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2019-02-16

ダウンロード違法化について

 ダウンロード違法化話題になっている。

 このことを考えるには「本とは何であるか」を今一度考える必要がある。

 本はもともとは「情報を記録してより多くの人に伝達する」ためのものだろう。

 「作者が金銭を得る」ことは本来なら「副作用」に類するものだ。

 「本とは何であるか」を見失ってしまたから複製が罪とされるのだ。

 もちろん、これは個人の感想に過ぎないが、もし間違っているなら教えてほしい。

 本とは一体何なのか?

 なぜ本を複製することが罪となるのだ?

※なお「本」をテーマとしているのは真偽は不明であるダウンロード違法化出版業界要請であるとされているため。

 もはや、この前提が正しくないのかもしれない。

 ミリオンセラーを出せば巨額の富を得ることできたのが、よくない。

 「良い商売」になってしまたか権力構造が生まれることになる。

 当初の目的は忘れ去られ、一部の人間のための理屈が全体を支配する。

 かつては「製本コスト必要」だったから、その費用請求したに過ぎない。

 しか現代ではデジタル技術によりゼロコストでの複製が可能だ。

 複製コストがかからないのなら読者は料金を支払うのはなぜか?

 「本を出したい側」すなわち「情報を記録したい側」「情報を伝達したい側」にとっては「無制限いくらでもデジタル複製できる」現代の状況は本来ならば喜ぶべきことではないのか?

 記録性や伝達性を高めるために生み出された手段としての本だが、逆にそれらを喪失しつつある。

 商売邪魔になるからと記録されなくなる。

 これでは本末転倒ではないか? 方向性を見失ってはいいか

 複製が悪と言うならばテクノロジーは間違った方向に進んでしまったのだろうか?

 複製コストだけじゃなく作者の生活費必要

 「本を売る」ということで作者の生活保障するシステムだ……、というのは一理あるだろう。

 だがシステムとしては欠陥まみれだ。拗れすぎてしまった。まるでスパゲッティコードだ。

 通説では「本を売るだけで生活できるようになれば生活のすべてを本を作ることに費やすことができる」とされている。

 しかし「売れること」への強迫観念質的変化をもたらしてしまった。

 競争はとても過酷だ。限られた人間けが「作者」になれる。

 「売れなければならない」から表現たかたことを切り捨てる。

 だというのに本は売れずに儲かりもしないなら怒りも沸くだろう。

 一体誰が得をしているというのだ?

 「本が売れなければ作者は生活できない」とは作者になれた側の理屈だ。

 現在システムでも切り捨てられている人間はいる。

 日の当たることのないものは闇の中へ葬られ、なかったことにされているだけだ。

 「本を出す」ということが「競争勝利した」という別の意味合いへと変容しつつある。

 半ば競技化した出版競争というもの他人を踏みつけた上にある勝利だ。

 ジャンルにもよるが、作品の中でどれほど綺麗事を語っていても、背景にあるのは血生臭い権利の獲得競争だ。

 トロフィー価値が下がるから「本は売れなければならない」という逆説的理論が構築される。

 目指すべきは「本が売れなくても生活できる」社会ではないのか?

 なら、いかにしてそれが可能なのか?

 ここで映画音楽の例を見てみよう。

 ところで映画音楽はいち早くダウンロード違法化を取り入れた。

 しか音楽なら公式MV公式無料配信され、映画なら地上波で放映されるものも珍しくない。

 有名な作品ほど、そうなる。

 結局はダウンロード違法化とは裏腹に無料デジタルコンテンツ提供されている状況だ。

 その一方で知名度の低い作品は人に知られることもなく消え去っていく。

 ダウンロード違法化によってデジタルデータ販売収益が得られるようになったのだろうか?

 どうやら、デジタルデータ販売とは別に収益を得ている様子だ。

 映画音楽と本の違いはなんなのか?

 キーとなるのは「施設」だ。

 映画ならば映画館が、音楽ならばライブハウスコンサートホールがある。

 他にもスポーツ場合でも施設があってプロがいる。

 野球ならば野球場、サッカーならサッカー場、バスケットボールならバスケットコートプールならプールゴルフならゴルフ場といった具合にだ。

 お金が欲しい人とお金を払いたい人が施設に集まる。

 施設を基点とする集金システムは、強い。

 「他人土地に無断で立ち入ってはいけない」という始原的なルールに基づいているためだろう。

 うまくいっているファンビジネスには施設があって、うまくいっていないファンビジネスには施設がない。

 本は施設との結びつきが弱い。

 「基盤となる施設の不在」こそが本の作者の食えないことの最大の要因であるとは考えられないだろうか?

 本にも書店図書館漫画喫茶といった関連施設があるにはある。

 だが、それらは作者の収入に直接的に結びついてはいない。

 デジタルデータのない時代、本は書店に行かなければ入手することができなかった。

 書店は「発売日に本を手に入れる」という日常の中でのプチイベント提供する施設であったといえる。

 しか現代ではデジタルデータがある。

 しかも売る側の人間が「本と電子書籍は同じ価値ですよ」と宣伝しているのだ。

 実物とデジタルデータは本当に同じ価値なのだろうか?

 書店でのサイン会のようなイベントは「宣伝になるから」という理由無償であることが慣例となっているらしい。

 むしろデジタルデータ無料サイン会が有料であるほうが直感的ではないか

 テレビ放送されてこそ「遊園地で僕と握手」というシステムがなりたつ。

 アニメ業界も同様に施設を持たないか金策に苦労するのではないだろうか?

 イラストレーターならアトリエアニメならアニメスタジオのような施設はあるが、これらは工場に近い。

 売れないといわれているアニメ業界だが、一部のアニメ映画はその例外のようだ。

 映画館という施設のパワーを借りたからうまくいったのかもしれない。

 それでは、どんな施設を作ればいいか

 それは出版業界人間が考えるべきことだろう。

 もし何のアイディアも思い浮かばないようであれば出版業界になんの存在意義があるのか?

 出版業界などダウンロード違法化と一緒に崩壊してしまえばいい。

 もしも作者と読者が直接的に結びついてしまえば出版社はお役ごめんだ。

 今後の生き残りを狙うなら出版社にも施設を用意する動機はあるはずだ。

 商業施設というのはただそこにあるだけでなく「関係性」を提供するものだ。

 演者と観客、対戦相手講師と受講生、提供する側とされる側といった関係性だ。

 お金を持っている人、お金を使う人、あるいは大勢の人との「関係性」を提供する「施設」だ。

 もしくは公共性を持った施設でもいいかもしれない。

 ここでいう施設というものはまったく新しい概念でなくてもかまわない。

 地図でも開いて目に付く限りの施設を本と結び付けて考えればアイディアひとつも思い浮かぶことだろう。

 本が売れないかダウンロード違法化というのは根本からしておかしい。

 それよりも適当施設を用意するほうがよっぽど現実的だと思うがどうだろうか?

2019-02-04

結婚したくない。

厳密に言うなら、同居人としての旦那は欲しいけど(困った時に助け合いたい)、式を挙げたくない。あと子供を産みたくないし、育てたくない。

結婚式に何百万と使うくらいなら家を買う頭金にしたい。そもそもそんなに金を使うほど規模の大きい式を挙げる度胸も無ければ、来てくれる知り合いのアテもない。投げたブーケが床に落ちるのを想像すると虚しくて昼寝が捗る結婚する機会があるとしても籍入れるだけでいい。

子供を産んで育てるのが女の幸せうんぬんとよく言うけれど、本当にそうだろうか?

子供を産むのは命懸け。そもそも子供って他人だし、他人自分の体の中にいるってことは、わたし免疫がはたらいて追い出そうとする。はたらく細胞たかわたしの中のはたらく細胞たちが子供という非自己攻撃しまくる。そしてわたしの体内がはたらく細胞たちの戦場になる。戦場ってもんは焼け野原になるもんであるわたしの体も焼け野原になる。それを命懸けと言わずに何と言うか?悪阻とか考えるだけで吐けそう。絶対やだ。

それから子宮子宮って普段は握り拳より小さいくらいの臓器なんだけど、これが出産直前になるとスイカとか、バスケットボールくらいの大きさまで伸びる。骨盤の中に収まってる握り拳が、バスケットボールになって肋骨の下ギリギリまで来る。いやいや人体不思議すぎひん?伸びすぎちゃうか?伸ばしすぎて破裂するんちゃうか?命懸けすぎんか?そもそもBMI17のガリガリ女の中に子供が出来たとして、子供栄養が行けば私は更にやせ細って死ぬんじゃないか?命懸けにも程がある。

腹の中に子供がいるってことは、いい感じになったら出さなきゃいけない。いつまでも腹の中には入れておけない。じゃあどこから出すって、膣から。いやいや子供ってそこから出すようなサイズじゃなくない?裂けるでしょ。ここから出そうと思った祖先意味わからん進化しろ。ここで大量に出血すれば死ぬし、出血しなくてもいきんでるとき血圧上がれば脳みその細い血管がプチっといく可能性もある。ガリガリなので途中で体力が尽きてコロッと死にそうな気もする。命を懸けてまで痛い思いはしたくない。

から世に出したら今度は大人になるまで育てなきゃいけない。収入が充分でない限り、自分たちがアレコレ我慢したり、子供にも我慢をさせなきゃいけない。私は欲しいもの我慢したくないし、子供にも我慢させたくない。そもそも人生ってそんなに楽しくないし、生まれてこない方がきっと幸せであるわたし遺伝子を受け継いでる時点で人生幸せ感じられるような性格には育つまい。

そういうわけで、子供は産みたくないし、育てたくない。ていうか産まないためには結婚もしない方が多分いい。結婚したくない理由ひとつ増えた。

いつもここまで考える。

から最終的に、こんな女と暮らしたい男なんぞいないだろうから旦那は諦めて、似たような思想女性ルームシェアするのが一番いいだろうなって結論に至る。

2018-11-18

anond:20181118181751

バスケットボール🏀

やろっか^_^

もうみーんな忘れてバスケットボール🏀

あはははははっっははははっははh

はぁ。泣きそう

2018-11-17

anond:20181117020121

でも努力余地とかそういうのはあるでしょ?

その余地がない人もいる。

目が見えなかったらバスケットボールはできない。努力余地がない。

ただ、代わりに盲者用のスポーツはある。

2018-08-28

夏が終わる

墓地から漂う線香

雨上がりのアスファルト

木々の下を歩いた時の腐葉土匂い

カブトムシを探し回った記憶

蝉の声

プール塩素

体育館バスケットボールをつく音

田んぼの中にはカブトエビ

日焼けした子供

あっという間に溶けるアイス

夏の間に鍛えられたビーチサンダルを履く足

見上げれば昼明かりの中の満月

夏が終わる

2018-08-21

https://anond.hatelabo.jp/20180820222211

法律にピッタリくる倫理観です。

ただ、バスケットボール選手たちが「管理売春でないかどうかを確かめずに買ってしまって申し訳なかったです」

と謝ったとして、それが受け入れられるでしょうか。

2018-08-20

売買春何が悪いんだか全然からない

成人が自分判断自分の持ち物を売り、売ってるものを買っているだけなのに、何が問題なんだか全くわからない。刃物とか銃火器なんかはそれで他人危害を加えうるか流通の段階で食い止めようとするのはわかるし、麻薬は不可逆的に心身を損なうので禁止すべきだけど、ただのセックスで何が失われるというんだ。もちろん性病危険はあるし、イカれた客に当たれば暴力沙汰の怖れもあるけれど、コンドームやら店の後ろ盾やらで防御は可能だし、リスクがあるからなどという理由個人の行動を制限するのなら、アイスクライミングみたいなエクストリームスポーツ咎められなきゃおかしいんじゃないか。性も命もかけがえのないものだけど、それを危険晒す冒険行為自分意思で、自らの責任でやっている以上、他人が口を挟むことじゃないのではないか。今回の事件、周りの人たちは、国旗を背負って何をやってるんだとか恥を知れとか、軽率だとか、ふさわしい行動ではなかったとか、ご迷惑をお掛けしたとか、さも間違ってる理由暗黙の了解が皆に当然あるかの様に、説明なしの平謝りだが、しかしまったく全然サッパリ俺にはわからないのだ。

バスケットボール協会会長コメント。「言語道断」。最近こういうの多すぎでは。ヤフー男性同僚をAR女性化した事件も、件の生産性発言も。当事者にとってはさして考えるまでも無くどの点が悪いのか明らかなことなのかも知れないが、それでも説明してほしいよ。

2018-08-02

上手な生き方

今までの人生を振り返ってみて、やはり最初に思うのは「失敗だった」ということです。何が失敗だったか、どこからが失敗だったか。色々と考えてはみますけれど、明確に何が、どこからが、というのはわからず、強いて言うのであれば最初から、何もかもが失敗であったと思います

幼稚園に通っていた頃、私は1人で遊ぶのが好きな子だったそうです。みんなが仲良く遊んでいる中、1人でいたのだと。そのような記憶自分にはありませんが、今考えれば納得はできます。私の社会性の無さというものはその時点で明確に顕れていたのだと思うのです。

小学生の頃の記憶はあまりありません。あったとしても、嫌な思い出ばかりです。途中まではそれなりに、上手くやっていたかもしれません。私の社会性の無さ、性格の歪み、それらを隠すことが出来ていました。しかしそれらが露呈する出来事がいくつかありました。

一つ目は、小学五年生の頃だったかと思います。転校してきた男の子に、何故か好かれました。私も小学生でしたから、好かれていると思うと、相手が気になります。それが恐らくクラス女子の気に障ったのでしょう。色々なことを言われました。一番言われたのは、男好き、ぶりっ子などという言葉です。

私は、クラス女子のように、教室の隅に集まってコソコソと話すのが好きではありませんでした。外に出て、ドッジボールバスケットボールをするのが好きでした。だから男子と遊んでいました。それだけです。そこに男子に好かれたいなどという気持ちは一切無く、ただ自分のしたいようにしていただけなのです。それでもやはり、男好き、ぶりっ子と言われます。ですから言葉遣いを男子のようにしました。今思えば、くだらない反抗心のようなものだと思います。勿論無駄でした。

二つ目も、小学五年生の頃です。クラスに虐められている子がいました。クラス女子ほとんどが加害者でした。ほぼ傍観者であった私と2人を除いて、無視をしていました。その件は、クラス女子全員が、被害者の家へ直接謝りに行くことで収束していきましたが、その時私はとても白けた気持ちになったことを覚えています。私がもしその子だったら(勿論私はその子ではないので勝手な推測でしかありませんが)、自分を虐めてきた相手が家まで押しかけてくる、なんて状況には耐えられません。この人達ドラマか何かの見過ぎなのではないか、この一連の状況を映画のワンシーンだとでも思っているのではないか。この頃から私は、心の底からクラス女子を見下すようになりました。しかし、どんな理由があろうとも、こうやって他人を見下すこと自体性格が歪んでいるのです。それに、最近まで気づくことが出来ませんでした。

中学生になり、女子校に進学しました。勉強をしていなかったため、第1志望中学不合格でしたが。

中学一年生の夏、知り合いの、特に付き合っていない男子に、セックスがしたいと言われました。断ったら嫌われると思い、了承しました。けれど、直前になって怖くなり、何も言わず約束を破りました。嫌われてもいいから、逃げたかったのだと思います。そこまでは良かったのですが、それを母に知られました。私が学校宿泊行事に行っているあいだ、携帯メールを見られたのです。妊娠してるのではないかと泣かれました。あの時のことは、今でも鮮明に思い出せます。もちろん私がすべて悪いのですが、それ以降、なんとなく家族距離を置くようになりました。

もともと小学生の頃、塾での成績が悪く、そもそも勉強していなかったことに対し叩かれたり、怒鳴られたり、やはりそれも私がすべて悪いのですが、そういったことがあったために家族とはそこまで仲がよくありませんでしたし、正直苦手でした。

話が逸れましたが、中学高校はとても楽しかったのです。人生ピークだったように思います。私が私が友人だと思っている相手に友人だと思われているか。そういったことはここでは考えないようにします。中高と、友人に恵まれていました。

ただひとつ失敗があったとすれば、高校二年生のときです。ある人と付き合いました。その理由は、今考えれば、依存できる人間が欲しかった。それだけです。そんな理由ですから、勿論振られました。振られて、精神病みました。私が悪いにもかかわらず。病みたいのは相手の方だったでしょう。そのとき私は死のうと思いました。けれど死ねなかった。ここで死ななかったのが、最大の失敗です。

暫くして大学生になり、新しく異性の友人ができました。その友人と付き合うことになりました。これも今考えれば、依存できる人間が欲しかった。それだけの理由です。何度も喧嘩して、頼み込んで復縁して。それを繰り返していくうちに、本当の終わりが来ました。思いの外すぐに立ち直り、1人でいるのも意外と良いものだと思いました。その過程で、今までの自分がどれだけ他人を傷つけ、苦しめ、依存し、時間を奪っていたのか、自覚しました。もう人と付き合うのはやめよう。そう思っていた矢先、別れた相手から連絡がありました。復縁したいという旨の連絡です。

その頃には私は自分にはなんの価値もないのだということが理解出来ていましたから、断るつもりでした。しかし、断ったことで相手不快にさせていいだけの価値も、私にはありません。ですから曖昧な返事をし、気づけば付き合うことになっていました。

相手のことは好きでした。一緒にいると、幸せでした。

けれど相手にはもっと相応しい相手がいます。私といても幸せになれません。ですから、思い切って別れを切り出しました。

あっさり別れられた時点で、自分価値を再認識しました。

そして、4月から社会人になりました。私は仕事ができません。心も弱いです。他人が耐えられることに、耐えられないのです。

何より辛いのが、無価値自分が、何も出来ない私が会社にいることで、他人迷惑がかかっていることです。

私さえいなければ、上司気持ちよく仕事ができるのに、私がいるせいで、注意をしなければいけない。ヒヤヒヤしなければいけない。余計な時間を使わせてしまう。

ここまで書いて、何を言いたいのかわからなくなってきました

ただただ私は、消えたいだけなのです。こういった場所にこういったことを書けば、じゃあ消えろ、死ねメンヘラと言われることはわかっているのです。全て分かった上で書いています

女に生まれたくなかった。男に生まれたくもなかった。

迷惑をかけるくらいなら、生きていたくない。けれど死ぬのは怖い。

人と付き合いたい。誰かひとりに愛されたい。けれど付き合えば必ず不幸にする。私の心に問題があるから

親孝行をしたい。けれどできない。私は結婚も出来なければ、幸せそうな顔を繕えるほどうまく生きられる人間ではないから。

親孝行もできず、付き合えば相手を不幸にし、働けば他人迷惑をかけ、挙句の果てにはこうやってインターネットにどうしようもない文章を放り込む。

もっと書いてすっきりしたいことはあったはずなのですが、思い出せません。これだけ長々と書いて、言いたいことはこれだけです。

どうすれば、うまく生きられるのですか。

2018-06-23

 全九州高校体育大会バスケットボール男子準決勝延岡学園宮崎)1年の留学生(15)が審判を殴った問題で、同校は23日、

この留学生を6月末までに帰国させると発表した。本人や保護者意向尊重し、自主退学にするという。また、監督を解任し、

対外試合を3カ月間自粛する。出場権を得ていた8月のインターハイは辞退する。

2018-06-19

この件が大手マスコミ等で話題にならないのが不思議

2014-05-21 関西学院大学の闇

http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20140521

小谷野氏がここまで実名で書いていて特に抗議もされていないんだから根底を覆すような間違いは無いんだろうし。

以前、はてブちょっと話題になったくらいで、世間の人は殆ど知らないと思うんだが。

先日、バスケットボール試合中の審判への暴力話題になったが、言うても無名未成年外国人留学生やった事だけど。こっちは名前のある著書も多く、マスコミに出て来る機会も多い御仁だからなぁ…

2018-06-17

207センチ コンゴ出身15歳、報徳バスケ部

バスケットボール男子の報徳高兵庫県西宮市)に今月、中部

アフリカコンゴ出身デイビッドコンゴローが加入した。

昨春に来日して西宮市高須中に通い、この春卒業した。

海外で生まれ育った外国籍選手が同県内スポーツ強豪高校でプレーする例は珍しい。

207センチ長身で注目を集める15歳は「みんなといっぱいコミュニケーションをとって、

試合で優勝したい」と全国制覇に照準を定める。

https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201804/img/b_11156675.jpg

https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201804/img/b_11157314.jpg

https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201804/img/b_11157315.jpg

んっ!キャラ

2018-05-24

自分について

高校生の時、周りが就職や進学などでいろいろ騒いでいる中、自分は何がしたいのか、まったくわかっていなかった。また、それに対しての焦りも感じておらず、どうにかなるだろうと、漠然と思っていたものだ。では、その高校生の時になにをしていたかというと、特になにもしていない。中学校の頃はバスケットボールをしていたのだが、高校に入ってからはやめてしまった。友達と遊ぶのが楽しかったのだ。

自分友達というのはいわゆる「悪友」で、よく酒を飲んだりタバコを吸ったり夜遊びしたりしていた。(もちろん、シンナー暴走族といった、本格的な悪友では無かったが。)週末になると「ドーバン、ドーバン(土曜の夜のこと)じゃけーけーや(だから来いよ)」と呼び出しがかかり、深夜の駅前の街で違う学校の奴や女の子たちと酒を飲んだり、道の真ん中に円状に座ってボケ合戦をしたりして盛り上がっていた。2年生の頃から付き合っている彼女がいたので浮気することはなかった。

あるとき、町中に「fan」というファッションビルができた。スカスカファッションビルで、小さな舞台テレビ局内包しているもので、ヒマ人だった自分たちは、そこに女子校女の子たちがよく遊びに来るという情報を聞きつけていたので、学校帰りによくそファンクに立ち寄っていた。女の子とも仲良くできるし、行けば誰か知り合いがいたので、ファンクに行くのは楽しかった。そんな日々を過ごしていると、小さな舞台撮影をしているのを見学していたら、「漫才師募集テレビに出てみませんか」という告知が。趣味コンビを組んでいた(学校旅行とかで披露するため)自分おもしろがって応募する。そしてその場でショートコント3分ほどやった。コンビ相方が変わったがテレビに隔週で出れる事になった。なぜかギャラはいつも3000円分のお食事券だった。

そんな生活だったから、もちろん成績も悪く、また、勉強する気もまったく無かった。周りも同じだった。

卒業後、とりあえずなんの目当ても無く東京上京する。親の知り合いの娘が自分と入れ違いで岡山に帰るということで、そのままその部屋を借りることになる。家具スクーターをもらって、経堂という世田谷区小田急線沿線の駅に住む事になった。

本当になんのアテも無かったので新宿ビアホールアルバイトをしていた。始めてのアルバイトはけっこうきつく、ビアジョッキをよく落としたりお客さんにかけてしまったりした。それでもあまり怒られる事はなく、東京って優しい人が多いなーと思っていた。アルバイト大学生ほとんどであったが、友達大学生が増えてきても、まだ大学に行ってまで勉強する意味がわからなかった。いまだにあまりからないのだが。アルバイトは他にも飲食店を何度かやった。

高校卒業時、服、特に裏原宿系」と言われるものに興味を持っていた。そこでそういった服を扱う広告制作会社就職一年間ほどそこで営業広告制作取材などしていた。れっきとした下働きであったが自分用のパソコンも与えられ、そこでコンピュータの使い方、(イラストレーターフォトショップなど)を覚えた。しばらくして、なんか違うということで、やめた。それが20歳のころ。

とりあえず働かなければ、ということで派遣アルバイトプレイステーション2メールサポート、という非常に地味な派遣バイトを始める。時給が1500円とすごく良かった記憶がある。そのバイトでは、周りにパソコンに詳しい人が多かったから、ホームページの作り方を教えてもらう。プログラム視覚的に色や形になるのが面白い。なかなかホームページを作るのは楽しく、そのころ友達趣味で作っていたTシャツインターネットで売り始める。けっきょく一枚しか売れなかったのだが、インターネット面白さに目覚めたので、ウェブ制作会社就職する。半年ほど働いて、会社がつまらない仕事ばかりするので辞める。22歳。

ウェブ制作派遣アルバイトをしつつ、個人グラフィックウェブ仕事を受注しはじめる。そのころフラッシュサイトを作れる人が少なかったらしく、仕事にこまることは無かった。グラフィックフライヤーメモ帳DVDパッケージなどを作った。ウェブサイトはいくつかコンペに勝って受注することができた案件もある。しかしながら、クライアントディレクタープロデューサーと、、、何層にもなっている仕事の進め方にうんざりして、つまらなくなってきていた。

2018-05-19

構図が同じだからストレス解消の生贄にされている

日大フェニックスの件、プレーのひどさと言ったら、当該選手は気でも違ったのか、クスリでもキメてんのか?というおかしな、そして危険度の大変高いプレーだったのは確かだが、ここまで蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは、アメフト好きとしても忸怩たる気持ちでいっぱいである。

いわゆる「体育会の病」のようなものについては、たとえば高校野球不祥事がらみや体育会学生私生活のはめはずしやら、バスケットボール協会の長年のアレでアレな感じやら、ついこないだのサッカー協会やらレスリング協会やら相撲協会やら、昔から今に至るまで枚挙にいとまがないわけで、それをいまさらこんな大事日本中がギャースカ言うほとアメフトってみんな興味ありませんでしたでしょう?という感じではあるのだが。

ひとつには、これってまさに今の政権政局とおんなじ感じの構図にはからずもなっちゃってるってのは少なくないんじゃないかなと思ったん。

ネトウヨの皆さんは置いておいて、安倍自民消極的賛成だった自称穏健派現実派の人たちあたりが、ボロ出まくりはいえいまさら政権を叩くのも格好悪いし外聞悪いし評判も落ちるだろうけど、日大を叩いてる分には、社会理不尽を叩くことはできるけど自分立場社会的な体裁は崩さずに社会悪を叩けるという感じにはなっているのかなーと思ったりな。

2018-05-05

野球という欠陥だらけのスポーツ 」に真面目に回答してみる

https://anond.hatelabo.jp/20180503192028

出遅れしまったが、野球話題はてなで伸びることはあまりないので真面目に答えてみる。

競技フィールド問題

ブコメでも大量に指摘されているが、広大なフィールド必要とする競技は中心となる競技エリア以外の規定はアバウトに設定されていることが多い。サッカー競馬クリケットウインタースポーツ等の自然環境を利用した競技など。これらのスポーツが厳密に設定されたフィールドしか行えないのであれば、プレイする場所が限られすぎてしまうために現実的でない。

言うまでもないことだが、敵も味方も同じ環境で行っているのであれば場所の違いによる標準化問題は多少は許容されるのが大抵のスポーツ普通である環境標準化問題でいえば、標高差・湿度・風速・道具の問題など枚挙に暇がなく、野球に限った問題ではない。

プレイの洗練の問題

プレイが洗練されているかどうかは個人主観に拠るところが大きいが、サッカーシミュレーション柔道レスリング化等、野球に限った問題ではない。

<第三アウトの置き換え>

マンガあまりにも有名になってしまったが、個人的にはあまり問題に思ったことはない。現実殆ど起こらないので。というか、分かりづらいこととはいルールブックに明白に書いてあり、適用事例も示されていることを「曖昧」というのはどうか。問題にするとすれば厳密に適用されていないルール(例:バント時のバッターボックスからの足のはみだし)やチェックスイングの判定じゃないのか?

サイン盗み>

これもブコメで指摘されているが、サイン盗みが横行するとサインが複雑になり、試合時間無駄な延長に繋がるため。

故意のファールの見分け>

これはブコメになかったので解説する。通常バッターは打った直後、打つ方向に向けて頭(目線)が自然と向く。右打者なら打球を引っ張れば目線はレフト方向に行くし、流せばライト方向に向く。(たまに打球方向と目線の向きが異なってしまった場合が"あっち向いてホイ"状態である。)

打球をフェアゾーンに飛ばそうとしている打者はフェアゾーン方向に自然目線が向いているのが普通なので、打球を放った直後にフェアゾーン目線が向いておらず、打ったファール方向に目線が向いている場合故意にファールを打っていると見なすことが出来る。日本ハムにファール打ちを故意に行っているとされる中島卓也という選手がいるが、是非動画サイト等で彼がファールを打っている時の頭(目線)の向きに着目して欲しい。センターカメラから見て三塁ベンチ方向(つまり打球がファールしていく方向)に目線が向いていることが殆どである

しかし、故意にファールを打つ行為は打球をフェアゾーンに飛ばすことが目的であるはずのバッティングと相反する行為であるので、ルール上反則ではないものの、それに反感を覚える人が多いのは理解できなくはない。個人的には、故意のファールそのもの認定するのは線引きが難しいので、12連続でファールを打ったらアウトぐらいのルールを設けてもいいようには思う。

なお、ファールの方向に頭が向かずにファールで粘れる選手はかなりミート技術が高いと評価でき、プロの一流打者なかにはしっかりとしたスイングをかけながらファールで粘れる変態的打撃技術を持つ選手もいる(元日ハム阪神片岡篤史など)。

<大量リード時などゲーム終盤の手抜き>

サッカーの終了間際のボール回し、競馬勝利が確実なときに鞭を使わない、陸上距離決勝進出が確実な選手準決勝まで流す、カーリングのコンシード等、その試合のみで全てが終わるわけではない大会においては体力温存などのために最後までプレーしない行為は広く行われている。





以下はブコメ意見に対するレスポンス

バット振って当たればラッキーみたいな感じでスポーツとして怪しいかも>

130km/hのボール投手から打者まで到達するのにおよそ0.45秒、115km/hではおよそ0.51秒であるリリースポイントが投球板から2m打者方向、球速が一定仮定した場合計算が間違っていたらスマン)。その差はわずか0.06秒だが、距離にして約1mの差。バットボールの大きさは10cmもないので、130キロボールと115キロボールを同じタイミングで振っていたら全くかすりもしない。

プロ打者は数種ある投手の球種に0コンマ0何秒のタイミングバットを数cmレベルで、さらコースによってバットの出る角度を調整し、ただ当てるだけではなくそれなりの強度を持ったスイングで、前方45度の野手の居ない方向にボールを飛ばさなければならない。しかもこの作業は、職人静謐クリーンな集中できる作業場で行えるのではなく、砂埃舞うグラウンドで数万人の歓声と衆目の中で行わなくてはならないのである。誰にでも出来るようなことではなく、プレッシャーで潰れていく選手が出るのも不思議なことではない。

フォーメーションが決まってるから柔軟性、というか発展する余地がない?>

現在MLBでは広く行われるようになっている「極端な守備シフト」の出現は、伝統的な野手守備位置を崩す大きな野球の変革といえる。かつての王シフトのような極端な守備シフトは、一部の選手に対して行われるいわば"奇策"に近いような戦術であったが、近年は非常に多くの打者に対して行われるようになった、という点で大きな変革が起こったといえる。一方で極端な守備シフトによって野球醍醐味の一つである野手ファインプレーが減ってきているという指摘もあり、極端な守備シフト制限するための措置が行われるのでは?という噂もある。

喫煙肥満が云々>

喫煙肥満を推奨するわけではないが、一見アスリートとは思えないような見てくれの悪い人間活躍するのも、ある種野球面白さだと思う。松坂大輔攝津正のように若い頃の面影がなくなってくるとそれはそれで悲しいのだが、バートロ・コロンのように体型を維持しながらピッチングスタイルを変えて生き残っていく選手を見るのも楽しい

野球不文律について>

野球不文律については、特に野球ファンでないと思われる人々から野球の嫌なところ」として指摘されることが多いように思う。しかし、実際のところ暗黙の了解によって行われるプレーはそれほど多くはなく、それを破ることによって問題になる場面も多くはない(というか、頻繁に問題になるのであれば確実に成文化される)。"不文律"という仰々しい表現が使われているが、いくつかは慣習的に行われているマナーのようなもので、電車で騒いではいけませんとか他人の顔をジロジロ見てはいけないとかそういった類のものである。例えばwikipediaの「野球不文律」の項で取り上げられている"投手の集中を妨害するために相手に話しかけたりしてはいけない"とか、"投手野手文句言ってはいけない"などは、野球独特の暗黙のルールとして特筆するようなことでもないだろう。将棋で対局中に相手に話しかける棋士はいないだろうし(いたらスミマセン)、仕事で別部署の人がやってしまったミスをわざわざ咎めに行く人はいないだろうが、成文化されていないとしてももしそれらをやれば確実に顰蹙を買うはずだ。

wikipediaの「野球不文律」で書かれている項目は特筆するべきことでもないことかなにかしらの説明必要な項目ばかりで、野球を全く知らない人が参考にして見てもらいたくないことばかりである(もちろん全ての項目が気にするなというわけではなく、引退試合忖度などは無くすべき慣習のように思う)。

つまるところ、これらの問題はささいなことであって、外の人が「これが野球の嫌なところである」と声高に主張することがある種偏狂で、野球ファンからすれば不快だと言わざるを得ない。

アップデートの無いゲームは欠陥がかなり残っているでしょう>

まり知られていないことだが、実は野球ルールは毎年細かい変更が行われている。「野球規則改正」で検索してほしい。

ストライクゾーンってのがマジで理解出来ない 選手ごとに可変でしかも全部審判目視て>

MLBでは機械的な投球の測定システムの導入によって審判ストライクゾーンの精度がかなり向上したらしい。将来的にゾーンの判定が機械的に行われるようになることも非現実的ではないと思われる。

<一つのポジションピッチャー)のゲームへの寄与が、他のプレイヤー全員の寄与を合わせたよりも大きい点で、デザインおかしスポーツ

少し理屈をこねた回答をする。団体スポーツで一人の選手スタンドプレーによってゲームが決まってしまうことは、特にアマチュアレベルにおいては決して野球に限ったことではないように思う。子供の遊びレベルサッカーバスケットボールで、一人の運動神経のいい子供ボールを多く扱って何得点も決めてしまう場面を見たことがないだろうか。

野球においては投手が多くボールを扱っているか投手が全てを支配しているように見えてしまうが、ただボールを投げただけでは得点は入らないのが野球面白いところで、投手負担だけで野球というゲームの全てが決まってしまうわけではない。もちろん1試合のみでは絶対的投手によって試合の体勢が決まってしまうこともあるが、プロ野球においてはその点他のプロスポーツに比べて非常に多くの試合が組まれることによって、一人の投手のみによってシーズンが決まらないような体勢が整えられているのである。また投手の分業制は最早当然の戦略となっており、多くのイニングを投げる先発投手のイニング数も年々減少傾向にある。プロのみならず、最近高校野球でも複数投手を擁するチームが非常に多くなってきた。これは単に投手負担を減らす意味合いだけではなく、一人の投手能力だけではゲームをdominate出来ないことが多くなっているといえるからだと思う。逆説的にいえば、一人の選手ゲーム支配することもあるし、戦略的には複数投手制をとるチームが増えている点で、独特の興味深いゲームバランスになっているといえないだろうか。

ちなみにアメリカのbaseball_referenceとfangraphsというサイトがそれぞれに公表している「WAR」というMLB選手の貢献度を測る投手野手共通指標存在するが、2008年から2017年までのMLBリーグトップWAR20人中、reference版でトップになった投手は6人、fangraphs版ではわずか1人である。少なくとも長いシーズン戦うプロ野球においては、図抜けた投手一人より図抜けた野手一人のほうが貢献度が高いと見なされているのである

2018-03-04

部活顧問批判されているけれども

僕は部活動顧問になったことが教員をやめた現在、飯の種になっている

全く特殊な例なので敷衍はできないが

私学に就職し4年間運動部をもった、しかし、その運動経験者が二人同時にはいったため顧問を弾かれて全く希望していないコンピュータ部の顧問になったのがすべてのはじまり

当時はネット黎明期だったのでこれを機にプログラミングをやってみようとPCを「学校の金」で購入、放課後2時間バスケットボール指導をやっていた時間をすべてプログラミング学習に当てた

もっとも土日は運動部と違い部活休みだったので非常に楽になった上にプログラミングはやればやるほど面白く、上達して1年後には初心者には指導できるようになった

ただもちろん生徒の中にはプログラミングオタクのやつもいるのでわからないことはその子に聞けば大抵解決できた

それを6年続けたのでプログラミングは上達した

しかし、コンピュータ部が部員が最終的に二人になり廃部になってしまった

そのときにまた運動部に戻されそうになったのだが、前回は望みもしないのに運動部をやめさせられたことを盾に初めて自分希望を聞いてもらった

就任した部活は「語学部」

英語教員でもないのに語学部の顧問になった

語学部は外国人教員顧問だったのだが、外国の方は時間外の仕事は基本しないので放課後17:15までしか活動していなかったのだ

僕が顧問になることで18:30まで活動できるようになった

そして、またも放課後の二時間を生徒と一緒に英語習得に明け暮れた。もちろん教材も「学校の金」で全て買った(もともとたくさんあったが)

ニュージーランド人のもう一人の顧問とも英語で話した

毎日2時間、週に10時間でも3-4年もやっていると英語ニュースはわかるようになるし外国人との会話も普通にできるようになった

しかもその間2年に一度くらい部費でNZ旅行に行かせてもらった

この間の僕の評判は生徒とともに部活動を熱心に活動する良い教師という評価だった

この2つのスキルプログラミング英語就業中に習得したおかげで現在全く別の職についている

本当に部活動顧問はありがたかったが、最初の僕の意に反して運動部をやめさせられるというのが普通はないのでそれがラッキーだった

2018-03-03

リアル系ってどういう意味だ?

人形ロボットの何を持って「リアル」というんだ?

車椅子にでも乗ってるのか?

バスケットボールでもするのか?

いじめにあったりしているのか?

トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかい

2018-03-02

バスケットボールって重いよな

あのボールもっと軽くもっと投げやすくてもっと小さかったら扱いやすくて楽しかったと思う。俺の筋肉がないだけだって?うるせー。

2018-02-15

北朝鮮スパイはどうでもいい。必ず来る国難に備えろよ右翼

はいはい北朝鮮スパイいるかもね。でもそれがなんだ??どうして右翼はくるかどうかもわからない危機戦争に備えようと慌ててるんだ。北朝鮮ミサイル飛ばされすぎて頭おかしくなったのか。日本には必ず大地震が来るんだよ。それも必ず東京神奈川に来る。何万人もの難民が出る。2011年を忘れたのか。東北北関東ですら簡易住宅がなかなか建たねえー温泉たらいまわし、そんな人たちが何百人といた。東京直下型地震が来るんだよ。なんで仮設住宅関東に周りに作っておかないんだ?あらかじめ建設しておくのは無駄か?熊本地震で「避難先の体育館バスケットボールして遊んでるうるせー児童がいたか管理者文句言ってやめさせたったわw」ってブログに数百ブクマがついて絶望感じたわ。体育館公共施設宿泊所じゃないんだよ。避難先になって、何か月も授業再開が遅れる十代の身になってみてね!体育館バスケやって走り回るところなのに、なんで「ここならみんなの顔も見えるし話し相手いるか避難施設に移りたくない」って老人の意見を優先して子供日常を奪ってるんだよ。地震東京神奈川で起きれば何人の家が潰れるんだ????どうして外国からスパイにはおびえるくせに、必ず来るとわかっている大地震国民が力を合わせて備えておこうとしない???オスプレイより先に仮の避難所建設して万が一に備えろよ!ほんとに国を愛しているんだろうか

エイリアンがくれば、地球ひとつになるとかも大嘘だと思ってる。そんな状況になっても愛国右翼様は「でも中国邪魔するー」「韓国が足を引っ張るー」「アメリカがうんだらかんだらー」って文句ばっかり言って、協力を知らないんだろうな。

2017-09-29

レスおもしろいのでひとこと

ありえない仮定に基づくため選択することに何の意味もないような「無意味二択」に答えるという問題だけでなく、今回の増田の問は、答えることにより身の危険を感じるところも、少し左翼の方の怒りポイントだったのではないだろうか。

まりたとえば

例:ゲイのおにいちゃんに目をきらきらさせながら「ねえねえケツの穴に入れるならバスケットボールバレーボール?」

 →「入れねえよ! つーか入れたくもねーしそもそも入らねえよ!」

 →「だいたい何が聞きたいんだよ。オカズネタ提供かよ。答えたくねえよ。くだらない質問すんな」

 →「なに?『ボクはバスケットボール』だと? 聞いてねーよ。つーかそもそも聞きたくねえよ。」

リベラル派の皆さんの反応は、だいたいこんなんだったんではないだろうか。


ちなみに私は一応リベサヨなので答える権利あると思うが、絶望不自由なら、まあ不自由の方がまだマシ。

あ、支持政党は昔から共産一択なので、今回の総選挙で改めて共産に入れるわけじゃないからそれだけは言っとくわ。

それから、追記11の人は後半でちゃんと答えてるのに批判されててかわいそう。相手批判するならちゃんと最後まで読んでやれ。少なくとも引用部くらい。

以上。

https://anond.hatelabo.jp/20170929072315

2017-09-19

anond:20170919104624

スラムダンクには桜木という主人公がいてだな、そいつ身体能力は驚異的なんだけどバスケットボール能力初心者で、話の最初自分天才と疑ってない

で、話の途中でライバル流川ってやつに1対1の試合でボロ負けして現実を知る

それでも根本的には桜木バスケットボールが好きだから基礎練習を続けて、話の終盤では驚異的な身体能力を持っていてなおかつ初心者としては少し上手いくらバスケットボール能力を持つ主人公進化する

その新人もある面では勘違いしててもある面では本当に天才かもしれないし、それを周りが気付かないってことはあるかもしれない



孫正義会社立ち上げた当初にぶち上げた目標現実離れしてて社員全員がドン引きして社員が全員辞めたって話もあるし、三菱財閥創始者岩崎弥太郎は字が下手でも部下に書かせるって事業初めてすらいない10歳の時に言ってたし、社長になってから英語学べたけど通訳使ったっていうしコアスキル以外の雑務なんて無能レベルでも成功には関係ないと思うけどな


長くなった。ちなみに俺もどうでもいい仕事は手を抜きまくってて勘違いされてるタイプだ。元増田が言ってる27歳がどんなやつかは知らん

2017-06-01

しかしたら僕はラッキーだったのかもしれない

Twitterで、高校時代同級生悪戯で怪我をし、重い障害を負ってしまったバスケットボール選手の手記がリツイートされてきた。

彼の怪我の原因となった「悪戯」は、着席しようとした彼の後ろから椅子を引いて転ばせるという、小学校低学年以下がよくやるやつだ。

僕は、高校生にもなってそんな事をする奴がいるということに驚いた。普通、そういうのは小さい時に誰かにやったりやられたりする経験を通して、やってはならないものと学ぶものではないのか?

僕も幼稚園の頃、隣の席のA子ちゃんによくやられてはべそをかいていたものだ。あれをやられて転ぶと勿論とても痛いし、皆に指差しで笑われるので恥ずかしい。

執拗椅子引きをするA子ちゃんに僕は腹が立ったので、一度仕返しにやり返した事があった。そしたら、あまりにも上手く行きすぎて、A子ちゃんは派手に転倒、大きな音を立てて尻餅をつき、号泣した。

こんなはずでは……、と、僕は思った。

思い返せば、あの頃の僕は椅子引きをやられ慣れしてしまっており、転ぶのが上手になっていたみたいで、もーなんだよぉー!と言ってすぐに立ち直れたので、A子ちゃんも転んだらそうするだろうと無意識に期待していたのだろう。

だがそうはならなかった。

幸いにも、小さな子供の尻餅だから、A子ちゃんは怪我をしないで済んだ。けれどもA子ちゃんは、痛みにも仲の良い同級生に欺かれる事にも慣れていなかったので、その心理的な傷は甚大だったろうと思われる。

以来僕達はパタッと椅子引き"遊び"をやめた。

あれをやっていたのは僕達だけではなかったけれども皆パタッとやめたのは、あの件でA子ちゃんが大泣きしていたのと僕が先生からめちゃめちゃ怒られたのを見たからだろう。

僕は加害から、A子ちゃんは被害からあんな事はしてはならないのだという事を学んだ。

椅子引きは、怪我をするからいけない。そして友達を騙し辱しめる行為からいけない。

僕の経験幼稚園の頃の話で、お互いまだ体重の軽く、ぷくぷくとして柔軟な身体幼児だったお陰で大怪我をせずに済んだから、ただ泣いたり叱責されたりで済んだ。

これが大人大人に近い子供の体格の人がやられたら大変な大怪我をするか、下手すると死ぬ

大人の転倒はとても怖いものなのだ

それを僕が学んだのは、小学校中学年位の頃、理科の授業中だった。

季節外れな事甚だしい話なんだけど、晩秋から冬の始めのこと。

近く、全校生徒で市営のスケートリンクに赴きスケート教室を受ける事になっていたんだけど、ある生徒が理科担当をしていた先生に、「先生スケート教室行かないんですか?」と聞いた。

先生担任クラスを持っていない人(何か役職のついている偉い先生だったのだ)なので、そういう学外活動の日は学校でお留守番なのが普通だったんだけれども、先生は、もし同行しなければならないとしても、

「ぼくはこの歳になってまでスケートなんかしたくないですよ、だって、転ぶから。」

と言った。

それで教室爆笑の渦になったのだけれども、先生はおもむろに黒板に図を描き始めた。

まずは地平線の様なもの

次に、大きな棒人間と小さな棒人間を描いた。

それで説明して曰く、

「君達は小さいので、転んでリンクに大の字に転んでも、打つ面積はたったこれだけです。だがぼくは大人なので、コケればこんなに沢山の面積を打つのです。それはとても痛い。しか大人体重が重いですから、打った時の衝撃に自重が加わり大変な事になります。君達が擦り傷で済む様な事でも大人骨折したり打ち所が悪ければ死ぬのです。だから大人スケートなぞするもんではありません」

何かをしなくて良い理由というのを、その様に論理的説明された経験が僕にはそれまであまりなかったのもあったし、とても分かりやすかったので、この話は強く印象に残った。

そうか、大人が転ぶっていうのはとても危険な事なんだ!

と。

また、自分が平気と思う事でも他人は大きなダメージを受ける事もあるんだという事を、改めて学んだのだ。

A子ちゃんとの事や理科先生の話は、何気ない日常のひとコマだったけれども、その後の僕の運命を大きく変えたのかもしれない。僕は他人を怪我させないように気を配るようになったのだから

しかし、世の中僕みたいに幼少期に大事なことを教えてもらえる人ばかりではないのかもしれない。

そういうのを長じるまで完全にスルーして来てしまって、ちょっとしたムシャクシャや悪戯心で他人ちょっかいを出して大変な事故を起こしてしまうという事もあるのだろうか。

2017-05-01

学校の体育で球技を重視するのって発達障害者を振り分けるためだよね

発達障害者ってバレーボールとかバスケットボールとかの球技が苦手とされている。

学校教育発達障害者をこれらのスポーツスクリーニングして置けば管理やすくなるよね。

あとはチームプレーで仲間の足を引っ張ると言うことは必然的イジメも発生するし、発達障害者はチームプレーを重視する社会の中ではお荷物であることを叩き込めるという副次効果も期待できる。

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