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はてなキーワード: 事象とは

2019-05-24

anond:20190524114418

何を想定しているのかがわからないけど、こちらの想定は痴漢された上での抵抗行為としての安全ピンです。

それで刺す相手を間違えたのなら、現在痴漢されている状態であることには変わりなく、自分痴漢行為を見つけるなら冤罪ではなく現行犯逮捕でしょ。

そもそも痴漢」というのが極めて稀な事象(3200/256億)であり、「本当に痴漢されてるのか?」という疑念はぬぐえない。

それで刺す相手を間違えたら傷害罪

本当に痴漢されてる状態であったとしても間違えてたら冤罪現行犯傷害罪

刺したやつが判断するきっかけを作ったヤツがいなければ、自分が刺されることもない。

から痴漢を捕まえる。お前のせいでこいつに間違ってさされたじゃねーかってこと。

痴漢がいなくても「痴漢いるかも」という疑念だけできっかけになる。

そこに痴漢の有無は関係ない。痴漢ゼロになっても、それを人が認識できない以上は冤罪論理的存在しうる。

そもそも痴漢された」が「安全ピンで刺す」という自己救済、加害に直結するその無法者精神批判対象だ。


お前が捕まえれば今後間違って刺されるかもしれない多くの人を救うんだからやれよ。

俺が捕まえれば間違った逮捕人生を狂わされる人がいるかもしれないからやらない。

俺は殺人片棒を担ぐつもりはない。

あーだこーだ理屈つけてるけど結局なんにも関わりたくないだけでしょ?

そーだよ?それの何が悪いんだ?

無実の男性は実際無関係であり、痴漢の疑いをかけられる謂れも車両を奪われる謂れも、ましてや安全ピンで刺される謂れすらない。

何一つメリットなく、差別されてる側の男性がなぜ進んで女性様にご協力奉らなきゃならないんですか?

まれてすらいないというのに。

2019-05-23

anond:20190523202331

残り痴漢冤罪痴漢とは別個の事象から

これは論理しか担保してないね。その論理では「じゃあ冤罪で男をやってやろう、という女がたくさん出てこさせることは現実ではかなり難しい。蓋然性が低いってやつ。さすが引きこもり現実が全く分かってないなwww

anond:20190523201922

論理的に、痴漢冤罪最初の一件発生は痴漢依存するが、残り痴漢冤罪痴漢とは別個の事象から

この程度の論理も解さないの?マジで

anond:20190523022704

文字列のものではないが、当該煽りはどうやら存在したらしい……?

が、煽られた側も煽った側も具体的な当該ツイートが見つけられない……そういう事象があったと言及する人しか見つけられない……

2019-05-22

つーか彼女がいない事とか性交歴がない事とか、別になんのネガティブ要素でもなんでもないんだよね

社会がいわゆる自称非モテ」に対して責任があるとすれば、上記事象ネガティブに捉える人々の言行を否定しなかったことだな

2019-05-21

anond:20190521143316

被害には性質上も社会の受容度の問題もあって訴え出にくく暗数が多いという特徴があるなんてのは常識なんだけど、増田非常識みたいだからたぶんそこは何を言っても聞く耳持たないだろうしなぁ。

痴漢冤罪の発生は必然的に「痴漢被害を訴えた」事象が起きて、そのあとのタイミング以降にしか起こらないから、構造的に「真実発生件数のうち、明るみに出ない被害暗数」が少なくなりやすいんじゃないかと思うんだよね。ありうるパターンは、故意痴漢冤罪示談で済まそうとする被害者というシチュエーションだけど、そんな美人局常態化してるとはちょっと思いにくい。

一方で、背景として「どこかで痴漢被害が起きている」からこそ、冤罪が発生する土壌があるわけで、暗数があると考えるのは自然ロジックだと思うけどね。

世に出す情報の量であたかもその事象が「最近増えた」かのように見せかけるのはどうなんだろうね。

2019-05-19

免許の返納が進むと何が起きるか

池袋事故を筆頭に連日高齢者による人身事故報道がなされ、それに伴って免許の返納に関する世論も盛り上がっているように見える。

「実際には高齢者人身事故よりも若年層の人身事故のほうが多い」みたいな話もあるが、その辺りは一旦置いておいて、今回は免許の返納について考えてみたい。

結論から言うと、免許の返納が進むことには大きなリスクが潜んでいる可能性があると思っている。それは、「身体機能認知機能の低下による社会的コストの増大」だ。

運転をする人ならわかると思うが、自動車運転には高度な認知機能判断力一定身体機能が求められる。逆に言うと、自動車運転は「強制的に外部からの刺激を受けて認知身体機能トレーニングをしている状態」とも言える。

一方、(本来ならまだ自動車運転できたはずの高齢者が)免許を返納すると、直面するのは「外出コストの大幅な増加」だ。

公共交通機関があまり発達していない地方で外出をしようと思ったときタクシーしろバスしろ電車しろ自動車以外の外出手段には「タクシーを呼ぶ」「遠くの乗り場まで歩く」「毎回お金を払う」など、多大な心理的時間的コストがかかる。そうすると、不要不急の外出自体を控えるようになる高齢者も決して少なくはないだろう。少なくとも、平均的な外出回数は減るはずだ。

※ちなみに、65歳以上の高齢者350万人のうち270万人が東京大阪愛知以外の地域に住んでいる

まり、外出頻度の低下による刺激減+運転による刺激減がダブルで起きることになる。これは、高齢者全体として捉えると認知症や寝たきり等の発症件数の増加、発症時期の早期化(結果として要介護期間の長期化)に繋がってもおかしくないように思う。

記事レベルではこういった話もあるが、根拠となる文献等は見つけられなかった。申し訳ない。何かあれば教えてほしい)

まり免許の返納」という方法高齢者事故問題解決しようとするなら、本来は「高齢者健康リスク増加による社会的コストの増大」と「事故被害者の減少による社会的コストの低下」を比較するのが良いが、まあこれは政治的に無理だと思う。

だとすると、求めるべきは個人判断に基づいた自主的な返納なんかではなく

といった方法になるのではないだろうか。別に危険運転をするのは高齢者に限らないので、こっちのほうが網羅的だし。

行政政治マスコミの皆様はわかりやす事象に囚われすぎず、トータルで社会的な便益が大きい方法を考えてほしいと思う次第。

2019-05-18

幻冬舎炎上と今の時代教養

幻冬舎炎上で思い出した。ここ何年かの出版のことである

このたびのご炎上はここ最近出版界のお金の無さや、特定お国がお嫌いなお方たち向けビジネスサロンビジネスとかのまさに結実のようである

それはそれとして、もっと以前から気になっていたのだが、Amazonで本を探すと「教養」というジャンル自己啓発本が分類され、ランキングの上位をしめているのである

自己啓発本のいい悪いはともかくとして、この事象未来歴史家なり民俗学者なりが見出した時、彼らはこう思うのではないだろうか。

平成~令和時代の人たちにとっての『教養』とは「こういうもの」と考えられていたようだ」と。

しょうもないことではあるのだが、幻冬舎炎上でなんとなく思い出したのでここに放流しておく。

未来歴史家さん、別にそんなことはない、と思います

まあ俺が違うんじゃないかと思ってるだけで、そう売られている以上そう思っている人が多いのかもしれないけどね。

anond:20190518234247

差別」(人権侵害)という文脈で語るのにさ

いろんな事象に当てはめたときに、いろんな例外事項を足して切断処理して

同じ事象について、Aは罵っていいけれど、Bを罵るのは非人だとか

Aの行為思考犯罪予備軍だけど、Bの行為思考多様性の一部とか

評価変えるの、最高にダサいよな

甘えたい気持ちとき暴力を振るってしま


大学生の女です。

ひとに甘えたい気持ちとき暴力を振るってしまう。やめたい。

なんでそんな訳の分からん事象が起きるのか考えてたんですよ、ここ数週間。最近、人肌恋しいというのか、ひとにどうしても甘えたくなってしまう。人の体温が欲しいとはいえ恋人がいるわけでもないから、仲が良い友達に体をくっつけて気を紛らわせている。腕を組んでみたり手を触ってみたり、そういう他愛もないやつ。でも、そのうちそんな軽いちょっかい暴力に変貌してきてしまう。無防備背中があれば殴りたくなってしまうし、手元にペンがあればひとの手の甲に突き刺したくなってしまう。なんでか。

まともに甘えることを恥じてるからだと思うんですよね。多分。だって学生とはいえ成人済みの大人他人ベタベタするのって気持ち悪いじゃないですか。同性ならともかく、恋愛感情を抱いてるわけでもない異性の手を握ったりするのは良くないことじゃないですか(わかんないけど。私はなんの特別感情もなしに異性に触りたいけど異性にベタつくと周りの反応が変な雰囲気を持ち始めるので多分これよくないんだと思う)。そこで暴力ですよ。暴力は乾いた行為です。そこに恋愛感情みたいなへんな気持ちが混ざることも(多分)ない。少なくとも私にはない。今のところは。

ひとに甘える行為は、こわい。自分が受け入れられなくて拒絶されたらどうしようと思うから。嫌そうな顔で手を振り払われる瞬間を思うと息ができなくなるから。ひとに好き勝手に甘えることを許されるような価値は私にはない。私がもし、ちいさくて素直で顔が人並みはずれて可愛い女の子だったら、どんな甘え方をしても誰にでも受け入れられたんだろうけど、残念なことに私はそんな素敵な存在じゃなくってただの成人済みのブスだ。

から暴力に頼っている。暴力を受けている人間客観的に完全なる私の被害者だ。被害者から当然、加害者の私に対して倫理的優位に立つことができる。私に暴力を受けているひとが私の行為を許すか許さないかは完全にその人に委ねられ、私はただ黙って裁きを受ける側に徹するのみ、ということだ。そして、暴力なんて最悪な行為、許さなくて当然だから暴力を受けたひとが暴力を拒絶することは当然のこととして周りに受け入れられる。暴力が拒絶されたら私は素直にそれを受け入れて反省したふりをすればいい。まるで最初から何もなかったかのようになる。暴力のなかで私が他人に触れたときのぬくもりが残るだけ。

これが暴力じゃなくて「甘え行為」なら、こんなにさっぱりとは多分いかない。甘えるという行為はいろんな意味境界線曖昧すぎるから。甘えるということは、甘えられた人に相当心理的負担を負わせる。「甘えられているから応えないといけないな、この哀れな人間を拒絶したらかわいそうだな」と、多かれ少なかれ感じさせてしまものだと思う。そしておそらくは、甘え行為を拒絶することへの罪悪感を強要させてしまう。むりやり共犯にしてしまう。それはよくないのだ、私としては。にこにこと優しい顔をした人間に、「本当は甘えられるのが嫌だけど、押しのけたら可哀想からこのまま甘えさせてあげよう」だとか心の中で面倒がられていたくないのだ。嫌なら嫌ってきっぱり言ってはねのけて、終わりにして欲しい。他人から重荷に思われるのがほんとうに死ぬほど怖くて怖くて心臓が震えるみたいになる。

他人に甘い期待をし、真正からひとに甘えて、その結果否定されたり拒絶されたりするのがなによりもこわい。私が「他人に甘えるに値しない嫌われもの人間であることを再確認させられることがこわい。それに比べて、暴力を振るったことを非難されるのは何も怖くない。最初から非難されて当然の行為をして順当に怒られた、ただそれだけの話になるのだから

から甘える代わりに暴力を振るっている。私の暴力が嫌なのならば、その人は「痛い」「やめて」と声を上げて拒絶するだろう。そうしたらやめる。絶対にやめる。でも今のところ、現実で私に甘えの代わりの暴力を振るわれている人間たちは黙って私の行為を受け入れてくれている。ありがたい。これからもいっぱい私に殴られてください。まあ、全てを何も言わずに受け止めてくれそうな包容力のある人間だけを慎重に狙いすまして襲っているので、受け入れられるのは当たり前なんだけど。












とかっていろいろ冷静ぶって偉そうに書きましたけど、やっぱりこんなの許されるわけなくない!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?暴力基本的にどう考えてもだめじゃない!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!!!!?!?いくら周りの人が「ああいもの暴力ね、はいはい...(呆れ)」くらいの感じで受け流してくれてるっていっても暴力はまずいよーー!!!!!!!!!暴力はだめだよー!!!!!!!ねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

いや私だって暴力が許されない行為であることは理解してるんですよ。街行く人に誰彼構わず殴りかかったりするわけじゃなく、それなりに交流を深めて親愛度が95パーセントを越え切った友人たちにだけそういった行為をしている時点で「暴力」という行為及び腰になってることはわかりますよね。でも親しい友達だってきっとほんとは暴力振るっちゃダメなんです。っていうかもっと言うと成人なのに他人ベタベタ甘えたいと思っていること自体がだめ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

みんななんで他人にしなだれからずに生きていけるの??人肌恋しくはない??さみしくない???????全て受け入れてくれる恋人がいるのか???それとも親に甘えたりできるの??????

毎日さみしいさみしいさみしい、さみしさで身体が引き裂かれそうになる、のに、そんな風になっているのは私だけで周りはふつう暮らしているのでつらい。周りにとって私は「同じコミュニティにいるたくさんの人間のうちの一人」であって私が想っているくらいに私を想ってくれる人はいない。想っている???想っているとはいっても私が欲しいのは男女を問わない友人たちとの確固たる信頼関係(と肉体の結びつき)であって恋愛とかそういうクソみたいなものは一切求めてない、つーか恋愛????????????そもそもブスだから誰にも恋愛してもらえねえよカス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おい!!!!!!!!!なんでこんなに惨めな気持ちになんなきゃいけないんだよ !!!!!!!!!

暴力振るってるのも普通に恋愛できない引け目からくる鬱屈した卑屈な感情の裏返しが他者への攻撃性になって発露してんじゃねえの??????カス人間かよ(それはそうだよ)死ねよもう いや死ぬの怖いし死ぬ度胸ないか死ねないんだけども!!!!!!!!!!!!!!とりあえず暴力振るうのだけはなんとかしてやめたいです、他人を傷つけたくないから(といったら聞こえはいいけど暴力することで嫌われるのが嫌だからですどこまでも汚い人間で生きててごめんな)、でも誰かに甘えたい、構って欲しい、どんなに「今日他人に触らないぞ」って決めててもいざ目の前にひとの体温があると何も取り繕えなくなってしまって全部めちゃくちゃになっちゃ

毎日ほんとうにほんとうにつらくてくるしいから誰か助けてくれ、いや助けてくれって言うか、ただぎゅっと手を握っていてほしいです

anond:20190518015914

うんそうか。私はね、増田がそう思うのはやっぱりニートからなのかなぁって思ったよ。

何もやってない人が落っこちがちな思考堂々巡りだよね。自らの「無能という個人的な恐怖」を少子化という社会事象すり替えて怖がる、空虚少子化フォビア、少子化に罪をなすりつけた個人的抑鬱症状。

例えば子供を持てなかったとしても、現実リアル社会コミットしていれば、直接的、間接的に、誰かの子供を育てる役に立つという充実感も得られようし、子供を育てなくたって別のことで社会に貢献することもできるし、何ならボランティアという形だってあるし。

自分の楽しみのために時間お金を使うことで誰かが豊かになるし、自分幸せになるし、自分幸せになることで、何かの形でまた社会の役に立つための原動力になったりするのに。そうやって社会は回ってたりもするのに。

もっと言えば大して社会に貢献できることがなくたって、家族や親しい友人や恋人や夫・妻・子供などにとっては「存在しているだけでも価値がある」。そういう人間関係の中に多くの人は居るんだけど、たまにそういう人間関係が持てない人がいて、自分存在価値についての実感がないから、空洞みたいな少子化フォビアの穴にはまって動けなくなるのかなぁって。

古代だって「生きのびること」以外の喜びも見出していたというのになぁ…。

2019-05-16

anond:20190516090732

今の時代30まで彼女いないとかどんどん一般的事象になってきてるだろ

2019-05-15

武田薬品決算短信を読んだ(2019年3月期)

武田薬品決算短信を取り急ぎ読んだ。

・注目ののれん残高は4.1兆円。自己資本(5.1兆円)を超えてはこなかったが、その分、無形資産に振り替わった。

無形資産残高は4.8兆円。製品開発プロジェクトコストのPurchase Price Allocation(取得原価配分)によるものだろう。

・それでものれんは自己資本の80%を占めている。無形資産自己資本に比して94%。のれん無形資産を合わせれば純資産はるかに超えて、自己資本の175%相当となった。こういう会社は異常というしかないのだが、最近増えている。

IFRSのれんの定期償却禁止しているが、超過収益力が見込めないとなったら減損損失処理が求められる。

・一方、無形資産は定期償却がなされる。武田無形資産は3~20年で償却されている(前期の有価証券報告書によれば)。この償却負担利益の重しになる。ウェバー償却費は無視してよいという姿勢のようだが。ご立派なものである

Shireの業績が当初計画を下回るというのが最悪のシナリオで(杞憂に終わればいいのだけれど)、これらのれん無形資産の減損が求められれば武田債務超過に陥ることもあり得る話。武田株主ウェバーの手を通じてShireにfull betしている。

・'19年3月期の無形資産償却費はShire絡みが903億円。3か月分でこれだ。12ヵ月換算で3,612億円となる。これ以外も含めて無形資産償却負担は年額4,390億円(毎年の償却負担)。

償却費は資金流出を伴わない費用であるのはたしかにそうだ。しかしすでに支出されていて、これから費用処理されるというものだ。償却費は、過去資金をたしか流出させた、株主負担する費用以外の何ものでもない。

・それを公然無視し続ける経営者を雇い続けて、しかも年間12億円の報酬賞与を支払って(前期の有価証券報告書によれば)いるのが武田株主諸氏であるウェバー氏が声高にいうコア・アーニングスとやらでは償却費が当然のように無視されている。

・翌期は統合費用1,540億円を見込む(何に使うつもりなのかよくわからないが)。

・短信の表現で「これらの一時的費用及び非資金的な費用による影響を除きますと」翌期は営業利益+38.7%の増益見込みだそうだ。ちなみに無形資産償却費は一時的ものではない。

表現がいちいち小賢しい。短信の文言のそこかしこから経営陣の不誠実さがぷんぷんにおってくる。悪臭を放つ決算書というものがあるとしたらこである

・コア・アーニングスの成長率は「力強く」「大きく伸張し」+38.7%だという。

・コア・アーニングスとはいったい何なのか。

 → 純利益から税金費用持分法投資損益金融損益、その他営業収益、その他営業費用無形資産償却費、減損損失を控除して算出するという。償却費や支払利息はコアではないというのだ。

・では、それを負担するのは誰なのか。株主以外にいない。とんでもない借金を背負ってとんでもなく巨額の買収を行って、そのうえで利払いはノン・コアだという、その居直りっぷりは正常な人間のものとは思えない。しかしこういう経営者は少なくない。

・コア・アーニングスとは、ウェバー氏が手前勝手計算した自画自賛するための利益概念である。都合の良い数字を持ち出して誇らしげにしているのが現在武田経営者である。よく恥ずかしげもなくこういうことができるものだと逆に感心する。

さらに、コア・アーニングスには「その他、企業買収に係る会計処理の影響や買収関連費用など、本業に起因しない(ノン・コア)とマネジメント判断した事象による影響を調整します」とある。そして、これをもってマネジメントによる業績評価使用されているとある事業部単位であればそういうやり方もあるだろう。ウェバー氏はじめ経営陣はどうか。これら「ノン・コア」を除外してわれわれの業績を評価するようなお手盛りとか、まさかしていないよなと不安になる。

・そんな手前勝手で都合の良い指標を持ち出されて、それを聞かされた株主が感心するとでも思っているのだろうか?読んでいてここまでばかばかしい気持ちにさせる決算短信は見たことがない。

Shire買収のため、ウェバー氏は買収のための資金調達に大規模な新株発行を行い、発行済み株式数を2倍にしている(2019年1月)。その際の売り出し価格が短信から読めた。1株4,065円であった。資本金資本剰余金の増加額を発行済み株式数の増加数で割れば出てくる。

株価が安くなったタイミングで大量の新株発行をしようとしているなと苦々しく見ていたが、ずいぶんと安く会社を切り売りしてくれたものであるシャイアー買収が報じられる前は6,000円を超えていたのだ。

過去武田は自社株買いを行っている(2008年)。当時の自社株の買い戻し価格は平均して5,238円。当時の経営トップ長谷川閑史(ちなみにウェバーを後任に据えた張本人であり、今も相談役に居すわっている)。そのとき株価が十分安いと判断したがゆえの自社株買いだったはずであるそれから10年以上経った今、ウェバー氏はこれよりもかなり安く(▲22%)売り払ってくれている。無謀な買収提案会社評価を引き下げて後の大規模な新株発行。既存株主価値を大規模に流出させ、希薄化させ、でかい面をしている。見事なまでの企業価値破壊者っぷりであるウェバー氏にしてみれば武田価値などその程度なのだ株主ことなど屁とも思っていない。ウェバー同調した他の取締役も同じ穴のむじなである

2019-05-14

anond:20190514130822

テレビで作られたいいかげんな情報であるのに事実のように受け取られる方がいらっしゃったことについて

真実かのように紛らわしい雰囲気が誤解を招いてしまい信じた方がそれなりの損失を被ったことについて謝罪した事について

非常に適格だったでしょう

インタビューでだれも傷ついていないし出演者作成者スポンサーだれも問題が発生していない すべて同意の元にあるから

それを視聴した人間人権について考えその深い考えから傷ついてしまった場合自分気持ちを傷つけたのは勝手に思慮深く

人権について考えた最終結果が自分を傷つけるという結果でその試行は実際の問題もつ人間テレビ放送に関わるすべての

人間について傷つけるどころかなんの影響もないのに傷ついた自分自身の何かしらの気持ちをその自分気持ちを揺り動かした

事象であるテレビ番組放送人間人為による責任者の在する生産物であるからこそその人に対してなにかしらの攻撃

略奪を目的としてアプローチしたことクレームであることなのだから謝罪とその内容及び目的は適確で良好なものだろう

2019-05-13

anond:20190513195345

増田ですけど、日本語大丈夫ですか?

愛情という奇妙な化学現象貴方の言う化学現象が何かわかりませんが、何をもって化学的だと捉えているのですか?シナプス化学物質拡散することを化学と?生物的、科学的というのが正しいのでは?

そしてエントロピーエントロピーが増大するとは何か、もう一度物理教科書を開いて学習することをお勧めしますね。

あなた生物繁栄しようとすることと、エントロピーが常に増大する事を同一視していませんか?両者は全く異なる事象です。貴方は、エントロピーの増大に逆らって、遺伝子自己増殖をすると言いたいのでしょうか?それにしたって、論理が飛躍しすぎて、他人にはついていけません。

あなた文章支離滅裂なばかりか、用語意味理解していないように思えます基本的科学用語理解していないにも関わらず、科学的な洒落言い回しを無理に使おうとするのは如何なものでしょうか?まず易しい言葉で言いたいことを説明出来るようになってから、難しい言葉暗喩を使った深みのある文章を書く練習をした方がいいですよ。

基地外のふりをしているのでしたら、水を差し申し訳ありません。

anond:20190513103346

いうてこのグローバル社会西側先進国市場がここまでガラパゴってるのはそれなりに特筆すべき事象ちゃうかな。知らんけど

2019-05-11

エコノミックマンになりたい

徹底的に合理的に行動するために、オペレーションズ・リサーチアルゴリズムミクロ経済学を1年ほど学んでみてわかったのは、どうやら人間合理性には限界があるということ。

合理的に行動するためには、選択肢の全情報と、選択肢を選んだときの結果とその確率選択肢比較するための能力、などが必要になってくる。

しかし、以下の点から考えれば、人間能力はかなり制限がある。

要するに、情報処理能力時間資源の制約・環境要因の複雑性、というような点で、意思決定問題を解くことが困難になっている。

いくつかの問題コンピュータに解かせたほうが良い場合も多いが、日常意思決定の全てをコンピュータ代替することは難しい。

そこで、行動経済学の出番だと思い、学んでいるところだが、行動経済学では限定合理性といって、認知能力などの限界によって人間合理性には制限があるということを言っている。

まり合理的に行動したければ、まず能力的な制約条件を考慮しなければならない。

例えば、タバコを吸う連中が簡単タバコをやめられないのは、ニコチン中毒に陥っているからであって、これは脳の処理能力問題であり、単純なゲーム理論問題ではない。

最初の段階では、タバコをやめられる可能性の高い戦略を、実証研究を基に探るしか方法がない。なぜなら、そういった実証研究理論化においてはまだ未発達な部分もあり、確たる抽象理論がないためであるしかし、その戦略自体の実行可能性についても考慮する必要がある。「結婚すればタバコをやめられる確率高まる」という実証研究があったとしても、タバコをやめるためだけに結婚するアホはいない。

オペレーションズ・リサーチ的に言えば、「人生における目的関数重要」ということになるが、信念や環境は動的に変化するため、特定目的関数が将来において重要性を持つとは断言できない。一般に、目的関数重要性を比較するためのメタ目的関数のようなもの設計することは難しい(またはできない)。

そういう場合は、将来においても重要となる可能性の高い目的関数を選び出す必要があるが、例えば「健康を保つ」という目的関数があったとしても、現在と将来では環境が変わっているので、戦略のものが変わる可能性が高い。要するに、未来事象における情報処理能力には限界がある。

なので、重要戦略は、

1) 環境の変化に対応できること。または環境のもの無視できること。

2) 人間能力などの制約を考慮していること。

3) その戦略を使うことが、他の戦略を使うよりも有益だと実証できること。

という3つの点が重要になってくる。例えば「詐欺師を見分ける」というような些細な状況であっても、認知限界によって、詐欺手法の全てを知ることはできない。むしろ、我々は、怪しいセールスの特徴を直感的に把握して、詐欺を見分けている。しかも、一部の個人においては、その精度が極めて高いことがありえる。こういった「直感」のような認知機能も含めて、アルゴリズム的に理論化することは、特に行動経済学において重要トピックに思える。

しかし、人間認知機能についての理論は、未だ未熟な段階であり、精神医学でさえ未だに「バウムテスト」のような頭の悪いテスト手法を盲信している。「人間認知的な特性限界考慮して合理性設計すること」というアイデアは、確かに的を射ているように見えるが、Wikipediaプロスペクト理論記事のように損失回避傾向をモデル化するだけでは、人間の行動について矮小化しすぎている気がする。

何がいいたいかというと、スポックになりたい。

anond:20190511111421

うそう、気持ちいかどうか、とかそんなことなんだよね

それに理屈つけるから整合性おかしくなる

嫌いだから死ね、では活動も難しいしね

でも、自分が言ってることが当てはまる他の事象で、自分がどう思うかは、考えてみてほしいよね

2019-05-10

ゲーム脳」の言葉を乗っ取るのやめてくれない?

ゲーム脳」というのは、「テレビゲーム漬けになっている人は脳の回復が遅く、簡易脳波計において認知症患者と同じような波形を示す」という某教授インチキ臭い主張のことである

ザックリ言えば、ゲームを遊ぶとバカになるという主張に、胡散臭い裏付け情報を与えてしまって、ゲームバッシングの口実に使われた似非科学である

そして「ゲーム脳」というのは、この珍妙な説を主張した教授造語である。この人が勝手に作った言葉である以上、この人が主張する意味しかない。

からさあ、「日常生活ゲーム的な思考で考える」ことに「ゲーム脳」って単語を使うなよ。

何を危惧しているのかって、今後正しい意味での「ゲーム脳」の単語を使うとき本来意味で通じなくなるだろ。

例えば、10年後くらいに、「2000年初頭は「ゲーム脳」なる似非科学ゲームが叩かれてのぅ……」って話をしようとしても、誤った方の意味で広まっていると、「何言ってんだコイツ」みたいな扱いを受けるだろ。

本来意味であるゲーム脳」は、教授提唱した造語なんだから言葉を乗っ取られると、他の言葉での代替が効かなくなる。

それにこういった似非科学言葉を変えて定期的に浮上してくるので、過去事象は風化させないことが大事だと自分は思ってる。だから言葉が乗っ取られて本来意味は忘れられていくというのは非常に危うい。

とりあえずググってみると、今のところは上位に上がってくるのは本来意味解説しているページばっかりだけども、あんまり誤用される率が上がると、どこかのタイミングでひっくり返るからな。試しに増田で「ゲーム脳」で検索すると、本来意味合いではなく、「日常生活ゲーム的な思考で考える」的な意味合いで使ってる方が多いし。

文章の書き方がわからない

義務教育は受けた、高校大学も出た、なのに文章の書き方がわからない。

今こうしてキーボードを叩いていても、語句前後はこれであってるのかとか、語尾はこれでいいのかとか、改行はどこですればいいのかしか考えていない。

なにか特定のお題やキーワード事象に対する感想なんてまったく書ける気がしない。

どういう順序で書けばいいの?見出しってどうやって決めてるの?その見出しにぶら下がる文章は適切なの?って考えるだけで終わってしまう。

私はなにかしらの障がいを持っているのかな。

本を読むのは好き。1-2日に1冊は読み自宅には本屋みたいな書庫がある。kindleも持ち歩き、暇さえあれば本を読んでいる。

ニュースブログ記事を読むのも好き。なんなら仕事ライターさんやブロガー記事発注することさえある。

そのときは、書いてほしい内容が決まっていて、訴求ポイントはこうだからって構成ちゃんと伝えられる。

でもじゃあそれを元に自分文章を書けるかやってみても書けない。ライターさんにはこいつめちゃくちゃだなって思われてるのかな。

なぜだろう。頭で考えるのは得意だし、言葉ならスラスラ出てくるのに文字にできない。

もし誰か、今これを読んでいたら教えてほしい。書いてあることはめちゃくちゃですか?日本語として通じてますか?

絵を描けるわけでもない、物理的な創作もできない、エンジニアでもなければ芸もない。

せめて人間誰しもができることであろう考えを書き留める、ただそれだけもできない私はこの先どうすればいいのだろうと考えてしまう。

何も作り出すことができない人間に、私自価値を見出すことができない。誰か教えてほしい。文章ってどうやって書くんですか。

anond:20190510104648

本題はいうまでもなく「モテない(けどモテたい)男は女の敵」という部分だね。

事象としては一つしかないよ。「ちやほやされたい女の敵としてちやほやされたい男がいる」といったところか。

サービスを受ける側としての興味しかないわけだね。どちらも。サービス提供者になる気がない。

推測とは予想すること。

判断とは決定することだ。

内面勝手判断は推測以外の何かにならない。

何についてもだよ。

ごまかしはしないほうがいい。今後の君のためにならない。

anond:20190510010150

割れ窓理論妥当性の話をしているの、わかっているか

コトが起こっているというのは割れ窓理論理屈で起こっていることか?仮に治安が悪くなっているとして、その論拠をあやふやな仮説に求めるよりも、データ事象淡々説明する方が理解が得られやすいだろう?

2019-05-09

国は上級国民認定制度を早急に法整備すべき

学歴職歴褒章などの受賞歴、その他も基準はいろいろあるだろうが、誰もが同じように解釈できる明確な基準を設ける。

基準に達した者は上級国民であると、国が認定する。

認定された場合一般国民よりも優遇される事項を全て明確に法で定義する。

やるならそこまでやるのが最低限の責任というものだ。

現状、上級国民というワードがここまで実質的に浸透している以上、上級国民と想定される者が不審な形で法解釈の面で優遇措置を受けている事象を、国が全て間違いとして認め、一般国民が納得できる形で取り消し、もう二度とこのようなことは行わないと誓いでもしない限りは、そこまでやるのが最低限の責任だ。

2019-05-08

大学ぼっちなのが辛すぎて休学したい増田

anond:20190508035136

書かなきゃいけない気がしたので書く。

俺の大学入学以降の経歴

1年目 入学

2年目 留年確定

3年目

4年目 休学(1年間)

5年目 復学

6年目

7年目 卒業

8年目 既卒就活

9年目 就職

今 生きてる

大学ぼっちなのが辛すぎて休学したい」

周囲がウェイウェイガヤガヤしている中で自分孤立しているのは確かに辛い。

だが周囲をもっと注意深く見回してみろ。孤立してる奴はお前だけじゃないはずだ。必ずいる。お前が孤立しているように俺も孤立していた。ぼっち遍在する。お前はぼっちかもしれないが、一人ではない。

から何だと思うかもしれないが、「一人ではない」ということは「同じような悩みを抱えた奴も一人どころではない」ということだ。それはつまり相談窓口がある」ということだ。

構内のビラ、掲示板大学ウェブサイト…注意深く見てみろ。「相談室」「保健センター」「保健室」そういう類のワードだ。大抵の大学にはこういうサポート存在する。

この手の窓口はまず間違いなく無料だ。たっぷり時間をかけてカウンセラーと話せ。気後れするかもしれないが、安くない学費を払ってるのだからそれくらいやってもらわないと困る。主に俺のような奴が。

ところで、カウンセリングは全てを解決しない。だがカウンセリングを、他者との会話を通じて見えてくるものはある。例えば「自分が何を辛いと思うのか」だ。漠然と「辛い」と思うより具体的に「◎◎が辛い」と掘り下げた方が対処やすい。

例えば「ぼっちなのが辛い」にもいろいろあって、「ぼっちであることで不利益を被るのが辛い」と「ぼっちであること自体が辛い」とではそこそこ違いがある。

前者を更に掘り下げると「休んだ回のノートを借りられない」とか「試験情報共有ができない」とかだ。ここまで具体的な事象に落とし込めばぐっと対策が立てやすくなる。例えば「教員に参考文献を聞いて自学自習する」「オフィスアワーに教員に直接聞きに行く」「ネット掲示板Twitter検索する(大規模な大学学部であれば有効)」などだ。教員は友人ではないが、基本的に味方だ。

後者場合は少々厄介だが、手がないわけではない。人間本質的孤独だが、他者との交流を持つことで孤独感を和らげる生き物だ。ならば他者との接点を増やして交流への足掛かりを築こう。

大学2年生であれば他者との接点は「講義」「アルバイト」「ゼミ研究室(3年次からが多い)」「サークル」「SNS」「学外のコミュニティ」が主軸になるだろう。前2つについては申し訳ないがアドバイスできることが殆どない。何故なら奏功しなかったからだ。これは俺の限界でもあるが、自分限界認識しその範疇でできることをやることも大切だ(自己弁護)。

ゼミ研究室についてだが、増田が今2年生ということは学部・専攻によってはゼミ研究室の話が出てくる頃合いだと思う。少人数ゆえに距離は近いが、同期や先輩との相性に加えて指導教員との相性もあるので、合わない人は合わない。中には一生ものの友人と出会う人もいるが、合わなければさっさと割り切っていくしかない。自分後者だった。あっ、これも奏功してないな?

サークルについてだが、それなりの規模の総合大学であれば「サークルリセマラ」が利く。都市部であればインカレサークルもありだろう。なんとなく興味を持ったサークルにふらっと寄って、なんとなく雰囲気が合うなとか、話しやすい人が多いなとか思ったら残り、そうでなければフェードアウトする。新参が一人来なくなったところで誰も気にかけないので、こちらも気にしないことだ。コミュニケーション能力を高めるより、自分コミュニケーション能力でも溶け込めるサークルを探した方が話が早い。相性もある。あとは試行回数。

自分語りで恐縮だが、俺が大学生活で最も長く在籍したサークルは2年生になってから入ったところだった。集まることは集まるが、互いにさほど深入りしすぎず、孤独とゆるく付き合っているような人が多かったのが俺には合ってたのかもしれない。休学中もサークルには時折立ち寄るなど、サークル存在は立ち直る上で非常に大きかった。

何が言いたいかというと、一つで十分なのだ。何か一つ自分の居場所を確保するだけでかなり違うということだ。俺は講義でもゼミでも孤立していて、教室の前まで来たのにどうしても入れずにそのまま帰ったり、アルバイト募集電話をかけられず断念したり、そういう学生生活を送ってきたわけだが、サークルの片隅に居場所ができたおかげでなんとか致命傷で済んだ。

しかし、例えば増田地方単科大学に在学中だとしたらサークルリセマラはちょっと難易度が上がる。学生数が少ないとサークルの数も少ないからだ。そこで「SNS」「学外コミュニティ」も有力な接点となってくる。今はインターネット同好の士を探しやすい。自分学生時代はmixi全盛期でクローズドコミュニティが多く辛かったが、今主流のTwitterはとてもオープンだ。何より大学の外の人たちは自分視野を大きく広げてくれる。視野とはつまり「なんとかなる」という感覚だ。

大学というある種閉じた場所孤独と向き合うばかりだと、周囲とのギャップ自分がひたすら惨めに思えてくるものだ。だが世の中には孤独うまいこと付き合いながらそれなりに楽しくやってる人たちが実は沢山いる。サークルSNSや学外コミュニティでそういう人たちと出会うことで孤独に耐え得る価値観を知ること、そして「孤独でも案外なんとかなるんだ」という感覚を知ること、それがつまり視野の広がり」なのだと俺は思っている。価値観は柱だ。柱は多い方が頑丈なのだ

勝手に涙が出てくる」という記述について

これは鬱の初期症状の可能性があるので早めにカウンセリング心療内科受診が望ましい。上述した通りまずは学内カウンセラー相談の上で受診検討した方がよいだろう。

休学についてだが、積極的にはおすすめしない。休学は基本的に「問題一時的な凍結」でしかいからだ。それでも心身が休養を要するのであれば一つの選択肢になり得る。ただし、カウンセラー医師家族相談して慎重に決めるべきだと思う。例えぼっちでも学業面に問題がないのであれば休学しないに越したことはない。

俺が休学を決断したのは自宅から出られず引きこもる日が増えた頃だった。学業生活に支障をきたすようになったら一つの目安かもしれない。だがいずれにせよ、自分一人で決めるべきではないというのは間違いないだろう。

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いまいちまとまっておらず乱文乱筆で申し訳ない。一連の話はあくま自分生存バイアスを通したものしかないのも重々承知している。人にはそれぞれの地獄がある。ある人にとっては何てことなくこなせることでもまたある人にとっては地獄の苦しみだったりする。

からここに書いたことが全てお前のためになるかは分からないし、保証もできない。何故なら俺はお前ではないし、お前も俺ではないからだ。

だが、自分大学生活のことを思い返すと居ても立っても居られなかった。

自分経験と、それを通じて考えたこと・実践したことをここに記すことで何らかの助けになることを願っている。

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