批判しない」という態度を選択することこそ差別のもう一つの本質を顕にしている。

個々の差別権力構造によるものだけど、差別自体人間性構造によって出来ている。

ひとりひとりの優先度によってオタク差別には反対するが女性差別は気にしないというダブスタが生じる。

それはどこにでも見いだせる現象で、リベラル正当性現在進行系で失わせ続けている、毒のような現象だ。

 

どっちもどっちの相対化はしたくないので、この問題解決する一番いい答えを教えておきます

それは、「ツイッターで口だけ動かして、現実で行動しない奴はクソ」だ。

C.R.A.C.の良いところは、何よりもその部分で一番誠実だからだ。

理論も大切だというならせめてちゃん勉強しろネットで見た理屈だけで理論武装するようなショートカットやめろ、ネトウヨリベラルアーツでマウント取られるリベラルってなんだ!?

オタク文化が好きなら、ちゃんと正しい作品自分の手で作れ。それぐらいは現実に出てくる勇気が無いオタクでもできるだろう?

安全に痛い自己反省に逃げて、そうするのがちゃんとした人間だと自己規定しようする行為は概ね失敗する。

それは、過去自虐自己批判をそれなりにしてきたオタクがこの有様なのを見れば明らかだ。なのに未だにオタクとして正しい反省客観性責任感、お前ら記憶喪失か何かか?

行動しか無いんだ、行動しか

閉塞感? お前たちが勝手に閉塞してるんだよ。

anond:20180425120525

そういう事をしないオタクは、そういうオタクからオタクではない」認定を食らうから

https://anond.hatelabo.jp/20180425023409

オタク文化の加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

後者に組み込まれるだけ。

オタク」と言う言葉で全て一緒くたなのが悪いんだよな。

他者に対してやたらと差別的かつ攻撃的で、それを批判されるとオタク差別されてるとか言いたがるオタクの事は

趣味人としてのオタクとは別の言葉で表した方が良いんじゃなかろうか。

キモいオタク」を指す言葉として「キモオタ」もあるけど、それとはまた別として。

差別オタとか、DQNオタとか。

あとオタク内部の自浄作用が無いのもな。

まともな人なら、あんなのに関わりたくないのは分かるんだけど。

オタク世界だと「ポジティブなオタ話以外は一切しない、してはいけない」雰囲気を作る事でそういうのを排除してる人たちはいるね。

オタクの一部がひどいっていう話は同意できるんだけども

なんで相撲関係者は全員はビール瓶リモコン他人を殴る人非人とか

野球サッカー選手罵倒つがいからスポーツファンは全員人非人だとか

そういう話にはならないのに

オタク場合オタク文化全体の問題になるのかがちとわからない

anond:20180425100855

こういう奴って「オタク文化」を何だと思ってるんだろう。

オタク文化」=「仲間以外の全てを叩いてヘイトをまき散らす文化」だというのなら、そんな文化批判されて当然だが。

たかもこういう物であるかのように定義され、攻撃されるから反撃してるのでは?

anond:20180425090412

オタク女性差別やその他差別をやたらやりたがりヘイトまき散らすから批判されてるだけだろ。

インスタ女子オタクの何を攻撃した?

彼女らはただインスタの中で仲間内趣味楽しんでいるだけだろ。それをオタク一方的攻撃して誹謗中傷をまき散らしただけだ。

インスタ映えの為に食べ物注文して写真だけ撮って捨てる奴ばかり。食べ物を粗末にしている!」なんてまとめもいくつかあったけど

実際その店に行った人はそんな光景なかったと言ってるオチしかないし。

相手の「落ち度」を捏造してまで叩きたいというそ情熱に恐れ入るわ。

こういう奴って「オタク文化」を何だと思ってるんだろう。

オタク文化」=「仲間以外の全てを叩いてヘイトをまき散らす文化」だというのなら、そんな文化批判されて当然だが。

実際のオタク文化はそういうものばかりじゃないので、ヘイトまき散らさなオタクにとっても

そんな前提で「オタク」を語られたら風評被害だ。

こういうのって、一昔前の「ヤンキー」と同じだよな。

夜中に轟音立てて道路を爆走し、校舎の窓ガラス割って、気の弱い学生からカツアゲして、だから叩かれるし暴走族規制などされるのに

当人たちは「俺たちは世の中から差別されているんだ」と何故か被害妄想を持っている、って辺りが。

一昔前に「ヤンキー」になっていた人種が、今は「オタク」になってるんだろうな。

anond:20180425023409

オタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

ブコメで速攻で後者体現乙になってて笑った↓

オタクじゃない人がオタクになりきって書いてみた感すごい

ほんと行動パターン同じだな。

オタクのそういう風潮に嫌気が差してるオタク一定数いるだろうけど、

うそれを表に出したら袋叩きに遭うだけだものね。

精々積極的賛同はせず流すくらいしか出来ない。

そもそもオタクってのは、本来は「何らかの趣味に傾倒する人」という定義だったはずだけれど

今は「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがる人」と言う枠組みとしても使われている。

そういう人たちが繋がる為のシンボルとしてアニメが使われているだけで、彼らの多くは本当にアニメを好きな訳ですらないのではないか

今放映中の流行り物アニメちょっと見るだけで、それを更に深く突き詰めようともせず放映終わればすぐ忘れ、

他のマイナー作品に手を出す事もなく、同人世界もよく知らない、

漫画ゲームアニメより手を出すのに金や手間がかかる分野には手を出そうとしない、という「自称オタク」を数多くみるとそう思える。

あれは「何らかの趣味に傾倒する人」ではない。

彼らは同類同士で繋がる為の「ネタ」としてアニメを利用しているに過ぎない。

アニメが選ばれるのは、自宅にいながらタダで見る事ができて、

テレビ一般番組やら世間一般流行モノとは違う為に「普通じゃない自分」という中二気分も満たしてくれるコンテンツ

として体よく利用出来るからだろう。

勿論「純粋に『オタクコンテンツ』が好き」と言う人もいるけれど、上記人間の声がでかすぎるんだろうな。

純粋オタク同類同士で趣味話してるだけで、わざわざそれ以外の人に攻撃仕掛けたりしないから。

anond:20180425023409

長すぎたので、最後の部分を分割。

余談

 とある、それなりに言動については信頼しているSF小説家が、ずいぶんと今回の件について批判的な言及をしていた。そのずらりとRTされてたり自分キータッチで語られたツイート群の中には、オタク文化が、特にここ15年くらいの間は、差別的言動や行動をよしとするようなものを内在していた、ということについて気にする形跡は、一ミリもなかった。その当事者ゼロっぷりに、普段かなり反差別に近いツイートもしている人だが、ようするにそれは「「自分たちの世界」の外側で起きていること、アニメを見ながら実況ツイートしているような扱いなんだろうかな、と考えるととても残念な気分になった。敢えて、実名は上げないけれど。

 話はそれるけれど、この小説家氏は、自分の仲間たちがかつて、とあるパソ通フォーラムリンチしていた一人の参加者からその当時のことについて非難をされたとき、「あかん、こいつほんまアホや」と語り、それについて問いただされたら「おかしいことをおかしいと言って何が悪いんだ」というようなことを言い出した人のはずである。なぜ、そんなにC.R.A.C.の「それは差別ではない」発言に怒れるのかちょっと謎ではある。

 それにしても、こんなツイートRTしていたのには呆れてしまった。

https://twitter.com/kanenooto7248/status/987141171083227136

 一人残らず!

 そこまで言うからには、もちろん、一人残らずそうなった、という統計があるはずだろう。しかし、そんな資料が上がっている形跡はないしそもそもそんな統計はないはずだ。おいおい、トンデモあなたRTしたいものの中にあるんじゃあないのか? だいたいこの発言主は俺とそう年が違わないはずで、そんな俯瞰的調査をするべくもないはずである

 この小説家氏に限らず、これをRTしているのを見かけた人の相当数が、オタクをひとくくりにして批判されることを蛇蝎のごとく嫌っていた。でも、こうやってひとまとめにされることは嫌ってないどころか大歓迎のようだ。

 この小説家氏以外にも、何人か、この件で言及しているクリエイターを見かけた。クリエイターオタク出身が多いだろうけれど、しかし一人残らず、とまで言えるかは微妙であったけど、相当数が表現差別性をめぐって議論が持ち上がるとほぼ確実に「そんなのどうした」と切り捨てる側に立っていた人たちばかりである。それ以外のことでは割とリベラルな態度の人でさえそうである。そういう人が、「あれは差別でないなんてけしからん」「あらゆる差別をいけないといいたい」「自分の気づかない差別について提起されたらどんどん理解していきたい」などと言っているのだ。それはあなたが、フェミニズム運動家などの言説に対して取っていた態度である自分で気づかないのだろうか?

 余談ではあるが、後者の主張はすごい正論のように見えるが、相対化に明け暮れて問題点を覆い隠す格好のツールだ、と思う。こんなことを言っている人は、そのうちにあん差別こんな差別と言い出した末にポリコレ疲れだと言い出す。このダイソーで買った商品名不明電卓を賭けてもいい。2ch(当時)の人権板は、あらゆる差別をなくすための場だという名目で、部落差別の復活や地名晒しを行っていた場だった。

 こんなていたらくの上で、オタク差別性については雑だ雑だとケチをつけるツイートRTしていたりする。そしてこの小説家氏はたぶん、相対的ちゃんとしている部類である

 そーいう閉塞感。

 あとこれはさらに余談。

 俺は野間氏は嫌いなんだけど、関わってる運動が形になることに関しては確かに上手いんですよね。

 どれくらい中枢でかかわってたのかとか知らんので「運動を形にする」とまでは言わんけど、例えばしばき隊を軸にしたカウンター反ヘイトスピーチ法に結実したし、SEALDs最近のあの手の運動としては異例の存在。反原連だけはよくわからない。自分あんまり反原発じゃないからかもしれない。

 そのへんのところは、ちゃんと考えた方がいい気がするんですよね。

 というのも、野間を嫌いなあまり政治的立ち位置が狂って行ったオタクな知り合い、って何人か目にしてて、そういう社会運動の現状ってよくないなあと思うんですよ。

 それまた閉塞感、というか。

オタク差別批判することを、やめることにします。

 趣旨は上の通り。

 自分オタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。

 ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。

 オタク差別批判とか、ただの害悪しかない。もうやめたほうがいい。

やはりオタク差別なんて(言うほど)なかったんじゃないのか。

 

 差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。

 つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである日本人ヘイトだの専用車両男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃん物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。

 今まで自分存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである

 そう視点を変えた方が、いろんなもの整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。

 でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴から足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子彼女からだったりした。

 もちろんきっかけがオタクから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。

 「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないか批判対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。

 なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタクから流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。

 わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。

 いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。

 

 そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティニュースを通したもの

オタへの偏見を植え付けたのは誰?

 それで思い出すのだけど、俺の中高時代あんまりオタクがいいとか悪いとかい意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。

 じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。

 だってバラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間学校にいるんだから見るわけがない。

 金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。

 テキストサイト一世を風靡していたころ、オタクオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画感想サイトや、漫画ゲームをメインで扱う日記サイトでの話である

 何を言っているかからない人もいるかもしれない。例えば、ラブひないちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイホイッスルミスフルテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんもの(ry そういう話である。この範囲結構広くて、らんま1/2H2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。

 もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈実例を挙げるの風評被害しかないので避ける。俺の好きな作家作品も混じるし。

 テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品スレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。

 そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージ自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分オタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。

 ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑ものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。

 これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。

 ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画リドミで上位常連大手サイトオタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化そもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画インターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。

 本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。

加害者としてのオタク行方不明すぎる

 これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。

 オタク差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。

 それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別行使する側の「集団」として機能してませんか、と。

 腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。

 趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記尊重)。ゴルフ車など老害趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。

 そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。

 それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分批判対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである

 逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解思想共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。

 つまりオタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

 C.R.A.C.野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイート応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまたからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか野間氏の真意など知らないけれど。

 

 そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子フェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタク差別している、という文脈批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。

 そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。

 10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言すべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。

 当時はオタク個人ニュースが全盛期。そういったサイト管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログ擁護していた。

 あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやり邪推してしまう。

 今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分関係ないところでの言論の自由に興味がないかしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。

 そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。

 オタク差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。

 反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別煽り偏見煽り強者に諂い(自分たち以外の)弱者嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。

 あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベットフリー東トルキスタン

 残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベット東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか


 こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうであるメディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。

 もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。

 そういう意味でも、失敗した責任を感じる。

2018-04-24

anond:20180424213009

うんだから

オタク文化気合入れればほとんど定義できる

ただグレーゾーンをどう定義するかが最後問題になる

そこをクリアできればオタク定義できる

という見通しの話をしているだけで

まだどっちも定義してないじゃん

ほとんどのコンテンツ趣味オタク文化非オタ文化か割と簡単に分けられると思うけど

ジブリアニメとかハルヒらき☆すたダンスとか千本桜みたいに

明らかにオタク寄りの起源文化でもオタク以外の人間に主導的地位を奪われてしまうケースがあって

ここで「主導的地位の奪取」を定義できればオタクもそのまま定義できるようになると思う

anond:20180424212123

から明確な定義はできないって言ってるじゃん

何をもってオタク文化とするかとかオタクサブカルの違いだとかやり始めると永遠に議論を始められないか

一般的に」言われる極めて緩い定義に基づいてコミケオタク文化の最大のイベントだと定義したよ

それで納得してもらえないなら俺にはもう無理、ごめん。

anond:20180424211714

はいろんな人がオタク文化に触れているし

オタク文化享受する人イコールオタクとは言い切れないと自分は思ってる。

だけど少なくともオタク文化享受する人にオタクは多いのではないかとも思うのでああいう仮の定義をしたよ

anond:20180424211315

オタク定義は面倒くさいからしないけど

オタク文化の最大のイベントであるコミケ参加者ならオタクである確率無差別抽出した集団よりは遙かに高いし

とりあえず参加者抽出して発達障害検査にかけて有意な違いがあればオタク発達障害には相関性があると言えると思うよ

2018-04-22

anond:20180422135244

ゲーセンにいるやつとかラブライバーみたいなオタク文化にどっぷりだけどオタクが嫌いなマイルドヤンキーみたいのだと思ってる

2018-04-21

オタク差別存在せず、オタク差別けが存在する

オタク差別」というのはオタクの大好きな言葉で言うと、それこそ「筋が悪い」と思っている。オタク差別があるのではなく、オタク差別があるのであり、要するに容姿差別があるのだろうというのが私の主張だ。

容姿差別反対!」というのは賛同できても、「オタク差別反対!」というのは意味がわからない。そもそもオタク差別などされていないからだ。

アニメゲーム漫画等は日本世界に誇れる文化である宮崎駿世界でも評価されてるということは誰もが知っているし、ジブリアニメ国民作品で、何度も何度も繰り返しテレビ放送されて、いまだに視聴率は悪くない。

日本サブカルに傾倒している外国人もたまにいて、ナルトコスプレなんかをしたりしている。

東大を始め、日本代表する大学であるいわゆる旧帝の生協ラノベが売れているというのは学生なら誰もが知っていることだ。

実際に大学に通ってみるとわかるが、インテリ層にもオタクは多い。うちの大学では教養課程とき教授講義のつかみで漫画ネタを使っていたし、気持ち悪がる学生などおらず、みんな楽しんでいた。それに大学にはサブカル研究自体もあり、アニメ漫画などを研究している人たちも普通にいる。

ONE PIECEドラゴンボール名探偵コナンドラえもんクレヨンしんちゃんなどは広く受け入れられているが、その事実否定する人はいないだろう。

ポケモン国民ゲームだし、ポケモンGOはもう話題にこそならないものの広く浸透して、根強い人気だ。

妖怪ウォッチは大ブームだったとき、いまだに高視聴率をとる国民イベント紅白歌合戦」にも出場もした。

これだけ広く浸透しているオタク文化を愛するオタクのどこが差別されているっていうんだろうか。本気でわからない。

オタクって気持ち悪いよなw」というのは、顔が気持ち悪いということを意味している。

オタクコンテンツ批判されているのではなく、オタクの顔が気持ち悪いことが揶揄されているだけだ。

もちろんそれは許せない。容姿差別反対だ。しかしそれはオタク差別ではない。

オタク差別」などというのは主語がでかい名探偵コナンファン美少女女子高生名探偵コナンファンであるという理由差別されているだろうか?

現実は「オタク趣味オタク顔のオタクバカにされている」ということなのだ。

これは完全に容姿差別だ。

オタク差別されている」では主語がでかく、問題本質を正確に捉えられていない。当然、オタクでかつ美少女という人物差別などされていないという反証可能からだ。

すべてのオタク差別されているわけではない。しかし、差別されているオタクは確かに存在する。私はそのことを否定しない。だが、重要なのは差別されているオタクもいるが、それはそのオタクの顔が気持ちいかである」という事実真摯に受け止めることだ。

そして容姿差別反対の運動をしていこう。

オタクではないにもかかわらず、「絵に描いたオタクっぽい見た目」という理由で「お前オタクだろw」とバカにされる人もいるのだ。これはオタク差別ではなく、容姿差別である

2018-04-16

anond:20180416122316

ちなみに昔のほうが直接的にTRPGCRPGから影響受けてたんだよね。

から今のほうが相対的漫画アニメゲームから離れているとも言える。

そもそもオタク文化領域が広がったというのもあるけど。

2018-04-13

anond:20180413135920

けっこう昔からオタクやってアニメも見てきたけど、声優は興味ないし物語面白ければいい派かな

もう最近オタク文化に期待しない方がいいと思ってるけどね

これからオタク文化は面倒なこと多そうだし、自分趣味を明確にアピールした方がいいよ

anond:20180413135920

1.TV無料放送が主だったから。マンガ文化どっぷりというのは、実はオタクとしてはハイソサエティになる。アニメを全く見る必要がないほど、そんなに毎週毎週新しいマンガが次々読めるという環境はかなり贅沢だったのだ。普通?は家にある漫画は読み尽くしてしまって飽きてしまい、その点、TVアニメは毎週無料で見られる。これによりオタク文化としてのメジャーアニメはやはり無料だったということが大きい。

2.アニメをあまり見ないマンガオタクというのはいる?

いるよ。ただアニメを「キライ」と明言し、下に見る態度をとると排除はされるな。「ごめんあんまり詳しくないんだ」で済む話。

アニメ」が苦手なオタクの話

家族の影響で家には大量の漫画があり、小さいこからそれを読んで育ってきた。ラインナップはメジャーからサブカルまで様々だ。新しい話題作もどんどん入ってくる。ジャンプを始めとして漫画雑誌も様々読んでいたし、自分お小遣い漫画を買うことも多かった。そのほとんどを読んで育ちながら、ひょっとして自分結構詳しいのでは?”そこらのオタク”では適わない”強さ”を持っているのでは?そんな風にイキっていた。

成長し、”オタク文化”に触れるようになると、その認識根本から間違っていたことがわかった。オタク文化というのはアニメ文化のことらしい。

俺はアニメほとんど見ずに育ってきた。そうすると、びっくりするほど話が合わない。他の人と知っている作品の話に参加しようとする。「あの声優が、あの脚本が、あの作画が、あのOPが…!」何も言ってることがわからない。どうやらオタクコミュニケーションアニメで成り立っているようだ。

仕方ないので、勉強と思ってアニメを多少は見るようになった。まあ食わず嫌いは何でもよくない。…うーん。文脈がわからないなあ…。漫画だったら「右上から左下に読む」みたいな、根本的なところからからない感じがする。知らない作品ならまだいい。知ってる作品アニメを見ると、なぜそこをカットしたのか、なぜこういう演出になったのか、なぜ…悪いところしか目に入ってこない。

そんな状態が続いていて、未だに漫画好きながらアニメとは適切な距離感が取れない。人前でオタクとも名乗れない。一般人と話が合わなくなるからじゃない、もしそこにオタクがいたらそいつと話が合わないからだ。

アニメのわからなさ、特に疑問なのがこの三つ。

・オープニングとエンディングで必ず歌を入れるのは何で?ルール?そこで歌ってるキャラ、そんな風に歌うようなキャラだっけ?

声優関連の文化が全体的にわからない、何で普通アイドルは嫌うくせに声優アイドルとして崇拝するのか

・なんで漫画の「アニメ化」ならやったね!で「実写化」なら残念なのか。同じことでは?

こんなアニメ嫌いのオタクって話を他であまり聞かないけど、仲間はそこそこいるんだろうか。もし今後出会えたら、そいつとは多分仲良くはなれないと思う。

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