「題名」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 題名とは

2020-05-28

anond:20200526215103

ブクマコメントと返信、ありがとう。 もともとこの疑問は「なんで日本人赤毛のアンがそんなに好きなんだ?」って疑問に答えようとしたときにふと浮かんだ疑問だったんだ。

実際古くさいとか言われようと、赤毛のアンってカナダ人ドン引きするくらい日本人に人気で、今はそうでもないんだろうけどいつもはこの時期プリンスエドワード島日本人観光客であふれかえるらしい。

あと、念の為に書いておくと、どっちの作品小学生くらいから読めるようやさしくした本は出ているけれど、別に子供向けじゃない。とはいえ子供でも読める」は三大に入れるには必須かなと思ってた。当然、近所の図書館に置いてあることも重要だと思う。

それにしても、ファンタジーが山盛りでお勧めされるのはちょっと意外だった。挙げた2冊、どっちもファンタジーじゃなかったから。ハリーポッターのおかげでイギリスボーディングスクール海外展開大成功したし、長くつ下のピッピだってやってることや起きていることそのものファンタジーじゃないかと思うくらいに突飛だったりするし、ファンタジー現実の境目は意外とわからないものだけど、今回はファンタジーは外したいなと思った。「不思議の国のアリス」「モモ」「ムーミン」「星の王子さま」「ハリーポッター」あたりは今回はごめんなさいだ。

そうすると残るのは「大草原の小さな家」「嵐が丘」「高慢と偏見」「あしながおじさん」「風と共に去りぬ」「秘密の花園」「小公女」あたりか(ほかにもいっぱい挙げてもらってる)。

そして、改めて題名を言われてみて初めて、随分昔に交際してた(と断言できるほど深い交際ではない)友達から嵐が丘」の現地報告絵葉書もらったこと、思い出した。自分にとって「ヒースクリフ」は性格の悪いアメリカンマンガ猫のことだったから、何書いてるのかさっぱりわからなかったんだ。そんないやなトラウマを思い出したので3つめは「嵐が丘」ということにしておきたい。

もちろんこれは自分の中で完結する話だし、最初の疑問への回答に「3大日本女性が好む海外文学」なんて書くつもりもないので、各自好きなように候補を入れ替えたりして3大を決めてほしい。もちろんそっちにはファンタジーが入っていても全然かまわない。

2020-05-24

コミュ強の妻とコミュ障の私

どうしたもんかなと思ってここに愚痴を書きます

結婚5年目、子なしの夫婦なのだが、久しぶりに険悪な雰囲気になった。

原因は妻から、妻の新しい友達とその旦那さんも含めて4人で遊ぼうという提案を断ったからだ。

からしたら妻の友達と面識はないしその旦那なんかもっと面識がない、一体その人たちと会って何を話せっていうのか。

なのでそっけなく「無理、全然知らん人だし」と返したのだが、その回答が妻を不機嫌にさせたようだ。

妻曰く、私(妻のことです)があなた友達と会うのを断ったことがあるか?なぜ会う前からそうやってコミュニケーションシャットダウンするのか、とのことだ。言うことは尤もなのだが、ここで題名にある通りそれは妻がコミュ強だからだろう。

他者に対する壁の厚さが違う。知らない人と会って2時間かそこら話すのは私にとって不可能だ、何を話したらいいのか全然からない。

揶揄するつもりは全くなく、コミュ強の人はすごいと思う。初対面の人と簡単に打ち解けて仲良くなってしまう。

居酒屋で飲んでいても隣のテーブルの客と他愛もない会話を始めたりするので、これは才能の一種だと思ってる)

一方の私はコミュ障、いや話しかけられたら応答くらいするのでコミュ障ってほどではないと思いたいが、できるだけ対人接触を避けて生きてきた。

そんなんでよく結婚できたなと思われるかもしれないが、やはり妻の方から積極的に話しかけてくれたからだ。

ただ結婚したらそこのメリットってあんまないんだよね、、、コミュ強でも不機嫌な時は不機嫌だし。

1-2日したら仲直りできるんだろうが、すっかり嫌な空気が流れてしまってやるせない。

2020-05-02

フェミさんは岡村氏の件で完全に自滅したよね

岡村隆史失言フェミニズム村の空気について考えてみた

https://www.news-postseven.com/archives/20200502_1559822.html

題名にも書いた通り、フェミさん達はこの件で完全にそれこそ昨今で言われる所のネットいじめ様相やらかし完全にこの件においても自身の印象を悪化させると言う自滅をやらかしたなと見ていて思った(小並感

そもそも当事者達は生活がかかっていてそれ所じゃないし、元々フェミさん達は風俗やら攻撃していたにも関わらず、この件に関して絡んできたと言う厚かましさも発揮したからね。

そして案の定生活支援等の方に弊害が出る様な邪魔になる事態すら引き起こしかけたりしたわけで。

今回の件に関してもだけど、相も変わらずフェミニストと呼ばれる人達はただ騒げれば良いだけで他所や利用したものについてはどうでも良いと言う事が今回の件でも良く判った。

何かフェミさんが言っているみたいだけど、これに関しても「新廃止主義」という考え方と言いながらも結局は

>買う側(とくに男性)や場所等を提供する者らを犯罪化する

とか言い出している時点で、やはり潜在的意識レベルでこの人達こそ男性嫌悪主義者や男性差別主義者であり、問題の根幹自体を良く判っていないのだなと読んでいて思った。

読んでいてそれこそフェミニストがセックスワーカーを理解する事も永遠にないだろうと思う。

風土経済人種立場など色々な要素が絡み合っているのに短絡的な結論にもって行く所が以下にもジェンダーな方らしいなと思う。

しかしこの人達いちいち海外ガー的なグローバルっぽい事を言って考えを押し付けるのが好きだよね。

昨今ではこの手の世界標準的な考えこそが嫌われ始めだしているのにそれすら理解していないのは相変わらずこの人達らしいなと思ったりもするけどな。

何にしてもコロナ禍があった事もあって、今後良くも悪くも世界は急速にローカル化が進んでいく事でしょう。

フェミさんに関してはスペインデモの一件もあり、コロナ禍を変に自身思想悪用しようとして更に自滅している印象しかない。

2020-04-28

有料になったレジ袋の代わりに、なるべく安価に「ごみ袋」を手に入れ

方法は何だろう。

レジ袋の有料化が進んできて、自分マイバッグ持参を始めたんだが、当然の結果として、「ごみ袋」として使っていたレジ袋のストックが無くなってきた。

すると、ごみ排出するためにレジ袋に類する袋をホームセンターなどで買うことになるわけだが、金かけてごみにするものを買うのも何だかなぁ、なるべく安く済ませたいなぁと思う。

しかし、それがどんな袋なのか、もしくはどんな物体や行動なのか検討がつかない。

大家族ならポリバケツ排出するのが初期投資のみで済み、適切なように思えるが、自分一人暮らしなので、それだと過剰な気がする。

以後の検討は、ゴールデンウィーク課題の一つにしよう。

<以下、付録(没ネタ)>

題名

平日は全く排便が無いのに休日複数回の排便を伴う人、集まれ

本文:

でも、テレワークになったら毎日出るようになったよ。はい解散

2020-04-24

ヒーローはそんなこと言わない

題名みたいなことをツイッターで見たので書く、はしょってるけど胸糞悪かった

垢A(ホワイトカラー)「今水止まってないのは水道業者が頑張ってるおかげ!感謝!」

垢A「今物流止まってないのはトラック運転手が頑張ってるおかげ!感謝!」

垢A「スーパー食品買えるのはスーパーで働いてる人のおかげ!感謝!」

垢B(スーパー店員)「レジ打ちも命がけなんです。店閉めることもできないし毎日怖くて仕方がない。誰も来なければいいのにと思ってしまう。」(垢Aへのリプでもなんでもない)

垢A(垢BをRT後)「あーそうですか。レジ打ちしか脳がないない人はそうやって嘆いて店が潰れればいいですね。通販食品は事足りますから辞めてもらって構いません。」「結局資格もない人達仕事の幅が狭くなってこんなとき大変」

テレワーク中にする差別はさぞ楽しいでしょうね。ガス抜き必要ですからね。

2020-04-19

もっといい映画タイトル和訳はあるはずなんだけどな

先日トレインミッションという映画を見た。リアムニールソンシンドラーのリストシンドラー役で昔はハンサムだったんだろうけど今はいい感じに疲れたおっさんは定年前の元警官保険営業員。可愛い息子娘の大学授業料の為に雨の日も雪の日も地下鉄ニューヨーク通勤する。だがある日呼び出された彼はいきなり首を宣言される。しょげて嫁に何て説明しようとしょげて帰宅中の列車初見女性大金の為に人探しゲームをしてくれと言われ、やがて彼は大きな陰謀に巻き込まれてく……。みたいな内容だ。元の題名はThe Commuter。通勤者って意味だ。流石にトレインミッションよりもっとマシなタイトルは付けれなかったんだろうか。そりゃザ・コミューターだったら、ほわ?何それって9割9分理解しないし、通勤者とか通勤だったら興味を持つ人はいないだろうけど、何かもっと他にあっただろって思う。何がいいだろう。

2020-04-18

記事題名から凄い悪意を感じるw

新型コロナ媒介説も ポケモン密輸で知られる野生動物

https://www.asahi.com/articles/ASN4G7QJXN41PLBJ00C.html?iref=pc_rellink_01

まるでポケモン密輸関係ありそうな題名で草。

朝日新聞の手にかかるとこんな記事になってしまうのな。

中身自体例の中国起源の怪しい情報であるセンザンコウコロナウイルスの起源だったのでは?と言う内容の記事みたいだけど、色々な意味朝日らしい記事だなと思う。

どう考えてもポケモンワシントン条約密輸蛇足だとしか思えないのだけど。

題名が主部だけの増田って

読む気がしない。

  ↑

 こういう奴

 

「全国のトイレって」

だけだと、全国のトイレについて書いてあるのはわかるが、全国のトイレの何について書いてあるのかわからない。和式洋式比率なのか、水洗率なのか、汚れ具合なのか、もしかしてトイレで手を洗わない人のことなのかわからない。だから読み手はモヤっとし、モヤっを解消するために開いてしまう。

なんで述部を切るのか? 中途半端じゃないか。あれか、「ここからは有料です」みたいなもんか。「ほらほら、ここにあなたが興味がありそうな記事がありますよ。どんな内容かって? それは ひ・み・つ。開いてみてのお楽しみ!」

人の心をもてあそぶなんていやらしい、ああ、なんていやらしいんだ。だから私はこういう増田は開かない。こういう増田ホッテントリ入りしているのを見ると、ああ、まんまと引っかかりやがって……バカな奴らだ……と思うのである

2020-04-13

追記コロナのせいで夫婦危機

【ここから追記

増田です。かなりの数のブクマが付いててびっくりしました、みなさまコメントありがとうございます

妻とは昨日無事に仲直りしました。(丸一日self-isolationした結果、状況は改善

実はこの記事イギリスから書いております。これを書くと欧州特殊な状況と捉えられて共感を得られないのではないかと思い、あえて書きませんでした。ただコメントを見る限り普遍的問題になってきていると感じますし、外出禁止から3週間が経過した後に起きたということも踏まえて、これから日本でも私と同じような状況が出てくるのではないかと考え、ここに追記します。

トップブコメの人が書いている通り、そもそも指輪時計を着けないというのが正解だったのだと思います。つまり初手から間違っていた、と。30分程度の買い物に指輪時計必要ないはずなのに普段通りの行動をしてしまったというのは迂闊でした。

コロナのせいにしてはいけないというコメントコロナがしていましたが、それもその通りですね。夫婦生活コロナと同じくらい不条理連続ワクチン特効薬もない、悪化したら隔離して経過観察あるのみ。

・「話し合え」とか「価値観の食い違いを擦り合わせろ」というコメントもありましたが、それは結婚生活本質を知らないんじゃないかと推測します。妻帯者の男性の方は理解してくれると思いますが、そもそも夫婦間で何かを議論するということは底なし沼に足を突っ込むようなものだと思ってます、もちろん夫の側が足の役目を負うわけですが。(これについては別の機会に書きたいと思う)

とにかく事態の一刻も早い終息を願っております

追記ここまで】

題名の通りなのだが、新型コロナウイルスのせいで夫婦危機に陥っている。

主に夫婦間の衛生観念の違いによるものだ。

妻はこの騒動が起きてから絶対ウイルス感染しないよう予防を徹底している。

それは大変結構ことなのだが、先日アパートの正面ドアから出入りすることを禁じられた。

妻曰く、アパートの共有部分である正面ドアで咳をしている人を見たそうだ。

(その人が感染しているかどうかはもちろん分からないが、激しくせき込んでいたそうだ)

この話を聞いたとき、正直神経質過ぎるなと思わなくもなかったがこの時は素直に従った。

我が家アパートの1階部分に住んでいて、裏庭側から外に出ることはさほどおっくうではなかったからだ。

次に、外出するときは手すりや金具の部分、信号ボタンに触るなという指示が出た。

万が一触ってしまったら、絶対に顔や髪を触れてはいけず帰宅直後にすぐに手を洗え、とも。

かに誰が触れたかからない部分を触ってしまったら、そしてそれで目や鼻を触ってしまったら感染リスク高まる

この時も私は素直に従った。(ただ限度はある、手で顔を触るのはほとんど無意識にやってしまうことはあった)

そして昨日、事件は起こった。

夫婦で食料の買い出しに行った帰り、家に着いた私は指輪時計を外して手洗い、そして居間に帰ってくると妻はなぜか不機嫌だった。

なぜ?と聞くと手洗いの順番がおかしいのだそうだ。妻曰く、帰宅したら指輪時計も着けたまま手を洗い、そのあと外せとのこと。

この時私は初めて妻に反駁した。いや、嘘です、「おっしゃる通りですね」みたいなことを言った。ただ態度は顔に出ていたと思う。

私ははっきりとやり過ぎだと思った。除菌のため何度も手洗いをすることは重要だと理解するが、指輪時計も外出から戻ってきたら毎回石鹸で洗わないといけないのか?うんざりした、正直そこまでやらないといけないなら感染して免疫を持った方が手っ取り早いとさえ思った。

私の反抗的な態度を感じ取った妻はますます不機嫌となり、夕食後自室に引きこもってしまった。

今日、妻はまだ部屋から出てこない。見事にコロナのせいで夫婦喧嘩になってしまった。

2020-04-12

コロナのせいで夫婦危機

題名の通りなのだが、新型コロナウイルスのせいで夫婦危機に陥っている。

主に夫婦間の衛生観念の違いによるものだ。

妻はこの騒動が起きてから絶対ウイルス感染しないよう予防を徹底している。

それは大変結構ことなのだが、先日アパートの正面ドアから出入りすることを禁じられた。

妻曰く、アパートの共有部分である正面ドアで咳をしている人を見たそうだ。

(その人が感染しているかどうかはもちろん分からないが、激しくせき込んでいたそうだ)

この話を聞いたとき、正直神経質過ぎるなと思わなくもなかったがこの時は素直に従った。

我が家アパートの1階部分に住んでいて、裏庭側から外に出ることはさほどおっくうではなかったからだ。

次に、外出するときは手すりや金具の部分、信号ボタンに触るなという指示が出た。

万が一触ってしまったら、絶対に顔や髪を触れてはいけず帰宅直後にすぐに手を洗え、とも。

かに誰が触れたかからない部分を触ってしまったら、そしてそれで目や鼻を触ってしまったら感染リスク高まる

この時も私は素直に従った。(ただ限度はある、手で顔を触るのはほとんど無意識にやってしまうことはあった)

そして昨日、事件は起こった。

夫婦で食料の買い出しに行った帰り、家に着いた私は指輪時計を外して手洗い、そして居間に帰ってくると妻はなぜか不機嫌だった。

なぜ?と聞くと手洗いの順番がおかしいのだそうだ。妻曰く、帰宅したら指輪時計も着けたまま手を洗い、そのあと外せとのこと。

この時私は初めて妻に反駁した。いや、嘘です、「おっしゃる通りですね」みたいなことを言った。ただ態度は顔に出ていたと思う。

私ははっきりとやり過ぎだと思った。除菌のため何度も手洗いをすることは重要だと理解するが、指輪時計も外出から戻ってきたら毎回石鹸で洗わないといけないのか?うんざりした、正直そこまでやらないといけないなら感染して免疫を持った方が手っ取り早いとさえ思った。

私の反抗的な態度を感じ取った妻はますます不機嫌となり、夕食後自室に引きこもってしまった。

今日、妻はまだ部屋から出てこない。見事にコロナのせいで夫婦喧嘩になってしまった。

2020-04-09

anond:20200409062245

数年増田やってる自分からのクソバイス

①は一日何個も書けば一週間に1つはバズるようになる。ここは思ったより少ない人数が何個も書いて回しているようなところなので、数書けば絶対バズるのが出てくる。題材はマジでなんでもいい。本文が一行だってバズるときがある。運

②これはどうしようもない。ここで書いてるやつら皆マゾだと思ってる。匿名で書いてるからトラバ暴言吐きやすいしブコメ藁人形殴ってるような気持ちなのかな。あまりにもブコメイライラしたらID書いて「このブクマカが酷い!」って書いたらいいよ。

大事なのは題名と1行目!そこしか読んでくれない!逆に言えば題名と1行目で釣ってそのあと書きたいこと書いたらいいんじゃないかな。

④たまーに優しい人もいるけど、今は外出自粛も相まってイライラしてる人が多くて優しいトラバ全然もらえないね。なんとなく深夜1~3時くらいだと辛いことに優しいトラバつけてくれる人多い気がする。でも辛いこと吐き出すならツイッターでアライさんやってた方が優しい言葉かけてもらえるよ…(実体験)

2020-04-06

トリスハイボールに溺れて、21歳。

最近実家に籠る日が増えたのは紛れもなく、流行り病が諸悪の根源である。時たま太陽の光吸いつくしたくなって部屋から出てみるものの、自粛ムードは天蓋を狭めている。

仕方がないのは重々承知している。影響の範囲と深さを考慮すれば、外出しないのが現状取れる最善策なのだから

することもない、というわけではなく、ただ、何をするにも従来以上にエネルギー必要としてしまっている傾向が見える。電子タバコを吸った、メンソールの、だ。

薄っぺらい白煙はモラトリアムの終わりをじわじわと通知してくる。最後通牒、もう貴様子供ではない。

肺の底辺に薄く汚れた灰が積もっているようで、呼吸をしても呼吸をした気になれない。胸の許容量はいったいいくらだ。

からない。

空は白と青の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜて絵筆で乱雑に塗りつぶしたような不規則コントラストを上映している。

机上の空論、その題名は、きっと『無題』くらいがちょうどいい。

2020-04-05

顧客に殺される客先常駐IT社員

都内ではコロナウイルスが猛威を奮い始めてるね。

本日だけで143人の感染確認されたとか。もう世紀末ダネ。(ソースはYニュース

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200405-00000048-kyodonews-soci

さて、題名に挙げた客先常駐社員について一応説明

自社ではなく顧客先の事業所に出向いて仕事をする人たちのこと。(要は派遣社員

本題。

IT大手のY社の客先常駐社員として働いてるけど、

コロナ騒動中の客先常駐社員のあつかいの酷さにうんざり

社員対象テレワークが推奨されてるけど、

客先常駐社員テレワークは無理。の一点張り現在も客先で常駐勤務。

理由は教えてくれないけど、PCが用意できないとか。前例がないとか。そこらへんかと。

さて、明日コロナ感染するリスクを抱えながらお仕事頑張っていきますか。

2020-04-01

世の中敵や状況をみくびる人多いよね

そして相手にその産業やら分野やら牛耳られ乗っ取られたり、状況的に手が付けられなくなったりして、手遅れになったりする所までがテンプレ

しか題名にも書いた様に世の中敵や状況をみくびる人ほんっと多いよね。

そしてそんな人達は往々にして相手より自身の方が優位性を勝手に感じて思い込みが激しく慢心しきっているの。

たこの手の方々って特定思想に深く染まっていたり、右でも左でも政治思想が極端に偏った人が多いよね。

相手や状況を見下したり、甘く見積もったりして油断するのは勝手だけど、そうして舐めていたら後々自分が苦しむ羽目になるパターン何度あったよ?といつもながらあの手の人達を見ていて思う。

敵を嫌うのは良い。これは当たり前だ。

その敵を悪く言うのも徹底的にこき下ろすのも構わない。これは心理的にもムカついていればそうなるのは自然だ。

だが、敵や状況を勝手に甘く見積もり、自身の優位性に甘えているのはダメだ。

この裏で相手や状況は確実に進行し、いずれ自身の牙城は崩され、相手の侵攻やその状況の手遅れになる場面を作り出す事になってしまう。

からいずれ自身が苦しむ事になるのだ。

相手を侮り見誤る事は時には命とりになるのは明白なのだけどね。

マジで二次大戦バブル崩壊、そしてそれ以降から何一つ学んでねーなと思う。

ある意味では赤の女王仮説とやらは生物進化だけではなく、全ての面で言える事かも知れんね。

赤の女王手厳しすぎるだろ。

たこれ等の慢心しきって思い込みの激しい人達は往々にして先鋭化しきっており、視野狭窄で、非常に他者には攻撃的であり、その敵や状況に対して、慎重的な意見や警戒すべき意見すら、敵の工作等と勝手思い込み、その発言した相手に対して攻撃をしだし、排除する習性がある。

そしてこれ等の慎重的な意見や警戒すべき意見を呈する人達は呆れ果て失望し、その分野や状況を早々と見切ってしまい離れる。

それでそのコミュニティやら団体やら思想は先鋭化してしまい、その指摘されていた事態現実に招く事になる。

だけど彼等はその事について反省する事はない。

何せその状況を招いたのは自身だとは思わず、敵や状況が悪いとより先鋭化するだけだから

日本はこの手の人達が下だけなら良いのだけど割と社会的に偉い人達までその思い込みの激しい慢心をし攻撃人物である傾向が強いのが問題だよね。

どことは言わないけど、コロナ禍でもそのパターンを多発させる集団なり団体なり多そうな気がするよね。

無ければいいのだけど。

2020-03-29

誰か知ってる人、教えて欲しい

誰か教えて欲しい。

次の特徴のある映画題名が知りたい。

洋画

若者たち自由の地を求めて行く話

偶然天国のような島を知ってそこへ行く(どこかで地図をもらう?)

そこでは大麻かいろいろあって、みんな自由に生きている

でも、途中から雲行きが怪しくなって地元民族と争う

死人も出る

最後は元の都会へ帰って来て終わり

2020-03-24

anond:20200324204659

( 2 ) おいでよ どうぶつの森

どうぶつの森とは、2001年に 1 作目を発売したゲームシリーズであるマリオポケモンのような動物を殺すことを楽しむゲームとは違い、動物世界人間が暮らすことをコンセプトにしたゲームである。この作品において、動物と対等に生活を送っている以上、動物差別などとはほど遠いゲームのように思われる。現に、愛護団体からどうぶつの森批判を受けているという話を聞くことはできない。どうぶつの森は、主人公以外はほとんどが哺乳類動物が生息している空間であり、その空間で、釣りをしたり、昆虫採集したりする。また、採集したものスーパーに売って報酬として金銭を得ることや博物館に展示することができる。動物共存する姿にだけフォーカスすれば、批判される対象というよりもむしろ推奨される存在にも感じられるだろう。しかし、ここにも人間至上主義的な側面を見ることができる。それは大きく 2 つの側面から述べられる。 1 つ目は動物のなかの区別存在すること、 2 つ目は動物社会生活するといわれながらも、生きている社会人間社会であることだ。 1 つ目は前述したように動物の中に階層を作り出している点であるどうぶつの森では、主人公以外全員キャラクター動物であるため、虫や魚を売る相手博物館動物を公開する相手必然的動物になる。動物のなかでも、魚や昆虫搾取される側で、権利迫害される。そして、哺乳類をはじめとする動物は、この世界では搾取する側なのであるどうぶつの森では、作中に主人公外人間が存在しないため、他の作品よりも動物間の階層が色濃く読み取ることができるのだ。本来は、動物間において殺害自由の拘束が権利侵害にあたるのかというと明確ではない。野生のなかで相手を殺す状況は自然であるからであるしかし、この場合適用できると言えるだろう。その理由にもなり得るのが二つ目論点である。それは、どうぶつの森という題名からは、ほど遠いほど、生活空間人間社会なことだ。例えば、取引には通貨が用いられ、娯楽として博物館釣り存在する。動物共存する社会象が、自然ではなく、人間社会であることは人間中心のステレオタイプ存在すると言えよう。人間自然のなかで生活をするのではなく、人間の生きている世界動物存在するということであるからだ。

ただ、上述したとおり、この作品に対する動物愛護方面から批判は加えられてこなかった。以上の観点から、この理由として、動物愛護者の立場でもステレオタイプ動物の種類に対する差異を認められており、かつ人間社会と野生社会関係を対等として認識していないということが言える。毛皮をとることや、戦わせることをはじめとしたシンガー原則を受け入れながらも、そこには人間を中心とする明確な意識存在する。

マリオポケモンのような明らかな人間至上主義どうぶつの森のそれは、大きく社会的な見られ方が異なっている。ゲームのコンセプトの違いが存在していることは自明であるとしても、そのほかに、発売時期が関係していると考えることができる。動物愛護社会的風潮が広がったため、動物軽視的な発想が明らかに反映されているゲーム制作者側は作りづらかったという側面である。現に2002年から CERO という非営利団体が結成され、対象年齢を決めることを業務としている。この一年前に発売されたどうぶつの森は、年齢制限が設けられるかもしれない状況下で制作がされていたのである。この制限が設けられたことにより、例えばこの 2 年後に発売されたモンスターハンターは、対象年齢が15歳と設定された。ゲームに対する社会の変化は、暴力性、性的反社会的表現という倫理的な諸問題の中には、動物愛護についての社会風潮も存在しただろう。それには、以下のことが理由に挙げられる。近世における動物愛護関係法令の移り変わりでは、1973年に「動物保護及び管理に関する法律」として、保護動物虐待・遺棄の禁止動物愛護思想の普及啓発、動物による人間への危険の防止が法令化され、1999年には「動物愛護及び管理に関する法律」として、以上に加えて、愛護動物虐待・遺棄の防止、動物取扱業に対する規制が追加されたのだ。同時期に発売されたゲームに上述したモンスターハンターがあること、また、動物軽視が顕著なゲームシリーズが続いていることから社会の変容にゲームが必ずしも対応するわけではない。それはゲームアンタッチャブル特性によるものだ。それでも、どうぶつの森社会的に批判されない作品であり、もちろん時代背景を踏まえても批判されない前提で制作されたものだと考えられるが、根本的には動物軽視の視点が含まれている。これは、社会において、動物愛護の風潮が高まりステレオタイプが変化したにもかかわらず、深層的に根付いたまま存在していると言えよう。また、長年変化せずにシリーズ化する作品からステレオタイプ再生産され維持されていることが認識できるだろう。

みんなこんな気持ち悪いゲームに夢中になってたのか。これに対して批判の声がひとつも出てこない日本社会の前時代性やばすぎるだろ。狸にでも化かされてるのかな

2020-03-15

気付いたら未読メールが1000件を超えてた…

余裕が出来てメール整理しようかなと思ったらこ状態

毎日チェックして、題名と差出人から欲しい情報だけ拾ってたけど、

ここまで積み上がってしまうとは…。

ズボラだな。

2020-03-14

地獄への道は善意で舗装されている

まぁ、題名にも書いた通りなんですけどね。

これは当時の児童ポルノ禁止法騒動の頃から言われていた事ですけど。

結局そのユニセフにしてもその母体国連実在児童犯罪やら売春やらやっていたと言うオチだったのですけどね。

さて、今回は今ですらWHOに同センターロビーをかけていた事や名称のみで中身がなかった事が出始めているのだけど今後どうなるかな?

楽しみだよね。

そのゲーム障害とやら自体ガチ定義因果関係すら証明されていない現時点では疑似科学しか言いようのない代物なんですけどね(笑)

そんな代物に過ぎず、治療と称して子供まで麻薬治療薬を投与しようとしているのは逆に不味いでしょ。

言わば、現在では否定されている瀉血ホメオパシー治療しようとしているようなもの

こんな人が疑似科学に騙されるのだろうねと思う。

しかし(ヨ)界隈の人達は短絡的に彼等の言う所の表現の自由戦士とやらの妨害をする事ばかり注目して、脊髄反射でその逆となる行動ばかりして、自身の考えがいつも通り皆無なのが見て取れるのが本当に残念だよね。

2020-03-03

妻が悲しむから僕を虐げるのは許さな

という、謎の感情最近まれてきた。

このところ、会社で(自分的には)理不尽に辛い目にあっているのだけど、それに憔悴する僕を見て妻がとても悲しそうにする。

別に妻の方が泣いちゃうとかではなく、表面的には健気に明るく慰めてくれてとても頼もしいのだが、やはり表情はどこか暗い。

(ダラしない夫への呆れとかだったらごめん)

自身理不尽な目に合うことに対して、その発生源たる個人出来事に憔悴こそすれど、怒りの感情特に沸かなかったが、悲しむ妻を見ていると非常に腹が立ってくる。

妻を悲しませるやつは許せない。

結果、題名通りの一周回った謎の感情がわいてきた。

からどうするというわけではないが、ちょっと力が湧いた気がする。

2020-03-02

30を超えても未だに親を憎んでしま

属性

頭が悪い低学歴

容姿が悪い(低身長ハゲ

コミュ障

性格が悪い 

・育ちが悪い

題名の通りで,30にもなって親を憎んでしまう。未だに。

本当は思春期世間一般の人はそこで死ぬほど親を憎み

絶望して自分の道を探すと思うんだけどね・・・

まあ、自分なりに努力は知てきたし、これからもするけど

越えられない壁みたいなのが出てくるとスイッチが入っちゃう

産んで育ててくれた親には感謝しろってみんな言うけど、それは恵まれ環境場合だろっていつも思う

2020-02-25

翳(原民喜

センター試験話題になったけど、全文読めるところが見つからなかったので)

底本:原民喜戦後小説 下(講談社文芸文庫1995年8月10日第1刷発行

     I

 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬(うった)えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老い母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

 その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概(おもむき)があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかにもっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃(ひそ)かに考えるようになった。私に最初孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

 彼と最初に出逢ったのは、その前の年の秋で、ある文学研究会の席上はじめてSから紹介されたのである。その夜の研究会は、古びたビルの一室で、しめやかに行われたのだが、まことにそこの空気に応(ふさ)わしいような、それでいて、いかにも研究会などにはあきあきしているような、独特の顔つきの痩形長身青年が、はじめから終りまで、何度も席を離れたり戻って来たりするのであった。それが主催者の長広幸人であるらしいことは、はじめから想像できたが、会が終るとSも岩井繁雄も、その男に対って何か二こと三こと挨拶して引上げて行くのであった。さて、長広幸人の重々しい印象にひきかえて、岩井繁雄はいかにも伸々した、明快卒直な青年であった。長い間、未決にいて漸く執行猶予最近釈放された彼は、娑婆に出て来たことが、何よりもまず愉快でたまらないらしく、それに文学上の抱負も、これから展望されようとする青春とともに大きかった。

 岩井繁雄と私とは年齢は十歳も隔たってはいたが、折からパラつく時雨をついて、自動車を駆り、遅くまでSと三人で巷を呑み歩いたものであった。彼はSと私の両方に、絶えず文学の話を話掛けた。極く初歩的な問題から再出発する気組で——文章が粗雑だと、ある女流作家から注意されたので——今は志賀直哉のものノートし、まず文体研究をしているのだと、そういうことまで卒直に打明けるのであった。その夜の岩井繁雄はとにかく愉快そうな存在だったが、帰りの自動車の中で彼は私の方へ身を屈めながら、魯迅の「孤独者」を読んでいるかと訊ねた。私がまだ読んでいないと答えると話はそれきりになったが、ふとその時「孤独者」という題名で私は何となくその夜はじめて見た長広幸人のことが頭に閃いたのだった。

 それから夜更の客も既に杜絶えたおでん屋の片隅で、あまり酒の飲めない彼は、ただその場の空気に酔っぱらったような、何か溢れるような顔つきで、——やはり何が一番愉しかったといっても、高校時代ほど生き甲斐のあったことはない、と、ひどく感慨にふけりだした。

 私が二度目の岩井繁雄と逢ったのは一九三七年の春で、その時私と私の妻は上京して暫く友人の家に滞在していたが、やはりSを通じて二三度彼と出逢ったのである。彼はその時、新聞記者になったばかりであった。が、相変らず溢れるばかりのもの顔面に湛えて、すくすくと伸び上って行こうとする姿勢で、社会部入社したばかりの岩井繁雄はすっかりその職業が気に入っているらしかった。恰度その頃紙面を賑わした、結婚直前に轢死(れきし)を遂げた花婿の事件があったが、それについて、岩井繁雄は、「あの主人公は実はそのアルマンスだよ」と語り、「それに面白いのは花婿の写真がどうしても手に入らないのだ」と、今もまだその写真を追求しているような顔つきであった。そうして、話の途中で手帳を繰り予定を書込んだり、何か行動に急きたてられているようなところがあった。かと思うと、私の妻に「一たい今頃所帯を持つとしたら、どれ位費用がかかるものでしょうか」と質問し、愛人が出来たことを愉しげに告白するのであった。いや、そればかりではない、もしかすると、その愛人同棲した暁には、染料の会社設立し、重役になるかもしれないと、とりとめもない抱負も語るのであった。二三度逢ったばかりで、私の妻が岩井繁雄の頼もしい人柄に惹きつけられたことは云うまでもない。私の妻はしばしば彼のことを口にし、たとえば、混みあうバスの乗降りにしても、岩井繁雄なら器用に婦人を助けることができるなどというのであった。私もまた時折彼の噂は聞いた。が、私たちはその後岩井繁雄とは遂に逢うことがなかったのである

 日華事変が勃発すると、まず岩井繁雄は巣鴨駅の構内で、筆舌に絶する光景を目撃したという、そんな断片的な噂が私のところにも聞えてきて、それから間もなく彼は召集されたのである。既にその頃、愛人と同居していた岩井繁雄は補充兵として留守隊で訓練されていたが、やがて除隊になると再び愛人の許に戻って来た。ところが、翌年また召集がかかり、その儘前線派遣されたのであった。ある日、私がSの許に立寄ると、Sは新聞第一面、つまり雑誌新刊書の広告が一杯掲載してある面だけを集めて、それを岩井繁雄の処へ送るのだと云って、「家内に何度依頼しても送ってくれないそうだから僕が引うけたのだ」とSは説明した。その説明は何か、しかし、暗然たるものを含んでいた。岩井繁雄が巣鴨駅で目撃した言語に絶する光景とはどんなことなのか私には詳しくは判らなかったが、とにかく、ぞっとするようなものがいたるところに感じられる時節であった。ある日、私の妻は小学校の講堂で傷病兵慰問の会を見に行って来ると、頻りに面白そうに余興のことなど語っていたが、その晩、わあわあと泣きだした。昼間は笑いながら見ものが、夢のなかでは堪らなく悲しいのだという。ある朝も、——それは青葉と雨の鬱陶しい空気が家のうちまで重苦しく立籠っている頃であったが——まだ目の覚めきらない顔にぞっとしたものを浮べて、「岩井さんが還って来た夢をみた。痩せて今にも斃れそうな真青な姿でした」と語る。妻はなおその夢の行衛を追うが如く、脅えた目を見すえていたが、「もしかすると、岩井さんはほんとに死ぬるのではないかしら」と嘆息をついた。それは私の妻が発病する前のことで、病的に鋭敏になった神経の前触れでもあったが、しかしこの夢は正夢であった。それから二三ヵ月して、岩井繁雄の死を私はSからきいた。戦地にやられると間もなく、彼は肺を犯され、一兵卒にすぎない彼は野戦病院殆ど碌に看護も受けないで死に晒されたのであった。

 岩井繁雄の内縁の妻は彼が戦地へ行った頃から新しい愛人をつくっていたそうだが、やがて恩賜金を受取るとさっさと老母を見捨てて岩井のところを立去ったのである。その後、岩井繁雄の知人の間では遺稿集——書簡は非常に面白いそうだ——を出す計画もあった。彼の文章が粗雑だと指摘した女流作家に、岩井繁雄は最初結婚を申込んだことがある。——そういうことも後になって誰かからきかされた。

 たった一度見たばかりの長広幸人の風貌が、何か私に重々しい印象を与えていたことは既に述べた。一九三五年の秋以後、遂に私は彼を見る機会がなかった。が、時に雑誌掲載される短かいものを読んだこともあるし、彼に対するそれとない関心は持続されていた。岩井繁雄が最初召集を受けると、長広幸人は倉皇と満洲へ赴いた。当時は満洲へ行って官吏になりさえすれば、召集免除になるということであった。それから間もなく、長広幸人は新京文化方面役人になっているということをきいた。あの沈鬱なポーズ役人の服を着ても身に着くだろうと私は想像していた。それから暫く彼の消息はきかなかったが、岩井繁雄が戦病死した頃、長広幸人は結婚をしたということであった。それからまた暫く彼の消息はきかなかったが、長広幸人は北支で転地療法をしているということであった。そして、一九四二年、長広幸人は死んだ。

 既に内地にいた頃から長広幸人は呼吸器を犯されていたらしかったが、病気の身で結婚生活飛込んだのだった。ところが、その相手資産目あての結婚であったため、死後彼のものは洗い浚(ざら)い里方に持って行かれたという。一身上のことは努めて隠蔽する癖のある、長広幸人について、私はこれだけしか知らないのである

     II

 私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに満洲にいる魚芳へも端書を差出しておいた。妻を喪った私は悔み状が来るたびに、丁寧に読み返し仏壇ほとりに供えておいた。紋切型の悔み状であっても、それにはそれでまた喪にいるものの心を鎮めてくれるものがあった。本土空襲も漸く切迫しかかった頃のことで、出した死亡通知に何の返事も来ないものもあった。出した筈の通知にまだ返信が来ないという些細なことも、私にとっては時折気に掛るのであったが、妻の死を知って、ほんとうに悲しみを頒ってくれるだろうとおもえた川瀬成吉からもどうしたものか、何の返事もなかった。

 私は妻の遺骨を郷里墓地に納めると、再び棲みなれた千葉借家に立帰り、そこで四十九日を迎えた。輸送船の船長をしていた妻の義兄が台湾沖で沈んだということをきいたのもその頃であるサイレンはもう頻々と鳴り唸っていた。そうした、暗い、望みのない明け暮れにも、私は凝と蹲ったまま、妻と一緒にすごした月日を回想することが多かった。その年も暮れようとする、底冷えの重苦しい、曇った朝、一通の封書が私のところに舞込んだ。差出人は新潟県××郡××村×川瀬丈吉となっている。一目見て、魚芳の父親らしいことが分ったが、何気なく封を切ると、内味まで父親の筆跡で、息子の死を通知して来たものであった。私が満洲にいるとばかり思っていた川瀬成吉は、私の妻より五ヵ月前に既にこの世を去っていたのである

 私がはじめて魚芳を見たのは十二年前のことで、私達が千葉借家へ移った時のことである私たちがそこへ越した、その日、彼は早速顔をのぞけ、それから殆ど毎日註文を取りに立寄った。大概朝のうち註文を取ってまわり、夕方自転車で魚を配達するのであったが、どうかすると何かの都合で、日に二三度顔を現わすこともあった。そういう時も彼は気軽に一里あまりの路を自転車で何度も往復した。私の妻は毎日顔を逢わせているので、時々、彼のことを私に語るのであったが、まだ私は何の興味も関心も持たなかったし、殆ど碌に顔も知っていなかった。

 私がほんとうに魚芳の小僧を見たのは、それから一年後のことと云っていい。ある日、私達は隣家の細君と一緒にブラブラ千葉海岸の方へ散歩していた。すると、向の青々とした草原の径をゴム長靴をひきずり、自転車を脇に押しやりながら、ぶらぶらやって来る青年があった。私達の姿を認めると、いかにも懐しげに帽子をとって、挨拶をした。

「魚芳さんはこの辺までやって来るの」と隣家の細君は訊ねた。

「ハア」と彼はこの一寸した逢遭を、いかにも愉しげにニコニコしているのであった。やがて、彼の姿が遠ざかって行くと、隣家の細君は、

「ほんとに、あの人は顔だけ見たら、まるで良家のお坊ちゃんのようですね」と嘆じた。その頃から私はかすかに魚芳に興味を持つようになっていた。

 その頃——と云っても隣家の細君が魚芳をほめた時から、もう一年は隔っていたが、——私の家に宿なし犬が居ついて、表の露次でいつも寝そべっていた。褐色の毛並をした、その懶惰な雌犬は魚芳のゴム靴の音をきくと、のそのそと立上って、鼻さきを持上げながら自転車の後について歩く。何となく魚芳はその犬に対しても愛嬌を示すような身振であった。彼がやって来ると、この露次は急に賑やかになり、細君や子供たちが一頻り陽気に騒ぐのであったが、ふと、その騒ぎも少し鎮まった頃、窓の方から向を見ると、魚芳は木箱の中から魚の頭を取出して犬に与えているのであった。そこへ、もう一人雑魚(ざこ)売りの爺さんが天秤棒を担いでやって来る。魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな庖丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。——こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。

 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好おかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから豆腐屋の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。

 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆(こまめ)に立働いた。妻が私の着古しのシャツなどを与えると、大喜びで彼はそんなものも早速身に着けるのであった。朝は暗いうちから市場へ行き、夜は皆が寝静まる時まで板場で働く、そんな内幕も妻に語るようになった。料理の骨(こつ)が憶えたくて堪らないので、教えを乞うと、親方は庖丁を使いながら彼の方を見やり、「黙って見ていろ」と、ただ、そう呟くのだそうだ。鞠躬如(きっきゅうじょ)として勤勉に立働く魚芳は、もしかすると、そこの家の養子にされるのではあるまいか、と私の妻は臆測もした。ある時も魚芳は私の妻に、——あなたそっくり写真がありますよ。それが主人のかみさんの妹なのですが、と大発見をしたように告げるのであった。

 冬になると、魚芳は鵯(ひよどり)を持って来て呉れた。彼の店の裏に畑があって、そこへ毎朝沢山小鳥が集まるので、釣針に蚯蚓(みみず)を附けたものを木の枝に吊しておくと、小鳥簡単に獲れる。餌は前の晩しつらえておくと、霜の朝、小鳥は木の枝に動かなくなっている——この手柄話を妻はひどく面白がったし、私も好きな小鳥が食べられるので喜んだ。すると、魚芳は殆ど毎日小鳥を獲ってはせっせと私のところへ持って来る。夕方になると台所に彼の弾んだ声がきこえるのだった。——この頃が彼にとっては一番愉しかった時代かもしれない。その後戦地へ赴いた彼に妻が思い出を書いてやると、「帰って来たら又幾羽でも鵯鳥を獲って差上げます」と何かまだ弾む気持をつたえるような返事であった。

 翌年春、魚芳は入営し、やがて満洲の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し療養生活を送るようになったが、妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。温かそうな毛の帽子を着た軍服姿の写真満洲から送って来た。きっと魚芳はみんなに可愛がられているに違いない。炊事も出来るし、あの気性では誰からも重宝がられるだろう、と妻は時折噂をした。妻の病気は二年三年と長びいていたが、そのうちに、魚芳は北支から便りを寄越すようになった。もう程なく除隊になるから帰ったらよろしくお願いする、とあった。魚芳はまた帰って来て魚屋が出来ると思っているのかしら……と病妻は心細げに嘆息した。一しきり台所を賑わしていた御用聞きたちの和やかな声ももう聞かれなかったし、世の中はいよいよ兇悪な貌を露出している頃であった。千葉名産の蛤の缶詰を送ってやると、大喜びで、千葉へ帰って来る日をたのしみにしている礼状が来た。年の暮、新潟の方から梨の箱が届いた。差出人は川瀬成吉とあった。それから間もなく除隊になった挨拶状が届いた。魚芳が千葉へ訪れて来たのは、その翌年であった。

 その頃女中を傭えなかったので、妻は寝たり起きたりの身体台所をやっていたが、ある日、台所の裏口へ軍服姿の川瀬成吉がふらりと現れたのだった。彼はきちんと立ったまま、ニコニコしていた。久振りではあるし、私も頻りに上ってゆっくりして行けとすすめたのだが、彼はかしこまったまま、台所のところの閾から一歩も内へ這入ろうとしないのであった。「何になったの」と、軍隊のことはよく分らない私達が訊ねると、「兵長になりました」と嬉しげに応え、これからまだ魚芳へ行くのだからと、倉皇として立去ったのである

 そして、それきり彼は訪ねて来なかった。あれほど千葉へ帰る日をたのしみにしていた彼はそれから間もなく満洲の方へ行ってしまった。だが、私は彼が千葉を立去る前に街の歯医者でちらとその姿を見たのであった。恰度私がそこで順番を待っていると、後から入って来た軍服青年歯医者挨拶をした。「ほう、立派になったね」と老人の医者は懐しげに肯いた。やがて、私が治療室の方へ行きそこの椅子に腰を下すと、間もなく、後からやって来たその青年助手の方の椅子に腰を下した。「これは仮りにこうしておきますから、また郷里の方でゆっくりお治しなさい」その青年の手当はすぐ終ったらしく、助手は「川瀬成吉さんでしたね」と、机のところのカードに彼の名を記入する様子であった。それまで何となく重苦しい気分に沈んでいた私はその名をきいて、はっとしたが、その時にはもう彼は階段を降りてゆくところだった。

 それから二三ヵ月して、新京の方から便りが来た。川瀬成吉は満洲吏員就職したらしかった。あれほど内地を恋しがっていた魚芳も、一度帰ってみて、すっかり失望してしまったのであろう。私の妻は日々に募ってゆく生活難を書いてやった。すると満洲から返事が来た。「大根一本が五十銭、内地の暮しは何のことやらわかりません。おそろしいことですね」——こんな一節があった。しかしこれが最後消息であった。その後私の妻の病気悪化し、もう手紙を認(したた)めることも出来なかったが、満洲の方からも音沙汰なかった。

 その文面によれば、彼は死ぬる一週間前に郷里に辿りついているのである。「兼て彼の地に於て病を得、五月一日帰郷、五月八日、永眠仕候」と、その手紙は悲痛を押つぶすような調子ではあるが、それだけに、佗しいものの姿が、一そう大きく浮び上って来る。

 あんな気性では皆から可愛がられるだろうと、よく妻は云っていたが、善良なだけに、彼は周囲から過重な仕事を押つけられ、悪い環境機構の中を堪え忍んで行ったのではあるまいか親方から庖丁の使い方は教えて貰えなくても、辛棒した魚芳、久振りに訪ねて来ても、台所の閾から奥へは遠慮して這入ろうともしない魚芳。郷里から軍服を着て千葉を訪れ、晴れがましく顧客歯医者で手当してもらう青年。そして、遂に病躯をかかえ、とぼとぼと遠国から帰って来る男。……ぎりぎりのところまで堪えて、郷里に死にに還った男。私は何となしに、また魯迅作品の暗い翳を思い浮べるのであった。

 終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。……

2020-02-15

フェミゴブリンで草

海外ポリコレ日本ツイフェミがゴブスレゴブリン比較されるのを問題視する。

https://togetter.com/li/1465021

関連:仁藤夢乃さん、女性の体を盾にして抗議してしま

https://togetter.com/li/1396978

題名見た瞬間に涙が出るほど草生えた。

そもそも実際にフェミニストは沖縄物理的な意味でも肉の盾を使用したりしていたからなw

あー、確かに似ているわ。

そもそも日本フェミに限らず、どこのフェミももうこんなもんでしょ。

実際日本以上にアメリカイギリスフェミの方がおかしいのも多いし。

それとゴブリン擁護で草。

そういえば前にゴブリン擁護していた記事があったなー。ん~?

人間を殺してはいけないのにゴブリンを殺してよいのはなぜか? 『ゴブリンスレイヤー』から考える

https://news.yahoo.co.jp/byline/iidaichishi/20200204-00161504/

しかしこの手の考えの連中ってやっぱりこの手の思想の連中の考えの行き着く先なんだと思う。

でもね、普段性犯罪者は殺せと言う連中なのにゴブリン擁護しているのは滑稽だよね。

マジで草生える

ポリコレ連中も自覚があるからこそ、自身ゴブリン呼ばわりされたのを気にしているって所でしょ。

コメにもある様に何故ゴブリンに例えられるまで嫌われたか?を問題視した方が早いと思うよ。

何にしろ現実創作区別すらつかないのがポリコレフェミ連中って事でしょ。

2020-01-19

自分弱者になった時のことを考えないのか」

障害者に対する社会保障や、安楽死話題になった時に、誰かが必ず題名のようなフレーズを書いてくるんだけど。

仮に自分交通事故病気などで、急に障害者立場になってしまったとする。

おそらく私は、障害者になってしまった私自身のことを受け入れることが出来ないと思う。

自分障害者になった時のことを考えて、常日頃から弱者に優しい社会になれるような思考投票行動をしよう」とはならない。

障害者になった自分イメージする勇気はないし、受け入れる自信も無い。

なので「自分弱者になった時のことを考えないのか」と問われても、「考えない」という答えになる。

私たち人間は、困難な状況に直面した時に「立ち向かう」「逃走する」の二つの選択肢があると一般的に考えられているが、第3の選択肢もある。

それは「見ないふりをする」。

自分弱者になったとしても、それをなかったことにすることだってできることについてはどう思っているのか。

2020-01-18

数年前に見た高校演劇が忘れられない

数年前に見た高校演劇が忘れられない

確か高校の時の友人に誘われて地元の県大会に行った時に上演されていた演劇だと思う。忘れられないと言っても大まかな流れだけなので、以降の台詞は全て意訳である事をご了承願いたい。

一言で言うならばアレは百合だった。

登場人物は確かクール系の女の子(以下A)とワンコ系で尽くす感じの女の子(以下B)の二人がメインで、他にも数人の生徒役がいた気がする。そのうち一人は男。

Aは映画ドラマ撮影していてBはその映画女優として抜擢されていたようだ。Aの撮る作品のためなら何だってすると笑うBと軽く受け流すA。

Aが今撮っている作品はいじめを題材としたもので、話が進むにつれそれはBが実際にクラスメイトから受けていた物を書き起こしたものだと判明する。

Bはいじめられていたあの頃の辛い記憶もAが作品として残してくれる事で素晴らしい思い出に昇華されるはずだと思うと同時に、いじめを受けていない自分はAにとって価値のない存在なのではないかと悩み始める。

Bが当時自分が切った傷の残る左腕を掲げて「Aさんにとっての私の価値ってこれだもんね」と笑うシーンがあり、背筋が冷たくなった。

クライマックスでは自分で用意したナイフで無理やり腕を切ろうとするB、それを止めるためにAはナイフを奪い自らの腕に刺す。Aは自分の傷口を見せながら「貴方の辛かった記憶は此処に残るから、もうやめよう」と泣きつき、二人で抱き合って泣いていた。Bは勿論、今まで大人びた姿を見せていたAの涙がとても鮮明に脳裏にこびりついている。

最後のシーンは楽しそうに撮影をする二人を廊下から眺めているような構図でそのまま余韻を残す形で幕を下ろした。

あとは確かピアノを弾くシーンがあったと思う。クラシックには疎いので曲名までは正直わからないが、観劇中に既視感を覚えたので恐らく有名な曲目だったんだろう。最初はゆったりしたメロディで途中から激しい曲調に変わる曲だった。情報が少なくてすまない…

他に覚えているシーンは、

カメラ三脚スナイパーライフルの如く構えて人を撃つ真似をするB

・高価なカメラを知り合いの大人から借りており、その人の事を尊敬しているA

・Bのロッカーナイフがある事を知り怯える生徒(Bを昔いじめていた?)

・Bがたくさんお菓子を出してきてそれを二人で食べる

これくらいだろうか

題名も覚えない身で言うのも烏滸がましいが、あれはとても素晴らしかった。ろくに演劇を見てこなかった自分にも真正から突き刺さって、今でも時々思い出しては感慨深くなる。

出来ることならもう一度見てみたい。

映像記録は流石に厳しい気がするので、せめて題名だけでも知りたい。心当たりのある方は教えてくださると幸いである。

2020-01-14

この前、秋葉ブックオフに行ったらアフタヌーン神戸舞台にしたまんが(題名忘れた)があって、あーふだん思い出せないけど見ると「好きだったな」って思う漫画ってけっこうあるのかと思った。

アフタヌーンでいうと犬と話す男の子が敵と闘う話、虫が人間を殺してヒロイン女の子が虫の子供を産んで丸く収まる話、壇蜜結婚した人が書いたみたいなへんな4コマ、いろいろあった。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん