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2017-12-16

anond:20171216181816

事象類似性があるからって「日本が滅んだら困るのと同じように、自己破滅者が滅びるのは困る」とか、言いたいわけでは無いよね?

人とのどうでもいい口喧嘩で勝つ方法

大きな声ではっきり話す

かなり大事。というか一番大事。威嚇のため

どんなに相手論理的に話そうが「はああ???聞こえねえよ!もっとはっきり話せ!!!障害者か?!」で片付く。

相手が話してる最中に会話の割り込み可能

特に「人の話を聞こう」としているやつには強い。永遠に攻撃し続けれる。

声は大きければ大きいほどいい。肺活量を多くしよう。

侮蔑語差別用語をふんだんに使う

「お前脳みそにウジでも湧いてんのか?」「頭悪いだろ」「勉強もできてるかどうか怪しいもんだわ」「お前の親、顔キモすぎだろw」「きっしょ」

口臭いんだよいいから黙ってろ」「ハゲの分際で何いっぱしに語ってんの?」「は?てめぇカタワかよ」「めくらか?普通に見えるだろうが。いっぺん死んだら?」

「低年収のくせに何頑張ってんだよw」「低年収年収ってお前それしか言えないスピーカーかよ」「学歴もないくせに聞きかじりの知識ひけらかすな」

「さすが親がいなかった人は言うことが違いますなあ!」

特に理由なく使っていい。侮蔑語レパートリーが少ないと劣勢になる。

また、基本的普段スペックものを言う。文によっては、そいつ以外を敵に回すこともあるのでそれも考慮して言葉選択する。

コンプレックスを刺激する

侮蔑の応用。

たとえば、学歴がある人達集団で、その人だけが学歴がない場合は「学歴もないくせに」というのがすごく効くし、周りの人たちを潜在的に味方にできる。

ハゲ」とかも、「普段みんなが言えなかったことを言った」みたいな感じで若干の共感を呼び、助けに入る人が少数になる。

会話の割り込み

何かしゃべろうとしたら「ていうかお前口臭くね???」のように全く関係ない話に持っていく。それまでの議論は飛ぶ

話を戻そうとしてきたら「口臭い◯◯くんはなんだって?」とか言って相手ボールを渡さな

それもろくに聞こうとしない。だいたい「聞けよ!」とか言ってくるから「なんで口臭障害者の話を聞かないといけないんだよ。すこしは自分の頭で考えろ」のように更にdisる

ハッタリ

「困った」みたいな顔は絶対にしない。「そんなことしたら許さない」とか言うのも禁止

「〜されたら私は困る」という表現が付け入る隙を与える。

基本的に「まず俺はお前を殺すことも考えているが、今はまだ殺そうとは思っていない」と思わせられれば強い。

相手社会的地位考慮しない。逆に社会的地位が高い人ほど、殺されることや地位財産を失うことに恐怖を感じている。

ただ「おまえの家燃やすぞ」などのように直接は言わない。脅迫になるし、「おっ、犯罪ですか???通報しますね!!!!!!!」とか言われるだけ。

もしかして殺されるかもしれない」と思わせることが大事

たとえば会話の最中に一瞬だけ文房具入れに目をやったり、凶器を探す素振りを見せるとかの方がよっぽど怖い。

自分の味方づくり

普段から関係大事。ただ本物の味方ではなく、その人の都合でいとも簡単崩壊する味方。

「こいつハゲデブだと思うよなぁ!?」と、第三者になんの脈絡もなく同意しか選択できない質問文を投げる。あくま第三者には喧嘩しかけない。

黙られてもすぐに「あぁ、ごめんね変なこと聞いて」とにこやかにすれば「敵対されなくてよかった」と思われて誰も助けなくなる。

ただ既にかなり優勢なときに使わないと、喧嘩に戻りにくい。劣勢のときに言う場合は観客も「そんなにはじゃない?」とか言ってきて窮地に陥る。

敵の味方を扱う方法

一対多の場合だったとしても基本的に一人とだけ敵対する。ボス格とだけ戦うこと。

あとは何言われようが無視。「まずお前は敵対相手として認めていない」ということをアピールするのが大事

あくまボスに対する侮蔑だけを投げること。

全員に対してヘイトを稼ぐと全員から攻撃されるのでかなり劣勢。

論理が通せたり、「正義」がこちらにあるなら論理も使う

論理はなくてもいいが、あるならより強い。

「やるっていってたのになんでやらなかったんだ?」

こういうの。

続けざまに「やれないのは腑抜けた態度だからだろ?」「違うだろうが。まず生きててごめんなさいって言え」などのように追い打ちをかけれる。

相手の話に穴があればそこをついて話をめちゃくちゃにする

話すことに困ったらまたここに持ってくることもできる。一度の失敗は絶対に許してはならない。

詭弁・嘘・デタラメ活用

相手の確かめようのない情報をもとに言葉を発する。

「何を根拠に女が30%って言ってるわけ?総務省データでは50%になってたけど?てめぇの憶測で語ってんじゃねえよ」

「は?まるでサイトロピエンシーだな。人間辞めたら?」

こう知的っぽく見せるだけで反論不能になる。

大抵知らない単語無視してくるから「おい、なんでそんな反応してんだよ。お前サイトロピエンシー知らないだろ??」とか言っとけばいい。

さな

相手が弱ってもとことん延々とやりこめ続ける。

泣こうがなんだろうが許さない。気絶するまでやる。ここまでくると撤退されるが、逃がしてはならない。

追い詰めて追い詰めて追い詰めて次はもう歯向かわないようにさせる。大事。今後は味方になる。ただし恐怖政治ゆえの味方なので窮地にたてば裏切られるよ。

結論

と、上にあげたやり方を実践するメリットは実はあまりない。失うものが多すぎる。

人とは敵対せずに嫌なやつを身の回りからこっそり排除していく方が堅実な立ち回り。

基本、金があるといいところに住めて、周りの人柄もよくなってくるし、みんな余裕があるので喧嘩もしなくなる。

喧嘩なんかしないほうがいいので、普段から喧嘩になりそうな事象ははやめに摘んでおくのがいいと思います

2017-12-12

正しいとか正しくないとか

とある犯罪被害にあった。

主観的には、私の不注意の延長かなとおもってたんだけど

この話をきいた10人のうちの10人が、

被害届だせそれは犯罪警察だと言う。

ならばそれは犯罪被害届警察なんだろう。世間的にはそうなのだろう。

でも実感が沸かない。これが犯罪ならば私は被害者で、被害者というのはなんか、、ニュース番組再現CGの、あの、、、ピンクの人のほうなんだろう。私再現CGピンクのひとなのかな。

私が第三者なら、おまえは再現CGピンクのひとだよ!!と間違いなく言うとおもう。

でも主観的な私からすると、私は私で、決してピンクのひとではない。

その事件は、事件というより、いろんなきっかけがドミノ倒し的に連鎖した結果で、事象ひとつしかないような気がしている。

とすれば、ああなるほど。

事件って、そのことだけ切り取られがちだけど、これがこうなってみたいなかんじで出来てるのか。知らなかったな。

でも罰せられるのは、その切り取られた部分だけなんだな。そうだよな。

じゃあ今回の件は、結果的に周囲のひとの反応が正しいのか。なるほどね。

ああ疲れた今日被害届だしてきたよ。

警察の人も「そんなやつは!」みたいな反応だった。年明けから対応してくれるそうだ。私、ほんとに被害者なっちゃったんだな。

2017-12-10

ロスジェネ切り捨てには日本を滅ぼしたい勢力が関与してるよな?

ここより上の世代は役に立たない因習ばかり尊重する粗大ゴミだし

ここより下はまともな教育を受けていないどうにもならない粗大ゴミだし

一番まともな世代社会から排除して国力を著しく下げさせてるのが現実

陰謀論とかせせら笑うだろうけどこれだけ色々な事象が何十にも重なっていると何かしらの意図が働いていると考えたほうがしっくりとくる

嫌なら見るな・読むな”の罪

嫌なら見るな・読むな”という言葉をよく見かける。

この意見ある意味で正しい。

作品が嫌で嫌で仕方ないのに、何の生産性もない誹謗中傷粘着質に続けるやつは、

さっさと病院にいけばいい。

一方で、私はこの言葉膾炙たことで生じる・または生じるであろう弊害が、

恐ろしくも憎い。

弊害とは何か。

正当な道理のある意見批判封殺するための手段に、この警句を用いる輩の発生である

輩はつまり信者揶揄されるもので、作家作品を退廃させ、堕落させ、

文化の先鋭的なきらめきを貶める俗物にして最低の悪性。

ある作品を語る際、人は往々にして下のいずれかのカテゴリーに柔らかく属する。

批評・・・作品の良し悪しを根拠を以て説明評価を定める。

感想・・・作品好き嫌い根拠の有無に関わらず語り、主観的評価を定める

批判・・・作品改善点や嫌いな点を根拠を示して説明し、作品あるいは作者に諫言・あるいは低い評価提示する

誹謗・・・作品あるいは作者を根拠を示さず、あるいは根拠すら捏造して貶める

誹謗を除き、批評感想批判はあるべきものだ。

批評作品の良さも悪さも根拠のもの論理説明される高度な作品への知性的愛情だ。

感想も良い。好き嫌い自由に語ること。それは大いに大事にされるべき一人ひとりの感性だ。

批判。さて批判はどうか。私は批判誹謗に巻き込まれ大いに疎外されている事象をあまりに多く見すぎた。

私はこれが許せない。批判とは作品という刃に打ち込まれる鍛冶師の槌であり、

時に作品の強度を高め、時に実用に耐えない刃を折る、厳しくも愛ある鍛刀技術だ。

なぜ愛があるか分かるか?それはそうだ、根拠を以て作品の未熟さや改善点を提示するなんて、

愛がないとできる訳がない。

さて、そのような批判に対して、実に多くの人はこの言葉を投げかける。

"嫌なら見るな・読むな"と。

批判と誹りの区別もつかない敬虔なる信者が、ただ良い評価だけを貰えれば良いというクリエイター堕落した願望が、

批判作品を育て、作り手は更に良い作品を作る、という厳しく果てしなく尊い循環の連鎖を阻み、

その結果、ただ賞賛けがまれユートピアのようなディストピアが生まれ

その強すぎる光の影には知性の欠片もないアンチ誹謗中傷が渦巻き、

作品を愛する知性ある批評言葉を発する賢人は、静かに筆を置くのである

差別」という概念の捉え方が根本的に違う人たちが争っているということ

https://anond.hatelabo.jp/20171209143501

差別」という概念認識のものの違いが不和を生んでいる。

一方は、「差別」という漢字イメージから直接受け取れるように、対象間における「差」とそこからまれる分離による「別」という概念のものを見ている。

この根底にあるのは、「和」であり「平」であり「統一」であって、それに対しての分離という意味合いもつのが「差別」、という見方だ。

それ故に反差別とはすなわち、ある一定事象内(つまり社会)におけるあらゆる偏差をなくして均一にすること、と捉える。

もちろん、これは究極の話であって、様々な不確定要素が絡む中で完璧にそう在ってそれを維持し続けることはまず不可能だが、見ている先の方向性はそういうことになる。

からこそ、反差別を叫ぶ者に対しては、いずれは社会のすべてを管理制御してしまおうと言い出しかねない、といったような疑念が心の底で生まれしまう。

一方は、「discrimination」という単語イメージから直接受け取れるように、片方向による否定という「現象」に対しての否定という概念のものを見ている。

この根底にあるのは、「義」であり「公」であり「秩序」であって、それに対しての逆乱という意味合いもつのが「差別」、という見方だ。

それ故に反差別とはすなわち、ある一定事象内(つまり社会)における集合の秩序を保ってそれを維持すること、と捉える。

これは、あくまで人の営みの範疇でのコントロールの話であって、人が人と人の作ったものに対して責任を持つという理念が源としてある。

からこそ、反差別を叫ぶ者に対しては、いずれは人が築き上げてきたすべてを破壊して混沌をもたらしかねない、といったような疑念が心の底で生まれしまう。

前者と後者の一番の違いは、一方は実際に人の集合体としての社会を見ていて、もう一方はそれこそ宇宙における森羅万象の中のちっぽけな社会という一現象を見ている。

ここまでご大層な話ではないとしても、もしも人の思考というものが、たとえこれまで取得してきた情報によってフィルタリングされていても、その人の根源的な部分から現れているのだとすれば、この視点の始点のズレはとてつもなく大きいだろう。

から、これが正しいかどうかはともかく、これも一つの見方として包括的に捉えることができれば、少しは気分の緩和にはなるかもしれない。

2017-12-06

編集者が書く、編集じゃない仕事でも役立った7つの編集スキル

https://adventar.org/calendars/2660

とかやってて乗り遅れた。乗り遅れたので増田に書く。

最初に少し自己紹介をする。新卒出版社、そのあとベンチャー2社を渡り歩いて、いまはわりと大きい会社Web仕事をしている団塊ジュニア出版社時代は概ね雑誌編集で、連載やったり特集やったり。ムック書籍も同時進行でやっていくスタイル。このアドベントカレンダーに参加してるやつらはだいたい友達(そうでない人もいる)。とくに仲が悪いのは……って、そういうことを増田からって書くのはよくない。

以下に書く内容はタイトルの通り、編集を辞めて違う仕事をしても、あー意外と編集者やってたときスキル役立つよなーって話。最初に目次的なものを書くとこうなる。

なんか真面目くさいな。最悪だ。最悪だと思っても書けちゃうのがプロ鼓舞)。

構造化と抽象化

別に言葉は「仕組み化」とか「見える化」「体系化」でもいいんだけど、乱雑にいりみだれてる言葉事象を、いい感じに整理して、まとめなおす作業一式。まとめた結果は図とか短い文章になってコミュニケーション素材として用いる。会議資料になったり、営業ツールになったり、報告書になったりする。

出版社じゃない場所仕事してみると、この「まとめなおす」機能が壊れていることがわりと少なくない。だいたい仕事はなんでもたいへんで、状況はかんたん明快!なんてこともあんまりない。だからといって、いい感じに整理しておきましよ!みたいなこともほとんどない。見てるだけで整理して章立てしたくなる。ラフを書くノリでホワイトボードにポンチ絵書いて、適当キャプションを口で言うだけで「わかりやすい」という反応が得られる。便利。

で、部下や同僚が同じことできないと不便だから教えてみると、抽象化能力とか、抽象化したモノとモノの関連を整理する能力に欠けているとわかる。デザパタみたいにして教えてあげると、すいすいできるようになったりする。まあ地頭はわりと効くけど、どっちかっていうと訓練。取材インタビューのまとめとかした編集者は鬼訓練されてる感じ。あとクソ原稿を直すのも似た作業ですね。量が質を作るジャンル

議論

だいたいどんな会社でも、会議などの社内コミュニケーションで残念なことをいうやつはいる。モチベーション下げる能力がすごい高い人、たぶんユビキタス存在するんだ。これはアレだ、どんないい記事で、売れて、読者の評価高くても、DISってくる人はいるアレ。元編集者的にはそっくり。そういえば売れたこともDISられたこともない編集者さんはがんばろう。

若いうちはなかなか難しかったり、傷ついたりするかもだけど、想定能力と、度胸、切り返し能力あたりが見についてくる。予測力っぽい感じ。これがめっちゃ効く。だいたい知的労働をする会社は、対人コミュニケーションが主たる仕事、かつストレッサになりがちなんで、そこの予測力や度胸、切り返し能力があると、とりあえずバカ扱いはされない。

あいまい定義を、ほどよく確認したり、論理矛盾をいらいらさせないように指摘したりってのは、取材インタビュー、あるいは査読した結果をフィードバックする感じとよく似ている。人格攻撃しないで、コンテンツのもの目線を向けながら品質を上げる行動みたいな。結果議論が進む。これ便利。

なお人格が壊れている編集者は、ここがだいてい壊れてる感じする。そういう人ほど優秀ってのもまたある。人格壊れたまんま、かつて優秀だった、みたいな人もいて、これはしんどい。若くしてこじらせちゃうのと同じくらいしんどい。ぼくにもしんどみがありますメンタルヘルス

マーケティングの基礎

メーカーっぽい会社場合プロダクトアウトが強すぎてマーケ不在ってことはわりとよくある。わりといけてる雑誌屋場合、ここがしっかりしてて、自分仕事がどう部数(=売上)に効くかを体で覚えてて、これがよい。例えば定期購読者増やしたいとか、ECでまったくおんなじ構造の話があるので理解がはやい。

プロの物書きやプロ編集者は「うけてなんぼ」の世界だということをよく知ってるゆえ、勝手に学んじゃうってことだと想像する。いまのWebマーケはいろいろ計測できるけど、impだCVRだCPAだってのは、知ってる概念がなんか別のアメリカ人言葉で言い換えられただけで「うけてなんぼ」を知ってて、自分でやってたって人は、たいてい難しくない。

広告仕事もしてた人だとなおわかりよいかも。Web媒体というか、読者さん課金がない媒体経験だけだと厳しいかもしれない。炎上だけやってる人のうち、インターネットを利用してインターネット価値を下げてるってわかってやってる人ははやくほろんでほしいな。でてくる広告マイナスクリックする技術まだか。

表現が伝わるとき想像力

なんかふつう会社の人をみていると、書くことで精神エネルギーを使い切って、読む人のことまで神経届いてないっぽい人が少なくない(全員だとはいってない)。いや出版社にもそういう残念な人いるけど、割合がだいぶ違う。あと、読む人をわりと簡単にダマさえると信じてる人も多い。ちゃんとした編集者のみなさんはよくご存じの通り、そんなわけない。

プロ編集者は目の前の文章が読者にどう読まれるかの想像力を発揮してる時間が長い。めっちゃ長い。結果訓練されまくって、文章を書く前に脳内読者の文句が想起されたりするまでゲシュタルトが鍛えられる。これがめっちゃ便利。結果として「まとめたもの」の生産性が高い。これに、最初に書いた抽象化能力構造能力が組み合わさると「優秀」って思われやすい。いや訓練の結果なだけなんですけど…。

逆にいうと、そこらへんを売りにしていくとうまくいきやすいってことかも。決められた手順の繰り返しより、乱打戦とかゲリラ戦に向くみたいな売り込み。いやせっかく編集やめるんだったらもう少し落ち着いて仕事したいってのはわかるんだけどもまあ(時代)。

コミュ力交渉

だいぶだるくなってきたので、ここから先は端折ってく。コミュ力とか交渉力はふつうにみんな使うし、編集者ノリのままでわりとOK会社業界によっては謙譲の度合いとか忖度の度合いとか変わってくるけど、まあ大事なところは本音ってのは間違いない。服装や出社時刻は違う。外資はいたことないのでよくわからん。なんだっけ、まあ誠実ならOK。不誠実なやつはすぐに編集者やめてくれ。

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

世の中の人は恐ろしいほど、本も雑誌も読まない。Webも見ない。読み続けることに慣れてない。一方編集職の人は、大食いチャンピオンレベル文字摂取する。結果として知識量は多くて、かつ元ネタとして活用するように脳内におさまってるんで、そのまんま役に立つ。くそ便利。意識まらないようにしつつ大量に読む技術、まじで編集者を支える技術だと思う。なお筆者はいまでも奥付から読むみたいなクセが抜けない。習慣怖い。

お金計算

まあこれは編集じゃなくても仕事してりゃわかるか。てか編集スキルじゃなくね?

おしまい。こういう尻すぼみなスタイルよくないと思いつつも、読み直すとかあんまりしなくなってる元編集者なので初稿ってことで。どうせ編集アドベントカレンダーなんだから、もうちょっといけてる感じにだれか編集してくれたらうれしいかも。元原稿がこれじゃ、だれもやりたくないかw 送り仮名とかたぶんそろってないし。まあ項目5つくらいにして、順番入れかえたいよねふつう

***

編集を離れてもう5年ほどになる。やってたころは「編集はぼくに向いている仕事」って思っていたけど、まあそれ以外でも別に極端に向いてないってことはないなって感じ。たぶん知的活動コミュニケーションがない仕事ってほとんどないってことなんじゃないかなー。

ということで、まだ編集で消耗しているみなさんは、年末進行まっただなかな人も少なくないと思いますが、なによりご健康留意してほしいなと思いつつ、これからもよい仕事をぜひおねがいします。今はいち読者として、いろいろな記事や読み物を楽しみにしていますノシ

2017-12-05

発達障害記事について見ていてすごくやきもきするので書きました

この記事について

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171203-00010000-yomidr-sctch&p=1

きちんと理解していない人が的外れ意見炎上させているの、見ていられなかったので書きました。

できる限りわかりやすく平易に書こうとしていますが、そのために誤解を招く表現が生じた場合は適宜修正を加えます

三点あります

発達障害についての基本的な誤解

②あの記事で伝えたいこと/意図していないこと

③やめてほしいこと

発達障害についての基本的な誤解

まずそもそも発達障害かどうかというのは医師しか「診断」できません。臨床心理士がそうでない人間そうかもしれないと思うのはあくまで「推測」です。そして発達障害理解のない人間が「あの人発達障害なんじゃない?」と言うのは悪口になります

発達障害であると「診断」されている場合、その人あるいはその人の保護者は困っている可能性が高いです。どちらかでも困っていなかったらわざわざ医者にいって診断などしません。困っている原因が発達障害であるとわかれば対処法がわかってうまく付き合っていくことができるかもしれません。この診断はレッテル貼りのためのものではなく、今後「発達障害によって困っていること」をうまく対処していくためのものです。

②あの記事で伝えたいこと/意図していないこと

くだんの記事は決してレッテル貼りをしたいわけではなく、単にケースの話をしています

発達障害でない人間」は通常、他者への発話の際に波風をたてない言い方を把握しています。また、相手によってもそれを変化させることができます。「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に嫌な気持ちにならないグループもあるでしょうし、仮に思うことがあっても相手攻撃しないグループであれば、同じ内容の発話であっても話は全く違うでしょう。しかしこの記事にこの事象がケースとして乗っているということは、この女子中学生はこの発言の後「仲間はずれにされて部活にいづらくなって」います

・発話を受けたグループ女子中学生発言を許容せず

・その後女子中学生は仲間はずれを受けて困った

この場合、怒るべきはこの記事を書いた人ではなく、「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に対して許容せず排除するような環境がつくられていることではありませんか? また、この女子中学生でない他者が似たような発言をしてそれが許容されるかどうかは、この女子中学生には全く関係のないことです。

その発言をしても許されるかどうか判定のできる人間とは違い、このこの女子中学生は仲間外れになりました。「なじみたい」のに「なじめない」という時点でこの女子中学生は困っています。これがエスカレートするといじめに発展する場合もあります女子中学生って、異端に対して厳しいですよ。「自分別に平気だった」という人もいれば、平気じゃない人もいます。平気だと主張する人は平気なのでしょうが、それを当事者押し付けるのはおかしいんじゃないかと思います

誤解しないでほしいのは、私はいじめの原因が発達障害者にあると言いたいわけではありません。いじめをするのはいじめる側が悪いです。そしていじめを許容する社会の歪さを表していますしかし、女子中学生が「発達障害であることによって「一般的社会性に欠けた言動をすることがある」「その相手がどう思うか気持ちを考えられないことがある」ことで女子中学生不利益を被っている場合純粋支援するべきです。

また、発達障害に対して理解が進んでいないことについては、ケースの女子中学生発言に対して仲間外れを決行することからもわかります記事に対するネガティブな反応が仲間外れをする側でなく発達障害のケース自体に向いていることも「ああ理解がすすんでいないんだな」という印象を深めました。発達障害者でないならこの記事のケースに自己投影するのはおかしなことです。

③やめてほしいこと

基本的に前提として発達障害者、またはその保護者が困っている以上、支援する必要があります

この症例においてはすでに女子中学生はおそらく発達障害と「診断」されていていますあなた医師でもなんでもなく、女子中学生の他の言動をみたこともないのであれば、あなた彼女発達障害であるかどうか決めることではありません。そして女子中学生発言の一つのみを見て「自分もこれぐらい言うしこんなの発達障害じゃないじゃん」と思い込むのは、発達障害に対する偏見を表しています

もしもあなた発達障害者は奇声を発したりブツブツ言ったりするものだという思い込みがあるのだとしたら、それは数多くある例のうちの一つでしかないと言わせてください。

以下、ツイッター複数見かけた意見についてです

・こんなことが発達障害って言われるなら自分発達障害でいい

あなた発達障害でないなら発達障害と言うのは絶対にやめてください。冗談だとしても迷惑になります。この記事あなた発達障害であるかどうか診断するものではありません。あなた普段このように言うことがあることと、記事女子中学生がこのように言うことは別の事象です。あなた本来憤りを感じるべきはこの発言をしたことでその女子中学生がその後いじめられたであろう環境にあるべきだと私は思います

職場いじめを受け、発達障害だとレッテルを貼られ退職に追い込まれた。しかし診断結果は発達障害ではなかった。

→大変な思いをされましたね。しかしそれはその職場人間あなたに対し行ったことであり、この記事あなたがに対してレッテルを貼るものではありません。同一視してまるで自分がこの記事によって攻撃を受けたように言うのはやめてほしいです。

繰り返しになりますが、重要ことなので書きます

この世界でのコミュニケーションはだいぶ部分が「発達障害でない人間」で構成されています。そのため広汎性発達障害の人たちがコミュニケーションの場にいるとき発達障害出ない人間らしく発話や行動することによって「発達障害でない人間から異質なものに受け取られることが多々あります。「発達障害でない人間」がコミュニケーションをとるときにはある程度相手がどこまで許容するのか何がアウトなのか把握し、会話のなかで「相手を傷つけないであろうと思われる語彙」を無意識に選んだりすることが「できる」ことがほとんどです。場面などによって「できるがしない」場合もあるでしょうがそれは「できない」ではありません。

ここが一番重要なのですが「本人または周囲が困っていること」「対処法がわからずうまく付き合っていけないこと」がトリガーですので我々が「え~〇〇ちゃん/くんは別に発達障害っぽくなくない?」などというのは本当に的外れです。この手の発言はむしろ迷惑であることを知っていてほしいです。あなたにとってそれは発達障害者に対するいわゆる「誉め言葉」なのかもしれませんが、本人がそのことについて本当に困っている場合無理解を悟って悲しくなります。「○○ちゃん/くんって発達障害なんじゃない?」というレッテル貼りと同等にやってほしくないことです。本人が困っていることについて、主治医でもなんでもない他者判断することではありません。

もしもあなたがこの記事に対して疑問に思うことがあったなら、まず広汎性発達障害についてきちんと調べてみてください。なぜそれが「障害」だと言われているのかについて考えてください。当事者が困っていることについて、「障害じゃない」なとどいうのはやめてください。当事者が困っていなければ、それが「障害」と定義されることはありません。

2017-12-04

待ち合わせの約束をすっぽかされることが多い

相手勘違いや、単純に忘れた等で、すっぽかされて、その場で時間が過ぎてから連絡を取って、しょんぼりすることが多い。

私自身がすっぽかしたことは、人生で一度もない。

直前のドタキャンはまだともかく、連絡すらなくてこちからするって相当でしょう?

つい先程も、習い事約束をすっぽかされてしまった。

隔週で回数がことなるため、勘違いしてしまったらしい。

相手必死に謝っており、1年弱の付き合いで普段はこんなことな相手だとしっているので、こちらとしては、

いえ、いいんですよ、それでは明日会いましょう

くらいの感じで対応した。

これとは別の話として、友人と遊ぶときや、異性を食事に誘ったようなときも、すっぽかされたことがちょいちょいある。

それぞれに事情は聞いているのだけれど、事情真相がなんであれ、

個別事象はともかくとしても、人生においてこういうことに遭遇することが多いというのは、

私は平均的に他人から舐められてるんだろうなって思う。

今日必死謝罪する相手言葉電話越しに聴きながら、そんなふうに目の前の問題とはちょっと違うところで少し落ち込んだ。

私の容姿フランシス・ガヌーみたいだったら、きっと違ったはずだ。

ヌー来年UFCヘビー級チャンピオンになります

ヌーグラウンドに穴があるんじゃないかという意見がたまに見られますが、

カーティスブレイズとの試合を見ればわかるように、意外とTDDは良い動きをしており、TDされてしまった展開でも、すぐ立ててました。

また、この試合での2Rまでの動きを見ている限りでは、スタミナがまるでないタイプではないのも明らかです。

以前の試合では、スタンドキムラをセットしてのサブミッション勝利という、意外な程の対応力も見せており、その上で彼のスタンドは恐ろしいの一言

証明されていないものがあるとすれば、グラウンドでの柔術への対応でしょうけど、

あの程度のレスリング対応力と馬鹿力があれば、穴があったとしても、ヘビーでは大抵の相手にはなんとかなるのでは。

先日の試合ノーダメージでしょうし、来年早々にはミオシッチとのタイトルマッチが見たいな。

2017-12-02

柄谷行人西洋医学を信じてない!」みたいな怪文書

柄谷行人が信じてないのではなく

ただ単純に「菌を確認したわけでもない人たちに、○○は菌を確認した/菌は病気の原因であるという情報が広まっていく」様子をプロバガンダと述べてるだけだろう

知/非知も事象記述であって価値判断を述べてるかどうかはそこだけでは読み取れないし

俺だけはわかってると思いながら書いてる!という批判は雑にやるとブーメランだわな

2017-12-01

まれて初めて夢精した

夢精は凄い気持ちが良い」ときくが、たいして気持ちよくはなかった。

あるのはただ「面倒なことになった。出社までパンツを洗わなければ」という嘆きだけであった。

思えば曖昧な夢の中では確かにある程度の気持ちよさはあったのだが、夢の中のボンヤリとした感覚の中で得られる快感は目を醒ましている時のソレよりもおぼろげで、朝っぱらからパンツを流しで洗い、射精後の気怠い身体で一日を始めることには見合うとは思えなかった。

だが、後悔はない。

あの夢の中で安直な濡れ場に流されることを拒絶しなかった事に後悔はない。

夢精というものを己の身体で知ることがなければ、夢精を語ることは永遠に出来まい。

私は夢精を語れぬ人生から夢精を語れる人生へと生まれ変わったのだ。

手を触れることな射精をするという経験も初めてであった。

ただ粘膜を己の手やシリコンで擦る事しか知らぬ人生から卒業したのである

ああ、それにしても夢精とは何とも語りがいのある体験である

夢精は突然にやってくるのだ。

夢精をする10分前、私はゾンビリボルバーで撃ち殺し、次弾を装填するまでにかかるタイムラグに何度も命を脅かされながら廃墟彷徨っていた。

周囲を怪物に囲まれ、もはや残りの弾数ではしのげぬと悟った私は、咄嗟に床板を拳銃で撃ち抜いて逃げ道を作っていた。

その後何が起こったのかはよく覚えていない。

実に出来の悪いシナリオ唐突な濡れ場であったことだけは覚えている。

「もしもこのまま世界が滅びるのならば、我々がアダムとイブになるしかない。我々もいつまで生き残れるのか分からないのだ。子供を作るなら早い方がよい」そんな理由セックスが始まった。

酷い脚本だ……これが映画ならば午後ローで上映されることはあっても金ローで上映されることは永久にあるまい。

女も私もいつの間にか服を脱いでいた。

そして私は股間のマテバを彼女の股間に擦りつけていた。

擦りつけながらも指を彼女の股間に挿し込み往復させていた。

そしてそれらは互いを妨害することなく同時に発生していた。

キュビズムのように、2つの事象は並行して存在し、この体には確かにその2つの体験が同時に合った。

夢とは真に不思議もの不可能は容易に実現されていた。

指先はヌメリ、私のデザート・イーグル曖昧快感を脳に伝えてきた。

そして、10回ほどお互いの粘膜が擦れあった頃であった、突如私の前立腺がガクガクと脈動し――それは全くもって驚くべきほどに激しく私の身体を打ったように思われた。何故ならそれまでの私が感じていた全ては、夢を見ている脳が作り出した幻肢痛にも似た偽りの曖昧模糊とした感覚しかなかったのだから。そこに唐突に本物の、本当の感覚がやってきたのだ。擦れあう粘膜も、指の滑りも、硝煙の香りも、全ては思い出のパッチワークにすぎず、そこには実態が持つ強烈で絶対的エネルギーは無かったのだ。そこに、その日の朝初めて、「実態」が私の内側から飛び出してきたのであった。――その激しさとそれまでの霞がかった感覚との差から私は自分が夢を見ていることに気づいてしまった。

そして、射精の余韻を感じる暇もなく、今日が平日であり、もしこのままノンビリとしていればカピカピとしたトランクス洗濯カゴに放置することになり、帰ってくる頃には家中に栗の花が咲き乱れたような有り様となっているであろうことにまで思い当たったのだ。

あとは先程述べたように、私は急いでトランクスをすすぎ、洗濯機に投げ込み、そして干し、服を着替え、駅へと歩き出したのであった。

これが私の初夢である

この事象にはAとBとCが含まれている~って説明文のあとに

この事象にはAとBが含まれている。○か×か、みたいな文出してくる問題に引っかかりまくる

○にするとCも含まれてるのに入れてないから×!不正解!ってやられて

×にするとAとBは含まれてるよ!不正解!って感じで問題ごとに判定がバラバラなのどうにかしてよ

イキリバイトうざい

■元編集者が書く、編集じゃない仕事でも役立った7つの編集スキル

https://adventar.org/calendars/2660

とかやってて乗り遅れた。乗り遅れたので増田に書く。

最初に少し自己紹介をする。新卒出版社、そのあとベンチャー2社を渡り歩いて、いまはわりと大きい会社Web仕事をしている団塊ジュニア出版社時代は概ね雑誌編集で、連載やったり特集やったり。ムック書籍も同時進行でやっていくスタイル。このアドベントカレンダーに参加してるやつらはだいたい友達(そうでない人もいる)。とくに仲が悪いのは……って、そういうことを増田からって書くのはよくない。

以下に書く内容はタイトルの通り、編集を辞めて違う仕事をしても、あー意外と編集者やってたときスキル役立つよなーって話。最初に目次的なものを書くとこうなる。

まとめ力。つーか構造化と抽象化能力

議論力。いわゆるファシリテーションみたいな

マーケティングの基礎

表現が伝わるとき想像力

コミュ力交渉

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

お金計算

なんか真面目くさいな。最悪だ。最悪だと思っても書けちゃうのがプロ鼓舞)。

構造化と抽象化

別に言葉は「仕組み化」とか「見える化」「体系化」でもいいんだけど、乱雑にいりみだれてる言葉事象を、いい感じに整理して、まとめなおす作業一式。まとめた結果は図とか短い文章になってコミュニケーション素材として用いる。会議資料になったり、営業ツールになったり、報告書になったりする。

出版社じゃない場所仕事してみると、この「まとめなおす」機能が壊れていることがわりと少なくない。だいたい仕事はなんでもたいへんで、状況はかんたん明快!なんてこともあんまりない。だからといって、いい感じに整理しておきましよ!みたいなこともほとんどない。見てるだけで整理して章立てしたくなる。ラフを書くノリでホワイトボードにポンチ絵書いて、適当キャプションを口で言うだけで「わかりやすい」という反応が得られる。便利。

で、部下や同僚が同じことできないと不便だから教えてみると、抽象化能力とか、抽象化したモノとモノの関連を整理する能力に欠けているとわかる。デザパタみたいにして教えてあげると、すいすいできるようになったりする。まあ地頭はわりと効くけど、どっちかっていうと訓練。取材インタビューのまとめとかした編集者は鬼訓練されてる感じ。あとクソ原稿を直すのも似た作業ですね。量が質を作るジャンル

議論

だいたいどんな会社でも、会議などの社内コミュニケーションで残念なことをいうやつはいる。モチベーション下げる能力がすごい高い人、たぶんユビキタス存在するんだ。これはアレだ、どんないい記事で、売れて、読者の評価高くても、DISってくる人はいるアレ。元編集者的にはそっくり。そういえば売れたこともDISられたこともない編集者さんはがんばろう。

若いうちはなかなか難しかったり、傷ついたりするかもだけど、想定能力と、度胸、切り返し能力あたりが見についてくる。予測力っぽい感じ。これがめっちゃ効く。だいたい知的労働をする会社は、対人コミュニケーションが主たる仕事、かつストレッサになりがちなんで、そこの予測力や度胸、切り返し能力があると、とりあえずバカ扱いはされない。

あいまい定義を、ほどよく確認したり、論理矛盾をいらいらさせないように指摘したりってのは、取材インタビュー、あるいは査読した結果をフィードバックする感じとよく似ている。人格攻撃しないで、コンテンツのもの目線を向けながら品質を上げる行動みたいな。結果議論が進む。これ便利。

なお人格が壊れている編集者は、ここがだいてい壊れてる感じする。そういう人ほど優秀ってのもまたある。人格壊れたまんま、かつて優秀だった、みたいな人もいて、これはしんどい。若くしてこじらせちゃうのと同じくらいしんどい。ぼくにもしんどみがありますメンタルヘルス

マーケティングの基礎

メーカーっぽい会社場合プロダクトアウトが強すぎてマーケ不在ってことはわりとよくある。わりといけてる雑誌屋場合、ここがしっかりしてて、自分仕事がどう部数(=売上)に効くかを体で覚えてて、これがよい。例えば定期購読者増やしたいとか、ECでまったくおんなじ構造の話があるので理解がはやい。

プロの物書きやプロ編集者は「うけてなんぼ」の世界だということをよく知ってるゆえ、勝手に学んじゃうってことだと想像する。いまのWebマーケはいろいろ計測できるけど、impだCVRだCPAだってのは、知ってる概念がなんか別のアメリカ人言葉で言い換えられただけで「うけてなんぼ」を知ってて、自分でやってたって人は、たいてい難しくない。

広告仕事もしてた人だとなおわかりよいかも。Web媒体というか、読者さん課金がない媒体経験だけだと厳しいかもしれない。炎上だけやってる人のうち、インターネットを利用してインターネット価値を下げてるってわかってやってる人ははやくほろんでほしいな。でてくる広告マイナスクリックする技術まだか。

表現が伝わるとき想像力

なんかふつう会社の人をみていると、書くことで精神エネルギーを使い切って、読む人のことまで神経届いてないっぽい人が少なくない(全員だとはいってない)。いや出版社にもそういう残念な人いるけど、割合がだいぶ違う。あと、読む人をわりと簡単にダマさえると信じてる人も多い。ちゃんとした編集者のみなさんはよくご存じの通り、そんなわけない。

プロ編集者は目の前の文章が読者にどう読まれるかの想像力を発揮してる時間が長い。めっちゃ長い。結果訓練されまくって、文章を書く前に脳内読者の文句が想起されたりするまでゲシュタルトが鍛えられる。これがめっちゃ便利。結果として「まとめたもの」の生産性が高い。これに、最初に書いた抽象化能力構造能力が組み合わさると「優秀」って思われやすい。いや訓練の結果なだけなんですけど…。

逆にいうと、そこらへんを売りにしていくとうまくいきやすいってことかも。決められた手順の繰り返しより、乱打戦とかゲリラ戦に向くみたいな売り込み。いやせっかく編集やめるんだったらもう少し落ち着いて仕事したいってのはわかるんだけどもまあ(時代)。

コミュ力交渉

だいぶだるくなってきたので、ここから先は端折ってく。コミュ力とか交渉力はふつうにみんな使うし、編集者ノリのままでわりとOK会社業界によっては謙譲の度合いとか忖度の度合いとか変わってくるけど、まあ大事なところは本音ってのは間違いない。服装や出社時刻は違う。外資はいたことないのでよくわからん。なんだっけ、まあ誠実ならOK。不誠実なやつはすぐに編集者やめてくれ。

雑誌書籍にあった内容で学んだことそのまんま

世の中の人は恐ろしいほど、本も雑誌も読まない。Webも見ない。読み続けることに慣れてない。一方編集職の人は、大食いチャンピオンレベル文字摂取する。結果として知識量は多くて、かつ元ネタとして活用するように脳内におさまってるんで、そのまんま役に立つ。くそ便利。意識まらないようにしつつ大量に読む技術、まじで編集者を支える技術だと思う。なお筆者はいまでも奥付から読むみたいなクセが抜けない。習慣怖い。

お金計算

まあこれは編集じゃなくても仕事してりゃわかるか。てか編集スキルじゃなくね?

おしまい。こういう尻すぼみなスタイルよくないと思いつつも、読み直すとかあんまりしなくなってる元編集者なので初稿ってことで。どうせ編集アドベントカレンダーなんだから、もうちょっといけてる感じにだれか編集してくれたらうれしいかも。元原稿がこれじゃ、だれもやりたくないかw 送り仮名とかたぶんそろってないし。まあ項目5つくらいにして、順番入れかえたいよねふつう

***

編集を離れてもう5年ほどになる。やってたころは「編集はぼくに向いている仕事」って思っていたけど、まあそれ以外でも別に極端に向いてないってことはないなって感じ。たぶん知的活動コミュニケーションがない仕事ってほとんどないってことなんじゃないかなー。

ということで、まだ編集で消耗しているみなさんは、年末進行まっただなかな人も少なくないと思いますが、なによりご健康留意してほしいなと思いつつ、これからもよい仕事をぜひおねがいします。今はいち読者として、いろいろな記事や読み物を楽しみにしていますノシ

2017-11-29

カスペルスキーライセンスが消えた。

カスペルスキーライセンスが消えました。

カスペルスキーには信頼しています

しかし、今回の事象は何故なの?という疑問があります

カスペルスキー現在ライセンスと次のライセンスを入れて(現在ライセンスが切れると、自動的に次のライセンスに移行する)使っていました。

ある日、PCを付けるとライセンスがありませんの警告が出ます

見ると、現在ライセンスも次のライセンスも消えていました。

なので、次のラインセンスを入れ直して、カスペルスキーを使っています

手違いで、次のライセンスは他のPCで既に使い出しているライセンスなので、今回の事象で私が損をした訳では無いので、別に良いのですが。

でも何だったのでしょうか。

anond:20171129154101

俺なんか日馬富士事件と違ってネット上に明白に証拠が残ってるのに

相手に「あなた時代は終わった」的な解釈されてしまって、

そうじゃないと説明しても納得してもらえなかったことがある

ふたつの事象が同時に真になっちゃったんだよな

意志疎通って難しいよね

2017-11-28

叩かれる人物には"起こっている問題"以上の原因がある

貴乃花増田見て思ったんだけど、大体これ当てはまると思うんだよね。

何か間違ったことを一度言ったりやってしまったりしたことだけで人はあんなに怒りにまかせて叩いたりしない。

叩かれている事象以上の何かしら原因があると思って間違いないと思う。

煩いとか言い方が気にくわないとか上から目線とか謝るつもりのない態度とか、大抵そんなものが積み重なったことを一つのトリガーきっかけに叩くようになっただけ。

人は感情論だけで叩く事にものすごく躊躇する。自分感情論で叩かれることを恐れるからなのかもしれない。

ああ、追記しよう。増田に至っては上記に当てはまらない。

なぜなら匿名なので、自分が直接名指しで叩かれる心配がないからだ。

心配事がなくなったことで誰でも好きに叩ける増田は最高だね。

2017-11-27

妻とのセックスがつらい

三十代後半既婚男性だけど適度にセックスができる相手が欲しい。

妻も同年代結婚して10年、まずはキャリアを積んでから子供が欲しいと言っていたので合意して結婚生活を続けてきた。妻は三十代半ばを過ぎてから子供を作ることにとても積極的になった。身体妊娠しづらい状態になっていくのを実感したのかもしれない。5年ほど前からセックスレスだったが、ここ1、2年で性行為を求めるようになった。それはもちろん妊娠するためなのだがなんとも言えないもやもやがある。

妻にとって俺とのセックスがただの生殖行為になっている。それが俺はとてもさみしい。

セックスレスの原因はよくある話だ。妻が仕事で疲れているか休みたいということでやんわりと断られるようになった。妻の仕事家事の両立の負担を減らせるように自分もできる限りのことをした。俺は定時で帰れることが多いが妻は毎日残業だった。それは疲れるよなと思ったし、仕事は妻にとって生きがいでもあったからできる限り支えられるよう努力した。セックスに割くエネルギーがないこともできる限り心の中で納得つけられるように考えを整理した。でも妊娠というなんとなくリミットがある事象を目の前にしたら妻はセックスができるんだ。そう思ったら、レスの間ずっと悩んで努力してた俺ってなんだったんだと。

性欲のためにセックスがあるのは確かだが、俺は妻と触れ合うことが大切だと思っていた。身体が触れ合うことで心もつながっているような気がして、そうやって心が満たされてきた。今しているセックスはただの作業に感じてしまう。そこにあるのは妻の妊娠への焦りで、触れ合っていても全く心がつながっていない気がして虚しい。最近はとにかく妻とのセックスが辛い。かりそめでもいいか精神的な繋がりを感じられるセックスがしたい。そう思ってマッチングアプリインストールした。

意外と相手はいものメッセージのやりとりが続いているけど、別にその人と繋がりたいわけではない。誰でもいいわけではない。妻とがいいけど妻との精神的な距離ばかり感じて、この前子供を作っていいのか悩んでいる。誰にも相談できないし、こんな思いどう扱っていけばいいんだろう。

既婚男性だけど適度にセックスできる相手がほしい

三十代後半既婚男性だけど適度にセックスができる相手が欲しい。

妻も同年代結婚して10年、まずはキャリアを積んでから子供が欲しいと言っていたので合意して結婚生活を続けてきた。妻は三十代半ばを過ぎてから子供を作ることにとても積極的になった。身体妊娠しづらい状態になっていくのを実感したのかもしれない。5年ほど前からセックスレスだったが、ここ1、2年で性行為を求めるようになった。それはもちろん妊娠するためなのだがなんとも言えないもやもやがある。

妻にとって俺とのセックスがただの生殖行為になっている。それが俺はとてもさみしい。

セックスレスの原因はよくある話だ。妻が仕事で疲れているか休みたいということでやんわりと断られるようになった。妻の仕事家事の両立の負担を減らせるように自分もできる限りのことをした。俺は定時で帰れることが多いが妻は毎日残業だった。それは疲れるよなと思ったし、仕事は妻にとって生きがいでもあったからできる限り支えられるよう努力した。セックスに割くエネルギーがないこともできる限り心の中で納得つけられるように考えを整理した。でも妊娠というなんとなくリミットがある事象を目の前にしたら妻はセックスができるんだ。そう思ったら、レスの間ずっと悩んで努力してた俺ってなんだったんだと。

性欲のためにセックスがあるのは確かだが、俺は妻と触れ合うことが大切だと思っていた。身体が触れ合うことで心もつながっているような気がして、そうやって心が満たされてきた。今しているセックスはただの作業に感じてしまう。そこにあるのは妻の妊娠への焦りで、触れ合っていても全く心がつながっていない気がして虚しい。最近はとにかく妻とのセックスが辛い。かりそめでもいいか精神的な繋がりを感じられるセックスがしたい。そう思ってマッチングアプリインストールした。

意外と相手はいものメッセージのやりとりが続いているけど、別にその人と繋がりたいわけではない。誰でもいいわけではない。妻とがいいけど妻との精神的な距離ばかり感じて、この前子供を作っていいのか悩んでいる。誰にも相談できないし、こんな思いどう扱っていけばいいんだろう。

2017-11-24

https://anond.hatelabo.jp/20171124173333

自分のために調べてくれて、一緒に行こうと言ってくれて、喜んでくれた彼女に対しての行動としては理解できないが、

自分が長年欲しかったものを苦労してようやく手に入れられる瞬間に、他人に便乗されたら嫌だという気持ち理解できる。

それがそもそも彼女が探してくれたものだとか、そういうのは全部抜きにして、事象だけに目を向ければ理解できる。

相撲暴力事件

横綱暴力事件は(いかなる理由があっても)横綱が公の場で暴力をふるっていなければ事件になっていなかった。

暴力をふるった時点で、もう横綱が一番悪いのは自明。(その他の事象は2番目以降に悪いと位置付けられる)

 

利害の検証

横綱暴力事件を騒いで得するのは誰か?

自分責任追及から国民の目がそれることを望んでいる政治家もその一員。

政争の道具として各種事件話題性を利用するのは権力者の思う壺となる。

(様々なスキャンダルは貯めておいて、いざというときリークされて愚民が騒ぐ)

 

政府支配下におかれたマスコミはくだらない話題視聴率を稼ぐ愚行に終始している。

2017-11-23

AV出演強要問題」と関連する女優東京大学駒場祭に出演する件につ

個人的にまとめる意味も兼ねて、表題について書きます

私は

ある大学学園祭実行委員をしています業務としてはいわゆる「広報」を担当していて、他大の学園祭もいろいろウォッチしています。(で、今回の話を見つけて、なんとなく調べてます

今回の本筋とは関係ないですが、学生だった時以来一度も学園祭に行ってない、みたいな人は早稲田祭でも五月祭でも、どっかの大きな学園祭にもう一度行ってみるといいですよ。単に「来場者」としてまわる学園祭めっちゃ面白いはずです。

今回の事実関係について把握するための前提知識

学園祭主体的に関わったことのある人でないと分からない、ビミョウな関係性についての知識です。

前提知識1:東京大学広告研究会(以下、広研)は東京大学駒場祭(以下、駒場祭)において、「ミスミスターコンテスト(以下、ミスコン)」を主催している。

これは学園祭全体でみたらイレギュラーな状況です。ふつうミスコン主催している大学祭実行委員会東京大学駒場祭においては「駒場祭委員会」)は駒場祭ミスコン運営に関与していません。つまり駒場祭委員会にとって、形式は違えど、「ミスコン」というイベントは「サークルでやる牛串の模擬店」と形式上同様のはずです。(「参加団体」と「実行委員会」の関係、って言えば伝わるでしょうか。)

これを勘違いしてこの問題について論じることはいささか問題です。(百田尚樹氏が実行委員会招聘により講演会実施しようとした今年の一橋大学KODAIRA祭の事例と今回の問題は明らかに性質が異なります。)

前提知識2:東京大学駒場祭は、学生主体運営されている。

歴史がある程度長い学園祭ならありふれたことですが、駒場祭も、徹底して学生の手のみによって運営されています。(駒場祭は今年で第68回目だそうです。68年前の大学空気感、というものを考えれば、なんとなく理由は分かりそうです。ましてや東大ですし。)

学生主体学園祭では、大学当局(多くは「学生課」「学生支援課」などの部署)は、施設などの使用などの限定的な部分でしか関与しないことが通例です。

これについても、少し社会的認識と実際の状況の異なる場面です。おそらく駒場祭委員会にも「顧問」などは存在しないでしょう。

で、今回の事実関係

事象1:広研が、元SKEAV女優三上悠亜氏をミスコンに出演することを発表する。

これは、広研が自らのTwitterアカウント公表したものです。(https://twitter.com/utadvc_2017/status/931897374364000257)

駒場祭委員会の対学生ウェブサイト(調べれば出てきますが、学内向けと思われるため、リンク掲載は控えます。)にある資料を読む限り、「学生でないもの」の出演については駒場祭委員会への申請必要であり、したがって、駒場祭委員会はこの事実について公表の前に知っていたと考えられます

事象2:それに対して、Twitter上で一部のアカウントが強い非難を表明する。

これは、三上悠亜氏が所属する事務所代表である青木亮氏が、いわゆる「AV出演強要問題略式起訴されているため、当該女優駒場祭への出演は、青木氏の被害女性たちへの配慮を欠いた行動である、と主張するものでした。「AV出演強要問題については、論争的な部分も含めて、インターネット上に多くの資料存在しているので言及しません。(「社会問題である」と主張している人間一定数いる、ということだけ注意しておきます。)

事象3:非難を表明したアカウントのうち、1名が、駒場祭委員会および東京大学当局に問い合わせを行う

AV出演強要問題についてのウェブサイトAVメモ管理人であるKAZE氏(https://twitter.com/yap00s)が、公開リプライ上で広研および駒場祭委員会に対して当該問題についての説明を求めました。広研駒場祭委員会ともに返答しなかったため、ついで、東京大学当局に問い合わせをした旨、同アカウントにて報告しています。(こちらについても返答はなかったようです。)

ここでの不明点は、広研駒場祭委員会に対してKAZE氏が電話等での連絡を試みたか、ですが、これに関しては、以降の行動等を踏まえると「あった」と考えるのが自然だと思います

ここから問題

なぜ駒場祭委員会AV女優の出演を許可したのか

AV女優の出演、ということ自体一般的には非常に過激出来事で、AV強要問題との関連がなくても嫌悪感を持つ方はたくさんいると思います

しかし、色々考えれば、許可する理由はわかります駒場祭委員会の対学生資料を参照してみます

前項で言及した、「『学生でないもの』の出演についての申請」は、資料中で「外部団体連行申請」と称されています。この申請にあたっての注意をよく読めば、この申請を参加団体に行わせている理由は主に「企業等の営利活動により学生自主性が損なわれないようにする」ことにあるようです。

したがって、同申請許可または不許可は、それにもとづいて行われると考えられます

(同様の規制自体は多くの学園祭存在します。企業からの協賛金などの額について報告させたり、講演会資料を提出させたり、と方法大学によって様々ですが。)

と、すると、「当該女優社会的問題のある人物と深く関係しており、その人物社会に出るべきでないのに、学園祭により活動の場を得てしまう」ということは申請の不許可事由になりえなかったのではないでしょうか。

学生主体学園祭」においては、実行委員会学生行為に対して規制をかける行為は非常に慎重に行われるのが通例です。これは、学園祭自体の存立過程が、非常に政治的色彩を帯びており、その過程で「表現の自由」というものが最も尊重されたことによります

(「AV女優から招聘を許さない」というのは別方向から見れば、「表現の自由」や「職業差別」上の問題になってしまます。)

なぜ大学当局は反応しないのか

学生主体学園祭」において、学生実行委員会の間の関係性が緊張している以上に、実行委員会大学当局の間の関係は非常に複雑です。かつて、学園祭実行委員会大学自治の先鋒として大学当局対立する立場でした。現在でもそうした立場を貫いている実行委員会はないでしょうが、かつてそうであったことは今なお重要ファクターです。

当局担当者は、安全上の問題がある場合などを除いて、実行委員会が決定した事項に介入することが、(駒場祭においても)ないはずです。

実行委員会大学当局は、今からでも出演を止めるべきなのか

広研がどうするべきかはとりあえず置いておきます

実行委員会大学当局は、今からでも出演を止めるべきなのか。これは非常に微妙問題でしょう。まず、略式起訴された代表雇用されているとはいえ、当該女優犯罪を犯しているわけではありません。加えて、この出演が「広研学生による、企画自由行使である」という認識が共有されてしまっていることが予想されますが、そうした認識のもとでは、出演を止めるのは妥当でない、と判断したくなります

一方、この一連の事象が「駒場祭AV女優を呼んだ」「東大AV女優を呼んだ」と解釈される場合、それは駒場祭東大問題になってしまい、これは規制妥当、ということになります

この解釈は、実行委員をやっている人からすえば「主語をでかくとりすぎ」で、「広研AV女優を呼んだ」と解釈するべきだと思いますが、社会一般認識とはズレています

学園祭という場所提供してしまっている以上、当局実行委員会も、少なくとも無関係はいられないはずです。

色々と意見を聞いてみたいです

私の大学学園祭でも今後このような事態が起こらないとも限らないし、増田なら賢そうなコメントがもらえそうなので、意見を聞いてみたいです。

どうでしょう

anond:20171006181835

 確かにちょっと自己愛っぽい。この場合の愛っていうのは口語の愛とはちょっとうから用語定義からして俺はそう呼ばれる筋合いがないんじゃないの? ってことはない。増田自分の行動に対して興奮する質じゃなくても自己愛可能性はある。自分大好きだから感情的! アモーレ! みたいなものではない。まったくない。

 もし自己愛だとすると、小手先の言い方とかの問題じゃなくて、腕が一本無いかのように増田の中にすっぽり抜けてる思考形態があって、まるで両手で持てと言われているものを片手で持っているがごとくにそれを使えていないことが、話の通じない部分だと思われてると思う。例えばそういう時に、片手でも落とさずに掴めてるよ? みたいな自己弁護をしちゃうと思うんだけど、だとしたらその事象判断基準自分人格の外にあることをうまく受け入れられてなかったりするわけで、その辺があれば自己愛性人格障害と言っていいんだと思う。

 で、まるで腕が一本無いかのように他人を捉える機能の一部がゴッソリ無い機能的な障害なので、頑張ったら腕が生えてきて治って指摘されても無視したり否定したりできるものじゃない。誰かが治そうとしても気合や薬で生えるものじゃない。無理。自覚して、自分自分が失いたくない周囲が困らないように、自覚できる範囲で抑えていったら多少幸せなのかなという程度のものだと思う。困られる人にはどんどん去ってもらって対人関係ガチャを引き続けるか、死ぬしかないんじゃないかな。

 と、ここまで書いて自分増田めっちゃ自己愛っぽいなって思ったけど、まあ、人生簡単には終わらないよね。

2017-11-22

女性声優へのセクハラの件

芸能界には最初から興味が無いし、声優についてもアウトップット以外に興味無い人間からすると、本件が炎上したのは声優かいニッチ芸能特有出来事なのかどうなのかがちょっと気になる。新人芸人もしくはそれなりの中堅・大御所芸人あたりが若い女優に同様の発言をした場合どうなるか。そもそも観測して無いからそういう事象があったのかなかったのかしらないけど、あってもさほどの問題になってない気がするんだがいか

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