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はてなキーワード: 散見とは

2017-09-20

話題のノヘノヘとかいう人が常日頃言ってることはよくわからんが、俺がくだらないダジャレでググったりすると結構確率で引っかかるので、ギャグセンスが似通ってるんだろうな。

言論プラットフォーム」という言葉に反応してTwitterゲンロンとかpgrみたいな反応が散見されるが、こういうくだらないダジャレ下ネタも立派な言論なのだが。

2017-09-10

昨今のコスプレ文化に苦言

ハロウィンイベント等、コスプレ文化一般層に親しまれつつある一方で、自分のような意見を持つオタク又は一般人が居るということを今回は伝えたい。また、意見拡散をお願いしたいと思う。ツイート一言添えるのでも充分。当記事に誤字脱字等あるかもしれません、ご了承下さい。

自分は昨今のコスプレ文化にある程度の嫌悪感を抱いている人間だ。TwitterのTLを眺めていると時折イベントシーズンに合わせてRTされてくるコスプレ写真(ここで語られるコスプレ写真とは、よくアフィサイト等にまとめられるようなモデルアイドルの卵、またはネタ方面でのコスプレは除外する。あくまイベントにありふれているごくごく並のクオリティコスプレ写真のことだ)。あの写真に写るコスプレイヤー達を見る度になかなかの確率の高さで不快な気分になってしまう。

はて、この不快感は一体なんなのだろう、どういうものに例えられるだろう、と考えた。

結論というか、現時点ではこうかな、というものとして「原作に対するエロ二次創作物」と同等なのではないかと思った。卑猥な内容であるかどうかではなく、あくま位置づけとしてだ。ここを勘違いせずに読み進めてもらいたい。

原作が好きないちファンとしてやはりその作品コスプレに対して不快に感じる部分というものは大きい。逆に原作を知らなければどうということもない(但し滑稽さで括ればある程度の限度がある。それもまたエロ二次創作クオリティに対して原作を知らずとも限度があるのと同じだと例えられる)。だからこそ、コスプレイヤー側はそういう立ち位置なのだ認識するべきで、コスプレを求めていない人間というものエロ系を求めていないファンと同様にどこにでも必ず居るということを知っておくべきだ。

好きな作品同人誌即売会イベント一般参加した場合、その作品エロ同人誌必要ないというスタンスであれば、そういったエリアには足を運ばないし、ある程度視線を向けないようにする。作品への健全愛着のみで会場に足を運ぶパターンだ。

コスプレもそれと同等で、2次元である原作に追いつくはずのないモデリング一般人が、求めてもいないクオリティでの「現実化」を施している姿のまま会場をうろついている(これは小〜中規模のジャンル作品オンリー同人誌即売会に多い)。それはまるで求めてもいないエロ同人誌エリア強制的立ち読みさせられている気分だ。そういった行為は立派な迷惑行為と感じる人間も居るのだということをコスプレイヤーは知るべきだ。

難しい要望では決してないと思うが、コスプレエロエリアと同様にある程度わきまえるべきものだと思う。見たい人だけが見ればいいし、見たくない人には見えるべきではない。

イベントの会場外で遠慮もなくコスプレをしている場面も散見される。イベント会場付近から一般人が少ないから等々といった理由はあるのかもしれないが、結局コスプレ姿を求めてもいない歩行者に対して晒していることには変わりない。一般人ゼロではない限り、そこは公衆面前なのだ嫌悪感を抱く人は必ず居る。それを理解していないコスプレイヤーが近頃特に多いような気がする。

やはりコスプレというものは決められた、制限された空間のみで楽しむべきだ。

SNS上でもコスプレは「エロ二次創作」と同等という認識であるべきだ。見たくなければ見なければいい、といった意見もあるが、SNS上での画像投下にはその対策限界がある。Twitterにも特定単語に対するミュートが実装されているが、それは画像写真の内容にまでふるいをかけられるものではない。だからこそ投下する側には最低限の配慮があるべきだと言いたい。

このエロ二次創作をTLに流して問題ないのか、といった意識(が、エロ絵を投下するイラストレーターにあるかどうかはまた別の話だが)を持ちつつ、アカウントアイコンからまりプロフィール、投下した写真コスプレ関連のツイートには責任を持つべきだ。

エロ系にはアカウント凍結という対策がなされるが、コスプレ写真に対してはそういった対策がなされないことは当然なので、あとは投下する側がこういった意識を持って振る舞うしかないし、そうあるべきだと思う。

エロ二次創作物に例えた話に戻るが「作品を知らないのにコスプレするなんて信じられない、愛を感じられない」といった意見をたまに見かける。それも側から見れば「原作知らないのにエロ二次創作を描くとか信じられない、愛を感じられない」という話と同じくらい滑稽な意見だ。

衣装クオリティエロ絵のクオリティ

写真クオリティコマクオリティ

写真レイアウトクオリティはページやコマレイアウトクオリティ

そのクオリティがどうであれ結局キャラクターが性行為しているのと側から見た感覚としては同等なのだコスプレというものはそういった位置づけなのだコスプレイヤー認識すべきだ。

こういったように、あらゆるコスプレの場面は二エロ系次創作物に例えられる。もし「凄いクオリティの高いコスプレ写真だな」と感心に思うことがあれば、それもまた「凄いクオリティの高い二次創作エロだな」と同等だと言える。

なので今後もコスプレ文化はそういう位置づけであるべきだと思うし、コスプレを楽しんでいる人たちはそういった配慮というものオフラインオンライン共々常に持ちつつ活動するべきだと伝えたい。

もしこの例えが破綻する場面があるなら教えてほしいし、こういった場面もそれに当てはまるよね、という意見も歓迎だ。

どこまでもオープンな状況が許されていると勘違いしてしまったコスプレイヤーの耳にこの話が届くよう、どうか読んだ人たちは少しでもこのことを考えてみたり、この記事自体さりげなく拡散したり、それとなく意見を述べたりしてほしいと思う。

また、こういったコスプレ文化の状況下で、今回のような意見コスプレ立ち位置)は当然だとしてコスプレ活動を続けている人の意見愚痴も聞いてみたいところです。

長文を読んでいただきありがとうございました。

2017-09-09

アニメソシャゲに負けた理由通信環境や視聴環境の変化から見る

アニメ時代遅れで、ソーシャルゲーム時代なのかもしれない

https://anond.hatelabo.jp/20170908011453

を見て色々思ったのでつらつらと

今のアニメはつまらない。萌えアニメばかり。スマホゲーと違って進化していない。

そんな意見散見するが、今回は別の視点時代の移り変わりと環境の変化から見ていきたい。

現在通信、娯楽はスマホ大勢を占める時代であり、有線ではなく、限られた通信量と速度の時代だ。

そしてTV地デジを期に大きく衰退し、無料でのアニメ配信を行っていたニコニコも衰退した。

PCスマホの隆盛とともに、その座を追われつつある。

現代の状況として、スマホコンテンツとしてアニメを見た場合

通信量が嵩み、拘束時間が長く、イヤホン必要で、見るのに手間もかかる…というのがアニメになっている。

時間で遊べ、通信量を食わず、音がなくても楽しめる。これが現代スマホコンテンツの条件である

アニメはどれも満たしていない。

からだろう。スマホ漫画を読むという人は多いが、アニメを見る人を私は知らない。

コンテンツとして現代向きでなく、アニメ用のインフラだったTVニコニコも有線回線崩壊している。

現在アニメ問題点

デジタルTV環境はそれほど普及していない。地デジ化による複雑化、環境一新を機に人が離れた。

アナログ終了時はニコニコなどのネット放送が増えていたこともあり、アニメファンTV離れを加速させた。

多くの若者スマホで満足している。

●主要なネット放送サイトだったニコニコは衰退し、ログイン必須で月額課金が画質面などで重要ニコニコでは、

ユーザー離れはユーザー数、滞留時間現象に直結する。そのためついでのアニメ視聴が見込めなくなった

現在アニメは有料のサイトログイン必要サイトでの公開が主であり、敷居が高い

どのサイトで公開してるのかも様々なサイト分散してしまい、わかりづらい。

また、現在完全に終わった規格であるAdobe Flash Playerや、専用のアプリ要求する残念なサイト大手存在する。

これもまた敷居が高い

アニメソーシャルゲームに比べ、通信量が多い。ソーシャルゲーム最初ダウンロード以外は軽い。

イニシャルコストの初回通信量をどこかのWifiでこなせば、あとは軽い。

アニメは長い。外出先で10分以上の動画を見るのは通信量、行動コストから見てきつい。5分でもきついくらいだ

アニメは音声なしに成立しない。スマホの利用は無音利用が多い時代になっている。

改善方法として考えられるもの

デジタルTV環境の普及。NHK民放化するか、契約者以外には見せず、金も取らない方式にすれば

安価情報動画の娯楽装置としてTV復権はありうる。動画が高コスト時代にとって、無料動画装置は魅力的になれるはず。

現状、TVコンテンツの割に高コストである

ログイン不要のわかりやすアニメ放送サイトを作る。スマホサイズならなんとか見れるが、画質が悪い

その代わり、極端に通信容量の少ない設定を用意する。

アニメを細切れにし、OPAパート、BパートEDで視聴出来るようにする。

演出面などの制限は出るが、ユーザー必要な部分だけ見れるようになり、短時間でもアニメを楽しめるようになる。

これでも長いので、OPAパート、Bパート、Cパートなど更に細切れにしても良いかもしれない。

字幕オンオフ選べるようにする。字幕サイズも選べるようにする

2017-09-08

天才キャラ定義

頭のよくない作者が書く天才と頭のいい作者が書く天才は違うとツイッター拡散されていた。

色々と意見はあるのだろうが、後者代表格が森博嗣の書く天才だという呟きが散見した。

何が違うかというと、前者は「IQ300、学校試験は全問正解、自他共に認める天才ICPOが協力要請する天才

後者は「言動に知性がにじみ出る派手な設定いらず」

ココでネット民が言う「森博嗣の書く天才」とは作者のキャラの中でも有名な「犀川創平」のことだと思うのだが

犀川が出ている出版物は全て読んでいる読者からすると

犀川は誰がどう見てもIQ高いし、多分学校試験は全問正解だったし(入試勉強いらずで難関私立合格していた)、自分はともかく他人が認める天才だし、ICPOではないが公安が協力要請する天才なので、前者にも当てはまると思う。

小学生ときプリンピア読破している犀川先生はやはりキャラ設定盛っている。

勿論後者の「言動に知性~」も当てはまると思う。

犀川言動殆どは知性と冷静と観察で出来ている。

犀川非凡なのだが、なんとか常識人に見せ現代社会適応しようと頑張っている天才であるので、ぱっと見凡人にも見えてしまう。

(隣りにいる令嬢が派手すぎて目立たないだけでもある)(よくよく知るとおかしい人だと気付かれてしまうが)

ドラマで付け足された「言動変人」とかアニメで付け足された「ファッションセンスが壊滅的」という設定は原作犀川には見られない。センスはあまりなさそうだが、無難な服を着ている様子で特に突っ込まれている様子は無い。ちょいダサくらいでとどまっている。不潔でも無い。

例えば交友関係も、突然ただの中学時代同級生とかに会いに行くし、親友も居る。嫁の保護者にも気に入られている。広くはなくとも狭くは無くコミュ症でも無い。

従来の探偵像とは明らかに違うという感覚は確かに今もある。

初期シリーズ原作の中で天才テーマにした作品がある。アニメ化ドラマ化も漫画化もされていない話で『笑わない数学者』という本だ。まず実写でやるには金がかかるのと、アニメ漫画にするにも、作品の裏に込められてる謎が難解で下手な脚本を書くと馬鹿がバレるので難易度が高く避けられているのだろう。トリックの都合上、この話の犀川は少しIQが低くも感じるのがミソだ。

そこで犀川天才変人浮世離れしている(意訳)と語るシーンがあった。しかし実際はそうでもなく、結局その天才自分より頭悪いと思い孤独を感じるような話だったように思う(感想)。

犀川創平というキャラクター探偵キャラ界隈のなかでも特に天才だと思う」という意見には同意する。

その犀川越しに見ると、天才を生み出すには最初に書いた『前者』と『後者』どちらかではなく、どちらも組み合わせることが必要になるのではないだろうか。

なお、

四季さんは、天才とか云々なしにしてもはや神様みたいになっているので、ちょっと当てはめて話すことができなさそうです。

2017-09-03

日本アゲアゲが恥ずかしいケース(海軍編)

数年前に流行り、今も続いている艦これのお陰で、日本海軍軍艦が一部で話題になった。

確かに日本海軍世界3大海軍に成長したわけだし、艦にも技術面・戦略面で色々野心的な試みが散見される。


しかし、である

「それで、実際その艦達はどれだけ役に立ったの?」と訊かれると、世界屈指レベルで凄いのはいない」と言わざるをえないのだ。

嘘だと思うなら、艦これ中華パクリゲーとして出発し、今やタバコに対する電子タバコくらいのポジション確立した、戦艦少女wikiでも読んでみるといい。

で、そんなヒマすらない人のために書くと、以下のようになる。


まず大型艦というくくりでのみならず、普通の人にとって軍艦の筆頭として思い浮かぶ戦艦だけど、ビスマルク級ドイッチュラント級フッドクイーンエリザベス級といった欧州勢存在感が輝きまくっている。

次点アイオワ級ノースカロライナ級といったアメリカ艦が来る感じ。

金剛型飛行場を艦砲射撃したけどあっさり復旧された、霧島ワシントンと夜戦で戦って結局沈められた、以外になんかあったっけ?

大和型…と書いて「無駄に温存された挙句ワンサイドゲームで沈められたデカい艦」と読むんだっけ?

長門日本の象徴という名の引きこもりだって同じ象徴艦でも七つの海を行幸し、海戦で華々しく(?)散ったマイティフッドと比べたら格が違いすぎでしょ。


戦艦と並ぶもう一方の大型艦で、事実上現代海戦王者として君臨する空母は、これはもう完全にアメリカ一人勝ち

だってニミッツ級エセックス級比肩する空母なんてある?

赤城加賀蒼龍飛龍は、結局ミッドウェーで「大正義ヨークタウン級に沈められたことが一番大きな記録になってしまっている。

翔鶴型は「数の暴力には勝てなかったよ…」を戦歴証明しただけ。結局太平洋戦争MVP瑞鶴じゃなくてビッグEだったわけだし。


最後中小艦艇だけど、これまたアメリカフレッチャー級タイコンデロガ級だけでお腹いっぱいという現実

特型陽炎型?雪風みたいなごく僅かな艦を除いて次々戦没したよね。

その他、世界最強と言われ、夜戦がお家芸だった日本軽巡駆逐も、レーダーを用いた遠隔攻撃潜水艦の群狼戦術艦載機空襲の前に全て敗退。

悲しい話です。


というわけで、軍艦日本アゲアゲ結構難しい。

少なくとも戦歴で自慢すると墓穴掘ることになると思う。

未だに「日本スゲー」系番組で取り上げられていないのが救いではある。

2017-09-01

当事者間で解決していたら問題はないのか?

例の音楽家の件ね。

一応ニュースエントリさらっと読んだんだけどさ。

ブコメ散見されるのが「当事者間で解決しているなら問題はない。外野は口を出すべきではない」って意見

これってほんとにそうなのか?

その当事者間がある程度対等的な関係ならまだわかるけど(それでもいいとは思えない)。

大人子供指導する側とされる側ってことを考えると当事者間での解決ってあんまり信用できなくないか

当事者で話がついてるからっていう考え方は虐待かいじめを見逃してしまいそうでこわいんだけど。

ブコメツイッター見ててもそんな意見が多かったので、びっくりした。

みんなある程度情報が集まってて、客観的判断して当事者間の解決しているなら問題ないと判断したの?

追悼文をやめて得たかったもの

追悼文をやめて何を得るのか

わかりきったことだ

追悼文をやめて得たかったもの

それは日本人の支持だ、票だ

政治家である以上絶対必要ものだろう

ブコメにも散見されるが、何を得たいのか本気でわからない人はイデオロギーに染まり視野が狭くなっている

自分思想信条を抜きにして、何が目的か、だけを考えれば自明ではないか

現状、韓国及び朝鮮への国民感情は完全に冷え切っている

口には出さないだろうが

朝鮮人虐殺してくれてよかった」

とさえ思ってしま人間は、きっと、私が思っている以上にこの日本にいるのだろう

都知事はそういった、韓国を軽視することで喜ぶ日本人…すなわち静かな大衆へ向けてメッセージを送っているにすぎない

2017-08-31

ビンタ騒動に見る想像力の無さ

中学生ビンタ騒動で、「体罰否定するけどここまでひどいなら特例的にしょうがない部分もあると思える」というような感想散見する。

悪いことは言わない、そういう人たちは今すぐ体罰肯定派に回ったほうが良い。この程度で体罰が許されるなら、教育現場において日常的に体罰は行われるだろう。

そんなレベル認識体罰を語っているのかと本気で衝撃を受けた。

所感。

話題の「真木よう子コミケ参戦表明→炎上→辞退→クラウドファンディング中止」の一件についてツイッターぼそぼそやっていたところ相互フォロワーから「こんな荒れた話題俺は見たくねーんだようるせえ!」と空リプが来てやりづらかったので此方にまとめる。

別に批判をしたいわけでもなければ攻撃をしたいわけでもなく、ただ自分の中で感じたことを吐き出してまとめたいだけである

◆全体的に

個々の問題自体はそれほど大事ではないが、どれも元々コミケが抱えていた問題であり、それをよく思っていなかった人々からの不満噴出にも繋がったのだと思う。

些細な引っかかりでも、積み上がれば大きな不安となる。

コミケルールについて

コミケと言うのは、よく言われる通り「全員が参加者」という前提のイベントである

販売者顧客という立場ではなく、サークル参加者と一般参加者だ。要はイベントに参加した全員で作り上げるもの、という意識が強い。

そして、この大イベント薄氷を踏むような、あるいは綱渡りをするような危うさでこれまで続いてきた、という認識の人が多い。

一つでも対応を誤れば、二度と開催ができなくなる可能性もある。

忠告するコミケ参加者側に対して「運営でもないくせに」「そんなにえらいのか」という指摘もあったが、だからこその忠告だろう。

写真について

また参加表明の際に出回った画像に、コミケ開催中にビックサイトの内部で撮られた写真があった。

「あれは撮影禁止区域での撮影ではないだろうか?」「周囲に写っている人へ了承は取ったのだろうか?」という疑問が呈されていた。

混雑していない場所だった為恐らく明確な撮影禁止区域ではなかったろうが、そうだとしても周囲へ写っている人への了承は得られていない可能性が高い。

その上クラウドファンディングという大金を集める告知と共に出回ってしまった為、「営利目的での使用」にかかる可能性もある。

それを持ってしてまず、「ルールをよく知らない、影響力の大きな人が来てしまった」と言う認識が広がってしまったのだろう。

クラウドファンディングについて

クラウドファンディング自体は悪いものではなかったと思う。

前例があるのは知らなかったが、それなら尚更問題はなかっただろう。

ただ、800万円と言う目標金額は大多数の参加者には大金大金だ。

それだけ集めるなら会場費も込みにして、別のところで別のイベントを開いた方がお互い幸せなんじゃないか、という疑問も湧くのは仕方のないことに思う。

◆会場について

キャンプファイアにて公開されていたクラウドファンディング募集した金額の使い道には雑誌制作費・支援者へのリターンにかかる費用という文字はあっても、当日会場で係る経費や混雑対策費などの文字はなかった。

コミケ普段来る層と、真木よう子写真集を買いに来るファン層はほぼかぶらないだろう。

となれば単純に真木よう子ファンの分だけ来場者数が増え、その分列を作るスペースが必要になる。

周りには列で正面を潰されるサークルも出てくるだろう。

しか交流をしたいと言うことは、ともすれば本人が手売りをする可能性もあり、手法として嫌われる牛歩にもなりかねない。

列の整理や混雑対策も持ち出しと(一応)考えるならば、尚更コミケでわざわざ狭いスペースを間借りするメリットは、会場の面から見るとない。

写真集について

自分が初めてコミケへ行った時、既にコスプレエリアは大盛況だったが、まだコスROMへの風当たりは強い時期だった。

三次元人間被写体の「写真集」は、コスプレをしていてさえオタクには馴染みの薄いものだったのだろう。

現在、以前よりコスROMへの当たりは柔らいだろうが、そうでない生身の人間の「写真集」となると、抵抗があるのもわからなくはない。

交流目的と言うのもコミケルールに明確に反してはいないだろうが、それでもサークル参加者は自分の作った「創作物」にこそエネルギーを注いでいる人が多数のはずだ。

そんな中写真集は作るがどんな方向性かも決まっていない、と言われてしまっては「そんな、やりたいことをやる場所へ来て、やりたいことがわからなくて進路が決まらない学生みたいなこと言われても……」という話である

ツイッターでのやり取りについて

本人はよくファンともツイッター上で交流していたようであり、もしかすると一番厳しげな意見に返事をすることで、やんわりと忠告してくれていた人々への解答にしようと思ったのかもしれない。

だが結果的には、これまたネット上では嫌われている、同情心を誘い自分は手を汚さず周囲の人々に攻撃させるファンネルと化してしまった。

果たして悪意があったのかなかったのかまでは推し量ることが出来ないが、悪手であったことは確かだ。

ツイッター上で散見された意見について

「いやなら見るな」と言っていた人がいたが、テレビと違い現地に行ってしまえば見る見ないの話ではなく、上記した「会場について」の問題に直面することになる。

真木よう子一人の為に真木よう子ファンが増え、その分会場は狭くなり、移動に支障をきたすかもしれない。

そう考えるととても「いやなら見るな」で片付く問題ではなさそうだ。

◆辞退・中止が発表されて

案の定オタクは心が狭い」だの「そう言ってオタクを貶す人々には来てほしくなかった」だの対立が発生している。

叶姉妹並みの対応をしてほしかった訳ではなく、様々な疑問点を解決すれば、受け入れられた部分もあったとは思う。

大体書きたいことを書いたのですっきりした。

おしまい

2017-08-30

藤沢数希の経歴、正体、学歴本名、顔

参考 藤沢数希のまとめ http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisaw/

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藤沢数希アムロのバックオフィス(三流の金融商品開発やトレードでも営業フロントですらなく)だった事がほぼ確定。

収入現実でもネット上でもメルマガぐらいで与沢翼と同じ詐欺の模様。

藤沢数希がやっていることは新手のネットワークビジネス

与沢翼信者ビジネスアムウェイのような洗脳ビジネスの合成。

稼ぎ方を売ると高額商品連鎖取引にも抵触するためぼかして有益情報とし、引き込んだコミュニティマルチまがいの集団洗脳を行う。

一回の金額の低さを脱出させない継続性で補う。

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2005年金融日記を開始。

ブログ2008年09月会社が逝ったと書いているが、ABNアムロ銀行も同年同時期に経営破綻しそうになりオランダ国有化されているので藤沢数希の勤め先はアムロ銀行と言うのは確定。

あれだけ偉そうな藤沢営業は頭が必要だと言っている事と金商品プレゼン入社試験だった事からみて初めは営業マンだった可能性はある。

恋愛工学営業論にもルーツがあったとのうわさあり。おそらく最初入社したのは日本企業、やはり国際証券か。

著作では専攻は計算科学理論物理と書いてあり意味不明だが、察するにコンピューターシミュレーションの事か。

理論分野でなくせいぜい統計処理プログラムの実行ができると言った程度でそもそも物理学素養から一切ないのでありえない。

生物学が少し好きなよう。ハードサイエンスについて少しでも意味のある発言をした事はない。

統計屋のトレーダーであってプログラム自力で組めないのではないか

自称ではクオンツかつプロップトレーダーポートフォリオデリバディブの研究運用をしていたと言うが

クオンツ数学を使うのは日本で少なく文系でもなれる。金融商品開発ではプログラムが使えればよく文系もいる。トレード運用でも同じ。」と言っている。

当人理系でも数学スキルが低く半端仕事しかした事がないのでは?

ブログアゴラ記事をみるに多少数学的な話題を書いている場合もせいぜい経済学の初歩的な事や統計処理のみで経済関連では本当に初歩的ばかりか間違いも散見される。

クオンツと言っても字義的な量的に考える仕事を指しているのであって、数学物理学のような研究職ではないと思われる。

著作の内容もブログアゴラ記事と同様同じ程度で、インターネット新書に載っている事を引っ張ってきた以上の事は書いていない。

社会考察はほぼクリティカル経済話題ではななく一般的な時事に反応するだけで、内容も格差を認め規制をなくし競争させればよい程度のいわゆる新自由主義以上の事は言っていない。

金融関係記事部外者業界企業について調べたような視点見方情報のみ。

またクオンツ以外の広義の経済分析も、記事ワイドショーに使われるようなグラフを示しまるでみちびかれそうにない拙い思い付きを並べているだけでアカデミズムとも関係なく意味価値もないような代物。程度が知れる。

クオンツマーケティングトレーダー自称するにもかかわらず、実際に具体的な洗練された経済分析予測はしてみせたことがない。

本業だとしてもどうしても考え方や言っても問題ない事は自然と口にしてしまうはずだが(あるいはサービスするはずだが)、少しも実務の話や従事を感じるような発言をした事はない。

時折抽象的な事は言うがどれもこれも大外れでその度に言い訳をしている。とてもではないが経済分析仕事にできるような能力経験があるとも仕事をして情報に触れてきたようにはみえない。

以上から推測するに、もしかすると本当は元々『『藤沢数希国内証券会社営業マンだった』』可能性が高い。

金融を少し勉強し、もしかするとわずかにトレード技術業務にも携わった事があるのか。

あるいは外資系アムロ転職しバックオフィス一般職からみたような経験ブログを書こうとしたのではないか

理論物理学研究者だの外資系金融機関だのクオンツだの高給トレーダーだのと言うのは藤沢の詐偽。

それが目を惑わしているだけで、事実直視すれば無知無能なはったりだけの卑小な男がいるだけではないか

ドル(管理クオンツ)ではなくフロントでもリサーチなりアナリストマーケットトレーダーではなくセールス(営業)だったかもっと言えば一番可能性が高いのはバックオフィスだった。

金融日記が始まった当初はまだ外資系金融マン発言する事自体が珍しくそこに目をつけ思った以上に嘘が評判になったが、ネタが元からそれ以上なかったために恋愛工学シフトしていったのではないか???

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藤沢数希さんがガチ市場関係者に絡まれ

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Nb_6yaCy6QQJ:kabumatome.doorblog.jp/archives/65750196.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

藤沢数希には金融経済の基礎知識もなく、経済学自然科学理解もなく、トレーダーアナリスト経験もない。

プロが呟きを見て断言した証言理工学能力は見ての通り。

ゴールドマンサックスリーマンブラザーズではないABNアムロの、アカデミズム関係がない研究職なりクオンツでもなく金融マンでもないバックオフィス

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藤沢数希経営なんてしてない。

経営する会社税務署から申告が来たけど忘れた→税理士は?と自爆会社経営も嘘確定。

2017-08-29

真木よう子騒動オタクが失ったもの

新規参入したいが敷居の高さを感じる作家

・法的にグレー(ほぼ黒)である同人作品正当性

芸能界との蜜月

外国人客を狙った五輪時の開催(閉鎖的であることを自認したため、政府は優先度を下げるだろう)

排外的文化ではないという証拠

・これまで維持してきた、不文律を貫ける猶予

 

 

とりわけ痛いのは排外性村社会を自認するオタク散見したことだ

ミュージシャンライブと違い、コミケは様々な人の集うイベントとしての役割が大きい

エロもあれば食い物もある、多様であることがコミケの強みだったのだが、それを真っ向から否定したのだ

清濁併せ吞めぬ文化がいずれ衰退するのは歴史必然である

藤沢数希の経歴、正体、学歴本名、顔

参考 藤沢数希のまとめ http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisaw/

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藤沢数希アムロのバックオフィス(三流の金融商品開発やトレードでも営業フロントですらなく)だった事がほぼ確定。

収入現実でもネット上でもメルマガぐらいで与沢翼と同じ詐欺の模様。

藤沢数希がやっていることは新手のネットワークビジネス

与沢翼信者ビジネスアムウェイのような洗脳ビジネスの合成。

稼ぎ方を売ると高額商品連鎖取引にも抵触するためぼかして有益情報とし、引き込んだコミュニティマルチまがいの集団洗脳を行う。

一回の金額の低さを脱出させない継続性で補う。

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2005年金融日記を開始。

ブログ2008年09月会社が逝ったと書いているが、ABNアムロ銀行も同年同時期に経営破綻しそうになりオランダ国有化されているので藤沢数希の勤め先はアムロ銀行と言うのは確定。

あれだけ偉そうな藤沢営業は頭が必要だと言っている事と金商品プレゼン入社試験だった事からみて初めは営業マンだった可能性はある。

恋愛工学営業論にもルーツがあったとのうわさあり。おそらく最初入社したのは日本企業、やはり国際証券か。

著作では専攻は計算科学理論物理と書いてあり意味不明だが、察するにコンピューターシミュレーションの事か。

理論分野でなくせいぜい統計処理プログラムの実行ができると言った程度でそもそも物理学素養から一切ないのでありえない。

生物学が少し好きなよう。ハードサイエンスについて少しでも意味のある発言をした事はない。

統計屋のトレーダーであってプログラム自力で組めないのではないか

自称ではクオンツかつプロップトレーダーポートフォリオデリバディブの研究運用をしていたと言うが

クオンツ数学を使うのは日本で少なく文系でもなれる。金融商品開発ではプログラムが使えればよく文系もいる。トレード運用でも同じ。」と言っている。

当人理系でも数学スキルが低く半端仕事しかした事がないのでは?

ブログアゴラ記事をみるに多少数学的な話題を書いている場合もせいぜい経済学の初歩的な事や統計処理のみで経済関連では本当に初歩的ばかりか間違いも散見される。

クオンツと言っても字義的な量的に考える仕事を指しているのであって、数学物理学のような研究職ではないと思われる。

著作の内容もブログアゴラ記事と同様同じ程度で、インターネット新書に載っている事を引っ張ってきた以上の事は書いていない。

社会考察はほぼクリティカル経済話題ではななく一般的な時事に反応するだけで、内容も格差を認め規制をなくし競争させればよい程度のいわゆる新自由主義以上の事は言っていない。

金融関係記事部外者業界企業について調べたような視点見方情報のみ。

またクオンツ以外の広義の経済分析も、記事ワイドショーに使われるようなグラフを示しまるでみちびかれそうにない拙い思い付きを並べているだけでアカデミズムとも関係なく意味価値もないような代物。程度が知れる。

クオンツマーケティングトレーダー自称するにもかかわらず、実際に具体的な洗練された経済分析予測はしてみせたことがない。

本業だとしてもどうしても考え方や言っても問題ない事は自然と口にしてしまうはずだが(あるいはサービスするはずだが)、少しも実務の話や従事を感じるような発言をした事はない。

時折抽象的な事は言うがどれもこれも大外れでその度に言い訳をしている。とてもではないが経済分析仕事にできるような能力経験があるとも仕事をして情報に触れてきたようにはみえない。

以上から推測するに、もしかすると本当は元々『『藤沢数希国内証券会社営業マンだった』』可能性が高い。

金融を少し勉強し、もしかするとわずかにトレード技術業務にも携わった事があるのか。

あるいは外資系アムロ転職しバックオフィス一般職からみたような経験ブログを書こうとしたのではないか

理論物理学研究者だの外資系金融機関だのクオンツだの高給トレーダーだのと言うのは藤沢の詐偽。

それが目を惑わしているだけで、事実直視すれば無知無能なはったりだけの卑小な男がいるだけではないか

ドル(管理クオンツ)ではなくフロントでもリサーチなりアナリストマーケットトレーダーではなくセールス(営業)だったかもっと言えば一番可能性が高いのはバックオフィスだった。

金融日記が始まった当初はまだ外資系金融マン発言する事自体が珍しくそこに目をつけ思った以上に嘘が評判になったが、ネタが元からそれ以上なかったために恋愛工学シフトしていったのではないか???

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藤沢数希さんがガチ市場関係者に絡まれ

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Nb_6yaCy6QQJ:kabumatome.doorblog.jp/archives/65750196.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

藤沢数希には金融経済の基礎知識もなく、経済学自然科学理解もなく、トレーダーアナリスト経験もない。

プロが呟きを見て断言した証言理工学能力は見ての通り。

ゴールドマンサックスリーマンブラザーズではないABNアムロの、アカデミズム関係がない研究職なりクオンツでもなく金融マンでもないバックオフィス

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藤沢数希経営なんてしてない。

経営する会社税務署から申告が来たけど忘れた→税理士は?と自爆会社経営も嘘確定。

コミケお客様神様になっている

徹夜組スケブおじさん、18禁商品の持ち歩きなど、コミケの客側の問題結構多い

極めつけに、供給側として参加するつもりだった真木よう子が、バッシングにより参加をやめた

ツイッター真木よう子関係について検索すると、「既存の客が喜ぶのか?」とか「コミケに合わない」とかい意見散見される

こういった問題を見ていると、もしかしてコミケお客様たち、自分のことを神様だと思い始めたのでは? と思われてきた

そもそもコミケ同人商品を出してるサークル企業ではない

企業だったらそりゃ売って儲けるのが目的なので、市場リサーチして客が欲しいものを作って売る

ただ、サークル側は別に儲けるのが目的ではない(基本的にはそうだと思う)

サークル側は基本的には売り切るつもりで少量しか発行しないし、売れなかったら売れなかったで委託したり次のコミケに持って行ったりできる

自分が作りたいものを作って、同じ趣味の人がそれを買って、同好の輪が広がればそれでオッケー

からいつ作らなくなったって、それは作り手の勝手から誰も口出しできない

まりコミケってのは絶対にどうあがいてもお客様神様になれない場所なんですよ

どれだけ買いたい人がいっぱいいたって、売りたいって人が一人もいなければ成り立たない市場なんです

正直買う専門の人が一人もいなくたって、売り手の人同士で交流して売買できるし

今回の真木よう子事件も、買い手が「俺たちが買わないものを売ったって意味がない」みたいなケチをつけられる正当な理由はどこにもないんです

真木よう子だって初回は売り手がつかなかろうが二回目三回目は売り手がついてくるかもしれない

真木よう子が参加してたら、さらコミケに興味を持つ人が増えて、多様な売り手が現れてくるかもしれない

そういう明るいコミケ未来を、潰しかねないことをしたと、わかって批判してましたか

コミケオタクのもの、という意見散見されましたが、コミケオタクのものである以前に「売り手のもの」なんです

それは非営利市場であるという以上、どうしても動かない事実です

今回の一件を経て、新たな売り手がコミケに嫌な印象を持たないことを祈るばかりです

Call Me By Your Name@miffレビュー

8月29日、思ったより拡散したため追記。自分ではネタバレなしのつもりで書いて、ツイートにもそう明記してしまったが、ネタバレという言葉には個人差があることをすっかり忘れていた。ネタバレ見たら死ぬタイプの風上にも置けない。地雷を踏んでしまったら申し訳ない。配慮したつもりですが、どうぞご注意ください。太ももの話以外もします。

なにせ太ももがすごいらしいのである

俳優アーミー・ハマーの太ももである

サンダンス映画祭直後、賞賛と祝福の声とともに、あまりの刺激のために悩殺されてしまったという感想ツイート散見されて、映画祭参加の幸運に預かれなかったファンはもどかしさに身悶えしたのであった。

Call Me By Your Name1983年北イタリアとある町のひと夏を舞台にした、二人の青年あいだの恋を描いた映画である。くわしくはimdbを参考にされたい。

http://m.imdb.com/title/tt5726616/

この映画2016年5月世界中の一部界隈にて話題になった。言わずもがなアーミー・ハマーファン界隈である。そのあまりに蠱惑的なあらすじにつられて手に取ったのが原作小説である

そんなごく軽くかつ不純な動機で読み始めたAndré AcimanによるCall Me By Your Nameだが、回顧体で描かれた物語に一瞬で虜になった。

冒頭のシーンからして心憎いのである

まりにも印象的な出会い、一生を変えてしまうたった一言から語り始められるその物語は、意識の流れを実に巧みに取り込んだ、プルースト研究者でもある著者ならではの文体で読者を陶酔させる。やがて語り手であるエリオと一体化した読者はオリバーの冷淡さに苦しみ、意外な素顔を見せられはっと息を呑み、ただ呆然と結末を迎えることになる。

ツルゲーネフの「はつ恋」やらナボコフの「ロリータ」やらをこよなく愛するわたしにとっては好み直撃ど直球であり、そのうえアーミー・ハマーの太ももやばいとあってはなにがなんでも映画を見なくてはという気持ちになった。

しかネタバレ見ると死ぬタイプオタクにつき、どうしても世界公開より先に見たいという気持ちを抑えられない。はたしてMIFF(メルボルン国際映画祭8月3〜20日、CMBYNは4日と6日上映)に飛んだのである

笑ってほしい。

かなり早い段階でチケットも売り切れ(一度キャンセルが出たが、最終的に上映日までには両日完売!)ていたため、予想はしていたが、当日は冬のメルボルンにて1時間から長蛇の列である

席は早い者勝ちなのでみんな普通に必死だ。特に二度目の上映での、劇場をぐるり半周する列は写真に撮らなかったのが悔やまれる。みんなが手の端末にQRコードを表示させ、南半球ならではの冷たい南風に身を縮めながら待機している。

2度のCMBYN上映の他は同じくアーミー・ハマー出演のFinal Portraitに参加したばかりだが、それに比べるとやや平均年齢が下がるかなという感じ。

それでも、老若男女ということばがふさわしい、実に幅広い客層。

そんなことより映画だ。ここからネタバレはなるべく避けて進める。なにせネタバレ見ると死ぬタイプなので安心してほしい。後日一部シーンバレ感想もあげるつもりでいる。万全の態勢です。

さて、本編はピアノ音楽によって始まる。

劇中曲について、MIFFのQ&Aにてルカ・グァダニーノ監督が語っていたことだが、基本的には登場人物が耳にした音楽……エリオの弾くピアノ曲ギターオリバーが身を委ねて踊るダンスミュージック家族が耳を傾けるラジオレコード……に限った、とのことである。それを知らされるまでもなく、最初楽曲から没入感があり、一息に世界に引き込まれる。

そしてオリバーが現れる。イタリア太陽である。明るい陽光主人公エリオのいる部屋の暗がりを際立たせる。

エリオを演じる当時弱冠20歳ティモシー・シャラメは終始少年健全さと病的な魅力をひとしくたずさえて美しいが、とりわけ夜、ベッドでのシーンでの肌は内部から光を放つようだった。

アーミー・ハマーが、その見せ場においてはつねにイタリア太陽に照らされて灼けたなめらかな肌とあかるい金色に見える髪を輝かせているのと好対照で、一場一場面が絵画を見るようだった。あるいは、冒頭でわれわれを一息に映画世界に引き込む、連続的な彫刻群のショットのようだ。

この対照関係意識されたものだと思う。

エリオオリバーに魅了されるのはかならず真昼の屋外だし、エリオオリバーを室内に引き込むと、オリバーは初めて(ようやく、と言ってもいい)エリオに見とれるのだ。

野外と屋内、昼のシーンと夜のシーンが交互にさしはさまれて、われわれ観客はふたりうつくしい青年に2時間超の間目まぐるしくも目移りしてしまうのだった。

そしてくだんの、アーミー・ハマーの太ももである

ももに殺されたひとびとのツイートがいまならよくわかる。

しかしいざ太もも談議をするとなると血で血を洗う戦争になるにちがいない。

短いショーツか、あるいは水着でのシーンが大半で、太ももは終始晒されているので各人のフェイバリットももがあることだろう。

マイフェイバリットももとある場面にてエリオとともに床にぺったりと座るオリバーの太ももである。だが自分多数派である自信はない。これについてはまたあとで。

オリバー原作よりもなお複雑で謎めいたキャラクターになっていると感じる。

原作では物語がすすむにつれ、読者はエリオとともにオリバーの知らなかった一面に驚かされるのだが、映画ではむしろ序盤からオリバー大人の男としての魅力と奔放な子どものような無垢さが入れ替わり立ち替わり現れてエリオないし観客を翻弄するのである

(シーンバレありの記事にでも書くつもりだが)序盤からオリバーエリオよりも幼い子どものようないとけない振る舞いを見せ、グァダニーノ監督言葉を借りるなら、エリオより「なおイノセント」だった。

アーミーハマーファンの同志は心してかかってほしい。奇声を発するか原作エリオ言葉を借りるならswoonに至らないよう上映中握りしめるなり揉みしだくなりできる柔らかい布など持っていくことをおすすめする手ぬぐいとか)

そのような差異こそあれ、アーミー・ハマーオリバー原作を読みながら夢想していたオリバーほとんど完璧に一致していた。

この結論にはアーミーハマーのじつに感情たかな目の表現が大いに寄与しているのだと思う。たとえば「J・エドガー」でのクライドトルソン役において彼が見せたような目つきだ。沈黙の場面で熱っぽく目が話す。このものを言う目がとくに生きるのは、逆説的だが目の映らない場面で、たとえば映画の中でもひとつクライマックスにあたる戦争慰霊碑のシーンがその一例だ(トレーラーにも引用されていた)。

もうひとつ、結末に近い重要な場面でピントを外したカメラオリバーをとらえる。オリバーの顔が長く映されるのだけれど、けして鮮明な像を結ばない。観客は食い入るようにスクリーンを見つめてはじめて、自分エリオと同じようにオリバーの目に浮かぶ表情を読み取りたいと熱望していることに気づかされる。

目について語るならばティモシー・シャラメにも言及しなくてはならない。

ティモシー・シャラメは今後少なからず目にする機会が増える役者だとつくづく思いしった。身体の使い方が素晴らしく、手足の隅々まで神経を張り詰め、あるいは意図的脱力し、髪の先まで演技していると感じさせる。(この先エリオ面影を振り払うのが難しいのではとも感じるが、むしろその印象を己に利するものとして使ってほしいしこの期待は報われるにちがいない)

だがなによりも、その目つきである! トレーラーにも含まれていた、踊るオリバーをじっとりと見つめるあの目が全てではない。映画から小説通底する一人称の語りが省かれているものの(あれば安っぽくなり得たと個人的には思う)それを補って余りあるティモシー・シャラメの目つき。

まさに小説が羨む技法で、文字で書かれたフィクションを贔屓しがちな身としては、こういった映画化を見せられるとただひたすらに喜びを感じてしまう。

さてトレーラーといえば、あの実に夢見心地で幻惑的で、緊張感とせつない予感に満ちた映像を、わたしだってリリース直後には再生する手が止まらなかったほど熱愛しているが、 本編とは少しトーンが違っているとも思える。

トレーラーから、そして原作から想像していたものにくらべると、より明るく、ユーモアがあり、笑いだしてしまう瞬間がある。

かなりの頻度で笑いが起こっていたが、これは映画祭だったのと、おそらく英語圏中心とおもわれる観客層も関係してくるのかもしれない。

ただ、エリオ食卓でのとあるシーンについては国内映画館でも笑いが起きると予想できる。そしてその直後におとずれるエリオオリバー官能的な接触に息をのむことになることも。(さてくだんのマイフェイバリット太腿はこの場面で登場する。すくなくとも個人的にはこの場面はお祭りだった。細いのに肉感的な大腿部に釘付けになるあまり台詞をごっそり聞き逃したのだ……)

こういった感覚の急激な転換は映画全体を通して言えることで、一瞬たりとも気を抜けないと感じた。ほほえましく口元を緩めた直後に、心臓が指でひっつかまれるように締め付けられる。

ところどころに埋め込まれた、笑える箇所について、今ふと思ったが、これは原作にて重要役割果たしているが本来映画だと表現しにくい「時間性」をどうにか持ち込もうとした結果なのかもしれない。

10代のころの恋愛とか、恋愛でなくてもエモーショナルなやりとりは当時は必死真剣なんだけれど、そのときの行動を大人になって振り返ってみると、わがことながらおかしくて笑ってしまう、あの感じがよみがえるみたいだ。

そのようなノスタルジーを引き起こす展開に身を委ねるうち、二度の上映は割れんばかりの拍手でしめくくられた。自分も同じように手を叩きながらLater、と軽やかな別れの言葉脳内で繰り返していた。原作で読んで想像していたよりもなおあっさりと、冷淡で、なのに奇妙に耳に残るオリバーの声。

一夏の客人のその挨拶を、エリオが、母が、父が真似たように、自分もつい口にしたくなるはずだ。

じつは原作を読んだ時から自分は最適な読者じゃないと思っていた。

小説として心から好んではいものの、「この物語自分物語だ」「この物語によって救われた」「こういう物語が描かれるのをずっと待っていた」と感じる人がいることを、一行読むごとに、確信し続けたからだ。

この映画現代を生きるごく若いセクシュアルマイノリティに届くことを願っている。

キャロル』がそうであったように、相手性別特別なのではなく、ただその相手特別だっただけ、ということを描いた映画。だが一方で、両親という存在の描かれ方において、この作品はこれまでのクィア作品と一線を画している。

そして、『ムーンライト』があまりにも普通恋愛映画であるという事実特別だったのと同様に、Call Me By Your Nameエリオの一夏の恋愛は美しいと同時に「ごく普通青少年悶々とする」という部分が色濃くて、その事実をとにかく祝福したい。

自分はこの映画クィア映画だとは思っていないのだとグァダニーノ監督がQ&Aで語っていたが、この言葉がすべてだと思う。

10代の頃に出会ってたら人生が変わっていたなと確信を持つ映画はいくつかあるけれどCMBYNはそのトップに躍り出た。

現在のところレーティングはR18のようだけれど、そこまで直接的なショットはなかったように思う。

何かが起こったこと、そして何が起こったかから目をそらすという悪い意味での曖昧さは無いが、物語破綻させないように、そして必要以上にセンセーショナルに煽らないと努めての結果なのかもしれない。

からこそ、PG12かR15バージョンが作られるといいなと思っている。エリオと同年代の、この映画肯定感を本当に必要としているひとたちに見てもらいたい。

キャストきっかけに興味を持ったCMBYNだが、自分の中にそびえる金字塔を打ち立てた。日本に来た時にも従来の俳優物語ファンに愛されるのはもちろん、新しい映画として多くの観客に愛してほしい。そして本当に必要としているひとにぜひとも届いてほしいと思う。

ちょうどこのレビューを書いている最中8月23日)にMIFFの観客賞が発表され、Call Me By Your Nameが晴れて1位を獲得した。http://miff.com.au/about/film-awards/audience#

もちろん自分も最高点の星5つで投票したし、あの盛り上がりを考えると納得の結果だ。

アジア内では台湾映画祭での上映が決まっているCMBYN。東京国際映画祭に来ないはずがない、と信じている。

お願いします。

邦訳本もどうぞよしなに。

2017-08-28

彼女が欲しい彼女が欲しい彼女が(追記しました)

彼女が欲しい。

切実にだ。

恋愛というものを、二次元で疑似的にしか味わったことがない、あの恋愛をしてみたいんだ。

もう30歳にもなっても恋愛したことがない俺は経験多き増田から見ればカスだ。

気持ち悪い30過ぎのカスがどこにぶつけようのない思いをネットに書きつけているんだと冷ややかな目で見るがいい。

そうだよ、心から人を好きになったこともないよ。

そもそ好きになっても、このご時世、男側は何かしらのハラスメントを掛けることにしかならない。

人を好きになるのは何ハラだ?

そして彼女が欲しいと言えば

経験多き増田「行動しろ」という。

本当に簡単に言う。

え何で行動しないの?と平然に。

30過ぎまで彼女ができなかった奴が、すぐにそのための行動ができると思うとか馬鹿か。

そんなんできてたら大学生の頃にできてるわボケ

できないから今の俺があるんだよクソが。

すまない、言葉が汚くなった許してくれ経験多き増田

そう、行動をとるにしろ、どう取ればいいかからないんだ。

能動的に動こうと思っても何をすればいいかからないんだ

試しに婚活パーティ街コンも行ってみたことはあるんだ。

でもあんスペックのぶつけ合いのところで俺の居場所はなかった。

経験多き増田よ、こうやって非モテは詰んでいくんだ。わかるか?

自分世界が狭すぎるせいでもうこれ以上の手が打てないんだ。

そして日々の忙しさに流れて生涯未恋愛者が出来上がっていくのだ

死にたい

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追記です。

数多くの経験多き増田よ、こんな愚痴に多くの助言(一部投石)をしてくれてありがとう

友人に関して、実際に気軽に食いに行ける友人は10はいるが、彼女できていない時点でそんな友達友達じゃないし、

お前は友達として見られていないという理論帰結してしま増田地獄よ。

こんな俺に、友人はいることすら許されていないのか、経験多き増田よ。

女の伝手の有るなしで付き合っているわけではないのだ、すまんな。

煽り気味に彼女が欲しいと書いたが、

確かに彼女に何を求めているかは具体的には書いていなかった。

二次元のような疑似的な恋愛というと、白馬王子様を求めるような脳内アーパー感が増してしまったが、

その先にあるのは、他人に与え、他人から得ることができる、信頼であり、承認である

そして、そういう状態イチャイチャするのマジで幸福感すごいんじゃねというものである

これを期待することも許されないことなのか。

あと、女性特別視しているというとか意見散見されるが、

誰が女をお姫様のようにアイドルのように扱うと言った?

女はヒトだ、人間だ。俺はミソジニーに陥りそうなとき、そう自分に言い続かせてきた。

あくまでも対等であるこそ、その上でお互いに関係が築けていかなければと信じている。

しろ、そんな特別視する奴は我々の中においても例外例外だ。

サークラの姫に惑わされるような奴だ、そんな奴は。死ね

経験多き増田よ、30過ぎのカス(俺個人)が無様にあがいている様子を見て楽しんでくれて何よりだ。

こんな奴がまだ。この全男子草食化まったなしの現代においてもいることを知ってほしかった。

そしてこんなこじらせている奴がいることを世間こじらせ女子認知されることを願う。

え、こんな男子いるならこじらせている同士うんたら。

あわよくば、あわよくば。

あとトラパには一言レスしていないです。みんな仲良く!

2017-08-18

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASK8K5WW6K8KONFB00V.html

相変わらず馬鹿が集まり続けているが、この記事は決して文章としてわかりにくいものではなく事実関係は十分に把握できる。

からないのは登場人物がなぜそのような行動を取ったかということだ。

それなのにこれだけ文章自体が読めず記者非難する馬鹿まで集まるということは、彼らは事件の内容と切り離して

文章のもの論理的に読み取るということができないんだろう。

算数の苦手な子が文章題に出てくる数字適当に足し引きして答えを出そうとするがごとく、英語の苦手な子が単語意味だけを拾って珍妙英文和訳を作るがごとく

文章の中からキーワードを拾ってそれをなんらかの類型に当てはめて事件の内容を理解しようとしているのだろう。

から内容が類型に当てはまらない珍しいものだったり複雑なものだったりすると途端に理解できなくなる。

はてブを見てるとよくエントリの内容を誤読をして奇天烈ブコメをつけている奴が散見できるが同じような理由だろう。

AI東大入試プロジェクト研究者だったか大学入試文章を読めないAI人間に勝てるのは

そもそも人間にも文章を読めない人間が多いみたいなこと言ってたがこの惨状をみるとなるほどである

2017-08-17

客室清掃の件に関して

ホテルチェックアウト時に『部屋をきれいにして出る』っていうのはやめましょう。

使ったものは「使いました」と分かる状態にしておいてください。

https://togetter.com/li/1140645

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上記棘で「パッ見で未使用なら交換しないの?」とか「ベッドメイクをしないのか!」という意見散見された為、

とりあえず『現場ではこうやっているよ』というのを書いてみます

私は弱小チェーン系列ビジネスホテルに勤務しています

現在フロント業務従事していますが、研修段階で数ヵ月間のハウス業務経験し、

現在でも人手が足らない時や繁忙期には客室清掃を行っています

自チェーン内でのみ観測範囲ですが、弱小チェーンで以下の対応なので、大手や有名どころシティホテル関係はコレ以下って事はないと思います

客室は清掃終了後にチェックを行っています

インスペクションという清掃チェックを持ち回りで必ず行います

ミスや抜けがあった際はここでチェック担当者回復させます

なので、インスペ時の手直しが多くなりがちな人はハウスさんの間でものすごく嫌われます……。

(チェックを行っているにも関わらず、ミスが残ってしまう事もあります

 人がやっているからというのは言い訳しかないですが、逆に意図的に手を抜いた訳ではないのです……申し訳ございません)

お客様は敏感、しっかり清掃した部屋でもお叱りを受ける事がある。

それなのに「パッと見キレイからここ省こう!」とかやったら当然お叱りは通常時の何倍になるか……。

おそろしい おそろしい

そもそも、そういう杜撰個人物差しで清掃している方は他の部分でもっとヤバいミスやらかしてると思います

どの客室を誰が清掃したのかは控えられている。

お客様からのお叱りを受けた場合は必ず担当清掃者とチェック者に指導を行います

上記のように、もし手抜きが常態化してるなら必ずお叱りが通常の倍以上来てるはずです。

何度も指導されている職員業者は当然ですがその内解雇されますよ。(そんな酷い人には出会った事ないですが)

使用済みタオルとかで床や壁を拭いてるって聞いた事あるよ!洗うとしても汚いでしょ!

やりません! というのも、タオルもタダじゃないんです……。

使用済みは全てクリーニング業者に引き渡すんですが、

清掃に使って汚れや匂いが落ちなかったら、その分のタオルは廃棄するしかありません。

掃除用には「ウエス」という清掃用の布を使用しています

もちろん、清掃個所によって使い分けを行います。(トイレ掃除した布でガラスを拭いたりは絶対しません)

アメニティ使いまわしするの?

袋状のもので、明らかに開封されていないのものはそのままお部屋に設置しています

袋がよれよれ、水に濡れてしまった、などがあれば中身に関わらず撤去します。

タオルバスローブに関しては使用、未使用に関わらず取り替えます

それに未使用を回収しないホテルが仮にあったとしても、ホテル規定のたたみ方と違っていたり、設置方法が間違っていたりしたら気づくと思います

(ロゴが見えるようにする、折った山側を手前に置くなど細かな規定があります)

私は、畳まれタオル回収時に中から下着がポロッと出てきた経験があります……。

使用に見えるからそのまま、はやっぱり怖いですよ。

全取り換えをするワケ

個人判断させると、人によってボーダーラインが変わる上にお叱りを受けるリスク高まるためすべて取り替えると研修中に聞かされました。

連泊時のベッドメイク

これもシーツ、枕カバー掛布カバー全て取り替えます

清掃で一番大変な事

余談ですが、清掃で大変な事で『髪の毛を残さない事』はよく言われますが、

同じくらい現場で気を使っているのが『水滴を残さない事』です。

カードキー式の客室だと部屋を出ると電源供給ストップしてしまうので、

冷蔵庫を使っていると庫内に水滴が出てきてしまます

うちでは客室清掃時に真っ先に行う事が、冷蔵庫の扉を開ける事だったりします。

完全に乾燥させた後、アルコール除菌を行い拭き上げします。

他にも、ポットや加湿器の水入れなどの構造が複雑なもの乾燥にかなり神経を使います

2017-08-15

声優キャラ自分を重ね合わせるのすごいモヤモヤする

二次元アイドルコンテンツライブが終わるたびに、声優がここぞとばかりにTwitterブログ自分キャラを重ね合わせてるの見ると凄くモヤモヤする。

声優ファンが、声優キャラを同一視することは昔からあることだし、そこについて夢を見せる事はエンタメの仕掛けとして悪くないと思う。

ただ、当の本人声優が、自ら自分キャラを重ね合わせたりとか、なんなら同一視したりとか、それはなんか自意識過剰な印象がしてしまう。

髪型キャラ合わせにしたりするのはもっともわかりやすい所。

演者としては、キャラを憑依させるみたいなおまじないみたいな話だと思うし、客を楽しませるエンタメ商売としては優良なサービスだ。

またライブという高揚感のある場では特にそういう意識高まる瞬間だと思うんだけど、

あくま声優はそのキャラクターの「声を担当している」だけの存在であり、キャラクター本人では無い。

もうちょっと引いた立場を保てないものか。

しか自分みたいなのは少数派で、むしろ多数派はそういう状況を望んでる感はある。

前述のライブ後のTwitterブログ等の声優感想コメントに寄せる、ファンから感謝コメントの嵐といったら凄まじい。

ファンライブの感動をキャラクターたる声優に届けることで満足感を得るし、

声優自尊心承認欲求キャラクターという仮面の元に最大限得られる。

状況的には双方に都合が良く出来てる。

しかしたら声優商売として賢くそのように振る舞っているだけかもしれない。

でもそれが過剰になると、いつのまにか声優キャラクターを追い越してしまう時がくるかもとも思うのだ。

声優のパーソナルな要素がキャラクターに反映されてしまう…

実際そういうことは世の中のコンテンツ散見されるように思うが、あまりそれを良しとは考えない。

繰り返しになるが、声優あくまキャラクターの声を肩代わりする存在であって、

キャラクターのものじゃないんだ。そういう矜持声優本人がより意識して欲しい。

それを忘れ、声優キャラクターがどんどんシンクロしていくと、

その声優は他のキャラクターの声を演じることができなくなる。

キャラクターキャラクターを演じるようになってしまうではないか

事実、まったく関係ないアニメを観てても、

声優が同じというだけで別コンテンツ二次元アイドル名前を出して盛り上がる層が必ずいる。

これはファン問題なので声優本人に責任は無いのかもしれないが…。


個人感性なので賛否あるだろうし、今風ではないんだろうなぁと思うけど、色々皆さんの意見聞かせて下さい。

2017-08-12

自分のことを小職とか小生とかいう人

「私」の謙譲語で「小職」とか「小生」というものがある。社会人ならこれらの一人称を使ったメールを受け取ったことは一度や二度ではないのではないだろうか。もしかしたら自ら使っている人もいるかもしれない。しかし、これらはよくよく考えて使う必要がある謙譲語である

三省堂 大辞林によると、「小職」については「官職についている人が自分をへりくだっていう語」、「小生」については「手紙文などで,男子自分をへりくだっていう語」とあるweblio辞書)。また、デジタル大辞泉では「小生」について「[補説]ふつう自分と同等か、目下の人に対して使うものとされる」ともある(goo辞書)。「小職」についてはこのような記述は見当たらなかったが、このような言葉が成立した頃は官職というのは民間からすれば圧倒的な存在であったので、いずれにしても社会的な位が極めて高い人が使う言葉である

つまるところ、これらは「自分の職位がとても高いのだけど、(だからこそ)へりくだってやる」または「自分は大変な人格者なのだけど、(だからこそ)へりくだってやる」という意味が含まれている。

これを踏まえると、たとえば、組織部署の長が「小職の意見は○○ですが、皆さん(部下)の意見も聞かせてください」というような使い方は適切である。一方、部下が上司に「小職の意見を申し上げます」とか、審査を受ける側が審査をする側に対して「書類に不備がありましたら小職にご連絡ください」などというのは不適切である。同様に、社長社内報で「小生の生い立ちから現在までを綴る」のは適切だが、受注者が発注者に対して「小生含め二名でお伺いします」というのは不適切である

この手の一人称学生時代から使っている人は滅多にいないだろうから、大体偉い人から回ってきたメールとかで使われているのを真似して使い出すようになるのだろうが、よく知らないで使っている人はよくよく考えて使った方が良い。

まぁでも、若くして偉い人の言い回しを真似るようなタイプの人っていうのはそれでもって偉くなった気になりたいような人が多いので、心情を込めるという敬語表現存在意義からすれば、あながち誤用とも言い切れないのかもしれない。

(自らの悲哀に満ちた立場ネタにしたTwitterアカウント運営している官僚がおそらく正しい意味合いを知りながら意図的に使っている例が散見されるが、これについては非常にウイットに富んだ使い方といえよう。)

2017-08-03

増田女子MERY復活についてどう思いますこと?

twitterキラキラ女子アカウントを見るに「あのMERYが復活!?チョ→嬉C😍💞💞💞💞💞💞💞💞💞」的な反応が散見されたが、

用はブランド名だけ引き継いで中身は一新された別物ってことでしょ?

結成当初のメンバーほとんど居ないバンドグループ🎸、ジョブス亡き後のアップル🍋、鳥山明が関わっていないドラゴンボールGT🐉になるか🤷💀👻

以前までが嘘のようにオリジナル記事ばかりでクオリティも高くライター意識も高い、どこに出しても恥ずかしくないメディアになるか🤔

見物ですわね🔥🔥🔥😎🔥🔥🔥

2017-08-02

救われた弱者男性存在しないのでは

弱者男性は、女を得られたならそれはもう弱者男性ではない」

と言っているはてなー散見するけど、

女性と結ばれた時点で弱者というカテゴリから外れるなら、

「救われた弱者男性」などいなくて当然なのでは?

と思った。

七人の侍邦画の今後の展望:追記2

邦画の話が出てたので便乗。

恥ずかしながらつい先日初めて七人の侍を見た。

噂通りの大傑作、「当時にしては凄いな」とかじゃなくて純粋にとても楽しめた。

「名作と言えど60年前の作品だしな」という冷めた視点で見はじめたが、

開始10分で困窮する村人の一人として映画世界に引き込まれていた。

この作品今日邦画に欠けている諸々が詰まってたような気がする。

・このメンツ以外は考えられないレベル適材適所の配役。

・これでもかと汚しまくった人・物・映像。(みんな乞食みたい)

重厚な演技とライトな演技の緩急で観客を飽きさせない。

・秀逸なセット+優れたカメラワーク+泥臭くリアル殺陣三位一体

冗長・緩慢な描写排除。(こいつは俺だ!という一言で観客に全て悟らせる)

なんというか、全てにおいて格が違った。背伸びとかでなく、本気でそう思った。

こんな邦画はもう生まれないのだろうか。シンゴジで活路が開かれたかと思ったのだけど。。。






*追記

おお、思いの外伸びてる。。。

あの時代の演技だけは模倣すべきではないと思う

あの頃のような漫画チックな演技

あいう明朗快活な演技の方が好きだな。

ぼそぼそと喋ってたのに急にデカい物音立てて

大声で慟哭するような邦画くさいジメジメ演技が苦手でね。

土屋嘉男とか自分流に皆と違う演技してるし。

yashinegi 邦画人材アニメに流れちゃったからしゃーない。「切腹」とか「拝領妻始末記」とか観ると、俳優監督よりもまず、殺陣作法指導できる人がいなくなったんだなあと実感できるよ。

切腹見たよ!あれも違うベクトルで凄まじかった!

仲代達也の殺気と現代音楽のような劇伴の緊張感の相乗効果は失禁モノ。

リメイクは見てないけどやっぱよくなさそうだな。

「拝領妻始末記」も気になってたところだった。見てみる。

mugi-yama 端役、エキストラ存在感が段違い。大部屋ってすごかったんだなあとつくづく思うわ

本当にこれ。天涯孤独になった婆さんとかいちいち説得力が凄い。

myaoko 昔に比べて、最近作品は平易である事を求められている気がする。言葉遣いストーリーも。現代作品で「お前は俺だ!」の一言で全てを悟らせるシーンを、何の横槍もなく撮らせてもらえるかどうか…

あのシーン、鳥肌立って泣きそうになった。

今の邦画だったらお涙頂戴の安っぽい回想シーンが入るんだろうな・・・

シンゴ発言叩いてるのが何人か居るけど、個人的には

久々に邦画でほぼ純粋冒険特撮活劇を見れて大満足だったけどな。

アニメ臭さ・人物の掘り下げ皆無・噴飯ものカヨコちゃん・ムラのあるCGとか差し引いてもお釣り来るよ。

パシリムやゴジラ2014とか本来なら日本がやらなきゃいけなかったんだからさ。作るの遅すぎるくらい。

まあ、まだ生傷の震災原発フレーバーに取り込んで凝ったものを仕上げたんだから良しとしなきゃ。

今日日の邦画界であれだけのエンターテイメント性の高さは特筆すべきでしょうよ。実際売れたし。



*追記2

ブコメ、正直にまだ見たことないって言ってくれる奴がいてくれて嬉しい。

是非、これを機に見てみてくれ。ぶっ飛ぶぞ。音声不明瞭なので字幕付きオススメ

あと「今更七人の侍w基礎教養だろw」みたいな意見が出てるけど、

入門者にいきなりジャブを食らわせて萎縮させるようなこの態度はホント改めた方がいい。

これこそがガチマウンティングだと思うし、古典的もの敬遠されてしまう要因だろうに。

Hello world」で喜んでるプログラミング初心者を「うはwそんなん誰でも出来るしw」と中上級者が嗤うことの醜さに気付け。

「ほー、面白かったか!黒澤だとこんな面白いのもあるぞ!見てみろ!」って方向になんでならないかなあ。

こういう権威主義的な奴は門番気取りでそのジャンル未来は暗いものにしてしまっている。

俺は映画詳しいなんて一言も言ってないし、「恥ずかしながら」って書いたのもそのせいだ。感想も頓珍漢かもしれない。

現在邦画を貶し気味に書いたのは悪かったけど、「今の邦画マンネ」的な意見リアルでもSNSでも増田でも散見されたから便乗した。

実際に俺の目にした近年の邦画では「七人の侍」ほどの満足感を得られることは出来なかった、という実体験に基づいてるし、

周りの老若男女にこの話したけど殆ど名前認知だけで見たことなかったし、純粋にみんなに見て欲しいから書いた。

俺はアニメが苦手なんだけど「●●(ジブリ作品)見たことないとかwお前本当に日本人か?w」と

子供のころから言われ続けて「ジブリなんて一生見てやるもんか」と未だに見てないしね。

こういう歪んだ感情を生まないためにも知識マウンティングはやめるべき。

なんか社会的弱者がどーたらというエントリ散見されるが

金銭面、社会面で、最低ラインで救われたところで、結局本人は生き地獄しかないんだよなぁ

最低じゃなくて、皆と同等になるようにしてほしい

じゃなければ、さっさと存在を消してくれたほうが本人にとってマシ

2017-07-29

嘘と立ち位置の話

一時期話題になり、既に定着した感のあるスクールカーストの話である


学校は「勉強する所」であると同時に「友達に会いに行く所」でもある以上、相応のコミュ力必要になってしまう。

ただコミュ力の高低には個人差があり、それがスクールカースト発生の一因だと思われる。

それが嫌なら学校純粋に「勉強する所」に位置づけるしかないのだが、まあ難しいだろう。


さて、そんな自然発生するスクールカーストだが、カースト底辺の子達に散見される癖の一つに「明らかに我が身可愛さでバレバレの嘘をつく」というのがある。

ちなみに嘘の内容は非常に特徴的で、例えば親子の会話だったら

「おつかい行ってきた?」

と訊かれた時、いくつか買い忘れたものがあるにも関わらず

「うん、行ってきた」

とだけしか答えないというパターンである

そして後で買い物の抜けが発覚して一大事と。

或いは騙されたフリはしているけど「コイツ信じらんねえ…」と内心思われると。

え?最初から「おつかいでお願いしたもの、全部買ってきた?」と訊けばいいじゃないかって?なに他人のせいにしてんだよ、嘘ついたのはお前だろ!って感じである


とにかく、こういうことをやらかす子に致命的に欠けている認識があるとすれば

辺りだろう。


もしご子息やご息女がいる読者の方で、彼・彼女がここらへん弱そうな場合は、なるべく早めに、厳しく躾けることをオススメする。

スクールカースト底辺で過ごしたのも遠い思い出になり、今やカネがなくてキモいおっさんおばさんになった人は…まあ、今この瞬間が一番若いと言い聞かせて人生挽回頑張ってください。

2017-07-27

人の思想の醸成の話

ことインターネットでは、思想や支持する政治スタンスによって左から右のカラーリングを分け、しばしば自分と違うカラーリングの人をバッシングする様が観測できます

しかし、至極当然ながら、カラーリングでの敵味方のカテゴライズは非常に危険です。集団効果は、異を唱える人間がいないことから自体悪化させるため、お互いがお互いのイエスマンである関係は非常に不健全と言えるでしょう。

そして、バッシングする際に、相手バックグラウンド浅薄だと断定し、それ故の容赦のない罵倒をしている姿も散見されます

ネトウヨパヨクバカにするさまがまさにそれに当たるでしょう。

実際、ネトウヨ罵倒されても仕方ない、パヨクと罵られても仕方ない、そんなふうに思ってしまえる無茶苦茶な人もいますが、それはそれらの言葉が実際使われる頻度よりは遥かに希少なものです。

何故なら、呼称される側が、"その考えに至っても仕方がない"というシチュエーションが大半だからです。

例えば、私はここ六年ほどの韓国政府には一定猜疑心を抱いていますので、韓国政府おかしいと思うことは多々あります

原発に関する強い否定をする方々にも少々距離を置きたくて、放射能を過度に怖がる事がかえって福島の方々を苦しめている様は正視に耐えないものがあります

一方、組織犯罪処罰法の改正案の際は常に政府への不信感があり、ろくに修正されずに可決したことは心の底から落胆しました。急すぎだろあれ。

また、辻元清美と埋め立て作業員関係に関しては、私は完全にデマ判断しています

しかし、人によっては私の韓国原発への言及ネトウヨ認定するかもしれませんし、組織犯罪処罰法改正案の話や辻元清美言及ではパヨク認定するかもしれません。

しかし、それって結局、自分が信じるスタンスと違うからってラベリングして叩いてるだけじゃないですか。それこそ浅はかじゃないですか。

人がその発言をするまでには、前提として知っている情報があって、それは見たテレビチャンネル、読んだ新聞等によって変わってきますよね。

また、どんな知識を今まで培ってきたかによって、情報の受け止め方、咀嚼の仕方は違います

それらの一人一人の違いは、たった一つのイシューの違いでネトウヨだのパヨクだので判断できるものでは到底無く、物凄い幅のあるグラデーションなのです。

さっき韓国政府の話をしましたが、日本から見ると無茶苦茶に見える政府対応も、国の文化制度理解すると、なるほどと合点のいく場合も少なくありません。

ゲーム理論に基づけば、条件さえ揃えば多くの人は同じ行動を選択します。だから、何も不思議なことではないのです。自分の殻に入ったまま批判をしても仕方がないのです。

であれば、自分スタンスの違う人間が何故そんな発言をするのか、考えに至るのか、そこに至るまでの流れを、相手浅薄さと断定せず、何か理由があるのでは、と考えてみて欲しいのです。

原発放射能問題は、シーベルトベクレルと言った単位が、どの値からどれくらいの健康被害が出るのか未だにはっきり断言できず、かつ政府への不信感も合わさることでとにかく怖がっている様子が見て取れ、自民党エネルギーベストミックスと位置づけ原発廃止をする様子がないことから、恐怖感を持っている人はとても強いアレルギーを抱く様子が想像できます

それらの人の人生に、原爆スリーマイル島、福竜丸、チェルノブイリと言った深刻な事故記憶が深く刻まれているなら、尚の事です。

テロ等準備罪と言われる組織犯罪処罰法改正案も、政府立法事実にしてることが全部薄弱な根拠であることに目はつぶるとして、完璧事件を未然に防ぐには、NSAのような事前の操作能力プライバシーを侵しかねないほどの大きさで必要なのも、理解はできます

辻元清美一見も、生コン会社との献金の話は本当でしたし、籠池夫人メール修正求められてそれにメディアが応じたのも、メディア不信の人間からすると、極めて辻元清美に有利に動いたよう映るのもよく分かります。また、訂正報道をしたのも、TBSラジオであり、TBS過去石原慎太郎発言事実と違う形にテロップをつけて放送したことがあるため、信用に値しない、と判断する人もいたことでしょう。

考えはわかる、理解はできてる。

それでも、違うものは違うときもあるのですよ。でもそれは、発言者ネトウヨからでもパヨクからでもない。前提にする知識がまちがっていたり、あるいは不足しているから、事実に即していない発言になるのです。

韓国政府は、バックグラウンド法制度、政治ルールを把握すれば、行動は理解できますが、それが国際法外交の態度として適切かどうかの指摘や非難は、妥当範囲でされて然るべきです。

原発を過度に恐れるのと福島への偏見もつのは、感情論が先行している側面は否定できないでしょう。地域の測定データは常に掲載されており、農産物問題がないと断定できます健康被害は今後も観測必要はいえ、今のところ現れていません。

恐らくリスクがあるだろうと推定できるので怖がるのと、リスクゼロじゃないから怖がるのとでは、随分違うじゃないですか。この場合後者の怖がり方をしているように見えるわけで、その場合、この世に絶対がない以上、安心は得られないって事になります。それは極論だとしても、大丈夫であろうってデータが出ているのですから、それを無視して原発を恐れるあまり福島を過度に恐れるのは、差別につながるってリスクを知って頂くことで、大丈夫であろうってデータ真摯に受け止めて欲しいです。

組織犯罪処罰法改正案も、政府説明する立法事実根拠薄弱である以上、仮に荒れる議題だとしても、プライバシー犯罪抑止議論はしっかりとするべきだったはずで、その点政府は本当に不誠実であったと言わざるを得ません。

辻元清美の一件も、何故籠池夫人がその話を知っていたかという視点に当てると、メールを送ったタイミングのほぼ直前に、そう言った無根拠デマ松山昭彦氏らのブログに載る形でネットに出回っていた事を確認できる以上、それを見た夫人メールを送って、そのメールマスメディア掲載されていたであろうと言う流れを把握して、真偽を推し量ることが必要です。

もちろん、この四つの話題、私のこの書き口に批判があることでしょう。

しかし、批判されても全然いいんです。私は私の知り得る限りの情報から、これらの話の結論を持ってきました。違う結果が出たのなら、それは違う前提知識によるものです。その知識をもとに私を批判することは、私に新たな知識と知見を提示することであり、それは私にとってもとても望ましいことです。

真実の探求やより良い形を求める際、ディベートという討論方式が用いられます

これは、いわゆる言論喧嘩ではなく、それぞれの立場になって、立場をロールし、それぞれの立場知識を用いることで、より良い決断や探求を行うための会議話法なのです。

その観点から言えば、適切な言論批判は大歓迎なのです。

自分と違う意見人間がいたら、すぐに「あなたは間違っている」と言うのではなく、「何故そう思うのですか」と聞き、自分との違いを浮き彫りにしながら、相手立場なら自分はどう考えただろうと想像する。それだけで、随分言論平和になりませんか。

私の両親は共に政治思想リベラルですが、父の場合洋楽にハマってアメリカ文化に興味を持ち、その一環で公民権運動に感銘を受けた背景があります

母の場合、フォトジャーナル誌を出先の銀行で読んで衝撃を受け、以後反戦の思いが強まるとともに、中東問題に強い関心があるためであります

二人とも、共謀罪反対、自民党を快く思ってないって点では一致していますが、根っこに同じものが根ざしているわけでは、全然ないのです。それも、同じ時代を生き、長らく生活を共にしてきた夫婦であってさえ、です。

それだけ、一人一人、考えに至るまでの前提って違うと思うのです。

からネット上で自身と違う意見があっても、想像翼を広げて見てください。向こうにいるのは同じ人間です。必ずしもその人はあなたより劣っているのではなく、あなたと違う人生を送ってきただけなのです。

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