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はてなキーワード: 平行線とは

2017-09-13

そもそも差別って何よ?

オタクキモいw」って言ったら差別なんだろうか?

そうしたら「キモヲタ」なんて単語差別丸出し過ぎてすげえなあって思う

ネット上で定義の共有なんて無理なので一生平行線なのはしょうがない

しょうがないとは思いつつ定義の擦り合わせできねえかなあと常に考えてしま

ブクマカ連中ゴミすぎだろ苦しんで死んでほしいって書き込むのが差別に当たるのかどうか

差別定義が判然としないと発言しづらいわ

結婚したくない」って言う人

結婚したくない」って言うところまではわかるんだけど、

「なんでみんな結婚したいの?」って言われるとめんどくせーなーって思う。

あんたは結婚したくない、私はしたいでいいじゃん。

こっちは「なんで結婚したくないの?」とも言わないし、そういう話題でそうなったら別の話にシフトしようとしてるけど、

「なんで〜」系を言う人は「私結婚したくないんだよね〜!みんななんで結婚したいの?」みたいに大体セットで言うからほんと面倒くさい。

主義が合わない話なんていつまでしたって平行線なんだから、別の話題に行ったらいいじゃん。

相手を完全に理解する必要ってなくない?特に「◯◯が好き」「◯◯がしたい」系の話で。

2017-09-03

女には良くも悪くも冗談が通じないラインがある

https://anond.hatelabo.jp/20170903115436

それこそ女が弱いっていう予断や偏見の温床なんだが、

まあ実際男には通じるどぎつい冗談も女だったら言うだけで人非人扱いみたいな非対称性があるから仕方がないっちゃ仕方がない

ってか、女は弱いものだという発想は俺自身偏見差別だと思うのだが、

非対称性理論家の人々からすればそれは所与の重要な確定事実という扱いなので永遠に平行線のままなのだ

「女は弱いものだ」って見方それ自体が女を一段低く見るオッサン価値観だと俺は思うんだがなあ

ただまあ俺も女から嫌われるのが火を見るより明らかな冗談をわざわざ言う気にはなれんがな

2017-08-25

数年前、信号無視で捕まった

明らかに違反していない自覚はあったし、ネットでよく見る点数稼ぎかと憤ったが、ドラレコがあるし大丈夫と悠長に構えていた

昔、警察にお世話になっていた頃に、とても親身になって対応してもらったこともあり、警察自体に然程悪いイメージもなく、話せば分かるだろうと考えていた

ただ、話は平行線

相手こちらの言い分を全く聞き入れない

「でも無視したでしょ?」

あなた記憶になくてもこっちは見たんですよー」

証拠がないって言っても見ましたからねー」

あぁこれがこいつらのやり方かと辟易し、延々と続くやりとりにヒートアップしてしまい、

奥の手「は?こっちにはドラレコあるんすけど?」を発動した

結論から言うと、信号無視していたし、その警察官と私との子もすくすく育ち、将来警察官を目指している

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

2017-08-14

性差問題の根源にあるもの

差別問題でもそうだけど

グループAグループBの差を正しく判断できる人が少ない

 

例えば、ある地図を正しく読み取れるか、という実験があるとする

男性の40%が正しく読み取れて

女性20%が正しく読み取れたとした時、そこからわかるのは

 

男性の方が女性よりその地図を正しく読み取れる割合が高い

男性の半分以上はその地図を正しく読み取れなかった

もっと言えば、男女問わず地図を正しく読み取れる者、正しく読み取れない者がいる)

 

こんなところだろう

だが、頭の悪い人がこの実験から読み取るのは

 

女性地図を正しく読み取れない

男性は正しく地図を読み取れる

 

こんなだったりする

この結果は、地図を正しく読み取れなかった男性と、地図を正しく読み取れた女性無視している

そもそも5割以上の男性が読み取れなかったなら、男性も「読み取れない」はずなのだが、

こういう比較実験では意味不明結論を導き出しがちだ

 

これは量に対する事実を結果から読み取れなくて

結果的ステレオタイプみたいな結論に至っているわけだ

経験則だけど、こういう人はどの方面にも少なからず居ると思う

一定層居るから、量の話をしようとしても、そういう人には二元論的な話しか理解できないので

平行線になり「差別だ」と言われたり、逆に差別的結論に至ってしま

 

邪魔なのはこういった人たちなのだが、困ったことにそういった人は社会重要ポジションに居ることも多いし、

彼らは自分おかしいことを言ってると自覚していないので

どうしてもこじれる

なので多くの者は面倒くさくなって口を噤んでしまうんだと思う

 

大事なのは政治会社意思決定などの重要な画面でそう言った変な者を排除することだが

それが完全にできているとは言い難いだろう

2017-08-02

人の主張・価値観を曲げるのは無理だ

自分の主張や価値観が変わるわけは無い。人もしかり。

自分が信じているものは、そう簡単に曲げられたりしないのだ。

色んな人と対峙した時、わたしはふと思った。

「争いは、相互理解をしようと試みた上でぶつかり続けている」のではないか、と。

お互いに理解したい。でも、自分の主張が合っているということも認めて欲しい。むしろ自分があっているのだ!

これでは地球が滅亡するまで永遠に平行線だろう。とはいえ、片方が曲がるのも良くない。

地球のように綺麗な円を描かないといけないのだ。

なので、私は「意見を投げる」のはやめた。もうラリーをするのは疲れてきた。

投げても相手に当たって痛いだけだったり、跳ね返ってくるだけだったりするからだ。

意見を投げる、ぶつけるよりも「ふーん、そうなんだねー」というスルースキルが求められている。皆もスキルを高めてはどうか。

2017-07-28

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話

世の中に副業で稼げるものはたくさんありますが、その中でもブログで稼ぐ副業は人気です。

過去のやり方では副業ブログは書けば書くほど稼げる時代でしたが、今現在(2017年7月)ではすでに終わったということ。

厳密にいえばもっとから終わっていたのですが、なぜ書けば書くほど稼げない時代突入したのでしょうか。

稼げる副業ブログのやり方での質の時代突入


簡単にいいますと稼げる副業ブログは量から質の時代突入したということ。

アクセス右肩上がりだったのに、数ヶ月も平行線や下がっているのはそういうことです。アクセスが少なくても稼げるブログサイトはもちろんあります

けれども、最初の頃はアクセスがないとどのようなジャンルテーマが稼げるのかということに気づきにくいのも事実

質の時代といってもどのような記事が質の高い内容かは人それぞれ。

別に長文だからといって質の良い記事とは言えませんし、逆もまたしかり。検索上位にある記事の全てが質の良い記事とも限りません。

からこそ、グーグル検索エンジン右往左往している状態ですが、とにかく副業ブログで稼げているのなら今のところはそれが正解ということですね。

時代によって副業ブログのやり方も変わっていく

稼げる副業ブログに限らず、時代によって稼ぎ方もやり方も変わっていきます

これはどのような分野でも同じこと。

いつまでも同じようなやり方で稼げる世界はないので、常に試行錯誤しては新しいことに挑戦していかなければなりません。

時代が変われば副業の内容も変わっていきます副業ブームはいつの時代も廃ることはありませんので、ある意味では「副業」というキーワード永久保存版でしょう。

名前は変われど稼ぐ方法に興味がない人は真のお金持ち以外はいません。

新しい情報アンテナを立てつつ、情報に流され過ぎない精神も持ちたいものです。

本当に稼げる副業ブログは書けば書くほどダメなのか?

このような内容の記事を書くと初心者ブロガーブログをあまり書かなくなります

基本的ブログを書かないと何が良くて悪いのかが体感的に気づきにくいので、ますます稼げなくなるのも否めません。

からこそ、最初の間は「書いて書いて書きまくりましょう!」という安易アドバイスになるのです。

けれども、このアドバイスの真の意味理解することによって、今後稼げるかどうかも決まっていきます

ブログ世界に限らず、最終的には自分自身の頭と選択人生は決まっていくということです。

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話のまとめ


稼げる副業ブログのやり方は本当に人それぞれ。

基本的なやり方はほぼ同じですが、長続きさせるためには試行錯誤は欠かせません。一時的に稼げる人は多いですが、それを継続できる人はごくわずか。

常に気を張っているのも疲れますが、稼ぎ続けるというのはそういうことです。

何のためにも稼ぐのかにもよりますが、やはり人生を楽しくするためにお金を稼ぐというのは当然のこと。

稼げる副業ブログに限らず、お金を稼ぐというのは人生をより楽しむための1つのツールに過ぎないということですね。

稼げる副業のために精神疲弊するのはまた違いますよ!

2017-07-25

naoyaはてなダイア...

2017-07-25 09:32

■ A さんの件についてAdd Starnetcraft3 (blue)gorilla-boots (green)s-wool (green)karma_tengu51ochikobore1234

以下、A さんとします。

A さんとは 2015年終わりくらいから徐々に、本格的な交際関係に発展していきました。それまでも A さんとは体の関係はありましたが、都度の関係性で、まだ交際関係にはありませんでした。当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います彼女は非常に知性的で、私の仕事の話もよく理解してくれることに魅力を感じていました。

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女人生責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。本当に申し訳ないことをしました。

私は A さんに好意を持っていたもの離婚は考えていなかったため、A さんから自分たち関係は何なのかを質問されるようになっても、よくはぐらかしていました。2016年 2月頃、その私の態度に悲しんだ A さんがリストカットを行ったため、私は慌てて、私たち交際関係にあると伝えました。自分精神面で支えてあげなければいけない、そう思って交際することにしました。今思えば、この頃自分がそれ以上踏み込むことをしなければ、A さんをここまで傷つけることにはならなかったのではないかと思います

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。妻はクレジットカードブラックリストにも入っていませんし、浪費癖もありません。自分で働いてコツコツと貯めたお金開業資金に、最近起業したばかりです。私の放言が A さんに妻を悪く思わせてしまっただけでなく、起業したばかりの妻のパブリックイメージも大きく傷つけることになってしまいました。自分自身の失敗をきちんと見つめることができず他責にしてしまう、私の人間としての未熟さが出てしまったと思います

A さんと私が以前から体の関係があったことは先に記したとおりです。当初は A さんも私も双方で避妊をしていました。そのうち、Aさんが避妊しているので私の方は避妊をせずに性交渉をするようになりました。A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

2016年9月ころ、A さんは妊娠して中絶しました。この妊娠中絶事実を私はその後もしばらく知りませんでした。A さんは私を制裁するためにブログを以前から用意していて、喧嘩になるとそのブログを公開すると私に迫るようになっていたのですが、後の 2016 年12月に、会食で私が A さんの LINE に応答せずにいたことで私がいなくなると恐怖した A さんがブログ公開しました。それを読んだことで妊娠中絶のことも知りました。本当にブログを公開されたことは怖かったですが、それ以上に、妊娠中絶のことにとても驚き、後悔の念でいっぱいになりました。A さんに謝罪をし、二度と同じことを起こしてはならないと考えそれからしばらくは、性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました。

しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際、私は避妊したい意思を申し出ました。しかし A さんは、再び子供妊娠して次は中絶せずに生むことを決心していたため喧嘩になりました。このとき妥協案として、せめていつまでか時期を決めてほしいと問われたので、私は A さんが就職する 4月までは少なくとも避妊しようと打診しました。この会話が A さんにとっては 4月になったらまた子供を作ろうと約束した、という認識になったようです。約束できないなら約束できないで、はっきり NO と述べれば良かったものを、ここでもまた相手の反応を恐れて曖昧な返事をしてしまう私の悪い癖が出てしまいました。

この当時には、私は A さんとの関係を今後どうしていくか悩んでいました。A さんのことを支えたい気持ちはありつつ、離婚することは考えていない。その中途半端な態度が A さんを傷つけ、A さんに私を制裁したいという感情を抱かせて喧嘩になってしまう。これの繰り返しでした。

やや話は前後しますが同じ頃、2016年10月に、私と A さんが外で会っているところを盗撮した数十枚の写真が妻の元に届きました。その送付先は、すでに退職済みであった妻の元職場でした。元同僚が中身をみて驚き妻に転送したようでした。妻は狼狽していました。予想外のこと驚き、怖くなった私は、この件をきっかけに区の相談所などに相談をはじめました。その勧めで、警察相談することになりました。

警察では、A さんとの関係解消をするに伴う制裁が怖いなら、警察彼女を連れてきてその場で警察官立ち会いのもと話をすれば良い、とアドバイスされました。これが後に、私が彼女警察に連れて行く動機になりました。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。

2016年年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。離婚はしないことは何度も伝えていたつもりでしたが、やはり日頃の私の曖昧な態度が、A さんにそう誤解させてしまったのだと思います

2017年1月頃になると、A さんとの会話はよくトラブルになることが多くなりました。それでもなお、私は自分意思をはっきりと A さんに伝えることができず、A さんはそれに傷つき関係性は悪化していました。そのうち A さんは私だけでなく妻にも関心を持つようになり、妻を殺害するなどの発言をするようになってしまいました。

状況を危惧して、私と A さんはふたりカウンセリングを受けることにしました。カウンセラーは A さんが探してくれました。カウンセラー先生出会ったことで、非常に安堵して、1 on 1 のカウンセリング号泣してしまったのを今でもよく思い出します。

しかし、このカウンセリングをもってしても、関係自体はそれほど改善しませんでした。

A さんとの LINE電話でのやりとりが昼夜問わず頻繁に交わされるようになり、仕事だけでなく、頭痛吐き気、不眠などの鬱症状が出始めるなど私の体調にも影響が出てきました。体調が優れないときにやりとりをすると、A さんに優しくすることができずに喧嘩になる。悪循環でした。

避妊をしないという約束をした4月も近づき、それまでにはなんとかしないとと思っている中、心身共に限界を感じたため、2017年2月に、六本木麻布警察署の向かいレストランで A さんに関係を解消したい意思を伝えました。もしそこで、何かあった場合は、警察場所を移動するために選んだ場所でした。結局この日は、警察には行きませんでした。

話し合いが別れたい、別れたくないと平行線になるとどうしても、A さんは「じゃあブログに公開して死ぬ」、私は「それだと警察に行くしかないじゃないか」という言い合いになりました。そこで私から「じゃあ、一切そういうことはしないと約束する代わりに 1,000万円を慰謝料として用意する」という提案しました。しかしそれも実現には至りませんでした。結局、その 2/13 日から一週間ほど後に A さんが看護師試験を控えている、それを乗り越えるためにも、その日は結論は保留することにしました。

私は以前から、A さんが看護師になることを楽しみにしていました。A さんは大学卒業後、自分でお店を経営したり、たくさんのバイトをしたりとで非常に苦労してきたあと、3年間学費自分で出して看護学校に通い、就職先の病院も決まりようやく看護師になるという道が見えてきたところでした。その道を卒業間近のいま駄目にしてしまうことは、全く望んでいませんでした。

このとき判断は保留にする、別れるとは言わない代わりに、私から、じゃあこれから先、脅迫行為は一切しないで欲しいと本人に約束してもらいました。

この約束甲斐もあって、それまで毎日のようにあったいざこざが無くなって、A さんとは仲良く会話ができるようになりました。それからの一ヶ月は、多少の喧嘩はありましたが以前ほどは深刻ではなく過ごすことができました。

しかし、A さんが看護学校卒業式を終えた翌日、仕事中の私に LINE が来てまた以前と同じようないざこざが始まってしまいました。その間、一ヶ月間が経っていたためか、なかなかその会話は良い方向へ向かわずネットへの公開や妻の殺害など脅迫行為もまだ始まってしまいました。限界でした。私は意を決して、再度 A さんに関係解消を伝えようと A さんの自宅へ向かいました。

自宅へ着くなり、A さんには関係解消の意思を伝えました。予想通り、揉めました。私はこれ以上私を脅迫するなら警察に行こうと伝え、A さんは別れたくない、別れるなら死ぬという言い合いになりました。そして A さんが窓から飛び降り自殺を図ろうとしたため、私は A さんを力任せで無理矢理窓から引きはがし、そのままマンションエレベータまで引っ張りだしました。近所に交番があることは知っていたため、なんとかすれば交番の人たちに気づいてもらえるだろうと言う意図がありました。このとき力づくで A さんを引っ張ったことで、怪我をさせてしまいました。

交番の方々が駆けつけ、事情説明すると私と A さんは警察署に移動することになり、その警察署内で、A さんには私に二度と近づいてはならいという接近禁止警告がなされました。署内で最後に A さんに直接、これまでの謝罪意思を伝えて、朝方その場をあとにしました。

その直後から、A さんは私のことを書いたブログを公開し Twitter にも交際中の写真などをアップロードしはじめました。それらは警察からの警告などもあってすぐに取り下げられ、今回ほど騒ぎにはならずに済みましたが、私にはとてもそれが怖かった。

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかからなかったと言っていました。私は、自分脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることな自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

きちんと自分の非を認め、A さんに謝罪をし、A さんから制裁を恐れることなく誠意をもって向き合っていればもっと違った結果になったかもしれません。

それから先は、双方弁護士を通じて会話をするようになりました。

弁護士を交えての話し合いは、当初は比較的穏やかに進んでいました。私も徐々に反省できるようになり、謝罪意思がありました。しかし、時間が経ってくると、A さんから弁護士を交えずに会話したい、もっと早くに会いたい。また元の関係に戻りたい、子供を作る約束を守ってほしい、それができないならネットですべてを公にするなど、Twitter 上での脅迫が始まってしまいました。途中、私の性行為中の画像が公開されたりということもありました。

ネット上での緊張したやりとりが続いたことで、私もだんだんと態度を硬直化させてしまい、結果、芽生えていた謝罪意識が、ここでまた被害者意識に反転していまいました。慰謝料を払う意思もありましたが、どんどん「何でこんな目に遭っているのに・・・」という気持ちと共に、薄れていきました。面会は本来自分の侵した罪の償いのためでもあったのですが、暴露などが何度か続くうち、私にとっては、被害を最小に抑えるという目的にいつのまにか変わっていました。

6月7月と二度弁護士同席のもとでの面会がありましたが、そこでは謝罪するではなく、言い合いになってしまいました。

こうしてなかなか終着点が見えない中、A さんが意を決して、ブログの公開に踏み切ったのが先週水曜日です。A さんから見ると、なかなか自分の非を認めない、謝罪もない、あげくお金も払おうとしない私の対応が許せなかったんだと思います

今回こうして騒ぎになったことで、私も一人で自分自身を見つめ直すことになりました。責任をとれるわけでもなく A さんとの関係性を深めてしまったことがそもそもの私の間違いですが、より大きかったのは被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまったことです。A さんはそれによって傷つけられたのではないかと思います。また同じ自分の未熟さが、同時に妻をも傷つけました。

今回こうして、あえて公のブログに書いたのは、私自身の間違いをきちんと公の場で認めること。そしてそれをもって、A さんに謝罪すること。妻に謝罪することです。

読んでくださった方に一点だけお願いがあります。ここに私が書いたことは A さんがブログに書かれたことと、矛盾していることも多数あるとは思いますしかし、A さんがブログにかかれたことは A さんにとっては事実だったんだと思っています事実そう思わせてしまったことは、私に非があります。ですので、もしこのブログを読んでそう思ったとしても A さんを責めることはしないでください。これだけはお願いします。

A さんには今後、直接面会しその場で改めて謝罪をしたいと思っていますしかし、A さんは今、今回捨て身でブログ公開に踏み切ったため自分が表に出ると逮捕されしまうことを危惧されています。私は、私の過ちを認めるつもりです。A さんを今回のことで刑事告訴することは考えていません。これもまた公の場で宣言することで、A さんにそれを信じていただきたい、そういう気持ちです。お金約束通りお支払いしようと準備しています

自分の浅はかさ、未熟さにより A さんを深く傷つけてしまったことを非常に後悔し、反省しています。また妻にも申し訳ないことをしました。会社の同僚や、私をこれまで信頼していた周りのみなさんをも裏切ることになりました。大変、申し訳ありませんでした。

2017-07-17

字画判断は滅びろ

子供ができた。

まれるのはまだ先なので、夫婦間で名づけについてはまだ話し合っていない。

というか、お互い牽制しあっているといったほうが正しい気がする。

なぜなら、自分は「字画なんてまったくもって興味なし。好きな名前を付けたらいい。」という考えに対し、

相手は「字画重要。それに合わせて名前またはつかう漢字を考えるべき。」という考えだからだ。

以前、何気ない会話の中でこのお互いのスタンスを話した。

そのときまだ子供を作ろうとしていなかったので、気軽にこういう話ができた。

ただ、お互い「へーぇ」と言いながら、心の中では引っかかる部分があったんだろう。

その後もたまに話したが、「字画なんてどうでもいい」「いや、字画重要だ」の平行線だった。

でもそろそろこの問題に対して真面目に取り組まなくてはいけない。

あたりまえだけど、わざと悪い字画名前を付けたいわけじゃない。

付けたい名前字画が良ければそれで問題ない。

字画優先順位が下だってことだ。

そもそも字画概念は誰が言い出したのか、根拠は何なのか、まったくわからないのが気に食わない。

(私の調査不足かもしれないけど)

私の中では、血液型占いや、荒唐無稽新興宗教教義と同レベルだ。

字画の本とか、判定するwebサイトかいろいろあるけど、

どこぞのオッサン(おばさんかも、じいさんかも、ねーちゃんかもしれないが)の根拠もない戯言に

なぜ我が子の、大切な、一生を共にする名前ケチをつけられなきゃいけない?

親(自分たち)の考えより、見ず知らずの赤の他人の、根拠も何もない言葉のほうが大切なのか?

の子私たちの子だ。会ったこともない奴の謎理論がなぜ介入してくる。

昔は神社やお寺に行って名前をもらうこともあったとかいうのは知ってる。

だけどそれとこれとは別次元だ。

字画なんてただの画数だ。数字だ。

世の中には、字画妄信して、他人姓名判断までしてくる有難迷惑な奴がいるのもわかってる。

そういうやつに傷つけられないかだけが心配ではあるけれども。

ただ、相手気持ちわからんでもない。

何よりも大切な我が子だ。

理由があろうがなかろうが「悪い」より「良い」方が良いに決まってる。

それでも、何から何まで「最高」にはできないのだよ。

字画のために、読みを、漢字意味を、私たちの想いを犠牲にするのか?

私はそれが我慢ならない。

2017-07-09

世紀の大発見

昨今繰り返される、いわゆる萌え絵とそれを批判する勢力の論争。

誰にだって好き嫌いはあるから分かり合えないのは仕方ないねーと思っていたのですが、主張を見ていくとそんな単純な話ではないことに疑問を抱いていました。はて、なぜ彼女らはここまで憎むのでしょう。当の被害者であれば理解しますがどうやらそうではなく、自分以外の"誰か"のために怒っているように見えます

その疑問の答えになかなか辿り着けず、もやもやとしていたのですがつい先日、正に天啓の如く閃きを得ました。

まさか、いや、そんな。こんなのは私の思い込みや誤解であって欲しい。しかし、あまりにもあり得ないため完全に眼中になかった可能性を検討してみると全ての辻褄が合ってしまう。

まさかまさかとは思いますがあなた方はもしや、「自分二次元美少女と同一カテゴリの"女性"である」とお思いなのですか?

文字通り次元が違う存在であるにも関わらず、キャラクタが"女性型に描かれている"というたったその一点だけで、自分を含む女性全般尊厳を傷付けられたと…。なるほどなるほど、それは大変に申し訳ない。まさかその視点はなかったのです。この世の理想妄想を詰め込んだ完全無欠の二次元美少女が、夢も希望もない現実女性リンクするとかそんな烏滸がましいにも程がある自覚を抱くだなんて想像だにしなかったのです。

何でも食べると謳われる広東人だって、四足だからといって流石に椅子と机は食べません。きちんと分別はあるのです。

言うまでもありませんが(そして残念ながら)現実女性二次元美少女は全く別の存在なのです。嘘をつけ、女の形をしているだろうが!!と反応したくなる気持ちもわからなくはありませんが、それでもやはり別物なのです(というか、最近女性ですらない男の娘キャラジャンルを問わず人気ですがそれすらも外見で同じだと見做してしまうのでしょう)。

たとえば、親兄妹が風呂上がりに全裸リビングを歩いる姿を見て劣情を催すのか?という話に近いでしょう。可愛いとか格好良いとかそういう次元ではなく、ただただ醜いとか見てられないとかさっさと服着ろと思うのが大半の人だと思います。無論、ごく僅かに例外と呼ばれる人はいるのでしょうが、そんな極一部の例外大勢のものだと誤解しているのが、萌え絵騒動に於ける双方の擦れ違い・平行線の根幹にあるのではないでしょうか。


繰り返しますが、二次元美少女あなた方は根源からして違うし、そもそも二次元美少女に抱く"萌える"という感情三次元には決して抱けないものなのです。"女性"が好きなのではなく、"キャラクタ"が好きなのです。

仮に二次元美少女現実女性と等しいものだとしたら、美少女イラストレーターは全員男性レズビアン女性になってしまますが、そんな話は寡聞にして存じません(西又御大なんてシンデレラ城で結婚式挙げてましたね。おめでとうございます)。

四本足が全て食物に見えてしまう人には理解できないかと思いますが、そもそも現実女性というカテゴリ自体に興味が全く無いという事実理解して頂きたいものです。



というと極一部の例外を取り上げて叩くのでしょうが、母数が増えれば一定割合で現れるエラー因子も増えるのは仕方のないことです。警察力を遺憾なく発揮できるよう、監視カメラの設置推進や罰則強化に賛成した方が余程実りがあるのではないでしょうか。

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706211145

この世界は、(生理とか出産とかの生物的な差は別にして)女性が優位にできている。

そしてこの生物的な差は、男性体験できないという一点において、理解されがたい。

また、女性側でも個体差が大きいため、男女合わせての共有が難しい。

 

この生物的な差を理由に「女性はつらい」「男はずるい」と言うのであれば、「男は望んでも妊娠できない。妊娠できる女はずるい」という論法が成り立ってしまう。

故に、この生まれつきの性差をもとに、「男はずるい」「女はずるい」と言ってはいけないのです。なぜなれそれは、永遠に平行線だし、不毛から

 

まれつきの性差セックス別にした、ジェンダーとしての性差をもとにフェミニストたちは戦わなければならんのです。

無知無理解プロジェクトが殺されそうだ

当方フリーIT 技術者。ある Web ベースシステムを開発しているのだが、プロジェクトマネージャーリーダーをはじめとするメンバー無知無理解のおかげで作業が進まずに困っています

ブラウザーキャッシュの仕組みを少しでも知っている人なら、非 IT 系の方でも読めるように書きました。ぜひ助言をお願いします。

登場人物

私は発注元(A 社)に客先常駐している。私が契約しているのは A 社のグループ会社である B 社だ。

A 社内のチームメンバーは以下のとおり。

さて、今開発しているシステム(以下システム P)はもともとスタンドアローン運用する形態だったが、最近クラウドバージョン提供も始まり現在スタンドアローンバージョンクラウドバージョンの並行開発となっている。X さん、Y さん、Z さんは主にクラウドサーバー管理や、私や W さんが作った部分のテスト担当している。

問題発覚

クラウドバージョンの初めてのアップデートを控えた 6 月に問題が発覚した。コードアップデートすると、ブラウザーキャッシュが効いていて表示がおかしくなるというのだ。

プログラマー以外の 4 人は実は Web システム案件は初めてで、ブラウザーキャッシュの仕組みすら理解していない。X さんから相談を受け、「Web アプリケーションからブラウザーキャッシュクリアーすることはできない。代わりに、HTML から読み込まれる外部リソースの後ろに『?v=3.14』のようなダミークエリ文字列をつければよい。アップデートのたびに数字を変える。これは一般的採用されている手法で、これ以外の解決策はない」ということを伝えた。具体的にコードエディター上で修正イメージを見せて、すべてに対応するのに 1 日あればできる、とも。

これで「そうですか、ではお願いします」となれば、テストを含めて 2、3 日で終わった話なのだが、ここから長い混乱が始まる。

前回リリースから変更のあったファイルの洗い出しを命じられる

X さんから、「変更箇所をなるべく少なくしたいので、前回リリース分と今回リリース分で変更のあったファイルリストを出してほしい」と言われる。変更のないリソースにはクエリ文字列をつけたくないらしい。

内心呆れつつ、Git (ソースコード管理システム)でファイルの変更履歴を調べ、一覧表を提出した。X さんに「それぞれのページでソースコード確認し、この一覧表に載っているファイルにはクエリ文字列がついていることをひとつひとつ確認するのですよね。却って手間が掛かりますよ。それよりも、すべてのファイル対象にしたほうが作るほうもテストするほうも楽です」と伝えた。

問題発生箇所の調査を命じられる

6 月も残り 1 週間を切ったある日、Z さんから、「実際に問題になっているのはどのファイルのどの部分か、スタイルシートのどのクラスID 指定が効いていないのか、V さんが知りたがっている。原因解明に必要なので調べるように」と指示が出る。

私は「ブラウザーキャッシュが効いているためで、キャッシュを消すか無効にすれば直る。今までも修正のたびにテストではキャッシュを消してもらっていたでしょう」と説明するが、調べろ調べろと繰り返すばかり。「そんなことを調べて何になるんですか。キャッシュ問題ですよ?」と言うと、Z さんは手をわなわな震わせて、「お客さまが知りたいと言っているのに、『そんなことを調べて何になるんですか』とはどういうことですか!」と声を荒らげる。しまいには「お客さまのご要望にお応えして私たちお金をもらっている。お客さまからの依頼なら応えるのが当たり前」と言い出す。技術的に意味がないことをいくら説明するも理解されない。

ブラウザーキャッシュの仕組みを基本から説明する

プログラマー 4 氏の知識底上げをしないといつまで経っても平行線だと思い、Redmine (課題管理システム)にブラウザーキャッシュの仕組みを解説する文書投稿した。ほぼ同じものを以下に掲載する。非技術者にも分かりやすく書いたつもりだ。あまりかいことを説明しても混乱させるだけだと思い、リクエストヘッダーの Cache-Control や Expires などは説明を省いた。

キャッシュとは

キャッシュ(cache) とは、一度読み込んだデータを内部に保存しておく機構のことです。2 回目以降の読み込み時はキャッシュを読み込むことで、処理時間の短縮を図ります

ウェブブラウザーにおけるキャッシュ一般に、HTML ファイルおよび HTML から読み込まれる外部リソース(スタイルシートファイルJavaScript ファイル画像ファイルなど)に対して適用されます

キャッシュが作られるタイミング

ブラウザーがあるファイルを読み込もうとする時、キャッシュがなければ実ファイルを読み込んだ上でそのファイルの内容をキャッシュします。

キャッシュが破棄されるタイミング

キャッシュがいつ破棄されるのかは完全にブラウザー依存です。異なるファイルキャッシュが同じ期間だけ存在するかどうかも分かりません。

キャッシュユーザーブラウザー操作で明示的に削除(クリアー)することはできますが、 サーバーからクライアント(ブラウザー)のキャッシュクリアーすることはできません。

ウェブアプリケーションキャッシュ対策

ウェブアプリケーションアップデートした際、クライアントキャッシュ無効にするために、以下の手法がよく使われます

link rel="stylesheet" type="text/css" href="style.css" >
< script type='text/javascript' src='script.js' >< /script >
< img src="picture.jpg" alt="" width="640" height="480" >

このような外部リソース読み込みについて、ファイル名の後ろにクエリ文字列を追加します。

link rel="stylesheet" type="text/css" href="style.css?v=2.4.0" >
< script type="text/javascript" src="script.js?v=2.4.0" >< /script >
< img src="picture.jpg?v=2.4.0" alt="" width="640" height="480" >

スクリプトでない静的ファイルクエリ文字列を付加しても、読み込まれファイルは同じです。つまりstyle.cssstyle.css?v=2.4.0 は同じ style.css というファイルを指します。

ブラウザーが style.cssキャッシュしている状態で、この行を読み込んだとします。

link rel="stylesheet" type="text/css" href="style.css?v=2.4.0" >

ブラウザーは「style.css?v=2.4.0 というファイルキャッシュにない」と判断し、style.css?v=2.4.0 というファイルを読み込みます。結果として、ディスク上の style.css が読み込まれスタイルシート更新されます

この HTML をまた読み込んだ時は、「style.css?v=2.4.0 というファイルキャッシュ済み」と判断し、ディスク上のファイルではなくキャッシュを利用します。

ウェブアプリケーションバージョン 2.5.0 にアップデートする時には、「?v=2.4.0」の部分を「?v=2.5.0」に書き換えてリリースします。

link rel="stylesheet" type="text/css" href="style.css?v=2.5.0" >
< script type="text/javascript" src="script.js?v=2.5.0" >< /script >
< img src="picture.jpg?v=2.5.0" alt="" width="640" height="480" >

同様の仕組みで、2.4.0 時代キャッシュがあっても 2.5.0 用に書き換えられたファイルが読み込まれキャッシュ問題は起こりません。

この手法は、キャッシュ問題解決する手段としては一般的に用いられているものです。俗に「キャッシュバスター (cachebuster)」とも呼ばれます

上記に長々と書いた内容を踏まえ、今回の問題についてご説明します。

「暫定対応」の指示が出る

日経った日の午後。Y さんが A4 判数ページにもなる「調査報告書」を作成した。問題になっているスタイルシートについて前回リリース分と今回リリース予定分の差分を取り、それぞれの行について「新規」「変更」「削除」の印をつけ、「とりあえず、このクラス指定が効いていないだけなので、HTML 中にインラインスタイル(< div style="..." >)で指定すればよい」と結論づけていた。

報告書には「状況から見て、変更・削除されたスタイル指定は影響が出るらしい。新規に追加した部分については影響がないようだ」とも。私が書いた説明を読んでいないのか、理解できなかったのか。

この報告書を元に、X さんから「この行とこの行にインラインスタイル指定してください。これで暫定対応します」と指示が出た。

私は「この修正は何ら根本的な対策になっていないことは理解していますか。『現状で問題になっている箇所』は、この環境たまたまそうなっているだけの話で、ほかのお客さまの環境では別の画面が崩れるかもしれないのです。それを承知の上で、これを暫定対応としてよいのですね」と X さんに確認。X さんは「はい」とだけ答えたので、黙って作業完了した。Gitコミットメッセージに「この方法は何の効果もないこと、それでも作業をしてよいのかを X さんに確認の上、作業」と書いてコミットした。

しばらくすると X さんから「うまく表示されていますOK です」と報告があった。

その日のうちに問題再発

夕方、私が帰ろうとすると、X さんが Y さんに「画面がおかしい」と言っている。横から覗くと、先ほど「暫定対応」とやらを入れた画面で、表示は正常だがボタンを押しても何の反応もない。私は静かに「JavaScriptキャッシュですね」。

聞けば、Y さんは「キャッシュスタイルシートにだけ効く」と思い込んでいたらしい。やはり先の説明を読んでいないようだ。そして、Y さんの環境ではボタン有効だったとも。

私は「Y さんの環境では(JavaScript の)古いキャッシュは効いていなかった。X さんのところではキャッシュが効いていた。これが、私が言っている『環境依存』の意味です。昼の暫定対応ではダメなんです。半月から私が言っているように、すべての外部リソース読み込みにキャッシュバスターをつけないと解決にならないんです」と伝える。

Y さんは観念した様子で、「キャッシュバスターって、一部分にだけ適用することもできますか」と聞く。この人、理解してないなと思いつつ、「はい、できますよ」と返すと、「では、問題の発生している範囲調査して、問題が起こっているファイルにだけキャッシュバスターを……」。やはり何も分かっていない。

私は繰り返し、ブラウザーキャッシュ環境依存なのですべての外部リソース読み込みにキャッシュバスターを付加しないと無意味だと説明した上で、こう付け加えた。

「指示されたことだけを黙ってやっていれば、そりゃあそっちのほうがラクですよ。でも、喧嘩をしてでも、場の雰囲気を悪くしてでも自分意見を主張するのは、技術者としてのちっぽけな良心からです。お願いですから専門家の言うことを聞いてください。私の意見が信用ならないのでしたら、ほかの技術者意見を聞いてください」

対応が先送りになる

この数日後、本件の対応を先送りにすることが決まったと X さんから報告があった。

聞けば、リリースを急いでいるのは特定顧客要望によるものらしい。その顧客スタンドアローンバージョンを利用しているので、アップデートの現地作業の際にブラウザーキャッシュを消してくればいいとのこと。

リリースに間に合わない間に合わないとあれだけ騒いでいたのに。プロジェクト管理がまるでできていない。

レビュー開催

そして今日夕方、この件についてレビューを開きたいとプロジェクトマネージャーの V さんから言われる。レビューって、何をやればいいんだろう。何をすれば気が済むんだろう。Redmine に書いた説明を読んで理解してもらえれば、やるべきことはひとつしかないと分かろうものなのに。

X さんから質問を受ける。「例の件、ほかの方法はないんでしょうか。『こういう方法もあるけれど、工数が掛かるので採用しません』というのがもしあれば話が進めやすいかと」。残念ながらありません、せいぜいファイル名そのものを変更するくらいですが、本質的には同じことですし管理の手間が増大します、と伝えた。

ついでに、X さんに「あの説明を読んで、よく分からない部分があったら教えてください」と尋ねると、実は忙しくて斜め読みしかしていないと白状された。その状態対応策を一生懸命協議していたのですな。

レビューの席でまた一悶着ありそうだ。どうやったら彼らを納得させられるのだろうか。信用できない技術者説明してもらったって、信じないんだったら意味がないのにねえ。

追記

文字数制限に引っかかってしまい、末尾が切れてしまっていました。続きはこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20170706122924

2017-07-01

LGBTsであるのはそんなにも悪なのか

 バイ当事者として思う。

 中学生時代、実はその気があるのではないかと気がついてからはや数年がたった。幸いにも生来オツムの弱い俺は自身マイノリティであることを深くは気にも留めず、それより目下のところの悩みは人間関係をうまく構築できないことにあった。

 高校に上がるときに状況は変化した。うまく人間関係が行くよう、仮面かぶることで自分自身を作ってしまえば良いと悟ったのである高校生になるまでそんなことにも気がつかない程度には頭が悪かった。考えてみれば、あたりを見渡すと、みんな真っ白で、まるで自分には負い目がないかのように振る舞っていたのだった。美しい世界だった。互いが互いを牽制し合うことで、負の部分は徹底的に平らかにされ、狭い学園内に、その生態系特有の標準像が形作られていた。もちろん、個々に特徴はあった。しかしそれは決してマイノリティではなかった。それを知った途端、皆がよそよそしくなり、あるいは全力で忌避しだすような。

 まんまと学園の標準像を手に入れ、学園内における人間関係に満足できるようになった俺は、初めてやっと自分マイノリティであることそれ自体直視し、その孤独に深く怯えた。暇ができれば「ゲイ 割合」でググった。ググったところで孤独がどう収まるわけでもないのにね。けれど、動揺は表に出さないようにして、ひたすらに勉学に打ち込み、孤独不安がよぎりながらも結局はマイノリティであることを見ないようにする努力を重ねた。

 大学に入った俺は、Twitterで界隈の情報を知るようになっていた。そもそも自分自身性的志向を隠していたこともあり、いわゆる「お仲間」は一人も知らなかったから、出会人達が本当にLGBTsであることが信じられなかった。

 そこには様々な人が暮らしていたのであって、ウェイ系や趣味謳歌する者、社会人や地味な者が渾然一体として存在していた。それはもう殆ど社会と変わらないのであって、一つ違うのは皆がマイノリティであることだった。彼らは一緒にコミュニティ形成し、つるむことで根底にある孤独を紛らわしているかのようだった。

 そして同時に、ネット文化(淫夢など)やネットでの論調を目にするにつれて、俺にある疑問が浮かぶようになった。

 「LGBTsであることはそんなにも悪なのか」



 一部のLGBTsに対して進んだ国・都市ではPrideを大きなスローガンとして、市民権を得られるような活動が続けられてきた。日本にもPride文化は輸入されたのであって、実際にパレードも行われているし、わりと盛況しているようだ。だけど、違うんだ。そうじゃない。そもそもそれらの国・都市アイデンティティ個性を重視する文化を長い間かけて育んできた。この文化が素地としてあってこそ、LGBTsにかぎらず、他の多くのマイノリティも声を上げることで市民権を得ようとしてきた歴史がある。だからPrideなんて言葉を使うようになったのだろう。

 でも日本はそうではない。少なくとも日本にはアイデンティティ個性を重視しようという文化はない。こんな文化自然発生するものではないのであって、意図的に育んでいくものだ。日本は残念なことに育んでは来なかった。日本において個性尊重しているようにみえるのは、実際には個性見世物にして消費するか、あるいは黙認という形式を取り、なかったことにするかにすぎない。高校時代の美しい世界もまさにその通りで、別に性的マイノリティに限った話ではなく、ひたすら皆が標準像を追い求める一方、標準像として収束される先にも残り続ける、ただひとつの「日本人」という個性の姿や文化といった共有資産が賛美されることに満足を得る人間も出現し始めた。マイノリティに関して言えば、ゲイアイコンとしての「オカマ」や「淫夢」は見世物として消費され、その他のゲイはなかったことにされている。そんな国でPrideなどと言ってみても滑稽なのだ。だからこそ輸入されたコンセプト・スローガンでは対処ができない。


 ゲイ理解されないことの一つに、「自分にも危害が加わる可能性があるから」というのがある。でも、考えてほしい。人が自分好意を持ってくれることは少しも危害ではないのではないのではないかそもそも性的暴力実力行使に出るような輩は、ゲイ理解云々の以前に一定確率行使しようとする。でもそれは、ヘテロ男性の中に女性強姦する人がいるのと変わらないので、ご指摘には当たらないような。

 そして、ゲイのくせにヘテロ男性告白してきたらキモいというのもよくわからない。そのような人たちの中で、告白相手女性レズビアンである可能性を少しでも考え、躊躇した人間がどれくらいいるのだろう。結局、物事はすべてマジョリティが当然のこととして行っていることは当然のことで、同様のことをマイノリティが行おうとして、マジョリティの行動との間に違いが生まれた途端声高に主張し始める。マジョリティは自らの行動を顧みず、棚に上げた上で我々の一挙動を観察する。人から愛を向けられることがそんなに嫌なのだろうか。俺だったら、自分に魅力があるのだと知れて誇らしいことだと思うのに。


 どんな社会を望むのかといえば、答えは明白で、「LGBTsの存在が当然のこととされている」社会だが、まあ無理だろう。こんな世の中じゃ。何か新たなネタが見つかるたびに、徹底して皆が食いつき叩き上げ、消費し尽くす。そこには様々意見が入るものの、結局はネタを消費する手段にすぎないから、意見平行線上をたどったまま、次のネタ、次のネタへと移っていく。誰もが同じ生け簀から出ようともせず、古い水を変えようともしない。食い散らかした餌の破片と糞尿で薄汚れた生け簀の中で、同じ境遇であることに何故か安心感を覚える。そして誰も自分意見を変えようとしない。それぞれが意見を表明し、その意見はどこか遠くへ流されていくのみだ。寛容などとは程遠い。日本の体質自体が変わらないと始まらない。俺だってなにも好き好んでこう生まれてきたのではないのに。


 それにしても、「生物学的におかしい」とか「自然の摂理に反する」とか、「異常」「変態」「公の場には出ないでほしい」みたいな言説は読み飽きてしまった。もう死んでしまいたい。

2017-06-26

なぜ日本で基礎研究が軽視されるのか、2つの記事で腑に落ちた気が

先日ホッテントリ化した、口は悪いけど舌は鋭い増田

はてなの中高年は今井絵理子の発言を理解できない

あいつらは「批判」をすっごい悪いことって意味で使ってるの。
批判」は和を乱すとか喧嘩を売るって意味しかない。ケチをつける。因縁をつける。人の気分を悪くする。
批判は、すごくネガティブな、ピースフルでない、縁起の悪い行いなわけ。喧嘩とかケチ付けってことなわけ。

と、ここのコメントの1つ

研究者の頭脳と時間を、違うことに使いすぎている - 日経テクノロジーオンラインブコメ

基礎研究と応用研究政治家アカデミズム算数ドリルがまだ区別できておらず「基礎なんかすっ飛ばし最初から応用問題が解けた方が効率よいし偉くね?」って本気で思ってそうなくらい、基礎研究軽視だからなー
2017/06/24 17:10

2つが脳味噌の中で化学反応して、

なんで歴代ノーベル賞受賞者の面々が口を揃えて異口同音に「日本は基礎研究予算かけなさすぎ」って叫んでるのに、政治が一向に基礎研究への予算配分増に対して及び腰なのか、
一方で金欠だ振興費はもう頭打ちだと言う割に「チョコレートで脳が若返る」とかいう明治PRにノせられスライドだけ無駄に立派なトンデモ似非研究内閣府が飛び付いて、予算がすんなりタンマリ通るのか、自分の中で勝手に謎が氷解した。

いつもなら「選ぶ側の政治家科学研究学問に対して無知無理解から」「真偽を判断するだけの科学リテラシー知識が無いから」で済まされて、最終的に「日本の政治家がバカばかりなのが悪い」と結論づけられるが、
多分それだけじゃない。使ってる言語体系と価値観の相違も勘定に入れるべきだったんだ。

何が言いたいの?

まり内閣府の皆さんや現行の政治家の皆さんの多くが「基礎研究」「応用研究」の頭に付く「基礎/応用」という修飾語を、我々と違うニュアンスで捉えてるかもしれない、ってことだ。

・「基礎研究」と「応用研究」(大学研究機関
・「基礎問題」と「応用問題」(数学問題集

似てるようで全く異なる両者を、同じ意味イメージしていらっしゃる可能性が非常に高いかもしれない…ってことだ。

まり

「基礎研究というものは、延々と3+(-4)=-1… みたいな、計算ドリル初歩の練習問題を繰り返してつまづいている段階であり、それすらすぐ正答できないという事は無知で後進的で恥ずべきこと。
 基礎なんかはもうとっくに出来てる前提で、応用研究問題)がスラスラ解けるようになる事が到達目標であり良いこと。だから限られた研究予算は、基礎研究問題)なんかをいつまでもダラダラやってる子(大学)よりも、
 成果がすぐ見える応用研究問題)をいっぱい手がけてる優秀な子(大学)に優先して配分するよ!」…という盛大な勘違い価値観のまま、表彰対象を選んでる可能性がある。

…いやそれも「連中が無知なのには変わりないだろ」と突っ込まれるかもしれないが、純粋に知らないのと、知ったつもりで誤解したままなのでは話が別だ。
もし「基礎<応用」という上記のニュアンスで捉えている人が多かったら、科学者の"基礎研究大事しろ"の声が政治家に届かない理由も分かる。

"基礎研究なんて膨大な無駄の中からほんの少し凄いものが出てくるって世界(id:k_oniisan)"っていう正論も、「基礎の段でつまづいてるような出来の悪い子が、こづかい減らされるのを恐れて出来ない理由言い訳を並べている」
しか受け取られていないかもしれんわけだ。たまーに偉いノーベル賞受賞者先生擁護して同じことを言っても、「出来の悪い子を、自分の身内やお友達や生徒だからって庇い立てしてるだけだ」と見做されているわけだ。

他方、基礎を終わらせて、もしくは基礎を飛び級して、成果の出る研究、金になる研究、応用研究軸足を移し、先駆けて沢山手がけている子こそが優秀であり、高効率であり、限られた科研費の優先投資先として
相応しいのだと。そういうロジックで選んでるのだとしたら、民間企業協力のキャッチーな予備実験や仮説もどきの方が最先端研究だと持て囃されるのも実に納得だ。

そりゃ平行線にもなるわ。

書いてて絶望的になってきた。自分だけの思い込みかもしれないけど、これで科学立国とかマジで無理ゲーじゃね?

2017-06-28 追記

思った以上に賛否色々とブコメトラバを頂き、話題をすぐ畳むのが勿体なくなったので折角もう少し風呂敷広げてみよう(広げた後に収拾する気があるとは言ってない)

予算」という言葉も同じく、科学者-政治家間で定義がすれ違ってる説

id:outalaw 「予算」という言葉がすれ違っていそう。科学者たちは恒久的な人件費を含めているが、行政は一時的な雇用費や物品費こそ予算と捉えており、行政のいう予算は横ばいだが科学者のいう予算は減り研究時間も減っている。
id:death6coin トランプアメリカもっと低い次元にいそう/http://www.nistep.go.jp/archives/32530によれば予算的には減っていないが出どころが変化しており、研究者に成果へのプレッシャーがあるのではないかとの分析がされていた。

確かにその可能性も高そう。年度毎に補助金申請書を書き直さなくてもよい永続的フロー保障される事を要求する研究者サイドと、◯期活動分のキャッシュを確保することに奔走し、科研費増なんて出来るわけがない現実を見据えてる政治家サイド。
かたや「基礎研究への予算が増えない」と嘆き、かたや「予算は水準維持してる」と主張するのも、どちらかが嘘付きって事ではないはず。おなじ「金」のことを話してるんだからすれ違うはずがないと思いきや、両者の中で定義が違うままと。
で、河野太郎の研究者の皆様シリーズもまた、ブクマ上位によく来る人気エントリだが、結局できる事は"成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者予算をほかに振り替えるか"
実際上記の通りプレッシャーかかってます

元々長期的視点つのが苦手な上に、科学技術振興予算の上限まであっては、短期的に金になる成果を優先せざるを得ない

*id:kaeuta 馬鹿にしたい気持ちはわかるが、今の政権経済産業寄りという点に尽きる気が。国民感情的に「膨大な無駄」が許される状況ではなく、基礎研究がすぐに金を生まない以上、金になりやすい応用研究が推進されるのだろう
*id:mainasuplus 増田にもあるけど、短期的に金になると想定される分野にしか研究費を突っ込みたくないのだろう。基礎研究文系学問研究費が落ちてこないのはほぼこれに尽きると思う。

予算は限られてて、社会保障費並の伸び率で野放図に増やすわけにはいかない。じゃけんせめて、振り分ける対象の厳選仕分け優先順位付けくらいきちんとしましょうね~ という大筋は正しい。
が、それでも「基礎研究に割り振る比率はもう十分与えたから、与えられた枠内で工夫するか減らすかしてね」には強く反対する。

また抽象的な例え話に飛ぶが、国民政府も喉が渇いてて、収穫すればすぐ生食できて喉が潤う万能フルーツ『成果』の大規模栽培を皆が渇望しているわけで。
収量予想や収穫期限コミットまで厳しくガン詰めされているので、使える湯水(金)も限られ、なおさら『成果』を優先栽培する以外に選択肢はないわけで。
でも、その『成果』を栽培するにあたって必須となる土づくりと肥料、その名も『基礎研究』…これは今すぐ食えるモノじゃないし成功保障も低いから、金かけるのは後回しにしてね。そう言ってるわけだ。
もしこれから科学事業を再び仕分けていくにしろ、まかり間違って奇跡が起き科学振興予算が倍増するにしろ、上記の思想ベースである限り、どれだけ湯水の如き金があっても、きっと土壌と肥料最後まで後回しで、
皆こぞって効率良い『成果』の密植技術開発に明け暮れるのだろうね。やがてサイエンスという土壌は、キャパを超えて過剰密植された『成果』に養分を吸われて徐々に痩せてゆき追肥もされないので
最期は何も生えない不毛の大地けが残りましたとさ。めでたしめでたし


省庁や官僚役人は流石にそこまでバカじゃないし正しい意味知ってるけど、敢えて政治家への啓蒙放置して状況を利用してるよね

これには強く同意する。事業仕分けとかで管轄範囲権益を侵さない限りは、知った上で正しく確信犯として野放しにしてる感


「基礎」って言葉が誤解を招いてるから、別の語に置き換えよう(提案

ボケ痴呆認知症」っていう事例もあることだし、たか言葉遊されど言葉遊び、形からでも変えてみる意味はあるかもね。
但し、「障がい者子どもメクラチビゴミムシダマシ」のように、無理に言葉狩りして理念が追い付いてない、仏像彫って魂入れずだと反感を買うおそれもあるね

2017-06-24

恋愛友情における時間配分について

いつも遊んでる友人が恋愛し始め、疎遠になってしまうっていう話について頭がこんがらがってしまった。

29歳男性の私は、飲み屋で知り合った22歳の女性Aにアプローチをして友達以上恋人未満関係になっている。

出会ったのは1年半以上前、その飲み屋にはAを含め学校の同じクラス女性4人組で来ていた。学生だったから出来たことだと思う。

それが卒業就職きっかけに4人で集まることが少々難しくなったのか、以前のように毎週末全員が揃うことがまれになった。

それでもAともう一人Bは毎週末ほぼほぼ欠かさずその飲み屋で飲む仲を維持しているようだった。

私もカウンターだけのその飲み屋には少々縁があってよく通っていたので、曜日が合っていたのかその子達とはよく隣になって飲んだ。

4人ともLINEを交換し、みんなで他の飲み屋や誰かの家で鍋パをするような仲になった。

そのうちに私はAを好きになり、Aと2人で会うようになる。

そうなると休日が似通っているAとBと私なので、置いてきぼりのBは寂しさを覚えるようなった。

そんな折、Aに誕生日が近づいていたある日、私はAを飯に誘った。

待ち合わせの繁華街、落ち合ってしばらくするとBと4人組のもう1人がその飲み屋で飲んでいるという連絡がAの元に入った。

共通の知り合いの誕生日だということで集まっているという。

その飲み屋も歩いて数分なのですぐにでも顔を出せたが、この時私はAと2人で居たい、Aに選ばれたいという衝動かられAを引き止めた。

Bを選ぶな、私を選んでほしいと強く思った行動だった。

Aは私との関係性と友人との関係性に揺られ決めあぐねる間も時間は過ぎ行き、とうとう終電を迎え、もう1人の方が帰ってしまったと連絡が入った。

その時わかったことだが、友人たちはAの誕生日サプライズを用意していたようだった。

それでもBは待っていて、Aは私も一緒に行こうと誘ったが、私は行く気にはなれず、Aがその飲み屋に行くなら私は帰ると言った。

とりあえずAと私は店を出て、繁華街を歩きながら、

私はAと一緒に居たいが、その飲み屋に行くなら帰ると言い、

Aは私と一緒にその飲み屋に行ってほしいと、その平行線のまま1時間が過ぎた。

すると飲み屋の方からBが駅に向かって歩いているのを見つけた。

両手にはAへのプレゼントを持っていて、顔をみると泣きじゃくった痕があった。

Bは感情を抱えてしま性格で多くは語らなかったが、目一杯の寂しさを感じていたことは誰が見てもわかった。





今回これを書いてみて改めて明確になったが、どうやら私はお邪魔虫のようだ。

集まっているという最初の連絡の時点でその飲み屋に向かっていればきっと良かったのだと思う。

誕生日サプライズを察するべきだったのか、いや事前にBにAの誕生日はどうするか聞いていればよかったのか。

それとも、Aが優柔不断から悪いのか、誕生日はAなのにもかかわらず。

はたまた、BがAに対しての依存が過ぎることが悪いのか?

私がAともっと深い関係を望むならAと友人たちの時間は奪うことになるが、それは悪いことなのか?

愛情よりも友情の方が尊く永い関係であるから友情が失われる愛情であれば愛情は切り捨てられねばならないのか?

恋愛友情における時間は配分されねばならないのか?

2017-06-18

まあ、平行線だけどさ

俺は、自己防衛トリガーになる情報は、なるべく目立つ形で存在して欲しいな

埋め切れない落とし穴なら、覆い隠すんじゃなくてハデな警告表示があったほうが便利というか

ああ、我が子は守らねばならんのだな、と認識を新たにする回数は多ければ多いほどいい

俺は特に忘れっぽいか

ポルノの普及による感化ってのは規制ネタでよく話に挙がるんだけど、

今までそれを立証しようとした統計がだいたい逆の結果を出してるから

今のところ、そっちを信じる

おかしいってのは、全くもって同意

ほんとに意味わからんよな

https://anond.hatelabo.jp/20170618141651

2017-06-10

母親(微毒)の誕生日、何かをしてもしなくても悪い結果しか予想されなくて詰んでたんだけど

こんにちは。初めて匿名ダイアリー投稿します。


私は30代前半、既婚の女です。今は結婚数ヶ月目、旦那さんと2人で暮らしています

27歳のときに2年ほど一人暮らししましたが、そのあとまた実家に戻って、結婚するまで住んでいました(ちなみに一人っ子です)。


母との関係性が壊れ始めたのは、結婚が決まる少し前から

(といっても、大学生ごろから少しずつほころびは見えていたのですが…)


もう30歳にもなろうとする私に対して、母は、

「娘の帰宅が遅い」と会社電話してきたり、

彼氏の連絡先を入手するやいなや、デートで私の帰りが遅くなると、SMSで、

「こんなに夜遅くまで出歩かせて、申し訳ないという気持ちはないんですか」

「親だから心配なんです、私の気持ちをわかってくれますよね?」

あなたまだ子供ですね、人の気持ちもっと考えられるようになってください」

勝手彼氏に連絡したり、

10万円もする健康器具(正直私は使いたくない)を「あなたのために買ってあげるね!」と言うので断ると、

感謝を知らない冷たい子」となじられたうえ、

あんたは気づいてないけど、あんたのためになるんだから使いなさい」

絶対お母さんに感謝することになるから!」

と結局渡されたり(しかも「嫁入り道具に持って行け」と…新居狭いのに…)、


と、これらは一例ですが、とにかく私への依存・過干渉エスカレートしていきました。

私の結婚が決まると、寂しさからかその態度はいっそう強くなり、


私が「半年後くらいには引っ越しして、そこから2人で結婚式の準備をしたい」と無邪気に伝えると、すごい剣幕で叩かれ、

結婚式入籍引っ越しは同じ日にやるのが常識でしょ!!!!!!!!」

プロポーズされてから最低1年は花嫁修行の期間として家にいなさい!!!!!!

友達の娘はお母さんにそういうの相談しながらやってるのに、なんであなた勝手に決めるの!!!!!!!」

とまくしたてられたり(当然大げんかになった&話し合いは平行線のままだったが、私の理想スケジュールは、申し訳程度だが伸ばすことになった)、



「当然うちの近くに住むでしょ? 女の子はそうするものもの

と言われ、答えに窮していると(当然私は離れたいと思っているが、言うと大変な事態になるので言えない)

あんたはほかの女の子と違う!!!!!!」と泣き叫ばれたり、


そういう喧嘩の中で、私の人格や、彼氏人格までバカにされ、

まりに聞き続けるのが苦しかったし、だからといって応戦するのも馬鹿らしいと思って自分の部屋で声を出さずに泣いていたら、部屋に勝手に入ってきて、「こんなことで泣くなんて嫌味な子!」とまたマシンガン罵倒がはじまり

もうだめだ壊れてしまうと思って「やめてーー!」と言って耳を塞いだら、「やだお父さん、〇〇が頭おかしくなったみたい」と父親を呼んで2人でヒソヒソしだしたり、


私たちの新居を見て「火事になりやすそうなとこね」「空気も悪い」とだけ言いすてたり、


彼氏(夫)もそういう様子を私から聞いたり、結婚挨拶ときに目の当たりにしているので私の実家に寄り付かず、

「短時間だけ!」と私が頼み込んで、義理を果たすためお正月に夫を連れて実家に遊びに行き、お昼ご飯を食べて15時ごろに「今日はそろそろ帰るよ。夫くん、個人仕事が忙しいみたいだからさ」と帰ろうとすると、

母親が、今度は私に対するのと同じような剣幕で夫に「〇〇(私)の幸せを考えたら、もっと奥さんの実家に通うのが夫のつとめでしょ!?

「思いやりがない!!!」「あなた子供!!!」と迫ったり(結局その日は夫と私、2人で応戦したが話通じず「興奮してるみたいだから帰るね」と帰った)、


あげくの果てに、

結婚式の前日に私と両親でご飯を食べることになったのですが、母親正月のことを根に持っていて、食事中ずっと無言&口を開いたと思ったら

あなたは冷たい子、いつかきっと後悔する日がくる」

とだけ言われ、


もうなにもかも嫌で結婚式の日は一言も会話をかわしませんでしたが、式のなかで、両親にギフト(私の手作りです)を渡すと「なにこれ、かわいくない…」と言われ、

なんかもうダメだなと思いました。



それから今日まで、数ヶ月、会っていません。

連絡も、向こうからきたものに「ふーん」「そうだね」とかひとこと返すだけで、まったくとっていません(一人暮らしの時は、ほぼ毎日連絡しないと怒られたので、こんなことは初めて)。




そんな母親に対して(父はそこまで実害はありませんが、裏で母親と一緒に私の悪口を言って火に油をそそぐ係をしているので、あまり信頼していません)、

一度は絶縁も考えましたが、いまいち踏み切れずにいます

まぁ、ここまで書いてきて、「結構ひどいことされてきてるな」とは思いましたが・・、DV無視はされなかったし、小さいころはけなされなかったし、風邪をひくと一生懸命看病してくれるし、「子供母親」としてはいい母なんです、本当に。

大人になった子供母親」として、ちょっと未熟だっただけなんじゃないかな・・と。

から、「毒親」と呼ぶにはちょっとためらうんですよね。「微毒親」ぐらいかな、と。




正直、今は連絡をとるのが怖いです。コンタクトとると大体何かしらの形で傷つけられるので。しかも、親だからか、めちゃめちゃ一言一言攻撃力が高いんですよ。立ち直るのにも時間がいります。それが怖い。

じゃあ絶縁すればいいじゃん!とも思うんですが、「絶縁したいのか?」と自分に問いかけると、そうしたいわけではないんです。


超超超理想を言えば、親と仲良くしたいです。

理解はされなくてもいい、でも、軽めの家族交流ができる程度にはつながっていたい。私がなにか態度を工夫することでそれが可能になるなら、そうしてみたい。

もちろんそれが甘いってことはわかっています


でも、「微毒」だったら、絶縁以外でもなんとか付き合っていける方法はあるんじゃないか、と、思っている・・・




で、ようやく本題ですよ。

母の誕生日が迫ってきました。


先ほど言った通り、母親コンタクトをとるのは怖い。

会いにいけば、これまで会いにいかなかったことを罵倒されるだろうし、

メッセージプレゼントを送れば、それに対する返信で「会いにもこないでひどい子ね」とねちねち嫌味を言われそう。

からと言って何もしないと、きっとすんごく悲しむのが目に見えているし、後々すごい恨みになって返ってきそう。


どちらを選んでも、悪い結果しか想像できないんです。


昨日の晩、そろそろ結論を出さねばと思ってぐるぐる考えていると、すごく辛くなってきて、ひとしきり泣いたあとに寝込んでしまいました。


そのときから「そろそろ帰るよ」とメールがきたので、

「ごめん、具合悪くてなにもできてないんだ」と返信すると、

1時間後、私の好物を買って夫が帰ってきました。


私は、セブンイレブンレアチーズどらやきを食べながら、夫に本当のこと(具合が悪いんじゃなくて親のことで落ち込んでたこと)を話し、

その時点で導き出していた、一番答えに近そうな考えを伝えてみました。



「私ね、自分の状況を客観的にとらえるために、別の似たケースを探してみたんだ。そしたら『ダイエット』と似ているなって思ったの」


「例えば私がダイエットをしているとしよう。

そんな私の目の前に、すごく美味しそうなケーキがあって、私はそれをすごく食べたいとする。

でも、ダイエット目的は、『痩せたい、もしくはこれ以上太りたくない』だよね。そのためには、おそらくケーキは食べないほうがいい」

「でもね、それを第三者である私が見てたらこう言うと思うの。

ストレスをためるほうがダイエットに悪いとも言うじゃない。自分気持ちに素直になった方がいいよ、食べちゃいな! その代わり、そのカロリー運動で消費しよう!』」




「これを今の私の状況に置き換えてみると」


「目の前に、親にコンタクトすべき機会が迫っているんだけど、私は何もしたくないと思ってる。

でも、最終的な理想は、『親と仲良くなりたい、もしくはこれ以上仲を悪くしたくない』。そのためには、おそらくなにかしたほうがいい」

「それをさっきの第三者セリフに置き換えると…

『長い目で見たら今は連絡しないほうがいい可能だってある。自分気持ちに素直になった方がいいよ、連絡しなくても大丈夫! その代わり、別の方法コンタクトしよう!』」








「こんな感じだと思うんだよね、でもその『別の方法』がわからないんだよ・・・

夫は「意外と面白い話だったw」と笑っていました。

そして、

「お母さんの好きな食べ物はなに?それを贈るのはどう?」

と。

エビかな。でもそれだけ贈るのって、やっぱなんか『冷たい子』『よそよそしい』ってぐちぐち言われそうじゃない?」

そう答えると、夫はうーんうーんと何やら考え始め、「エビのグッズとかないの?」と言いました。

私「えっどういうこと」

夫「なんかさ、エビ贈るだけだと、真面目っていうか、形式的な堅い印象やん。

でも、送られてきたのがエビなんだけどアクセサリーだったり役にたたなそうなものだったりとかしたら、『何これww』ってなりそうじゃない?」

私「たしかに・・それを先に送りつけて、後日『本物もあるから』って言って本物送ればフォローもできるしね」

夫「プレゼントへの返答も、自然と『何これw』にならざるを得ないから、心配してた返信メッセージの怖さも軽減するよね」



そうして2人でエビグッズを探したところ、見つかったのがこれ

[rakuten:http://item.rakuten.co.jp/wishorder/a520065011384s/]




私「これなら、使用シーンの写真とか自然と送りたくなるし、『責める(親)』『避ける(私)』以外のコミュニケーションが生まれそう!これなら親が望んでいる、『私とのコミュニケーション』が私にとっても嫌じゃない形で実現できる。めっちゃいいじゃん!!」

夫「よし、じゃあ次は本物のエビを探そう!」





とまあこんな感じで、

エビプレゼントすることになりました。




結果はまだわからないけど、ダイエットのたとえのところで書いた「連絡しない、会わないで済む別の方法」が見つかったなという気持ち

あと思ったのは、日常なかにもっとユーモア」が必要なんだな、ということ。

私は少々頭が硬い(合理的主義)ところがあるので、こういう視点を忘れないようにしたいなぁと思いました。






結果がわかったら、トラックバックとかで読めるようにしてみます

2017-06-09

元嫁のモラハラとの戦いは続く

長くなるが、気持ちの整理のためここで吐き出させてほしい。

今年の3月離婚した。

子ども小学生の娘が二人。

一緒に生活していたときは週末公園などに連れて行くなどしていた。

離婚後も出来る限り面会することにしており、愛情は常にある。

娘たちには学資保険をかけている。

自分の両親が学費が高くても行きたい学校に通わせてくれたことから

自分の娘たちにも行きたい学校、就きたい将来の為に苦労はさせたくないとはじめたものだ。

離婚時の財産分与のなか、学資保険自分契約者のまま続け、養育費別にすることで決着した。

今はどちらの親権も元嫁にあり、向こうの実家近くにアパートで3人暮らしをしている。

そして離婚から2か月も経たないうちに、元嫁から

「今月の家賃光熱費が払えそうにない。学資保険を引き出せないか?」

といった連絡が来た。

当然断った。

子どものためにしているものであり、途中で引き出して良いものではない。

まして、自分たち問題離婚して始めた生活が厳しいといった理由でそれを使って良いものではないと思ったからだ。

家賃光熱費などの生活基盤は親権者である元嫁が責任もつものであるはずだ。

それをそのままぶつけると、向こうから

 「貴方のせいで離婚前に貯金が十分にできなかった」

 「黙って借金していた人が言える立場か」

 「わたしには子供たちを生活させていかなければならない」

といったことが返ってくる。

そのどれにも反論どころがあって返すのだが、「自分は正しい」の考えから一顧だにしない。

浪費家な元嫁に持たせたくなくて、口座管理自分がしていた。

しかし、出費は重なり、収入を越えることが増えて4人暮らしになってからは火の車だった。

自分の見栄や意地で生活を安定させようとして黙って消費者金融借金を作った。

どうしようもないところまできて両親に頼ることになり、借金などは持ち直すことは出来たが、前々からあった自分への不信感から元嫁は離婚要求

子どもの事を考えて離婚を避けるように話を繰り返したが聞く耳を持たず。

自分としては生活を回そうと努力したつもりだった。

元嫁のパート代は向こうの管理だったため、自分給料からまかなうしかなかったが、そんな状態相談もせずに進めてきたのは完全に自分の落ち度だ。

でも決して私利私欲にはしったわけではない。

昼食は弁当を作り、夜も外で食べることはあっても牛丼程度だ。

酒も飲まないし、タバコもしない。

趣味らしい趣味も無くなり、欲しいものはあっても買うことはしなかった。

自分に使う余裕があるなら娘たちに使うことを優先した。

そんな話を繰り返しても、お互いの主張は平行線

これ以上不仲な両親を見せることは忍びなく、次女の小学校進学もあってこの時期での離婚を承諾。

離婚後は気持ちを切り替えて再出発をしようとしていたのだが、2か月経つというのに今回のように未だに金銭で揉めている。

結婚当時から元嫁は自己主張を曲げない人間だった。

それに加えて相手の落ち度を追求し、自分には非があることを自覚しないところがある。

まりこういうことを人に相談しなかったが、少ない友人からは「モラハラであるといわれる。

調べてみると確かにそうだ。合致することが多々ある。

そんな人間に何を話しても聞く耳を持たない

先日保険担当者から学資保険契約者変更の話がきた。

元嫁から知り合いの保険担当を通じてきたのであろう。

財産分与の際、学資保険契約変更の話もあった。

ただし、変更しても養育費に上乗せるだけで実質の支払いは自分がするというのが向こうの主張だった。

その時から学資分を相手側に振り込んでも正しく使われることに疑惑を思っていたため、変更は拒否し、契約者は自分継続させていた。

今回の引き出しの要求を断ったことで、向こうは再度契約者を変更して自由に引き出せるようにすることが目的である

そんなことはさせたくない。

最後に残ったこの学資保険だけはちゃんと残したい。

娘たちの将来のために、4人で生活していて苦しいながらも続けてきたものを横暴な嫁のために使ってやったりしない。

http://anond.hatelabo.jp/20170607191731

この手の議論たまに見かけるけど

”ニワカ””初心者””ニワカたたき”といった用語定義をはっきりさせないため

初心者を叩くのは良くないが、場を乱すのがニワカでありニワカ叩きは必要」みたいになかんじで平行線になる。

2017-06-07

タイトルPRと書け」は結果的ユーザーの首を絞めるけどいいの?

はてブトップに上がっているこの記事に関して。

http://yoppymodel.hatenablog.com/entry/2017/06/06/224921

よっぴーさん、日和ったな。と思いました。

PRってタイトルに書け、という人が多いから書くようにします」

という結論は、一見ユーザー第一のように見えますが、結果的ユーザーの首を絞めることになると思います

以下、その理由簡単説明します。

タイトルに限らずPR表記をするかどうかは自由

まず、WEBメディア記事広告を書く場合PR表記をするかどうかは自由です。

ですが、優良なWEBメディア記事内に表記をしています。大きさ、位置なども統一規定がないためバラバラです。

当然の事ながら、記事広告だけどどこにもPR表記をしていないメディアもたくさんあります

その上で、タイトルに「PR」を入れるかどうかもメディアに託されています

でもメディア側はタイトルにはなるべく入れたくありません。なぜならPVがほしいから。

今回のおおつねさんの様なユーザーは、タイトルに惹かれてクリックし、中を開くと「これはPRです」と書かれていると怒ります

騙された!この記事お金が発生してるんだ!クリックしてPVを増やしてしまった!悔しい!

こういうわけです。

PVが増えることによるユーザーデメリットとは?

では、PVが増えることでユーザーにどのようなデメリットがあるのでしょうか?

ここを議論しないままに話を進めると感情論しか語れず、平行線になってしまます

PRであるしろないにしろタイトルに書かれている情報は内容に反映されています。その情報を得たくて開いたのではないでしょうか?

それが「PR」だとわかった途端全てが無価値情報になってしまうのでしょうか?

もちろん、「東京で一番おいしいラーメンはこれだ!実際に行ってみた」というタイトルクリックしたら特定ラーメン店提供だった、とかいうことであればこれはメディア側が悪いです。

でも実際は、そうじゃないよう工夫されています

メディアだって釣りタイトルクリックさせたとか言われたくないですからタイトルと内容は限りなく近いものであるはずです。

ユーザーWEBメディアが儲けること自体が気にくわない

でも、嫌なんですよね。(一部の)ユーザーは。

何が嫌なのかっていうと、WEBメディア自分クリックで儲けること自体が気にくわないんです。

から仮に、タイトルPRを入れることが業界規定化されたとしても、今度は別の部分に嚙みつくだけでしょう。

当たり前ですけど、企業の行動理由お金しかないです。

WEBであれば、商品を買ってもらうか広告を見てもらうかくらいしか利益を上げる方法がありません。

メディアとして情報を届けるためにはPRもやらなければいけません。でもPRは(ネットだと特に)嫌われるから、他の記事と同じように読み物としてなるべく楽しんでもらえるように記事広告が生まれました。

それすらも許せないというのであれば、営利目的WEBメディアWEBサービスを使わないという選択しかないのではないでしょうか。

優良WEBメディア撤退し、ステマけが残る

ここからが冒頭で書いた本題です。

上記の様に、優良なメディアはすでに記事中にPR表記をしており、また、タイトルと内容に齟齬がないよう工夫されています

この流れのまま「タイトルPRと書いていないメディアは悪」という風潮が広まれば、タイトルにも表記されるようになるでしょう。

当然クリック率は下がりますPVが得られにくくなるので、記事広告をやめるメディアも増えるでしょう。

個人的には、WEB業界自体「大量の暇な貧乏人が四方八方から噛み付いてくる割に全然お金落としてくれなくて割に合わない」ので今後衰退していくと思っていますお金にならないと分かったら、撤退する優良WEBメディアも今後どんどん増えていくでしょう。

一方、最初からタイトルにも記事中にもPR表記をせず、いわゆる「ステマ」をしていたメディアはどうなるかというと、何も変わりません。これからステマし続けることでしょう。むしろ敵対していた優良WEBメディア撤退することで、より幅を利かせてくるでしょう。

まりWEB全体におけるPRの量は変わらないまま、PRであるとわかるコンテンツが減っていくでしょう。

以上が「タイトルPR表記をすることが結果的ユーザーの首を絞めることになる」理由です。

妄想だと思うでしょうか?これからインターネットはどんどん貧乏のものになっていきますよ。早く抜け出したいですね。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

この記事が分かりやすかったなーという雑感

あと勢いがあって好き

twitterをみてると感情論理論で各所殴り合いをしているから、決着はつかない、いつまでたっても平行線

感情論を振りかざして、共感を求める傾向にあるのが女性なので、すごく面倒くさい

大学は違うけど、学部は同じなので研究テーマ自体面白いのになあと思った(選んだ題材が色々と……だけど)

それにしても、作者が鍵かけちゃったとか云々の下りは笑っちゃうよね

フォロワーにもいるが、「この件を受けて自主的に引きこもってしまった人がいるから許さない」みたいなの

その手段を選んだのは引きこもった人だし、今回のような件がなければ、とはいえ矛先を向けるところがちょっと違うんじゃない?

表に出てないというかネット上へ目に見えて出ていない、似たような研究か、或いは類似研究があるかもしれない

調査データ収集先がpixivではなくて、例えばtwitter

いるよね、妄想垂れ流しで品のない発言できゃっきゃしている層とか

確かうちの大学だと、デマ判定かなにかの研究twitterからデータを取得して~とかやっていたけど、対象デマではなくて、フィルタリング方向だったら……

(当時、マスキングされてないデータパワポに映し出されて、ゾッとした覚えがある)

ともあれ、ネット大公開している以上、引用されてしまリスクは常につきまとっているのだけれど、意識が足りていないのでは?

勝手に使われて「有害卑猥」っていうレッテルを貼られて、気分が良くない、っていうのはすごく分かるけど、ネットに公開するっていうことは以下略

ちなみに、サイトこそ最強、みたいなことを言ってるフォロワーもいたけど、引用だけなら同じことじゃないかな?

さすがに個人特定されないようぼかされるとしても、使われる可能性だけなら十分にあるのでは

騒ぎ方を見ていると、ネット(全世界大公開)をよく理解していない子供twitterで仲間内に向けてツイートしたもの炎上した、みたいなパターンを思い出す

あと見ていて思ったのは、素人法律を触るのは辞めた方がいいってこと

専門家法律解釈違いで殴り合っているんだから素人は迂闊に触ったらやけどするよ

2017-05-27

pixivBL引用炎上の件:腐女子に別方向で頑張ってほしい

長くなったから要約

今回の件をうけて、腐女子の側は一方的被害者とか、弱者という立場を維持するのだけでなく、

自分たちの慣習を、腐女子コミュニティの外の人たちにもわかるような形で

運用可能なところまで頑張ってもっていってほしい。

 

また、腐女子だけでなく、コミュニティ独自ローカルルール抱えてるオタコミュニティの人々は

今回の件は、他山の石となるんじゃなかろうか

今回の事件の推移

めんどいから省略)

今回の事件に対する主要な4つの立場


私の立場

・まず、主張自体への支持について述べるなら、私自身の立場はこの中で選ぶのならBが近い。しかしBそのものではない。AとCについても一定妥当性のある主張だと思う。

・Dの主張にはいろいろ誤解がある。著作権の枠組みで主張をするのであれば「無許可転載」は確かに問題だが、著作権上、正当な「引用」は許可を求める必要はないし、求めるべきでもない。また親告罪云々という話も「転載」と「引用」の違いが把握できていないものと思われる。

なぜ炎上してるのかとか

炎上が続いている仕組みは次のようなものだ。

 著作権法基準(A)の人が、ローカルな慣習(C)のありようを把握していなければ、両者の対立はどこまでいっても平行線である。この人達にずっと不満がたまり続けるので、互いの正当性を主張し続けて炎上は終わらない。また、基準Dのような勘違いを含んだことを言うひとも大量発生していて、これを基準Aの世界にいるひとからすれば「バカじゃねーの」という感じになるし、そう発言してしまう。基準Bの世界にいるひとも人によっては「それはちょっと、落ち着いて整理しましょうか」とたしなめる。なので、またしても火がよく燃える。これが今回の炎上基本的メカニズムだと思う。

 炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こり、その行為が「別の立場から見たときには実は何の問題もない」場合に、火が消えるタイミングというのは失われてしまう。

基準Bの態度を採用することは、全体的に見通しがよく相対的中庸温度感のある態度だということになるだろうし、この立場を表明している人は、おおむね良識的に火消しをしているという感じだと思う。

基準Bは、基準Aないし基準Cのみで完結して争っている人々の立場より、バランスのとれたものであろうとしているのは確かだろう。しかし、私は別の基準Eが必要だと思う立場である

基準E:慣習を取り扱える形で、双方向に整備を

 基準Eは、明文化されていない慣習を、きちんと取扱可能にすべきだという方法である。明文化するなりプログラム的に制御するという方法だ。以下に、なぜそのような立場採用するべきかを述べる。

 法がどうであれ、運用の水準で、実質的慣習法を作り上げるということはいくらでもできるということはよくある。そして、ローカルな場にいる人たちは、その場の慣習があたか普遍的適用可能な「常識であるかのような主張をはじめることが多い。だが、そうローカルな商慣習や、コミュニティ内の慣習は多くの場合炎上の温床となってしまう。今回の件だけでなく慣習と法の間での齟齬が「炎上」を生んだことは数多くあった。

 「様々な慣習に対して、可能であるのならば配慮すべきである」という主張は正しいと思う。可能であるのならば配慮するに越したことはない。

 しかし「様々な慣習に対して、常に配慮すべきである」という主張は、どうか。わたしは難しいのではないか、と思う。単純にそれは人間にとって不可能なことを要請しているように思うからだ。

 たとえば今回、火の手があがったのは、801界隈だったわけだけれども、オタク界隈どころかゲーマー界隈に限っても「同人ゲーマー界隈」「格闘ゲーマー界隈」「シューター界隈」「MMO界隈」「東方界隈」「レトロゲーマー界隈」など、細かなコミュニティがそれぞれの慣習をもっていて、自分が属していない界隈での慣習がどうなっているかというのは正直なところ把握しきれない。「私はオタク界隈のほぼ全てのコミュニティの慣習について把握しています」と自信をもって言えるという個人はいないだろう。まあ、それでもオタクコミュニティ界隈のことであれば、長くオタクをやってる人なら「ああ、これだったら何とかさんに聞いとけば温度感わかるっしょ」という人脈による解決はできなくはない。

 ただ、それが、もっと遠い界隈のことになってくると、限界が出て来る。芸術コンテンツまわりでも、現代芸術とかならまだしも、古典芸能世界でのセンシティヴな話題とか言われても、細かなことはさっぱりわからない自信がある。手芸とかもわからないし、動物園のこともわからないし、外食産業のこともわからない。わからないことがいっぱいある。

 で、まったく知らない界隈に飛び込んで、そこで見つけたものをよかれと思って引用しようとしたら、当事者からいきなり激怒されるなどしたら、私はビビるめっちゃビビる。超うろたえる。

 そんで、まあ、たぶんゴメンナサイすると思うけど、なぜキレられたのか、理解が追いつかないだろう。正直、ぜんぜんわからんと思う。小心者なので、とりあえず反射的にゴメンナサイをするでしょう。

 こういう事故を起こさないようにするには、何が重要か。

 「よく知らないもの言及しない」というのが重要だという人もいる。まあ、特にやる気がないなら、あんまりセンシティブそうなものには言及しないほうがいいかもしれない。

 ただし「よく知らないものを知る」ということ自体は、世の中に多様な人々がいるということの相互理解をすすめる上では実は非常に重要なことでもある。たとえばLGBT人種問題というのは、言及の仕方についてしょっちゅう諍いが起こっているが、まったく言及されないよりも「善意に基づく無理解」のような言及は、議論をよびながらも、なされていったほうがいいだろう(まあ、場合によっては無視されたほうがマシということは少なからずあるにはあるだろうが)。

 私としては、「同じ文脈を共有しない人にも、慣習上、重要な点を共有できるようにする仕組みづくり」を行っていくしかないと思う。

 その仕組みづくりにはいくつかの段階があるだろう。

どのように慣習を可視化するか?

 とりあえず、次のようないくつかのステップ提示してみたい。

 以上。STEPと書いてあるが、コレ全部やれという話ではない。まあ全部やれたらすごいとは思う。

 もっとも、慣習によっては標準化が難しかったり、明文化しないことによってこそ意味をもっているような慣習などもあるだろう。そういうものを取り扱うのは確かに難しいが、すべての慣習が取扱い不可能ということもないだろう。

 明文化できる慣習は、明文化して、可能な限りで、コミュニティの外部にいる第三者にも把握可能な形にするというのは、決して無意味なことではないと思う。お互いの不幸な行き違いをなくす基本的方法だとも思う。

 もちろん行き違いをなくすという方法自体を、腐女子コミュニティがいままで模索してこなかったとは思わない。

 腐女子コミュニティ内部にいる人達同士ですら、行き違いはあったのだろうし、そのなかでの行き違いをなくすために、R-18タグは付けることで「ひっそりとやってます」ということを暗に伝えるという慣習が成立したのだろうと思う。その慣習の成立はとても重要なことだったと思う。

 少なくとも腐女子コミュニティの内部では、この慣習はかなり機能していたはずだ。

 そして、今回の事件はその慣習が、実は一般的著作権法の枠組みと整合的なわけではないということによって起こってしまった。コミュニティが大きくなれば大きくなるほど、考慮すべき文脈多様性は広がってくるのだから、近年の腐女子コミュニティの拡大とともに、こういった事件が何かしらの形で起こることはありえたことだろうとは思う。

双方向の「配慮」が可能状態いかに作り上げるか

 それにもう一点付け加えておけば、私は「【基準B】:法的問題はない。しかし、当事者たちにとってセンシティブなことへの配慮が足りなかったという点で、研究倫理上の問題はある。」という態度だけを強調することは、一見配慮をうたっているようでいて、そこまで素晴らしい態度というわけでもないと思う。

 基本的には、この論理だけを強調せざるを得ないシーンというのは「対話することが難しいほど弱っている人たち」とか「西洋文化基準でもって踏み込むべきでもない人たち」、「複雑すぎる背景をもっているので相手に明文化とかをそこまで期待すべきでもない人たち」に対する場合ではないだろうか。

 つまり言及をする側から一方的配慮である。鬱でほんとに今にも死にそうな人とかに対しては確かにそういう形でのコミュニケーションしかできないから、そういう場合は仕方がない。

 もちろん、言及をする側は可能な限り配慮すべきだ。しかし、だからといって、言及をする側だけに配慮要求するというのは、言及される側を馬鹿にした話ではないだろうか。配慮相互になされてよいと思うし、腐女子の方々は、一方的配慮されるだけの弱者とかではないと思う。

 多くの腐女子お姉さまがたは、尊敬すべき人々であると思っている。ぜひとも腐女子コミュニティの今後の拡大にあたって、より受け入れられやすコミュニティ形成をしていっていただければ幸いだと思う。

 

 また、今回はたまたま腐女子コミュニティ一般法との間の問題であったが、これは見えにくい慣習と一般法の間にズレがあるケースでは、似たような問題は何度も起こるタイプの話だとも思う。ローカルライセンスのようなものが増えすぎたら、それもそれで面倒だということもあるとは思うが、何もないよりは、だいぶよいだろうとは思う。

付記1:言論の自由引用について

「慣習は、法の前には下位の基準しかない」という話についても簡単に触れておきたい。

 基本的には法のほうが重要だとは私も思う。ただし、それは慣習と、法とのガチンコ対決回避できないという事態が訪れた場合、法が優先するということであって、ガチンコ対決回避可能場合や、慣習が公序良俗に反するというわけでもない場合は、別に回避してやってけばいいのではないか、と思っている。

 今回、腐女子コミュニティで「引用」に関わるルール特殊な形で扱われていたが、もし腐女子コミュニティにおける「引用ルールを、一般社会全体にまで拡大させようという動きにつながることがあるのならば、これは断固ととして反対する。

 「引用」の自由は、研究にとって重要という以上に、自由言論政治社会にとって重要ものだ。たとえば、それを政治的言論(たとえばヘイトスピーチ)をやっている人たちが「引用ルールの除外適用を求めてきたとしたら、それは素人文章だったとしても、まったく受け入れられない。「公開した俺の政治的発言引用しないでくれ」などありえない。それを引用して批判する自由を奪われれば、政治的なことについて公共の場議論することに多大な支障が出るだろう。

 今回の場合は(1)性的プライバシー問題であるということ(2)腐女子コミュニティの内部で、そのコミュニティに属する人々の合意において特殊な「オープンクローズ概念実効力をもった慣習である、という前提があって、はじめて「それは配慮しましょう」という話がありうるのであって、著作権における「引用」そのものを捻じ曲げるような話であってはならない。

 この著作権における「引用」を捻じ曲げていいかどうか、というの話はすべての人にとっての言論の自由の確保という意味で、致命的に重要ポイントである。これを安易に捻じ曲げるような権利主張は極めて危ういとも思う。

付記2:

 STEP3、STEP4とかはアクション担い手が限られるだろうとは思う。ただ、腐女子コミュニティもだいぶ拡大しているわけなので弁護士研究者経営者などの腐女子の方などが行動すれば決して不可能な話でもないのではなかろうか。

付記3:

 腐女子の人たちについて「二次創作やってる人たちはダブスタなんじゃねーの」問題。この件はダブスタとわかってて、恐縮しながらも、言うべきことは言おうという人と、なんもわかってない人が両方いると思う。

 後者の人たちについては、わかってくださいね、というしかないと思う。自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしいとしか

#あと、二次創作でも「作者公認系」とかもあるので、全てがアウトというわけでもないだろうが、今回問題になったものがどっちだったかまでは調べていない。まあ、おそ松さんとかは、公式問題にしないタイプから公式との関係では、まあどうといった問題もないのだろう。

付記4:

http://anond.hatelabo.jp/20170527202448

このエントリ問題性質をよく示していると思う。

流通プラットフォームが変わるごとにちょっとずつ腐界隈の慣習と、

実態との関係性もちょっとずつ変質していっているという話だと思う。

流通プラットフォームはどんどんと変わっていくので、

その変化にあわせてぼんやりした慣習だと、運用に失敗しました、というのが今回の話なんだと思う。

オタ界隈は、かなり基盤技術の変化がはやいので、この変化に対応できるような基準が成立しないと、この手のことは何度も起こるのだろうなと思う。

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