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はてなキーワード: 例外的とは

2018-07-12

やっぱ25歳から30歳で死ぬくらいが一番楽ちんなんじゃないかなあ。

突然ガタが来て3ヶ月〜半年くらいで死ぬ

60~70まで生きるのは例外的にしといたくらいが人類的に楽かなと思う。

2018-06-29

ここに書いている時点で、例外的日本人なんだよ

 普通の日本人は、そういうもんじゃねえよ

ただひたすら何か面白いことはねーかなって思ってるだけの卑劣で野蛮な女だよ。

学問をしてそれで仕事をしようとか思う時点で、自殺者というか、相当まれ

2018-06-27

[] 低能先生の正体

表向きは普通に見えても、中身は発狂している。

かろうじて、日常生活適応できている間は良いが、何かのきっかけで仮初の均衡が破られるとスイッチオン。

正体を現わし、発狂する。

低能先生けが例外的存在だったのではなく、中身が腐っている大多数の人間の、1人に過ぎなかった。

 

日本人の心は深く傷ついていると思う。

日本人には「癒し」が必要だ。

 

できることから始めよう。

俺は傷付いている女を癒したいと思う。

2018-06-26

日本人以外の客お断り」の店が差別になるんだから男性乗車禁止」は差別に決まってるだろ

ただ、別の人権侵害緊急措置として例外的に認められているだけだ

認められているだけで、差別差別だよ

根本的な解決があったら廃止するべき差別

2018-06-21

容姿が良くても人生がよくなるとは限らない(追記あり)

先日、どこにでもあるチェーン店カフェコーヒーを飲んでいた時の話。

私は隣に座ったおばちゃんに声をかけられた。

お嬢さん、この辺で働いてるの?」

「まぁ、そうっすね」

飲食店?」

「いや、普通会社員っす」

「あらそうなの。綺麗だからお店で働いてるのかと思った。私、○○(大手保険会社)の支店長してるのよ。ほら、すぐそこのビルに入ってる」

「へー、すごいっすね」

「よかったらうちの営業にならない?うちも人手不足で大変なのよねー」

「いえ…営業とか向いてないんで」

大丈夫営業っていうのは第一印象重要なの。お嬢さんみたいに綺麗なら向いてるのよ」

ものすごい勢いで喋りまくるおばちゃん。突然知らない人に話しかけられてビビる私。

その後、なんだかんだで結婚しているのか彼氏はいるのかと聞かれた挙げ句、今度会社で婚活パーティーをやるので来ないか、と誘われた。結婚願望はないので大きなお世話である

おばちゃんはなんども「お嬢さん綺麗だから」「そんなに綺麗な人は営業向きで貴重だから」とものすごい営業トークスカウトを始めたが、私は今の仕事に未練があるので断った。

名前と連絡先を教えてほしいと言われたところで、これはまずいと思い丁寧に断ってから急いでコーヒーを飲んで店を出た。

その前は、撮影スタジオが入っているビルエレベーター待ちをしていたときに「もしかしてモデルさんですか?」と話しかけられたこともある。他のフロアに用があっただけなのだが。

他人容姿を見て遠慮なく声をかけてくる人に出会うと、内向的な私にとってはものすごい恐怖である

容姿を見て声をかけてくる人は信用ならない。そもそも街なかで声をかけられるのはたいていヤバイ人か道に迷っている人くらいなので、どっちにしろ関わりたくない。

服装カジュアルで地味めにしているし、髪を伸ばして顔を隠しているのだが、それでも見ている人は見ているらしい。

見た目が良ければ人生安泰、という主張をよく見るが、内向的性格だとそれがデメリットに感じるときもある。恋人がいて、結婚できれば人生全てハッピーというわけではないのだ。違う人生を望んでいる人もいるということだけ書いておこう。良い容姿を望む人も、望んでいないのにそれを持っている人も、所詮は無い物ねだりなのかもしれない。容姿が良くてそれを武器世渡りしている人は、たまたま見た目と性格が会っていただけなのだと思う。容姿がいいということだけでは順調な人生は歩めない。

あれ、もしかして改善すべきは内向的性格のほうなのでは?とこれを書いていて思った。

しか性格を変えるというのは困難だし、内向的なことが悪いとも思っていない。

最近転職して、都内でも特にパリピが集まる街に出勤することになってから、知らない人に声をかけられる事が多くてビビっている。

私はただ、余計な人と関わらず平穏生活を送りたいだけなのに。



【以下追記】

自分で書いたやつがホッテントリに上がってたので追記。

どうせ自慢乙とか自意識過剰とか書かれてんだろうなーと思って見に来たけど案の定だった。

保険屋のおばちゃんは確かにセールストークかもしれない。が、それ以外に

アメリカでいうキャットコール陰湿バージョンみたいなものかも。確かに顔の美醜は関係いかもですねー。年齢と性別だけですかねー。

リアルでこんなこと言える友人いないし、ネットで書いても勘違い乙扱いだし、やってられねー。増田に書いたらちょっとスッキリするかと思ったけどそんなことなかった。人生マジでクソゲーだわ。キャラメイクどころか性別選択も失敗してるし。二分の一の確率なのに。現実キャラメイクできるなら今頃ジェイソン・ステイサムになってるわクソが。

人生がよくなる云々」っていうのは「見た目さえ良ければ人生ハッピーなのに」という類の意見ネットでよく見かけるから私自信が「こんなに美人なのに人生うまくいかないムキー」と思っているわけではないですよ?さすがにw

それと「年取ったら〜」とか書いてる人いるけどこんなクソゲーあと何十年もプレイする気はない。



【追記の追記】

クソ雑魚自分増田史上一番伸びててサッカーグラウンド並みに草が生えまくりました。もう芝生です。コメントくださった皆様ありがとうございます

深夜にちょっと冷静になって自分の書いた文章コメントを読み返してました。これを書いた理由は、増田には書いてないちょっとヤバい人に関わってしまってアドレナリンが出てたのと、仕事で詰まっててストレスが溜まってたからです。でも、やっぱりホッテントリに上がってもストレスの解消にはなりませんでした。はてブは中身も残念な人が多いということを知ってがっかりしたので、週末富士山の麓あたりに遠征して頭を冷やしてこようと思います。まぁ、はてなID持ってる自分も同レベルなんですがw

ざっと見たコメント質問に回答すると、容姿で得したことはないです。お酒を奢ってもらえるとか、そういうのはあったけれどもれなくセクハラと引き換えなのでプラマイゼロだと思ってます学生時代告白されまくりでしたが上記の通り自分性別違和感があるのと、男性が(女性も)恋愛対象ではないので得とは思えませんでした。むしろ吐き気がするくらい。「モテてるのに贅沢言うなよハゲ」とか思ったそこのあなた。確かにそのとおりなんですが、先祖代々受け継いだ外見と性格の不一致のせいでうまくいかない例外的人間存在するので、世界にはあなた身の回り観測範囲だけでは納得できない人もいるということをご理解いただければと思います

外野から冷静な意見をくださった皆様、ありがとうございます。垢バレ防止のために星は心の中だけでつけましたが、IDは覚えておきます

私は反出生主義者なので今後も一人で生きていくことを決意しています。これ以上不幸な子どもたちを増やしてはいけない…それが自分人生の役目の一つだと思っていますそれから的はずれなアドバイスを書いてくださった方々。全然参考にはなりませんでしたがありがとうございました。非表示ユーザーが多いのでどれがトップブコメなのかわかりませんが、今後も人気ブコメ入りを目指して頑張ってください。

2018-06-15

[]無期転換ルール雇い止め法理について

 国会ウォッチャーです。

 派遣法の時の質疑を振り返るシリーズで書こうと思ってたら、

https://news.yahoo.co.jp/feature/985

 こういう記事が出ていて、その反応がすごく気になりました。なので2012年に改正された労働契約法に関して当時の議論や経緯などをご紹介したいと思いました。

労政審とは

 まず基本ですが、労働政策は、労働政策審議会を通して、公労使の3者が話し合って決める事となっています。これは公契約における労働条項に関する条約に定められた原則です。労政審厚生労働省の設置法で定められた審議会で、公労使は同数委員を設置することになっています。あの高度プロフェッショナル制度でさえ、労政審から、概ね妥当とされながらも、労働者側からの指摘として、高プロは危ないという付言がされています委員は2年交代で、特に公共有識者構成政権に近い人に変えていけば、労政審答申政権に近い形で出すことは可能ですが、しか政権交代、即委員交代!ともならないわけで、労働政策の審議は基本的に慎重に行われているとは言って良いと思います。ちなみに安倍政権では、この原則に反して、労政審に諮らずに特措法を制定し、無期転換ルールの緩和を行っていますし、昨年7月には、労働代表構成員に含まない(国家戦略特区諮問会議を思いだせ!)、労働政策本部会を設置し、各分科会にこだわらない、横断的な政策諮問する、としています。詳しく書かないけど、これめっちゃくちゃ危ないですからね。高プロ立法事実とされるものは、産業競争力会議とかみたいな安倍政権が大好きな有識者会議から出てくるわけだけど、それを労政審の中に作っちゃったようなもんだから。まぁ本当に現政権議論が大嫌いなんだなぁと思いますけど、とりあえずそこは置いとく。

無期労働者を守る解雇濫用法理と有期労働者を守る雇い止め法理

 字数制限的にそれぞれを説明はしないですが、労働者は基本的使用者よりも立場が弱いので、解雇をする際には合理的であると認められる理由がないといけません。それが解雇濫用法理と呼ばれるものです。一方、有期労働者に対しても、期間満了による解雇であっても、無条件であってはならないとするのが雇い止め法理です。雇い止め法理は、無期労働本質的に違いがない場合と、有期労働者が更新合理的に期待できる場合に、解雇濫用法理を類推して適用する、というものです。これは法律に書かれていたわけではなく、幾つかの裁判事例において、確立された裁判例に基づいた規範です。原理的に有期労働者の方が要件が増えているので、保護される確率が下がっている建てつけですね。2008年のリーマンショックでは、無期雇用者も大量に整理解雇されましたが、それよりも、派遣労働者や有期雇用労働者が大量に解雇され、大きな社会問題になりました。そこで麻生政権時代に、有期契約労働者の働き方が労政審諮問され、鳩山政権時代に、有期労働契約研究会報告が出されました。

 

有期労働規制論点

 有期労働契約研究会報告では、雇い止めに関して、主に3つの論点が話し合われました。

1.入り口規制=有期契約が結べる業務業態などを規制し、原則無期、例外的に有期が可能とするか否か

2.出口規制=有期契約を結べる期間、更新回数を規制するか否か

3.雇い止め法理の明確化

 単純に労働組合民主党支持母体と言っても、組合内でもこれは意見が分かれていましたね。この3つをすべて導入しないとうまくいかないぜ!っていう主張(自治労など総評系に多かった)と、少なくともどれか一つでも合意できるならするべきだとする主張(同盟系に多かった)が当時から分かれてた。審議入りしてからは、社民党福島みずほさんや、共産党田村智子さんなどが前者の立場に立った批判を何回もやっていました。こう言う批判をしておくことは本当に大事で、当時の西村ちなみ副大臣の答弁をもとに、後述する通達が出されています

 有期労働契約研究会では、労働者の雇用を安定化させることで、生産性が向上するという学術的な指摘がなされ、規制の導入に対して前向きな報告が出されました。

労働政策審議会労働条件分科会では使用者側が猛反発

 議事録を見てもらえば分かりますが、使用者側の委員はほぼすべての規制に反対していますが、特に入り口規制の導入に関してはものすごく反発している。有期雇用雇用不安定要因ではなく、有期雇用によって雇用の安定化が図られている、だの、入り口規制をすると、企業雇用をやめるだろう、という話を延々とやっている。しまいには労働者の権利の話ばかりするな、経営者側が雇用を調整する権利はどうなるんだ、というようなことも言っている(ちなみにこの方は、高プロが1000万以上と言われると中小企業活用できないとかも言ってる方です・・・)。まぁ経営陣がそういうことを言うのは当然なのですけど、ポイントはこの法律案が労政審諮問された時はすでにねじれ国会になっていて、野党の協力なしには法案の成立はできない状況だったというところです。仮に民主党が有期労働契約研究会報告に基づいて、労働契約法改正案を提出していたとしたら成立は難しかったと思われます。そこで、入り口規制は外され、2、3のみを取り入れた法案ができ、5年以上の契約更新によって、無期転換の申し込み権が発生する、という法案になりました。これも使用者側の意見採用されていて、5年以上の有期雇用という形態禁止してはいないし(契約時にあらかじめ申し込み権を放棄させるとかいう潜脱が使いたい)、無期転換ルール説明義務なども盛り込まれなかった。民主党バカだったということは簡単ですが、労政審による審議は時間がかかるものだし、民主党がやりたいように法案を整備できた期間はものすごく短かったことにも留意必要だったと思います(例えば共謀罪なしのTOC 条約批准や、死刑廃止法制化などは平岡秀夫江田五月法相の頃にやりたがっていたけど、結局諮問したままで、法案化まで持って行けなかった)。2011年から東日本大震災対応に追われ、ねじれ国会によって国会運営は難航し、特例公債法ですら野党に譲歩しなければ通らない状況になっていた2012年に、労働契約法は、社民共産を除いた自民公みんなどの主要政党の賛成で改正されています

雇い止め法理の法定化の意味

 冒頭に紹介した記事への反応を見ると、有期雇用の人は雇い止めされてもしょうがないんだ、というような諦観が見られ、それがちょっと残念に思いました。2012年の改正では、もう一つ、雇い止め法理が労働契約法第19条に書き込まれることになりました。これはパナソニックプラズマディスプレイ事件最高裁判断をほぼそのまま法律に書き込んだものです。つまりたとえ有期雇用であっても、実質的労働が、無期雇用職員と同様であるか、雇用継続合理的に期待される場合には、雇い止めをすることはできません。これは、従前は裁判規範であったものが、明文化されたことで、経営者が遵守しなければならない法規になったということは言えます、もちろん不十分ですが。

下田村智子議員127月の質疑から

田村智子

「これからは5年で労働者を入れ替える、これスタンダードになる。こういう事態を起こさない歯止めはどこにあるんですか。」

西村智奈美

「今回は、雇い止め法理が法律に明記されるということになります使用者合理的理由のない雇い止め回避する行動を取ることがこれによって促進されるほか、その趣旨考慮した労使の話合いが促されると、これも十分期待されることであります企業の実情に応じた無期転換の自主的ルールの整備が進むことも期待されます

 改正法が成立した際には、法律に明文化されたこ雇い止め法理の趣旨と内容について周知徹底を図っていきまして、現場の労使にしっかりとそこは浸透させていきたいと考えています。」

田村

「これ、雇い止め法理って強制力はないわけですよね。それで、これもう既に起きているんです。株式会社シャノアール、これ、シャノアールベローチェ等の喫茶店を全国展開している企業ですけれども、全国のチェーン店で約五千人の非正規雇用労働者が働いています。このシャノアールは、今年3月、突然、社内通達で、有期雇用労働者に対して契約期間3か月の更新は15回を上限とすると、入社契約から通算で4年の勤務をもって満了という方針を全ての店舗に徹底しました。現在4年を超えて働いている方々は、全て来年3月で雇い止めにするという方針です。

 7年以上働いてきたAさん、直接お話をお聞きしました。これまでは更新の上限はなかった、なぜ来年3月までなのかと管理職に問い合わせたと、そうすると、法律改正に伴うものだと聞いていると、こういう説明をしているんです。Aさんは、お店の立ち上げから働いて、いいお店にしたいと意欲的に働いてきて店長代理にまでなっていると、自分は働き続ける意思からこの不更新条項は認めないということでサインしていない、だけど、サインしなかったら仕事を失うかもしれないと泣く泣くサインをしている同僚を目の当たりにしているわけですね。

 大臣、この労働契約法が変わるということで、既に五年を超えないように雇い止めをするという新しい動きが起こっています法施行後5年の話じゃないんです。8年の話でもないんです。こういう企業対応は看過するわけにはいかないと思いますが、いかがですか。

西村

「これは裁判例の一般的な傾向を申し上げるわけですけれども、一旦労働者が雇用継続への合理的な期待を抱いていた場合に、使用者更新年数あるいは更新回数の上限などを一方的宣言したことによって労働者の雇用継続への合理的な期待が失われることにはならないということだと裁判例の傾向からは申し上げることができます

 また、あらかじめ設定された更新上限に達した場合でも、他の労働者の更新の状況など様々な事情総合判断して雇い止めの可否が決せられるというのが、またこ裁判例の傾向であるというふうに考えております

 ですので、不更新条項を入れさえすれば雇い止め法理の適用排除されるといった誤解を招くことがないように、従来の判例法理が変更されるものではないということを解釈通達などを通じて周知徹底を図ってまいりたいと考えています。」

田村

「現に新しい動きで、今まで不更新条項なんか入れていなかった企業がこうやってやっているんですよ。例えばこのシャノアール労働者が労働局などに訴えていったら、これ指導できるんですか。どうですか。」

金子労働基準局長 

個別のことでいろいろ御相談があれば、これは民事ルールでございますので我々の労働基準監督機関として指導するという性質のものではございませんが、総合労働相談コーナーなど、そういったことへの対応に当たって、労働局や労働基準監督署に窓口を設けておりますので、そういった相談があった場合には適切に対応していくことになると思います。」

田村智子 

「これ、労働基準違反だったら労働基準監督署が捜査権を持って会社に入ることもできるんですよ、是正指導を強く行うことできるんですよ。だけど、非正規労働者はそういう範疇にも入っていない。今回雇い止め法理を法制化したと言うけれども、これはどういうことかといったら、裁判で訴えたときに有利な条項が一つ法律の中にできましたよというだけのことなんですよ。」

 田村智子議員の指摘は正しい。結局、このシャノアール事件地裁原告敗訴、高裁原告有利の和解となったわけですが、2016年2月の話です。3年以上法廷で争える人がどれほどいるのか、という話なんですよね。この時の西村ちなみ副大臣の答弁にもある、解釈通達は24年8月10日付で出されていますが、その後の企業対象とした調査で、認知度を調べたら、使用者労働者も8割近くが正確なルールを把握していない、という結果になっていました。冒頭の記事への反応を見ても、雇い止めは、合理的理由なしには、たとえ期間満了による結果でもできないとか、そういう基本的なところで労使ともに理解されていないし、そういう状況で、使用者法律趣旨に則った運用を促すだけでは、十分に労働者の権利保護されないんですよね。当時の政府側答弁でも、不更新条項を無期転換回避のために行うことは、公序良俗に反して無効とは、答弁してるんですけど、それはあくまで答弁だし、本当に無期転換回避のためにやったのかは裁判で争わないといけないわけですよ。で、この法制化で、無期転換ルールをきっちり運用に乗せている企業も多くあるわけで、この規制が全く無駄だった、逆効果だったというのも違うのではないかなと思います。だからやっぱり入り口規制とか不更新条項規制とか、そういう規制必要だと思うし、そういう方向に議論を持っていかないといけないと考えます

次回の労働契約法改正では無期転換ルールをなくす方向に行きかねない

 労働契約法は、定期的に見直しがされる付帯がありますので、おそらく今年か来年には再び労政審で議題にのぼってくると思います現在政府の動向を見ていると、どうも無期転換ルールをなくして、むしろ同一労働同一待遇文脈で、解雇濫用法理の方をいじってきそうな気すらします。冒頭述べたように、労働政策本部会には労働者側の意見は入りません。高プロを含んだ働き方改革関連法案は残念ながら、成立してしま可能性が高いですが、派遣法とは違って、廃止した時に不利益を被る人がそれほど大きな人数になるとは思えず、十分に再改正できる段階にとどまっていると思います政治を諦めてしまっては、好き放題にされてしまますので、ぜひとも国会議論されている内容に関心を持って、誰がどういうことを言っているのか、しっかりと見ていってほしいと切に願っています

2018-06-11

anond:20120607015123

ソは青い空、というのは例外的パターン

なぜそうなったか個人的考察しよう。

英語原曲は、ド、レ、ミをドー、レィ、ミー、と伸ばす形に置き換えている。

Doe(メス鹿)、Ray(太陽光線)、Me(一人称)、Far(遠く)、Sew(縫う)、

と来てここで「La~はSoの次の音~」とふざけている。

というかラーにあたる適切な語がないのでごまかした形だ。

この「はずし」を、日本訳ではソで継承したのかもしれない。

日本版の作詞家の方はたぶんそんな事は言っていないが、影響された可能性はある。

2018-05-31

コナン日本で受ける理由アベンジャーズ日本で受けない理由

いや、アベンジャーズも十分ヒットしてるから言い過ぎなんだけどさ。

これはもうはっきりしてるんだよね。

全然複雑な話じゃない。

シリーズ物を追っていくトレンドがないとかじゃない(ヒットしてるコナンは長期シリーズだしね)


コナンが人気ある理由女性に受けてるから

アベンジャーズがそこまでじゃない理由は(比較的)女性に受けてないから。

マーベル映画ファン女性には悪いけど。

一応6:4くらいの比率では有るんだけどね。


これはデータを取ってる会社もあってはっきりしてるんだけど、日本映画館は女性の観客が男性より圧倒的に多い。

しかも全世代で。

どの世代比較しても女性の方が映画見てる。

一方で海外映画館は男性客がすごく多い。

つうかむしろ最近男性客が主導的になってる。

から逆説的にワンダーウーマンとかが称賛されるわけ。

女性も見れるよねって。


唯一の例外アニメ映画でこれは男性客が多いパターンが有る。

最近アニメ映画が興収ランキング常連なのはこれが原因だと思ってる。

映画館の映画としては例外的に男が見ても女が見てもいい映画だと思われてるってこと。

体現してたのが「君の名は。

まり日本で大ヒット作を作るには当然女性に受けた上で、男性にも受けなきゃだめってこと(女:主 男:従)

じゃないと壁が超えられない。


はっきり言うと論争になりそうなんだけど、海外日本実写映画ドラマが受けないのも女性ターゲットを絞ってるから

だって海の向こうでは男性に受ける映画ドラマ(かつ女性に受ける映画ドラマ)をつくるのがヒットするセオリーなんだもん。

実は俺たちが想像してる以上に海外コンテンツ視聴者ってマッチョなんだよ。


俺は日本映画業界男性支配的な映画を作れとまでは言わない。

でも、せめてメンズデーくらいはレディースデーと同様に必ず設けた方がいいと思う(いや、今もあるところはあるけどね)

2018-05-30

朝日新聞真人 経済成長永遠なのか 「この200年、むしろ例外

2017年1月4日 [脱成長論][成熟社会][定常社会]

 いつしか経済成長」は私たちにとって当たり前のものになっていた。だが、それは永遠のものなのだろうか。

 アベノミクス大黒柱である日本銀行異次元緩和はお札をどんどん刷って国債買い支えるという、かなり危うい政策である。にもかかわらず世論の支持が高いことが不思議だった。

 思えば「成長よ再び」という威勢のいい掛け声と、「必ず物価は上がって経済は好循環になる」と自信満々の公約に、人々は希望を託したのかもしれない。

 希望をくじいたのはくしくも日銀が放った新たな切り札マイナス金利政策」だった。昨年1月に日銀が打ち出すや世論調査で6割超の人が「評価できない」と答えた。いわばお金を預けたら利息をとられる異常な政策によって、人々がお金を使うようせかす狙いだった。これには、そこまでする必要があるのか、と疑問を抱いた人が多かったのだろう。

 政府国民も高度成長やバブル経済を経て税収や給料が増えることに慣れ、それを前提に制度人生設計してきた。

 だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。ならばもう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府財政出動を繰り返してきた結果が世界一借金大国である

 そこで疑問が浮かぶゼロ成長はそれほど「悪」なのか。失われた20年と言われたその間も、私たちの豊かさへの歩みが止まっていたわけではない。

 その間、日本ミシュラン三つ星店は世界最多になったし、宅配便のおかげで遠方の特産生鮮品が手軽に手に入るようになった。温水洗浄便座の急普及でトイレは格段に快適になった。

 若者たちが当たり前に使う1台8万円の最新スマホが、25年前ならいくらの価値があったか想像してほしい。ずっと性能が劣るパソコンは30万円、テレビ20万円、固定電話7万円、カメラ3万円、世界大百科事典は全35巻で20万円超……。控えめに見積もったとしても、軽く80万円を超える。

 スマホに備わるテレビ電話や会話する人工知能機能となると、25年前ならSF映画世界の話だった。

 ただ、この便益の飛躍的な向上は国内総生産GDP)というモノサシで測ったとたんに見えなくなる。80万円超の大型消費が、統計上はスマホの8万円だけに減ることさえあるのだ。

 そこで見えなくなってしまう豊かさの向上を考慮せず、「どんな政策手段を使ってでもとにかくGDPを膨らませよ」というのがアベノミクス思想である

 人間はそうまでして成長を追い求めるべきなのか。

 実は、いまのような経済成長歴史が始まったのは200年前にすぎない。長い人類史のなかでは、ほんの最近だ。GDP統計が初めて作られたのは、さらにずっとあとのこと。1930年代大恐慌、第2次世界大戦がきっかけだった。

GDP、語られぬ限界

 昨年夏、GDP統計をめぐるちょっとした論争があった。所管官庁内閣府日本銀行が「実態より過小評価されているのではないか」と問題提起したのだ。

 きっかけは日銀の若手職員が発表した個人論文。ただ論争には日銀上層部意向も働いていた。アベノミクスの主軸として史上空前の超金融緩和をしながらインフレ目標を実現できず、成長にも結びつかない。現実へのいらだちがあった。

 数字ひとつ財政金融政策を動かし、人々の景況感にも影響するGDP。その歴史は、長い人類史のなかでは意外と短い。

 世界で初めて国の経済全体の大きさを測ろうとしたのは英国。17世紀の英蘭戦争のためにどれくらい戦費が調達できるか知ろうとしたのだ。そこから現在のようなGDPになったのは、さらにあと。1930年代英国米国大恐慌対策を探り、第2次世界大戦に向けた生産力の分析を進めるためだった。(『GDPダイアン・コイル

 一般的には1760年代英国産業革命が成長の起点とされる。だが西暦1年~2000年代世界の成長を人口歴史資料から推定した経済学者アンガス・マディソンによると、1人当たりGDPがはっきり伸び始めた起点は60年ほど後の1820年ごろだった。

 その理由投資理論家で歴史研究家のウィリアムバーンスタインが『「豊かさ」の誕生』で分析している。1820年ごろになると、ようやく私有財産制度資本市場が整い、迅速で効率的通信輸送手段が発達。技術進歩や新しいアイデア評価する文化制度ができて、成長を後押しする基盤が整ったという。

■もとは冷戦期の産物

 社会思想家の佐伯啓思京都大名教授によると、国家が成長を必要としたのはもともと冷戦期に資本主義陣営が社会主義陣営に勝つためだった。「それだけのことにすぎない。なぜ成長が必要なのかという根源的な問いに、経済理論には実は答えがないのです」

 冷戦が終わったあとも成長への渇望だけが残った。むしろ成長の限界弊害について、以前より語られなくなったのかもしれない。

 1970年代初頭、世界科学者経済学者たちが集まる民間組織ローマクラブがまとめた報告書成長の限界』は、経済成長謳歌(おうか)する人類への警告だった。人口が増え、先進国経済が膨張しすぎると、資源の使いすぎや環境悪化などからいずれ限界が生じる、という問題提起だった。

 いつしかその問題意識は薄れ、成長信仰だけがひとり歩きしはじめた。

 佐伯氏は「ローマクラブが指摘した問題重要性は今も変わらない。これから無理やり市場を膨張させ、成長させようとする試みは競争格差を激しくして、人間にとってますます生きにくい社会にしてしまうのではないか」と話す。

■低成長容認社会に変化の兆し

 紙幣を発行し、金融政策をつかさどる中央銀行。その「元祖」は英国イングランド銀行とされる。もともと民間銀行の一つだったが1844年の制度改正中央銀行進化した。

 つまり1820年ごろに始まる「成長」とともに誕生した機能だった。

 いま世界経済の成長スピードが落ちている。2008年のリーマン・ショックマイナス成長に陥った先進諸国は、危機から回復した後も以前のような成長軌道に戻れていない。

 サマーズ元米財務長官は3年前、物質的に満たされた先進国簡単に低成長から脱せないという「長期停滞論」を唱えた。

 日米欧の中央銀行はまるで自分存在意義を確かめるように、ゼロ金利政策、量的金融緩和マイナス金利政策……と成長を取り戻すための異例の緩和策を次々と繰り出した。

 「これは長い目でみれば中央銀行の終わりの始まりだ」と言うのは日銀出身金融史にも詳しい岩村充・早稲田大大学院教授だ。

 中央銀行政府から独立する必要があるのは、たとえ政権が代わっても、お金価値が変わらない金融政策を続けることが経済の安定には大事からだ。岩村氏は「政府といっしょになって成長のために異常な金融緩和を進める。そんな今の中央銀行独立性はない。存在意義がなくなってしまった」と指摘する。

 経済史の泰斗である猪木武徳大阪大名教授は、成長を謳歌たこの200年間を「経済史のなかではむしろ例外的な時期」と言う。そのうえで無理やり成長率を引き上げようとする最近政策に異を唱える。

 「低成長を受け入れる成熟こそ、いまの私たちに求められているのではないでしょうか」

 成長の意義も認めてきた猪木氏が最近そう考えるのは、成長そのもの役割が変質してきたからだ。

 「かつて経済成長には個人を豊かにし、格差を縮める大きなパワーがあった。最近国家間の経済格差は縮まったものの、上っ面の成長ばかり追い求める風潮が広がり、各国の国内格差が広がってしまった」

 主要国の成長戦略金融政策は往々にして強く富めるものを、さらに強くさらに富ませる傾向がある。それがトリクルダウン(滴がしたたり落ちること)で中間層低所得層に広がるという想定だ。現実にはそうなっていない。

 19世紀の経済思想ジョン・スチュアート・ミルゼロ成長の「定常社会」を構想した。だが近代経済学事実上、成長ぬきには語られなくなった。いつしかあらゆる経済理論が成長の持続を前提に組み立てられるようになったからだ。

 むしろ現実社会に変化の兆しが出てきた。たとえば最近広がりつつある、買わずにモノを共有するシェアリングエコノミー。大量消費と一線を画す動きだ。

 四半世紀にわたるゼロ成長期を過ごした日本人の意識に変化もうかがえる。

 博報堂生活総合研究所定点観測調査によると、「日本の現状はこの先も、とくに変化はない」と見る人は昨年54%で、9年前より22ポイントも増えた。さら身の回りで「楽しいことが多い」人が増え、「いやなことが多い」人は減った。

 同総研の石寺修三所長は「人々の意識が定常社会を前向きに受け止めつつある変化がはっきり示されている。いわば『常温』を楽しむ社会です」と話す。

 いま世界が直面する低成長が「成長の限界」を示すものかどうかは、はっきりしない。ただマディソンの2千年の成長率推計を見れば、この200年の2~3%成長が、まるでバブルを示す急騰曲線のようだとわかる。

 成長の鈍化はむしろ経済活動の「正常化」を意味しているのかもしれない。少なくとも成長は「永遠」だと思わないほうがいい。(編集委員・原真人

元ページ(リンク切れ): http://www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASJDY5DR2JDYULZU005.html

2018-05-28

東京で谷の付く地名

その殆どが谷を「や」と読むのに、鶯谷茗荷谷谷町だけ(?)は例外的に「たに」なんだよなあ。

なんでこの3地名だけ「たに」と読むの?


ちなみに東京以外の東日本でも、「たに」と読ませる地名は希少な気がする。

パッと思いつくのは谷浜くらい?

他になんかある?

2018-05-17

差別定義をなんとかしろ

特定カテゴリに実害を与える言動差別とか大雑把なくくりでテキトーな事言うな

その定義じゃ障碍者が「城にエレベーターを付けろ」と言ったら景観予算増という実害与えてるから障碍者差別者になるだろ

言い出しっぺだから定義を以下に記す

差別

実害を被る『行動』や『仕組み』の事

憲法禁止されている

女性専用車両レディース割引女性のみ入店が許されていることから、他の実害を避けるために設けられた行動や仕組みは『例外的に』ここに含まれない

差別扇動

差別を引き起こす目的大衆に呼びかける事

ヘイトスピーチはここに含まれ

差別を引き起こす目的かどうかの判断が難しい事と、表現の自由の兼ね合いで、法律禁止されている国も禁止されていない国もある

差別表現差別言動

差別を引き起こす事が目的ではない表現言動

発言者創作者の差別感情が表に出しているまたは出てしまう事

表現の自由のため、他の実害が生じる根拠が無ければ法規制はあり得ない

ただし企業著名人が行った場合過激批判非難も仕方ないという世論となっている

法規制が難しいのでポリティカル・コレクトネスという概念排除運動が起こっている

差別感情

誰もが持っている特定カテゴリ人間の実害を望む感情

内心の自由によって当然認められている

ただし、それが差別であることを自覚し、恥ずべきことだと感じることが社会的に求められている

表に出すと差別表現差別言動となり、同調する者同士が集まれ差別扇動に発展する恐れがある

それを防ぐために必要なことは多様性を受け入れ、許容すること、そして相互に話し合う事である

誰もが差別を引き起こす当事者になる可能性があることを受け入れ、驕らずに相互理解を深めていく必要がある

2018-05-15

anond:20180515162410

自分安易一般化する例外的男性だが)「安易一般化をするのは女性に多い」

これなら矛盾にならない

2018-05-13

つらみ

将来への不安死ぬ事への恐怖、結婚できるかどうかとか、そういったものだけを普通の人は「つらいきもち」として認識しているらしいことにここ数年やっと理解が至った。自分場合はそれとはまた別の正体不明の「つらいきもち」も存在していて、これも含めて一般的な「つらいきもち」だと認識していた。みんなもそうなのかなぁと思っていたけど、違ったっぽい。これじゃ普通の人とは微妙に話が噛み合わない上に誤解されるわけだなぁと。

自分自分で、なんでそんな斜め下の解釈するんだと腹が立つ事がよくあったけど、その「斜め下」の解釈がむしろ一般的であって、自分が運悪く例外的経験をしてきた事で認識が違ってしまっていたらしい。

そしてこれまでは、自分のこの「つらい」の正体を正確に把握できた事がなかった。何故かと言うと、気持ちの原因を思い出すことが精神的に非常に苦痛だったため。

原因というのは家庭環境、養育環境のことで、学生時代にもこれについての問題意識はあった。

ふとした切っ掛けでスーザン・フォワードの「毒になる親」と出会って実際に読もうとしたけど、冒頭の数ページ読むだけで精神的に不安定になってしまい、結局その時はそのまま先には進めなかった。大学卒業後も同じことを4年くらい繰り返していた。

でも一人暮らしを始めて2年経ち、転職をしてという直後から半年間立て続けに起きた出来事対処する一環としての取り組みの結果、最近では「つらい」の比較ちゃんとした輪郭と、具体的な内容と原因が把握できつつある。「毒になる親」も最後まで目を通すことが出来たし、関連する他の書籍にも手を出せている。


自分の「つらいきもち」の正体は自分歴史的経緯から来るものだという事が確信できた。ただ、その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身だという事も段々分かってきた。

一言で表すなら「毒親の影響」ということになるけど、もう少しちゃん表現するなら次みたいになる。(まだちょっと分析甘い)

認識できている範囲の話だけど、これらが自分の「つらい」のキモのように思っている。

毒親」ってワードを使うとすぐケチ付けてくる人間いるから面倒だし、言葉暴力的ストレートから別の表現必要だと思わなくもないけど、それでもこの単語は凄く的確な表現だと思う。

幼い頃から刷り込み自己否定などの「毒」を植え付けて、親と同じ空間におらず暴言を吐かれていない瞬間でも、自主的自己否定を繰り返すよう教育することで、大人になったり独り立ちした頃には苦しみのたうち回り…みたいな。のたうち回るような元気が残ってる人がどれだけいるのかって話だけど。

虐待によるトラウマを除くと、毒親による影響で特に大きなものは親を自分に内在化してしまうことだと思う。これにより何が起こるかというと、自己否定デフォルトとしてしまうことが挙げられる。

この自己否定ポジション的には超自我かにあたるもので、本来なら自己否定なんかじゃなくて規範としてどちらかと言うとポジティブな物として機能しなくちゃいけないんだけど、親が精神的に未成熟だったり自分人生課題に対して答えを出せていないとかで不安定な場合は、「毒」を規範として植え付けられる結果になってしまうのかなと。

それがどのようにして植え付けられるのか、憶測込みだけど文字に起こしてみると案外悲しい感じになった。

思考するだけだとそんなでもなかったけど、文字に表してみるとやっぱりこう、悲しいというか、しょうもないというか、酷くがっかりする。

休日に少しでも長く寝てたり、病欠したり、平日に休暇を取ったりすると

とか頻繁に怒鳴られてたけど、あれは完全に自己紹介だったなと思う。当時はそう思う余裕は無かったなとも改めて気が付いた。

うちの場合問題の中心は父親だったんだけど一方の母親は何をしていたかというと、俺をかばうどころか、フォローするどころか、傍観をするどころか、「あの人がおかしな事をするのはお前のせいだ」と罵ってくるタイプ人間だったので、自分の両親は味方ではないという認識だった。問題のある人間問題のある人間とくっつくんだな、という気持ち

兄弟は妹がいるけど、妹は味方というよりは共通の敵を持つ他勢力みたいな認識だったな…。

去年会って話をした時には、当時俺に対して「哀れだな…」と思っていたらしい。それは俺を庇って同様の被害を被るよりずっと利口だと思うし、去年妹と会話をして結果的問題改善が進んだし、妹が逞しく成長してくれていてむしろとても助かったと思ってる。「こっちに来るんじゃねえぞ、そのままいけ…!」みたいな。ありがとう

少し前まで、どんな些細なことであっても何か考える度に最終的に「死にたい…」という結論に結びついていた。

去年あたりから自分の親は毒親だった」と認識でき始めて、更にここ1,2ヶ月は「毒親」と濁すんじゃなくて、自分経験させられた事を「親から虐待だった」と自分に対して説明することができるようになってきた。

昔と比べてかなり進歩したと思う。昔ならそんな認識は恐ろしくて出来なかった。自分はそんな酷い目には遭っていないと思いたかったんだと思う。

そして少しずつだけど、自分のことを大事にするという概念が掴めてきているような気がする。

自分のことを大事にするといえば、最近また新たに気付いた事があって、これは個人的にはかなり収穫だと思ってる。近いうちに効いてくるはず。

初めの方で書いた「その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身」の事なんだけど、これについての現時点での理解ちょっと整理したいと思う。

大きく2つあって、1つ目は、この記事中で何度か出てきている「自己否定」「毒」という存在の在り方と、これがそもそもどこから来ているかについて。

自己否定が起こるのは自己評価が低いためだと思う。じゃあ、自己評価が低いのはなぜ?という話になってくる。

自分欲求ちゃんと満たしていないためだというのはあるかもしれないけど、自分場合はそれよりも重大で根本的な問題として、延々とされ続けた親の否定的刷り込み存在が強いと思う。

から虐待人格否定を受けることで幼い子供自己認識は「自分は無力な人間ダメ人間」となり、それがそのまま人生脚本となり、無意識にそのように振る舞ってしまいそのような人間になる。

それを精神的に未熟な親が自己有効感を得るエサとして利用(虐待人格否定)し、それにより子供は更に自己無力感に陥り…という、子供にとって悪夢のような悪循環が発生する。このサイクルが「否定的刷り込み」の実態であり、毒親子供に植え付ける「自己否定」や「毒」の正体なのだと思う。

この強い自己否定感、自己無力感は、親が自身無力感精神的な不安定さをカバーするために押し付けられた親自身問題であり、こう認識してしまうともう親に対して「ぶっ転がすぞ」という気持ちでいっぱいになる。

以前は親に対してこんな認識を持つどころか「もう人生だめだ…死にたい…」となっていたのでこの気持ち進歩だと思う。

まり自分に対する自分認識は、無意識に親の自分へのニーズを反映したものであり、自分自分を正しく認識した上で自分に下している判断ではない。

内面化した親のニーズ自分を見ていたのだ!(強調したい部分)

毒親内面化してしまっている」という表現書籍ブログで何度か見かけていて、ただ実際どういう状況になっているのか全然理解できていなかったけど、この考えに至ってようやく合点がいった。であれば、ひたすらに自己否定をしてしまうのも納得がいく。親の抱える問題を解消できない限り自己否定は続くんだと思う。

からしたら本来自身が頑張らない限り親が死ぬまで未達だし、親が死んだ後であっても、内面化した親(のニーズから見て未達なので、子供無限自己否定し続けることになる。

自己否定の原因を正しく特定して認知を変えないと死ぬまで自分否定し続ける。

こんなの「毒」じゃなかったら何だっていうんだ。現代呪いじゃん。洗脳とも呼べるのかもしれない。まぁ「刷り込み」って「洗脳」の呼び方変えたようなもんだし同じようなもんか。

2つ目は、やり場のない感情とその矛先について。

ここひと月ちょっとは、過去に親との間にあった出来事と当時の自分感情を、出来る限り思い出して言葉として書き出すという事をやっていた。

これによって狙っていた事は、自分意思だけでは思い出し切れないトラウマ記憶に近い時系列記憶に迫り、文字に起こして認識することで「過去出来事、終わった事象」として自身に印象付けようとしたのと、あわよくばトラウマを芋づるで掘り当てて、当時の自分解釈現在自分解釈認識を上書きすることでトラウマを軽減、解消する事だった。

精神的な負荷が高いから嫌だったんだけど、EMDR以外では1人で出来るもの現実的っぽそうなのがこれしか無かったので、今の自分であれば精神的に安定している時なら回復にそれほど苦労しないと判断して挑むようにしている。

結果的にはまだ解消に至ってはいないけど、認識できていなかった事を認識することが出来た。

自分自分感情無視していた事に気が付いた。これ文字にすると厨二臭くていやだな。

無視していた感情というのは、具体的にはある期間の横暴を働く親とそれに対抗できない自分に対する強い憤りなんだけど、当時の自分ストレス発散の手段を親に奪われた挙句愛玩動物の延長みたいな扱いを受けていたので、感情を解消したり発散する機会が無い状況だった。

自分意思表現すると「立場を思い知らされる」ので、あまりの怒りと無力感から自分の机に伏してバレないように動物みたいな唸り声を上げたりしていた。趣味生き甲斐も取り上げられ仲間とも断絶されて、ストレスから肌も顔も荒れ放題、耳は切れて黄色ブドウ球菌に侵されてリンパが垂れ、首筋もあかぎれのように切れてしまい、腕の皮も荒れて剥け落ちてという有様で、生きているのがひたすら苦しかった。

病院には行っていたけど、治癒スピードよりもストレスによる身体破壊が早くて当然なかなか治らなかった。鼓動が早くなっていて体温も通常時より高く感じていたので、自律神経失調症にもなっていたなと思う。これまでで一番白髪が多かったのもこの頃。友達からは「お前、なんか覚醒するんじゃねえの」みたいな軽口を言われてちょっと救われた。高2〜3の頃だったと思う。

これを書いていると、今すぐ家を飛び出し実家に乗り込んで、徹底的に仕返しをしてやりたいという衝動自分の中に確認できる。この期間は同じく家庭環境が複雑な友達が支えてくれていたお陰で、問題を起こさず自分も生き延びる事ができた。その友達との連絡は今はもう取れなくなっている。まだ生きていてくれると嬉しい。

この記憶を思い出した事で付随する感情も引きずられて出てきて、この時に気が付いたのがここ数年ほとんど自分の怒りらしい怒りを認識していなかったという事で、なんというか新鮮な気持ちになった。感情が揺れ動くのがなんだか嬉しくて、ちょっとクワクした。

「怒りを感じていなかった」というのが実は大問題だったと思う。

この怒りの矛先は本来親に向けて抵抗するために利用すべきだったものなんだけど、利用できていなくて、そして最近ありありと思い出せたという事は当時のフラストレーションが解消されず残っているという事になると思う。解消できていないのならそれを感じなくなってしまっていたという認識おかしくて、じゃあ認識できなくなっていたそれはどこに向かっていたかというと、これはまだ検証中ではあるんだけどどうやら自分自身に向かってしまっていたっぽい。怒りの矛先が自分に向かうことで、自己否定を一層強化してしまっていたんじゃないかと思う。

しんどいのは親に向かうはずの感情の向き先が自分になってしまっていたため」と考えてみるようにした所、体が以前よりも軽くなり、洗い物が出来ない、風呂に入るのがつらいなどの恐らく精神的な問題が急に改善されだしたのは大変嬉しいんだけど、ネガティブな側面として最近色々な事にすぐイライラするようになってしまって困った……。これは多分……親に向けるべきものが溢れてコントロール出来ていない的なものかな……と思ってる。

でもこれは創作活動転用できるエネルギーだと期待しているので、自己否定改善と併せて、またしょっぱいながら活動を再開していけるんじゃないか自分には期待をしてる。

まり何が言いたいかというと、動けない、簡単な事ができない、しんどいという状態は何かしらのネガティブな強い感情無意識自分に向かうことで強いストレスを生じ、そこから起こる精神的な問題なんじゃないかと思う。と書いたところで気が付いたけど、よく見かけるような文になったし、そんなに発見ではなかったかもしれない。でもこれまでの情報との紐付けができたので、これはこれで知見かもしれない。

最近の取り組みは方向性は間違っていないと思う。例え間違っていても、死ぬまでに目的を達成するためにも引き続き認知の歪みを直す取り組みを続けたい。

「やりたい事をやらないのが苦しい」のは当然だけど、「やりたい事をやるのも同じように苦しい」というのは異常だし、このままじゃ今度こそ気が触れるかもしれないので、出来るだけ早く絶対にこの状況を脱したいです。おしまい

一人暮らしを始めて転職して、そしてまた引っ越した際には保証会社を使ったので住所を自分からは伝えていない。確認可能らしいけど。

ゴミ親父は前々から借金していた事が去年発覚して、その際に出向いて縁を切ってきた。俺のこの先10年間と俺の収入を返済に充てたかったらしい。ぶり転がすぞ。

母親は発覚直後もほとぼりが冷めてからも、問題には触れようとしない他力本願ぶり。あんたは昔から自分にとって都合の悪い事はどんな些細なことからでも逃げるよな。いや、借金父親独断からその点だけは間違っちゃいないけど自分が住んでる土地?家?が担保にされてるのにそれは無いでしょう。

みたいな状態なので、実家はもうどうにでもな~れという気持ち。妹ちゃん脱出がんば。応援してる。

早く人間になりた〜い

2018-05-08

anond:20180508004011

彼らが一体、高度経済成長の何に貢献したというのかしら。

もちろん大して貢献してないよ。1960年の時点で未成年だしね。

高度経済成長に貢献したのはもっと上の世代だね。

なお、1945年まれが今年で73歳。大学紛争世代すなわち団塊の世代高齢者になる時代がやって来たわけだ。彼らはビートルズ世代でありフォークソング世代なんだよね。

パソコンに慣れてるのはもっと下のバブル世代新人類世代)あたりからでは? 早く始めた人達でも今60代くらいが上限だと思う。(例外的人達はいるけど)

2018-05-02

anond:20180502113901

韓国では適正があると判断された者だけが肉体的にしんどい訓練を受ける

(だから芸能人などは視力悪化や消化器系の持病を理由にしてデスクワーク希望する)

から実際民間女性徴兵されても前線に連れていかれることはないだろうし

例外的医療看護資格を持った人が衛生兵にされることはありそう)

国内基地での業務も概ね事務作業を割り振られると思う

anond:20180502113901

この投稿は、何か勘違いしている気がする。

男女平等・男女同権は正しいが、男女同質ではない。

肉体的な強さのような性差無視しても意味がない。

正しい性差とそうでないもの混同しているように見える。

あと何故「母子家庭」が出てくるのか分からなかった。

母子及び父子並びに寡婦福祉法では、父子家庭も含んでいる。

母子家庭政策ほぼほぼ父子家庭政策でもある。

すなわち、性別関係ない。

ただ、例外的性別が関わってくるのは、児童福祉法規定されている母子生活支援施設。

これは父子家庭は入れない。

2018-04-27

anond:20180426230922

男が、自分より遥かに年下の女がやりたいと思ってる、と素で考えられるのが謎過ぎるんだよね。

自分自分より遥かに年上の女とやりたいかというとそうではないし、

若い女がおっさんを毛嫌いする様なんてあちこちで語られてるだろうに。

ごく一部の例外的モテるおっさんであれば別だけど、自分がその枠に入れるとでも思ってるのか?

そもそもその枠であればほっといても女の方から寄って来る訳だけど)

何であんなに客観性がないのか謎過ぎる。

2018-04-23

anond:20180422231027

現金だと月に25万円なら25万円財布に入れてそれで一ヶ月生活すれば月の支出は25万円に抑えられる(旅行行ったりとかそういう例外的な出費は別な)。

財布に入ってる金数えれば後何日をいくら生活しないといけないのか把握できるし、今現在多少多めに金使ってもいいのか節約しないといけないのかの指標にもなる。

2018-04-20

anond:20180420103214

スリーバント失敗でアウトについては野球の成り立ちを考えると

しろ2ストライク後のスイングによるファールがアウトにならないのが例外的な救済措置ではないか

2018-04-17

anond:20180415141317

ふつうは2ヶ月では何も起こらない。

けど、西野ハリルホジッチ支援評価する技術委員長なので、その立場の者がスライドして代表監督に就くという極めて例外的事象なので、今回は責任を負うことになる。

なぜならハリルホジッチのクビを切った張本人が「自分ならもっと上手にできる」と言ってこのポジションに就くのだから

2018-04-16

人の事を出身地しか覚えられないやつおる?

まあ俺のことなんだけどさ。

名前覚えるの苦手なんだよ。

でも初対面の人と話していくのにどこ出身かってのだけは印象に残るんだよね。

からかもしれんけど、例外的地名名字の人は覚えられる。

例えば「小松さん」だったら、「おっ、F15やんけ!」的な。

2018-04-11

anond:20180409141740

廃れたっていうかスト2例外的ブームになっただけでずっとこんなもんなのでは?

基本世界ではメインストリームになれないガラパゴゲームだしさ

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