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はてなキーワード: 散見とは

2018-09-19

同じプロジェクト担当してるベテランスキルが低くて怖い

当方20代女性、3年目新卒あがり、童顔で小柄で気弱。相方50代男性20超年目ベテラン、貫禄あって大男で強気

客は当然、私のことは舐め腐ってベテランを頼りにするけど、ベテラン発言に間違いが散見されるのが不安で仕方ない。

ベテランが客にした説明に対して「それは違うよ!」と散々抗議して逆に不機嫌にさせちゃったり(他の先輩にも協力してもらったら説得と客に対しての弁明はできた)、私に教えてくれる内容は昨日私がベテランに教えてあげた内容の劣化版だったり、私が作成した資料の間違った記載は確実に見逃されたり。とにかく態度の割にベテランスキルがないのが感じ取れる。

でも客が信じるのはベテランの方だから、油断すると間違った方向にプロジェクトが進みかねない。

そして責任者は私の方だから、なんかあったら怒られるのは私だ。

私が完璧超人絶対間違えないスーパールーキーなら問題ないが、残念ながら普通無能若者だ。

このプロジェクト怖すぎる

2018-09-18

社会正義を叫ぶひとに対する一抹の違和感

一言でまとめると「自分が支持し、主張する立場恣意性(非論理性)に無自覚人間が多すぎる」。

青識亜論まわりでいま丁度燃えているけど、個人的な印象論の範疇で言えば、フェミニストLGBT側の立場人間は、「自分他者を抑圧している可能性」というもの無自覚すぎるんですよ。

自分が、自分自身にとって大事だと思う権利を守るために、それを侵害する他者権利を抑圧する」、これ自体別に珍しくもなんともない。だけど、それを無自覚にやるのは流石に問題がある。丁度、「ラノベの表紙が気持ち悪い」「LGBT気持ち悪い」「殺人」を等価に置いた社会学者がいたよねという話題でもそれは結構散見される。

今更こんなことを言わなきゃいけないくらいに人類の知性は発展してこなかったんだという事実を目の当たりにするのは悲しいけれど、「論理的に等価である」というのは別に珍しくもなんともないんですよ。

LGBT気持ち悪いと思う権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと思う権利」も、誰にだってあるんです。

そこから一歩進んで、「LGBT気持ち悪いと発言する権利」も、「ラノベの表紙が気持ち悪いと発言する権利」も、誰にだってある。ただし、そこには発言したなりの責任が伴う。「LGBT気持ち悪い」と発言することによって、LGBTである人々を抑圧することはあるでしょう。それと同じことで、「ラノベの表紙が気持ち悪い」と発言することによって、ラノベの表紙を描くことをライフワークにしているイラストレーターさん・ラノベの表紙によって生きる糧を得ている人々(ざっくり言うと女性から切断された「キモくて金のないおっさん」を例に挙げておきますが、もっと単純にそれを単純に「いいイラストだなー」と思いながら受容する人々[男女問わない])を、抑圧することもあるでしょう。

そこは、何をどう解釈したとして、論理的に等価です。

では、その二つの何が違うかって、「何かを気持ち悪いと発言することで、どれだけの存在保護しようとしているのか。そうすることで、どれだけの存在を切り捨てることになるのか」という違いでしょう。

LGBTへのヘイト発言禁止することで救われるLGBT当事者気持ち価値は、LGBTへのヘイト発言禁止された人々の気持ち価値を上回る。LGBTに対するヘイト発言は、LGBT当事者を下手すると死にすら追いつめてしま可能性があるし、そういった想像は容易だからだ。

では、それと論理的に等価であるところの、「ラノベ気持ち悪いと発言する」ことの場合はどうなのか。ラノベ気持ち悪いと言われることで抑圧される対象は、発言を受けたことでLGBT当事者と同程度に守るべきなのか。これは個人的見解だが、同程度の重みを持たせることは、少なくとも想像範疇では難しいのではないかと考えている(これは、あくま個人想像範囲である)。

だけど、そこから一歩進んで、「気持ちいか規制すべき」という話になると、話は別だ。

LGBT気持ちいからその権利規制すべき」となったら、まあ、少なくない人間直感的におかしいと思うだろう。「気持ち悪い」という内心の権利を守るために、他者人権制限するというのは、保護法益バランスが全く取れていない。

では、「ラノベの表紙が気持ちいから、ラノベの表紙を制限すべき」という話になると、直感的におかしいと思う人が減る、という印象が、本増田にはある。減る理由はわかる。当事者属性の違いだ。LGBTである人々の存在は、少なから想像がつく。フェミニズムが守ろうとしている「女性」という存在も同様である。それに対して、「ラノベを表紙を制限することによって抑圧される人々」の存在がやや想像しづらいというのは、まあ、わからなくもない。

ラノベの表紙は「娯楽」である。娯楽に対して、LGBTというのは在り方そのものである。在り方そのものと、娯楽とであれば、そこの比重が異なるのはわかる。だが、世の中には、少数であっても、「ラノベの表紙を書くのが生業である人々」「ラノベによって救われている人々」が存在する筈なのだ。そこにあるのは、人類の数%(1億人近く)の権利を守るために、数千人の権利を縛るべきかどうか、という利益衡量の問題である人類の半分である女性権利を守るために、何千万人と存在するミソジニーな人々を抑圧すべきか。あるいは、女性権利を守るために、ラノベ関係する人々の権利を抑圧すべきか。

ここで本増田が言いたいのは、「お前の発言で抑圧される人々がいるから、ラノベの表紙を気持ち悪いと言うな」という話ではない。

現実世界において権利権利がぶつかるのは当然であって、そのような現実において、ある特定立場の人々を「守らない」という選択をするのは、仕方がないことだとは思う。だけど、その「守らない」という選択したことから目を背けるのは、誰がどう取り繕ったとしても、欺瞞しかありえない。

LGBT気持ち悪いと思ってしま人間にとって、それは仕方がないことだ。だが、発言した瞬間に、LGBTの人々を敵に回す覚悟必要だ。

それと同時に、ラノベの表紙を気持ち悪いと思う人間が、それを口に出し、主張する場合、「他人を抑圧する」という現実から目を背けてはならない。

況んや、「規制すべき」という話になると問題はかなりでかくなる。ここに来ると、「規制すべき」という形で、表現の自由問題が関わってくるからだ。

表現の自由」は、誰かが誰かから抑圧されないための権利である(それは主に公権力であることが多かったが、それ以外の私的権力からの抑圧を防ぐためでもあろう)。それは、どんな人間にとっても、本来的に備わっているものである、と法学人権定義をそのように構築してきた。それを制限するためには、それなりの整合性、具体的には「保護法益がどの程度大きなものなのか」を精緻検算しなければならないと、様々な判例の構築によってその線引きを見積もってきた。世の中の人々が考えている以上に、表現の自由ものすごく大きなものなのだ

それに対して、気軽に「ラノベの表紙が気持ちいからそれを制限しよう」と言い出す人たちは、その権利の重さをどの程度理解しているのだろう。「ラノベの表紙が女性扇情的に描くことで、女性蔑視・女性の「モノ化」・男尊女卑的な観念等を強化する」というのは理解できる。そして、それを守ることがそもそも男尊女卑的な、フェミニズム批判し続けてきた構造権力を強化するから全く擁護できない、という話もわかる。

だけど、それを主張することで、逆に自分たちが誰かを抑圧する可能性について無自覚か、目を背けているひとが多すぎやしないだろうか。

最悪、抑圧が発生するのはいいよ。民主主義ってもの絶対に少数派の意見を切り捨てる(厳密に言えば、多数派は少数派の意見を最大限聞かなくちゃいけないのだが、本題から逸れるので一旦措く)ので、仕方がない、避けようがない部分もあろう。でも、「そもそも自分たちは誰も抑圧していない」と言いはじめるのは、何か違うんじゃないか

俺が、青識亜論は少しむかつくけどそれ以上に彼を擁護したくなるのは、それが原因だ。青識亜論は特権性について何度も言及していた。市民社会において、どのプレイヤーも、プレイヤーとしては等価な筈なんですよ。市民市民を抑圧することはできない。市民は抑圧に対して抑圧に反発する権利がある。その権利が、あたか存在しないようにふるまう少数派が多すぎる。

せめて、「私は少数派の権利を守るために多数派権利を抑圧する立場に立ちます」くらいの大上段はふるってほしいものだ。本増田はその権利を守る。

2018-09-15

曲と歌詞は不可分

ネット上の歌詞論評など見てると、歌詞は曲とは独立した要素として論じられてるモノが散見される。

でも、歌詞と曲は不可分なモノだ。

めちゃめちゃ分かりやすい例で言えば、

こ「なーーー」ゆき(粉雪)

見つめ「あーーー」うと(TSUNAMI)

「だーーー」れも触れない(ロビンソン)

のように、音を伸ばす部分で“a”の音を当てたりする。

スピッツの「チェリー」という曲のサビは、「あ↑いしてる↓」という本来言葉アクセントメロディガッチリ合っている。

他にもミスチルの「名もなき詩」のサビ「あ↑るがまま↑」など、この言葉のチョイスが気持ちのいい響きを生み出していることに気づく。

他にも、コードメロディの流れと、歌詞中の物語が連動していたり…「曲」という制限がある中で言葉をチョイスしていき、曲の持つ力を何倍にも膨らませるのが歌詞役割だと私は思う。

例が偏ってしまったが、作曲者作詞者でなければならないと言いたいわけではない。

作詞専業でも凄い人はいる。たとえば「チャラヘッチャラ」とか専業の人じゃないと出てこない歌詞だと思う。

ただ、作詞というのは文学的感性技術に加えて音楽的な感性必要とされる仕事であることは間違いない。

ちなみに歌詞に対して曲をつけるという作業に関しては私は全く知識がないのでそこを突っ込まれると弱い。

昔は普通に行われていたらしいが。「木綿のハンカチーフ」などは代表例だが、その楽曲としての完成度の高さには驚嘆せざるをえない。

https://anond.hatelabo.jp/20180915133312

2018-09-13

anond:20180913102902

いやそれ世間一般感覚じゃなくて本屋出版社感覚でしょ。

ライトノベル擁護派だけどこの意見散見されるのかなり無理があると思うわ

じゃ「世間一般感覚」って何?

どうやってわかるの?それが「世間一般感覚」だとどう保証できるの?

anond:20180913102642

いやそれ世間一般感覚じゃなくて本屋出版社感覚でしょ。

ライトノベル擁護派だけどこの意見散見されるのかなり無理があると思うわ

2018-09-12

分かり合えない二つの間にある溝

昨日のツイッタースーツアクターを巡るツイートがよくRTで流れて来た。

(参考:https://togetter.com/li/1265833)

この話の流れは

日テレ朝のワイド番組ジャニーズタレントスーツアクター弟子入りして修行

後に子供達の前で修行の成果を発揮してヒーローショーを披露

上手い事演じられたのか、感極まってヘルメットを脱いでしまった模様を放送したところに特撮ヒーローに造詣がある視聴者スーツアクターに対するリスペクトが皆無だと批判

そこにタレントファンが噛み付いて炎上

と言う流れ。関連ツイートから

特撮ファン

スーツアクター台本にないにも関わらず自らヘルメットを脱ぐのは、見ている子供の夢を壊す行為であり言語道断

タレントファン

感極まってしまった上での行為で、かつスーツアクターとしての心得をタレントが把握していなかったのではないか。もしくはその模様を放送した日テレ責任である

ざっくりではあるが上記意見が中心となった対立構造に。

個人的はいわゆる特撮ヒーローゆるキャラに「中の人などいないルール」はある程度理解は示せるものの、結局は「中の人はいものだ」と言う意識で見ている。

また、タレントとしても多忙な中で長期に渡って修行した結果の達成感での行為なら分からなくもないが、スーツアクターが何者かと言うところへの想像力が欠如していた故の行為とも取れる。

さて。この二つの対立構造をややこしくしているのが「罵声」だと思っている。

特撮側は「スーツアクターに微塵の理解の無いジャニタレ」と「世の中ジャニーズ無罪がまかり通ると思っているファン」と言い放ち

タレント側は、よく分からないけど気味の悪いオタクがわめき散らし、タレント批判していて気分が悪い、としている。

もちろん互いに理解のある意見散見されるものの、特に画像や短いツイートで罵る類のものには相手理解しようとする意思は皆無だ。とにかく相手側を罵声で殴り倒し続け、相手が黙れば「論破」でこちら側の勝ち、と言う無益な戦いが繰り広げられている。

もはやSNSでの「炎上」は劣情や差別意識の塊にまみれ見るに堪えないものばかりで、日本学校教育において議論を学ぶ機会が希薄だった結果がこれらから滲み出ているのでは、とさえ思える。

結局はツイッターやめたらこんな事考えなくても良くなるのかな、と後悔をし始めたところだ。もうしんどい。いろいろと。

2018-09-07

フリクリオルタナは鑑賞直後に評価してはいけない

今日は半休をとって前日に席予約して初めてムビチケかいうの買って初日最初の上映を見に行った

人によってはバレと感じるかもしれないことも含めて感想書く

正直言ってね、観る前から感想用意してたんですよ。「期待に反するが予想どおりには楽しめた」とかね

鑑賞直後、まあ、実際そんな感想でしたよ。で、仕事に行ったんですね。するとね、まったく仕事する気が起きないんですよ

虚脱感。ぼーっとして意識がフワフワしてるんですよ。で、頭に浮かぶのが「もっかい観たいな」という気持ちだったんですね。

多分ぼくはフリクリオルタナ、好きだったんです。

そりゃ色々言いたいことはある。

まとめサイトコメント欄並みに浅いパロディ引用(JKリアル感を出すために浅かったり、ネット的に旬を過ぎた言葉を使ったりしてるのかもだけど)

そして全体的におとなしい演出。全員声優なので「アニメを見ている!」感が強い。みんな意味があるセリフをしゃべりすぎる。

いわゆる「フリクリっぽくない」部分が悪目立ちするし、フリクリ抜きにして上記普通にマイナスポイントだったりするので最高!みたいな評価には絶対ならない。

でも好きなんですよねー。

キャラも丁寧に掘り下げすぎてるとは思いますよ。鶴巻フリクリでいうところのガクとかマサシのために一話割いてるレベルだし。

でもそれは違うだけで悪いわけじゃない。個人的には。

悪い!という人もいると思う。実際デブのエピつまらんかったし。

ふわふわしたまま仕事を終えてパンフを読むと、鶴巻が

「もしもフリクリに続きがあるとしたら、それはフリクリとは何かを探し確かめるような物語になるでしょう」

と書いてた。鶴巻にも何がフリクリなのか分からないとも書いている。

Twitterでは「オルタナフリクリのような何か」というコメント散見されたけど、鶴巻フリクリだってフリクリのような何か」なのではないか

ウエダハジメ漫画だって全然OVAと内容違うし、あれも「フリクリのような何か」だろう。

そしてぼくは、これに懲りずにいろんな人がいろんな「フリクリのような何か」を作ってくれたらいいなあと思いました。

みんなもそんなスタンスオルタナプログレみようぜ!心が安らかになるよ!

9月1日自殺が多いんだってね。

今年は土曜日だったから、3日が多かったのかな。

メディア等々で、自殺防止キャンペーン的な?もの散見しました。

自ら死を選ぶ子供は、自然淘汰ってことで、放っておけばいいのに。

今は子供が貴重だから一人でも失いたくないのは分かるけれども、

学校にも行けない子供が、ちゃん給料稼いで納税できる大人になれるのかな。

ひきこもりからニート、親の年金がなくなったら職歴もないまま生保コース

社会保障費納めるどころか食い潰す側に回ってしまうんじゃないかなー。

2018-09-06

サヨクにサヨナラを」

はてなでは意外にバズってないが、

アメリカではポリコレバックラッシュとでもいうべき"#walkaway"というムーブメントが起きているそうな。

https://biglizards.net/strawberryblog/wp/2018/07/14/%E3%83%AA%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%81%8C%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A%E3%82%92%E8%A6%8B%E6%94%BE%E3%81%99%E6%99%82%E3%80%81%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4/

端的に言って「もう今の左派には付き合いきれない。サヨナラだよ」って感じの決別宣言カムアウトする運動

それが、

実は自分保守派だと「カミングアウト」したグラミー賞受賞者の作曲家ブランドン・コンティは、保守派としてカムアウトするのは何年か前にゲイとしてカムアウトしたときより勇気が要ったと言っている

それだけ今アメリカではポリコレ的なサヨクの抑圧が凄まじいんだろうね。

twitterでは「左翼に関わるな」って訳のようだけど、どっちかってーと見限って立ち去るという意思が見える表現の方が適切に思う。

まあ訳はおいとくとしても、

日本は今の所それほど強烈なポリコレ圧力はないけれど、

LGBTあたりはかなり政治的発言力を増してきてるし、

アメリカのような抑圧的な乱暴啓蒙をやっているといずれ日本版のwalkawayが起きても不思議じゃないな。


追記

うーん。。。

タイトルでゴロ良く韻を踏みたいかサヨクって言葉を使ったんだが、

そこで左・右・保守リベラル定義問題に入りたがる人がブコメ散見されるなあ。。。

ゲイカミングアウトするよりも勇気必要であるアメリカ社会に漂う"抑圧的な風潮"」

問題にされてるって話がメインなんだけど。

言葉定義問題神学論争に持ち込んでこの話題から逸らそうっていうならなかなか効果的な戦略だとは思うが。

walkaway運動自体おかしい、っていう主張ならまだ聞けるんだけれど。

あと定義問題を展開するにせよ、

たった100字以内のブクマじゃ

「ただのイチャモン

で終わってしまうので、

この増田トラバしてその定義を具体的に開陳してみたら?

例えば安易に左という言葉を用いるのはこれこれこういう理由おかしい、って、字数制限なしに心ゆくまで自説を展開してみりゃいいじゃん。

はてなid持ってるなら増田にも書き込めるはずなんだからさ。

。。。やらないならやらないで

「それまでの話」

ってことだけど。

2018-09-04

anond:20180904151249

飽きの問題か。むずかしいな。一般的には「学習性無力感」が原因になってるって話がある。

完全にやり尽くしたと感じるか、反対に、自分がどう頑張っても状況を好転させることができず、本質的に振り回されるだけ、などと一度脳が学習してしまうと、以降それに対して脳内ホルモンという報酬を分泌してくれなくなる。あなたの「刺さったコンテンツリスト」にも、ゲームバランスが崩れて萎えた、性格が変わって興味が失せた、などが散見される。

うろ覚えだが「ひだまりスケッチ」という漫画面白いことがかいてあった。これは芸術家の卵の話なんだけど、彼女スランプに陥っていて、先生アドバイスを与えるんだ。スランプというのは絵を描く腕よりもそれを評価する目が肥えてしまうことで起こる。以前よりも自分能力を正しく見積もることができるようになり、結果として皮肉にも前より能力が低くなったように思えてしまう。そのことが意欲の低下を招いているのだと。だから絵を描きつづけて腕が向上して評価する目に追いつけば、自然スランプは解消する。という助言だった。

あなたの現状を画家スランプになぞらえて考えると、絵を描く能力よりも、評価する目の方によりコストを割いてきた結果が、コンテンツに飽きてしまうという悩みを生んだと取ることができる。一般的能力というものは高いに越したことはないかのように思われているが、一度身につけてしまうと捨てることができないのが厄介なところだ。だけど評価する目を一時的に曇らせる工夫はあり得るかもしれない。自分が何をやっているかも判らないくら必死に何かをする。あえて目を背けつつプレイするんだ。俺は趣味プログラミングをずっと続けられている。気づいたんだが、高校生くらいのときに忙しさも相まって行き詰まり自暴自棄になって計画表を捨てたのが、逆に良かったのかもしれない。バグの状況もどれだけのプログラミングを積んでいるかも把握していない。そのプログラムが役に立つものかさえも考えることなく、そのとき作りたいものを思いつくままに作っている。直したいときに直している。もう二十年続けているが、未だに飽きる様子はまったくない。だけど技能はあまり向上してない。要はバランスである。よきプレイを祈る。

2018-09-03

けもフレ2のオーディションスリーサイズ入力させる件

https://audition0902.jp/

法的に問題があるとかいう話も聞くからそこの是非は知らんけど、

他のアイドルメンバー募集フォームでもスリーサイズ入力散見されるあたり

(「アイドル 応募フォーム ヒップ」とかでググればけっこう出てくる)

別にけもフレだけ特別やらかしたわけじゃなくて

業界全体がやらかしてるんだろっていうのと。

声優なのにスリーサイズは必要ない」なんて批判もあるけど、

募集ページのどこにも「声優」なんて書かれてないよね。

ペパプ的なユニットならアイドル活動するのは大前提だろうし。

なんで枕営業だの何だの言えるんだろう。

で、既にさんざん指摘されてるけど、

このオーディションを主導しているのはAGNだろうに、

なぜかカドカワのせいにしてるという体たらく

もうほんと、たつき信者けもフレ信者とは言いたくない)ってこういう細かいところの確認もせずに邪推だけ逞しくして、

カドカワ陰謀カドカワが悪い」の大合唱反論されれば「工作員乙」なんだから始末に負えねえ。

ものより知能が低い。

2018-09-01

me tooに代表されるある種の「正義」と、その恣意性が孕む課題について

岡田斗司夫朝日新聞で連載している悩み相談を読んだ。

https://digital.asahi.com/articles/ASL8R4S75L8RUCFI00B.html

回答としてとても全うで、納得のいくものだった。だったのだが、当然回答者岡田斗司夫である以上、「朝日新聞岡田斗司夫指導者という立場を利用したりして精神不安定女性数十人と異性関係を持ったことが判明したあとも、彼を切らなかった。metooと程遠い人権感覚会社だと思ってる。 」というブコメがついている。

ブコメをつけた人を非難したいわけじゃなくて、これは正にme tooにおけるある種の「正義」の本質を表している。つまり、「言動のものや、その人が作り出したものの是非ではなく、その人の社会的状況に応じてその人の言動判断する」。

これは、不正義の是正を誰かに任せるのではなく、評価自身判断不正義を是正するものだ、ということになる。一面の真理はあると思う。社会完璧ではないので社会公的機関が必ずしも正しい在り方をしているわけじゃなく、それを正すのは社会に生きる人間であるべきだ。そのような仕組みが市民社会であり、社会的不正義に対して暴動や大規模なデモが起きるのはある種「健全」なこととは言えて、そういう事例が散見されるアメリカフランスと違ってどうして日本は……という話題は、本筋からズレるので閑話休題(こういったある種の国ごとの政治態度や市民感覚の違いをまとめてる研究書どっかにないですかね。真面目に読むので割と本気で募集している)。

そういった考えの裏には、実のところかつてのモヒカン族とは全く逆の価値観がある。評価するかしないか、という価値判断だ。

上記の例で言えば、岡田斗司夫評価されていい人間かどうかである。とりあえず自分評価差し控える。その全く真逆の例で言えば、〈ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーシリーズ監督を務めていたジェームズ・ガンが、過去不適切ツイート理由シリーズ監督から降板させられた事件だ。その二つの違いはなんなのか。違いはいくらでも挙げられる。実際に問題になっているのが実在女性との実際の関係に関する話題か、不特定多数に対する言及だけか。日本国内で活躍する批評家か、全世界的にヒットした作品を生み出した監督か。社会的評価の違い。味方についた人がどの程度いたか、それが大きく報じられたかどうか。「不正義」とされるものは白か黒かではなく様々なグラデーション存在し、「灰色は白である」=推定無罪価値観あくま刑事事件公的権力市民を罰する際に発生するものであり、このような違いが発生するのは当然である。だが一方で、ジェームズ・ガン擁護されるのに、『二度目の人生を異世界で』の原作者「まいん」氏が炎上した挙げ句アニメ化が中止になるのは当然であるとされる。問題発言が日本における大きな政治的争点かどうか、という違いはあるが、それ以上に大きな違いは、2人がどんな作品を書いていたか、と言ってしまっても差し支えないのではないか、と個人的には思っている。一方で、慰安婦揶揄していた「月曜日のたわわ」の比村奇石はさほど炎上せずに未だに活動を続けている。比村奇石炎上しないのは不思議だなと思っているが、とはいえ自分自身、「うっわー気持ち悪いことしかやってねーなこの人、でもめっちゃエロい作品書くな。もっとやれ」って思いながら毎週月曜日を楽しみにしている。しかし本当に邪悪

雑多になってしまったが、何が言いたいかというと、me tooというのは「何が正しいか」ではなく「どんなかたちの正義を指示するか」というある種の価値観、雑な表現であるところの「政治的態度」を求められている。正義に対するコミットメントである。だが正義一枚岩ではなく、黒と白の間には無限グラデーション存在し、結果me tooのような価値観はある種のダブルスタンダードを許容する。

社会において「理性的判断」というのは存在せず、人間社会のなかでしか行動ができず、社会のなかで行動するなら結果的社会コミットしなければならない。あたか村上春樹デタッチメントからコミットメントへの転換をした(「せざるを得なかった」と言っていいのかは、正直わからない)ように、これはある種当たり前のことなのだが、その事実を前に困惑するひとは少なからずいるのではないか、と思っている。自分比較的その変化を受け入れている側の人間ではあると思うが、困惑する人間がいるのはよくわかる。人間矛盾する生き物だからね。

だがはあちゅうてめーは駄目だ。

2018-08-25

私刑について

「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。 」

日本国憲法31条に明確に規定されているこの言葉は、いくらか人によって解釈が違う。例えば刑事罰於いて犯罪者に対し口頭での罰や晒し刑などは当然存在せず、また誹謗中傷の類は生命或いは自由を奪うものではないとして、ネットリンチ正当化するものがいる。(ただし31条に関係なく名誉毀損罪として訴えられるケースは多々ある)不倫報道が出れば当たり前のようにネット中で罵詈雑言が書き込まれしかもそれが正義などと囃されたりする。

何度も人に言ってきたことだろうが、上記の通り法律手続きなくして個人個人他者を不当に罰することは法律上認められるものではないことを忘れている人間が少なからずいるようであるネット私刑と言ってネット上での私刑行為問題視する動きもあるが、時折それはネット上でのみ私刑が行われるというような、問題をある概念に閉じ込めてしま不可思議ロジックを感じることがあるためここに明言しておきたい。ネット以外でも私刑というのは存在する。

姦通が行われて、復讐のために一方が他方を害するというのはときおり聞く話である。(弁護士局部切断事件((某大学法科大学院に通う青年が、妻の浮気相手である男の局部を切断した事件))が一例)ただ、この場合強姦されたと勘違いした男側の凶行だったそうだが、率直に言って、強姦であっても私刑が認められるということはありえない。強姦から、大切な人を殺されたから、自分尊厳を著しく傷つけられたから……感情的には理解できる理由だし、被害者権利などを損なうつもりもなく、また加害者を守ろうという意志もない。ただ私刑がいけない。というより、これらは私刑でもなんでもなく明確な「犯罪である。当然、それを行った人間は(さらにいえば、そこが正当な法治国家であるなら)他の犯罪者と同様に裁かれる。

ただし、裁判において情状酌量がないわけではない。例えば尊属殺重罰規定違憲判決(実父殺害事件((実父から恒常的に性交渉を迫られて、父との子供まで出産夫婦同然の関係を強いられていた女性父親殺害した事件)))のさいには被疑者側の事情や心情などを斟酌して、合憲違憲判断に関わらず、すべての裁判所が能う限り量刑を軽くする方針を示し、その過程において尊属殺の法令見直し違憲に至ったという事例があるし、平たく言えば、裁判だって鬼ではない。同じ犯罪であっても同情の余地がないものは重刑となるし、上記の通り減刑されることもあるだろう。

一体なにが言いたいかと言うと、被害者、あるいは被害者親族加害者間に於ける私刑は、それが行われた時点で法律上明確な「犯罪」として認識され、刑法に則った判決が下されるということ、第二に、私刑という観点からのみ指摘できる事由ではないこと、第三に一般的にそれは個人個人との事件であるということである親族を殺されたもの復讐のために加害者を殺せば当然罪に問われるし、そのさい殺害に至った様々な問題メディアリンチ経済的精神的な救済の不十分)が見直される。さらに言い及ぶなら、すべての復讐殺人などをなくそうというのは極端に言ってすべての犯罪をなくそうと言うようなもので、私刑のような一義的観点から捉えられるものではないものの、明確な「悪行」として判断できる事由として扱える。

栃木実父殺害事件がどれだけ同情の余地があろうと無罪になることは決してない。あの京都認知症殺害心中未遂事件でさえ、刑は執行されたのである。さきほど法律は鬼ではないと言ったが、だからといって温情に充ちているわけでもない。設けられた基準範囲内で酌量するだけのことである

ところが、第三者アジテーションの如く私刑を推進したり、「この事例に於ける私刑はいいけど、この事例に於ける私刑ダメ!」などと何故か私刑差別化しているような人間をままみる。全部駄目だ。

ネット以外でも私刑があるとは言ったものの、それが私みたいな一庶民にまで広がってくるツールはだいたいネットで、こんな日記を書き出したのも「不倫をしたやつにはこうしてやれ!」という攻撃的な文体とともに男性器(おそらく偽物と思われる)を女性ジャンプして踏みつけ続けるという奇天烈動画を見てしまたかである最初も私は「なんだ、過激ジョークだ」と笑っていたが、それに寄せられた一連のコメントを見ても冗談ごとではないようだった。しか動画投稿した人の(動画自体は拾い物らしいが……)発言が「女の方が男より二倍浮気をしやすい。だから、女が浮気したときは熱した金属を流し込め」などというもので、ひどく戦慄した。もちろん、こんなものは広いネット世界におけるごくごく一部の一例にしか過ぎない。だからネット上、引いて現実でこのような復讐が認められているなどとは思わない。

けれども、どこかしら皆「悪人なら攻撃したっていいだろう」と思うところがあるかもしれない。しかし、それは間違いである。どんな理由があるにせよ悪行は悪行である。「あいつムカつくから攻撃してやろうぜ」というのと全く変わらない。いじめられる方が悪いなどと言って逃げる場合もあるが、いじめ自体が悪いということに変わりがない。どれほど正当化したところで絶対の誤りである

世間は非常に大きなうねりを持った流動的な性質があるので、一個人の考え方だけが改まってもしようがない面がある。だからこそ線引が難しい。私刑を撲滅したいからと言って一人ひとりの言論や行動に政府法律が過干渉すれば、それはディストピアである。ただ、逆説的に言及すると、ディストピアにせざるを得ないような民衆が力を持っているのも考えもので、人によっては、ある程度制限された世界のほうがずっと平和のように思うかもしれないのである。それはネットによって個人個人情報発信能力を持つことで、なんの権力地位ももたない一般人も、言動論理性、道徳的な真偽など情報発信するもの必然の悩みを抱えなければならないからこそ、より切実に考えられるべき問題なのであるネット私刑なんてものは、人々が出す機会もなかった攻撃性や偏狭視点顕在化した結果生まれ単語であり、その本質には一部の人間が私刑を……もっと悪質であれば、自分ストレスの発散のために他人を陥れることを良しとしていることにある。それに対抗するためには、その考えを持つ個人糾弾するのではなく、その考え自体批判しようという姿勢大事だ。「罪を憎んで人を憎まず」と言う言葉には深い含蓄が込められており、この私刑問題を考えることによって再確認することができるだろう。

こういうことを聞いて少しは反省するもの、この考えに肯い「そうだそうだ」と声を上げるもの犯罪者がいるなら石を投げるのが正義だと考えるもの、いろいろいるだろう。もしこの文章を見て少しは私刑を改めようと思ったとき、こういう風に考えてみてほしい。

自分は知らず知らずのうち、こうした行為をやってしまってはいいか」と。

私もそうするようにしている。これは悪いんだなー、なんて悪いやつだ、と考える前に自省する。これがとても重要である窃盗をしたもの馬鹿だと笑ってみても、よくよく思い出せば幼少期に、冗談ごとで済まされたとは言え窃盗じみた行為をしていたかも知れないし、いじめは良くないと憤る人が、いじめまがいの行為無意識にしてしまっていたということもありうる。罪を犯さない人は理想的だが、そうそうそんな人は現れない。ぜひ、私刑を嫌う人も考えてみてほしい。「私刑を嫌った結果、私刑を行う人々に、また私刑じみた行為を働いてはいないだろうか」。殴る、蹴る、罵詈雑言を吐く、情報が消えづらいネット個人情報を流す、ありもしない話をまことしやかに流布する……。こんなものはすべて私刑である

余談だが不倫事件話題になったベッキー川谷絵音氏の事件で、ネット上に不倫が許せないあまり過剰な罵詈雑言散見されることに苦言を呈していた増田へ、「不倫したいからそんなこと言うんだろう」とか「不倫しなきゃいいじゃん」とか、「人の性だから仕方ない」とかいコメントがつけられていて驚いたことがある。きっとあの増田にとっても予想外のコメントだったと察されるが、それらのコメントを見てどのようなことを思ったのだろうか……。

2018-08-24

anond:20180823162846

歴史だなんだという話は散見されるのでいうまでもない。

冒頭に脱線するがヤクザ様式についてマインドセットを準備したい。

第一に、ヤクザはなぜ金ぴかファッションで高級外車なのか。

個人価値を見てわからせるためである

金持ち服装に金をかけないという話は自己啓発本セミナー系の情報で見かける。

実際金のかかった服はあるだろうし平均以上であるかもしれない。

しかしよくわからない模様の布地で金のチェーンをして黒塗りの高級外車を乗り回さない。

金持ちであることをわざわざ毎回広告する必要がないし、外見と存在で金を稼いでいるわけではないためだ。

ではななぜヤクザは見た目で高級感を出すのか。それは高級感が目的ではなく「1番」であることを主張したいがためである

実際の統計で数値的に1番というものではない。庶民や噂などを流布する層の一般想像しうる「一番のもの」を選択する。

それは使用者必然的に「1番」になるためである

ここにタトゥー入れ墨問題もつながってくる。一旦派手の話はここまで。

二番目に、ヤクザというのは実際金があるからそういうものを買っているだけ、ではない。

商売の種類として見た目でするものであるから広告業者が広告を出しているのとおなじ。

ラーメン屋の賄いがラーメンなのと同じ。一番をコレクションしている人間である必要のために持ち物が一番なだけなのである

商売としては不人気商売被差別商売問題解決非合法)、貸金業非合法)などを行ったりするにあたり、問題解決に使うのが「1番」である

1番高級な服を着て、1番高級純金アクセサリをして、1番高級外車に乗っている1番のおやっさんの言うことが、なぜ聞けないという交渉方法

1番がものを言っているのだから黙れよ、1番の下には2番以降が控えているんですがそれらが何番かわからないあなたの上にのしかかってきますよ、困りませんか?という方法だ。

それはもちろん困らせに来るのだから困るだろう。

しかも1番と言われて実質なにかしら1番(実質の1位ではなく想像できる最上位の類のもの)を身についけている人間、ほぼ人物として1番であるという人間との交渉だ。

貸付金の取り立てや問題和解商売の風説などは実際に商品価値が高ければとか確実であれば法に則って正規解決ができる、というものではない。

関係者の譲歩を引き出したりした結果、合意を得られた時点でのもので、合意の後の責任も果たせる範囲強要されることはない。

強引に法的に取り立てたりすることはできるが法的回避方法がないわけでもない。

それを逃がさず大きな取り立てで強制的回避できない方法で介入してくるとなると、それは太刀打ちできると判断される相手では物足りない。

「1番」がそれを執り行ってくるのだから、勝てないという精神的な屈服感を与える必要がある。

ここまでの「1番」や「高級」はイメージ問題で、その価値基準一般市場に支えられているものから庶民から目線でそうみえるようにということである

この話を私がしたところで、「私に」それがどうしたんだ、意味のない、という意見は寄せられるだろう。私もおなじ庶民なのでそう言われても仕方がない。

では実際にそういう格好をしている人に言えばいいじゃないか、と私が同じ庶民として進言すると、できるだろうか?

アルマーニスーツきて純金の喜平ぐるぐる巻いてでかいベンツ乗ってるけどなんなん?借金の取り立てを明らかに回りに迷惑がかかる方法でしてくるのは違法ってわかってんの?水商売とかくだらん仕事しやがって」

といえるかどうかである。言えないような仕組みのために、その仕事で幅をきかせるためにそのような恰好をしているのである

ここで服は借りて着まわせばだれでもそのポストにつくことはできる。それよりも上の人としての価値(前述までの高級感)を上げるにはどうするか。

入れ墨である。体に特徴を持たせるのである顔面の傷などもそうである。指がないといったものもそうである

ここでまた話は脱線するが、僧侶坊主である。なぜか。特徴をなくすためである個人ではなく組織としての一部であるためである

また、僧侶結婚しない社会的生産をしない、継続をしない。するために自分資産、持ち物を必要とする社会生活をしない。そのために自分の行動や行為独善的ものをできるだけ排除してある。

僧侶が親切をしてくる、教えを説くのは独善的ものはできるだけ含まれていないという証明のためである

何々をしなさい、という教えは僧侶収益をあげ資産を築くためではない。個人として利益を得るためでもない。宗教収益を与えるためではなく歴史の蓄積と人としての最善な選択への補助であることのためである

この意味がもはや失われ自由化されているが、人がわざわざそのような立場に置かれる必要性もなくなっているためこの習慣が失われるとともに、人がそこに位置する意味理解も失われている。

これとまったく逆が、超個性化であるファッションで一番めだつ、はだかになってもだれかわかる特徴をもつ、莫大な財産を築くことである

ただのマークではなくそこにメッセージを込めるというタトゥー入れ墨がその立場を示すというだけであればファッションとなりえる。

海外ファッションになっているのは、人がどんな命を込めたメッセージでも、簡単否定もできるし批判される側もその程度だと理解している。

個人がどれだけ大切に思って居ようが他人からしてみればゴミ同然なことが相互理解されているのだ。

なので大事だというもの相手にとっては大事なのだろうという理解もある。

主義主張否定されると、日本では囲まれボコられるという最終結果についてその順位と内容を吟味する必要がある。

外国人入れ墨個性の主張がなぜ自由なのかというと、最終的に銃撃戦で決着をつけることができるからだ。

入れ墨問題があるか、入れている名前バカにされたり、すてきだと言われたりする。その個人に踏み込んで問題がおきたとき最大の解決方法は殺し合いである。

最終的に相手を殺すことで決着するというのは対人の交渉でほぼ最大にして最終的に近い。これを緊急的にとはいえ選択できる状態、銃の携行があるということは、各個人自由はかなりの広さで主張できて、相手もそれをまず認める方向になりえるし、ならざるを得ない。

その二番手である「かこんでボコる」ができるというのは組織力、どこに組織しているか組織を指摘してくるかということである

タトゥー入れ墨を入れることができる、入れている、そういう側というなんとなくの組織感と、個人特別な主張をしているという表現、これに銃を持たない入れ墨をしていない服装ふつう人間が並んで立つと、どうなるだろうか。

どうもならなければ問題がないが、一旦会話が始まってしまったり交流したり、交渉が発生したときにどうなるかは考えないだろうか。

隣に立っている人間だとしても、一生なにも関係性は発生しないという安心感を持てるだろうか。

いま現時点でとなりにいる時点で因縁を感じざるを得ないしなんらかの問題が発生することを危惧されないだろうか。

そうなったとき、見た目やファッション、そしてタトゥー入れ墨個人発言などに影響を及ぼしてくると想像される。

「おまえの一番愛するもの名前をきざんでもいないやつがそれ本当に大事といえるの?ちょっと貸してくれや」と交渉をされたとき

「命を賭してまもると決めてますんで」といえるだろうか。そしてまもるための最終手段を持っているだろうか。

持っていないという不安につけこんで、最大限安全な退路の選択をさせられ不利益を与えられる可能性が危惧されないだろうか。

「されない、どんな暴力にも屈さないし9条が守ってくれる」というならそれで守れるだろう。

しかし、実際ここで殴られた、引きはがされた、もっていかれたを解決できないかもしれないという不安が一瞬よぎったら、そこにあらゆる1番が押し掛けてくる。

たたみこんでくるように準備されているものと、突発的に不安事象と遭遇する一般人、これで平等交渉がなされるだろうかといえば不安ではないか

からタトゥー入れ墨ダメなんだ、という現状はある。しかし私も完全否定はではないし、好みで選択すればとは思う。

それについてはその不平等交渉の発生のために自分を飾るということが無ければという前提のもとにだ。

メメント、などである。忘れてしまうから体に刻んだなどである

先般のりゅうちぇるについても、親が龍を背負っていたか自分はどうなった、というわけでもなく、龍をせおった父親はほかの父親の息子に対する愛よりふかかったのか、といえるわけではないはずである

入れ墨をいれていない父親はよわいのでくじけておれるだろうが、芸能人になれた僕の父親ドラゴン入れ墨をしていた、と言えるのか。

どうしてパパは僕を応援するために入れ墨をしてくれないの?などと子供が言い出したりするような言い回しでなければ、だ。

パパは弱くて忘れっぽいので、みんなとずっと一緒であることを忘れないために刻んだんだ、といえば、私も同情の念を抱かざるを得ない。

https://twitter.com/Miyki_Ono/status/1032259138384887813

まさにこれ、強くてパワーがあるのを嫉妬してるんでしょ、一番が怖いんでしょ、うらやましいんでしょ、という輩がでてくる。

こういった威力を感じて有用性を感じる人間が、ただ自分が満足するために体にほった名前ではない、人にみせて何かに使うため、少なくとも羨望や嫉妬を招くためにしているという前提を持つことが問題である

それを交渉につかう、少なくとも現在SNS自己の優位性主張のために利用しているという、この利用のために使われるべきものではないという事である

それを使うから否定され敬遠さえるという事自体に気が付くべきだ。

個人の思いれだけの話である、という相互理解入れ墨を見て、ほんとに守るべきと感じたならだれでも最終手段を持ち出せる、それが自由平等立場である、という環境からこそ広くタトゥー入れ墨が公に一般化している社会もある。

いまの日本では、より強い主張というものがあり、より多くの人間威力としてあるぞという主張のために使われたり、それを手段として準備をするという優位性を感じて満足しようとする部分がある。

その差別性についての精神に、差別を指摘され差別されるべきところではある。結果として人には差があるという主張にブーメラン差別をされるべきという平等性がある。

なぜなら個人暴力によって解決をするという手段がもとより否定されはく奪されているかである。銃や武器の携行の否定復讐や実被害未然の防衛のための無力化攻撃否定などである

日本タトゥー入れ墨するなら、自分が弱いからという主張か、絶対に見せないという前提がなければむつかしいという現状くらいはわかったうえで

それでもなお入れざるを得ないという状況に自分差し迫っているということでもなければ主張はできないだろう。

タトゥー入れ墨をしているほかの人間もみな平等自分の思いを主張しているわけではない。

隠していたり弱さゆえだったり、知らないところに入れている人間はいるだろう。それらを全員掘り起こして否定したいわけでもない。

主張をするなら、日本では反発をうける、その理由は前述のとおりで、それを超えて受け入れられ主張をしたいのではれば、方法としてなくはない、ということである

子供になぜパパは一番じゃないの?最高はあらゆる高級品と体に印があって家族を愛してくれてるけど、うちにはなにがあるの?と聞かれて、答えるすべを庶民に残しているかということである

そして現状、主張をするほとんどが、否定される方向で努力をしているということでもある。

2018-08-22

anond:20160514211455

この枕狐ってのは相当おかし言動散見するけど、最初に絡んでた男もネチっこいよ。つーか気持ち悪い。

同人作家艦これにハマッて原稿に手が付かないってのがご不満のようだけど、そこに勘違いがある。

やりたいことをガマンして机に向かったら原稿が描けるようになる、という勝手思い込みがある。

気分が乗らない時は本当に描けないよ、絵描きなんか。やる気が起きるまで待つしかない。

プロですらそうなんだからアマセミプロにそんな期待するんなよ。

2018-08-21

anond:20180821073343

誰々の話でした、でまた聞き紹介など情報二次利用をする方もする方の立場も守ることができるのに

情報利用者観測点の情報特定押し付けしまうことになったり

理論上よい話なのだからなくてもよい→実在しない情報の利用についての責任制→自己責任回避のための攻撃的態度

という状況により口悪く相手にとって受け取られ方が心地よくなくなるような言葉選びでの返答を誘発させることになるのは散見されるところです。

これはよく理想を追い求める強力な指導者破綻している論理に向かって強行する姿勢物語などでも表されます

これをネガティブ思想と考えず、そういった態度で自身を守ることができると考える方が出てきてしまっているようにも見えます

物語実在しない盲目的に服従する下位の支持者、実務者がいるのですがネットではその数がなくとも、気分的にあるような気持ちになれている所や

匿名であることがその状況に近い高揚感を持たせていると思います

実際に、言葉優しく足りない部分を指摘してくれていれば、嘘も方便かと思うのですが、事実自身のとられた態度について

どのような意図で、どのような行動規範で、何の証明のためにされているのか、お考えいただきたいです。

「ただ自分気持ちがよくなるから」という返答を折り返しご自身が受ける事になったときお気持ちも予想されつつ、どのような意図お話しをされる相手に与えることになるか

言葉を選びやすくなる情報であるものをお選びになられるようになればと思います

自身の支持される情報源が嘘ではないか信じていいのか裏切られたとき自身保護しないといけないのではないかという不安とともに良い話をお話しされるより

だれかにお話しされるとき安心してご自身への回帰を受け流せる発信の仕方である情報をご利用されることを願っております

2018-08-20

anond:20180819025305

ブコメにも散見されるけど、

監督で選ぶ>>>俳優で選ぶ

みたいな優劣のニュアンスってなんなんだろうな

別に監督ファン特定の人を応援したいか映画館お金落とすことに変わりないだろうに

単純に面白さがーって言うのも、単純に顔をずっと観てたいのと変わりなくない?

だいたい、吉田大八とか黒沢清とかウェスアンダーソンとか、日本じゃマイナー映画館収入のほんの一部でしかないんだから、そういう映画監督ファン山P見にコードブルー観る客に対して感謝しなきゃいけないはずなんだよな本当なら

だって本屋さんが漫画雑誌の売り上げで維持できてるのと同じように映画館だってそういう客がメインで支えられてるんだから

それを自分より品性がないものだとマウンティングするのはちゃんちゃらおかしいよ

そう思わない?

2018-08-17

VTuber失望論の滑稽さ

バーチャルユーチューバー(VTuber)のブームが落ち着きつつある。

最近だとGREEVTuber関連の大きめの事業を展開したりしていて、まだまだ金のにおいはするみたいだが、

ともあれネット文化としての勢いは確実に落ちてきた。

で、落ち着いてくると、「あれだけ新しい文化みたいに喧伝しておいてそれだけかよ」という

VTuber失望論みたいなものTwitterや5chで散見されるようになった。

彼らの多くは元VTuberファンで、自分の期待を裏切られたのが気に食わないようだ。

かにブーム初期の、

これは全く斬新で、VRが充実した今だからできる最先端文化で、VRから世界の縛りにとらわれず何でもできちゃう!!

というのじゃおじことねこますあたりの文言を真に受けてしまうと、

現在生主主体で、機材は貧弱で、VRらしさなんてみじんもないVTuber界隈は失望ものだろう。

でも、そんなこと、目に見えてただろう。

VTuberが注目されたのが「ガワを被ればアニメキャラのように振る舞え、扱われる」点だった時点で、こうなるのは決定事項だった。

シロ・アカリキズナアイキャラビジネスモデルに注目したし、ねこますはこの辺とは全く無関係モチベーションから動画を上げていたので、

四天王とか言われている時期は今の兆候は表れなかったけれど。

でも世間の印象は完全に「ガワを被って人気者!」で、生主が興味を持つには十分だったし、視聴者側もそれを受け入れる土壌が出来上がっていた。

まりVTuberがやたら注目され期待された時、この時に界隈の将来が定まった。

VTuberが新しい文化だなんて感じたのはブームの波に乗ってやってきた人たちだろうが、

その時期からレールの上を走ってるだけのVTuber界を見て「こんなはずじゃない!」と嘆くのはちょっと滑稽に感じる。

2018-08-14

xevra「日本なんか5年後から子供達がバタバタ白血病で多量に死に出す

b:id:xevra 日本なんか5年後から子供達がバタバタ白血病で多量に死に出す。30年後、全員死んだ頃に政府フクシマが原因だと認めるだろう。人類史上最悪の放射能汚染国で生き延びるには頭オカシイ奴らの攻撃スルー力必須

http://b.hatena.ne.jp/xevra/20111230

魚拓 https://megalodon.jp/2018-0814-1403-41/b.hatena.ne.jp/xevra/20111230


7年近く経ってるが、白血病で多量に死に出してる統計とかあるのか?

ほんと人間のクズだよなこいつ


======追記======


b:id:TakahashiMasaki id:xevraくそゴミ虫え●非●なのは事実だが 匿名ダイアリー卑怯攻撃するのも最低である

b:id:kote2kote2 匿名特定の人を叩くのとどっちがクズなのかな

白血病だの何だのでデマ流す方がクズに決まってるだろう

言わなきゃ分からないことか?

当のxevraはバカみてーな言い訳してて笑うが

b:id:xevra 被害が少なかったのは放射能の飛散量が予想よりかなり抑えられたというのが大きい。でもこれはたまたま4号機プールの冷却に失敗してたら日本全滅だった。最悪の事態を想定しておくのは重要ゆっくりしていってね

今後コレのことは「白血病日本の子供はバタバタ死ぬというデマを流して訂正も謝罪もしない真正カスのxevra」でいいと思う

先生とか言ってカス調子に乗らせた連中の罪は重いと思うよ

はっきり言うけどもう退場しろよ、大脳が壊れてるxevra


======追記2======

b:id:xevra 今日名言「ぜひ一緒に死んでください!」5年後福島の子供達が白血病で次々死んだら福島安全厨どもは全員腹切って死ね。死んでも許されないが/敵は東電経産省である事を国民全員が理解しないと悲劇が止まらない

http://b.hatena.ne.jp/entry/70391057/comment/xevra

魚拓 https://megalodon.jp/2018-0814-1828-13/b.hatena.ne.jp/entry/70391057/comment/xevra


腹切って死ねだの威勢がいいことだな

貴様自身妄言責任をどう取るんだ?

相手には腹切って死ねと言うのに自分はしないのか?


======追記3======

おい、xevraのコメントに星付けてる以下のIDはどういう見解なんだ?

xevraに賛成ってことか? 言ってみろよ

言っておくが俺は福島を蔑んだxevraを許すつもりは毛頭無いぞ


b:id:inferio

b:id:murasakizarumurasakizaru

b:id:c1rcc1rc

b:id:takayoztakayoz

b:id:arearekorekorearearekorekore

b:id:since164since164

b:id:sisoptsisopt


非表示しろと言っているやつに聞きたいんだが、俺がxevraを非表示にしたらxevraのヘイト発言世界から消えて無くなるのか? 違うだろ

あいつの発言の誤りを指摘したら某先生のようになる? そこまで俺が知るかよ ヘイト発言撒き散らしておきながら批判は受け付けないって何様だ

単に非表示にして自分の目に入らないようにすればいい!っていうスタンスなら、同じ口で二度と他人政治家学者作家企業人・etc)の発言批判するなよ?


b:id:humid あの収束前の専門家さえ先行きが見えない抜き差しならない状況で様々な機材や物資を船で届ける作戦に志願してくれた私の弟を含む自衛隊米軍の方々は一生尊敬するわ。でもxevra先生道化師から別にええんでない?

貴様が「道化師から別にええ」と思うのは勝手だが、そのクソ見解を俺が受け入れなければならない理由は無い

それこそ誰かが言っていたが杉田水脈発言を「あれはああいう人だから〜」と擁護する自民議員と1ミリも変わらんな


b:id:masumizaru なら運営違反報告すればいいじゃん。はてな利用規約迷惑行為誹謗中傷を明確に禁止してるんだから。俺はしたことあるよ(対応されなかったけど)

貴様ヘイト発言への抗議に対して「なら裁判所申し立てればいいじゃん。日本国の法律侮辱名誉毀損を明確に禁止してるんだから」というクソ理屈を受け入れるのか?

これに限らず、他のことに置き換えてみればいかに狂ったことをほざいてxevraを擁護してるか分かるだろう… というコメント散見されるな


b:id:j3q この人が責任とって腹切らなきゃいけないんだとしたら、国会官公庁から人がいなくなりそうだな。目くそ鼻くそ攻撃する風景お盆ならでわ

俺の発言がどう「目くそ鼻くそ」なのか、どう「お盆」と関係あるのか抜かしてみろよカス

盆じゃなかったらxevraのヘイト発言が正しくなるのか? 口からクソ垂れるのは自分の家のトイレだけにしとけ


b:id:flowing_chocolate 5年後の推測を外したらクズ呼ばわりされるのは解せない。

お前には上記引用のxevraのコメントと今現在の態度が「5年後の推測を外しただけ」に見えてるのか? 眼球と視神経と大脳のどこに異常があるんだ?


b:id:yamatedolphin xevra氏を弁護する訳じゃないけど、当時はこういうコメが受け入れられる状況にあったわけで、氏のみの罪とするのはどうか、と。(放射能など関係ない地域ガレキの移動すら反対運動にあってたからねえ。)

本当に「同じ派閥政党政治家発言かば政治家」と全く同じ物言いだね

百歩譲って当時そういう空気だったとして、今も当時の誤った発言を訂正も謝罪もしていない点についてはどうお考えなんですかねぇ〜


======で、結局======


個別の糞ブクマに返信するのはキリが無いので今日はいったんやめるが

当のxevra大先生はご自分発言に対して訂正も謝罪もしないんですかね?

もっともご本人は他人に対して

全員腹切って死ね。死んでも許されないが

と仰ってるので、まさか自分だけは訂正したり謝ったりした程度で許されるとは思っていないでしょうがねえ〜

口先だけは達者で自分責任は一切取らずにダンマリ決め込む、本当に恥知らずゴミだということは無いですよねえ?

しっかり運動瞑想睡眠して野菜350グラム食ってから考えてくださいな

2018-08-13

翁長雄志津川雅彦、両氏の死についてのツイート分析し、左右どち

http://www.po-jama-people.info/entry/2018/08/12/113435

データを出すという姿勢はいいと思うので、検証のためダウソして目視中。

増田はこの筆者とは違い右よりなので、逆方向にバイアスがかかっていることを付言しておく。

筆者の人は、その20件と19件を箇条書きで出してくれると超助かるな、とおもいましたまる

2018-08-12

甲子園熱中症議論、とっちらかってない?

会議の途中で「あ、これgdgdで終わるやつだ」と感じる瞬間に似ている。

個人的論点を整理したかったので。

(背景としては今年の異常な猛暑と、オリンピック問題と相乗したこと話題が大きくなっているのでしょう。)

熱中症で人が死んだくらいじゃ甲子園やめるわけないよな?

熱中症の被害者が出ても、夏の甲子園が絶対になくならない事情 (1/7) - ITmedia ビジネスオンライン

熱中症、日射病の疑い7人/甲子園 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ)

夏の甲子園 熱中症で球審が急きょ交代 | NHKニュース

論点1

まず、「今までも大丈夫だったからこれから大丈夫だろ」派 vs

「今までもダメだったか対策すべし」派 + 「今年は猛暑から中止か、特別対応すべきだろ」派

調べてみると、確かに結構から甲子園熱中症問題議論されている様子。識者からすれば「今更」なのかもしれませんね。

結局は今年も普通に開催されたわけですが、慎重派の懸念通り体調不良者は出ているようですね。

個人意見としては来年以降、何かしら追加の対策を期待します。

健康面はもちろんですが、気候のせいでパフォーマンスを落とすのはアスリートとして望ましくないでしょう。

目にした対策案としては「時期をずらす」「時間をずらす」「ドーム開催する」など。

良いと思います。が、地方大会も含むとかなり大規模な大会なので、「簡単に言ってくれるなぁ」という意見もわかります

甲子園 熱中症対策で試合中に初の休憩と給水 | NHKニュース

↑こういうのでもいいんですよ、できることから改善して欲しいところ。

論点2

部活任意参加、自己責任」派 vs 「あれは強制参加」派

後述するコミケ問題にも関連するのですが、参加する本人の自由意志に関する論点

かに高校では部活任意参加のはず。大会にも自分意思で参加しているのだから

体調不良になろうと自己責任というロジック。なるほど、一理あります

一方で強制参加という考え方。まず甲子園大会に巻き込まれるのは野球部だけではありません。

応援に駆り出されるブラスバンド(吹奏楽部)や一般生徒(私も経験あります)はどうでしょう

野球部と吹奏楽部に関しては晴れの舞台なので承知の上とも取れますが、

仮に体調面に不安のある部員がいて「甲子園は参加したくない」と思ったとして「甲子園だけは不参加」が通るのでしょうか。

通ったとして、この日本という国でその後不利益を被らない保証はあるのでしょうか。

そもそも高校生とはいまだ子供。そこまで自己主張できるのでしょうか。

単に高校野球楽器がしたく部活に入るだけで健康リスクのある大会に駆り出される、と考えると問題はありそうです。

(ちなみに一般生徒だった自分応援強制参加だったと記憶してます

と、ここまではいいんですよ。ちゃん議論になってて、どちらの意見理解できます

問題は次。

論点3

スポーツ vs オタク

コミケ熱中症ダブスタ

これがさっぱり分からない。

ブコメなど見ていると、「オタク野球部が嫌いだから甲子園を潰そうとしている」という意見散見されるのですが、

これって何か元ネタになる人とか記事があるんですかね?唐突感がすごくて最初2度見しちゃいました。

私も漫画アニメはよく見ますが、周りで野球をそこまで憎んでいる人間は知らないです。

というか、「野球回」があるのはコメディ系の作品あるあるですし、オタクが一番好きなスポーツ野球、まであるでしょ。

なぜこのような対立に持ち込もうとしているのかがよく分かりません。

コミケ #C94 倒れて運ばれる人が続出 - Togetter

で、次に出てくるのが「コミケ熱中症対策できてないかオタク甲子園叩きはダブスタ」論です。

論点2 の自己責任論の延長と考えれば分からなくもないのですが、「だから甲子園OK」とはならないですよね。

そもそも気になっていたのが「甲子園熱中症議論は誰のためのものか?」という点。

私は当然、高校生の健康のためだと思うのですが、どうもオタク対立を煽っている人にとっては

甲子園という「システム」(もしかすると「娯楽」)に対する「攻撃」だと捉えている節があるように思います

だって、「コミケ熱中症対策をして欲しい」というのは参加者や参加サークルのためになるもので、

彼らオタクから出てくるはずの言葉です。自身のためなのですから、それは「自己批判」ではなくただの「要望」。

これが不統一でも、普通ダブルスタンダードとは呼ばないでしょう。

念のため書いておくと、私も甲子園と同様、コミケでもできる限りの対策をすべきだと思います

視点を戻せば、「甲子園当事者である高校生の意見を一番に聞くべきでは?」とも言えますね。

ここまで甲子園問題大人が熱くなるのは、あくま子供健康を気にしてのこと、だと私は思っています

子供を持つ親にすればなおさらでしょう。

おわりに

気付くとすごい長文日記になってしまいましたが、だいたい思ったことはまとめられました。

論点3 のあたりで強く感じたのが、甲子園に対する崇拝といいますか、アンタッチャブル雰囲気です。

大相撲土俵上で、救護のシチュエーションにも関わらず「女性土俵から降りなさい」とアナウンスした男性が頭をよぎります

甲子園(夏の高校野球全国大会)ってなぜくそ暑い真夏の昼間に... - Yahoo!知恵袋

↑かなり前の記事ですし極端な人間だとは思いますが、このベストアンサーみたいな人もいるんですよね・・・

プロ以外のスポーツあくま選手のためのもの学校のためでも、周りの大人のためでも、ましてや神事でもありません。

高校球児のために、より良い大会にしていくべきだと思いませんか。

2018-08-10

anond:20180809135859

学校の校舎は場当たり的に増築されることが多々あるのでそういうの散見される

はてなー創作作品にたいして軽視がひどい

前略、主語が大きい

「試しに抱いてみます? ほれほれ」 自分アピール不器用すぎる後輩女子漫画にニヤニヤが止まらない のはてブ

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1808/08/news018.html

ちょい前のbuhitterでは全力で擁護してたのに、この創作作品の内容を軽んずるコメント散見するのなんでなん?

2018-08-06

女性医師が少ないのを是正するにあたり、外科特に少ないならそれ以外の科で調整すればいいだけの話であり、

外科医師の男女比をフィフティ・フィフティにする必要なんかこれっぽっちもないんだけど。

患者コストを被れという奴が散見されるけど、具体的には後期高齢者医療制度廃止という方向でよろしいか

医師免許制度が諸悪の根源かもしれない

今回の東京医大問題を見ていて、別の視点から意見を書いておきたい。

結論から言えば、「医師免許制度は廃止、または縮小することで、医療問題の多くを解決できる」ということになる。

極論を言っているように聞こえるかもしれないが、当初は私自身も「免許制廃止」は論外だと考えていた。しかし、この議論に関して調査を進めるほど、廃止論の方が正しいと思うようになった(もちろん、他の職業免許制全般に当てはまることではあるが、ここでは医師限定する)。

根拠を列挙しよう。

免許制度によって医師人口人為的抑制されている結果、1人あたりの業務量の増加・ブラック化が進展した。反対に、免許制度がない状況では医療業務従事者の供給が増加・柔軟化し、これが解消される。東京医科大の「女子受験生減点問題」は、これで解消できる。

医師国家試験不要となるため、国家試験に関する問題が解消される。東京医科大学の「浪人生減点問題」は、これで解消できる。

現代では主にAIなどのテクノロジー進歩によって、医師でなくとも可能医療業務は増加してきている。「法的に医師のみに認められているが、実際には医師以外にも可能」という業務を、他の労働者負担させることでも医師不足問題を解消できる。

医学部卒業者以外にも医療業務への参入を認めることで、雇用を拡大することができる。特に医療業務海外流出することは考えにくいため、非常に効果である

医療サービスもっと安く受けることができるようになる。特別に参入を制限された医師だけではなく、一般労働者医療業務に参入するにつれて医療サービスの原価は低下し、価格にも反映されるだろう。

医療サービス低価格化する結果、社会保障費が抑制され、政府財政にも少なからプラス効果が及ぶだろう。

⑦「本物の医療サービス」が低価格化することで、インターネット上のあやしい医療情報非科学なうたい文句販売される製品による被害も減少させることが可能となるだろう。

医療に関連したサービス機器製造の発展に寄与できる。医療に関する知識が少ない人でも、機器操作を覚えるだけで医療業務提供できるようにするために、診断機器インターネットを利用した医療サービスが発展するだろう。

 

想定される批判に対しても、あらかじめ反論しておこう。

①「免許制度がない状況では医師の質が低下するのではないか?」と反論する人がいる。

しかし、現に業務上のミスが大きな影響を与えるにも関わらず、免許制度のない職業は多数存在し、一般論として彼・彼女仕事の質が低いとは言えない。例えば、ある種のエンジニア機械保守作業者企業経営者などが当てはまるだろう。

こういった職業政府が決めた基準を超えるためではなく、他の企業労働者に負けないために日々努力している。「免許制度がない職業に就いている人間仕事の質は低い」という主張は、大変失礼なだけでなく事実に反している。

②「免許制度には犯罪を防止、または犯罪捜査に役立つ」という意見散見される。

しかし、これは免許制度ではなく「登録制」でも可能なことである。つまり医師として業務を開始するにあたり、役所に届け出を出すだけで達成できる。事実金融業飲食業などはこうした制度になっており、十分に犯罪を抑止・摘発している。

もちろん、「試験合格した人間の方が、そうでない人間よりも倫理的に優れている」などということは決してない。

以上の論点から、現行の医師免許制度は、患者の命よりも医師収入を優先する結果になっている可能性がある。医師免許制度を完全に廃止するか、より手軽に取れるものにすることを検討することは大いに意味があると考えられる。

私はこの結論に必ずしも自信を持っているわけではないが、これを機に免許制度の是非について議論することは必要ではないだろうか。

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