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はてなキーワード: オタク文化とは

2017-06-22

pixiv論文問題オタク立場から考えてみた

 1ヶ月が経とうとしているpixiv論文問題ですが、皆様もそろそろ忘れてきた頃合いでしょうか。

 備忘録として、書きたい。

 問題の経緯や、研究上の・法的な問題、および女性オタクの側の事情についてはだいたい下でまとまっている。

https://anond.hatelabo.jp/20170525145352

https://anond.hatelabo.jp/20170527202448

https://anond.hatelabo.jp/20170528113521

https://anond.hatelabo.jp/20170530031948

https://anond.hatelabo.jp/20170531012221

 前提として書いておくと私はヘテロ男オタで、全年齢向けの二次創作一次創作同人好きな人であるR-18にはあまり触れることはない。最近はめっきり海鮮になったがちょっと前に二次創作小説を書いたことがあり、即売会でも売ったことがある。ついでに言うと研究者の端くれでもある。そういう立ち位置

 なのでやっぱり、そういう立場としては、腐女子の側をどうこう言う前に男オタの側の過去を振り返ってみる必要があるだろうなと思う。キチガイじみた腐女子叩きに加担したことはさすがにないけど(ていうかそんな腐叩きが蔓延ってたことも、後になって知ったくらいだ。けどまあ、知らなかったことは言い訳にならんよな)、腐女子文化に対する偏見蔑視のようなもの自分の中にあったことは否定できない。それは女性差別同性愛差別の複合だという主張ももっともで、実際の行為に加担したわけでなくとも黙認・許容することでそういう連中が跋扈する土壌を作ってきたことは、謝るほかない。

 けれど、今回の件で、一部のオタク(これは男女を問わない。ヒステリック論文側を叩いていた男オタ、一山いくらってレベルでいた)が、著作権法について何もわかっていなかったり、引用表現の一部なんだという大原則を忘れて表現規制を主張したりするのは、本当に醜悪光景だったと思っている。

 そして学問の側からは、文化人類学だのといった喩えも飛び出す始末で、なんというか、オタク尊重している風でいてオタク尊厳を傷つけている人が多いなって思った。ていうか、オタクの側から同人商業と一緒にしないで! という主張が出てくるのが、ほんと残念だった。

 私は、いくつものジャンルで、私を夢中にさせてくれる、そこいらの商業作品よりも全然おもしろい、二次創作同人小説を読んできて、そのたびに心が踊った。ワクワクしながらページを繰った。読み終えて長い余韻に浸った。そういった経験があるから二次創作だろうが商業作品だろうが、良いものは良いし、アニメだって漫画だって、主流派カルチャーとなんら劣るところのない、遜色ない芸術表現だと信じている。

 でも、世間一般では、それは単なるオタク二次創作だ。マトモな文化人や識者は鼻にもかけない。最近だとライトノベルだんだん市民権を得てきつつあるが、二次創作はそうじゃない。それにオタクの中にも、まあ、でも、所詮俺らのやってることは二次創作だしな、っていう意識一定数ある。

 そんななかで、そんななかでだよ?

 著作権法は、いっさいの差別をしていないんだ。

 いったん公表した著作物であれば、村上春樹だろうがピコ手エロ同人だろうが、同じ枠組みで保護し、同じ枠組みで義務を与えてくれているのは、大げさに言えば著作権法だけだ。

 著作権法は、村上春樹小説を無断で全文アップロードすることが違法なのと同じ理由で零細同人作家薄い本を無断でアップすることも違法なのだ、と言い切ってくれる。著作権法は、誰かが勝手村上春樹作品自分が書いたと偽って発表してはいけないのと同様にBL二次創作の著者名義を勝手に騙ってはいけないのだ、と保証してくれている。そして、今回問題になったように、村上春樹小説が好き勝手引用されていても拒否できないのと同じ理由で、合同誌に書いたヘボ小説引用されあれこれ分析されても諦めなさい、と告げてくれる。

 これは、考えようによっては、すごく誇らしいことなんじゃないか

 法律に守られた著作者である、というその一点で、私たち村上春樹と対等なのだ。同じ地平に立っている。少なくとも、著作権法という枠組みの中では。

 私はオタク文化は主流文化と対等だしそうであるべきだと強く信じている。けれど、著作権フェアユース規定がなかったり、オタク蔑視が残っていたり、オタク側の自虐自己防衛もあったりして、なかなか対等だということになっていないのも受け入れている。それはもう、仕方のないことだと思う。

 でも、だからって、既に得ている法的な対等の地位を捨て去ろうなんて主張に、頷けるわけがない。同人商業と同列に考えるな、って主張は、一見もっともらしいけど、でも、「立場の弱い作品」として保護しようとか保護してもらおうっていうのは、対等じゃなくなるってことだ。かつて私の胸を揺さぶったあの感動が、商業作品よりも面白いと思えたあの作品が、「しょせん同人」になるってことだ。

 創作の楽しさと苦しさを知る者として、それは、やっぱり嫌だ。創作は胸を誇れる素晴らしい趣味で、あらゆる作品は同じ地平に立っているんだと私は信じたい。私の書いたヘボ小説や、私を作ってきた素晴らしい二次創作小説を、私は貶めたくない。下手くそだ、と言われるのは私がヘボ字書きってことなので甘受するけど(くやしい! 次はもっといいものを書いてやる!)、そもそも商業とはまるで別物のお遊びなんだよ、と言われることは悔しい。だってそこには、紛れもない、本当の感動があったんだから

 だから、私は、同人小説だろうが好き勝手研究報道引用していいんだよ、と強く言いたい。これ引用していいの……? とためらっている研究者がいたら、いいんだよ、と背中を押してあげたい(もちろん、不安なら許可取れば? とアドバイスはするだろうが)。だって村上春樹小説は、好きに引用していいんだから私たち文化が主流文化と対等であろうとするならば、そうされることを受け入れるべきなんだ。

 私たち文化は、「保護」を与えてもらわないといけないほど、か弱く、脆弱で、稚拙ものではない。私たち文化は、そんなに惨めなものではない。

 同人作品には商業作品と違った研究倫理著作権に関する考え方を適用すべきだ、という主張は、オタク権利向上に反する。だから私は、オタクとして、その主張を否定する。

 私たちは、オタクは、もっと強くあるべきだ。

2017-06-15

今回みたいに犯罪話題きっかけで「真似されるから」が主な理由にされてるあいだはそこだけ強情張ればすむからいいけど

不快セカンドレイプ理由にされた時に突っぱねられるかというと無理じゃねえのと思うわ

現実にあれら必要としてる奴とイラネって奴どっち多いかつったら後者だろ

LGBTみたいにちゃんと権利活動してきたわけでもないしな

まあ権利活動しないでネットでだけ威勢がいいのはオタク文化全般がそうだけど

2017-06-03

コミックマーケット準備会二次創作同人グッズ販売についてどう考えているのか

ガールズアンドパンツァー公式非正規グッズの販売頒布を認めない旨を発表した。

わざわざ同人即売会で使われる「頒布」という言葉を使うところを見ると、同人グッズも対象となっていると見える。

近年、こうした二次創作同人グッズを認めないというガイドラインを発表するコンテンツが増えている。

なぜなら、版権元の商売と競合するとはいえない同人誌比較して、グッズは公式商品展開を潰しかねないからだ

茨城事件逮捕されたのは中国人だったが、二次創作同人グッズの販売というのはまさに中国などで行われる海賊版生産販売と何ら違いはない。

例えば件のガルパンでは、劇中に出てくる校章そのままのバッヂやワッペン販売しているサークルがあり、問題となっていた。

ここで気になるのは、次のコミックマーケットでの同人グッズへの対応である

同じ問題が生じるガレージキット即売会では当日版権などと言った制度があるが、同人グッズではこういった対応は聞いたことが無い。

同人誌においては成人向け同人誌における修正確認などのため見本誌を提出するが、同人グッズのチェックは行われていない。

しかし、公式にグッズの販売禁止する発表をしているコンテンツリストを作り、それと照らし合わせるくらいの事は可能なはずだ。

繰り返すが、禁じられた同人グッズの販売頒布海賊版を作る中国人と変わらない行為だ。

これを見逃すならば、コミックマーケットオタク文化の祭典を謳いながら、作品への敬意を持たない不届き者の集会ということになってしまう。

運営には妥協なき対応を望む。

そういやオタクと言えば宅八郎だったが、今どうなってる?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%85%E5%85%AB%E9%83%8E

ウィキで調べたが、渋谷区長戦に出馬してたこと初めて知った

あんだけオタク=宅八郎というアイコンだったのが、

今やこんだけ忘却の彼方に忘れされているとはな

あの頃のオタクと今のオタクは、完全に別物だ

宅八郎と旧オタク文化終焉、みたいなテーマがあったら絶対本で読みたい

2017-05-29

オタクたちはもうどこにもいなくなってしまった

なんか突然思い出して、「Vip Star」なんていう昔のvipパロディを久々に見た。そして思った。今はどこにもこんなもんを面白がるコミュニティ存在しないんだなって。

オタク社会的地位を得たなんて嘘だってずっと思っていたが、今やTwitterなんていう一般的プラットフォームオタクアニメアイコンで何かつぶやいていたって、別に気持ち悪いって思っても、誰もそれを言わないだろう。もはや気持ち悪いとさえ思われないのかもしれない。多分それが地位を得たってことなんだろう。

「昔は〜」なんて言ってるやつが、前は気持ち悪いと思っていたが、今まさに自分が昔はよかったなんていうエントリを書いてるんだから、多分人は年と共に変わっていってしまうんだろう。

もともと、2chやその周辺に「俺の思うオタク文化」っていうのは成立して、そこはいわゆる「表の社会」とは隔絶されたところあった。表に生きる人間存在こそ知っていても別にそんなところにわざわざ足を踏み入れようなんて思わなかったんだろうし、逆にずっとそこに巣食う人間にとっては、そこが全てでそこで起こることが楽しかった。今から思えば何が面白かったのか、分からないことだってある。でもそれがコミュニティっていうものなんだろう。

ある時期からニコニコ動画なんていうサービスができた。いつからできたのかは知らないが、俺が知って参入していったのは、ある程度コミュニティ確立してからだった。まだそこまでは、時代に順応できるくらい頭が柔らかかったんだろう。ニコ動やそのコミュニティを鼻で笑うようなやつもいたが、次第に毎日毎日見るようになっていった。俺が投稿した動画こそたいして再生されはしなかったものの、面白いやつが動画を作ったり、空耳コメントで書いたり、そういったクソみたいだがちょっと面白いアイデアを持った奴が何か暇を潰すのにはもってこいなサービスだったんだろう。

ボカロだって一時期はよく聞いたもんだ。素人が作ったもんと言ってしまえばそれまでだが、しかしそこにはコミュニティとしての付加価値があった。

当然だが、こんなネットの話はネットの外でできる話題ではなかった。しか毎日その世界に入り浸っている俺にとってはそれしかできる話がなかったし、だからコミュニケーションをとることだってしかった。もっともそれは言い訳かもしれないが、しかし、つまらない人間だったのは確かだ。強いて存在する共通話題尖閣ビデオについての感想だったりするんだから

だが、実生活の転機もあったからか、そういった「ネット文化」ってやつから次第に離れるようになっていった。気づいてみれば浦島太郎状態だ。vipニコニコも、もはやコミュニティとしては崩壊してしまったようにしか見えない。ランキング上位の動画は何を見ても面白くない。ボカロだって新しいものが何もない。クソスレしかなかったvipにはもはや本当にクソしか無くなってしまった。

みんなどこに行ってしまったんだ。あの専ブラを開く時の、ランキングを開く時のちょっとクワクする感覚を返して欲しい。そこにはまだ見ぬ新しいものがある。そんな高揚感はもうどこにも無いんだ。

2017-05-27

いつごろからオタク批判されても腹が立たなくなった

昔は俺もオタク馬鹿にする言論に怒ってた、オタク文化は最高だと思ってた

でも最近はそういう気力が全く無くなった、理由オタク自身がいろいろな偏見臆面も無く振り撒く事が多くなったからだ

はてな比較的そうでもないけど、ツイッター2ちゃん表現規制に反対!と言いつつレディコミ、ヤンキー漫画規制しろと言うような類のダブスタを口にするやつ、それだけならまだしもそれに加えてネトウヨだったりミソジニーだったりする人間が多くなりすぎた

挙句アニメキャラアイコン人種差別をしつつオタク批判には顔真っ赤にするような輩、これが本当に駄目だった

そんなわけでそういう連中を多く見てきて、最近になると見当違いなオタク批判に熱り立つオタクを見つつ(でも俺らも十分に身勝手よなぁ)と思うようになってしまった

2017-05-10

そもそもだが電車男テレビアニメだったら

もし2005年電車男アニメだったら、ここまでオタク文化進歩していなかったと思う。あれはドラマで実現したかブームになった。

2017-05-06

オタクって、「自分のことが好きな人が好き」を限界突破してきた感があるよな。

最近オタク文化擁護しないやつを攻撃するオタクが目に付くのって、根本的にはこれだよな。

自分趣味好きな人が好き、ってのならごく普通だが、それを突き破って自分趣味に興味ないやつを攻撃しはじめてる感じだ。

中には「オタク文化はもはやマジョリティから、お前らマイノリティは俺らに従え」みたいな態度とってるやつもいる始末だし。

あ、一部のオタクな。これ言っとかないとまたオーバードライブちゃうもんな。

2017-05-03

オタク文化における自浄作用とは何か

JR撮り鉄対策に対してぶつくさ言ったオタのつぶやき話題だ。

他の件と合わせて撮り鉄は自浄作用がないと叩く意見が多い。多いというか殆どそれしか見当たらない。

しかし、中心となる組織があるわけでもないオタク文化においての自浄作用とはなんだろう。

ところで人気アニメけものフレンズコスプレをして動物園に行ったオタの話題を覚えているだろうか

あの時コスプレオタの間から公共の場コスプレしていくのはマナー違反だろという声が出た時、ネットの反応はどうだっただろうか。

ムラ社会勝手ルール押し付けるななどの意見が大半だったと思う。

実際動物園側はオーケーとのことだったので何の問題もない行為だったが、この時のコスプレオタの反応こそが自浄作用というものではないだろうか。

結局のところ個人総体であるオタ文化のについては、あらゆる人格、あらゆる状況、あらゆる行為が想定されるわけで、

それらの中で迷惑問題を起こす人間排除するということは不可能である

であるなら必ずしも問題はいえなくても問題に繋がる可能性がある人格、状況、行為を全てタブーとし、

それを破ったもの批判する形でしか問題を予防する方法はない。

だというのに自浄作用を発揮しても発揮しなくても叩かれるということには、

世間が如何にオタクことなどどうでもよいかと言うのを実感せざるを得ない。

所詮他人である彼らには、オタク文化が滅びようがどうしようが関係のないことなである

しかし、彼らの言う所のムラ社会的なタブーを持つコスプレオタクの方が撮り鉄より高いマナー意識を有しているのは明らかであり、

世のオタクたちが見習うべきはコスプレオタクにあることを忘れないでほしい。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427171952

おいおい、二次元性的に消費することにかけて日本より進んだ国って、どこよ?

日本は遅れてなんかいないだろ。

その証拠に、外国に追いつこうなんて意識言論はほぼ見られない。オタク文化において、追いつき追い越そうと目標にする国なんか無いだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20170427171728

オタク文化表現文化一種である事には変わりないよ。

表現行為に対する認識日本はかなり遅れてる。内容的にも人権問題的にも。

http://anond.hatelabo.jp/20170427153840

私も前々からオタク文化ミソジニーは一体だと思っていましたが、ご指摘の通りだと思う。

現実女性と向き合わず、性欲のままに自分たちに都合よく肉体と人格を改変した女性生産し、それを残忍に弄ぶ。

オタク文化肯定的な人は例外なく卑屈なミソジニストであり、ポリティカルコレクトネスに反した差別主義者です。

2017-04-19

オタクウヨク的かサヨク的かと判別することの意義はあるの?

(勿論全てがそうとは言わんけど)オタク趣味というものがどこか保守臭さを感じてしまう点があることは、まあ確かに否めないとは思います

それはまあ、美少女キャラの消費の仕方が処女信仰的だとか、軍事要素大好きだとか、まあそこら辺ですね。

どうにもネトウヨだとかレッテル貼られても致し方ないとは、ある程度は思います

こういうときオタクに対してサヨク観点から批判的な目線を向けてしまます

でもその一方で、オタクサヨク特性も見逃せないのではないかなあ、と思います

たとえば、学校でのいじめられっ子とか、ブラック労働者とか、今風で言うなら「陰キャ」な人々がやるせない現実から

救済を求めるオタク文化に縋るというストーリーとかです。

(いやまあこの手の論も「最近オタクリア充多いだろ」で一蹴されそうではあるが…)

いくらウヨクっぽい趣味とは言え、その泣いて縋るような行動をそう簡単諌めることは是なのでありましょうか?

サヨクモチベーションなのではないでしょうか?

そこで「そんなキモい趣味に走るんじゃねぇ~」とか言ってしまうのは、むしろマチズモ保守主義価値観なのではないでしょうか?

こういうときオタクに対してウヨク観点から抑圧的な説教を加えてしまます

何が言いたいかと言うとオタクって「ウヨク」的要素と「サヨク」的要素のハイブリッド感があるよなあ、ってことです。

いやハイブリッドとかかっこいいもんじゃねぇか。いいとこ取りというか。悪く言えば半端もんというか。

からウヨク的に扱おうとしてもサヨク的に扱おうとしても、どうにも齟齬をきたしてしまう、と思うのですよねぇ。

まあしかしなんつーか、これ以降はオタクに限ったことではないけど、

世の中、何らかの集団属性或いは個人についてパーペキに「あいつはウヨクだ」「こいつはサヨクだ」と

明確に分けられたもんじゃないと思うんですよ。

一見ウヨクな人がリベラルっぽいこと言ってたり、

一見サヨクな人が保守臭いこと言い出したりとかなんてことは、ままあると思うんですよ。

ガチウヨク」「ガチサヨク」な存在なんて、本当にほーんの一握りしかいない。

あとの全ては所詮ウヨクっぽい」「サヨクっぽい」という、あくまでも「印象」でしかない。

あんまり何かの属性に対してウヨクサヨクだ結びつける行為は、メガネを曇らせてしまうだけなんではと僕は思うんですよねぇ。

2017-04-17

オタク文化表現問題になる理由

アニメ漫画大学で教えられる立派な文化になったので、

それを教える大学先生エッチ差別的アニメ漫画

あると困るのです

規制して売上が落ちようが関係ないのです

先生の懐が痛むことはありませんから

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409002605

思うにテレビの影響ってのもあるんじゃないかねぇ。

 もう見なくなったがDASH村文化はあるか? とか考えると面白いと思う。

テレビ宣伝して売れるものを持ち上げる文化(笑)なので、自然比較や売りたいもの以外を馬鹿にする風潮がある。

 DIYなんて言っても買ってきたものを組み合わせるだけでオタク文化(笑)には永く否定的だったし、何かを作るより消費させる装置だ。

都会も地方田舎も、本来なら連続した国土の一部であって、行政の線引きは便宜的なものに過ぎない。

 考えてみたら**(地名)は***(特色)って主語が大きいし、ずっと住んでいればそれは変わっていくものなんだよ。

2017-04-01

教養として見るべき90年代以前のアニメ20

カウボーイビパップ(海外でも人気。)

少女革命ウテナ(その後に大きく影響を与えた幾原邦彦代表作。細田守出世作でもある。)

GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊押井守代表作)

新世紀エヴァンゲリオン90年代庵野秀明代表作。)

セーラームーン美少女戦闘アニメの基礎教養。)

おにいさまへ……(個人的にはエヴァウテナ入れるならこれも入れないといけないと思うんだけど、詳しくないのでなんとも。)

機動警察パトレイバー the Movieメディアミックスの寵児、パトレイバー。そして実写的なアニメ代表作。)

AKIRA(今後もこれを超えるほどの作画アニメは出てこないだろう)

超時空要塞マクロス80年代オタク文化代表するロボットアニメ

伝説巨神イデオン富野入門)

機動戦士ガンダムプラモデルや、オリジナル設定を考察するといった新たな楽しみを生み出した。)

宇宙戦艦ヤマトアニメ子供向けのイメージを変えた作品。)

未来少年コナン(宮﨑駿初監督作。後のクリエイターに与えた影響は計り知れない。)

ど根性ガエル(現シンエイ動画であるAプロ芝山努代表作。)

太陽の王子ホルスの大冒険高畑勲監督作品であり、宮﨑駿の出世作でもある)

白蛇伝東映動画の原点。東映でのアニメーション制作体制はこの作品のために整えられた。宮﨑駿はこれを見てアニメ業界を志した。)

桃太郎 海の神兵(戦時中プロパガンダアニメしかしこれを見た手塚治虫が感激してアニメ制作を志すきっかけとなった。)

ここまで考えて飽きた

というかコレ入れるならアレも入れなきゃじゃね?みたいになって決められない。

あとの3つはみんなで考えてくれ。

2017-03-31

昔はよかったと言いながら、歴史の魅力を推さない風潮

国際化が進む日本でも、地方のように、歴史的遺産の残る原風景も探せばまだまだある。これは韓国台湾中国も同様だ。大都会から続く現代都市は、必ずどこかで途切れる。

しかしそういう場所を通ると、必ず別のことにも気づく。それは、本来都市と無縁である地域にもかかわらず、ついこの間まで歴史的価値のあったような場所無秩序都市に変貌していることだ。田舎分譲マンション建設されていて、本来学園都市と無縁である地域大学キャンパスがドカドカ建ち、鉄道道路は満員状態だ。

東アジアはよく「欧米東南アジアのように未来志向なだけではなく、歴史もあって田舎もあってバランスが良い」ことを売りにしている。たしか関西中部関東のように、都市無秩序対策にとことん取り組みつつ歴史的遺産をきっちり守る場所もある。どうも大都市圏方面ばかりそういう施策はあるのに、田舎のそれを蔑ろにしすぎだと思う。

日本田舎が都会の何倍以上もあるが、田中角栄政権移行の画一的開発化に伴う開発もあって、もはや「田舎」は残っていない。つまり貴方たちが云う田舎はその地域の片隅にしか残っていない。北関東東北にも歴史スポットはあるが過去の名残もあっても観光地化に適しているとはいえない。

日本都市開発はやたら前時代的と言われる。しか日本において「道路の便利な場所」なら大都市部にもある。例えば札幌新潟だ。ではそれらを資源として活用しているだろうか?新潟市出身の親父の友人いわく帰省がてら訪問したら悲壮感がただよっててやばかったという話である文化人はそんな場所で生まれやすい。

オタク文化担い手地方出身者の多さは、日本ポップカルチャーというものいか社会の暗さを世界に示したように見える。都市中央恩恵を受けず、そこで生まれ人間が学と徳を弁え、現地は都市ほど産業が少ないので自営業が多くなり、中には漫画文学などの作家になってしまう。

こういう系列クリエイター首都圏から輩出することは少ない。まして都会の場合、かつて流行していたアングラ漫画とか、社会風刺もののような、どちらかというと現実風刺路線の、文化的な味がやや薄い作品ばかりだ。

私は少年少女漫画小説の中で東京都市部神奈川県地元民が描いた作品がダサくなっていると思っている(あくまでも数字のみで見た考えで、作品ごとの評価は別)。とくに高校生を描いた物は、往年の不良漫画みたいに野暮になっている。同じ関東でも埼玉北関東のものと比べても悪い意味で飽きやすい。高評価される作品地方民・地方出身者が書いたものが主流。ギャルヤンキーのようなダサいもの地方っぽいが、今のサブカル面は違う。

で、なぜ作品レベルがばらついているというと、やはりそれは地方に行くほど仕事の数が少ないが、時間お金にゆとりのある人が転入するために、作品作りへのゆとりが生まれやすいからではないか。そういう場所では、ありのまま地元を描くことが難しいが、空想もの作品を生むにはうってつけの場所だ。

社会風刺文化的ものが分離されていることが理想であるが、だったらそれがなぜ都会でも出来ないのか。広義の都会人の自分が言うのも説得力いかもしれないが本当はこういったばらつきはないべきで社会風刺と娯楽もの区別が明確になければ文化強国は持続しない。

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。

2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2017-03-19

俺は同人サークルとかやったことないけど海鮮が嫌いなのは

コミケに行かない一般人のことをオタク文化の良さが理解できないアホ呼ばわりしてバカにしてるからだな

それで大手海鮮のことバカにしてるんだとしたらそりゃ地獄だとしかいいようがないな

何事も必死中間層が一番嫌われて害悪扱いされるっていうことがここでも起きてるだけとも言えるけど

2017-03-09

オタク文化メッカとしての秋葉原がどうして死んだのか?

歴代東京都知事

東京共産主義の町だから民間には遊ばせてあげない

と変な縄張り意識を発揮したのが諸悪の根源

例えが悪かったすまん

1990年代当時はつくばエクスプレスも無くてターミナルとしての知名度が低かったので

交通が便利になると市街地繁華街状態になるから

自体再開発できる構造になってたんだけどね。

秋葉原自体が(若者の遊ぶところとしては)大したことないんだから分散移転すりゃよかったのに

そうすればせめてアキバ文化ぐらいは少しはマシになってたであろうに…

秋葉原は今のほうが綺麗だし、聖域を残したほうが更に自滅していたんじゃないか

2017-03-05

例の海外オタク報道で思った日本海外オタク観の違い

海外で捉えてるオタク文化って言うのが、「男→女」の消費だけなんじゃないかってことなんだよね。

まあ確かに日本でもオタク文化の中心は男ではあるけど、

海外オタク観ではBLとか「女→男」の消費というものが想定としてないのでは?と思ってしまう。

というか日本ですら、パンピーからは「オタクは男しかいない」みたく思われてたと思うが、

昨今のメディアの扱いでやっと「女のオタク」という存在認知されたんだが、

それがまるで近年突然変異的に増えたように扱われてるんだよね。

オタク側としては女のオタクなんざ昔からかなりいただろうにってカンジなのに。

海外ではBLとか無いのだろうか?

https://togetter.com/li/1087069

このBBCの番組はひどいんだけどさ。

こういう人間は少数派ではないよな。内外、老若男女を問わずに。

トランプ批判できない~ってコメあったんで言うけど、トランプ支持しながら

このBBCの番組にうなずく人間なんて沢山いる。

トランプ勝利風向きが変わったかのような気でいる奴がいるの見てると怖くさ。

トランプ軍団の人気者だったマイロ・ヤノプルスが簡単にと切り落とされたんだぜ。

ペド擁護オタク文化は別の話ではあるが、示唆的な出来事だと思うのよ。

表現の自由って素晴らしいものだと思うんだよ。

からこそ、慎重になって欲しい。ゲス表現によって救われている人間として思う。

BBC3の番組を実際に観た人の感想

【国辱的なフェイクニュース】をまた放映したイギリスBBC - Togetterまとめ

これについて、(自分を含め)大半の人が放送自体を見ず(見れず)にあれこれ語っているようなので“番組を実際に観た”という人の感想をいくつかまとめてみますリンクをたくさん貼るとスパム認定されるのか投稿しても公開されないのでtweetへのリンクは一部のみ)

youtubeで上がってたのを消される前に見たけどそこまで偏向した内容では無かったよ 一方的に決め付けるって言うよりはStacey Dooleyが困惑しながら話を聞いていくって感じで一応は事実報道してたと思う 日本社会の最も下賎な部分だから見た西洋人は反感を抱くだろうけど最近海外でもオタク文化に詳しい人は多いか漫画規制にまで発展するほど炎上するような事は無いと思われる

https://togetter.com/li/1086546#c3525130

【@masillo氏】https://twitter.com/masillo/status/837637116125306880

今日わりとおこっていて、全員が当該の映像を見ないまま伝聞でわるぐちをどんどん言うというのがどうして起きてしまうんだというかんじです https://t.co/1FFca3cKmvタマキ (@masillo) 2017年3月3日

@masillo “In 2014, they decided that they should make it illegal to POSSESS child pornography.“ 2014年日本人児童ポルノの所持を違法とするときめた— タマキ (@masillo) 2017年3月3日

@masillo “it was illegal to distribute it and produce it, sell it, but to have it on your laptop and watch it was no problem.”— タマキ (@masillo) 2017年3月3日

@masillo それまでも配布、生産販売違法だったけど、自分ノートパソコンにあるだけ、見るだけなら問題なかった— タマキ (@masillo) 2017年3月3日

@masillo 最初最初でそういうふうに言ってて、それならまとめの最初の人が言ってることとちがわないのに、なんでこんなことになってしまうの。あとインタビュアーの人のヘッダー画像動画の内容とは関係なくて最後までべつに出てきません。— タマキ (@masillo) 2017年3月3日

【@mishiki氏】https://twitter.com/mishiki/status/838064860701171712

ステイシー・ドーリーの“Young Sex for Sale in Japan”について、幾つかまとめを。①取材されていたJKカフェに良い印象は持ちにくい。あと着エロについても擁護し難い。実在児童人権侵害しているんじゃないのと言われれば、両方そうなりえると思う。— 未識@🐠🏭技術書典2 お-03 (@mishiki) 2017年3月4日

②疑似ロリAVは、女優の演技や画像加工の話だし、マンガアニメについては「紙とインクなのだが、「子供のように見えるものは何で合ってもダメ」というところで、一貫性絶対に崩さな人達がいることが改めてよく分かった。ここで蒙を啓く、eye openする方法はよく分からない。— 未識@🐠🏭技術書典2 お-03 (@mishiki) 2017年3月4日

ペドフィリアに対しては、存在欲望妄想もとにかく全て否定されて、社会生活上、子供に無害なように生きていってもらうというよう選択肢は、存在してないらしい。「自分に生きる権利があるじゃなくて虐待されてたとか言ってくれればいいのに」などというのは実にひどい発想だと思った。— 未識@🐠🏭技術書典2 お-03 (@mishiki) 2017年3月4日

全体として、このドキュメンタリーが「フェイニュース」かと言われると、「悪意故または誤解故の印象操作はあるが、嘘は吐いてない」と思う。はっきり誤りと思われるのは、「30代以下のほぼ半分が非正規雇用からJKカフェ収入源として必要悪になっているのでは」という部分くらい。— 未識@🐠🏭技術書典2 お-03 (@mishiki) 2017年3月4日

2014年まで児童ポルノ禁止されていなかったみたいな危ない物言いも、嘘ではないように文言が選ばれている。なのになぜ妙な印象を受けるのかだが、これはスクリプトを書いた人の理解と、表で喋るステイシーの考えが一致していないからなのではないか、という疑念を持っている。— 未識@🐠🏭技術書典2 お-03 (@mishiki) 2017年3月4日

最後にこの増田も。

http://anond.hatelabo.jp/20170305024848

私が見た限りでは“番組を実際に観た”という人はだいたい同じトーンです。@mishik氏は上にまとめた以外にも番組内容についてかなり詳細に言及していて、誤解や偏見が見られる点については厳しいツッコミを入れていますが、それでも「捏造」「フェイニュース」という見方否定しています

私もまだ放送を観れてないので上の方たちの感想が正しいと断言することはできないのですが、“番組を実際に観た人”の感想を見る限りtogettreのタイトルは誇張されたものであり、現時点では『【国辱的なフェイニュース】をまた放映したイギリスBBC』というまとめ自体フェイニュースという可能性が高いと考えるのが妥当なのではないかと思います

本件に限らず日本オタクカルチャーに対する諸外国特に欧米)の偏見は酷いと思いますし、それが不十分な取材偏見に基づく報道によって助長されていることも否定できないでしょう。それ自体批判されるべきことであっても、だからといってデマ紛いの手法によって反感や悪意を煽るのは本末転倒ではないでしょうか。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

2017-02-22

オタクが女とはじめて付き合った

自分で言うのもなんだけど、オタクであることと性格が悪いことを除けばハイスペック

学歴しろ顔にしろアニメ以外の趣味しろモテる要素が揃ってたと思う

まぁそんで高校男子校だったわけで、大学はいって可愛い彼女ができて最高にうれしかった

オタクであることをカミングアウトしたら彼女理解を示してくれて、一緒にアニメとか見るようになって、楽しかった

最初の数か月はこれがキャンパスライフ!と幸せ絶頂だった

でも俺はあくまでも男子校に6年間とらわれててそこから逃げるためにアニメとかを視聴してただけで、本質的にはアニメオタクじゃなかったんだと思う

一方で、彼女のほうはどんどんオタク文化に浸かっていき、乙女ゲーとかまでプレイしはじめたし、なんかアニメとかも俺より詳しくなってた

気付いたら俺は彼女を俺から奪うアニメが嫌いになってて、彼女は俺よりアニメキャラのほうが好きになってた

それで別れた

趣味が合えば幸せはいかないのはつらいことだ

今は自分から離れたところで趣味を持ってて、その上で好きになってくれる人と付き合いたいと思ってる。変だろうか?

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