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2018-09-17

ドラマ版「この世界の片隅に」素晴らしい作品でした...「この世界の片隅に」でさえなければ

この世界の片隅に」のドラマ版が今週日曜最終回を迎えた。自分にとっては呉旅行に行く前日に見てドハマリし道すがら原作コミックも買い、舞台となった街を散策できた思い出深い作品だった。

 映画版では尺の都合から削除せざるを得なかったリンさんとの物語もしっかり描かれ、さら原作であまり描写されなかった近所の人々にもしっかり焦点が当てられ、よりボリュームのある物語に仕上がっていたと思う

 各話も緩急を付けて見どころを設けすずさんと周作さん、二人の関係性も深く描くことに成功していた

 アイスクリームのシーンは二人の仲睦まじさが伝わり絆が深まる姿を丁寧に描いていて「砂糖の配給が停止になって、闇市で配給の50倍の金額取引されてる時期にアイス食うのはいくらなんでも不自然すぎる」という違和感もまぁ気にならないレベルに収まっていたと思う

 いままで現代編については否定的意見もあったが、最終的には今現在そこにいるすずさんを描く形に集約し映画とは違った余韻のある良い最終回を迎えたと思う

 途中どうしても見ることができなかった回はあったが

 概ねドラマとして大成功の部類だろう。ネットでの評判も上々でツイッタで感想検索しても「泣いた!」「感動して目が腫れ上がった」「ラストにはほっこりした」と大絶賛だ

 実に素晴らしい作品になったと思う

…これが「この世界の片隅に」でなければ

実のところ第一話が始まってから猛烈な違和感を感じてこれは本当に「この世界の片隅に」なのか疑うくらいだった

最初違和感は兄洋一の出兵が決まったシーンでの家族のやり取りで母親であるキセノが涙を流したことだった、ここで泣くのは「この世界の片隅に」としては違和感があった 

それ以降でも北條家へ嫁ぐことが決まった前日に不安母親に漏らし泣き始めるすず

2話以降でも、広島産業奨励会館前で周作が子供の頃ばけもんに誘拐されたとき一緒にいた少年だったことに気がついてすずは涙を流し

それ以降も母親との別れを告げるすずの甥に当たる久夫が帰り道涙を流し、洋一の戦死の報を受けて石一つしか入ってない骨壷を抱きかかえて母親号泣

毎話毎話何かにつけて涙を流していた

自分にはこれが猛烈に違和感に移り最終話前の話まで見るのを止めてしまった

原作で涙を流したシーンはギャグとしてオチに使った空襲で義父円太郎がすずさんと晴美さんを庇ってそのまま寝てしまった回を除けば

晴美さんが亡くなった時限爆弾の回と終戦ときだけでそれは意図的にそうしているのだ

戦中においては、自分たちが正しいことをやってるからこそ理不尽暴力には屈しないって共通した考えがあったからこそ人前で泣くことはせず(時代的に人前で泣くと反戦を疑われてしまうって事情もあった)

その日常を支えていた信念が飛び去ってしまい、自分たちの耐えてきた日々が誰かを犠牲にした上に成り立っていたことに気がついてしまたからそこで涙を流し

戦後は居なくなっていった人たち会えない人のために自分笑顔の入れ物になりたい、なによりも泣いたら勿体無いという気持ちから泣くことを止めるのだ

それは作中物交で漁村に向かう帰りの道すがら刈谷さんと話す中で

「生きとろうが死んどろうが もう会えん人が居って ものがあって うちしか持っとらんそれの記憶がある

うちはその記憶の器としてこの世界にあり続けるしかない」

「晴美さんとは一緒に笑った記憶しかない じゃけえ笑うたびに思い出します」

「泣いてばっかりじゃもったいない 塩分がね」

という会話でも明らかで

このセリフは「この世界の片隅に」のテーマだと思う

辛い時代の中戦中耐えてきた理由、それが飛び去った後また泣くのを止めた理由

そこは物語を描く上でいちばん重要ポイント原作を読んだ人や映画を見た人なら違えることはない

翻ってドラマ版だ

ドラマは泣く、事あるごとに泣く、誰もが皆辛い時には涙を流す

ドラマで泣いて泣いて泣く理由一般視聴者向けにわかやす表現にしたから、とか実写にするにあたって原作映画の通りだと不自然に見えるからという改変なら良かった

脚本担当原作をあまり理解していなくて、分かりやすドラマに組み直した結果だったのなら許せたかもしれない

脚本家は原作の内容を理解してそのテーマもわかった上でそれに対してダメ出しして改変したのだ

最終回をすずさんと義母のやり取りでこんなセリフがあった

「泣いてええよ、我慢せんでええ、ここはあんたの家なんじゃけえ、我慢したらおかしくなるよ」

原作のやり取りとは真逆セリフ

ここで理解った

脚本家はテーマを違えてたわけでも、分かりやす安易な改変をしたわけでもない

テーマについて理解したうえでそのテーマに、「この世界の片隅に」が「この世界の片隅にである根幹にノーを叩きつけてるのだ

はっきり言えば脚本家は「この世界の片隅に」が嫌いだったのでは無いかとさえ思う、少なくとも作品重要ファクターの一つについて否定的だったのは間違いないだろう

結果的に見ればドラマ大成功の部類で多くの人の心に残る名作となった

でもこれは「この世界の片隅に」ではないし、「この世界の片隅に」を否定する物語

もちろんそれが必ずしも悪いわけではないし原作好きな人にもドラマ版に満足してる人もいるだろう

ひょっとしたら原作が嫌いだったかドラマ版の改変でようやく自分の求めてるものが出てきたって人もいる

少なくとも真逆のことをやって多くの人の心をうった名作を作った脚本家の実力は極めて高い

からこそ原作否定するのならオリジナル戦争ドラマ勝負すればよかったと残念でならない

おそらくそちらのほうがずっと名作になったのだろうから

2018-09-10

精神干渉拡声器地域別韻踏み音楽戦闘

これは足を踏み入れるまでは本当に得体の知れない世界だったのですが、知人にふんわりとすすめられかなり前に該当コンテンツ楽曲を拝聴いたしました。(夏休み前か夏休み中だったと記憶しています)

韻踏み音楽は荒々しく勇ましい男達の物である認識していましたので、韻踏み音楽戦闘というテーマは私の認識バチコイはまり、各楽曲方向性にもバチコイはまり、今も気分をバチコイ高揚させながら聴いています

物語音声も楽曲を概ね聴き尽くした辺りで拝聴いたしました。

私は乱暴言葉遣いばかりする架空キャラクターがとても好きなので、楽曲物語音声も非常に好感触かつ癖になるものです。

物語音声の言い争いを聴いている気分は、まるで駅などで目もあてられないほどの口喧嘩をするオッサン方や、そのほか関わりたくはないけれどなぜか目を向けたくなってしま揉め事を直に耳へぶち込まれているような気分です。恍惚

そして、楽曲を聴いていて心から思います。この世の揉め事、言い争い、喧嘩から暴力が消えて韻踏み音楽で埋め尽くされればいいのに、と…。

韻踏み音楽は、邦楽洋楽とは全く違う音楽であると考えています。(優劣ではありません)

ましてや、韻踏み音楽戦闘するのなら尚更違います。言えば、韻踏みは攻撃なのです。戦闘相手を全力で潰すという感情が荒々しい言葉(韻踏み)になり、精神干渉拡声器を通して拳や剣や弓矢、剥き出しの暴力へ変わるのです。これほど興奮するものはありません!!ヤバいです。

とは言っても、物語音声の中で語られている通り、人物皆が韻踏み音楽攻撃として扱う訳ではありません。攻撃や防御や回復、色々な風に韻踏み音楽を扱うのです。ほとんどの人物攻撃手段としていますが。

精神干渉拡声器というものが人々をなぜ熱狂させ、時に狂わせ、溺れさせてゆくのか。そもそも、この世に存在するあらゆる架空コンテンツすべてはなぜ人々を夢中にさせるのか…。

いやもうこの際そんな事はどうでもいいです。韻踏み音楽で敵を次から次へ潰し自分たちの信念を貫くための戦闘を続ける。そんな彼らを本気で応援したい。むしろ精神干渉拡声器による効果さえ受けたい。

見世物認識し彼らを見るのも良いです。そうやって何度もわたしは思いを馳せました。ですが、最近は「軟弱な癖に口は達者な殿方になり彼らにちょっかいをかけ韻踏み音楽で生きることが困難になるまで攻撃をされたい」という感情がより強いのです。

もちろん楽しみ方は人それぞれ。私のような方もいれば真逆の人もいるでしょうし、まだ楽しみ方が見つからない方もいるでしょう。大丈夫です。音の前では皆同じです。

地域別韻踏み音楽戦闘の最終戦闘の告知もあったと聞きました。燃えます。灰になるまで韻踏み音楽を楽しもうと思います

この日記、書いていてとてもたのしかったです。チラシの裏のものではあります自分の「好き」を言葉にするだけでもその「好き」は何倍にも何十倍にも何百倍にもなるものです。

刺激の足りない日々のなか希死念慮に追われるばかりでしたので、本当にこのコンテンツ出会えてよかったです。楽しいです。私はこれらがとても好きです。

ありがとうございました。

2018-09-07

anond:20180907002758

終戦から現在に至るまで「戦後リベラル」はポピュリズムと温情主義に陥り、日本社会を変えられなかったのはなぜか――。

そんなテーマで書かれ、朝日新聞批判ひとつの柱になっているのが経済学者池田信夫さんの著書『戦後リベラル終焉』(PHP新書である

(略)

ある大手新聞主筆にこう問うたことがある。>「あなた新聞は、いい加減に社会党的な体質から脱却すべきだ。社会党は政府のやることは何でも反対し、批判した。少しは対案を出すべきだろう。新聞も同じだ」

すると主筆はこう答えた。「対案を出すのには才能がいる。努力もいる。金も時間もいる。しかし、批判なら何もいらない。うちの読者には土井たか子さんのファンが多いから、ヘタに対案など出せば部数が減ってしまう」

2018-09-06

anond:20180906164509

ガンダム小説版

ストーリー終盤の戦闘主人公アムロ死ぬ

かといって主人公が交代するわけではなく、残された仲間たちはアムロの死を受け入れつつ助けられて終戦を迎える

全三巻の三巻目で死ぬから最終回死ぬ、と言えなくもないだろうけど

ストーリー的には最終回ではない

2018-09-02

anond:20180902213209

知的階級ということでいうと

大学教員のご先祖をお尋ねすると

武士、富農が多い。

終戦時の農地解放で酷い目にあったという話をよく聞く

先祖の違いも大きいのではないか

反日企業ニトリ

ニトリ通販サイト椅子を見ていた。

何気なく、組立説明書PDFファイルを見たら、中国人から?とおぼしきメッセージが埋め込まれていた。

 

小日本

小日本中国語読み; シャオリーベン)は、日本および日本人(大和民族)に対する中国語蔑称であり、中華圏(中国台湾シンガポール)で使われる差別用語である

 

このページに「組立説明書」というPDFファイルリンクがある。

PDFChromeで開くとタブに「小日本.cdr」と表示される。

PDFダウンロードしてAdobe Readerで開き、ファイルプロパティを見ると、タイトルに「小日本.cdr」とあるファイル作成日は「2018/03/30 17:58:41」になっていた。(最近?)

 

他にも中国人が作ったと思われるPDFファイルがあった。

こちらの組立説明書PDFタイトルが「227C 说明书版本CDR.cdr」となっていた。

 

ニトリ

ニトリはどういう企業なのか調べてみた。

 

似鳥昭雄 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%BC%E9%B3%A5%E6%98%AD%E9%9B%84

1944年樺太まれ終戦後は札幌市で育つ。

 

ニトリ似鳥昭雄社長 ヤンキーだった過去破天荒ぶりが話題http://news.livedoor.com/article/detail/9988704/

高校時代にはケンカボコボコにされるのが嫌で、アルバイトをしながらボクシングジムに通った、という。良くも悪くも、いまでいう「やんちゃ」だったようだ。

似鳥社長は「七転八倒人生で、今では信じられないような『悪さ』もやらかした」とも漏らしている。その一端が、大学時代アルバイトとしてやっていた、夜のスナック客の未払い金の「取り立て屋」のことかもしれない。

当時流行った任侠映画をまねて、なかなか支払いに応じようとしない客を弟分と二人でなだめすかしては、きっちり払ってもらっていたようだ。

今でいう「半グレ」だった?(「弟分」=舎弟)まあ、堅気じゃないことは確か。

 

株式会社ニトリ似鳥昭雄社長の闇が深すぎる…子供中学高校大学時代日経新聞私の履歴書」で激白 http://www.akb48matomemory.com/archives/1024063727.html

 

社長自体は、在日アイヌというわけではなさそうだが、なぜニトリが「小日本」というファイルを配布しているのか?

社内のコンプライアンス問題があるのか?

単にチェック漏れなのか?

2018-09-01

韓国従軍慰安婦仕事として募集したのに集まってきただけと言うが

特殊慰安施設協会日本政府がやった事を考えるととても信じられない。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/特殊慰安施設協会

戦後占領に来た多くの海外軍人相手をさせる為の慰安所日本は作った。

女性兵士の為の慰安夫も用意されたらしい。

その際に広告の内容では外人相手セックス仕事だとは伏せられていた。

そして集められた慰安婦の6割が梅毒などに感染した。

日本相手実態を隠した求人強要をしたのに、韓国人相手にはきちんと求人をし強要をしなかった訳がないと思う。

コピペ

毎日新聞1945年9月4日には

急告−特別女子従業員募集、衣食住及高給支給、前借ニモ応ズ、地方ヨリノ応募者ニハ旅費ヲ支給

東京都京橋区銀座七ノ一 特殊慰安施設協会

東京新聞同日には

キャバレーカフェーバー ダンサーヲ求ム 経験の有無ヲ問ハズ国家事業ニ挺身セントスル大和撫子ノ奮起ヲ確ム最高収入

 特殊慰安施設協会キャバレー

RAA基本的な発想は戦時中慰安所施設だが、戦時中慰安婦と違う点は、仲介業者を通さずに、広告に応じてきた一般女性たちを使ったこである[16]。当初は水商売の者を雇う予定であったが、思うように人数が集まらなかった[16]。戦時中青線売春検挙した者へ、慰安婦になるよう警察要請した例すらあった[32]。戦時中にあった女子青年団終戦後、半ば強制的に集められたケースもあるとされる[33]。

2018-08-24

東京オリンピックのために個人資産寄付ニュースに思う

日中事変>ハワイ奇襲>ミッドウェイ原爆終戦パンパン街角に立つ

を思う。

何も変わってない。

2018-08-19

anond:20180819013051

終戦から30年ぐらいたっても息子や夫が帰ってくるのを港で待つ人がいた

2018-08-16

50前後だけど子供の頃から戦後空気なんてもう無かったし、

その後だって戦後の名残を知らずに生きてきた

上の世代の語りや作品文化歴史には戦後が多くあったけど自身としてはまったく意識することなく過ごしてきた

もう戦時中大人だったり現地で戦ってたりする人もいないから当時の言葉って伝記しかないんだなと感じる

親も終戦前後に生まれ戦後すぐの焼け野原を生きてきたので実際の戦争を知らない

当時は貧しくて雑草も食べてたとか進駐軍風呂借りにきてどうこうって話を聞くくらい

年寄りとして改めて思うのは当時の声、なんでもいいか時代に即した声は全部ちゃんと残しておいた方がいいなってこと

あればあるほど助かるような気がする

2018-08-15

anond:20180815143527

日本では終戦*記念日*を8月15日に定めてるだけだ8月15日戦争が終わったとは誰も言ってないんだよな。

anond:20180815143058

敗戦だろうが終戦には違いない

何が言いたいのかよくわからないなぁ

anond:20180815142749

終戦じゃなくて敗戦だもんね。

陸軍士官学校玉音放送きいて切れた上官が自害するって暴れたそうですよ。

もちろんみんなで全力阻止したらしいけど。

2018-08-12

anond:20180812111454

私も嫌い。今の時期になるとたくさん出てくる終戦ドラマの「悲壮ポルノ」と同じくらい嫌い。

きのたけ戦争はい終戦するのだろうか

考えてみよう

2018-08-10

たまたま戦争がおきていない」73年のそのいちばん端っこ

今年も夏がやってきた。テレビをつければ慰霊式典の中継が行われている。

今年で73年目だという。

この時期になると、テレビでは突然戦争体験ドキュメンタリーや、戦時下舞台にしたドラマ放送しはじめる。これはもうすっかり夏の風物詩になってしまった。

多くの家庭に設置されているテレビを通して、戦争を知ってもらう。

それ自体は悪いことではないと思う。

もう終戦から73年が過ぎた。生の戦争を知っている世代は減っている。

いずれ戦争を知っている世代はいなくなる。

その前に、戦争を知らない世代が、戦争を知っている世代情報を共有すること。

それは絶対必要なことだ。

テレビから流れてくる情報は、私たちに様々なことを教えてくれる。

「この国には戦争がありました」

「この国には兵隊に行った人が大勢いました」

「この国には戦争のなか逞しく生きた人たちがいました」

知っておかなければならないことだ。

でも、テレビ報道は、いつもその事実を伝えただけで終わってしまう。

戦争悲惨ものだ」

戦争は繰り返してはならない」

ただ、それだけで終わってしまう。

戦争は悲しいもの」。そこで思考ストップしてしまうのだ。

戦争をおこさないために、私たちには何ができるのだろう?」

どうしてそういう話にならないのだろう。ずっと不思議だった。

今でも不思議に思っている。

私は自分のいる国が「民主的な国」だと学校で教わってきた。

民主的な国は、国民なら誰もが政治に参加できる国。

その代わり、国の決定の責任は、政治家だけではなく、すべての国民かぶさってくるものだと思っている。

この先日本戦争を起こさないとは限らない。

たまたま戦争がおきていない」73年のそのいちばん端っこに、私たちは生きている。

いつ戦争が起こるかわからない。

毎年戦争体験ドキュメンタリーを見て、間接的ながら戦争を知った私たちは、戦争を避けるために最善を尽くさなければならない。

でもどうやって?どうやったら、戦争を避けられるの?

民主的な国」に生きている私たちは、「どうやったら戦争を起こさないで済むか」考えなければいけない。

それなのに、誰もそんな話はしない。

私が知らないだけで、本当はみんな、そういう話をしているのだろうか。

戦争は、独裁者が起こすとは限らない。

言葉の限りを尽くして、それでもどうしようもなくなったその先で、戦争は「起こってしまう」。

独裁者がいなくなっても戦争はなくならない。

私たちは、日本を「戦争しか選択肢がなくなってしまった」国にしないように、日々を積み重ねなければならない。

終戦の日は、毎年訪れる。

きっとこの先も、終戦の日が近づくと、テレビでは戦争を伝える番組放送されるだろう。

日本の夏は、「戦争悲惨さを学ぶ夏」から「どうやったら戦争を起こさない国にできるか、みんなで考える夏」へ、一歩前進しても良いのではないだろうか。

来年も夏はやってくる。

どうか来年も、「たまたま戦争がおきていない」74年のそのいちばん端っこに、私たちが生きていることを願って。

2018-08-05

祖父から聞いた戦時中の話

 ドラマこの世界の片隅に」を見ていて、横柄で大袈裟に騒ぎ立てる憲兵さんが登場したところでふと祖父から聞いた話を思い出した。

 威張りくさって周りから怖がられていた憲兵さんは、終戦と同時に夜逃げ同然に姿を消していた、相当恨まれていたらしい、と。祖父自身特に憲兵さんと関わり合いになることはなかったのでその話はそれでおしまいだが、祖父から聞いた戦時中の話を忘れないように記しておこうと思う。

 あくまで何年も前に祖父から聞いた話なので、一部正確じゃないところもあるけどご了承ください。

軍需工場

 終戦の年から二、三年前、東北地方出身の当時十代の若者だった祖父は、軍需工場で働いていた。工場の持ち主は、今でも名を変えて現存する大企業だった。

 私の父は戦時下の話をあまりいたことがなかったそうだが、祖父は孫達にはよく話して聞かせてくれた。もちろん辛いこともあったろうが、祖父から話を聞くと「結構楽しそうだな?」と子供心に思ったものだ。

 何故なら、ある時祖父パソコンインターネットの使い方を教えていた時、GoogleMapを開き見たいところがないか聞いたら、祖父は「昔働いていた東京を見てみたい」と言ったのだ。

 そこで当時の蒲田区があったところを見せると、祖父は懐かしそうにここに工場があって、ここの川で昼休みに水浴びして、休みの日に遠足でここまで行って…といろいろ説明してくれた。

 聞けば祖父が働いていた工場の寮はとても待遇が良く、特に食事が良かったと。

 祖父はそこで生まれて初めてライスカレーカレーうどんを食べたそうだ。とても美味しかったらしい。今でも祖父の好物はライスカレーだ。

 近くに他の工場もたくさんあったが、そんなに待遇がいいのは珍しかったそうだ。休み時間に別の工場の人と話をすると、そんなにいいものを食べられるなんて、と羨ましがられた。

 そんなに食事がいいのにはもちろん会社側の「健康若者をこの工場から徴兵して貰って、国から褒めて貰おう」的な思惑があったそうだが、祖父徴兵される前に終戦を迎えることになる。

 祖父に話を断片的に聞く限り、戦時中で大変なこともあったろうが、田舎から出て来た若者らしく都会で楽しく過ごしていたようだった。ちなみに東京空襲の時はどうしていたの? と聞いたら、祖父がいた寮から遠くの夜空が明るく光って見えた、とだけ教えてくれた。防空壕に逃げたという話は聞いていない。とにかく直接被害は受けなかったらしい。おかげで私の父も私もここにいる。

(後で調べたら東京空襲蒲田区はあまり被害がなく、その後の別の空襲で爆撃を受けたと知ってぞっとした。よく生きていたな…?)

終戦

 終戦の直前、国の広報日本は勝ってると言い続けていたが、みんな負けていることはわかっていたらしい(それこそ憲兵さんに聞きつけられると面倒なことになるので、誰も口にはしなかった)。米軍が撒いた「日本は負けるよ」と書かれたビラもよく落ちていた。

 案の定昭和二十年八月十五日に日本降伏した。

 それと同時に祖父が働いていた工場は操業を停止した。軍需工場から戦争に負けた今、工場で作るモノなんて無いから。そこで祖父は同じ地方出身の者達と相談して、故郷に帰る電車切符を手に入れるのに奔走した。

 交代で列に並び、四、五日かかってようやく切符を手に入れられた。その時に町を出て、祖父は荒廃した東京風景を見て愕然としたという。今現在、よくテレビで目にする終戦直後の驚くほど何もない東京映像写真のものだった。

 その後祖父は一旦故郷に帰ったが、働く場所を求めて親戚の伝手ですぐに遠く離れた地へ渡り現在に至る。

 祖父現在91歳。もう少しいろいろ話を聞きたいと思っている。私が作ったカレーライスも食べて欲しい。

おまけ

 祖父から聞いた戦争の話はここまでだが、ちょっとしたおまけがある。

 ある時、祖父不思議な顔をして郵便で届いた書類を見せにきた。「これはどういう意味だ?」と。

 それは『ねんきん特別便』だった。よく見てみると、祖父戦時中に軍需工場で働いていた頃に納めていた年金がいわゆる「宙に浮いた年金記録」となっていたことが発覚し、年金受給者の祖父支給されていなかったのだ。祖父自身、その頃に自分年金を納めていたことなど全く知らなかった。

 インターネット検索したら「全国消えた年金相談センター」のウェブサイトによると戦時中宙に浮いた年金記録はたくさんあるらしい。知らなかった。

 とにかく書類に書いてある通り、記入して返送すればお金が貰えるよ、と説明した。書類には覚えてる限りの勤めていた会社名前、住所を書いてくださいとあった。祖父はきちんと記入出来た。きっともう覚えてなくて書けない人もいたんだろうな。

 後日、祖父お金が振り込まれた。祖父曰く「案外少ない」でした。

おわり

終戦時期になると日本人被害者ヅラしてることが日本人として恥ずかしい。

まずは侵略したこと反省しろ

2018-07-20

anond:20180720121114

そういえば昔テレビ番組うじきつよし父親BC級戦犯で。

うじきつよしはずっと父親戦争で人を殺したことが許せなくて

父親終戦を迎えたカンボジアに連れて行って「被害者のことをどう思う、

なにか言葉ないのか」と問い詰めてる番組をやってたんだけど。

父親は結局何も言えず、旅の終わりにうじきつよし

「せめて被害者への謝罪言葉が聞きたかった」と言ったら父が耐えかねて

戦争は始まったら誰にも止められない、始まったら命令されて

行かされて人を殺さないと自分が殺される。それをわかってないと大変なことになるぞ」

と漏らしたのを今でも覚えてる。

2018-07-17

日本戦争アメリカに負けた遠因=公武合体の失敗

戦後レジームに至る日本の原因を分析してみた。

 

敗戦

1945年日本アメリカ戦争して負けた。

アメリカ日本へ2発の原子力爆弾を投下して、日本は無条件降伏した。

無条件降伏だったので、日本アメリカ植民地奴隷にされた。

 

鎖国から開国

江戸幕府鎖国政策を行っていたが、欧米はその間にも技術を発達させ、軍事力も増大させていた。

日本欧米列強に対抗すべく、開国へ向けてシフトし始めた。

江戸幕府は当初「公武合体」によって、新しい日本体制作りを目指した。

 

公武合体

公武合体(こうぶがったい)は、幕末1850年から1860年代)の日本において、朝廷(公)の伝統権威と、幕府及び諸藩(武)を結びつけて幕藩体制の再編強化をはかろうとした政策論、政治運動をいう。

公武合体策、公武合体論、公武合体運動、公武一和(こうぶいちわ)とも呼ばれる。対義語尊皇攘夷である

 

明治維新イギリスによる国家転覆

しかし、公武合体は失敗に終わり、薩長テロリストたちがクーデターを起こした。

イギリス支援された薩長同盟 VS フランス支援された江戸幕府

英仏の代理戦争日本国内で展開されて、イギリスフリーメーソン勝利した。

明治維新によって、天皇ワンマン体制日本樹立された。

 

増長

明治維新以降、日本日露戦争勝利する等、外国戦争して勝つことができた。

日本は、朝鮮中国支配下に置くことができた。

調子に乗ってアメリカにも戦争しかけたら(真珠湾奇襲攻撃)、逆にボコボコにやられてしまった。(原爆投下第二次世界大戦敗北)

 

ワンマン体制欠点

日本がWW2で開戦するとき、御前会議が開かれた。

天皇が「勝つ見込みはありますか?」と尋ねたら、軍部は「短期決戦で勝ってみせます」と応えた。それならOK戦争を開始した。

しかし、アメリカは粘って長期戦に持ち込んだ。

軍部は「アメリカから買っていた石油がなくなったので、これ以上戦争継続できない」と判断した。(そりゃ戦争やってる相手石油を売る馬鹿はおらんわなw)

 

松谷誠

松谷誠のように、早期講和検討した者もいたが、軍部に握りつぶされた。

日本が2年程度で戦争を止めていれば、満州を失うだけで済み、日本本土まで取られることはなかった。

結果的に、天皇軍部判断を誤り、早期の損切りができなかった。

松谷 誠(まつたに せい、1903年明治36年1月13日 - 1998年平成10年10月7日[1])は、大日本帝国陸軍軍人陸上自衛官

主戦派が主流の陸軍の中で、1943年3月陸軍参謀本部戦争指導課長となり、早期講和模索

鈴木貫太郎首相秘書官であった1945年4月、「終戦処理案」をまとめ、ソ連の和平仲介による早期講和を主張した。

 

天皇悲劇は、周りにイエスマンしかおらず、適切な判断材料となる反対意見を言う者がいなかったこと。

天皇一人が悪いのではなく、取り巻きの連中が使えなかった。)

 

もしも、松谷誠らが天皇に直接提案する機会があれば、完全敗北を避けることもできただろう。

歴史を振り返ると、ワンマンリーダー判断ミスすることによって、国が滅ぶ例が多々ある。

日本とて、例外ではなかった。

 

ターニングポイント

日本近代史を振り返ると、日本の岐路は、「公武合体」にあった。

もしも日本が、天皇将軍のツートップ体制だったら、どちらか一方が判断ミスをしても、リカバリーできる可能性があった。

しかし、ワンマン体制だと、一人のリーダー判断ミスすることによって、ドミノ式に全体がミスに巻き込まれる。

これが日本第二次世界大戦の完全敗北の原因だった。

 

公武合体成功していたら、日本は今とは違う歴史を歩んでいただろう。

負け惜しみで、明治維新賞賛する向きもあるが、敗戦の結果を見れば、明治維新天皇制は失敗だったことに気付く。

残念だ。

 

anond:20180717162244

2018-07-06

ハリウッド機動戦士ガンダム勝手想像してみる

注)決してファーストガンダム実写化するとは発表されてないが、ファーストの前提で書いてます。尺は2時間想定。



アムロ・レイ

スクールに通う冴えないナード(オタク)。

金髪でひょろっとして眼鏡かけてる感じ。クラスジャイアンみたいな奴によく絡まれてる。

機械類には詳しい。

ひょんなことからガンダムが保管されている格納庫に迷い込んで乗ってみたら動かせてしまった。

親父は映画キャストの都合で登場しないし決して設計者でもない。ガンダムは軍が作った。


ガンダム乗った勢いでザク2体は倒す。ここは割と原作準拠。でも倒した後から天才扱いされるようになる。

このときザク隊の上役にシャアが居て、初接点はここ。


そのまま戦争に巻き込まれ、軍の一員になる。連邦軍?違うよ、アメリカ軍だよ。ノーマルスーツ着たアメリカ軍だよ。


ランバ・ラル時間の都合でカットされ、黒い三連星との戦闘。なぜかノリが山賊。でも一度踏んでから纏めて倒す。

この辺からメガネがなくなってイケメンヒーロー化する。セイラさんと仲良くなる。フラウ?マチルダさん?居ません。


セイラさんと盛り上がってきたところで寸止めジオン軍決戦の呼び出し。さあみんア・バオア・クーGo

生きて返ってくるとセイラさんと約束していざ戦場へ。ジオングに乗り込んだシャア対峙


いきなりのサイコミュ兵器に苦戦。エルメスは設定だけの存在実在しません。

しかいくら被弾しても左腕以外壊れないガンダムラストシューティングやるんだから当たり前。


終盤ガンダムは頭を破損、ジオングは頭のみ。さあ最後ラストシューティング

でもアムロは乗ったまま。むしろ操縦してる。

原作と違うだって?降りちゃったら盛り下がるだろ?これだから日本人は。


お互い大破した機体から降りて銃撃戦開始。激しい戦闘の末シャア銃殺。ええ銃殺です。

敵を生かしておいたら気持ち悪いでしょ?続編やる場合?作る時に考える。


生還したアムロセイラさんと熱い抱擁。実の兄でもなんでもない敵を倒して平和になったかハッピーエンド


ブライト・ノア

ホワイトベース艦長艦隊戦で色々指揮してたりする。全体的には影薄め。年季入った渋さがあってもきっと気のせい。

親父にもぶたれたことないのに、なんて言われません。ぶたないから。

主人公差し置いてミライさんと絡むこともないので、単なる脇役。


カイ・シデン

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる何かノリの軽いムードメーカー。軽口叩けど憎めない奴。

ガンキャノンちゃんと操縦できる。

なんかエディー・マーフィーっぽい。


ハヤト・コバヤシ

アムロが軍入りした時すでに軍人やってる真面目なアジア人ガンタンク乗り。

格闘技経験者だが柔道ではなく、殴ったり蹴ったりが得意。

搭乗機体には手も足もないのでそれが操縦に生かされることはない。


セイラ・マス

本作ヒロイン担当本名セイラ・マス。通信オペレーター担当金髪白人美人アムロ恋愛パート担当

ツンとした女性らしさから、少し男っぽいキャリアウーマン的な性格に変えられる。

だってあんな演技できる女優が居ないから。それにこっちの方がウケるでしょ?

カイにはちょっかい出されるが相手にはしない。

家族構成は明らかではないが、生き別れた兄が居ることはないし、ましてや敵軍に居ることもない。

MS戦闘機に乗れるかもしれないが作中描写されることはない。


リュウ・ホセイ

MS隊長ガンタンク乗り。原作と異なり最終戦まで生き残る。死亡描写してる時間いから。

原作では居ないはずのところで生きているのでブライトに輪をかけて影が薄い。


ミライ・ヤシマ

ちょっと恰幅の良い黒人女性操舵士。操舵経験豊富ベテラン軍人名家の令嬢なのかは明らかでない。

ホワイトベース隊の中でも割と頼れて安心感ある感じになる。彼女の操舵に不安などない。

恋愛描写カット


スレッガー・ロウフラウ・ボゥマチルダ・アジャン

丸ごとカット



シャア・アズナブル

ジオン軍軍人アムロライバル役。衣装は赤いが乗機は赤くないジオングのみ。

だって1回しか戦闘しないんだもの。出力3倍もわかりづらいか無慈悲カット

家族構成不明だが、ダイクン家出身だったり生き別れた妹が居たりという話は特にない。

アズナブル家の御曹司に成りすましているわけでもない。普通に優秀な軍人

映画クライマックスを盛り上げるためにアムロに撃たれて死ぬ敵役の鑑。

続編のクワトロさんは別人物だったり、逆襲の頃には「実は生きていた」扱いをするかもしれないが

今は特に何も考えない。ウケれば良いのだ。


ランバ・ラルガルマ・ザビドズル・ザビミネバ・ザビマ・クベララァ・スン

丸ごとカット


ギレン・ザビ

ジオン軍総帥。見た目以外は割と原作っぽい。崇高な志はあんまりなく世界征服したい悪の帝国皇帝感がある。

シャアを部下に、キリシアを参謀に据えている。

最後旗艦の大破に巻き込まれて死亡。


キシリア・ザビ

ジオン軍参謀。人相は悪いが裏切りは考えてないし、ましてやギレンを謀殺したりしない。

シャアとは割と絡みがあるが、原作のような策謀は特になく、ストレート上司と部下の関係

ただの敵方女性枠。ギレンと一緒に旗艦大破に巻き込まれて死亡。





ニュータイプミノフスキー粒子

なにそれおいしいの?





この物語フィクションです。





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