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はてなキーワード: 希薄とは

2024-03-17

anond:20240317110818

日本では、人種差別意識希薄な分だけ、服装差別が凄いんだよ。

日本人と対等に渡り合うには、日本人並みの厚着をしないと舐められる。

2024-03-16

anond:20240316114029

日本国憲法24条は文化的に未発達な国家が定めた野蛮な憲法なので注意が必要

人間性愛と家庭をごっちゃにしてる

家庭をつくることと性愛性癖をまぜこぜに語るのは混乱のもとである

そもそも性愛性癖をしっかり議論できていなかったのが大問題

子供権利についての意識希薄

両親の性愛性癖などよりも重要なのが子供権利のはず。昭和20年代なら家制度残滓があったのでそれがそこそこ機能していたのだが、令和の現在にはそれはまったくない。両親の性愛性癖に基づく家庭に大事子供を預けるのは危険

そもそも婚姻は家制度のための制度であるのに

性愛性癖の実現のために婚姻を利用するとか。不純なんだよ。家をつくる覚悟がないもの婚姻するな。ぼけ。パートナーとの権利関係のためには別の制度を用意すればよろしい。養子制度を発展する形で。

2024-03-11

vrchatを2年プレイしてお砂糖人間関係について思うこと

砂糖は「友達」としての親密さなのか「恋人」としての特別位置なのか議論されることがありますしかし、「友達」の間の距離感は、特に曖昧で広範囲渡ります。それでは、この微妙関係性について、もう少し詳しく探ってみましょう。

『とも‐だち【友達】の解説互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。友人。朋友 (ほうゆう) 。友。「—になる」「遊び—」「飲み—」

[補説] 2013年10月実施した「あなた言葉辞書に載せよう。」キャンペーンでの「友だち」への投稿から選ばれた優秀作品。』

goo辞書より引用https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E5%8F%8B%E9%81%94_%28%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%A0%E3%81%A1%29/

"互いに心を許し合って、対等に交わっている人"と"一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人"という表現は、確かに"友達"という言葉表現されますが、その深さや距離感に違いがあります

互いに心を許し合って、対等に交わっている人: この表現は、相手との関係が深く、信頼関係が築かれていることを示しています。このような友人は、自分内面理解し、支えてくれる存在であり、困難な状況でも一緒に乗り越えてくれるでしょう。また、対等な関係というのは、互いに尊重し合い、意見自由に交換できる関係を指します。

一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人: この表現は、一緒に楽しい時間を過ごすことができる友人を指しています。このような友人とは、共通趣味や興味を共有し、一緒に活動することが多いでしょう。しかし、それは必ずしも深い信頼関係があるとは限らず、個人的問題を共有することは少ないかもしれません。

一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人について話していきます

「遊び友達」、「喋り友達」、「ゲーム友達」、「ソシャゲ友達」など、これらは特定コンテンツゲームで楽しむためにつながっている友達を指します。彼らとは同じコミュニティ所属し、雑談したり遊んだりすることがありますが、それ以上の深い関係はありません。

私生活に入り込むことはなく、お互いの個人的なことには触れず、純粋趣味を楽しむ相手としての友達です。

これが悪いというわけではありません。むしろインターネット上の友達との距離感としてはこれが普通で、健全な付き合いだと思います。それぞれの友達との関係性を理解し、適切な距離感を保つことが大切です。

ですが、インターネット上の友達という距離感を保ったままお砂糖になるケースが見受けられますリアルな友人とネット上の友人との間に存在する距離感の壁を超えられていない場合、それは誠意があるとは言えません。お砂糖が友人である恋人であるかを問う前に、互いに心を許し合うという基盤がないまま、不確かな関係性を築いてしまうことは良くありません。

それでも、それはまだマシな方かもしれません。なぜなら、"フレンドを切ってしまえばただの赤の他人しかない自分にとって都合のいい遊び相手"という浅い考えで人を見下して、都合の良い相手として付き合っている人々が存在するからです。これは、人間関係を軽視し、他人尊重しない態度を示しています。このような考え方は、健全人間関係を築く上で全く適切ではありません。

それぞれの関係性を理解し、適切な距離感を保つことが大人人間関係です。ですが、人間関係を深め、信頼関係を築くために近づこうとしないまま形だけの関係になっていませませんか?お砂糖という言葉で誤魔化さずはっきりと、どういう距離感で居たいのかを伝えることが大切だと思います

奇跡的に距離感の擦り合わせに成功したとしても、価値観の擦り合わせという工程がまっています。もはやvrchatの領分ではありませんが、自分の思う価値観の擦り合わせについて書いていきます

人々が他人欠点を見つけて大騒ぎし、マスコミがそれを叩き、インターネット上で集団非難することは、不寛容社会を反映しています完璧を求める就職活動や、欠点を許容しない傾向は、生きづらい世の中を作り出しています

カエル化現象」という言葉が、近年よく使われています。これは、愛する人些細な欠点を見つけた瞬間、その魅力が色褪せ、感情が冷めてしまうという現象を指します。しかし、この現象は、私たち他人に対して持つ過度な潔癖性の表れではないでしょうか。例えば「樽一杯のワインスプーン一杯の泥水を入れると、全てが泥水になる」という言葉がありますが、人間関係においても同じように厳しい基準適用してしまっているのです。

しかし、人間完璧ではなく、欠点を持つことは自然なことです。お互いの欠点を認め、許容することで、より健全社会を築くことができるでしょう。完璧を求めるのではなく、人間らしさを受け入れることが大切です。それによって、より寛容で、生きやすい世の中になるはずです。

自分距離が近い人と上手くやっていくコツは「嫌いを許容する」事にあると思います

人間関係において、「嫌いを許容する」というのは、相手欠点を受け入れ、それを乗り越えることで、より深い信頼関係を築くことができるという意味です。私たち完璧ではなく、誰もが何らかの欠点を持っていますしかし、それらを認め合い、サポートし合うことで、互いの絆は強まります

嫌いな部分を見つけたとしても、それを単に指摘するのではなく、どうすればその部分を改善できるか、またはその部分を受け入れて支え合うかを考え話し合うことが大切です。お互いの長所を認め合い、短所を補い合うことで、関係はより豊かなものになると信じています

まあ、vrchat民の殆どは指摘すらしない事なかれ主義者ですが。

人との距離が近くなるほどに、相手の嫌な部分が見えてくるかもしれませんが、それを乗り越えることで、より強固な関係を築くことができるのです。そして、それは人生において非常に価値のあることだと思います

ですが、現実はそう甘くはありません。

SNSの普及により、私たちはいつでもどこでも人と繋がることができるようになりました。しかし、その結果として、人と深く関わり合うという行為希薄になってしまったのではないでしょうか。かつては、人間関係を築くことは時間と労力を要するものでした。しかし今、私たちは「人間関係に対して代わりがきく」という新たな現実に直面しています。嫌いな部分を持つ人間関係を見つけたら、簡単に切り替えて新しい関係を探すことができるのです。

このような状況は、人間関係価値を軽視する傾向につながりかねません。一つの関係問題が生じたとき解決する努力をする代わりに、新しい関係を求める方が容易になってしまったのです。しかし、これは本当に良いことなのでしょうか。人間関係においては、困難を乗り越えることが成長につながる重要過程です。簡単関係を切り替えることは、その過程を省略することに他なりません。

私たちは、SNSがもたらす便利さと、人間関係の深さを保つことのバランスを見つける必要があります。人との繋がりを大切にし、一時的不快感問題を乗り越えることで、より強固で意味のある関係を築くことができるのです。それは、メタバース時代においても変わらない人間関係本質であると言えるでしょう。

2024-03-09

人々が作り上げた虚構がペリペリと剥がれて行って

後に残ったのは痩せ細った大根のごとき現実だけで。

万能薬も、魔法存在しなければ人生とは喜劇ですらなく

ただ淡々と刻々と時計の針が進むのに追い抜かされないようにと踠く

しょうもないボードゲームの上だったと気付いただけで。

財も、人も、何なら家庭という幻想

全てが頭のなかに作り出した物であって

あれ、僕たちは存在しもしないスーパーヒーローサイコキネシスに手を伸ばしながら

実は現実を置き去りにしてただけだったんじゃないのかと

社会全体がそんな愛しがたい病理に蝕まれてるんじゃないか

ほら、今日も君が大衆の中で希薄化していく。

2024-03-04

これからは骨を焼ききるのがトレンドになる

火葬とき遺骨を焼ききって灰にしてしまえば

お墓がいらない

どっかのお寺のロッカー式の納骨堂に払う永代供養お金もいらない

子孫たちも先祖の墓や遺骨のことで苦しまない

ただ、遺骨が残らないレベルまで大人の骨を焼ききることができる火葬場は限られているらしい。遺灰は火葬場が処分してくれるらしい

私には娘が二人いるが、将来娘たちがどこに住むのかなんてわからないし

わたしが死んだとき葬式はやってほしいけど、わたしの骨は焼ききってしまってほしい

墓参りはしなくていいから、娘たちが私の死後ときどき私のことを【良い印象で】思い出してくれたら嬉しい

あっ、でも葬式したら遺影は残るのか??

これから遺影すらも残さなくてもいいんじゃいか

葬式ときだけプロジェクター画像を表示してくれたらいいのに

玄孫くらいまで子孫がうまれたら、きっと私のことを覚えている人はいなくなるだろうから私の遺影なんてあってもしょうがないでしょ……

うちの家は核家族で親戚同士の関係希薄なのよ

旦那の両親の遺骨、私の両親の遺骨は各々が永代供養お金はらって自分の骨が眠るところは自分お金でけりつけてほしいわ

自分が生まれ土地自分先祖がいた土地をはなれてしまうと

放置されたお墓が残るわけで

その救済が永代供養の納骨堂、ロッカー式のお墓だったけども

この地球に私のことを覚えている人が誰もいなくなることを考えたらもう自分の骨すらもこの世には残したくないよ

2024-02-27

anond:20240227230556

全く無関係のくせに、相手女性から結婚相談を受けたわけでもない知らんクソキモジジイがしゃしゃり出てきてギャオギャオチーチー鳴き出すの、公害だし意味不明だよな

コンサルまれてるわけでもないのにコンサル気取りで知らん会社にいきなり『経営アドバイス』してくる素人の汚客と同じ

知らん女性人生はお前らに関係ないだろという

日本人特有の自他境界のなさ、個人の境目が希薄心の理論の獲得ができてない幼稚さ

幼稚で差別主義ホモソのキモいこどもおじさん

気持ち悪すぎる



日本みたいなホモソ濃度高くてハズレ男性が対人スキル無能迷惑で関わるだけでストレスになるしばしば性犯罪者擁護女性差別を傍観するゴミ人権意識自他境界皆無の土人有害人格者の国は、ゴミオスがウヨウヨいる後進国基準で考えなければならない

ハズレ男性がただ男性的魅力がないだけで対人スキルリテラシーも高く人が人と建設的な関係を築ける先進国とでは、そもそも異性との関わりというものが違いすぎる

前者は単なる自傷行為

2024-02-25

anond:20240225145537

SNSで表自戦士ノリに頭空っぽについていっていい人間はそれとリアル食い扶持を分離出来ている人間か、振り切ってそいつらを餌に食ってく覚悟をキメてる人間

あとは人との関わりがもう完全に希薄などうなってもいい人間って感じだわ

2024-02-22

中学から私立だったせいか地元という概念が割と希薄だ。中学上がるまでスマホ持ってないし、上がってから小学校同級生家電にわざわざ連絡かけて遊ぶ事もなかった。Twitterで繋がってみた事はあったけど、特にコミュニケーションを取る訳でもなく互いのアカウント作り替えなりで関係は切れた。

中学じゃ友達電車通学でおれはチャリ通徒歩通だから、帰りの通学路も駅までしか喋れない。地元に住んでるチャリ通の奴なんてクラスに数人だし、その中に気が合う奴はいなかった。

大した遊び場もないか学校の近くで遊ぶ事もないし、地域話題を共有する相手もいない。たまにネット自分地域のどローカル話題を見かけると嬉しくなってしまう。

電車通学の連中が朝からつるんで登校してたのは不思議だった。日によって鉢合わせた奴と一緒に居るのか、わざわざ乗る電車を示し合わせてんのか、謎だ。

やる気ないのがかっこいいと思ってた(今でも全然思ってる)から近所の学校にしちゃったけど、都心高校通っとけば良かったなってつくづく思う。でもそれはそれで電車通学はカス!って喚き散らしてた気がする。

2024-02-20

anond:20240220220815

男ってアイデンティティ感覚希薄だと思う、自分経験上では。

これは一般論なんだけど、男って同郷の人が成功しても、おおーってなる人は少ない。

オタク男性オタク男性世間迷惑掛けても、申し訳なく思ったりしない。

日本人海外事故にあっても、特に共感して心を痛めたりもしにくい。

想像だけど、日本暮らしてる日本人男性は、あまりにもデフォルトマンに浸り過ぎでアイデンティティ自体必要としなくなったからだと思う。だから重要性を軽く見てしまう。

LGBTs などのマイノリティとか宗教信者女性アイデンティティを支柱にしてるから想像力が至らなくて摩擦が生まれちゃう

2024-02-18

シナリオHO格差するくらいならHOを作るな

あるシナリオHO格差が酷すぎて一時期鬱になった

HO1~3まではシナリオ背景やら神話生物やらと繋がりあってシナリオ中も秘匿情報が追加されるのにHO4だけ無し

人数過多用のHOも用意されていてそれは一応シナリオ関係が少しだけある

まりにも格差が酷すぎて作者が何考えているかシナリオを購入してみたら

「このHOの秘匿はシナリオ関係ありません。現実ってそんなもんでしょ」

HO1~3もシナリオとの関わりが希薄ならある程度納得出来るけど、1人だけハブってそれはHO4が存在する意味あんの?

原作を読んでる3人と読んでない自分とで映画に行って、なんとか話について行っている感じ

HO毎の情報を公平に出来ないなら最初から3人、もしくは1~3と追加用のHOで話を作ってくれ

どうして楽しんでやりたいゲームから「お前の存在価値無し」って現実みたいな事言われきゃいけないんだ

2024-01-31

anond:20240129121516

男の女体化みたいに異性の快楽を感じたい的な、男体化的な需要ってBLで満たされてるとこあると思う。

倒錯した恋愛なのは男装して男子校に的なのも人気あるね。

でも男体化で美しくなるイメージ希薄というか、男の性欲に振り回されたり立ちションしたり、チンチン生えるのは嫌だわぁ。

2024-01-29

トヨタ品質管理問題

近年、トヨタ自動車グループでは品質管理に関するいくつかの問題が発覚しています特に注目されているのは、グループ企業である豊田自動織機におけるディーゼルエンジン認証取得不正事件です。この記事では、この不正事件概要と、それが示唆するトヨタグループ全体の組織運営および管理体制について考察します。

事件概要

豊田自動織機は、ディーゼルエンジンの出力試験において、量産用と異なるソフトウェア使用したECUを用いることで、不正な報告を行っていました。これにより、トヨタ自動車は該当エンジンが搭載された車両の出荷を一時停止し、再検証対応策を進めていますhttps://global.toyota/jp/newsroom/corporate/40376176.html

背景としての組織運営問題

このような不正行為の背景には、トヨタ自動車グループ全体で見られる組織運営および管理体制問題があると考えられますダイハツ工業での不正事件を例に取ると、過度にタイトで硬直的な開発スケジュールコンプライアンス意識希薄化、管理職と現場コミュニケーション不足などが原因として指摘されています https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231220/k10014293451000.html

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2312/20/news129.html

これらの問題は、トヨタ生産方式TPS)そのものが原因というよりは、TPS運用する過程での経営方針組織文化に根ざしていると考えられます

再発防止に向けて

トヨタ自動車グループとしては、今回のような不正行為を未然に防ぐために、管理体制組織文化改善必要です。これには、開発スケジュール見直し従業員教育の強化、組織の再構築などが含まれるでしょう。また、組織全体としてのリスク感度を高めるために、経営幹部による現場の状況把握とコミュニケーションの強化も重要です。

結論

トヨタ自動車グループは、品質管理問題を克服し、再び信頼される製造業としての地位を確固たるものにするために、組織運営管理体制根本的な見直しを行う必要があります。これは、単に一企業問題ではなく、グローバルな製造業における品質保証の在り方に関わる重要課題と言えるでしょう。

2024-01-25

松本ライフはもうゼロだよ。諦めろ。

https://anond.hatelabo.jp/20240124182507


いい加減そろそろ整理しよう。


(1)暴力と威嚇に基づく強制的行為

(2)権力関係に基づく強制的行為

(3)性的欲望だけの不倫

(4)両者の愛情に基づく不倫

(5)事実無根

ワインシュタインは(1)(2)の組み合わせで、渡部健は(3)、広末涼子ベッキーなどは(4)に該当する。相方浜田も一応は(4)に分類できるだろう。

松本は(1)の要素はおそらく希薄だが、(2)の可能性がかなり濃厚で、(3)に該当するのはほぼ確実。


(1)(2)ではなく、せいぜい(3)だ、というのが松本の主張だろう。しかしそれが認められたとしても、渡部のように一応相手合意の上の一時的単独行動的でなものではなく、後輩を動員する組織的で長期的・常習的なもので、お茶の間テレビタレントとしては完全に終了。


90年代テレビお笑い芸人は、松本ロンブー淳代表に、「派手な女遊びをしている」ことをやたらにアピールすることが流行っていて、当時の童貞男子たちに過剰な劣等感(および女性に対するミソジニー感情)を植え付けてきたわけだけど、そういう文化も同時に完全に終了させるべきだろうと思う。これは男性だけじゃなくて、当時ダウンタウンロンブーにワーキャー言っていた多くの女性反省する必要がある。

2024-01-23

なぜ任天堂から「パルワールド」が産まれいか

結論から言えば、任天堂の偉い人たちにオンラインゲーム素養がない、もしくは、伝統的価値観への固執

任天堂に限らず多くの日本ゲームメーカーは家庭用ゲーム機ソフト成功してきた。

今でこそ大手も焦ってオンラインゲームを作り始めているが、13年くらい前まではオンラインゲームを作りたい人が就職する会社外資を除けばソシャゲメーカーくらいしかなかった。

プレイヤー目線でみても、13年前の当時、PCでは既にオンラインゲーム成熟しつつあった一方で、コンシューマゲームは相当出遅れていた。

当時、ゲーム制作サークルの作知り合いの何人かゲームメーカー就職していったが、彼らは皆コンシューマゲームに憧れ、それらを再生産したい願望を持っていた。

そうしたある種のエコーチェンバー化しやす環境が、CC2松山さんのプチ炎上発言

https://note.com/wwise/n/ndf5b3d0b161d

可能にさせるわけだ。

未だに「ゲームコンシューマゲーム」という業界なんだなと再認識させてくれる。

当然、そんな人達が集まっているわけだからオンラインゲーム的なものを作ろうって機運にもなりにくい。

なので、第一理由としては、作る人達ゲームに対する趣味嗜好が伝統的な家庭用ゲーム機的なものに偏りがあるだろうという説。





パルワールドというゲームが極めて奇抜なアイデアの組み合わせによってようやく成立するなら、まあ簡単には生み出せなかったよね、と言えるのだが、ポケモンの魅力が何かを理解していればパルワールドに近いものを生み出せる時間はいくらでもあった。

ポケモンの最大の魅力はそのペット性質を持ったキャラクターにあり、この魅力を最大限に引き出すには、「ポケモンと一緒に空間を過ごす」というゲーム体験必然的帰着する。


このことはみんな分かっていて、だからNINTENDO64の時代ですら、『ポケモンスナップ』『ピカチュウげんきでちゅう』など、「ポケモンと一緒に空間を過ごす」体験模索する試みがあった。

それからしばらく、この方向性には大きな進展がなくなった。

まあ当時はまだ技術課題が大きかったから仕方がない。

でも、2010年代に入っても何も動きがなかった。

3D技術オンラインゲーム技術はすでに十分成熟しており、PCゲームでは家庭用ゲーム機に先駆けてオンライン対戦ゲームやよりリッチゲーム体験ができるようになっていた。


ポケモンGOが出てきて、ようやく次の動きが来たかと思えば、これは任天堂が作ったものではなくIPだけ貸しているのだそうだ。


ポケモンユナイトが出来てきたときは、流石に不安になった。

やり方や発想が、没落してゆくスクエニの姿と被っており、嫌な予感を感じさせた。

「今、バトロワ流行ってます。だから弊社の人気IPドラクエと組み合わせれば売れます

「今、MOBA流行ってます。だから弊社の人気IPポケモンと組み合わせれば売れます

こういう安直プレゼンが目に浮かぶ

IPの切り売りが始まってしまたか、というか、それしかやることがないんだ、という残念感。


ポケモンシリーズの方も、最新作でも未だに最大4人の協力プレイしかできないらしい。

なぜたった4人? 発想が通信ケーブル時代から進んでおらず、基本的ゲームオフラインに閉じている。

なぜ普通に、素直に、MMORPG的なオンラインゲームとして作らないのか。

なぜ未だにストーリーのあるゲーム形式に拘るのか。

なぜ未だにコマンドバトル形式踏襲するのかも謎。それって全然ポケモン本質じゃない。

ゲームボーイ時代スペックの制約上あれしかできなかったが、3Dでグリグリアクションができる時代に何をやっているんだろう感。


こんな保守的ポケモンの最新作の出来を見て、誰がこの会社ポケモンアップデートしたいと思うだろうか。

パルワールドの作者も任天堂にいたらしいが、きっとそんな思いで任天堂を去っていったのだろうと勝手想像する。





もしこれが、子どもたちを野蛮なオンラインゲーム世界に染めさせない健全ブランドイメージのために、あえてそうしているんだとしたら任天堂は長期的に終わりだと思う。

ゲーム面白さの追求よりもブランドイメージの守ることを優先する会社が、ゲーム面白さを本気で追求する会社に勝てるわけがない。


知り合いの友達同士だけで遊ばせたいみたいな価値観押し付けをとても感じるのだけれど、ゲームを本気で遊びたい人からするとマジで興ざめする。

仮にも、各家庭の教育方針は様々であるにもかかわらず、任天堂がその上限を勝手に決めてしまっているというこの不愉快さ。

から本気でゲームをやりたい人はPCゲームに逃げる。





ゲームはもはや子供をあやす玩具ではない。玩具という域を超えて、コミュニケーションライフラインになっている人も多い。

にも関わらず、任天堂玩具にとどまり続けようとしている。

そのことを上層部株主理解しているのか。


20年とか40年スパン想像力を働かせてほしいのだけれど、ゲーム上の世界についてどのようにリアリティを感じるか、何を楽しいと思うか、という価値観の長期的トレンド変化について真剣に考えてほしい。

それはある人の言葉を借りれば「コミュニケーションそれ自体目的化する」価値観への変化。

ゲームに限らず、アニメなんかを見ても例えば「けいおん」では、友達がワイワイだらだらと過ごすだけの日常憧憬として消費されている。

これは、コミュニケーションの基盤がリアルからオンラインへ移行し、その分リアルでの人間関係希薄になることの埋め合わせと考えられる。

まり、ある時期からコンテンツ(とその周辺)にはコミュニケーション的な欲求が求められ始めた。

ゲームを楽しみたいという以前に、人々はコミュニケーション欲求ゲームを通じて満たしたいと思うようになってきている。


パルワールドとは、そのような新しい欲望価値観の中で生まれオンラインゲーム体験ベースにある。

からゲームゲーム空間に対するガチ度合いが違うわけ。

ゲームあくまでも玩具と割り切って楽しむのか、それとも、ゲームリアル世界の延長のライフラインの1つとして暮らすのか。


このような価値観の変化を任天堂幹部らのおっさん達が、理屈でなく、体感として、自らの経験に基づいて理解できているのだろうか。

理解できないならそれが分かる若い世代に席を譲れ。

オタク界隈でイラスト生成AIが叩かれている理由って

結局、イラストAI力不足が原因な気がする。

だって現状のイラストAIで出力されるイラストって形が整っているだけの二流の域を出ないじゃん。

それをネットに放流されると邪魔なくらいに粗製乱造するだけ。

逆にマジでAIだけで一流コンテンツポンポン作れて絵師いらずになったら、オタク手の平返しAI賛美すると思うよ。

今は絵師権利がどーとか言ってるけど、オタク市場なんてエシカル消費とは程遠く、面白い正義! の世界だもん。

……こういう言い方すると、オタクって凄い身勝手に聞こえるし、まあ実際そうなんだろうけど、でも著作権理念を考えたらこの考えはむしろ正しいんだよな。

なんで著作権存在するかと言えば、後発が自由にパクりたい放題だったら、一次創作者のインセンティブが消えてモチベ的にも報酬的にも創作が難しくなり、文化のもの崩壊するからだ。

ただ、逆に厳しくし過ぎると今度は後発が文化を発展させることができなくなり、これも良くない。

なので、著作権周りの法の理想は、一次創作者と後発権利を調整して、『より優れたコンテンツがより多く創作される』バランスを保つことにあると思う。

この理念に従えば、二流のイラストAIを生かすために優れた絵師からインセンティブを奪うことはうまくないし、逆にイラストAI絵師を超えた時に絵師保護のためにラッダイトするのも同様に間違っている。

消費者立場にいるオタクはこのことが肌感覚で分かっているから、イラストAIに対する忌避感が強いんだよ。

逆にはてななんかで反AI規制を叫んでいる人を見ると、イラストAIがこの社会に生み出すもの・損なうものに対する意識希薄で、ただ技術フリーク視点AIに好き勝手やらせたいだけだろって人が多いように感じる。

今のイラストAIに関する議論を見ていると、絵師学習されない権利を訴えたり、逆にAI推進派が人間AI学習本質的に同じとか言ったりしてるけど、結局それって生成の過程の話で、文化発展のためにどういうルール作りをするのが良いかっていう結果を見据えた議論があまりにも乏しいんだよな。

もっと酷いと現行法で許されるか否かみたいな話ばかりしてる人も珍しくない。

この辺り、なぜ今まで社会創作者の権利を守ってきたかという理念に立ち返る必要があると思う。

2024-01-22

今回の震災では、2次避難被災地域への継続的支援の難しさが浮き彫りになっているが、

たかだか輪島珠洲能登町穴水あわせて6万人くらいしかいないなかで大変だと言っているが、首都直下地震が起きたら一体どうなるんだと不安になった。

被災者に2次避難を促すことに苦労している、という状況がもし首都直下地震で繰り返されるなら、目を覆いたくなる被害になると想像できる。

首都直下地震では、被害拡大の大きな原因のひとつ東京ありがちな木造家屋密集地域がある。

木造密集地地域が倒壊+火災で壊滅する可能性があるわけでしょ。300万世帯くらい。

東京都のページにはその死傷者の推計も書いてある。だけど、生き残った人の生活再建が十分に書かれていないのがかなり不安だ。

試しに荒川区など、一次避難所のリストを開いてみてみると、ほぼ半数以上が多数の木造家屋密集地域に点在する小中学校だ。

これでは、関東大震災の二の舞だ。取り急ぎの家財道具を抱えて当時空き地だった陸軍被服廠に逃げ込んで火災旋風に巻き込まれて3万8千人が犠牲になったのが関東大震災悲劇。これを繰り返すのではなかろうか。

またトイレも水も十分にない一次避難所など都会の利便性に慣れ切った東京人間には一時間滞在できないだろう。

いるだけで苦痛以外の何物でもないだろうから、速攻で二次避難を各々考え始めることになる。

しかし、自治体二次避難についてみてみると、さらに想定が乏しい。

例えばさきほどチェックした荒川区域外避難文字はなく、そもそも二次避難対象者は要介護者、障碍者など一般的イメージされる災害弱者のみだ。

東京都の想定は域外避難がきちんと想定されていないなど近隣県との協力体制希薄だと感じる。

恐らく一次避難所が火災で最悪な結果になった場合二次避難所が果たすべき役割は物量としても質的にも格段に大きい。その受け皿は想定されていそうにない。

まり一般市民は一次避難所で命拾いをしたあとは自活を迫られる。仮に二次避難所が一般市民向けに拡充したとしても遅かれ早かれ追い出されるのも間違いない。

さらに、一次、二次避難とすすみ、次の復旧のステップとしては仮設住宅だ。輪島でも仮設住宅をつくる場所が今後の喫緊課題となっているが場所があまりないのがネックだ。

だが、首都直下地震では恐らくもっと悲惨なことになる。

東京都の文書をみても木造家屋密集地域が焼け出されたあとに、大量にあふれ出る難民と化した都民の仮住まい場所をいったいどこに設けようとしているのかさっぱりわからない。まさかほんとに公助ってこれくらいしか想定していないのかと思うが、恐らくそなのだろう。

https://tokyo-bosai-dev.web.app/chart/

そして、遅かれ早かれ二次避難所はキャパオーバーになって出ていけ、という話になり、あとは自分で「自助で」住まいを探してください、防災自助共助ですよ、わかってますね、てなことに結果としてなる。そのとき、人々は数日東京の電車が止まったくらいで帰宅困難者気どりをしていた時代を懐かしく思い出すかもしれない。

運よくたどり着けた仮設とて通常は期限は一年間だ。案外、印西や成田あたりの限界ニュータウン化した郊外住宅地空き地が多いことが功を奏したり、震災被害を免れているかもしれない。そうすれば復興住宅が今まで忘れ去れたような地域バンバンと建ち始める、ということもありえなくはない。

東京が住めなくなったら、ほんと、どこに住もうかな。

2024-01-21

anond:20240120191857

風俗にはまるのもそれ以外に人間関係希薄ってのもあるだろうな

他にはまれものを探す~って気軽に言っちゃいがちだけど、そういうとこで人とのかかわりを持ち出しながら出てくるのがカルト宗教だったりするわけで…難しいね

2024-01-18

ふと気になって、昔フォローしていた漫画描きさんのアカウントを旧ツイッターで探した。

賞を取ってデビューしてるマンガ家さんで、とある創作コミュニティで知り合った。

その創作コミュニティは昔の作品を再掲する人と最新作を宣伝する人の2パターンいて、その方は前者だった。

要するにあまり作品を描いていなかった。

とはいえ、そのコミュニティマンガや絵を上げるだけの場所ではなかったか雑談交流していた……ような気がする。

きっかけはよく思い出せないけど、旧ツイッターでは相互フォロワーだったと思う。

思う、というのは何年も前だったのと、その人がアカウント削除転生常習犯だったからだ。

昔、そういえば最近見てないなと思ったらアカウントが消えていて、その人とよく会話してた文字書きさんのフォロワーさんのいいね欄を見たら別のアカウントマンガを描いていたことがわかった。

名前も変わっていて、でも(当時)連載持っていたはずだったよな……と思って調べたらこれまた別のアカウントが出てきた。

おそらくは仕事用だろう。

別にフォローを切られたことを悲しいと思ったわけではないけれど、しばらくしたらまた名前が変わっているのではないかという謎の探究心が湧いた。

そんなこんなで数年が経ち、なにがキッカケだったか、もう一度その人を探してみようと思い立った。

まずは商業名前を調べたけれど、ヒットしたアカウントは削除済み。

やると思ってたけど、そう言えば連載止まってるのに新しい連載を別名義で始めて〜と言うところまで見たなあと思い出す。

商業アカウント消したってことは、たぶんどちらも完結しないまま打ち切ったのだと思う。

よくあることなのだろうか。知り合いがいないのでわからない。

んで、手がないので例の仲が良かった文字書きさん経由で調べたら別のアカウントを見つけた。

前に見たものと違うidだったと思うけれど、idを変えたのか登録し直したかまでは分からない。

そのアカウントも削除済みだった。

よくよく会話の履歴を見ると、アカウントを削除するようなやり取りが見受けられた。

どうやら年が明ける前に削除したらしい。

また別の名前活動するのかなと思ったけれど、例の仲の良い文字書きさんまで縁切りするのは意外だと思ってidを調べてみた。

きちんとしたストーカーしたことはないが、人のことを調べる手段としてアカウントid検索は役に立つ。

どこからちゃんとしたストーカーなのかは知らない。

サイトでも同じidを使っていたようで、幸いにもプロフィールを見ることができた。

そこで察してしまった。

〇〇の達人|みんなの△△手伝います|過去に✗✗の経験あり|飽きっぽい性格|趣味は□□|最近は▲▲にハマってる

こんなプロフィールだった。

そっちの道に行ってしまったのだとわかった。

idの返信履歴を見ると、青いバッジをつけた意識高めの人たちからリプライが多い。

いつしか見たブログには、思い切って起業した、と書いてあって、別のこともやるのかなーなんてぼんやり思ってた。

占いレポマンガとか、日常マンガとか、当たり障りのないものを描いていたことは記憶しているが、それらが前兆だったとは思えなかった。

おそらく例の文字書きさんとの縁も希薄になり、これからは閉鎖的な意識高い系のコミュニティ活動していくのだと思う。

一時期交流をした程度の仲だったとはいえ、知っていた人が搾取するコミュニティに行ってしまったのは正直言うとショックだった。

でもまあ、その人は名前もすぐに変えるしアカウントすぐ消すし、続いても数年じゃないかなと勝手に思う自分もいた。

たぶん数年後にまたその人を探すかもしれない。

今度は手がかりゼロになるだろうからきっと見つからないんだろうけど。

アセクシャル……なのか?



この場合ってアセクシャルに入るの?

今の状態でなんら困ってないので自分セクシュアリティで分類することに意味を感じず、関心を持ってこなかったので少し気になった

2024-01-16

子無しのバカが叫ぶ世よ

松本人志氏の件で太田光氏が噛みついている。

博識で読書家でウィットに富むジョークを放つ太田光氏だから、私の放言もきっと右から左に流してくれるだろうから、私の思うところを記しておきたい。

松本人志氏の件が事実かどうか、刑事責任民事訴訟とかは余り興味がない。

ただ、もし私が松本人志氏と同じように週刊誌から叩かれて、大バッシングされた場合、やはり同じように訴訟をする等の対応はするだろう。

面白さや自分メンツではない。家族のためだ。妻や子供を思えば、「週刊誌の言ってることは正しい」等とは口が裂けても言えないはずだ。

太田光氏には子供がいない。だから無茶苦茶言えるはずである。親であることの想像を欠いている。

世の中は少子化である。子を思う親の気持ち、親を思う子の気持ちということが希薄になっていくのではないか

子無しの人間無責任バカが多い。自分勝手で思いやりがない。そんなバカばかりの世の中になってしまっていることが、何とも嘆かわしい。

この文章イラときた子無しのバカへ。悔しかったら子供をつくってみろ。親になってみろ。どうぜ出来ない子種のない出来そこない。

生物としての責任を果たせない子無しのバカ放言が、イニシアチブを得る事が、私には全く理解出来ないが、それも多様性なのだろう。

このような考え方も多様性時代、当然尊重されて然るべきだろう。

anond:20240116120704

買い物依存症を診る専門の精神科医はおそらく都内にいると思うが、精神医学世界では「買い物を繰り返すことが行動嗜癖だというエビデンス希薄」ということになっていて、買い物依存症というもの公式には存在しないということになってる(DSM-5にもICD-11にも載ってない)。

なので治療してる医師がいたとしても、しっかりとした科学的根拠に基づいた治療をしてるわけじゃなく「ぼくが考えたさいきょうの買い物依存症りょう」をしてる可能性が高いと思う。

依存でないなら何なのかっていうと、止めたいのに止められず苦しんでるわけだから、いちおう強迫症カテゴリになるのかな。

それにしても都内ボロアパートって狭そうだけど、それだけモノを買って置いておけるスペースあるのかという疑問が……。モノを買うだけ買って要らんもんはフリマで売ってるの?

2024-01-12

松本人志強気だった理由の推測と今回の問題点

※読みづらいので断定口調で書くけど、あくまで推測なので語尾には全部「だと思う」がついていると思って読んでください。

ブコメなんかでも指摘されていることだけど、彼が強気である根拠は「同意がある相手しかしなかった」に尽きる。

松本人志にたどり着くまでにいくつかのフィルタリングがあって、それが要するに彼らにしてみれば「同意フィルタリングとして機能をしていた。

若手の飲み会に参加しますか?→同意

場所参加者が変わる飲み会に参加しますか?→同意

この後、偉い人も来るけどまだ参加しますか?→同意

松本人志とのみますか?→同意

松本人志と個室に行きますか?→同意

いたしますか?→同意

この一連の流れの中で一度でも拒否があれば、絶対深追いしないと決めていたのだろう。

当然自分スキャンダルを起こすリスクは十分に承知していて、最後にたどり着くまでかなり慎重に対応していたであろうことが予想できる。

本人はこのフィルタリングが厳格に運用されている限り安全であると考えていたので、当初の強気発言が出たのだと考えられる。

記事には手淫強要してきたと書かれてはいるが、それが事実ならもみ消す前提でここまで強気には言えないことを考えると手淫については同意があったのではないかと考えられる。

「俺の子供を産んでほしい」までは本当かもしれないが、拒否をされれば強制はしなかっただろう。

まり、彼としてみれば自分にたどり着くまでに幾つもの同意を経ているわけだから、そこに問題がない。=事実無根という認識で居たのだと考えるのが妥当だ。

事実、もしこれが本当に正しく運用されていれば、「既婚者による女遊び」という倫理観以外には問題がない。

正しく運用されていれば、である

松本人志トーンダウンしていった理由は、その運用が正しくされていなかったことがわかってきたからではないだろうか。

例えば、若手が成果を上げたくなってチートした場合だ。

具体的には、飲み会の参加にロイヤリティペナルティを匂わせる場合などだ。

「参加すると番組に紹介してもらいやすくなるよ」

拒否するとプロデューサーの期限を損ねちゃうよ」

今日女性を紹介できないと自分立場が悪くなるから協力してほしい」

フィルタリング同意の中で、一度でもこうした理由をもとに同意を得てしまっていたのであれば、このフィルタリング意味をなさなくなってしまう。

不同意性交罪、不同意わいせつ罪は次のような要件がある。

同意しない意思形成、表明 又は 全うすることが困難な状態にさせること、あるいは相手がそのような状態にあることに乗じること」

また、そうなってしまう原因として、経済的、又は社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮がある。

あくまで8年前にはなかった法律ではあるが、法が施行されるということはつまり過去の事例が問題視されていたということでもある。

罪に問われなかったとしてもイメージを重視する芸能人としてみれば致命的と言えよう。

これもブコメで指摘のあったことだが、水曜日のダウンタウンで行われた「怪しい自称プロデューサーから“100万円で『水曜日のダウンタウン』に出してあげるよ”と言われ払ったらホントに出演できるホントドッキリ」についてだ。

まさにそうした状況の中において100万円という大金の支払いを迫っている事自体問題があり、「払ったから出演できた」「払わなかったか問題ない」以前の話であるということには留意しておきたい。

しかし、現実における認識は、その程度なのだ

100万を払わなかったのだから問題ない。

100万円払っても番組に出演できたのだから問題ない。

相手から拒否されてセックスしなかったのだから問題ない。

相手同意を得てセックスしたのだから問題ない。

これらは理屈としては実に類似している。

しかし、問題本質はそこではなく、如何にしてその選択を迫ったかの部分にある。

番組としてはドッキリという形で終わってはいるが、そのような話が事実として存在していなければ、ドッキリとしてそもそも成立しない。

出演者はドッキリと明かされるまではその交換条件について真剣に悩んだわけで、それが嘘で済まされるなら詐欺未遂の全ても嘘で済んでしまう。

ここらで一度整理が必要な話だとは思うのだが、この「実害がなければ問題ない」という認識はそろそろ改めるべきだろう。

そうでなければ詐欺未遂はし放題であり、目の前で止められたはずの被害者を救うことができなくなってしまう。

実は、これらに共通する視点がもう一つある。

それが、関係者全員が緩やかに共犯関係にあるという点だ。

例えば飲み会女性を連れてくる若手芸人は、連れて行った女性の行き着く先を知っている。

それにもかかわらず、自分がやっていることはただ、飲み会に誘い出すという行為のみで、そこだけを切り取れば何かしら問題があるわけではない。

そうして罪の意識を軽減しながらも、しかし、問題が発覚すれば他人事ではないことも理解しているはずだ。

さらに言えばセックス同意した女性さえ、例えばそれによって自らにロイヤリティがあったりと、セックスを何かの代償行為に置き換えているのであれば共犯と考えるべきであろう。

例えば100万円の支払いと同じく、有名番組への出演権を得ているとすれば、それは正規手段ではなくまごうことな不正行為だ。

この場合、本当の意味での被害者はこのシステムの外にいる真面目に取り組んでいる人たちになる。

こうして関係する人間誰もが緩やかに共犯関係にあることで得られるメリットは2つ。

一つは関係する人間たちだけで利権を牛耳れること。

そしてももう一つは、組織不正を明らかにすることがつまり自らの不正を認めることになるために、内部告発しづらくなり発覚が困難になるという点だ。

思い返せば、2023年を賑わせたニュースにもこの関係性は多く見られた。

ジャニーズの性被害問題

宝塚いじめ問題

ビッグモーターによる保険金詐欺問題

バイトによる強盗事件

政治裏金問題

これらの問題全て、関係する人間が時に被害者であり時に加害者でありと、それでいて一つの利権を牛耳るという緩やかな共犯関係にある。

そして本当の被害者は、その外にいる不正を行わずに真面目に取り組でいる人達であり、搾取だけされて放り出された人たちだ。

こうしたこと社会問題として注目されるようになった結果とも取れるニュースではあるが、こうしたハラスメント連鎖によって作られる閉鎖的な組織についての研究もっと進んでも良いかもしれない。

言うなればハラスメントチェーンによる組織隠蔽を利用した不正組織が世の中にはまだ多く存在しているということだ。

その上で、セックスをさせることが前提で組織が組まれ、そこに誘い込まれ被害者が「自らの選択だった」と後悔することすら許されず、周囲からも「同意があった」とセカンドレイプすらされかねないようなシステムを善と言えるのだろうか。

お礼メールを持って「同意」を確信した松本人志本人は、今頃周囲から指摘を受けてやってきたことの問題の大きさを後悔していると信じたい。

そのシステムに組み込まれていた後輩芸人たちも、自らの責任希薄であることを良いことに自分に罪はないと開き直るべきではなく、もし自分の妻や恋人、愛する娘がそうしたシステムによって権力者に食い物にされたらどう感じるかを考えて見てほしい。

それがどれだけグロテスクであるかが理解できたなら、先輩芸人のためだなんて偽善を捨て、自らの罪を認めて事件の解明に協力するべきだろう。

ジャニーズの次は吉本かなーなんて年末にのんきな話をしていたこともあったが、まさか現実になるとは思わなかった。

テレビ役割が本当に終わったのだと感じる。罪は罪としてちゃんと償いましょう。

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