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はてなキーワード: 平行線とは

2017-11-21

営業に異動させられそうだ

愚痴ポエムを書き散らして頭を整理する。

プログラマー(SEとは名乗らない)から営業への異動を説得されている。

やりたくない。

若手の頃からたびたび目をつけられていた。今までは運良くタイミングが合わず、なんとか躱してきたが…中堅になった今、上の方で「そろそろどうだ?」という話になっているらしい。

やりたくない。

技術職で食っていきたいのだ。手を動かして何か作りたい。より良い設計に頭を捻りたい。コードに没入したい。ついでに世の中が少し良くなりゃそれでいい。

新卒経験就職したが、業務内外問わずそれなりに研鑽を積んできたし、日頃から技術志向であることはアピールしてきた。趣味で学んでた技術が実案件にハマって脳汁たこともあった。ほぼ最速で昇進できたのも、そこが評価されてのことだと思っていた。

でも違うようだ。その辺のスキルがようやく脂乗ってきたと思ってたのに、それを捨てろと。

つーか同年代他にもいるのになんで俺なんだ。喋れなくはないし酒の席も好きな方だが、真の意味でのコミュ力には自信ない。たまに口も滑る。外ヅラだけそれなりに良いだけの真面目系クズだしズボラだしガチ寝坊もしばしばやらかしてて絶対営業なんて向いてない。

以下説得文句

営業やると視点が広がる」

顧客課題解決により密接に(ry

「開発より自由に動けるよ?」

「開発のまま、っていうけどあと5年10年したら管理側だよ?後進もいるし」

「開発としてこれ以上成長できる案件が今ないんだよ」

「動向は知ってなきゃいけないから、技術から離れるわけじゃない」

開発一通りやっただろ?次行けよ。ってことらしいんだけど、一通りやったつもりなんて全然ないんだよ。35歳定年説かよ。あれ絶滅したと思ってたぞ?

そんなん言ったらちょい上の中堅どころとか同期とか同じ条件でいっぱいいるじゃんか。つーかその話のとき目指してる先輩方が暗にdisられててムッとした。

視点が広がるというのはあるだろう。広がった視点を持って開発に戻る、というのはちょっと魅力ある。けど営業行って開発に戻った人いないじゃんか。行ったっきりになるのが目に見えてるから嫌なんだよ。今後はローテーションも考えてるとか言ってたけど全く確証なし。

呼び出し食らってそんな話をグダグダ平行線のまま続けたのち、ひとまずは解放された。

節目節目でやる気はないと何度も念押ししたが、今回は簡単に折れてくれない。

開発のままでいたい、だけだとどうも弱くて、俺が開発から抜けることの損失を説明できないと勝てない予感。そうなると自信がなくなってくる…

あと営業が嫌な理由も強化しないと。だがそもそも営業が何やってんのかちゃんと語れないのよな。「顧客と開発の橋渡し。スタイルは人それぞれ」とか回答されてもな。

相手をよく知るため、とかで営業チームに話聞きに行ったら逆に絡め取られかねない。

あー憂鬱

あー憂鬱

ガチ抵抗しないと次年度には営業なっちまって戻れなくなる。

あるいは転職か。こんな形での転職は望んでいなかった。

あー。

似たような経験ある諸氏いたら、飛び込んでみろ意外といいぞとか絶対やめとけとか、あるいは甘ったれんな小童系の手斧でも何でもいいから投げてくれさい。

どうもここ数日、自分勝手に部下や同僚に対して自分勝手理論

発達障害レッテルを貼り、私怨を晴らしている人物がいるようだ。

この人物には障害者差別のにおいを感じる。危険人物のようだ。

凶暴な獣のように厄介だ。

発達障害人物の取り扱いに困っている振りをしている発達障害者

議論はいつまで経っても平行線で、交わることはないだろう。

2017-11-14

東京新聞によると、多くの被害者遺族から顔写真実名報道を控えるよう要請がきています。その思いは胸に突き刺さります

 社会部意見割れ平行線のままでした。(1)事件の重大性を社会が共有するために、9人全員の写真掲載は1度に限る(2)個別写真掲載はできるだけ繰り返さない-。現段階ではこう結論付け、11日付朝刊に載せました。

酷い…

2017-11-12

anond:20171112034443

男性にとっては、お互い「そうだね」とか「わかる」ばかりじゃ退屈してしまますよね。

面白いと思えることを言い合った方が楽しいですよね。

時には言葉のバトルも楽しみたいですよね。

ただ、伝えたいことを伝えるときは、バトルでは通らないことが多いんです。

あなたが大切にしている考え方は、叩かれて振り落とされないように必死で守りたいですよね。

叩かれれば叩かれるほど、考え方をしっかり守りたくなりますよね。

みんながお互いにそうしているから、お互いが考えを譲らず、議論平行線になるばかりで、モヤモヤモヤモヤするんですよ。

しかしながら、心から信頼を置く人の考えには、耳を傾けたくなるし、ありがたいと思いますよね。

そういう人に影響を受けたいって思いますよね。

通常、人が信頼を置きたくなる人は、自分肯定してくれる人ではないでしょうか。

2017-11-09

https://anond.hatelabo.jp/20171109173700

味覚と同じで、何を面白いと感じるかは人それぞれだから、これは平行線だな。

俺はリアルにまったく面白さを感じないから、とにかく理想妄想が見たい。

いい人生を送ってるんだな、お前はきっと。

2017-10-27

この問題の原因は、今の日本では他人のせいにする人間が多すぎなとこ

零細企業マネジメントしている人間です。

ブコメ見てると「マネジメントする人間が悪い」という論調と、「マネージャースーパーマンじゃないよアホ」という議論平行線だ。

これを見ていると、今の日本人は他の人のせいにする他責型の人間が多いのが問題の原因かなと思ってしまう。

いま、自分会社ではインターンの取り組みを行っているが、「外国人」のインターンと「日本人」のインターン学生が全く違った話をしたい。

先月、外国人インターンプログラムに参加したなかで、ベトナム人インドネシア人インターンと一緒にディスカッションをした。

まだ21歳前後の彼らだが、日本人マネージャークラス匹敵する優秀さだ。

自分はこの日本へ来たことを活かして、日本法律について学びたい」「日本ベトナム人材育成について学んで本国で生かしたい」「私の将来の夢は、日本介護について学び、将来の自国介護システムつくる会社をおこしたい」

とにかく発想が自分なのだ。彼らはこれから自分未来自分で切り開いていけると信じている。

また、インターンにもかかわらず、インターン先の会社組織について学び、今いる会社をよくしようとする案も積極的にぶつけてくれる。

また新しいビジネス積極的提案してくれて、すごく感心する。

一方、今週、日本就活中の大学三年生のインターンプログラムを行ったところ、あまりの差に愕然としてしまった。

・将来の夢について聞いてみたところ、誰一人として答えられない(10人もいたのにだ)

質疑応答の一番最初が「有給休暇はどれくらいとってますか?」

仕事内容に関する質問ゼロ。9時~18時まで働く会社の内容を何も知りたくないのだろうか。

とにかく、自分で何かをしようという気概が一切感じられない。与えられたものに対してYESやNOを言うだけだ。

かわいそうだけど、この人たちは全員わたしの部下にはしたくない。

上記の出来事は直接イキイキママ問題とは関係ないが、「マネージャーの苦労を考えずに制度を主張する他責型の人間」と、

現実マネージメントしていかなければいけない苦労をわかってほしいマネージャー」の溝が、今回の議論平行線に終わってしまっている原因かなと思った。

マネジメントする側としては、当然産休や育休については考えているし、子供がめでたいのはわかるので祝福してあげたい。

でも、業務に穴をあけるのは事実であり、すぐに穴を埋めるのが難しいこともある。それに対する理解もして、配慮してほしいということだ。

「こういった業務改善をすればよいのではないでしょうか」「これから育休をとる会社だということをPRし、採用活動に繋げることが出来れば会社も発展するのでは」

こういった前向きな発想をしてくれるのであれば、こちらとしても育休・産休をとるのは大歓迎だ。

この際、姿勢だけでも構わない。アイデアだけでもこちらとしてはうれしいのだ。

産休・育休をとることを個人会社にとってどうプラスにしていくのか、お互い共通認識をもって歩むことが出来れば、だいぶ社会は良くなると思う。

2017-10-23

anond:20171023144343

レスサンクス

一応俺なりにがんばって、NHKクローズアップ現代サブリース問題の回をばあちゃんに見せたり、国民生活センター消費者庁資料を紹介したり、地元人口動態資料持ってきたりしたんだけど、ばあちゃんに全然響かず…。

ばあちゃんは「あやしい会社もあるけど、うちがお願いする不動産会社さんは信頼できる。いい土地だし、人が減るっていってもそんなに深刻じゃないでしょ」と言ってて、正直不動産会社のことを信用しちゃってるし、今後急激に人口が減るってデータがあっても生きてる間にそんなことが起こったことがないから実感がないか全然ピンときてないんよね…。

しろばあちゃんとしては「息子・孫に家賃収入を遺せる」といいことしてると思ってるくらいで。

俺「そんなん建てられても、ローンが残って困る。」

ばあちゃん「ローンは残るけど、家賃収入から返せばいいじゃない。」

俺「いやいや、人口動態見ても下手したら10年後くらいには借り手がつかなくて困る状況になるのは目に見えてる。」

ばあちゃん「そんなことないよ。あんたは心配性だね。」

てな感じで完全に平行線

ホントうまく説得できればいいんだけど…

2017-10-15

透視図法に一点も二点も三点もない

平行線は同じ無限遠点に消失する」

透視図法の基本はこれだけ。

昔、美術の授業で二点透視図法を習ったとき、斜め向いてる複数の箱を描けるようになって満足していたが、そのすぐ後には

「あれ?これだと、違う角度で斜め向いてる箱はうまく描けないじゃん」

悶々としたものだった。

みなさんは、幼い私のこの疑問に答えられますか?

相当後になってわかった答えは、

「その場合、別の二つの消失点に向けて線を引けばよい」

だった。

なんじゃそれ、ぜんぜん二点透視じゃないじゃん。

これは四点透視とでも呼ぶのか?もちろん呼ばない。これは相変わらず二点透視だ。

思うに授業での教え方と、二点透視図法という名前が悪い。

平行線は何本あろうとも、無限に彼方の同じ点に向かって消失していく。これを消失点と呼ぶ。

それはすべての線が平行である場合に限るのであって、別の角度の線は、別の消失点に向かう。

ただし、観察者の目線に対して垂直な線(つまりキャンパス面に対して平行な線)は、消失点を持たない。

なぜならどこまで伸ばしてもキャンパスから離れられないからだ。

上段を踏まえ、1個の立方体について考えてみる。

立方体には辺が12個ある。これらは4つずつが平行になっている。つまり平行線のセットは3組ある。

3組の平行線があるということは、消失点が3個できるということだ。

これが、三点透視図法、ということになる。

また、平行線の組のうち、キャンパス面に平行なものがあれば、そのぶんだけ消失点は減る。

たとえば観察者の目線が水平であり、かつ立方体が水平な状態(床に置いてあるなど)であれば、12本の辺のうち鉛直な4本はキャンパス面に平行なので、消失しない。

よって消失点は2つとなり、二点透視図法。

さらに一つの面がちょうど観察者を向いている状態なら、横向きの4本の辺が消失しなくなり、消失点は1つ。一点透視図法。

要するにこれだけの話だったことを、誰も教えてくれなかった。

描きたい物体が、全て同じ向きの直方体のみで構成されていれば、上の議論により最大三点までの透視図法で対応できる。

でも、ちょっとでも違う角度の線、たとえば立方体の上に45度回転した立方体が乗っている、みたいな図を描こうとすれば、三点では足りない。

今の例だと最大5つの消失点が現れる。

五点透視図法?そんなのはない。

そんなのはないなら、初めから一点透視も二点透視もないんじゃないか

あるのはただ透視図法だけ。

そう教えてくれたほうが遙かにわかりやすいのに、なぜ美術の授業はあんな風になっているんだろう。

2017-10-11

パナマ誤審

サッカーワールドカップ予選のパナマvsコスタリカ試合ハイライトで見た。パナマが逆転勝利ワールドカップ初出場を決めていた。

でも、その試合でのパナマの貴重な同点ゴール、誰がどう見ても誤審なんだよね。きわどい、ていうレベルじゃない。明らかにゴールラインを越えてない。DAZNでもそのシーンをさまざまな角度から何度もリプレイしてた。どこからどう見てもゴールじゃない。

でもパナマはそれで同点に追いつき逆点してワールドカップ初出場を決めた。敗退したアメリカがかわいそうだ。アメリカは別の相手との最終戦で負けたけど、この誤審がなければ出れてた。

で、ふと思ったんだけど、これがアジア予選だったら大変だ。例えば日本が、ほかの試合(オージーサウジとか)でこのレベル誤審があってその結果ワールドカップに出られなかったらどんな反応になってたか

こういうのって議論が荒れるんだよね。直接的には他国同士の試合の明白な誤審のせいで出場できないんだけど、でも世の中には絶対、「そもそも(俺らが)最終戦に勝てなかったのが悪い」って言いだすやつが出てくるんだ。いや違うでしょ、誤審のせいでしょ、誤審がなければ最終戦負けてても出場できたんだから、という正論が、「そもそも終戦に勝てなかったのが悪い。自力で出られないのが悪いんだ。」論者には通用しない。絶対、話がかみ合わず永久平行線たどるんだよね。おそらく、ウヨサヨ論争にもなるでしょうね。

こういう時に、論理が全く通用しない相手をどう説得したらいいかからないし出来るとも思えない。日本がそうならなくてよかったと思うし、これからしばらくアメリカサッカー関係者はそういう議論に巻き込まれるだろうし可哀想だな、と思った。パナマ戦が再試合になれば一番いいんだろうけど。

2017-10-10

髪染めに行った美容室美容師さんとの会話で、

美容師「(色見本見ながら)AかBの辺りですかね」

「今のこの染まってるとこの色と同じくらいの色が良いんですが」

美容師「今の色は落ちて少し明るくなった状態なのでAやBの色とは違います

「そうするとどの色ですか?」

美容師「この辺ですかね」

「だいぶ暗い色ですね…今のこの色くらいだとABのほうが近いですよね」

美容師「ですからそれは元々の色が落ちた状態の色なので比べるものじゃなくて」

と、噛み合わないまま平行線になったんだけどこういうのどこ行ってもたまーにあるんだけど

何をどうしたら伝わるのっていつも思いつつ面倒になってしまう。

見たままを比べてくれつってんだよって。

2017-10-01

https://anond.hatelabo.jp/20170930093744

男性同性愛者は一時期評価あがったのだと思います

女性に対して危害を加えず理解があるとか、美的センスが高いとか。

けど結局地に落ちてるのは公衆浴場などで見境なく乱行するところがあるなどの有害性が情報として流れてるからではないでしょうか。

なんでもそうだけど個人我欲を満たせる量的なもの善悪がきまるのかもしれません。

合成保存料AVも、一番人を殺してる車も、個人欲求を束ねることができたから。

同性愛者が自分たちの欲を束ねても、それを安寧を求めている束と対決するためにつかうと結局どちらかが折れる。

共存っていうのは対決じゃないでしょ。

お互いの束が接しなければ潰し合うこともなかったのに。

その切り込み隊長になるテレビの新キャラクターをつかって、境界線を引くのか攻め込んでくるのかで既存の安住者は態度をきめるでしょう。

ほかのマイノリティもいじっていいのか、もちろんだめだろみたいなことになってるけど逆効果だと思います

まず電気を入れたらむりやり情報が流れてくる媒体で、どんな形でも登場させて既存環境に適合させるストーリーをみせなくて存在し得ない。

存在していないものを突然理解しようとか日常にあらわれたらそれは異物として反応されて当然ではないですか。

どこかで喫水域をつくって、全員ではないにしても一部が両方を行き来できるようにする、広義の一般マイノリティを。

できるのはそこまでじゃないですか。

それ以上まぜて選択肢を用意する必要も、実際それが常態化して社会が成り立つとマイノリティの方も思ってないのではないですか。

いまの、いままでに形成されてきた人間生物生存環境がすべて間違っている、自分の愛こそが人のあるべきだ、とはどのマイノリティの方も思ってないですよね?

抗議するのはよいですけど、先に占領している一般攻撃するかたちで何度攻め入っても犠牲者を増やすだけで、みなその犠牲者を苗床に爪先立ちでバランスをとる形で社会付近依存するだけだと思います

なぜ共存を選ばないのか、という視点から口うるさく抗議してくるマイノリティの方は境界線を腐敗させそこに巣食うことを目的とした問題性のある他生物というイメージがつきがちだと思います

お互いの束ねた安住の領域を行き来するために傷つけあい、傷口同士を結びつけることで異なる環境社会拡張として得るならば、その傷口をつないだ管はとても清潔であるべきだと思いませんか。

輸血する二人の心がどういう形であれ、つないだ管が腐敗していたら両者の被害が甚大だと思うのですが。

どちらかが正しく、吸い取るために噛み付くような対話はいつまでたっても平行線だと思うのですがまずマイノリティ社会的マイナーである理由危険性ではなく少ないだけとか、安全であるとか、そういう交流はできないものなのでしょうか。

2017-09-26

https://anond.hatelabo.jp/20170926132847

無意識に、「リアルの友人>ネットの友人」という序列なんだね。

俺はそうは思わないから、残念だが平行線だな。

俺にとってネットリアルの一部だ。

会社で知り合おうとTwitterで知り合おうと、同じ友人だ。

2017-09-13

そもそも差別って何よ?

オタクキモいw」って言ったら差別なんだろうか?

そうしたら「キモヲタ」なんて単語差別丸出し過ぎてすげえなあって思う

ネット上で定義の共有なんて無理なので一生平行線なのはしょうがない

しょうがないとは思いつつ定義の擦り合わせできねえかなあと常に考えてしま

ブクマカ連中ゴミすぎだろ苦しんで死んでほしいって書き込むのが差別に当たるのかどうか

差別定義が判然としないと発言しづらいわ

結婚したくない」って言う人

結婚したくない」って言うところまではわかるんだけど、

「なんでみんな結婚したいの?」って言われるとめんどくせーなーって思う。

あんたは結婚したくない、私はしたいでいいじゃん。

こっちは「なんで結婚したくないの?」とも言わないし、そういう話題でそうなったら別の話にシフトしようとしてるけど、

「なんで〜」系を言う人は「私結婚したくないんだよね〜!みんななんで結婚したいの?」みたいに大体セットで言うからほんと面倒くさい。

主義が合わない話なんていつまでしたって平行線なんだから、別の話題に行ったらいいじゃん。

相手を完全に理解する必要ってなくない?特に「◯◯が好き」「◯◯がしたい」系の話で。

2017-09-03

女には良くも悪くも冗談が通じないラインがある

https://anond.hatelabo.jp/20170903115436

それこそ女が弱いっていう予断や偏見の温床なんだが、

まあ実際男には通じるどぎつい冗談も女だったら言うだけで人非人扱いみたいな非対称性があるから仕方がないっちゃ仕方がない

ってか、女は弱いものだという発想は俺自身偏見差別だと思うのだが、

非対称性理論家の人々からすればそれは所与の重要な確定事実という扱いなので永遠に平行線のままなのだ

「女は弱いものだ」って見方それ自体が女を一段低く見るオッサン価値観だと俺は思うんだがなあ

ただまあ俺も女から嫌われるのが火を見るより明らかな冗談をわざわざ言う気にはなれんがな

2017-08-25

数年前、信号無視で捕まった

明らかに違反していない自覚はあったし、ネットでよく見る点数稼ぎかと憤ったが、ドラレコがあるし大丈夫と悠長に構えていた

昔、警察にお世話になっていた頃に、とても親身になって対応してもらったこともあり、警察自体に然程悪いイメージもなく、話せば分かるだろうと考えていた

ただ、話は平行線

相手こちらの言い分を全く聞き入れない

「でも無視したでしょ?」

あなた記憶になくてもこっちは見たんですよー」

証拠がないって言っても見ましたからねー」

あぁこれがこいつらのやり方かと辟易し、延々と続くやりとりにヒートアップしてしまい、

奥の手「は?こっちにはドラレコあるんすけど?」を発動した

結論から言うと、信号無視していたし、その警察官と私との子もすくすく育ち、将来警察官を目指している

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

2017-08-14

性差問題の根源にあるもの

差別問題でもそうだけど

グループAグループBの差を正しく判断できる人が少ない

 

例えば、ある地図を正しく読み取れるか、という実験があるとする

男性の40%が正しく読み取れて

女性20%が正しく読み取れたとした時、そこからわかるのは

 

男性の方が女性よりその地図を正しく読み取れる割合が高い

男性の半分以上はその地図を正しく読み取れなかった

もっと言えば、男女問わず地図を正しく読み取れる者、正しく読み取れない者がいる)

 

こんなところだろう

だが、頭の悪い人がこの実験から読み取るのは

 

女性地図を正しく読み取れない

男性は正しく地図を読み取れる

 

こんなだったりする

この結果は、地図を正しく読み取れなかった男性と、地図を正しく読み取れた女性無視している

そもそも5割以上の男性が読み取れなかったなら、男性も「読み取れない」はずなのだが、

こういう比較実験では意味不明結論を導き出しがちだ

 

これは量に対する事実を結果から読み取れなくて

結果的ステレオタイプみたいな結論に至っているわけだ

経験則だけど、こういう人はどの方面にも少なからず居ると思う

一定層居るから、量の話をしようとしても、そういう人には二元論的な話しか理解できないので

平行線になり「差別だ」と言われたり、逆に差別的結論に至ってしま

 

邪魔なのはこういった人たちなのだが、困ったことにそういった人は社会重要ポジションに居ることも多いし、

彼らは自分おかしいことを言ってると自覚していないので

どうしてもこじれる

なので多くの者は面倒くさくなって口を噤んでしまうんだと思う

 

大事なのは政治会社意思決定などの重要な画面でそう言った変な者を排除することだが

それが完全にできているとは言い難いだろう

2017-08-02

人の主張・価値観を曲げるのは無理だ

自分の主張や価値観が変わるわけは無い。人もしかり。

自分が信じているものは、そう簡単に曲げられたりしないのだ。

色んな人と対峙した時、わたしはふと思った。

「争いは、相互理解をしようと試みた上でぶつかり続けている」のではないか、と。

お互いに理解したい。でも、自分の主張が合っているということも認めて欲しい。むしろ自分があっているのだ!

これでは地球が滅亡するまで永遠に平行線だろう。とはいえ、片方が曲がるのも良くない。

地球のように綺麗な円を描かないといけないのだ。

なので、私は「意見を投げる」のはやめた。もうラリーをするのは疲れてきた。

投げても相手に当たって痛いだけだったり、跳ね返ってくるだけだったりするからだ。

意見を投げる、ぶつけるよりも「ふーん、そうなんだねー」というスルースキルが求められている。皆もスキルを高めてはどうか。

2017-07-28

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話

世の中に副業で稼げるものはたくさんありますが、その中でもブログで稼ぐ副業は人気です。

過去のやり方では副業ブログは書けば書くほど稼げる時代でしたが、今現在(2017年7月)ではすでに終わったということ。

厳密にいえばもっとから終わっていたのですが、なぜ書けば書くほど稼げない時代突入したのでしょうか。

稼げる副業ブログのやり方での質の時代突入


簡単にいいますと稼げる副業ブログは量から質の時代突入したということ。

アクセス右肩上がりだったのに、数ヶ月も平行線や下がっているのはそういうことです。アクセスが少なくても稼げるブログサイトはもちろんあります

けれども、最初の頃はアクセスがないとどのようなジャンルテーマが稼げるのかということに気づきにくいのも事実

質の時代といってもどのような記事が質の高い内容かは人それぞれ。

別に長文だからといって質の良い記事とは言えませんし、逆もまたしかり。検索上位にある記事の全てが質の良い記事とも限りません。

からこそ、グーグル検索エンジン右往左往している状態ですが、とにかく副業ブログで稼げているのなら今のところはそれが正解ということですね。

時代によって副業ブログのやり方も変わっていく

稼げる副業ブログに限らず、時代によって稼ぎ方もやり方も変わっていきます

これはどのような分野でも同じこと。

いつまでも同じようなやり方で稼げる世界はないので、常に試行錯誤しては新しいことに挑戦していかなければなりません。

時代が変われば副業の内容も変わっていきます副業ブームはいつの時代も廃ることはありませんので、ある意味では「副業」というキーワード永久保存版でしょう。

名前は変われど稼ぐ方法に興味がない人は真のお金持ち以外はいません。

新しい情報アンテナを立てつつ、情報に流され過ぎない精神も持ちたいものです。

本当に稼げる副業ブログは書けば書くほどダメなのか?

このような内容の記事を書くと初心者ブロガーブログをあまり書かなくなります

基本的ブログを書かないと何が良くて悪いのかが体感的に気づきにくいので、ますます稼げなくなるのも否めません。

からこそ、最初の間は「書いて書いて書きまくりましょう!」という安易アドバイスになるのです。

けれども、このアドバイスの真の意味理解することによって、今後稼げるかどうかも決まっていきます

ブログ世界に限らず、最終的には自分自身の頭と選択人生は決まっていくということです。

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話のまとめ


稼げる副業ブログのやり方は本当に人それぞれ。

基本的なやり方はほぼ同じですが、長続きさせるためには試行錯誤は欠かせません。一時的に稼げる人は多いですが、それを継続できる人はごくわずか。

常に気を張っているのも疲れますが、稼ぎ続けるというのはそういうことです。

何のためにも稼ぐのかにもよりますが、やはり人生を楽しくするためにお金を稼ぐというのは当然のこと。

稼げる副業ブログに限らず、お金を稼ぐというのは人生をより楽しむための1つのツールに過ぎないということですね。

稼げる副業のために精神疲弊するのはまた違いますよ!

2017-07-25

naoyaはてなダイア...

2017-07-25 09:32

■ A さんの件についてAdd Starnetcraft3 (blue)gorilla-boots (green)s-wool (green)karma_tengu51ochikobore1234

以下、A さんとします。

A さんとは 2015年終わりくらいから徐々に、本格的な交際関係に発展していきました。それまでも A さんとは体の関係はありましたが、都度の関係性で、まだ交際関係にはありませんでした。当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います彼女は非常に知性的で、私の仕事の話もよく理解してくれることに魅力を感じていました。

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女人生責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。本当に申し訳ないことをしました。

私は A さんに好意を持っていたもの離婚は考えていなかったため、A さんから自分たち関係は何なのかを質問されるようになっても、よくはぐらかしていました。2016年 2月頃、その私の態度に悲しんだ A さんがリストカットを行ったため、私は慌てて、私たち交際関係にあると伝えました。自分精神面で支えてあげなければいけない、そう思って交際することにしました。今思えば、この頃自分がそれ以上踏み込むことをしなければ、A さんをここまで傷つけることにはならなかったのではないかと思います

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。妻はクレジットカードブラックリストにも入っていませんし、浪費癖もありません。自分で働いてコツコツと貯めたお金開業資金に、最近起業したばかりです。私の放言が A さんに妻を悪く思わせてしまっただけでなく、起業したばかりの妻のパブリックイメージも大きく傷つけることになってしまいました。自分自身の失敗をきちんと見つめることができず他責にしてしまう、私の人間としての未熟さが出てしまったと思います

A さんと私が以前から体の関係があったことは先に記したとおりです。当初は A さんも私も双方で避妊をしていました。そのうち、Aさんが避妊しているので私の方は避妊をせずに性交渉をするようになりました。A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

2016年9月ころ、A さんは妊娠して中絶しました。この妊娠中絶事実を私はその後もしばらく知りませんでした。A さんは私を制裁するためにブログを以前から用意していて、喧嘩になるとそのブログを公開すると私に迫るようになっていたのですが、後の 2016 年12月に、会食で私が A さんの LINE に応答せずにいたことで私がいなくなると恐怖した A さんがブログ公開しました。それを読んだことで妊娠中絶のことも知りました。本当にブログを公開されたことは怖かったですが、それ以上に、妊娠中絶のことにとても驚き、後悔の念でいっぱいになりました。A さんに謝罪をし、二度と同じことを起こしてはならないと考えそれからしばらくは、性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました。

しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際、私は避妊したい意思を申し出ました。しかし A さんは、再び子供妊娠して次は中絶せずに生むことを決心していたため喧嘩になりました。このとき妥協案として、せめていつまでか時期を決めてほしいと問われたので、私は A さんが就職する 4月までは少なくとも避妊しようと打診しました。この会話が A さんにとっては 4月になったらまた子供を作ろうと約束した、という認識になったようです。約束できないなら約束できないで、はっきり NO と述べれば良かったものを、ここでもまた相手の反応を恐れて曖昧な返事をしてしまう私の悪い癖が出てしまいました。

この当時には、私は A さんとの関係を今後どうしていくか悩んでいました。A さんのことを支えたい気持ちはありつつ、離婚することは考えていない。その中途半端な態度が A さんを傷つけ、A さんに私を制裁したいという感情を抱かせて喧嘩になってしまう。これの繰り返しでした。

やや話は前後しますが同じ頃、2016年10月に、私と A さんが外で会っているところを盗撮した数十枚の写真が妻の元に届きました。その送付先は、すでに退職済みであった妻の元職場でした。元同僚が中身をみて驚き妻に転送したようでした。妻は狼狽していました。予想外のこと驚き、怖くなった私は、この件をきっかけに区の相談所などに相談をはじめました。その勧めで、警察相談することになりました。

警察では、A さんとの関係解消をするに伴う制裁が怖いなら、警察彼女を連れてきてその場で警察官立ち会いのもと話をすれば良い、とアドバイスされました。これが後に、私が彼女警察に連れて行く動機になりました。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。

2016年年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。離婚はしないことは何度も伝えていたつもりでしたが、やはり日頃の私の曖昧な態度が、A さんにそう誤解させてしまったのだと思います

2017年1月頃になると、A さんとの会話はよくトラブルになることが多くなりました。それでもなお、私は自分意思をはっきりと A さんに伝えることができず、A さんはそれに傷つき関係性は悪化していました。そのうち A さんは私だけでなく妻にも関心を持つようになり、妻を殺害するなどの発言をするようになってしまいました。

状況を危惧して、私と A さんはふたりカウンセリングを受けることにしました。カウンセラーは A さんが探してくれました。カウンセラー先生出会ったことで、非常に安堵して、1 on 1 のカウンセリング号泣してしまったのを今でもよく思い出します。

しかし、このカウンセリングをもってしても、関係自体はそれほど改善しませんでした。

A さんとの LINE電話でのやりとりが昼夜問わず頻繁に交わされるようになり、仕事だけでなく、頭痛吐き気、不眠などの鬱症状が出始めるなど私の体調にも影響が出てきました。体調が優れないときにやりとりをすると、A さんに優しくすることができずに喧嘩になる。悪循環でした。

避妊をしないという約束をした4月も近づき、それまでにはなんとかしないとと思っている中、心身共に限界を感じたため、2017年2月に、六本木麻布警察署の向かいレストランで A さんに関係を解消したい意思を伝えました。もしそこで、何かあった場合は、警察場所を移動するために選んだ場所でした。結局この日は、警察には行きませんでした。

話し合いが別れたい、別れたくないと平行線になるとどうしても、A さんは「じゃあブログに公開して死ぬ」、私は「それだと警察に行くしかないじゃないか」という言い合いになりました。そこで私から「じゃあ、一切そういうことはしないと約束する代わりに 1,000万円を慰謝料として用意する」という提案しました。しかしそれも実現には至りませんでした。結局、その 2/13 日から一週間ほど後に A さんが看護師試験を控えている、それを乗り越えるためにも、その日は結論は保留することにしました。

私は以前から、A さんが看護師になることを楽しみにしていました。A さんは大学卒業後、自分でお店を経営したり、たくさんのバイトをしたりとで非常に苦労してきたあと、3年間学費自分で出して看護学校に通い、就職先の病院も決まりようやく看護師になるという道が見えてきたところでした。その道を卒業間近のいま駄目にしてしまうことは、全く望んでいませんでした。

このとき判断は保留にする、別れるとは言わない代わりに、私から、じゃあこれから先、脅迫行為は一切しないで欲しいと本人に約束してもらいました。

この約束甲斐もあって、それまで毎日のようにあったいざこざが無くなって、A さんとは仲良く会話ができるようになりました。それからの一ヶ月は、多少の喧嘩はありましたが以前ほどは深刻ではなく過ごすことができました。

しかし、A さんが看護学校卒業式を終えた翌日、仕事中の私に LINE が来てまた以前と同じようないざこざが始まってしまいました。その間、一ヶ月間が経っていたためか、なかなかその会話は良い方向へ向かわずネットへの公開や妻の殺害など脅迫行為もまだ始まってしまいました。限界でした。私は意を決して、再度 A さんに関係解消を伝えようと A さんの自宅へ向かいました。

自宅へ着くなり、A さんには関係解消の意思を伝えました。予想通り、揉めました。私はこれ以上私を脅迫するなら警察に行こうと伝え、A さんは別れたくない、別れるなら死ぬという言い合いになりました。そして A さんが窓から飛び降り自殺を図ろうとしたため、私は A さんを力任せで無理矢理窓から引きはがし、そのままマンションエレベータまで引っ張りだしました。近所に交番があることは知っていたため、なんとかすれば交番の人たちに気づいてもらえるだろうと言う意図がありました。このとき力づくで A さんを引っ張ったことで、怪我をさせてしまいました。

交番の方々が駆けつけ、事情説明すると私と A さんは警察署に移動することになり、その警察署内で、A さんには私に二度と近づいてはならいという接近禁止警告がなされました。署内で最後に A さんに直接、これまでの謝罪意思を伝えて、朝方その場をあとにしました。

その直後から、A さんは私のことを書いたブログを公開し Twitter にも交際中の写真などをアップロードしはじめました。それらは警察からの警告などもあってすぐに取り下げられ、今回ほど騒ぎにはならずに済みましたが、私にはとてもそれが怖かった。

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかからなかったと言っていました。私は、自分脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることな自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

きちんと自分の非を認め、A さんに謝罪をし、A さんから制裁を恐れることなく誠意をもって向き合っていればもっと違った結果になったかもしれません。

それから先は、双方弁護士を通じて会話をするようになりました。

弁護士を交えての話し合いは、当初は比較的穏やかに進んでいました。私も徐々に反省できるようになり、謝罪意思がありました。しかし、時間が経ってくると、A さんから弁護士を交えずに会話したい、もっと早くに会いたい。また元の関係に戻りたい、子供を作る約束を守ってほしい、それができないならネットですべてを公にするなど、Twitter 上での脅迫が始まってしまいました。途中、私の性行為中の画像が公開されたりということもありました。

ネット上での緊張したやりとりが続いたことで、私もだんだんと態度を硬直化させてしまい、結果、芽生えていた謝罪意識が、ここでまた被害者意識に反転していまいました。慰謝料を払う意思もありましたが、どんどん「何でこんな目に遭っているのに・・・」という気持ちと共に、薄れていきました。面会は本来自分の侵した罪の償いのためでもあったのですが、暴露などが何度か続くうち、私にとっては、被害を最小に抑えるという目的にいつのまにか変わっていました。

6月7月と二度弁護士同席のもとでの面会がありましたが、そこでは謝罪するではなく、言い合いになってしまいました。

こうしてなかなか終着点が見えない中、A さんが意を決して、ブログの公開に踏み切ったのが先週水曜日です。A さんから見ると、なかなか自分の非を認めない、謝罪もない、あげくお金も払おうとしない私の対応が許せなかったんだと思います

今回こうして騒ぎになったことで、私も一人で自分自身を見つめ直すことになりました。責任をとれるわけでもなく A さんとの関係性を深めてしまったことがそもそもの私の間違いですが、より大きかったのは被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまったことです。A さんはそれによって傷つけられたのではないかと思います。また同じ自分の未熟さが、同時に妻をも傷つけました。

今回こうして、あえて公のブログに書いたのは、私自身の間違いをきちんと公の場で認めること。そしてそれをもって、A さんに謝罪すること。妻に謝罪することです。

読んでくださった方に一点だけお願いがあります。ここに私が書いたことは A さんがブログに書かれたことと、矛盾していることも多数あるとは思いますしかし、A さんがブログにかかれたことは A さんにとっては事実だったんだと思っています事実そう思わせてしまったことは、私に非があります。ですので、もしこのブログを読んでそう思ったとしても A さんを責めることはしないでください。これだけはお願いします。

A さんには今後、直接面会しその場で改めて謝罪をしたいと思っていますしかし、A さんは今、今回捨て身でブログ公開に踏み切ったため自分が表に出ると逮捕されしまうことを危惧されています。私は、私の過ちを認めるつもりです。A さんを今回のことで刑事告訴することは考えていません。これもまた公の場で宣言することで、A さんにそれを信じていただきたい、そういう気持ちです。お金約束通りお支払いしようと準備しています

自分の浅はかさ、未熟さにより A さんを深く傷つけてしまったことを非常に後悔し、反省しています。また妻にも申し訳ないことをしました。会社の同僚や、私をこれまで信頼していた周りのみなさんをも裏切ることになりました。大変、申し訳ありませんでした。

2017-07-17

字画判断は滅びろ

子供ができた。

まれるのはまだ先なので、夫婦間で名づけについてはまだ話し合っていない。

というか、お互い牽制しあっているといったほうが正しい気がする。

なぜなら、自分は「字画なんてまったくもって興味なし。好きな名前を付けたらいい。」という考えに対し、

相手は「字画重要。それに合わせて名前またはつかう漢字を考えるべき。」という考えだからだ。

以前、何気ない会話の中でこのお互いのスタンスを話した。

そのときまだ子供を作ろうとしていなかったので、気軽にこういう話ができた。

ただ、お互い「へーぇ」と言いながら、心の中では引っかかる部分があったんだろう。

その後もたまに話したが、「字画なんてどうでもいい」「いや、字画重要だ」の平行線だった。

でもそろそろこの問題に対して真面目に取り組まなくてはいけない。

あたりまえだけど、わざと悪い字画名前を付けたいわけじゃない。

付けたい名前字画が良ければそれで問題ない。

字画優先順位が下だってことだ。

そもそも字画概念は誰が言い出したのか、根拠は何なのか、まったくわからないのが気に食わない。

(私の調査不足かもしれないけど)

私の中では、血液型占いや、荒唐無稽新興宗教教義と同レベルだ。

字画の本とか、判定するwebサイトかいろいろあるけど、

どこぞのオッサン(おばさんかも、じいさんかも、ねーちゃんかもしれないが)の根拠もない戯言に

なぜ我が子の、大切な、一生を共にする名前ケチをつけられなきゃいけない?

親(自分たち)の考えより、見ず知らずの赤の他人の、根拠も何もない言葉のほうが大切なのか?

の子私たちの子だ。会ったこともない奴の謎理論がなぜ介入してくる。

昔は神社やお寺に行って名前をもらうこともあったとかいうのは知ってる。

だけどそれとこれとは別次元だ。

字画なんてただの画数だ。数字だ。

世の中には、字画妄信して、他人姓名判断までしてくる有難迷惑な奴がいるのもわかってる。

そういうやつに傷つけられないかだけが心配ではあるけれども。

ただ、相手気持ちわからんでもない。

何よりも大切な我が子だ。

理由があろうがなかろうが「悪い」より「良い」方が良いに決まってる。

それでも、何から何まで「最高」にはできないのだよ。

字画のために、読みを、漢字意味を、私たちの想いを犠牲にするのか?

私はそれが我慢ならない。

2017-07-09

世紀の大発見

昨今繰り返される、いわゆる萌え絵とそれを批判する勢力の論争。

誰にだって好き嫌いはあるから分かり合えないのは仕方ないねーと思っていたのですが、主張を見ていくとそんな単純な話ではないことに疑問を抱いていました。はて、なぜ彼女らはここまで憎むのでしょう。当の被害者であれば理解しますがどうやらそうではなく、自分以外の"誰か"のために怒っているように見えます

その疑問の答えになかなか辿り着けず、もやもやとしていたのですがつい先日、正に天啓の如く閃きを得ました。

まさか、いや、そんな。こんなのは私の思い込みや誤解であって欲しい。しかし、あまりにもあり得ないため完全に眼中になかった可能性を検討してみると全ての辻褄が合ってしまう。

まさかまさかとは思いますがあなた方はもしや、「自分二次元美少女と同一カテゴリの"女性"である」とお思いなのですか?

文字通り次元が違う存在であるにも関わらず、キャラクタが"女性型に描かれている"というたったその一点だけで、自分を含む女性全般尊厳を傷付けられたと…。なるほどなるほど、それは大変に申し訳ない。まさかその視点はなかったのです。この世の理想妄想を詰め込んだ完全無欠の二次元美少女が、夢も希望もない現実女性リンクするとかそんな烏滸がましいにも程がある自覚を抱くだなんて想像だにしなかったのです。

何でも食べると謳われる広東人だって、四足だからといって流石に椅子と机は食べません。きちんと分別はあるのです。

言うまでもありませんが(そして残念ながら)現実女性二次元美少女は全く別の存在なのです。嘘をつけ、女の形をしているだろうが!!と反応したくなる気持ちもわからなくはありませんが、それでもやはり別物なのです(というか、最近女性ですらない男の娘キャラジャンルを問わず人気ですがそれすらも外見で同じだと見做してしまうのでしょう)。

たとえば、親兄妹が風呂上がりに全裸リビングを歩いる姿を見て劣情を催すのか?という話に近いでしょう。可愛いとか格好良いとかそういう次元ではなく、ただただ醜いとか見てられないとかさっさと服着ろと思うのが大半の人だと思います。無論、ごく僅かに例外と呼ばれる人はいるのでしょうが、そんな極一部の例外大勢のものだと誤解しているのが、萌え絵騒動に於ける双方の擦れ違い・平行線の根幹にあるのではないでしょうか。


繰り返しますが、二次元美少女あなた方は根源からして違うし、そもそも二次元美少女に抱く"萌える"という感情三次元には決して抱けないものなのです。"女性"が好きなのではなく、"キャラクタ"が好きなのです。

仮に二次元美少女現実女性と等しいものだとしたら、美少女イラストレーターは全員男性レズビアン女性になってしまますが、そんな話は寡聞にして存じません(西又御大なんてシンデレラ城で結婚式挙げてましたね。おめでとうございます)。

四本足が全て食物に見えてしまう人には理解できないかと思いますが、そもそも現実女性というカテゴリ自体に興味が全く無いという事実理解して頂きたいものです。



というと極一部の例外を取り上げて叩くのでしょうが、母数が増えれば一定割合で現れるエラー因子も増えるのは仕方のないことです。警察力を遺憾なく発揮できるよう、監視カメラの設置推進や罰則強化に賛成した方が余程実りがあるのではないでしょうか。

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