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2018-05-22

50代の楽器演奏者達が地雷過ぎて辛い

クロスオーバーとかフュージョンブームの頃1020代だった人達ね。

かに若い頃は上手かったのかも知れない。

でも今は長いブランクのせいか体の衰えのせいかリズムキープすら覚束ない。

それでいて昔覚えた難しいフレーズを弾こう(叩こう)とするから破綻する。

しかもおそらく本人は破綻していることに気づいてもいない。

登山なら体がキツくなったりヒヤリハット事例が増えたりして衰えを体感できる。

将棋なら勝ち負けという形で実力を目の当たりにするので同様に衰えを体感できる。

でも音楽のような勝ち負けもなく、体力をすごく使うわけでもない趣味だと

そうした現実直視しづらいのかも知れない。

何となく気持ちよく演奏できちゃって、それでおしまい

仮に己を自覚できたとしても他の趣味のように曲のレベルを下げることもない。

ひどい時は自分でやりたいといった曲の採譜をさせようとする。

話して楽しいならまだしも、よく分からない自慢話を延々とされたりする。

昔◯◯(有名アーティスト)と一緒にやったとか

このギターはなんとかモデルのなんちゃらでうん十万とか。

接待カラオケ相手を延々させられているようで全然楽しくない。

自分楽しい趣味時間がそんなおっさん達との不毛なやりとりに消えるのが辛い。

せめておっさん達、自分演奏を録音して聴き返してみてほしい。

もしくは同世代人達とだけつるんでくれないか

セッションでそういうおっさん鉢合わせになったら諦めてさっさと帰る。

メンバー募集、応募に50代とあったら、音源を聴かせてもらう。

大概ないかあっても大昔のものだけど。

もちろん50代皆が皆ひどいわけじゃないよ。

若いからコンスタントに続けている人は上手いし謙虚だし練習熱心だし。

でもそうでない人が多すぎる。

ただでさえ若者バンド離れが進む中、この世代定年退職したら

バンド界隈はこの手のおっさんで溢れかえってしまう。

そういう自分も将来そんなおっさんにならないように気をつけたい。

2018-05-19

小学校で受けた性教育が、中学の保健体育で台無しにされた話

中学三年生に避妊を教えるのは妥当か、という話を聞き、昔と比べて性教育はこんなに後退したのかと思った。

1990年代小学生だった私は、5年生の頃に学校性教育を習った。

特に担任先生が熱心な方で、子供向けの性教育の本をたくさん買い揃えてくださった。

その本に書いてあった

性的欲求を持つことに罪悪感を持つ必要は無い」

性交自慰行為は、隠すものではないが見せびらかすものでもない」

という言葉大人になってからもよく覚えている。

(これらの言葉表現物のゾーニングに関しても重要な考え方かもしれない)

修学旅行前の、生理に関する説明も、男女で分ける事は無かった。

妊娠出産に関する授業も同じく男女一緒に体育館で受けた。先生が紙に小さな穴を明けて、光で透かして、これが卵子の大きさだと説明してくださった。

避妊の仕方も教わった。小学生のうちに、コンドーム以外の避妊法がいくつかあることも知った。

中絶の事も教わった。

その結果、男子女子も性に関する偏見ほとんど持たなかったと思う。

女の子の体の変化をからかう男の子、またはその逆の光景も見なかった。

照れ隠しに冗談めかしている風ではあったが、教師たちに、男女で異なる体の仕組みについてきちんと質問していた。子供同士である程度議論めいたものもしたと思う。

ところがこれらの教育は、中学に入ってから「隠す」方針性教育台無しにされた。

小学校時代と違って、保健体育の授業は男女別になった。

女子は残ってください」

修学旅行説明会でそう言われた。

なんで?と思った。

小学校ではそんなことを言われなかったのに。

晒し者にされたような気分だった。

女子は残れ、と言われた割に、ろくな話はされなかった。

生理うつるというのは本当です」という、疑似科学的な話でおしまいだった。

教室に戻ると男子が大騒ぎしていた。

「ねえ、なんの話をしていたの?」

ニヤニヤした笑顔でそう聞く。

ショックだったのはその中に、同じ小学校で、同じ性教育の授業を受け、真剣な顔で聞いていたはずの男子生徒もいたことだ。

生理の話だよ」

天然、とあだ名されていた女子がサラリと言ってのけると、男子たちはいわゆる「ドン引き」の顔をした。眉間にシワを寄せて敬遠するような表情がまた嫌だった。

オープンな場で性教育を行っていたときは、誰も汚らわしいという思いを持たなかったはずが、隠す方向で教えられてからは、偏見を持つようになってしまった。

中学三年生で避妊を教えるのは妥当か」

という議論がなされているということは、「隠す」方針性教育が良しとされていると言うことだろう。

そうであれば私が経験したように、子どもたちの間に、性は汚らわしいものだとか、異性に対する蔑視が生まれ続けているのだろうか。想像すると、ゾッとする。

2018-05-18

就活が辛い

私はただ今絶賛売り出し中の大学新卒就活である内定はまだない。

とにかく就活が辛い。しんどい。そう思ってる人はごまんといる。絶対いる。

でも正直今現在就活をしていない人(転職を除く)にはこの辛さはわからないと思う。人生の後輩は就活したことがないので分からないし、人生の先輩は就活をしていたとしても今とだいぶ情勢が違う。だからきっと「辛い」「しんどい」「くそ」とTLで流れてきても、よくわがんね、となるだろう。

何が辛いのかストレス発散も兼ねて六点書くことにした。先に注釈させて頂くが、あくまで今年度新卒、そして私の主観もりもりである

ついでに来年就活する子の参考になればいいと思う。といってもほとんど愚痴の掃き溜めである

人格全否定を食らう

面接に行く。面接官の方と話す。相手プロだ、褒めるのも聞き出すのもうまい(人が多い)。「笑顔が素敵ですね」「字が綺麗ですね」「ハキハキしてますね」めちゃくちゃ言われた。全部落とされた。

色々聞かれる。経歴、頑張ったこと、何をなしえたか。根掘り葉掘り、そして芋づる式に聞かれる。「すごいですね」「素晴らしいですね」くっそ言われた。全部落とされた。

向こうもこれが仕事、というのは分かっているし、そんなのどうしようもない。昨今就活生に下手に対応すればあっという間に炎上である本音と建前である。むしろ取る気のない学生の話を笑顔で聞くそスキルは本当に素晴らしい。

ただそれとこれとは全くの別問題。分かっていてもふとした時に「あんだけ聞いといて落とされた…」と思ってしまう。わかってる。相手はこれが仕事しょうがない。でもたかだか30分で私の何がわかるんだ。笑顔で聞いといたくせに。

心構えしていてもしんどい。あー就活やめたい。

②隣の芝が青く見える。

集団面接や2:2の面接説明会などでは自分以外の就活生と会う。必至である。会わない場合はない。

その時相手の話を聞いてほぼ必ず「うっわすご…無理やん…こんなすごい人がいるなら私は落ちたさよなら」と思う。大学名聞いて負けたと思わないのは東大出身者くらいではなかろうか。

学校名で気落ちしなくても、経歴や経験でだいたい滅多打ちにされる。部活主将でした、バイトリーダーです、ピアノ15年やってます海外留学してました、ボランティア活動してました、卒業研究はあれそれをしてます、等々。おまけに話上手だともうフルコンボドンである。2:2の面接場合大抵隣で真っ白に燃え尽きる。

もうとにかく周りがめちゃくちゃ優秀に見える。実際優秀である。私なんかミソッカス努力皆無蛆虫野郎である。そしてこれが①と合わさると物凄いネガティブコンボが入るのである

実際これは、「自分」と「自分以外の就活生」で対比しているので青く見えるのである。1:大多数になってしまい、その大多数の良いところを引き合いに出してしまう。結果「ありのままの1」対「パーフェクト大多数」となるので、落ち込むのである。とはいからくりがわかっていてもしんどい今日もきっと隣の人が優秀。

自由時間が少ない、遊べない

これに関しては個人差がある。就活をしながら適度に遊んでいる人もいるのでまじで個人である。ちなみに遊ぶの定義としては友人と食事に行ったり、映画を見たり、イベントに行ったり、等を指すことにする。家でゲーム程度ならできる。が、外出はここ一ヶ月一度程である

私の場合単位をきちんと取ったため大学は週一である。ただアルバイトを今まで通りに行っているために、遊べない。

友達と遊んで、午後面接、夜はそのままアルバイト☆ができる人は遊べる。私にはそんな強靭精神力はないので無理である

バイトを辞めれば遊べるのだろうが、バイトを辞めたら収入がなくなり、遊ぶお金が無くなり遊べなくなる。

まりどういうことか?そう、遊べないのである

あと私に関しては就活中に遊ぶことに関して罪悪感がある。前述した通り努力皆無蛆虫野郎なのでここで遊んでいいのか頑張ってもいないのに、と遊ぶことにストッパーが働いてしまう。

そしていろんな人に「遊んだ方がいいよ〜」「息抜き大切だよ」とアドバイスをいただくのだが、正直なところ「遊んでたら内定貰えないんですけど???」という気持ちでいっぱいである。遊んで内定貰えるなら遊ぶ。

大丈夫と言われまくる

これは歳上の人にめちゃくちゃ言われる。今就活してて〜大変なんですよ〜内定まだなくて〜、と話す時がある。そうすると大抵の人が頑張って、とともにこういうのである。「でも○○ちゃん(さん)なら大丈夫だよ」と。

全っ然全くもって大丈夫じゃないです本当にありがとうございました

頑張ってはまぁいいというか、そう言うしかないだろう。そこで「もう頑張ってますけども」とか言うつもりは無い。しかあなたなら大丈夫とは根拠もなしに何を言うのだろうか。大丈夫ではないからまだ内定がなく面接も落とされてばかりなのである。どこが大丈夫なのか教えていただきたい。

内定が取れなかった場合そう言った人は責任を取ってくれるのだろうか。否、そんなことは断じてない。取るつもりがないなら頑張れだけで止めておいてくれ。そう詰め寄りたいのを堪えて「あははー、ありがとうございます〜」と愛想笑いをするのである就活やめたい。

⑤終わりが見えない

これが一番辛い。これから就活する方は心得ておいてほしい。

大体の人が7月8月就活を終えるだろう。私も始めた時はそのつもりだった。しかしそれはとても「甘い」のである

就活受験とは全く訳が違うのである

中学高校大学受験は終わりがあった。2月3月入試があり、合否に関わらずその年度はそこでおしまいである大学受験場合浪人するかどうかはあるが、とりあえず目標としてその受験まで努力をすればいいのである。結果はどうあれ、ゴールが設定されている。

しか就活にはゴールがない。来年度まで内定がきまらなかった場合はどうなるか。簡単である、「新卒」というプレミアを剥がされ「既卒」になる。それだけである

内定が出るまで終わりはない。平均夏頃と言われるが、自分がその平均に当てはまるとは限らない。ポケモンかみなり命中率をご存知だろうか?ゲームガチャ排出率で、キャラが当たった経験は?そういうことである

とにかく未来が見えない。始まってまだ3ヶ月程度(2019年就活3月開始である)だが、これが来年も続かかもしれないと思うと鬱である

内定が取れない可能性が大いにあるので、内定がなかった場合現在アルバイト先で働きながら既卒として就活をすることはもう決めている。その旨親にも店長にも話している。

その時言われるのが④で述べた言葉だ。もはや傷口に塩、泣きっ面に蜂である。分からいから最悪のケースを考えているのだ。大丈夫なんて欠片もない。今日就活が辛い。

⑥終わったとして未来が明るくない

極めつけがこれである。無事に内定が取れたとして、昨今ホワイト企業なんてありえない。あったとして行けるのは優秀で芝が青い方だけだ。私のようなごみ溜め以下は確実に無理よりの無理である

これから企業奴隷となり、楽しいことも一切できず、定年までの40数年、人生を潰すのだと思うともはや死んだ方がマシである。いや定年まで働かせてくれるかも微妙である

働くの楽しいよ、そんな悲観しないでよ、と言われる。しかし周りを見て楽しそうに働いている社会人を私は未だかつて見たことがない。社会歯車に組み込まれ、ただただひたすら働かされる。努力して勝ち得た内定でそれなのだから、もういっそ死んでしまいたい。若く元気でなんでも出来るうちに、人生に自らの手で幕を下ろした方がいいと思うのは間違いだろうか。

まぁごみ溜め以下人間はそんなことをする勇気もないので安心してほしい。こんなことを考える暇があったら企業探しをしろ自分

つらつらと書き連ねてきたが以上六点が、就活を辛いと感じる理由である。他にもあるだろうがもうありすぎてここで止めざるを得ない。

そんな不満をブチブチと言いながら、私は今日リクスーを着て、笑顔就活をするのであるリクスーを着ている時は強気になれるので不思議だ。

夜また一人になると、泣きながら呪詛を唱え、また明日就活をする。既に社会歯車の一部になっていることを讃えながら、私は終わらない就活をするのだ。

2018-05-16

anond:20180516143258

え?みんな「おしまい」なの分かってて、それを誤魔化してるの?

それって茶番なんじゃ・・・

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

安倍真理●のうた

あーーーーー ーーーべぇま

りーーーーー ーーーーーぃ

あぁぁぁぁぁ ・・・・・・

 

おしまいです

2018-05-14

anond:20180514101933

そういうことやろな

日本は「クビになった、人生おしまいだ、クビ吊ろう」ってなるけども

2018-05-13

つらみ

将来への不安死ぬ事への恐怖、結婚できるかどうかとか、そういったものだけを普通の人は「つらいきもち」として認識しているらしいことにここ数年やっと理解が至った。自分場合はそれとはまた別の正体不明の「つらいきもち」も存在していて、これも含めて一般的な「つらいきもち」だと認識していた。みんなもそうなのかなぁと思っていたけど、違ったっぽい。これじゃ普通の人とは微妙に話が噛み合わない上に誤解されるわけだなぁと。

自分自分で、なんでそんな斜め下の解釈するんだと腹が立つ事がよくあったけど、その「斜め下」の解釈がむしろ一般的であって、自分が運悪く例外的経験をしてきた事で認識が違ってしまっていたらしい。

そしてこれまでは、自分のこの「つらい」の正体を正確に把握できた事がなかった。何故かと言うと、気持ちの原因を思い出すことが精神的に非常に苦痛だったため。

原因というのは家庭環境、養育環境のことで、学生時代にもこれについての問題意識はあった。

ふとした切っ掛けでスーザン・フォワードの「毒になる親」と出会って実際に読もうとしたけど、冒頭の数ページ読むだけで精神的に不安定になってしまい、結局その時はそのまま先には進めなかった。大学卒業後も同じことを4年くらい繰り返していた。

でも一人暮らしを始めて2年経ち、転職をしてという直後から半年間立て続けに起きた出来事対処する一環としての取り組みの結果、最近では「つらい」の比較ちゃんとした輪郭と、具体的な内容と原因が把握できつつある。「毒になる親」も最後まで目を通すことが出来たし、関連する他の書籍にも手を出せている。


自分の「つらいきもち」の正体は自分歴史的経緯から来るものだという事が確信できた。ただ、その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身だという事も段々分かってきた。

一言で表すなら「毒親の影響」ということになるけど、もう少しちゃん表現するなら次みたいになる。(まだちょっと分析甘い)

認識できている範囲の話だけど、これらが自分の「つらい」のキモのように思っている。

毒親」ってワードを使うとすぐケチ付けてくる人間いるから面倒だし、言葉暴力的ストレートから別の表現必要だと思わなくもないけど、それでもこの単語は凄く的確な表現だと思う。

幼い頃から刷り込み自己否定などの「毒」を植え付けて、親と同じ空間におらず暴言を吐かれていない瞬間でも、自主的自己否定を繰り返すよう教育することで、大人になったり独り立ちした頃には苦しみのたうち回り…みたいな。のたうち回るような元気が残ってる人がどれだけいるのかって話だけど。

虐待によるトラウマを除くと、毒親による影響で特に大きなものは親を自分に内在化してしまうことだと思う。これにより何が起こるかというと、自己否定デフォルトとしてしまうことが挙げられる。

この自己否定ポジション的には超自我かにあたるもので、本来なら自己否定なんかじゃなくて規範としてどちらかと言うとポジティブな物として機能しなくちゃいけないんだけど、親が精神的に未成熟だったり自分人生課題に対して答えを出せていないとかで不安定な場合は、「毒」を規範として植え付けられる結果になってしまうのかなと。

それがどのようにして植え付けられるのか、憶測込みだけど文字に起こしてみると案外悲しい感じになった。

思考するだけだとそんなでもなかったけど、文字に表してみるとやっぱりこう、悲しいというか、しょうもないというか、酷くがっかりする。

休日に少しでも長く寝てたり、病欠したり、平日に休暇を取ったりすると

とか頻繁に怒鳴られてたけど、あれは完全に自己紹介だったなと思う。当時はそう思う余裕は無かったなとも改めて気が付いた。

うちの場合問題の中心は父親だったんだけど一方の母親は何をしていたかというと、俺をかばうどころか、フォローするどころか、傍観をするどころか、「あの人がおかしな事をするのはお前のせいだ」と罵ってくるタイプ人間だったので、自分の両親は味方ではないという認識だった。問題のある人間問題のある人間とくっつくんだな、という気持ち

兄弟は妹がいるけど、妹は味方というよりは共通の敵を持つ他勢力みたいな認識だったな…。

去年会って話をした時には、当時俺に対して「哀れだな…」と思っていたらしい。それは俺を庇って同様の被害を被るよりずっと利口だと思うし、去年妹と会話をして結果的問題改善が進んだし、妹が逞しく成長してくれていてむしろとても助かったと思ってる。「こっちに来るんじゃねえぞ、そのままいけ…!」みたいな。ありがとう

少し前まで、どんな些細なことであっても何か考える度に最終的に「死にたい…」という結論に結びついていた。

去年あたりから自分の親は毒親だった」と認識でき始めて、更にここ1,2ヶ月は「毒親」と濁すんじゃなくて、自分経験させられた事を「親から虐待だった」と自分に対して説明することができるようになってきた。

昔と比べてかなり進歩したと思う。昔ならそんな認識は恐ろしくて出来なかった。自分はそんな酷い目には遭っていないと思いたかったんだと思う。

そして少しずつだけど、自分のことを大事にするという概念が掴めてきているような気がする。

自分のことを大事にするといえば、最近また新たに気付いた事があって、これは個人的にはかなり収穫だと思ってる。近いうちに効いてくるはず。

初めの方で書いた「その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身」の事なんだけど、これについての現時点での理解ちょっと整理したいと思う。

大きく2つあって、1つ目は、この記事中で何度か出てきている「自己否定」「毒」という存在の在り方と、これがそもそもどこから来ているかについて。

自己否定が起こるのは自己評価が低いためだと思う。じゃあ、自己評価が低いのはなぜ?という話になってくる。

自分欲求ちゃんと満たしていないためだというのはあるかもしれないけど、自分場合はそれよりも重大で根本的な問題として、延々とされ続けた親の否定的刷り込み存在が強いと思う。

から虐待人格否定を受けることで幼い子供自己認識は「自分は無力な人間ダメ人間」となり、それがそのまま人生脚本となり、無意識にそのように振る舞ってしまいそのような人間になる。

それを精神的に未熟な親が自己有効感を得るエサとして利用(虐待人格否定)し、それにより子供は更に自己無力感に陥り…という、子供にとって悪夢のような悪循環が発生する。このサイクルが「否定的刷り込み」の実態であり、毒親子供に植え付ける「自己否定」や「毒」の正体なのだと思う。

この強い自己否定感、自己無力感は、親が自身無力感精神的な不安定さをカバーするために押し付けられた親自身問題であり、こう認識してしまうともう親に対して「ぶっ転がすぞ」という気持ちでいっぱいになる。

以前は親に対してこんな認識を持つどころか「もう人生だめだ…死にたい…」となっていたのでこの気持ち進歩だと思う。

まり自分に対する自分認識は、無意識に親の自分へのニーズを反映したものであり、自分自分を正しく認識した上で自分に下している判断ではない。

内面化した親のニーズ自分を見ていたのだ!(強調したい部分)

毒親内面化してしまっている」という表現書籍ブログで何度か見かけていて、ただ実際どういう状況になっているのか全然理解できていなかったけど、この考えに至ってようやく合点がいった。であれば、ひたすらに自己否定をしてしまうのも納得がいく。親の抱える問題を解消できない限り自己否定は続くんだと思う。

からしたら本来自身が頑張らない限り親が死ぬまで未達だし、親が死んだ後であっても、内面化した親(のニーズから見て未達なので、子供無限自己否定し続けることになる。

自己否定の原因を正しく特定して認知を変えないと死ぬまで自分否定し続ける。

こんなの「毒」じゃなかったら何だっていうんだ。現代呪いじゃん。洗脳とも呼べるのかもしれない。まぁ「刷り込み」って「洗脳」の呼び方変えたようなもんだし同じようなもんか。

2つ目は、やり場のない感情とその矛先について。

ここひと月ちょっとは、過去に親との間にあった出来事と当時の自分感情を、出来る限り思い出して言葉として書き出すという事をやっていた。

これによって狙っていた事は、自分意思だけでは思い出し切れないトラウマ記憶に近い時系列記憶に迫り、文字に起こして認識することで「過去出来事、終わった事象」として自身に印象付けようとしたのと、あわよくばトラウマを芋づるで掘り当てて、当時の自分解釈現在自分解釈認識を上書きすることでトラウマを軽減、解消する事だった。

精神的な負荷が高いから嫌だったんだけど、EMDR以外では1人で出来るもの現実的っぽそうなのがこれしか無かったので、今の自分であれば精神的に安定している時なら回復にそれほど苦労しないと判断して挑むようにしている。

結果的にはまだ解消に至ってはいないけど、認識できていなかった事を認識することが出来た。

自分自分感情無視していた事に気が付いた。これ文字にすると厨二臭くていやだな。

無視していた感情というのは、具体的にはある期間の横暴を働く親とそれに対抗できない自分に対する強い憤りなんだけど、当時の自分ストレス発散の手段を親に奪われた挙句愛玩動物の延長みたいな扱いを受けていたので、感情を解消したり発散する機会が無い状況だった。

自分意思表現すると「立場を思い知らされる」ので、あまりの怒りと無力感から自分の机に伏してバレないように動物みたいな唸り声を上げたりしていた。趣味生き甲斐も取り上げられ仲間とも断絶されて、ストレスから肌も顔も荒れ放題、耳は切れて黄色ブドウ球菌に侵されてリンパが垂れ、首筋もあかぎれのように切れてしまい、腕の皮も荒れて剥け落ちてという有様で、生きているのがひたすら苦しかった。

病院には行っていたけど、治癒スピードよりもストレスによる身体破壊が早くて当然なかなか治らなかった。鼓動が早くなっていて体温も通常時より高く感じていたので、自律神経失調症にもなっていたなと思う。これまでで一番白髪が多かったのもこの頃。友達からは「お前、なんか覚醒するんじゃねえの」みたいな軽口を言われてちょっと救われた。高2〜3の頃だったと思う。

これを書いていると、今すぐ家を飛び出し実家に乗り込んで、徹底的に仕返しをしてやりたいという衝動自分の中に確認できる。この期間は同じく家庭環境が複雑な友達が支えてくれていたお陰で、問題を起こさず自分も生き延びる事ができた。その友達との連絡は今はもう取れなくなっている。まだ生きていてくれると嬉しい。

この記憶を思い出した事で付随する感情も引きずられて出てきて、この時に気が付いたのがここ数年ほとんど自分の怒りらしい怒りを認識していなかったという事で、なんというか新鮮な気持ちになった。感情が揺れ動くのがなんだか嬉しくて、ちょっとクワクした。

「怒りを感じていなかった」というのが実は大問題だったと思う。

この怒りの矛先は本来親に向けて抵抗するために利用すべきだったものなんだけど、利用できていなくて、そして最近ありありと思い出せたという事は当時のフラストレーションが解消されず残っているという事になると思う。解消できていないのならそれを感じなくなってしまっていたという認識おかしくて、じゃあ認識できなくなっていたそれはどこに向かっていたかというと、これはまだ検証中ではあるんだけどどうやら自分自身に向かってしまっていたっぽい。怒りの矛先が自分に向かうことで、自己否定を一層強化してしまっていたんじゃないかと思う。

しんどいのは親に向かうはずの感情の向き先が自分になってしまっていたため」と考えてみるようにした所、体が以前よりも軽くなり、洗い物が出来ない、風呂に入るのがつらいなどの恐らく精神的な問題が急に改善されだしたのは大変嬉しいんだけど、ネガティブな側面として最近色々な事にすぐイライラするようになってしまって困った……。これは多分……親に向けるべきものが溢れてコントロール出来ていない的なものかな……と思ってる。

でもこれは創作活動転用できるエネルギーだと期待しているので、自己否定改善と併せて、またしょっぱいながら活動を再開していけるんじゃないか自分には期待をしてる。

まり何が言いたいかというと、動けない、簡単な事ができない、しんどいという状態は何かしらのネガティブな強い感情無意識自分に向かうことで強いストレスを生じ、そこから起こる精神的な問題なんじゃないかと思う。と書いたところで気が付いたけど、よく見かけるような文になったし、そんなに発見ではなかったかもしれない。でもこれまでの情報との紐付けができたので、これはこれで知見かもしれない。

最近の取り組みは方向性は間違っていないと思う。例え間違っていても、死ぬまでに目的を達成するためにも引き続き認知の歪みを直す取り組みを続けたい。

「やりたい事をやらないのが苦しい」のは当然だけど、「やりたい事をやるのも同じように苦しい」というのは異常だし、このままじゃ今度こそ気が触れるかもしれないので、出来るだけ早く絶対にこの状況を脱したいです。おしまい

一人暮らしを始めて転職して、そしてまた引っ越した際には保証会社を使ったので住所を自分からは伝えていない。確認可能らしいけど。

ゴミ親父は前々から借金していた事が去年発覚して、その際に出向いて縁を切ってきた。俺のこの先10年間と俺の収入を返済に充てたかったらしい。ぶり転がすぞ。

母親は発覚直後もほとぼりが冷めてからも、問題には触れようとしない他力本願ぶり。あんたは昔から自分にとって都合の悪い事はどんな些細なことからでも逃げるよな。いや、借金父親独断からその点だけは間違っちゃいないけど自分が住んでる土地?家?が担保にされてるのにそれは無いでしょう。

みたいな状態なので、実家はもうどうにでもな~れという気持ち。妹ちゃん脱出がんば。応援してる。

早く人間になりた〜い

2018-05-08

いい加減起業ベンチャーを分けたら?

イノベーションだ!ベンチャーだ!とか言ってるが、実際は起業支援しかなってないのがおおい。

バックにあるのは役所であって、役所役人役所役人なりに成果を出さないとならないってのもあるんだろう。

かつ、役所の成果だから基準をはっきりしないとならない。とすると、「創業率」で見ないとならない。すると、起業ベンチャー区別をつけない。

まあ、ベンチャーなんて本当に死屍累々。あるいは雇われに近い状況になってくるわけだ。社長として好き勝手して楽しいというのなら起業のほうが正解だろう。

また、これから創業する人にも起業ベンチャーの2つを分けて考えて、自分はどちらか?をちゃんと見ないとならない。

違いは2点ある。

1.(A)数か月で売りが見えるか、(B)見えないか

2.(C)自己資本融資だけで自力でやるか、(D)自力でできないか

A・Cを両方満たすのが起業。だけど、社長として好き勝手出来るのはこれが一番いいだろう。

A・Dも起業といえば起業だが、実態は雇われに近い。

B・Dがベンチャー

B・Cのパターンでうまくいくのは非常にレアケース。つーか、金持ちの家にでもうまれんと無理じゃね?

1について数か月で売りが見えるのなら、銀行融資創業することができる。

けども、数か月で売りを立てるということは、創業時点でもう商品ができてないないとならない。

なおかつ、ここが想定顧客で、もう後はそこに売りに行けばいいというめどをつけてないと数か月では無理だ。

受託飲食はこれになる。フリーランスこちらになる。非常にレアケースだが、同人だけで飯を食えてるのもここになる。

だが、2について数か月で売りが見えるために、外部の金を入れる必要はない。とすると、正真正銘自分会社オーナーだ。

だけども大きくなれない。基本的年商数億円、従業員数十人クラスで終わりだろう。

でも、それぐらいに人数であれば自分が全部見通せるわけだから自分判断が正しくて、金づるさえちゃんとできていれば、遊び惚けてても何とかなる。

自分が全部に口出すことができる。逆に、外部からうるさく言われることもない。

よって、社長としては一番楽しいパターン

また、よくある起業についての指導についてはもっぱら、A,Cについてについて取り扱う。

2について、数か月で売りが見えないものは、外部から金を入れないとならない。

いや、生きていかないとならないから。

B・Dと、A・Dのパターンがある。

1を満たさな研究開発型、よく言われるベンチャーというのはこれだ。

2を満たさな出版社頼みの作家フランチャイズによる起業こちらになる。まあ、研究開発型、ベンチャー自動的に2を満たさないためこちらになる。

出版社頼みの作家フランチャイズによる起業はA・D、研究開発型,ベンチャーはB・Dになる。

けど、外部から金を入れるということは、当然外部の奴が口出してくる。

外部の奴の機嫌を損ねると本当に散々振り回される。

そもそも、その金出すところの外部の奴がまともだという保証は全くない。

嫌な客なら切ることができるが、嫌な外部の出資者オーナー絶対切れない。

それでもそこにへいこらして、やっていかないとならない。

質が悪い奴だと本当に奴隷しかならないし、そこまでやっても、全部奪われてほっぽり出される懸念もある。

けど、イノベーションだというのはこちら。

よって、社長で、他人に使われずに生きたいというのはA・Cのパターンでどうやるか考えたほうがいい。

年商数億円ぐらいの中小企業おしまいだが、一番幸せだよ?

A・Cのパターンでできないというのは、ある意味新たな宮仕えになるようなものだ。

2018-05-03

無題

昔むかしあるところに、

何も、なかった。

 

そこにあるのは、虚無。

 

過去から現在、そして未来に至るまで、漆黒の闇だけがそこに横たわっている。

 

おじいちゃんの話はこれでおしまい

2018-04-29

切符をなくした話

隣駅まで外出先するのに久しぶりに切符を買った

いつもはICカードだけど、

冬場いつも使っているカバンから衣替えして忘れた

購入するとき、ああ10円あがってる消費税分ねーと思って

切符久しぶりだから改札でとるの忘れないようにしなきゃと思ったら、

見事に帰りの際に忘れたみたい

駅で駅員さんに切符なくしたといったら、

とても疑われた

隣駅ですからね。怪しいですよね。

今思えば なくしたより改札でる時とるの忘れたっぽいと言ったほうがよかったのかな

どこにしまったんですか!?ポケットですか!?

→わかりません

ICカード使ってないんですか!?

→使ってます

じゃあ今確認させてもらえます!!!

今日忘れてしまって切符を買ったんです。

。。。ではここでもう一度お支払いして頂きますがいいですか!?

はいすいません

これからは気を付けて く だ さ い ね !!!!!

→すいません

悪いのはこちなのはわかってはいるのですが、

しかったです

おしまい

強姦×逃げ恥

逃げるは恥だが役に立つ」(ドラマ版)で強姦事件が発生した場合に起こると思われる被害者叩き

被害者加害者一般人事件が詳細に報道されることはないだろうし世間から関心を集めることもないだろうが、まぁその辺は言いっこなし)

みくり(ガッキー)が平匡(星野源)の家に通いの家政婦として訪問を開始。数回目の訪問時に平匡がみくりを強姦。(みくりの画像流出し可愛すぎると話題に)

仕事はいえ女一人で男性一人暮らしの家に行くのが悪い

個人間で契約するのは軽率。きちんとした会社を間に挟むべき。

高収入で女慣れしていない男性を狙った美人局

父親の紹介で通い始めたらしく親子でグル

・通いの家政婦というのは表向きで裏メニューがあるらしい

平匡と契約結婚したみくりが風見(大谷亮平)の家へも家政婦として通うことに(みくりのシェア)。数回目の訪問時に風見がみくりを強姦。(風見の外見が報道されイケメンすぎると話題に)

仕事はいえ女一人で男性一人暮らしの家に行くのが悪い

個人間で契約するのは軽率。きちんとした会社を間に挟むべき。

結婚しているのに他の男の家に通うなんてありえない。不倫がばれ夫へ言い訳するために警察沙汰にした。

・風見相手にむしろ羨ましい(ファンクラブ的なものが発足)

・夫もグル美人局もしくはハニートラップ

・通いの家政婦というのは表向きで裏メニューがあるらしい

17歳年上の百合石田ゆり子)に気持ちを伝えた風見。お断りするために自宅に風見を呼び出した百合を風見が強姦。(風見がイケメンすぎると話題に。被害者加害者の年の差が話題となり被害者画像流出、美しすぎるアラフィフキャリアウーマン話題に)

・その年で騒ぐのがおかしい。むしろ相手にされて喜ぶべき。(風見のファンクラブ発足)

被害者加害者は付き合っていて被害者結婚するつもりだったのに加害者にその気がなく揉めて警察を呼んだだけ。

美魔女の怪しすぎる恋愛遍歴とか適当想像話が流布。出世のためなら平気で上司と寝ていたとか言われる。

被害者過去イケメン部下(成田凌)にセクハラ発言をして社内で問題となっていたと会社関係者証言。今回も被害者から誘ったのではと話題に。

まとめ

あのドラマ世界は常に女性の「強姦されるリスクを取った上での勇敢な行動」もしくは「常識のない軽率な行動」もしくは「襲われたらそんとき示談金毟りとったるでーという打算」によって成り立っていたのでした。おしまい

2018-04-25

先生はいつも「とにかく続けなさい。みんな辞めていくから。どんなに才能があって秀でた人も辞めたらおしまい」と言われていた。実際、本当に実力があり才能がある人も辞めて行った。続けてる人が活躍している。「器用じゃない、才能がない」でも好きなら続けてたら良い。みんな辞めていくから

2018-04-24

b.hatena.ne.jp/ID/starfriends が死んだ……… オレの輝かしいはてブ人生も、もうおしまいだーーー!!

返せ!オレの青春!!!

北朝鮮の核&拉致問題ってどうやったら解決できるんだろうな

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASL4R7D5RL4RUTIL04H.html

ここのコメントには対話必要って意見が多いけど、対話して譲歩を引き出すにはこちから差し出すもの必要なわけで

から差し出すものを作るために安倍圧力をとか言ってたわけだけど、中露他がそれに同調せず、北朝鮮をのさばらせてきたわけだ

そうこうしているうちに北朝鮮日本から得ていた利益他国代替して、日本プレゼンスはなくなってしまった

そのうえ、拉致被害者を返さなかったことで北朝鮮側も日本ことなんて信用してないし、もう北朝鮮日本との対話なんて求めてないから、日本から対話をなんて言ったって相手にされるわけがない

今では北朝鮮にとっての日本価値なんて国民憎悪の矛先とか、いくら叩いても壊れもしないし反撃もないサンドバックとか、せいぜいそんなもん

圧力一辺倒じゃ状況に変化はないし、日本から支援なんてもう既に必要とされてないし、残る譲歩できることって核保有を認めるか、核保有黙認してひたすらATMになることくらいじゃない?

保有を認めるから拉致被害者返しておくれって言うか、北朝鮮韓国並みに発展するまで無償で援助し続けたらワンチャンあるかもね

それってつまりアメリカ核の傘から堂々脱退して、中国北朝鮮の傘の下に入りましょうってことなんだけど

中国すげーも流行ってるし、日本企業トップも全部有能な中国人に差し替えたら社会の変革スピードも上がるし、いいことずくめだゾ☆

まぁ、ねーわw

あとは国際社会圧力の共同歩調を求めるくらいだろうけど、中露は緩衝地帯北朝鮮崩壊するような強い圧力は決してかけないだろうし、北朝鮮の核開発のノウハウを欲しがっている国だってかに支援するかもしれない

それにもう核を持っちゃったから強い圧力を掛けたら暴発の危険が上がるわけで、もうそオプションは取れなくなっちゃったんだよね

からもう詰んじゃってるんだよ

拉致問題日本ができることなんて何一つありません

圧力だろうが対話だろうがやるだけ無駄

コストがかからないだけ圧力をかけ続ける、国際社会圧力を訴え続けるだけってのが今の最適解じゃろ

日本以外で可能性があるのはやっぱり米軍軍事行動ですよ

百万に一つ、トランプ北朝鮮軍事行動を起こしたときに後方拠点としてせいぜいできることをやれば米軍が取り返してくれるかもね

中露がバックにいる限りないだろうけど

拉致被害者家族高齢化してるし、このままうやむやになっておしまいでしょう

過去にこうしとけばってのはあったかもしれんが今それを言ったって拉致問題解決になんの役にも立たねーし、せいぜい安倍批判の材料の一つになるくらいやろ

まぁそれで安倍退陣が早まるならいいことだけど

でも安倍がやめたら拉致問題みたいな不良債権誰も触らなくなるんじゃねーかな

与党は成果が上がらないものに注力しないだろうし、野党政権批判に使いづらくなるし

拉致被害者家族の方々はお気の毒ですが、北朝鮮の発表通り、拉致被害者は亡くなったものと考えて余生を楽しく生きたほうがQOL上がっていいと思いますよ。切り替え大事

2018-04-23

被害者に落ち度は一つもないという前提が間違っている

何か事件が起きると「加害者100%悪い」「被害者に落ち度はない」とする被害者応援団と「被害者にも落ち度があるからどっちもどっち」もしくは「喧嘩両成敗でおしまい」とする加害者応援団応援合戦が始まる。

加害者応援団被害者の落ち度を見つけ出して「ほら見たことか!」と盛り上がり、被害者応援団は「そんなことは落ち度に当たらない!」と反論するか、旗色悪しと判断して応援自体を止める。

そうではなくて、被害者応援団最初から被害者にも悪い点はあろう」という前提で応援すべきだし、加害者応援団は「どっちもどっち」「喧嘩両成敗」という思考停止で終わらせるべきではない。

白黒付けるのではなく、グレーを前提としてどうすればより良くなっていくかを全員が目標として議論がされるべき。

グレーの部分がない被害者なんてこの世にいるのでしょうか?

2018-04-22

anond:20180422131244

あるっしょ

右よりサイトホッテントリになることは左側としては迷惑だけど右側としては不都合はない

例のサイト右寄りではないというならそれはそうですか、でおしまいだけど

2018-04-21

恋人と食べるごはんがおいしくなくなったら別れる。

元々、付き合おうと思ったのも二人で食べるごはんにはちゃんと味がしたからだった。

からそうじゃなくなったらおしまい

そう決めた。

基準がはっきりしているから私は悩まなくていい。

2018-04-18

資本主義はもうおしまいだな

古参しか勝てなくなって新規が入らずに廃れる対戦ゲームみたいなもんやな

2018-04-17

anond:20180416222423

そりゃ、男のセックスがそんなに気持ちよくないからだよ。

もしもね。男のセックスが最高に気持ちいいものだったら、

みんなどうすればそう感じることができるのか、正しい性知識ちゃんと書くようになるよ。


でも現実はそうじゃない。

ちょっと刺激したら勃起して、もっと刺激したらぴゅってででおしまい

これではつまらなさすぎるでしょ。

から、男は妄想欲望を満たすことを考えるようになった。

その妄想を補完するツールエロ本なのだ

増田決算賞与で何買った?

俺の期末ボーナス借金の返済してピンサロ行ったらおしまい

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